腟・子宮頸管におけるモビルンカスの検出状況なら...

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382 腟 ・子宮頸管 にお けるモ ビル ンカスの検 出状況 な らびに 細菌性腟症における臨床的意義について 順天堂大学医学部産婦人科学教室 金子 隆弘 久保 田武美 高田 道夫 順天堂医院中央臨床検査室 (平 成3年11月11日 受 付) (平 成3年11月16日 受 理) Key words: Mobiluncus spp., Gardnerella vaginalis, clue cells, bacterial vaginosis 女 性 下 部 性 器 に お け る,Mobiluncusの 検 出 状 況 を,非 妊 婦,妊 婦,細 菌 性 腟 症 患 者 の3群 について検 索 した.健 常 婦 人 に お け るMobiluncusの 検 出 率 は 非 妊 婦 腟 で は3.2%,頸 管 で は2.9%で あ り,妊 婦 0.7%,頸 管 で1.1%で あ っ た.非 妊 婦 に お い て,検 出 率 は や や 高 く,腟 ・頸管 にお ける差 は認 め られ な か っ た.細 菌 性 腔 症 症 例 で のMobiluncusの 検 出 頻 度 は27.3%で あ り,健 常 婦 人 群 に く らべ 有 意 に 高 値 を 示 した. 細 菌 性 腟 症 と関 係 が 深 い と考 え ら れ て い るMobiluncus, G.vaginalisな らびに他の嫌気性菌群 性 腟 症 症 例 に 占 め る 割 合 を み る と,Mobiluncus単 独 は9.1%,G.vaginalis単 独 は21.2%, あ る い はG.vaginalisが 検 出 され な い 嫌 気 性 菌 群 は21.1%で あ っ た.さ ら に,こ れ ら2種 あ る い は3 の 併 存 例 は39.3%で あ り,こ れ らは す べ て 嫌 気 性 菌 群 との 併 存 で あ り,MobiluncusとG.vaginalis の み の 併 存 例 は 無 か った.一 方 こ れ ら の3種 の い ず れ も検 出 され な か っ た 症 例 は9%に す ぎなかった. 薬 剤 感 受 性 試 験 で は,MobiluncusはTC, OFLXに 対 して は,耐 性 を 示 し た がPCG, EM, は感 性 を 示 し,こ れ らの薬剤による治療効果が期待 された .し か し,多 くのSTDに 対 して,効 果を示す TC, OFLX が Mobiluncusに 対 して,有 効 で な い こ と はSTDの 治療 上 注意 す る必 要 があ る と考 た. Candida, Trichomonas などの特定の微生物が 検 出 さ れ な い腟 炎 は,古 くから非特異性腟炎 (non-specific vaginitis), ヘ モ フ ィ リス 腟 炎1), ガ ー ドネ レ ラ腟 炎 な ど と呼 ぼ れ て い た が,近 年, 新たに細菌性腟症という概念でとらえられてい る.細 菌 性 腟 症 は 悪 臭 の あ る帯 下 を主 訴 と し,そ の診断は特定の分離菌によらず臨床症状に基づい て な され る.こ の よ うな例 に対 し細 菌培養 を行 う と,し ば しば 複 数 の菌 が検 出 さ れ る.そ の中でも 現 在 と くに注 目 され て い る もの と して,Mobilun- cusが 挙げ られ る.Mobiluncusの 臨床的意義 い て は す で に い くつ か の 報 告 が な さ れ て い る が2)~5),今回 筆 者 らは 腟 お よ び頸 管 か ら の Mobiluncusの 分離状況を検討 し,ま た,細 菌性 症 の 診 断 基 準 を 満 た す 症 例 に お け るMobiluncus 検 出 の頻 度 と 同時 に 分 離 され た菌 の 分 布 状 況 を 分 析 し,分 離株の薬剤感受性試験を行った. 別 刷 請 求先:(〒113)文 京 区本 郷2-1-1 順天堂大学医学部産婦人科教室 金子 隆弘 感染症学雑誌 第66巻 第3号

