高血圧性心不全 - nissoken.com ·...
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特集1 事例とQ&Aで解き明かす “心不全看護”のこんな時どうする?
事例編
現病歴:1カ月ほど前から体動時の易疲労感や呼吸
数の増加を自覚していた。しかし,安静により改
善したため「年のせいだろう」と様子を見ていた。
本日,雪かき中に呼吸困難感が出現し,安静にし
ていたが症状が治まらなかった。次第に症状が悪
化し,安静時でも強い呼吸困難感を自覚し,歩行
が困難となったため救急車を要請し,かかりつけ
のB病院へ搬送となった。外来受診時,呼吸器系
の感染症を疑う所見はなく,胸部X線では肺水腫
の状態であった。ニトログリセリンスプレーを口
腔に投与したが,身体症状を改善させるだけの効
果は得られず,治療継続のため緊急入院となった
(入院時の一次評価は表1を参照)。
高血圧性心不全とは 心臓は収縮と拡張を繰り返し,血液を全身へ送り
出しています(図1-①)。後負荷が高い状態が続
一般に,収縮期血圧が140mmHg以上,拡張期血
圧が90mmHg以上の場合を高血圧と言います。血
圧は血管抵抗と心拍出量により規定され,血管抵抗
が高くなるか,心拍出量が多くなるか,またはその
どちらともが増えると血圧は上昇します。高血圧の
状態が続くと,血液を全身へ送るために心臓へ大き
な負担がかかり,心不全となってしまいます。本稿
では,高血圧性心不全の発生機序や患者対応につい
て,事例を通して解説します。
事例で解き明かす 高血圧性心不全の看護
【事例】
患者:A氏,70代,男性
既往:高血圧,糖尿病,脂質異常症で定期通院し内
服治療中
高血圧性心不全市立札幌病院 4階東病棟 急性・重症患者看護専門看護師
小川 謙1995年北海道ハイテクノロジー専門学校看護学科卒業後,市立札幌病院救命救急センターへ就職し,現在に至る。2013年,札幌市立大学大学院看護学研究科博士前期課程看護学専攻実践看護学分野成人看護学領域修了。日本救急看護学会へ所属。JNTECインストラクター。
ポイント
高血圧性心不全は,血圧の上昇と共に心不全症状が急性発症する疾患である。
血圧が安定していても,心負荷がかかると心不全症状が再燃する可能性があるので,交感神経の緊張が増すような出来事やADL拡大時などは注意が必要である。
高血圧の管理と共に,心不全の病態や発症時の対応も併せて自己管理できるよう,患者を教育する必要がある。
気道:発声あり,気道は開通している。咳嗽と共に泡沫状の痰を喀出している。
呼吸:呼吸回数20回台後半/分,努力呼吸,呼吸補助筋の使用あり。酸素飽和度(SpO
2)80%台
後半(ルームエアー)。リザーバーマスク10L
酸素投与でSpO2は90%台前半まで改善する
が,呼吸困難感は持続。両肺で呼吸副雑音聴取。
循環:血圧188/72mmHg,脈拍97回/分,両手の冷感あり。ニトログリセリンスプレー投与後,収
縮期血圧は150mmHg台まで低下。
意識:JCS-1。ほか,中枢神経系の異常を示唆する所見なし。
体温:37.0度。全身に発汗あり。
■表1 入院時のA氏の一次評価
呼吸・循環・脳 実践ケア vol.41 no.1 17
くと,心臓は拍出量を維持するために,高い後負荷
に対し通常よりも強い力で血液を送り出します。そ
の結果,心筋細胞は肥大し,心臓間質の線維化が起
こり十分に拡張できない状態に陥ります(図1-②)。このように,高血圧性心不全は,高血圧を原因とした心筋の肥大により,心臓が拡張障害を起こ
します。高血圧性心不全は,左室駆出率は比較的保
たれ,体液の貯留も少ないと言われていますが1),
さらなる後負荷の増大(血圧の上昇)に伴い代償機
能が破綻すると,心拍出量が低下し,急激に肺水腫
によるガス交換障害が起こり,呼吸困難感が出現し
ます(図1-③)。 心不全のステージ分類と心不全患者の身体機能の
経過を図2に示します2)。A氏は既往に高血圧があ
りました。外来通院時の詳細な情報はありません
が,徐々に心不全が進行し,すでにステージBで
あった可能性があります。その状態で,雪かきによ
る運動が後負荷を上昇させたことによりステージC
