逆構造有機elデバイスを用いた フレキシブルディスプレーの …yoshihide...

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01 30 NHK技研 R&D/No.167/2018.1 逆構造有機ELデバイスを用いた フレキシブルディスプレーの試作 本村玄一  中田 充  中嶋宜樹  武井達哉  都築俊満  辻 博史   深川弘彦  清水貴央  藤崎好英  山本敏裕 †(一財)NHK エンジニアリングシステム Fabrication of a Flexible Display Using Inverted Organic Light-Emitting Diodes Genichi MOTOMURA, Mitsuru NAKATA, Yoshiki NAKAJIMA, Tatsuya TAKEI, Toshimitsu TSUZUKI, Hiroshi TSUJI, Hirohiko FUKAGAWA, Takahisa SHIMIZU, Yoshihide FUJISAKI and Toshihiro YAMAMOTO NHK Engineering System 要 約 逆構造有機EL(Electroluminescence:電界発光)デ バイスを用いた酸化物薄膜トランジスター(TFT:Thin Film Transistor)駆動のフレキシブルディスプレーを透 明ポリイミドフィルム上に試作した。 酸化物半導体ITZO (Indium Tin Zinc Oxide)を用 いたTFTは,移 動 度 30 cm 2 /Vsを超える優れた性能を示した。また,ITZOを 電子輸送層に適用した各画素の逆構造有機ELデバイス から均一なRGB発光が得られた。 試作したフレキシブル ディスプレーは,湾曲状態でも明瞭で安定したカラー動 画を表示することができた。 ABSTRACT An oxide-TFT-driven flexible display using organic light-emitting diodes with an inverted structure (inverted OLEDs) was fabricated on a transparent polyimide film. The mobility of the ITZO-TFTs in the flexible display reached over 30 cm 2 /Vs and the inverted OLEDs using ITZO as the electron injection layer exhibited uniform RGB emissions from each pixel. The fabricated flexible display showed clear and stable color moving images even when it was bent.

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Page 1: 逆構造有機ELデバイスを用いた フレキシブルディスプレーの …Yoshihide FUJISAKI and Toshihiro YAMAMOTO † † NHK Engineering System 要 約 逆構造有機EL(Electroluminescence:電界発光)デ

01

30 NHK技研 R&D/No.167/2018.1

逆構造有機ELデバイスを用いた フレキシブルディスプレーの試作本村玄一  中田 充  中嶋宜樹  武井達哉  都築俊満  辻 博史  

深川弘彦  清水貴央  藤崎好英  山本敏裕†

†(一財)NHK エンジニアリングシステム

Fabrication of a Flexible Display Using Inverted Organic Light-Emitting Diodes

Genichi MOTOMURA, Mitsuru NAKATA, Yoshiki NAKAJIMA, Tatsuya TAKEI, Toshimitsu TSUZUKI, Hiroshi TSUJI, Hirohiko FUKAGAWA, Takahisa SHIMIZU, Yoshihide FUJISAKI and Toshihiro YAMAMOTO†

† NHK Engineering System

要 約

逆構造有機EL(Electroluminescence:電界発光)デ

バイスを用いた酸化物薄膜トランジスター(TFT:Thin

Film Transistor)駆動のフレキシブルディスプレーを透

明ポリイミドフィルム上に試作した。酸化物半導体ITZO

(Indium Tin Zinc Oxide)を用いたTFTは,移動度

30 cm2/Vsを超える優れた性能を示した。また,ITZOを

電子輸送層に適用した各画素の逆構造有機ELデバイス

から均一なRGB発光が得られた。試作したフレキシブル

ディスプレーは,湾曲状態でも明瞭で安定したカラー動

画を表示することができた。

ABSTRACT

An oxide-TFT-driven flexible display using organic

light-emitting diodes with an inverted structure

(inverted OLEDs) was fabricated on a transparent

polyimide film. The mobility of the ITZO-TFTs in

the flexible display reached over 30 cm2/Vs and the

inverted OLEDs using ITZO as the electron injection

layer exhibited uniform RGB emissions from each

pixel. The fabricated flexible display showed clear

and stable color moving images even when it was

bent.

