大規模院内感染はなぜ起きたのか 湯浅祐二 永寿総 …...日本記者クラブ...

20
日本記者クラブ 「新型コロナウイルス」(32) 大規模院内感染はなぜ起きたのか 湯浅祐二 永寿総合病院院長 2020年 7 月1日 3 月、東京都台東区の中核病院・永寿総合病院で、患者とその家族、職員 214 人が 感染し、43 人が亡くなるという新型コロナウイルスの大規模な院内感染が発生した。 湯浅祐二院長はアウトブレイクが起きた経緯を説明し、極限状態で懸命に患者に対応 した職員の様子を語った。 司会:磯崎由美 日本記者クラブ企画委員(毎日新聞編集編成局次長) YouTube 日本記者クラブチャンネル動画 C 公益社団法人 日本記者クラブ *巻末に「職員の手記」を収録しています。

Upload: others

Post on 15-Aug-2020

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 大規模院内感染はなぜ起きたのか 湯浅祐二 永寿総 …...日本記者クラブ 「新型コロナウイルス」(32) 大規模院内感染はなぜ起きたのか

日本記者クラブ

「新型コロナウイルス」(32)

大規模院内感染はなぜ起きたのか

湯浅祐二 永寿総合病院院長 2020年 7 月1日

3 月、東京都台東区の中核病院・永寿総合病院で、患者とその家族、職員 214 人が

感染し、43 人が亡くなるという新型コロナウイルスの大規模な院内感染が発生した。

湯浅祐二院長はアウトブレイクが起きた経緯を説明し、極限状態で懸命に患者に対応

した職員の様子を語った。

司会:磯崎由美 日本記者クラブ企画委員(毎日新聞編集編成局次長)

