青色申告制度をめぐるタックス・インセンティヴ · 2018. 2. 10. · (10) arthur...

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KONAN UNIVERSITY 青色申告制度をめぐるタックス・インセンティヴ 著者 古田 美保 雑誌名 甲南経営研究 44 1 ページ 45-72 発行年 2003-06-10 URL http://doi.org/10.14990/00001836

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  • KONAN UNIVERSITY

    青色申告制度をめぐるタックス・インセンティヴ

    著者 古田 美保雑誌名 甲南経営研究巻 44号 1ページ 45-72発行年 2003-06-10URL http://doi.org/10.14990/00001836

  • 青色申告制度をめぐるタックス・インセンティヴ

    古 田 美 保

    甲南経営研究 第44巻 第1号 抜刷

    平 成 15 年 6 月

  • 甲南経営研究 第44巻第1号 (2003.6)

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    青色申告制度をめぐるタックス・インセンティヴ

    古 田 美 保

    目 次

    1.問題の所在と検討領域の限定

    � 租税における政策税制の意義

    � 税務会計における政策税制のインセンティヴ

    � 問題の所在と検討領域の限定

    2.青色申告制度の沿革と普及状況

    � 青色申告制度の沿革

    ① 第1期;記帳慣行普及のための誘因規定の時代(昭和25~27年)

    ② 第2期;誘因規定から税務資料要求規定への移行の時代(昭和28~42年)

    ③ 第3期;税務資料要求規定としての時代(昭和43年~)

    � 青色申告制度の普及状況

    3.青色申告制度におけるタックス・インセンティヴの内容

    ① 第1期;記帳慣行普及のための誘因規定の時代

    ② 第2期;誘因規定から税務資料要求規定への移行の時代

    ③ 第3期;税務資料要求規定としての時代

    ④ 青色申告制度内のタックス・インセンティヴ

    4.青色申告制度をめぐるタックス・インセンティヴの評価

    � 青色申告制度の意義

    � 現行の青色申告制度のタックス・インセンティヴの評価

    � 白色申告制度の意義とそのタックス・インセンティヴの評価

    � 現在の申告納税制度におけるタックス・インセンティヴ

    5.総括 青色申告制度の今後

  • 1.問題の所在と検討領域の限定

    �租税における政策税制の意義

    租税とは,「国家という強制団体がその統一意思に基づいて営む強制経済

    現象」(1),「国家が特別の給付に対する反対給付としてではなく,公共サービス

    を提供するための資金を得る目的で,法律の定めに基づいて私人に課する金

    銭給付」(2)

    等と定義される。すなわち,租税は,公共財供給の財源となる財を,

    私経済から公経済へ移転するための手段の主要なものとして論じられる。そ

    して,その強権性のために,その課され方すなわち私経済に対する租税のあ

    り方については租税法律主義や負担の平等性等の制限が加えられてきた。こ

    ういった課税権の制限のひとつに租税原則があり,日本の税制調査会では公

    平・中立・簡素の三原則を採用している。(3)この三原則のうち,中立の原則は

    「税制ができるだけ個人や企業の経済活動における選択を歪めることがない

    ようにする」(4)

    ことを要請する原則であると定義され,公平の原則とともに課

    税における差別的な取り扱いを禁止している。このような思考は,市場の完

    全性の前提から求められる。すなわち,課税が行われる前の段階において市

    場の均衡が達成されているのであれば,課税は市場経済から財を徴収する現

    象であるため,課税は市場経済に及ぼす悪影響にほかならないことになる。

    よって,市場経済が完全に効率的な状態にある場合には,その効率的な状態

    を可能な限り阻害しないような租税制度,すなわち市場経済の動向に対して

    中立・不干渉な税制が求められるのである。

    青色申告制度をめぐるタックス・インセンティヴ(古田美保)

    46

    (1) 井藤半彌『新版租税原則学説の構造と生成』千倉書房,1971年,183頁。(2) 金子宏「第一章 租税の意義と分類」金子宏他編『実践租税法体系(上)基本法編』税務研究会,1981年,8頁。(3) 税制調査会編『わが国税制の現状と課題 ―21世紀に向けた国民の参加と選択』2000年7月,15頁。(4) 同上,18頁。

  • 一方,このような反応のために,経済活動資源の減少要因である租税が,

    経済の成長を促しうることが指摘されてきた。(5)

    また,特に発展途上にある経

    済において,中立の要請に反する誘因規定を設定することは効果があること

    とされ,(6)

    租税制度内にこの誘因規定を置くことによる経済成長の促進は,特

    に広く用いられる手法である。(7)

    特に,法人企業の所得を課税標準とする法人

    税制は,市場経済に対する影響力を強くもちうる税制であるため,納税者た

    る法人企業行動に対して誘因となる規定が積極的あるいは消極的にも数多く

    存在する。これは,法人企業にとって租税は処分可能利益を減少させる要因

    であり,かつ,規定の多様性のゆえにマネジメントの対象となりうるためで

    ある。租税というコストが経済の方向性に対して影響をもちうるとされるの

    も,このような反応のためと考えられる。実際,日本でも,租税収入以外の

    経済政策の実現を目的とした租税特別措置法をはじめとする政策税制が導入

    されてきた。すなわち,「特定の政策目的に資するという租税政策上の配慮

    がなかったとすれば,税負担の公平その他の税制の基本的原則からは認め難

    いと考えられる実質的な意味での特別措置」(8)

    である。このような政策税制は,

    上記の不干渉な税制の要求の意味における中立原則にかかわらず肯定されう

    る。これは,市場が不完全な状態にある場合において,課税の誘因の結果が

    市場の効率化に資するものであるならば,租税を経済統制目的に利用しうる

    との思考に基づくものである。(9)

    この意味において,政策税制は広義の中立原

    甲南経営研究 第44巻第1号 (2003.6)

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    (5) Simon James and Christopher Nobes, The Economics of Taxation 1997 / 98 ed.,Prentice Hall Europe, Hertfordshire, 1998, p. 48.

    (6) United Nations, Incentive Policies for Industrial Development, United Nations Publi-cation, New York, 1970, pp. 9 10.

