駆け込み需要における購買行動の要因とパターンに...

19
駆け込み需要における購買行動の要因とパターンに関する分析 ○土屋良太(早稲田大学)高橋真吾(早稲田大学) Analysis of Factors and Patterns of Consumer Behavior in Last Minute Surge in Demand Tsuchiya, Ryota (Waseda University) and Takahashi, Shingo (Waseda University) 1. 研究背景 1.1. 社会的背景 2014 4 1 日から消費税が 5.0%から 8.0%に,2015 年の 10 1 日には 10.0%まで引き 上げられることが決まった.そして,増税による駆け込み需要が発生すると見込まれている.駆 け込み需要とは,ある商品について値上げが行われる際に,消費者が値上げ前にその商品を購入 しようとし,一時的に消費量が増える現象のことである[1].世間では,駆け込み需要とその反 動によって個人消費が左右されることや,経済への悪影響が懸念されている.企業の中には,セ ールによって実質的に増税分を消費者に負担させない施策を打ち出そういというところもある. そのような消費税引き上げへの対策をとろうとする企業の行動に対して,「消費税還元セール」 などの表現を禁じる法案が可決されるなど,消費税増税にまつわる動向が取り沙汰されている. これらの現象は,増税による需要の変動を危惧してのものだと考えられる.しかし,そもそも駆 け込み需要がどのようなメカニズムで発生しているかについては十分に解き明かされておらず, それゆえ,企業や政府がどういった施策をとることが効果的であるかもわかっていない. 1.2. 学術的背景 駆け込み需要の発生原因については溜川[2]がミクロ経済学的基礎付けを行い,合理的な行動 で説明ができると結論付けた.ここでは,合理的な家計を想定し,異時点間の効用を最大化する ように行動するものと仮定し,分析することで,駆け込み需要が生じる際の命題を得ている.溜 川は,経済の状態や,所得の不確実性についても言及し,駆け込み需要の発生条件や,需要額の 大きさについても分析をしている. 消費税増税の経済や需要への影響に関する研究もある.前野ら[1]は消費増税による経済損失 を駆け込み需要の現象について計量分析を行い,耐久消費財についてのみ政策提言を行ってい る.他にも,2014 4 月からの増税による駆け込み需要への影響や,駆け込み需要の発生時期 をずらした場合の消費の変動を試算して予測するもの[3]や,過去に増税が行われた時期の消費 支出の変化から,消費税増税による消費抑制効果は一時的なものであるというもの[4]がある. 消費税増税と消費行動について,上田ら[5]は,消費税が 3%から 5%に増税される際の消費行 動変化を心理的要因から分析し,こだわりの度合いによって消費行動の変化に違いがあるとし 進化経済学会第18回金沢大会発表論文 2014年3月1516日 in 金沢大学

Upload: others

Post on 16-Aug-2020

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 駆け込み需要における購買行動の要因とパターンに …toyomumasaki.w3.kanazawa-u.ac.jp/evo/15TuchiyaRyota.pdfた. しかし,消費税増税による,ミクロな消費者行動の変化からマクロな駆け込み需要への影響

駆け込み需要における購買行動の要因とパターンに関する分析

○土屋良太(早稲田大学)高橋真吾(早稲田大学)

Analysis of Factors and Patterns of Consumer Behavior

in Last Minute Surge in Demand

Tsuchiya, Ryota (Waseda University) and Takahashi, Shingo (Waseda University)

1. 研究背景

1.1. 社会的背景

2014 年 4 月 1 日から消費税が 5.0%から 8.0%に,2015 年の 10 月 1 日には 10.0%まで引き

上げられることが決まった.そして,増税による駆け込み需要が発生すると見込まれている.駆

け込み需要とは,ある商品について値上げが行われる際に,消費者が値上げ前にその商品を購入

しようとし,一時的に消費量が増える現象のことである[1].世間では,駆け込み需要とその反

動によって個人消費が左右されることや,経済への悪影響が懸念されている.企業の中には,セ

ールによって実質的に増税分を消費者に負担させない施策を打ち出そういというところもある.

そのような消費税引き上げへの対策をとろうとする企業の行動に対して,「消費税還元セール」

などの表現を禁じる法案が可決されるなど,消費税増税にまつわる動向が取り沙汰されている.

これらの現象は,増税による需要の変動を危惧してのものだと考えられる.しかし,そもそも駆

け込み需要がどのようなメカニズムで発生しているかについては十分に解き明かされておらず,

それゆえ,企業や政府がどういった施策をとることが効果的であるかもわかっていない.

1.2. 学術的背景

駆け込み需要の発生原因については溜川[2]がミクロ経済学的基礎付けを行い,合理的な行動

で説明ができると結論付けた.ここでは,合理的な家計を想定し,異時点間の効用を最大化する

ように行動するものと仮定し,分析することで,駆け込み需要が生じる際の命題を得ている.溜

川は,経済の状態や,所得の不確実性についても言及し,駆け込み需要の発生条件や,需要額の

大きさについても分析をしている.

消費税増税の経済や需要への影響に関する研究もある.前野ら[1]は消費増税による経済損失

を駆け込み需要の現象について計量分析を行い,耐久消費財についてのみ政策提言を行ってい

る.他にも,2014 年 4 月からの増税による駆け込み需要への影響や,駆け込み需要の発生時期

をずらした場合の消費の変動を試算して予測するもの[3]や,過去に増税が行われた時期の消費

支出の変化から,消費税増税による消費抑制効果は一時的なものであるというもの[4]がある.

消費税増税と消費行動について,上田ら[5]は,消費税が 3%から 5%に増税される際の消費行

動変化を心理的要因から分析し,こだわりの度合いによって消費行動の変化に違いがあるとし

進化経済学会第18回金沢大会発表論文 2014年3月15-16日 in 金沢大学

Page 2: 駆け込み需要における購買行動の要因とパターンに …toyomumasaki.w3.kanazawa-u.ac.jp/evo/15TuchiyaRyota.pdfた. しかし,消費税増税による,ミクロな消費者行動の変化からマクロな駆け込み需要への影響

た.