YouTube日本記者クラブチャンネル動画

○C 公益社団法人 日本記者クラブ

*巻末に「職員の手記」を収録しています。

Page 2: 大規模院内感染はなぜ起きたのか 湯浅祐二 永寿総 …...日本記者クラブ 「新型コロナウイルス」(32) 大規模院内感染はなぜ起きたのか

2

司会=磯崎由美 日本記者クラブ企画委員

(毎日新聞編集編成局次長) 今日、お招きした

のは、東京都台東区の永寿総合病院の湯浅祐二

院長です。

永寿総合病院は台東区の中核病院ですが、3

月末に大規模な院内感染が発生して、患者さん

と職員ら 214 人が感染し、そのうちの 43 人の

患者さんが亡くなられました。

6月 8日に診療を再開したのですが、本日は、

院内感染の経緯、この間の取り組み、職員の

方々の現状について、うかがいたいと思います。

なお、今日の会見は感染拡大防止のために、

記者席は十分な距離が取れるよう、定員を 40

人としました。入れなかった記者にはオンライ

ンでライブ配信をしています。

報道に当たっては、これから紹介する映像の

一部などに、患者さんやスタッフなどが映って

いるものがあります。そのような映像について

は、プライバシーなどに十分配慮するよう、お

願いします。

では、湯浅院長、よろしくお願いします。

湯浅祐二・永寿総合病院院長 永寿総合病院

の院長の湯浅祐二でございます。本日は、この

ような機会をいただきまして誠にありがとう

ございます。

ただいまのご紹介にもありましたが、永寿総

合病院では、3月後半から新型コロナウイルス

感染症の院内感染拡大により、入院中の患者様、

そして職員に多数の感染が発生しました。入院

されていた多くの患者様が、ご身内の方々との

面会もできない中でご逝去されたことにつき

まして、患者様のご冥福を心よりお祈りすると

ともに、ご家族の皆様に深くお詫び申しあげま

す。

また、私どもに求められている地域中核病院

としての役割を果たせない状況が続き、台東区

民の皆様をはじめ、多くの方々にも大きな不安

を与えてしまったことを、病院長として大変申

し訳なく思っています。

これまでの状況は、当院のホームページで説

明してきましたが、私が直接お話しする機会を

設けることができなかったことについても、申

し訳なく思っています。

3月後半のアウトブレイクから今日まで、こ

れまで経験したことのない状況の中で、入院患

者様の治療を継続しながら、厚生労働省クラス

ター対策班の先生方のご指導のもと、感染症の

制御に取り組み、感染拡大の原因究明とその改

善に努めてまいりました。そして、一日も早い

診療再開のために準備にも追われていたこと

をご理解いただければと思います。

6 月に入り、院内の状況も次第に落ち着き、

外来・入院ともに再開できる状態になりました。

この間に多くの励ましのお言葉やご支援をい

ただきました。この皆様の支えにより、今日ま

で職員一同頑張ることができたと実感してお

ります。心よりお礼申しあげます。

本日、私どもの経験をお聞きいただくことで、

この新型コロナウイルス感染症に対する皆様

のご理解や、これからの備えにお役に立てれば

と思っています。

6月 8日付でホームページに掲載した文章を

資料 1として配布しましたので、ご参照くださ

い。この資料と重複する内容については、簡便

に述べさせていただきたいと思っています。

患者 109 人、職員 83 人が感染

まず、当院で新型コロナウイルス感染症が発

生した状況について、説明します。

当院における新型コロナウイルス感染症の

拡大は、3月 20 日前後の発熱者の発生から明

らかになりました。一つの病棟で、複数の患者

様と看護師が発熱し、新型コロナウイルスや

インフルエンザの集団感染が疑われました。

保健所に相談し、3 月 21 日に発熱のある 2

名の患者様に PCR 検査を施行し、その病棟へ

の新たな入院を停止しました。検査の 2日後に

陽性が確認され、その翌日にも 1名の患者様と

看護師 1名の陽性が確認され、その病棟の全職

員の出勤を停止しました。さらにその翌日には

9 名の患者様の陽性が確認され、26 日から全

病棟の全ての患者様と全職員の PCR 検査を開

始しました。全ての検査結果が得られるまでに

Page 3: 大規模院内感染はなぜ起きたのか 湯浅祐二 永寿総 …...日本記者クラブ 「新型コロナウイルス」(32) 大規模院内感染はなぜ起きたのか

3

9日以上を要しました。

このグラフは、PCR検査の結果、陽性と判明

した患者様と職員の人数を日ごとに表してい

ます。

判明した時期は 4 月上旬までに集中してお

り、集団感染が明らかになる前に大部分の感染

が拡がっていたことが推定されます。その後、

看護師に散発的に感染が起こり、事態の収拾に

時間がかかりました。

これらの感染の多くは、人員不足の中、補助

に入った病棟業務に慣れていないスタッフの

間で起きており、病院運営としてはぎりぎりの

状態であったと思われます。

集団感染判明前の病棟内発熱者の状況を図

に示すと、このようになります。

ピンクが使用中のベッド、白は空床です。図

の中の「早期発熱者」はこの患者様がクラスタ

ー対策班の調査で、集団感染の起点となった可

能性があるとされている早期発熱者の 1 人で

す。2月 26日に脳梗塞の診断で入院し、3月 5

日より発熱していましたが、誤嚥を繰り返して

いましたので、そのための肺炎と診断していま

した。

19 日に明らかに発熱者が増え、20 日に保健

所に集団感染の可能性について報告しました。

その後の PCR 検査で陽性が判明した患者様

の中には、発熱者以外にも陽性者がみられ、当

時の私どもが全く予期していない広範な拡が

りを示していました。

こうした予想外の拡がりが明らかになり、陽

性患者様の隔離や職員の自宅待機、新たな病棟

職員の配置など、連日その対応に追われること

になりました。

感染により病状の急激な進行を示す患者様

もみられました。5月 9日の最終的な累計では、

陽性の入院患者様が 109 名、職員が 83 名とな

りました。

Page 4: 大規模院内感染はなぜ起きたのか 湯浅祐二 永寿総 …...日本記者クラブ 「新型コロナウイルス」(32) 大規模院内感染はなぜ起きたのか

4

この図は陽性入院患者様と、転院、死亡、治

癒した患者様の推移を表しています。入院陽性

患者数は最大で 74 名となり、転院された方は

初期に多く、その後連日のように亡くなられる

方がみられました。後半になると、治癒する患

者様が増えてきています。

懸命に対応してまいりましたが、これまでに

43 名の入院患者様がお亡くなりになりました。

そのうち約半数が血液疾患で入院中の方々で、

そのほかにも進行した悪性腫瘍を有する方、抗

がん剤治療中の方、様々な疾患のあるご高齢の

方が多く、アビガンやフサンなどの薬剤を早期

より使用しましたが、救命することができませ

んでした。

特効薬のない現状では、個々の免疫力が病状

の経過を大きく左右することを痛感しており、

こうした患者様の多くに感染が及んでしまっ

たことの責任の重大さを反省し、再発予防に厳

重に取り組まなければならないと考えており

ます。

血液疾患の患者様への重大な影響について

は、広く認識していただく必要があると考え、

学術誌にも投稿しています。

原因となった 7 つの問題点

続いて、当院での新型コロナウイルス感染症

拡大の原因と考えられる事項と、今後の対策に

ついて説明します。

当院は、病床 400 床の全 26 科からなる急性

期総合病院であり、台東区の中核病院として活

動しております。感染防止の面では、インフェ

クションコントロールドクターの資格を持つ

医師 3 名や、感染制御専門の資格を持つ看護

師、薬剤師、検査技師などからなる感染制御チ

ームも精力的に活動しており、急性期総合病院

に求められる対策を着実に実行していると認

識していました。

それにもかかわらず今回のような新型コロ

ナウイルス感染症の急速な拡大が起きてしま

った原因については、クラスター対策班による

検証と合わせて、以下の可能性と問題点があっ

たと考えています。

これら 7つの項目は、資料 1の末尾にも掲載

されております。

① 新型コロナウイルス感染症を疑うタイミ

ングの遅れによる感染拡大の可能性

② 患者様の原疾患やその治療に伴う症状の

ため、本疾患を疑うタイミングが遅れた可

能性

③ 基本的な感染予防策に不十分な場面があ

ったことによる感染拡大の可能性

④ 院内の密に過ごす空間(病棟休憩室、仮眠

室、職員食堂、職員ロッカーなど)での感

染拡大の可能性

⑤ 病棟の構造や患者様の病棟移動による感

染拡大の可能性

⑥ 病棟間を移動する医療従事者による感染

拡大の可能性

⑦ 血液疾患、化学療法中など易感染性患者様

が多かったこと

クラスター対策班の報告では、これらは、多

くの病院でも起こり得ることであるため、他の

医療施設への警鐘としても伝える必要がある

とされています。これらの問題点について、大

きく 4つの項目に分け、今後の対策とともにご

説明します。

まず、新型コロナウイルス感染症を疑うタイ

ミングの遅れについてです。現在では、新型コ

ロナウイルス感染症は発熱や風邪症状が出現

する前に、すでに強い感染力を持っていること

が分かっています。感染しても無症状の場合も

多く、気づかないうちに広がる危険性の高い感

染症です。

急性期病院では、発熱や肺炎を起こす他の病

Page 5: 大規模院内感染はなぜ起きたのか 湯浅祐二 永寿総 …...日本記者クラブ 「新型コロナウイルス」(32) 大規模院内感染はなぜ起きたのか

5

気を持つ患者様は珍しくありませんが、その中

に新型コロナウイルス感染症の患者様がいる

可能性を常に想定しなければなりません。アウ

トブレイクが発生した当時の私どもには、こう

した認識が十分浸透していませんでした。

また、新型コロナウイルス感染症の診断には

PCR法の検査が必要ですが、当時は、この感染

症が蔓延している地域からの帰国者や、感染者

の濃厚接触者以外の方の検査は一般的ではな

く、検査の結果が出るのにも 2~3 日を要しま

した。多くの病院と同様に、当院では PCR検査

の設備を持たないため、臨床的に必要と考えて

も、迅速な診断ができず、このことも感染拡大

の一因であったと考えています。

現在も当院では PCR 法の検査は実施できま

せんが、その準備を進めています。また現在で

は、外部機関への依頼でも、検査の翌日には結

果が判明するようになっています。医師が必要

と判断したときに、速やかに PCR法、もしくは

院内で実施可能な LAMP 法による検査を実施し、

