郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000...

41
1 郵政事業の国際比較:公平性の観点から 広島大学経済学部 吹春俊隆 はじめに 日本の郵政事業は諸外国とは異なる展開を遂げてきた.日本では郵政 3 事業とは郵便サ ービス,(郵便)貯金サービス,および(簡易)保険サービスを意味するが,ヨーロッパで は郵便サービス,(郵便)貯金サービス,および電気通信サービスを意味するのが通常であ った.そのヨーロッパの郵政事業は 1980 年代から大きな変化を遂げ,日本でも 21 世紀に 入り小泉純一郎首相のリーダーシップのもとで大きな変化が生じようとしている.郵政 3 事業を直営形式で掌ってきた郵政省は 2001 1 月の行政改革の一環として行われた省庁再 編製で総務省に組み入れられ,企画立案と管理を行う郵政企画管理局と現場の郵政 3 事業 サービスを行う郵政事業局に分けられた.その郵政事業局が 2003 4 1 日,日本郵政公 社となったのである. 2005 年に民営化関連法案を提出するために 2004 2 月より経済財 政諮問会議は日本郵政公社の再検討を開始し,9 10 日に「郵政民営化の基本方針」が閣 議決定された. もともと小泉純一郎氏は郵政 3 事業の民営化を唱えてきたが(小泉純一郎・梶原しげふ み,『郵政民営化論』,PHP 研究所,1999 年),郵便貯金と銀行は「100 年戦争」といわれ るほどのライバル関係にあり,郵便貯金の民営化問題は第 2 次大戦後から論じられ,関連 文献の枚挙にいとまのないほどである.しかしその民営化実現の可能性が高まったのは 1980 年代から 90 年代にかけてヨーロッパをはじめ多くの国で郵政事業の分割・民営化が 推進されたことに原因があると思われる.その場合,民営化の議論は「日本の郵政事業は 諸外国と比べて効率的か」という観点から行なわれる事が多い.しかし経済学では「効率 性」と「公平性」という 2 つの観点から分析する必要があるという立場からすればこの実 状には不満が残る. 本論稿の目的は公平性という観点から諸外国との比較を行なうことである.その場合, 公平性をどう測るかという問題が生じる.郵政事業における公平性は最近ではユニバーサ ルサービスという概念で表現される事が多い.具体的にはアメリカ合衆国法典第 101 条に は「USPS (アメリカ郵便公社,United States Postal Service)はその基本的機能として個 人的,教育的,文化的および企業的通信を通じて,国家を統合するために郵政事業を営む 義務を負い,迅速で信頼性があり,効率的な義務をあらゆる地域に提供し,郵便業務をあ らゆる地域共同体に付与するものとする」との規定があり,これが USPS に課されたユニ バーサルサービス義務条項であるとみなされている(『変革期の郵政事業』,全逓総合研究

Upload: others

Post on 04-Jan-2020

4 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

1

郵政事業の国際比較:公平性の観点から

広島大学経済学部 吹春俊隆

はじめに

日本の郵政事業は諸外国とは異なる展開を遂げてきた.日本では郵政 3 事業とは郵便サ

ービス,(郵便)貯金サービス,および(簡易)保険サービスを意味するが,ヨーロッパで

は郵便サービス,(郵便)貯金サービス,および電気通信サービスを意味するのが通常であ

った.そのヨーロッパの郵政事業は 1980 年代から大きな変化を遂げ,日本でも 21 世紀に

入り小泉純一郎首相のリーダーシップのもとで大きな変化が生じようとしている.郵政 3事業を直営形式で掌ってきた郵政省は 2001年 1月の行政改革の一環として行われた省庁再

編製で総務省に組み入れられ,企画立案と管理を行う郵政企画管理局と現場の郵政 3 事業

サービスを行う郵政事業局に分けられた.その郵政事業局が 2003 年 4 月 1 日,日本郵政公

社となったのである. 2005 年に民営化関連法案を提出するために 2004 年 2 月より経済財

政諮問会議は日本郵政公社の再検討を開始し,9 月 10 日に「郵政民営化の基本方針」が閣

議決定された. もともと小泉純一郎氏は郵政 3 事業の民営化を唱えてきたが(小泉純一郎・梶原しげふ

み,『郵政民営化論』,PHP 研究所,1999 年),郵便貯金と銀行は「100 年戦争」といわれ

るほどのライバル関係にあり,郵便貯金の民営化問題は第 2 次大戦後から論じられ,関連

文献の枚挙にいとまのないほどである.しかしその民営化実現の可能性が高まったのは

1980 年代から 90 年代にかけてヨーロッパをはじめ多くの国で郵政事業の分割・民営化が

推進されたことに原因があると思われる.その場合,民営化の議論は「日本の郵政事業は

諸外国と比べて効率的か」という観点から行なわれる事が多い.しかし経済学では「効率

性」と「公平性」という 2 つの観点から分析する必要があるという立場からすればこの実

状には不満が残る. 本論稿の目的は公平性という観点から諸外国との比較を行なうことである.その場合,

公平性をどう測るかという問題が生じる.郵政事業における公平性は最近ではユニバーサ

ルサービスという概念で表現される事が多い.具体的にはアメリカ合衆国法典第 101 条に

は「USPS(アメリカ郵便公社,United States Postal Service)はその基本的機能として個

人的,教育的,文化的および企業的通信を通じて,国家を統合するために郵政事業を営む

義務を負い,迅速で信頼性があり,効率的な義務をあらゆる地域に提供し,郵便業務をあ

らゆる地域共同体に付与するものとする」との規定があり,これが USPS に課されたユニ

バーサルサービス義務条項であるとみなされている(『変革期の郵政事業』,全逓総合研究

Page 2: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

2

所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第 1 条に「郵便の役務を

なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

バーサルサービス義務条項であるとみなされている. それでは,その公平性が実現しているかどうかをどのように判定すべきであろうか.本

論稿ではそのための 1 つの判定基準を提示し,この判定基準を用いて諸外国との比較を行

なう.この判定基準を考えるに当って参考にしたのは課税制度としての累進課税である.

所得が高くなればなるほど税率を高くするという累進課税は公平性を測る 1 つの尺度と考

えられる.すなわち,課税の累進性が大きくなればなるほど公平な社会であるといえるで

あろう.本論稿では一国において地域が県や州といった行政単位に分かれている場合,貧

しい県(州)になればなるほど手厚く郵政サービスが提供されていれば郵政サービスの観

点から「公平である」と定義する.アメリカ合衆国法典第 101 条の精神を尊重しようとす

ればこのような状況が発生するのではないかと考えられるからである.具体的には統計処

理を行なって平均所得(あるいはメジアン)が低い行政単位であればあるほど一人当たり

郵便サービスが利用可能であると確認できればその国は郵政サービスの観点から「公平で

ある」と定義する. 筆者はこの立場から日本,アメリカ,ドイツ,イギリス,ニュージーランド,およびオ

ーストラリアについて比較を試みた.最近は IT 時代を反映して各国の郵政事業当局は年次

報告をインターネットのホーム・ページに発表しているのでその情報を利用して公平性を

評価できた場合がある.その年次報告の情報を用いて分析できない場合,郵政事業当局(会

社)に情報提供を依頼した.その場合,情報提供を拒否された場合もある.それは「公平

性」が民営化により損なわれるのではないかとの批判に利用されることへの配慮であるか

もしれない. 本論稿で行なった国際比較では国のサンプル数が少ないので本論稿で行なう結論を一般

化するのは危険が伴なうが,その危険性を承知で敢えて結論付けるとすれば民営化により

公平性は低下するといってよいであろう.

1 日本の郵政事業と公平性

前述したように例えばドイツではドイツの郵政事業の電気通信事業に関していえば,

1989 年になって郵便事業を行なうドイツ・ポストは貯金サービスを提供するポストバンク

や電気通信サービスを提供するドイツテレコムへと事業分割が行なわれ(『変革期の郵政事

業』[2000,p.212]),イギリスでも 1981 年になってブリティッシュ・テレコムが分割され

ている(『変革期の郵政事業』[2000,p.219]).ここで注意しなくてはならないのは日本で

はすでに 1949 年に逓信省(郵政省の前身)から電気通信サービスは分離されているという

ことである.そこで本節では日本の郵政事業の変遷を概観することより開始しよう(『郵政

Page 3: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

3

百年史』,郵政省(編),逓信協会,1971 年,参照). [1] 日本における郵政事業の歴史 1885 年に日本の通信関係を司る政府機関として逓信省が設けられた.現在、関東逓信病

院など全国に 12 あるこれらの逓信病院は NTT の直営病院であり,この病院での NTT 職員

の受診については 1998 年 3 月まで無料であった(日本経済新聞,1997 年 11 月 5 日).こ

の逓信病院は「逓信省」の名残である.日本における新式郵便事業は 1871 年 4 月 20 日に

東京と大阪間で開始された.最初の郵便切手が 4 種,同年に発売開始されている.同年 7月 15 日に東京-横浜間で郵便が開設され現金書留郵便制度が導入された.当時の郵便事業

の担当長官を「駅逓頭」というが,「郵便事業の父」として知られる前島密は 1871 年より

1881 年まで駅逓頭を務めている.1872 年には彼を長官とする駅逓司(後に駅逓寮,駅逓局

へと組織替え)や S.M.Bryan など「お雇い外国人」の働きで郵便は全国的・国際的な展開

が可能となった.駅逓司は大蔵省に属していた故もあり,1885 年には郵便貯金制度が創設

されている. 一方,電気通信事業に関してはペリーの日本来訪に際し 1854 年に彼は電信機を献上・実

験したとの記録がある.本格的な電信機器は 1867 年にオランダから初めて輸入された.こ

の輸入は幕府の海軍副総裁であった榎本武揚が軍艦「開陽」によって行ったものである(『郵

政百年史』,1971,p.23).明治 2 年(1868 年)に寺島宗則は「お雇い外国人」であるイギ

リス人ブラントンなどの協力を得て東京-横浜間に電信一線を架設し,1872 年には電信の

長崎線が完成した.佐賀の乱,神風連の乱,さらには西南戦争において電信の重要性が認

識されたといわれる(『郵政百年史』,1971,p.42,p.52).榎本は電話に関しても 1877 年

に東京赤坂にあった工部省と宮内庁の間(約 2km)で行われた実験を取り仕切っている.