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31NHK技研 R&D/No.167/2018.1

1.はじめに

プラスチックフィルムを基板に用いたフレキシブルディスプレーは,ガラスを用いたディスプレーと比較して圧倒的に薄く軽量で割れにくいという利点を有することから,持ち運びに便利な携帯型ディスプレーとして利用されつつある。さらに,柔軟性を生かして,大型のディスプレーを丸めた状態で搬入・設置することが可能となるため,臨場感あふれる映像を家庭で楽しめる大画面フレキシブルディスプレーへの展開が期待されている。フレキシブルディスプレー用の表示デバイスには,有機ELデバイスが適している。有機ELは,バックライトを必要としない自発光型の薄膜デバイスであるため,薄型で柔軟なディスプレーに仕上げることができる。さらに,視野角依存性*1 が小さい,引き締まった黒表示が可能,発光の応答が速く動画表示に適しているなど,画質面でも優れた性能を有している。しかしながら,大気中の水分・酸素などの影響を受け,寿命特性が劣化しやすく,例えば,電子注入層*2 の劣化によりダークスポットと呼ばれる非発光領域が発生するなどの課題を抱えている1)。このため,有機ELデバイスを実用化する場合には,一般的にガラスや接着剤,さらには乾燥剤を用いた強固な封止を施し,デバイスを保護する必要がある。一方,フレキシブルディスプレーでは,水分を透過しやすいフィルム素材に対し,柔軟性を生かしつつ水分を遮断することが求められるため,高品質なガスバリア膜(気体の透過を防ぐ目的で形成される緻密な膜)を用いた封止技術が求められる。しかし,大面積にピンホールなどの欠陥の少ないガスバリア膜を形成することは難しく,高コスト化につながることはもちろん,フレキシブルディスプレーの大画面化を妨げる要因になっている。これらの課題に対し,我々は水分・酸素の存在下でも劣化しにくい逆構造有機ELデバイスの開発を進めている2) 3)。逆構造有機ELデバイスは,通常の有機ELデバイスと電極および有機層の積層順を逆にした構造を有し*3 ,電子注入層に水分・酸素に対して安定な材料を選択できることから,デバイス劣化の抑制が可能になる。この特徴により,逆構造有機ELデバイスは,封止構造に課題があるフレキシブルディスプレーにおいても,長寿命化に有効であることを示してきた4)。今回,逆構造有機ELデバイスの大画面フレキシブル有機ELディスプレーへの応用を目指し,高移動度酸化物TFTを駆動素子に用いた8インチサイズのフレキシブルディスプレーを試作した。本稿では,その作製プロセスと動画表示結果について報告する5) 6)。はじめに,

フレキシブルディスプレー作製におけるフィルム基板の取り扱いについて述べた後,画素回路の構成について説明し,さらに薄膜トランジスター(以下,TFT)にインジウム錫

すず

亜鉛酸化物(以下,ITZO)を用いたフレキシブルディスプレーの作製プロセスおよび特性について報告する。

2.フレキシブル有機ELディスプレー用 フィルム基板

本章では,柔軟なディスプレーを実現するためのフィルム基板について説明する。フレキシブル有機ELディスプレーの作製には,ガラスに近い物性を有するプラスチックフィルム基板が求められる。一般に,フィルム単体でガラス基板と同等の性能を満足するものは存在しないため,作製プロセスの工夫やさまざまな機能を有する材料で特性を補う必要がある。フィルム素材は一般的にガスバリア性が低いため,バリア性能の高い無機膜で下地層を形成し,デバイスへの水分の浸入を遮断する。この下地層は,ガスバリア性の向上に加え,表面平坦性の確保,応力*4 の緩和などの目的で積層膜とすることもある。また,デバイスからの発光をフィルム基板側から取り出すボトムエミッション構造の場合は,透過率と屈折率を考慮してフィルム選定と下地層形成を行う必要がある。アクティブマトリクス*5 ディスプレーの作製には,高温での熱処理が必要とされることから,耐熱性に優れるポリイミド*6 フィルムがよく用いられる。一方,200℃以下の低温プロセスでディスプレーを作製可能な場合は,ポリエチレンナフタレートなどのさまざまなフィルム素材を用いることが可能である7)。柔軟なフィルム上でフォトリソグラフィー*7 による高精度なパターニング,真空プロセスや塗布プロセスでの成膜,高温での熱処理を実施することは,同様の処理をガラス基板上で実施する場合に比べて難しい。そこで,ガラス等の支持基板にフィルムを固定し,扱いやすい状