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382

腟 ・子宮頸管 にお けるモ ビル ンカスの検 出状況 な らびに

細菌性腟症 における臨床的意義につ いて

順天堂大学医学部産婦人科学教室

金子 隆弘 久保 田武美 高 田 道夫

順天堂医院中央臨床検査室

小 栗 豊 子

(平 成3年11月11日 受 付)

(平 成3年11月16日 受 理)

Key words: Mobiluncus spp., Gardnerella vaginalis,

clue cells, bacterial vaginosis

要 旨

女性下 部 性器 にお け る,Mobiluncusの 検 出状況 を,非 妊 婦,妊 婦,細 菌性 腟症 患者 の3群 につ いて検

索 した.健 常 婦人 に おけ るMobiluncusの 検 出率 は非妊 婦腟 で は3.2%,頸 管 では2.9%で あ り,妊 婦腟 で

0.7%,頸 管 で1.1%で あ った.非 妊 婦 にお いて,検 出率 はやや 高 く,腟 ・頸管 にお ける差 は認 め られ な

か った.細 菌 性腔 症症例 で のMobiluncusの 検 出頻 度 は27.3%で あ り,健 常 婦人 群 に くらべ有 意 に高値 を

示 した.

細菌 性腟 症 と関 係が深 い と考 え られて い るMobiluncus, G.vaginalisな らびに他 の嫌 気性 菌群 が細 菌

性腟症 症例 に占め る割合 を み る と,Mobiluncus単 独 は9.1%,G.vaginalis単 独 は21.2%, Mobiluncus,

あ るいはG.vaginalisが 検 出 され な い嫌気 性菌 群 は21.1%で あ った.さ らに,こ れ ら2種 あ るいは3種

の併存 例 は39.3%で あ り,こ れ らはす べ て嫌気 性菌 群 との併存 であ り,MobiluncusとG.vaginalis 2種

のみ の併存 例 は無 か った.一 方 これ らの3種 の いず れ も検 出 され なか った症 例 は9%に す ぎなか った.

薬 剤 感受 性試験 で は,MobiluncusはTC, OFLXに 対 して は,耐 性 を示 したがPCG, EM, CLDMに

は感 性 を示 し,こ れ らの薬 剤 に よる治療 効果 が期待 された.し か し,多 くのSTDに 対 して,効 果 を示す

TC, OFLX が Mobiluncusに 対 して,有 効 で な い ことはSTDの 治療 上 注意 す る必 要 があ る と考 え られ

た.

序 文

Candida, Trichomonas な どの特 定 の 微 生 物 が

検 出 さ れ な い 腟 炎 は,古 く か ら 非 特 異 性 腟 炎

(non-specific vaginitis), ヘ モ フ ィ リス 腟 炎1),

ガ ー ドネ レ ラ腟 炎 な ど と呼 ぼ れ て い た が,近 年,

新 た に 細 菌 性 腟 症 と い う概 念 で と ら え られ て い

る.細 菌 性 腟 症 は 悪 臭 の あ る帯 下 を主 訴 と し,そ

の診 断 は 特 定 の 分 離 菌 に よ らず 臨 床 症 状 に 基 づ い

てなされる.こ のような例 に対 し細菌培養を行 う

と,し ばしば複数の菌が検 出される.そ の中でも

現在 とくに注 目されているもの として,Mobilun-

cusが 挙げ られ る.Mobiluncusの 臨床的意義につ

いてはす でにい くつか の報告 が な されて い る

が2)~5),今回 筆 者 らは 腟 お よ び頸 管 か ら の

Mobiluncusの 分離状況を検討 し,ま た,細 菌性腟

症の診断基準を満たす症例におけるMobiluncus

検 出の頻度と同時に分離された菌の分布状況を分

析し,分 離株の薬剤感受性試験を行った.別刷請求先:(〒113)文 京区本郷2-1-1

順天堂大学医学部産婦人科教室

金子 隆弘

感染症学雑誌 第66巻 第3号

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細菌 性 腟 症 とMobiluncus spp. 383

Table 1 Colonization rates of Mobiluncus spp.

