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卒業論文 電子・陽電子対消滅ガンマ線の角度揺動の測定 平成 24 年度 信州大学理学部物理科学科 高エネルギー研究室 赤澤健

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卒業論文

電子・陽電子対消滅ガンマ線の角度揺動の測定

平成 24年度

信州大学理学部物理科学科

高エネルギー研究室

赤澤健

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目次第1章 陽電子放射断層撮影法(Positron Emission Tomography:PET)

1-1.概要

(a)PET検査の流れ

(b)PET検査の特徴 

1-2.PETの原理

(a)陽電子崩壊(β+崩壊)

(b)陽電子飛程

(C)電子陽電子対消滅

(d)PET装置の原理

1-3.PETの解像度向上における物理的な問題

(a)陽電子飛程

(b)角度揺動

第 2章 陽電子飛程、対消滅ガンマ線の角度揺動の測定の準備

2-1.研究内容

2-2.放射線源 22Na

 2-3.ガンマ線検出器

(a)シンチレーター「LYSO」

(b)光検出器「MPPC」

2-4.測定機器の接続

(a)シンチレーター「LYSO 3×3×15 mm3」

(b)光検出器「MPPC 1600ピクセル、 Serial No.:9024 、他」

(c)ADC「REPEC RPC-022」

(d)読み出し回路

(e)アンプ「CXA 3183 ASD BUFFER KEK N0641-016」

(f)信号の分岐

(g)ディスクネーター「DISCRIMINATOR N-TM716」

(h)コインシデンス「COINCIDENCE N-TM 103」

  (i)ゲートジェネレーター「DUAL GATE GENERATOR N-014 HOSHIN」

(j)クロックジェネレーター「CLOCK GENERATOR N010 HOSHIN」

2-5.ノイズ対策

第 3章 陽電子飛程、対消滅ガンマ線の角度揺動の測定

3-1.バックグラウンドの測定

(a)方法

(b)結果

3-2.陽電子飛程の測定

(a)方法

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(b)結果

3-3.ガンマ線の角度揺動の測定

(a)方法

(b)結果

第 4章 考察

4-1.コリメーターでのガンマ線の散乱の有無

4-2.最大飛程の定義

4-3.角度揺動の最大値

4-4.ディスクリミネーターのスレッショルド電圧以下の信号が測定された理由

第 5章 まとめ

5-1.陽電子飛程、対消滅ガンマ線角度揺動の PETの解像度への影響

5-2.今後の課題

付録

付録 1.シンチレーター LYSOの自己放射線

 付録 2.放射線のエネルギーと ADCcountの線形性

 付録 3.22Naの ADC分布で 1.275 MeVガンマ線の光電効果のピークが確認できなかった理由

謝辞

<参考文献>

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第1章 陽電子放射断層撮影法(Positron Emission Tomography:PET)

1-1.概要

 陽電子放射断層撮影法(Positron Emission Tomography:PET)は、生体機能を3次元画像とし

て測定する技術で、特にがんの発見に有効な手法である。

(a)PET 検査の流れ

 まず薬剤を作成する。代表的な薬剤にフルオロ・デオキ

シ・グルコース(Fluoro Deoxy Glucose:FDG)(図 1.1)

がある。これは、 グルコース(ブドウ糖)の -OH基の一つ

を陽電子放出核種である 18Fに置き換えたもので、がんの診

断に用いられる。18Fは半減期が 110分と短いため、病院内

に設置されたサイクロトロンで作成する。

  図 1.1 FDG

 作成した薬剤を被験者の体内に注射し、しばらく安静にして FDGを体内に行き渡らせる。がん細胞

は活動が活発なため正常な細胞に比べて 3〜8倍のグルコースを取り込む性質があり、グルコースと同

じ構造の FDGも正常な細胞と比べてたくさん取り込む。体内から出てくる放射線を測定・解析し、FDG

の分布を調べると、がんが疑われる場所、悪性の度合いなどが推測できるのである。[PET検査ネット]

 図 1.2aは FDGを使用したときの PET検査の画像である。FDGが特定の臓器に集積しているようす

がわかる。脳は生理的にブドウ糖の代謝が活発なため、FDGが集積している。

図 1.2a PET検査の画像[ウィキペディア] 図 1.2b X線検査の写真 [東海大学医学部附属病院]

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(b)PET 検査の特徴  比較のために図 1.2bに X線検査の写真を載せた。X線検査は被験者に X線を当てて、透過する X線

をイメージング・プレート(有機フィルム状の片面に蛍光体粉末を塗布した板。写真フィルムの代わ

りに用いられる[メディカルウェア])でとらえて画像化し、内部の様子を調べる方法である。診断は人が

目で見て、異常箇所がないか調べる。これに対して PETは放射性物質を体内に入れて、体内からの放

射線を検出器でとらえて画像化し内部の様子を調べる。診断は、薬剤がある意味で能動的に患部に集

積するので、薬剤が異常箇所を知らせてくれるようにもみえる。このように PET検査は体の内部から

の放射線を利用しているという点で、従来の X線検査と異なる特徴がある。

 

1-2.PET の原理 体内に注射された薬剤 FDGの 18Fから陽電子が放出され、その陽電子が体内中の電子と対消滅して、

対消滅ガンマ線が放射される。このガンマ線を測定・解析して、体内中の FDGの集積を見つける。

(a)陽電子崩壊(β+崩壊)

 あらゆる元素は、原子核内の陽子数と中性子数とが特定の比率で存在しているとき、エネルギー的

に安定であり、中性子数に過不足を生じた原子核は不安定である。そこで、中性子不足核では核内の

陽子が中性子に壊変し、その際、陽電子(positron)e+と電子ニュートリノνeが放出される。これ

を陽電子崩壊(またはβ+崩壊)といい、陽電子崩壊によって放出された陽電子をβ+粒子という(式

1.1)。式 1.2は薬剤 FDGの 18Fの崩壊式である。18Fは陽電子を放出して、18Oに崩壊する。[大塚、

西谷 2007 60-61項]

p→ne+e (1.1)

F18 → O18 e+e (1.2)

