あいうえおかきくけこさしすせそたちつてとeiren.org/kido/img/pdf/41_harushinamu.pdf4...
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1
春死なむ
青
塚
美
穂
2
【
登
場
人
物
】
西
澤
孝
太
郎
(
7 8)
無
職
橋
本
健
三
(
7 8)
無
職
若
見
理
沙
(
1 7)
高
校
生
大
森
直
也
(
2 3)
フ
リ
ー
タ
ー
女
将
(
4 8)
マ
ッ
サ
ー
ジ
師
ラ
ブ
ホ
テ
ル
の
フ
ロ
ン
ト
ス
タ
ッ
フ
薬
局
の
薬
剤
師
T
V
ア
ナ
ウ
ン
サ
ー
消
防
士
医
師
大
藪
克
哉
(
4 6)
医
者
西
澤
幸
子
(
故
人
)
孝
太
郎
の
妻
橋
本
美
乃
(
4 3)
健
三
の
娘
3
○
草
原
・
大
き
な
桜
の
下
(
夢
の
中
)
ど
こ
ま
で
も
続
く
草
原
。
一
本
の
大
き
な
桜
の
木
。
桜
は
満
開
。
満
月
の
夜
。
桜
の
幹
に
も
た
れ
て
眠
っ
て
い
る
男
・
西
澤
孝
太
郎
(
78
)。
そ
の
幸
せ
そ
う
な
寝
顔
。
風
が
枝
を
揺
ら
し
、
花
び
ら
が
舞
う
。
そ
の
中
の
一
片
が
、
孝
太
郎
の
頬
に
落
ち
る
。
目
を
つ
ぶ
っ
た
ま
ま
、
頬
に
右
手
を
伸
ば
し
、
落
ち
た
花
び
ら
を
そ
っ
と
摘
む
。
目
を
開
け
る
孝
太
郎
。
○
西
澤
家
・
寝
室
(
早
朝
)
布
団
の
上
で
目
を
覚
ま
す
孝
太
郎
。
薄
暗
い
室
内
。
い
つ
も
の
天
井
が
見
え
る
。
遮
光
カ
ー
テ
ン
の
隙
間
か
ら
、
白
い
光
が
漏
れ
て
い
る
。
壁
時
計
の
秒
針
の
音
。
孝
太
郎
の
右
手
は
頬
の
上
に
。
何
か
を
摘
ん
で
い
る
よ
う
だ
が
、
手
に
は
何
も
な
い
。
孝
太
郎
、
目
を
閉
じ
る
。
孝
太
郎
「
願
わ
く
は
花
の
し
た
に
て
春
死
な
む
そ
の
如
月
の
望
月
の
こ
ろ
」
×
×
×
起
き
上
が
っ
た
孝
太
郎
が
カ
ー
テ
ン
を
開
け
る
。
庭
に
落
ち
葉
が
舞
っ
て
い
る
。
○
同
・
居
間
(
朝
)
納
豆
パ
ッ
ク
、
ご
飯
、
味
噌
汁
だ
け
の
朝
ご
は
ん
。
孝
太
郎
「
い
た
だ
き
ま
す
」
一
人
、
黙
々
と
食
べ
始
め
る
。
○
利
根
川
の
土
手
T
「
千
葉
県
野
田
市
」
4
赤
や
青
の
派
手
な
ウ
ェ
ア
で
ジ
ョ
ギ
ン
グ
す
る
人
々
。
犬
の
散
歩
を
す
る
女
性
の
黄
色
い
ス
カ
ー
ト
が
風
で
な
び
い
て
い
る
。
そ
ん
な
人
々
と
す
れ
違
い
な
が
ら
、灰
色
の
ト
レ
ー
ナ
ー
に
茶
色
の
ズ
ボ
ン
姿
の
孝
太
郎
が
歩
い
て
く
る
。
曇
天
の
空
に
同
化
し
そ
う
な
ほ
ど
、地
味
な
孝
太
郎
。
鉛
色
の
利
根
運
河
。
冷
た
い
風
が
吹
き
、
孝
太
郎
は
思
わ
ず
身
震
い
す
る
。
ト
ボ
ト
ボ
と
歩
き
出
す
孝
太
郎
。
〇
大
藪
医
院
・
全
景
小
さ
く
、
寂
れ
た
個
人
病
院
。
「
大
藪
医
院
」
の
看
板
。
病
院
の
前
に
は
落
ち
葉
が
積
も
っ
た
ま
ま
。
孝
太
郎
の
声
「
あ
と
半
年
?
」
○
同
・
診
察
室
向
か
い
合
っ
て
い
る
孝
太
郎
と
白
衣
姿
の
医
師
・
大
藪
克
哉
(
46
)。
神
妙
な
顔
で
デ
ス
ク
の
カ
ル
テ
と
レ
ン
ト
ゲ
ン
写
真
を
見
比
べ
る
大
藪
。
孝
太
郎
「
半
年
…
…
」
孝
太
郎
、
診
察
室
の
壁
に
掛
け
ら
れ
た
カ
レ
ン
ダ
ー
に
目
を
や
る
。
カ
レ
ン
ダ
ー
は
い
ま
十
月
。
孝
太
郎
「
死
ぬ
ん
で
す
か
?
」
大
藪
「
…
…
」
孝
太
郎
「
来
年
の
四
月
に
?
」
大
藪
「
誠
に
残
念
で
す
が
…
…
」
言
い
よ
ど
む
大
藪
。
カ
ル
テ
を
め
く
り
な
が
ら
、
大
藪
「
え
っ
と
、
こ
れ
が
…
…
あ
、
違
う
違
う
。
こ
っ
ち
か
。
え
っ
と
…
…
」
独
り
言
を
言
い
つ
つ
、
何
度
も
カ
ル
テ
を
め
く
っ
て
は
戻
し
、
め
く
っ
て
は
戻
す
大
藪
。
カ
レ
ン
ダ
ー
を
見
つ
め
て
い
る
孝
太
郎
。
5
そ
の
口
元
が
次
第
に
ほ
こ
ろ
ん
で
い
く
。
大
藪
「
ご
家
族
の
方
が
い
ら
っ
し
ゃ
ら
な
い
と
い
う
こ
と
で
す
が
、
ど
な
た
か
…
…
」
孝
太
郎
「
や
っ
た
!
」
孝
太
郎
、
勢
い
よ
く
立
ち
上
が
る
。
勢
い
余
っ
て
ガ
ッ
ツ
ポ
ー
ズ
を
つ
く
る
。
大
藪
の
手
を
両
手
で
握
る
。
孝
太
郎
「
あ
り
が
と
う
ご
ざ
い
ま
す
!
」
大
藪
「
何
が
で
す
?
」
孝
太
郎
「
あ
り
が
と
う
!
本
当
に
あ
り
が
と
う
!
」
大
藪
、
訳
が
分
か
ら
ず
に
茫
然
。
孝
太
郎
、
感
無
量
と
い
っ
た
様
子
で
目
頭
を
揉
ん
で
い
る
。
大
藪
「
シ
ョ
ッ
ク
で
し
ょ
う
が
、
お
気
を
確
か
に
持
っ
て
く
だ
さ
い
」
孝
太
郎
「
死
に
ま
す
」
大
藪
「
?
」
孝
太
郎
「
死
に
ま
す
。
春
に
死
に
ま
す
!
」
大
藪
「
は
ぁ
?
」
孝
太
郎
「
願
わ
く
は
花
の
し
た
に
て
春
死
な
む
」
大
藪
に
一
礼
し
て
、
足
取
り
軽
く
、
診
察
室
を
出
て
行
く
孝
太
郎
。
ポ
カ
ン
と
し
た
顔
の
大
藪
。
○
利
根
川
の
土
手
さ
っ
き
と
は
逆
方
向
に
歩
い
て
く
る
孝
太
郎
。
厚
い
雲
が
去
り
、
太
陽
の
光
が
差
す
。
川
面
に
陽
光
が
反
射
し
、
キ
ラ
キ
ラ
光
る
。
ス
キ
ッ
プ
す
る
勢
い
で
足
取
り
軽
い
孝
太
郎
。
す
れ
違
う
人
々
に
笑
顔
で
挨
拶
す
る
。
孝
太
郎
「
こ
ん
に
ち
は
!
い
い
日
だ
ね
!
」
早
足
で
歩
い
て
暑
く
な
っ
た
孝
太
郎
が
、
灰
色
の
ト
レ
ー
ナ
ー
を
脱
ぐ
。
ト
レ
ー
ナ
ー
の
下
に
着
て
い
た
白
い
シ
ャ
ツ
姿
で
走
り
出
す
。
孝
太
郎
「
春
に
死
ぬ
ぞ
!
」
○
西
澤
家
・
全
景
瓦
屋
根
の
古
い
一
軒
家
。
6
○
同
・
和
室
仏
壇
に
は
五
十
代
女
性
(
孝
太
郎
の
妻
・
幸
子
)
の
遺
影
。
孝
太
郎
、
水
と
白
米
を
お
供
え
し
、
手
を
合
わ
す
。
孝
太
郎
「
幸
子
、
あ
と
半
年
待
っ
て
く
れ
」
床
の
間
に
飾
ら
れ
た
掛
け
軸
に
は
、
『
願
は
く
は
花
の
下
に
て
春
死
な
む
そ
の
き
さ
ら
ぎ
の
望
月
の
こ
ろ
西
行
法
師
』
と
書
か
れ
て
い
る
。
×
×
×
本
棚
や
畳
の
上
に
ま
で
積
み
上
げ
ら
れ
た
大
量
の
本
。
ど
れ
も
、
西
行
法
師
や
和
歌
、
平
安
時
代
に
関
す
る
書
籍
ば
か
り
。
孝
太
郎
、
座
卓
で
日
記
を
書
き
は
じ
め
る
。
サ
ラ
サ
ラ
と
動
く
万
年
筆
の
音
。
孝
太
郎
M
「
高
校
教
師
と
し
て
、
古
文
を
教
え
る
こ
と
三
十
数
年
。
退
職
し
て
、
妻
を
見
送
っ
て
十
五
年
。
三
年
前
に
は
念
願
の
本
も
出
せ
た
」
孝
太
郎
の
視
線
の
先
に
は
、『
西
行
の
心
』
と
い
う
タ
イ
ト
ル
の
本
だ
け
が
山
の
よ
う
に
置
か
れ
て
い
る
。
そ
の
背
表
紙
に
は
、「
著
者
:
西
澤
孝
太
郎
」
の
文
字
。
孝
太
郎
、
ペ
ン
を
止
め
て
庭
を
見
つ
め
る
。
○
同
・
庭
落
ち
葉
が
舞
っ
て
い
る
。
そ
の
落
ち
葉
が
次
第
に
雪
に
変
わ
り
、
そ
し
て
、
桜
の
花
び
ら
に
変
わ
る
。
○
T
「
半
年
後
」
○
桜
の
並
木
通
り
風
に
舞
う
桜
の
花
び
ら
。
ど
の
桜
も
、
ほ
ぼ
葉
桜
に
な
っ
て
い
る
。
○
西
澤
家
・
和
室
7
積
み
上
げ
ら
れ
て
い
た
本
や
、本
棚
が
す
っ
か
り
無
く
な
っ
て
い
る
。
数
冊
の
本
と
最
低
限
の
家
具
し
か
な
い
室
内
。
日
記
を
書
い
て
い
る
孝
太
郎
。
万
年
筆
の
進
み
が
遅
い
。
孝
太
郎
M
「
も
う
4
月
。
医
者
は
春
に
は
死
ぬ
と
言
っ
た
の
に
、
何
故
か
今
も
す
こ
ぶ
る
元
気
だ
。
な
ぜ
死
な
な
い
?
こ
の
ま
ま
で
は
春
が
行
っ
て
し
ま
う
…
…
春
が
…
…
」
孝
太
郎
、
ペ
ン
を
止
め
る
。
孝
太
郎
「
…
…
」
日
記
を
閉
じ
る
。
×
×
×
押
入
れ
か
ら
旅
行
鞄
を
取
り
出
す
。
そ
の
中
に
服
や
下
着
を
詰
め
る
。
西
行
の
『
山
家
集
』、
自
著
『
西
行
の
心
』、
老
眼
鏡
も
入
れ
る
。
×
×
×
最
後
に
、
仏
壇
に
飾
ら
れ
た
妻
・
幸
子
の
遺
影
を
手
に
取
る
。
優
し
く
微
笑
む
遺
影
の
中
の
幸
子
。
じ
っ
と
見
つ
め
て
、
鞄
の
中
に
仕
舞
う
。
×
×
×
受
話
器
を
手
に
取
る
。
一
瞬
、
電
話
す
る
か
ど
う
か
た
め
ら
う
が
、
ボ
タ
ン
を
押
す
。
コ
ー
ル
音
が
す
る
が
、
相
手
は
出
な
い
。
留
守
電
に
切
り
替
わ
る
メ
ッ
セ
ー
ジ
が
流
れ
る
。
孝
太
郎
、
ホ
ッ
と
息
を
吐
く
。
孝
太
郎
「(
留
守
電
に
)
私
だ
。
ち
ょ
っ
と
留
守
に
す
る
。
…
…
い
つ
戻
る
か
分
か
ら
な
い
か
ら
、
挨
拶
し
て
お
こ
う
と
思
っ
て
ね
」
孝
太
郎
、
次
の
言
葉
を
探
し
て
い
る
。
孝
太
郎
「
黙
っ
て
行
っ
て
し
ま
う
こ
と
、
す
ま
な
い
と
思
っ
て
る
。
た
だ
、
き
っ
と
反
対
さ
れ
る
と
思
っ
て
な
。
最
後
ま
で
ケ
ン
カ
し
た
く
な
い
ん
だ
。
だ
か
ら
、
そ
の
…
…
」
が
ら
ん
と
し
た
室
内
を
見
渡
す
。
無
音
。
8
孝
太
郎
「
健
三
、
あ
り
が
と
う
。
さ
よ
う
な
ら
」
受
話
器
を
置
く
。
○
同
・
玄
関
靴
を
履
き
、
鞄
を
持
つ
。
ド
ア
ノ
ブ
に
手
を
か
け
、
孝
太
郎
「
…
…
」
孝
太
郎
、
誰
も
い
な
い
家
に
一
礼
す
る
。
○
桜
の
並
木
通
り
旅
行
鞄
を
手
に
歩
く
孝
太
郎
。
見
上
げ
た
桜
は
す
べ
て
葉
桜
に
。
孝
太
郎
「
…
…
」
孝
太
郎
、
急
ぎ
足
で
歩
き
出
す
。
そ
の
時
、と
つ
ぜ
ん
車
の
ク
ラ
ク
シ
ョ
ン
が
響
く
。
ギ
ク
ッ
と
足
を
止
め
る
孝
太
郎
。
そ
の
ま
ま
振
り
返
ら
ず
に
歩
き
出
す
。
再
び
ク
ラ
ク
シ
ョ
ン
が
鳴
る
。
孝
太
郎
、
振
り
返
ら
な
い
。
す
る
と
、ク
ラ
ク
シ
ョ
ン
が
三
三
七
拍
子
の
リ
ズ
ム
で
鳴
り
出
す
。
孝
太
郎
「
よ
り
に
よ
っ
て
、
こ
の
タ
イ
ミ
ン
グ
…
…
」
三
三
七
拍
子
を
鳴
ら
し
な
が
ら
近
づ
い
て
く
る
軽
ト
ラ
ッ
ク
。
軽
ト
ラ
ッ
ク
を
運
転
し
て
い
る
の
は
、
橋
本
健
三
(
78
)。
汚
い
ジ
ャ
ン
パ
ー
を
羽
織
り
、
頭
に
は
赤
い
キ
ャ
ッ
プ
帽
を
被
っ
て
い
る
。
徐
行
ス
ピ
ー
ド
で
孝
太
郎
に
並
走
す
る
軽
ト
ラ
。
運
転
席
か
ら
身
を
乗
り
出
す
健
三
。
健
三
「
お
い
、
無
視
す
ん
な
や
」
歩
き
続
け
る
孝
太
郎
。
三
三
七
拍
子
を
続
け
る
健
三
。
健
三
「
孝
ち
ゃ
ん
」
孝
太
郎
「
う
る
さ
い
か
ら
ク
ラ
ク
シ
ョ
ン
は
や
め
な
さ
い
」
健
三
、
ク
ラ
ク
シ
ョ
ン
を
や
め
る
。
孝
太
郎
の
旅
行
鞄
を
見
て
、
驚
く
健
三
。
9
健
三
「
孝
ち
ゃ
ん
!
