複雑二重ネットワークモデルによる知識教授シミュ...

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複雑二重ネットワークモデルによる知識教授シミュレーションに関する研究 ・倉 はじめに 教育において,各学習者の理解の状態を把握し,その理解状 態に応じて教授内容を設計することは重要である. という学習環境のデジタル化により,学習者の膨大な学習履 歴が蓄積されるようになり,その履歴を分析することで,そ れぞれの学習者に適応した学習を提供する技術が生み出され てきている .また教授対象となる「知識」は知識間に関係 があり,その関係を構造化して,その構造の従属関係を考慮 して教授を行うことは重要であると考えられており,学習者 同士の協調効果についても,有用性が明らかになってきてい る.さらに協調効果については,学習者間のネットワーク構 造の学習効果に対する影響分析手法 が提案されており,学 習環境としての学習者間のネットワーク構造の重要性も明ら かになってきている. 一方で,各学習者の理解の状態の把握という点については, 一人ひとりへのアプローチが中心で,教室という集団空間で のアプローチは開拓の余地があり,学習者同士の協調効果に ついても,効果の計量化手法には開拓の余地がある.また教 室という空間での教授効果の実態を把握するためには,各学 習者の理解の状態,知識の構造,協調効果を統合して,考察 計測自動制御学会 システム・情報部門 学術講演会で発表 筑波大学大学院ビジネス科学研究科 東京都文京区大塚 X1 X2 X3 X5 X2 X3 X4 X5 Teacher Social network Internal network Classroom X X 1 X X 2 X X 3 X X 4 X X 5 Level of achievement Understanding Teaching Collaborative learning Knowledge structure Knowledge Teaching strategy Understanding probability 2 3 5 9 8 7 6 Student を行う必要があるが,そういった統合アプローチについても 開拓の余地がある. 近年ネットワークモデルについての研究分野で,「内部ネッ トワーク」と「社会ネットワーク」という二つのネットワーク モデルを活用した「複雑二重ネットワークモデル」というモ デル構築手法が提案されている .そこで本研究では,学 習者の知識理解状態,知識の構造を踏まえた内部ネットワー クと,学習空間を踏まえた社会ネットワークからなる複雑二 重ネットワークモデルで構築した の「複雑二重ネット ワーク知識教授モデル」を考案し,教員の教授を支援する仕 組みを考えた. は,教員が「教授方略」に基づき,知識 をクラス内の生徒全員に教授し,その結果生徒が各自の学力 に応じた一定の「理解確率」で知識を理解し,その理解が「教

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計 測 自 動 制 御 学 会 論 文 集( )

複雑二重ネットワークモデルによる知識教授シミュレーションに関する研究

國 吉 啓 介 ・倉 橋 節 也

は じ め に

教育において,各学習者の理解の状態を把握し,その理解状態に応じて教授内容を設計することは重要である.という学習環境のデジタル化により,学習者の膨大な学習履歴が蓄積されるようになり,その履歴を分析することで,それぞれの学習者に適応した学習を提供する技術が生み出されてきている .また教授対象となる「知識」は知識間に関係があり,その関係を構造化して,その構造の従属関係を考慮して教授を行うことは重要であると考えられており,学習者同士の協調効果についても,有用性が明らかになってきている.さらに協調効果については,学習者間のネットワーク構造の学習効果に対する影響分析手法 が提案されており,学習環境としての学習者間のネットワーク構造の重要性も明らかになってきている.一方で,各学習者の理解の状態の把握という点については,一人ひとりへのアプローチが中心で,教室という集団空間でのアプローチは開拓の余地があり,学習者同士の協調効果についても,効果の計量化手法には開拓の余地がある.また教室という空間での教授効果の実態を把握するためには,各学習者の理解の状態,知識の構造,協調効果を統合して,考察

計測自動制御学会 システム・情報部門 学術講演会で発表( ・ )筑波大学大学院ビジネス科学研究科 東京都文京区大塚

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Teacher

Socialnetwork

Internalnetwork

Classroom

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Level of achievement Understanding