しかし,消費税増税による,ミクロな消費者行動の変化からマクロな駆け込み需要への影響

についての分析はなされておらず,駆け込み需要にどのような発生パターンがあり得るのかは

わかっていない.そして,需要が変動する際に,消費者の行動がどう変化したのかについても明

かされていない.

2. 研究目的とアプローチ

本研究では,企業や政府の効果的な施策を考える上で必要になる購買行動の特性を調べるた

めに,どのような要因が駆け込み需要の発生に影響するのか,また,駆け込み需要にはどのよう

なパターンがあり得るかを分析する.溜川[2]のモデルでは完全合理的な家計が仮定されていた

が,上記の要因を分析するため,本研究では消費者について限定された合理性および満足化を追

究する人[6]であることを仮定して,エージェントベースモデルを構築し,シミュレーションを

行う.駆け込み需要には,様々な要因の不確実性や相互作用の影響があると考えられる.このよ

うな社会システムに対する問題には,エージェントベースモデルを用いた社会シミュレーショ

ンが有効であるといわれている[7].そこで,本研究ではエージェントベースモデルを構築し,

シミュレーション実験を行うことで分析を行う.

3. 表現したい問題状況

本研究が対象とする問題状況は消費税増税により生じる駆け込み需要である.過去には消費

税が導入された平成元年,消費税が増税された平成 9 年それぞれにおいて駆け込み需要とみな

される現象が起きていた.

平成元年の消費の特徴として,保存の効く品目において,消費税実施前の 3 月に駆け込み需

要とみられる大幅な数量増加がみられた[8].平成 9 年では,その年の家計調査年報[9]によると,

財区分それぞれにおいて駆け込み需要があったとされている.共通してみられるのは,増税が施

行される月や期の前に需要量が大きくなり,増税後に反動として需要が縮小する現象である.本

研究ではこの問題状況を表現したい.

4. モデル

本研究では,上記のような問題状況を表現するモデルを,商品と消費者に注目して構築する.

商品は耐久期間の違いを表現できるように,消費者は異質性や消費者間の相互作用を表現でき

るようにモデル化する.駆け込み需要において消費者は,平常時であれば将来に購買を検討する

商品について,増税時には早い時期に検討し,早めに購買するか,まだ購買しないかの異時点間

選択を行っていると解釈できる.その決定によって購買タイミングが平常時に比べ早まり,増税

時期の直前に需要が増大し,駆け込み需要となる様子により駆け込み需要を表現する.

消費者エージェントは,現在保持している商品の消費の進行具合,周囲の購買状況,価格の

変化予測により購買行動を行う.また,単純化のため,消費者の購買行動は何らかの形で反復的

進化経済学会第18回金沢大会発表論文 2014年3月15-16日 in 金沢大学

Page 3: 駆け込み需要における購買行動の要因とパターンに …toyomumasaki.w3.kanazawa-u.ac.jp/evo/15TuchiyaRyota.pdfた. しかし,消費税増税による,ミクロな消費者行動の変化からマクロな駆け込み需要への影響

である[10]とされていることに基づき,消費され尽したら購買するという購買行動を想定する.

商品は商品シナリオによって耐久期間が異なり,増税シナリオによって価格の変化が見込まれ

る.

図 4-1 モデル概要図

4.1. 商品空間

本研究における商品とは,一つの商品やブランドではなく耐久財や非耐久財の区分単位を指

す.商品は購買時点から時間が経過するにつれ消費され,いずれ失われる.商品が失われるまで

の耐え得る期間を耐久期間と呼び,本研究では耐久財と非耐久財を耐久期間の違いによって表

現する.

4.1.1. 商品の初期生成

商品はシナリオに従い,耐久期間 DT と,増税時期を考慮した価格 pricetを与え,生成する.

本モデルでは他商品との相互作用は排し,商品は単一であるとする.

4.2. 消費者空間

消費者空間には N 人の消費者エージェントが存在し,各自が商品の効用を算出し,購買決定

を行う.消費者は効用関数と希求水準を持つ.商品の購買による効用を算出し,効用が希求水準

を超えたことを満足したといい,満足した場合に購買判定を行う.満足しなかった場合や購買判

定の結果,その時点で購買しなかった場合には,消費が進行する.

4.2.1. 消費者の初期生成

消費者エージェントは,現在時点での購買による現在効用と将来時点での購買に見込まれる

将来効用を算出し,購買行動をとる.効用は,消費率 cRate,効用係数α,価格ウェイトβ,外

部性ウェイトγ,ネットワーク外部性 E,経過時間 spent,時間選好率 TP により算出される.

行動フローは次であり,順次説明していく.

図 4-2 消費者エージェントの行動フロー

購買

消費の進行具合周囲の購買状況価格の変化予測

消費者 商品

価格変化耐久期間

(3) 商品の消費

(2) 購買判定

(1) 満足判定

進化経済学会第18回金沢大会発表論文 2014年3月15-16日 in 金沢大学

Page 4: 駆け込み需要における購買行動の要因とパターンに …toyomumasaki.w3.kanazawa-u.ac.jp/evo/15TuchiyaRyota.pdfた. しかし,消費税増税による,ミクロな消費者行動の変化からマクロな駆け込み需要への影響

(1) 満足判定

消費者は行動の初めに現在効用を算出する.現在効用は現在保持している消費の進行具合と

周囲の状況により定められる.消費の進行具合による効用は,後述するハザード率を用いる.こ

れはハザード関数 h(t)(t は購買時点からの経過時間)により算出する.周囲の購買状況はネッ

トワーク外部性とし,次式のようにこれらの和を現在効用とする.

.)( ,, EspenthU inowiinow

αは,ハザード関数により算出されるハザード率と呼ばれる確率をもとに,効用値に変換す

るための係数である.E はネットワーク外部性を指し,周囲の購買状況を表現する.βはネット

ワーク外部性の影響を点数化するための係数で,外部性ウェイトと呼ぶ.

