諸外国におけるいじめ問題への対応 市民性の育成を中心に ·...

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平成25-26年度 諸外国との比較研究等事業研究報告書 諸外国におけるいじめ問題への対応 市民性の育成を中心に 平成27年1月 全国都道府県教育長協議会総合部会

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平成25-26年度

諸外国との比較研究等事業研究報告書

諸外国におけるいじめ問題への対応

― 市民性の育成を中心に ―

平成27年1月

全国都道府県教育長協議会総合部会

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目 次

第1部 研究報告 ··················································

第1章 平成25-26年度諸外国との比較研究等事業の概要

1 比較研究の目的 ···············································

2 研究内容 ·····················································

(1)日本のいじめ対応の特徴 ···································

(2)いじめ問題に取り組んだ国々 ·······························

(3)欧米のいじめ対応の特徴 ···································

(4)いじめの国際比較 ·········································

3 研究のテーマ ·················································

4 研究の体制・方法 ·············································

5 研究の経緯 ···················································

第2章 比較対象国の教育制度の概要

1 ノルウェー王国

(1)国のあらまし ·············································

(2)教育制度のあらまし ·······································

2 グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(イギリス)

(1)国のあらまし ·············································

(2)教育制度のあらまし ·······································

3 オーストラリア連邦

(1)国のあらまし ·············································

(2)教育制度のあらまし ·······································

第3章 比較対象国のいじめ対策

1 ノルウェー王国

(1)ノルウェーにおけるいじめ問題 ·····························

(2)いじめの実態 ···········································

(3)未然防止の取組 ···········································

(4)早期発見・早期対応の取組 ·································

(5)インターネット等による誹謗・中傷の現状とその対応 ·········

2 グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(イギリス)

(1)イギリスにおけるいじめ問題 ·······························

(2)いじめの実態 ·············································

(3)未然防止の取組(校庭環境を改善するプロジェクト) ···········

(4)早期発見・早期対応の取組(援助機関による取組) ·············

(5)インターネット等による誹謗・中傷の現状とその対応 ·········

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3 オーストラリア連邦

(1)オーストラリアにおけるいじめ問題 ·························

(2)いじめの実態 ·············································

(3)未然防止の取組 ···········································

(4)早期発見・早期対応の取組(相談窓口・外部機関等含む) ·····

(5)インターネット等による誹謗・中傷の現状とその対応 ·········

第4章 考察(むすび)

日本の状況との比較

1 制度面(検証改善サイクル、いじめ防止指針等)

(1)検証改善サイクル ·········································

(2)いじめ防止指針 ···········································

(3)児童生徒の自治的活動 ·····································

2 インターネット等による誹謗・中傷への対応 ·····················

3 外部機関の活用 ···············································

4 市民性を育む教育(シティズンシップ教育) ·······················

参考文献 ····················································

資 料 ····················································

第2部 現地調査報告 ··············································

1 平成25-26年度諸外国との比較研究等事業

ノルウェー王国現地調査の概要 ·············

2 平成25-26年度諸外国との比較研究等事業

ノルウェー王国現地調査の日程 ·············

3 ノルウェー教育・研究省 ······································

4 ノルウェー教育研修局 ········································

5 子供オンブッド ··············································

6 児童行動発達ノルウェーセンター ······························

7 オスロ市立ゴーリヤ小学校 ····································

8 オスロ市教育委員会(教育課) ··································

9 青少年心理研究センター ······································

10 おわりに ····················································

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第1部

研 究 報 告

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第1章 平成25-26年度諸外国との比較研究等事業の概要

1 比較研究の目的

平成24年度には、いじめに起因する子供の心身の発達に重大な支障が生じ

た事案、さらには、尊い命が絶たれるといった痛ましい事案が全国的に発生し、

いじめを早い段階で発見し、その芽を摘み取り、一人でも多くの子供を救うこ

とが緊急課題となった。

こうした背景を踏まえ、平成25年6月28日には、「いじめ防止対策推進

法」が公布され、いじめの防止等のための対策の基本理念、いじめの禁止、関

係者の責務等が定められた。同法に基づき、都道府県、市区町村、学校は連携

を図りながら、これまでの未然防止、早期発見・早期対応などの取組の充実・

強化を図るとともに、新たな対応を進めている。

同法にも示されたとおり、いじめは、「児童等の教育を受ける権利を著しく

侵害し、その心身の健全な成長及び人格の形成に重大な影響を与えるのみなら

ず、その生命又は身体に重大な危険を生じさせるおそれがあるもの」である。

いじめを受けた子供は、尊厳を傷つけられ、自尊感情や学習意欲が低下し、子

供のみならず、大人も含めた人間不信に至ることがある。また、それがきっか

けとなり不登校になったり、時には命を絶ったりすることもある。この事情は、

わが国に限らずいずれの国の子供たちにも共通する課題であり、多くの国々が、

それぞれの国情の中で工夫し、未然防止、早期発見・早期対応の取組を進めて

いる。

そこで、本研究では、先導的にいじめ問題に取り組んだ国々について、政治

経済や社会文化的な相違点を考慮しつつ、いじめに関する考え方や取組を比較

研究し、わが国において教育委員会や各学校が実効性のあるいじめ対策を立て

るための資料とすることを目的とする。

2 研究内容

(1)日本のいじめ対応の特徴

日本において、いじめが最初に社会問題化したのは1980年代半ばのこ

とである。既に、30年以上の年月が経過しているが、海外とは独立して様々

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な研究や教育実践が積み重ねられてきた。そうした中で、「深刻ないじめは、

どの学校にも、どのクラスにも、どの子供にも起こりうる」(平成8年1月30

日文部大臣緊急アピール)に示されるように、 1980年代のいじめ研究の

成果を踏まえ、どんな子供も、被害者はもちろんのこと、加害者にすらなり

うるとの基本認識を日本が世界に先駆けて打ち出した。わが国のいじめの捉

え方や対応として、次の2点が特徴として挙げられる。

第1は、いじめが暴力行為とは別の社会問題として認識され、結果として

加害者へ教育的指導で対処するという取組がなされてきたことである。19

85年以降は、文部科学省「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関

する調査」においても、「いじめ」と「暴力行為」を別のカテゴリーとして

扱っている。

第2は、いじめ対応施策の焦点が、被害にあう子供の対応を中心とした対

策が進められたことである。具体的には、①いじめを受けた児童生徒の早期

発見と相談、②傷ついた児童生徒の心理的な安定と自立のサポート、③いじ

めている児童生徒を含めた周囲の児童生徒の関係調整が行われ、制度的には、

いじめの相談窓口の設置、スクールカウンセラーの導入などが行われてきた。

これらの特徴に加えて、直近の状況としては、平成24年度に文部科学省

から「犯罪行為として取り扱われるべきと認められるいじめ事案に関する警

察への相談・通報について」の通知により、早期に警察に相談し、警察と連

携した対応の重要性等が明確にされたほか、平成25年度に策定された「い

じめ防止対策推進法」では、「学校は、いじめが犯罪行為として取り扱われ

るべきものであると認めるときは所轄警察署と連携してこれに対処するも

の」とされ、いじめ事案に関する学校と警察との連携が重視されるようにな

った。

(2)いじめ問題に取り組んだ国々

世界の枠でいじめ問題を見たとき、その研究は北欧の国々から国家的な取

組として始まった。まず、1970年代、スウェーデンにおいて、男子によ

る集団暴力(mobbning:スウェーデン語)が盛んになり、主に家庭環境や生育

歴、気質等に問題のある男子が起こす問題の研究が行われた。1990年代

には、いじめている子供の保護者へ情報提供せずに、特別の「対処チーム」

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等を設置していじめに介入すること等を原則とするピーカス法、ファースタ

法が広く使われた。

スウェーデンで始まったいじめに関する研究は、ノルウェーで大きく発展

した。ノルウェーでは、1982年、10歳から14歳の少年が仲間から激

しいいじめを受け、それを苦に自殺した事件が社会問題化した。1983年

には、教育省によるいじめ防止キャンペーンとともに、教育学者であるベル

ゲン大学のオルウェーズ教授が作成したいじめの実態調査が全国的に行わ

れ、さらにいじめ防止プログラムへと発展した。1988年には、ノルウェ

ーで国際学会が開かれ、北欧の研究が広く知られるようになった。

北欧に続き、イギリスにおいていじめに対する国家的な取組は発展した。

1989年、教育省は、学校における教師と生徒の関係や規律に関する調査

報告書「エルトン・リポート」において、いじめについて報告し、学校での

取組の必要性を勧告した。その中で、いじめは学校という場の秩序や安全を

犯し、教育環境に被害を及ぼす行為であり、ひいては在籍する子供や教師に

悪影響を及ぼすことに十分対応する必要性があることを強調した。いじめ対

策についての議会の質問を受け、教育省はシェフィールド大学の調査と介入

プロジェクトに対して1991年から1994年まで助成金をつけた。これ

を基に、教育省は「黙ったままがまんしないで」という学校向けのいじめ対

策パッケージを作成した。

イギリスの中で、イングランドでは、いじめに関する内務省プロジェクト

や、子供の保護のための慈善団体であるキッドスケープによる学校法廷、チ

ャイルドライン(いじめ専門の電話相談を含む)、ピア・サポートなどが行

われ、スコットランドでも、いじめ対策のコーディネーターの配置などが行

われている。

イギリスのいじめ問題に対する取組は、日本より遅く始まったが、迅速に、

そして組織的、総合的に進められている。それは、子供を取り巻く環境が安

全であること、将来も安全に育っていくこと、子供が将来、自分の価値観を

もち、他人を思いやり、他人の力になれる市民性を備えた人間になるなどの

考えに基づいて進められている。

また、フィンランド、フランス、アイルランド、ルクセンブルク、スウェ

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ーデン、イギリスにおいては、学校は子供たちに安全な環境を提供し、子供

たちの市民性の育成を奨励しなければならないという観点から、学校におけ

るいじめに関する法整備が行われ、ベルギー、ドイツ(州法)では、学校に

おける暴力に関する法的措置が行われた。

欧州以外の国をみると、アメリカ合衆国は、従来から学校が荒れる要因は、

対生徒・対教師暴力、薬物問題、性の逸脱などとし、いじめは重大視してこ

なかった。しかし、いじめを苦にした自殺や薬物乱用、いじめの復讐に銃器

が使用されるようになると、いじめが社会問題となってきた。

このような状況の中、1987年には、全米学校安全センター後援による

「学校におけるいじめ問題講座」が開催され、この中で北欧や日本でとられ

ているいじめ防止策が紹介されている。また、1994年「2000年のア

メリカ教育法」が成立し、これを受けて、1996年連邦教育省と司法省は

「安全で薬物のない学校を創造するために-行動指針」を発表し、薬物、暴

力行為とともにいじめを取り上げ、学校、生徒、保護者、地域に行動指針を

示した。

また、1996年、安全な教育環境づくり等を目標とする「全米教育サー

ビス」は校長、教師、カウンセラーのための「いじめ防止ハンドブック」を

発行した。この中には、「沈黙する傍観者」を「行動する傍観者」にかえる

プログラムと生徒同士の仲間調停トラブル解決法などが示されている。

さらに、学校にいじめ対策を義務付け、いじめ行為を刑法上の犯罪として

処罰できるようにする「いじめ防止法」を制定する州も増加してきている。

アメリカのいじめ対策は、いじめを許さない社会を創造するため、大人が

責任ある問題解決者として積極的に行動することを求めていることが特徴

である。

オーストラリアにおいては、1990年頃から、いじめ問題は日本と似た

様相を示し、いじめが多発化、陰湿化、長期化することによって自殺する子

供まで出るようになり、大きな社会問題となった。オーストラリアのいじめ

に関する研究は1990年代に入ってから着手されたが、いじめ問題に対す

る国民の意識は高まり、様々な学校政策が行われている。

その中で、イギリスのシェフィールド大学の介入プロジェクトをモデルと

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して、オーストラリア連邦政府は校内暴力調査を行い、「ピースプログラム」

を開発した。このプログラムには、学校全体の関心を高め、対応方針を作る

方法、子供たちがサポートを得るのに効果的な教室内での働きかけなどが盛

り込まれている。

(3)欧米のいじめ対応の特徴

前節では欧米の主ないじめ研究や教育実践を述べてきたが、日本と比べて

次の2点が特徴として挙げられる。

第1は、欧米のいじめ(bullying)に関する研究は、スウェーデンにおける

男子による暴力(mobbning:スウェーデン語)の研究を基礎として始まり、

ノルウェーやイギリスを除いて、いじめを特定の社会問題として見なさず、

校内暴力のような幅広い文脈でとらえている国が多いことである。

いじめ問題への対応に関しては、他者に被害を与えれば、その結果責任を

問われるのが人間社会であり、このことは、これからの社会を構成する子供

たちの教育にとって重要な視点であるという考え方が背景にある。

第2は、いじめは学校社会を支える規範を傷つけ、風紀や秩序を乱し、子

供たちの安全や自己実現を脅かすととらえている国が多いことである。そし

て、そうならないために、加害者の行動をコントロールするだけでは不十分

であり、子供たちの満足感とアイデンティティーを担保し、学校づくりへの

参画を図るといったいじめの防止に重きを置いた教育がなされていること

である。すなわち、行為責任を加害者への懲戒に短絡させるのではなく、子

供たちが、社会を構成する一員として期待される行為責任を果たしうるよう

教育すること、言い換えれば、「社会的責任能力」の育成に向けた「市民性

教育(シティズンシップ教育)」に重点が置かれている。

もちろん、日本と同様に、被害者個人の救済や支援の配慮はなされており、

教師、カウンセラーだけでなく、子供たちも加えて学校ぐるみで被害にあっ

た子供たちを支援し、互いに支え合うよう促す取組も導入されている。

また、先述したが、学校は安全な環境を提供し、子供たちの市民性の育成

を奨励しなければならないといった観点から「いじめ防止法」を制定する国

も見られる。

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(4)いじめの国際比較

日本、ノルウェー、イギリスは、比較的早期から、いじめ問題に特化して、

国をあげて実態を把握し、対策を講じてきた。1997年、学識経験者から

なる「国際いじめ問題研究会」は、これらの国々にオランダを加え、小学校

5年生から中学校3年生までの児童生徒に対し、同一質問紙によるアンケー

トを実施した。

この調査によれば、日本はいじめの被害経験者比率は最も低いが、ノルウ

ェーと同様に再頻度・長期被害者の比率が高く、いじめが「進行性タイプ」

であり、逆に、イギリス・オランダは、被害経験者率は高いものの、再頻度・

長期被害者の比率が低く、「一過性タイプ」として指摘されている。

【国別に見たいじめの被害経験率及び再頻度・長期被害者の構成比】

① 被害経験者比率

(%) ② ①の内の再頻度・長期被害者の構成比(%)

日本 13.9 17.7

ノルウェー 20.8 17.1

イギリス 39.4 12.4

オランダ 27.0 11.7

出典:「いじめの国際比較研究」(森田洋司)

さらに、いじめがエスカレートしていかないよう止めに入る「仲裁者」や、

いじめを見て見ぬふりをしている「傍観者」について、日本、イギリス、オ

ランダの小学校5年生から中学校3年生までの出現比率も調査されている。

【国別に見た「仲裁者」「傍観者」の出現比率】

小5 小6 中1 中2 中3

仲裁者

日本 53.5 37.6 34.8 26.0 21.8

イギリス 58.2 49.3 36.5 37.6 45.9

オランダ 46.0 37.2 28.8 29.4 -

傍観者

日本 26.4 36.1 45.3 51.9 61.7

イギリス 22.2 34.1 39.2 47.2 41.8

オランダ 31.1 44.1 52.7 44.8 -

出典:「いじめの国際比較研究」(森田洋司)

いじめを止めたり否定的な反応を示したりする「仲裁者」の比率は、学年

進行に伴い減少する日本に対し、「一過性タイプ」のいじめの多いイギリス・

オランダでは、小学校から学年進行に伴い減少し、中学校段階で上昇する。

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「傍観者」に関しては全く逆の傾向が見られ、日本の子供たちは成長する

につれて、「傍観者」が増えていくが、イギリス・オランダは小学校から学

年進行に伴い増加し、中学校で減少する傾向にある。

この結果については、日本の学校制度はイギリスやオランダの学校制度と

は違い、ノルウェーと同じく基本的に全員に単一の学校系統を用意するいわ

ゆる「単線型」であることなどの要因が考えられる。その他にイギリス・オ

ランダでは、いじめ問題を自分たちの手で解決するように主体的に参画させ

ていく「シティズンシップ教育」を行っていることから、「仲裁者」が増え、

子供たち同士で抑止力を働かせ、いじめがエスカレートしないという指摘も

ある。

日本と同様にノルウェーは、いじめ問題は国をあげて対応すべき社会問題

として、早期から取り組んだ国とされている。その取組の成果として広く知

られている「オルウェーズ・いじめ防止プログラム」は、学校、教室、個人

の3段階で取り組むべきことを具体的に示し、①生徒に対する温かさや大人

の真剣な取組を持った学校環境を作ること、②容認できない行為に対しては

断固たる態度をとること、③ルールに反した場合、敵意のない身体的痛みを

伴わない制裁を一貫して与えること、④学校でも家庭でも大人はある程度権

威をもってふるまうことの4つの原則から成り立っている。

このプログラムは、今日、EU諸国(イギリス、フランス、ドイツ、オラ

ンダ、スウェーデン)のみならず、アメリカ、カナダの多くの州で導入され、

その効果が報告されるなど、各国のいじめ対応に与えた影響は大きい。

また、イギリスでは、いじめが社会問題になり始めた時期からノルウェー

等の研究成果の導入等が行われたが、次第に他国の方策等では対応できない

問題が多発したことから、独自の組織的、総合的な取組が編み出されること

となった。

そこで、本研究では、いじめ問題に早期から取り組んだノルウェー、イギ

リス、さらには、いじめに関する独自の多様な対応プログラムを実施してい

るオーストラリアの教育制度、教育内容などについて調査研究し、それぞれ

の国におけるいじめの現状を把握するとともに、いじめの未然防止、早期発

見・早期対応の取組の推進に資する。加えて、子供を社会の構成員として期

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待される行為責任を果たせるように育む「シティズンシップ教育」について、

調査研究を行うこととする。

3 研究のテーマ

諸外国におけるいじめ問題への対応

-市民性の育成を中心に-

4 研究の体制・方法

本研究は、全国都道府県教育長協議会総合部会が所掌し、総合部会に本事業

の調査研究を行う都道府県を加え、調査研究を実施する。

調査は、ノルウェー王国、イギリス、オーストラリア連邦を研究対象国とし、

既存の研究等を利用した比較研究や大学等との連携による調査研究、外部団体

(諸外国の団体を含む)との共同研究等、適切な方法で実施し、諸外国の優れ

た点、課題を見出す。また、ノルウェーへの現地調査を実施する。さらには、

全国都道府県教育委員長協議会国際交流事業(オーストラリア連邦視察)と連

携する。

5 研究の経緯

主査(研究のとりまとめ) 愛知県 副主査(研究担当県の支援・助言) 京都府 研究担当 奈良県、兵庫県

平成25年 4月 総合部会 研究課題決定

平成25年 7月 総合部会 調査研究体制決定

~12月 研究課題に関する研究

平成26年 1月 総合部会調査研究経過報告、

比較研究対象国、アンケート調査実施等決定

~2月 各都道府県に対するアンケート調査

平成26年 4月 総合部会 現地調査対象国等決定、アンケート結果報告

平成26年 7月 総合部会 報告書骨子を決定

平成26年 8月 ノルウェー王国現地調査を実施

平成26年12月 総合部会 報告書完成

平成27年 1月 総会 報告書発表

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第2章 比較対象国の教育制度の概要

1 ノルウェー王国

(1)国のあらまし

ノルウェーは北ヨーロッパ、スカンジナビア半島の西側に位置する。国土

は細長く、狭い所は6キロメートルだが、北端から南端までは1,750㎞

である。海岸線は氷河期に形成されたフィヨルドによる複雑な地形となって

おり、海岸線に沿い何千もの小島が点在している。内陸の大部分は山と大地

である。内陸部の山岳地帯は険しく、僻地が多く存在する。人口密度は極め

て小さく、1平方㎞あたり10.5人であり、豊かな自然と地形を利用した

水力発電に支えられ、様々な近代産業を発展させてきた。ノルウェー社会の

特徴は、深く根付いた民主主義、総合的な社会福祉政策、無償教育の3つで

ある。民主主義については、行政機関は重要案件の策定に当たり関係機関に

意見を求めることが慣例となっており、オンブズマン制度が発達しているこ

と、女性の社会参画が保障されていることが特徴である。1980年代以降、

閣僚の4割以上、国会議員の4割が女性である。社会福祉政策では、国民保

険等が充実している。教育では、教材費、通学費、給食費も含めて全て無償

である。

大部分の国民が公立学校で教育を受け、1980年代まではラジオ・テレ

ビ局は、1つしかなかったことにより、国民の中に共通の価値観、社会通念

が育まれてきたとも言える。最近では、テレビ局の数や英語によるテレビ番

組も増え、ヨーロッパ諸国以外からの移民の人口も増えてきており、価値観

の多様化が進行しつつある。

(2)教育制度のあらまし

1997年に教育改革が行われ、7~16歳までの9年間の義務教育から、

6~16歳までの10年間に延長された。この教育は基礎学校で行われ、さ

らに、7年間の初等段階と3年間の前期中等段階に分かれている。各段階の

学校が併設されている割合は約2割である。

また、この教育改革において基礎学校で重視されたのは、一斉教授による

知識を一方的に教授する学習方法ではなく、双方向をもった活動を重視する

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学習である。教科を維持しつつも、教科の垣根をとり払った、テーマを中心

とした授業が積極的に取り入れられ、個人の課題追究型の学習や、グループ

の学習活動が重視されている。初等段階前半では遊びや自由活動を重んじ、

後半ではテーマから「科目」に移行し、伝統的な知識の習得も重視される。

中等段階では知識を批判する能力を伸ばすべく科目やテーマワークの他に、

グループや個人のプロジェクトが取り入れられている。

幼稚園の約半数は私立であるが、基礎学校以上は、大多数が公立学校で学

び、私立学校で学ぶ児童生徒は1.5%で公立学校を補うものとされている。

一方、16歳以降、大多数(95%程度)の生徒が3年制の上級中等学校

に進学するが、これは、普通科教育校と職業科教育校とがある。

基礎学校の子供は約48万人おり、その内1,500人程度は、国の北方

に居住する独自の言語と文化を持ったサミ系である。また、2万1,000

人(約5%)程度は、移民の子供たちであり、言語は75種類に及ぶ。移民の

大多数は3大都市であるオスロ、ベルゲン、トロッドハイムに居住する。

人口密度が低いため、学校規模は小さく、400人を超える学校は総数の

3%であり、約30%の学校が複式学級方式を採用し、約8%が単級学校で

ある。1学級の上限は初等段階で28人、前期中等段階では30人であるが、

実質1学級あたりの平均人数はそれぞれ18人、22人である。基礎学校に

は以下のような特徴がある。

① 第1学年から英語教育が行われる。

② キリスト教的知識・宗教・道徳科目が各2時間配置され、ルター派キリ

スト教の知識とともに他の宗教に対する知識も教育の対象としている。

③ 教科総合・横断的なテーマ学習を重視し、第1学年で授業の約80%、

中等段階で約20%の時間数をあてている。

④ 理科の代わりに「自然及び環境」科目が置かれる。

⑤ 生徒会活動を含む学級活動が時間割に組み込まれる。

⑥ 国が定める教育課程の基準で学校の教育課程編成の自由が約50%認

められている。

つまり、カリキュラムには、キリスト教・宗教・道徳、ノルウェー語(国語)、

数学・算数、社会科、図工、理科・環境、英語、音楽、家庭科、体育や、生徒

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会を行う学級活動などの必修科目や、第二外国語、必修言語の補足教育やプ

