高速回転翼機技術の研究開発 - jaxa航空技術部門...x-2 の実用化版。vne 240kt,...

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高速回転翼機技術の研究開発 航空技術部門 航空システム研究ユニット 田辺 安忠、小曳 昇、杉浦 正彦 ヘリコプタに代表される垂直離着陸(VTOL)航空機は狭いところへの着陸や空中停止できる特性を生かして、国民生活に密着した救難救 急、消防防災など、幅広く利用されています。しかしながら、在来の形のヘリコプタの最大飛行速度は通常の固定翼飛行機と比較して著し く低く、運用範囲の制限となってきました。チルトロータ機であるオスプレイの配備に見られるように、世界的にも次世代の垂直離着陸機の 研究開発が本格化しています。現在進めている複合型ヘリコプタ実現に必須である高速回転翼技術に関する研究をご紹介します。 在来ヘリと高速ヘリの飛行範囲の比較 (準備時間も含めて15分の飛行) 現在(20141月時点)日本国内には43のドクターヘリ を運航する拠点病院が設置されているが、出動命令 15分以内に到達できる範囲のカバー率は離島を除 いてもまだ60%程度である。高速ヘリの導入により、 既存の拠点病院でも、約90%のカバー率に向上させ ることができる。 拠点病院の設置とドクターヘリ運航体制のコストを考 慮すれば、高速ドクターヘリの導入はユニット・コスト の視点から非常に効率的である。 カーラー曲線:救助開始時間と死亡率と の関係。 多量出血を伴う事故の場合、発生後15 分以内に救命措置を施すことでほぼ 100%命を救うことができる。 Sikorsky X-2 (米国) 開発:2008-2010共軸2重反転ロータにプロペラを追加した複合式 ヘリコプタ、 250kt EuroCopter ( Airbus Helicopters ) X3 (欧州) 開発:2010-2013在来ヘリのテールロータを無くし、主翼の両端にプ ロペラを追加した複合式ヘリコプタ、 255kt 近年開発された高速回転翼機 Bell-Boeing V-22 Osprey (米国) 開発:1982-1997年;製造:1997年- 回転翼の角度を変更することによる垂直/水平 飛行を可能としたティルトロータ方式、 275kt 構成:シングル・メインロータ、主翼の両端に電動プロペラを装備しアンチ・トルク装置として作動させる。 高速時の推進は尾部に取り付けた推進プロペラを用いる。 目標最大速度:270kt (500km/hr) (在来ヘリコプタの約2倍の飛行速度を達成する技術開発) 想定ミッション①:高速ドクターヘリ、15分以内で100km半径の地域をカバーする航空救急を達成。 想定ミッション②:高速防災ヘリ、大規模災害時、全国どこへでも2時間以内に到達して救助活動を開始。 想定ミッション③:高速海難救助ヘリ、日本のEEZ範囲内のどこへでも2時間以内に到達。 JAXA が提案する複合式ヘリコプタ 高速飛行に最適 なローター・ブ レード設計 低空力抵抗胴体 形状 電動アンチ・トル ク・システム 高速飛行時推 進用プロペラ 主翼の追加 ローターハブ部 の抵抗軽減 回転翼機/固定 翼機多重モード 制御方式 (1) 高速前進飛行(高アドバンス比)に適した先進ブレードの最適設計技術 (2) 空力抵抗を低減する洗練された胴体とロータ・ハブ形状 (3) 高速前進飛行時の揚力を分担する主翼と胴体尾部の推進用プロペラ (4) 前進飛行時の補助推力及びアンチトルクを生み出す主翼両端の電動プロペラ (5) 空中停止及び低速飛行時の回転翼機/高速飛行時の固定翼機の多重モード制御 これらの技術課題に対し、空力問題については、最近のCFD解析技術を用いて評価する予定である。 システム構築や飛行制御などの課題については、スケールダウン模型による風洞試験や飛行試験で検 証する計画である。 高速ヘリコプタを実現するために克服すべき技術課題 最適ハイミューロータ JAXA が実施すべき技術課題の絞り込み システムの成立性:スケールモデルでの飛行試験 回転翼機用統合解析ツールの構成 CFD/CSD連成解析:rFlow3D ブレード構造解析:rMode ロータ空力騒音計算:rNoise Outer Background Cartesian Grid Inner Background Cartesian Grid Inner Fuselage Grid Inner Rotating Main Rotor Blade Grid Inner Rotating Tail Rotor Blade Grid Inner grids Blade Fuselage Blade ヘリコプタの胴体と複数の回転翼 に対応した移動重合格子法 複雑な胴体形状は非構造格子で捉える (JANUS) 高速前進時のロータと主翼との干渉 (ロータの前進側と後退側では大差) ホバリング時のロータの