(b)陽電子飛程

 陽電子崩壊によって放出された陽電子が物質中を通る際には、周囲の原子を次々と電離して進み、

しだいにエネルギーを失う。陽電子がエネルギーを失うまでに進んだ距離のことを陽電子飛程という。

陽電子崩壊は 3体崩壊のため、陽電子の初期運動量の大きさにはばらつきが生じる。さらに陽電子は

周囲の原子を電離するたびに運動方向が変化するため、陽電子飛程にはばらつきが生じる。図 2.2は

陽電子飛程のイメージである。

(c)電子陽電子対消滅

 粒子と反粒子が衝突すると、互いに消滅して、粒子と反粒子の静止質量に相当したエネルギーに変

換される。電子と陽電子は互いに粒子、反粒子の関係にあり、陽電子放出核種から放出された陽電子

は、電離能力を失うと、付近の電子と対消滅し、電子と陽電子の静止質量 2×m0c2

(=2×0.511

MeV)に相当したエネルギーの 2本ガンマ線に変換される。これを電子陽電子対消滅という。対消滅時

の電子と陽電子の運動エネルギーは電子と陽電子の静止エネルギーにくらべて十分小さいので電子と

陽電子の運動量を 0とみなせば、エネルギー保存則と運動量保存則を満たすために、エネルギーが

0.511MeVの 2本のガンマ線が互いに反対方向(180°)に放射される(式 1.3)。エネルギーが等し

いガンマ線が互いに反対方向に放射されれば、運動量 0が保存されるというわけである。対消滅に

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よって生じるガンマ線のことを対消滅ガンマ線とよぶ。[ 大塚、西谷 2007 119-120項]

e+e-=2 (1.3)

(d)PET 装置の原理

 薬剤 FDGの 18Fから陽電子が放出され、その

陽電子が付近の体内中の電子と対消滅して、対

消滅ガンマ線を放出する。PET装置ではガンマ

線検出器が被験者を取り囲むように配置され、

反対方向に放出された 2本の対消滅ガンマ線を

同時に検出することにより、その直線上に FDG

があることが分かる。この対消滅ガンマ線はあ

らゆる方向に放出されるため、それぞれの対消

滅ガンマ線の交点を求めれば、FDGの位置を特

定することができる(図 1.3)。つまり、PET検

査では、18Fから放出される陽電子をとらえる

のではなく、電子陽電子対消滅で生じるガンマ

線をとらえるのである。

図 1.3 PET装置の原理

 

1-3.PET の解像度向上における物理的な問題 PETの解像度は年々向上し、市販の全身用では 4〜5 mm、研究用では 3 mm以下の精度が得られてい

る[山下 2011 632項]。PETの解像度向上に困難を与える物理的な要因として、陽電子放出核種から放出

された陽電子が電子と対消滅するまでに移動する現象(陽電子飛程)と対消滅ガンマ線が反対方向

(180°)からずれる現象(角度揺動)がある。

(a)陽電子飛程

 陽電子飛程のため、「薬剤 FDGの位置」と「陽電子が電子と対消滅を起こし、対消滅ガンマ線が発

生する位置」にはずれが生じる。陽電子飛程の大きさは、陽電子が陽電子放出核種から放出されると

きの陽電子のエネルギーの大きさによる。陽電子崩壊は 3体崩壊であり、陽電子はさまざまな値のエ

ネルギーをとるため、ここでは陽電子のエネルギーが最大 Emax[MeV]のときの陽電子飛程を考える。

これを最大陽電子飛程 Rmax[g/cm2]といい、実験式は次のようになる[大塚、西谷 2007 113項]。Rmax=0.470 Emax

1.38 0.15 Emax 0.8 MeV

Rmax=0.542 Emax−0.133 0.8 Emax 3MeV (1.4)

  たとえば、放射性同位体である 22Naは、陽電子崩壊により最大エネルギー 0.54 MeVの陽電子を

放出する。このとき、最大陽電子飛程は 0.20 g/cm2となる。これは水中(密度 1.0 g/cm3)ならば、

2.0 mm移動することになる。

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(b)角度揺動

 電子陽電子対消滅で生じるガンマ線は、対消滅時の電子と陽電子の運動量を 0と仮定すると、運動

量保存則により、反対方向(180°)に放出される。しかし、実際には電子は原子の軌道電子であるか

ら、運動量があり、また陽電子は電離能力を失っていても、静止しているわけではなく、運動量があ

るはずである。これらの運動量のため対消滅ガンマ線が反対方向(180°)からずれることがある。こ

の現象を角度揺動という。角度揺動の大きさは最大で 10 mrad程度となる。

     図 2.2 陽電子飛程と角度揺動        図 2.3 角度揺動の見積り

 ここでは、図 2.3のように、水素原子の軌道電子が、電離能力を失って静止している陽電子に衝突

したと仮定して、対消滅ガンマ線の角度揺動を見積もった。 

 水素原子において、軌道電子がクーロン力を向心力として、原子核の周りを円運動していると仮定

すると、

140

q1q2

r2=me

ve2

r (1.5)

 ここに、ε0は真空の誘電率で 8.85×10-12 Fm-1、q1、q2はそれぞれ陽子、電子の電荷の大きさで

q1=q2=1.60×10-19 C、rは軌道電子の円運動の半径で 3.0×10-11 m、meは電子の質量で

9.109×10-31 kgである。よって、軌道電子の速さは ve=2.90×106 m/secと求まる。

 エネルギー保存則より、12meVe

22⋅mec

2=2 E              (1.6)

ここに、12meVe

2は電子の運動エネルギー、 2⋅mec

2は電子と陽電子の静止エネルギー、

2 E は 2本のガンマ線のエネルギーである。また、運動量保存則より、meve=2⋅Pcos' (1.7)

ここに、 meve は電子の運動量、 P はガンマ線の運動量である。式(1.6)、式(1.7)を解くと、

θ'=89.7°と求まるので、角度揺動はθ=0.6°(=10 mrad)と見積もることができる。

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第 2 章 陽電子飛程、対消滅ガンマ線の角度揺動の測定の準備2-1.研究内容 本研究の目的は実際の PETに用いられるガンマ線検出器に準じた検出器を作成し、それを用いて陽

電子飛程、対消滅ガンマ線の角度揺動を測定することである。第 2章では検出器の作成について、第 3

章では作成した検出器を使用しての陽電子飛程、対消滅ガンマ線の角度揺動の測定について述べる。

2-2.放射線源 22Na

 本実験では陽電子放出核種として、22Na 線源を用いた。Na22 → Ne22 e+e              (2.1)