ハザード率が消費の進行具合による効用を表す.ハザード率は「時点 t まで購買しないとい

う条件下で,ちょうど時点 t に購買する瞬間的な確率」であり,ハザード関数で算出される.ハ

ザード関数は生命表関数と呼ばれる関数群の一つであり,本研究では,消費は線形に行われると

いう仮定により定義した生存時間関数から次式が導かれる.

ti,

i

,

1)(

spentcRate

DTspenth ti

cRate は消費率と呼び,消費者が 1 ステップにつき商品をどの程度消費するかを意味する.

上式はつまり,商品が失われるまでの残りステップ数を分母にした関数で,反比例の関数になっ

ている.範囲は[0,1]である.

周囲の購買状況はネットワーク外部性 E による影響とし,次式で定義する.

N

haserrecentPurcE

recentPurchaser は最近購買者数と呼び,これは最近の範囲を定義し,その範囲内で購買し

た人数である.最近の範囲は耐久期間に比例するように与える.

現在効用が希求水準を超えた場合,次に購買判定を行う.

(2) 購買判定

現在効用と将来効用を用いて,現在時点で購買を行うかどうかを判定する.将来効用は,次

式で定義する.

.-)( ,,

now

nowfuture

ifutureiifutureprice

pricepriceTPspenthU

これは商品が失われる時点の購買による効用を現在価値に割り引いた値と,価格の変化によ

る影響により決定するという式である.価格差による影響は,ウェーバーの法則に則り,現在時

点と将来時点における価格差を現在の価格で割ったもので表現する.αは現在効用と同じく,ハ

進化経済学会第18回金沢大会発表論文 2014年3月15-16日 in 金沢大学

Page 5: 駆け込み需要における購買行動の要因とパターンに …toyomumasaki.w3.kanazawa-u.ac.jp/evo/15TuchiyaRyota.pdfた. しかし,消費税増税による,ミクロな消費者行動の変化からマクロな駆け込み需要への影響

ザード率を点数化するための係数であり,γは,価格差による影響を点数化する係数である.TP

は時間選好率という異時点間選択において重要な要因[11]であり次のように与えられる.

i

idelayk

TP

1

1[11].

delay は遅延時間であり,本モデルでは,

nowi,

i

spentcRate

DT+ .

により求められる.k は定数で,本モデルでは選好逆転現象がみられるように調整して決める.

選好逆転現象とは,異時点間選択においてみられる現象で,報酬呈示時点が近づくにつれて,長

遅延多量報酬から短遅延少量報酬へと選好が切り替わることである[12].

この将来効用と現在効用を用いて,二項ロジットモデルによる選択確率 pp を算出し,これ

に従い購買判定を行う.

)exp()exp(

)exp(

,,

,

ifutureinow

inow

iUU

Upp

二項ロジットモデルは,家計が購買時点において製品を選択するか否かを定式化する確率選

択モデルである[13].

(3) 商品の消費

消費者エージェントがもつ経過時間 spent をインクリメントすることで消費過程を表現する.

5. 妥当性

構築したモデルの妥当性を検証する.異時点間選択における選好逆転現象[12]の再現と,平

成 9 年の消費税増税時のふるまいを再現することで妥当性を得る.また,それぞれの過程で,モ

デル内のパラメータに値を与える.

5.1. 選好逆転現象

ここでは,異時点間選択における現在効用と将来効用の選好逆転現象を再現できる定数 k の

値を探る.単純化のため,ネットワーク外部性と価格変化による影響は排した条件で時間経過に

よる効用を算出し,商品の耐久期間を 50,消費率を 1 と設定する.経過時間に伴って現在効用

が優位になる様子が確認できれば,選好逆転現象を再現できたといえる.そのため,評価方法と

して,将来効用を現在効用で割った効用比を用いる.効用比が 1 を下回れば,現在効用が優位に

なったといえる.下図は,k=0.8 の結果である.

進化経済学会第18回金沢大会発表論文 2014年3月15-16日 in 金沢大学

Page 6: 駆け込み需要における購買行動の要因とパターンに …toyomumasaki.w3.kanazawa-u.ac.jp/evo/15TuchiyaRyota.pdfた. しかし,消費税増税による,ミクロな消費者行動の変化からマクロな駆け込み需要への影響

図 5-1 選好逆転現象の再現

このように,k=0.8 のときに選好逆転現象を再現できることがわかった.また,k の値を動か

してみると,0.7~0.9 の範囲内で同様に逆転現象が確認されたため,定数 k の範囲は本モデルに

おいて 0.7~0.9 にする.

5.2. 平成 9年の駆け込み需要

ここでは,再現ターゲットである平成 9 年の消費税増税時の駆け込み需要について紹介する.

尚,消費税は平成元年に導入され,駆け込み需要も確認されているが[8],同時に物品税の廃止

も行われたため,消費税による駆け込み需要という現象の再現ターゲットとしては相応しくな

いと判断した.

平成 9 年の家計調査年報[9]では,財・サービス区分別消費支出(季節調整済み)の実質金

額指数の対前期上昇率を指標に駆け込み需要における変動をみている.これによると,増税時

期前後の対前期上昇率は,次のような関係になっており,これらを定性的評価の指標とする.

①増税前は耐久財>非耐久財,②増税直後は耐久財<非耐久財,③増税後の回復は耐久財>非

耐久財.

図 5-2 平成 9 年の消費税増税時期の対前期上昇率

さらに,家計調査年報のデータを参考に,本研究において対象とする耐久財と非耐久財それ

ぞれの定量的評価指標は,次表のように設ける.また,以降,増税が施行される期を増税期,増

0

0.2

0.4

0.6

0.8

1

1.2

1.4

0 10 20 30 40 50 60

効用比

経過時間

-25

-20

-15

-10

-5

0

5

10

耐久財 非耐久財

平成8年7~9月

10~12月 平成9年1~3月

4~6月

7~9月

10~12月

対前期上昇率

進化経済学会第18回金沢大会発表論文 2014年3月15-16日 in 金沢大学

Page 7: 駆け込み需要における購買行動の要因とパターンに …toyomumasaki.w3.kanazawa-u.ac.jp/evo/15TuchiyaRyota.pdfた. しかし,消費税増税による,ミクロな消費者行動の変化からマクロな駆け込み需要への影響

税期の直前の期を増税直前期と呼ぶ.