へ移行し,心不全症状が出現したものと思われます。
クリニカルシナリオ 心不全患者の病態や治療介入の指標を示した分類
は多く存在し,臨床でも頻繁に活用されています。
その中の一つに,急性心不全の初期治療導入の指標
としてクリニカルシナリオ(CS)があります(表2)。CSとは,Mebazaaらにより提案された,急性心不全の病院前を含む超急性期の血圧を参考に,病
態把握から速やかに治療を行うためのアプローチ方
法です3)。
急性心不全患者管理のためのCSを活用したアル
ゴリズムを図3に示します。A氏は,搬入時の血圧が180台を示していたことから,CS1の心不全とし
て治療が開始されました。
入院時のA氏の状態と治療 病棟へ入院後も呼吸困難感を主訴とする症状は持
続していましたが,意識はJCS-1から低下せず,安
静や治療にも協力が得られていました。
気道は開通していますが,泡沫状の痰の喀出や呼
吸副雑音の存在,胸部X線から肺水腫の状態と言え
ます。SpO2の低下が見られたため酸素投与を行い
①通常の心収縮
収縮時 拡張時
さばききれない体液
③代償破綻時
②後負荷増大時の心収縮
より強い力で拍出するために,心筋が肥大する
その結果…
後負荷の増大
心筋の肥大に伴い,拡張障害が起こる後負荷の
増大
拍出量の減少
肺水腫
■図1 高血圧性心不全のメカニズム
18 呼吸・循環・脳 実践ケア vol.41 no.1
特集1 事例とQ&Aで解き明かす “心不全看護”のこんな時どうする?
Q&A編
によるナトリウム利尿を高める効果があり,さらに心
房性ナトリウム利尿ペプチドの産生を促進することで
利尿作用に寄与することが報告されています5,6)。
そのほかにも,安静療法は交感神経系の刺激による
心拍数および心筋酸素消費量の増加を抑制し,心仕
事量を軽減させることが期待できます7)。このよう
に,心不全の急性期においては,自覚症状の軽減や
血行動態の安定化まではベッド上での安静療法が必
須となります。
安静による弊害
一方,長期間の安静臥床によって,身体機能の脱
調節(デコンディショニング)が生じてしまいます。
身体的デコンディショニングとは,長期的な安静臥
床の結果,運動耐容能の低下,心拍血圧調節異常,
骨格筋廃用性萎縮,骨粗鬆症などの身体調節異常が
生じることであり,廃用症候群を招く危険性が高く
なることから,早期離床や早期退院を妨げる要因と
なります。安静臥床が必要な患者は,1週間程度の
臥床で20%近くの筋力が低下すると報告されてお
り8),この筋力の低下は歩行や姿勢を保持するため
に重要な役割を担う抗重力筋である腓腹筋,ヒラメ
筋,肩甲周囲筋,そして上腕二頭筋などで顕著に起
心不全患者の早期離床は慎重に実施しなくてはな
りません。心不全の急性期は,過度な負荷により心
不全が増悪するため,自覚症状の軽減や血行動態の
安定化まではベッド上安静が治療として優先されま
す。しかし,長期間の安静臥床によって身体機能の
脱調節(デコンディショニング)が生じ,予後にも
影響することが知られています1,2)。このように,
安静と離床という両極端な内容を安全に支援してい
くことが重要となります。
急性期の心不全管理
心不全の急性期治療では,呼吸困難などの自覚症
状の改善と臓器うっ血,臓器低灌流の改善を目指し
た血行動態の安定を図ることが最優先とされます。
身体的な活動による後負荷の増大を避けるために,
安静療法が有用とされ,ファラー位を保つことで静
脈還流量が減少し,肺うっ血が軽減され自覚症状の
軽減が期待されます3,4)。また,安静自体が利尿薬
北海道科学大学 保健医療学部 看護学科 助教 急性・重症患者看護専門看護師
石川幸司
北海道大学病院ICU・救急部ナースセンター,循環器内科病棟などを経て2015年4月より現職。北海道看護協会や各種学会などで数多くの循環器看護
(心不全の病態、循環器異常の急変、心電図など)をテーマにした講演を行う。循環器だけでなく,集中ケア,救急看護にも精通している。2013年急性・重症患者看護専門看護師資格取得。
Q4 A4心不全の症状が代償化されたら開始しましょう。疲労感や息切れを感じない程度の負荷で離床を進めていきます。
心不全で入院した患者は,いつから離床しても大丈夫?