*1 ディスプレーを見る角度によって,画質が変化する現象。

*2 陰極から有機層へ電子を注入するための層。

*3 逆構造有機ELデバイスの構造については,本特集号の解説「有機ELの研究動向」を参照。

*4 物体内部に生じる力。フィルムが丸まる原因となる。

*5 画素内に配置したTFTで画素の表示を制御する駆動方式。

*6 最高レベルの高い熱的,機械的,化学的性質を持つ高分子材料。ポリイミドフィルムの色は,一般的に茶色である。

*7 感光性材料を塗布した物質に対して,パターン状に露光・現像・エッチング(化学処理を利用した表面加工の一種)を行うことで,パターン形状を作製する技術。

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態にした上でデバイス作製を行い,完成後にフィルムを剥離する方法が用いられる。この方法により,極薄のフィルム基板であってもガラスと同様に取り扱うことが可能となる上に,固定されることでフィルムの寸法安定性を高める効果も期待できる。極薄フィルム基板上に作製されたデバイスは極めて高い柔軟性を有し,曲率半径1mm以下に湾曲させても特性を維持できる8) 9)。具体的なフィルムの固定方法として,仮接着層を形成してフィルムを貼り付ける方法7)と支持基板上に液状のフィルム材料を塗布・焼成し形成する方法が挙げられる。1図に,それぞれのフィルム固定方法とフレキシブルディスプレー作製の流れを示す。仮接着層でフィルムを貼り付ける方法では,さまざまなフィルムを手軽に基板として用いることができるが,仮接着層の耐熱性,耐薬品性によりプロセス条件が制限される。また,最終的にフィルムを支持基板から剥離するため,接着強度の調整が難しい。一方,液状のフィルム材料を塗布形成する方法では,仮接着層による耐熱性の制約がないため,ポリイミドのような高耐熱フィルム材料を用いれば,高温での熱処理プロセスを適用したディスプレー作製が可能となる。今回のフレキシブルパネル作製においては,フィルム材料を塗布形成する方法を採用した。ただし,この

場合でも,容易に剥離可能なフィルム材料・剥離方法を選定する必要がある。

3.逆構造有機ELデバイスを用いた ディスプレー用画素回路

本章では,逆構造有機ELデバイスを用いた場合のディスプレー用画素回路について説明する。2図に,逆構造有機ELディスプレー用の画素回路と,比較のために通常構造有機ELディスプレー用の画素回路を示す。画素内には,選択用と駆動用の2つの酸化物TFT,保持容量,そして有機ELデバイスが配置されている。選択電圧(Vscan)が印加されると,選択用TFTがON状態となり,映像信号に応じたデータ電圧(Vdata)が駆動用TFTのゲート電極と保持容量に印加される。選択電圧が印加されていない場合は,選択用TFTはOFF状態となり,駆動用TFTのゲート電圧はそのまま維持される。この電圧に対応した電流が電源ラインから有機ELデバイスへと流れ,1フレームの期間,輝度を保って画素を発光させる。通常構造有機ELデバイスを用いた画素回路では,有機ELデバイスの陽極が駆動用TFTのソースに接続され

デバイスを作製 支持基板から剥離

仮接着層による貼り合わせ

加熱焼成してフィルム化フィルム材料の塗布

仮接着層を形成 フィルムを貼り合わせ

塗布によるフィルム形成

フィルム材料

仮接着層 フィルム

1図 フィルムの固定方法とフレキシブルディスプレー作製の流れ

駆動用TFTVdata

Vscan

GND

Vdd

保持容量

選択用TFT

Vdata

Vscan

GND

Vdd

(b) 通常構造有機ELディスプレー用(参考)(a) 逆構造有機ELディスプレー用

逆構造有機EL

通常構造有機EL

Vgs

Vgs

陰極

陽極

2図 逆構造有機ELを用いた画素回路

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報告 01

ている(2図(b))。これに対して,逆構造有機ELデバイスを用いた画素回路では,有機ELデバイスの陰極が駆動用TFTのドレインに接続されている(2図(a))。発光に寄与する電流は,駆動用TFTのゲート–ソース電極間に印加される電圧(Vgs)によって制御される。通常構造の画素回路では,有機ELデバイス部分に印加される電圧に依存してVgsが変化してしまう。これは,有機ELデバイスの劣化による特性変動が,画質に強く影響することを意味する。これに対して逆構造の画素回路では,有機ELデバイス部分の印加電圧に依存せずデータ電圧でVgsを制御することができる。この結果,逆構造有機ELデバイスを用いた場合,フィルム上での長寿命化に加えて,有機ELデバイスの特性変動に対する電流安定性の向上も期待できる。