対象 と方法

対象は1989年11月 より1990年12月 の間に当科を

受診 した外来患者 と入院患者 より選んだ.

材料採取方法は,外 来症例,入 院症例 ともに次

の方法によった.ク スコ式腟鏡装着後,滅 菌綿棒

を用い後腟円蓋よ り腟内容を採取 した.頸 管に関

しては,同 じくクスコ式腟鏡を装着 し,産 婦人科

用イソジンクリーム(1g中 ポピ ドン ヨー ド50mg

含有)を 用いて腟内を3分 間かけて消毒した後,

滅菌綿棒を腟壁に触れないよう十分注意しつつ頸

管内に挿入 し,検 体を採取 した.検 体は,両 者 と

もにプレーン ・ステ リールあるいは嫌気ポーター

に移植し,可 及的速やかに分離培養に供 した.同

時にclue cellsの確認のため後腟円蓋 より腟内容

を採取 し,Papanicolaou染 色による細胞診を施

行 した6).

細菌の分離,同 定に使用 した培地ならびに方法

は次に示す通 りである.

(1) 好気培養 (24~48時 間)

血液寒天培地 (BBL)

チ ョコレー ト寒天培地 (BBL)

BTB乳 糖寒天培地 (栄研)

(2) 嫌気培養<ガ スキ ット法> (48時 間)

血液加ブルセラ寒天培地 (BBL)

GAM寒 天培地 (日水)

ヒツジ血液寒天培地 (BBL)

Mobiluncusの 分離 ・同定のためにグラム染色

標本で弯曲桿菌が認められた検体に対 し,ヒ ツジ

血液寒天培地での培養をさらに48時 間行い,集 落

を観察 し,グ ラム染色,CAMP試 験を行った.こ

れに加え,馬 尿酸試験および硝酸塩還元試験によ

り,亜 種の鑑別を行った.

分離 ・同定されたMobiluncusの 薬剤感受性試

験 は寒 天 平 板 希 釈 法 に よ った.基 礎 培 地 と して,

ブル セ ラ寒 天 培 地(BBL)を 用 い,2%馬 溶 血 血

液 お よ び,1%イ ソ ビ タ ールX(BBL)を 添 加 し,

72時 間 嫌 気 環 境 下(ア ネ ロカ ル ドーA,メ ル ク)に

培 養 した.薬 剤 感 受 性 試 験 に お け る 使 用 薬 剤 は

benzylpenicillin (PCG), cefazolin (CEZ), cefa2

clor (CCL), cefuzonam (CZON), flomoxef

(FMOX), cefotaxime (CTX), tetracycline

(TC), erythromycin (EM), clindamycin

(CLDM), oHoxacin (OFLX)で あ る,

細 菌 性 腟 症 の診 断 はSpiegelら の 診 断 基 準 に準

じ て行 った7).即 ち,

(1) 粘 性 に乏 し く,均 一 で非 特 異 的 な 帯 下 の存

(2) 帯 下 のpHが4.5以 上

(3) 10%KOHの 滴 下 で 増 強 す る ア ミン臭

(4) 塗 抹 標 本 あ る い はPapanicolaou stained

smearに お い てclue cellsの 存 在

上 記4項 目の3項 目以 上 を 満 た す も の を,細 菌

性 腟 症 と診 断 した.

な お 成 績 の解 釈 に あ た って は,腟 内 常 在 菌 で あ

るLactbacillusは 除 外 した.

結 果

1. Mobiluncusの 検 出 状 況

Mobiluncusの 検 出 状 況 を,Table 1に 示 した3

Table 2 Isolation of Mobiluncus spp

(44 cases)

平成4年3月20日

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384 金子 隆弘 他

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細 菌 性腟 症 とMobiluncus spp. 385

群 に つ い て 検 索 した.腟 内 検 索 例 が 計889検 体,頸

管 検 索 例 が 計688検 体 で あ る.