ロジェクト学習などの選択科目があり、ガイドラインが教育省から示されて

いるものの、市町村教育委員会または学校の裁量が大きく、教科書、教材の

選択も学校及び教師に認められている。

初等段階は試験も成績表もなく、かわりに、年2回、教師は保護者に子供

の学習進度を報告しなければならない。義務教育の終わりには卒業試験があ

る。義務教育の目的は、単に知識や学問的スキルを伝授するだけではなく、

人間的・社会的発達をも促す役目がある。

学年暦は8月から6月であり、1年間の授業日数は38週間、190日で

ある。児童生徒は、週5日登校し、1時限は45分で、授業間の休み時間は

10分、昼休みは30分である。教師は休み時間に校舎内や校庭を巡回する

ので、子供たちは休み時間も基本的に教師の監視下にある。

2 グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(イギリス)

(1)国のあらまし

イギリスは、グレートブリテン連合王国(イングランド、ウェールズ、スコ

ットランド、北アイルランド) 、チャンネル諸島、マン島で構成される。多

様性に富んだ景色や豊かな自然、数多くの歴史遺産を有する。

イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの4地域に

は、それぞれ独自の習慣、文化、伝統があり、異なる教育制度が導入されて

いるが、前二者はほぼ同様の教育制度であり、全人口の90%を占める。(前

二者は本調査対象地域)イギリスは議会制民主主義が生まれた国である。

クエッションタイムもイギリスで発達した。自分の思っていることを論理

立てて人前で堂々と主張することに価値がおかれ、家庭の子育てでも、学校

教育でも、自己を表現する訓練が一貫してなされている。初等学校では「ト

ピック学習」が定着しており、児童一人一人が探究課題をもち、情報収集に

基づいて考察したことを小冊子にまとめたり、発表したりしている。

(2)教育制度のあらまし

イギリスの教育は、地方によってカリキュラム、学校制度が異なり、教育

予算を含め、初等・中等教育のほとんどが地方教育当局で決定されていた。

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1988年「教育改革法」が施行され、地方教育当局の権限の一部が校長

に委譲されるとともに、ナショナル・カリキュラムの導入など国家レベルの

統制が緩やかながらもなされるようになった。

このナショナル・カリキュラムは、日本の学習指導要領に比べ拘束性は弱

く、ガイドライン的な意味合いが強い。また、科目数も学校の裁量が認めら

れている。カリキュラムは、数学、英語、理科を中核教科とし、これに技術、

情報、体育、美術、音楽、地理、歴史、外国語を含めた11教科を基本教科

としている。また、これに加え、宗教教育、特別活動、性教育、進路指導な

どが義務付けられている。中核教科の英語、数学、理科については40~5

0%の時間が指定されているが、基本教科については時間指定がない。7歳

まで、11歳まで、14歳まで、16歳までの4段階が設定され、到達目標

が掲げられている。1988年当時、シティズンシップは教科横断的な学習

であるPSHE(Personal,Social and Health Education 人格・社会性・

健康教育)の1つとして実施されていたが、若者の政治的無関心、喫煙・ア

ルコール依存等を背景として、2002年の改訂では12歳以降にシティズ

ンシップが新教科として必修になった。これについては、教科の学習だけで

なく、特別活動や課外活動でも幅広く取り組まれている。

カリキュラムの各段階の終わりには、児童生徒の到達度評価がなされ、結

果は学校単位で公表される。マスコミはそれをもとに学校のランキングを報

道する。親には学校を選択する権利が与えられているため、学校として特徴

ある教育を進める必要があり、校長のリーダーシップが求められている。

なお、教育内容は、①国の法律に基づき所管の大臣が設定するナショナ

ル・カリキュラム、②法律に根拠を持つが、地方もしくは学校単位にその内

容が決定されている宗教教育、③学校独自に設定する教科の3区分がある。

イギリスの義務教育は5~16歳の11年間である。初等教育は5~11

歳の6年間で、初等学校で行われる。初等学校はさらに幼稚部の2年間と下

級部の4年間に分かれるが、これを別学校にする地域もある。初等学校では、

原則として学級担任制で、能力別編制はあまり見られない。

中等教育は、公立中等学校の9割を占める総合制中等学校や、モダンスク

ール、グラマースクール等がある。総合制中等学校は、さらに5年間の前期

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(義務教育段階)と2年間の後期に分かれる。他にもファースト、ミドル、

アッパーと区切る公立学校もあるが、割合は小さい。

中等学校は教科担任制である。学校には、教育心理学者のような協力職員

が勤務しており、中等学校には生徒指導を担う教師がいるが、学校として専

門的なカウンセリングを提供する学校は少ない。

また、パブリックスクール(私立の中等教育学校)を経由してオックスフ

ォード大学等に入学する生徒は、男子は13歳、女子は10歳で共通入学試

験を受験する。しかし、パブリックスクールに通う生徒は少数であり、9割

以上は公立学校へ通う。

かつて、公立学校は複線型の学校体系で、11歳で進学する学校を決定す

る試験を受けなければならなかったが、将来の職業や社会的地位に影響する

人生の岐路を11歳で行うことの是非が議論され、1960年代頃から総合

制中等学校が創立された。

学年暦は9月から始まる3学期制であり、秋学期は9月下旬~12月中旬

のクリスマス休暇前、春学期が1月上旬~イースター休暇前、夏学期がイー

スター休暇後~6、7月となっている。また、授業時間は50分であり、午

前中に15~20分程度の休み時間、昼休みは90分となっている。

休憩時間に教師は監督しないが、昼休み指導員や「ディナー・レディ」と

呼ばれる監督者がいる。

ほとんどの学校は、ロンドンなど都市部に位置しており、都市部の学校で

は複数の人種を抱え、社会的・経済的に多様であり、財産や住居には格差が

見られる。

教師による体罰は禁止されているが、子育ては現在でもある程度懲罰的で

あり、親が子供に対して加える体罰は政府も公認している。しかし、家庭で

の身体的・性的虐待や学校におけるいじめについては、広く関心がもたれて

いる。

3 オーストラリア連邦

(1)国のあらまし

6つの州と2つの特別区からなり、広大な国土のため、緯度・経度によっ

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て気候や景観、風土などが異なる。北東部は 1 年中太陽に恵まれた熱帯から

亜熱帯気候で、南東部は温暖な地中海性気候で比較的四季がはっきりしてお

り、内陸は砂漠地帯である。

18世紀にイギリスからの流刑植民地として始まり、19世紀のゴールド

ラッシュの時代には移住者を欧州系白人に限定する白豪時代とされる時代

があったが、撤廃されてからはアジアからの移住者が増加した。1901年

イギリスから独立したが、英国連邦の一員として今なおイギリスとは親密な

関係を保っている。

1980年代後半より労働党政府が移住者の文化価値観を尊重する多文

化主義(マルチカルチャリズム)を推進しているため、多民族国家であるオ

ーストラリアは多種多様な価値観を持つ国として発展している。国民性は、

陽気で寛容とされており、全体として治安も良い。

オーストラリアにとって、日本は最大の貿易相手国という関係から、小・

中・高等学校で外国語の選択科目として日本語を採用している学校も多い。

(2)教育制度のあらまし

オーストラリアは連邦制を採用しており、憲法規定に基づき、初等中等教

育に関する事項は各州の責任とされている。そのため、中等教育を修了する

12年生までの教育は基本的に各州政府・教育局の管轄であり、学校教育課

程のみならず、義務教育年限や中等教育開始学年など学校教育制度も各州に

よって異なる。

しかしながら、1980年代後半に連邦及び各州教育大臣の合意により

「国家教育指針」が策定されて以降、国家としての統一性は強化されつつあ

る。特に1990年代後半以降の全国学力調査の推進は、国家レベルで比較

可能な教育成果の把握と「公正」な評価の実施を目的に、教育基準の統一化、

共通化をもたらすと同時に、教育制度・内容の統一化・共通化を推し進めて

きた。各州で義務教育修了年齢が延長されるとともに、2008年度からは

ナショナル・カリキュラムの開発が進められている。

国が告示する教育方針に沿って州教育省がカリキュラム・スタンダード・

フレームワークと呼ばれる教育の標準規格を作るので、州ごとに特色はある

が内容的に大きな違いはない。2008年に新たに発表された国家教育指針、

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「メルボルン宣言」では、新たな教育目標を示すとともに、子供が学習すべ

き主要学習領域として、①英語、②算数・数学、③科学(物理、化学、生物

を含む)、④人文科学と社会科学(歴史、地理、経済、ビジネス、シティズ

ンシップ教育を含む)、⑤芸術(舞台芸術とビジュアル芸術)、⑥言語(特に

アジア言語)、⑦保健体育、⑧ICT、デザイン及び技術の8領域が示され

た。なお、日本で特別活動にあたる活動は、カリキュラム外の活動であり、

具体的指針・規定をもたず、保護者の同意を必要とする。

これに基づいたビクトリア州の教育課程基準では、相互に関連した3つの

学習領域、すなわち、①身体的・個人的・社会的学習(健康と身体の学習、

個別学習、対人関係の発達、シティズンシップ教育)、②教科毎の学習(芸

術、英語以外の言語、人文科学、算数・数学、科学)、③教科の枠を超えた

学習(コミュニケーション、デザイン、創造力、テクノロジー、ICT、思

考法)の3つに整理されている。

国民は誰でも無料で公立学校の初等・中等教育を受けられるが、教育を受

ける権利が子供・親側にあり、子供が学校に合わないと判断すれば、転校手

続きをとるため、学校は良い評価を勝ち取らなくては経営が成り立たなくな

る。また、中等教育では教育を受ける者の人生設計にできるだけ沿うよう多

岐に渡る選択科目群が用意されている。

学校教育は、オーストラリア全土でほとんど同じ制度であるが、州と準州

によってわずかな差がある。

【オーストラリアの初等教育と中等教育】

学校等 期間(年) 年齢(歳) 学年 州、準州

初等教育

幼稚園、準備学級 1 5

プライマリースクール 7~8 6~11 1~6 NSW,VIC,ACT,TAS

6~12 1~7 QLD,WA,SA,NT

中等教育

ジュニア・

セカンダリースクール 3~4

12~15 7~10 NSW,VIC,ACT,TAS

13~15 8~10 QLD,WA,SA,NT

シニア・

セカンダリースクール 2 16、17 11、12

NSW: ニューサウスウェールズ州 VIC:ビクトリア州 ACT:首都特別地域 TAS:タスマニア州

QLD:クイーンズランド州 WA:西オーストラリア州 SA:南オーストラリア州 NT:北部準州

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義務教育は一般に13年間で、初等教育前の準備教育(1年間)、初等教

育(6年間)、中等教育(6年間)からなっている。修学前の準備教育は義

務制ではないが、連邦政府は充実した幼児期の教育を誰でも受けられるよう

にする計画を強く推進している。

公立学校はすべて男女共学で、多くの場合、体育や音楽を除き、学級担任

制である。州統一テストが隔年で行われる他、学期ごとの成績評価がつけら

れ、保護者面談が年数回もしくは希望に応じて行われる。

中等教育は、中高一貫教育になっており、ジュニア・セカンダリースクー

ル(中等部)とシニア・セカンダリースクール(高等部)がある。

学校の種類も多様で、普通学校の他に選抜校、技術、外国語、音楽などの

専門学校もある。中等教育は、教科担任制であり、生徒は時限ごとに教室を

移動する。学習内容は暗記よりも研究や論文などが奨励される。学期毎の試

験に加え、学年ごとに州統一試験や作文コンテストなどが行われる。

義務教育は、シニア・セカンダリースクール(第11学年、第12学年)

までであり、卒業時には州ごとに実施される統一卒業試験を受ける。この試

験の結果と第11、12学年の2学年間の学業成績を総合し、オーストラリ

ア全土の大学を受ける。また、公立、私立の教育機関が、実践的な職業訓練

のためのコースを提供している。

学年暦は1月末~2月初旬にはじまり、12月中旬に終了し、大部分が4

学期制である。授業は概ね9時前後からはじまり、午後3時半前後に終了、

授業時間は40~60分である。学校週5日制である。

オーストラリアの教育の特色は、カリキュラム開発の主体があくまでも教

員にあり、教育課程基準が教員向け資料やモデル校での実践例、教員研修等

とあわせて提供されることである。

なお、2011年以降実施されているナショナル・カリキュラムでは、各

学習領域のカリキュラムが学年毎に策定され、①内容、②アチーブメント・

スタンダード、③評価の枠組などから構成されている。各学習領域で特に育

むべき一般的能力として、リテラシー、ニューメラシー、ICTに加え、思

考力、創造力、自己管理能力等が示されている。

また、これまで明記されなかった授業時数についても参考とすべき数値が

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具体的に示されている。

第3章 比較対象国のいじめ対策

1 ノルウェー王国

(1)ノルウェーにおけるいじめ問題

いじめは、1970年代にマスコミで取り上げられることがあったが、各

校が本格的にいじめ対策を始めたのは1980年代である。1982年の暮

れ、ノルウェー北部に住む10歳から14歳の少年3人が仲間からの激しい

いじめを苦に自殺したという記事が報道され、いじめは社会問題となった。

新聞にも以下のように掲載されている。

教育省は世論を背景に、1983年、全国の基礎学校を対象としたいじめ

防止全国キャンペーンを繰り広げた。キャンペーンの中核になったのはベル

ゲン大学のオルウェーズ教授によるいじめ実態調査である。この調査は、全

国規模(参加校率85%。参加校よりサンプル抽出13万人〔該当年齢の1

/4〕)で行われ、児童生徒にも容易に理解ができ、かつ科学的にも通用す

るいじめの定義が以下のように設定された。

また、このキャンペーンに伴い、教育省による教材が作成された。

2 年間にわたり 13 歳の少年はクラスメイトの一部に人間おもちゃにされた。

クラスメイトは少年からお金を強請したり、雑草や洗剤の入った牛乳を飲むこと

を強要したり、トイレで殴ったり、首に縄を巻きペットとして連れ回したりして

いた。加害者たちはいじめについて取調べを受けた時、「楽しいからやった」と

供述した。

「ある生徒が、1人あるいは複数の生徒に意地悪いことや嫌なことを

言われたとき、いじめられていると言います。ぶたれたり、蹴られたり、

脅されたり、監禁されたりしたときも同じく、いじめられていると言い

ます。こういったことは、頻繁に起こり、いじめられている子が自分自

身をそういう被害から守るのは容易ではありません。繰り返し否定的に

からかわれることもいじめです。ただし、同じような力をもつ生徒同士

が言い争いをしたり、とっくみあいのけんかをするのはいじめではあり

ません。」

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ア 学校スタッフ用小冊子

いじめ問題自体の説明と防止と予防のため、教師や学校ができるアド

バイスを掲載し、いじめ問題の原因に関する間違った理解を解き明かす

こともされている。無料で全国の基礎学校に配布された。

イ 保護者用パンフレット

いじめの被害者や加害者の親、そしてすべての児童生徒の親を対象に

学校を通じて配布された。

ウ いじめのビデオ(10分間)

通常の生活の中で起こるいじめのエピソードを、いじめの被害者であ

る10歳の男の子と14歳の女の子の目を通して描いている。ビデオは

有料又は貸出であるが料金は助成金により安くなっている。

エ アンケート

学校のいじめ問題のいろいろな側面を把握するための短いアンケート。

教師や生徒がいじめにどれくらいの頻度で介入しているかを調べる項

目も盛り込まれている。

1990年代に入ると、学校におけるいじめへの関心は増大した。子供人

権オンブズマンや子供のための精神衛生機関が子供電話ホットラインを設

けた。

また、行政が行う防止推進策には政府の教会・教育・研究局と児童家庭局

の2つの局が関わっており、これらの対策の手始めとして、新たな教師用手

引きが1996年作成された。また、いじめ防止用生徒活動のための教材が

製作され、全国の学校の生徒会に配布された。さらに、スタバンガー行動問

題研究所のローランドが中心となって350人のリソースパーソンを対象

に2日間の研修が実施された。

一方、ノルウェーには行政機関や議会等から独立した第三者機関として、

子供たちの権利を守ることを目的に「子供オンブッド」が設置されている。

2000年以降、「子供オンブッド」がいじめ対策に乗り出し、2002年

9月、「いじめ対策宣言・マニフェスト」として、政府・教員労働組合・保

護者会議・自治体連合、そして子供オンブッドが、「いじめをなくする」こ

とを宣言した。

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こうしたことを背景に2003年の4月、教育法が改正され、児童生徒は

身体的・心理的に良い環境下にある権利を持ち、これに反する状態が学校や

放課後などで存在するときは、児童と保護者は、学校に訴えることが出来る。

それでも学校が効果的な行動を取らない場合は、児童と保護者は、行政に訴

えることが出来る、という2つの内容が加えられた。

これによって児童生徒と保護者は、いじめなど肉体的・心理的に安心・安

全でないと感じたときはいつでも、学校に訴えることが出来るようになり、

学校が効果的な対応をしていないと感じたときは、行政に訴えることも可能

になった。加えて、学校や行政は、子供たちをいじめから守る効果的な仕組

みの導入を義務付けられることになった。

こうした法改正により、自治体・学校で後述する「学校仲裁所」など様々

ないじめ対策プログラムの開発と導入が始まった。

(2)いじめの実態

1983年のオルウェーズによる大規模調査の結果、ノルウェーの小・中

学生の約15%(84,000人)は、加害者または被害者として恒常的に関

わっていた。内訳は約9%(52,000人)が被害者、7%(41,000

人)が常に他の子をいじめている加害者、1.6%(約9,000人)は加害

者でも被害者でもある。また、約5%は、週1回以上より深刻ないじめの被

害者、加害者あるいは被害者/加害者である。また、調査から以下の傾向が

明らかになった。

ア いじめと学年

学年があがるに伴いいじめの被害は減少し、身体的ないじめも減少する

傾向にある。いじめの加害者の大多数は被害者よりも年上の児童生徒であ

る。

イ 男女の傾向

男子の方がいじめの被害者になりやすく、特に人目にはっきりと分かる

攻撃の形をとった「身体的いじめ」のターゲットになりやすい。また、女

子が対象となるいじめのかなりの数が男子によって行われている。

ウ その他

学級・学校規模はいじめ問題の発生頻度や深刻さと相関関係はなく、攻

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撃的な男子の行動が成績不振やフラストレーションの現れであると実証

するものは見られない。また、被害者の外見がいじめ原因となることは少

なく、加害者には攻撃的な反応パターンがあり、男子では腕力の強さも影

響する。

(3)未然防止の取組

ア オルウェーズのいじめ防止プログラム

いじめ実態調査に基づき作られたオルウェーズのいじめ防止プログラ

ムを中心にいじめ対策が積極的に行われ、国や地方の政治家も公式にこの

問題に取り組んだ。1997年の新年の挨拶では、首相も国王も「学校に

おけるいじめに積極的に取り組むことが本年の重要な課題である」と述べ

ている。

① 目標

いじめの標的にされた児童生徒は、直接的、間接的にかかわらず、仲

間から拒否され孤立している点は共通しているが、他の児童生徒から明

らかないじめを受けていなくとも、孤立させられている児童生徒にも注

意も向けることを目標としている。

被害者となった児童生徒が安心して学校生活を過ごせる環境を整え、

加害者が新たな被害者を生み出さないための学校づくりを推進するこ

の防止プログラムには、大人の協力が必要不可欠である。そのため、大

人の側のいじめに対する問題意識の向上と、いじめを容認しないという

意思、大人自らが事態を変えることに取り組めるような環境づくりも前

提として行われている。

② プログラムの考え方

このプログラムは以下の考え方に基づき構成されている。

(a) 人間の攻撃性は管理・監督するものがいなければ発現される。

(b) 攻撃性を制御するためには規律によるコントロールが望ましい。

学校内外を問わず、可能な限りいじめを減らし(根絶させ)、新たないじめ

の芽を摘み取り、いじめを防ぐこと。言葉・ジェスチャー・表情・身体的攻

撃を含む攻撃を示す“直接的いじめ”のみならず、“間接的いじめ”を減らし、

予防すること。

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(c) 一貫した指導を行い、賞罰によって規範の内面化を図る。

これは、違反には罰を適応し、罰への脅威によって、攻撃性の発現を防

止するという考えであり、他者に被害を与えれば、その結果責任を問われ

ることが人間社会の秩序であり、これからの社会を担う子供たちにとって

大切な視点であるという考え方が見られる。この結果責任に思い及ぶこと

こそが、人間の攻撃性の抑止力になりうるという考え方に立つプログラム

と言える。

③ 具体的内容

この防止プログラムは、学校、教室、個人に同時に働きかける構成で、

普段の日常的な取組に重点を置いている点が特徴的である。

学 校

いじめに関わっている一部の生徒だけでなく、全ての生徒が対象

(a) アンケート調査

アンケート調査が防止プログラムの起点となっており、いじめの実

態について詳細の情報を得ることにより対処しやすくなる。質問事項

等の結果から児童生徒間の暴力の有無や教師と児童生徒の関係性、い

じめの被害者やいじめの行われている場所の情報を得る。このアンケ

ートは各学校において無記名で行われる。

(b) 全校会議

校長、教師、学校嘱託の心理学者、カウンセラー、保護者、生徒の

代表から構成する。学校における対策について議論し、実施する対策

を決める。そして、生徒会が公式に対策を講じると宣言し、いじめを

減らす努力を行うことが児童生徒・職員の義務であることを確認する。

(c) 休み時間・昼休みの監督方法の改善

休み時間や昼休みの時間に児童生徒と教師が過ごす時間が多いほ

どいじめは起きないという結果から、教師は校庭等を適度に見回り、

暴力行為や嫌がらせ等に迅速に対応する環境を築く。

(d) いじめホットライン

「告げ口」と罵られ、いじめの悪化を恐れる被害者の気持ちを考慮

し、躊躇することなく相談することができる広域的な電話相談を開設

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する。この電話は被害者やその保護者が匿名で相談をすることが可能

である。いじめが解決するまで連絡を密に取り合い、時には面談を実

施する。

教 室

教室内では、児童生徒が教師と共にいじめに関する教室内の規律を定

める。学級全員がいじめ問題に関心を持つ姿勢が第一歩となる。

(a) クラスでのルールづくり

学級会において、人間関係について話し合い、時には議論する場を

設ける。そして、いじめに関する議題が出た場合は十分な時間を割き、

問題意識を高める。これを繰り返すことにより、加害者になりそうな

児童生徒や加害者に集団的・心理的圧力をかけることにつながり、い

じめを未然に防ぐ環境を築く。

(b) 共同学習

少人数グループで共同作業を行わせることにより、他者への思いや

りや気遣い、受容的な態度の育成を目指す。生徒間の好ましい交流の

機会を増やし、クラス内の関係を良好なものとする。

個 人

(a) 加害生徒との話し合い

担任は、クラス内でいじめが生じていることを発見した場合、即座

にいじめの当事者同士の個別面談の機会を設ける。それでも加害者の

態度が改まらない場合は、校長や保護者を招いた面談を行い、いじめ

の解決を試みる。

(b) 被害生徒との話し合い

被害者の多くが、事態の更なる悪化を恐れ、何も言わず我慢してい

ることが多い。被害者の児童生徒を保護し守るという義務が学校には

ある。被害者との面談を重ね、被害者の生徒から、いじめの実態につ

いて話を直接聞けるように信頼関係を築く必要性がある。

(c) 保護者との話し合い

いじめの両当事者の保護者と連絡を取る。保護者は我が子の学校で

の様子について知りたいと願っている。学校と保護者の緊密な協力関

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係を構築し、普段から情報交換を行うことは、事態を変える上で非常