結果が判明するまでは個室で陽性者として対

応することで、院内感染の予防に努めています。

しかし、これらの検査も、実際には陽性でも

陰性と判定される偽陰性の可能性があるため、

他の臨床所見や画像診断を併用して慎重に対

処することが必要であると考えています。

次に、基本的感染予防策が不十分であったと

いう点です。この感染症は、無症状の感染者で

も強い感染力を持つことがあるため、患者様も

職員も感染者である可能性を常に考えること

が求められます。当院では、これまでも感染制

御部の指導で、職員のマスク着用と手指消毒を

励行してきましたが、その実施には不十分な点

があったと考えなければなりません。

現在は、職員全員の常時マスク着用と、患者

様に接する前後、電子カルテ使用の前後を含む

頻繁な手指消毒を徹底しています。ドアを開け

る前には必ず手指消毒が求められます。

当院の感染制御部長は、いつでも自分と相手

が感染していると考えて対応しなければいけ

ないと繰り返し指導しています。職員一人一人

が強い意識を持って行動し、これを継続してい

くことが重要です。

また、検査や処置などでエアロゾルが発生す

る際には、N95マスク、フェイスシールド、防

護服の着用など適切な予防策を取っています

が、これらの個人防護具の着脱方法の指導も含

めて、教育や指導を続けていかなければならな

いと考えています。さらに、職員の毎日の体温

測定と、発熱がある場合の出勤停止を徹底して

おり、これも継続していきます。

次は、職員間の感染予防策です。今回の経験

から、この感染症が院内で職員間に広がること

を防ぐためには、個々の感染予防策の徹底とと

もに、病棟休憩室、仮眠室、職員ロッカー室な

どの、職員同士が密になる可能性のある空間の

使い方を改める必要があります。

病棟休憩室では複数の職員のマスクなしで

の休憩と食事を禁止しています。職員食堂でも

対面での食事は禁止し、食事中であっても会話

をするときにはマスクの着用を義務づけてい

ます。

病棟の利用方法では、当院は 1フロアに東と

西の 2つの病棟があります。この 2つの病棟の

間の通路はつながっており、中央にあるエレベ

Page 6: 大規模院内感染はなぜ起きたのか 湯浅祐二 永寿総 …...日本記者クラブ 「新型コロナウイルス」(32) 大規模院内感染はなぜ起きたのか

6

ーターの使用などで東西病棟の患者様や職員

が交差することはまれではありません。

この感染症では、確実に区分された病棟での

入院管理が必要ですので、通路に電動ドアを設

置するなど、より安全性の高い専用病棟を整備

しました。陽性の患者様や、陽性の可能性が否

定できない患者様は、この病棟で専用スタッフ

による治療を受けていただくことにしていま

す。

また、重症化しやすい血液疾患の患者様への

感染を予防するため、血液疾患患者様の対応の

病棟を、同一フロアの 2 病棟に限定していま

す。

危機的状況にある病院運営

次に、病院の現状について、お話しします。

現在、入院中の新型コロナウイルスの陽性患者

様はいらっしゃいません。5 月 26 日に予約再

診患者様に限定して外来を再開し、6月 8日に

は新規入院の受け入れも開始し、6 月 11 日か

らは初診外来、6 月 16 日からは救急車の受け

入れも開始しました。

外来再開に当たり、感染防止対策として、来

院する皆様には必ず問診と体温測定、手指消毒

をお願いしています。発熱や風邪症状のある患

者様は、敷地内の外部テントで新型コロナウイ

ルス感染の可能性を前提に診察しています。

密な環境を避けるため、待合室の椅子の着席

位置の間隔をあけ、予約での受診を基本として、

受診者数を抑制し、患者様の院内滞在時間をで

きる限り短縮するように努めています。

入院の際には PCR検査を行い、陰性を確認し

ています。緊急入院の場合には、PCR検査陰性

が確認されるまで、個室で陽性者に準じた対応

を取っています。

ようやく診療が再開されましたが、この 2カ

月に及ぶ外来機能停止と、新規入院受け入れの

停止により、大幅な収入減少となり、病院運営

は危機的な状況にあります。こうした状況は、

一病院の努力だけで回復できるものでは到底

なく、給付金などの救済手段を国や自治体に講

じていただかなければ地域の医療は守れない

と思っています。

また、感染症の流行により、これまでの効率

を重視した診療から、感染防止対策に十分配慮

した診療への転換が求められ、これも病院の収

入を減少させる大きな要素となります。この感

染症のもたらす変化に合わせて、地域中核病院

のあり方を考えていかなければなりません。

寄せられた支援に感謝

ここで、これまでにいただいたご支援、激励

について、お話しさせていただきます。

冒頭でも述べましたが、この 3カ月間、多く

の方々からご支援、激励を賜りました。その件

Page 7: 大規模院内感染はなぜ起きたのか 湯浅祐二 永寿総 …...日本記者クラブ 「新型コロナウイルス」(32) 大規模院内感染はなぜ起きたのか

7

数は 400件を超え、ご寄付も総額 4,200万円を

超えています。マスク、フェイスシールド、ガ

ウンなど、医療に必要な多数の支援物資もいた

だきました。

院内の食堂を閉鎖し、毎日お弁当になりまし

たので、野菜不足を補うようお心遣いをいただ

き、サラダや野菜ジュースなどを長期にわたっ

て何度も送り届けていただきました。

地元の方からの激励の横断幕には、どれほど

励まされたかわかりません。近くの飲食店にも

励ましていただきました。

お手紙、ビデオ、寄せ書きなど、多数いただ

き、職員一同、本当に勇気づけられました。

また、当院での感染の拡がりの究明や、感染

制御の指導をしてくださいました厚生労働省

クラスター対策班の先生方の存在も、私どもに

とって非常に大きな助けとなりました。丁寧な

ご指導のおかげで、その後も感染防御対策を進

めることができました。国会議員の先生方にも、

何度も相談に乗っていただき、励ましの言葉を

いただきました。

台東区長には、4 月 10 日に、当院の早期の

再開に向けた台東区長声明を発表していただ

き、非常に勇気づけられました。また台東区中

核病院運営支援協議会を設置していただき、ダ

イヤモンド・プリンセス号の環境消毒を行った

業者による全館の消毒など、早くから助成をし

ていただきました。

汚染された可能性のある小空間の消毒に用

いる紫外線照射装置を、助成していただいて購

入し、使用後の病室などの消毒に使わせていた

だいています。(次ページ図 28)

このように、多くの方々から賜りました温か

い激励やご支援が、私をはじめ全職員の大きな

力となったことをぜひ知っていただきたいと

思っています。これまでは、地域医療のために

自分たちが努力することだけを考えていたよ

Page 8: 大規模院内感染はなぜ起きたのか 湯浅祐二 永寿総 …...日本記者クラブ 「新型コロナウイルス」(32) 大規模院内感染はなぜ起きたのか

8

うに思います。しかし、医療は、多くの方々に

支えられて初めて成り立つということを実感

いたしました。

感染の恐怖と闘い続けた職員

最後に職員について、お話しいたします。こ

れまで 3カ月以上の間、多くの職員が部署の枠

を超えて感染収束に向けて懸命に働いてくれ

ました。彼らの姿に私も日々感銘を受け、支え

られました。

看護部門では、複数の病棟の看護師に集団感

染が発生し、その病棟スタッフ全員が自宅待機

となりました。これを補うため、他部署の看護

師たちが、慣れない感染病棟の看護業務を行わ

ざるを得ないこともありました。

当初は、全ての病棟業務を完全防護服で行っ

ていましたので、朝一斉に装備を整えてから病

棟に向かいました。感染の恐怖とも闘いながら

の完全防護服での業務は多大なストレスを伴

ったことと思います。それでも元気に病棟に向

かっていく姿にかける言葉がみつからず、彼ら

にこのような任務を背負わせたことに対し、院

長として非常に申し訳なく思いました。

また、リネン類の搬送、職員食堂の営業、院

内自動販売機の補充などが停止となり、新しい

リネン類は外来待合室に配置して、事務系の職

員が連日病棟に運びました。

清掃スタッフも減員となりましたので、様々

な部署の職員が防護服を着込んで、黙々と病棟

の清掃を代行してくれました。

袖付きガウンと呼ばれる一部の防護着が不

足し、職員が手作りしました。

永寿の職員であることが原因で、子どもの通

園や通学、家族の出勤を拒まれたり、アパート

を退去させられたりなど、心の痛む事例もあり

ました。それでも、永寿病院を感染症に負けな

い、皆様に安心して医療を受けていただける病

院として再生させたいと思っている多くの職

員が、きょうも感染防護に気をつけながら仕事

をしています。

院内のメンタルヘルスサポートチームが 5

月に職員に対して行った「気持ちの変化チェッ

クリスト」という調査結果を見ると、様々な気

持ちの変化があったことが分かります。「この

仕事に就いたことを後悔している」と答えた職

員は 6%で、最も少ない数でした。私はこれを

Page 9: 大規模院内感染はなぜ起きたのか 湯浅祐二 永寿総 …...日本記者クラブ 「新型コロナウイルス」(32) 大規模院内感染はなぜ起きたのか

9

みて、職員の医療者としての強い気持ちを感じ

ることができました。

本日の資料として、匿名で 3名の職員の手記

を配付させていただいています。ともに懸命に

働いてきた仲間と、厳しい闘病を経験した仲間

の思いが述べられております。ぜひご一読いた

だければと思います。

これらの文章は、本日の会見の資料として、

当院ホームページでも公開する予定です。彼ら

3名とも、様々な葛藤を抱えながら、勇気を持

って文章を寄せてくれ、公開にも同意してくれ

ました。病院としても、個人情報保護の原則は

固く守りたいと考えていますので、ご理解とご

協力をお願いします。

最後になりますが、本日は、当院で発生した

院内感染の経緯、原因、今後の対策などについ

て、聞いていただきました。当院の職員のこと

もお話ししましたが、言うまでもなく、この院

内感染の拡大により最も大きな被害を受け、苦

しまれたのは患者様であり、そのご家族です。

病院の責任者として、重ねて深くお詫び申しあ

げます。

当院に限らず、この感染症による院内感染を

防ぐ体制を整えることは、いまの医療者に求め

られている重大な責務です。私たちは、まだ予

断を許さない状況の中におりますが、有効なワ

クチンや治療薬が開発され、この感染症に打ち

勝てる日が来ることを信じて、信頼され、地域

に必要とされる中核病院となるための活動を

継続してまいりたいと思います。

(質疑応答)