    (7) Ibid., pp. 40�41.(8) 税制調査会編『昭和51年度の税制改正に関する答申』1976年,3頁。(9) Richard A. Musgrave, The Theory of Public Finance, New York : McGraw-Hill Book

    Company, 1959, p. 141.(木下和夫監訳『マスグレイヴ財政理論Ⅰ』有斐閣,1972年,212頁。)

  • 則に合致するものと考えられる。

    すなわち,課税額すなわち経営上のコストを削減するため,税制には法人

    企業を含む納税義務者の行動を変化させうる強いインセンティヴが確実に存

    在し(10)

    ,同時にこのインセンティヴに従った行動の変化が政策上望まれている

    のである。

    �税務会計における政策税制のインセンティヴ

    税務会計は,税法における課税標準(課税所得金額)を算定するための会

    計で(11)

    あり,納税義務者の担税力を正しく把握することにその主眼があるとい

    える。税法上の担税力とは,第一義的には資本を超えて稼得した所得の金額

    であり,具体的には益金から損金を除いたもの,企業会計における利益金額

    を意味する。当該所得金額が課税標準となることで,租税が法人企業の活動

    に与える影響は最小限のものとなりえ,かつ,全法人に対する課税として一

    定の公平性が保たれうると考えられる。しかし,政策税制が置かれている場

    合には,政策目的に合致する行動へのインセンティヴとして,一定の要件を

    満たす納税義務者に軽課あるいは重課が与えられる。すなわち,ある納税義

    務者の担税力とは,処分可能利益に所定の軽課・重課の処置を加えて計算さ

    れた額であるべきであり,当該金額の算定が税務会計の目的であることにな

    る。この場合の“担税力”とは,理論上の課税所得金額に政策上の容認・修

    正が加えられた,政策目的に合致した金額である。

    したがって,納税義務者の行動を誘導する政策税制における軽課・重課と

    は,政策目的に合致し,かつその達成に資するものでなければならない。さ

    青色申告制度をめぐるタックス・インセンティヴ(古田美保)

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    (10) Arthur Seldon ed., Tax Avoision, London, The Institute of Economic Affairs, 1979,p. 39.

    (11) 武田昌輔「税務会計と企業会計」武田昌輔責任編集『税務会計論』中央経済社,1979年,4頁。

  • もなければ,当該軽課もしくは重課は,担税力を歪める要素となり,また,

    税制全体の公平性・中立性・簡素性のいずれも破綻させるからである。よっ

    て,税務会計上の問題として,政策税制の目的と当該軽課・重課の適正性に

    ついての評価,すなわち政策税制のインセンティヴと課税標準および課税額

    への影響のあり方に関する考察があると考えられる。

    �問題の所在と検討領域の限定

    青色申告制度は,シャウプ勧告に基づいて昭和25年の税制改正において,

    記帳慣行の普及を目的として所得税法および法人税法に導入された制度であ

    る。その導入目的は申告納税制度の普及にあったとされるが(12)

    ,このような制

    度は世界に類をみないとも言われている。(13)また,本規定は,導入当初は租税

    収入を得るという目的を超えて一定の目的を設定した規定という意味におい

    て,本法上の政策税制という位置付けも可能である。また,施行から半世紀

    以上経過した現在,その意義は変容していると考えられるため,現行の申告

    納税制度における青色申告制度および白色申告制度についても検討が必要で

    ある。

    以上の問題意識から,本稿においては,青色申告制度のインセンティヴと

    課税標準への影響の評価を行うことを目的とする。そのために,青色申告制

    度の沿革からその目的を明らかにし,その実施状況と影響力から当該税制の

    インセンティヴの内容とその効力の評価を行う。この考察から,政策税制を

    採用する場合の,その政策税制が納税義務者に与える行動への誘因すなわち

    タックス・インセンティヴのあり方についても考察が可能となると考えられ

    る。すなわち,政策目的に即した軽課ないしは重課,およびこれによる担税

    甲南経営研究 第44巻第1号 (2003.6)

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    (12) 『シャウプ勧告書』第4巻,付録D56 頁。(13) 首藤重幸「青色申告制度の目的と沿革」『日税研論集』第20巻,1992年5月,5頁。

  • 力算定の修正値のあり方に関する考察である。なお,青色申告制度は自然人

    に対する所得税および法人税に共通する制度であるが,本稿では,法人税制

    上の青色申告のみを検討対象とする。これは,営利目的を活動目的とする法

    人企業が,課税に対してより合理的なインセンティヴを見出し,行動を起こ

    すと考えられるためである。

    2.青色申告制度の沿革と普及状況

    �青色申告制度の沿革

    青色申告制度の趣旨とタックス・インセンティヴの内容を確認するために,

    まず制度の沿革を確認する。

    青色申告制度が導入されたのは昭和25年のことであるが,その導入後の過

    程は,青色申告制度に対する税制調査会の思考から,おおむね次のように区

    分されている。すなわち,量的拡大の時代(昭和25~30年),質的充実の時

    代(昭和30~38年),再量的拡大の時代(昭和38年~)という三区分であ

    る。(14)

    ただし,この区分は,個人所得税に関する青色申告制度への議論を含ん

    でおり,税制調査会の青色申告制度への対応を反映したものではあるが,法

    人課税における議論を示しているわけではない。法人課税における青色申告

    制度の沿革を考える場合,税制調査会の対応から,記帳慣行普及のための誘

    因規定の時代(昭和25~27年),誘因規定から税務資料要求規定への移行の

    時代(昭和28年~42年),税務資料要求規定としての時代(昭和43年~)の

    三区分が適当であると考えられる。以下この区分に従って検討を行うことと

    する。

    ①第1期;記帳慣行普及のための誘因規定の時代(昭和25~27年)

    青色申告制度は,法人に複式簿記による記帳と当該帳簿の保存義務を負わ

    せ,青色申告用紙による申告を行わせることと引換えに,一定の特典を付与

    青色申告制度をめぐるタックス・インセンティヴ(古田美保)

    50

  • する制度であるとされる。(15)

    昭和22年,法人税法にはすでに申告納税制度が導

    入されており,法人は自主的に自己の所得の金額を適格に把握し,それに基

    づいて申告しなければならないことになっていた。しかし,導入当時におい

    ては記帳慣行が乏しく,また,税務官吏は帳簿を信用しなかったために,い

    っそう記帳慣行が徹底されなかった背景があったと分析されている。(16)

    結果と

    して,認定課税を受けることを選択する法人が多く,実質的には賦課課税制

    度が継続しているような状況であったと考えられる。

    このような背景を受け,青色申告制度はシャウプ勧告に基づいて昭和25年

    税制改正において導入された。(17)

    すなわち,青色申告制度の当初の趣旨は,納

    税者である法人に自己の所得を算定するための正確な記帳を促し,申告納税

    制度の定着を図ることにあったといえる。青色申告制度はそのための誘因手

    段であり,その内容は,①純損失の繰越控除,②純損失の繰戻控除,③貸倒

    準備金勘定への繰入額の必要経費算入,④更正の特例(帳簿書類を調査した

    上でなければ更正されない保証)であった。(18)

    また,更正にあたってはその理

    由が付記されることとされた。(19)

    しかし,すでに記帳を行っているはずの法人

    においても,第一回の青色申告の普及割合が50%程度と低迷した。税務当局

    は,この不振原因について,納税者が賦課課税制度になじんでおり,また記

    帳慣習も乏しいという現実があり,さらに納税者の税務署に対する不信があ

    ったと分析している。(20)

    甲南経営研究 第44巻第1号 (2003.6)