 全体の形状(図 2.1a)は直径 25.10 mm、厚さ 3.07 mmの円盤状で、質量 1.75142 g、密度は

1.15 g/cm3である。放射能自体は直径 0.85 mmの球状に密封されている(図 2.1b)。なお、放射能

の回りに見える霧のような部分は放射線ダメージによるもので、放射能はない。

     図 2.1a 放射線源 Na-22          図 2.1b 球状に密封された放射能

2-3.ガンマ線検出器 本研究では、シンチレーター「LYSO」と光検出器「MPPC」を組み合わせて、ガンマ線検出器を作成

した。

(a)シンチレーター「LYSO」

 シンチレーターとは放射線の入射により発光する物質のことである。この発光のことをシンチレー

ションという。発光量は放射線がシンチレーター内で落したエネルギーの大きさに比例するといわれ

ている。放射線がシンチレーターに入射し、光電効果を起こした場合は、放射線は全エネルギーを失

うので発光量は入射した放射線のエネルギーの大きさに比例する。一方、放射線がシンチレーターに

入射し、コンプトン散乱を起こした場合は、放射線はエネルギーの一部を落して、シンチレーターを

通過する。シンチレーター内で複数回のコンプトン散乱を起こすことも考えられるが、コンプトン散

乱の時間間隔(光が 1cmのシンチレーターを進むのにかかる時間は 3×10-2 nsec)がシンチレーショ

ン光の減衰時間(LYSOのシンチレーション光の減衰時間は 44 nsec)に比べて小さいため、1回のシ

ンチレーションとして観測される。いずれにしても 1個の放射線により 1回のシンチレーションが起

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き、発光量は放射線がシンチレーター内で落したエネルギーの大きさに比例するとみなせる。

 本実験ではシンチレーターとして無機シンチレーター「LYSO 3×3×15 mm3」を用いた。シンチ

レーターには反射フィルムを巻き、セロハンテープで MPPCの受光面に取り付けた。

(b)光検出器「MPPC」

 シンチレーションで生じた光は光検出器で検出する。従来は光電子倍増管(フォトマル)が用いら

れてきたが、本実験では MPPCという光検出器を用いた。MPPCは浜松ホトニクス社の製品である。さ

まざまなピクセル数のものがあるが、本実験では 1600ピクセルの MPPCを用いた。

2-4.測定機器の接続 図 2.2の接続図上側の 2組の LYSOと MPPCはガンマ線の検出を行うもので、ガンマ線検出器、下側

の MPPCはノイズの検出行うもので、ノイズ検出器とよぶことにする。ここでは、ガンマ線が LYSOに

入射して発光し、その光を信号として読み出すまでの流れを順を追ってを説明する。ノイズ検出器に

ついては 2-5.ノイズ対策で説明する。

 図 2.2 測定機器の接続図

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(a)シンチレーター「LYSO 3×3×15mm3」

ガンマ線がシンチレーター LYSOに入射すると、シンチレーションが起き、発光する。

(b)光検出器「MPPC 1600 ピクセル、 Serial No.:9024 、他」

 MPPCがシンチレーション光を検出すると、検出した光の量に対応した電流(信号)を出力する。

(c)ADC「REPEC RPC-022」

 ADCはゲートが開いている間(Gate端子に NIMパルスが入力されている間、NIMパルスとは、図

2.3の Gate信号のような矩形波である)、Signal端子に入力されたアナログ信号の電荷量を数値と

して出力する装置である。ここでいうアナログ信号とは MPPCからの信号のことで、MPPCからの信号

の電荷量を求めることで、MPPCが検出した光量を知ることができる。   

 ゲート用信号も MPPCからの信号を利用する。図 2.3はそのイメージ図である。濃い緑色の部分と明

るい緑色の部分が ADCに出力される電荷量(ADCcount)である。ただし、濃い緑色の部分はペデスタ

ルといって、正の電圧の信号を考慮して常に底上げされているものである。ADCcountから光量を求め

る場合には、ペデスタルを差し引く必要がある。

図 2.3 ADCのイメージ図

(d)読み出し回路

 MPPCからの信号を読み出すためには、読み出し回路が必要である。読み出し回路には、電圧をかけ

る必要があり、この電圧の大きさは MPPCが動作し始める電圧(ブレークダウン電圧)より、1〜3 V

程度、絶対値で上に設定する。この電圧をバイアス電圧という。MPPCからの信号の大きさはバイアス

電圧の大きさにほぼ比例するので、測定したい光の強さによって、バイアス電圧を決める。信号は大

きいほうが見やすいが、大きすぎると ADCで読みきれなくなってしまう(オーバーフローしてしまう)

ので、適当なバイアス電圧を決める必要がある。本実験ではバイアス電圧を 1.5 Vに設定した。

(e)アンプ「CXA 3183 ASD BUFFER KEK N0641-016」

 読み出し回路からの信号はこのままでは小さくて読めないので、ASDアンプで増幅する。ASDアンプ

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の増幅率は 596.4倍である。図 2.4はアンプを通した後の MPPCの信号のオシロスコープの画像であ

る。対消滅ガンマ線を 2つの MPPCで同時に検出しているようすがわかる。

図 2.4  ASDアンプを通した MPPCの信号

(f)信号の分岐

 アンプを通した後、下側のガンマ線検出器からの信号をゲート用信号、シグナル用信号の 2つに分

ける。信号を 2つに分けると電圧が半分になる。上側のガンマ線検出器からはシグナル用信号は取ら

ずに、ゲート用信号のみを取るが、電圧を下側と同じく半分にするために、信号を 2つに分けている。

このうち、不要な信号の先には 50 Ωの抵抗を付けておく。

(g)ディスクネーター「DISCRIMINATOR N-TM 716」

 次に、ゲート用信号をディスクリミネーターに入れる。ディスクリミネーターは、入力されたアナ

ログ信号の電圧が設定した電圧(スレッショルド電圧)を越えたとき、NIMパルスを出力する装置で

ある。MPPCは受光面に光が入らなくも信号(ダークノイズ)を出してしまうことがあるが、ダークノ

イズによる信号の電圧は実際に見たい信号の電圧より小さいので、スレッショルド電圧を適切な値に

することによって、実際の信号をそれほどカットせずに、ダークノイズのみをカットすることができ

る。MPPCは他にもアフターパルスなどのノイズも出してしまうが、これも同じ理由でカットすること

ができる。スレッショルド電圧が小さすぎるとノイズをカットできず、また大きすぎると見たいの信

号もカットしてしまうので、調整が必要である。本実験ではディスクリミネーターのスレッショルド

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電圧を 100 mV、出力する NIMパルスの幅を 100 nsecに設定した。図 2.5の緑色の波形は 50 Ωの