司会 では、司会者から一つ確認させていた

だきます。

医療従事者の方々は本当に心身ともに厳し

い闘いの中にあったと思いますが、一方で、医

療スタッフの方々への差別や偏見というよう

なことも世の中的には指摘されています。永寿

の皆さんは、そのような差別とか偏見などを受

けたことは実際にあったのでしょうか。院長の

お考えなどもご披露いただければと思います。

湯浅 先ほど話の中でも若干触れさせてい

ただきましたが、確かに感染者が多数出ている

病院のスタッフは、いろいろな形で接したり、

迎え入れたりすることに対して、多くの方が恐

怖を持つことは、言ってみれば、当然だと思っ

ています。

しかし、私どもとしては、万全を期して感染

がないようにとしている職員までいろいろな

対応を受けたことがあり、それについては本当

に残念だと考えています。こちらに来てくれる

なとか、いろいろ……。

家族と一緒に生活できないような職員も多

数いました。自分だけホテルを借りて住むとか、

自分だけ違うところに住んで仕事に来てくれ

るとか、そういう職員も多数いました。

ただ、本当はそういうことも理解していただ

いて、助け合いながら、お互いを理解していけ

る社会に少しでもなるように、今後、私どもも

含めて努力したいと思います。けれども、それ

だけこのウイルスに対する恐怖が大きかった

のだろうと感じています。

お答えになったかどうかわかりませんけれ

ども、個々の部分については、本当に職員一人

一人、いろいろな思いがあったと思います。そ

の辺は、ほかの施設も同じようだと思っていま

すし、ご理解いただければと思います。

質問 個人的なことですが、私は台東区の住

民で、毎年永寿の健康診断センターで健診を受

けています。今年も受けようかどうかと迷って

いますが、大丈夫だと言っていただけますか。

湯浅 ぜひお受けいただきたいと思います。

Page 10: 大規模院内感染はなぜ起きたのか 湯浅祐二 永寿総 …...日本記者クラブ 「新型コロナウイルス」(32) 大規模院内感染はなぜ起きたのか

10

感染予防についても万全を期してやっていま

すので、できればご受診いただければと思いま

す。

質問 永寿における死亡率ですけれども、

192 人の感染者に対して 43 人で約 22%です。

日本全体ではせいぜい 5%ぐらいですから、も

のすごく高い死亡率です。この理由は一体何で

しょうか。おっしゃっていたように血液疾患の

方や重い基礎疾患の方が多いから、死亡率が高

かったのか、それ以外に別の理由があるんでし

ょうか。

湯浅 急性期総合病院ですので、血液疾患の

患者様が多数入院されているほかに、がんの患

者様であるとか、ご高齢の患者様が多い。そう

いった方に、このコロナウイルスが感染すると、

私どもも当初、それほどまでとは思っていなか

ったのですが、本当に急に呼吸状態が悪化した

りする場合が多くありました。

比較的若かったり、それほど疾患が重くない

方については、重症化は少なかった。特に免疫

が低下しているご高齢の方や、そういう薬を使

われている方は、重症化する危険性が非常に高

いと思っています。

職員も大勢感染していますがほとんどが軽

症で、短時間で治癒しているという状況です。

そういう意味では、特にご高齢の方や重症の患

者様が入院しているような病院では、感染の蔓

延はできる限り防がなければいけないと思っ

ています。その点については、本当に反省して

いますし、本当に申し訳なかったことだと思っ

ています。

質問 まず、このタイミングで記者会見を開

かれたことについてうかがいます。3 月から 5

月にかけて大変厳しい状況だったということ

はうかがいました。その時期にホームページは

更新されましたが、患者様のご家族にすれば、

なかなか連絡がつかなかったり、大変な状況だ

ったと思います。感染の経緯とか、どういう状

況にあるのかをそのときに知りたかったとい

う思いもあると思います。そういったご家族に

対して、改めて、なぜいまだったのかというこ

とを、ご説明ください。

湯浅 クラスター対策班の先生などともい

ろいろ検討していただいていましたので、途中

では申しあげるべきことが整理できなかった

ということが大きかったとは思っています。

それから、先ほども申しあげましたけれども、

第一は入院している患者様の治療でしたし、感

染がさらに拡がるのを防がなければいけない

ということで、本当に職員が懸命に対応してい

るようなところで、なかなか……。

例えば私どもがお願いして記者会見をして、

私がきちんとできなければ、職員の士気にも大

きく影響すると思っていましたし、ひいては日

本の医療従事者がこのコロナと闘っていると

きに、士気をそぐようなことはできるだけした

くなかった。不十分な形での会見は、私として

はできないと考えていました。

今回なぜ、ということについては、日本記者

クラブから提案され、私もこういった場で会見

ができれば、私もぜひと思っていたところでし

た。それと、私の気持ちの整理といいますか、

病院の職員も大体落ち着いてきて、意見を聞い

ても、いまだったら、と合意してもらいました

ので、こういった機会で話をさせていただいた

ということです。

もちろん、もっと早く、と思われていたとは

思いますが、それに対応できなかったことは、

本当に申し訳ないと思います。私どもも経験も

したことのないようなことで、正直に申しあげ

ると、会見というものをどういうふうに準備し

たらいいのかすら、分かりませんでしたので、

本日はこういう形で、場所を提供していだいた

ことを、本当にありがたく思っています。

質問 もう一点、先ほどの死亡率の話とも関

連するかと思いますが、重症化した患者様への

医療の提供という意味で、よく知られている

ECMO(エクモ 体外式膜型人工肺)とか、人工

呼吸器の装着がありますが、その辺の状況はど

うだったのでしょうか。

湯浅 私どもは ECMO ができる施設ではあり

ません。ですから、そういうことが必要だと思

う患者様は、都と相談して転院していただきま

した。

Page 11: 大規模院内感染はなぜ起きたのか 湯浅祐二 永寿総 …...日本記者クラブ 「新型コロナウイルス」(32) 大規模院内感染はなぜ起きたのか

11

院内で診られる患者様については、懸命にや

っていましたが、重症の方は本当に短時間の間

に重症化してお亡くなりになられてしまった

という状況です。

私どもとしてはできるだけの対処はさせて

いただいたつもりですが、及ばなかったという

ことは残念だと思っています。

質問 職員さんの手記の中に、退職を希望す

るスタッフも出てきたとありますが、実際に退

職した方はいたのでしょうか。

それから、入院患者を転院させるというのが、

非常に大変だったと聞いています。そこの辺り

の状況を教えてください。

湯浅 退職する職員はいました。ただ、アウ

トブレイク直後に病院を去った職員は全くお

らず、それが落ち着いてきて、ある程度のこと

ができたなという段階での退職です。いろいろ

な事情から申し出てきた者は確かにおりまし

た。

もう一つは、ちょうど 4月で新しい職員を予

定していた者もいましたが、当然教育もできな

いので、逆にこちらから、「いまは無理なので、

違う施設に」と勧めたこともありました。

看護の職員の退職は、割合としては一番多か

ったかなと思っています。

ただ、医師で退職を希望するとか、退職した

者は少ない現状です。診療を再開していますが、

支障を来しているところはほとんどありませ

ん。

患者様の転院ですが、陽性の方はその重症度