Teaching

Collaborativelearning

Knowledgestructure Knowledge

Teachingstrategy

Understandingprobability

2 3

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9 8

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Student

を行う必要があるが,そういった統合アプローチについても開拓の余地がある.近年ネットワークモデルについての研究分野で,「内部ネットワーク」と「社会ネットワーク」という二つのネットワークモデルを活用した「複雑二重ネットワークモデル」というモデル構築手法が提案されている ~ .そこで本研究では,学習者の知識理解状態,知識の構造を踏まえた内部ネットワークと,学習空間を踏まえた社会ネットワークからなる複雑二重ネットワークモデルで構築した の「複雑二重ネットワーク知識教授モデル」を考案し,教員の教授を支援する仕組みを考えた. は,教員が「教授方略」に基づき,知識をクラス内の生徒全員に教授し,その結果生徒が各自の学力に応じた一定の「理解確率」で知識を理解し,その理解が「教

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材構造」に基づき関連する知識に一定の確率で伝播する形となっている.本研究では,複雑二重ネットワーク知識教授モデルを活用することで,各学習者の理解の状態,知識の構造,協調効果を統合し,教室での教授の学習効果をシミュレーションする手法を生み出し,さらにそのシミュレーションを適用することで,下記問題を設定して,考察する.教授方略が学習効果にどのような影響を与えるか(実験)学習者の配置が学習効果にどのような影響を与えるか

(実験 )

関 連 研 究

概要学習の枠組みについては,学習理論の研究 という形で議論されており,次のような変遷をしてきた.行動主義:客観的に観察可能な刺激と反応との連合で行

動を説明できるとする考えに基づく学習理論.認知主義:人間の認知過程を情報処理システムに見立て,

認知過程をコンピュータプログラムの形で表現しようとする学習理論.構成主義:学習を認識の枠組み(シェマ)の発達と考え,

一人一人が自ら知識を構築することと考える学習理論.社会的構成主義:学習は社会的な営みにおいて共同体の

なかで育まれるものと考え,他者との相互作用を重要視する学習理論.行動主義や認知主義が知識は普遍的に真なものであるという絶対的な知識観に基づいているのに対し,構成主義や社会的構成主義は現実的な文脈での課題を重要視し,課題解決を図る力を重要視している.本研究では,教室での教授の学習効果を明らかにするという目的を持ち,その手段として,学力・教材構造・協調関係を考慮した複雑二重ネットワーク知識教授モデルの構築を試みる.知識は普遍的に真なものであり,問題に対する正答状況という客観的な評価に基づき学力を評価するという行動主義や認知主義の知識観を軸にしつつ,協調関係は社会的構成主義,教材構造は構成主義の文脈も意識しつつ,モデルの構築を試みた.モデルの具体的な構築にあたっては,「テスト理論研究」「学習構造化研究」「確率推論手法研究」「ネットワークモデル研究」の 分野の知見を軸に参照している.テスト理論研究の知見を援用して各学習者の理解の状態を把握し,学習構造化研究・確率推論手法研究の知見を援用して知識の構造を把握し,それらと協調効果を含む教室空間のモデル構築ではネットワークモデル研究の知見を援用して,教室での教授に対する学習効果をシミュレーションする手法を考案した.

テスト理論研究学習者の理解の状態の把握,つまり学力評価はテスト理論という形で研究されている.テスト理論においては,項目反

応理論( ) を活用した評価手法が提案されており,実用化が進んでいる.項目反応理論とは,項目への反応に基づいて,学習者の能力や項目の難易度・識別力を関数として表現したものである.パラメータ数に応じて, 母数ロジスティック モデル, 母数ロジスティック モデル, 母数ロジスティック モデルといった計算モデルがある.選択式問題等の当て推量があり得る場合は モデルを利用し,記述式問題等の当て推量が発生する可能性があまりない場合は,識別力( ),困難度( )を母数とした モデルを利用する場合が多い.なお モデルは, モデルの識別力の値をすべての項目で等しいと仮定したモデルである. モデルは式 のように表現できる.式 の各記号は, 、 、 、

、 を表す.

( )

識別力や困難度は項目母数,学習者の能力は能力母数と呼ぶ.項目母数と能力母数を推定する手法についても研究が進んでいる.項目母数の推定方法 としては, アルゴリズムを用いた周辺最尤推定法があり,能力母数の推定方法としては,最尤推定を利用する方法とベイズ推定を利用する方法がある.項目反応理論は局所独立の仮定を前提とするが,局所独立の仮定を課さないモデルも提案されている .