抵抗を外してオシロスコープに繋いだもの(つまりディスクリミネーターに入力される前のアナログ

信号)で、黄色の波形はディスクリミネーターから出力された NIMパルスである。NIMパルスの大き

さは本来 0.8 Vであるが、本実験では終端処理をしなかったため、1.2 Vになっている。

図 2.5 ディスクリミネーターに入力された信号(緑色)と出力された信号(黄色)

(h)コインシデンス「COINCIDENCE N-TM 103」

 ディスクリミネーターから出力された NIMパルスをコインシデンスに入れる。コインシデンスは各

チャンネルに入力端子が 4つ(A,B,C,D)あり、指定した入力端子に同時に信号がくると NIMパルス

を出力する装置である。本実験では、2つのディスクリミネーターからの信号(100 nsecの NIMパル

ス)をコインデンスの A端子、B端子に入れた。2つのディスクリミネーターからの NIMパルスが重な

ると同時とみなされ、コインシデンスから NIMパルスが出力される。

(i)ゲートジェネレーター「DUAL GATE GENERATOR N-014 HOSHIN」

 コインシデンスから出力された信号をゲートジェネレーターに入れる。ゲートジェネレーターは

NIMパルスが入力されると、NIMパルスを任意の幅に変換し(WIDTHの調整)、任意の遅延をかけて

(DELAYの調整)出力する装置である。DELAYの調整をしてゲート用信号とシグナル用信号のタイミ

ングを合わせる。まず、アンプを通した後の MPPCのシグナル用信号を ADCの Signal端子に入れるが、

この際、長いケーブルを使用し、信号が遅れてくるようにする。そうした上で、ゲートジェネレー

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ターの DELAYの調整によりゲート用信号を遅らせて、ゲート用信号とシグナル用信号が同時に来るよ

うにする。ゲート用信号の NIMパルスの幅はシグナル用信号が収まるように、広く設定する。本実験

では 400 nsecに設定した(図 2.6)。

図 2.6 ADCのシグナル用信号(緑色)とゲート用信号(黄色)

(j)クロックジェネレーター「CLOCK GENERATOR N010 HOSHIN」

 クロックジェネレーターから 1Hzの信号を ADCの Clear端子に入力する。ADCの測定が途中で止

まってしまうことを防ぐためである。 

 以上の接続により、2つのシンチレーターに同時にガンマ線が入射したときのみ ADCのゲートが開

き、そのときのシンチレーターの発光量を調べることができる。 

 

2-5.ノイズ対策 測定は実験室で行ったが、実験室周辺の蛍光灯のスイッチの切り替えやコンセントの使用により、

ノイズが入ってしまった。図 2.7はノイズの一例である。検出するイベントの頻度が高ければノイズ

の影響は無視できるが、本実験では検出するイベントの頻度が低い場合で 1時間に数イベント程度で

あるため、ノイズ対策が必要となった。測定器をコンパクトにしたり、アースを各所に繋ぐなどして

みたが、このノイズをなくすことはできなかった。そこで、ガンマ線の測定と同時にノイズも測定し

て、ガンマ線検出器の測定データからノイズを差し引くことにした。

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図 2.7 ノイズの例

 ノイズの原因は測定器周辺の電子機器から発せられる電磁波と考えられた。これが、読出回路や

ケーブルに乗り、ASDアンプで増幅されると、MPPCからの信号と区別できなくなってしまう。本実験

ではコインシデンスを取っていているが、2つの読み出し回路、2つのケーブルに同じノイズが乗って

しまうのでコインシデンスでカットすることはできなかった。そこで逆にこの性質を利用して、MPPC

をもう一つ用意してノイズを測定することにした。この MPPCをノイズ検出器とよぶ。ガンマ線検出器

とノイズ検出器が同時に反応すれば、その信号はガンマ線由来のものではなく、ノイズによるものだ

とわかる。

 ノイズ検出器のからの信号は 2つに分けていないので、ディスクリミネーターのスレッショルドは

200 mVとした。ゲートジェネレーターで、幅を十分大きい 10μsecとし、遅延はかけなかった。図

2.8で、緑色の波形はノイズによりガンマ線検出器から信号が出て、ゲートが開いている様子である。

ゲートが開いている間、ノイズ検出器からの信号(黄色)が出つづけていることがわかる。これに

よって、ノイズにより ADCのゲートが開いているときは、ノイズ検出器からの信号はかならずオー

バーフローする。

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図 2.8 ガンマ線検出器からのゲート用信号(緑色)とノイズ検出器からの信号(黄色) 

 また、ガンマ線検出器のディスクリミネーターのスレッショルド電圧は 100 mVに設定したが、これ

は ADCcountで 600 ADCcountに相当する。さらにコインシデンスを取っているので、MPPC自体のノ

イズでは ADCのゲートは開かないはずだが、図 2.9aをみると、600 ADCcountより小さい信号や、

ペデスタルのようなものも測定されていた(図 2.9aは角度揺動の測定でθ=0 mradとしたときの測

定結果である)。そのため、599 ADCcount以下の信号もノイズとして扱うことにした。

 表 2.1は実際の測定データである。着色部分のように、ノイズ検出器からの信号がオーバーフロー

している、またはガンマ線検出器からの信号が 599 ADCcount以下の場合をノイズとした。このよう

にして、ノイズを除去して ADC分布を書き直すと図 2.9bのようになる。対消滅ガンマ線の光電効果の

ピークが 2300 ADCcount付近に確認できる。

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表 2.1 信号とノイズの区別方法

ガンマ線検出器ノイズ検出器 ガンマ線検出器 ノイズ検出器1 2317 118 21 2260 1172 2141 118 22 2431 1183 2312 117 23 1608 1184 2014 116 24 1425 1185 1404 119 25 2217 1176 1393 118 26 844 40957 2048 118 27 29 40958 1163 118 28 1535 1179 2273 119 29 2029 11710 1941 118 30 2108 11611 2600 117 31 961 409512 2037 118 32 1667 11813 2449 118 33 1288 11814 1571 117 34 2533 11915 2120 119 35 1368 11816 2108 117 36 1779 11817 1867 117 37 1388 11618 455 115 38 1961 11819 239 115 39 2145 11820 1626 120 40 1242 119

