中間赤外高分散分光器の検出器系設計 -...

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中間赤外高分散分光器の検出器系設計 地球惑星システム学講座 大森 中間赤外高分散分光観測装置(IRHS) は有機物の多様な骨格振動や各種珪酸塩における Si-O 骨格振 動が現れる N-ban d付近 (波長 8-13μm) において波長分解能λ/ Δλ= 50,000 を実現する高分散 Echelle 分光器である。従来、赤外線天文学においては高分散が容易で、かつ広い波長域の同時測定 が可能なフーリエ型分光器が重要な役割を占めてきたが、波長 10μm 帯の観測では大気の黒体輻射 が支配的な雑音源になり、その感度が低い欠点があった。しかしながら近年の半導体技術の向上によ りピクセル数 100,000 を超える中間赤外領域での 2 次元アレイ検出器 Focal Plane Array detector(FPA) が開発され、感度及び波長分解能においてフーリエ型分光器を凌駕する Echelle 分光器 の実現が可能になった。 IRHS の検出系には、Si:As IBC(impurity-band conduction)アレイ検出器(512×412 pixels, 30 μm/pixel, 5K 冷却, 1-28μm)を採用する。この検出器の各受光素子の直下に P-channel MOSFET プリントされ 10K 以下で動作可能な読み出し回路を構成している。この読み出し回路の仕様を以下 に示す①各受光素子に生じた光電荷を蓄積するソースフォロア、②ピクセル選択用の2系統のシフト レジスタ③上記回路の制御用の 8 つの独立したクロック入力、④データ出力用の 4 系統の信号線。実 際の IRHS での使用条件を考慮すると読み出しサイクルは数フレーム/ 秒となり A/D および制御クロ ックのシーケンスは 1μsec(1MHz) より高速であることが要求される。 このような 2 次元アレイ検出器の制御回路は一般に市販されていないため、本卒業研究においては、 この検出器の高い性能を最大限に発揮するハードウェアの設計開発及び動作試験を行った。この制御 回路のハードウェアにおいて、ホストコンピュータへの大量の画像データ転送に PCI Bus を用いる。 アクチュエータなどの駆動制御系も同一規格を採用し、観測装置全体のコストの低減、コンパクト化, 拡張性・信頼性の向上を図り、大口径望遠鏡に設置した際の遠隔操作に対応する。過去に検出器ドラ イバとして PCI 規格を用いた例は報告されていない。この PCI ボードは、HDL( ハードウェア記述言 )より論理信号出力の可能な FPGA(Field Programmable Gate Array)によって、PCIA/D コンバ ータ、及び上記 FPA のマルチプレクサー制御のための複雑なクロックを生成しつつ、4つの 16bit 2.5MHz A/D コンバータによる観測画像データ取得を同期して行い、ホスト PC へ直ちに転送する。 今回この 2 次元アレイ検出器の高速な制御を行う FPGA の動作を実現するために 8 チャンネルの クロックパターンを状態遷移図で表現し、それを基に HDL を生成した。FPGA の論理合成能力のみ を使用するこの方法は、従来の SRAM( 静的記憶領域) からの逐次出力によるクロック生成とは異なり、 FPA の動作条件の最適化が簡便かつ高速である利点がある。この方法により論理合成した当該検出器 全ピクセル読み出しに必要なクロックパターンの出力をデジタルアナライザーで直接測定したところ、 ベースクロック 5MHz 以上においての所定の動作を確認することができた。これは上記 IRHS の観 測条件を満たしており、かつアナログ波形も P-MOSFET の高速制御に十分な整形波形である。本研 究により、新規に開発した PCI 制御ボードが IRHS 検出系の要求を実現できていることが確認でき、 今後その他の天文観測に大きく貢献することが考えられる。