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    (14) 国税庁三十年史編集委員会編『国税庁三十年史』1979年,61頁以下。(15) 吉国二郎総監修『戦後法人税制史』税務研究会,1996年,101頁(市丸吉左ェ門担当箇所)。(16) 前掲『勧告書』,第4巻,付録D56 頁。(17) 雪岡重喜『所得税・法人税制度史草稿』国税庁,1955年,245~246頁。(18) 前掲書,246~247頁。(19) 前掲書,251頁。(20) 税務大学校研究部編『税務署の創設と税務行政の100年』大蔵財務協会,1996年,92頁。

  • すなわち,この時代においては,申告納税に耐えうる記帳慣行が普及して

    いないとの認識のもと,担税力の算定上不可欠の規定のうち,継続的記録を

    計算要素として必要とする種々の規定を青色申告の“特典”とし,青色申告

    法人の増加を意図したと考えられる。すなわち,継続的に記録された帳簿を

    税務資料とする課税上の権利の回復の容認を誘因とする記帳慣行の普及が,

    青色申告制度の意義であった。したがって,この時代の青色申告を要件とす

    る制度は,法人企業の担税力の算定上控除項目となる要素について,継続記

    帳による権利の回復という意味における租税利益を内容とする。一方,資産

    再評価,圧縮記帳制度等全法人を対象とすることが必要とされる制度,試験

    研究用機械設備等の特別償却制度等特定の政策目的を達成するためにできる

    だけ多くの法人を対象とすることが要請される制度については,青色申告を

    要件とせず,全法人を対象として制度導入が行われていた。ただし,後半に

    おいては,政策税制が青色申告を要件とする制度として導入されており,次

    時代とのつながりを暗示しているものと考えられる。

    青色申告制度をめぐるタックス・インセンティヴ(古田美保)

    52

    表1 記帳慣行普及のための誘因規定の時代における主な税制改正

    導入年 青色申告を要件とする制度 青色申告を要件としない制度

    昭和25年

    更正決定に関する保証更正理由の付記欠損金の繰越控除・繰戻還付貸倒準備金の創設

    資産再評価等

    昭和26年

    価格変動準備金固定資産の特別償却・割増償却減価償却不足額の繰越制度新規取得機械等の割増償却

    工事負担金の圧縮記帳制度

    昭和27年

    退職給与引当金渇水準備金違約損失補償準備金重要機械の取得時1/2償却制度

    特別償却制度・試験研究用機械設備等・新築貸家住宅

  • ②第2期;誘因規定から税務資料要求規定への移行の時代(昭和28~42年)

    この時代に行われた青色申告に関連する税制改正には,租税負担の減免に

    つながる政策税制の要件として青色申告を採用し,また,重課を構成する政

    策税制および担税力計算上の権利に関する規定は青色申告を要件としないと

    いう傾向が見られる。重課を構成するものとしては交際費等課税制度が,ま

    た,権利に関する規定としては受取配当等の益金不算入規定や交換・買替の

    甲南経営研究 第44巻第1号 (2003.6)

    53

    表2 誘因規定から税務資料要求規定への移行の時代における主な税制改正

    導入年 青色申告を要件とする制度 青色申告を要件としない制度

    昭和28年異常危険準備金輸出損失準備金輸出所得の特別控除制度

    受取配当の益金不算入規定の整備

    昭和29年探鉱用機械設備等の特別償却制度 増資配当免税制度

    交際費の一部損金不算入制度

    昭和32年重要物産免税制度の改正 人格のない社団等に対する課税

    中小企業の資産再評価の特例

    昭和33年 新技術企業化用機械設備等の特別償却

    昭和34年 技術輸出所得の特別控除 交換の特例の創設

    昭和38年 中小企業者の機械等の割増償却制度 特定の事業用資産の買換えの特例

    昭和39年

    海外取引等割増償却制度海外市場開拓準備金制度中小企業海外市場開拓準備金技術等海外取引の所得特別控除海外投資損失準備金制度

    昭和40年賞与引当金探鉱準備金および探鉱費の特別控除等

    特定現物出資の場合の圧縮記帳小売商業共同店舗の特別償却

    昭和41年

    法人税額の特別控除・資本構成を改善した場合・特定設備を廃棄した場合・合併を行った場合

    昭和42年法人税額の特別控除・試験研究費の増加の場合・特定精紡機の廃棄の場合

  • 特例が特徴的である。すなわち,青色申告を要件とする制度に,記帳を行う

    ことに付随する“特典”が権利の回復を意味するといった性格が先の時代ほ

    どには見られず,租税上の優遇を受けるための要件としての青色申告制度が

    確認される。唯一といってよい例外が,賞与引当金の規定である。当時,企

    業会計慣行を尊重するという立場から,各種引当金の費用性はこれを認定し,

    担税力算定上控除されるべき項目とされていた。この引当金項目が青色申告

    を要件としたのは,前の時代を引き継いだ“特典”すなわち記帳による権利

    の回復と,これによる青色申告制度の普及の意図があったと見てよいと思わ

    れる。重課を構成する政策税制を青色申告要件としなかった点も,青色申告

    を行わないことへの不利となる要素の規定をもたないという点で,少なくと

    も青色申告制度普及に関する負のインセンティヴは生まなかったと考えられ

    る。しかし,全体としては,青色申告要件の意義は,先の時代に見られるよ

    うな記帳慣行の普及を意図したものから,政策税制の要件充足度合いの検証

    を可能とするものへと変容する傾向が見受けられる。

    ③第3期;税務資料要求規定としての時代(昭和43年~)

    この時代における最大の特徴は,青色申告制度の当初の趣旨である記帳慣

    行の普及が達成されたとの確認がされた点である。その端緒が,各種引当金

    の要件から青色申告を行う点を除いた改正に認められる。すなわち,記帳慣

    行が普及したために,担税力算定上不可欠の計算要素である引当金について

    青色申告要件をおく必要はないとの判断がされたのである。(21)

    この改正は,青

    色申告普及に歯止めをかける可能性が考えられ,申告納税制度における青色

    申告制度が通常の所得計算を超えて詳細な記録を要求するものであることを

    明らかにしたとも考えられる。また,この傾向が明白に確認される改正とし

    青色申告制度をめぐるタックス・インセンティヴ(古田美保)

    54

    (21) 吉国二郎総監修,前掲書,459頁(吉牟田勲担当箇所)。

  • 甲南経営研究 第44巻第1号 (2003.6)

    55

    表3 税務資料要求規定としての時代における主な税制改正

    導入年 青色申告を要件とする制度 青色申告を要件としない制度

    昭和43年(欠損金繰越控除制度の改正;連続青色申告要件の廃止)

    引当金・準備金制度に関する改正(青色申告要件の廃止)