学習構造化研究知識の構造の把握,つまり「学習構造化」については,教材の構造化法,学習課題の系列化法という形で研究されている .学習課題の順序関係に着目して構造化したものを教材構造グラフといい,構造化された教材構造グラフを一次元に配列するアルゴリズムを学習課題の系列化という.教材構造グラフを構築する手法としては学習階層 や論理分析が提案されており,学習課題の系列化の手法としてはコースアウトライン決定法 が提案されている.教材構造グラフを推定する統計的な手法としては,順序性係数という尺度を利用した,知識間の関連性を分析する項目関連構造分析( ) がある.

確率推論手法研究事象間の依存関係を計量化する手法は,確率推論という形で研究が進んでおり,そのなかでベイズ・アプローチという理論的枠組みが考案されている.ベイジアンネットワーク ~

はその理論的枠組みを応用したものであり,不確実な事象を扱うための計算モデルである.各事象を確率変数として取り扱い,複数の事象間の依存関係を確率変数どうしの確率的な依存関係として,各事象をノード,依存関係を示す矢印をアークとしたグラフの形で表現する.ベイジアンネットワークのモデルで用いるグラフは,非循環有向グラフと呼ばれ,アークは方向性を持ち,この方向はノード間の因果の方向と解釈される.ベイジアンネットワークでは,確率分布を条件付き確

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計測自動制御学会論文集 第 巻 第 号 年 月

率表で表現することができ,ノード間の関連性の影響を計量化することができる.また多変量データからベイジアンネットワークの構造推定を行う手法 ~ も研究されており,貪欲なアルゴリズムを利用した欲ばり法という手法がよく利用される.ベイズ・アプローチのフレームワークを教育分野に応用した研究としてグラフィカル・テスト理論 がある.グラフィカル・テスト理論は,学習項目をノード,学習項目間の依存関係を有向リンクとして,教材構造グラフを表現する.さらに項目反応理論を拡張し,ネットワーク構造を持つ項目間での影響評価ができるベイジアン・ネットワーク ~

も提案されており,この手法を活用することで学力と教材構造を包括的に分析できるようになってきている.

ネットワークモデル研究多層的な要素を統合するための枠組みとして,エージェント・ベース・モデリング がある.モデリングにおいてネットワークモデルを組み込んだ研究も進んでおり,社会ネットワークと内部ネットワークという二つのネットワークからエージェント・シミュレーションを行う複雑二重ネットワークモデル ~ が提案されている.複雑二重ネットワークモデルは,内部ネットワークとして,ネットワーク構造で構造化された知識・概念を表現し,社会ネットワークとして,内部ネットワークを有するエージェント同士が,隣接相互作用により内部ネットワークの知識・概念を伝播・学習させる社会を表現し,ミクロ・マクロで異質なネットワークを統合的なモデルとして,表現することができる手法である.またネットワーク構造に着目し,構成的アプローチにより,シミュレーションによる解析を行うフレームワークを教育分野に応用した研究として,学習者間のネットワーク構造の学習効果に対する影響分析手法 がある. 次元にネットワーク構造を組み込み,シミュレーション分析を行うことで,学習効果に対する学習環境としてのネットワーク構造の重要性を明らかにしている.

本研究の位置づけテスト理論研究,学習構造化研究,確率推論手法研究を統合したアプローチであるベイジアン・ネットワーク は,学力と教材構造を包括的に分析することができる.またネットワークモデル研究のアプローチである学習者間のネットワーク構造の学習効果に対する影響分析手法は,学習環境と学習効果との関係性を分析することができる.一方で前者の研究では,学習環境を考慮していないため,協調効果を扱うことができず,後者の研究では,学習履歴に基づく学力と教材構造を組み込むことを考慮していないため,各学習者の理解の状態と知識の構造を詳細に扱うことができない.協調効果,各学習者の理解の状態,知識の構造は,教室での教授の学習効果をシミュレーションする上で重要であるが,従来の研究ではこれらを学習履歴に基づき統合的に扱えるアプローチがなかった.そこで本研究では,協調効果を社会ネットワーク,各学習者の理解の状態と知識の構造を内部ネットワークとし

て複雑二重ネットワークの形でモデル化し,学力・教材構造・協調関係の相互作用を扱える複雑二重ネットワーク知識教授モデルを提案する.また本研究では,複雑二重ネットワーク知識教授モデルを活用することで,従来の研究では扱われてこなかった,学力・教材構造・協調関係の相互作用を考慮しての教授方略の学習効果への影響評価,座席配置の学習効果への影響評価についての実験を行い,考察を行う.