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図 2.9a ノイズを除去する前の ADC分布(縦軸は対数をとっている)

図 2.9b ノイズを除去した後の ADC分布

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第 3 章 陽電子飛程、対消滅ガンマ線の角度揺動の測定 第 3章では、第 2章で作成した検出器を使い、陽電子飛程、対消滅ガンマ線の角度揺動を測定する。

以下では 2-5.ノイズ対策で述べた方法でノイズを除去した結果を示す。

3-1.バックグラウンドの測定(a)方法

 検出器をガンマ線の角度揺動の測定と同じように配置し、放射線源を置かず測定した。

(b)結果

 7時間 59分測定した結果、16イベント検出された。よってバックグラウンドは 60分あたり 2とす

る。図 3.1はこの時の ADC分布である。以下、実験結果はこのバックグラウンドを引いた結果を示す。

 

                    図 3.1 バックグラウンドの ADC分布

3-2.陽電子飛程の測定(a)方法

 図 3.2aのように、長さ 20 cmの鉄ブロックの間に厚さ 1.06 mmのプラスチック板を挟み、コリ

メーターを作った。このコリメーター 2つ用意し、向かい合わせて互いに 4 cm離して置き、さらにコ

リメーターから 1 cm離したところにシンチレーターを置いた。2つの検出器間の距離は 46 cmとなる。

 次に、2つのコリメーターの間に自動ステージをコリメーターに対して垂直に動くように置いた。ス

テージはパソコンで制御し、位置分解能は 0.0001 mmである。図 3.2bのようにステージを動かして

線源をだんだんとコリメーターから遠ざけていき、どこまでガンマ線を検出できるか調べることに

よって陽電子飛程を求める。

 

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図 3.2a 陽電子飛程の測定   図 3.2b 陽電子飛程の測定

(b)結果

 測定は各点で 70分程度行い、60分あたりのイベント数を求めた。図 3.3はその結果である。横軸

の誤差棒はコリメーターの幅によるもので、片側 0.5 mmとした。まず、放射線源の中心を求めた。図

3.3のようにカウント数の大きい 7点が入るようにガウス関数でフィッティングすると、中間値は

0.754 mmとなった。よって、この点を放射線源の中心とする。なお、カウント数が最大の点は x =

0.750 mmの点であり、中心ではない。

図 3.3 放射線源の中心の決定

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 一般的に、放射線源からの距離 rと、そこまで到達した陽電子の個数の関係は、指数関数で近似で

きることが実験的に確かめられているので[大塚、西谷 2007 112項]、式 3.1のように書くことができる。N r=N0e

−r (3.1)

実験で用いた放射線源は半径 0.45 mmの大きさがあるので、その外側を考える。放射線源の左側(図

3.3の x < 0.754 側)を(式 3.1)でフィッティングすると、図 3.4aのようになり(放射線源の

中心を 0 mmとして、横軸を取り直した)、NO=901±28、μ=4.5±3.2 mm-1と求まった。

 同様に、放射線源の右側(図 3.3の 0.754 < x 側)でフィッティングすると、図 3.4bのように

なり NO=378±7.1 、μ=3.1±1.5 mm-1と求まった。

図 3.4a 線源の左側

図 3.4b線源の右側

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両者の平均をとると NO=644±29、μ=3.8±0.7 mm-1と決まる。よって、式 3.1は次のようになる。N r=644 e−3.8r

(3.2)

最大飛程については、第 4章 考察で述べる。 

3-3.ガンマ線の角度揺動の測定(a)方法

 鉄ブロックなどの配置は陽電子飛程の測定と同様である。角度揺動の測定では自動ステージは用い

ずに、図 3.5のように 2つのコリメーターの角度を変化させていき、対消滅ガンマ線の検出数の角度

依存性を調べた。

図 3.5 ガンマ線の角度揺動の測定

(b)結果

 測定は中心軸の角度θを 0〜26 mradの範囲で変化させ、それぞれの角度で 70分程度行い、60分

あたりのイベント数を求めた。

 図 3.6の結果を見ると、横軸の誤差棒が大きいが、これはコリメーターの幅によるものである。図

3.7のように、たとえばコリメーターの中心軸の角度をθ=2.2 mradにしたとき、実際には、

-6.9 mrad < 11 mradの角度のずれをもったガンマ線を検出することになり、0 mrad、つまり角度

のずれがない 180°逆向きのガンマ線も入ってしまう。しかしコリメーターの中心軸の角度をどんど

ん大きくしていくと、θ=13 mradになったとき、検出するガンマ線は 3.9 mrad < 22 mradのず

れをもったものとなり、つまり最低でも 3.9mradのずれをもっていることになる。このときのカウン

ト数は 60分あたり 11であった。さらに角度を大きくして、中心軸θ=18 mrad(9.2 mrad < 27

mrad)を測定すると、カウント数はほぼ 0だった。よってガンマ線の角度揺動は最大で、 

13 mrad程度以下

であるといえる。この結論の妥当性については第 4章 考察で述べる。

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図 3.6 対消滅ガンマ線角度揺動の結果

図 3.7 コリメーターの中心軸の角度θと実際に検出されるガンマ線の角度のずれの関係

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第 4 章 考察4-1.コリメーターでのガンマ線の散乱の有無 本実験ではガンマ線の角度分布を見るために鉄のコリメーターを用いたが、シュミレーションによ