ここで用いられた電話機がアメリカによる電話機輸出第 1 号であるといわれる.次いで

1878 年には日本人によりその電話機の模作品が作られている.ベル(A.G.Bell)がアメリ

カで電話を発明したのが 1876 年である事を考えると驚くべき事と言えよう.このように日

本の通信技術の発達に貢献した榎本は日本の初代電気学会会長である(『AT&T と IBM』,

那野比古,講談社現代新書,1989 年,p.63).これらの駅逓・電信・燈台・管船部門を統括

する逓信省が 1885 年に創設され,榎本が初代逓信大臣を務めた(『郵政百年史』,1971,p.208). ここで注意すべきは逓信省は鉄道サービスをも提供する包括的な省であったという事実

である.鉄道事業は 1872 年の新橋・東京間の開業により政府の事業として開始された.1889年に新橋と神戸間の東海道線が完成した後,鉄道事業を司る鉄道庁は 1892 年,逓信省に移

されたのである(『郵政百年史』,1971,p.216).ただし国有鉄道は東海道線など全鉄道網

の約 1/3 にすぎず,残りは日本鉄道や山陽鉄道などの民間会社により経営されていた.それ

が「鉄道国有法」により大半の鉄道の国有化が行なわれた後,1908 年に鉄道院となり逓信

Page 4: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

4

省を離れたのである(『郵政百年史』,1971,p.312).1916 年より逓信省は簡易生命保険事

業を開始している(『郵政百年史』,1971,p.443). 戦後も 1946 年逓信省として再出発したが 1949 年に郵政省と電気通信省に分割された

(『郵政百年史』,1971,p.695).その電気通信省が 1952 年に日本電信電話公社となったの

である.国際電信電話株式会社(KDD)は 1953 年に特別法により国際通信サービスを独

占的に提供する民営企業として設立され,日本電信電話公社は国内通信サービスを独占的

に提供する公企業と規定されたのである(『郵政百年史』,1971,p.706).1985 年に日本電

信電話公社は NTT(日本電信電話株式会社)として民営化が行なわれ,1999 年に分割が行

なわれた. [2] 日本における総体的郵政事業の公平性 いずれにせよ,1949 年に郵便サービス,(郵便)貯金サービス,および(簡易)保険サー

ビスからなる現在の日本郵政公社の原型が完成したといえよう.このサービスを日本全国

で 2 万 4700 の郵便局が提供している.これまで多くの研究者によってこの郵政事業が「効

率的」かどうかという観点から調査が行なわれてきた.経済学で「効率的」というのは「無

駄がない」ことを意味する.例えば,2 つの郵便局があり立地条件がほぼ同じであったとし

よう.その事業運用コストを比較したとき一方が他方と比べコストが多くかかっていると

すれば前者は「非効率的」な運用が行なわれていると判断される.国際比較においてもこ

のような「効率性」の比較が行なわれる場合が多かったように思われる. 経済学ではこのような「効率性」という判断基準に加え,「公平性」という判断基準が存

在する.例えば所得が高くなればなるほど税率を高くするという累進課税は公平性を測る 1つの尺度と考えられる.すなわち,2 つの国があり,一方の国で課税の累進性が大きければ

その国はより「公平」な地域であると判断される.本論稿では一国において地域が県や州

といった行政単位に分かれている場合,貧しい地域(あるいは県)になればなるほど一人

当たり郵政サービスが提供されていればその国は郵政サービスの観点から「公平である」

と判断される.そしてこのような観点から国際比較を行なうが,まず日本においてこの公

平性が成り立つかどうかの吟味を行なう. 表 1:日本の郵便局数と平均所得(1999 年度)

都・道・府・

県 郵便局数 (AJ)

人口 (BJ)

平均所得 (千円)(CJ)

北海道 1556 5693495 2809 青森 363 1506412 2491 岩手 447 1429752 2578

Page 5: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

5

宮城 460 2333334 2798 秋田 402 1214254 2599 山形 402 1250752 2638 福島 565 2139879 2778 茨城 522 2983111 2995 栃木 361 1994303 3203 群馬 346 2009745 3098 埼玉 640 6804517 3365 千葉 722 5834275 3267 東京 1525 11624986 4255 神奈川 756 8268275 3355 新潟 705 2490637 2905 富山 300 1128066 3063 石川 343 1174889 3037 福井 250 827334 2842 山梨 273 882611 2912 長野 681 2197325 3032 岐阜 456 2105973 2948 静岡 605 3748621 3120 愛知 940 6838342 3641 三重 474 1852854 2934 滋賀 259 1305535 3337 京都 484 2559215 3086 大阪 1136 8616279 3261 兵庫 969 5473832 3046 奈良 330 1444726 2649 和歌山 317 1095626 2521 鳥取 246 618996 2638 島根 378 768310 2403 岡山 536 1956160 2916 広島 705 2875022 3036 山口 421 1543727 2771 徳島 241 836300 2702 香川 225 1034241 2822 愛媛 400 1520642 2589

Page 6: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

6

高知 329 822812 2442 福岡 806 4940435 2707 佐賀 204 885175 2549 長崎 450 1542151 2572 熊本 567 1870059 2507 大分 403 1240082 2698 宮崎 312 1187974 2214 鹿児島 721 1792719 2277 沖縄 193 1304275 2149

(出所 『郵便貯金'99』などより)

表 1 は日本に存在する約 24,700 の郵便局数(AJ),人口(BJ),および平均所得(CJ)の都道府県

分布を示している.AJ 欄の各項を BJ 欄の各項で割って「一人当たり郵便局数」を計算し,

この変数を Y とおく.CJ欄の平均所得を変数 X とおいて X と Y の回帰分析を行うと以下

のような結果を得る. Y= 0.000643776-1.38414×10-7 X (1) X の係数は小さいけれども負値となる.回帰分析において X の係数の P 値を計算すると

3.0778×10-6 となり,X の係数は負値であることが統計的に保証される.本論稿の定義に

よれば日本の郵政事業は「公平である」といってよい.R2は 0.386701 である.図 1 はこの

「平均所得」と「一人当たり郵便局数」の各県ペアーをとり平均所得の小さい順に並べ,

グラフ化したものである.図中の破線が(1)で表される傾向線を示している. 図 1 日本における郵政事業の公平性

Page 7: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

7

3000 3500 4000平均所得

0.0001

0.0002

0.0003

0.0004

0.00051人当郵便局

[3] 日本における個別郵政事業の公平性

既述のように現在の日本郵政事業は郵便サービス,(郵便)貯金サービス,および(簡易)

保険サービスからなる.本節では個別の事業において「公平性」が成立するかを吟味する. 近代的郵便事業はイギリスでローランド=ヒル(Rowland Hill)により提唱され,1840

年にイギリスで開始された(『郵政百年史』,1971,p.59~).その特色は官営による独占制

と料金の均一性であり日本の前島密はイギリス方式で日本への郵便事業を導入したので日

本でも基本的に官営による独占制と料金の均一性が採用された.1885 年には郵便貯金制度

が,1916 年には簡易生命保険制度が創設されている. [i] 郵便貯金事業の公平性 まず,郵便貯金の公平性を考察しよう.表 2 の D 欄には郵便貯金残高の各県分布が示さ

れている.それぞれの県の郵便貯金残高を県人口で割って「一人当り郵便貯金残高(平均

郵貯)」を計算した結果が表 2 の F 欄に与えられている.この「一人当り郵便貯金残高(平

均郵貯)」(Y)は県の平均所得(X)とどのような関係になっているかを以下に吟味する. 表 2:日本の郵貯残高と簡保保険金額(1999 年度)

都・道・府・

県 郵貯残高,億

円,(D) 簡保金額,億

円,(E) 一人当り郵

貯,百万円,

(F)

一人当り簡

保,百万円,

(G) 北海道 104199 92311 1.830 1.621 青森 20039 27290 1.330 1.812

Page 8: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

8

岩手 22091 24357 1.545 1.704 宮城 35039 38428 1.502 1.647 秋田 16904 20554 1.392 1.693 山形 19984 22545 1.598 1.803 福島 36271 40130 1.695 1.875 茨城 61259 50410 2.054 1.690 栃木 39726 30562 1.992 1.532 群馬 39684 33598 1.975 1.672 埼玉 123048 95721 1.808 1.407 千葉 104682 75070 1.794 1.287 東京 272780 208790 2.347 1.796 神奈川 154755 122556 1.872 1.482 新潟 46676 42317 1.874 1.699 富山 24202 20427 2.145 1.811 石川 24961 23927 2.125 2.037 福井 21120 17285 2.553 2.089 山梨 19260 13747 2.182 1.558 長野 50058 36364 2.278 1.655 岐阜 46746 33837 2.220 1.607 静岡 73311 52060 1.956 1.389 愛知 165766 111031 2.424 1.624 三重 43700 29866 2.359 1.612 滋賀 26848 20090 2.056 1.539 京都 62950 46149 2.460 1.803 大阪 202235 147786 2.347 1.715 兵庫 130875 89142 2.390 1.629 奈良 36131 22173 2.501 1.535 和歌山 30917 19284 2.822 1.760 鳥取 11969 9961 1.934 1.609 島根 15048 13825 1.959 1.799 岡山 48365 36923 2.472 1.888 広島 70301 55090 2.445 1.916 山口 36941 30299 2.393 1.963 徳島 22388 18220 2.677 2.179 香川 27636 18968 2.672 1.834

Page 9: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

9

愛媛 32327 26677 2.126 1.754 高知 17621 14535 2.142 1.767 福岡 96153 79679 1.946 1.613 佐賀 17072 15549 1.929 1.757 長崎 28537 28049 1.850 1.819 熊本 34694 36021 1.855 1.926 大分 23923 23393 1.930 1.886 宮崎 17456 20793 1.469 1.750 鹿児島 32324 36518 1.803 2.037 沖縄 10564 7701 0.810 0.590 (出所:『郵便局民営化計画』,原田淳,東洋経済新報社,2001 年,と表 1 より作成) 県平均所得は表 1CJ欄で与えられているので回帰分析が可能である.その結果は

Y=862352+402.12 X (2) で与えられる.また X の係数に関する P 値は 0.0058 であるから帰無仮説:X の係数=0,は否定される.すなわち,豊かな県になればなるほど「一人当り郵便貯金残高(平均郵貯)」

は増加するという結論になる.これは個人の行動としてみれば自然な結果といえるであろ

う.R2 は 0.157362 である.「一人当り郵便貯金残高(平均郵貯)」(Y)と県の平均所得(X)の分布,および(2)で示される傾向線は図 2 で示されている. 図 2 日本における一人当り郵便貯金残高(平均郵貯)と平均所得

2500 3000 3500 4000 4500平均所得

1×106

1.5×106

2×106

2.5×106

平均郵貯

ただ,(2)は郵貯事業における「公平性」を考察する方程式であるとは言いがたい.その

Page 10: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

10

郵貯サービスを提供するのにどれほど郵便局を設置しているかということが考慮されてい

ないからである.そこで各県の「一人当り郵便貯金残高(平均郵貯)」(表 2 の F 欄の各項)

を当該県の郵便局数(表 1 の AJ 欄の各項)で割って各県の「一郵便局当り平均郵貯」(Y)という新しい概念を定義し,これと「平均所得」(表 1 の CJ欄の各項)(X)の関係を見てみ

よう.ここで 一郵便局当り平均郵貯=平均郵貯/郵便局数 =郵便貯金額/(人口×郵便局数) となる.

Y と X の回帰式は以下のように得られる.