42 呼吸・循環・脳 実践ケア vol.41 no.1
こることが明らかとなっています9)。そのため,長
期的な安静臥床に起因した身体的デコンディショニ
ングによって離床が妨げられ,臥床期間が過度に延
長し,さらなる身体活動量の低下を来すといった悪
循環が形成されてしまいます。
また,安静臥床だけではなく,急性心不全のよう
な危機的状況にある患者では生体侵襲によって筋タ
ンパクの異化亢進や低栄養が生じやすくなり,筋力
低下・筋萎縮が助長されます(図1)10,11)。長期臥床の結果生じた筋量・筋力の低下は,入院期間の延長
をもたらし,入院期間の延長は生存率の低下など予後
にも影響することが報告されています(図2)12,13)。 重症な心不全患者を対象とした研究14)では,入
院時のベッド上安静からトイレ・洗面の歩行が可能
となるまでに,約1週間以上(中央値)を要する患
者が多く存在していました(図3)。さらに,離床に要する日数が多いほど退院後の心血管イベント
(死亡,再入院など)が多く発生しており,予後不
良であることが報告されています(図4)。
心臓リハビリテーション
心不全患者は,急性期において心不全症状が顕在
化している場合,積極的な運動(離床)は心不全を
増悪させる危険性が高いため避けなくてはなりませ
ん。しかし,過度な安静臥床による弊害を予防する
ためにも,早期に離床を図ることが重要です。その
ためには,まず心不全症状を観察し,代償化(症状
が顕在化されていない状態)され次第,離床を開始
しましょう。
急性心不全
筋量・筋力の低下
安静臥床 筋タンパク合成低下(異化亢進)
低栄養
入院期間の延長 身体機能の低下
デコンディショニング
生活の質の低下
■図1 筋量・筋力低下のメカニズム
退院後の期間
100
90
80
70
60
500 10 20 30 40 50 60 70 80 90
(%)
(日)
生存率
Cotter, G. , et al. Predictors and Associations With Outcomes of Length of Hospital Stay in Patients With Acute Heart Failure:Results From VERITAS. J. Card. Fail. 22, 815-822 (2016).より引用,一部改変
入院期間短期中期長期
■図2 入院期間と生存率
期間
100
80
60
40
20
00 100 200 300 400
離床日数<8日(n=45)
ログランク検定P=0.002
(%)
(日)
イベント回避率
Ishikawa, K. , et al. Clinical Impact and Associated Factors of Delayed Ambulation in Patients With Acute Heart Failure. Circulation. Reports. 1, 179-186(2019).より引用,一部改変
離床日数 8日(n=56)
■図4 離床日数と心血管イベント回避率
離床日数
14
12
10
8
6
4
2
00 5 10 15 20 25 30 35 40
(人)
(日)
早期離床群離床遅延群
患者数
Ishikawa, K. , et al. Clinical Impact and Associated Factors of Delayed Ambulation in Patients With Acute Heart Failure. Circulation. Reports. 1, 179-186 (2019).より引用,一部改変
■図3 離床日数の分布
呼吸・循環・脳 実践ケア vol.41 no.1 43
最初はヘッドアップから始め,座位,立位と離床
を開始します。離床に伴い,疲労感やふらつきなど
の自覚症状が生じた場合は,嫌気性代謝閾値を超え
た負荷となっている可能性が高く,中断して安静を
促します。Borgスケールを活用し,身体所見から
心不全症状の有無を観察していくことで安全に離床
を支援することができ,心臓リハビリテーションを
実施することが可能となります。
安静と離床を安全に実施していくことが,心不全
患者の予後改善につながります。心不全症状を注意
深く観察し,代償化を確認できたら積極的な心臓リ
ハビリテーションを実施しましょう。
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