に応じて、より高度な医療ができるところで診

ていただいていました。

もう一つは、感染はしていないけれども、永

寿にいるから転院できないという患者さんは

かなりいらっしゃいました。永寿総合病院から

転院して、そこで感染が発生してしまうのでは

ないかという恐れがかなり強かったと思いま

す。例えば、入院でなくて外来でも、永寿総合

病院に通っていたということで、「うちでは診

られない」と言われることも初めのころはあり

ました。

繰り返しますけれども、この正体不明な感染

症に対する恐怖が、それぞれの医療機関に強く

あったからだろうと思っています。

それでも、お話をさせていただいて、十分な

感染防止対策を取ったうえで転院していただ

く患者さんは何人もいらっしゃいました。これ

からは医療機関の間での協力体制も、こういっ

た経験を経ながら広がっていくのかなと思っ

ています。

質問 病棟というのは、東西にある病棟の各

1 フロアのことを「1 病棟」というふうに呼ん

でいたということですか。

湯浅 例えば 5階であれば、東病棟と西病棟

があって、一つずつ違う病棟と考えています。

ですから、2病棟というのは、東西である場合

もあります。

質問(Zoom) 医師が必要と判断したとき、検

査を実施するとのことですが、具体的にどのよ

うな場合に実施しているのでしょうか。結果と

して、どのぐらいの頻度で検査が実施されてい

るか教えてください。また、その検査の費用は

全部公費で賄われているという理解でよろし

いでしょうか。

もう一点、症状の有無に関わらず、全ての新

規入院患者に対して PCR 検査を実施すべきだ

との指摘がありますが、この点について、ご意

見があればお聞かせください。

湯浅 もちろんいろいろな疾患で入院され

ているのですが、少し発熱があったとか、いま

までと症状がちょっと違うということであれ

ば、PCR検査をさせていただいています。

アウトブレイク以前は、よほど新型コロナウ

イルス感染症の可能性があると思わない限り、

そんなことはしなかったのですが、いまはちょ

っとした発熱、それもそれが原疾患によると思

われても、念のために PCR検査を実施させてい

ただいて、陰性であることを確認させていただ

いています。

新規の入院の際には、入院の 3日前から直前

までの間に、PCR法での陰性を確認させていた

だいて、陰性であれば入院していただいていま

す。

Page 12: 大規模院内感染はなぜ起きたのか 湯浅祐二 永寿総 …...日本記者クラブ 「新型コロナウイルス」(32) 大規模院内感染はなぜ起きたのか

12

公費の件は、いま保険でも認められている部

分では、新型コロナウイルス感染症疑いの検査

であれば、保険でも診療報酬の中で払われる形

になっていると思います。外来の患者さんが、

PCR の検査をしたものは公費で支払っていた

だいていると思います。

ただ新しく職場に入ってもらうような職員

も、陽性でないことを確認するために PCR法を

施行していますが、そのような場合には当院で

の負担になっています。

質問(Zoom) 今後、感染の第 2 波が起き、

感染者の受け入れを要請された場合、すぐに対

応可能ですか。専門病棟は常設でしょうか。そ

こには何人ぐらいまでなら受け入れ可能です

か。都からはすでに準備を要請されていますか。

湯浅 この感染症が収まらない時期は、東京

都から私どもにそういった、陽性の患者様の受

け入れ要請は何度もいただいていますが、その

当時は、病院のスタッフも非常に少なくなって

いる状況で、ようやく診療を行っているような

形でしたので、それにお応えすることはできま

せんでした。

現在は、陽性患者様の病棟としては、先ほど

説明いたしましたように、それなりのきちんと

した病棟を用意していますが、いまは陽性の方

はいらっしゃいません。

現在、そういった患者様の受け入れの要請は、

私のところにはございません。これから患者様

が増えてきた段階では、私どもは地域の中核病

院として当然取るべき責任として、受け入れる

準備をしていますし、本当に必要な場合には、

積極的に対応したいとは思っています。

質問 先ほど医療従事者への偏見という質

問がありましたが、例えば病院に匿名の電話や

嫌がらせのファクスなどの誹謗中傷のような

ものはあったのでしょうか。

湯浅 私が知る限りでは、そういったものは

かなり少なかったと思います。おかげさまで、

私どもを激励してくださる方は、初期からたく

さんいらっしゃいました。職員個々については、

先ほども申しあげましたけれども、いろいろあ

ったのは確かですが、病院自体に対しては、そ

れほど私としては感じていません。

質問 病棟のかなり広い範囲で感染が拡が

ったと思いますが、混合病棟という形態が感染

の拡大に影響した部分はあるのか。

湯浅 あると思います。私どもは、これまで

は、地域中核病院としてできるだけ断らない医

療を行ってきました。病院をできるだけ有効に

使って、入院の必要な患者様をできるだけ受け

入れたいという形でやってきました。基本的に、

それぞれ専門性のある病棟の配置ではありま

すが、空床があってほかの病床が満床で使えな

いときには、患者様に空床のある違う病棟で入

院していただいていました。ですから、幾つか

の病棟にはいろいろな疾患の患者様が当時は

いらっしゃったという状況です。

医師がそれぞれの病棟を行き来することも

ありますので、感染拡大の原因の一つにはなっ

たとは思っています。

これからは、例えば特に血液疾患の患者様な

どは特定の病棟だけにするように、病棟を考え

なければいけないと思っています。

質問 6月 8日付のリリースで、専門領域ご

との病棟区分に再編成するという記載がある

のですけれども、これは混合病棟をやめるとい

うことですか。

湯浅 400床の総合病院では、例えば幾つか

のそれほど大きくない科もあります。医師の数

も少なく、入院している患者様も数人というこ

とも多いので、そういう意味では混合病棟とし

ての使用はまだ継続はすると思います。が、例

えば血液疾患や消化管疾患などの、主要な病気

については、限定した病棟で治療ができるよう

に配慮しようとしています。

質問 看護師やスタッフが病棟からごそっ

といなくなったということです。感染や濃厚接

触だと思いますが、最大で、いつ頃、何人ぐら

いいなくなって、補充したのでしょうか。

湯浅 人数はちょっといま出てきませんけ

れども、4月の前半が一番多かったと思います。

病棟に慣れているスタッフが自宅待機、あるい

は陽性で入院となったというために、本当に使

えるスタッフが半分ぐらいになったと思いま

Page 13: 大規模院内感染はなぜ起きたのか 湯浅祐二 永寿総 …...日本記者クラブ 「新型コロナウイルス」(32) 大規模院内感染はなぜ起きたのか

13

す。

それを、主に外来を担当していたような看護

師も含めて補充せざるを得ませんでした。その

当時は、外来が停止中で外来での仕事がないの

で、そういうところに回ってもらったのですが、

慣れない仕事をしてもらうことになりました。

この感染症は、病棟での発生、あるいはスタ

ッフの発生があると、そこのまとまりが全部い

なくなる。ですから、病院機能としては本当に

厳しい状況でした。そういうスタッフがいない

状況で、これまでやっていたような形での診療

が本当にできるかというと、なかなか難しい部

分も出てきます。

質問 病棟のスタッフの半分ぐらいがいな

くなったのですね。

湯浅 そうです。