4.フレキシブルディスプレー作製プロセス

本章では,逆構造有機ELデバイスを搭載したフレキシブルディスプレーの作製プロセスについて説明する。作製したディスプレーの仕様を1表に,画素構造を3図

に,断面構造を4図に示す。まず,フィルム基板については,ボトムエミッション構造かつプロセス温度300℃に耐えられるようにするた

め,塗布形成の透明ポリイミドフィルムを採用した。液状の透明ポリイミドの原料を支持基板となるガラス板上にスピンコート*8 で塗布し,窒素雰囲気下340℃で加熱焼成して,厚さ50 μmのフィルム基板を形成した。この時,ガラス板上に剥離層としてシリコン酸化物を事前に成膜しておくことで,フィルム剥離時の剥離強度を安定化させることができた。最終的なフィルム剥離時に,90°剥離(垂直方向に引き剥がす方法)で4N/mの力で機械的に引き剥がすことができるように剥離強度を調整した。続いて,フィルム基板上にシリコン酸化物のバリア層を形成し,10−3 g/m2/day程度の水蒸気透過率*9 となるように水蒸気バリア性を高めた。次に,TFTと配線電極の形成について述べる。基板上に金属膜を成膜し,フォトリソグラフィーを用いてパターニングすることで,TFTのゲート電極,配線電極の電源ラインとスキャンラインを形成した。続いて,ゲート絶縁膜としてシリコン酸化物を下層の電極を覆うように成膜した。ゲート絶縁膜上に逆構造有機ELの陰極としてインジウム酸化スズ(ITO)画素電極を成膜およびパターニングし,続いて酸化物半導体ITZOを成膜

*8 溶液を滴下した基板を高速回転させることで薄膜を形成する成膜方法。

*9 単位時間に単位面積の試験片を通過する水蒸気の量。通常構造有機ELデバイスの封止には10−6g/m2/day以下が求められる。

フィルム基板剥離層ガラス板

バリア層ゲート絶縁膜

画素電極(陰極)ITZO(電子注入)

有機層

陽極

ゲート電極

ソース/ドレイン電極

保護膜

ITZO(半導体)

剥離

有機EL

TFT

4図 試作したフレキシブルディスプレーの断面構造

選択用TFT

駆動用TFT

赤 緑 青

スキャンライン

電源ライン

データライン

有機EL

3図 試作したフレキシブルディスプレーの画素構造

1表 試作したフレキシブルディスプレーの仕様

画面サイズ 対角8インチ

画素数 640(RGBのそれぞれが640)×480

基板 透明ポリイミドフィルム(厚さ50μm)