    昭和45年 完成工事保証引当金制度

    昭和47年 プログラム保証準備金

    昭和48年 障害者を雇用する場合の機械等の割増償却等 土地譲渡益重課制度

    昭和53年 タックス・ヘイヴン対策税制

    昭和56年 エネルギー対策促進税制

    昭和57年 マイクロフィルムによる帳簿処理の保存制度

    昭和58年 地震防災応急対策用資産の特別償却

    昭和59年エネルギー利用効率化投資促進税制中小企業新技術体化投資促進税制

    ※白色申告法人の記帳義務

    昭和60年 中小企業技術基盤強化税制

    昭和61年 エネルギー基盤高度化設備投資促進税制

    昭和62年中小企業等事業基盤強化税制プログラム等準備金

    超短期所有土地譲渡益重課制度

    平成元年中小企業者等の特定事務用機器の取得価額の損金算入特例

    平成2年輸入促進税制(割増償却又は税額控除, 準備金)

    平成3年商業等施設の特別償却特定災害防止準備金

    平成4年エネルギー需給構造改革推進設備等の特別償却又は税額控除

    過少資本税制

    平成5年 中小企業機械投資促進税制

    平成6年 使途秘匿金課税

    平成7年 事業化設備等の特別償却又は税額控除

    平成8年 再商品化等設備の特別償却

    平成10年 中小企業投資促進税制 外国の罰金等の損金不算入

    平成11年 情報通信機器の即時償却制度

    平成14年 日本国際博覧会出展準備金

  • て,昭和59年の白色申告法人への記帳義務の導入があげられる。この記帳義

    務は,青色申告に比して簡易な方法によることが許されるが,この制度導入

    によって,すべての法人が一程水準以上の記帳を行わなければならないこと

    になった。すなわち,青色申告制度の当初の設定意図である記帳慣行の普及

    という意義は,達成され,あるいは失われたことになるのである。

    したがって,この時代以降の青色申告制度の意義は,記帳慣行の普及のた

    めの誘因としての申告制度の枠組みとしてのものから,税額算定上の税務資

    料としてのものへと完全に移行したものと考えられる。すなわち,政策税制

    に関しては,その要求する行為等の要件を当該法人が充足しているかの検証

    資料としての青色申告要件である。また,青色欠損金の繰越控除規定は継続

    記帳による課税上の権利の回復といえるが,そもそも繰り越すべき欠損金額

    の算定は正確な帳簿を備えていなくては不可能である。(22)

    これに関しても,そ

    の権利のあることを証明する税務資料としての青色申告要件であると考えら

    れるのである。

    �青色申告制度の普及状況

    法人に関する青色申告制度の普及状況は,以下のグラフのとおりである。

    このグラフに見るように,青色申告を行う法人の割合は,導入当初こそ50

    %程度であるが,その直後からあがり始め,昭和30年までにほぼ70%に達し

    ている。その後しばらく停滞傾向を示すが,昭和35年から昭和50年にかけて

    緩やかに上昇し,その後は90%をほぼ維持している。また,グラフにおける

    青色申告割合の算定の基礎となった法人の数には,休業中の法人を含んでお

    り,その上での平成13年度における青色申告割合が89.8%であるが,これを

    除いた場合,近年の青色申告法人の割合は98%程度となっている。(24)

    したがっ

    青色申告制度をめぐるタックス・インセンティヴ(古田美保)

    56

    (22) 武田昌輔「欠損金・損失金についての課税上の問題点」『日税研論集』第26巻,1992年5月,13頁。

  • 甲南経営研究 第44巻第1号 (2003.6)

    57

    表4 平成13年度における法人の青白区分

    資本金階級青色申告法人 白色申告法人

    法人数 % 法人数 %

    100万円未満 15,550 93.7 1,049 6.3

    100万円以上 7,910 96.7 269 3.3

    200万円以上 1,001,732 96.8 32,682 3.2

    500万円以上 294,549 97.9 5,479 2.1

    1,000万円以上 874,757 98.2 15,801 1.8

    2,000万円以上 208,496 99.4 1,324 0.6

    5,000万円以上 50,231 99.7 161 0.3

    1億円以上 28,863 99.5 133 0.5

    5億円以上 2,886 99.6 12 0.4

    10億円以上 4,743 99.9 5 0.1

    50億円以上 1,001 99.9 1 0.1

    100億円以上 1,367 99.9 2 0.1

    計 2,492,085 97.8 56,918 2.2

    (出所) 国税庁長官官房企画課『平成13年分税務統計から見た

    法人企業の実態』より作成

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    青色申告の普及状況と法人数の推移

    3,500,000

    3,000,000

    2,500,000

    2,000,000

    1,500,000

    1,000,000

    500,000

    0

    昭和25年

    昭和30年

    昭和35年

    昭和40年

    昭和45年

    昭和50年

    昭和55年

    昭和60年

    平成2年

    平成3年

    平成4年

    平成5年

    平成6年

    平成7年

    平成8年

    平成9年

    平成10年

    平成11年

    平成12年

    平成13年

    (出所) 国税庁「日本における税務行政」より作成(23)

    1009080706050403020100

    法人数

    青色申告普及割合

  • て,このグラフおよび表4から,営業活動を行っている法人企業については,

    ほぼすべての法人が青色申告を行っていると考えられる。ただし,近年にお

    いては,法人数の逓増に対して青色申告割合の逓減の傾向が観察される。ま

    た,資本金階級における構成比を見ると,資本金の額が少ないほど青色申告

    割合が低いという傾向が見られるが,同時にどの資本金階級も青色申告割合

    が100%にはなっていないことが観察される。近年の青色申告割合の逓減傾

    向も,主として2000万円未満の資本金階級に観察される。これは,青色申告

    制度が政策税制の適用要件すなわち政策税制の適用を受けるための検証資料

    としての意義が強まったことに伴い,軽課を構成する政策税制を必要としな

    い法人が存在することを示していると思われる。

    3.青色申告制度におけるタックス・インセンティヴの内容

    青色申告制度の当初の趣旨は,帳簿書類の記帳および保存の慣行を奨励し

    ようというものであった。(25)

    その達成は,端的には青色申告法人割合の増加で

    確認されうるが,これをもたらすインセンティヴの構造は二段階に分類され

    る。また,そのインセンティヴの構造に関して,本制度が他の政策税制と異

    なる点は,誘因が青色申告自体ではなく他の政策税制にあり,青色申告制度

    は誘因規定の要件としてインセンティヴを与えうるという点である。以下,

    誘因規定の趣旨・内容と比較しながら,各時代における青色申告制度への参

    加状況すなわち記帳慣行へのタックス・インセンティヴの内容を確認する。

    青色申告制度をめぐるタックス・インセンティヴ(古田美保)

    58

    (23) 計算の基礎となる法人数には休業中のものを含んでいる。http://www.nta.go.jp/category/outline/japanese/tab/tab08.htm

    (24) 国税庁長官官房企画課編『税務統計から見た法人企業の実態』各年度版。(25) 畠山武道「青色申告の承認制度(申請・承認・不承認・取り消し・取りやめ)」『日税研論集』第20巻,1992年,39頁。

  • ①第1期;記帳慣行普及のための誘因規定の時代

    記帳慣行の定着のために,更正に関する優遇以外の誘因規定を置くという

    提案は,青色申告制度の創設に関するシャウプ勧告によるものである。ただ

    し,シャウプ使節団は,金銭的特典を与える形での積極的な青色申告制度の

    勧奨策は,実額課税の目的と衝突するために望ましくないと(26)