学力・教材構造・協調関係を考慮した複雑二重ネットワーク知識教授モデルの定義

概要本研究では, 名の学習者で構成されたクラスにおいて,から までの つの知識を教授すると仮定して,クラ

スの学習者全員が全問正答するまでに,どの知識を,どの順番で,何回教授する必要があるかを推定するシミュレーションを構築する.本シミュレーションでは,「達成度」と「平均教授回数」という尺度を利用する.達成度とは,クラスの学習者全員が全知識を正答する状態を とした場合の正答状態比率を表し,平均教授回数とは,達成度が になるまでの教授回数の平均を表す.本シミュレーションは確率的に変動する要素があるため,それぞれ 回のシミュレーションを行っており,その平均を指す.

利用データ及び用語の定義本シミュレーションを構築するにあたり,「モデル推定用正答履歴データ」「クラス内正答履歴データ」「席データ」を利用する.モデル推定用正答履歴データとは, から までの教授する知識に対応した 題の問題に対する,学習者 名分の「正解」「不正解」の 値の正答履歴データである.本シミュレーションでは,このモデル推定用正答履歴データを利用して,各学習者の学力に応じた各知識の理解確率のモデル化,教材構造のモデル化を行い,内部ネットワークに適用する.またこのデータから,各問題の平均点を「モデル問題毎平均正答率」として算出し,シミュレーション内で利用する.モデル問題毎平均正答率は各知識の難易度を表すものである.クラス内正答履歴データとは,シミュレーションによる考察対象となるクラスに属する学習者の正答履歴データである.このデータを活用して,各問題の平均点を「クラス問題毎平均正答率」として算出する.またクラスに属する学習者が平均して 問中何問できるかを表す「クラス平均正答数」も算出している.なおクラス内正答履歴データについては,「クラスパターン 」としてクラス平均正答数が 問で、正答が問以下の学習者で構成されたクラス,「クラスパターン 」としてクラスパターン の 名を全問正答者に入れ替えたクラスの 種類のデータを用意し,前者は実験 と実験 で,後者は実験 で利用する.席データは学習者間の配置を設定するデータであり,協調

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関係の条件を定義するものである.本研究では,これらのデータを活用し,ソフトウェア を利用し,内部ネットワークと社会ネットワークの複雑二重ネットワークモデルの形でシミュレーションを構築している.

内部ネットワーク定義内部ネットワークについては,各学習者の学力に応じた各知識の「理解確率モデル」,「教材構造モデル」を多層的に組み合わせて構成している.ある知識が教授されると,理解確率モデルによって,各学習者の学力に応じた理解確率が算定され,教授された知識と関連のある知識についても,教材構造モデルに沿って,理解確率が確率伝播する形で内部ネットワークは定義されている.

理解確率モデル理解確率モデルについては,モデル推定用正答履歴データを利用し,項目母数と能力母数を推定し,それらの推定値を利用して構築している.推定には パッケージ を使用し,モデル推定用正答履歴データが記述式問題の正答履歴のため,式 の モデルを適用している.項目母数の推定結果である各知識の

は であり,能力母数の推定結果は のである. の は知識 から に

対する理解・未理解の取り得る全ての理解パターンを表し,は理解パターンに対応する と の項

目母数を式 に代入して算定することで求めた,知識 から を教授された際の 毎の理解確率を表す.全知識の正答状況における と 毎の各知識の理解確率についてモデル化したものが であり,これをシミュレーションに組み込むことで,教授時にそのタイミングでの各学習者の学力に応じた各知識に対する理解確率を付与できるようにしている.

í4 í2 0 2 4

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教材構造モデル教材構造モデルについては,ベイジアンネットワークでの構造推定を利用して,構築している.モデル推定はモデル推定用正答履歴データを利用し, パッケージ を使用し,

欲ばり法により,式 と推定した.

( )

式 を図にしたものが である.ある知識を教授すると,理解確率モデルに基づいて,それぞれの学習者毎に教授された知識を一定の確率で理解する.そして の教材構造モデルに基づいて,理解確率の伝播を行う形になっている.

理解確率の伝播は,有向グラフの向きに順方向で伝播すると仮定し,対象知識と関連する子ノードがすべて理解だった時に対象知識が理解である確率に準じた条件付き確率と,対象知識と関連する子ノードの理解確率の積を求めることで,算出する形をとっている.条件付き確率については,具体的には式 のモデルで,式から式 に基づき, パッケージ も利用しながら,算出した.