に効果があると考えられる。

④ いじめ防止プログラムの効果

オルウェーズは、いじめ防止プログラムが施行される前の1983年

5月と導入後の1984年5月と1985年の5月の計3回に渡りい

じめ防止プログラムの効果を測定するとともに、42の参加校の教職員

にプログラムの評価をしてもらい、成果を7点にまとめた。

・ プログラム導入後2年間でいじめが半分、またはそれ以上激減した。

この現象は、性別・学年を問わず「間接的ないじめ」「直接的ないじ

め双方に見られた。

・ プログラムの効果は、1年後よりも2年後に一層顕著であった。

・ 学校でのいじめが減ることにより学校外でのいじめが増えるという

結果は見られず、学校外でのいじめも減少する、または変化なしとい

う結果が出た。

・ 反社会的行為(喧嘩・盗み・飲酒等)及び不登校が明らかに減った。

・ 友達関係の改善、勉強や学校に対する態度の改善、秩序と規律の向

上など、クラスの雰囲気に顕著な改善が見られた。

・ 既存のいじめが減り、かつ新たないじめの発生数が減少した。

・ 学校生活に対する生徒の満足度が高まった。

以上のようにプログラムが成功したと結論付ける意見もある一方、

男子のいじめの被害と加害率が若干増加したとする報告をローランド

が行っている。

オルウェーズとローランドの調査結果では、プログラムと学校への援

助に実質的な差異があった。ローランドは、全国共通の教材以外は一切

援助をせず、3年経過時に事後調査を行っただけである。それに対し、

オルウェーズは学校、学級、個人レベルでより徹底的な防止プログラム

を実施した。この結果、オルウェーズの行った防止プログラムは有益な

結果を残すことができたと考えられる。

したがって、全国共通の教材に加え、学校を取り巻く大人が積極的に

いじめ問題に関与することは、いじめを減少させるのに有効であること

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が明らかになった。また、取組姿勢が弱い学校ではいじめの加害者・被

害者率が増加傾向を示したことを考慮すると、中途半端なプログラム導

入はかえって悪影響を及ぼすことが指摘された。

(4)早期発見・早期対応の取組

ア 学校仲裁所制度

もともとノルウェーには、民事のもめ事や刑事事件に関して、訴訟制度

に入る前に、市民レベルでもめ事や事件を仲裁し、和解へと導く「紛争審

議会」という市民組織が機能していた。この審議会は1991年に法制定

により全国に22か所設置され、仲裁員は18歳以上のボランティアであ

る。

学校仲裁所制度は、紛争審議会の学校版であり、2003年教育法が改

正され、学校や行政に子供たちをいじめから守る効果的な仕組みの導入が

義務付けられたことを踏まえ、学校に導入されている。仲裁員は生徒自身

で、仲裁員を育成するプログラムが用意され、指導教師や生徒仲裁員のス

キルアップのための研修なども自治体が用意している。

もめごとに直面した児童生徒は、合意の上で、仲裁所へもめ事を持ち込

む。仲裁所のルールの下で、仲裁員の進行で話し合い、もめ事の解決・和

解をする。合意事項を文書化し、両当事者と仲裁員がサインして合意が成

立する。さらに、1、2週間後に合意内容が機能しているかどうかの確認

のために集まり、合意が機能していない場合は、再度話し合う。

自分の起こした問題は自分で解決するという、「自分の行動に責任を持

つ」ことが、「学校仲裁所」の根本の考えである。

児童生徒が運営する学校仲裁所制度の中で唯一、大人の価値観が影響す

るのが仲裁員の選考である。仲裁員がいじめやけんかをすると当事者が信

用しなくなるので留意が必要である。

様々な感情が交錯する仲裁の場面で、問題の解決方法について、仲裁員

が見つけるのではなく、当事者に会話をさせ、合意へと導くことができる

かどうかが仲裁員の大切な資質であり、当事者の感情をうまくコントロー

ル出来なければならない。

制度運用の成熟度、仲裁員の経験が学校によって差があること、一対一

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のもめ事以外は、もめ事解決やいじめ対策・予防として機能しないという

指摘もあるが、今後、制度の成熟が進む中で改善が図られると期待されて

いる。

イ いじめ防止プログラムと学校仲裁所

オルウェーズのいじめ防止プログラムは、以下の4つの実践目標が述べ

られている。

このプログラムの特徴は、学校、学級、個人の段階別に、しかも学校全

体として当該学校が統一的に行うことや責任が明示され、機能的な枠組が

作られていることである。

また、学校仲裁所は、学校全体が落ち着いてきた段階で導入されること

が多く、「いじめ防止プログラム」と「学校仲裁所」を共に導入している

学校はなく、両者の導入校は半々程度とされている。

ノルウェーの実践は、「いじめ防止プログラム」として世界のいたると

ころで実践され、成果が報告されているが、学校仲裁所についても、「ス

クール・メディエーション」あるいは「ピア・メディエーション」(仲間

による仲直り術)として広がりを見せている。

(5)インターネット等による誹謗・中傷の現状とその対応

オルウェーズが2006年から2009年の4年にかけて行った調査

では、ノルウェーの児童生徒の間のインターネット等のデジタル情報によ

るいじめは、あまり一般的ないじめの形態ではなく、言葉によるいじめ等

の従来からあるいじめの約1/3に過ぎなかった。

しかし、この4~5年でネットいじめは、急速に増加している。ネット

いじめの加害者と被害者の大半が、従来の形によるいじめの加害者と被害

者である。

・ いじめ問題に関する意識を高め、知識を蓄積して、いじめとその

原因に関する誤った通念を打ち破ること

・ 教師と親の積極的かつ真剣な取組を実現させること

・ いじめに対する明確なルールをつくること

・ いじめの被害者を勇気づけ保護すること

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ほとんどの児童生徒が携帯電話を所有しており、インターネットに容易

にアクセスすることができる状況であることから、「フェイスブック」等

のSNS(ソーシャルネットワークサービス)上の仲間はずし等の新しい

いじめや嫌がらせが確認されている。学校では、授業中に携帯電話の使用

を禁止したり、ネットいじめ防止の広報活動を推進したりしている。

2 グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(イギリス)

(1)イギリスにおけるいじめ問題

いじめは、1980年代前半までは、それほど社会問題化されることはな

かった。しかし、ノルウェーにおける成果や、イギリスでも発生していたい

じめによる自殺事件などを契機に、1989年には、市民やマスメディアが

いじめ問題に大きな関心を寄せ始め、「学校のいじめ」(D.Tattum&D.Lane 編)、

「国際的視野から見たいじめ」(E.Roland&E.Munthe 編)、「学校におけるいじ

め加害者と被害者」(V.Besag)の3冊が出版された。

イギリス教育省も学校での規律に関する調査報告「1989年エルトン報

告」の中で、いじめ問題について、「学校におけるいじめは、児童生徒個人

に大きな被害をもたらすだけでなく、学校の雰囲気に有害な影響を与えるも

のである」と述べた上で次のように勧告を行った。第一に深刻ないじめ事件

については教職員に報告するように児童生徒を指導すること、第二にいじめ

行為に対しては断固とした対処をすること、第三に明確なルール、適切な制

裁措置、被害者保護・援助のためのシステムを確立した上で、これらに基づ

きいじめに対する取組を実施することである。

報告を受けて迅速な対応策をとったのは、教育省ではなく、民間の団体で

あった。グレベンキアン財団は、1989年に「学校のいじめ」に関する諮

問実行委員会を設立し、いじめ問題への様々な取組に財政支援を行った。

例えば、「いじめに対する積極的対応」(1990)という小冊子を発行、

民間の「子供電話相談室」に「いじめ110番」を3か月間設置、自己主張

の方法のトレーニングや学校法廷などのキッドスケープ(子供をいじめなど

から守る民間団体)の活動、劇の上演、いじめ防止のための資料や方法を掲

載したガイドブックの作成などである。

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また、同財団の支援のもと、シェフィールド大学によるアンケート調査も

行われ、これが契機となって、教育省の助成により「シェフィールドいじめ

克服プロジェクト」が1991~1993年まで行われた。

これは、シェフィールド大学の指導のもと、小学校や中学校が全校的ない

じめ防止方法を開発するプロジェクトであった。開発されたいじめ防止教育

を実践し、成果を評価したところ、ほぼすべての学校においていじめ防止効

果が得られた。

いじめ防止教育の例として、

・いじめに関するビデオ、劇、小説を教材として使用

・いじめがいけないことであることや被害者の気持ちに気づかせるクラス単

位のカウンセリング

・いじめられた生徒のための自己主張・自己表現訓練(アサーティブネス・

トレーニング)

・子供同士のカウンセリング、学校法廷・いじめ裁判

などが挙げられる。

このプロジェクトと並行して、「校庭改善プロジェクト」「特別なニーズを

持つ子供たちのためのプロジェクト」の研究も行われた。

マスメディアの関心は1992年に再びピークに達し、いじめをテーマに

したテレビ番組がBBCで放送され、国会質疑でいじめへの政府対応が問わ

れた。政府は「シェフィールドいじめ克服プロジェクト」の結果を待つ暫定

的な措置として、いじめ防止用ビデオ教材「いじめに立ち向かうために」を

配布した。

イギリスのいじめへの対応策は、ノルウェーなどのいじめ防止プログラム

を導入し、試してみるようなものであったが、いじめを背景とする自殺が多

発したことや他国のプログラムでは対応できない問題が積み重なったこと

から、徐々にイギリスの社会に適合した独自の方法が編み出された。

イギリス社会はいじめ問題に対して、日本より遅く取りかかり始めたにも

かかわらず、非常に迅速に組織的、総合的な取組を行うこととなったのであ

る。

1996年には、教育省が、「シェフィールドいじめ克服プロジェクト」

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の成果を含んだ「いじめ 一人で悩まないで」というガイドラインを作成し、

学校、親、そして子供に向けて、いじめへの心構えと対処方法を具体的に説

明している。

例えば、親に対するアドバイスでは、自分の子供がいじめにあった時は、

①話し合うこと、その時には静かに落ち着いて話すこと、②子供がいじめに

ついて話してくれたことは正しいことであると子供に安心感を与えること、

また、自分の子供がいじめた場合も同様に、③子供と話し合うこと、そして

今やっていることは他の子供を不幸にさせることを説明すること、④いじめ

をせずに仲間になれる方法を子供に示してやることなど、親としての姿勢が

どうあるべきかが詳細に書かれている。

このように、子供を中心に学校、家庭、援助組織、そして国家レベルでい

じめに取り組んでおり、それは、子供が安全であること、そして将来も安全

に育っていくことを見守る大人の介在があるのがイギリスの取組の特徴で

ある。

(2)いじめの実態

シェフィールド大学による調査では、オルウェーズの考案したアンケート

やいじめの定義が修正して活用された。

なお、教育省が作成したいじめ防止パンフレットによると、いじめは、①

故意に人を傷つける行為である、②一定期間何度も繰り返される、③いじめ

他の児童生徒あるいは仲間が、ある児童生徒に対して不快なことをいって

いるとき、その子は脅かされもしくはいじめられているという。

ある児童生徒が殴られたり、蹴られたり、脅されたり、部屋に閉じこめられた

り、汚い言葉を浴びせられたり、あるいは誰も話しかけようとさえしない、といっ

た類のときもまたいじめである。

このようなことは頻繁に起こり得るし、いじめられている児童生徒がむかつく

やりかたで繰り返しからかわれることもいじめである。

しかし、同等の能力・体力をもった二人の生徒がしばしばけんかしたり口論

したりするのはいじめではない。

イギリス教育省・シェフィールド大学イジメ防止プロジェクト

(the DFE Sheffield University Anti Bullying Project) 『世界のイジメ』 清永賢二編 清永奈穂

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られている者にとって自分自身を守ることは困難であるという3点が必ず

含まれ、タイプとして、殴る、蹴る、所持品を奪うなど「身体的なもの」、

罵倒する、侮辱する、人種差別的なことをいうなど「言語的なもの」、不快

なうわさを広める、社会的集団から誰かを排除するなど「間接的なもの」が

あるとしている。

1990年末に、24の学校、初等学校の児童2,600人、中等学校の

生徒4,100人を対象にシェフィールド大学による調査が実施された。

調査の結果、いじめが拡大していることが明らかになった。初等学校児童

の27%がいじめられていると回答し、その内10%が週1回以上の頻度で

いじめられていた。中等学校では、それぞれ10%、4%となっている。

また、初等学校児童の約12%がいじめていることを認め、その内4%が

週1回以上の頻度でいじめていた。中等学校では、それぞれ6%、1%とな

っている。

ア いじめと学年

学年があがるに伴いいじめられているという回答は減少する。また、い

じめの加害者は、初等学校の場合ほとんど同じクラスの児童である。中等

学校の場合は、同じクラスの生徒や上級生よりも異なるクラスの生徒にい

じめられる割合が高い。また、初等学校の場合、いじめの大多数が校庭で

起こっているが、中等学校の場合、教室や廊下で起こっている割合が多く

なってきている。

イ 男女の傾向

いじめは初等、中等学校いずれも「悪口」「殴ったり脅したり」の順に

多く、男子は女子に比べて「殴ったり脅したり」の割合が高かった。女子

の場合、「その子と話をしない」「噂を広める」といった間接的ないじめの

傾向が高かった。

ウ その他

・ 初等・中等学校いずれでも、いじめられていることを学校の教師より

家族に話す傾向が強く見られる。

・ 自分がいじめられていることを教師、家族に話すことは初等学校の児

童に多く見られる。

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・ いじめの頻度が高い児童生徒ほど、教師、家族にいじめられていると

話す割合が高い。

また、1993年にシェフィールド大学いじめ防止プロジェクトの指導

者であるスミス教授とその研究補助員であるホイットニー氏が、様々なタ

イプの学校について調査分析した結果では、社会的・経済的に恵まれてい

ない学校ほどいじめが多い傾向が見られた。

(3)未然防止の取組(校庭環境を改善するプロジェクト)

シェフィールドいじめ克服プロジェクトと並行して行われたプロジェクト

の1つに、「校庭環境を改善するプロジェクト」がある。これは、イギリス

の学校におけるいじめの多くが、休み時間に校庭で起こっていることを踏ま

え、校庭の監督だけでなく、校庭の環境の改善を図るものである。

イギリスでは1980年代になって、校庭環境を自然環境保全の立場から

改善しようという運動が高まった。また、学校芸術運動の立場からも校庭の

視覚的改善を行い、教育資源としての重要性についての関心も高まりを見せ

たが、学校の物理的環境を子供の遊びや社会的成長を促す環境に改善する視

点は欠けていた。同プロジェクトは校庭を人間、場所の双方に働きかけるも

のにするため、校庭の設計に子供たちを参加させるものであった。

その参加のかたちは、子供たちに自由に「理想の校庭」の図を書いてもら

い、シェフィールド大学がデザイン画としてまとめるといったものである。

参加設計という過程を経て、自分たちの過ごす校庭に興味と責任感を覚える

のはもちろん、協力する能力、議論する能力、異なる意見を受け入れる態度、

忍耐、そして交渉し、時には妥協する能力などの社会的スキルの向上をねら

っている。

また、ランチタイムに子供の食事の世話や安全確保を担当しているランチ

タイムスーパーバイザー(昼休み指導員)の訓練を実施して、いじめを発見

したり、有効に対処できたりすることも行われた。

子供たちの発想に基づく校庭デザインにより、遊び小屋など「冒険エリア」

と名付けられた遊べる空間づくり、芝生エリアの拡大や植樹などが行われ、

子供たちの校庭への満足度は上昇した。子供たちが自らの参加したプロジェ

クトに満足し、子供たちの意識が変化したとも考えられている。

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(4)早期発見・早期対応の取組(援助機関による取組)

学校以外の援助機関の最も大きな組織には「キッドスケープ」がある。こ

れは、子供の安全に取り組む全国規模の非営利団体で、学校安全のためのプ

ログラムを作成・提供し、いじめに関するガイドラインを作成している。ま

た、電話によるいじめ相談を全国から受け付けている。

これらのプログラム等は、いじめられた子供だけでなく、いじめた子供の

対処にも力を入れている。

<キッドスケープのトレーニングの例>

・ ケーススタディーの資料を配り、グループで被害者を援助したり、加

害者の行動を変えたりするための方法について討論し、発表する

・ 自己主張の方法をトレーニングするための、ロールプレイング

・ 効果的なコミュニケーションや、怒りに対処するためのエクササイズ

・ 自己肯定感を向上させるためのエクササイズ

・ 被害者がいじめに対処できるように、行動計画を設定する

・ 友達づくりの方法についてクラスで討論する

・ いじめについて討論し、クラスの約束事をつくる

・ 生徒会議、いじめ法廷

(5)インターネット等による誹謗・中傷の現状とその対応

ネットいじめ撲滅のために活動する団体の1つとして、1999年に設立

され、いじめ撲滅運動を行う「ビートブリング」がある。同団体がイギリス

における11~18歳を対象にした調査結果では、ネットいじめの現状は下

記のとおりである。

・ 61%の生徒が「ネットいじめ」を目撃したことがある

・ 10人中7人が「ネットいじめ」を行った人物を知っている

・ 「ネットいじめ」の約3分の1はオンライン以外で始まったものである

・ 約4分の1の生徒が、誰かがいじめられている内容のビデオや画像を送

られた経験がある

・ 「ネットいじめ」の被害者も、いじめる側も女子である割合が高い

2013年8月10日に、イギリスで14歳の少女がインターネットのS

NS(ソーシャルネットワークサービス)における「いじめ」が原因で自殺

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したと見られるとの報道があった。被害者はSNSによる「ネットいじめ」

を数か月間受けていた。当該サイトは各国の若者を中心に約6,000万人が

利用しており、匿名で投稿できるのが特徴である。

「ネットいじめ」による自殺という痛ましい事件を踏まえて、イギリスの

キャメロン首相はこうした不道徳な(‘vile’と表現している)サイトを使用し

ないよう呼び掛けた。このことはイギリスの多くのメディアで取り上げられ、

改めて社会問題として「ネットいじめ」が話題になった。

イギリスでは12~15歳までの34%が「ネットいじめに遭った経験が

ある」と答えた調査もあり、イギリス政府は2007年9月に300万ポン

ド(約7億円)の予算を組んで「ネットいじめ」防止キャンペーンを立ち上

げた。以来、いじめ防止のためのガイダンスを作成し広範囲に配布するなど、

様々な取組を行っている。

また、「ネットいじめ」に対する取組の1つとして、イギリスでは政府機

関、チャリティ団体、産業界を通じて以下のような呼びかけも行われている。

・ 「ネットいじめ」を含むいじめについて子供と話し合う機会を持つ

・ 保護者用規制ツールやプライバシー設定などのツールを有効活用する

・ もし自分の子供が「ネットいじめ」の被害に遭っていたら、PC設定等

の技術的なサポートだけでなく、精神面でのサポートを行う。「ネットい

じめ」の証拠と思われるコメントやメールを集め、プロバイダーや携帯電

話会社に連絡する

・ 自分の子供が、同級生や上級生からの「ネットいじめ」に遭っていたら、

必ず学校へ連絡し、対応してもらう

・ 自分の子供が「ネットいじめ」をしていると知ったら、いじめてはいけ

ないこと、そしてなぜいけないのかを説明する

・ 子供が「ネットいじめ」やいじめを目撃したら、見過ごすことなく必ず

保護者や教師に連絡するよう奨励する

3 オーストラリア連邦

(1)オーストラリアにおけるいじめ問題

オーストラリアで学校内のいじめを防止しようという動きを促進させた

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ものは、1980年代後半にヨーロッパからもたらされた。主な影響を与え

たのは、オルウェーズである。1994年オーストラリア政府は「棒と石-

オーストラリアの学校における暴力に関する報告」を出して、児童生徒間の

いじめも含む校内暴力を根絶しようという全国運動を行った。

また、南オーストラリア大学のリグビー教授とフリンダース大学のスリー

教授は1993年から1994年にかけ、南オーストラリア、ビクトリア、

ニューサウスウエールズ、クイーンズランドにある学校16校の調査を行い、

この研究が契機となって、オーストラリアの人々のいじめに対する関心は急

速に高まった。

オーストラリア社会では、いじめは暴力や攻撃的なものの中でも特に許し

がたいものであると一般に考えられていた。いじめは、より強い者やグルー

プ化した複数の人間が特定の個人を標的にして圧力をかけることである。特

により悪質な形態のものでは、強い個人や集団が全く何の理由もなく個人を

傷つけたり脅したりして些細な勝利感を味わっているが、これは決して黙認

されるべきでないことであり、「理由のない暴力」と呼ばれている。

一方で、子供を取り巻く環境の変化には急激なものがあり、社会の変化を

受け新しいいじめの問題が起こっている。実際、子供たちの間では凶暴な暴

力が起こり、子供たちがいじめを理由として自殺を図る事件も発生している。

いじめに対して、学校では1990年頃から「即効性を持つ」解決策を進

めてきたが、いじめ問題を過度に病理的解釈しようとする傾向が生じ、いじ

めを個人の人格的欠陥や生育歴の悪さを原因とする異常行動と解釈するこ

とで、その治療に関心が向けられていた。

1990年代後半には、こうしたことに対し、いじめ問題を単に子供たち

の問題行動に焦点をあてるだけではより良い結果は導かれないということ

が明らかになり、いじめ問題を解決していくには、「子供たちに今何が起こ

っているのか」といういじめに対する正確な認識が必要であるということが

強調されるようになった。

また、いじめ対策として様々なアプローチがとられるようになり、199

6年時点で、オーストラリア教育研究会は、いじめ対策用に書籍、教材パッ

ケージ、ビデオなど15種類の資料を提供した。そのうちの4種類はオース

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トラリアで作成されたものである。また、いじめ問題に関するスクールカウ

ンセラーや教師用の研修会や会議は徐々に一般的なものとなっている。

(2)いじめの実態

1993年に、リグビーとスリーは、学校や教師の要望に応えて、学校で

発生するいじめの内容と程度を測定する方法として開発した「友人関係質問

紙(PRQ)」を用いて南オーストラリア、ビクトリア、ニューサウスウェ

ールズ、クイーンズランドの各州にある学校16校、8,500人の生徒を

対象に調査を行った。この調査の結果、次のようないじめの実態が明らかに

なっている。

ア いじめと学年

8歳~17歳までの生徒の内、少なくとも毎週、仲間によっていじめに

遭っている小・中学生は、男女ともに18%以上である。幾分男子の方が

多いが、中学生になると男女差は大きくなる。

男女ともに年齢が上がるにつれて全体的にいじめられる割合は減少す

る。身体的いじめは、他のいやがらせの形と比べて減少する。しかし、言

葉によるいじめは年齢とともに増加している。間接的ないじめは変化が見

られない。

イ 男女の傾向

どの年齢においても女子は、男子に比べて身体的いじめは少ない。しか

し、間接的ないじめをより多く受ける傾向がある。言葉によるいじめの頻

度は男女ともほとんど同じ割合である。

・集団によるいじめは、女子は男子に比べて多い傾向がある

・共学の女子は男子によるいじめを受ける者がかなり多い

・男子は女子よりもいじめられる割合が高い。また、男子は女子に比べて

いじめの加害者が多い

・男女とも年齢があがるにつれていじめは減少するが、女子のいじめが減

少する傾向は男子よりも早い時期に見られる

・大半の男子は、いじめの被害者にとって学校は危険な場所であると感じ

ている。また、女子は、いじめの加害者・被害者に関係なく学校は安全

でないと感じる傾向がある

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ウ その他

・休み時間や昼食時間中、教室の外でいじめを受ける割合は非常に高く、

登下校時のいじめも多い

・教室でのいじめの発生率が低いのは、教室内では生徒は監視され、集中

して勉強しなければならないためであると考えられている

現在、一般的にオーストラリアで用いられているいじめの実態に関するデ

ータは、連邦政府の教育・雇用・労働環境省の委託事業としてエディス・コ

ーワン大学のチャイルド・ヘルス・プロモーション研究センターが実施し、

2009年5月に公表された「オーストラリアの隠れたいじめに関する実態

調査(Australian Covert Bullying Prevalence Study)」である。(ネット

いじめの実態、態様に関するデータについては、資料1 参照)