    し,誘因策とし

    ての特典採用に一定の枠を設定しようとした。(27)

    このような背景のもと,青色申告制度に付随する“特典”は,記帳を前提

    として付与しうる種々の規定が中心となり,経済政策的な規定は青色申告を

    要件としない税制としてきたと考えられる。特に,繰越欠損金や貸倒準備金,

    退職給与引当金については,特典・恩典という臨時的な制度としての議論で

    はなく,継続的な記録が不可欠な課税上の計算規定を構成していたものと考

    えられる。一方,法人企業においてはその営業活動上,複式簿記による記帳

    には抵抗はなかったと考えられる。したがって,記帳慣行へのインセンティ

    ヴとしては,制度利用の利益と費用の落差すなわち制度内の傾斜が必ずしも

    大きくなかったものの存在し,またその“特典”行使のためのハードル,す

    なわち行為選択のためのコストが安価であったために,法人企業に有効なイ

    ンセンティヴを与え,青色申告割合の増加をもたらしたものと考えられる。

    ②第2期;誘因規定から税務資料要求規定への移行の時代

    この時代においては,記帳慣行へのインセンティヴと青色申告に付随する

    新設の“特典”の内容との間の因果関係は,先の時代ほどには存在しない。

    すなわち,この時代に創設・導入された青色申告を要件とする政策税制は,

    記帳慣行の推進を目的としうる課税上当然に要求される制度ではなく,別個

    の特定の政策目的を持ち,その租税減免額の算定上恣意性を排除するために

    甲南経営研究 第44巻第1号 (2003.6)

    59

    (26) 平田敬一郎『シャウプ第二次勸告の意義』大蔵財務協会,1950年,22頁。(27) 首藤重幸,前掲論文,12頁。

  • 記帳を必要とする制度であると考えられるのである。また,政策税制が青色

    申告以外に特定の行為を要求するものであるのに対し,交換や買換えの圧縮

    記帳等課税上の非効率を是正するための制度が青色申告を要件としていない

    ために,申告納税制度内のインセンティヴはかなり傾斜が不足していたと考

    えられる。

    したがって,法人企業行動を劇的に変化させうるインセンティヴが青色申

    告に関連しては発生しえず,この時代における青色申告割合の増加割合が鈍

    ったものと考えられる。しかし,折からの景気向上から,技術輸出所得の特

    別控除や特別償却・割増償却関連の資産購入等が可能な状況にある法人企業

    がかなりあったと考えられ,昭和35年以降の青色申告割合の上昇に寄与した

    ものと考えられる。すなわち,この時代の青色申告割合の上昇は,青色申告

    制度と政策的優遇措置とが密接な関連をもったことによるインセンティヴに

    起因すると考えられる。また,重課を構成する制度につき青色申告を要件と

    しなかったため,白色申告を行うことにインセンティヴを与えず,政策税制

    によって申告納税制度内にある程度の当該傾斜を担ったと考えられる。よっ

    て,個々の政策税制の誘因のすべてが,結果的に青色申告実施へのインセン

    ティヴとなり,青色申告を行わないことによる明確なデメリットも存在しな

    いことから,青色申告法人割合の上昇につながったと考えられる。また,各

    種引当金や青色欠損金については,青色申告を行うだけで全ての法人企業が

    租税負担を軽減しうる項目であるため,これらにインセンティヴを見出す法

    人企業もあったと考えられる。

    このようなインセンティヴの二重性は,記帳慣行の普及という当初の青色

    申告制度の趣旨が達成しつつある現状の把握とこれに対する対応の結果と考

    えられる。そして,この時代において,課税上の権利の回復を望むとともに

    種々の政策税制にインセンティヴを見出す法人企業に青色申告を促し,現在

    における高い青色申告割合の基礎が築かれたと考えられる。

    青色申告制度をめぐるタックス・インセンティヴ(古田美保)

    60

  • ③第3期;税務資料要求規定としての時代

    引当金等について青色申告要件を廃止したことは,青色申告制度の納税に

    おける基本的制度としての位置を喪失させ,政策税制とセットにして検討が

    行われる方向性を示した。この廃止は,当該引当金等が費用性を有すること,

    法人の大部分はすでに青色申告法人であり,また,それ以外の法人であって

    もある程度記帳が行われている現状であること,等の理由によるとされる。(28)

    また,青色欠損金の繰越控除規定についても,欠損金の繰越が所得計算の基

    本に関するものであるから恩典と考えるのは適当でないと(29)

    して,適用要件を

    緩和し,継続して青色申告を行っている必要はないとしている。すなわち,

    この時点において,青色申告制度が基本的な納税計算に不可欠な記帳慣行の

    ための制度という位置付けは放棄されていると考えられる。この方向性は,

    昭和59年の白色申告法人に記帳義務が付されたことで明確に確認され,青色

    申告制度の一義的な趣旨は記帳慣行の普及から離れたといえる。

    したがって,この時代以降の青色申告制度とこれを要件とする諸制度の趣

    旨は,記帳慣行の普及にはないと考えられる。青色申告割合の増加に関する

    インセンティヴの内容は,一定の政策目的に基づく租税優遇の政策税制その

    ものにあり,青色申告要件はむしろこの誘因を制限する要件としての規定と

    いう位置付けが可能であろう。そして,その制限を構成するのは,青色申告

    制度の中の帳簿保存義務および帳簿提示義務であると考えられる。

    しかし,この時代においても青色申告法人割合は緩やかに上昇しており,

    また特にその割合が低下することはなかった。したがって,青色申告要件は

    政策税制に存在する誘因を減殺するほどの要因とはならず,また,青色申告

    を行うことに特段の負のインセンティヴがなかったと考えられる。ただし,

    甲南経営研究 第44巻第1号 (2003.6)

    61

    (28) 吉国二郎総監修『戦後法人税制史』税務研究会,1996年,459頁(吉牟田勲担当箇所)。(29) 前掲書,460頁。

  • 近年において青色申告割合が逓減していることからも,政策税制自体のイン

    センティヴが十分でない場合には,青色申告を行うことの負のインセンティ

    ヴが相対的に大きくなると考えられた。

    ④青色申告制度内のタックス・インセンティヴ

    青色申告制度が要求する複式簿記による記帳およびその保存は,市場経済

    において営利追求を行う法人企業にとっては当然に実施しているはずの内容

    であり,また商法においてすべての商人に記帳義務が課されていることから,

    達成の容易さが予想される。事実,欠損金の繰越控除や貸倒準備金等の記帳

    を前提とする所得計算の基本に関するものとされる“恩典”の付与だけでも

    青色申告割合は上昇してきており,また,その後の各期においても一貫して

    上昇ないしは高い水準で推移していることから,青色申告制度の普及という

    意味におけるタックス・インセンティヴが確認され,成功と評価しうるもの

    と考えられる。(30)