パネル厚み 約0.2mm

駆動方式 アクティブマトリクス駆動

画素回路 逆構造有機EL用2Tr1C回路

TFT半導体 ITZO

TFT構造 バックチャネルエッチ構造

有機EL 逆構造有機ELボトムエミッション構造

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およびパターニングし,大気中300℃で加熱処理した。ITZOは画素駆動用の酸化物TFTの半導体としてだけでなく,逆構造有機ELデバイスにおいて電子注入性を高める効果を有することから,ITO画素電極上にも形成した。この手法により,作製工程を増やすことなく逆構造有機ELの電子注入性を高めることができた。次に,ゲート絶縁膜の配線に必要なビアホール*10 を開口した後,TFTのソース/ドレイン電極および配線電極のデータラインを形成した。この際,ITZO膜のエッチング耐性が高いことを生かし,半導体上の電極を直接パターニングするバックチャネルエッチ構造6) *11 を採用した。作製したTFTアレイ上には,保護膜として高分子による絶縁層を形成した。この保護膜は感光性を有するため,露光・現像処理により,有機ELデバイスの形成に適した形状のバンク構造(発光部のみ絶縁層が除去された構造)を作製することができる。続いて,逆構造有機ELデバイスの形成,およびパネルの剥離,封止について述べる。バンク構造が作られたITZO付き画素電極に電子注入層を形成した。その上に,メタルマスクを介した真空蒸着*12 により赤・緑・青の各色の発光層を塗り分けた。赤と緑にはリン光材料,青には蛍光材料を用いた。発光層の上には,正孔輸送層*13 ,正孔注入層*14 ,陽極を成膜した*15 。有機ELデバイス形成後,作製したディスプレーをガラス板から剥離する。フィルムの剥離は,端部から機械的に引き剥がす方法で実施した。前述のとおりフィルム/ガラス板間に剥離層を入れたことで,剥離強度を低く抑え,安定的に剥離可能となった。最後に,デバイスの保護と封止性能向上を目的として,10−4 g/m2/day程度の水蒸気透過率を持つ封止用フィルムを貼り合わせた。

5.フレキシブルディスプレーの特性

ポリイミドフィルム基板上に形成した酸化物TFTアレイの伝達特性(ゲート電圧–ドレイン電流特性)を評価した。5図に,8インチパネルの四隅に配置した性能評価用のTFTについて測定した伝達特性を示す。OFF電流は10−13 A以下の低い値を示し,ディスプレーの階調制御に十分な108以上の電流ON/ OFF比を得た。また,四隅の各点についてほぼ同等の特性が得られていることから,ディスプレーを駆動した際に,均一な動画表示が期待できる。伝達特性から算出したTFTの移動度は約31.4 cm2/Vsを示した。今回,TFTに用いた酸化物半導体ITZOを逆構造有機ELデバイスの電子注入層にも適用しているが,これにより6図に示すように,従来の電子注入層と比較して逆構造有機ELデバイスの低電圧化にも成功した。作製したフレキシブルディスプレーの赤・緑・青の各画素が発光する様子と動画表示例を7図に示す。画面サイズは対角8インチ,パネルの厚みは0.2 mm程度,重量は15 g程度であり,薄くて軽く柔軟性があり,湾曲状態でも動画表示が可能であることを確認した*16。試作した高移動度TFTアレイの性能を検証するために,8Kスーパーハイビジョン(以下,8K)の画素数をフレーム周波数60 Hzで駆動するのに相当する約3.8 μsのデータ書き込み時間で動画表示を確認10)し,高精細

*10上層配線と下層配線を電気的に接続するために開けられた穴。

*11半導体上に直接ソース・ドレイン電極材料を堆積し,加工する構造。チャネル領域上に保護膜を形成する構造と比べて生産性が高く,短チャネル化をしやすい。

*12材料を真空中で加熱等により蒸発させ,基板上に付着させる技術。

*13発光層へと正孔を運ぶための層。

*14陽極から有機層へ正孔を注入するための層。

*15本特集号の解説「有機ELの研究動向」の8図(a)を参照。

*167図(b)の動画表示例では線欠陥が見られるが,これは配線の短絡に起因するものである。

ドレイン電流 (A)

測定点

ポリイミドフィルム

8インチ画面

ゲート電圧 (V)

10 20-20 -10 0

10

10

10

10

10

10

10

-9

-11

-13

-15

-3

-5

-7

5図 8インチパネルの四隅のTFTの伝達特性

0 1 2 3 4 5 6 7印加電圧 (V)

0

200

400

600

800

輝度 (cd/m

2 )

1,200

1,000

従来の電子注入層

ITZO電子注入層

6図 ITZOを電子注入層に用いた逆構造有機ELデバイスの輝度 -電圧特性

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報告 01

な8Kディスプレーの駆動にも有効であることを確認した。さらに,試作したディスプレーを一定期間保管して画素の発光状態を観察したところ,通常構造有機ELのパネルと比較してダークスポットの発生を抑える効果も見られた。この結果は,逆構造有機ELデバイスの水分に対する安定性の高さを示すものであり,簡易な封止構造においても,保管寿命を改善できることを意味する。今後,経時的な発光状態の詳細な解析を進めると同時に,フレキシブルディスプレーの高画質化・長寿命化を進めていく。