質問 病棟のスタッフというのは、全体で何

人ぐらいですか。

湯浅 看護部長も来ているので、答えてもら

います。

北川順子・看護部長 病院全体ですと、380

人の看護スタッフがいます。病棟スタッフだけ

で言いますと、300人。ほかにも救急外来とか、

内視鏡とかたくさんあるので、病棟部門だけで

言いますと 300 人のスタッフの中の大体 20 人

ぐらいが毎回、発生とともにお休みすることに

なってきていました。

質問 毎回というのは、検査のことですか。

北川 検査結果が返ってきて、看護スタッフ

にも陽性者が出る、患者さんにも陽性者が出る

となると、一旦そこのスタッフが全部 2週間お

休みすることになります。で、ほかが補填する

ということになりました。

質問(Zoom) 血液病患者や高齢者、重症者

は、他の大規模病院でも多く入院していますが、

永寿総合病院ほどのアウトブレイクは起こり

ませんでした。近隣でも、中核の墨東病院など

で院内感染が起こりましたが、ここまでの死亡

率ではなく、感染の拡がりもここまでではあり

ませんでした。ほかと違う永寿特有の理由はど

こにあったと思いますか。

湯浅 それについては、私もわからない部分

が多いのですけれども、一つは永寿でのアウト

ブレイクは、比較的時期的に早かったので、こ

のウイルスに対する対処法が、ほかに比べてか

なり甘い状況で起こったことが原因かなとは

思っています。

もう一つは、先ほども申しあげたように、私

どもの場合、いろいろな疾患を持つ患者様がい

くつかの病棟にいたということも、一つの原因

だったとは思っています。

質問 いま感染が少し落ち着いて、第 2波に

向けて全国の病院が備えをしている状況だと

思います。非常に大きな院内感染を経験された

ご経験から、第 2波に向けて、それぞれの病院

でどんなことが必要なのかお話しください。

湯浅 あまり高い立場からは申しあげられ

ないのですけれども、私どもが実感しているの

は、本当に基本的な感染防御対策を徹底してや

るということが一番重要だと思っています。

マスクの着用、手指消毒はもちろんですけれ

ども、手指消毒でも 1日に何回ぐらいやるかと

いうことが、以前といまを比べれば全く違いま

す。

私どもでは、ドアを開けるたびに、ドアノブ

を持つたびにやるとか、本当に頻繁にやってい

ます。院長の私でも本当に 1日何十回という手

指消毒をしますし、マスクもできるだけ外さな

いようにしています。食堂でも、もちろん食事

をするときはマスクを外しますが、食堂に行く

ときにしていたマスクはそこで捨てて、食事を

して、終わったときには新しいマスクを着用し

ます。

食堂で話をするとすれば、新しいマスクを取

ってきて、そこでマスクをして話をしないとい

けないという状況です。手指消毒といっても、

どこまできちんとやる必要があるかというこ

との認識が以前とは全く違ってきていると感

じています。

いまは例えば商店に行っても、そこに消毒薬

が置いてありますので、手指消毒をしますけれ

ども、いろいろなところで、機会に応じて手指

消毒をする、そしてきちんとマスクをすれば、

Page 14: 大規模院内感染はなぜ起きたのか 湯浅祐二 永寿総 …...日本記者クラブ 「新型コロナウイルス」(32) 大規模院内感染はなぜ起きたのか

14

基本的な感染は防げると、この疾患であっても、

思えます。

一番大切なことは、いかに職員一人一人がそ

ういったことを自覚するかだろうと思ってい

ます。特に若い職員は、どこまで自覚している

かが問題です。このくらいはいいや、というの

がどうしてもあると思うのです。

本当に恥ずかしいのですが、若い職員がそう

いった自覚にちょっと欠けているのをみかけ

たりするので、注意しますけれども、そういっ

たことを基本的に本当に一人でも抜けないよ

うな形というのが本当は必要だろうと思って

います。当院の感染制御部の部長などはそうい

うことを厳しく言って、それが守れないのだっ

たらやめてもらう、みたいなところまでいかな

いといけないと言っています。特に病院はそう

いうことが起こってはいけないので、徹底する

ことだと思います。

N95 マスクをするにも、着け方の教育とか、

防護服の着方とかも含めて、継続的にきちんと

教育しないといけない。慣れないスタッフは、

着たつもりでも、どこかに隙間があるとかとい

うこともあると思います。そういうことがない

ように徹底させることが必要です。

あとは、やはり検査体制だと思います。私ど

もの感染の初期には、この新型コロナウイルス

感染と闘う手段が本当に少ないと感じました。

感染を疑っても検査結果がなかなか出てこな

いようでは、闘いようがない。どの患者様に個

室に移っていただくか、何日も結果が出ないよ

うなことがずっと続いていました。そういう意

味で、必要な検査がすぐできて、結果ができる

だけ早く分かることが、これから絶対必要だろ

うと思います。

ただ、私どもでアウトブレイクが起きた時期

には、保健所の先生方もそうですけれども、そ

のような体制を要求すること自体なかった。多

分、本当にみんな必要だと思っていなかったと

思います。私もそうだったと思います。

しかし、いまはそれが全然違うので、そうい

った対策が整備できれば、2波、3波が来ても、

対応はできてくると信じていますし、その対応

をしながら治療法などが開発されるのを待ち

たいと思っています。

質問 最初にも触れられていましたけれど

も、PCRをしても、偽陰性があって判断が難し

いということがほかの病院でもあるようです。

実際に偽陰性の患者から感染が拡がったとい

うことは、永寿総合病院でもみられたのでしょ

うか。

もう一点、経営に対する影響ですけれども、

4 月、5 月に具体的にどういう影響があったか

教えていただけますでしょうか。

湯浅 1回目に陰性で、次の検査で陽性だっ

たという患者様はもちろんいらっしゃって、そ

ういう患者様と同室だったために感染した可

能性がある方はいらっしゃったと思います。そ

ういう意味では、1回の陰性の確認だけではな

かなか難しい部分は多いかなと思っています。

ただ、ほかに手段がありませんので、陰性が

確認された場合には、よほどどうしても説明が

できないような症状が続くとか、発熱が続く場

合には、いまは陰性であってもそれなりの症状

が落ち着くまで待って、もう 1回確認していま

すが、当時は、陰性であればそれなりの対応だ

ったと考えています。

病院の経営の問題は、具体的なことを申しあ

げると、とても難しいのですが、私どもの病院

は 400 床で、年間の収入が大体 100 億円強で

す。それが、4 月、5 月は基本的に、ほとんど

外来診療がなく、新規の入院もないという状況

でしたので、収入減はその割で考えていただけ

ればいいです。

私は院長を十数年やっていますけれども、病

院経営は本当に大変で、赤字の年度もありまし

たけれども、そういう意味では及びもつかない

ぐらいの額の損失となっています。

具体的な数字が必要でしょうか。診療報酬と

いうのは、2カ月空いて支払われたりするので、

なかなか正確には言えませんが、先ほど申しあ

げたような単位の額にはなっています。

質問 3 月に厚労省のクラスター対策班が

まとめた報告書の概要に、認知症の方が動き回

った可能性があるというお話があったかと思

Page 15: 大規模院内感染はなぜ起きたのか 湯浅祐二 永寿総 …...日本記者クラブ 「新型コロナウイルス」(32) 大規模院内感染はなぜ起きたのか

15

います。各地の介護老人保健施設でも、新型コ