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中間赤外高分散分光器の検出器系設計

地球惑星システム学講座

大森 実

 中間赤外高分散分光観測装置(IRHS)は有機物の多様な骨格振動や各種珪酸塩における Si-O 骨格振

動が現れる N-band付近 (波長 8-13μm)において波長分解能λ /Δλ= 50,000 を実現する高分散

Echelle 分光器である。従来、赤外線天文学においては高分散が容易で、かつ広い波長域の同時測定

が可能なフーリエ型分光器が重要な役割を占めてきたが、波長 10μm 帯の観測では大気の黒体輻射

が支配的な雑音源になり、その感度が低い欠点があった。しかしながら近年の半導体技術の向上によ

りピクセル数 100,000 を超える中間赤外領域での 2 次元アレイ検出器 Focal Plane Array

detector(FPA)が開発され、感度及び波長分解能においてフーリエ型分光器を凌駕する Echelle 分光器

の実現が可能になった。

 IRHS の検出系には、Si:As IBC(impurity-band conduction)アレイ検出器(512×412 pixels, □30

μm/pixel, 5K 冷却, 1-28μm)を採用する。この検出器の各受光素子の直下に P-channel MOSFET が

プリントされ 10K 以下で動作可能な読み出し回路を構成している。この読み出し回路の仕様を以下

に示す①各受光素子に生じた光電荷を蓄積するソースフォロア、②ピクセル選択用の2系統のシフト

レジスタ③上記回路の制御用の 8 つの独立したクロック入力、④データ出力用の 4 系統の信号線。実

際の IRHS での使用条件を考慮すると読み出しサイクルは数フレーム/秒となり A/D および制御クロ

ックのシーケンスは 1μsec(1MHz)より高速であることが要求される。

 このような 2 次元アレイ検出器の制御回路は一般に市販されていないため、本卒業研究においては、

この検出器の高い性能を最大限に発揮するハードウェアの設計開発及び動作試験を行った。この制御

回路のハードウェアにおいて、ホストコンピュータへの大量の画像データ転送に PCI Bus を用いる。

アクチュエータなどの駆動制御系も同一規格を採用し、観測装置全体のコストの低減、コンパクト化 ,

拡張性・信頼性の向上を図り、大口径望遠鏡に設置した際の遠隔操作に対応する。過去に検出器ドラ

イバとしてPCI 規格を用いた例は報告されていない。このPCI ボードは、HDL(ハードウェア記述言

語)より論理信号出力の可能な FPGA(Field Programmable Gate Array)によって、PCI・A/Dコンバ

ータ、及び上記 FPA のマルチプレクサー制御のための複雑なクロックを生成しつつ、4つの 16bit

2.5MHz A/D コンバータによる観測画像データ取得を同期して行い、ホスト PC へ直ちに転送する。

 今回この 2 次元アレイ検出器の高速な制御を行う FPGA の動作を実現するために 8 チャンネルの

クロックパターンを状態遷移図で表現し、それを基に HDL を生成した。FPGA の論理合成能力のみ

を使用するこの方法は、従来のSRAM(静的記憶領域)からの逐次出力によるクロック生成とは異なり、

FPA の動作条件の最適化が簡便かつ高速である利点がある。この方法により論理合成した当該検出器

全ピクセル読み出しに必要なクロックパターンの出力をデジタルアナライザーで直接測定したところ、

ベースクロック 5MHz 以上においての所定の動作を確認することができた。これは上記 IRHS の観

測条件を満たしており、かつアナログ波形も P-MOSFET の高速制御に十分な整形波形である。本研

究により、新規に開発した PCI 制御ボードが IRHS検出系の要求を実現できていることが確認でき、

今後その他の天文観測に大きく貢献することが考えられる。

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2次元広域スペクトルフォーマットの

同時観測

<IRHS検出器>

*Si:As IBC(impurity-band conduction)アレイ検出器

*極低温(5K)で動作可能な

高速読み出しマルチプレクサ(MUX)

Chip Carrier

アレイ検出器MUX

Epoxy

Wire Bonds

Indium Bump

512×412 pixels, □30μm/pixel, 5K冷却, 1-28μm, ~1×105 electrons at 0.6 volt

1.65cm

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<読み出しマルチプレクサ>

読み出し積分リセット 読み出し

受光素子

制御クロック 検出器受光素子検出器受光素子512512××412412

Columnシフトレジスタ

Rowシフトレジスタ

PSSP1SP2S

PSF, P1F, P2F制御クロック

120μm

8系統のクロックで制御

⇒4系統の出力

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<CIA回路>・PチャンネルMOSFETのCIA(Charge Integration Amplifier)回路

受光素子

Rowシフトレジスタ

Columnシフトレジスタ

Vggcl

PRST

Vdet

Outputdata

赤色:ソースフォロア回路⇒インピーダンス変換

-3.5V

-1.2V

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<制御回路の必要条件>

・アレイ検出器の8系統制御クロックパルスの高速出力 Maximum frame Rate: 6Hz →Master Clock Cycle ≦ 2.5MHz・A/D変換によるデータ取得(クロックパルスに同期) Maximum Data Rate: 2.5MHz * 16 bit * 4 output = 20MByte/s・大型望遠鏡の焦点部に設置、遠隔操作(~500m) →PC/AT 互換機のハードウエア、ソフトウエア資産を継承・検出器の増設,および将来のLarge Formatted Arrayに対応  →“1 board for 1 array detector”