Y=9128.72-1.44551 X (3) (3)によれば貧しい県になればなるほど「一郵便局当り平均郵貯」は多いという結果になり

郵貯サービスの公平性が示されているように思われる.その「一郵便局当り平均郵貯」(Y)と県の平均所得(X)の分布,および(3)で示される傾向線は図 3 で示されている.ただ残念な

がら(3)における X の係数に関する P 値は 0.133 であり,必ずしも X の係数の負値性は統計

的に保障されないので"貧しい県になればなるほど「一郵便局当り平均郵貯」は多い"と断定

する事はできない.R2は 0.0494351 である.そこで次に「簡易生命保険(簡保)事業の公

平性」を吟味しよう. 図 3 日本における郵便貯金事業の公平性

2500 3000 3500 4000 平均所得

2000400060008000

1000012000

一郵便局当り平均郵貯

Page 11: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

11

[ii] 簡保事業の公平性 表 2 の E 欄には簡易生命保険加入額の各県分布が示されている.それぞれの県の簡易生

命保険加入額を県人口で割って「一人当り簡易生命保険(簡保)」を計算した結果が表 2 の

G 欄に与えられている.この県の「一人当り簡易生命保険(簡保)」(Y)は県の平均所得(X)とどのような関係になっているかを以下に吟味する. 県平均所得は表 1CJ欄で与えられているので回帰分析が可能である.その結果は

Y=1.77866×106-24.9404 X (4)

で与えられる.しかし X の係数に関する P 値は 0.791 であるから帰無仮説:X の係数=0,を否定できない.すなわち,(4)によれば豊かな県になればなるほど「一人当り簡易生命保

険(簡保)」は減少するということになるが必ずしもそのように断言できないというのが結

論である.R2は 0.00158421 である.「一人当り簡易生命保険(簡保)」(Y)と県の平均所得

(X)の分布,および(4)で示される傾向線は図 4 で示されている. 図 4 平均所得と一人当り簡易生命保険加入額

2000 2500 3000 3500 4000 4500平均所得

1.4×106

1.6×106

1.8×106

2×106

2.2×106一人当り簡保

ただ,郵貯について分析した前節と同様に(4)は簡保事業における「公平性」を考察する

方程式であるとは言いがたい.その簡保サービスを提供するのにどれほど郵便局を設置し

ているかということが考慮されていないからである.そこで各県の「一人当り簡易生命保

険(簡保)」(表 2 の G 欄の各項)を当該県の郵便局数(表 1 の AJ欄の各項)で割って各県

の「一郵便局当り平均簡保」(Y)という新しい概念を定義し,これと「平均所得」(表 1 の

CJ欄の各項)(X)の関係を見てみよう.ここで

Page 12: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

12

一郵便局当り平均簡保=一人当り簡易生命保険(簡保)/郵便局数 =簡易生命保険(簡保)/(人口×郵便局数) となる.

Y と X の回帰式は以下のように得られる.

Y=9502.95-1.84662 X (5) (5)によれば貧しい県になればなるほど「一郵便局当り平均簡保」は多いという結果になり

郵貯サービスの公平性が示されているように思われる.その「一郵便局当り平均簡保」(Y)と県の平均所得(X)の分布,および(5)で示される傾向線は図 5 で示されている.郵貯の場合

と異なり(5)における X の係数に関する P 値は 0.011 であり,X の係数の負値性は統計的に

保障され,"貧しい県になればなるほど「一郵便局当り平均簡保」は多い"と断定する事がで

きる.R2は 0.135936 である. 図 5 日本における簡保事業の公平性

2500 3000 3500 4000 4500平均所得

2000

4000

6000

8000

一郵便局当り平均簡保

[iii] 郵貯・簡保事業の公平性 そこで最後に郵便貯金事業と簡易保険事業を合わせて「郵政事業の金融サービス部門」

と定義しよう.この「郵政事業の金融サービス部門」に関する公平性を吟味する.そのた

めには「一郵便局当り平均(郵貯+簡保)」を計算する.これは単に一人当り平均郵貯と一

人当り平均簡保の和を郵便局数で割ったものである.すなわち,

Page 13: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

13

一郵便局当り平均(郵貯+簡保)=(一人当り郵便貯金+一人当り簡易生命保険)/郵便局数 =(郵便貯金額+簡易生命保険)/(人口×郵便局数) となる. この変数を Y,平均所得を X とおいて行った回帰分析によると回帰式は

Y=18631.7-3.29213 X (6) となる.(6) によれば貧しい県になればなるほど「一郵便局当り平均(郵貯+簡保)」(一郵

便局あたり金融サービス)は多いという結果になり郵政事業の金融サービス部門の公平性

が示されているように思われる.その「一郵便局当り平均(郵貯+簡保)」(Y)と県の平均所

得(X)の分布,および(6)で示される傾向線は図 6 で示されている.郵貯のみの場合と異なり

(6)におけるXの係数に関するP値は 0.047であり,Xの係数の負値性は統計的に保障され,

"貧しい県になればなるほど「一郵便局当り平均(郵貯+簡保)」は多い"と断定する事がで

きる.R2は 0.0847437 である. 図 6 日本における郵政事業の金融サービス部門の公平性

2500 3000 3500 4000 4500平均所得

5000

10000

15000

20000一郵便局当り平均 H貯蓄+簡保額L

2 アメリカの郵政事業と公平性

日本とアメリカの郵政事業を比較した場合,根本的な違いは日本においてその中で電気

通信事業は長期にわたり国営(公社)方式であり,1985 年より NTT という民間企業によ

る民営方式へと変わったが,アメリカにおいては最初から AT&T という民間企業による民

営方式であったという事実である.日本における郵政事業の NTT 方式はアメリカ型の

AT&T 方式への政策転換とみることができる.また,日本における郵便貯金はその金融市

Page 14: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

14

場で大きなシェアを占め,銀行業界からはその縮小が求められているほどであるが,アメ

リカでは郵便貯金事業は 1966 年に廃止され,かつ,簡易保険に対応するような事業は存在

しない.以下ではその相違を吟味していく.まず電気通信事業より始める. [1] アメリカにおける電気通信事業とユニバーサルサービス 現在では「公平性」という側面から日本の郵政事業を論じる文献の中にしばしば言及さ

れるユニバーサルサービスという言葉は,政府系企業に要求される義務であるとみなされ

ているが,この「企業に要求される義務」としてのユニバーサルサービスに最初に言及し

たのは AT&T(アメリカ電信電話会社,American Telephone and Telegraph)というアメ

リカの民間企業であったのは興味深い.独占企業であるが故にアメリカ全土へ同一料金で

同一サービスを提供できると誇ったのである(『変革期の郵政事業』,2000 年,p.6).その

AT&T はその巨大さの故に反トラスト法(日本の独占禁止法)をめぐる訴訟に巻き込まれ

てきたので,反トラスト法との関わりをもう 1 つの軸として電気通信事業の歴史を説明し

よう. 1876 年,ベルは電話を発明し特許を取得する.その特許をもとに Bell 電話会社を設立す

るのであるが特許権は 17年で消滅するのでその対策として当時その技術開発が非常に難し

いといわれていた長距離電話の開発に乗り出すことになる.そして 1894 年に作られたのが

AT&T であり,Bell 電話会社の子会社(長距離専門)であった.後に子会社の長距離電話

サービスの方が会社の主力となり,親会社の社名を AT&T へと変えたのである. AT&T は技術開発に多額の資金を投入し新製品,新サービスを生み出していく.すなわ

ち 1925 年にベル研究所(Bell Laboratory)を創設するがここから 7 つのノーベル賞を生

み出している.その 1 つが 1947 年にショックレー(W. Shockley,1910-1989)達の発明

したトランジスタ(transistor)である.後に IC(集積回路,Integrated Circuit)として

発展していく transistor は電流の流れ transfer と抵抗器 resistor の合成語であった.初期

のコンピューターは真空管が多用された.一つ一つの真空管は大きいうえに熱を帯びやす

く壊れやすいという欠点を持っていた.従ってお互いの間に充分な隙間を作っておかねば

ならず,巨大なコンピューターになっていた.この欠点を克服したのがトランジスタであ

った.この発明,およびその IC への発展はコンピューターの小型化を推進し,1990 年代

の IT(information technology)時代をもたらす起爆剤となったことは周知の事実である.

その特許を AT&T は公開し,25,000 ドル払えば誰でもトランジスタを製造してもよいこと

にした. この特許公開という決断の裏には反トラスト訴訟対策があったと考えられる.つまり,

特許を公開しない場合,映画制作の特許をめぐるエジソンの例で知られるように,反トラ

スト訴訟に巻き込まれる恐れがあったのである.エジソンは生涯 2300 件の特許を取得した

がトーキー映画も彼の特許であった(1886 年).1894 年にキネトスコープという 40 秒程

Page 15: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

15

度の上映時間しかないのぞきカラクリ方式映画を発明した.これはフランスのルミエール

兄弟によるスクリーン上映方式映画との競争に敗れてしまうが,後者の改良に取り組み,

その特許をもとに 1908 年に映画特許会社を作り映画産業の独占化を図った.しかし 1914年から 15 年にかけての反トラスト法訴訟に敗れ,1918 年には映画産業を撤退せざるをえ

なかったのである(油井大三郎,「エジソンの夢」,NHK 教育セミナー『歴史でみる世界』,

2003 年 1 月 6 日).このエジソンの例から判断すれば,それでなくとも優良企業として活

躍している AT&T はトランジスタの特許を独占し市場参入を防ごうとしているとみなされ,

反トラスト訴訟が行われる可能性が高い.従ってトランジスタの特許を公開したと考えら

れる.日本では 1950 年代にソニー,日立,東芝がこの特許を購入し,トランジスタ生産を

開始するが,これは 1970 年代以降,日本における半導体産業成長の礎となったのは周知の

事実である(『日本の半導体開発』,中川靖造,講談社文庫,1985 年).ショックレーは自ら

この特許権を購入しカリフォルニアでトランジスタを生産し,これがシリコン・バレーの

起源となった. 1971 年には AT&T は携帯電話の原理を発見し,現代の通信・情報革命の口火を切った.

このように先端技術を次々と開発する AT&T は通信市場の巨人であった.最初,政府はむ

しろ AT&T が他分野へ進出することを抑えるために AT&T には(長距離)通信市場の独占

を認め,他分野へ進出することを禁止した.通信市場も原油市場や航空サービス産業と同

様に大規模な費用低減効果の働く市場であり,独占化への傾向を内在する市場である.し

かし通信とコンピューターなどの情報(処理)は密接に関連し,将来は合体すると思われ

た.1980 年代に入ると両市場には AT&T と IBM という巨人がそれぞれ住んでいた.そこ

で司法省反トラスト局には通信と情報(処理)の相互参入を促進させるほうが望ましいと

考えられるようになる.ただ,当時はまだ AT&T の方が資本量や売上において IBM をはる

かに凌駕していた.そこで反トラスト局は AT&T の企業規模を小さくして通信と情報(処

理)の相互参入を認めることを提案し,AT&T も同意したのである.1984 年,AT&T の分

割,および通信と情報(処理)の相互参入が実現した.市内電話サービスなどを提供する

地域ベル電話会社は独立会社(Baby Bell)となり,AT&T は長距離通信市場にのみサービ

スを提供することとなった.地域ベル電話会社に地域独占が認められ,AT&T の活動する

長距離通信市場へは逆に他企業の参入が認められた.このような条件のもとで AT&T へは

他分野への進出が認められることとなったのである.同時に 1960 年代以降続いた IBM へ

の反トラスト訴訟も取り下げられた. 当時,アメリカの郵政(通信)事業で問題となったのがクリームスキミング(「良いとこ

取り」)である.1980 年代初期までは AT&T が政府公認の独占企業として全米各地に隈な

く電話サービスを提供していた.しかし 1984 年以降,新規参入が認められると,「良いと

こ取り」で利潤の高い地域や分野のみに電話会社が参入し,AT&T も対抗上ユニバーサル

サービスを中止するかもしれないと危惧された.これをクリームスキミング問題という.