表 5-1 商品シナリオごとの定量的再現ターゲット

商品シナリオ 定量的再現ターゲット

耐久財 増税直前期の対前期上昇率は 5~10%増加

増税期の対前期上昇率は 15~20%減少

非耐久財 増税直前期の対前期上昇率は 0~5%増加

増税期の対前期上昇率は 0~5%減少

以上のような定性的条件と定量的条件を満たすパラメータの値を探りながら,再現実験を行

う.

6. 実験

まず,構築したモデルを用いて,再現ターゲットを再現する.この過程で,モデルの外的妥

当性を確保しつつ,モデル内のパラメータを定め,シミュレーションに用いる値を獲得する.

その後,現行の消費税率 5%からどのように 10%まで引き上げるかという増税シナリオに則っ

た実験を行う.増税シナリオは,1%ずつ 5 年間かけて増税する政策(毎年増税),8%,10%と

段階的に増税する政策(段階増税),一度に 10%に増税する政策(一気増税)をモデル内に表

現し,どのようなパターンが得られるか調べる.

6.1. 再現実験

再現実験では,平成 9 年の家計調査年報から得られた再現ターゲットを再現するために,キ

ャリブレーションと呼ばれる,パラメータの値調整も行う.

ここで,キャリブレーションの方針について述べる.まず,本研究の仮定により定められる

パラメータに値を与える.仮定から与えられないパラメータについては,モデルの構造上標準的

だと思える値を事前に計算して与え,シミュレーションを行う上で,簡単にする必要のあるもの

は簡単になるように与え,これらを基本設定とする.その後,基本設定によって与えた値を用い,

各パラメータの感度分析を行う.値は感度の高いものから決めていく.また,感度分析の過程で,

望ましい値に近いものがあれば記録しておく.それぞれのパラメータを動かした結果を見た後,

記録していた望ましい値に近い結果を出した値を用いて,どの組み合わせが望ましい結果を出

すか,さらにキャリブレーションを行っていく.

耐久財,非耐久財ともにキャリブレーションを終え,結果をグラフにしたものが次の図であ

る.

進化経済学会第18回金沢大会発表論文 2014年3月15-16日 in 金沢大学

Page 8: 駆け込み需要における購買行動の要因とパターンに …toyomumasaki.w3.kanazawa-u.ac.jp/evo/15TuchiyaRyota.pdfた. しかし,消費税増税による,ミクロな消費者行動の変化からマクロな駆け込み需要への影響

図 6-1 再現実験の結果

定性的評価は図より,妥当性の項で述べた①②③の条件をすべて満たしたことが確認できる.

続いて定量的評価であるが,シミュレーションを 100 試行行い,対前期上昇率の平均値をみる

ことで評価を行う.結果は,表 6-1 のようになっている.

表 6-1 再現結果の定量的評価

商品シナリオ 定量的再現ターゲット 100 試行平均値の結果

耐久財 増税直前期の対前期上昇率は 5~10%増加 +0.0691

増税期の対前期上昇率は 15~20%減少 -0.1574

非耐久財 増税直前期の対前期上昇率は 0~5%増加 +0.0282

増税期の対前期上昇率は 0~5%減少 -0.0496

6.2. 本実験

非耐久財,耐久財ともに毎年増税,段階増税,一気増税の増税シナリオでシミュレーション

実験を行った.また,シミュレーション中に存在する不確実性によって起こり得る変動の程度を

確認するために,増税なしというシナリオでも実験を行った.

7. 結果

本研究では,非耐久財の駆け込み需要の結果を分析する.これは,非耐久財の駆け込み需要の

研究が少ないことから研究価値があると考えられることと,本モデルによる耐久財の実験結果

には耐久期間に由来する不確実性が高く,要因分析が困難であることが理由である.ここでは,

まず,非耐久財の各シナリオにおける結果として対前期上昇率の 100 試行平均を図に示す.増

税が施行された期については,現実の時間軸に対応させた形でそれぞれ示している.

対前期上昇率

-0.2

-0.15

-0.1

-0.05

0

0.05

0.1

0.15

0 1 2 3 4 5 6 7 8

耐久財 非耐久財

増税期

増税直前期

③ ①

進化経済学会第18回金沢大会発表論文 2014年3月15-16日 in 金沢大学

Page 9: 駆け込み需要における購買行動の要因とパターンに …toyomumasaki.w3.kanazawa-u.ac.jp/evo/15TuchiyaRyota.pdfた. しかし,消費税増税による,ミクロな消費者行動の変化からマクロな駆け込み需要への影響

図 7-1 非耐久財の各増税シナリオの結果(100 試行平均)

マクロなパターンをそれぞれ比較してみると,増税期には駆け込み需要の反動が生じる傾向

があり,増税率の大きさと変動幅が対応していることが見て取れる.次に,増税率の大きさご

とに,反動が見込まれる増税期において 100 試行すべての結果がどのようになっていたかをラ

ンドスケープ図を作成して調べる(図 7-2).対象は,駆け込み需要の反動が見込まれる各シナ

リオの 2014 年 4~6 月期である.図では,1 つの点が 1 つの試行を表し,各シナリオの平均値

を線分で結んでいる.