つ
い
に
入
院
か
!
?
」
孝
太
郎
「
い
や
、
そ
う
じ
ゃ
…
…
」
健
三
「
市
民
病
院
か
?
だ
っ
た
ら
乗
っ
て
け
!
送
っ
て
く
!
」
孝
太
郎
「
違
う
よ
。
…
…
ち
ょ
っ
と
旅
に
出
る
」
健
三
「
何
?
!
」
孝
太
郎
「
だ
か
ら
旅
行
だ
よ
」
健
三
「
…
…
」
孝
太
郎
「
人
生
最
後
の
」
健
三
「
旅
っ
て
、
何
言
っ
て
ん
だ
?
病
気
の
身
で
」
健
三
、
軽
ト
ラ
を
止
め
て
降
り
て
く
る
。
孝
太
郎
た
め
息
を
つ
く
。
健
三
「
ど
う
い
う
こ
と
だ
よ
」
孝
太
郎
「
だ
か
ら
、
旅
に
出
る
ん
だ
。
ち
っ
と
も
病
気
っ
ぽ
く
な
ら
ん
し
、
だ
っ
た
ら
追
い
か
け
た
い
ん
だ
」
健
三
「
追
い
か
け
る
っ
て
、
な
に
を
」
孝
太
郎
、
葉
桜
を
見
上
げ
る
。
孝
太
郎
「
春
を
」
健
三
「
…
…
」
孝
太
郎
「
春
を
、
追
い
か
け
る
」
○
メ
イ
ン
タ
イ
ト
ル
『
春
死
な
む
』
○
道
路
走
る
軽
ト
ラ
ッ
ク
。
後
ろ
の
荷
台
に
は
、
収
穫
し
た
ネ
ギ
の
束
と
孝
太
郎
の
旅
行
鞄
。
○
走
る
軽
ト
ラ
ッ
ク
・
車
内
運
転
席
の
健
三
。
助
手
席
に
は
孝
太
郎
。
健
三
「
俺
に
一
言
の
相
談
も
無
く
行
く
つ
も
り
だ
っ
た
の
か
?
」
荒
っ
ぽ
く
ハ
ン
ド
ル
を
切
る
健
三
。
健
三
「
ち
ょ
う
ど
ネ
ギ
を
届
け
よ
う
と
思
っ
て
寄
っ
て
み
れ
ば
…
…
」
乱
暴
に
右
折
す
る
軽
ト
ラ
ッ
ク
。
荷
台
の
ネ
ギ
と
旅
行
鞄
が
右
に
す
べ
る
。
10
孝
太
郎
「
お
い
お
い
、
交
通
事
故
で
死
に
た
く
は
な
い
ん
だ
が
」
続
け
て
、
ま
た
乱
暴
に
左
折
す
る
。
健
三
「
西
行
っ
て
い
う
桜
の
下
で
死
に
た
い
と
か
何
と
か
っ
て
い
う
俳
句
の
マ
ネ
だ
ろ
?
」
孝
太
郎
「
俳
句
じ
ゃ
な
い
。
和
歌
だ
!
」
健
三
「
あ
あ
、
は
い
は
い
」
孝
太
郎
「
願
は
く
は
花
の
下
に
て
春
死
な
ん
そ
の
き
さ
ら
ぎ
の
望
月
の
こ
ろ
…
…
」
健
三
、
面
倒
く
さ
そ
う
な
顔
。
孝
太
郎
「
も
し
願
い
が
叶
う
な
ら
、
桜
の
下
で
死
に
た
い
。
こ
れ
は
西
行
の
理
想
の
最
期
を
詠
っ
て
い
る
。
つ
ま
り
、
私
の
理
想
の
死
に
方
で
も
あ
る
」
健
三
「
は
い
は
い
」
健
三
、
耳
を
掻
き
な
が
ら
聞
い
て
い
る
。
孝
太
郎
「
桜
の
季
節
に
死
ね
る
な
ん
て
最
高
だ
」
健
三
「
だ
か
ら
っ
て
、
桜
前
線
を
追
い
か
け
る
だ
っ
て
!
」
孝
太
郎
「
今
年
が
最
後
の
チ
ャ
ン
ス
な
ん
だ
」
健
三
「
元
先
生
の
く
せ
に
、
そ
ん
な
死
に
急
ぐ
真
似
し
て
い
い
の
か
?
」
孝
太
郎
「
教
師
だ
っ
た
の
は
何
年
も
前
の
こ
と
だ
。
い
い
か
、
健
三
。
私
は
西
行
と
同
じ
春
に
、
桜
を
見
な
が
ら
死
ね
る
幸
運
を
得
た
ん
だ
」
健
三
「
い
つ
死
ぬ
か
な
ん
て
分
か
ら
な
い
だ
ろ
。
人
は
死
に
時
を
選
べ
な
い
も
ん
だ
」
孝
太
郎
「
私
に
は
で
き
る
。
春
に
死
ね
る
」
健
三
「
…
…
」
孝
太
郎
「
高
校
で
も
散
々
生
徒
た
ち
に
教
え
て
き
た
。
西
行
の
見
た
風
景
、
日
本
人
の
心
、
風
流
。
そ
れ
を
お
前
に
も
分
か
っ
て
ほ
し
か
っ
た
が
」
健
三
、
と
な
り
で
勢
い
よ
く
ゲ
ッ
プ
す
る
。
あ
き
れ
顔
の
孝
太
郎
。
健
三
「
俺
は
何
十
年
も
孝
ち
ゃ
ん
か
ら
西
行
に
つ
い
て
は
聞
か
さ
れ
て
き
た
。
耳
タ
コ
だ
よ
!
」
孝
太
郎
、
苦
笑
す
る
。
孝
太
郎
「
そ
う
だ
っ
た
な
」
車
窓
に
目
を
移
す
と
、
葉
桜
が
目
立
つ
よ
う
に
な
っ
た
並
木
道
が
続
い
て
い
る
。
孝
太
郎
「
桜
前
線
は
ゴ
ー
ル
デ
ン
ウ
ィ
ー
ク
に
は
北
11
海
道
に
到
達
す
る
。
そ
こ
ま
で
が
勝
負
だ
」
健
三
「
無
茶
な
こ
と
し
や
が
る
」
ま
た
乱
暴
に
軽
ト
ラ
ッ
ク
が
道
を
曲
が
る
。
○
駅
・
改
札
前
健
三
の
軽
ト
ラ
ッ
ク
が
ロ
ー
タ
リ
ー
に
止
ま
る
。
孝
太
郎
「
悪
か
っ
た
な
。
結
局
送
っ
て
も
ら
っ
て
」
健
三
「
…
…
本
当
に
行
く
の
か
?
」
孝
太
郎
「
あ
あ
」
健
三
「
ど
こ
へ
?
」
孝
太
郎
「
ま
ず
は
上
野
。
そ
こ
か
ら
、
特
急
に
乗
っ
て
、
東
北
へ
行
く
つ
も
り
だ
」
健
三
「
い
つ
戻
る
?
」
孝
太
郎
「
…
…
」
健
三
「
い
つ
戻
る
ん
だ
?
」
孝
太
郎
「
…
…
」
健
三
「
…
…
わ
か
っ
た
」
降
り
よ
う
と
、
ド
ア
に
手
を
か
け
た
孝
太
郎
。
そ
の
瞬
間
、
走
り
出
す
軽
ト
ラ
ッ
ク
。
驚
く
孝
太
郎
。
孝
太
郎
「
何
し
て
る
!
?
」
健
三
、
ニ
ッ
と
笑
っ
て
ア
ク
セ
ル
を
踏
む
。
ス
ピ
ー
ド
を
あ
げ
る
軽
ト
ラ
ッ
ク
。
孝
太
郎
「
健
三
!
降
ろ
す
ん
だ
!
」
勢
い
よ
く
右
折
す
る
軽
ト
ラ
。
孝
太
郎
「
健
三
!
」
○
上
野
恩
賜
公
園
西
郷
隆
盛
像
。
○
同
・
園
内
の
並
木
道
ほ
と
ん
ど
葉
桜
に
な
っ
て
い
る
桜
並
木
。
そ
れ
で
も
多
く
の
花
見
客
で
ご
っ
た
返
し
て
い
る
。
人
混
み
に
紛
れ
て
歩
く
孝
太
郎
と
健
三
。
健
三
「
上
野
の
桜
!
い
い
ね
、
孝
ち
ゃ
ん
!
」
大
学
生
ら
し
き
グ
ル
ー
プ
が
携
帯
プ
レ
ー
ヤ
ー
か
ら
J
-
P
O
P
を
大
音
量
で
流
し
て
い
る
。
そ
れ
に
負
け
な
い
く
ら
い
に
騒
ぐ
声
。
12
そ
の
隣
に
は
中
年
の
グ
ル
ー
プ
が
こ
れ
ま
た
大
声
で
歌
謡
曲
を
手
拍
子
で
歌
い
な
が
ら
騒
い
で
い
る
。
そ
ん
な
騒
々
し
い
集
団
が
あ
ち
こ
ち
で
シ
ー
ト
を
広
げ
て
い
る
。
孝
太
郎
「
全
然
風
流
じ
ゃ
な
い
…
…
」
が
っ
か
り
し
て
い
る
孝
太
郎
。
そ
の
横
で
、
ビ
ー
ル
と
ア
メ
リ
カ
ン
ド
ッ
グ
を
頬
張
る
健
三
。
健
三
「
う
め
ぇ
!
」
孝
太
郎
、
喧
騒
の
な
か
、
足
元
に
転
が
っ
て
き
た
ビ
ー
ル
缶
を
拾
い
上
げ
る
。
孝
太
郎
「
…
…
」
○
上
野
駅
・
外
観
サ
ラ
リ
ー
マ
ン
や
旅
行
客
な
ど
で
混
雑
し
て
い
る
。
○
上
野
駅
・
中
央
改
札
前
改
札
の
上
の
電
光
掲
示
板
が
、
行
き
先
と
出
発
時
刻
、
乗
り
場
ホ
ー
ム
を
表
示
し
て
い
る
。
上
野
に
乗
り
入
れ
る
多
く
の
路
線
。
そ
の
中
に
、
15
時
発
の
特
急
の
出
発
時
刻
が
表
示
さ
れ
る
。
○
同
・
み
ど
り
の
窓
口
前
乗
車
券
を
手
に
出
て
く
る
孝
太
郎
。
健
三
、
不
満
そ
う
な
顔
。
孝
太
郎
「
近
い
う
ち
に
、
業
者
が
自
宅
の
荷
物
を
引
き
取
り
に
来
る
か
ら
よ
ろ
し
く
な
。
あ
、
な
ん
か
欲
し
い
物
あ
っ
た
ら
あ
げ
る
ぞ
。
形
見
分
け
っ
て
こ
と
で
な
」
改
札
に
向
か
っ
て
歩
き
出
す
孝
太
郎
。
行
き
か
け
て
か
ら
、
健
三
を
振
り
返
る
。
孝
太
郎
「
健
三
、
私
は
も
う
戻
ら
な
い
。
会
う
の
は
今
日
が
最
後
だ
」
健
三
「
や
っ
ぱ
り
」
孝
太
郎
「
今
ま
で
あ
り
が
と
う
。
さ
よ
う
な
ら
」
そ
う
言
っ
て
、
健
三
に
握
手
を
求
め
る
。
健
三
、
ム
ス
ッ
と
し
た
顔
で
孝
太
郎
の
手
を
13
握
ら
な
い
。
孝
太
郎
、
苦
笑
い
す
る
。
改
札
に
向
け
て
歩
き
出
す
孝
太
郎
。
健
三
、
そ
の
背
中
に
向
か
っ
て
叫
ぶ
。
健
三
「
ど
こ
行
く
ん
だ
!
?
」
孝
太
郎
「
こ
こ
ら
じ
ゃ
、
も
う
春
は
終
わ
り
だ
。
と
り
あ
え
ず
三
春
の
滝
桜
で
も
見
に
行
こ
う
か
と
思
っ
て
る
」
改
札
を
通
る
孝
太
郎
。
も
う
一
度
振
り
返
り
、
手
を
挙
げ
る
。
孝
太
郎
「
じ
ゃ
あ
な
」
健
三
「
途
中
で
死
ん
じ
ま
う
ぞ
!
」
孝
太
郎
「
そ
れ
こ
そ
本
望
だ
」
笑
っ
て
、
歩
き
出
す
孝
太
郎
。
健
三
「
孝
ち
ゃ
ん
!
」
振
り
返
ら
な
い
。
健
三
「
孝
ち
ゃ
ん
!
