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自動車工学基礎シリーズ
自動車の運動性能 堀内伸一郎(日本大学理工学部)
1. はじめに 自動車の運動を厳密に数式で表現しようとすると,非常に複雑な式が必要となる.しかし,操舵に対する基本的な運動特性だけを考える際には,・自動車を一つの剛体と見なす・上下運動などを無視する・走行速度を一定と見なす・左右のタイヤ特性は等しいなどの仮定を設け,横方向の並進運動と車体の向きに関する回転運動の 2自由度のみを考慮した簡単な式を用いることが多い. ここではこのような 2自由度運動方程式に基づいて,自動車の基本的な運動特性を説明しよう
2. 基本的な運動方程式 自動車の運動を剛体の平面運動と簡単化して考えると,その運動方程式はニュートンの運動法則に従って,(1) 質量×横向き加速度=横向き外力,および (2) 慣性モーメント×角加速度=外力による重心点回りのモーメントという 2本の式で表すことができる.左右2つのタイヤを中央にまとめた図 1のようなモデルを考えると,これらの式は
†
m( ˙ v + ur) = Ff + Fr (1)
†
I˙ r = l f Ff - lrFr (2)
と書くことができる.
図 1 簡単な自動車のモデル
ここで,
†
vは横速度,
†
rは車を上から見たときの回転に関する角速度(ヨーレイト)である.(1)式のカッコの中の項は横向きの加速度であり,横速度の微分値
†
˙ v と円運動を行うことによる求心加速度
†
urの和として表されている.また
†
Ff,
†
Frは前後のタイヤから発生する横向きの力を表す. 車体の横すべり角
†
bが小さい範囲の運動を考えることにすると,次のような関係が成り立つ.
†
u @ V , v = V sin b @ Vb (3)速度を一定と仮定しているので,上式の
†
vを微分すると
†
˙ v = V ˙ b (4)となる.これらの関係を用いると(1)式は
†
mV ( ˙ b + r) = Ff + Fr (1)'
と書き直すことができる.(1)式と(1)'式には本質的な差はないが,(1)'式のように
†
bを用いた方が自動車の運動を直感的に理解するのに適している.(1)'式,(2)式が剛体の平面運動と考えた自動車の基本的な運動方程式となる. 横すべり角が小さい場合,タイヤから発生する横向きの力はタイヤ横すべり角に比例すると見なすことができる.このような仮定は,車体の横加速度が 0.5G程度までは妥当であることが知られている.このとき,前後のタイヤ横すべり角を
†
b f ,
†
brとすると,前後タイヤはそれぞれ 2本ずつあるので,横力は
†
Ff = -2K f b f , Fr = -2Krbr (5)
と書くことができる.ここで,
†
+bに対して
†
-Fが発生するので,マイナス符号が付けられている.比例定数
†
K f,
†
Krはコーナリングパワーと呼ばれている.
†
b f ,
†
brは近似的に次のように表すことができる.
†
b f = b +l f
Vr -d , br = b -
lrV
r (6)
(6)式からわかるように,前輪横すべり角
†
b f には操舵角
†
dが含まれ,これが運動方程式に対する入力となる. (1)',(2)式に(5),(6)式を代入すると
†
mV ( ˙ b + r) = -K f b +l f
Vr -d
Ê
Ë Á
ˆ
¯ ˜
- Kr b -lrV
rÊ
Ë Á
ˆ
¯ ˜
(7)
†
I˙ r = -l f K f b +l f
Vr -d
Ê
Ë Á
ˆ
¯ ˜
+ lrKr b -lrV
rÊ
Ë Á
ˆ
¯ ˜
(8)
のような,自動車の運動を解析するのに便利な形の線形連立常微分方程式が得られる.自動車の基本的な運動特性はこの簡単な式で説明することができる.
3. 定常円旋回特性 (7),(8)式の微分方程式で表されるシステムの特性を調べ,自動車の運動性能を理解しよう. まず始めに,舵角
†
dを一定と仮定し,(7),(8)式の平衡点の性質を調べてみよう.平衡点とは微分方程式の微分項をゼロとおいて得られる代数方程式の解である.この代数方程式は未知数が
†
bと
†
rの 2つであり,式が 2本であるから,簡単に解くことができる.具体的にこの解を求めると次のようになる.
†
b =1-
m2l
l f
lrKrV 2
1+ AV 2lrl
d (9)
†
r =1
1+ AV 2Vl
d (10)
ここで,
†
Aは
†
A = -m
2l 2l f K f - lrKr
K f Kr(11)
である.
†
d = 0のとき,平衡点は
†
b = r = 0の直進状態を表している.舵角を変化させると,これに応じて一定の
†
bと
†
rが定まる.このよ
うな運動は一定速度,一定舵角で円旋回を行っている状態であり,定常円旋回と呼ばれている.この旋回半径を
†
Rとすると,
†
R = V / rであるから,(10)式から
†
R = 1+ AV 2( ) ld
(12)
となる.一定舵角で円旋回しているとき,もし,
†
A > 0であれば速度の増加とともに旋回半径が増加し,
†
A < 0であればその逆に,速度の増加とともに旋回半径が減少する.