図 7-2 非耐久財の各シナリオの 2014 年 4~6 月期比較(増税期)

増税率が大きいほど対前期上昇率は全体的に下がる傾向があることがわかった.次に,毎年

-0.15-0.12-0.09-0.06-0.03

00.030.060.09

-0.15-0.12-0.09-0.06-0.03

00.030.060.09

-0.15-0.12-0.09-0.06-0.03

00.030.060.09

-0.15-0.12-0.09-0.06-0.03

00.030.060.09

対前期上昇率

対前期上昇率

増税なし 毎年増税

一気増税段階増税

2014年4~6月期

-0.25

-0.2

-0.15

-0.1

-0.05

0

0.05

0.1

非耐久財_増税期

対前期上昇率

なし 毎年 段階 一気

進化経済学会第18回金沢大会発表論文 2014年3月15-16日 in 金沢大学

Page 10: 駆け込み需要における購買行動の要因とパターンに …toyomumasaki.w3.kanazawa-u.ac.jp/evo/15TuchiyaRyota.pdfた. しかし,消費税増税による,ミクロな消費者行動の変化からマクロな駆け込み需要への影響

増税と一気増税について,どのような違いが要因となってどうパターンが変わり,結果が変わっ

たのかを分析する(ミクロダイナミクス分析).そのために,図中①~④の試行をサンプルにし

て比較分析を行う.①は毎年増税シナリオの結果において駆け込み需要の反動が小さい試行,②

は毎年増税シナリオの結果において反動が大きい試行,③は一気増税シナリオの結果において

反動が小さい試行,④は一気増税シナリオの結果において反動が大きい試行である.以降,それ

ぞれ①毎年反動なし,②毎年反動大,③一気反動小,④一気反動大と呼ぶ.

8. 分析

前章で対象とした試行①~④について分析を行う.まずは実験結果においての需要の推移を,

いくつかの観点から分析し,どのようなパターンがあったかを調べる.

8.1. ネットワーク外部性の観点

ネットワーク外部性は,エージェントの意思決定時点において,設定した最近の範囲内で購買

を行ったエージェント数に連動して与えている.この人数を最近購買者数と呼び,図 8-1 の縦

軸をこれにしている.横軸は区間としている.区間とは,指標として用いた四半期の半分の期間

である.ネットワーク外部性の推移をより細かくみるために半分を区間として与えた.黒い線が

増税直前期と増税期の境目であり,増税が行われたタイミングである.

図 8-1 からわかるのは,反動があった②毎年反動大と④一気反動大の試行では,増税直前期

にネットワーク外部性が高まり,増税後に下落しているパターンがみられることである.一方,

①毎年反動なしと③一気反動小はネットワーク外部性の値は変動が小さいパターンであったこ

とがわかる.また,このグラフは需要の推移とも解釈できるため,②④では駆け込み需要がしっ

かり生じ,その反動として増税期の対前期上昇率が低くなっていたということがいえる.④は比

較的高い位置をキープしている特徴もあったため,この特徴について要因のミクロダイナミク

ス分析を行った.

進化経済学会第18回金沢大会発表論文 2014年3月15-16日 in 金沢大学

Page 11: 駆け込み需要における購買行動の要因とパターンに …toyomumasaki.w3.kanazawa-u.ac.jp/evo/15TuchiyaRyota.pdfた. しかし,消費税増税による,ミクロな消費者行動の変化からマクロな駆け込み需要への影響

図 8-1 ネットワーク外部性の推移

8.1.1. ミクロダイナミクス分析(ネットワーク外部性を高める要因)

ネットワーク外部性には,ネットワーク外部性から影響を受けるという自己参照による複雑

な因果関係がある.ここでは,ネットワーク外部性が高い位置を維持しやすくなるエージェント

の要因を分析する.つまり,初期に与えられるエージェントの内部パラメータによって結果があ

る程度予測できたものであるのかどうかを分析する.

シミュレーション中には選択確率やエージェントの内部パラメータについて不確実性がある.

そのため,もし,一気反動大において特徴がみられなければ,不確実性の影響でネットワーク外

部性が高い位置を維持していたということになる.

この分析の評価観点は,標準的な購買間隔とそのときの人数である.標準的な購買間隔とは,

エージェントのもつ希求水準と消費率により算出される,商品の購買間隔である.希求水準と消

費率の組み合わせによってその値は決まる.つまり,初期の内部パラメータにより決定される購

買行動の傾向をみることで,上述の要因を分析する.

この分析のために,不確実性を排した場合,つまり,エージェントの現在効用が希求水準を超

えたとき,必ず購買をするという設定にし,ハンドシミュレーションを行った.

その結果について示したのが図 8-2 である.図は購買間隔が短いところにフォーカスしたも

のである.横軸は購買間隔の長さ,縦軸はその時に購買するエージェント数である.

300

350

400

450

500

550

600

650

①毎年反動なし

300

350

400

450

500

550

600

650

②毎年反動大

300

350

400

450

500

550

600

650

③一気反動小

300

350

400

450

500

550

600

650

④一気反動大

区間

区間

最近購買者数

最近購買者数

1 2 3 4 5 6 7 8

1 2 3 4 5 6 7 8 1 2 3 4 5 6 7 8

1 2 3 4 5 6 7 8

進化経済学会第18回金沢大会発表論文 2014年3月15-16日 in 金沢大学

Page 12: 駆け込み需要における購買行動の要因とパターンに …toyomumasaki.w3.kanazawa-u.ac.jp/evo/15TuchiyaRyota.pdfた. しかし,消費税増税による,ミクロな消費者行動の変化からマクロな駆け込み需要への影響

図 8-2 標準的な購買間隔の短いエージェントの分布

この結果,一気反動大において,標準的な購買間隔が短いエージェントが多かったことがわか

る.また,このようなエージェントの中には低い希求水準をもつものが多く,ときどき高い希求

水準でも消費率が高いことで購買間隔が短くなるものがみられた.

よって,ネットワーク外部性を高める要因は,希求水準と消費率にあったといえる.そして,

この 2 つの要因によって,ある程度,需要の水準が見越せるものであったことがわかった.

この知見によって考えられるインプリケーションについて述べる.まず,周囲の購買状況によ

って購買決定が行われる商品については,頻繁に購買を行う消費者がいることで,他の消費者も

購買を行い,需要が増えるので高い位置を維持する傾向が現れやすい.この高い位置を維持して

いると,増税時にもその連鎖が発生することで,駆け込み需要が大きく生じるパターンを示す可

能性がある.このことは図 8-3 における一気反動小と一気反動大におけるパターンの違いの説

明になる.

