悪性黒色腫の尿中5-s-cysteinyldopa推移による治療評価...
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日皮会誌:94 (1 ), 39―43, 1984 (昭59)
悪性黒色腫の尿中5-S-cysteinyldopa推移による治療評価:
DTICクールと外科・免疫療法
猪井 孝 Manoi Mojamdar 市橋 正光 三島 豊
要 旨
昭和52年8月以降当科で経験した悪性黒色腫のう
ち,22症例(stage l 7例, stage II 7例, stage 111
8例)について,尿中5-S-cysteinyldopa (5-S-CD)の
推移と治療効果との関係を分析した.
Stage l,IIの症例に対しては,原発巣摘除術を行な
い術後当日よりDTIC (5-(3,3-dimethyl↓triazeno)
imidazole-4-carboχamide), ACNU (Nimustine
hydroch!oride)およびVCR (Vincristine)の三者併
用化学療法を行なった.さらに症例に応じて適宜免疫
療法も併せて行なった.治療に並行して経時的に尿中
5・S・CD量を測定し,治療効果および予後との相関性を
検討した.
Stage l,IIの症例では術後の尿中5-S-CD値が250
μg/24h.以下であれば転移の可能性は低いと考えられ
る.stage Ill の症例では全例で同値が600μg/24h.以上
あり,その上昇率の大きい程生存日数の短かい傾向が
うかがわれた.
緒 言
ヒトおよび哺乳動物の色素細胞内における
pheomelanin1)2)とeumelanin3)4)の共存する代謝過程
は,最近その本態が急速に明らかになりつつある.1975
年Agrupら5)が黒色腫進展に比例してpheomelanin
の主要中間代謝物質である5-S-CDが尿中に増加する
事を報告して以来,尿中および黒色腫内5-S-CDの動
態か種々の症例について明らかになされつつあ
る5)~9)
今回我々は, 1977年8月より1981年9月までの期間
神戸大学医学部皮膚科学教室(主任 三島 豊教授)
Takashi Inoi,Manoj Mojamdar, Masamitsu Ichiha-
shi,Yutaka Mishima : Therapeutic evaluation of
human malignant melanoma by urinary 5-s-
cysteinyldopa dynamics : Chemotherapy and sur-
gery.
昭和58年8月17日受理
別刷請求先:(〒650)神戸市中央区楠町7丁目5-1
神戸大学医学部皮膚科学教室 猪井 孝
に当教室で悪性黒色腫として診断治療された患者のう
ち,DTICを主とする化学療法を単独ないし手術,免疫
療法と共に行ないかつ尿中5-S-CDの動態を経過を
追って検索しえた22症例にっき, stagel,II,III別およ
び病型別に解析,報告する.
対象および方法
患者内訳をTable 1に示す.
年齢17~83歳,男10例,女12例, stage I 7例, stage
II 7例, stage m 8例.
化学療法:
1980年以降の16例にっいては,当教室の方針により
手術当日からDTICを5日間連日投与し計900mg,
VCRは初日にlmg, ACNUは2回目にlOOmg投与
し,これを1クールとした.但し1980年以前の6例に
ついては, VCRとACNUは同じ投与方法で, DTIC
のみは,1クール150~500mgの間で一定していない.
さらに症例により, OK-432およびBCG-CWSの皮内
注を適宜併用した.これら治療法とその黒色腫への効
果・生存曲線については別の論文10)11)で既述.
尿中5-S-CD測定方法:
2/容量プラスチック容器に,酢酸50mlおよびメタ
重亜硫酸ナトリウム1gを加え,24時間尿を採取した.
このうち10mlを用いてAnton and Sayre法12)で5-S-
CDを抽出し, Rorsmanの方法13)で螢光分光々度計に
て5-S-CD量を測定した.
結 果
Fig. 1はstage lのMelanoma 7例の手術と化学
療法前後の尿中5-S-CD量の推移を示したものであ
る.手術前の同値は53~390μg/24h.の範囲にあり,手
術後1ヵ月以内の値は1例を除き減少している.手術
後同値が500μgを越えた2例のうち,1例(Mm #63)
は患者か83歳と高齢であり,以降当科を受診できない
でいる.他の1例(Mm #52)は手術後62日目,70日目,
92日目に尿中5-S-CD値がそれぞれ196, 408, 757μg/24
h.と増加傾向を示した.またこの間に, PHAリンパ球
幼若化反応は, SI,o値が, 35.5から8.4に低下している.
このデータより主治医は転移巣の存在を疑い,全身を
40 猪井 孝ほか
Table 1 Stage別黒色腫患者内訳.