    しかし,そのタックス・インセンティヴの構造は一貫したものではなく,

    時代ごとにその内容が異なっていたことが,これまでの検討から明らかであ

    る。したがって,時代ごとのインセンティヴ構造から,それぞれにおいて有

    効なインセンティヴを発揮しえた要因が読み取れると考えられる。すなわち,

    第1期においては,法人企業にとって利用が容易な制度内傾斜があったこと

    が有効なインセンティヴを構築しうることが推察された。第2期においては,

    メリットを明確に示し,制度内傾斜を示すことにより,インセンティヴを創

    出しうると考えられた。また,第2期は青色申告制度が付与するインセンテ

    ィヴの内容を変換してゆく過渡期としての性質も見出しうる。すなわち,第

    1期の記帳による権利の回復の側面を保存しつつ,政策税制の要件としての

    青色申告制度をめぐるタックス・インセンティヴ(古田美保)

    62

    (30) 畠山武道,前掲論文,40頁。

  • 役割を相対的に増加させていったことが,第3期における青色申告制度のイ

    ンセンティヴが変化する可能性を明示させたと考えられる。

    第3期において,前述のとおり,青色申告制度の趣旨と内容は変化した。

    この時代には,記帳慣行の普及はほぼ完了したとの認識があるため,青色申

    告を行うこと自体にはインセンティヴがなくなったと考えられる。結果的に

    青色申告のインセンティヴの大部分を担った各種の政策税制は,青色申告を

    行うこと以外に一定の行為を求めているため,全ての法人企業に対してイン

    センティヴを発揮するものではなくなったからである。また,青色申告が政

    策税制の要件となった点については,むしろ政策税制のインセンティヴの阻

    害要因となった可能性も指摘されうる。しかし,この時代においても青色申

    告割合は高い水準を維持しており,制度の利用に関する費用便益について,

    後者の優位が明らかな場合つまり制度内傾斜が明確である場合には,費用の

    存在がインセンティヴを阻害しないことが提示されたと考えられる。

    4.青色申告制度をめぐるタックス・インセンティヴの評価

    申告納税制度が賦課課税制度に代わって導入された当初は,青色申告制度

    の意義は申告納税制度のもとにおいて適正な課税を実現するために不可欠な

    帳簿の正確な記帳を推進することにあった。(31)

    この趣旨は創設以来変わってい

    ないとする論もあるが(32)

    ,すべての商人が商法に基づき記帳義務を有し,かつ,

    法人については昭和59年以来白色申告法人についても記帳義務が課されてい

    ることから,現行の青色申告制度には,記帳慣行の推進・普及ではなく,担

    税力算定上の詳細な税務資料としての意義が求められると考えられた。この

    ように,青色申告制度の意義は変容を見せたが,この制度のインセンティヴ

    甲南経営研究 第44巻第1号 (2003.6)

    63

    (31) 最高裁昭和49年9月20日判決。(32) 柳澤正則「青色申告」金子宏他編『実践租税法体系(上)』税務研究会,1981年,284頁。

  • すなわち青色申告制度を法人企業に採用させるためのインセンティヴは,制

    度施行以来現在にいたるまで存在し,かつ有効に作用してきたと考えられる

    のである。この点は,政策税制のインセンティヴのあり方の考察の土台とし

    て有用ではあると考えられる。

    以下,申告納税制度における青色申告の担税力算定への影響から,青色申

    告制度の評価を試みることとする。申告納税におけるもう一方の選択肢とし

    て,白色申告制度があるが,この選択肢の存在と青色申告制度のインセンテ

    ィヴの関連についても検討を行い,もって青色申告制度のあり方についての

    検討の土台とする。

    �青色申告制度の意義

    青色申告制度が要求するのは,所定の帳簿書類の備え付け,記録および保

    存することであり(法人税法126条),これらの履行の上で承認を求める形式

    となっている。また,明文の規定はないものの,税務官庁の職員により提示

    が求められた場合,当該帳簿書類の提示義務があるとされる。(33)

    第1期および

    第2期においては,このような記帳慣行の普及自体に青色申告制度の意義が

    存在していた。しかし,記帳慣行が普及した後の青色申告制度の意義は,帳

    簿の保存・提出義務に基づく税務資料要件に求められると考えられる。すな

    わち,詳細な記録・計算を要する課税所得計算および一定の政策目的実現の

    ためにある特定の行為等に基づいて租税の減免等が行われる政策税制の実施

    にあたり,当該特定の行為等の記録を要するために,帳簿の保存・提出義務

    を課す青色申告制度を要していると考えられるのである。また,前述のよう

    に,税制調査会は,第3期以降において記帳慣行は普及済みであるとの認識

    を示している。したがって,第3期以降の青色申告制度の意義は,現在の申

    青色申告制度をめぐるタックス・インセンティヴ(古田美保)

    64

    (33) 金子宏他編,前掲書,286~287頁。

  • 告納税制度における原則法としての役割が担わされているものと考えられ

    る。(34)

    すなわち,青色申告要件は各種政策税制の租税利益を得るための要件充

    足を証明することを求めるものであり,また,各種政策税制自体は本来全法

    人を対象として設計されていると考えられるのである。したがって,青色申

    告制度の目的は,青色申告の内容である詳細な帳簿保存を,できるだけ多く

    の法人が継続して行うことにあると考えられる。

    �現行の青色申告制度のタックス・インセンティヴの評価

    第3期以降の青色申告制度は,各種政策税制の税務資料要件としての意義

    が観察された。すなわち,当該制度導入時のように,青色申告の実施がすな

    わち租税利益を意味するのではなく,各種政策税制の租税利益を得るために

    要求される要件のひとつとなったのである。これは,法人企業行動を青色申

    告制度へ誘導するインセンティヴが弱くなっていることを意味している。近

    年における青色申告割合の逓減は,このインセンティヴの弱化が法人企業行

    動に影響を与えたものと考えられる。ここでは,青色申告制度の採用を継続

    させるインセンティヴの構造のあり方について検討を行う。

    青色申告と白色申告の差異は,記帳水準および帳簿保存・提示義務にある

    と考えられる。すなわち,青色申告を行う上での義務を怠った場合には青色

    申告承認の取り消しの処分に関する規定があり(法人税法127条1項),その

    該当した事業年度まで遡及して青色申告による“特典”を含めて取り消され

    る。また,青色申告を取り消された場合には,その後一年間は青色申告の承

    認を受けることができない(法人税法123条3項)。すなわち,青色申告制度

    内には,帳簿記録および保存を継続させるインセンティヴにあたる規定が存

    在する。一方,白色申告を行う場合には,帳簿作成・保存義務は課されるも

    甲南経営研究 第44巻第1号 (2003.6)