( )

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( )

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また理解確率の伝播については,具体的には式 から式で算出した条件付き確率を利用し,式 から式 の形で実装している.

( )

( )

( )

( )

( )

社会ネットワーク定義社会ネットワークについては,教員( 名)と学習者(名)からなるクラスにおける座学での一斉授業を想定し,「わからない人は隣のわかる人にわかるまで教えてもらいながら学習してください」という教員の指示のもと,指示に対応した協調学習が発生するという仮定に基づき,モデル構築を行った.学習者は,席データにより配置し,席が左右の学習者のいずれかが,対象の知識を理解している場合,教員からの教授時に,協調学習を行い,理解していない隣の学習者に教授された知識を理解させる形となっている.

複雑二重ネットワーク知識教授モデル定義複雑二重ネットワークモデルについては,次の手順( )~で確率的に推定するモデルになっており,これを複雑二

重ネットワーク知識教授モデルと定義する.また全知識に対して手順 ~ を行い,理解確率の合計の増加量が最大となる知識を推定するアルゴリズムを「複雑二重ネットワーク知識教授モデルに基づく手順」と定義する.本モデルでは,教授から理解に至る道筋を「教授」「理解・未理解」という ステップで捉え,モデル化を行っている.教授を教員が知識を教えるという手続きの遂行と定義し,理解を対象知識を問う問題に学習者が正解することと定義し,未理解は対象知識を問う問題に学習者が不正解することと定義する.教授に対しては確率付与,理解・未理解に対しては付与した確率に基づいて「理解( )」「未理解( )」の 値に変換という操作を行うことで表現している.( ) 教授する知識 を選択して へ.

( ) 学習者を順に 人選択して へ.対象がなくなれば へ.( ) 学習者の が ならば へ. ならば へ.( ) 社会ネットワークに基づき,協調関係が発生すれば

として へ.発生しなければ へ.( ) 内部ネットワークに基づき,学習者の を推定し,式 に代入し, を計算し,

として へ.( ) 内部ネットワークに基づき, とアークでつながり,後にある知識を選択する.選択した知識とアークでつながる直前の知識の確率に条件付き確率を乗じる形で理解確率を計算する.なお直前の知識が複数ある場合は,そのすべての知識の理解確率を乗じたうえで条件付き確率を乗じる.この操作を とアークでつながり,後にある知識すべてに対して行い, へ.( ) 算出された確率に基づき, の 値に変換.手順( )~ の状態遷移を具体的に表したものが,である. では,手順 として教授する知識 を選択し, では,手順 として学習者 を選択し,手順 として教授対象知識の理解状況を判定する

は が なので手順 に進む . では,手順 として の理解状態に基づき席が左右の学習者の状態に応じて,協調学習発生の有無を判断する

の隣の は教授対象知識を 時点で理解していなかったため,協調学習は発生しないと判断し,手順 に進む .手順 として を利用し, での各学習者の理解状態に応じた に基づく,教授対象知識に対する を算定して,その結果を理解確率として付与する は 時点でが で が なので の の と判断しの の である を付与する . では,手順 として教材構造に基づき, で変化した理解確率の伝播を,関連する知識に対して行う.具体的には教授対象知識が の場合は式 ,式 ,式 ,式 を計算し, の場合は式 を計算し, の場合は式 ,式 ,式 を計算し, の場合は式 ,式 を計算し, の場合は何も計算を行わない形としている はは であり, の が手順 で になったので, を と計算し, を

と計算し,を と計算する . では,手順 として算出された確率に基づき,の 値に変換を行っている.

実験と考察

実験 :教授方略の学習効果への影響評価実験 では,教授方略が学習効果にどのような影響を与えるかという問題について,考察を行う.本研究における教授方略とは,教授手順生成ルールを司るロジックと定義し,教

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X1 X2 X3 X4 X5Student1 1 1 1 1 1Student2 1 0 0 0 0Student3 1 0 1 0 0Student4 1 0 0 1 0Student5 1 0 1 0 0Student6 0 0 0 0 0Student7 1 0 1 0 1

Student24 1 1 0 0 0Student25 1 0 1 0 0Student26 1 0 1 0 0Student27 1 1 1 1 1Student28 1 1 0 0 0Student29 1 1 1 0 0Student30 1 0 1 1 0