Case M.m. Regist.# Age/Sex Type Stage OK-432 BCG-CWS
1
2
3
4
5
6
7
52
53
63
67
69
72
74
61/F
63/M
83ノM
54/F
67/M
67/F
50/M
ALM
ALM
ALM
Pagetoid
ALM
Pagetoid
ALM
I
I
I
I
I
I
I
+
+
+
+
一
一
十
一
一
一
一
一
一
-
8
9
10
11
12
13
14
31
33
40
50
51
62
99
38/F
71/F
44/M
68/F
77/M
63/F
27/F
Nodular
Nodular
Nodular
ALM
Nodular
Nodular
Malig.BlueNevus
II
I1
11
1】
11
II
II
+
+
十
十
一
一
十
十
一
十
一
一
一
-
15
16
17
18
19
20
21
22
17
23
24
42
58
59
60
61
31/M
55/M
27/F
33/F
83/M
67/F
58/M
17/F
Pagetoid
Nodular
Nodular
Nodular
Hutchinson
ALM
Nodular
Nodular
UI
Ⅲ
Ⅲ
m
Ill
Ill
m
m
+
-
+
+
+
十
一
+
+
-
+
+
一
一
一
一
5-S-CD
μg/24h.
1000
500
250
ope.+chemotherapy Mm. types Nodular
Pagetoid
ALM
Hutch!nson
Changes of urinary 5-S-CObefore and afteroperation+chemotherapy.
stage l meiarioma
Fig. 1 初診時stage l黒色腫のtype別と手術ならびに化学療法前後の尿中5-S-CD
の推移.折れ線上の縦棒は化学療法の追加を示す.症例#63は83歳の高齢で以後来院
出来ず.
検索したが,転移を示唆する通常の所見は得られな
かった。しかし我々は万一の場合を考え,手術後97日
目に2クール目の化学療法を追加した。図中折れ線上
の縦棒がこれに相当する,この1週間後に尿中5-S-CD
は155に低下した.以上のstage l の7例中6例は,昭
和57年3月末時点で臨床的に転移を認めていない.
5-S-CD
ljg/24hope.+chemotherapy
5-S-CD
ug/24h
18000
10000
5000
黒色腫治療評価と尿中5-S-CD値
Mm. types Nodular
ALM
0 1{} 20 30 40 (weeks)
Changes of urinary 5-5-CDbefore and afteroperation+chemotherapy.
stage n melanoma
Fig. 2 初診時stage II黒色腫のtype別と手術ならびに化学療法前後の尿中5-S-CD
の推移.死亡例#40, #51は他院に転科のため当料で縦統治療出来ず.
……:Jト来院期間を示す.
Inter-relationship between survivaldurationand urinary 5-S-CD
stageⅢmelanoma
Fig. 3 初診時stage III黒色腫のtype別と当科初診日よりの生存期間ならびに尿中
5-S-CDの推移.
……-:JF来院期間を示す.
十:死亡した時を来す.
Fig. 2はstage II の7例につき手術と化学療法前後
の尿中5ふCD量の推移を示したものである.同値が
治療後も明らかな持続性上昇を示した2例(#40, 51)
41
は何れも死亡しているが,この2例は他院に転科の為
当科での継続治療ができず, stage Illとなり死亡し
た.なお,手術と化学療法直後も増加を示した1例(#
42 猪井 孝ほか
99)は, DTIC 900mg 1 クール追加後, 5-S・CD値は
漸減した.
Stage l,IIの14例中11例で手術後の同値は250μg以
下を示している.
Fig. 3はstage Ill の8例につき,当科初診日より数
えた生存期間と,尿中5-S-CD量の推移をみたもので
ある.図中の十字架は死亡した日を示す. stage Ill の
症例は,原発巣および同部よりの再発巣の摘除,さら
に所属リンパ節の郭清術等reduced surgeryを適宜う
けている.入院後DTICを症例に応じて1~6クール
投与した.しかしこれらの症例はすべて免疫・化学療
法にもかかわらず,当科初診後10~112週後に死亡して
いるものである.
Stage l,11の症例のうち,昭和57年3月末外来で確
認できた8例(Mm #52, 53, 67, 72, 69, 62, 50, 99)は
臨床的に転移を示していない.
考 察
Stage l,IIに関しては,未だ症例数は少ないものの,
術後の経過観察として尿中5-S-CD量を経時的に測定
し,これが250μg/24h.以下であれば転移の可能性は低
いと考えられる.
Stage IIIでは尿中5-S-CD量が最も低い症例でも
600μg/24h.以上ありさらに上昇率の大きい程生存期
間は短かい傾向がうかがわれる.
尿中5-S-CD量は個人差があり,転移の可能性を探
る指標としては,絶対値のみならず上昇率もよい指標
になると思われる.
文
1) Moiamdar, M。Ichihashi, M. & Mishima, Y.:
Effect of dopa-loading on glutathione-depen-
dent 5-S-cysteinyldopa genesis in melanoma
cells in vitro, /. Invest.Derm., 18: 224-226,
1982.