ダウンウォッシュと主翼との干渉 機体の空力特性 2次概念模型による風洞試験 CFD解析技術 風洞試験技術 Lockheed AH-56 Cheyenne (米国) 開発:1966-1972在来ヘリのテールロータを残し、主翼とプロペラ を追加した複合式ヘリコプタ、 215kt Fairey Rotodyne (英国) 開発:1953-1962チップジェット、主翼にプロペラを追加した複合 式ヘリコプタ、 166kt 複合型ヘリコプタヘリコプタ開発の歴史 McDonnell Aircraft Corp. XV-1 (米国) 開発:1951- 主翼とプロペラを追加した複合式ヘリコプタ、 176kt Sikorsky S-97 Raider (米国) X-2の実用化版。 Vne 240kt, Cruise 220kt 飛行試験中 Airbus Helicopters Racer (欧州) Cruise 217kt 初飛行を2020年目標 現在開発中の高速回転翼機 JAXA が提案する複合式ヘリコプタの概念設計案 海外の機体の課題 過大なエンジンの搭載など、現状では速度記録の樹立を目的とした試験機 X2高速性とアンチトルクを生み出す二重反転ロータが複雑かつ大きな空力抵抗となる X 3 巨大な推進プロペラが乗客の近傍で回転している危険性、さらにホバリング効率の低下 も問題 JAXA提案のコンセプト 上記の欠点を克服するコンセプトの提案 高速前進飛行時に揚力を分担する低抵抗固定翼 高速前進飛行に適したメインロータ(ハイミューロータアンチトルクを生み出すとともに、電動化によって安全 性を高めた主翼先端部の電動サイドプロペラ 高速前進飛行を可能とする胴体尾部の高効率プッ シャー・プロペラ 空力抵抗を低減する洗練された胴体とロータ・ハブ形状 与圧可能なキャビンとドクターヘリのミッションに最適な 客室配置 高速コンパウンドヘリコプタの実現には産業界との連携が不可欠であ るが、JAXAが得意とする技術分野及びメーカから特に期待されている 技術分野であることを基準に、JAXAが実施すべき技術課題の絞り込 みを行った。 以下の技術課題について重点的に研究を行う。 【システム技術】 各種ミッションに応じた概念設計案の提案 各種設計ツール(諸元策定、トリム安定解析、最適化、CFD解析ツー ルなど)の構築と精度検証 【要素技術】 ロータと固定翼との空力干渉の軽減及び胴体とハブの低空力抵抗 形状の設計 高速飛行に最適なロータ・ブレードの設計(ハイミュー・ロータ) 飛行速度に応じた多重モード制御方式(操舵技術などを含む) 高速推進技術 電動化アンチトルクシステム JAXA提案概念機 スケールモデル ハイミューロータ 概念図 ロータ模型の風洞 試験 コンパウンドヘリの 全機形状CFD解析 研究開発スケジュール 課題 年度 H30 H31 H32 H33 H34 システムの成立性 機体の空力 低減 ロータと翼の空力 干渉低減 胴体の空力抵抗低 ロータハブのフェア リング 最適ハイミューロータ ハイミューロータ最 適設計 風洞試験とCFD解析に 空力干渉の効果の把握 と低減技術 搭載物要求を満たす設 計とCFD解析による空 力抵抗軽減 フェアリングの設計と CFD解析による空力抵 抗軽減 スケールモデル機体による機体コンセプトの成立性と飛 行性能確認 模型ロータによる試験検証 1次概念模型 2次概念模型 2次概念模型による 飛行軌跡 飛行データ 0 45 90 135 180 225 270 315 360 0 20 40 60 80 100 120 140 160 180 200 250 300 350 400 450 500 GPS Course [deg] GPS Speed [kt] Flight time [s] GPS Speed GPS Course 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1 250 300 350 400 450 500 main rotor μ Flight time [s] Max speed 120 kts Max mu greater than 0.8 μ=0.4 μ=0.6 μ=0.8 μ=0.9 ロータの前進率と流れ場の関係 最適ハイミューロータ概念(特許出願済) 参照機体(UH-60A)のロータ・ブレード ホバー性能比較 高速前進性能比較 0.000 0.002 0.004 0.006 0.008 0.010 0.012 0.014 0.016 0.018 0.00 0.02 0.04 0.06 0.08 0.10 C DE /σ C T /σ μ=0.8 Opti-Rotor UH-60 NASA JAXA が提案する複合式ヘリコプタ の計算例 各課題の進捗 研究開発の概要 U Advancing side Retreating side y/b=0.25 y/b=-0.25