1) Mobiluncusの 検 出率

各 群 に お け るMobiluncus検 出 率 をTable 1に

示 した.ス ク リー ニ ン グに お い て,腟 で は非 妊 婦

18/576(3.2%),妊 婦2/280(0.7%)で あ り,頸

管 で はそ れ ぞ れ12/410(2.9%), 3/278(1.1%)

と腟 ・頸 管 と も非 妊 婦 に お い て検 出 率 が 高 か った.

しか し,腟 と頸 管 に お け る検 出 率 に は有 意 差 を認

め な か った.ま た,細 菌 性 腟 症 症 例 で は9/

33(27.3%)と 高 率 で あ っ た.

2) 菌種 別 の 検 出状 況

分 離 され たMobiluncus44株 の 種 お よび亜 種 別

の 検 出 状 況 を ま とめ た の がTable 2で あ る.M.

curtisii subsp. holmesiiが31/44(70.5%)と 最 も

多 く検 出 され て お り,M.curtisii subsp. curtisii

は7/44(16.0%), M.mulierisが6/44 (13.6%)

で あ った.

2. 細 菌 性 腟 症 症 例 に お け る 分 離 菌

Table 3に 示 した 細 菌 性 腟 症 の 診 断 基 準 を 満 た

した33症 例 の 内訳 は,非 妊 婦 が30例,妊 娠 中 期 妊

婦 が3例 で あ る.こ れ らの 症 例 に お け るMobilun-

cusの 腟 ・頸 管 か らの 分 離 頻 度 は 先 のTable 1に

示 した よ うに9/33(27.3%)で あ る.ま た,Gard-

Table 4 Isolated strains from bacteral vaginosis

Control: Patient undergoing operation

平成4年3月20日

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386 金子 隆弘 他

Fig. 1 Distribution of microbial flora in bacterial

vaginosis

nerella vaginalisの 分 離 頻 度 は18/33(54.5%)で,

最 も分 離 頻度 の 高 い菌 種 で あ った.さ ら に,ア ミ

ン臭 の 発 生 に深 く関 与 す る と考 え られ て い る,嫌

気 性 菌 群(Mobiluncusを 除 く)の 分 離 頻 度 は20/

33(60,6%)で あ った.こ れ らはTable 4,Fig.1

に対 象 群 と して 示 した 婦 人 科 手 術 前 の 腟 よ り得 ら

れ た 菌 の 分 布 と有 意 に 異 な る分 布 を 示 して い る

(x2-test, p<0.001).

す な わ ち,細 菌 性 腟 症 で は,グ ラ ム陽 性 球 菌,

特 にEnterococcus属 の検 出 率 が 低 く嫌 気 性 菌 群,

特 にBacteroides属 の検 出率 が 高 い.ま た 細 菌 性

腟 症 に お い て,こ れ らの嫌 気 性 菌 群 が 重 複 し て検

出 され て い る 状 況 を 図 示 した も の がFig.2で あ

る.1/3の 症 例 に お い て 嫌 気 性 菌 群 との重 複 が み と

め られ た.一 方,Mobiluncus, G.vaginalis,嫌 気

性 菌 群 の いず れ も分 離 さ れ な か った 症 例 は3例 の

み で あ った.

Fig. 2 Overlapping areas represent cases with

polymicrobial infections of Mobiluncus spp., G.

vaginalis and Anaerobes, Non-overlapping areas

are single infections

n=33 (cases)

* Anaerobes contains plural spesies, except Mobiluncus spp.