(3)未然防止の取組

ア いじめの防止等に関する国、地方公共団体、学校の基本方針

いじめ対策の政策としては、2003年7月に教育・雇用・訓練・青少年問

題担当大臣審議会(Ministeria1 Council on Education, Emp1oyment,

Training and Youth Affairs)にて承認された「学校の安全のための全国

的枠組(Nationa1 Safe Schools Framework)」がある。これは、連邦政府、

州政府、私立学校、その他関係機関が学校の安全のために連携・協力をす

ることを定めたものであり、その目的の一つが「いじめ、嫌がらせや暴力

が最小化され、安全で支えあう学校を構築する上で、全ての学校コミュニ

ティを支援すること」とされた。

各学校におけるいじめ対策は、各州及び準州で政策が策定されており、

オーストラリア最大の都市シドニーがあるニューサウスウェールズ州で

は、「学校での生徒等のいじめの防止と対応方針(Bullying: Preventing

and Responding to Student Bullying in Schools Policy)」が2011

年3月に施行され、州のいじめ対策の根幹を成す政策となっている。この

政策は、州の全ての公立学校及び就学前教育機関に適用され、学校に対し

ていじめ対策計画の策定及び実施を求めるほか、学校教育に関係する者の

責任などを定めている。(以下一部抜粋)

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① 校長

・計画の策定、周知、実行、評価、見直し等

② 教諭

・いじめや、いじめが及ぼす個人や地域への影響の理解を促進するため

のカリキュラムや教育法を実施すること

③ 生徒等

・責任あるデジタル市民として行動すること

「デジタル市民(Digita1 Citizen)」とは、社会や政治等と関わるため

に、情報通信技術を活用する者のことを指し、ニューサウスウェール

ズ州では、デジタルシティズンシップ教育(資料2)を通じて、生徒

等がインターネット上などで責任ある行動をとり、危険を回避できる

ような教育プログラムを行っている。

④ 保護者

・学校と協力していじめの解決に取り組むこと

・オンライン上において責任ある行動を取れるように、子供をサポート

すること

⑤ 地域住民

・いじめ対策計画への協力

・いじめが起きたときに、その解決のために学校と協力すること

各学校のいじめ対策計画は地域住民に広く周知するために、学校のホー

ムページにて公表されなければならず、3年に一度見直しされなければな

らないとされている。なお、いじめ対策計画は、教諭、生徒等、保護者、

地域住民などとの協議の上で策定されることが推奨されている。地方自治

体には、基本的に教育に関する権限が付与されていないことから、特段の

関与や責任はない。(教育に関することは州の権限)。

イ いじめの定義

オーストラリアでは、ノルウェーのオルウェーズのいじめの定義を用い

ている。それは「より強い個人や集団からより弱い者に向けられた、長期

にわたって繰り返される身体的、言語的、心理的な抑圧」である。さらに、

イギリスのスミスの定義「同じ力関係の二人の戦いやけんかはいじめでは

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ない」すなわち「不平等な力関係をいじめとする」が加えられている。

さらに、「学校の安全のための全国的枠組(Nationa1 Safe Schools

Framework)前述」では、2010年12月に「いじめ」を「個人又は集

団により、1人以上の人に対して繰り返して行われる、言語上の、物理的、

社会的、心理的な行動で、有害で力の悪用を伴うもの。ネットいじめとは、

情報通信技術を通じてのいじめを指す」と定義している。

ウ ニューサウスウェールズ州教育コミュニティ省の取組

すべての学校がいじめ防止方針を設けなければならないとしており、い

じめへの対応プログラムではなく、未然防止できるプログラムを展開して

いくというものである。

近年、各学校において、心身ともに健康であること(welfare)が重視

され、福祉全般から「いじめ」問題を捉えている。(資料3 How is student

welfare organised ?)

エ アボッツフォード・パブリックスクール(小学校)の取組

アボッツフォード・パブリックスクールでは、「いじめ」という言葉は

好ましくないと考えている。なぜなら、通常の子供の友達との関係の中で

も「いじめ」という言葉が使われてしまい、言葉による増幅作用が起きる

からである。そのため、子供の耐久力を積極的に高める内容をいじめ防止

方針の中に盛り込んでいる。

また、校長は、いじめを止める又は防ぐためのクラスルームマネジメン

トとして「Discipline without Stress program(圧力のない規律)」(マ

ーシャル著)が参考になるとしている。子供に自分自身の行動に責任感を

もたせることや、彼らが取った行いを説明するプログラムを使えば、より

強く立ち向かえる子供を育てることができるというものである。子供たち

自身に自らの行動について考える機会を与えて、不適切な行動をした場合

には自分で責任をとらなくてはならないという考え方である。また、教室

内には、ABCDプロジェクト(資料4 HOW AM I DOING?)の掲示物が

あり、子供たちの行動の状態を分類し、確認できるようにしている。

いじめ防止のために子供たちや学校が行っている活動として、生徒会が

行うミーティングがある。各クラスから2名が代表として週1回のミーテ

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ィングに参加し話し合いを行う。学校内で起こっている問題や不安材料に

ついて、実際的な解決策を子供たちが議論し見出していくことになる。教

員の耳に届いていない内容については、必ず教員に報告することとしてい

る。

また、生徒会で、全校生徒向けのいじめ防止を目的とした特別イベント

(○○デー)も企画する。例えばハーモニーデーは、調和について子供た

ちが学ぶ日である。調和の色とされるオレンジ色の服を着て来たり、授業

でも調和の意味について学んだりし、子供全体の集会においても人種差別、

性差別、宗教による差別などについて話し合っている。さまざまな要素を

授業の中に組み込み、社会でのいろいろな場面に対応できるように考えら

れている。

オ セカンダリーカレッジ・バルメイン校(中学校)の取組

セカンダリーカレッジ・バルメイン校のいじめ防止計画には、次の内容が

盛り込まれている。

まず、生徒に対しては、最初からいじめを受け入れてはならないこと、

いじめがあった時には、必ず職員に伝えることを強調している。そのよう

な考え方は、入学前(第6学年)から伝えている。

保護者には、いじめは発生するものであり、どのようにマネジメントす

るかが重要であると伝えている。

また、すべての第11学年の生徒に対して、「DASSシステム」によ

って、生徒が抱える不安感やストレス、家庭問題などを洗い出すことを目

的に調査を行っている。「DASS」とは、鬱病(Depression)のD 、

不安症(Anxiety)のA、ストレス(Stress)のS、スケール(Scales)

のSである。心配な生徒に対して特別なカウンセリングや、教員とつなげ

て定期的に話をすることのほか、勉強の仕方についてアドバイスをしたり

タイムマネジメントについて助言したりすることをしている。それと同時

に、不安やプレッシャーを感じた場合に、誰に相談したら良いのかという

ことを生徒に知らせることによって、かなり不安を緩和させることができ

ている。

また、「Discovering Democracy(デモクラシーの発見)」(資料5)

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と称されるシティズンシップ教育が1999年に始まり、民主主義の原理

や憲法、政府の役割などを学ぶこととなった。その要素はオーストラリア

の歴史・地理のカリキュラムにも組み込まれている。以前は、ニューサウ

スウェールズ州の第10学年の統一試験にも盛り込まれていた。学内でも

生徒会は選挙で選ばれるなど、いじめ防止を含めて民主主義が学校内でも

実現されるようにしている。

「Digital Citizenship(デジタルシティズンシップ)」(再掲)など

は「Discovering Democracy(デモクラシーの発見)」に関わる新しい教

材の例となる。当校では、週1回30分の授業時間で民主主義関係やシテ

ィズンシップ教育の取組を行っており、その中にいじめ防止が含まれてい

る。その他「ドラッグ」など社会で問題がおこった際、カリキュラム横断

的に学校として問題を解決できるようにしている。

カ セカンダリーカレッジ・ブラックワトルベイ校(高等学校)の取組

セカンダリーカレッジ・ブラックワトルベイ校では、「PBL:Positive

Behaviour for Learning(学習におけるポジティブな行動、姿勢)」とい

うスローガンを校内のいたるところに掲示している。「PBL」とは、保

護者・生徒・教員によるアンケート調査をもとに作成した、互いに尊敬し

合うための心得である。

「PBL」には、3つの主な考え方があり、生徒や教職員に受け入れら

れている。1番目の考え方は、自分や他の人たち、そして学校や地域に対

して尊敬の念を持つということである。相互の違いを理解していくことに

より、さまざまな考え方に対する許容度が高まってきている。2番目の考

え方は、すべての人々が責任を持って行動しなければならないということ

である。3番目の考え方は、積極的に学習に参加するという考え方である。

生徒が何らかの問題を起こす場合、例えば規律を守らずいじめを起こすな

どの場合などは、この3つの考え方のいずれかができていなかったという

ことになる。

さらに、「ブラックワトルの方法( The Blackwattle Way - Quality,

Opportunity, Diversity )」(資料6)の考え方があらゆる場面で適用

され、生徒が何か問題を起こした場合にもカバーできるよう、それぞれの

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考え方について、いろいろな場面(教室の自習態度、通学時の行動、学習

環境以外の行動等)でどのように適用されるかということが示されている。

責任を持って行動するということは、学習環境を尊重するということであ

る。尊敬については、チームプレーヤーであるクラスメイトをサポートす

るなど、すべての人たちに対して責任を持つということである。また通学

時に地域の人たちに尊敬の気持ちを表すなど、学校外の行動についても責

任を持つことで、生徒たちは学校の代表として行動し、学校のイメージが

つくられる。

キ オーストラリア連邦教育省の取組

オーストラリア連邦教育省が主導し、学校を安全な場所にするための取

組がなされている。例えば、「Bullying. No Way!( 絶対いじめはダメ!)」

といういじめ防止プログラムが政府によって展開されている。2002年

7月に開始されたいじめ対策のウェブサイトで、連邦政府、州政府、私立

学校等の教育機関の代表者で構成されるSafe and Supportive School

Communities (安全で万全なサポートスクールコミュニティ)によって運

営されている。ウェブサイト内には教員、保護者、子供向けのページがそ

れぞれあり、いじめ防止の啓発や反いじめの教材、いじめられた際やいじ

めを見た際の行動やヘルプラインなどが紹介されている。子供向けには、

ウェブサイトだけではなく、スマートフォン用のアプリなども用意されて

いる。

また、「National Day of Action against Bullying and Violence(反いじめ・

反暴力ナショナルデー)」※1のイベントが2011年に初めて開催され、

シドニー中等教育学校 特質 機会 多様性

・自身、他人、地域を敬う

・責任をもって行動する

・生産的に学習に参加する

【校内に貼られる「心得」(PBL)】

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2014年3月で4年目を迎えた(年1回開催)。2014年には全オー

ストラリアで2,100校、96万人の生徒等が参加した。この日に「安

全な学校は良い学校」というコンクールが実施された。コンクールの中で、

いじめや非社会的行動を防止するためアクションプランを参加校が示し、

「良い学校」として15の学校が選ばれた。

プロスポーツチームと連携したいじめ防止の取組も行われている。オー

ストラリアのプロラグビーリーグ(NRL)が行ういじめ防止プログラム

「Tackle Bullying」※2は、NRLが地域貢献のために行う 「One

Community Program(ワン・コミュニティ・プログラム)」の1つのプロ

グラムで、2013年から始まった。NRL選手によるメッセージDVD

を中心に行われるが、往年のスター選手やチームから1名ずつ選ばれた

「大使」が学校を訪問することもある。2014年には、899校の約3

0万人の生徒等に対して訪問が行われた。このプログラムを参考にしたプ

ログラムはアメリカでも行われている。政府関係機関としては、連邦政府

首相内閣省及びニューサウスウェールズ州保健省が「One Community

Program(ワン・コミュニティ・プログラム)」の支援をしている。

また、教育省と保健省とが協力し、学校・子供・保護者に対しての精神

衛生(メンタルヘルス)関係の問題に関わるリソースをオンラインで提供

している。

最近では2つのリサーチプロジェクトを行っている。1つは、友達同士

誹謗中傷するいじめを減らすということに関するリサーチ。もう1つは、

いじめ防止プログラムに関するリサーチで、現在行われているプログラム

はどのくらい効果があり、どのくらいいじめが発生しているのかを調査し、

エビデンスを取得するものである。

※1 http://bullyingnoway.gov.au/national-day/index.html

※2 http://www.rloc.com.au/health-and-education/tackle_bullying.html

ク 全国統一カリキュラムにおける授業科目の設定に向けて

「シティズンシップ教育(Civics and Citizenship)」の科目にて、ルー

ルの必要性や民主主義、集団や他人との関わりや自我の形成、それらを通

じた問題解決の手法等について学習する。これは第3~10学年(8~1

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5歳)の生徒等が対象で、学習時間は年間18~20時間(週30分)程

度となっている。 第3~5学年(8~10歳)の内容は、より「道徳」

的な意味合いが強く、第6学年(11歳)からはより「社会」的な要素が

強くなっている。(関連資料)

また、「健康と身体の教育(Health and Physica1 Education)」の科目に

おいては、「人間関係及び性(Relationships and sexuality)」の観点か

ら、いじめ・いやがらせ、差別、暴力について学習する。これは、第3~

10学年(8~15歳)の生徒等が対象となっている。

上述の2つの科目は、策定及び施行が進んでいる全国統一カリキュラム

の授業科目であり、内容は現段階で示されているカリキュラム案である。

(4)早期発見・早期対応の取組(相談窓口・外部機関等含む)

ア ニューサウスウェールズ州教育コミュニティ省の取組

各学校には、教員と補助教員で構成されるチームが置かれ、子供、教員、

保護者、外部機関との連絡をとっている。外部機関とは、10代の精神衛

生をみる機関、医師、雇用促進機関等である。加えて、Student Adviser

(各学年ごとに1人の担当教員)という職をおき、通常の給与以外の手当

を出している。少なくとも週1回のミーティングを開き、子供の心身の健

康に関しての課題と進捗状況についてディスカッションを行う。

「Policies & Procedures(政策と手順)」というウェブサイトには、

学校で活用できるいじめの対策など情報が載っている。(資料7 How do

schools address issues of bullying or harassment by students?)

いじめがおこった際、対立のないアプローチを推奨しており、いじめ防

止にしても実際におこった時の指導にしても、処罰するのではなく、いじ

めという行為について思慮深く考え直す形を勧めている。しかし、全く処

罰がないわけではなく、重大な暴力があれば休学処分などを行うこともあ

る。

教育省のウェブサイト「デジタルシティズンシップ(再掲)」には、教

員も活用できるすべてのシティズンシップに関わる要素や授業でも活用で

きるような情報が網羅されており、その中に「サイバーいじめ」、「サイ

バーシティズンシップ」 についての項目もある。教育省としては、いじめ

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という問題に子供が対応できるように子供に対して自律性を促す支援を行

っている。その方針から、いじめの犠牲者がいじめに遭ったということを

自分から言えるような環境づくりをし、伝えた相手がアクションを起こし

助けてくれると思える環境づくりをしている。このウェブサイトにはすぐ

れたビデオ教材もある。

イ アボッツフォード・パブリックスクール(小学校)の取組

学習サポートチームという組織があり、校長、校長補佐、ESL(英語

を外国語としてサポートを受けているクラス)担当教員、学習サポートの

教員、外国語を話せる教員等によって構成される。学級担任が、気になる

子供や心配な子供にとって学習面、社会性、感情面等でニーズがあると判

断した場合は、学習サポートチームに紹介し、そこで組織的に対応するこ

とになる。

この学校では、「Step to happiness」 を特に重要視しており、子供た

ちが学校からハッピーな気持ちで帰宅できるように、一日の終わりに子供

たちとじっくりと話し合い、楽しい気持ちになることを学級全体で探して

いる。

ウ セカンダリーカレッジ・バルメイン校(中学校)の取組

いじめに対するアプローチには、中核となる考え方が2つある。ひとつ

は、校内すべての人たちに尊敬の念を持つこと、2つ目は、被害者に対応

する力を与えていくことである。

いじめへの対処の仕方として、ポジティブなことを尊重するアプローチ

をとっている。例えば学習についてのポジティブな考え方・姿勢を強調し

ている。校内の廊下、校舎外、教室内のいたるところにポジティブな行動

を促すようなメッセージを貼っている。生徒同士が互いに尊敬し合い、自

尊感情を育み、また教員を尊敬するような考え方を広めていくために、ポ

ジティブな行動に対する表彰式も行っている。

週30分のメンター授業とよばれる時間では、いじめ防止のセッション

を設けて、いじめに対する学校の方針や発生した場合の対処・手続き等を

生徒に周知している。

また、いじめがあった場合の報告を奨励し、どのように対応してほしい

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かを尋ねることにしている。被害者側がいじめにあったことを積極的に報

告できるように、それを阻害するものを取り除くことに重点を置いている。

被害に遭った生徒は、いじめられているという事実を知ってもらい、自

分に対するいじめをやめてもらうことだけを望むというのがまずはじめ

の段階である。いじめがおこった時、「被害者」が何を求めているのかを

把握し、「加害者側」がいじめられた生徒に対して共感が持てるような環

境を作り、いじめた生徒に話をし、いじめられた生徒との仲裁(カンファ

レンス)を行い、ディスカッションをしていく。一連のプロセスが終わっ

た段階で、必要に応じて処罰を行う。

効果があった事例としては、いじめられた生徒が無記名で校長に電子メ

ールで自らの意思で報告できるようにした結果、いじめが減ったことが挙

げられる。

エ 外部相談窓口の設置

・ Kids Helpline

週7日24時間提供される相談窓口で、5~25歳の子供及び青年が

対象。電話、チャット、メールのサービスがあり、通話料及び使用料等

は無料となっている。 NPO法人のボーイズタウンによって運営され

ており、年に約12万件の利用がある。

・ Parent Line

保護者向けの相談窓口(いじめだけではなく子育てや家族関係の相談

も受け付ける)で、州によって電話番号やサービスの提供時間は異なる

が、週7日24時間受け付けている州もある(週に2日、時間限定でウ

ェブ相談も行う)。この相談窓口もKids Helpline同様にNPO法人ボー

イズタウンによって運営されており、週に270件程度の電話がある。

これらの相談窓口は、「Bullying. No Way!」(前掲)などのいじめ対

策のウェブサイトなどでも紹介されている。

オ スクールカウンセラーの活用

全ての公立学校にスクールカウンセラーが配置されている(全ての学校

で常勤とはなっていない)。また、ニューサウスウェールズ州の教育省で

は現役教師向けのスクールカウンセラー研修を設置しており、フルタイム

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(1年)又はパートタイム(2年の遠隔研修)での受講が可能となってい

る。

カ 被害者への支援

教職員、学校のいじめ対策チーム、スクールカウンセラーによる対応や

保護者との連携のほか、クラス替えなどの対応が取られる。

キ 加害者への対応

披害者の支援と同様の対応に加え、ニューサウスウェールズ州教育省が

定めた手順に従って短期(4日以内)又は長期(20日以内)の停学、退

学の処分をとる場合もある。

ク 警察との連携

ニューサウスウェールズ州警察には、学校の安全を保つために青少年担

当警察官(Youth Liaison Officer、州を70地区に分けて各地区に1名

ずつ配置)及び学校担当警察官(Schoo1 Liaison Police、中学校・高校

のみを担当する)がおり、各学校のいじめ対策計画にはその連絡先を記載

しなければならないとされている。このほか、いじめがあった際の報告に

ついての連携などが計画に記載されている事例が多い。

(5)インターネット等による誹謗・中傷の現状とその対応

ソーシャルメディアが発達しているオーストラリアにおいても、ネット上

のいじめが深刻化している。アボット首相の政権公約にはネットいじめの撲

滅が掲げられ、教育関係のマニフェストにも記載されている。ネットいじめ

は、多くの場合学校内における人間関係が発端となっている。また、次々と

出現する新しいネットいじめにも対応しなければならない状況がある。

明確に定義されているわけではないが、ネットいじめ(Cyberbullying)

の形態としてニューサウスウェールズ州では、以下のようなものを挙げてい

る。

・Flaming(炎上)…激しいやり取り

・Harassing and threatening message (いやがらせ、脅迫のメッセージ)

・Denigration(誹謗中傷)…不快なメッセージ、写真の送信やいたずら

電話

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・Impersonation(なりすまし)…他人のスクリーンネームやパスワード

を使いメッセージを送るなど

・Outing or trickery (暴露又は謀賂)…個人情報や個人のメッセージ、

写真などを第三者にばらまく、

“やらせ”写真や動画の投稿

・Ostracism(仲間はずれ)…意図的にオンラインのグループから除外する

・Sexting(セクスティング)・‥性的な写真や動画などを第三者に送る

ネットいじめの対策としては、一般的ないじめの対策のほかに、「デジタ

ルシティズンシップ教育」(再掲)や「サイバースマート※」というウェブ

サイトなどがあり、ネットいじめ防止に向けた教育や啓発活動を行っている。

「オーストラリアの隠れたいじめに関する実態調査(Australian Covert

Bullying Prevalence Study)前述」以外に、2013年にオーストラリア

通信メディア庁が発表した調査「Like,Post,Share: Young Australians’

experience of Social media」の結果にも、ネットいじめの発生件数と態様

について公表されている。(資料1参照)

※ Cybersmart(http://www.cybersmart.gov.au/)

子供や保護者向けに安全にオンライン環境を利用するための情報やプ

ログラムを提供するほか、学校向けにはウェブサイト上で教材の提供など

を行っている。連邦政府の「ネット安全に向けた取組」の一環として提供

されているものである。

第4章 考察(むすび)

日本の状況との比較

1 制度面(検証改善サイクル、いじめ防止指針等)

(1)検証改善サイクル

諸外国のいじめ防止策は、調査研究、多様な防止策の実施、その効果につ

いての評価、防止策の改善というサイクルで展開されるという特徴がある。

つまり、防止策を次々に打ち出すのではなく、実施した防止策の効果を検

証・評価し、改善を行うサイクルを基本にして、有効ないじめの防止策を探

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求している。

我国のいじめ防止対策推進法第20条でも「いじめの防止等のための対策

の調査研究の推進等」が規定され、インターネットを通じて行われるいじめ

への対応の在り方、その他のいじめ防止等の事項やいじめの防止対策の実施

状況についての調査研究及び検証を行うとともに、その成果を普及するもの

とされている。

このほか、国のいじめ防止基本方針でもPDCAサイクルの重要性が述べ

られており、取り組んでいるところだが、有効ないじめ防止策の策定と検証、

改善のかたちにおいて、諸外国の取組は参考とすべき点が多数ある。

(2)いじめ防止指針

諸外国が、学校全体でのいじめ対応という視点で、全ての教師と生徒によ

っていじめ防止の指針を確立する取組を重視していることは、学校の在り方、

学校の負うべき責任を明確にした防止策の確立であり、それは学校のアカウ

ンタビリティとして重要な意義がある。

我国では、いじめ防止対策推進法により、いじめ防止基本方針の策定が国

と各学校に義務付けられ、地方公共団体には努力義務と規定された。既に一

部の学校で行われている生徒や保護者などの意見を取り入れながらいじめ

防止の指針と対応策を学校運営に明確に位置付けることは、教師・生徒・保

護者の共通理解に基づく学校づくりに有効であり、諸外国の先行事例から学

ぶべきことが多い。

(3)児童生徒の自治的活動

日本においても、いじめ対策の具体的な取組として、児童会・生徒会にい

じめ対策を組み込む動きが増えてきている。もともと、児童会・生徒会はい

じめ問題に対処するためのものではなく、自分たちの学習・生活環境の充実

を目的とする組織である。しかし、いじめられる側、いじめる側いずれに働

きかける活動であったとしても、学校という社会をともに構成する仲間を支

援することは、互いを認め合う心、支え合いの心を育み、仲間意識を高める

ことにつながる。

イギリス等で展開されているピア・サポートは、直接子供たちが相談を行

い、いじめを解決することだけが目的だけではなく、子供たちが自主的に活

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動し、支え合う仲間をつくることで、学校の雰囲気を変えることも目的とし