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Page 1: 高速回転翼機技術の研究開発 - JAXA航空技術部門...X-2 の実用化版。Vne 240kt, Cruise 220kt 飛行試験中 Airbus Helicopters Racer (欧州) Cruise 217kt 初飛行を

高速回転翼機技術の研究開発航空技術部門 航空システム研究ユニット田辺 安忠、小曳 昇、杉浦 正彦

ヘリコプタに代表される垂直離着陸(VTOL)航空機は狭いところへの着陸や空中停止できる特性を生かして、国民生活に密着した救難救

急、消防防災など、幅広く利用されています。しかしながら、在来の形のヘリコプタの最大飛行速度は通常の固定翼飛行機と比較して著しく低く、運用範囲の制限となってきました。チルトロータ機であるオスプレイの配備に見られるように、世界的にも次世代の垂直離着陸機の研究開発が本格化しています。現在進めている複合型ヘリコプタ実現に必須である高速回転翼技術に関する研究をご紹介します。

在来ヘリと高速ヘリの飛行範囲の比較(準備時間も含めて15分の飛行)

現在(2014年1月時点)日本国内には43のドクターヘリ

を運航する拠点病院が設置されているが、出動命令後15分以内に到達できる範囲のカバー率は離島を除いてもまだ60%程度である。高速ヘリの導入により、既存の拠点病院でも、約90%のカバー率に向上させることができる。

拠点病院の設置とドクターヘリ運航体制のコストを考慮すれば、高速ドクターヘリの導入はユニット・コストの視点から非常に効率的である。

カーラー曲線:救助開始時間と死亡率との関係。多量出血を伴う事故の場合、発生後15分以内に救命措置を施すことでほぼ100%命を救うことができる。

Sikorsky X-2 (米国)開発:2008-2010年共軸2重反転ロータにプロペラを追加した複合式ヘリコプタ、 250kt

EuroCopter (現Airbus Helicopters ) X3 (欧州)開発:2010-2013年在来ヘリのテールロータを無くし、主翼の両端にプロペラを追加した複合式ヘリコプタ、 255kt

近年開発された高速回転翼機

Bell-Boeing V-22 Osprey (米国)開発:1982-1997年;製造:1997年-回転翼の角度を変更することによる垂直/水平飛行を可能としたティルトロータ方式、 275kt

構成:シングル・メインロータ、主翼の両端に電動プロペラを装備しアンチ・トルク装置として作動させる。高速時の推進は尾部に取り付けた推進プロペラを用いる。目標最大速度:270kt (500km/hr) (在来ヘリコプタの約2倍の飛行速度を達成する技術開発)想定ミッション①:高速ドクターヘリ、15分以内で100km半径の地域をカバーする航空救急を達成。想定ミッション②:高速防災ヘリ、大規模災害時、全国どこへでも2時間以内に到達して救助活動を開始。想定ミッション③:高速海難救助ヘリ、日本のEEZ範囲内のどこへでも2時間以内に到達。

JAXAが提案する複合式ヘリコプタ

高速飛行に最適なローター・ブレード設計

低空力抵抗胴体形状

電動アンチ・トルク・システム

高速飛行時推進用プロペラ

主翼の追加 ローターハブ部の抵抗軽減

回転翼機/固定翼機多重モード

制御方式

(1) 高速前進飛行(高アドバンス比)に適した先進ブレードの最適設計技術(2) 空力抵抗を低減する洗練された胴体とロータ・ハブ形状(3) 高速前進飛行時の揚力を分担する主翼と胴体尾部の推進用プロペラ(4) 前進飛行時の補助推力及びアンチトルクを生み出す主翼両端の電動プロペラ(5) 空中停止及び低速飛行時の回転翼機/高速飛行時の固定翼機の多重モード制御これらの技術課題に対し、空力問題については、最近のCFD解析技術を用いて評価する予定である。

システム構築や飛行制御などの課題については、スケールダウン模型による風洞試験や飛行試験で検証する計画である。

高速ヘリコプタを実現するために克服すべき技術課題

最適ハイミューロータ

JAXAが実施すべき技術課題の絞り込み

システムの成立性:スケールモデルでの飛行試験

回転翼機用統合解析ツールの構成CFD/CSD連成解析:rFlow3Dブレード構造解析:rModeロータ空力騒音計算:rNoise

Outer Background Cartesian Grid

Inner Background Cartesian Grid

Inner Fuselage Grid

Inner Rotating Main Rotor Blade Grid

Inner Rotating Tail Rotor Blade Grid

Inner gridsBlade

Fuselage

Blade

ヘリコプタの胴体と複数の回転翼に対応した移動重合格子法

複雑な胴体形状は非構造格子で捉える(JANUS)

高速前進時のロータと主翼との干渉(ロータの前進側と後退側では大差)