ロナウイルスの施設内感染があって、認知症の

方の対応をどうするか、なかなか外の病院にも

移せないという課題があるようです。今後、認

知症の患者に対しては、どのような対策を取る

のでしょうか。

湯浅 認知症の方が、病棟内を動かれるとい

うことはあります。もちろん陽性であることが

分かれば、ある程度部屋に隔離をするようなこ

とになります。そうではない患者様がいろいろ

動いて、陽性であったことが後で分かるという

ことがあり、感染のもとになった可能性はある

と考えています。

認知症の患者様が入院なさる機会は、当院で

はとても多いので、きちんと陰性であることを

確認することは一番だと思っています。そのう

えで、病棟などをどういう形で配置するか、そ

の場その場で考えなければいけない。まずはそ

ういった方が感染者となる可能性があるかな

いかを、優先してきちんと確認するべきだと思

っています。

質問 いまは外部からの面会は受けてない

のかもしれませんが、いずれ外部の方の面会も

認めていかないといけないと思います。そうす

ると、いくら職員さんが感染防止対策に気を遣

っていても、ウイルスが外部から持ち込まれる

可能性がどうしても出てくると思います。その

辺りのご見解をお聞かせください。

湯浅 それはとても難しい質問です。いまの

時点では、面会をお断りするのが当然だと思っ

ていますし、いまの状況では継続せざるを得な

いと思います。

いつの時点でそういったことをしなくて済

むようになるかというのは、どのくらい感染が

落ち着いているか、ということに深く関わって

くると思います。もう一つ、まだ決めているわ

けではないので、確定できることとして申しあ

げることはできませんが、こういった条件の患

者様のご家族には、こういった形で会っていた

だく、という配慮が必要だと思っています。医

療ですから、ご家族が患者様に長く会えなくて

重症化していくようなことはいいはずはない。

そこは配慮すべきだと思いますので、いろいろ

な工夫はすべきだとは思っています。ただ、い

まはできておりません。

もう一つ、特に私どもの緩和ケアの医師など

がやっていますが、ご家族と面会するかわりに、

iPad などを利用すると、顔を見て話ができま

す。これは確実に進めていきたいとは思ってい

ます。

まずはそういう形で、ご家族が、ある程度患

者様に対面できるような形は作っていきたい。

質問 感想的な話ですが、感染症に対する日

本人というか、人類の感度が、医療者も、一般

市民も、行政も含めて、感度が落ちてきのでは

ないか。

一時、感染症は人類がほぼ克服したと言われ

ていましたけれども、実はそうではないんだと

お話を聞いていて思いました。その辺は、先生

も何十年も医療者をやっていらっしゃって、い

かがでしょうか。

湯浅 例えば結核などは、ほとんど治る病気

だとされていますし、梅毒などもそうですけれ

ども、この新型コロナの前に一番私どもが重要

視していたのは、新型インフルエンザが出てく

る可能性でした。それについてはかなり脅威を

持って、発熱外来などでも対応しましたけれど

も、そのときでも、結果としてはそれほどの脅

威にならなかったと感じていたのは事実です。

そういう意味で、本当に私たちの考えが及ば

なかったと反省していますけれども、新型イン

フルエンザのような形で、新型コロナにも対処

できるのではないかという感じは、正直申して

持っていたと思います。それがあまりにも違っ

たので、アウトブレイクのときにあれだけ驚愕

してしまったのかなと考えています。

ただ、特効薬などが開発されるなど、感染症

はいまの医療であれば必ず打ち勝てると思っ

ています。これだけ多くの方々が重要視して取

り組んでいますから。

ただ、また同じようなことが起こるかもしれ

ない。そのときに、どこまで準備をしなければ

いけないかは、語弊があるかもしれませが、切

りがないことになる可能性があると思います。

Page 16: 大規模院内感染はなぜ起きたのか 湯浅祐二 永寿総 …...日本記者クラブ 「新型コロナウイルス」(32) 大規模院内感染はなぜ起きたのか

16

PCR検査をどこまで、すぐできるようにしてお

くかということも含めてです。その辺は、今回

の教訓から、いろいろ工夫しなければいけない

と思いますけれども、確かにご指摘のように、

感染症に対する向き合い方は、ちょっと緩くな

っていた部分も確かにあったのだろうと思い

ます。

質問 ほかの病院でも院内感染は起きてい

ますけれども、今後また市中感染が広がってき

たときに、ほかの病院でも同様のことが起こり

得るのか。また、こうした院内感染の恐ろしさ

をどう受けとめていらっしゃるか。

湯浅 院内感染は起こり得るとは思います

けれども、その可能性は確実に低くはなってい

ると思います。それは先ほどから話をさせてい

ただいているように、それぞれの医療者も意識

がかなり変わってきていると思いますし、いま

はいろいろな事例を経験したうえで対策を立

てていると思います。

院内感染の恐ろしさについては、何とお答え

したらいいのか、どういう表現をしたらいいの

か分かりませんけれども、本当に予想していな

かったような拡がりは、突然嵐が襲ってきたよ

うな感じでした。やはり想定していなかったと

いうことは、恐怖になります。

それから、この感染症の正体がはっきり分か

っていなくて、知識があまりにもなかったので、

その恐ろしさというのは、これからどうなるか

を含めて、あったとは思います。

ただ、そういうことについて、分かっている

ことも多くなっていますので、同じようなこと

が繰り返されるとは思っていませんし、それな

りに注意することによって防いでいけること

が多いとは思っています。お答えになったかど

うか分かりませんが。

質問(Zoom) 医療従事者のメンタルヘルス

について、お尋ねします。激務が続いたと思い

ますが、職員の勤務時間の状況はどうだったの

でしょうか。また、心の健康を害し、業務に支

障の出た職員はいたでしょうか。職員のメンタ

ル面をケアするため、どのような取り組みをさ

れたのでしょうか。

湯浅 これだけのことがあると、当然、職員

の気持ちもかなり傷つきます。アウトブレイク

直後で大変なときは、みんな頑張っていたと思

いますし、私も本当によくこれだけできるなと

思っていましたけれども、少しずつ落ち着いて

くると、いろいろな感情が出てくると思います。

私どもには、メンタルヘルスを専門的にやっ

ているスタッフもいますので、中心になってチ

ームを作って、とにかく話を聞いて、それぞれ

が思っていることをできるだけ表に出せるよ

うな状況を作ろうとしています。

例えば東日本大震災を経験された先生など

にも来ていただいて、子どもたちにはこういう

ことをしたから、職員にもこういうことは役に

立つのではないか、と教えていただいて、やっ

たりもしています。これは簡単に治るものでも

ないですし、長く心の中に残っていくものでし

ょうし、いろいろな形でより専門的なケアをし

ていかなければいけないと思っています。

ただ、一方的な考え方かもしれませんけれど

も、こういう経験をして、逆に職員同士のつな

がりを実感しました。本当に頑張っている職員

をみて、医療者に対する私自身の考えもそうで

すけれども、本当に一緒に闘っているという実

感を得ました。そういうことも含めて、自分の

中でプラスにしていかなければいけない部分

もあるとは思います。ただ、特に若い職員につ

いては、心のケアを十分やらなければいけない

と思って、これからも気をつけていかなければ