ている。また、活動の対象もいじめだけではなく、障がい、学習の遅れ、戦

争難民など様々である。

この点については、日本の児童会・生徒会活動においても、いじめ問題を

学校の問題として捉えさせ、集団として直面する問題を見いだし、それを自

分たちの手で解決することで、学校をすべての児童生徒にとって楽しく過ご

せる場に変えていく実践が試みられてきた。

ピア・サポートの導入に当たっては、諸外国においても男女差や年齢差に

よる効果の違いが指摘されており、日本でこれまで蓄積してきた学級の仲間

づくりなどの蓄積と照らし合わせ、より効果的な導入方法を検討することが

必要である。

2 インターネット等による誹謗・中傷への対応

インターネットを介したいじめ、いわゆる「ネットいじめ」については、諸

外国も日本と同様の様相を呈していることが分かった。今後、さらにネットい

じめの増加や低年齢化、そして次々に出現する新たなネットいじめが懸念され

る。ネットいじめの防止策としては、児童生徒に対する情報モラル教育などの

直接的な指導と、家庭や地域に対する啓発活動の両方を充実させる必要がある。

特に家庭の理解と協力が重要であり、ネットいじめを含むネットトラブルの現

状の理解と、学校に任せておくことで解決できる問題ではないこと、解決には

すべての大人の努力が必要であるとする意識改革が求められる。

日本においても、近年ネットトラブルについては看過できない問題として

様々な動きが見られる。その多くは学校・自治体レベルであり、警察関係部署

と連携した保護者向け・児童生徒向けの講習会やキャンペーン活動、そして児

童生徒への情報モラル教育等の防止策を講じてきている。しかし、現状では、

それらは大きな効果をもたらすものとは言えない。イギリスに見られるように、

政府・産業界が一体となってこの問題への対策を打ち出す段階にきていると思

われる。

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3 外部機関の活用

いじめが多様化、複雑化している状況から、従来からの加害児童生徒と被害

児童生徒という整理による対応や、学校だけで解決していくことが困難な状況

になってきている。

近年、日本でも問題行動が発生した時に、家庭環境に起因していると判断さ

れると、学校と福祉部局をつなぐためスクールソーシャルワーカーも活用され

るようになってきているが、その事例はまだまだ少ない。スクールソーシャル

ワーカーの養成や配置、その活用が今後進むことが望まれる。

また、ノルウェーの「児童行動発達ノルウェーセンター」のように青少年の

深刻な問題行動に対して、研究と実践を統合しながら、学識的知識を構築し、

予防・介入能力を高める組織の存在が有効であると思われる。

さらに、行政機関から高い独立性を担保されたノルウェーの「子供オンブッ

ド」のように、被害を受ける子供たちの声を純粋に拾い上げ、代弁者として行

政機関等に訴えて施策の改善をめざす仕組みも、視野に入れる必要があろう。

4 市民性を育む教育(シティズンシップ教育)

調査対象国では、子供を社会の構成員として期待される行為責任を果たしう

るよう教育すること、すなわち、シティズンシップ(市民性)の育成を学校で

実施している。それは、学校だけでなく、家庭での人間性(感情、性格等)の

形成、地域での社会性の育成を含んだものであり、家庭や地域の理解と協力な

くしては成立しないものとなっている。

日本においては、生活科、社会科などに市民性に関わる内容が含まれており、

道徳の時間においてもその果たす役割は大きい。また、総合的な学習の時間や

特別活動にも市民性教育の一角を担う内容が含まれている。

生徒指導においては、①公共の精神を培い、社会を担い、自己実現を図りな

がら自分の幸福と社会の発展を追求する大人として成長するように支援する

こと、②子供たちの成長・発達を阻害し、学校の学習環境を脅かす問題行動に

対応することという2面があり、前者はまさに市民性教育にあたる。

しかし、日本では、これらの教科・領域、指導分野を市民性教育の一角を担

うものとして位置付けてきてはいない。

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最近では、沖縄県における「市民性教育副読本」の作成、和歌山県における

「市民性を育てる教育」の推進、東京都品川区における「市民科」の開設など

の実践が見られるが、それでも、家庭や地域も含めた市民性の育成に向けた包

括的なプログラムは十分整っていない。

市民性を育む教育として、イギリスでは特別な科目を設ける方法と、学校の

教育活動全体でアプローチするという方法を併用している。日本の状況を考え

ると、従来の教科・領域等の中で、家庭・地域と連携し、体験的な活動等も通

して市民性を育成する取組が求められる。

また、学校仲裁所制度などの導入については、国民性や教育制度の違いを考

慮する必要はあるが、「子供たち自身の手による学校づくり・社会づくり」の

視点では、大きな示唆を与えるものである。

いじめは対人関係における問題であることから、学校においては、生徒指導

はもとより、各教科の指導や特別活動などの中での体験的な活動が重要になっ

てくる。その体験的な活動を通して、児童生徒相互の理解と結びつきを深め、

共同社会の一員としての市民性と、社会の形成者としての資質を育成するとと

もに、開発的・予防的な生徒指導が重要である。

コミュニティの再生、地域の教育力の再生が指摘される中、いじめ問題をは

じめとする学校の諸課題への対応・解決に子供たち自身を参画させていくこと

は、今後さらに求められる。学校・家庭・地域が連携し、子供たちの市民性を

育成すること、社会において互いの違いを認め、対立を調整し解決する力を育

成していくことが重要である。

今後、子供たちを取り巻く環境の変化に伴って、いじめの態様も変わってい

くことが予想される。常にいじめの問題に正面から向き合い、我が国の未来を

担う子供たちを、いじめの被害者にも加害者にもしないような施策、多くの大

人がいじめに苦しむ子供たちに手を差しのべられるような施策を各教育委員

会が強力に推進していただくことを提言するものである。

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この報告書は、以下の図書の記述内容を参考にして構成した。

・森田洋司著「いじめとは何か」中公新書 2010 年

・森田洋司監修「世界のいじめ-各国の現状と取り組み」金子書房 1998 年

・森田洋司監修「いじめの国際研究比較

-日本、イギリス、オランダ、ノルウェーの調査分析」金子書房 2001 年

・清永賢二編「世界のイジメ」信山社 2000 年

参考文献・調査

・バーナード・クリック著(長沼豊・大久保正弘志編著、鈴木崇弘・由井一成著)

「社会を変える教育 英国のシティズンシップ教育とクリック・レポートから」

株式会社キーステージ21 2012 年

・国立教育政策研究所「教育課程の編成に関する基礎的研究報告書2 諸外国に

おける教育課程の基準」2011 年

・土屋基規・P.K.スミス・添田久美子・折出健二編著「いじめととりくんだ国々

日本と世界の学校におけるいじめへの対応と施策」ミネルヴァ書房 2005 年

・ダン・オルウェーズ著(松井賚夫、角山剛・都築幸恵訳)「いじめ こうすれば

防げる」川島書店 1995 年

・藤岡のぼる『ノルウェー・オスロ市のいじめ対策と「学校仲裁所」制度に関す

る一考察』(北海道東海大学大学院修士論文)2008 年

・外務省「諸外国・地域の学校情報」

http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/world_school/

・イギリス教育省(池弘子・香川知晶訳)「いじめ、ひとりで苦しまないで 学

校のためのいじめ防止マニュアル」東信堂 1996 年

・イギリス教育省(佐々木保行監訳)「いじめ 一人で悩まないで いじめ防止教

育指導書」教育開発研究所 1996 年

・多賀幹子「いじめ克服法 アメリカとイギリスの とりくみ」青木書店 1997 年

・デルウィン・P.タツム/デヴィッド・A.レーン(影山任佐・斎藤憲司訳)「いじ

めの発見と対策」日本評論社 1996 年

・一般財団法人自治体国際化協会海外調査

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資料 (関係機関からの情報提供や聞き取りによる)

資料1 ネットいじめの発生件数と態様

○「オーストラリアの隠れたいじめに関する実態調査」による

http://www.education.gov.au/bullying-research-projects

※ 2007 年の最終学期に、オーストラリア全土の公立及び私立の小中学校から 無作為に抽出された 229 校に対して調査を実施。106 校(小学校 55 校、中 学校 51 校)の 7,418 名(Year 4~9 : 9~14 歳)、456 名の教師及び学 校職員が回答。

(1)ネットいじめについて

いじめられた いじめた

Year4 ( 9歳) 4.9% 1.2%

Year5 (10歳) 5.7% 1.9%

Year6 (11歳) 5.8% 2.2%

Year7 (12歳) 7.1% 4.0%

Year8 (13歳) 7.7% 4.8%

Year9 (14歳) 7.8% 5.6%

Total 6.6% 3.5%

男子 5.2% 3.8%

女子 7.7% 3.3%

公立校 5.7% 2.0%

私立校 8.4% 6.4%

都市部 6.4% 3.2%

非都市部 7.3% 4.4%

(2)隠れたいじめの発生態様(Year4-9 全体)

※ 当該学期中に1~2週間に1度かそれ以上の頻度で、「隠れたいじめ の発生態様」の行為をされたり、犯したりすること。

チャットで意地悪なメッセ-ジを送られる 13.5%

ネットで無視される、仲間はずれにされる 11.2%

携帯電話に意地悪なメッセ-ジを送られる、

いたずら電話をされる 8.8%

脅迫メールを送られる 8.5%

ハンドルネームやパスワードを使用される 6.4%

卑劣又は意地悪なメッセージや写真をネッ

トに投稿される 6.4%

自分の個人的なメールやメッセ-ジ、写真、

動画などを他人に送られる 3.5%

卑劣又は意地悪なメッセージや写真を他人

の携帯電話に送られる 2.8%

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○「Like,Post,Share: Young Australians experience of Social media」

による ※ 2012 年6月に8~17 歳までの 1,511 名の子供について調査

(1)ネットいじめを受けたことがある

はい いいえ

わからない

どちらとも

言えない

8-9歳 4% 96% 1%

10-11 歳 10% 89% 1%

12-13 歳 17% 80% 3%

14-15 歳 21% 77% 3%

16-17 歳 16% 81% 3%

(2)ネットいじめを行ったことがある

はい いいえ

わからない

どちらとも

言えない

8-9歳 1% 99% 0%

10-11 歳 4% 95% 2%

12-13 歳 5% 90% 5%

14-15 歳 12% 84% 4%

16-17 歳 8% 89% 3%

資料2 Digital Citizenship(デジタルシティズンシップ)

自治体国際化協会シドニー事務所 提供資料 2010年より、NSW 州教育コミュニティ省が導入したプログラム。未成年及びその保護者に対して行

われるデジタル社会へ適応するための指針。基本的な内容は全て以下のHP に掲載されている。 http://www.digitalcitizenship.nsw.edu.au/

小学生・中高生・保護者用の3種類があり、それぞれゲーム形式や映像等でDigital Citizenship を学ぶ

ことができる。ネットいじめ(Cyber Bullying)というインターネット上で発生するいじめにより自殺する

ケースが多く発生し、そのような問題を未然に防ぐために、Digital Citizenship が作られた。主な目的な以

下のとおり。 ・ 子供達を不適切な情報から守る ・ 子供達をネットいじめ等のネット上の脅威から守る ・ インターネット上で個人情報を守る ・ 所有するパソコン等の機器を守る ・ インターネットを安全に使用する

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資料3 How is student welfare organised ?

NSW州教育コミュニティ省提供資料

資料4「HOW AM I DOING?」 アボッツフォード・パブリックスクール提供

・D(デモクラシー): 子供が自らその行動が正し

いと認識して自主的にやっている状況。

・C(コーポレーション): 正しい行動、ただ、子

供が「しなさい」といわれたからやっている段階。

・B(ボッシングまたはボーザリング): 人の邪魔

をする。 子供が望ましくないことをすること。

・A(アナーキー): 無政府主義者、望ましくない

行動のこと。

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資料6は別掲

資料5 Discovering Democracy(デモクラシーの発見)

自治体国際化協会シドニー事務所 提供資料

シティズンシップ教育が1999年に始まり、民主主義の原理や憲法、政府

の役割などを学ぶこととなった。

この授業の対象者はLevel4-10の学生であり、統治者・法律と権利・オー

ストラリアという国家等の民主主義及びオーストラリアについて学ぶものと

なっている。投票用紙を使って、実際の投票方法を学ぶといった授業もある。

http://www1.curriculum.edu.au/ddunits/

資料7 How do schools address issues of bullying or harassment

by students? NSW州教育コミュニティ省 提供資料

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ラッ

クワ

トル

の方

法(

Blac

kwat

tle W

ay )

‐質

、機

会、

多様

べての

状況

室内

習時

スポ

ーツ

情報

共有センター

(IS

C)学

校へ

の行

き帰

り学

校外で

の学

習環境

カフェ

学習

に生

産的

に参

加す

準備をする:適切

な備品を持つ

最善を尽くす

規則通り時間通り

出席する

携帯電話の電源を

切るか、あるいは

マナーモードにし

て、かばんに片づ

ける

すべての課題を完

成させる

積極的に学習する

すべての課題につ

いて最新の情報を

把握する

ノート型パソコン

を充電しておく

すべての電子機器

の電源を切り、か

ばんに片づける

目的を決める

自分のメモを見直

広範に読む

宿題の期日を知る

勉強に関するスキ

ルを磨く

指示に従う

前向きな姿勢を示

十分に参加する

情報共有センター

の設備を研究と勉

強に利用する

電子機器の電源を

切るか、あるいは

マナーモードにす

行き来の時間には

余裕を持つ‐時間

通りに到着する

質問する

自主性を見せる

熱心に取り組む

積極的に学習する

休憩時間、および

勉強の時間に利用

する

休憩時間を有効に

使う‐設備を利用

し、飲食をしてリ

フレッシュし、学

習に備える

責任

を持

って

行動

する

学習する

安全ガイドライン

を守る

適切な衣服を着用

する

しっかり情報を得

た上で決断を下し、

結果をしっかりと

考える

学習する

学習環境を尊重す

学習課題において

ノート型パソコン

を利用する

適切な時間に適切

な場所にいる

時間を有効に使う

日光に気をつける

スポーツ用衣服を

着用する

正しい場所にいる

ゲームのルールと

安全ガイドライン

に従う

指定区域内にいる

ノート型パソコン

を充電するときに

は責任を持ってコ

ードを安全に扱う

飲食する場合には

カフェに行く

学校の敷地内には

許可を得た上で出

入りする

カードは、自身の

ためにだけ使用す

すべての授業に出

席する

通学途中は安全ガ

イドラインに従う

労働安全衛生規格

(O

HS)のガイ

ドラインに注意し、

従う

カフェは、社交と

飲食に利用する

安全に利用する‐

球技はバスケット

ボールコートとサ

ッカー場でのみ行

自分

自身

、周

りの

人、

コミ

ュニ

ティ

を尊

重す

身につけるもの、

話し方、行動など

を通して自身に対

する自信を示す

他の違いを受け入

れ、容認する

ニューサウスウェ

ールズ州の喫煙に

関する規則を守る

他の人の学習を尊

重する

肯定的な言葉を用

いる

チームとして考慮

する‐他の人の学

習を支援する

次のクラスのため

に学習環境を整え

他の人の学習を尊

重する

最善を尽くす

周りの人を励ます

肯定的な生活習慣

を学ぶ

健康に留意する

備品と会場を丁寧

に扱う

勝ち負けにこだわ

らずフェアにふる

まう

情報共有センター

内にいる学習者を

尊重し、物音をあ

まり立てないよう

にする

きれいに使う‐ゴ

ミはゴミ箱に入

れ、机やいすなど

は元のままにして

おく

コミュニティの

人々を尊重する

コミュニティの

人々が欲している

ことに注意する

学校の代表として

自信を持って積極

的に行動する

きれいに使う

肯定的な言葉を用

いる

使用した後は片づ

ける

資料6

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関連資料 Department of Education, Employment and Workplace Relations

(オーストラリア政府教育雇用職場関係省)提供資料

いじめ防止イニシアチブと市民教育

・ 一部のカリキュラムにおいては、互いを尊重する関係(保健体育の教育

カリキュラム)と、あらゆる人を受け入れ、尊重する、同輩との関係(公

民のカリキュラム)という観点から、いじめ防止の内容が扱われている。

・ オーストラリアでいじめ/暴力防止を扱っているカリキュラムには、以

下がある。

保健体育:互いを尊重する関係(3-4年生、5-6年生、7-8年生、

9-10年生)

公 民:あらゆる人を受け入れ、尊重する、同輩との関係(3-4年

生および7-8年生)

・ オーストラリアの当該のカリキュラム領域の実施の進展状況と資料

については、以下のリンクを参照されたい。

http://www.acara.edu.au/curriculum_1/learning_areas/hpe.html

http://www.acara.edu.au/curriculum_1/learning_areas/humanities_and_so

cial_sciences/civics_and_citizenship.html

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ウェブページアドレス一覧

組織名、ウェブページ名等 アドレス

NSW州教育コミュニティ省 http://www.dec.nsw.gov.au/home

Sydney Secondary College Balmain Campus http://www.balmain-h.schools.nsw.edu.au/home

Abbotsford Public School http://www.abbotsford-p.schools.nsw.edu.au/home

Sydney Secondary College Blackwattle Bay

Campus http://www.sscbwattle-h.schools.nsw.edu.au/

Sir Eric Woodward Memorial School http://www.sirericwoodwardschool.com.au/

NSW州教育委員会 http://www.boardofstudies.nsw.edu.au/

NSW州教員機構 http://www.nswteachers.nsw.edu.au/

オーストラリア連邦教育省 http://education.gov.au/

在オーストラリア日本国大使館 http://www.au.emb-japan.go.jp/

財団法人 自治体国際化協会 オーストラリア事務

所 http://www.jlgc.org.au/ja/

「Bullying. No Way!( 絶対いじめはダメ!)」 http://bullyingnoway.gov.au/

外部相談窓口 「Kids Helpline」 http://www.kidshelp.com.au/

外部相談窓口 「Parent Line」 http://www.parentline.com.au/

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第2部

現 地 調 査 報 告

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1 平成 25-26 年度諸外国との比較研究等事業

ノルウェー王国現地調査の概要

1 実施年月日

平成26年8月23日(土)から平成26年8月29日(金)

2 視察の目的

ノルウェー王国は世界の中で最も早くいじめ問題に着目し、国をあげていじ

め問題に取り組んでおり、その取組の一つである「いじめ防止プログラム」は、

欧米に広く普及しているところである。

そこで、我が国における教育委員会や各学校の実効性のあるいじめ対策に資

することを目的として、先進的にいじめ問題に取り組んだノルウェー王国にお

いて、いじめに関する考え方や現状及び課題について調査するとともに、課題

解決に向けた取組の状況を視察する。

3 視察先・視察内容等

(1)ノルウェー教育・研究省

「シティズンシップ教育」「いじめに関する政策」等についてヒアリング

(2)ノルウェー教育研修局

「いじめの実態」「いじめ防止プログラム」等についてヒアリング

(3)子供オンブッド

幹部職員との意見交換

(4)児童行動発達ノルウェーセンター

「いじめ防止プログラム」等について意見交換

(5)ゴーリヤ小学校

幹部職員との意見交換、授業視察

(6)オスロ市教育委員会(教育課)

「いじめへの対応方法」等についてヒアリング

(7)青少年心理研究センター及びオルウェーズ教授との意見交換

「いじめ防止プログラム」等について意見交換

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4 参加者名簿

氏 名 職 名

野村 道朗

[団長]

愛知県教育委員会教育長

(全国都道府県教育長協議会理事)

小田垣 勉

[副団長]

京都府教育委員会教育長

(全国都道府県教育長協議会副会長)

高井 芳朗 兵庫県教育委員会教育長

(全国都道府県教育長協議会理事)

吉田 育弘 奈良県教育委員会教育長

調査研究担当者、事務局随行者

水野 茂 愛知県総合教育センター

研究部経営研究室長

井上 弘一 京都府教育庁

総務企画課総括指導主事兼副課長

近都 勝豊 兵庫県教育委員会

義務教育課主任指導主事兼生徒指導班主幹

西上 英雄 奈良県教育委員会

生徒指導支援室長

三橋 恵介 全国都道府県教育委員会連合会

主査

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2 平成 25-26 年度諸外国との比較研究等事業

ノルウェー王国現地調査の日程

月 日 行程、視察先等

8月23日

(土)

関西国際空港 発

空路、ノルウェー王国へ(アムステルダム経由)

オスロ空港 着

着後、ホテルへ (オスロ 泊)

8月24日

(日)

○資料整理、事前打合せ

(オスロ 泊)

8月25日

(月)

○ノルウェー教育・研究省訪問

○ノルウェー教育研修局訪問

○子供オンブッド訪問

(オスロ 泊)

8月26日

(火)

○児童行動発達ノルウェーセンター訪問

○ゴーリヤ小学校訪問

○オスロ市教育委員会(教育課)訪問

(オスロ 泊)

8月27日

(水)

ホテルからオスロ空港へ

オスロ空港 発

ベルゲン空港 着

○オルウェーズ・ベルゲン大学教授との意見交換

○青少年心理研究センターとの意見交換

(ベルゲン 泊)

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月 日 行程、視察先等

8月28日

(木)

ホテルからベルゲン空港へ

ベルゲン空港 発(アムステルダム空港経由)

空路、日本へ

(機中泊)

8月29日

(金)

関西国際空港 着

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3 ノルウェー教育・研究省

訪問先:ノルウェー王国教育・研究省

日間時:平成26年8月25日(月)

対応者:カーリ ブルースタ氏(教育環境・いじめ関連主任)

対応者:エーリク サンドヴィーク氏(いじめ関係シニアアドバイザー)

対応者:マーレン ヘーグナ氏(いじめ・情報シニアアドバイザー)

1 役割等

教育・研究省(Ministry of Education and Research)は、教育に関する法

制や財政、質に関することを担当しており、日本における文部科学省に相当す

る機関である。

ノルウェーの教育に関する基本的な姿勢として、すべての人に教育を受ける

権利、教育に参加する権利があり、そのため国には教育環境をより良くしてい

く義務があるとの説明があった。この背景には、総人口は約510万人である

が、北海油田の開発に関わる好況が続く中、移民も含め人口は増加中であり、

教育費がGDPの6%を占めるという状況もある。

2 教育制度と現状

ノルウェーの義務教育期間は10年間で、その年(1~12月)に満6歳と

なる児童が、同年の8月下旬から始まる新学期に小学校へ入学する。義務教育

の初等教育(小学校7年間)と前期中等教育(中学校3年間)は428の市町

村が管理・運営し、後期中等教育(高等学校3年間)は19の県(オスロ市を

含む)が、大学(3年間~)は国が管轄している。授業料は、初等教育から大

学まで基本的に無償となっている。

校 種 学校数 児童生徒数 教員数

小学校・中学校(前期中等教育学校) 約 3,200 校 約 620,000 人 約 64,000 人

高等学校(後期中等教育学校) 約 450 校 約 192,000 人 約 23,000 人

大学 76 校 約 240,000 人 ―――――

【校種別学校数・児童生徒数・教員数】

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平成18(2006)年秋に「知識向上(The

Knowledge Promotion)」と呼ばれる教育改革が

導入された。初等・中等教育と職業訓練の目標

と質の向上に関する大枠が「知識向上のための

全国統一カリキュラム(National Curriculum

for the Knowledge Promotion)」に次の点につ

いて定められている。

・ コアカリキュラム(基礎と重要度)