†
Aの正負は(11)式からわかるように
†
l f K f - lrKrの正負によって決まる.すなわち,舵角一定の円旋回において,速度の増加に伴う旋回半径の変化は
†
Aの値,すなわち
†
l f K f - lrKrの値によって大きく異なることがわかる.このような
†
Aをスタビリティファクタと呼び,この値が正の車両をアンダーステア(US),負の車両をオーバーステア(OS),ゼロの車両をニュートラルステア(NS)という. 速度が非常に遅く
†
V 2 @ 0と見なせるとき,(9),(10),(12)式は
dbbl
lr== 0 (13)
†
r = r0 =Vl
d (14)
†
R = R0 =ld
(15)
となる.この状態は極低速時の旋回と呼ばれ,各タイヤは全く横すべり角をもたず(したがって,横力を発生せず),旋回している状態である. 横軸に速度の 2乗,縦軸に極低速時の旋回半径
†
R0と速度
†
Vで走行しているときの旋回半径
†
Rの比
†
R /R0をとると,図 2のようになる.これらの直線の傾きがスタビリティファクタを表す.
0
1
2
3
OS(A<0)
NS(A=0)
US(A>0)
V 2Vc2
RR
0
図 2 速度と旋回半径比の関係
OSの車両では速度の増加ととも
に旋回半径が減少し,速度
†
Vcの時に旋回半径が理論上ゼロとなる.このような
†
Vcを臨界速度という.この
†
Vcは
†
1+ AV 2 = 0より
†
Vc = -1A
(16)
となる.
0
10
20
30
40
0 10 20 30velocity [m/s]
-5-4-3-2-101
0 10 20 30velocity [m/s]
OS
NS
US
US
NS
OS
図 3 定常円旋回状態のヨーレイトと横すべり角
(9),(10)式からヨーレイトと横すべり角を具体的に計算すると図3のようになる.これらの図からわかるように,OSの車両はある有限の速度で,ヨーレイト,横すべり角とも発散し,定常円旋回ができない.この速度が(16)式の臨界速度である.NSの車両では速度の増加とともに線形的にヨーレイトが増加し,横すべり角は減少する.US車両のヨーレイトはある有限の速度で最大値をとり,それ以上の速度では緩やかに減少する.また,US車両の横すべり角は速度が増加したとき,式(9)において
†
V Æ •として
†
V Æ•lim b =
l f K f
l f K f - lrKrd (17)
のように負の一定値に収束する.(US車両では
†
l f K f - lrKr < 0である) ヨーレイト
†
rが得られれば,横加速度
†
ayは
†
ay = Vr =1
1+ AV 2V 2
ld (18)
より求めることができる.この式
から横加速度を計算すると,速度が大きくなったとき横加速度が1[G]を越えることになる.しかし,車両に運動を発生させる力はタイヤと路面との摩擦力であるから,実際には車両の横加速度はタイヤと路面との摩擦係数を
†
mとしたとき
†
m [G]を越えることはできない.横加速度が 1[G]を越えるのは,タイヤから発生する横力が(5)式のようにタイヤ横すべり角に比例していくらでも発生すると仮定したモデルを用いているためである.
4. 安定性と過渡応答特性 3.では,OS車両のヨーレイトと横すべり角が臨界速度で発散し,定常円旋回ができないことがわかった.ここではシステムの安定性の面からこの点を考えてみよう. システムの動的な安定性はそのシステムの特性根を調べることによって知ることができる.(7),(8)式において時間微分を sとおき,特性方程式を求めると次のような
†
sに関する 2次式が得られる.
†
A1s2 + A2s + A3 = 0 (19)
ここで,
†
A1
= mIV (20)
†
A2 = 2 m l f2K f + lr
2Kr( ) + I K f + Kr( ){ }(21)
†
4V
l 2K f Kr - 2mV l f K f - lrKr( ) (22)
である.このような特性方程式で表されるシステムが安定であるためには,すべての係数が正であることが必要である.
†
A1と
†
A2は常に正であるから,もし,車両が不安定になるとすると,(20)式で表される
†
A3が負となる時,すなわち
†
l f K f - lrKrが正であり,速度が
†
V =2l 2
mK f Kr
(l f K f - lrKr )(23)
を越えたときのみであることがわかる.