」
駅
の
ホ
ー
ム
に
続
く
階
段
を
上
っ
て
い
く
孝
太
郎
。
そ
の
ま
ま
ホ
ー
ム
へ
と
消
え
て
い
く
。
赤
い
キ
ャ
ッ
プ
帽
を
地
面
に
叩
き
つ
け
て
地
団
駄
踏
む
健
三
。
○
同
・
ホ
ー
ム
旅
行
鞄
と
乗
車
券
を
手
に
、
特
急
を
待
つ
孝
太
郎
。
電
車
が
ホ
ー
ム
に
入
っ
て
く
る
。
○
特
急
電
車
・
車
内
自
由
席
の
車
両
に
乗
り
込
む
孝
太
郎
。
空
い
て
い
る
席
を
見
つ
け
、
窓
際
の
席
に
座
る
。
一
息
つ
い
た
瞬
間
、
孝
太
郎
の
横
の
窓
を
ド
ン
ド
ン
ド
ン
!
と
叩
く
音
が
す
る
。
孝
太
郎
、
驚
い
て
窓
を
見
る
と
、
窓
の
向
こ
う
に
、
赤
い
キ
ャ
ッ
プ
帽
が
。
孝
太
郎
「
!
?
」
赤
い
キ
ャ
ッ
プ
帽
の
後
ろ
か
ら
、
健
三
の
顔
が
。
健
三
、
ニ
ッ
と
笑
う
。
14
ホ
ー
ム
で
発
車
の
ベ
ル
が
鳴
る
。
孝
太
郎
「
わ
ざ
わ
ざ
こ
ん
な
所
ま
で
見
送
り
に
来
な
く
て
も
…
…
」
次
の
瞬
間
、
健
三
が
い
な
く
な
る
。
孝
太
郎
「
健
三
?
」
発
車
の
ベ
ル
が
止
む
。
ゆ
っ
く
り
と
動
き
出
す
電
車
。
孝
太
郎
「
何
だ
っ
た
ん
だ
、
あ
い
つ
…
…
」
座
席
に
深
く
座
り
直
す
孝
太
郎
。
車
窓
に
流
れ
る
景
色
に
目
を
移
す
。
健
三
の
声
「
駅
弁
買
っ
た
ぞ
!
」
孝
太
郎
「
!
」
恐
る
恐
る
通
路
側
の
席
に
身
を
寄
せ
、
車
両
の
ド
ア
を
振
り
返
る
孝
太
郎
。
そ
こ
に
は
、
駅
弁
の
袋
と
大
量
の
お
菓
子
を
抱
え
た
健
三
が
立
っ
て
い
る
。
走
り
出
し
た
電
車
の
揺
れ
で
バ
ラ
ン
ス
を
崩
す
健
三
、
弁
当
を
落
と
し
て
し
ま
う
。
健
三
「
あ
!
」
周
り
の
乗
客
が
何
事
か
と
健
三
を
見
る
。
孝
太
郎
「
何
て
こ
と
だ
」
弁
当
を
落
と
し
た
健
三
、
ア
タ
フ
タ
し
て
い
る
。
頭
を
抱
え
る
孝
太
郎
。
○
走
る
特
急
電
車
(
夕
)
○
同
・
車
内
(
夕
)
4
人
が
け
の
ボ
ッ
ク
ス
席
で
、
向
か
い
合
っ
て
座
る
孝
太
郎
と
健
三
。
ニ
コ
ニ
コ
と
駅
弁
の
蓋
を
あ
け
る
健
三
。
不
機
嫌
な
顔
で
車
窓
を
じ
っ
と
見
つ
め
る
孝
太
郎
。
健
三
「
う
め
ぇ
!
」
バ
ク
バ
ク
と
駅
弁
を
頬
張
る
健
三
を
冷
た
い
目
で
睨
む
孝
太
郎
。
健
三
「
孝
ち
ゃ
ん
も
食
え
よ
。
俺
の
奢
り
で
い
い
か
ら
さ
。
遠
慮
す
ん
な
っ
て
」
孝
太
郎
「
何
で
お
前
ま
で
つ
い
て
来
る
ん
だ
?
」
健
三
が
食
べ
な
が
ら
話
そ
う
と
す
る
の
を
慌
15
て
て
止
め
る
。
孝
太
郎
「
食
べ
な
が
ら
話
す
ん
じ
ゃ
な
い
」
健
三
、
口
に
あ
る
も
の
を
飲
み
込
ん
で
か
ら
話
し
出
す
。
健
三
「
一
人
で
は
行
か
せ
ら
ん
な
い
よ
。
誰
が
孝
ち
ゃ
ん
を
看
取
る
ん
だ
?
俺
し
か
い
な
い
よ
」
健
三
、
ペ
ッ
ト
ボ
ト
ル
の
お
茶
を
飲
む
。
孝
太
郎
「
心
配
は
い
ら
な
い
。
迷
惑
を
か
け
な
い
よ
う
十
分
配
慮
し
て
死
の
う
と
思
っ
て
る
」
健
三
「
見
知
ら
ぬ
土
地
で
赤
の
他
人
に
看
取
ら
せ
る
訳
に
は
い
か
ね
ぇ
よ
。
孝
ち
ゃ
ん
の
骨
は
俺
が
ち
ゃ
ん
と
拾
う
か
ら
な
」
そ
う
言
っ
て
、
弁
当
の
手
羽
先
の
骨
を
し
ゃ
ぶ
る
健
三
。
孝
太
郎
「
…
…
」
孝
太
郎
、
呆
れ
顔
で
健
三
を
見
つ
め
る
。
健
三
「
と
り
あ
え
ず
、
弁
当
食
え
よ
」
孝
太
郎
、
し
ぶ
し
ぶ
駅
弁
の
蓋
を
開
け
る
。
さ
っ
き
落
と
し
た
衝
撃
で
お
か
ず
が
グ
チ
ャ
グ
チ
ャ
に
な
っ
て
い
る
。
孝
太
郎
「
…
…
」
健
三
「
見
た
目
は
気
に
す
ん
な
。
味
は
変
わ
ら
ん
し
、
腹
ん
中
に
入
れ
ば
ど
っ
ち
み
ち
同
じ
だ
」
そ
う
言
っ
て
笑
う
健
三
。
孝
太
郎
「
健
三
、
次
の
停
車
駅
で
降
り
な
さ
い
」
健
三
「
い
や
だ
ね
!
」
孝
太
郎
、
や
け
く
そ
で
崩
れ
た
卵
焼
き
を
口
に
入
れ
る
。
○
車
窓
の
風
景
夕
暮
れ
、
田
園
風
景
が
通
り
過
ぎ
る
。
○
水
戸
駅
・
ホ
ー
ム
(
夜
)
特
急
か
ら
降
り
る
孝
太
郎
と
健
三
。
○
ビ
ジ
ネ
ス
ホ
テ
ル
・
全
景
(
夜
)
全
国
チ
ェ
ー
ン
の
ホ
テ
ル
。
「
西
横
イ
ン
」
の
看
板
。
○
同
・
客
室
(
夜
)
16
シ
ン
グ
ル
の
部
屋
。
ベ
ッ
ド
脇
の
サ
イ
ド
テ
ー
ブ
ル
に
、
幸
子
の
写
真
が
入
っ
た
写
真
立
て
が
置
か
れ
て
い
る
。
孝
太
郎
、
風
呂
上
り
の
浴
衣
姿
で
備
え
付
け
の
ポ
ッ
ト
で
お
茶
を
入
れ
る
。
鞄
に
入
れ
て
持
っ
て
き
た
自
分
の
本
『
西
行
の
心
』
を
開
く
。
ぱ
ら
ぱ
ら
と
ペ
ー
ジ
を
め
く
る
孝
太
郎
。
し
か
し
、
読
む
わ
け
で
は
な
い
。
老
眼
鏡
を
は
ず
し
、
目
頭
を
揉
む
。
突
然
、
ド
ア
を
叩
く
音
が
す
る
。
健
三
の
声
「
孝
ち
ゃ
ん
、
飲
も
う
ぜ
!
」
孝
太
郎
「
…
…
」
そ
の
声
を
無
視
し
て
本
に
視
線
を
戻
す
。
○
同
・
廊
下
(
夜
)
浴
衣
姿
の
健
三
が
ワ
ン
カ
ッ
プ
酒
や
つ
ま
み
の
入
っ
た
袋
を
ぶ
ら
下
げ
て
ド
ア
を
叩
い
て
い
る
。
す
で
に
ほ
ろ
酔
い
の
健
三
。
ド
ア
は
開
か
な
い
。
健
三
「
ひ
ら
け
ー
ゴ
マ
!
」
静
ま
り
返
っ
た
ま
ま
の
廊
下
。
健
三
「
開
け
な
い
と
暴
れ
ち
ゃ
う
ぞ
!
」
も
う
一
度
ド
ア
を
叩
こ
う
と
し
た
瞬
間
、
ド
ア
が
開
く
。
健
三
「
お
?
」
ド
ア
を
開
け
て
顔
を
出
し
た
の
は
見
知
ら
ぬ
サ
ラ
リ
ー
マ
ン
風
の
中
年
男
性
。
健
三
「
お
お
お
?
」
迷
惑
そ
う
な
顔
で
健
三
を
見
る
男
性
。
健
三
「
俺
と
一
杯
飲
む
か
?
」
す
る
と
、
隣
の
ド
ア
が
開
い
て
、
孝
太
郎
が
出
て
く
る
。
孝
太
郎
「(
男
性
に
)
申
し
訳
な
い
」
健
三
を
引
っ
張
っ
て
、
部
屋
に
戻
る
。
○
同
・
客
室
(
夜
)
晩
酌
中
の
孝
太
郎
と
健
三
。
孝
太
郎
の
本
『
西
行
の
心
』
を
見
て
、
17
健
三
「
自
費
出
版
で
出
し
た
は
い
い
け
ど
、
全
然
売
れ
な
か
っ
た
や
つ
だ
ろ
?
」
孝
太
郎
「
う
る
さ
い
」
健
三
「
こ
の
前
、
駅
前
の
古
本
屋
に
積
ま
れ
て
た
ぞ
」
孝
太
郎
「
…
…
」
健
三
を
に
ら
む
。
孝
太
郎
「
儲
け
る
た
め
に
書
い
た
訳
じ
ゃ
な
い
」
ふ
て
く
さ
れ
た
顔
の
孝
太
郎
。
孝
太
郎
「
人
生
の
記
念
の
た
め
に
書
い
た
ん
だ
」
ワ
ン
カ
ッ
プ
酒
を
グ
イ
グ
イ
飲
む
健
三
。
孝
太
郎
「
明
日
に
は
戻
る
だ
ろ
う
?
」
健
三
、
首
を
振
る
。
孝
太
郎
、
頭
を
抱
え
る
。
健
三
「
孝
ち
ゃ
ん
を
孤
独
死
さ
せ
た
く
な
い
か
ら
」
つ
ま
み
を
食
べ
る
健
三
。
健
三
「
死
ぬ
と
き
一
人
じ
ゃ
寂
し
い
だ
ろ
?
」
孝
太
郎
「
私
は
ひ
と
り
静
か
に
死
に
た
い
ん
だ
!
」
健
三
「
そ
ん
な
の
絶
対
寂
し
い
!
」
健
三
、
缶
ビ
ー
ル
を
開
け
、
2
つ
の
コ
ッ
プ
に
注
ぐ
。
一
つ
を
孝
太
郎
に
差
し
出
す
。
し
ぶ
し
ぶ
受
け
取
る
孝
太
郎
。
健
三
「
亡
く
な
っ
ち
ま
っ
た
奥
さ
ん
の
代
わ
り
に
、
俺
が
側
に
い
て
や
ん
な
い
と
さ
」
健
三
、
サ
イ
ド
テ
ー
ブ
ル
に
置
か
れ
た
幸
子
の
写
真
を
見
つ
め
る
。
孝
太
郎
も
写
真
を
見
つ
め
る
。
健
三
「
そ
れ
に
…
…
」
孝
太
郎
「
そ
れ
に
、
何
だ
?
」
健
三
「
孝
ち
ゃ
ん
は
命
の
恩
人
だ
。
一
人
で
逝
か
せ
た
く
な
い
ん
だ
よ
」
孝
太
郎
「
恩
人
っ
て
…
…
。
大
昔
の
話
だ
ろ
」
健
三
、
コ
ッ
プ
の
ビ
ー
ル
を
見
つ
め
る
。
泡
が
上
っ
て
い
く
。
健
三
「
俺
は
あ
の
日
、
焼
け
死
ん
で
た
」
孝
太
郎
「
…
…
」
健
三
「
孝
ち
ゃ
ん
が
い
な
か
っ
た
ら
、
死
ん
で
た
」
孝
太
郎
「
…
…
」
健
三
「
だ
か
ら
、
一
人
で
死
な
せ
た
く
な
い
」
健
三
、
ビ
ー
ル
を
一
気
に
飲
み
干
す
。
18
咳
き
込
む
健
三
。
孝
太
郎
「
お
い
お
い
、
大
丈
夫
か
?
」
健
三
「
む
せ
た
む
せ
た
!
」
咳
き
込
ん
で
涙
目
の
健
三
。
そ
ん
な
健
三
の
背
中
を
さ
す
り
な
が
ら
、
小
さ
く
た
め
息
を
つ
く
孝
太
郎
。
○
レ
ン
タ
カ
ー
会
社
・
全
景
(
朝
)
「
東
日
本
レ
ン
タ
カ
ー
」
の
看
板
。
○
同
・
受
付
カ
ウ
ン
タ
ー
(
朝
)
申
込
書
に
署
名
し
て
い
る
健
三
。
そ
の
後
ろ
に
、
呆
れ
顔
の
孝
太
郎
。
○
車
道
両
脇
に
は
散
り
始
め
の
桜
並
木
。
そ
の
中
を
走
っ
て
い
く
レ
ン
タ
カ
ー
。
○
レ
ン
タ
カ
ー
・
車
内
孝
太
郎
、
助
手
席
の
窓
か
ら
桜
の
木
を
見
上
げ
る
。
孝
太
郎
「
こ
こ
も
終
わ
り
か
け
だ
な
…
…
」
健
三
「
フ
ン
フ
ン
フ
ー
ン
」
隣
か
ら
、
豪
快
な
鼻
歌
が
聞
こ
え
る
。
孝
太
郎
、
う
ん
ざ
り
し
た
顔
で
運
転
席
の
健
三
を
見
る
。
カ
ー
ラ
ジ
オ
か
ら
は
女
性
ア
イ
ド
ル
の
ポ
ッ
プ
な
曲
が
流
れ
て
い
る
。
そ
れ
に
負
け
じ
と
、一
段
と
大
き
な
声
で
演
歌
を
歌
い
だ
す
健
三
。
孝
太
郎
「
…
…
」
健
三
「
ど
う
し
た
?