・ 質(クオリティ)の大枠(学ぶことの意義、学習戦略、社会的文化的能

力、学習意欲、生徒参加)

・ 教科カリキュラム

・ 授業時間と教科の配分を規定する枠組

・ 個人評価

教科カリキュラムには、「文章を読める」「口頭で自己表現できる」「文

書で自己表現できる」「計算できる」「デジタル機器が使える」の5つの基

本技能が各教科に見合った方法で組み込まれている。ちなみに、どの学年に

おいてもコンピュータによる学習が可能な環境が整っている。また、初等・

中等教育のプログラムとしては、宗教の時間があるほか、ノルウェー語を国

語としながらも、小学校第1学年から外国語として英語を必須とし、前期中

等教育からはフランス語やドイツ語、スペイン語を第二外国語として選択す

ることできる。

初等教育(小学校)では個人の成績票は出さず、目標に対する到達度をマ

ッピングとして示し、前期中等教育(中学校)から成績票として評価を出す

とのことである。国としてはPISAなど国際的な学力評価に参加しており、

国民の関心も高いようである。

3 シティズンシップ教育

「シティズンシップ教育」は、コアカリキュラムに方針として記されてい

る。平成5~6(1993~94)年頃、教科科目ではなく、どの教科にお

いても意識して取り組むものとして導入されている。これは、ノルウェーの

【カーリ・ブルースタ氏の説明】

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学校がどのように子供を育てたいのか、その方針として「行動することの意

味を考え、一般的知識を持ち独創的で、労を惜しまず協力的で、環境を意識

できる」「寛容で、他者の尊厳を守り、多様性に満ちている」総合的な能力

を持った人間の育成を目指している。このことにより少年犯罪の発生率も一

定減少しているとの認識もある。

4 いじめに関する政策

マニフェスト

ノルウェーでは、平成14(2002)年には平成7(1995)年に比

べ約60%もいじめの発生件数が増加するなど、いじめ問題が深刻化する中、

平成14(2002)年以降、首相によるマニフェストの発出を行い、いじ

め問題に取り組んでいる。初のマニフェストは、3年間の期限付きではあっ

たが、期間中のいじめ発生率の減少という効果をもたらした。第2のマニフ

ェストは平成18(2006)年に発出、続く平成21(2009)年のマ

ニフェストでは、いじめや嫌がらせをオンラインや携帯電話を通じて受ける

子供が増加している報告を受け、これらの媒体に起因するいじめも政府の取

組の対象とした。現在は、平成23(2011)年に発出され平成26(2

014)年までを取組期間とするマニフェストが発出されている。

国家戦略「二度と来ない幼児期-子供・若者への暴力や性的虐待に立ち向か

う国家戦略(2014-2017)」

平成26(2014)年、児童・男女共同参画・社会統合省(Ministry of

Children,Equality and Social Inclusion)が発出したこの戦略は、教育研

究省、保健福祉省(Ministry of Health and CareServices)、法務・公安省

(Ministry of Justice and Public Security)も関係する国家戦略であり、

各省庁が毎年報告を行うこととしている。この戦略により、政府は「いじめ

に関する政府委員会」に対して学校のいじめやその他望ましくない事象の防

止・対処にかかる取組について評価を実施する指示を行った。評価を通じて、

いじめや虐待につながる行為がなく、学習の場としてふさわしい心理社会的

環境を生み出す要素や知識を体系化することを目的とし、現在、同委員会で

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は平成27(2015)年1月までに評価にかかる報告を提出することとし

ている。

5 いじめに関する法的条件整備

教育法(Primary and Secondary Education and Training(The Education Act))

教育法は平成10(1998)年に採択され、初等教育や前期中等教育等

における、教育の目的や教育を受ける権利等、教育に関わる諸般について規

定したものであるが、平成15(2003)年の改正に伴い、「生徒の学校

環境」が追加された。これにより、児童生徒に良い学習環境を提供すること

を学校の義務としている。この学習環境の中には「心理社会的環境」(良い

心理社会的環境とは、児童生徒一人一人が安全・安心を感じながら身の回り

の社会に属していると実感できる環境のこと)を含み、学校は児童生徒の心

理社会的環境を阻害しているいじめに対して、速やかに行動し、いじめを特

定し、対応するシステムを構築しなければならないとしている。

幼稚園法(Kindergarten Act)

幼稚園法では、幼稚園における養育や学びを通して、子供が互いの人格を

尊重し、公平性や知的自由、寛容、健康などを身に付けられるよう促す必要

があると規定し、幼稚園では安全でありながら、且つやりがいのある環境の

中で、子供に遊びや自己表現、考える機会を提供すべきとしている。「幼稚

園の役割等に関する基礎計画(the Framework Plan for the Content and Tasks

of Kindergartens)」に関する規則においては、排除やいじめ、暴力に立ち

向かう能動的な活動を促進するスタッフの責任について述べている。幼稚園

法において、幼稚園とは、それぞれ異なった一人一人や異なった文化表現が、

その違いについて敬意をもって出会う場であると規定している。

公平な性に関する法(Gender Equality Act)

性別の違いによる性的嫌がらせについては、この法が適用される。この法

においては、性的嫌がらせに曝されることは違法であり、教育機関をはじめ

とする組織の長は、組織の中で性的嫌がらせが発生しないよう努める義務が

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あると規定している。

子供には良い学習環境を手にする権利があるとの認識のもと、いじめ問題の

未然防止や早期発見・早期対応のみならず、より良い学習環境を作り上げてい

くための重要なポイントとして、「学級で教員が良きリーダーシップをとるこ

と」「教員が生徒の人間関係を把握すること」「学校・教員が保護者との協力

関係を構築すること」「学校経営者(自治体・教育委員会)とともに良い組織

を作ること」を挙げている。

また、いじめ問題は重要な課題として様々な国の施策が展開されているが、

中でも次の4つの具体的な取組が強調されている。

1点目は、先述のマニフェストである。いじめ撤廃に向け、首相をはじめと

する内閣、各省庁はもとより、どの学校どのレベルにあっても、いじめを一つ

も許さないという同じ決意の下に取り組む国の姿勢をアピールしている。この

ことを基に、平成26(2014)年度は、コンピュータや携帯電話などデジ

タルによるいじめは大人の責任であると掲げ、国を挙げてのキャンペーン実施

が9月第1週に予定されている。また、各自治体も独自のマニフェストを発出

(372自治体)し、協力的に取り組んでいる。

2点目に、いじめ防止のプログラム実施に対する助成金である。複数のプロ

グラムが存在し、それを活用した学校

の取組に対しては国としての助成金

制度が、学校の取組を促進している。

3点目に、いじめに関する重大事象

に取り組む自治体や学校に対して、国

が直接的に支援を行っていることが

挙げられる。個々の事象に対し、必要な

知識や情報の提供、外部専門家の派遣などの直接支援に取り組んでいる。

4点目として、先述の国家戦略にある「いじめに関する政府委員会」がある。

これは元大臣や県代表などが委員を務め、いじめに関する法制度や施策を見直

すため検証を行い、より良い施策としていくためのものである。

【教育・研究省の担当者と】

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4 ノルウェー教育研修局

訪問先:ノルウェー王国教育研修局

日間時:平成26年8月25日(月)

対応者:メレーテ・ベッケヴォル氏

対応者:フローデ・レースタ氏

(教育環境向上及びいじめ対策の責任者)

1 役割

教育・研究省は教育全般に関わる政策・

制度を策定するところであるが、教育研修

局は、その政策を実施・実行する機関であ

り、学校教育の質の確保と向上、いじめに

関わるものも含め様々なデータの分析や評

価を行う役割も担っている。その指導権限

は、幼稚園・保育園・こども園、小学校・中学校・高等学校、それらを所有す

る市町村や県、及び私立園・校の所有者と幅広い。

2 いじめの定義(Definitions of Bullying)

ノルウェーの初等・中等教育局(Directorate for Primary and Secondary

Education)では、いじめを「いじめとは、一人若しくは複数の生徒が他の生徒

に対して感情を害し、不愉快に感じさせる発言又は行為をすることをいう。い

じめにおいてこれらは繰り返し行われ、被害にあった者は自分を守ることが困

難となる。暴力や人種差別につながる発言、差別、排斥などが長期間にわたっ

て攻撃の手段として使われることがあり、自分を守ることができない者を被害

者に仕立てていく。」と定義している。

現在の日本の定義との大きな違いは、「繰り返し行われ」「長期間にわたる」

行為をいじめと認識し、1回だけの行為や発言をもっていじめとは認識しない

点にある。しかし、1回でもそういった被害体験があることは、学習環境が整

っているとは言えないという問題意識を持って臨んでいる。

【教育研修局の説明】

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また、いじめは、攻撃的な加害者が弱い被害者に対する行為という一面的な

とらえ方だけでなく、いじめが起こっている環境やプロセス、その集団の持つ

ダイナミズムからいじめを理解する考え方も出てきており、このことについて

は、日本の森田洋司氏や滝充氏の研究も役立っているという。

3 いじめの実態(Bullying Situation)

学習環境を改善していくためのコアとして、「個々の発達のため」「高い学

力を得るため」「社会性を高めるため」という点を重視している。そのために、

いじめへの対処も含め学習の場はどのようにあるべきか、学校や自治体はどの

ように行動すべきかを探求している。いじめの実態を把握していく上で、PI

SA調査における「教員と良好な関係にある者が好成績を収めていること」や、

TIMSS調査(国際数学・理科教育動向調査)における「いじめられている

者は低い成績にあること」といった分析などにも注目している。

具体的ないじめの実態把握は、毎年児童生徒に対する実態調査が行われてい

る。第7学年(小学校の最高学年)と第10学年(前期中等教育学校の最高学

年)、第11学年(後期中等教育学校第1学年)の生徒には、調査への回答を

義務づけられており、その他に学校の自主的判断により第5学年以上を対象と

して実施され、毎年約40万人が回答している。

この調査においては、単にいじめの有無を問うだけでなく、頻度や発生場所

などの項目に加え、ノルウェーのいじめの定義には当てはまらない連続性のな

い1回のみの嫌がらせや悪口と行った行為・発言についての質問や、加害行為

の主体の選択肢には、「学内の大人」つまり教職員も設定されている。また、

「学校は何をしてくれたか」という学校の対応についての質問を設け、児童生

徒と学校の認識の差違が把握できる工夫もなされている。

これらの実態調査の結果は、「月2、3回以上いじめを受けたことがある」

と回答した生徒の割合が、平成22(2010)年度の7.3%から、平成2

5(2013)年度には4.3%と徐々に低下しており、実態把握に基づく取

組の成果と評価している。質問の変更が結果に好影響したとの見方があること

や、経年的な比較分析が単純にはできないデメリットもあるが、より具体的に

何が学校内で起きているかを把握できるよう努めていることが、様々な施策が

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学習環境の改善につながっていると認識されて

いる。この根底には、「どの生徒にも良い学校

環境を手にする権利」があり、「良い環境が確

保されていなければ良い教育プログラムがあっ

ても、それは何ら吸収されるものではない」、

「学校環境をより良いものにしていこう」とい

う国の強い姿勢が感じられる。

4 いじめ防止プログラム

ノルウェーでは、いじめ防止プログラムを活用した学校の取組に対して、国

として助成金制度を設けている。

主なプログラムとしては、2つのものがある。

(1)オルウェーズいじめ防止プログラム(Olweus Bullying Prevention Program)

ダン・オルウェーズ氏により考案された防止プログラム。このプログラム

は、ノルウェーだけでなく広く海外においても活用されている。

主な目的は学校内外において発生しているいじめの減少・根絶、いじめの

新規発生の抑制、生徒の友情の促進であり、プログラムの中では、いじめを

受ける生徒といじめる生徒がより高い次元においてお互いが共存できる環

境を作ることを目指している。

(2)ゼロ(Zero)

スタバンガー大学(University of Stvanger)の研究により考案されたプ

ログラム。平成15(2003)年に考案され146の初等教育学校で導入

された。

いじめを絶対に許容しないこと(Zero tolerance of bullying)がこのプ

ログラムの根幹を成し、実現に向けて教師の責任を重視している。教師に「①

いじめの認識②いじめの解決③いじめ発生の未然防止④学校の日常生活の

中でのいじめを起こさない環境の創造」の4つに関する知識・技能を身に付

けさせるプログラムとなっている。また、いじめのない環境の創造のために

生徒や親の主体的な学校活動への参加も重視している。ゼロプログラムの導

入期間中、学校は参考資料を手に入れたり専門家のサポートを受けたりする

【教育研修局の担当者と】

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ことができる。

こうしたプログラムは他にも数種類あり、約半数の学校で何らかのプログラ

ムが活用されており、中には複数のプログラムを使用している学校もある。

しかし、プログラムを活用してもいじめが増えた学校や、プログラムを活用

せず減少させた学校もある。加えて、プログラム活用の効果は確認されていな

いという第三者評価もあることから、教育研修局では、現在もその効果につい

て調査中であり、更なる分析が必要であるとしている。

いじめ問題については、現在も様々な議論が行われており、合意に至ってい

ないところもある。しかし、学校が「早期発見・早期対応」が何よりも大切で

あること、そして、「良いリーダーシップを発揮できる」教員・「生徒の関係

性をよく理解し系統立てて教えられる」教員の下では、いじめは起こらないこ

とは、合意できていると認識されている。

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5 子供オンブッド

視察先:子供オンブッド事務局

日 時:平成26年8月25日(月)

対応者:クヌート・ホーネス氏(事務局長)

1 はじめに

視察初日の午後、オスロ市街にある子供オンブッドの事務局を訪問させてい

ただいた。内装は新しいが、建築年数の経っていそうなビルの中のワンフロア

が事務局であり、一階の入り口も小さいため、外からは分かりづらい場所にあ

る。ノルウェーでの各視察先と同様、セキュリティーは厳しく、入り口は電子

錠となっており、外来者はインターフォンで事務局と話をしてから開錠され通

されるかたちになっている。

対応していただいたクヌート・ホーネス事務局長は、「いじめは、子供に対

する暴力 絶対に許してはいけない」とあいさつもそこそこに、自身の信念と

子供オンブッドの理念を重ね合わせながら語り始めた。子供のまわりには大人

がたくさんいるが、事実をしっかり把握し行動しないと取り返しのつかない事

件になること。どんなに優れたいじめ防止のプログラムがあっても、学校や大

人たちが行動をとらないと意味をなさず、根底から意識を変えていく必要があ

ること。そして、大人たちが洞察力をもって、自分の目で見て、耳で聞いて、

口に出して行動する大人でないといけ

ないことが、彼の子供オンブッドの説明

の中に貫かれていた。「見ざる 聞かざ

る 言わざる」は子供を裏切ることにな

ると、日本の「三猿」とは違った解釈が

されていた。

2 基本的な制度と理念・方針

子供オンブッドは、子供の意見に耳を傾けその声を代弁する人物であり、子

供・青少年を擁護しその権利の保護に努め活動している。クヌート事務局長は、

【三匹の猿で例えるクヌート事務局長】

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「子供のために見張りをしている番犬」と表現していた。子供オンブッドの制

度は、国会の決議で定められた法律によって 1981 年に世界で初めてノルウェー

で誕生している。現在、世界 120 か所に存在している子供オンブッドは、ノル

ウェーの優良な輸出商品になっていると言う。 子供オンブッドは子供・平等省に属する行政の一機関である。よってNGO

ではないが、子供・平等省からは独立しており、他の省を批判することができ

る。子供・平等省は、方針や細かい指示は出してこない。ただ、良い仕事、正

しい仕事をするよう要望はしてくる。このような独立性の高さに他国は関心を

寄せると言う。各省を敵対視するのではなく、良い仕事をしてもらいたいとい

う立場である。政策を左右する権力を持っている子供オンブッドだが、特定の

政党に偏ることはなく、超党派で仕事をしており、どの党とも良い関係をつく

っている。

法律や国連児童憲章を遵守しつつ、いじめ、貧困、人種差別等によって苦し

む子供たちを守ることが務めであり、その活動は、ノルウェーのシステムや国

連の機関などによって常に監視されている。

3 組織の概要

子供オンブッドは、内閣によって選

ばれ、国王から任命される。その任期

は6年である。欧州の他の国々のオン

ブッドは法律の専門家が多いが、ノル

ウェーは異なり、さまざまな分野の専

門家が、専門家の眼で子供たちを見て

いくところに特徴がある。法律の専門

家、ソーシャルワーカー、精神科の医者、犯罪の専門家、教育の専門家などが

職員として働いているので、法律の視点だけでない見方、広汎な見方ができる

ことが大きな利点となっている。2014 年5月に来日したアンネ・リンブー(Anne

Lindboe)氏は、小児科医としてのバックグラウンドをもち、虐待と暴力に関す

る警察コンサルタント、国立公衆衛生研究所職員などの経歴を持つ。また、子

供オンブッドを補佐する職員は 18 名であり、国家公務員としての職である。オ

【意見交換の様子】

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スロにある子供オンブッド事務局一つで、ノルウェー全土をカバーしている状

況である。 子供オンブッドの活動を支える予算は、国家予算(子供・平等省)の中に計

上されている。使途や配分などは、干渉を受けることなく、組織内で決定でき

るしくみになっている。また、会計監査は国の専門家が行っている。もしも予

算について削減の動きがあれば、すべての子供を代表している子供オンブッド

の予算をカットしたということで内閣が批判されることになると言う。

4 子供オンブッドの活動

(1) いじめ対策宣言(マニュフェスト)の主導

2002年9月、子供オンブッドが主導し、内閣や教職員の組織(教員労働

組合)、保護者の団体、自治体と協力関係を結んで「いじめ対策宣言(マ

ニフェスト)」を作成し、採択するに至った。大人たちが問題を直視せず、

責任逃れをしてきたことを自覚し、「大人の責任でいじめに対処する」こ

とを宣言したものである。

このマニフェストにより教育局が行動計画を作ることになった。それに

よって様々ないじめ防止プログラムの開発や導入がなされてきた。

(2) 関連する法律・規則の制定・改正時における意見陳述

子供オンブッドは力を持っているが、法律や規則の廃止や変更、実行を

ストップさせることはできない。しかし、法律・規則の案に対してコメン

トを述べることは許されている。実際に、法案作成の委員と何度も懇談し、

児童虐待等の罪を犯した者の再犯のリスクを訴えたことで、社会復帰後は

子供に関わる仕事への就職は認めない法律となったこともある。

(3) 子供の権利が十分に守られていないケースについてのアドバイス

子供オンブッドは、子供の権利が侵害されているケースや、安全が守ら

れていないと判断したケースに、積極的に関わっていく。例えば、いじめ

の情報が入ってきた場合、当該の学校にコンタクトをとり、事実関係やそ

のケースについての対応を聴取する。子供に関係する施設ならば公私に関

わらず自由に出入りができ、調査に必要な資料、情報を入手できる権利を

子供オンブッドは有している。

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聴取の結果、学校がそのいじめに対して何も対応していないと判断すれ

ば、保護者にその学校を管轄する自治体に訴えるようアドバイスする。ま

た、その自治体の対応が十分でなく納得のいくものでなかった場合は、さ

らに県に訴えるよう勧める。県は、学校におけるいじめへの対応について

指針を出し、具体的な指導をするが、こうした指針・指示が出されても、

自治体や学校が具体的に行動しなければ意味を成さない。自治体、学校が

適切かつ十分な行動を起こさなかった場合には、自治体にペナルティを課

するケースになると言う。ある自治体に対し、かなりの額の罰金の支払い

を命じた判決が出された例もあって、その判例以降他の自治体は気を引き

締めて対応するようになったと言う。 (4) 当局に対する提言

子供オンブッドは、政策に子供に関

する専門家の意見を反映させる活動も

しているが、ここで言う子供に関する

専門家とは研究者等の大人ではなく、

実際に権利を侵害され、苦しんでいる

子供たちのことである。昔と今では子

供たちを取り巻く環境は全く違ってき

ている。そこで現代社会をよく知る専門家が必要となるが、それは実際に

苦しい経験をした子供たちであり、政策への提言のために子供オンブッド

にアドバイスをしてほしいというスタンスである。 専門家とされる子供たちは「エクスパートグループ」と呼ばれ、家庭内

暴力、いじめ、虐待、ドロップアウトした子供たち、心臓病やがん等と闘

い病院でずっと過ごしてきた子供たちである。その専門家たちをオンブッ

ド事務局に集め、4時間程度の会議を6回開き、互いに信頼できる関係を

築きながら提言づくりを進めることとなる。

作り上げた提言を厚生大臣や法務大臣に渡したいと子供たちが希望する

場合もある。子供オンブッドが大臣に連絡して、「あなたたちの責任あると

ころで子供たちが苦しんでいる。提言を用意している」と伝え、事務局に

来てもらい、子供たちと問題について直接議論をすることになる。大臣た

【クヌート・ホーネス事務局長】

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ちは子供たちにどのような批判をされるのか、メディアに会うときよりも

ナーバスになると言う。子供たちは丁寧に話をするが、遠まわしであいま

いな返答では絶対に納得をしない。「この点は約束をしよう」と大変意味の

ある約束を大臣はすることになる。例えば慢性病で長期に渡り病院で過ご

す子供が、「ラテン語で子供にわからないように話すのではなく、病気につ

いて正直に話をしてほしい。医者に対してそういったルールをつくってほ

しい」と厚生大臣に提言したことがある。また、警察庁長官を呼んで「母

親が父親の暴力で血を流していると電話した時は、サイレンを鳴らさずに

来てほしい」そして、暴力をふるう父親を警察に連れていった後、それで

終わりではなく、「明日学校があるのに、暴力を受けた母親を夜通しなだめ

なければいけないのはつらい。母親や私たちが次の日から普通に生活でき

るように手を差し延べてほしい」と提言したこともあった。それに対し警

察庁長官は、各警察署に具体的に新しい指示をしたという。実際に子供た

ちからのシンプルな真実の訴えは効果が想像以上に大きい。 大臣によって

は、時間がないことを理由に懇談できないと返答がある場合もある。その

場合は、子供オンブッドがメディアにその事実をそのまま流すなど、メデ

ィアに対してもオープンな働きかけをしている。暴力を受けた子供たちが

許可を得て王宮に出かけて、国王と1時間程度話ができたこともあった。

そうしたことを通して、国王も子供たちの問題を真剣に扱っていることが

国民に理解される。すると国王が対応したのに、大臣がなぜできないのか

ということになる。

5 いじめ防止プログラムについて

いじめ防止プログラムが初めて作られてから 30 年が経ち、これまで様々なプ

ログラムが開発されてきている。いじめの発生件数は減少傾向にあったが、近

年また増え始めている。学校によっては、プログラムを導入し、予算(教材の

購入等)をつけ、人的配置を施しても結果が出せないこともあると言う。その

一方で、プログラムを導入しなくても、校長がリーダーシップをとり、現状を

何とか改善しようと教職員、保護者、地域、そして子供たちが一丸となってい

じめを減らしてきた学校もある。

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子供たちが、規則を守らなかったり、誰かを傷つけたりしたときは、厳しく