ホバリング時のロータのダウンウォッシュと主翼との干渉

機体の空力特性

第2次概念模型による風洞試験

CFD解析技術 風洞試験技術

Lockheed AH-56 Cheyenne (米国)開発:1966-1972年在来ヘリのテールロータを残し、主翼とプロペラを追加した複合式ヘリコプタ、 215kt

Fairey Rotodyne (英国)開発:1953-1962年チップジェット、主翼にプロペラを追加した複合式ヘリコプタ、 166kt

複合型ヘリコプタヘリコプタ開発の歴史

McDonnell Aircraft Corp. XV-1 (米国)開発:1951-主翼とプロペラを追加した複合式ヘリコプタ、176kt

Sikorsky S-97 Raider (米国)X-2の実用化版。Vne 240kt, Cruise 220kt飛行試験中

Airbus Helicopters Racer (欧州)Cruise 217kt初飛行を2020年目標

現在開発中の高速回転翼機

JAXAが提案する複合式ヘリコプタの概念設計案

海外の機体の課題• 過大なエンジンの搭載など、現状では速度記録の樹立を目的とした試験機• X2は高速性とアンチトルクを生み出す二重反転ロータが複雑かつ大きな空力抵抗となる• X3は巨大な推進プロペラが乗客の近傍で回転している危険性、さらにホバリング効率の低下も問題

JAXA提案のコンセプト上記の欠点を克服するコンセプトの提案

• 高速前進飛行時に揚力を分担する低抵抗固定翼• 高速前進飛行に適したメインロータ(ハイミューロータ)• アンチトルクを生み出すとともに、電動化によって安全性を高めた主翼先端部の電動サイドプロペラ

• 高速前進飛行を可能とする胴体尾部の高効率プッシャー・プロペラ

• 空力抵抗を低減する洗練された胴体とロータ・ハブ形状• 与圧可能なキャビンとドクターヘリのミッションに最適な客室配置

高速コンパウンドヘリコプタの実現には産業界との連携が不可欠であるが、JAXAが得意とする技術分野及びメーカから特に期待されている技術分野であることを基準に、JAXAが実施すべき技術課題の絞り込みを行った。

以下の技術課題について重点的に研究を行う。【システム技術】① 各種ミッションに応じた概念設計案の提案② 各種設計ツール(諸元策定、トリム安定解析、最適化、CFD解析ツー

ルなど)の構築と精度検証

【要素技術】① ロータと固定翼との空力干渉の軽減及び胴体とハブの低空力抵抗

形状の設計② 高速飛行に最適なロータ・ブレードの設計(ハイミュー・ロータ)③ 飛行速度に応じた多重モード制御方式(操舵技術などを含む)④ 高速推進技術⑤ 電動化アンチトルクシステム

JAXA提案概念機スケールモデル

ハイミューロータ概念図

ロータ模型の風洞試験

コンパウンドヘリの全機形状CFD解析

研究開発スケジュール

課題 年度 H30 H31 H32 H33 H34

システムの成立性

機体の空力低減

ロータと翼の空力干渉低減

胴体の空力抵抗低減

ロータハブのフェアリング

最適ハイミューロータ ハイミューロータ最適設計

風洞試験とCFD解析に

空力干渉の効果の把握と低減技術

搭載物要求を満たす設計とCFD解析による空

力抵抗軽減

フェアリングの設計とCFD解析による空力抵

抗軽減

スケールモデル機体による機体コンセプトの成立性と飛行性能確認

模型ロータによる試験検証

第1次概念模型 第2次概念模型

第2次概念模型による 飛行軌跡 と 飛行データ

0

45

90

135

180

225

270

315

360

0

20

40

60

80

100

120

140

160

180

200

250 300 350 400 450 500

GPS

Cour

se [d

eg]

GPS

Spee

d [k

t]

Flight time [s]

GPS Speed

GPS Course

0

0.1

0.2

0.3

0.4

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0.6

0.7

0.8

0.9

1

250 300 350 400 450 500

mai

n ro

tor

μ

Flight time [s]

Max speed 120 kts

Max mu greater than

0.8

μ=0.4 μ=0.6 μ=0.8 μ=0.9

ロータの前進率と流れ場の関係

最適ハイミューロータ概念(特許出願済)

参照機体(UH-60A)のロータ・ブレード ホバー性能比較 高速前進性能比較

0.0000.0020.0040.0060.0080.0100.0120.0140.0160.018

0.00 0.02 0.04 0.06 0.08 0.10

CD

E/σ

CT/σ

μ=0.8

Opti-RotorUH-60NASA

JAXAが提案する複合式ヘリコプタの計算例

各課題の進捗

研究開発の概要

U∞

Advancing side

Retreating side

y/b=0.25y/b=-0.25