PCI規格:ホストPCにおける主力バス、高速(133MByte/s)cf: VME Bus (20MByte/s, 天文観測用I/F)

新たな制御回路の設計・製作に着手

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<制御回路の概要>

検出器

マルチプレクサ

4系統出力

A/Dconverter

クロックジェネレータ

制御用FPGA

フレームメモリ

Host CPU

制御信号 データフロー

8系統clock

PCI ボード

PCI Bus上データ転送レート 133MB/sec

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Isolator A/D converterを電気的に絶縁

8系統clock

フレームメモリSIMMRAM16MB

クロックジェネレータクロックを生成しMUXの読み出しー積分ーリセットの動作を制御

PCI・A/D制御用FPGASRAM領域を大容量FIFO(First-In-First-Out)として用い一定量のデータを蓄積後ホストCPUからのシグナルで読み出し

本卒業研究→MUX動作用クロックジェネレータの設計開発

4 output data

A/D converter( 2.5MHz 16bit)

<PCI規格制御回路>

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<クロックジェネレータの設計目的>

・従来のクロックジェネレータ MUXへ

・本研究のクロックジェネレータ

FPGA

カウンタに対して波形が変化するシーケンスを論理回路で表現しFPGAに合成

clockスタート信号

clock波形データ

SRAM

CPU

特徴 大容量の静的記憶領域が必要になる    回路が大規模になる

2.  クロックジェネレータの設計・性能評価

シーケンサ

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<FPGA(Field Programmable Gate Array)>

FPGA

・ハードウェア記述言語(HDL)を用いFPGA内の小規模の基本ロジック セルを電気的に配線することにより論理回路を製作

・専用シミュレータより、設計したクロックパターンの確認が容易

・HDLにより表現した論理回路はFPGAにPCI Bus経由で書き込む。 (回数制限無し、ただし電源を落とすと消去される。)

・3つの設計方法(回路図設計、HDL設計、状態遷移図設計)がある。抽象度 小 大

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<状態遷移図設計>

PSSP1SP2S

clear address Load First Bit ① ② ③ ④ ⑤ ⑥highlow

a b a c d a ea

fa a a

e fa a

e f

b c e a f a e

① ② ③

クロックパターン

シフトレジスタ

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<状態遷移図>

a

cb

f

1

COUNT=2

98

76

5

4

3

2

d

eCOUNT=30

COUNT:=COUNT+1COUNT:=COUNT+1

COUNT=29

COUNT:=COUNT+1COUNT:=COUNT+1

COUNT=25

COUNT:=COUNT+1COUNT:=COUNT+1

COUNT=22

COUNT:=COUNT+1COUNT:=COUNT+1

COUNT=20

COUNT:=COUNT+1COUNT:=COUNT+1

COUNT=7

COUNT:=COUNT+1COUNT:=COUNT+1

COUNT=5

COUNT:=COUNT+1COUNT:=COUNT+1

COUNT:=COUNT+1COUNT:=COUNT+1

@ELSE

COUNT:=COUNT+1COUNT:=COUNT+1

@ELSECOUNT:=COUNT+1COUNT:=COUNT+1

@ELSE

START='1'

COUNT:=COUNT+1;COUNT:=24;COUNT:=COUNT+1;COUNT:=24;

COUNT=34

COUNT:=COUNT+1COUNT:=COUNT+1

COUNT:=COUNT+1COUNT:=COUNT+1

@ELSE

COUNT:=COUNT+1COUNT:=COUNT+1@ELSE

COUNT:=COUNT+1COUNT:=COUNT+1

@ELSE

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<結果> デジタルアナライザよりFPGA出力のクロックパターン取得・デジタルアナライザのデータ取得間隔 ⇒5.0 ns・FPGAのMaster Clock Cycle ⇒ 25.175 MHz

<考察>Master Clock Cycleの7サイクルで1回読み出し

よって全素子読み出すためのMaster Clock Cycleは

512×(412/4)×7 ≒ 4.0×105 サイクル

MUXは1秒間で最速6フレーム読み出し可能

Master Clock Cycleは2.5MHz必要

製作したFPGAのMaster Clock Cycle→ 25MHz

40nsの精度で

クロック最適化可能

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3. まとめ

・PCI規格制御回路を導入により検出器からの高速読み出し可能

・状態遷移図設計を使いシーケンサとしてFPGAを設計することで

クロックパターンを40nsの精度で最適化可能

4. 今後の課題

・バイアス電源ボードの設計

・PCI規格制御回路の入出力応答とシステムノイズの測定

・2次元アレイ検出器の常温における動作試験

・2次元アレイ検出器の極低温における動作試験