注意する態度や、「絶対にいじめは許されない」という姿勢が重要となる。学校

には、保護者も地域も巻き込んで意識や

構えを変えていくプロセスが必要になる。

そこでいじめ防止プログラムが役立つこ

ともあるが、プログラムを導入せずに成

功している学校もある。「プログラムはツ

ールであることを忘れてはいけない。校

長の信念とリーダーシップが鍵となるの

である」とクヌート事務局長は結んだ。

6 子供たちを守り通す子供オンブッド

子供オンブッドのオフィス

は新しく明るい雰囲気であっ

た。その中でも目を引いたの

が子供たちによる落書きとも

見える文字や絵である。日本

では公的機関のオフィスの壁

や扉に子供たちが絵を描くことなど考えられない。そのようなところからも、

子供は大人と同じ価値を持ち、社会が持つ重要な資産の一つであるとの認識の

下で、子供オンブッドが子供の権利の保障と福祉の向上に努力していることを

感じた。

子供のために責任を果たしていないと分かったら、政府機関、地方自治体な

ど、どこに対しても容赦なく批判し、責任の追及ができる子供オンブッドは、

まさに「子供を守る番犬」「力を持った番犬」である。それは、子供たちのため

の良い環境づくりは、大人たちにしかできないという考えに基づいている。全

体に子供の権利を守るための厳しい要求、規則や罰則重視の説明が目立ったが、

大人が互いに信頼し、尊重し合うことで、子供たちにとって良い環境を生み出

す流れを作っていきたいという、クヌート事務局長の言葉がより印象深く残っ

た。

【意見交換を終えて】

【子供たちによって描かれた絵や文字】

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6 児童行動発達ノルウェーセンター

訪問先:児童行動発達ノルウェーセンター

日 時:平成26年8月26日(火)

対応者:テリエ・クリスチャンセン氏(所長)

ウィルヘルム ミークハンセン氏(研究員)

マリアンネ・ソルリエ氏(研究員)

1 はじめに

当日の協議には、行動センターからは、テリエ・クリスチャンセン所長及び

2名の職員が同席され、我々の訪問を温かく迎えて頂くと同時に、丁寧に対応

して頂いた。クリスチャンセン所長から、歓迎の言葉を頂いた後、団長の野村

愛知県教育長から、視察目的とともに受け入れについての謝辞があった。

2 児童行動発達ノルウェーセンター

児童行動ノルウェーセンター(Adferdssenteret, University of Oslo)は、

オスロ大学が運営する機関で、主に学術研究を行っている。研究成果を基に、

多様なプログラムを考案し、学校で活用できる様々な方法を提案している。教

員の他、カウンセラー、ソーシャルワーカー、児童相談所、保健所の職員等、

児童・生徒に関わる多様な職種の者がこの業務に携わっている。

センターには、子供の発達に関わる部署、青少年の発達に関わる部署、学術

研究に関わる部署の3つがある。具体的な研究テーマとしては、保護者への養

育支援、学習や人間関係における子供の行動のあり方、アルコール・麻薬中毒

治療、こどもの社会性の発達など多岐にわたる。様々なプログラムを開発し、

それが教育現場で実践できるように支援する。プログラムは標準的なものを行

動センターで作成し、各自治体がアレンジした上で導入することになる。プロ

グラムの目的は、実際に起きてしまった問題を解決するためのものもあれば、

問題が起こらないように予防的な役割を果たすものもある。いずれにしても、

ノルウェーでは各自治体が個別に問題事象に対応するので、自治体の決断によ

って進められることになる。

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3 PALSプログラムについて

PALSは、ノルウェー版 School-Wide Positive Behavior Support(SWPBS)

であり、ノルウェーで開発された問題行動への全校的で積極的な介入と支援の

ためのモデルである。現在ノルウェー全体の約7%、約200校で採用されて

いる。

その特徴としては、

① 学校に対して研究を通じて得た根拠に基づいた介入を行う。

② 機動力のある働きかけを行う。

③ 学校レベルで仕組みを作り上げる。

④ 教職員の能力を高める。

⑤ 生徒が社会的行動と学力を身に付けられるようにする。

が挙げられる。

また、目標としては、

① 学校に安全で健全な社会的

風土を築く。

② すべての生徒の社会性と学

習能力を高める。

③ 問題行動を防止し、これに

対処する。

④ 全教職員に対して研修を

実施する。

⑤ 保護者を参加させる。

が挙げられる。

具体的なプログラムの進め方としては、学業面と行動面の両面から生徒を3

つの階層に分けて考える。

第1階層は、生徒全員が対象で、教職員が問題行動の予防と事前対策に取り

組むレベルである。望ましい行動とは何かを明確に定めるようなルール作りを

行う。

第2階層では、5~10%の生徒に狙いを定め、補助的な介入を行う。危険

な状態にある生徒を特定し、生徒のニーズに見合った介入を行う。

【行動センターでの協議】

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第3階層では、1~8%の生徒を対象に集

中的に介入を行う。集中的な社会性の訓練や

アンガーマネージメント(怒りを抑える)訓

練等を行う。個別のサポートプランを作成し、

支援する。

系統的な評価と進捗状況の観察から、学業

面と行動面の両方において最善の環境を生徒

たちに提供し、根拠に基づいた介入が各生徒

のニーズに沿ったものであることを確認することが必要である。

また、プログラムの導入に当たって、プログラム管理者が良好なパートナー

シップを学校と築けたか、専門家の育成研修ができたか、持続可能なプログラ

ムとなっているか、プログラムの有効性が確認できたか等のフィードバックを

行うことが必要である。学校がどのように変化し、発展したかについて、詳細

に検討する。

プログラムの実施に当たっては、全校的な情報システムを利用することで、

学校全体での生徒への介入と個々の生徒への介入を計画的に実施している。こ

れにより、情報収集が効率的に行われ、学校の意志決定が円滑に行われる。

いじめ問題は当事者だけでなく、生徒全体に働きかけることが必要である。

被害者に対して起こっていることについては情報の蓄積が必要で、それを基に

したフォローアップにより、学校全体で理解の上、行動することが必要である。

(質疑を通じて聴取できた内容)

・ 既製のプログラムのいくつかを部分的に結びつけて使用することができ

る。

・ 各学校でプログラムを導入するに当たっては、80%以上の教職員の合意

が必要で、導入が決定された場合、準備段階からセンター職員が学校に赴

いてコーチ(プログラム運営者)にトレーニングを行う。

・ 学校ごとのプログラムは作成せず、各学校のコーチを育成し、そのコーチ

が学校で指導的な役割を果たす。その際、同じプログラムを用いる学校が

あれば連携する場合もある。

【PALSプログラムの説明】

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・ コーチは複数校を担当し、給与は一般的には自治体が支払う。プログラム

によっては、国が予算化することもある。行動センターで行うのは、フレ

ームワークの作成のみで、学校に適合する形でカスタマイズされる。

4 ノルウェーにおけるPALSプログラムの効果について

PALSプログラムの効果が実証できるものかどうか、マリアンヌ研究員か

ら様々な検証結果をもとに説明が行われた。

ノルウェーは世界で最も住みやすい国として、過去に数回1位にランクイン

している。人口は510万人、そのうちの15%は移民。社会医療サービスは

ほぼ無料で、失業率も2.6%と非常に低く、平均世帯年収は1400万円程度

である。義務教育は13年間、共通の全国的カリキュラムによって、無償で行

われている。ノルウェーの居住地は各地に分散しており、学校の多くが小規模

校で、学校総数の31%が生徒数100名未満である。生徒数が750名を超

える学校は非常に少ない。

過去40年間の政治目標は、特別支援教育を縮小し、インクルーシブ教育を

全面的に実施することであった。特別支援学校は20年前に閉鎖されている。

しかし、現在特別支援教育を受ける生徒の割合は上昇し、およそ8.5%と言わ

れている。他の欧州諸国に比べて問題行動は多く、学力テストの結果もOEC

Dの平均値かそれ以下である。高校の中退率も高い。従って、国レベルでの教

育目標が達成できているような状況とは言えない。

そこで、一般教育をすべての生徒に適合できるよう改善し、生徒の問題行動

発生の頻度を下げ、すべての生徒の学力を高め、ノルウェーの学校における研

究に基づいた実践行動を行うためにPALSプログラムの導入が提案された。

現在、215校でPALSプログラムが実施されている。

2002年から2005年に4つの学校で初めて導入されたPALSプログ

ラムは、2年後にその最初の評価が行われた。さらに2回目の評価研究が20

07年に行われ、有効性について検討が行われた。

調査方法としては、PALSプログラムを導入した28の学校と採用しなか

った20の学校について、比較研究を行うというものだった。それにより、好

ましい結果が統計的に確認できるかどうか分析を行った。

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調査項目としては、学校、教職員、生徒、地域社会の関係者にPALSプロ

グラムの実施により、「問題行動や教室の雰囲気に好ましい変化がみられたか?」

や「教職員の実践や意識に変化が現れたか?」等についての質問を行った。3

年間で4回のアンケートを行った。

結果として、PALSプログラム実施校においては、「集団としての連帯意識

が上がった」、「教員は個々の事例にうまく対応できるようになった」、「生徒を

罰するのではなく、ほめるような場面が増えた」などの変化が確認され、PA

LSプログラムの効果があったと考えられる。

その一方で、PALSプログラムを実施していない学校にも変化が現れてい

た。そのような学校については、問題行動を防止し、学習状況を改善するため

に、PALS以外の様々な学校改革のプロジェクトを実施していたことが変化

の原因として挙げられる。調査研

究の元来の目的は、PALSプロ

グラムを導入している学校と導

入していない学校の比較であっ

たが、結果としては PALSプ

ログラムとその他のプログラム

を比較する視点も含まれること

となった。

PALSプログラムは学校に

対して多大なプラス効果があり、

プログラムに手を加えなくても、学校への導入が充分可能であると行動センタ

ーは判断している。またノルウェーでの実績により、他の欧州諸国への導入を

検討するべきだとしている。

【PALSプログラムの効果についての説明】

【PALSプログラムの効果についての説明】

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7 オスロ市立ゴーリヤ小学校

訪問先:オスロ市立ゴーリヤ小学校

日 時:平成26年8月26日(火)

対応者:オイヴィン・ハンセン氏(校長)

社会生活担当教員(ソーシャルティーチャー)

7年生児童2名 (仲裁員)

カーリ・オッデン氏 (オスロ市教育委員会 専門コンサルタント)

1 はじめに

ゴーリヤ小学校は2年前に、いじめをなくすナショナルキャンペーンに参加

した。教職員は、優れた教育環境を作ろうと団結し、学校経営者側と密接な関

係を持って仕事をしている。子供たちにとって学校を安全で、学びに最良の環

境にするというビジョンを持っている。学校が楽しければ、子供たちは、たく

さんのことを学んでくれると信じている。

2 ゴーリヤ小学校について

オスロ市の中心部から地下鉄で15分の位置にあり、持ち家、アパート等の

借家が混在している地域である。一般的なオスロ市内の児童の約50%は、ノ

ルウェー語とは別の第二母国語(保護者の母国語)を持っているが、ゴーリヤ

小学校の児童で第二母国語を持っている割合は約20%である。

学校の周囲には、森や平野、草原など豊かな自然が広がっている。児童は 1

~7年生合計して420人、年齢としては5~13歳の児童が学んでいる。ス

タッフは65人、そのうち教員は35人であり、残る30人はアシスタント等

の役目を担っており、標準的な配置人数である。さらにこれ以外に学童保育の

スタッフもいる。

ゴーリヤ小学校は、1960年代に一度廃校になり、1998年に再開した

学校である。2013年、2014年には改築、増築も行った。年間予算は

38,000,000 ノルウェークローネ(NOK)約6.5億円であり、職員の給料、水

道、電気料金のほか、借地料も自治体に支払っている。

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各学年に最大84名の児童、最大3学級の編制で、1学級30人以下の学級

を実現している。各学級には、コンタクトティーチャー(学級担任)が配置さ

れ、3学級に対して5名の教員で1つの学年を担当している。学年を担当する

教員には、すべての教科を指導できる教員、理科・算数等を専門に指導する教

員等が混在しており、同じ学年を担当する教員は互いに協力、連携している。

3 校舎内見学

(1)2年生ロッカールーム

冬の寒さが厳しいことから、帽子やコート、長靴を着替える場所が確保さ

れている。各学年のロッカールームを囲むようにホームルームが配置されて

おり、各ホームルームに隣接する形でグループルーム(副教室)が設置され

ている。

学年ごとの職員室が、ホームルームの

近くに設置されているほか、教員は児童

と遊ぶときや屋外が暗いときに蛍光黄

色のベストを着て、常に児童の近くにい

るように配慮している。

(2)3年生の教室

国語(ノルウェー語)授業参観

単元:名詞についての学習

(3)コンクリートの壁面に描かれた

挿絵作家による作品

ノルウェーでは、学校を新設、改

築等するときに、アートプロジェク

トとして作品が設置されることが多

く、作品の制作予算も建築費の一部

に含まれる。

【アートプロジェクトによる壁面(部分)】

【学年ごとの職員室】

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4 いじめ対策

いろいろな大人が子供の周りで働いている。子供がいじめにあったり、いじ

められたりしたときは、教職員、保護者、アシスタント、社会生活担当教員、

保健士、言語療法士、学校医、自治体によるサービス(PPT:精神心理学サ

ービス、BUP:児童青少年のための精神医学サービス)等の関係者が支援す

ることになる。

実際には、いじめが確認された直後から、これら全ての関係者が一斉に動く

わけではない。まず、教職員や保護者、続いてアシスタントや社会生活担当教

員たちが動き出す。重大な事例の場合は、さらに前述の他の関係者も動き出す

ことになる。

5 「コネクト・オスロ」プログラム

「コネクト・オスロ」プログラムは、すべての児童のために、楽しく優れた

学習環境の整備に取り組んでいる学校を支援するプログラムである。これには

教職員がいじめに関する知識を高め、いじめ、暴力、人種差別を防ぎ、止めさ

せるためのトレーニングプランも含まれている。ゴーリヤ小学校では、「いじめ」

以外の「冒とくするような発言や行動(他人を大切にしない行為)」、さらには、

いじめに至る前の嫌がやらせも含めて、その対応に取り組んでいる。

いじめ、暴力、人種差別、嫌がらせ等に対して、絶対に許さない、ゼロトレ

ランス、一切容認しないという姿勢が「コネクト・オスロ」の基本方針である。

この姿勢を学校は実践を通して、児童、保護者に伝えている。学校は、教室や

校庭において、そして学校と家庭・地域との関係において、いじめを絶対に許

さないという姿勢を貫きたいと考えている。

また、児童から学校をどのようにしたいかについて意見を求めて、それに近

づくためにはどのようにすれば良いか、学校と児童が互いに考えるようにして

いる。

「コネクト・オスロ」プログラムの取組には、スクールコミュニティー(学

区)内のすべての人々、児童、教職員、保護者、地域住民を巻き込み、参加し

てもらっている。教職員だけでなく、どの大人も子供たちの行動等に対して明

確な意見を持ち、これから起こり得ることの心構えができており、思いやりを

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もって子供たちの優れた手本になるように行動しなければならないとされてい

る。

ゴーリヤ小学校では、子供も大人も双方がどのようにしたら自分たちの学校

が優れた学習環境、楽しい場所になるかを考え、そのために、何をしなければ

ならないかというルールを一緒に決めている。

6 「安全な学習環境提供・オスロ」プログラム

ゴーリヤ小学校では「コネクト・オスロ」プログラム以外に「安全な学習環

境提供・オスロ」プログラムも導入している。

「オスロ紛争解決委員会(Conflict Council of Oslo)」との協力により、2

001年から「児童による仲裁」を開始した。仲裁員の児童が用いる方法は、

法律関連の軽微な対立のケースの場合にオスロ紛争解決委員会が用いる方法と

同一である。

児童が仲裁の役目を果たし、他の児童を支援することによって問題を解決す

ることは、学校環境にとって非常に重要であると考える。

ルールの例

私たちは、 ・お互いを思いやります。 ・優しく、仲良くします。 ・あいさつをします。 ・時間を守ります。 ・よくまとまって行動します。 ・校舎内は静かに歩きます。 ・校舎内にふさわしい静かな声で話します。 ・備品をいつもきれいに清潔にしています。 ・規則を守ります。 ・授業の開始前に整列します。 ・授業中には挙手をしてから発言します。 ・休み時間には外に出ます。 ・教室内では静かに椅子に座ります。 ・誰もが邪魔されずに勉強できるようにします。 私たちは、 ・他の人をいじめたり、嫌がらせをしたり、からかったりしません。 ・暴力を使いません。 ・悪い言葉を使いません。 ・人種差別をしません。 ・教室内で帽子や戸外用の衣服を身につけません。 ・授業中に食べ物を食べたり、飲み物を飲んだりしません。 ・校舎内でボール投げをしません。 ・建物や学校の備品を壊しません。

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仲裁員は、立候補者から選ばれる。仲裁員に選ばれると5年生の最後にトレ

ーニングを受け、6年生、7年生になって、仲裁員として活動する。仲裁員は

6年生、7年生各10名、男児、女児各10名となっている。仲裁員は1~7

年の全学年の紛争を解決する。休み時間に積極的に活動して問題の解決を図る。

特別に「仲裁の部屋」へ行って解決することもあるが、大部分は「仲裁の部屋」

を使わずに解決する。

仲裁員の重要な任務の一つは、休み時間に一人で孤立している児童はいない

か確認して、そうした児童が仲間と遊べるように手助けすることが挙げられる。

仲裁員の児童は、見分けがつくようにオレンジのベストを着用している。学校

の入口にも彼らの写真を掲示してある。仲裁員は、3名の担当教員からアドバ

イスと指示を受けて活動するが、けんかの対応をするときには、一方だけを責

めることなく、何が原因か、両サイドから事情を聞くように言われている。仲

裁員は人気のある役目で、他の児童からも尊敬されており、常にこれを希望す

る児童が大勢いる。

7 仲裁員の役割

ゴーリヤ小学校では、社会生活担当教員が仲裁員のトレーニングを担当して

いる。毎週金曜日にその週を担当した4名の仲裁員を集めて、指導したり出来

事を聞いたりする。そこで孤立している児童が明らかになれば、フォローアッ

プするためアドバイス等を行う。このように仲裁員からは教職員にとって役立

つ情報を得ることができる。休み時間に大勢の児童が遊んでいるところへ教職

員が行くと遊びが止まってしまい、問題点が見えなくなってしまうことがある。

仲裁員からの情報は、教職員にとって問題行動の把握など非常に役に立つが、

仲裁員は学校の環境をよくするために活動しており、警察の役目をしているわ

けではないので、情報がどこから入ってきたかは絶対に漏らさないようにして、

全体に対して、こういうことが起こっていると伝えるようにしている。児童は

誰が仲裁員なのか壁に掲示された写真で知っていて、ベストを着ていない仲裁

員(その週の担当ではない)が仲介員の役目を果たすこともある。

他校の仲裁員との交流については、1年に1回約400名の仲裁員が集まっ

て交流会を開催している。交流会では、仲裁員が学校で実施している解決方法

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を自分自身の両親のトラブルに活用してみたら、機能し解決を図ることができ

たことも発表された。

8 仲裁員の意見・感想

・仲裁員の仕事は、学校を居心地の良い場所にするのに役立つことができる

から、学校全体の児童のためになると思う。

・学校の環境を良くする役割に自分が加われることを誇りに思う。

・一人で孤立している児童を同じ学年の子と遊べるように助けることもする。

・できる限り自分たちで解決できるようにしているが、大きな争いごとは難

しいのでもう一人の仲裁員を呼ぶ。重大な事案には大人が必ず介入する。

・全部で20名いる仲裁員で、4名で 1 つのグループになり、一週間、仲裁

員を担当する。

・それほど大きな問題は起きていないので、常に二人ずつのペアで活動する

というわけではない。

・孤立している児童がいたら一緒に遊べる仲間を探すことが大切な仕事であ

る。

・仲裁員は見張りをしているわけではない。オレンジ色のベストを着ている

と孤立するなどして助けてほしい児童が近づいてくる。

9 いじめ防止対策

学校での生活について、5年生から7年生の児童を対象にアンケート調査を

行っている。「学校が楽しいか」という質問の中に、いじめの問題も項目として

含まれている。いじめに関しては、ゴーリヤ小学校は何年にも渡ってとても少

ない結果となっている。国、オスロ市の平均より大変優れた成績であり、優れ

たプログラムを導入し、大人たちが密な関係を持ち、優れた協力していること

が功を奏している。これからも問題を早めに見つけて、動けるように努力する

必要がある。休み時間の監視をする意味で、児童の仲裁員だけでなく、必要な

ときには黄色いベストを着ている教員に助けを求められるようにしている。

教職員は、児童の生活環境の状況を監視して、マッピングして理解する努力

をしている。孤立している子がいたり、いじめの傾向が見られたりした時は、

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必ずメモして届け、集約することにしている。

ノルウェーでは、学校の運営に児童を加える民主主義が進んでいる。児童会

活動が盛んであり、学校を良くするための会議にも、児童の代表として、2年

生から7年生までの各学年から2名の代表が参加して、学校の大事な決断に加

わる。アンケートの結果が明らかになったときも児童の代表が会議に参加する。

このようにしてノルウェーでは民主主義の精神を小さな子供から学ばせたいと

考えている。

また、これらの会議には、学年のPTA代表も加わり、生活環境を良くする

ためのアドバイスを教員にする。PTA代表による集まりもいじめ減少に重要

な役割を果たす。例えば、「インターネット、スマートフォンによるいじめにど

う対処するか」というようなテーマを決めて保護者が集まっている。

さらに、学校環境改善委員会には、児童代表、保護者代表、自治体代表、教

職員代表が集まる。いろいろな立場の人が集まって、議論することが大切だと

考えている。

10 行動計画

各学校で「行動計画」を策定することが法律に定めてあり、児童の社会心理

学的環境という内容が規定されている。いじめ、冒とくするような行為、人種

差別があったときは、どのような手順で何をするべきか、行動計画の中に明確

に定めてある。

いじめが報告、認識されたら、まず、保護者、学校管理職、生活担当教員が

会議をもつ。調査が必要になれば校長が当該児童に対して、法的根拠を示して

調査する。被害児童をどういう方法で助けるか計画を作成し、実施する。計画

実施後、フォローアップし、計画の効果を査定しているが、計画を実施すれば、

大部分が解決している。

11 警察との連携

ゴーリヤ小学校は、警察との連携はあまり密ではないが、他の学校では警察

と直接コンタクトもしている。警察には、学校側との連携の窓口として、スク

ールコンタクト担当者が配置され、5校程度を担当して問題行動を予防、防止

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する仕事に従事している。ひどい暴力や脅し等の重大事案に関しては、学校と