れば、ガンマ線がシンチレーターに直接入射せずに、いったんコリメーターに入射し、コンプトン散

乱を繰り返してシンチレーターに入ることが考えられた。しかし、角度揺動の測定結果の図 4.1aと

4.1bをみるとθ=3.0 mradの場合も、エネルギー 0.511 MeVガンマ線の光電効果のピークが確認

できた。よって、散乱ではなく、シンチレーターに直接入射したガンマ線があることが確かめられた。

   図 4.1a θ=0.0 mradの ADC分布        図 4.1b θ=3.0 mradの ADC分布

4-2.最大飛程の定義

 第 1章では式 1.4を用いて 22Naから放出される陽電子の最大飛程を 0.20 g/cm2と求めた。

これは、線源を密封しているプラスチック中では 1.7 mmに相当する。この値を、本実験で得た、式

3.2に当てはめると、N(1.7 mm)=1.0なる。これは N0の 0.15%である。つまり、最大飛程とは、陽

電子の強度が 0.15%になる距離ということができる。過去の実験を調べると、陽電子飛程を測定する

とき、制動放射を測定できる実験の場合には、制動放射のバックグラウンドと交わる点を最大飛程と

定義し、また制動放射を測定できない実験の場合には、その他(大気中の放射線の影響など)のバッ

クグラウンドとの交点を最大飛程と定義することがある。前者の方法は、制動放射が放射線源の強度

に比例するので、放射線源の強度が強くなると、バックグラウンドも大きくなり、最大飛程は放射線

源の強度に依らない。しかし、後者の方法では、その他のバックグラウンドは放射線源の強度に依ら

ないため、最大飛程は放射線源の強度に依ってしまう。このように、最大飛程には明確な定義がなく、

また最大の意味もあいまいなので、次のように「陽電子の強度が、ある値以下に減少する距離」を最

大飛程と定義してはどうだろうか。このように定義し、飛程の分布が式 3.1に従うことが確かめられ

れば、μを求めるだけで最大飛程を求めることができる。もちろんこの方法ならば、最大飛程は線源

の強度によらない。

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4-3.角度揺動の最大値 実験の結果から角度揺動は最大で 13 mrad程度以下と結論した。θ=13 mradまでガンマ線が検出さ

れたのでこのように結論したが、先に述べたとおり、 θ=13 mradとした場合、実際には 3.9 mrad <

22 mradのずれをもったものが検出される可能性がある。さらにθ=18 mrad(9.2 mrad < 27

mrad)を測定すると、カウント数がほぼ 0だった。そのため、角度のずれは最大で 3.9 mradから 9.2

mradの範囲であるとも考えられる。しかし、図 3.7からわかるように、たとえばθ=13 mradの場合、

3.9 mrad や 22 mradなどの角度のずれをもったガンマ線は線源の端で発生したもので、その数は線源

の中心付近で発生したものに比べて非常に少ない。そのため、ガンマ線の角度分布は実際は図 4.2

(上)のようになると考えられるが、この実験で

は同図(下)のようになると考えられる。このよ

うに考えれば、θ=18 mrad(9.2 mrad < 27

mrad)では、ずれが 13 mrad程度のガンマ線は線

源の端から発生するため、数が少なく有意な数が

検出されなかったと考えられる。よって、ガンマ

線の角度揺動は最大で 13 mrad程度以下と結論で

きる。

 図 4.2角度揺動の分布のイメージ。実際(上)と実験(下)

4-4.ディスクリミネーターのスレッショルド電圧以下の信号が測定された理由 測定はディスクリミネーターのスレッショルド電圧を 100 mVに設定して行った。これは ADCcount

で 600 ADCcountに相当するので、図 4.3aのような小さな信号は測定されないはずである。しかし

図 2.9aを見ると 600 ADCcountより小さい信号、またペデスタルのようなもの測定されていた。こ

れはノイズの電圧がスレッショルド電圧を越えたためだと考えられる。図 4.3bのようなノイズの場合、

スレッショルド電圧をこえて、ADCのゲートが開くが、電荷量は正側と負側が打ち消し合って 0に近

くなる。そのため、ペデスタルで底上げされた部分の電荷量が測定されてしまったと考えられる。

図 4.3a スレッショルド電圧に達しない信号

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図 4.3b スレッショルド電圧を越えたノイズ

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第 5 章 まとめ5-1.陽電子飛程、対消滅ガンマ線角度揺動の PET の解像度への影響 陽電子飛程の影響は最大で 2 mmである。ガンマ線の角度揺動の影響は、角度揺動を 10 mradとす

ると、PET装置のドーム径が直径 70 cmの場合、3 mmである。よって、本実験で用いたの装置では、

薬剤 FDGの集積は実際よりも 5 mm程度大きくゆらいで見えると考えられる。

5-2.今後の課題 本実験はコリメーターの幅を 1 mmとしたため、特に角度揺動の実験で角度の誤差が大きくなった。

また線源と検出器の距離を 23 cmとしたため、角度分布は 4 mrad刻みで調べるのが限界だった。測

定の精度を向上させるためには、線源を強度の強いものにして、線源と検出器の距離を遠くする必要

がある。

 陽電子の飛程、対消滅ガンマ線の角度揺動の分布をさらに詳しく調べることによって、解像度を向

上させることができると考えられる。もともと FDGの集積は中心部から遠ざかるほど密度が薄くなる

ので周辺部は薄く見えるはずであるが、それとは別に、陽電子飛程と角度揺動の影響で、実際には

FDGが存在しないところまで、揺らいで見えてしまう。そのため陽電子飛程、対消滅ガンマ線の角度

揺動は PETの解像力に限界を与える[山下 2011 632項]とされている。しかし、陽電子飛程、角度揺動の

分布が詳しく分かれば、FDG集積周辺の揺らぎのうち、どの程度陽電子飛程と角度揺動に依るものな

のかが分かり、この影響を取り除いて、FDGの分布をより正確に調べることができる。

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付録付録 1.シンチレーター LYSO の自己放射線 

シンチレーター LYSOは自身に放射性物質を含んでおり、自らが出した放射線でシンチレーションを

起し、発光する。その放射線の強度は、

測定値: 38.5±2.8 Bq

理論値: 38.0 Bq

となった。測定方法と理論値の計算方法を示す。

測定

図 1 測定機器の接続図

 図 2 測定のパターン(A,B,C,D,E)

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パターン A:MPPCのみ

パターン B:MPPCの受光面に LYSOを取り付けた

パターン C:MPPCの受光面に LYSOを取り付け、全体を鉛で遮蔽した

パターン D:MPPCの受光面に LYSOを取り付け、全体を鉛で遮蔽して、近くに放射線源 22Naを置いた

パターン E:MPPCの受光面に LYSOを取り付け、近くに放射線源 22Naを置いた

 測定機器を図 1のように接続した。青色の点線の囲いの中に図 2の 5つのパターンの設定をつくり、

データを比較する。

 MPPCのバイアス電圧は 2.0 Vに設定した。それぞれのパターンでディスクリミネーターのスレッ

ショルド電圧を 20mV→50mV→100mV→150mVと変化させ、それぞれのスレッショルド電圧で 10

secの測定を 3回行い平均値を求めた。

 図 3はその結果である。パターン Aはスレッショルド電圧 150 mVで信号が検出されなくなる。これ

より、MPPC自体のノイズはスレッショルド電圧 150 mVでカットされることが分かる。

 スレッショルド電圧 150 mVで Bと Eを比べると Eのほうがイベント数が多い。これにより線源22Naからは確かに放射線が出ていて、検出器で検出できていることが分かる。次に Cと Dを比べると、