3. clue cells陽 性 例 の 細 胞 診 所 見

パ パ ニ コ ロー染 色 に よ る 細 胞 診 に よ り,clue

cellsが 認 め られ た21例 に関 して,細 胞 診 の 結 果 か

ら炎 症 の 程 度 を検 討 した.Table 5の よ うに,Par-

abasal cellの 出 現 を み る よ うな 高 度 の 炎 症 所 見

を 示 した も の は1例 の み で,そ の ほ か の 症 例 で は

いず れ も炎 症 の程 度 は 軽 く,炎 症 は腟 上 皮 の表 層

に の み 限 局 し て い る もの と考 え られ た.

4. 分 離 株 の 薬 剤 感 受 性

Table 6は 分 離 株 の 各 種 抗 菌 剤 に 対 す る,

MIC50, MIC90を 示 した もの で あ る.TC, OFLX

Table 5 Cytological findings in patients with clue cells in cases of bacterial vaginosis (Papanicolaou stained

smear from vaginal discharge)

感染症学雑誌 第66巻 第3号

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細菌 性腟 症 とMobiluncus spp. 387

Table 6 Susceptibility of Mobiluncus spp.

to antimicrobial agents

に対 して は,耐 性 を 示 す がPCG, EM, CLDMに

対 して は 感 性 を 示 し,こ れ らの 薬 剤 に よ る治 療 効

果 が期 待 さ れ た.

5. 治 療

細 菌 性 腟 症 の診 断 基 準 を満 た す 症 例 で実 際 に治

療 が行 わ れ た の は20症 例 で あ った.ク ラ ミジ ア合

併 の2例 を 除 き,先 に 示 し たTable 3の よ う に

chloramphenicol (CP), tricomycin (TRM),

fradiomycin (FRM)の 含 有 の 腟 錠 あ る い は

metronidaazole (MNZ), amoxicillin (AMPC)

内 服 に よ り治 療 を行 い,そ の ほ とん どの 症 例 で は

初 回 治 療 の み で 治 癒 して い るが,Fig.3に 示 した

症 例 の よ うに 月 経 を契 機 と して 細 菌 性 腟 症 を繰 り

返 し,G.vaginalis,あ るい はBacteroides属 な ど

他 の 嫌 気 性 菌 に 加 えMobiluncusが 分 離 され た 症

例 も散 見 され た.

考 案

Candida, Trichomonasな どの特 定 の 微 生 物 が

検 出 さ れ な い 腟 炎 は,古 く か ら 非 特 異 性 腟 炎

(non-specific vaginitis)と し て,一 括 し て扱 わ れ

て き た.1955年GardnerとDukesは 非 特 異 性 腟

炎 の 腟 内 よ りHaemophilus oaginalisを 分 離 し,

これ を 起 因 菌 と して 発 症 す る腟 炎 を,ヘ モ フ ィ リ

ス腟 炎 と命 名 した1).そ の 後,H.vaginalisは 分 類

学 上 の 変 遷 に よ り,Corynebacterium vaginalis,

G.vaginalisと 名 称 を変 え,こ れ を 起 因 菌 とす る

腟 炎 も ガ ー ドネ レ ラ腟 炎 と呼 ぼ れ る よ うに な っ

た.し か し近 年 の細 菌 培 養 ・分 離 同定 技 術 の進 歩

に よ り この 病 態 の発 現 に はG.vaginalis単 独 で は

な く,複 数 の 菌,特 に 嫌 気 性 菌 が 関 与 す る も の と

考 え ら れ る よ うに な り,そ の な か で もMobilun-

cusが 重 要 視 され て い る.そ の た め,現 在 で は 菌 の

検 出 に よ る診 断 で は な く,臨 床 症 状 に よ り規 定 さ

れ る 疾 病 群 と し て,細 菌 性 腟 症(Bacterial

vaginosis)が 一 般 に用 い られ る様 に な っ た8).な

お,腟 炎(vaginitis)で は な く,腟 症(vaginosis)

の 名 称 の 由来 は,こ の病 態 が 悪 臭 あ る帯 下 とい う

症 状 に も か か わ らず,局 所 の 炎 症 所 見 が 乏 しい こ

とに よ る8).今 回 の筆 者 らの 症 例 に お い て も,細 胞

診 上,炎 症 所 見 に は乏 しい 結 果 が得 られ た.