6.まとめ

本稿では,大気安定性に優れた逆構造有機ELを搭載したフレキシブルディスプレーの作製技術について紹介した。フィルム基板には透明ポリイミドフィルム,TFTの半導体にはITZOを用いて,300℃の加熱プロセスで30 cm2/Vsを上回る高い移動度を実現した。試作したディスプレーは,湾曲状態でも明瞭なカラー動画を表示することが可能で,逆構造有機ELを用いて赤・緑・青の各色から成るカラー動画表示が可能であることを確認できた。また,逆構造有機ELを搭載したパネルは,ダークスポットの発生を抑える効果も確認され,フレキシブ

ルディスプレーの長寿命化において有効性を示すことができた。今後は,逆構造有機ELデバイスのフィルム封止下において長寿命化を図っていくとともに,大画面化,高画質化に適した作製プロセスを検討していく予定である。

本稿は,ICFPE2015,Journal of the SID,ITE Transactions on 

MTAに掲載された以下の論文を元に加筆・修正したものである。

G. Motomura, M. Nakata, Y. Nakajima, T. Takei, T. Tsuzuki, H. 

Fukagawa, H. Tsuji, T. Shimizu, Y. Fujisaki and T. Yamamoto:

“Fabrication of Flexible Display on Polyimide Substrate Using Air-

stable  Inverted Organic Light-emitting Diodes,”ICFPE2015,

R102,p.60(2015)

M. Nakata, G. Motomura, Y. Nakajima, T. Takei, H. Tsuji, H. 

Fukagawa, T. Shimizu, T. Tsuzuki, Y. Fujisaki and T. Yamamoto:

“Development of Flexible Displays Using Back-channel-etched In-Sn-

Zn-O Thin-film Transistors and Air-stable Inverted Organic Light-

emitting Diodes,”J. of the SID,Vol.24/1,pp.3-11(2016)

G. Motomura, Y. Nakajima, T. Takei, T. Tsuzuki, H. Fukagawa, M. 

Nakata, H. Tsuji, T. Shimizu, K. Morii, M. Hasegawa, Y. Fujisaki 

and T. Yamamoto:“A Flexible Display Driven by Oxide-thin-film 

Transistors and Using Inverted Organic Light-emitting Diodes,”

ITE Trans. on MTA,3,No.2,pp.121-126(2015)

(a)各画素が発光する様子 (b)動画表示例

7図 作製したフレキシブルディスプレーの画素発光の様子と動画表示例

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36 NHK技研 R&D/No.167/2018.1

1) Y. -F. Liew, H. Aziz, N. -X. Hu, H. S. Chan, G. Xu and Z. Popovic:“Investigation of the Sites of Dark Spots in Organic Light-emitting Devices,”Appl. Phys. Lett.,Vol.77,pp.2650-2652(2000)

2) K. Morii, M. Ishida, T. Takashima, T.Shimoda, Q. Wang, M. K. Nazeeruddin and M. Grätzel:“Encapsulation-free Hybrid Organic-inorganic Light-Emitting Diodes,”Appl. Phys. Lett.,Vol.89,pp.183510-1-183510-3(2006)

3) H. Fukagawa, K. Morii, M. Hasegawa, Y. Arimoto, T. Kamada, T. Shimizu and T. Yamamoto:“Highly Efficient and Air-Stable Inverted Organic Light-emitting Diode Composed of Inert Materials,”Appl. Phys. Express,Vol.7,No.8,pp.082104.1-082104.4 (2014)

4) T. Tsuzuki, G. Motomura, Y. Nakajima, T. Takei, H. Fukagawa, T. Shimizu, M. Seki, K. Morii, M. Hasegawa and T. Yamamoto:“Durability of Flexible Display Using Air-stable Inverted Organic Light-emitting Diodes,”Proc. IDW’15,OLED1-3,pp.629-632(2015)

5) G. Motomura, M. Nakata, Y. Nakajima, T. Takei, T. Tsuzuki, H. Fukagawa, H. Tsuji, T. Shimizu, Y. Fujisaki and T. Yamamoto:“Fabrication of Flexible Display on Polyimide Substrate Using Air-stable Inverted Organic Light-emitting Diodes,”ICFPE2015,R102,p.60(2015)