この問題に対してはユニバーサルサービスの維持に必要な資金を AT&T のような支配的事

Page 16: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

16

業者だけでなく新規参入事業者にも負担させるという「ユニバーサルサービス基金」を創

設する事で解決を図った(『変革期の郵政事業』,2000 年,p.8).後述するように,USPSの郵便事業に関する独占の緩和問題についてもクリームスキミング問題が発生した(『変革

期の郵政事業』,2000 年,p.15). 1984 年以降,市場参入という競争の導入により「効率性」は改善し,長距離通信料金は

下落した.この意味で反トラスト政策は成功であるといわれたが,実は地域通信料金は逆

に上昇した.そこで 1997 年に「改正通信法」が成立し,地域網が開放されることとなった.

地域電話サービス市場に他企業の市場参入が認められたのである.ただし地域ベル電話会

社には業務範囲の拡大が認可された.すなわち長距離サービスが可能となったのである.

長距離通信事業へ 250 社が参入を果たし,激しい値下げ競争が繰り広げられることとなっ

た.費用低減産業の特色である.例えば「全米どこでも 1 分5セント」の宣伝が現われマ

スコミを賑わした.1970 年には電話料金は 1 分 1 ドルが相場だったことに注意されたい. この競争を勝ち抜く目的で AT&T は多くの企業買収を行うが,CATV を買収したものの

業績が上がらず,その後始末をするため 2000 年に AT&T は自らを再び 4 分割せざるを得

なかった.CATV 部門を切り離したのである(日本経済新聞 2002-6-7).AT&T に対する市

場の評価は厳しくこの当時ニューヨーク証券取引所(NYSE)で AT&T の株価は$11.75,IBM の株価は$79.66 であった. 2004 年,9 月 9 日現在,AT&T の株価は$15.04 に留まっ

ている.IBM は$86.44 と好調である. 日本の電気通信事業において,1985 年に NTT の創設という民営化,および 1999 年に行

われた NTT の分割はこれまで見てきたアメリカにおける AT&T の分割・市場参入緩和を通

じた「効率性」改善策に対応している.実際,1985 年に NTT という民間会社への移行を

実施する際,郵政省は新電電 3 社の新規参入を認めた.また 1999 年の NTT の分割に際し,

郵政省は NTT を純粋持株会社とするために 1997 年,日本の独占禁止法を改正せざるを得

なかった.これらの「効率化」を求める日本の電気通信事業は東京-大阪間の通話料金を

1985 年に 3 分 400 円であったのが現在では 3 分 90 円以下に下落させることに成功してい

る. [2] アメリカの郵政事業と USPS USPS は 1971 年,ニクソン政権時に成立した「郵便再組織法」に基づいて新たに創設さ

れた郵便業務を担当する連邦政府の独立機関である.アメリカの初代郵政長官は 1775 年よ

りフランクリン(Benjamin Franklin)であったのはよく知られているが,1971 年まで郵

便事業は郵政省が行なう直轄事業であった.1960 年代,事業運営や労使関係が不安定でし

ばしば経営危機に見舞われていたといわれる(『変革期の郵政事業』,2000 年,p.200).USPSは創設の目的から独立採算制が採られている.とはいえ,設立初期には補助金依存体質で

あった.最近は業績も表 3 より明らかなように順調であるが,問題も抱えている.職員数

Page 17: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

17

は 1980 年度は 64 万 3000 人であったが 1990 年度に 76 万 1000 人へと増加する.1999 年

度に 79 万 8000 人とピークを迎えた後,減少を続け,2003 年には 72 万 9000 人まで削減

され支出抑制に貢献している. 表 3 USPS の経営状況(2003 Annual Report より)

(金額単位:百万ドル) 2003 年 2002 年 2001 年 総収益 $68,529 $66,463 $65,834 運営支出 $63,902 $65,234 $65,640 経常利益 $4,627 $1,229 $194 最終利益 $3,868 $-676 $-1680 総負債 $7,274 $11,115 $11,315 職員数 729,035 752,949 775,903 引受郵便物(百万) 202,185 202,822 207,463 (出所 http://www.usps.com/history/anrpt03/html/highlights.htm) しかし引受郵便物は着実に減少を続けている.1980 年には 1 億 630 万通,1990 年度に 1億 6630 万通と増えつづけ,2000 年には 2 億 750 万通とピークに達した後,2 億 220 万通

へと減少した.その最大の原因の一つが IT 時代を代表する e-メイルや携帯電話が通常郵便

市場を侵食しているためであると考えられる.この引き受け郵便物数の減少にもかかわら

ず総収益は増加を示している.その理由は郵便料金の値上げである.封書郵便料金に関し,

最初の 1 オンスの料金は 1980 年に 20 セントであったが 1991 年には 29 セント,1995 年

には 32 セント,1999 年に 33 セント,2001 年に 34 セント,2002 年に 37 セントへと値上

げされた. そこで 1960 年代の経済・社会情勢に合わせて構築された USPS は時代に合わなくなりつ

つあるのではないかとの危惧から,抜本的な改革を目指す「郵便近代化法案」が検討され

ているのが現状である. 現在は 73 万人の職員体制で提供されているアメリカ郵政事業は『2003 National 5-Digit Zip Code and Post Office Directory』によればアメリカ全土に 27,846 の郵便局を配置して

郵便サービスの提供を行なっている.その各州分布は表 4 に掲載されている. 表 4 アメリカの郵便局数と平均所得(2001 年度) 州 郵便局数(AA) 人口(千人 BA) 平均所得(ドル CA) アラバマ 563 4464 24426

Page 18: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

18

アラスカ 184 635 30997 アリゾナ 199 5307 25479 アーカンソー 592 2692 22912 カリフォルニア 1057 34501 32678 コロラド 383 4418 32957 コネティカット 236 3425 41930 デラウェア 52 796 32121 コロンビア特別区 1 572 40498 フロリダ 457 16397 28493 ジョージア 608 8384 28438 ハワイ 72 1224 28554 アイダホ 228 1321 24257 イリノイ 1234 12482 32755 インディアナ 717 6115 27532 アイオワ 895 2923 27283 カンザス 606 2695 28507 ケンタッキー 792 4066 25057 ルイジアナ 479 4465 24084 メイン 437 1287 26385 メリーランド 396 5375 34950 マサチューセッツ 402 6379 38845 ミシガン 822 9991 29538 ミネソタ 737 4972 32791 ミシシッピ 408 2857 21643 ミズーリ 924 5630 28029 モンタナ 313 904 23532 ネブラスカ 482 1713 28564 ネバダ 85 2106 29860 ニューハンプシャー 228 1259 33928 ニュージャージー 520 8484 38153 ニューメキシコ 287 1829 23162 ニューヨーク 1516 19011 35884 ノースカロライナ 742 8186 27418 ノースダコタ 344 634 25538 オハイオ 1002 11374 28619

Page 19: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

19

オクラホマ 577 3460 24787 オレゴン 335 3473 28000 ペンシルバニア 1719 12287 30617 ロードアイランド 51 1059 29984 サウスカロライナ 360 4063 24594 サウスダコタ 347 457 26301 テネシー 538 5740 26758 テキサス 1423 21325 28486 ユタ 176 2270 24202 バーモント 271 613 27992 バージニア 815 7188 32295 ワシントン 444 5988 31582 ウェストバージニア 804 1802 22725 ウィスコンシン 721 5402 28911 ワイオミング 152 494 28807 (出所 2003 National 5-Digit Zip Code and Post Office Directory,および『アメリカデ

ータ総覧 2002』,合衆国商務省編,東洋書林,2003 年 より作成) 表 4AA 欄の各項を BA 欄の各項で割って「千人当たり郵便局数」を計算し,この変数を Yとおく.CA欄の平均所得を変数 X とおいて X と Y の回帰分析を行うと以下のような結果を

得る. Y= 0.477011-0.000011057 X (7) X の係数は小さいけれども負値となる.回帰分析において X の係数の P 値を計算すると

0.00293254 となり,X の係数は負値であることが統計的に保証される.日本の場合と同様

に本論稿の定義によればアメリカの郵政事業は「公平である」といってよい.R2は 0.166744である.図 7 にはこの「平均所得」と「千人当たり郵便局数」の各州ペアーをとり平均所

得の小さい順に並べ,グラフ化したものである.図中の破線が(7)で表される傾向線を示し

ている. 図 7 アメリカ郵政事業の公平性

Page 20: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

20

25000 30000 35000 40000 45000平均所得H$L0.1

0.20.30.40.5

千人当郵便局数

[3] アメリカにおける郵貯問題 既述のように現在,アメリカには郵便貯金制度はない.アメリカでは 1911 年に郵便貯金

制度が創設され 1966 年に廃止された.創設の理由の 1 つはマイノリティ問題である.社会

的弱者と考えられるヨーロッパからの移民が地方銀行への不信感を持ち,銀行口座を保有

していないことが問題となり,郵政省所管の郵便貯金制度が創設されたといわれる.1929年の株価大暴落を機にアメリカの金融システムは機能不全に陥り,多くの銀行が破産した

ので,資金が民間銀行から郵便貯金へシフトした.しかし 1933 年銀行法により預金保険制

度の導入により銀行預金の安全性は確保されるようになった.戦後は経済も安定し,順調

な経済成長は民間銀行の金利を上昇させ,資金は再び民間銀行のほうへと戻ってきた.1947年にピークを迎えた後で郵便貯金の残高は減少を続け 1966 年に廃止されたのである(『郵

便局民営化計画』,2001 年,pp.159-161). [i] 規制緩和と預金口座非保有者の増加 ところが1980年代にアメリカで起きた金融市場における規制緩和を通じた競争激化はふ

たたび「経済的弱者」問題をひき起こし,郵便貯金への関心が高まっている.まず,銀行

預金口座を所有していない人々の割合が 1970 年代から 1980 年代にかけて増加している事

が表 5 より確認できよう. 表 5 アメリカで預金口座を保有している家計が全家計に占める割合(%) 1977 年 1989 年 全家計 90.5 86.5

Page 21: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

21

所得別(1991 年物価水準) 0~$11,969 70.3 59.2 $11,970~21,545 86.2 85.8 $21,546~29,925 93.7 92.5 $29,926~$47,875 95.9 97.2 $47,876~$83,780 99.6 98.3 年齢別 0~24 歳 88.6 70.7 25 歳~64 歳 91.4 85.6 65 歳~ 87.8 91.8 教育水準別 0~8 年生 76.9 69.8 9~11 年生 83.9 77.2 高校 94.1 85.8 短大・大学中退 97.1 94.3 大卒 99.0 98.4 人種別 非白人 71.6 65.8 白人 93.6 93.0 (出所 Fringe Banking , John P. Caskey, Russel Sage Foundation, N.Y, 1994, p.86) 1977 年にはアメリカの全家計の内 90.5%が何らかの預金口座を保有していた.しかし 1989年にはその割合が 86.5%へと低下している. Caskey[1994]はただ単に 2 時点を比較して