X1 X2 X3 X4 X5Student1 1.00 0.62 0.82 1.00 0.31Student2 1.00 0.00 0.00 0.00 0.00Student3 1.00 0.00 1.00 0.00 0.00Student4 1.00 0.00 0.00 1.00 0.00Student5 1.00 0.00 1.00 0.00 0.00Student6 0.31 0.00 0.26 0.07 0.00Student7 1.00 0.42 0.82 0.69 1.00

Student24 1.00 1.00 0.00 0.00 0.00Student25 1.00 0.00 1.00 0.00 0.00Student26 1.00 0.00 1.00 0.00 0.00Student27 1.00 0.75 1.00 1.00 0.46Student28 1.00 1.00 0.00 0.00 0.00Student29 1.00 0.42 0.82 0.69 0.15Student30 0.55 0.19 0.45 1.00 0.05

STEP1 STEP2

STEP5STEP4

STEP3X1 X2 X3 X4 X5

Student1 1.00 0.62 0.82 1.00 0.31Student2 1.00 0.00 0.00 0.00 0.00Student3 1.00 0.00 1.00 0.00 0.00Student4 1.00 0.00 0.00 1.00 0.00Student5 1.00 0.00 1.00 0.00 0.00Student6 0.31 0.00 0.26 0.07 0.00Student7 1.00 0.42 0.82 0.69 1.00

Student24 1.00 1.00 0.00 0.00 0.00Student25 1.00 0.00 1.00 0.00 0.00Student26 1.00 0.00 1.00 0.00 0.00Student27 1.00 0.75 1.00 1.00 0.46Student28 1.00 1.00 0.00 0.00 0.00Student29 1.00 0.42 0.82 0.69 0.15Student30 0.55 0 0 1 0

X1 X2 X3 X4 X5Student1 1.00 0.62 0.82 1.00 0.31Student2 1.00 0.00 0.00 0.00 0.00Student3 1.00 0.00 1.00 0.00 0.00Student4 1.00 0.00 0.00 1.00 0.00Student5 1.00 0.00 1.00 0.00 0.00Student6 0.31 0.00 0.26 0.07 0.00Student7 1.00 0.42 0.82 0.69 1.00

Student24 1.00 1.00 0.00 0.00 0.00Student25 1.00 0.00 1.00 0.00 0.00Student26 1.00 0.00 1.00 0.00 0.00Student27 1.00 0.75 1.00 1.00 0.46Student28 1.00 1.00 0.00 0.00 0.00Student29 1.00 0.42 0.82 0.69 0.15Student30 0 0 0 1 0

(1)

(2)

(3) (4)(5)

(6) (7)

室空間で教員が取り得る,次の つの教授方略を当てはめて,考察を行う.実験 では,本シミュレーション上で,クラスパターン に対して,各教授方略の提案する知識の教授手順に沿って教授した場合の,それぞれの教授平均回数と達成度を算定し,これらを比較することで考察を行う.教授方略 :複雑二重ネットワーク知識教授モデルに基

づく手順を利用し,学力・教材構造・協調関係を考慮した教授.教授方略 :ランダムに知識を選択して教授.教授方略 :間違えた人の多い知識から教授.教授方略 :教授方略 にモデル問題毎平均正答率での

加重を考慮して教授.教授方略 :モデル問題毎平均正答率が高い順に全員が

理解したら次に進む教授.回のシミュレーションを行った結果,平均教授回数は,の であった.この結果から,教授方略が異なると,

学習効果も異なってくることがわかった.教授回数における達成度の推移の結果が である.

教授方略 と教授方略 は平均教授回数という観点で見ると,両者とも教授回数が 回以下となっており,学習効果が他の教授方略よりも高いと言える.

により達成度という観点から見ると,教授方略 は

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他の教授方略よりも初期の伸びが高い傾向がある.例えば,回目の教授後の達成度を各教授方略で比較すると,教授方略が ,教授方略 が ,教授方略 が ,教授方略が ,教授方略 が であり,教授方略 が最も達成度が高いことがわかる.また教授方略 , , , , のどれも, 回の教授で達成度が になることはなかったため,今回のクラスにおいては,どの教授方略でも 回では全学習者が全知識を習得することは困難であることがわかる.つまりこれは, 知識につき回の教授で授業を進めると,積み残しを抱えた学習者が発生してしまうことを示し,復習や補講等の必要性を示している.なお協調効果がなかった場合,教授方略 , , , , の平均教授回数は の であった.協調効果がなかった場合も,平均教授回数は教授方略 が最も少なく,以降教授方略 , , , の順で教授回数が増加しており,協調効果がある場合と同様の傾向が見られた.しかしどの教授方略も教授回数が 回以上となっており,大幅に必要となる教授回数が増加している.この結果は,学習者間の協調効果がない状態で教授をする場合,クラス内での知識の定着を図るため