さてMobiluncusは,グ ラ ム陰 性 ま た は グ ラ ム

染 色 不 定 の弯 曲 した,無 芽胞 嫌 気 性 桿 菌 で あ り,

M.curtisiiとM.mulierisの2菌 種 を含 み,M.

curtisiiは.さ ら にsubsp. curtisiiとsubsp. hol-

Fig. 3 A clinical course of bacterial vaginosis showing its frequent recurrence

平成4年3月20日

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388 金子 隆弘 他

mesiiの2亜 種 に 分 類 さ れ て い る9).こ の

Mobiluncusが 近年細菌性膣症 との関連 において

注 目されてきている.本 菌の女性下部性器からの

分離頻度をみると,欧 米の文献では20%か ら34%

の頻度で検出されているが2)~5),本邦における系

統的な研究報告はきわめて少ない.

今回筆者 らは健常 婦人 の膣 ・頸 管 にお け る

Mobiluncusの 保有率 は0.7%か ら3.2%と い う結

果を得たが,こ の保有率では膣常在菌叢の構成菌

とは見なし難い.そ うであれぽ,ど こか ら膣内へ

侵入するのであろうか.

可能性 としては,CandidaやB群 溶連菌のよう

に消化管由来であるものと4),STDと して感染す

るものが考えられる.こ の点においては,今 回の

研究において,月 経を契機 として再発を繰 り返す

症例を経験 したものの,ping-pong感 染10)である

のかあるいは,自 己の消化管からの自己感染4),あ

るいは月経 による膣 内環境の変化がMobiluncus

の増殖に有利に働 くのかを明らかにす ることはで

きなかった.ま た,保 有率において,非 妊婦にお

いては,妊 婦にくらべ,保 有率が高いとい うこと

は,妊 婦の膣 内pHがMobiluncusの 生育に適 さ

ない とも考えられたが,統 計学的分析においては

有意差は認め られなかった.欧 米文献では細菌性

腔症の患者か らは,59%か ら74%と いう高頻度で

検 出されているが2)~5),今回われわれの症例にお

いては,27.3%に 検出された.

健常婦人群 に比較 して細菌性膣 症 におけ る

M0biluncusの 分離頻度は圧倒的有意に高値を示

すので,Mobiluncusが 細菌性腔症 に関与するこ

とは疑 う余地がない.と ころで細菌性膣症 と関係

が深い,Mobiluncus.G.vaginalis,他 の嫌気性菌

群が細 菌性膣症症例 にしめ る割合をみた結果,

Mobiluncus単 独 は9.1%,G.vaginalis単 独 は

21.2%,そ の他の嫌気性菌群は21.1%で あった.

さらに2種 及び3種 の複数菌感染例は39.3%で あ

り,す べて嫌気性菌群が関与していた.一 方 これ

ら3種 のいずれも検出されなかった症例は9%に

すぎなかった.こ の ことは,細 菌性膣症の主要症

状であるところのアミン臭の発生機序を考える際

に,嫌 気性菌群の存在はその代謝産物の関与を示

唆 す る も の と考 え られ た8)11).

薬 剤 感 受 性試 験 結 果 とin vivoの 治 療 成 績 は 必

ず し も一 致 しな い こ とを 経 験 す る が,薬 剤 感 受 性

検 査 の 結 果 に よ る とMobiluncusはTC,OFLX

に対 して は,耐 性 を示 す も の のPCG,EM,CLDM

に対 して は感 性 を 示 し,こ れ ら の薬 剤 に よ る 治 症

効 果 が 期 待 され た.し か し,STDの 主要 治 療 薬 と

して 現 在 最 も使 用 頻 度 の 高 いTC,OFLXに 対 し

てMobiluncusが 耐 性 を 示 す こ とは,STD治 療 の

過 程 に お い て,留 意 す べ き事 実 で あ る と考 え られ

た.