警察との直接的な関わりも可能であり、警察のスクールコンタクト担当者が、

休み時間や放課後に学校を訪問することもある。

また、インターネット、スマートフォンによる重大ないじめや脅しがあった

場合は、警察が支援し、パソコンの特定等も行う。深刻な問題になった場合は

学校からの要請に従い、警察が保護者や子供を呼ぶこともある。

昨今、インターネットによるいじめに焦点化している。自分の携帯電話等を

持っている児童が多く、SNS(ソーシャルネットワークサービス)によるい

じめが簡単にできる。グループ内で特定の児童のフェイスブックの「いいね」

ボタンを押さないように決め、他の児童のフェイスブックの「いいね」ボタン

を積極的に押すという事例があったが、これもいじめの一例である。学校での

携帯電話の使用は禁止し、電源を切るように指導しているが、違反者の電話を

取り上げる指導はしていない。

ネットいじめを廃絶しようというキャンペーンも行っており、「いじめ撤廃運

動」が9月の第一週に全国で行われる予定である。今年度は、ネット上のいじ

めについて焦点化する形でキャンペーンが展開される。

12 教職員から聴き取った内容

ハンセン校長

オスロ市で教員を20年して、ゴーリヤ小学校は管理職として2年目になる。

着任する以前から「コネクト・オスロ」プログラムは導入されていた。前任校

ではゴーリヤ小学校とは異なる「ゼロ」プログラムが導入されていたが、導入

されているプログラムの種類は問題ではない。次の勤務校でも「仲裁員」プロ

グラムは導入したいが、その学校で「コレクト」、「オルウェーズ」等のプログ

ラムが上手く機能しているようであれば、そのまま継承するべきであると考え

る。

「児童による仲裁員」プログラムはオスロ市内の26校が導入している。小

学校、中学校、高等学校のどのレベルでも導入している学校がある。この地域

は3小学校から1中学校へ進学するが、中学校には「夢の中学校」プログラム

がある。これは、生徒の中から代表を選び、夢の中学校にしようと取り組むプ

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ログラムである。ゴーリヤ小学校以外2校は「児童による仲裁員」プログラム

を導入していないことから、ゴーリヤ小学校で仲裁員を経験した生徒が中学校

でも活躍している。

社会生活担当教員

420名の全校児童うち、5名の事案についてフォローアップしている。

仲裁員の解決した事案の内容やその件数等に注目するのではなく、問題を起

こした児童に対して、仲裁員が解決するための方法を教えることによって、仲

裁員と問題を起こした児童がお互いに成長することを目指している。児童が将

来、人生においていろんな人と上手くやっていくために、課題を解決する方法

を学ぶことを目指している。

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8 オスロ市教育委員会(教育課)

訪問日:平成26年8月26日(火)

対応者:カーリ・オッデン氏(オスロ市教育委員会 専門コンサルタント)

1 オスロ市教育委員会

オスロ市教育委員会の管下には172の小・中・高等学校、特別支援学校、

成人学校があり、約87,000名の児童生徒、実習訓練生がいる。教職員は

13,688名で、これには清掃担当職員やアシスタントも含まれている。オ

スロ市は、例外的に県の役割も果たしている。

どの学校においても、子供が学ぶべきことを学び、卒業できるようにするた

めに、学校の環境を良くすることを目的の一つにしている。

実際の学校環境を見たとき、いじめ問題だけでなく、法を犯す子供、精神的

に不安定な子供、さらには麻薬の問題等、様々な問題がある。教育委員会とし

ては、これらの問題に関する研究、政治指針の策定、児童生徒の調査、学校の

ニーズ評価による取組内容及び方向の決定を行っている。

どの子供にもいじめや暴力のない平和な優れた学習・活動環境を与えること、

より多くの生徒・実習訓練生が高等教育を修めるようにすることが大切であり、

子供たちには学校で多くの知識を得て、卒業してほしいと考えている。

教育委員会の取組は、教育法および知識向上改革の指導計画に基づいて行わ

れており、その基本方針は以下のとおりである。

(1)目的に関する項目

生徒・実習訓練生が自分の人生を生きていけるよう、また社会において仕

事や組織に参加できるよう、知識、技能、姿勢を身に付けさせることも教育

の目的である。

(2)一般要求事項

基礎学校および高等学校のすべての生徒は、健康、幸福、学習を促進する

よき物理的環境、心理社会的環境を享受する権利を持つ。

(3)心理社会的環境

学校は、各生徒が安心して社交的に加わることのできるよき心理社会的環

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境を促進するために積極的・組織的に取り組まなければならない。ある生徒

が侮辱、いじめ、差別、暴力等を受けていることを知った、あるいはそのよ

うに感じた学校職員は、直ちにその事案を調べ、学校管理職に知らせ、必要・

可能であれば、自ら直接介入する。

2 学習環境の整備

子供にとって良い学習環境とは、物理的に快適であること、安心して学べる

こと、健康的で楽しんで勉強できる環境のことである。学校は、子供に専門的

知識を与えるところであり、学校に楽しい友達がいることが、最も子供のモチ

ベーションを高め、学校に優れた友達がれば、子供の登校意欲は高まる。

-学習環境の5つの基本条件-

・クラス、教育課程を率いる教員の能力

・児童生徒一人一人と良い人間関係を築く教員の能力

・児童生徒間の良い人間関係、学習文化

・学校と家庭の良い協力

・学校における学習のための良き管理、組織、文化

学習に対するモチベーションは様々な環境の影響を受け、先生と子供の関係

や、物理的な環境の悪化がいじめの発生等につながることが、学術研究により

解明されてきた。学校で専門的知識を学んでいるか、精神的に安心して楽しん

で学んでいるかということは、子供の学びと非常に密に関連している。

専門的な学科のレベル・理解度を上げるために、特に国語、算数・数学のモ

チベーションを高めるように工夫したところ、子供から学校が楽しくなってき

たという反応がみられた。優れた先生が楽しい授業をすれば、結果も良くなり

楽しさも増すという結果になった。

オスロ市内の高校生の中途退学率は国全体の比率より少なく25%である。

中途退学させずに卒業させるための方策を検討中である。中途退学する理由を

調べるなどしてフォローアップに努めているが、孤立、いじめが原因であるこ

とが多い。授業についていけなくなり、学校が楽しくなくなってしまい、中途

退学してしまうという悪の循環が見られる。学校を卒業するまで続けるために

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は、学校が楽しい場所でなければならない。いじめがなく、友達ができるよう

な環境を作っていきたい。

中途退学者は職業高校に多く、その要因として、実習等を行う前の理論を重

視した学習の部分で興味を失ってしまう例が多い。中途退学した生徒の就職は

困難であり、労働市場においても弱い立場になる。

一方、普通高校は卒業できる生徒が多く、卒業まで学校を続けられた生徒は

就職も容易である。

これらのことから、まず高等学校を卒業できるようにすることが重要であり、

中途退学者を減らすことが大きな課題であると認識している。

3 いじめへの対応方法

どの学校も行動計画として事件・事故等が起こったときの行動方針を定めて

ある。

問題行動に対して、学校は関係機関と協力して取り組まなければならないが、

家庭の協力、地域の協力が必須である。

家庭が学校に期待することとして、安全と楽しさがあり、必要があれば学校

は常に手を差し伸べ、支援する用意があることを明確にし、家庭と学校の協力

関係を当然のこととしている。

いじめ、冒とく行為、人種差別は絶対に許さないという決意の下に学校があ

り、何かあればフォローアップする責任が学校にある。学校は生活環境の問題、

専門的な教科の内容に関する問題等が確認された場合、体系づけて行動する必

要があり、保護者と連絡を取り、協力関係のうちに解決する姿勢が求められる。

学校が保護者に期待することとして、子供が学校に対してネガティブな印象

をもたないように学校のことをポジティブに話すこと、子供が学校で嫌な思い

をしている場合は、遠慮せずに連絡すること、学校の催し物や、PTAの集会

には、保護者が積極的に参加すること、保護者同士の協力関係を結び、活動を

密にすること、児童生徒が学校の規則に従うように共同責任を負うことが挙げ

られる。

保護者との協力関係なくして、学校の教員だけでは優れた環境は作れない。

保護者も協力して初めて優れた学びの環境を作ることができる。

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4 オスロ市教育委員会から各学校への働きかけ

各学校の教職員のいじめに対応する能力向上を図るために、いじめに関する

専門知識を得るためのトレーニングを提供している。

各学校の取組や行事等を確認するとともに、学校としてよくないところが明

らかになれば、国のガイドライン等が遵守できるように、積極的な行動を求め

る。

保護者等から苦情があったら受け付け、それを調査している。保護者からの

訴えの典型的な例としては「学校は十分なことをしてくれない」というものが

入ってくる。各苦情についてフォローアップするとともに、各学校の取組・措

置の率先を求める。さらにキャンペーン活動を展開するなど、いじめの未然防

止に取り組むことを求めている。

オスロ市教育委員会から、各学校に対して専門的な学科についての指導や学

校経営に関する指導を行っているが、国のコアカリキュラムやシティズンシッ

プ教育の実施に関しては、焦点化して取り組むポイントだけを指示している。

いじめ対策についても、学校として体系的に計画性を持って取り組むように

指導することはできるが、特定のプログラムの導入を命じることはできない。

ゴーリヤ小学校が導入している「児童による仲裁員」制度についても、その

優れた結果を他の学校に紹介することはできるが、導入するように命ずること

はできず、導入するプログラムの決定は各学校の判断に委ねられている。

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9 青少年心理研究センター

訪問先:青少年心理研究センター

日 時:平成26年8月27日(水)

対応者:ダン・オルウェーズ氏(ベルゲン大学教授)

アンドレ・バラッズネス氏(研究員)

アニータ・スクーグスランド氏(研究員)

レイダー・スホルズ氏(オルウェーズインターナショナル)

他センター研究員4名

1 はじめに

当日は、青少年心理センタ

ーの研修会が、ベルゲン近郊

のソルストランドで行われ

ており、オルウェーズベルゲ

ン大学教授もその研修会に

参加されていたので、会場へ

出向き意見交換等を行うこ

ととなった。会場のソルスト

ランドホテルは、周囲にフィ

ヨルドを臨む素晴らしい場所に位置し、会議を行った部屋からも美しい景色を

見ることができた。

当日のスケジュールについては、青少年心理センターの組織についての説明

を受けた後、オルウェーズプログラムのノルウェーでの導入状況、ダン・オル

ウェーズ教授自身からのプログラム説明、そして最後に他国でのオルウェーズ

プログラムの導入状況について、オルウェーズインターナショナルから説明を

受けた。

2 青少年心理研究センターについて

ユニ・リサーチ(Uni Research)は、教育、健康、科学の研究や開発を行う

【会議場からの眺望~ビョルネフィヨルド】

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行政から独立した学術研究所であり、50ヶ国にわたって400人の職員を抱

えている。ユニ・ヘルス(Uni Health)は、7つあるユニ・リサーチの一つの

部署であり、子供の健康、精神衛生、児童保護、教育環境の整備等を取り扱っ

ている。

この日は、オルウェーズプログラムを導入しているユニ・ヘルスの西部地域

のセミナーが行われており、参加者が我々との協議に応じてくれた。

3 オルウェーズプログラムについて

オルウェーズプログラムの目標は、学校でのいじめや社会性のない行動を減

らすことである。いじめ解決に向けては、学校環境と学校文化を改善する必要

がある。具体的にそこで求められるのは、

① 積極的な関心を持つ教員や

大人たちに囲まれていること。

② 許容できない行動を明確に示

すこと。

③ ルールを守らないからといっ

て、暴力をともなうような罰

を与えたり、敵対視したりす

るような方法で罰しないこ

と。

④ 大人たち自身がルールを守ることによって、子供たちのモデルになること。

の4つである。

いじめの定義については、

① 相手に対して否定的な行動をとること。

② 1度だけでなく、繰り返されること。

③ 強い者、弱い者という力関係が存在していること。

が挙げられる。

また、態様としては身体的暴力をふるうものもあれば、仲間はずれ、ネット

によるいじめ等様々である。

オルウェーズプログラムは、個人と集団の両方を対象にするプログラムであ

【オルウェーズプログラムの説明】

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る。具体的に学校で行うこととしては、子供たちにアンケートを実施し、学習

環境がどのようになっているかについてマッピングし、どこで何が起きている

のかを精査する。それによって、プログラム導入前の状況について確認した後、

プログラム実施に移っていく。以後、同様のアンケート調査は毎年行う。

プログラムに関わる職員については、2週間に1度の割合で、1年半にわた

って実施に向けての研修を行う。プログラム実施に当たっては、学校、保護者、

自治体とも連携し、キャンペーンを行い、いじめ防止運動の意義を明確にする

ことが必要である。また、プログラムの進捗状況については、教員、保護者が

関わり、管理できるようにする。保護者を交えた会議を開催し、教室内でのル

ールを作成する。

いじめがあったことが疑われるような個々の子供たちが抱える事案について

は、学校の管理職のリーダーシップの下で会議を行う。例えば活動場所を制限

するなどして、次も同じようなことをした場合は、懲戒が与えられることを説

明する。

プログラムの実施工程作成などで、自治体と連携する際は長期的な視点で考

えることが必要である。また、大人の対応方法を変化させるために、マニュア

ルを通じて専門的な知識を身に付ける。教員のリーダーシップが必要となり、

生徒と教員、あるいは生徒間の相互関係を重視しつつも、問題事象は大人が解

決し、対処することが原則である。プログラムをより充実したものにするには、

適切な実施方法で行うこと、保護者を参加させること、着実な工程で実施する

ことが必要である。

ネット上のいじめについては、新しい知識が必要になっており、研究が現在

進んでいるところである。

プログラムの普及方法であるが、自治体関係者の参加を依頼する形をとるの

ではなく、自発的な参加を呼びかけるようにしている。自治体のプロジェクト

としての位置づけを行い、キャンペーンにつながるようにする。そうすること

によって、国の施策として動き出す場合も出てくる。

青少年心理研究センターでは各自治体に1人、専門家の配置を要望している。

この専門家に対し、オルウェーズプログラムの様々な情報を与えるようにして

いる。校長や地域の実力者にも情報提供を行うこともある。プログラムの導入

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について決定されると、学校のプログラムリーダーに対して1年半の間に12

日間の研修を行う。マニュアルに従って、その研修を実施することによって、

リーダーはいじめへの対応ができるようになり、生徒との対話も始められるよ

うになる。研修を受講した1名の教員が各学校に入り、他の教員に研修を行う。

学校では各教員がロールプレーを行うなど新たな取組が始まる。この頃には、

学校はいじめ事案に対応できるようになっている。

プログラム導入後1年半が経過した時に、プログラムの成果を測る。プログ

ラムを採択した学校はオルウェーズスクールとなり、定期的に点検が行われる。

オルウェーズスクールには教材、参考資料が準備され、プログラムの質の低下

を防ぐために、3年に1回オルウェーズインストラクターが学校に出向き、点

検を実施する。マニュアルどおり実施しているかどうかを評価し、次の3年間

もオルウェーズスクールと認定できるかどうかを判断する。認定できる場合は、

学校に対して認定証を発行する。

【パワーポイント資料(和訳)】

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【協議中に行われた質疑応答】

Q 問題行動があった生徒に対して制裁を加えることについて、保護者の了

解を得ることはできるか?(日本の場合、一般的には懲戒権はない。)

A 保護者たちには事前に説明しているので、制裁を加えることについての

クレームは出ない。いじめ問題を解決するに当たって、懲戒権は重要な

要素なので、日本はそのことについては見直すべきではないか。

Q プログラムへの保護者の協力を得るために、具体的な方策はあるか?

A 保護者が非協力的であることについては、ノルウェーでも問題となるこ

とがある。具体的な情報を流し、協力体制が構築できることで得られる

メリットについて説明することが必要。

Q インストラクターの養成、さらにプログラムの質の確保にかかる経費は

どのくらいかかるか?

A 100人程度の学校の場合で 13,000 クローネ。(日本円で 20 万円程度)

この費用については、行政機関が支払うことが多い。

4 オルウェーズ教授との意見交換

いじめの定義については、

① 相手に対して拒否的な行動をとること。

② 1 度だけでなく、繰り返されること。

③ 強い者、弱い者という力関係が存在していること。

が挙げられる。口頭、暴力など様々な形で、多様な場面で行われる。このいじ

めの定義については、日本でも同じことが述べられている。

いじめは、子供の成長とともに減少する。アメリカ、カナダ、ヨーロッパな

ど40ヶ国で調べたところ、ほぼ同じような結果が出ているし、これは日本の

森田洋司教授の調査でも同様の結果で

ある。

いじめが起こるグループの構図とし

ては、被害者、いじめを指揮する者、い

じめをサポートする者、楽しんで見てい

る者、傍観者、何もできない者等、様々

【オルウェーズ教授の説明】

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な立場の者がいる。

欧米諸国では、経済的に恵まれた家庭において女子の児童・生徒がいじめに

対峙する行動を起こせないことが多い。相手を拒絶するような行動は良くない

と考えていても、自分が攻められることには耐えられない。傍観することによ

って、いじめを助長することになる。

いじめられる経験を持つと、自分に自信を持てなくなってしまうことがある。

もともとそうでない子であっても、いじめられることによって、不安や恐怖を

感じやすくなる。研究結果を調べてみると、いじめを受けた20年後に影響が

出る場合もある。学校在学中だけでなく、その人物の何年後かに変化が出る場

合がある。また、犯罪心理学の専門家の研究によると、1970年に始めたス

ウェーデンの調査結果では、「いじめっ子」の半数が24歳までに犯罪を犯すと

いう結果が出ている。世界

的な調査でも、「いじめっ子」

は犯罪者、アルコール中毒

患者になる割合が高いとも

言われている。いじめは、

加害者、被害者、誰にとっ

ても不幸な状況を生み出す。

スウェーデンの経済学者は、

1人のいじめで、1000

万クローネ(1 億 8 千万円)

の経費が無駄になると試算している。

インターネット上でのいじめは解決が難しいとされている。2006年には

それほど多くなかったが、現在は増加傾向にある。ネット上で被害にあう子供

は、ネット上以外でもいじめにあう経験を持つことが多い。これまでのいじめ

とネット上のいじめを簡単に比較することはできないが、非常に深刻な問題で

あることは間違いない。これまでからあるいじめと比べて、ネット上のいじめ

は飛躍的に増加している。

1983年から、オルウェーズプログラムを導入した学校で統計をとってみ

たところ、好ましい結果が出ている。半年でいじめが2分の1に減少している。

【オルウェーズ教授との意見交換】

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万引きや破壊行為についても減少している。1997年、2001年の調査に

おいても、いじめは減少している。2009年には、約30のいじめプログラ

ムについて評価を行った。プログラムに参加した学校では、平均して20%程

度の割合でいじめが減少していた。その中でも、オルウェーズプログラムは良

い結果が出たと自負している。

5 オルウェーズインターナショナルとの会談

オルウェーズインターナショナルのレイダー氏から、プログラムの各国での

実施状況について説明があった。オルウェーズインターナショナルは、ユニ・

システムの枠外でプログラムを実施している。プログラムについて、ノルウェ

ー教育省からの補助が全く出ないので、商業ベースで運営し、参加校を増やす

ことで経費を捻出するようにしている。アイスランド、スウェーデン、リトア

ニアの三か国については国家プロジェクトとして成立している。今秋には、ド

イツでも大きなプロジェクトを立ち上げる予定である。

オルウェーズプログラムは、ひとつのパッケージとして考案されたものなの

で、一部分を取り出して用いるのは難しい。いじめが起こる原因は様々である。

解決に当たっては、その原因全てに対応しなければならない。したがって、処

方箋どおりに実施することが重要で、部分的な使用ではあまり良い結果は出な

い。

海外でのプログラム実施方法であるが、オルウェーズプログラムに関心を持

ってくれた人々のところに出向き、説明することから始まる。プログラムは国

や地域のプロジェクトとして開始されるものもある。

プログラム実施の1年前から準備段階に入り、学校と情報のやりとりを電話、

メール等で行う。1年から2年半の間、頻繁に連絡を取り合い、地域の実力者

やメディアとも接触を図ることがある。政治的バックアップ、財政的サポート

がないとプログラムは成功しない。国によって、文化、行動規範や価値観が異

なるので、準備段階では、それぞれの国でどのような条件で行うのが適切かに

ついて検討する。使用言語が異なる場合もあるので、通訳者とも会議を重ね、

ことばの伝え方についても充分チェックを行う。学校の代表者、教職員、教職

員組合等とも話し合いを行い、調整を図る。教職員の業務も増えるので、給与

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等について話し合いを持つこともある。どの学校から開始するのかについても

慎重に検討する。同じ地域から多数の学校が参加し、地域をあげての運動にな

ることが望ましい。実施主体と様々な協力関係を築くことによって、子供たち

により良い学びの場を与えられるように努めている。「いじめはある程度は仕方

ない」とか「数を減らせば良い」など大人の考え方が多岐にわたることがある

が、大人が協調して取り組むことが必要である。

インストラクターは信頼を得ている人物であることが必要で、学校を変革す

るには大きなエネルギーが必要となるので、強い意志を持った人物であること

も条件である。1年半から2年を経過したところでプロジェクトが機能してい

るかどうかの評価を行う。各国でプログラムを運営できるようになれば、プロ

グラムのスタッフは引き揚げる。実施に当たって、漏れがないよう点検するの

もインストラクターの仕事である。インストラクターは、通常1校から2校を

担当するが、ひとつの学校でのプログラムを終了すれば、次の学校を担当した

いという希望が多い。

様々な国々でいじめ問題が表面化している。いじめは学校だけでなく、社会

全体の問題であり、メディアから取り上げられることも重要である。日本でも

いじめ問題対策プログラムが始まれば、オルウェーズプログラムを紹介できる

と考えている。アメリカでは、現在約1万校がプログラムに参加している。

オルウェーズプログラムを実施するに当たってかかるコストは、学校が使用

する教材費、インストラクターの現地滞在費、報酬費である。アンケートはW

EB上で行われるので経費はかからない。

【意見交換参加者との記念撮影】

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おわりに

直接現地の教育関係施設を訪ね、関係者との協議を持つことで、これまで行っ

てきた調査研究の中身を深く掘り下げることができた。様々な主体の取組から共

通して見出せた点は以下の点である。

1 社会全体で子供たちを守ろうとする大人の姿勢

子供オンブッドの思想は子供の価値観を認めながらも、子供たちによい環境を

保障するのは大人の責務であり、そのためには大人自身がどのようにあるべきか

についても踏み込んでいる。また、教育研究省と教育研修局で伺った話では、施

策やマニフェストを通じて、学校環境をよりよいものにしなければならないとい

う国の強い姿勢を感じた。強い姿勢を様々な主体にきちんと示すことは取組の出

発点である。

2 子供たち自身のいじめ問題解決への積極的な参加

オスロ市のゴーリヤ小学校で話を伺った生徒仲裁員は、誇りを持ってその役割

をこなし、自分たちの学校をよりよい環境にするために前向きに取り組んでいた。

シティズンシップ教育が実践されていると感じた。各種のプログラムにおいても、

この点は重要な点に位置付けられている。

3 どこでも活用可能な汎用プログラムは存在しない

国家レベルでの様々な教育プロジェクトが開発されている。児童行動発達ノルウ

ェーセンターでは、PALSプログラムの詳細について伺ったが、プログラムの開

発、導入、検証が10年以上の期間に渡って行われていた。我が国では、いじめ防

止プログラムとしては、オルウェーズプログラムがよく知られているが、これ以外

にもノルウェーでは様々な教育プログラムが考案され、各学校で導入されている。

日本においても各学校の実情は様々であり、結局のところ各教育委員会が学校と共

に先行例を参考としつつ実情に応じた方策を考案する外ないのではないか。

今回のノルウェー視察では、いじめ防止に関わる取組の視察が中心的課題であ

ったが、子供を守るという観点から他の様々な取り組みについて学ぶことができ

た。文化的な背景は異なっても、日本でも参考にできることは数多くあろう。

最後に、ベルゲン大学のオルウェーズ教授をはじめ、各視察先にて私たちに対

応してくださった方々、視察が円滑に進むよう取りはからって頂いた駐日ノルウ

ェー王国大使館にお礼を申し上げる。

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平成25‐26年度諸外国との比較研究等事業研究報告書 諸外国におけるいじめ問題への対応 ― 市民性の育成を中心に ―

平成27年1月発行 編集・発行 全国都道府県教育委員会連合会

東京都千代田区霞が関三丁目3番1号 尚友会館 電話 03-3501-0575