せ
っ
か
く
レ
ン
タ
カ
ー
借
り
た
ん
だ
ぞ
。
周
り
に
気
兼
ね
せ
ず
楽
し
く
騒
げ
る
だ
ぞ
!
」
孝
太
郎
「
別
に
騒
ぎ
た
く
な
い
」
健
三
「
ひ
ゃ
っ
ほ
~
!
」
孝
太
郎
「
風
情
が
な
い
…
…
」
ア
イ
ド
ル
曲
と
演
歌
が
響
く
車
内
。
○
桜
山
公
園
(
茨
城
県
)
19
花
見
客
で
に
ぎ
わ
う
園
内
。
そ
の
中
に
、
孝
太
郎
と
健
三
の
姿
。
○
福
岡
堰
(
茨
城
県
)
堤
防
沿
い
を
歩
く
孝
太
郎
。
退
屈
そ
う
に
孝
太
郎
の
後
ろ
を
歩
く
健
三
。
○
同
・
ベ
ン
チ
ベ
ン
チ
で
日
記
帳
を
書
い
て
い
る
孝
太
郎
。
隣
の
ベ
ン
チ
で
は
、
赤
い
キ
ャ
ッ
プ
帽
で
顔
を
覆
い
、
寝
て
い
る
健
三
。
○
駅
・
切
符
売
り
場
(
夕
)
販
売
機
の
前
、
孝
太
郎
が
健
三
に
切
符
を
差
し
出
す
。
孝
太
郎
「
も
う
帰
り
な
さ
い
」
健
三
「
い
や
だ
」
孝
太
郎
「
い
や
だ
、
じ
ゃ
な
い
よ
。
今
日
だ
っ
て
退
屈
そ
う
に
し
て
た
じ
ゃ
な
い
か
」
そ
っ
ぽ
を
向
い
て
拗
ね
て
い
る
健
三
。
孝
太
郎
「
無
理
し
て
付
き
合
う
必
要
は
な
い
。
次
の
電
車
で
帰
る
ん
だ
」
切
符
を
無
理
や
り
健
三
の
手
に
握
ら
せ
る
。
健
三
「
無
理
な
ん
か
し
て
な
い
」
そ
う
言
っ
て
、
孝
太
郎
の
手
に
切
符
を
戻
そ
う
と
す
る
も
、
孝
太
郎
は
避
け
る
。
孝
太
郎
「
帰
る
ん
だ
」
健
三
「
…
…
」
孝
太
郎
、
健
三
の
肩
を
た
た
く
。
孝
太
郎
「
お
前
の
気
持
ち
は
嬉
し
か
っ
た
よ
。
そ
れ
は
本
当
だ
。
あ
り
が
と
う
」
健
三
「
…
…
」
○
同
・
ホ
ー
ム
(
夕
)
反
対
側
の
ホ
ー
ム
に
立
つ
孝
太
郎
と
健
三
。
孝
太
郎
は
北
へ
、
健
三
は
南
へ
向
か
う
電
車
を
待
っ
て
い
る
。
先
に
、
健
三
の
乗
る
電
車
が
や
っ
て
来
る
。
孝
太
郎
、
健
三
に
向
か
っ
て
片
手
を
上
げ
る
。
電
車
の
陰
で
健
三
の
姿
が
見
え
な
く
な
る
。
20
孝
太
郎
「
…
…
」
走
り
出
す
電
車
。
誰
も
い
な
く
な
っ
た
ホ
ー
ム
。
孝
太
郎
「
…
…
」
少
し
、
寂
し
そ
う
な
顔
の
孝
太
郎
。
○
走
る
電
車
(
夕
)
田
園
風
景
の
中
を
走
っ
て
い
く
。
○
同
・
車
内
(
夕
)
四
人
が
け
の
ボ
ッ
ク
ス
席
に
一
人
で
座
っ
て
い
る
孝
太
郎
。
車
内
の
人
は
ま
ば
ら
。
孝
太
郎
の
顔
に
西
日
が
差
す
。
眩
し
そ
う
に
目
を
細
め
る
孝
太
郎
。
電
車
の
揺
れ
に
次
第
に
瞼
が
降
り
て
く
る
。
そ
の
時
、後
ろ
の
座
席
か
ら
い
び
き
が
聞
こ
え
て
く
る
。
孝
太
郎
「
…
…
」
お
そ
る
お
そ
る
、
後
ろ
の
座
席
を
覗
き
込
む
。
自
分
の
背
中
越
し
の
席
に
座
っ
て
い
る
人
間
の
頭
が
見
え
る
。
そ
の
人
物
は
赤
い
キ
ャ
ッ
プ
帽
を
被
っ
て
い
る
。
孝
太
郎
「
…
…
」
日
が
暮
れ
て
い
く
。
○
旅
館
・
全
景
(
夜
)
「
福
島
県
・
郡
山
市
」
の
テ
ロ
ッ
プ
。
小
さ
な
旅
館
。
入
っ
て
い
く
孝
太
郎
と
健
三
。
○
同
・
フ
ロ
ン
ト
(
夜
)
女
将
が
出
て
く
る
。
四
十
代
半
ば
と
思
わ
れ
る
女
将
。
女
将
「
先
ほ
ど
お
電
話
頂
い
た
西
澤
様
で
す
ね
?
お
待
ち
し
て
お
り
ま
し
た
」
孝
太
郎
「
…
…
!
」
女
将
を
じ
っ
と
見
る
孝
太
郎
。
女
将
は
孝
太
郎
の
旅
行
鞄
を
持
と
う
と
手
を
21
伸
ば
す
。
孝
太
郎
、
そ
の
所
作
に
見
惚
れ
る
。
女
将
「
ど
う
ぞ
、
お
鞄
お
持
ち
し
ま
す
」
孝
太
郎
「
あ
、
あ
あ
」
女
将
の
手
が
孝
太
郎
の
手
に
重
な
る
。
思
わ
ず
手
を
引
っ
込
め
る
孝
太
郎
。
女
将
「
さ
、
こ
ち
ら
へ
ど
う
ぞ
」
旅
行
鞄
を
手
に
楚
々
と
し
た
足
取
り
で
歩
い
て
い
く
女
将
。
そ
の
後
ろ
姿
を
見
つ
め
る
孝
太
郎
。
○
同
・
部
屋
(
夜
)
女
将
に
案
内
さ
れ
て
部
屋
に
入
る
孝
太
郎
と
健
三
。
質
素
な
部
屋
。
女
将
、
膝
を
つ
い
て
挨
拶
す
る
。
女
将
「
本
日
は
当
館
に
ご
宿
泊
頂
き
、
誠
に
あ
り
が
と
う
ご
ざ
い
ま
す
。
何
か
ご
ざ
い
ま
し
た
ら
、
ご
遠
慮
な
く
お
申
し
付
け
く
だ
さ
い
ま
せ
」
孝
太
郎
「
は
、
は
い
、
あ
り
が
と
う
ご
ざ
い
ま
す
」
孝
太
郎
も
深
々
と
頭
を
下
げ
る
。
健
三
「
…
…
」
ニ
ヤ
ニ
ヤ
す
る
健
三
。
○
同
・
入
浴
場
(
夜
)
風
呂
に
入
っ
て
い
る
孝
太
郎
と
健
三
。
健
三
、
口
笛
を
吹
き
な
が
ら
温
泉
に
浸
か
っ
て
い
る
。
孝
太
郎
「
先
に
上
が
る
」
○
同
・
脱
衣
所
(
夜
)
浴
衣
に
着
替
え
る
孝
太
郎
。
鏡
の
前
で
ヒ
ゲ
の
剃
り
残
し
が
な
い
か
入
念
に
チ
ェ
ッ
ク
し
て
い
る
。
○
同
・
部
屋
(
夜
)
夕
食
の
御
膳
が
並
ん
で
い
る
。
食
べ
始
め
る
孝
太
郎
と
健
三
。
健
三
「
な
か
な
か
美
味
い
な
」
22
ガ
ツ
ガ
ツ
と
食
べ
る
健
三
。
品
よ
く
食
べ
る
孝
太
郎
。
×
×
×
ほ
と
ん
ど
食
べ
終
わ
っ
た
頃
、
女
将
が
挨
拶
に
訪
れ
る
。
女
将
「
お
口
に
合
い
ま
し
た
で
し
ょ
う
か
」
孝
太
郎
「
そ
れ
は
も
う
、
美
味
し
く
頂
き
ま
し
た
」
女
将
「
そ
う
言
っ
て
頂
け
て
嬉
し
ゅ
う
ご
ざ
い
ま
す
」
笑
顔
の
女
将
。
顔
を
赤
ら
め
る
孝
太
郎
。
ニ
ヤ
ニ
ヤ
す
る
健
三
。
○
同
・
入
浴
場
(
夜
)
ひ
と
り
、
温
泉
に
浸
か
る
孝
太
郎
。
×
×
×
冷
水
で
顔
を
洗
う
。
○
同
・
部
屋
(
夜
)
部
屋
に
戻
っ
て
く
る
孝
太
郎
。
す
で
に
部
屋
は
消
灯
さ
れ
て
い
る
。
健
三
の
い
び
き
が
聞
こ
え
る
。
孝
太
郎
、
隣
の
布
団
に
入
る
。
眠
れ
ず
、
天
井
を
見
つ
め
た
ま
ま
の
孝
太
郎
。
健
三
「
孝
ち
ゃ
ん
、
あ
の
女
将
に
惚
れ
た
か
?
」
孝
太
郎
「
寝
て
な
か
っ
た
の
か
?
!
」
健
三
「
名
演
技
だ
っ
た
ろ
?
」
健
三
、
ヒ
ヒ
ヒ
と
笑
う
。
健
三
「
で
、
ど
う
だ
。
当
た
っ
て
る
だ
ろ
?
」
孝
太
郎
「
馬
鹿
言
う
ん
じ
ゃ
な
い
」
健
三
「
図
星
だ
な
?
だ
っ
て
、
あ
の
女
将
、
孝
ち
ゃ
ん
の
も
ろ
タ
イ
プ
だ
も
ん
な
」
孝
太
郎
「
早
く
寝
る
ん
だ
」
健
三
「
あ
れ
、
顔
赤
く
な
い
?
」
孝
太
郎
「
こ
の
暗
さ
で
見
え
る
訳
な
い
だ
ろ
!
」
健
三
、
笑
う
。
健
三
「
照
れ
ん
な
っ
て
」
孝
太
郎
、
寝
返
り
を
打
っ
て
健
三
に
背
を
向
け
る
。
○
郡
山
市
内
(
早
朝
)
23
日
が
昇
っ
て
く
る
。
○
旅
館
・
部
屋
(
早
朝
)
目
が
覚
め
る
孝
太
郎
。
一
瞬
、
こ
こ
が
ど
こ
か
分
か
ら
ず
に
部
屋
を
キ
ョ
ロ
キ
ョ
ロ
見
る
。
横
に
は
、
布
団
か
ら
は
み
出
し
て
寝
て
い
る
健
三
が
い
る
。
孝
太
郎
「
そ
う
だ
っ
た
…
…
」
○
同
・
廊
下
(
朝
)
廊
下
に
出
る
孝
太
郎
。
孝
太
郎
の
頭
は
寝
癖
で
ハ
ネ
て
い
る
。
す
る
と
、
廊
下
の
奥
に
女
将
が
通
り
が
か
る
。
女
将
「
あ
ら
、
お
は
よ
う
ご
ざ
い
ま
す
」
孝
太
郎
「
お
、
お
は
よ
う
ご
ざ
い
ま
す
」
女
将
「
よ
く
お
休
み
に
な
れ
ま
し
た
?
」
女
将
の
爽
や
か
な
笑
顔
に
、
思
わ
ず
顔
が
赤
く
な
る
。
女
将
「
朝
ご
は
ん
は
8
時
で
よ
ろ
し
い
で
し
ょ
う
か
」
孝
太
郎
「
え
、
え
え
」
女
将
「
そ
れ
で
は
、
後
ほ
ど
伺
い
ま
す
ね
」
女
将
、
一
礼
し
て
去
っ
て
い
く
。
孝
太
郎
「
あ
、
あ
の
!
」
○
同
・
部
屋
(
朝
)
朝
食
を
と
っ
て
い
る
孝
太
郎
と
健
三
。
寝
癖
を
直
し
た
孝
太
郎
の
髪
型
は
、
い
つ
も
ど
お
り
整
っ
て
い
る
。
健
三
が
食
べ
な
が
ら
む
せ
る
。
健
三
「
も
う
一
泊
?
」
孝
太
郎
「
そ
う
だ
」
健
三
「
孝
ち
ゃ
ん
、
や
っ
ぱ
り
…
…
」
孝
太
郎
「
断
じ
て
違
う
」
孝
太
郎
、
漬
物
を
ポ
リ
ポ
リ
齧
る
。
健
三
、
そ
ん
な
孝
太
郎
を
じ
っ
と
見
る
。
孝
太
郎
「
桜
前
線
は
そ
ん
な
に
早
く
移
動
し
な
い
」
健
三
「
…
…
」
孝
太
郎
「
も
う
一
日
こ
こ
に
い
て
も
何
も
問
題
な
い
」
健
三
「
は
い
は
い
。
そ
う
い
う
事
に
し
と
い
て
や
る
24
よ
」
孝
太
郎
「
な
ん
だ
、
そ
の
言
い
方
は
!
」
健
三
、
味
噌
汁
を
す
す
り
な
が
ら
孝
太
郎
を
見
る
。
に
や
け
た
目
つ
き
の
健
三
。
健
三
「
味
噌
汁
、
う
ま
い
」
孝
太
郎
「
聞
い
て
る
の
か
?
」
健
三
「
聞
い
て
る
よ
」
孝
太
郎
「
だ
か
ら
、
な
ん
だ
そ
の
態
…
…
!