6) M. Nakata, G. Motomura, Y. Nakajima, T. Takei, H. Tsuji, H. Fukagawa, T. Shimizu, T. Tsuzuki, Y. Fujisaki and T. Yamamoto:“Development of Flexible Displays Using Back-channel-etched In-Sn-Zn-O Thin-film Transistors and Air-stable Inverted Organic Light-emitting Diodes,”J. of the SID,Vol.24/1,pp.3-11(2016)

7) G. Motomura, Y. Nakajima, T. Takei, T. Tsuzuki, H. Fukagawa, M. Nakata, H. Tsuji, T. Shimizu, K. Morii, M. Hasegawa, Y. Fujisaki and T. Yamamoto:“A Flexible Display Driven by Oxide-thin-film Transistors and Using Inverted Organic Light-emitting Diodes,”ITE Trans. On MTA,3,No.2,pp.121-126(2015)

8) 本村,中嶋,中田,武井,山本,栗田,清水:“極薄ポリイミドフィルムに形成されたフレキシブル有機ELディスプレイ,”信学論,Vol.J97-C,No.2,pp.61-68(2014)

9) M. Nakata, H. Tsuji, G. Motomura, Y. Nakajima, T. Takei, Y. Fujisaki, N. Shimidzu and T. Yamamoto:“Oxide Thin-film Transistors Fabricated on Polyimide Film: Bending Stability and Electrical Properties,”IEEE Trans. Ind. Appl.,Vol.52,No.6,pp.5213-5218(2016)

10) 中嶋,本村,武井,関,都築,中田,深川,清水,藤崎,山本:“高移動度酸化物TFTを用いたフレキシブルディスプレイの試作と駆動,”映情学年次大,12C-3(2016)

参考文献

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37NHK技研 R&D/No.167/2018.1

報告 01

都つ

築づき

俊とし

満みつ

2002年入局。放送技術研究所,松山放送局,高知放送局を経て,2013年から放送技術研究所において,フレキシブルディスプレーの研究に従事。現在,放送技術研究所新機能デバイス研究部副部長。博士(工学)。

深ふか

川がわ

弘ひろ

彦ひこ

2007年入局。同年から放送技術研究所において,フレキシブル有機ELディスプレーの研究に従事。現在,放送技術研究所新機能デバイス研究部に所属。博士(工学)。

藤ふじ

崎さき

好よし

英ひで

1998年入局。京都放送局を経て,2001年から放送技術研究所において,薄膜トランジスター,駆動技術やフレキシブルディスプレーの研究に従事。現在,放送技術研究所新機能デバイス研究部上級研究員。博士(工学)。

中なか

嶋じま

宜よし

樹き

2004年入局。放送技術局を経て,2005年から放送技術研究所において,薄膜トランジスターやフレキシブル有機ELディスプレーおよびその駆動技術の研究に従事。現在,放送技術研究所研究企画部に所属。博士(工学)。

山やま

本もと

敏とし

裕ひろ

1984年入局。熊本放送局を経て,1987年から放送技術研究所において,プラズマディスプレー,冷陰極ディスプレー,フレキシブルディスプレーの研究に従事。2017年から(一財)NHKエンジニアリングシステムに所属。

武たけ

井い

達たつ

哉や

1991年入局。同年から放送技術研究所において,プラズマディスプレー,冷陰極ディスプレー,フレキシブルディスプレーの研究に従事。現在,放送技術研究所新機能デバイス研究部に所属。

清し

水みず

貴たか

央ひさ

2010年入局。同年から放送技術研究所において,フレキシブル有機ELディスプレーの研究に従事。現在,放送技術研究所新機能デバイス研究部上級研究員。博士(工学)。

辻つじ

博ひろ

史し

2011年入局。同年から放送技術研究所において,薄膜トランジスター,フレキシブルディスプレーの研究に従事。現在,放送技術研究所新機能デバイス研究部に所属。博士(工学)。

本もと

村むら

玄げん

一いち

2006年入局。松山放送局を経て,2008年から放送技術研究所において,フレキシブルディスプレーおよび発光デバイスの研究に従事。現在,放送技術研究所新機能デバイス研究部に所属。

中なか

田た

充みつる

2010年入局。同年から放送技術研究所において,酸化物薄膜トランジスター,フレキシブルディスプレーの研究に従事。現在,放送技術研究所新機能デバイス研究部に所属。博士(工学)。