いるのではなく,統計的にこの低下傾向を回帰分析によって確認していることに注意して

おこう.しかも,低所得者になればなるほど口座保有率が低下し,教育水準が低くなれば

なるほど口座保有率が低下し,白人より非白人のほうが口座保有率が低下している.人口

総数でみると,1979 年には 650 万の家計(人口の 9.5%)がいかなる預金口座も保有して

いなかったが,1989 年には 1150 万の家計がいかなる預金口座も保有していなかったこと

になる.Caskey が注目するのはこの間,アメリカでは質金融(pawn loan)の店舗数や小

切手現金化店(check cashing outlet, CCO)の店舗数が増加している点である.1986 年には

4849の質金融店がアメリカ全土の電話帳に載っていたが 1992年には 8787へと倍増してい

る(Caskey[1994,p.47]).他方,1986 年には CCO は 2151 店舗がアメリカ全土の電話帳に

載っていたが 1992 年には 4843 へと倍増している(Caskey[1994,p.62]).社会の低所得層

や非白人などのマイノリティは預金口座を持たずに必要な資金を高いコストがかかる質金

融店で調達し,社会保障給付として受け取った小切手を CCO で現金化せざるを得ない状況

Page 22: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

22

が Caskey[1994]により明らかにされた.この状況を彼は Fringe Banking (周辺銀行業)と呼んだ. このような状況が発生した理由として,まず,1980 年代に金融サービスに規制緩和が進

んだことがあげられる.それまでは支払い金利や市場参入について銀行業務に対する規制

が強く,余裕のあった銀行は小額の預金者に対しても個人小切手口座の開設を無料あるい

は低コストで認めていた.そのサービスは銀行にとっては赤字であるが,銀行業務規制は

預金利子支払いを低く抑えることを可能とし,この後者の黒字分で前者の赤字分を相殺し

ていたといわれる.しかし 1980 年代に規制緩和が行われ,銀行が市場金利を支払わないと

資金が証券会社など他の金融機関に流れてしまうので銀行には小額の預金者に対して個人

小切手口座の開設を無料あるいは低コストで認める余裕がなくなってしまったのである

(Caskey[1994, p.88]). 次に挙げられるのが,規制緩和を通じた競争の激化は収益の低い地域の銀行支店閉鎖を

余儀なくし,収益の高い地域へ支店を集中させる傾向を強めたという点である.ここで収

益の低い地域とは,しばしば,低所得層やマイノリティグループの住民の多い地区である

事が指摘されよう(Caskey[1994,p.90]). また,アメリカでは 1980 年代に移民が増えた事が理由の1つに挙げられている.人口統

計によると 1951 年から 1980 年まで一年間当りの新規移民数はアメリカ人 1000 人当り 1.8人であったが,1980 年代には 3.1 人へと増加している.これは正規の移民であり,不法移

民 を 考 慮 す る と 現 実 の 移 民 の 数 は 大 幅 に 増 加 し た と 考 え ら れ る の で あ る

(Caskey[1994,p.108]). このような状況において日本やヨーロッパの例が挙げられ,アメリカでは廃止された郵

便貯金を復活させて低コストでマイノリティに口座開設を認めることも社会政策として有

効であると指摘される(Caskey[1994,pp.137-8]).実際,(7)で示されたようにアメリカの

郵便事業は日本と同様に公平である. もちろん,銀行に直接,低コストでマイノリティに口座開設を認める義務を課す「ライ

フライン口座」を導入することも考えられる(Caskey[1994,pp.133]).よりラディカルな

代替案として CCO に預金口座開設を認めることが考えられる(Caskey[1994,pp.136]).し

かしこの最後の案は CCO の公平性を吟味すると有効性に疑問を生じさせる.以下にこの点

を吟味しよう.

[ii] 質金融と CCO 規制緩和が強化され預金口座非保有者が増加したとき質金融店やCCOが積極的な企業運

営を行なった事も 1 つの原因であったと指摘されている.それぞれニューヨーク証券取引

所に株式を公開するような質金融と CCO のチェーン店組織が注目されている. まず質金融のチェーン店組織として Cash America International が注目される.Cash

Page 23: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

23

America は株式をニューヨーク株式取引所(NYSE)で公開している.2002 年現在アメリカ

に 409,イギリスに 48,スウェーデンに 11 のチェーン店を持つ.売上の 52%は質金融サ

ービスからの収益,38%は「質流れ」の販売収益から成るが,2%は小切手現金化サービス

から成る.他方,CCO のチェーン店組織として America's Cash Express (ACE)が注目さ

れる.1968 年創業になるこの企業は株式を NASDAQ で公開している.アメリカ全土に

1184 店舗を有するが,そのうち 974 店舗が ACE 所有であり 210 店舗がフランチャイズ店

である. 表 6 Cash America と ACE の経営状況( Annual Report より)

(金額単位:百万ドル) 2002 年 2001 年 2000 年 Cash America International 総収益 388 356 346 最終利益 19 -6 -2 America's Cash Express 総収益 229 197 141 最終利益 10.1 0.6 8.9 (出所 http://www.cashamericaonline.com/index.html,http://www.acecashexpress.

com/general/general.html より作成) 表 6 に Cash America と ACE の経営状況を示しているが,表 3 の USPS と比べ,両社

を併せても総収益で USPS の 1%程度であるに過ぎない.次にそれぞれの店舗が全米各州に

どのように配置されているかを示すのが表 7 である.両企業とも圧倒的にテキサス州に店

舗を集中して配置している. 表 7 Cash America と America's Cash Express の店舗展開(2001 年度) 州 Cash America(H) America's Cash Express(I) アラバマ 9 1 アラスカ 0 0 アリゾナ 0 79 アーカンソー 0 10 カリフォルニア 0 97 コロラド 5 59

Page 24: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

24

コネティカット 0 0 デラウェア 0 2 コロンビア特別区 0 16 フロリダ 62 81 ジョージア 19 53 ハワイ 0 1 アイダホ 0 3 イリノイ 12 0 インディアナ 13 30 アイオワ 0 0 カンザス 2 10 ケンタッキー 9 3 ルイジアナ 20 40 メイン 0 1 メリーランド 0 42 マサチューセッツ 0 0 ミシガン 0 1 ミネソタ 0 2 ミシシッピ 0 1 ミズーリ 16 18 モンタナ 0 0 ネブラスカ 1 0 ネバダ 0 15 ニューハンプシャー 0 0 ニュージャージー 0 1 ニューメキシコ 0 11 ニューヨーク 0 0 ノースカロライナ 10 25 ノースダコタ 0 0 オハイオ 6 44 オクラホマ 15 29 オレゴン 0 13 ペンシルバニア 0 15 ロードアイランド 0 0 サウスカロライナ 6 24

Page 25: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

25

サウスダコタ 0 1 テネシー 27 27 テキサス 171 428 ユタ 6 0 バーモント 0 0 バージニア 0 30 ワシントン 0 13 ウェストバージニア 0 0 ウィスコンシン 0 0 ワイオミング 0 1 (出所 http://www.cashamericaonline.com/index.html,http://www.acecashexpress.

com/general/general.html より作成)

そこでまず Cash America International に関する各州の千人当り店舗数(Y)と平均所得

(X)の回帰分析を行い,「公平性」を吟味してみよう.表 7H 欄の各項を表 4BA欄の各項で割

って「千人当たり Cash America 店舗数」を計算し,この変数を Y とおく.表 4CA欄の平

均所得を変数 X とおいて X と Y の回帰分析を行うと以下のような結果を得る. Y= 0.00356479-9.15987×10-8 X (8) X の係数は小さいけれども負値となる.回帰分析において X の係数の P 値を計算すると

0.071 となり,僅かの差ではあるが X の係数は負値であることは統計的に保証されない.し

かし,この結果にはテキサスの影響が多すぎるように思われるので,テキサス州をはずし

て回帰分析すると X の係数は-8.77768×10-8 ,X の係数の P 値を計算すると 0.029 とな

り,USPS の場合と同様に本論稿の定義によれば Cash America の事業展開は「公平である」

といってよい.R2は 0.0950386 である.図 8 はこの「平均所得」と「千人当たり Cash America International 店舗数」の各州ペアーをとり平均所得の小さい順に並べ,グラフ化したもの

である.図中の破線が(8)で表される傾向線を示している. 図 8 Cash America International の公平性

Page 26: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

26

25000 30000 35000 40000 45000平均所得

0.002

0.004

0.006

0.008千人当 Cash America

次に America's Cash Express に関する各州の千人当り店舗数(Y)と平均所得(X)の回帰

分析を行い,「公平性」を吟味してみる.表 7I 欄の各項を表 4BA 欄の各項で割って「千人

当たり ACE 店舗数」を計算し,この変数を Y とおく.表 4CA欄の平均所得を変数 X とお

いて X と Y の回帰分析を行うと以下のような結果を得る. Y= -0.00711911+4.28629×10-7 X (9) X の係数は小さいけれども正値となる.回帰分析において X の係数の P 値を計算すると

0.072 となり,Cash America International の場合と同様に,僅かの差ではあるが X の係

数は正値であるとは統計的に保証されない.ここでもテキサスの影響が多すぎるように思

われるので,テキサス州をはずして回帰分析すると X の係数は 4.30945×10-7 ,X の係数

の P 値を計算すると 0.047 となり,USPS や Cash America International の場合とは反対

に本論稿の定義によれば America's Cash Express の事業展開は「不公平である」といって

よい.R2は 0.114652である.図 9はこの「平均所得」と「千人当たり America's Cash Express店舗数」の各州ペアーをとり平均所得の小さい順に並べ,グラフ化したものである.図中

の破線が(9)で表される傾向線を示している. このように America's Cash Express という 1 企業のみの結果より類推するには危険が伴

なうが,もし産業全体でみたときに不公平な店舗展開をしているとすれば,その CCO に預

金口座開設を認める政策(Caskey[1994,pp.136])は有効ではないといえよう. 図 9 America's Cash Express の公平性

Page 27: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

27

25000 30000 35000 40000 45000平均所得

0.005

0.01

0.015

0.02

0.025

千人当 ACE

[iii] ニューヨーク州「基礎的銀行口座」規制条項 アメリカでは Caskey[1994,pp.136] などによる「ライフライン口座」創設の提言に基づ

き 1997 年,ニューヨーク州議会は州銀行法に「基礎的銀行口座」(basic banking account)規制条項を盛り込んだ法案を提案した(http://assembley.state.ny.us).ニューヨーク州銀

行法第 2 条 14 項(案)は次のように定めている (翻訳は郵政省貯金局による『郵便貯金

の事業経営に関する将来ビジョン研究会』中間報告,平成 11 年 6 月,p.70). "本節に別途に定めがある場合を除いて,全ての金融機関は消費者に対して,銀行委員会

が規則で定める以下のような消費者の取引口座(「基礎的銀行口座」,basic banking account)を提供する.