    65

    (34) 畠山武道,前掲論文,40~41頁。

  • のの,これを怠った場合における特別な罰則等はなく,この義務を継続して

    強制するようなインセンティヴを持つ規定は特に設けられていない。したが

    って,申告納税制度上,白色申告法人のうち青色申告を要件とする各規定に

    利益を見出す法人を青色申告へ誘導し,かつこれを単年度で取りやめること

    に一定の不利益をおくというインセンティヴ構造があると考えられる。そし

    て,青色申告における租税利益,すなわち法人企業に青色申告を行わせるイ

    ンセンティヴの源は,二種類に分類できる。その第一は,課税上の権利の回

    復に関するものであり,具体的には青色欠損金の繰越控除規定がこれに該当

    する。そして第二には,種々の経済政策に基づく軽課があり,特別償却や特

    別控除等がこれにあたる。したがって,これらが法人企業にとって常に,な

    いしは頻繁に租税利益である場合には,法人企業は青色申告を採用し,かつ

    継続するものと考えられる。

    次に,このそれぞれのインセンティヴの内容,すなわち課税所得の減少額

    の妥当性について検討を行う。第一のインセンティヴに分類される課税上の

    権利の回復,すなわち欠損金の繰越控除・繰戻還付に関しては,このインセ

    ンティヴ付与による課税所得減少は問題とならない。事業年度を一年間と設

    定し,その所得に対して課税を行うのは,課税技術上の要請であり,理論上,

    欠損金は前後にわたって通算の機会を持つべきである。(35)

    したがって,欠損金

    の繰越・繰戻をインセンティヴとする青色申告割合の増加は,正しい担税力

    算定の可能性を高めるものといえ,その際に生じる課税所得の減少額は妥当

    であるといえる。青色申告承認の取り消しの処分があった場合の青色申告承

    認申請ができない翌一年間は,この権利が制限されることとなり,適正な担

    税力の算定上歪みを生じさせることとなるが,青色申告継続のインセンティ

    ヴは構成することになるだろう。また,この歪みの妥当性については,青色

    青色申告制度をめぐるタックス・インセンティヴ(古田美保)

    66

    (35) 武田昌輔,前掲論文,12頁。

  • 申告が申告納税制度における原則であるとする立場からは,肯定しうるもの

    と考えられる。すなわち,原則的な申告納税を行わなかったことについて,

    例外的な計算が行われた結果としての欠損繰越控除の否定である。ただし,

    このような評価が可能であるためには,当該一年間の承認停止処分が,罰則

    的な性格であることが明示される必要があると考えられる。

    第二のインセンティヴに分類される政策的軽課については,一概には評価

    しえない。政策税制は,個々に特定の政策目的を持ち,当該目的に合致する

    よう設計がなされているはずであるので,個々の課税所得減少額が適当であ

    るか否かは個々では評価しえないからである。しかし,仮に各政策税制の設

    計がその目的に添って妥当であるならば,政策税制の施行にとって青色申告

    制度は有用であり,かつ,青色申告割合の増加のインセンティヴとして,政

    策税制による軽課は妥当であると評価しうる。一方,政策税制に基づく軽課

    が不当であった場合には,その適用の結果として担税力が適正には計算され

    えないこととなる。また,青色申告割合の高水準維持すなわち全法人に詳細

    な記帳を継続させることを当該制度の意義とするのであれば,各種政策税制

    を主たるインセンティヴの源泉とすることは,経済状況等の変化に応じて不

    適切であることも考えられる。すなわち,各種政策税制はその政策目的に沿

    った一定の行為を行った法人企業に租税利益を与えるインセンティヴ構造と

    なっており,この意味において政策税制からインセンティヴを受ける法人企

    業は限定的であると考えられる。したがって,当該第二のインセンティヴを

    受けて青色申告を選択する法人企業もまた限定的であることが予想される。

    また,政策税制とは市場の不完全性の是正を目的とする規定であり,改廃を

    前提として設計されている規定である。したがって,政策税制そのものが意

    義を喪失して廃止されることが考えられるが,この場合には青色申告制度の

    インセンティヴもなくなることとなる。よって,青色申告制度を原則的申告

    納税方式とし,青色申告割合を高い水準で維持することを目的としていると

    甲南経営研究 第44巻第1号 (2003.6)

    67

  • 考える立場からは,当該第二のインセンティヴの構造は,少なくとも青色申

    告継続のインセンティヴとして不十分であると考えられる。

    したがって,現行の青色申告制度は,達成された高水準の青色申告割合を

    前提としたものであり,法人企業を積極的に誘導し,また継続させようとす

    るようなタックス・インセンティヴ構造は存在しないと考えられる。

    �白色申告制度の意義とそのタックス・インセンティヴの評価

    青色申告を行うには,所定の帳簿書類の備え付け,記録および保存を行っ

    た上で,所轄税務署長の承認を求めなければならない。そして,この承認を

    求めない場合には白色申告によることとなり,法人企業には青色申告を行う

    か白色申告を行うかの選択肢が与えられている。

    青色申告が申告納税制度における原則法であるとするならば,申告納税の

    手法に関するタックス・インセンティヴのあり方としては,全法人が継続し

    て青色申告を行うようなものであることが望ましいこととなる。したがって,

    申告方法としての選択肢である白色申告制度の意義が問われる必要が生じる。

    これを検討する上で考慮しなければならないのは,青色申告と白色申告のい

    ずれにより申告を行うかが法人の任意であること,白色申告の記帳義務規定

    が導入された第3期において青色申告割合は右上がりに上昇したこと,およ

    び近年において青色申告割合の逓減が観察されること,の三点である。第3

    期の青色申告制度は,青色申告の履行がすなわち租税利益を意味するような

    誘因は薄く,制度自体には法人企業の申告行動を変化させる意図は設定され

    ていなかったと考えられる。したがって,特に第3期における青色申告割合

    の増減との関連において,白色申告制度内に存在するインセンティヴが検討

    される必要が提示される。すなわち,青色申告制度の原則法化に伴う白色申

    告制度の青色申告制度との対比におけるインセンティヴ規定化である。

    第一に考えられるのは,青色申告の原則法としての意義に対応する簡便法

    青色申告制度をめぐるタックス・インセンティヴ(古田美保)

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  • としての意義である。ここにいう“簡便”の意味は,帳簿保存・提示義務の

    履行を継続させ,かつ促進させうる規定が存在しないことに由来する。そし

    て,このことによる便益が,青色申告を行うことによる費用・便益を上回る

    との判断が可能な場合には,法人企業は白色申告を行いうるのである。これ

    は,白色申告制度に法人企業行動を誘導するインセンティヴを形成しうる。

    しかし,帳簿保存・提示義務を継続・促進させ得うる規定がないことのみで

    は,法人企業行動を変更しうるような大きなインセンティヴを構成するとは

    考えがたい。

    そこで考えられるのが,申告における原則法である青色申告を促進するた

    めの制度としての白色申告制度である。昭和59年に導入された白色申告法人

    に対する記帳義務規定は,政策税制等の“特典”なしで,記帳・帳簿保存の

    義務を課すものである。すなわち,白色申告制度のインセンティヴの内容と

    しては,青色申告制度に法人企業行動を誘導するインセンティヴを形成する

    と考えられるのである。そして,全法人を対象として設計された政策税制に

    ついて,一種の簡便法である白色申告を採用する法人を対象外とすることで,

    白色申告に制限を加える意図が読み取れると考えられる。

    したがって,白色申告制度の趣旨は,青色申告制度との対比において不利

    な規定を置くことによる青色申告のインセンティヴの強調にあり,その内容

    は次の点にあったと考えられる。まず,青色申告法人すなわち原則的な申告

    を行う法人に許可される租税特別措置等や青色欠損金の繰越控除規定に(36)