」
そ
の
瞬
間
、
女
将
が
入
っ
て
く
る
。
女
将
「
失
礼
い
た
し
ま
す
」
孝
太
郎
、
ス
ッ
と
真
顔
に
戻
る
。
澄
ま
し
た
顔
で
黙
々
と
漬
物
を
食
べ
る
孝
太
郎
。
そ
ん
な
孝
太
郎
を
面
白
そ
う
に
見
て
い
る
健
三
。
女
将
、
お
茶
を
置
い
て
出
て
行
く
。
黙
々
と
食
べ
る
孝
太
郎
と
健
三
。
気
ま
ず
い
顔
の
孝
太
郎
。
○
郡
山
市
内
桜
を
眺
め
て
い
る
孝
太
郎
。
健
三
は
い
な
い
。
ひ
と
り
静
か
に
桜
を
見
つ
め
る
孝
太
郎
。
持
っ
て
き
た
『
山
家
集
』
を
開
く
。
ペ
ー
ジ
を
眺
め
て
い
る
。
×
×
×
赤
い
キ
ャ
ッ
プ
帽
を
か
ぶ
っ
た
健
三
が
や
っ
て
来
る
。
健
三
「
お
待
た
せ
」
孝
太
郎
「
用
事
っ
て
何
だ
っ
た
ん
だ
?
」
健
三
「
野
暮
用
だ
よ
」
孝
太
郎
「
内
緒
に
し
な
き
ゃ
い
け
な
い
よ
う
な
こ
と
な
の
か
?
」
健
三
「
な
に
な
に
、
そ
ん
な
に
気
に
な
る
俺
の
こ
と
?
」
孝
太
郎
「
い
や
、
全
然
」
孝
太
郎
、
立
ち
上
が
っ
て
歩
き
出
す
。
つ
い
て
い
く
健
三
。
25
○
旅
館
・
ロ
ビ
ー
(
夕
)
孝
太
郎
と
健
三
が
戻
っ
て
く
る
。
女
将
が
二
人
に
気
づ
い
て
、
笑
顔
で
寄
っ
て
く
る
。
女
将
「
お
帰
り
な
さ
い
ま
せ
。
お
疲
れ
で
は
な
い
で
す
か
?
」
孝
太
郎
「
い
や
、
ぜ
ん
ぜ
…
…
」
健
三
「
疲
れ
た
!
」
孝
太
郎
、
肘
で
健
三
を
小
突
く
。
ニ
ヤ
つ
い
た
顔
の
健
三
。
女
将
「
そ
れ
で
し
た
ら
、
お
部
屋
に
マ
ッ
サ
ー
ジ
に
伺
い
ま
す
わ
」
ニ
ッ
コ
リ
と
微
笑
む
女
将
。
健
三
「
よ
ろ
し
く
!
」
孝
太
郎
「
…
…
」
顔
が
赤
い
孝
太
郎
。
○
同
・
部
屋
(
夕
)
そ
わ
そ
わ
し
て
い
る
孝
太
郎
。
健
三
は
競
馬
新
聞
を
読
ん
で
い
る
。
孝
太
郎
、
洗
面
所
に
入
る
。
○
同
・
洗
面
所
(
夕
)
急
い
で
伸
び
て
き
た
ヒ
ゲ
を
剃
る
孝
太
郎
。
コ
ン
コ
ン
、
と
ド
ア
を
叩
く
音
。
孝
太
郎
「
!
」
○
同
・
部
屋
(
夕
)
慌
て
て
飛
び
出
し
て
く
る
孝
太
郎
。
髪
型
を
直
し
、
笑
顔
を
作
っ
て
ド
ア
を
開
け
る
。
ド
ア
の
前
に
立
っ
て
い
た
の
は
、
中
年
男
性
。
マ
ッ
サ
ー
ジ
師
「
マ
ッ
サ
ー
ジ
に
伺
い
ま
し
た
!
」
中
年
の
マ
ッ
サ
ー
ジ
師
が
に
こ
や
か
な
笑
顔
で
部
屋
に
入
っ
て
く
る
。
孝
太
郎
「
…
…
」
健
三
、
腹
を
抱
え
て
笑
っ
て
い
る
。
○
同
・
脱
衣
所
(
夜
)
温
泉
か
ら
上
が
っ
て
き
た
孝
太
郎
が
着
替
え
26
て
い
る
。
腕
時
計
を
脱
衣
所
の
カ
ゴ
の
中
に
置
き
忘
れ
た
ま
ま
出
て
行
く
。
○
同
・
部
屋
(
夜
)
窓
際
の
ソ
フ
ァ
で
『
山
家
集
』
を
読
ん
で
い
る
。
健
三
、
立
ち
上
が
る
。
健
三
「
ち
ょ
っ
と
コ
ン
ビ
ニ
行
っ
て
く
る
」
ド
ア
を
開
け
て
出
て
行
こ
う
と
す
る
健
三
。
健
三
「
お
っ
!
こ
ん
ば
ん
は
」
女
将
の
声
「
こ
ん
ば
ん
は
」
孝
太
郎
「
!
」
女
将
の
声
が
聞
こ
え
、
驚
い
て
立
ち
上
が
る
孝
太
郎
。
健
三
「
孝
ち
ゃ
ん
中
に
い
る
か
ら
」
そ
う
言
っ
て
、
出
か
け
て
い
く
健
三
。
女
将
が
し
ず
し
ず
と
部
屋
に
入
っ
て
く
る
。
孝
太
郎
、
咄
嗟
に
サ
イ
ド
テ
ー
ブ
ル
に
置
い
て
あ
っ
た
妻
の
写
真
立
て
を
裏
に
し
て
倒
す
。
女
将
「
こ
の
時
計
、
お
忘
れ
で
は
?
」
女
将
の
手
に
は
孝
太
郎
の
腕
時
計
が
。
孝
太
郎
「
あ
!
そ
う
で
す
。
私
の
で
す
」
女
将
「
良
か
っ
た
、
脱
衣
所
に
あ
り
ま
し
た
の
」
女
将
、
孝
太
郎
に
腕
時
計
を
手
渡
す
。
女
将
の
手
が
孝
太
郎
の
手
に
触
れ
る
。
女
将
「
そ
れ
で
は
、
お
や
す
み
な
さ
い
」
出
て
い
こ
う
と
す
る
女
将
。
孝
太
郎「
あ
、あ
の
、こ
の
仕
事
は
長
い
ん
で
す
か
?
」
女
将
、
ち
ょ
っ
と
驚
い
た
顔
で
振
り
返
る
。
女
将
「
こ
の
仕
事
自
体
は
三
年
く
ら
い
や
っ
て
お
り
ま
す
。
そ
の
前
は
漁
港
で
働
い
て
お
り
ま
し
た
」
孝
太
郎
「
漁
港
?
へ
え
、
ど
ち
ら
の
?
」
女
将
「
…
…
福
島
の
海
側
の
町
で
す
わ
」
孝
太
郎
「
…
…
そ
う
で
し
た
か
」
女
将
「
…
…
」
孝
太
郎
「
…
…
」
女
将
「
私
の
故
郷
で
す
。
で
も
、
も
う
海
の
そ
ば
に
は
戻
れ
な
い
か
も
し
れ
ま
せ
ん
」
孝
太
郎
「
…
…
」
27
孝
太
郎
、
言
葉
を
探
し
て
い
る
。
女
将
「
お
や
す
み
な
さ
い
ま
せ
」
笑
顔
で
ド
ア
を
閉
め
る
女
将
。
孝
太
郎
「
お
や
す
み
な
さ
い
…
…
」
パ
タ
ン
、
と
ド
ア
が
静
か
に
閉
ま
る
。
孝
太
郎
「
…
…
」
サ
イ
ド
テ
ー
ブ
ル
の
上
に
、
さ
っ
き
孝
太
郎
が
倒
し
た
写
真
立
て
。
孝
太
郎
、
そ
っ
と
写
真
立
て
を
手
に
取
る
。
孝
太
郎
「
す
ま
な
か
っ
た
、
幸
子
」
孝
太
郎
、
写
真
の
中
の
幸
子
に
頭
を
下
げ
る
。
微
笑
み
か
け
る
写
真
の
中
の
妻
。
○
コ
ン
ビ
ニ
(
夜
)
R
1
8
雑
誌
コ
ー
ナ
ー
で
袋
と
じ
を
見
よ
う
と
し
て
い
る
健
三
。
×
×
×
ビ
ニ
ー
ル
袋
を
下
げ
て
出
て
く
る
健
三
。
袋
か
ら
タ
バ
コ
を
取
り
出
し
、
火
を
点
け
る
。
煙
を
吸
い
込
む
。
健
三
、
小
さ
く
咳
を
す
る
。
○
旅
館
・
部
屋
(
夜
)
音
を
立
て
な
い
よ
う
に
入
っ
て
く
る
健
三
。
健
三
、
寝
て
い
る
孝
太
郎
を
覗
き
込
む
。
孝
太
郎
「
明
日
は
出
発
す
る
」
健
三
「
い
い
の
か
?
」
孝
太
郎
「
い
い
ん
だ
」
健
三
「
…
…
」
寝
返
り
を
う
つ
孝
太
郎
。
○
同
・
玄
関
(
朝
)
旅
行
鞄
を
手
に
出
て
く
る
孝
太
郎
と
健
三
。
二
人
の
後
ろ
で
、
女
将
が
深
々
と
お
辞
儀
を
し
て
見
送
っ
て
い
る
。
健
三
、
赤
い
キ
ャ
ッ
プ
帽
を
女
将
に
向
か
っ
て
振
る
。
○
走
る
電
車
(
朝
)
朝
日
に
照
ら
さ
れ
て
、
光
る
車
体
。
28
○
走
る
電
車
・
車
内
(
朝
)
孝
太
郎
と
健
三
が
並
ん
で
座
っ
て
い
る
。
○
駅
電
車
が
止
ま
り
、
ド
ア
が
開
く
。
通
学
の
高
校
生
た
ち
が
大
勢
乗
っ
て
く
る
。
み
ん
な
同
じ
制
服
を
着
て
い
る
。
そ
の
中
の
一
人
、
若
見
理
沙
(
17
)
が
孝
太
郎
と
健
三
の
向
か
い
に
座
る
。
他
の
高
校
生
は
友
達
同
士
で
楽
し
そ
う
に
話
し
て
い
る
。
ひ
と
り
ぼ
っ
ち
の
理
沙
、
イ
ヤ
ホ
ン
を
し
た
ま
ま
ジ
ッ
と
車
窓
を
眺
め
て
い
る
。
×
×
駅
に
停
車
し
た
時
、
そ
の
高
校
生
の
集
団
が
降
り
て
い
く
。
座
っ
た
ま
ま
降
り
な
い
理
沙
。
孝
太
郎
「
…
…
」
発
車
の
ベ
ル
が
鳴
る
。
そ
れ
で
も
降
り
な
い
理
沙
。
気
に
し
つ
つ
も
、
声
は
か
け
な
い
孝
太
郎
。
健
三
「
あ
ん
た
、
降
り
な
く
て
い
い
の
か
?
」
イ
ヤ
ホ
ン
で
聞
こ
え
て
い
な
い
理
沙
。
健
三
「
お
い
!
み
ん
な
こ
こ
で
降
り
て
る
ぞ
。
降
り
な
い
と
い
け
な
い
ん
じ
ゃ
な
い
の
か
?
」
理
沙
、
相
変
わ
ら
ず
反
応
が
な
い
。
健
三
が
理
沙
の
肩
を
た
た
く
。
同
時
に
、
電
車
の
ド
ア
が
閉
ま
り
、
発
車
し
て
し
ま
う
。
健
三
「
あ
~
あ
。
こ
い
つ
は
遅
刻
だ
な
」
理
沙
「
お
じ
さ
ん
、
う
る
さ
い
」
イ
ヤ
ホ
ン
を
外
す
理
沙
。
健
三
、
ム
ッ
と
し
た
顔
。
健
三
「
何
だ
と
!
」
孝
太
郎
、
健
三
の
肩
を
押
さ
え
る
。
孝
太
郎
「
君
の
仲
間
た
ち
、
今
の
駅
で
降
り
て
た
ぞ
。
同
じ
学
校
な
ん
だ
ろ
う
?
」
理
沙
「
…
…
」
イ
ヤ
ホ
ン
を
ま
た
耳
に
当
て
る
理
沙
。
健
三
「
な
ん
だ
、
サ
ボ
り
か
?
」
29
面
白
そ
う
に
理
沙
を
見
る
健
三
。
理
沙
、
無
視
す
る
。
し
ば
ら
く
、
3
人
無
言
の
ま
ま
。
健
三
「
ま
さ
か
家
出
じ
ゃ
な
い
よ
な
」
理
沙
、
健
三
の
顔
を
見
て
小
さ
く
笑
う
。
理
沙
「
違
い
ま
す
ぅ
」
健
三
「
な
ん
だ
聞
こ
え
て
る
の
か
?
じ
ゃ
あ
、
さ
っ
き
も
返
事
し
ろ
よ
!
」
理
沙
、
車
窓
の
風
景
に
視
線
を
戻
す
。
健
三
「
で
、
今
日
は
ど
こ
行
く
ん
だ
?
」
孝
太
郎
「
三
春
の
滝
桜
を
見
に
行
こ
う
か
と
思
っ
て
る
」
理
沙
、
孝
太
郎
の
言
葉
を
聞
い
て
、
顔
を
上
げ
る
。
ま
た
イ
ヤ
ホ
ン
を
外
す
。
理
沙
「
ね
、
観
光
な
ら
案
内
し
て
あ
げ
よ
っ
か
。
ど
う
せ
ヒ
マ
だ
し
」
顔
を
見
合
わ
せ
る
孝
太
郎
と
健
三
。
理
沙
「
そ
の
代
わ
り
、
お
昼
奢
っ
て
よ
」
健
三
「
い
い
度
胸
し
て
ん
な
。
コ
イ
ツ
は
結
婚
し
た
ら
尻
に
敷
く
タ
イ
プ
だ
」
ふ
ふ
、
と
笑
う
理
沙
。
つ
ら
れ
て
笑
う
孝
太
郎
。
○
三
春
滝
桜
(
福
島
)
歩
い
て
い
る
孝
太
郎
と
健
三
。
2
人
の
前
を
歩
く
理
沙
。
理
沙
「
大
丈
夫
で
す
か
ぁ
」
歩
き
疲
れ
た
様
子
の
孝
太
郎
と
健
三
。
息
を
切
ら
し
な
が
ら
歩
い
て
い
る
。
理
沙
「
せ
っ
か
く
い
ろ
い
ろ
案
内
し
て
あ
げ
よ
う
っ
て
思
っ
て
た
の
に
、
そ
ん
な
ん
じ
ゃ
回
り
き
れ
な
い
よ
」
休
ん
で
い
る
孝
太
郎
と
健
三
。
理
沙
「
あ
っ
た
!
あ
れ
だ
よ
!
」
理
沙
が
指
差
し
た
先
、
2
人
の
行
く
手
に
大
き
な
枝
垂
れ
桜
が
現
れ
る
。
思
わ
ず
息
を
呑
む
孝
太
郎
。
理
沙
「
ほ
ら
、
頑
張
っ
て
!