(a) 当初預入額として銀行が要求できる最高額 [25 ドル以下] (b) 口座を維持するために銀行が要求する必要最低残高の最高額 [1セント] (c) 口座保有者に対し一定期間以内に追加手数料なしに 8 回の引き出しを認める事(電

子的な設備による引き出しを含む)[1 ヶ月に 8 回の払い出し] (d) 一定期間に銀行が課すことができる口座手数料 [1 ヶ月に 3 ドル以下]"

この法案は 1998 年 2 月に下院を通過した.

3 オセアニアの郵政事業と公平性

これまでに日本とアメリカにおいて郵政事業は公平であるとの結論を得た.本節ではオ

Page 28: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

28

セアニアにおける郵政事業の公平性を検討する.オセアニアの郵便料金は購買力平価で見

て最も安価である.OECD(26 カ国)のうち,オーストラリアは 4 番目に安価な郵便料金

(45Au¢)であるが,それより安価なのはアメリカ,スペイン,ニュージーランドのみで

ある(http://www.uranus.dti.ne.jp/~unitokyo/News/Special/Hiroshima/Postal6.htm).そ

のオセアニアのなかでもニュージーランドは規制緩和の国として日本で注目を浴びている

のでこの国の郵政事業より検討する. [1] ニュージーランドの郵政事業と公平性 J.Kelsey [2002] (「ニュージーランドの構造改革-種々の論点とその結果」,『郵政研究

所月報』,2002 年 2 月)によれば第 2 次大戦後のニュージーランドの目標はケインズ政策

による公共投資を背景とした福祉国家であった.しかしその政策は財政赤字の問題をひき

起こし,1980 年代半ばより「構造調整策」が導入され政策の転換が図られた.その政策の

大きな目玉が民営化を含む「規制緩和」であった.その結果,政府の財政赤字は低下し,

部門によっては「効率性」が向上したと評価されるものも少なくないと判断されている. 本稿の目的である郵政事業についてみるとニュージーランドではヨーロッパと同じく電

気通信・郵便・郵便貯金事業が郵政 3 事業であった(『郵便局民営化計画』, 2001 年,p.162).1987 年にそれぞれ,テレコム・ニュージーランド(電気通信部門),ニュージーランドポス

ト(郵便部門),ポストバンク(郵便貯金事業部門),として公社化され,ポストバンクは

まず国有企業と成ったあと,1988 年にオーストラリアの銀行(オーストラリア・ニュージ

ーランド銀行,ANZ)に売却された.このような政策により,ニュージーランドの銀行シ

ステムを支配しているのはオーストラリア系の銀行が 4 社,イギリス系の銀行が 1 社とな

り,99%はこれらにより支配されている.この「ウィンブルドン現象」は「効率化」をもた

らし過去 4 年間で銀行のあげた利益は倍になったが,銀行行員数は 25%減少している.た

だしこの「効率化」はアメリカと同様に「銀行口座無保有者」を増加させたと批判されて

いる.従ってニュージーランドでは新しい国民銀行を作ろうという圧力が高まり,「キウイ

バンク」という子会社が創設された(Kelsey [2002,pp.119-120]). テレコム・ニュージーランドは 1990 年に民営化された.ニュージーランドポストは現在

でも国有企業であるがその郵便事業では1998年より郵便事業への参入は完全自由化されて

いる.その初期の段階でニュージーランドポストは「効率性」の改善へ向けてラディカル

な政策をとった.1987 年には 1 万 2000 名の職員を抱えていたが 1992 年には 7500 名まで

削減された.郵便局数も 1987 年には 900 個であったが 1992 年には 300 箇所に削減された

(Kelsey [2002,pp.118]).原田[『郵便局民営化計画』,2001,p.163]は"ニュージーラン

ドポストにはユニバーサルサービス維持の義務が課され....確かに郵便局数は減少したが,

一般の店舗に業務委託するなどにより全体として一般の人々に対するサービスの低下は生

じなかったという"と述べ,ニュージーランドの郵政事業を積極的に評価している.このニ

Page 29: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

29

ュージーランドポストのユニバーサルサービスについて Kelsey [2002,pp.118]は"郵便局閉

鎖に対する訴訟において,裁判所は「利益の出ない郵便局を空けておき,その業務を続け

るという責任は全く有していない」というのが裁判所の見解でした.農村地域に郵便を配

達する場合には,配達料として特別料金を課すということをめぐる議論"で"裁判所の判断は,

たとえ独占的な企業形態として存在していたとしても,利益の出ないようなサービスを提

供するという義務をニュージーランドポストは有していないというものでした"と述べ,ニ

ュージーランドの郵政事業を消極的に評価している. このニュージーランドの郵政事業の「公平性」を吟味してみよう.現在約 300 個の郵便

局の地域分布はニュージーランドポストのウェブ・サイトにある PostShop Locater の検索

により表 8 の AN欄に示されている. 表 8 ニュージーランドの郵政事業と公平性 地域 郵便局数(AN) 人口(BN) メディアン所得(CN)

ニュージーランド・ドル

オークランド 91 1158891 21100 ベイオブプレンティ 20 239412 16800 カンタベリー 46 481431 17600 ギズボーン 3 43971 15300 ホークス 13 142947 16700 マールボロー 5 39561 17000 ネルソン 7 41568 17100 ノースランド 14 140130 15200 オタゴ 11 181539 15700 サウスランド 9 91002 17800 タラナキ 9 102858 17300 ワイカト 20 357726 18100 ワンガヌイ・マナワツ 15 220089 16300 ウェリントン 31 423765 22400 ウエストコースト 3 30300 14600 (出所 http://www.nzpost.co.nz/nzpost/control/main,および http://www.stats.govt.nz/

domino/external/web/CommProfiles.nsf/FindInfobyArea/01-rc より作成) ニュージーランドの郵政事業の公平性を吟味するために表 8AN欄の各項を表 8BN欄の各

項で割って「一人当たり郵便局数」を計算し,この変数を Y とおく.表 8CN欄のメディア

Page 30: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

30

ン所得を変数 X とおいて X と Y の回帰分析を行うと以下のような結果を得る. Y= 0.000120438-1.74472×10-9 X (10) X の係数は小さいけれども負値となる.回帰分析において X の係数の P 値を計算すると

0.646324 となり,X の係数が負値であるとは統計的に保証されない.日本やアメリカの場

合と異なり,本論稿の定義によればニュージーランドの郵政事業は「公平である」とはい

えない.図 10 にはこの「メディアン所得」と「一人当郵便局数」の各地域ペアーをとり平

均所得の小さい順に並べ,グラフ化したものである.図中の破線が(10)で表される傾向線を

示している. 図 10 ニュージーランド郵政事業の公平性

16000 18000 20000 22000 メディアン所得 HNZ$L0.000080.0001

0.000120.000140.00016一人当郵便局数

「公平性」において劣るニュージーランドであるが,既述のように安価な郵便料金で知ら

れる.従って,ニュージーランド・ポストは子会社のニュージーランド・ポスト・インタ

ーナショナルを通じてトリニダード・トバコの郵便事業を運営する 5 年間の契約を獲得し

た(世界銀行支援のプロジェクト).さらにはナミビアにおける郵便事業の設立・運営のた

めの 3.5 年の契約,および南アフリカとマレーシアにおける郵便事業再建契約を獲得した

(http://www.uranus.dti.ne.jp/~unitokyo/News/Special/Hiroshima/Postal6.htm). [2] オーストラリアの郵政事業と公平性 日本では規制緩和という観点からはニュージーランドほど注目を浴びていないが,これ

からの日本の郵政事業改革において参考となりそうなのがオーストラリアである.それは

1998 年以来「直営郵便局(coporate outlet)」を「免許制事業」(licensed post office)に変

Page 31: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

31

更するプログラムが開始されたからである.これにより,オーストラリア・ポストの窓口

局の 66%以上(約 3000 店舗)が民間事業の形態をとるようになった.この点はニュージー

ランドも同様であり,ニュージーランド・ポストは多国籍企業であるブルー・スター・イン

ターナショナルと合弁会社(ブックス・アンド・モア)を設立し,フランチャイズを持つ

小売店への業務委託を進めている(インターネットでニュージーランド・ポストの Branch Locater を検索すれば例えば Auckland Region に Papakura Books & more がある).同

様な処置はオランダ TPG も採用している. オーストラリアの郵政事業は 1901 年に郵政省(PMG)が設立されたことからスター

トした.当初は郵便事業と電気通信事業を管轄していた.現在まで国有事業(および公社)

形態をとっている.1960 年から 1975 年まで郵便事業は収入の 5%から 20%の赤字を出し,

電気通信事業の黒字により穴埋めが行なわれていた.1975 年に郵政事業の分割が行なわれ オーストラリア・ポスト(郵便事業担当)とオーストラリア・テレコム(電気通信事業担

当,現在はテルストラ)となり,内部補助形式は廃止された.1989 年にオーストラリア・

ポストは公社となり,明確に採算重視が求められるようになった.ただし,コミュニティ・

サービス義務(CSO, Community Service Obligations)の遂行を義務付けられている.

(http://www.uranus.dti.ne.jp/~unitokyo/News/Special/Hiroshima/Postal6.htm).Annual Report 2002 によれば直営郵便局(coporate outlet)は 882 店舗であり,1998 年の 957 より

漸次減少をしてきた.一方,「免許制事業」(licensed post office)局数は 2979 であり,1998年の 2965 から見ると微増といえよう. また,他国の郵政事業と同様に運輸事業への展開を拡充しているのは注目に値しよう.

2004 年,オーストラリア・ポストはカンタス航空と共同でスター・トラック・エクスプレス

(陸運業者)を出資比率 50%ずつで買収した.2 社はすでにオーストラリア国内航空貨物

会社オーストラリアン・エア・エクスプレスを共同で運行している(日本経済新聞,2004年 1 月 5 日). そこで,オーストラリア・ポストの「公平性」を吟味しよう. 表 9 オーストラリアの郵政事業と公平性 地域 郵便局数(AAu1)

直営郵便局 郵便局数(AAu2) 免許制郵便局含

人口(BAu) 平均所得(CAu) オーストラリア・ド

ニューサウスウ

ェルズ 270 1258 2534813 37191

ビクトリア 208 1077 1883823 34894 クィーンズラン

ド 181 823 1377663 31844

Page 32: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

32

サウスオースト

ラリア 72 506 553194 31837

ウェスタンオー

ストラリア 92 485 729200 33620

タスマニア 29 206 165065 30411 ノーザンテリト

リー 7 76 76078 35473

オーストラリア

ン・キャピタル

テリトリー

17 55 146881 39580

(出所 Australia Post Annual Report 2002,Australian Bureau of Statistics

(Regional Wage and Salary Earner Statistics) より作成) オーストラリアの郵政事業の公平性を吟味するためにまず直営郵便局について吟味する.