    より,

    白色申告に比しての青色申告の有利性が強調される。また,白色申告を行っ

    た場合にも記帳・保存の強制規定(法人税法150条の2)をおき,青色申告

    との実質的な同質性を達成しているため,青色申告への移行の容易性がある。

    甲南経営研究 第44巻第1号 (2003.6)

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    (36) 白色申告法人の場合は繰り越し可能な欠損金が災害損失に限定されるが,青色申告を行っている場合には欠損の内容を問わず繰り越すことができ,白色欠損金の繰越規定に比較して誘因が存在すると考えられる。

  • すなわち,優遇を受けられる規定のための条件が達成容易であり,なおかつ

    白色申告を行うことに明確な誘因が存在しないため,申告納税制度における

    青色申告制度と白色申告制度の間に傾斜が形成され,第3期においても青色

    申告割合の緩やかな上昇傾向が認められる一因となったと考えられる。しか

    し,白色申告制度には青色申告を行わないことに関する罰則的な取り扱いは

    存在せず,その負のインセンティヴはもっぱら各種政策税制の適用を受けら

    れないことに依存すると考えられる。したがって,欠損金を控除しうる所得

    が予想されず,各種政策税制の要求する一定の行為も予定していない法人に

    対しては,青色申告の有利性ではなく,白色申告の簡便性にインセンティヴ

    を与えるだろう。これが,近年の青色申告割合の逓減をもたらしているもの

    と考えられる。

    �現在の申告納税制度におけるタックス・インセンティヴ

    以上のように,青色申告制度が申告納税制度における誘因規定から原則へ

    と変化し,その“特典”は,記帳慣行を促進するための青色申告制度を主体

    とするものから,記帳慣行を前提とする政策税制を主体とするものへと推移

    してきた経緯が確認された。青色欠損金の繰越控除規定が法人企業に青色申

    告制度を採用させるインセンティヴとなっている可能性も指摘されうるが,

    欠損金の繰越は本来,法人企業の課税所得算定上当然に要求されるものであ

    り,欠損金の繰越が青色申告を要件とする意味は,継続的な帳簿記録があっ

    て初めて正確な欠損金額を算定することができることに依存すると考えられ

    る。(37)

    したがって,本規定に内在するインセンティヴは,法人企業行動を変化

    させるには不十分であると考えられる。すなわち,現在の青色申告制度には,

    記帳慣行の普及を主体とするインセンティヴを内在させ,法人企業行動を変

    青色申告制度をめぐるタックス・インセンティヴ(古田美保)

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    (37) 武田昌輔,前掲論文,13頁。

  • 化させようという趣旨は存在しないと考えられる。これは,原則的な手法に

    関するインセンティヴのあり方として適当であるとの評価も可能であると思

    われる。一方,白色申告制度には,青色申告法人とほぼ同様の記帳・保存義

    務を課す措置を置くこと等により,青色申告に比しての不利さを提示し,青

    色申告のインセンティヴ,すなわち,帳簿の保存および提示義務という青色

    申告の費用を超えた政策税制の有利性を強調する効果が考えられた。この両

    者があいまって,現在の高い青色申告割合が達成されたと考えられる。

    5.総括──青色申告制度の今後

    本来,申告納税制度のあり方としては,納税者がその課税所得および納税

    額を把握し,申告することが求められ,その記帳に関して責任を持つことも

    同時に求められると考えられる。(38)

    この意味において,青色申告制度が求める

    内容は申告納税制度における原則的内容であり,誘因規定としての青色申告

    制度は過渡的な制度である。したがって,記帳義務制度がすべての納税者に

    実施できるようになったとき,その使命を終えると(39)する税制調査会の思考は

    妥当なものと考えられる。そして,青色申告割合が97%を超える現在におい

    ては,青色申告制度はもはや誘因規定ではなく,税務行政における原則法と

    なり,付随する“特典”の内容も青色申告制度すなわち記帳慣行の普及から

    離れたものとなっている。このように青色申告制度が所定の目的を達成しえ

    たのは,種々の政策税制に固有のインセンティヴを除けば,記帳慣行の普及

    に応じてインセンティヴの内容を変化させ,かつ,白色申告制度を含めた申

    告納税制度内のインセンティヴを失わせなかったためであるとの評価が可能

    であると思われる。

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    (38) 鈴木豊『税務会計法:判例・裁決例の検討と課税比較』中央経済社,1994年,297頁。(39) 税制調査会編『昭和36年 国税通則法の制定に関する答申』1961年。

  • 現在の青色申告制度が,申告納税制度における申告の原則法であると定義

    した場合,青色申告要件の種々の政策税制が青色申告採用のインセンティヴ

    を担っていることは考えられるが,青色申告制度すなわち記帳慣行普及のた

    めの特別なインセンティヴを内在させる必要はなく,引き続き全法人対象を

    前提とした申告納税制度として存続することが考えられる。一方,事実上の

    簡便法ないしは青色申告の有利性を強調するインセンティヴを構成する白色

    申告制度については,そのインセンティヴのあり方について検討を加える必

    要がある。まず,白色申告制度の趣旨を明確にする必要がある。すなわち,

    一定の零細法人企業等に対する記帳義務の緩和を意図するのか,あるいは,

    青色申告制度の罰則規定すなわち青色申告制度促進を趣旨とするのか,とい

    う選択が考えられる。タックス・インセンティヴの観点からすれば,一つの

    誘因規定に複数の趣旨を置くのは,制度内のインセンティヴのあり方を弱め

    てしまうと考えられるからである。したがって,一定の法人に対する記帳義

    務の緩和は別制度とし,白色申告制度は青色申告制度促進に特化すべきであ

    ると考える。そして,白色申告制度内のインセンティヴ内容を改善すること

    により,白色申告制度のインセンティヴを有効なものとしうることが考えら

    れる。すなわち,各種圧縮記帳や欠損金の繰越控除規定について青色申告要

    件の規定とし,かつ白色申告法人の利用を制限する等の改訂を行うことによ

    り,青色申告を行わないことによる不利な規定としての性格が明確となり,

    青色申告制度の有利性を強調するインセンティヴを明確に発揮できるものと

    考えられる。

    また,青色申告制度の経験から,インセンティヴを変化させる場合には,

    あえてひとつの誘因規定に複数の趣旨を置くという手段も有効であると考え

    られた。

    青色申告制度をめぐるタックス・インセンティヴ(古田美保)

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