ほとんど同じであるから、鉛ブロックで放射線を遮蔽できていることが確認できる。よって、パター

ン Cと Dでスレッショルド電圧 150 mVのときのイベントは MPPCのノイズでも、外からの放射線でも

ないので、LYSOの自己放射線によるものだと結論できる。Bは Cと Dにくらべて若干イベント数が多

いので、鉛で遮蔽しないと、大気中の放射能や宇宙線の影響があるかもしれない。なお、日本の屋内

ラドン濃度の算術平均は 15.5 Bq/m3で、鉛ブロック中の容積は 3×3×5 cm3であるので、鉛ブロッ

クで遮蔽すると大気中のラドンの影響は 3.5×10-3 Bqと小さいので無視できる。

 次にその強度を求める。スレッショルド電圧 150 mVで MPPC自体のノイズがカットできると述べた

が、スレッショルド電圧をここまで高くすると LYSOの自己放射線による信号もいくらかカットしてし

まうので、パターン Cでスレッショルド電圧

が 50 mVの場合を考える。図 4aがその ADC

分布である。また図 4bはパターン Aでス

レッショルド電圧が 50mVの場合である。こ

れを見ると、MPPCのノイズは 420

ADCcount以下に収まっていることが分かる。

よって、パターン Cでスレッショルド電圧が

50mVのデータから、420 ADCcount以下の

イベントを差し引くと、 LYSOからの自己放

射線の強度が求まり、結果は

38.5±2.8 Bq

となった。LYSOの放射線のエネルギーにつ

いては付録 2で考える。

                             図 3 結果図

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図 4a パターン C(スレッショルド電圧 50mV)

4b パターン A(スレッショルド電圧 50mV)

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理論 シンチレーター LYSOは 2種類のシンチレーター(LSO:Lu2SiO5と YSO:Y2SiO5)の混成結晶であ

る。実験で使用した LYSOの形状を測定すると、3.030×3.041×15.039 mm3、質量は 0.99956 gで

あった。それぞれの密度は次のとおりである。

LYSO : 7.2134 g/cm3 (実測値)

LSO : 7.40   g/cm3

YSO : 4.45   g/cm3

よって、今回使用した LYSOは、

の比率の混合である。

 自己放射の原因は 176Luである。176Luは天然放射性核種で、存在比 2.59%、壊変形式はβ-、半

減期は 3.36×1010年である。

存在比175Lu : 97.41%176Lu : 2.59%

 つぎに、LSO中の Luの割合を求める。原子量は、

Lu:174.9668

O:15.9994

Si:28.0885であるから、LSO中の Luの割合(質量比)は

Lu×2Lu×2SiO×5

=0.7640

となる。よって LYSO 0.99956 g中の 176Lu の質量は、

 0.99956 ×0.960 ×0.764 ×0.0259 = 0.01899 g 

と求まる。これを原子数に変換すると、

N=6.022×1023×0.01899175.9

=6.501×1019

となる。

 時刻 t=0における放射性核種の存在量を N0とすると、時刻 tにおける存在量は次のように表せる。

N=N0×2−tT

LYSO = LSO(96.0 % ) + YSO(4.0 % )

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 よって、放射線源の強度 Bqは核種の半減期 Tと存在量 Nで一意に決まる。

−dNdt

= −ddt

N0×2−

tT

= log2T

N

= λN

ここでλを壊変定数といい、176Luの壊変定数は半減期が分かっているから、λ=5.84×10-19と決

まる。

 よって、シンチレーター LYSOの自己放射の強度の理論値は、

λN=5.84×10-19×6.501×1019=38.0 Bq

と求まる。

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付録 2.放射線のエネルギーと ADCcount の線形性 22Naは陽電子を放出し、さらにその陽電子が電子と対消滅して 0.511 MeVのガンマ線を放出する。137Csは崩壊により 0.6617 MeVのガンマ線を放出する。これらを、シンチレーター LYSOと 1600ピ

クセル MPPCを用いて測定したときの、放射線のエネルギーと ADCcountの線形性を調べた。

 図 1と同じように測定機器を接続し、青い点線の囲いの中に図 2のパターン Eを作った。ただし、

MPPCは Serial No.:9027を使用し、バイアス電圧、スレッショルド電圧は、付録 1の実験とは異な

る。

 ここで、図 5は MPPC(Serial No.:9027)のゲインを測定した際の、ADC分布である。バイアス

電圧を変化させてペデスタルと 1 p.eの ADCcountを測定すると、図 6a、図 6bのようになった。こ

れによりバイアス電圧の大きさが 1.0 Vのときは、ペデスタルは 119 ADCcount、1p.eは 43.2

ADCcountである。よって、次の式によって ADCcountから光子数を求めることができる。

A[p.e]=(B[ADCcount]-119)/43.2 (MPPC9027、バイアス電圧 1.0V) (※)

なお、MPPCには個体差があるため、素子ごとに測定する必要がある。

図 5 MPPC(Serial No.:9027) のゲイン測定の際の ADC分布

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  図 6a バイアス電圧とペデスタルの関係    図 6b バイアス電圧と 1p.eの関係

 図 7aと図 7bは、バイアス電圧 1.0 Vでの、22Naと 137Csの ADC分布である。これにより、0.511

MeVガンマ線の光電効果ピークは 1545±3 ADCcount、0.6617 MeVガンマ線の光電効果のピークは

1842±5 ADCcountとなった。また、ペデスタル(つまりエネルギー 0 MeV)は 119±1 ADCcount

なので、ガンマ線のエネルギーと ADCcountの関係は図 8のようになる。

図 7a 22Naの ADC分布   図 7b 137Csの分布

 図 8 放射線のエネルギーと ADCcountの関係

0 1 2 3 4 5 685

90

95

100

105

110

115

120

125

バイアス電圧 [V]

ペデ

スタ

ル[ADCcount]

0 1 2 3 4 5 60

50

100

150

200

250f(x) = 43.2x + 0.1

バイアス電圧 [V]

1p.e

の大

きさ[ADCcount]

0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 10

500

1000

1500

2000

2500

3000

f(x) = 2652x + 132

放射線のエネルギー [MeV]