そのため表 9AAu1欄の各項を表 9BAu欄の各項で割って「一人当たり直営郵便局数」を計算

し,この変数を Y とおく.表 9CAu欄の平均所得を変数 X とおいて X と Y の回帰分析を行

うと以下のような結果を得る. Y= 0.00031999-5.71894×10-9 X (11) X の係数は小さいけれども負値となる.回帰分析において X の係数の P 値を計算すると

0.052 となり,ほとんど X の係数が負値であると統計的に保証される.日本やアメリカの場

合と同様,本論稿の定義によればオーストラリアの郵政事業は「公平である」といってよ

いであろう.注意すべきことに,R2が 0.49 とかなり大きな値である.図 11 はこの「平均

所得」と「一人当直営郵便局数」の各地域ペアーをとり平均所得の小さい順に並べ,グラ

フ化したものである.図中の破線が(11)で表される傾向線を示している. 次に免許制郵便局を含む総郵便局について吟味する.そのため表 9AAu2 欄の各項を表

9BAu欄の各項で割って「一人当たり総郵便局数」を計算し,この変数を Y とおく.表 9CAu

欄の平均所得を変数 X とおいて X と Y の回帰分析を行うと以下のような結果を得る. Y= 0.00305386-6.75432×10-8 X (12) X の係数は小さいけれども負値となる.回帰分析において X の係数の P 値を計算すると

0.051 となり,ほぼ X の係数が負値であると統計的に保証される.日本やアメリカの場合と

同様,本論稿の定義によればオーストラリアの郵政事業は「公平である」といってよいで

Page 33: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

33

あろう.注意すべきことに,この総郵便局に関しても R2が 0.50 とかなり大きな値である. 図 11 オーストラリア郵政事業の公平性

32000 34000 36000 38000 40000平均所得 HAu$L0.00012

0.00014

0.00016

一人当直営郵便局数

4 EU の郵政事業と公平性

2002 年 1 月よりヨーロッパ統合通貨「ユーロ」が発行され,EU(European Union)を

中心としたヨーロッパの政治・経済的統合が本格化した.郵便分野に関しては 1992 年に欧

州委員会は郵便共通政策に関する「グリーンペーパー」を発表し,1995 年に「EU 指令」

としてまとめられた(施行は 1998 年 2 月より).具体的には 1. 郵便事業の監督・規制部門と事業の実施部門の分離 2. ユニバーサルサービス義務を負う郵便事業体に対する郵便独占権の留保 3. 重量 350g 以上の書状または書状最低料金の 5 倍以上の郵便物送達の自由化 4. 独占分野と非独占分野の会計分離と相互補助の禁止 となっている(『変革期の郵政事業』,2000 年,p.210).

しかしその EU を牽引しているのはドイツである(吹春俊隆『コア・テキスト経済学入

門』,新世社,2004,pp.263-5).日本では『日経ビジネス』がドイツポストを取り上げ(『日

経ビジネス』2004 年 1 月 5 日号,pp.106-9),竹中平蔵経済財政・金融担当相のドイツポ

スト社長との会談がマスコミに取り上げられる(日本経済新聞,2004 年 1 月 9 日)など,

日本では郵政公社の改革はドイツポストがお手本とみなされている観がある.そこで本節

ではまずドイツポストを取り上げ,ついでイギリスのロイヤルメールを吟味する.

Page 34: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

34

[1] ドイツポスト ドイツでは郵便振替取引は 1907 年に,郵便貯金制度は 1939 年に創設されている.1989年まで郵電省が電気通信,郵便,および郵貯事業を国営により一体的に経営していた.し

かし東西ドイツの統合の年,1989 年に,3 事業は分割され擬似公社形態となった.それぞ

れテレコム,ドイツポスト,ポストバンクとなった.ここでドイツポストに正式の公社形

態が採られなかったのはドイツ連邦基本法に郵便と鉄道は国営でなければならないとの規

定があったからである.1995 年の EU 指令に応じてドイツ連邦基本法にあった「郵便と鉄

道の国営」規定を廃止して擬似公社の株式会社化が行なわれ現在のドイツポストが誕生し

た.テレコムとポストバンクも完全な株式会社となった(『現代の郵政事業』松原聡編,日

本評論社,1996 年,pp.200-1).財政赤字に悩むドイツ政府は 2003 年 12 月にドイツポス

トの株を売却したので政府の持株比率は 50%台に低下している(『日経ビジネス』,2004 年

1 月 5 日号,p.106). 赤字体質の郵便事業脱却をめざしたドイツポストは 1997 年までに雇用職員数を 39 万人

体制(1990 年)から 25 万人へと,また郵便局数を 30,000 から 14,000 へと削減した.た

だし雇用減は自然減や配置転換によるもので直接的解雇はなかったといわれる(『変革期の

郵政事業』,2000 年,p.215). ドイツポストの経営戦略は「官庁から多国籍コンツェルンへ」というコンセプトで表現

されている.実際,1989 年に事業分割されたポスト・バンクは 99 年に全額買収され,ドイ

ツポストの完全子会社となった.この子会社としてのポストバンクは本来行なってきた貯

金,送金,支払い業務に加えて消費者金融や住宅金融などの与信業務に進出した.注目す

べきは 1999 年 4 月からその子会社を通じて保険業務へと進出した.これが日本郵政公社が

目指す事業形態としてドイツポストが言及される大きな理由である. その他,ドイツポストはその経営戦略コンセプトに沿って 1998年に多国籍宅配企業DHL

の株式を 25%取得した.同年,米国グローバル・メールを買収しアメリカでの国際郵便事

業を開始した.1999 年には既述のポストバンク買収に加え,スイスの貨物大手ダンザスと

アメリカの宅配企業であるエア・エクスプレス・インターナショナルの買収を行なった.

2002 年には DHL の株式を 100%取得し,同年,イギリスでの郵便事業免許を取得した.

イラクのフセイン政権崩壊後もっとも早く物流サービスを開始したのは DHL であり医療

品などの配送を請け負ったと言われる(『日経ビジネス』2004 年 1 月 5 日号,p.107). このように多角化を図っているドイツポストの業績はどうなっているのであろうか.表

10 より,売上においては顕著な郵便の売上比率が下落しているので多角化が実現している

ように見える.しかし利潤において,依然として郵便の占めるシェアは極めて高いことに

注意すべきである.金融サービスの貢献もかなり高いが,これはポスト・バンク買収の効果

である.ポストバンクは伝統的郵便貯金事業が前身であるから,見かけ上の多角化のイメ

ージは伝統的な事業に依存した結果であると思われる.日本経済新聞が言及しているよう

Page 35: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

35

に国内での郵便部門の独占が海外展開を支えている構図である.「ドイツ方式をそのまま取

り入れると,国からの独立や郵便事業への民間企業の新規参入による競争促進といった民

営化の当初の目的に反しかねない」というのは正論であろう(日本経済新聞,2004 年 1 月

9 日).ドイツでは 1998 年より発効した「新郵便法」により,2002 年まで郵便分野におけ

る大幅な独占が認められている(『変革期の郵政事業』,2000 年,p.213).

表 10 ドイツポストの業績(Annual Report 2002 より)

1997 1998 1999 2000 収入(単位:100 万ユーロ) 郵便

10,788 (75.3%)

11,272 (74.3%)

11,671 (49.1%)

11,733 (34.5%)

業務用宅配 3,533 (24.7%)

3,818 (25.2%)

4,775 (20.1%)

6,022 (17.7%)

運輸 0 0 4,450 (18.7%)

8,289 (24.3%)

金融サービス 0 81 (0.5%)

2,871 (12.1%)

7,990 (23.5%)

利潤(単位:100 万ユーロ) 郵便

599 (110.1%)

944 (101.1%)

1,009 (91.7%)

2,004 (74.3%)

業務用宅配 -55 ( )

-7 ( )

60 (5.5%)

76 (2.8%)

運輸 0 0 -27 ( )

113 (4.2%)

金融サービス 0 -4 ( )

58 (5.3%)

505 (18.7%)

本論稿の目的は「公平性」の分析である.「新郵便法」では「ユニバーサルサービス」に

ついて,それまでの「基本的な顧慮」というあいまいな表現から「最低限の郵便サービス

業務で,国土全域を網羅し,一定の品質を有し,適正な料金で提供されるもの」と明確に

定義し,ユニバーサルサービスが保障されている(『変革期の郵政事業』,2000 年,p.213). 筆者はこれまで行なってきた日本,アメリカ,オーストラリア,およびニュージーラン

ドに続いてドイツでも「公平性」分析を行うために,前もってドイツの州ごとの人口およ

び平均所得を入手してドイツポストに対し州ごとの郵便局数を教示してもらうように要請

した(ドイツの州ごとの人口および平均所得データに関しては本論文付録 1 参照).しかし

Page 36: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

36

その返信で,ドイツポストにおいて平均所得が上昇すると一人当り郵便局数は下落すると

いう公平性があるかどうかチェックしたところ,公平性があるとはいえない結果になった

との報告を受けた.既述の郵便局数の激減から予想される結果である.そこで更に,筆者

が独自にシミュレーションを行ないたいのでドイツポストに州ごとの郵便局数を教示して

もらうように要請したが拒否された.その理由は不明であるが,情報開示という側面から

見たドイツポストの劣性が明らかとなった.依然として官僚制から脱皮できていない証拠

かもしれない.ただしこの第 2 信に対する返信で 13,665 の郵便局のうち 8,070 箇所は

partner-filialen(スーパーマーケットや商店といった外部委託形式の郵便局)であるとい

う有益な情報を提供してもらったことは付言しておくべきであろう. [2] ロイヤルメール 既述のように,近代的郵便事業はイギリスでローランド=ヒルにより提唱され,1840 年

にイギリスで開始された.日本の郵便事業はイギリスのそれに倣っているのでまず,イギ

リスの郵便事業の発達史を述べよう(Counter Revolution: A Performance and Innovation Unit Report, June 2000, http://www.number-10.gov.uk/su/post/po/default.htm). ロイヤルメールの起源は 1635 年まで遡る.この年,それまで構築されていた王室の郵便

システム,Royal Mail,を国民に開放するとの宣言が Charles I により発令されたのであ

る.このシステムでは「ポストオフィス」は全国で選ばれた宿屋(inn)がその役割を果た

し,国民の郵便は近くの宿屋で受付け,目的地の(別の)宿屋まで郵便夫(post-boys)に

よって運ばれた.この宿屋はポストマスター(postmaster)と呼ばれた.1680 年に ロン

ドン商人の William Dockwra が 1 ペニーポストという私設郵便局を設け,ロンドン市内向

け郵便物や荷物を 1 ペニーで引き受けたが「ポストオフィス」の独占権を侵害するとして

営業禁止処分を受けた.しかしその私設郵便局は後に「ポストオフィス」の 1 部局として

再開された.この 1 ペニーポストをロンドン市外へも拡張する事が 1765 年の法律で承認さ

れた.当時,特に女性からの宿屋に対する反撥が強く,宿屋に代わり著名な商店や学校の

校長がポストマスターを務めるようになった.郵便為替サービスは 1792 年より提供されて

いる. 日本では ローランド=ヒルが近代的郵便事業の父として有名であるが興味深い事に

Counter Revolution には彼への言及はない.1840 年に全国統一 1 ペニー郵便料金制度が導

入され郵便需要が増加したとの記述があるのみである.この需要増を満たすためサブ郵便

局(sub-post office)が創設された.これは民間委託制であり,その後のイギリス郵便事業

の核となる.1900 年の統計によれば 21,940 の郵便局のうち,都市部に 4,964 のサブ郵便

局(town sub-office)と地方に 15,815 のサブ郵便局 (country sub-office) があった. 1998-9 年現在でも郵便局の 97%はサブ郵便局によって運営されている.残りの 3%が国