Page 7: 複雑二重ネットワークモデルによる知識教授シミュ …kurahashi.setsuya.gf/doc/teachings...材構造」に基づき関連する知識に一定の確率で伝播する形と

計測自動制御学会論文集 第 巻 第 号 年 月

には,復習を繰り返し行う必要があることを示唆している.実験 :座席配置の学習効果への影響評価

実験 では,学習者の配置が学習効果にどのような影響を与えるかという問題について,考察を行う.実験 では,社会ネットワークについて「集中配置」と「分散配置」の 種類の環境を用意して,教授方略 での結果を比較して考察を行った.集中配置とは学力の高い学習者を 箇所に固めて配置するモデルであり,分散配置とは学力の高い学習者が学力の低い学習者の隣にくるように分散させて配置するモデルである.まず全問正答者がいるクラスパターン を利用して,のように,全問正答者を左上に固めて配置した集中配置モデルと,中央縦に配置した分散配置モデルを比較することで,考察を行った.平均教授回数は,集中配置が 回,分散配置が 回であり,分散配置した方が,教授が効果的に作用する傾向があることがわかった.

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次に実験 で利用したクラスパターン について,学習者の配置を のように変更して,集中配置と分散配置の状況を作り出し,両者を比較することで考察を行った.本実験では,各学習者の正答履歴から項目反応理論により各学習者の学力を推定し,その推定値の高低により,学力の高い学習者と判断し,推定値が一定以上の学習者を高い学習者とし,その学習者の配置を変更することで,集中配置,分散配置を構成した.平均教授回数は,集中配置が 回,分散配置が回であった.配置変更前の実験 では平均教授回数は 回であり,集中配置では平均教授回数の増加,分散配置では平均教授回数の減少が見られ,学習者の配置を変更することで,教授効果が変化し,分散配置することが教授効果の向上を促すことが確認できた.

考察本研究では,複雑二重ネットワーク知識教授モデルを活用することで,従来の研究では扱われてこなかった,学力・教材構造・協調関係の相互作用を考慮しての教授方略の学習効果への影響評価,座席配置の学習効果への影響評価を行い,それぞれの学習効果への影響を明らかにすることができた.前者については, つの教授方略に対して,各教授方略が選択

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する教授手順とその教授タイミングごとの学習効果の状態を計量化して,時系列で可視化し,それぞれの教授方略の学習効果への影響を比較することで,教授方略が異なると,学習効果も異なり,複雑二重ネットワーク知識教授モデルに沿った教授は学習効果が高いということと, 知識につき 回の教授で授業を進めると,積み残しを抱えた学習者が発生してしまう傾向があるということを明らかにした.また後者については,集中配置と分散配置という つの配置モデルに沿って学習者を配置し,学習効果の状態を計量化して,両者を比較することで,集中配置するより,分散配置した方が,教授が効果的に作用する傾向があるということを明らかにした.

結論と今後の課題

結論本研究では,教室での教授の学習効果を明らかにするという目的を持ち,その手段として,学力・教材構造・協調関係を考慮した複雑二重ネットワーク知識教授モデルを考案した.項目反応理論を活用して推定した理解確率モデル、ベイジアンネットワークを活用して推定した教材構造モデルから内部ネットワークを構築し,学習環境であるクラス内の教員,学習者間の関係を社会ネットワークという形でモデル化し,これらを複雑二重ネットワークモデルとして相互作用させることで,教室での教授における学習効果の実態をはじめてモデル化し,教育における新しいシミュレーションモデルを生み出した.これにより,学習者の学力,知識間の従属関係,協調関係を考慮して,クラス内の教授効果を計量化し,効果のシミュレーションを行うところまでできるようになったと考える.また本研究では,次のように, つの問題を設定し,実験を通して, つの考察を得た.( ) 教授方略が学習効果にどのような影響を与えるか

教授方略が異なると,学習効果も異なり,複雑二重ネットワーク知識教授モデルに沿った教授は学習効果が高い.