ADCcount

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 次に、式(※)を用いて、0.511 MeVのガンマ線が LYSOに入射し光電効果を起こしたときに生じ

る光子数を求める。ゲインの測定の際にはゲート用信号はクロックジェネレーターからとったので、

MPPCの信号を分岐していないが、今回の実験では MPPCからの信号をシグナル用信号とゲート用信号

に分岐したため、式(1)を使うためには、得られた ADCcountを 2倍してやる必要がある。そのよう

にして求めると、0.511 MeVのガンマ線が LYSOに入射し光電効果を起こしたときに生じる光子数は

69程度となる。

 同様の設定で LYSOの自己放射線を測定し、図 8の結果によって ADCcountをエネルギーに変換する

と図 9のようになる。なお、ペデスタルは取り除いてある。176Luはベータ崩壊によって 176Huに崩壊

する。β崩壊は 3体崩壊なので、ベータ粒子のエネルギーは連続スペクトルになる。176Luの崩壊エ

ネルギーは 1.193 MeVなので、ベータ粒子の最大エネルギーは 1.193 MeVとなるはずであるが、今

回の実験では最大エネルギーは 1.0 MeV程度と測定された。ベータ線のスペクトルの形は核種によっ

て多少異なるが、その平均エネルギーは最大値のおよそ 1/3になる[大塚、西谷 2007 63項]という。最大

エネルギー 1.193 MeVの 1/3は 0.4MeVであり、実験で平均エネルギーは 0.42MeVとなったので、

確かにおよそ 1/3になっている。

              エネルギー[MeV]

 図 9 LYSOの自己放射のエネルギー 

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付録 3.22Na の ADC 分布で 1.275 MeV ガンマ線の光電効果のピークが確認できな

かった理由 22Naは陽電子の他に、軌道電子捕獲によって、1.275 MeVのガンマ線(特性 X線)を放出する。し

かし、図 10をみるとピークに見えるのは 2564 ADCcountであり、これは 0.92MeVに相当する。

1.275 MeVは 3513 ADCcountに相当するが、ここにピークは確認できなかった。この理由を考える。

図 10 22Naの ADC分布(縦軸は対数)

 量子論によると、原子 1個あたりの K殻電子の光電効果の発生確率を表す光電吸収断面積σphoto(K)

と、入射光子のエネルギーが比較的高いときの原子 1個あたりのコンプトン散乱の断面積σcompは、

次のように表せる[大塚、西谷 2007 123-131項]。

photo K =421374

TZ5

m0c2

h−Ik

comp=38 T

m0c2

hln

2h

moc212

T =8 e2

m0c22

=6.65×10−29 m2

ここに、hνは電磁放射線のエネルギー、Zは物質構成原子の原子番号、IKは K殻電子の電離エネル

ギー、σTはトムソン散乱の断面積(定数)である。LYSO中の各元素の割合(原子数比)は、

Lu:24% Si:13% O:63% Y:1%

である。また、0.511 MeVと 1.275 MeVのガンマ線の割合は 、

0.511MeV:90% 1.275MeV:10%

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なので、それぞれの反応断面積の割合は表 1のようになる。

0.51MeV 1.275MeV

photo compton photo comptpn

29.4 65.3 0.04 5.2

表 1 反応断面積の割合

 ガンマ線のエネルギーが 1.275 MeVと高くなると、光電効果の割合はコンプトン効果の 1%ほどに

なる。このため、1.275 MeVガンマ線の光電効果のピークはコンプトン効果に埋もれてしまい見えな

くなった。これを見るためには、検出器のエネルギー分解能を上げて、ピークが鋭くなるようにする

必要がある。

 また、2564 ADCcount(0.92MeV)に見えたピークであるが、これは 1.275 MeVガンマ線のコン

プトン散乱によるものである。散乱された光子のエネルギー hν'は次のように表せる[大塚、西谷 2007

123-131項]。

h'= h

1h

m0c21−cos

ここでθは散乱角の大きさである。θ=180°のとき、散乱光子のエネルギー hν'が最小になる

ので、ガンマ線はもっともエネルギーを落とすことになる。その大きさは、ガンマ線のエネルギーが

1.275 MeVの場合、1.07 MeVである。理論的にはここにコンプトン散乱のエネルギーのピークが見

えるはずであるが(図 11の黒線)、実験ではたたみこみにより図 11の赤線のように測定されたと考

えられる。

図 11 コンプトン散乱のエネルギーの分布、理論(黒)、実験(赤)

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謝辞 本研究をするにあたって、竹下徹教授、長谷川庸司准教授、小寺克茂研究員には、多忙な中、研究

のご指導や、論文の添削など多くの時間を割いていただきました。また研究室の先輩方、特に浜崎さ

ん、小倉さんには実験装置の使い方を一から教えていただくなど、大変お世話になりました。実験が

が思うようにいかず、苦労もたくさんありましたが、一緒に研究を行ってきた同期の仲間がいたから

こそここまでくることができました。そして、大学に通わせてくれた両親には心から感謝しています。

 本当にありがとうございました。

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<参考文献>

(1) 山下貴司、「ポジトロン CT(PET)」、山田作衛、他、『素粒子物理学ハンドブック』

朝倉書店、2011年

(2) 浜島書店編集部、「ニューステージ 新訂 科学図表」、浜島書店、2006年

(3) PET検査ネット、http://www.pet-net.jp/pet_html/treat/pet.html

日本メディカルネットコミニケーションズ株式会社、2013年 2月

(4) ウィキペディア ポジトロン断層法

  http://ja.wikipedia.org/wiki/ ファイル :PET-MIPS-anim.gif 2013年 3月

(5) 東海大学医学部附属病院 画像検査センター

  http://trhome.med.u - tokai.ac.jp/contents/HT/HT01.html  2013年 3月

(6) 大塚徳勝、西谷源展、Q&A放射線物理改訂新版、共立出版株式会社、2007年

(7) 三浦功、他、「放射線計測学」、裳華房、1982年

(8) FUJIA YANG,JOSEP H HAMILTON,Modern Atomic and Nuclear Physics,

World Scientific、 2010年

(9) 国立天文台、理科年表、丸善出版株式会社、2012年

(10) 山崎真、『MPPCを用いた次世代 PET装置の基礎研究』

信州大学大学院工学系研究科、修士学位論文、2010 

(11) メディカルウェア イメージング・プレート

  http://medicalware.org/wiki/ イメージング・プレート  2013年 3月