」
小
走
り
で
先
を
行
く
理
沙
。
30
つ
い
て
い
く
孝
太
郎
と
健
三
。
○
滝
桜
の
下
孝
太
郎
、
滝
桜
を
見
上
げ
る
。
風
が
吹
く
た
び
に
舞
う
花
び
ら
。
孝
太
郎
「
い
ま
、
死
に
た
い
…
…
」
桜
に
見
入
る
孝
太
郎
。
健
三
「
こ
の
桜
、
何
年
く
ら
い
生
き
て
る
ん
だ
ろ
う
な
!
」
理
沙
「
千
年
く
ら
い
だ
っ
て
さ
」
孝
太
郎
「
千
年
…
…
」
健
三
「
そ
ん
だ
け
生
き
り
ゃ
、
さ
す
が
に
、
生
き
る
の
に
飽
き
て
る
だ
ろ
、
こ
い
つ
も
」
大
き
く
枝
を
揺
ら
す
滝
桜
。
周
り
に
は
多
く
の
観
光
客
。
み
ん
な
、
写
真
を
撮
っ
て
い
る
。
孝
太
郎
「
そ
う
か
も
な
…
…
」
桜
の
花
び
ら
が
一
片
、
孝
太
郎
の
掌
に
落
ち
る
。
理
沙
「
私
も
飽
き
た
な
ぁ
、
生
き
る
の
」
健
三
「
お
前
は
生
ま
れ
た
ば
か
り
だ
ろ
う
が
!
」
理
沙
「
ば
か
り
じ
ゃ
な
い
よ
。
も
う
結
構
生
き
た
気
が
す
る
」
健
三
「
生
意
気
言
っ
て
ら
ぁ
」
口
げ
ん
か
を
始
め
る
健
三
と
理
沙
。
そ
ん
な
2
人
を
離
れ
た
と
こ
ろ
か
ら
微
笑
ま
し
く
見
て
い
る
孝
太
郎
。
健
三
「
あ
っ
!
」
強
風
が
、
健
三
の
被
っ
て
い
た
赤
い
キ
ャ
ッ
プ
帽
を
飛
ば
す
。
健
三
「
待
て
!
」
飛
ん
で
い
く
キ
ャ
ッ
プ
を
追
い
か
け
る
健
三
。
そ
れ
を
笑
い
な
が
ら
見
て
い
る
孝
太
郎
と
理
沙
。
○
蕎
麦
屋
・
店
内
テ
ー
ブ
ル
席
で
蕎
麦
を
す
す
る
孝
太
郎
、
健
三
、
理
沙
。
健
三
の
頭
に
は
赤
い
キ
ャ
ッ
プ
帽
が
乗
っ
て
い
る
。
31
理
沙
「
私
、
カ
フ
ェ
行
き
た
か
っ
た
の
に
」
健
三
「
カ
フ
ェ
だ
あ
?
ご
馳
走
さ
れ
る
身
分
で
わ
が
ま
ま
抜
か
す
な
!
」
ズ
ズ
ー
ッ
と
音
を
立
て
て
蕎
麦
を
す
す
る
健
三
。
理
沙
「
ち
ょ
っ
と
、
う
る
さ
い
!
」
孝
太
郎
「
蕎
麦
は
ね
、
音
も
味
わ
う
も
の
な
ん
だ
よ
。
彼
の
場
合
は
少
し
音
立
て
す
ぎ
だ
け
ど
」
理
沙
「
ふ
ー
ん
」
理
沙
も
蕎
麦
を
す
す
っ
て
み
る
が
、
う
ま
く
す
す
れ
な
い
。
健
三
「
い
い
か
、
こ
う
や
る
ん
だ
」
健
三
、
勢
い
よ
く
す
す
り
過
ぎ
て
む
せ
る
。
理
沙
「
き
っ
た
な
い
!
」
笑
う
理
沙
と
咳
き
込
み
な
が
ら
も
楽
し
そ
う
な
健
三
。
思
わ
ず
孝
太
郎
も
笑
い
出
す
。
〇
同
・
店
の
外
勘
定
を
終
え
て
、
孝
太
郎
、
健
三
、
理
沙
が
出
て
く
る
。
孝
太
郎
「
本
当
に
今
日
は
助
か
っ
た
よ
」
理
沙
「
別
に
。
ヒ
マ
し
て
た
か
ら
」
孝
太
郎
「
高
校
生
だ
よ
ね
?
何
年
生
?
」
理
沙
「
来
年
卒
業
」
孝
太
郎
「
大
学
受
験
と
か
あ
る
だ
ろ
う
。
学
校
行
か
な
く
て
良
か
っ
た
の
か
い
?
」
理
沙
「
私
、
専
門
に
行
く
の
。
ほ
ぼ
100
%
進
学
で
き
る
か
ら
大
丈
夫
。
だ
か
ら
、
も
う
ヒ
マ
で
さ
」
健
三
「
そ
ん
な
も
ん
な
の
か
?
」
理
沙
「
そ
ん
な
も
ん
よ
」
孝
太
郎
「
…
…
」
理
沙
「
ね
、
駅
に
戻
る
前
に
、
桜
の
ト
ン
ネ
ル
行
こ
う
よ
!
」
○
道
路
走
る
レ
ン
タ
カ
ー
。
○
同
・
車
内
運
転
席
に
は
健
三
、
助
手
席
に
は
孝
太
郎
。
32
健
三
「
今
さ
ら
だ
け
ど
、
誘
拐
犯
だ
と
思
わ
れ
な
い
か
ね
、
俺
た
ち
」
孝
太
郎
「
う
う
む
」
そ
っ
と
後
部
座
席
を
振
り
返
る
と
、
理
沙
が
寝
息
を
立
て
て
い
る
。
孝
太
郎
「
不
安
に
な
っ
て
き
た
」
健
三
「
孝
ち
ゃ
ん
の
人
生
最
後
に
、
誘
拐
犯
の
汚
名
が
つ
く
な
ん
て
な
ぁ
…
…
」
孝
太
郎
「
馬
鹿
言
う
な
」
そ
う
言
い
つ
つ
、
後
部
座
席
の
理
沙
の
寝
顔
を
見
つ
め
る
孝
太
郎
。
○
夜
ノ
森
公
園
(
福
島
)
ど
こ
ま
で
も
続
く
桜
の
ト
ン
ネ
ル
。
そ
の
中
を
ゆ
っ
く
り
走
っ
て
い
く
レ
ン
タ
カ
ー
。
窓
か
ら
孝
太
郎
が
手
を
出
す
。
○
走
る
レ
ン
タ
カ
ー
・
車
内
孝
太
郎
、
桜
の
ト
ン
ネ
ル
を
見
上
げ
て
い
る
。
そ
の
向
こ
う
に
広
が
る
青
い
空
。
目
を
覚
ま
し
た
理
沙
が
窓
を
開
け
る
。
理
沙
「
ね
え
、
お
じ
さ
ん
っ
て
先
生
だ
っ
た
の
?
」
孝
太
郎
「
そ
う
だ
。
古
文
と
か
詩
歌
を
教
え
て
た
」
理
沙
「
芭
蕉
と
か
?
」
健
三
「
そ
う
そ
う
、
芭
蕉
!
」
孝
太
郎
「
私
は
西
行
法
師
が
好
き
で
ね
。
ず
っ
と
研
究
し
て
た
ん
だ
。
西
行
に
つ
い
て
の
本
を
出
版
し
た
こ
と
も
あ
る
」
健
三
「
ち
な
み
に
、
自
費
出
版
で
全
然
売
れ
な
か
っ
た
」
孝
太
郎
「
う
る
さ
い
ぞ
」
孝
太
郎
、
健
三
を
小
突
く
。
理
沙
「
そ
の
西
行
っ
て
人
の
何
が
好
き
な
の
?
」
孝
太
郎
「
富
も
若
さ
も
あ
っ
た
の
に
、
二
十
歳
そ
こ
そ
こ
で
す
べ
て
を
捨
て
て
出
家
し
た
ん
だ
」
理
沙
「
授
業
で
や
っ
た
か
も
。
確
か
奥
さ
ん
子
ど
も
を
捨
て
て
出
家
し
た
ん
じ
ゃ
な
か
っ
た
?
そ
ん
な
自
分
勝
手
な
男
の
ど
こ
が
い
い
の
?
」
33
健
三
「
そ
う
だ
そ
う
だ
!
」
理
沙
「
捨
て
る
く
ら
い
な
ら
、
親
に
な
ん
か
な
ん
な
き
ゃ
い
い
の
に
。
バ
カ
み
た
い
」
孝
太
郎
「
…
…
」
健
三
「
な
ん
だ
、
お
前
捨
て
ら
れ
た
の
か
?
」
孝
太
郎
「
健
三
!
」
理
沙
、
小
さ
く
笑
う
。
理
沙
「
そ
う
、
捨
て
ら
れ
た
」
健
三
、
ル
ー
ム
ミ
ラ
ー
越
し
に
理
沙
を
見
つ
め
る
。
理
沙
「
女
作
っ
て
出
て
行
っ
た
ん
だ
っ
て
。
よ
く
あ
る
話
で
し
ょ
?
」
健
三
「
…
…
」
運
転
す
る
健
三
の
顔
を
そ
っ
と
横
目
で
見
る
孝
太
郎
。
健
三
、
運
転
し
な
が
ら
自
分
の
顎
を
し
き
り
に
触
っ
て
い
る
。
理
沙
「
お
母
さ
ん
の
こ
と
も
、
私
の
こ
と
も
、
ど
う
で
も
よ
か
っ
た
ん
だ
よ
ね
、
あ
の
人
に
と
っ
て
は
」
健
三
「
…
…
後
悔
し
て
る
さ
」
理
沙
「
え
?
」
健
三
「
今
頃
後
悔
し
て
る
よ
、
親
父
さ
ん
」
健
三
、
じ
っ
と
前
を
見
て
い
る
。
理
沙
「
す
る
わ
け
な
い
じ
ゃ
ん
。
そ
ん
な
の
」
健
三
「
い
や
、
し
て
る
。
間
違
い
な
く
し
て
る
」
理
沙
「
な
ん
で
分
か
る
の
、
そ
ん
な
こ
と
!
」
健
三
「
俺
も
後
悔
し
て
る
か
ら
だ
!
」
理
沙
「
…
…
」
健
三
「
馬
鹿
だ
っ
た
…
…
。
そ
の
事
に
後
に
な
っ
て
気
づ
く
ん
だ
」
理
沙
「
…
…
」
孝
太
郎
「
…
…
」
健
三
「
で
も
、
気
づ
い
た
時
に
は
も
う
遅
い
」
沈
黙
す
る
車
内
。
理
沙
「
取
り
返
し
、
つ
か
な
か
っ
た
の
?
」
健
三
「
つ
か
な
か
っ
た
」
理
沙
「
そ
う
な
ん
だ
…
…
」
健
三
「
も
し
、
い
ま
親
父
さ
ん
が
戻
っ
て
き
た
ら
ど
う
す
る
?
」
理
沙
「
追
い
返
す
」
34
健
三
、
笑
う
。
健
三
「
そ
れ
で
い
い
。
去
っ
た
人
間
の
事
な
ん
て
、
忘
れ
た
方
が
い
い
ん
だ
。
忘
れ
て
、
自
分
の
人
生
を
生
き
れ
ば
い
い
」
孝
太
郎
「
…
…
」
健
三
、
カ
ー
ラ
ジ
オ
を
つ
け
る
。
陽
気
な
音
楽
が
流
れ
出
す
。
○
桜
の
ト
ン
ネ
ル
走
っ
て
い
く
レ
ン
タ
カ
ー
。
他
に
車
は
い
な
い
。
○
走
る
レ
ン
タ
カ
ー
・
車
内
健
三
が
ふ
ざ
け
て
ハ
ン
ド
ル
を
右
へ
左
へ
切
る
。
蛇
行
す
る
車
。
楽
し
そ
う
に
笑
う
理
沙
。
孝
太
郎
、
健
三
も
笑
顔
。
孝
太
郎
が
少
し
咳
き
込
む
。
孝
太
郎
の
顔
は
赤
い
。
痰
を
切
る
よ
う
に
咳
を
す
る
。
○
桜
の
ト
ン
ネ
ル
蛇
行
し
な
が
ら
走
っ
て
い
く
車
。
○
駅
前
ロ
ー
タ
リ
ー
(
夕
)
レ
ン
タ
カ
ー
が
止
ま
る
。
理
沙
が
降
り
る
。
続
け
て
、
孝
太
郎
と
健
三
も
降
り
て
く
る
。
○
駅
・
改
札
前
(
夕
)
見
送
る
孝
太
郎
と
健
三
。
理
沙
が
改
札
を
く
ぐ
ろ
う
と
す
る
。
孝
太
郎
「
待
っ
て
く
れ
!
」
振
り
返
る
理
沙
。
孝
太
郎
「
西
行
は
妻
子
を
捨
て
て
世
を
捨
て
た
と
言
わ
れ
て
る
け
ど
、
本
当
は
そ
う
じ
ゃ
な
い
と
私
は
思
っ
て
る
」
理
沙
「
…
…
」
理
沙
、
少
し
驚
い
た
顔
で
孝
太
郎
を
見
つ
35
め
る
。
孝
太
郎
「
西
行
は
出
家
し
た
後
も
、
ず
っ
と
娘
の
こ
と
を
気
に
か
け
て
い
た
ん
だ
。
西
行
の
歌
に
は
、
世
を
捨
て
た
は
ず
な
の
に
、
そ
れ
で
も
花
や
月
や
家
族
に
心
を
奪
わ
れ
る
自
分
の
弱
さ
を
詠
っ
た
歌
も
多
い
」
理
沙
「
…
…
」
健
三
「
…
…
」
孝
太
郎
「
捨
て
よ
う
と
し
て
も
捨
て
ら
れ
な
い
。
自
分
の
子
ど
も
な
ら
、
な
お
さ
ら
そ
う
だ
」
理
沙
「
…
…
」
孝
太
郎
「
私
に
は
子
ど
も
は
い
な
い
。
で
も
、
そ
う
い
う
も
ん
だ
ろ
う
、
親
っ
て
い
う
の
は
」
そ
う
言
っ
て
、
健
三
を
振
り
返
る
。
健
三
「
当
た
り
前
だ
。
い
つ
も
心
配
し
て
る
さ
」
理
沙
「
…
…
な
ん
で
、
そ
ん
な
話
す
ん
の
?