図 8-3 ③一気反動小と④一気反動大

どちらも駆け込み需要が見受けられるが,その持続期間と水準に違いがある.増税期にいたる

とき,この水準が高いか低いかによって,変動の大小が変わることがいえる.一気反動小のよう

に周囲の購買状況が低いと,早めに駆け込み需要が終わり,期でみたときの反動は小さい場合が

あり得ることもいえる.そしてこのときの要因は,標準的な購買間隔が短く,頻繁に購買を行う

エージェントが多かったことだといえる.

0

5

10

15

20

25

毎年最大値 毎年最小値 一気最大値 一気最小値

一気反動大

エージェント数

標準的な購買間隔←短い

一気反動大一気反動小毎年反動大毎年反動なし

300

350

400

450

500

550

600

650

③一気反動小

300

350

400

450

500

550

600

650

④一気反動大

区間1 2 3 4 5 6 7 81 2 3 4 5 6 7 8

進化経済学会第18回金沢大会発表論文 2014年3月15-16日 in 金沢大学

Page 13: 駆け込み需要における購買行動の要因とパターンに …toyomumasaki.w3.kanazawa-u.ac.jp/evo/15TuchiyaRyota.pdfた. しかし,消費税増税による,ミクロな消費者行動の変化からマクロな駆け込み需要への影響

8.1.2. ①毎年反動なしと③一気反動小の比較

次に,ネットワーク外部性の観点で毎年反動なしと一気反動小を比較してみる.

図 8-4 ①毎年反動なしと③一気反動小

これらは,ネットワーク外部性の推移が非常に似ている.両者,区間 2 から減少傾向がみられ

るが,増税間際になると,一気反動小においてのみ増加がみられる.これは,増税率が異なるこ

とにより,増税直前期において購買が行われる可能性が上がったからだと考えられる.そこで,

価格の変化がどのような要因になっていたのかを分析する.

本モデルにおいて価格の変化は将来効用に影響を与え,これを用いる選択確率に影響を与え

る.選択確率は現在効用と将来効用から決まるため,影響を与える動的要因として,ネットワー

ク外部性もある.これらがどのように選択確率に影響していたのかを分析する.

選択確率は,単純化した効用関数からその推移が予測できる.単純化したときの確率推移は図

8-5 の実線である.これに対して,ネットワーク外部性や価格の変化がどう影響を与えているか

を数値的に分析する.ここで便宜上,経過時間 0 付近のときの確率を左端の値,後半の低い確率

を低い値と呼ぶことにする.図中にある破線は,一気増税(税率が 5%から 10%に増えるシナリ

オ)の結果を参考として載せている.シナリオによる増税率の違いからの影響については表 8-1

に,ネットワーク外部性の動きによる影響については表 8-2 にまとめた.

図 8-5 選択確率の推移

300

350

400

450

500

550

600

650

①毎年反動なし

300

350

400

450

500

550

600

650

③一気反動小

区間

最近購買者数

1 2 3 4 5 6 7 8 1 2 3 4 5 6 7 8

0

0.2

0.4

0.6

0.8

1

1.2

左端の値

低い値

経過時間

進化経済学会第18回金沢大会発表論文 2014年3月15-16日 in 金沢大学

Page 14: 駆け込み需要における購買行動の要因とパターンに …toyomumasaki.w3.kanazawa-u.ac.jp/evo/15TuchiyaRyota.pdfた. しかし,消費税増税による,ミクロな消費者行動の変化からマクロな駆け込み需要への影響

表 8-1 価格変化が選択確率に与える影響

表 8-1 から,毎年増税と一気増税のシナリオが違うことで,選択確率に 0.2 ほどの違いがで

ることがわかった.また,表 8-2 から,ネットワーク外部性が 0.3 のときと 0.6 のときを比べて

も 0.07 程度しか確率に変化を及ぼさないことがわかった.

表 8-2 ネットワーク外部性の変化が選択確率に与える影響

以上より,選択確率について,ネットワーク外部性よりも価格の変化(増税率)のほうが選択

確率に対して感度が高いということがわかった.この分析により,図 8-4 ①毎年反動なしと③

一気反動小において,同水準のネットワーク外部性にもかかわらず,増税直前期での需要の変動

パターンに違いがあったのは,価格の変化が要因となっていたことがいえる.

購買判定を行うタイミングの早期化や,判定を行うエージェント数の増加について,同水準の

ネットワーク外部性により同等な影響があったと思われる.しかし,増税率の違いがあることで,

増税期の前後における需要のパターンは変わることがいえる.

これまでの分析から得られたインプリケーションについて述べると,増税率の高低は,駆け込

み需要の規模に違いが出るということがある.ただ,周囲の購買状況が低いと,早めに駆け込み

需要が終わり,期でみたときの反動は小さい場合があるといえる.(図 8-3 と図 8-4 より)

8.1.3. ①毎年反動なしと②毎年反動大

同じ毎年増税シナリオにおいて違いが現れた 2 試行を比較し,考察を行う.図 8-6 に示した

ように,2 試行は増税期の前段階での,需要推移に違いがみられる.①では,早い段階から需要

を増やしたため,増税直前期において駆け込み需要の規模が大きくならず,増税が施行された時

期からの回復が早い.一方,②では増税間際で需要が高まっていたため,反動が大きくなってい

る.

シナリオ 左端の値 低い値

増税なし 0.4 0.24

毎年増税 0.45 0.28

段階増税 0.55 0.37

一気増税 0.65 0.47

0.2程度の差

ネットワーク外部性

左端の値 低い値

0.3 0.48 0.3

0.4 0.50 0.32

0.5 0.53 0.35

0.6 0.55 0.37

0.07程度の差

進化経済学会第18回金沢大会発表論文 2014年3月15-16日 in 金沢大学

Page 15: 駆け込み需要における購買行動の要因とパターンに …toyomumasaki.w3.kanazawa-u.ac.jp/evo/15TuchiyaRyota.pdfた. しかし,消費税増税による,ミクロな消費者行動の変化からマクロな駆け込み需要への影響

図 8-6 ①毎年反動なしと②毎年反動大

これらのことより,増税が行われる時期の前までの需要の推移によって駆け込み需要による

反動のパターンが変わり得ることがいえる.駆け込み需要の低減のための施策として,増税前の

需要喚起が考えられているが,タイミングによってはむしろ反動を強化してしまうこともあり

得るというジレンマ状態がある.