Page 8: 複雑二重ネットワークモデルによる知識教授シミュ …kurahashi.setsuya.gf/doc/teachings...材構造」に基づき関連する知識に一定の確率で伝播する形と

知識につき 回の教授で授業を進めると,積み残しを抱えた学習者が発生してしまう傾向がある.

( ) 学習者の配置が学習効果にどのような影響を与えるか集中配置するより,分散配置した方が,教授が効果的

に作用する傾向がある.今後の課題

本研究では,内部ネットワーク,社会ネットワークについて,一定の仮定を置いて,その仮定に基づきモデルを構築している.前者については,本研究において,理解確率モデルと教材構造モデルを多層的に組み合わせたモデルを採用しているが,今後ベイジアン・ネットワーク を活用してモデル化することで,よりシンプルで精緻なモデルをつくることができる可能性がある.また後者については,本研究において,グループワーク等ダイナミックな動きのある協調活動を表現することはできず,適応できる条件に制限があるが,学習環境としての社会ネットワークを別のモデルに差し替えることで,これらにも対応できるモデル拡張の可能性があると考えている.空間,活動,共同体に着目して学習環境をデザインすることの重要性が近年提案されており ,そういった学習環境をシミュレーションできるようモデル拡張を行っていくことが今後の課題である.また逆シミュレーション を行うことで,知識の創発現象を捉えることにも応用できると考えており,この点の探求についても今後の課題であり,この探求は新しい学習理論を見出す契機につながると信じている.

参 考 文 献

) , :,

)安武 公一,山川 修,多川 孝央,隅谷 孝洋,井上 仁:ネットワーク・コミュニティを通した学習者間の相互作用とその効果に関するシミュレーション分析,教育システム情報学会誌,

( ))寺野隆雄:複雑二重ネットワークモデル 知識と人のネットワークで社会を観る,オペレーションズ・リサーチ 経営の科学,

, , ( ))國上 真章,小林 正人,山寺 智,津田 道夫,寺野 隆雄:複雑 重ネットワークモデルによる貨幣の創発現象の分析,情報処理学会論文誌 数理モデル化と応用, , ,( )) , , ,

, :

, , :,

,)植野 真臣,荘島 宏二郎:学習評価の新潮流,朝倉書店( )) :

:, , ,

)豊田秀樹:項目反応理論 入門編 第 版 ,朝倉書店( )) , , :

)松居辰則,平嶋宗:学習課題・問題系列のデザイン,人工知能学会誌, , ,

) :, 岩崎信,

鈴木克明(監訳):インストラクショナルデザインの原理 第版 ,北大路書房

)沼野 一男:授業の設計入門,国土社( ))沼野 一男:情報化社会と教師の仕事,国土社( )

)竹谷 誠:新テスト理論,早稲田大学出版会( )) :

,)繁桝算男,植野真臣,本村陽一:ベイジアンネットワーク概説,培風館( )

) , :,

)豊田秀樹:データマイニング入門,東京図書( )) , :

,)植野 真臣,大西 仁,繁桝 算男:確率ネットワークを組み込んだテスト理論の提案,電子情報通信学会論文誌 , ,

, ( ))植野 真臣:ベイズ・アプローチによるグラフィカル・テスト理論,日本教育工学会論文誌, , , ( )

) : ,, , ,

) ,

)橋本貴充,植野真臣:ベイジアン・ネットワーク によるセンター試験の分析 人工知能基本問題研究会 ,

) : ,, 服部正

太,木村香代子(訳):人工社会,共立出版) : ,

寺野隆雄(監訳):対立と協調の科学―エージェント・ベース・モデルによる複雑系の解明―,ダイヤモンド社

))))美馬 のゆり,山内祐平:「未来の学び」をデザインする,東京大学出版会( )

)倉橋 節也,南 潮,寺野 隆雄:逆シミュレーション手法による人工社会モデルの分析,計測自動制御学会論文集, ,

, ( )

[著 者 紹 介]

國 吉 啓 介(学生会員)年早稲田大学教育学部国語国文学科卒業.

現在,筑波大学大学院ビジネス科学研究科経営システム科学専攻修士課程在籍.新しい教育の可能性を模索し,研究に従事.

倉 橋 節 也(正会員)年筑波大学大学院経営・政策科学研究科企

業科学専攻修了. 年筑波大学大学院ビジネス科学研究科助教授,現在ビジネスサイエンス系准教授. 年 オランダ 客員研究員.経営システム分析,社会シミュレーションなどの研究に従事.(博士 システムズ・マネジメント)