」
孝
太
郎
「
な
ん
と
な
く
、
だ
」
理
沙
「
…
…
」
孝
太
郎
「
余
計
に
こ
と
だ
っ
た
ら
す
ま
な
い
。
で
も
、
君
に
は
伝
え
た
か
っ
た
ん
だ
」
理
沙
「
…
…
」
駆
け
足
で
改
札
を
通
り
抜
け
て
い
く
理
沙
。
そ
の
後
姿
を
見
送
る
孝
太
郎
と
健
三
。
電
車
が
ホ
ー
ム
に
入
っ
て
く
る
。
○
同
・
ホ
ー
ム
の
見
え
る
道
(
夕
)
こ
ち
ら
に
背
を
向
け
た
ま
ま
、
電
車
に
乗
り
込
む
理
沙
。
健
三
「
孝
ち
ゃ
ん
の
言
い
た
か
っ
た
こ
と
、
た
ぶ
ん
伝
わ
っ
た
よ
」
孝
太
郎
「
…
…
」
発
車
の
ア
ナ
ウ
ン
ス
が
小
さ
く
聞
こ
え
て
く
る
。
健
三
「
難
し
い
よ
な
」
孝
太
郎
「
子
ど
も
の
い
な
い
私
に
は
、
所
詮
分
か
ら
な
い
こ
と
な
の
か
も
な
」
健
三
「
随
分
弱
気
だ
ね
。
先
生
だ
っ
た
く
せ
に
」
孝
太
郎
「
私
に
だ
っ
て
分
か
ら
な
い
こ
と
は
あ
る
」
健
三
「
大
丈
夫
。
あ
の
子
は
分
か
っ
た
さ
」
孝
太
郎
「
…
…
そ
う
か
な
」
36
電
車
を
見
送
る
孝
太
郎
。
孝
太
郎
「
あ
…
…
!
」
理
沙
が
一
瞬
、
こ
ち
ら
を
振
り
返
っ
た
。
車
内
か
ら
、
笑
顔
で
手
を
振
る
理
沙
。
孝
太
郎
と
健
三
も
大
き
く
手
を
振
り
返
す
。
走
っ
て
い
く
電
車
の
音
。
無
人
に
な
っ
た
ホ
ー
ム
。
孝
太
郎
「
健
三
、
お
前
を
信
じ
る
よ
」
健
三
「
え
?
」
孝
太
郎
「
伝
わ
っ
た
っ
て
、
信
じ
る
よ
」
健
三
「
も
ち
ろ
ん
」
ロ
ー
タ
リ
ー
を
歩
く
孝
太
郎
と
健
三
。
健
三
、
腕
時
計
を
確
認
す
る
。
健
三
「
車
返
す
ま
で
あ
と
1時
間
か
」
孝
太
郎
「
な
あ
、
健
三
」
健
三
「
ん
?
」
孝
太
郎
「
後
悔
し
て
た
ん
だ
な
」
健
三
「
俺
は
孝
ち
ゃ
ん
と
違
っ
て
馬
鹿
だ
か
ら
な
。
失
っ
て
か
ら
よ
う
や
く
気
づ
い
た
」
孝
太
郎
「
…
…
も
う
会
い
に
行
か
な
い
の
か
?
」
健
三
「
今
さ
ら
、
行
け
な
い
だ
ろ
」
孝
太
郎
「
で
も
」
健
三
「
さ
、
行
く
ぞ
!
」
赤
い
キ
ャ
ッ
プ
帽
を
深
々
と
被
り
直
し
、
歩
い
て
い
く
健
三
。
た
め
息
を
つ
い
て
、
後
を
追
う
孝
太
郎
。
健
三
「
に
し
て
も
、
今
日
は
楽
し
か
っ
た
な
」
孝
太
郎
「
あ
あ
、
楽
し
か
っ
た
」
健
三
「
お
、
い
い
ね
!
じ
ゃ
、
死
ぬ
の
、
や
め
る
か
?
」
ハ
ッ
と
立
ち
止
ま
る
孝
太
郎
。
孝
太
郎
「
そ
う
だ
っ
た
、
死
ぬ
た
め
に
来
た
の
に
、
す
っ
か
り
忘
れ
て
た
」
健
三
「
こ
の
後
は
ど
う
す
る
?
帰
る
か
?
」
孝
太
郎
「
も
う
戻
ら
な
い
と
決
め
て
出
て
き
た
ん
だ
。
こ
の
ま
ま
北
上
す
る
」
健
三
、
小
さ
く
た
め
息
を
つ
く
。
健
三
「
北
北
北
に
進
路
を
取
れ
っ
て
ね
。
ん
?
何
か
そ
ん
な
名
前
の
映
画
あ
っ
た
な
…
…
」
孝
太
郎
「
ヒ
ッ
チ
コ
ッ
ク
だ
」
37
健
三
「
あ
ぁ
、
そ
う
そ
う
、
そ
れ
そ
れ
!
」
孝
太
郎
「
絶
対
知
ら
な
い
だ
ろ
」
レ
ン
タ
カ
ー
の
助
手
席
に
乗
り
込
も
う
と
し
た
孝
太
郎
、
突
然
、
体
が
ふ
ら
つ
く
。
健
三
「
孝
ち
ゃ
ん
?
」
孝
太
郎
、
膝
を
つ
い
て
苦
し
そ
う
に
息
を
し
て
い
る
。
健
三
「
孝
ち
ゃ
ん
!
?
」
孝
太
郎
に
駆
け
寄
る
健
三
。
健
三
「
大
丈
夫
か
?
」
答
え
な
い
孝
太
郎
。
健
三
「
病
院
行
く
か
?
」
首
を
振
る
孝
太
郎
。
孝
太
郎
「
入
院
さ
せ
ら
れ
た
ら
、
桜
が
…
…
」
駅
前
の
桜
が
、
強
風
で
散
る
。
健
三
が
周
囲
を
見
回
す
。
あ
る
一
点
で
視
線
を
止
め
る
。
健
三
「
仕
方
な
い
!
」
○
駅
前
の
ラ
ブ
ホ
テ
ル
・
外
観
外
装
は
メ
ル
ヘ
ン
ぽ
い
が
、
寂
れ
て
い
る
。
○
同
・
フ
ロ
ン
ト
無
表
情
の
フ
ロ
ン
ト
ス
タ
ッ
フ
。
目
の
前
に
は
、
し
な
だ
れ
か
か
っ
た
孝
太
郎
を
支
え
な
が
ら
、
部
屋
の
カ
ギ
を
受
け
取
る
健
三
の
姿
。
フ
ロ
ン
ト
ス
タ
ッ
フ
「
ご
ゆ
っ
く
り
ど
う
ぞ
」
健
三
「
サ
ン
キ
ュ
!
」
フ
ロ
ン
ト
ス
タ
ッ
フ
「
…
…
」
○
同
・
廊
下
半
ば
孝
太
郎
を
引
き
ず
る
よ
う
に
歩
い
て
い
く
健
三
。
カ
ギ
に
つ
け
ら
れ
た
ル
ー
ム
ナ
ン
バ
ー
の
部
屋
を
開
け
る
。
健
三
、
思
わ
ず
口
笛
を
鳴
ら
す
。
○
同
・
部
屋
ハ
ー
ト
柄
の
壁
紙
に
キ
ン
グ
サ
イ
ズ
の
ベ
ッ
38
ド
。
ベ
ッ
ド
の
真
上
の
天
井
に
は
鏡
。
小
さ
な
ミ
ラ
ー
ボ
ー
ル
も
つ
い
て
い
る
。
孝
太
郎
を
ベ
ッ
ド
に
寝
か
せ
る
健
三
。
孝
太
郎
「
大
丈
夫
だ
」
そ
う
言
っ
て
、
起
き
上
が
ろ
う
と
す
る
孝
太
郎
。
孝
太
郎
「
桜
を
…
…
見
に
行
く
」
健
三
「
本
気
で
言
っ
て
る
の
か
?
」
孝
太
郎
「
最
初
か
ら
本
気
だ
。
も
う
死
に
た
い
」
健
三
「
お
か
し
い
よ
。
そ
ん
な
死
ぬ
こ
と
ば
っ
か
り
考
え
て
」
孝
太
郎
「
死
ぬ
な
ら
桜
の
下
で
…
…
」
健
三
「
馬
鹿
だ
ろ
!
今
日
こ
ん
な
に
楽
し
か
っ
た
の
に
…
…
!
そ
れ
で
も
死
に
た
い
の
か
?
そ
ん
な
に
死
に
た
い
の
か
?
!
」
孝
太
郎
「
健
三
…
…
お
前
だ
っ
て
こ
の
年
齢
に
な
れ
ば
死
に
た
く
な
る
こ
と
あ
る
だ
ろ
う
?
」
健
三
「
!
」
孝
太
郎
「
体
は
言
う
こ
と
を
き
か
な
い
。
目
は
し
ょ
ぼ
し
ょ
ぼ
す
る
。
昔
は
あ
ん
な
に
読
め
た
本
だ
っ
て
、
今
で
は
読
む
気
力
が
な
い
」
健
三
「
い
つ
も
読
ん
で
る
だ
ろ
、
西
行
の
本
」
孝
太
郎
、
首
を
振
る
。
孝
太
郎
「
あ
れ
は
、
も
う
全
部
頭
の
中
に
入
っ
て
る
。
た
だ
ペ
ー
ジ
を
開
い
て
る
だ
け
だ
。
た
だ
の
ポ
ー
ズ
だ
よ
」
孝
太
郎
、
目
頭
を
押
さ
え
る
。
肩
を
震
わ
せ
て
い
る
孝
太
郎
を
見
つ
め
る
健
三
。
孝
太
郎
「
あ
の
滝
桜
じ
ゃ
な
い
が
、
も
う
疲
れ
た
よ
」
孝
太
郎
、
ベ
ッ
ド
の
上
に
う
ず
く
ま
る
。
孝
太
郎
「
い
っ
た
い
何
歳
ま
で
生
き
れ
ば
い
い
?
」
健
三
「
…
…
」
孝
太
郎
「
こ
の
老
い
た
体
で
、
い
つ
ま
で
…
…
」
健
三
「
楽
し
め
ば
い
い
じ
ゃ
な
い
か
!
た
だ
そ
れ
だ
け
の
事
だ
!
俺
だ
っ
て
体
は
し
ん
ど
い
さ
。
で
も
よ
、
だ
か
ら
っ
て
死
に
に
い
か
な
く
て
も
い
い
だ
ろ
?
!
そ
ん
な
に
死
に
た
い
の
か
?
」
孝
太
郎
「
…
…
」
39
健
三
、
鼻
を
す
す
る
。
健
三
「
と
り
あ
え
ず
、
薬
買
っ
て
く
る
か
ら
寝
て
ろ
!
」
そ
う
言
っ
て
、
部
屋
を
出
て
行
く
健
三
。
呆
然
と
見
送
る
孝
太
郎
。
○
同
・
フ
ロ
ン
ト
健
三
が
や
っ
て
く
る
。
健
三
「
こ
こ
か
ら
一
番
近
い
薬
局
ど
こ
?
」
フ
ロ
ン
ト
ス
タ
ッ
フ
「
薬
局
で
す
か
?
」
薬
局
ま
で
の
道
順
を
説
明
し
て
あ
げ
る
フ
ロ
ン
ト
ス
タ
ッ
フ
。
健
三
「
結
構
遠
い
な
。
悪
い
け
ど
、
地
図
描
い
て
く
ん
な
い
?
」
フ
ロ
ン
ト
ス
タ
ッ
フ
、
地
図
を
描
い
て
あ
げ
る
。
健
三
「
な
あ
、
元
気
が
な
い
時
は
何
買
え
ば
い
い
?
よ
く
効
く
や
つ
、
教
え
て
く
れ
よ
」
フ
ロ
ン
ト
ス
タ
ッ
フ
「
か
し
こ
ま
り
ま
し
た
」
○
ド
ラ
ッ
グ
ス
ト
ア
・
店
内
健
三
が
薬
剤
師
に
、
メ
モ
を
見
せ
る
。
健
三
「
こ
こ
に
書
い
て
あ
る
薬
ち
ょ
う
だ
い
」
薬
剤
師
「
…
…
少
々
お
待
ち
く
だ
さ
い
」
×
×
×
ド
ン
、
ド
ン
、
ド
ン
と
レ
ジ
に
並
ん
だ
、
あ
り
と
あ
ら
ゆ
る
種
類
の
精
力
増
強
剤
。
会
計
す
る
健
三
。
袋
を
手
渡
し
な
が
ら
、
優
し
く
微
笑
む
薬
剤
師
。
薬
剤
師
「
お
元
気
そ
う
で
何
よ
り
で
す
」
健
三
「
俺
は
元
気
満
々
な
ん
だ
け
ど
、
連
れ
が
ね
」
薬
剤
師
「
え
!
こ
れ
、
ご
自
分
の
で
は
な
く
?