8.2. 希求水準の観点

本研究において,消費者は満足化を追求する人を仮定しており,満足しやすさの異質性を希

求水準の違いによって表現している.この満足のしやすさが違うことが,どのような結果をも

たらすのか,また,それはどのような要因によるものであるのかを分析する.まず,希求水準

のレベルに従ってエージェントを各層がほぼ同数になるように 3 層(低位層,中位層,高位

層)に分けた. そしてネットワーク外部性の時と同様,増税期周辺において各層の需要がどの

ように推移していたかを調べた(図 8-7).

図 8-7 3 層ごとの需要推移(①~④)

この図から,④一気反動大において特徴的なパターンがみられることがわかる.それは,低

位層の購買回数が,増税前から徐々に増加し,増税後に下落する動きが顕著なパターンであ

る.中位層でも増税時期の前後で同様な増加と減少はみられるが,低位層の程度が大きいこと

300

350

400

450

500

550

600

650

①毎年反動なし

300

350

400

450

500

550

600

650

②毎年反動大

最近購買者数

1 2 3 4 5 6 7 8 1 2 3 4 5 6 7 8 区間

50

100

150

200

250

300

①毎年反動なし 低 中 高

50

100

150

200

250

300

②毎年反動大 低 中 高

50

100

150

200

250

300

③一気反動大 低 中 高

50

100

150

200

250

300

④一気反動大低 中 高

1 2 3 4 5 6 7 8

1 2 3 4 5 6 7 81 2 3 4 5 6 7 8

1 2 3 4 5 6 7 8

購買回数

購買回数

進化経済学会第18回金沢大会発表論文 2014年3月15-16日 in 金沢大学

Page 16: 駆け込み需要における購買行動の要因とパターンに …toyomumasaki.w3.kanazawa-u.ac.jp/evo/15TuchiyaRyota.pdfた. しかし,消費税増税による,ミクロな消費者行動の変化からマクロな駆け込み需要への影響

が図から見て取れる.一気反動大については 8.1.でネットワーク外部性の観点について分析を

行ったが,ここでは,さらに希求水準の観点から発見された各層における需要推移の違いにつ

いて分析する.

8.2.1. ミクロダイナミクス分析(3層の需要推移の要因)

本モデルにおいて,駆け込み需要が生じやすくなる条件が 2 つある.1 つは,購買判定が増

税直前期に頻繁に行われること.もう一つは,その購買判定で現在の購買を選択する確率が上

がることである.効用関数から,前者にはネットワーク外部性と希求水準が,後者にはネット

ワーク外部性と価格の変化が要因としてあげられる.希求水準が関わるのは購買判定の頻度で

あるため,希求水準でエージェントを 3 層に分けることで現れた違いは,購買判定の頻度にあ

ると考えられる.そこで,どのような経緯で購買判定の頻度が上がったのかを分析する.

購買判定が行われるのは満足判定において,希求水準を現在効用が超え,満足したときであ

る.そこでまず,消費率が等しいエージェントが同時に消費を開始する仮定を置き,ネットワ

ーク外部性を 0.3 と固定し,どのタイミングで希求水準を現在効用が超えるか調べた.

図 8-8 3 層ごとの希求水準を超えるタイミングとエージェント数

この結果,時間経過に伴い,低位層から希求水準を超えるエージェントが現れ,中位層がそ

のあとに,高位層が最後に超えるという様子がみられた.また,中位層ではある程度まで経過

時間が進むと,希求水準を超えるエージェントが急激に増えることもわかる.

さらに,図 8-7 の④一気反動大の特徴であり,購買タイミングに与える要因であるネットワ

ーク外部性の影響を調べる.0.3 に固定したネットワーク外部性の値を 0.6 まで動かし,希求

水準を超えるエージェントについて何か変化があるかを分析する.この 0.6 は,ネットワーク

外部性の値として実際に得られたものである(図 8-1).

グラフが上に移動していれば,その購買タイミングにおける希求水準を超えたエージェント

数が増えたことを意味し,左に移動していれば,タイミング自体が早まったことを意味する.

結果は図 8-9 の通りである.

10

30

50

70

90

110

130

150

低位層

中位層

高位層

経過時間

エージェント数

40 5030

進化経済学会第18回金沢大会発表論文 2014年3月15-16日 in 金沢大学

Page 17: 駆け込み需要における購買行動の要因とパターンに …toyomumasaki.w3.kanazawa-u.ac.jp/evo/15TuchiyaRyota.pdfた. しかし,消費税増税による,ミクロな消費者行動の変化からマクロな駆け込み需要への影響

図 8-9 希求水準を超えるタイミングとネットワーク外部性

0.3~0.6 に増えるに従って,購買タイミングの早期化,エージェント数の増加が顕著になっ

ていくことが見て取れる.これは,図 8-7 の④一気反動大における低位層,中位層の変動の説

明になると考えられる.つまり,ネットワーク外部性が高い水準にあるときに,早期化と増加

の傾向が強くなっていて,低位層では早期に徐々に購買判定をするエージェントが増え,増税

間際にネットワーク外部性が高まり,中位層でも購買判定をするエージェントが増えたのだと

いうことがわかる.

とはいえ,中位層のエージェントがネットワーク外部性の効果によって低位層のエージェン

トより早く希求水準を超えるようなケースはみられない.よって,本モデルにおいてネットワ

ーク外部性は,全体に判断のタイミングの早期化とエージェント数の増加をもたらすが,希求

水準のほうがエージェントの購買タイミングや購買頻度に大きく影響していることがわかる.

この分析によるインプリケーションを述べる.増税が行われる需要の動向も要因の一つであ

り,施策を考える上で重要であるが,購買しやすい傾向である消費者に対しての施策を打ち出

すことにも効果が見込めるだろう.