いけないと思っています。

文責・日本記者クラブ

Page 17: 大規模院内感染はなぜ起きたのか 湯浅祐二 永寿総 …...日本記者クラブ 「新型コロナウイルス」(32) 大規模院内感染はなぜ起きたのか

資料 2-1

職員手記

<看護師>

患者さん 109名、職員 83名もの感染者を出し、原疾患で闘病中の患者さん 43

名が亡くなられました。亡くなられた患者さんのお荷物から、これまでの生活や

大切になさっていたもの、ご家族の思いなどが感じ取られ、私たち職員だけが見

送る中での旅立ちになってしまったことを、ご本人はもちろん、ご家族の皆様に

もお詫びしながら手を合わせる日々でした。

感染の拡大が判明した当初は、患者さんが次々と発熱するだけでなく、日に日

にスタッフにも発熱者が増え、PCR 検査の結果が病院に届く 20 時頃から、患

者さんのベッド移動やスタッフの勤務調整に追われていました。

なかなか正体がつかめない未知のウィルスへの恐怖に、泣きながら防護服を着

るスタッフもいました。防護服の背中に名前を書いてあげながら、仲間を戦地に

送り出しているような気持ちになりました。

家族がいる私も、自分に何かあったときにどうするかを家族に伝えました。

幼い子供を、遠くから眺めるだけで、抱きしめることができなかったスタッフ、

食事を作るために一旦は帰宅しても、できるだけ接触しないようにして、ホテル

に寝泊りするひとり親のスタッフもいました。家族に反対されて退職を希望す

るスタッフも出てきましたので、様々な事情を抱えながら、永寿が好きで働き続

けてくれるこの人たちを何とかして守らなければ、今の業務を続けていくこと

はできないと強く感じました。

4月 4日、「頑張れ、永寿病院 地元有志一同」の横断幕が目に入り、「まだ私

たちはここにいてもいいんだ」と思えました。涙を拭きながら非常口を開けたの

を覚えています。支えて下さった地元の皆様には、本当に感謝しかありません。

私たちは、今回のウィルス感染症で多くのことを学びました。

人の本質は、困難な状況に直面するとより露わになることを実感しました。困

難な状況であるからこそ、思いやりのある行動や、人を優しく包むような言葉を

宝物のように感じました。育児休業中のスタッフが、「メディアで医療従事者が

感謝されていますが、私はまだ何もできていない」と話してくれたときは、「そ

の気持ちこそが宝物ですよ」と答えました。

少し前に、東京都看護協会から、院内感染が起きた他院への看護師の派遣を依

頼されました。感染が拡大した頃の自分たちを思い出し、何とかしてあげたいと

ころでしたが、精神科病棟への派遣なので、無理には頼めないなと思っていまし

た。しかし、4人の看護師が志願して 1週間の救援に参加してくれました。先週

こちらに戻ってきて、「お役に立てるところがありましたので、大変でしたが行

ってよかったです」と報告してくれました。

Page 18: 大規模院内感染はなぜ起きたのか 湯浅祐二 永寿総 …...日本記者クラブ 「新型コロナウイルス」(32) 大規模院内感染はなぜ起きたのか

これまで支えて下さった地域の皆様のため、支えてくれた家族やスタッフのた

め、地域の中核病院としての機能を再生させていかなければなりません。私たち

はまだその途上にいますが、何よりも安心して医療が受けられる場を提供する

ことが重要であると考えています。地域の皆様、関連する医療機関の皆様におか

れましては、今後とも、より一層のご指導とご支援をお願いいたします。

Page 19: 大規模院内感染はなぜ起きたのか 湯浅祐二 永寿総 …...日本記者クラブ 「新型コロナウイルス」(32) 大規模院内感染はなぜ起きたのか

資料 2-2

職員手記

<血液内科医師>

3月23日に院内感染が明らかになり、3月25日に2名の同僚が、微熱があ

るとのことで自宅待機となり、後日にPCR陽性しかも肺炎発症で長期離脱と

なりました。当初は5階病棟のみの集団感染と考えていましたが、4月上旬には

8階の無菌室にまで広がっていたことが判明し、その時は事態の重大さにその

場に座り込んでしまったことを思い出します。

とは言え、未感染の方を含め50人を超える診療科の患者様の命を守るべく、

研修医共々、少ない人数で日々防護服に身を包み、回診に当たる日々が1カ月以

上続きました。また、休診により通院困難となった患者様への連絡にも明け暮れ

ていました。

当院の患者層の特徴としては、大学病院など高度医療機関から依頼され、転院

となった治療歴の長い、高度に免疫機能が低下した高齢者が多く、アビガンやそ

の他の良いと思われる治療薬などを投入するも効果に乏しく、残念ながら最終

的に血液内科だけで23名の患者様がお亡くなりになりました。

血液内科専門医が圧倒的に少ない城東地区において、深い反省を込めて、二度

と院内感染を繰り返さない体制を整えつつ、患者様に安心して当院での血液疾

患の治療を受けていただけるよう、一層の努力をして参る所存です。

Page 20: 大規模院内感染はなぜ起きたのか 湯浅祐二 永寿総 …...日本記者クラブ 「新型コロナウイルス」(32) 大規模院内感染はなぜ起きたのか

資料 2-3

職員手記

<医師>

私は永寿総合病院に医師として勤務しております。勤務中にコロナウイルス感

染症に罹患しましたが、入院治療にて回復し業務を再開しております。

私の場合、高熱と全身倦怠感で発症し、数日後に強い乾咳と呼吸困難が出現し

ました。当時、当院でもコロナウイルス感染者の受け入れを始めておりましたの

で、スタッフを含めて感染対策には細心の注意を払っておりました。しかし、

元々の病気で入院された方がいつの間にかコロナウイルス感染症を合併される

という状況が出現し、これは我々医療従事者でも予測困難な事態でした。私は、

自らの発熱を認めた際に、症状の強さからまず間違いなくコロナウイルス感染

症に罹患しただろうと思いましたが、いつどこで感染したかが分からないこと

に慄然としました。

入院後、安静にしていても呼吸が苦しくなり、症状の強さと酸素数値の悪さか

ら死を覚悟致しました。家族との面会はできず、妻には携帯電話で「死ぬかもし

れない、子ども達を宜しく頼む」と伝えました。妻は大変なショックを受けただ

ろうと思いますが、とにかく諦めずに治療を受けるよう励ましてくれました。

呼吸不全はさらに悪化し、人工呼吸管理を必要としましたが、それでも改善が

得られず、ECMO(体外式人工肺)を導入することになりました。人工呼吸器

使用中は鎮静剤が使われますので意識はありませんが、病状が改善して人工呼

吸器が外れ、意識が回復した際には、生きていることが不思議でした。

入院期間は3週間以上に及び、退院後は、筋力の低下とコロナウイルス感染に

よる肺障害から、日常生活を送れるようになるまで数週間のリハビリテーショ

ンを必要としました。思うように体が動かず歯がゆい日々が続きましたが、当院

へ通院・入院されている方とそのご家族、そして共に医療に従事する仲間がきっ

と私の復帰を待ってくれているという思いから、頑張ることができました。現在

は体力が回復し、業務を再開しております。

当院での新型コロナウイルスの院内感染により、入院されていた多くの方に感

染が発生し、多大なご迷惑とご心配をおかけしたことを大変申し訳なく思って

おります。また、同感染によりお亡くなりになった方には、心よりご冥福をお祈

りいたします。外来・入院で担当しております患者様は、主治医が突然不在とな

ったことにより、大変な不安を感じられたことと思います。当院は、通常の診療

を取り戻すまでに、まだまだ時間を必要としておりますが、一日も早く安心して

医療を受けていただくことができるよう尽力いたします。