†
l f K f - lrKrが正であるとは,車両が OS特性をもつことを意味し,(23)式の速度は(16)式の臨界速度に等しい.すなわち, OS車両が臨界速度以上で定常円旋回できないのは,車両が動的に不安定になるためであると理解できる. もし,車両が USまたは NS特性であれば,どのような速度でも安定である.このような理由から,
yaw
rate
[ deg
/s]Si
desl i
p an
gle
[deg
]
市販車はすべて US特性になるように設計されている. また,(19)式の特性方程式を一般の 2次系の特性方程式
†
s2 + 2zwns + wn2 = 0 (24)
と比較することによって,車両の減衰比
†
zと固有振動数
†
wnを求めることができる.一般に 2次系の過渡応答の収束性は減衰比と固有振動数の積
†
zwnによって見積もることができ,この値が大きいほど全体的な応答の立ち上がりと収束がよいことが知られている.具体的にこれを計算すると
†
zwn =A22A1
=1V
l f2K f + lr
2Kr
I+
K f + Kr
m
Ê
Ë Á Á
ˆ
¯ ˜ ˜
(25)となる.この式から,速度が増加するにしたがって
†
zwnの値が減少し,過渡応答特性が悪くなることがわかる.式(24)の( )内は速度に関係せず,車両の特性のみによって決まるので,これを繰安キャパシティと呼び,操縦性・安定性の一つの指標とすることがある.高速でも過渡応答特性を良くするためには,できるだけ繰安キャパシティを大きくするように車両を設計すればよい.そのためには・コーナリングパワーを大きくする
・質量を小さくする・慣性モーメントを小さくすることが必要である.
5. 周波数応答特性 つぎに,周期的な操舵に対する定常応答を考えよう.このような応答は周波数応答と呼ばれている. いま,舵角を正弦波状に
†
d (t) = a sinw t (26)のように入力した場合を考える.システムが線形であれば,その定常出力
†
xは必ず
†
x(t) = bsin w t +f( ) (27)
の形で表されることがわかっている.すなわち,正弦波入力に対する定常出力は ・周波数は入力と同じ
†
wで, ・振幅が
†
aから
†
bに変化し, ・位相が
†
fだけずれる.したがって,入力の周波数に対し
て振幅比
†
b /aと位相差
†
fを調べることによって周期的入力に対する車両特性が把握できる. このような周波数応答特性を図に表したものが,図 4である.この図はハンドル舵角に対するヨーレイトの周波数応答である.このような図は(7),(8)式の基本的な運動方程式とステアリングギア比から計算によって求めることもできるが,実車実験のデータから求めることもできる.自動車の操縦性・安定性を検討する際には,このようなヨーレイト周波数応答を見ることが多い.ヨーレイト周波数応答は速度によって変化するが,一般には速度 100km/hのときの応答を見ることが多い.
-30
-20
-10
0
-60
-30
0
0.03 0.1 1 3frequency [Hz]
1
2
3
4
図 4 ヨーレイト周波数応答
図 4の上図は入力周波数に対する振幅比(ゲインと呼ぶことが多い),下図は入力周波数に対する位相差を表している.振幅比はデシベル[db](
†
x [db] = 20 log10 x )という単位で表すのが普通である.0デシベルは
†
0 [db] = 20 log10 xより,振幅比
†
xが 1であること,すなわち入力と出力の振幅が等しいことを表す.振幅比がマイナスは,入力の振幅より出力の振幅が小さいこと,振幅比がプラスはその逆で,入力の振幅より出力の振幅が大きいことを示す.また,位相差が負であるのは,入力に対して出力が遅れて出力されることを示す. さて,ハンドル舵角に対するヨーレイト周波数応答のグラフにおいて,注目する点を説明しよう. まず,注目するのはゲイン線図の 1の点,すなわち極低周波のゲ
インの値である.この値は極低周波すなわち一定舵角におけるヨーレイトの定常値を示している.図4ではこの値が約
†
-10 [db]であるから,一定舵角に対するヨーレイトの比は
†
-10[db] = 20 log10 xより,約0.32であることがわかる.すなわち,この車両はハンドル角を 10 deg切ると定常ヨーレイトは 3.2 deg/s発生することがわかる.この値は(10)式に対してステアリングギア比の影響を考慮した定常円旋回のヨーレイトに対応する. 注目点の 2番目は,ゲインのピークの高さである.(7),(8)式で表される自動車のモデルでは,減衰比
†
zが小さくなるとこのピークが高くなる.したがって,ピークの高さはヨー応答の減衰の程度を表す目安となり,良好な減衰特性をもつためにはピークがあまり大きくない方が望ましい.通常の乗用車ではこの値は 2から 4[db]程度である. 注目点の 3番目は,ゲインがピークをとる周波数である.このピーク周波数(共振周波数ということが多い)はほぼ固有振動数に一致するので,ピーク周波数が大きいほど速応性が良く,ドライバにとっては舵の効きが鋭いと感じられる.通常の乗用車では 1から 1.3 [Hz]の範囲に共振周波数が存在するが,スポーツカーではもっと高い値をもつものもある. 注目点の 4番目は,位相の遅れである.位相遅れが大きいほど,ハンドル舵角入力に対してヨーレイトの発生が遅れる.したがって,早い操舵に対して遅れなくヨーレイトが発生できるためには,位相遅れが小さい方が望ましい.一般には周波数 1[Hz]の位相遅れによってヨー応答特性を比較する.通常の乗用車は1[Hz]での位相遅れは20度から 40度程度の値をとる.
6.おわりに 簡単な運動方程式に基づいた運動性能の検討について述べた.タイヤ,サスペンション,ドライバ特性などを含めた運動性能の基礎講習会「自動車の運動力学」が5月 10日に東京で開催予定なので,さらにこの分野を深く勉強したい方はぜひご参加をお勧めしたい.
Phas
e [d
eg]
Gai
n [d
b]