結 語

1)健 常 婦 人 に お け るMobiluncusの 保 有 率 は

妊 婦 膣 内 で0.7%,頸 管 で1.1%で あ り,非 妊 婦 膣

で は,3.2%,頸 管 で は2.9%で あ った.非 妊 婦 に

お い て,保 有 率 は 高 く,膣 ・頸 管 に お け る差 は認

め られ な か った.

2)細 菌 性 膣 症 に お け るMobiluncusの 頻 度 は

27.3%で あ り,健 常 婦 人 群 に比 べ 有 意 に 高 値 を示

した.

3)細 菌 性 膣 症 と関 係 が 深 い,Mobiluncus G.

vaginalis,他 の 嫌 気 性 菌 群 が細 菌 性 膣 症 症 例 に し

め る割 合 を み た 結 果,Mobiluncus単 独 は9.1%,

Gvaginalis単 独 は21.2%,そ の 他 の嫌 気 性 菌 群

は21.1%で あ り,2種 及 び3種 の 併 存 例 は39.3%

で あ った が,3種 の い ず れ も検 出 され な か った 症

例 は9%に す ぎ な か った.

4)invitroの 薬 剤 感 受 性 試 験 に お い て,

MobiluncusはTC,OFLXに 対 して は,耐 性 を 示

す もの のPCG,EM,CLDMに 対 して は 感 性 を 示

し,こ れ らの薬 剤 に よ る治 療 効 果 が 期 待 さ れ た.

文 献

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感染症学雑誌 第66巻 第3号

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細菌 性 膣 症 とMobiluncus spp. 389

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Colonization Rates of Mobiluncus spp. in Female Lower Genital Tract and ItsRelationship with Bacterial Vaginosis

Takahiro KANEKO, Takeyoshi KUBOTA, Michio TAKADA & Toyoko OGURI*Department of Obstetrics and Gynecology, School of Medicine, Juntendo University, Tokyo

*Department of Laboratory Medicine, Juntendo Hospital, Tokyo

To clarify the colonization rate of Mobiluncus spp., 889 specimens were collected from the vaginaand 688 specimens from the cervical canal in three groups of women, namely, non-pregnant women,pregnant women, and patients fulfilling the criteria of bacterial vaginosis. On screening, this organismwas detected from the vagina in 18/576 cases (3.2%) in non-pregnant women and in 2/280 cases (0.7%)in pregnant women, and it was detected from the cervical canal in 12/410 cases (2.9%) in non-pregnantwomen, and 3/278 (1.1%) in pregnant women. Although the positive rates were slightly higher innon-pregnant women from both the vagina and cervical canal, they were not significant.

However, in cases of bacterial vaginosis, the positive rate of Mobiluncus spp. was 9/33 cases(27.3%), so that it was significantly higher than in the other two groups. Although the role ofMobiluncus spp. in bacterial vaginosis has not been clarified, our results indicate that the presence ofMobiluncus spp. is abnormal, since its colonization rate in healthy women is too small to be regarded asa member of normal flora.

G. vaginalis and anaerobes (other than Mobiluncus spp.) are also closely connected to bacterialvaginosis. G. vaginalis alone was seen in 7/33 cases (21.3%), anaerobes alone in 7/33 (21.3%), andMobiluncus spp. alone in 3/33 cases (9.1%). Multiple infections including 2 or 3 of the above organismswere seen in 13/33 cases (39.3%), and all cases had anaerobes. On the other band, only three cases wereinfected by none of the above organisms. It is interesting that all the multiple infections had anaerobessuggesting that odor, the chief symptom of bacterial vaginosis, may be due to the metabolic products ofanaerobes. Mobiluncus spp. is known to be susceptible to PCG, EM, CLDM, but it is resistant to TCand OFLX. Since TC and OFLX are the most popular antimicrobial agents for treating STD, thepossibity of bacterial vaginosis should be kept in mind when treating STD.

平成4年3月20日