9. まとめ

本研究では,耐久財と非耐久財における駆け込み需要の違いを表現できるモデルを構築し,非

耐久財という流動性の高い財についてどのような駆け込み需要の発生パターンがあるのか,ま

た,どのような要因がどう関わっているのかを分析した.その結果,周囲の購買状況によって購

買行動が変わる状況であるとき,同じ増税率であっても,駆け込み需要の規模やその反動は異な

ることがあり得ることがいえた.また,このとき,頻繁に購買を行う消費者がいることが大きな

要因となっている可能性がある.

駆け込み需要の起きやすさに増税率の高低が影響し得るということも得られたが,増税率が

高くても,駆け込み需要の持続期間が短く,期でみたときの反動は小さい場合があるといえる.

10

60

110

160

210

260

310

0.6

0.5

0.4

0.3

経過時間

エージェント数

低位層

中位層

高位層

40 5030

進化経済学会第18回金沢大会発表論文 2014年3月15-16日 in 金沢大学

Page 18: 駆け込み需要における購買行動の要因とパターンに …toyomumasaki.w3.kanazawa-u.ac.jp/evo/15TuchiyaRyota.pdfた. しかし,消費税増税による,ミクロな消費者行動の変化からマクロな駆け込み需要への影響

需要喚起によって増税の影響を低減する政策については,その施策を行うタイミング次第

で,成否が決まるであろうこともいえた.また,需要の動向のみでなく,購買しやすい傾向で

ある消費者に対しての施策を打ち出すことにも効果が見込めるだろう.

最後に非耐久財の分析から得られたことで,耐久財についてもいえることについて述べる.

再現実験におけるキャリブレーションで,非耐久財と決定的に異なるパラメータがあった.そ

れは,耐久期間と価格ウェイトである.どちらも高い値であった.耐久期間が高くなると,標

準的な購買間隔により決まる購買頻度が全体的に低くなる.結果として,頻繁に購買する消費

者の存在はなくなると考えられる.このとき,注目すべき消費者は,購買の頻度が高いもので

なく,希求水準の低い,早めに購買を考える消費者になると予想される.

価格ウェイトが高いということは,価格の変化による影響が大きいということである.非耐

久財では,ネットワーク外部性の水準が重要な要因であったが,耐久財では価格に対して敏感

になることが 予想されるため,周囲の購買状況よりも価格についての施策が有効であろうこと

が考えられる.つまり需要の推移をみた需要喚起の施策を打つタイミングよりも,価格に対す

る調整に関する施策を早い段階で打つことが有効であることが考えられる.

10. 今後の課題

本研究では,満足のしやすさが異なる限定合理的な消費者を想定した上で駆け込み需要を再

現できるエージェントベースモデルを構築し,駆け込み需要の発生パターンや要因について分

析を行い,施策へ示唆が与えられることを示した.構築したモデルは抽象的なものであり,単

純化のための仮定をいくつか置いてある.たとえば,駆け込み需要の購買行動に買いだめがあ

るといわれているが,商品は 1 つしか購買しない仮定であった.これは,増税により購買時期

が早まることが,増税直前期と増税期にどう影響するのかということのみに注目するためであ

ったわけだが,この仮定により買いだめの長期的な変化は分析対象外となっている.今後,企

業の戦略立案に貢献する目的であれば,複数の商品,そして商品間の相互作用をモデルに加え

る必要がある.

進化経済学会第18回金沢大会発表論文 2014年3月15-16日 in 金沢大学

Page 19: 駆け込み需要における購買行動の要因とパターンに …toyomumasaki.w3.kanazawa-u.ac.jp/evo/15TuchiyaRyota.pdfた. しかし,消費税増税による,ミクロな消費者行動の変化からマクロな駆け込み需要への影響

参考文献

[1] 前野ジョナサン和志、岡田優一、菊川諒人、「消費税率引き上げによる経済損失 駆け込み需

要と需要の落ち込み」、慶應義塾大学吉野直行研究会消費税パート、2008/12.

[2] 溜川健一, 「消費税増税に伴う駆け込み需要のモデル分析」, 商学研究論集, 第 23 号, 2009.5.

[3] 風間春香、「消費税率引き上げと個人消費―実質所得減と駆け込み需要・反動の影響試算―」、

みずほリサーチ、2012/8.

[4] 跡田直澄, 吉田友里, 「社会保障と税制」, オペレーションズ・リサーチ : 経営の科学 44(9),

486-495, 1999-09-01.

[5] 上田隆穂,斎藤嘉一,奥瀬喜之,「消費者心理の変化と価格戦略~消費税 5%への対応を考慮

して~」,学習院大学経済論集,34 巻,2 号,1997.

[6] ハーバート・A・サイモン著, 稲葉元吉, 吉原英樹訳「システムの科学」,株式会社パーソナル

メディア, 1999/6.

[7] 高橋真吾, 「組織デザインと社会シミュレーション」, オペレーションズ・リサーチ, 第 53

巻, 第 12 号, pp. 686-691, 2008.

[8] 総務庁統計局, 「家計調査年報 平成元年」, 財団法人日本統計協会, 平成 2 年 7 月.

[9] 総務庁統計局, 「家計調査年報 平成 9 年」, 財団法人日本統計協会, 平成 10 年 6 月.

[10] 杉本徹雄, 「消費者意思決定モデルにおける購買行動の反復性メカニズム」, 商経学業, 第

54 巻, 第 3 号, 2008/3.

[11] 晝間文彦,「消費者の主観的割引率について : アンケート調査の結果から」, 消費者金融サ

ービス研究学会年報, 2 巻, 35-49, 2002/11/1.

[12] 佐伯大輔, 「遅延報酬の価値割引と時間選好(<特集>行動経済学の現在)」, 行動分析学研究,

16(2), 154-169, 2002-03-30.

[13] 杉田善弘, 上田隆穂, 守口剛, 「プライシング・サイエンス―価格の不思議を探る―」, 同

文舘出版株式会社, 2005/9/8.

進化経済学会第18回金沢大会発表論文 2014年3月15-16日 in 金沢大学