家の直営で王室郵便局 (Crown office) によって運営されている.現代のサブ郵便局は一種

Page 37: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

37

の請負であり,パン製造販売など他の事業を営みながらポストオフィスとの契約でその店

内で郵便事業をも営むのである.この契約において,サブ郵便局は「ポストオフィス」よ

り「固定支払い」と「変動支払い」を受ける.サブ郵便局の改装は運営している個人負担

である.変動支払いの例としては,例えば顧客に年金支払いサービスを提供すると 13 ペン

スを受け取ることが挙げられる.またサブ郵便局の権利は売買される.具体的には老齢な

どで引退するサブ郵便局へ引継ぎ権を支払って新しいサブ郵便局が生まれるのである.ロ

ンドン近郊ではアジア系の個人が経営するサブ郵便局が多いといわれる. 1870 年に電信サービスの独占権がポストオフィス(郵政省)に与えられた.1883 年に小

包郵便サービスが開始された.1912 年にポストオフィスは国立電話会社 (National Telephone Company)の事業を引き継いでイギリス全土で統一された電話サービスの提供

を開始した. ポストオフィスによる郵便貯金事業は 1861 年に開始された.その理由は,当時主要都市

部を離れると銀行が少なかったので郵便局を通じて一般の賃金労働者に貯蓄施設を提供す

るのが目的であった.このポストオフィス(郵政省)の郵便貯金事業は 1968 年に郵便振替 (National Giro) という新しい銀行サービス事業を含むことになる.翌 1969 年にポストオ

フィスは政府直営事業から分離され公社(郵便電気通信公社)となった.この時点で郵便

貯金事業はポストオフィスの管理を離れ別の政府部局(国民貯蓄銀行,National Saving Bank)となった.ただし個々の郵便局は郵便貯金のエージェントとしての役割を果たした.

またポストオフィスの電気通信事業は 1981 年に電気通信公社(British Telecom, BT)と

して分離され,ポストオフィスは郵便公社となった.BT は 1984 年に民営化されたが,こ

の民営化および BT 株価の高騰は日本 NTT の設立に大きな影響を与えたと思われる.郵便

振替事業は 1976 年には預金,貸付などの銀行業務も行なうようになり名称を郵便振替銀行

(National Girobank)と変更したが 1990 年に住宅金融組合(the Alliance and Leicester Building Society)に売却された.このような民営化後もジャイロバンクは独自の店舗網を持

たず,サブ郵便局などの各郵便局に業務を委託しているのが現状である(『郵便局民営化計

画』,2001 年,p.147). 1986 年,「小さな政府」を目指すサッチャー首相の指導のもとでポストオフィス(郵政公

社)は大変革を迫られる.ロイヤルメールレターズ(書状),ロイヤルメールパーセルズ(小

包)とポストオフィスカウンターズ(窓口)の 3 事業体に分割されたのである.2001 年に

イギリス政府を単一の株主とするコンサイニア(Consignia)という株式会社となった後,

2002 年に企業名をロイヤルメールグループ(Royal Mail Group plc.)と変更し,3 事業に

ついてロイヤルメールレターズをロイヤルメール,ロイヤルメールパーセルズをパーセル

フォース・ワールドワイド,ポストオフィスカウンターズをポストオフィスという子会社

とした.ポストオフィス(郵政公社),コンサイニア,およびロイヤルメールグループの過

去 6 年間の業績を図 12 に示しているが,最近の 3 年間は赤字に陥っている.表 11 に示

したイギリス郵便事業の部門別業績によれば小包と郵便局窓口で売上の割りに赤字が嵩ん

Page 38: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

38

でいる事が明らかである.特に直営郵便局の赤字が問題となっており,サブ郵便局への転

換が図られている.また,現在 2002 年に郵便局数は 17,239 であり,1 年間に 345 減少し

ている.合理化のためには毎年 1000 箇所の郵便局の閉鎖が計画されているが,この場合,

「公平性」への配慮から「固定支払い」などを通じた地方の郵便局ネットワーク維持政策

が採られているようである. 図 12 イギリス郵便事業の営業損益

1998 1999 2000 1 2 3年

-200

200

400

million pound

(出所 Annual Review 2003 より作成)

表 11 イギリス郵便事業の部門別業績

収入 2003 収入 2002 利潤 2003 利潤 2002 ロイヤルメール 3,162 3,000 127 -24 パ ー セ ル フ ォ ー

ス・ワールドワイド

113 172 -59 -98

一般運輸 397 341 -2 -5 ポストオフィス Lmd

443 468 -91 -105

投資・利子 5 12 80 85 計 4,120 3,993 55 -147

(出所 Annual Review 2003 より作成)

本論稿のキーワードは「公平性」である.これまでアメリカで問題となった「預金非保

有者問題」(表 5 参照)はイギリスでも「financial exclusion」として問題となっている.

イギリスの成人人口の約 15%は預金口座を所有しておらず,雇用者が給与を銀行振込にす

ると主張するとき,あるいは預金引き落としシステムにおける公共料金割引の恩典を受け

られないなど,financial exclusion に遭っている経済的弱者の問題は Counter Revolution

Page 39: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

39

においても取り上げられている.このレポートでは郵便局ネットワークを活用したユニバ

ーサルバンクの構築を提案している(第 1 章). Counter Revolution によれば表 12 に示されているように地方に郵便局の手厚い配置を

行なっている.従って,本論稿で行なっている地域の「平均所得」と人口当たりの郵便局

数の関連を統計分析すれば恐らく「公平である」との結論となることが期待できる.筆者

は前もって地域の「平均所得」と人口数を入手したのでロイヤルメールへ郵便局の地域分

布に関する情報提供を要請したが,しばらくの猶予を求める返事が来たのみで 3 ヶ月以上

経つがいまだに情報があるのかどうかさえ返答がない(イギリスの地方ごとの人口および

平均所得データに関しては本論文付録 2 参照).これはドイツポストと同様に,依然として

ロイヤルメールの官僚制に潜む非効率性を表しているのかもしれない.

表 12:イギリスにおける郵便局の配置(1999 年) 郵便局数 100km2当郵便局数 人口10万人当郵便局

数 地方 9,900 4.5 55.8 都市 8,500 48.4 22.3 (出所 Counter Revolution, Table3.1)

5 結論と課題 本論稿の目的は限られた時間の中でできるだけ多くのデータを集め,公平性という観点

から世界の郵政事業を比較することであった.この限られた時間内に調査した国は日本,

アメリカ,ニュージーランド,オーストラリア,ドイツ,およびイギリスであった.もと

もと民営化路線で知られるニュージーランドにおいては公平性は成り立たないであろうと

の予測をしていたが,実際,このことが確認された.最も興味があったのはドイツであっ

たがドイツポストの返事を信ずれば公平性は成り立たないというものであった.従って,

イギリスの官僚制の非効率による問題はあるが最初の予測:民営化に重点を置く国であれ

ばあるほど公平性は犠牲にされざるを得ない,はほぼ確認されたように思われる. そこで問題は現在の日本の郵政 3 事業の改革に本論稿をどう生かすかということである.

日本の郵政 3 事業は効率性の観点から論じられる場合が多い.例外は『郵貯が危ない』,財

部誠一・織坂濠,徳間文庫,2001 年,であろう.この著書は Caskey[1994]などに拠りなが

Page 40: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

40

ら,「公平性」の観点から日本の郵貯をライフライン銀行として位置付ける事を提案してい

る.もし日本の金融サービスの国際化がイギリスやニュージーランドで見られるような「ウ

ィンブルドン現象」をもたらすとすれば「効率性」重視の外国銀行の行動は financial exclusion をひき起こす恐れがある.その意味でライフライン銀行としての郵貯という議論

は一考の価値があろう.ただ,世界的に郵政事業の赤字体質はオーストラリアの免許制郵

便局の導入の動きに代表されるように各国で郵便政事業の直営方式から「請負」方式への

転換が行なわれている.イギリスでも直営郵便局はサブ郵便局と比べコスト高であるとの

判断から前者から後者への転換が図られている.このように「公平性」を維持しながら「効

率性」を模索しているのが世界の郵政事業の現状であり,これは日本も考慮すべき点であ

ろう. 本論稿は時間の制約から「民営化」という観点で注目されているオランダ(『変革期の郵

政事業』,2000 年,pp.222-3)についての分析を行っていない.オランダをはじめフランス

などの郵政事業を吟味して「公平性」という観点から世界の郵便事業の比較を完成させる

ことは将来の課題としたい.

付録 1 ドイツの GDP と人口

州(Bundesland) 2002GDP(million Euro) 人口 Baden-Wurttemberg 307,443 10,630,368 Bayern 368,917 12,355,718 Berlin 77,131 3,389,450 Brandenburg 44,117 2,586,871 Bremen 22,962 660,722 Hamburg 75,178 1,725,996 Hessen 191,610 6,083,627 Mecklenburg-Vorpommern 29,611 1,753,011 Niedersachsen 183,124 7,970,012 Nordrhein-Westfalen 463,963 18,060,211 Rheinland-Pfalz 93,300 4,049,821 Saarland 25,432 1,065,082 Sachsen 75,793 4,366,362 Sachsen-Anhalt 43,314 2,565,174 Schleswig-Holstein 65,637 2,809,535 Thuringen 40,667 2,402,269

Page 41: 郵政事業の国際比較:公平性の観点から · 所(編),日本評論社,2000 年,p.205).日本の場合も,郵便法第1 条に「郵便の役務を なるべく安い料金で,あまねく公平に提供する」ことが定められ,郵便局に課されたユニ

41

(出所 Bruttoinlandsproduct in jeweiligen Preisen, 1991 bis 2002 (http://www. statistik-bw. de/ Arbeitskreis_VGR/tab01.asp),および Statistisches bundesamt -VIIB-173- Bevoelkerung nach Bundeslaendem より作成)

付録 2 イギリスの GDP と人口

Region Gross Disposable

Household Income (1999) milliom pounds

人口(2001)

North East 23,278 2,515,442 North West 65,372 280,807 Yorkshire and Humber 47,061 4,964,833 East Midlands 39,436 4,172,174 West Midlands 50,909 5,267,308 East 57,647 5,388,140 London 88,930 7,172,091 South East 89,299 8,000645 South West 49,718 4,928,434 Wales 26,051 2,903,085 (出所 Regional, sub-regional and local area household income,および Table KS01

Usual resident population (http://www.statistics.gov.uk)より作成) 謝辞 アメリカの統計データ入手にあたって関西アメリカンセンターのレファレンス・サービス

にお世話になった.記して感謝します.