2) Prota, G.: Recent advances in the chemistry
of melanogenesis in mammals, ノ.Invest.Derm.,
75 : 122-127, 1980.
3) Mishima, Y., Imokawa, G. & Ogura, H.: Fun-
ctional and three dimensional differentiation of
smooth membrane structures in melanogenesis,
PigmentCell {Basel, S. Kamer},4:277-290,
1979.
4) Imokawa, G. & Mishima, Y.: Loss of
melanogenic properties in tyrosinases induced
by glycosylation inhibitors within malignant
melanoma cells, CancerRes。42 : 1994-2002,
1982.
5) Agrup, G。Agrup, P., Andersson, T., Falek, B.,
Fig. 1中の#52では手術前に比し,術後44μg/24h.と
低下した5-S-CDが,その後徐々に増大し, 757μgと高
値を示した.この7日後にDTIC900mg投与したとこ
ろ,投与7日後の同値は155μgに減少した.この患者
は昭和57年9月来院時,臨床的に転移を認めずその時
の5-S-CDは100μg以下であった.この事は,我々が行
なった通常の検索では見い出しえなかった腫瘍細胞が
存在し,これに対してDTICが奏効した,と我々は考
えている.
DTICの有効性および尿中5-S-CDの変動が,黒色
腫の病型の違いにより有意に差を認めえるかどうかに
関しては,当症例に関する限りは,明らかな傾向はみ
られなかった.
Stage Ill の症例中(#58, #42, #24, #23)においては,
死亡前に5-S・CD値が減少している.かかる現象は既
に三島1o)が報告しているが,その機序は未だ十分解明
しえていない.
なお当論文の症例には含まれていないが,我々は,
初診時既にstage IV でありながら,DTICを主とする
化学療法が著効を示し,尿中5-S-CDが臨床経過に一
致して相関低下を来した1症例を報告している14)
本論文の要旨は第81回日本皮膚科学会総会(昭和57年4
月3日)にて発表した.
本研究の一部は,文部省がん特別研究I N0. 57010048お
よび厚生省がん研究助成金によった.附記して謝意を表す
(三島 豊).
献
Hansson, J.-A. Jacobsson, H., Rorsman, H.,
Rosengren, J.-A. & Rosengren, E.: Urinary
excretion of 5-S-cysteinyldopa in patients with
primary melanoma or melanoma metastasis,
Acta Dermatovener,(Stockholm),S:337-341,
1975.
6) Agrup, G., Agrup, P., Anderson, T., Haf Strom,
L., Hansson, C, Jacobsson, S。Jonsson, P.-E.,
Rorsman, H., Rosengren, A.-M. & Rosengren,
E.: 5 years' experience of 5-S-cysteinyldopa in
melanoma diagnosis, Ada Dermatouewer.
(Stock加加A 59 : 381-388, 1979.
7) Mojamdar, M., Ichihashi, M. & Mishima, Y.:
Detection and quantitation of 5-S-cysteinyldopa
in melanotic and amelanotic melanoma in com-
parison with nonpigment cell tumors and it's
urinary excretion,/. Derm., 6 : 379-382, 1979.
8) Ichihashi, M。Moiamdar, M. & Mishima, Y.:
Experimental and clinical investigation on the
黒色腫治療評価と尿中5・S-CD値
dynamics of 5-S-cysteinyldopa in malignant
melanoma in vivo : Production, Excretion, and
Regulatory Factors, Pigment Cell,pp- 601-608,
edited by Seiji,M。8Univ. of Tokyo Press,
1981)。
9)森嶋隆文,花輪 滋:悪性黒色腫患者における尿
中5-S-cysteinyldopa排泄について,臨皮,35 :
819-823, 1981.
10)三島 豊:悪性黒色腫とその前駆症,日皮会誌,
89 : 928-935, 1979.
11)玉置昭治,三島 豊:悪性黒色腫とその前癌症
一臨床診断と治療予後一,日本臨床,41:
1424-1431, 1983.
43
12) Anton, A.H. & Sayre, D.F.: The distribution
of dopamine and dopa in various animals and a
method for their determination in diverse
biological materiais,J, Pharmacol. Exf). Ther.・,
145 : 326-336, 1964.
13) Rorsman, H., Rosengren, A.-M. & Rosengren,
E.: A sensitive method for determination of 5-
S-cysteinyldopa,Ada t:知rmatovener. (Stock-
加加リ,53 : 248-250, 1973.
14)猪井 孝, Manoj Mojamdar,市橋正光,三島
豊:DTICイヒ学療法等の奏効した悪性黒色腫尿中
5-S-cysteinyldopaの相関変動,日皮会誌,92:
1065-1069, 1982.