」
健
三
「
連
れ
に
飲
ま
せ
る
ん
だ
よ
。
今
ホ
テ
ル
で
待
っ
て
る
ん
だ
」
薬
剤
師
「
…
…
な
る
ほ
ど
」
健
三
「
じ
ゃ
、
戻
る
わ
。
あ
り
が
と
ね
」
薬
剤
師
に
ウ
ィ
ン
ク
を
投
げ
て
、
店
を
出
て
行
く
健
三
。
薬
剤
師
「
お
大
事
に
ど
う
ぞ
…
…
」
40
○
ラ
ブ
ホ
テ
ル
・
部
屋
(
夜
)
ベ
ッ
ド
で
眠
り
続
け
る
孝
太
郎
。
近
く
の
テ
ー
ブ
ル
に
は
飲
み
終
わ
っ
た
精
力
増
強
剤
ド
リ
ン
ク
の
瓶
が
転
が
っ
て
い
る
。
孝
太
郎
「
う
う
」
う
な
さ
れ
て
い
る
孝
太
郎
。
健
三
は
ソ
フ
ァ
で
い
び
き
を
か
き
な
が
ら
寝
て
い
る
。
○
同
・
洗
面
所
(
朝
)
孝
太
郎
が
顔
を
洗
っ
て
い
る
。
す
っ
か
り
元
気
に
な
り
、
ス
ッ
キ
リ
し
た
顔
を
し
て
い
る
孝
太
郎
。
健
三
の
い
び
き
が
聞
こ
え
て
く
る
。
○
同
・
フ
ロ
ン
ト
(
朝
)
連
れ
だ
っ
て
エ
レ
ベ
ー
タ
ー
か
ら
降
り
て
く
る
孝
太
郎
と
健
三
。
そ
れ
に
気
づ
い
た
フ
ロ
ン
ト
ス
タ
ッ
フ
、
無
表
情
の
ま
ま
二
人
に
会
釈
す
る
。
健
三
「
昨
日
は
あ
り
が
と
う
。
お
陰
で
助
か
っ
た
」
孝
太
郎
も
深
々
と
お
辞
儀
を
す
る
。
フ
ロ
ン
ト
ス
タ
ッ
フ
「
そ
れ
は
、
何
よ
り
で
す
」
チ
ェ
ッ
ク
ア
ウ
ト
の
手
続
き
を
す
る
健
三
。
健
三
「
世
話
に
な
っ
た
な
」
健
三
、
フ
ロ
ン
ト
ス
タ
ッ
フ
に
手
を
差
し
出
す
。
そ
の
手
を
握
る
フ
ロ
ン
ト
ス
タ
ッ
フ
。
フ
ロ
ン
ト
ス
タ
ッ
フ
「
ま
た
の
ご
利
用
を
」
〇
桜
の
き
れ
い
な
公
園
一
言
も
喋
ら
な
い
健
三
。
孝
太
郎
「
健
三
、
昨
日
は
悪
か
っ
た
よ
」
健
三
「
…
…
」
孝
太
郎
「
で
も
な
、
私
は
最
後
ま
で
春
を
追
い
か
け
た
い
ん
だ
。
死
ぬ
る
か
ど
う
か
は
別
に
し
て
も
、
今
年
の
春
を
追
い
か
け
た
い
」
健
三
「
わ
か
っ
た
よ
。
お
供
し
ま
す
よ
」
そ
う
言
っ
て
笑
う
健
三
。
41
孝
太
郎
も
笑
う
。
○
ビ
ジ
ネ
ス
ホ
テ
ル
・
外
観
(
夜
)
古
び
た
ビ
ジ
ネ
ス
ホ
テ
ル
。
○
同
・
廊
下
(
夜
)
照
明
も
薄
暗
く
、
壁
紙
に
も
ヒ
ビ
が
入
っ
て
い
る
。
孝
太
郎
と
健
三
、
自
分
た
ち
の
部
屋
に
向
か
う
。
○
同
・
エ
レ
ベ
ー
タ
ー
(
夜
)
エ
レ
ベ
ー
タ
ー
を
待
っ
て
い
る
孝
太
郎
と
健
三
。
な
か
な
か
来
な
い
エ
レ
ベ
ー
タ
ー
。
や
っ
と
1
階
に
エ
レ
ベ
ー
タ
ー
が
着
く
。
ド
ア
が
開
く
と
、
中
か
ら
、
タ
バ
コ
を
く
わ
え
た
強
面
の
男
性
客
が
降
り
て
く
る
。
孝
太
郎
「
館
内
は
禁
煙
で
す
よ
」
男
性
客
、
孝
太
郎
を
ひ
と
睨
み
し
て
、
そ
の
ま
ま
出
て
行
く
。
健
三
「
な
ん
だ
、
あ
い
つ
」
○
同
・
客
室
(
夜
)
浴
衣
姿
の
孝
太
郎
と
健
三
が
テ
レ
ビ
を
見
な
が
ら
晩
酌
し
て
い
る
。
健
三
、
ビ
ー
ル
を
飲
み
な
が
ら
、
し
き
り
に
む
せ
て
い
る
。
孝
太
郎
「
大
丈
夫
か
?
」
健
三
「
大
丈
夫
、
大
丈
夫
!
」
テ
レ
ビ
で
は
、
夜
の
ニ
ュ
ー
ス
が
流
れ
て
い
る
。
健
三
「
…
…
孝
ち
ゃ
ん
」
目
を
見
開
い
て
、
テ
レ
ビ
画
面
を
凝
視
し
て
い
る
健
三
。
孝
太
郎
「
ど
う
し
た
?
」
テ
レ
ビ
を
指
差
す
健
三
。
つ
ら
れ
て
、
孝
太
郎
も
テ
レ
ビ
を
見
る
。
健
三
「
こ
れ
っ
て
、
あ
そ
こ
だ
よ
な
?
」
ハ
ッ
と
息
を
呑
む
孝
太
郎
。
42
孝
太
郎
「
…
…
」
孝
太
郎
、
驚
き
の
あ
ま
り
言
葉
が
出
な
い
。
健
三
「
旅
の
目
的
、
変
わ
っ
ち
ゃ
う
な
」
孝
太
郎
「
そ
ん
な
…
…
!
」
食
い
入
る
よ
う
に
テ
レ
ビ
を
見
る
2
人
。
○
テ
レ
ビ
画
面
周
辺
に
少
し
モ
ザ
イ
ク
が
か
け
ら
れ
て
い
る
が
、
大
藪
医
院
の
外
観
が
映
っ
て
い
る
。
続
い
て
、
パ
ト
カ
ー
に
乗
せ
ら
れ
る
大
藪
の
姿
が
チ
ラ
ッ
と
映
る
。
映
像
は
ス
タ
ジ
オ
に
切
り
換
わ
り
、
ア
ナ
ウ
ン
サ
ー
が
ニ
ュ
ー
ス
を
読
み
上
げ
る
。
ア
ナ
ウ
ン
サ
ー
「
こ
の
医
院
で
は
、
約
二
年
前
か
ら
誤
診
や
相
次
ぐ
医
療
ミ
ス
が
続
き
、
病
院
関
係
者
を
調
査
し
た
と
こ
ろ
、
こ
の
病
院
の
医
院
長
で
あ
る
大
藪
安
男
氏
の
息
子
、
大
藪
克
哉
容
疑
者
、
四
十
六
歳
が
医
師
免
許
を
持
っ
て
い
な
い
に
も
関
わ
ら
ず
、
診
察
を
行
っ
て
い
た
こ
と
が
判
明
し
ま
し
た
。
日
常
的
に
カ
ル
テ
の
取
り
違
い
等
の
ミ
ス
や
、
誤
診
が
起
き
て
い
た
も
の
と
み
て
、
本
日
、
業
務
停
止
命
令
が
出
さ
れ
ま
し
た
。
続
い
て
の
ニ
ュ
ー
ス
で
す
…
…
」
そ
こ
で
、
画
面
が
消
え
る
。
○
旅
館
・
客
室
(
夜
)
ビ
ー
ル
を
持
っ
た
ま
ま
固
ま
る
孝
太
郎
。
健
三
、
恐
る
恐
る
孝
太
郎
の
顔
を
見
る
。
孝
太
郎
「
…
…
」
健
三
「
俺
も
お
か
し
い
と
思
っ
て
た
ん
だ
よ
。
だ
っ
て
、
孝
ち
ゃ
ん
全
然
元
気
な
ん
だ
も
ん
」
孝
太
郎
「
な
ん
て
こ
と
だ
…
…
」
う
つ
む
い
て
頭
を
抱
え
る
孝
太
郎
。
健
三
「
明
日
さ
、
病
院
行
こ
う
!
そ
れ
で
セ
カ
ン
ド
オ
ニ
オ
ン
、
や
っ
て
も
ら
お
う
!
」
孝
太
郎
「
セ
カ
ン
ド
オ
ピ
ニ
オ
ン
な
…
…
。
オ
ニ
オ
ン
は
玉
ね
ぎ
だ
」
健
三
「
へ
?
」
孝
太
郎
、
思
わ
ず
吹
き
出
す
。
そ
の
ま
ま
笑
い
出
す
孝
太
郎
と
健
三
。
43
○
同
・
部
屋
(
深
夜
)
寝
て
い
た
孝
太
郎
、
ふ
と
目
が
覚
め
る
。
な
ぜ
か
部
屋
が
白
く
見
え
る
。
ぼ
ん
や
り
し
た
目
を
こ
す
る
孝
太
郎
。
孝
太
郎
「
!
」
孝
太
郎
、
慌
て
て
飛
び
起
き
る
。
匂
い
を
嗅
ぐ
。
孝
太
郎
「
健
三
!
」
孝
太
郎
、
急
い
で
廊
下
に
飛
び
出
る
。
○
同
・
廊
下
(
深
夜
)
廊
下
に
も
白
い
煙
が
漂
っ
て
い
る
。
孝
太
郎
、
浴
衣
の
袖
で
鼻
と
口
を
抑
え
な
が
ら
、
ド
ン
ド
ン
!
と
隣
の
部
屋
の
ド
ア
を
叩
く
。
孝
太
郎
「
健
三
!
起
き
ろ
!
」
叩
く
が
応
答
が
な
い
。
孝
太
郎
「
健
三
!
」
孝
太
郎
、
低
い
姿
勢
に
な
っ
て
、
ド
ア
を
強
く
叩
き
続
け
る
。
孝
太
郎
「
健
三
…
…
!
」
咳
き
込
む
孝
太
郎
。
そ
の
瞬
間
、
ド
ア
が
開
く
。
孝
太
郎
「
健
三
!
?
」
部
屋
の
中
か
ら
寝
ぼ
け
た
顔
の
健
三
が
出
て
く
る
。
健
三
「
な
ん
か
、
白
く
な
い
か
?
」
孝
太
郎
「
火
事
だ
、
馬
鹿
!
」
健
三
の
頬
を
叩
く
孝
太
郎
。
健
三
「
い
て
っ
!
」
続
け
て
反
対
側
の
頬
も
叩
く
。
健
三
「
い
て
て
!
」
健
三
、
涙
目
に
な
る
。
孝
太
郎
「
目
、
覚
め
た
か
?
行
く
ぞ
」
う
な
ず
く
健
三
。
○
同
・
階
段
(
深
夜
)
他
の
宿
泊
客
た
ち
も
異
変
に
気
が
つ
き
、
慌
て
て
逃
げ
て
い
る
。
44
館
内
は
薄
暗
く
、
非
常
口
の
緑
色
だ
け
が
煌
々
と
光
っ
て
い
る
。
孝
太
郎
、
健
三
の
腕
を
掴
ん
で
逃
げ
て
い
る
。
健
三
「
な
あ
、
聞
こ
え
な
い
か
?
」
孝
太
郎
「
な
に
が
?
」
健
三
「
ヒ
ュ
ル
ル
ー
っ
て
音
」
孝
太
郎
「
…
…
」
孝
太
郎
の
耳
に
も
、
ヒ
ュ
ー
と
い
う
落
下
音
が
聞
こ
え
て
く
る
。
○
東
京
下
町
(
回
想
・
昭
和
二
十
年
)
T
「
昭
和
二
十
年
三
月
十
日
未
明
」
夜
を
照
ら
す
赤
々
と
し
た
炎
。
焼
夷
弾
で
町
が
燃
え
て
い
る
。
○
同
・
民
家
(
回
想
・
未
明
)
防
空
壕
の
中
で
震
え
て
い
る
健
三
(
8
)。
ヒ
ュ
ー
と
い
う
音
が
絶
え
ず
聞
こ
え
て
い
る
。
ド
ー
ン
!
と
い
音
と
と
も
に
、
激
し
く
燃
え
上
が
る
炎
。
健
三
、
泣
い
て
い
る
。
ま
た
ヒ
ュ
ー
と
い
う
音
が
聞
こ
え
、
健
三
の
隠
れ
て
い
る
防
空
壕
の
す
ぐ
近
く
に
落
ち
る
。
健
三
「
!
」
ガ
タ
ガ
タ
と
震
え
て
動
け
な
い
健
三
。
炎
が
防
空
壕
に
迫
る
。
孝
太
郎
「
健
三
、
い
る
か
!
?
」
孝
太
郎
(
8
)
が
走
っ
て
防
空
壕
に
飛
び
込
ん
で
く
る
。
健
三
「
孝
ち
ゃ
ん
…
…
!
」
泣
い
て
い
る
健
三
。
孝
太
郎
、
健
三
の
手
を
引
っ
張
る
。
孝
太
郎
「
早
く
行
く
ぞ
!
」
ま
だ
泣
い
て
い
る
健
三
。
孝
太
郎
「
こ
こ
で
蒸
さ
れ
た
い
の
か
?
!
」
健
三
「
や
だ
!
」
孝
太
郎
「
よ
し
、
な
ら
行
く
ぞ
」
健
三
「
う
ん
!
」
○
同
・
東
京
都
内
(
回
想
・
深
夜
)
45
一
面
、
火
の
海
。
あ
ま
り
の
光
景
に
絶
句
す
る
健
三
。
健
三
「
孝
ち
ゃ
ん
、
こ
ん
な
中
、
助
け
に
来
て
く
れ
た
ん
か
?
」
孝
太
郎
「
走
る
ぞ
!
」
孝
太
郎
、
健
三
の
手
を
取
っ
て
走
り
出
す
。
炎
の
中
を
走
っ
て
い
く
二
人
。
強
く
握
ら
れ
た
孝
太
郎
と
健
三
の
幼
い
手
。
(
回
想
終
わ
り
)
○
ビ
ジ
ネ
ス
ホ
テ
ル
・
廊
下
(
深
夜
)
白
い
煙
が
充
満
し
始
め
た
館
内
。
健
三
の
腕
を
し
っ
か
り
と
掴
ん
で
い
る
孝
太
郎
の
節
く
れ
だ
っ
た
シ
ワ
の
多
い
手
。
そ
の
手
を
じ
っ
と
見
つ
め
る
健
三
。
健
三
「
…
…
」
孝
太
郎
「
な
ん
か
言
っ
た
か
?
」
健
三
「
い
や
、
俺
た
ち
年
取
っ
た
な
ぁ
」
孝
太
郎
「
何
言
っ
て
ん
だ
、
い
ま
さ
ら
」
健
三
、
笑
う
。
孝
太
郎
「
…
…
ま
だ
聞
こ
え
る
か
?
あ
の
音
」
健
三
「
い
や
、
も
う
聞
こ
え
な
い
」
孝
太
郎
、
振
り
向
い
て
笑
う
。
孝
太
郎
「
も
う
す
ぐ
出
口
だ
」
○
同
・
非
常
口
(
深
夜
)
脱
出
す
る
孝
太
郎
と
健
三
。
健
三
「
助
か
っ
た
…
…
!
」
孝
太
郎
も
息
を
切
ら
し
て
い
る
。
す
で
に
数
台
の
消
防
車
が
到
着
し
、
消
火
活
動
を
し
て
い
る
。
消
防
士
「
館
内
、
全
員
退
避
完
了
し
ま
し
た
!
」
深
夜
に
関
わ
ら
ず
、
た
く
さ
ん
の
野
次
馬
の
姿
が
あ
る
。
健
三
「
な
あ
、
孝
ち
ゃ
ん
。
あ
い
つ
!
」
健
三
の
指
差
す
先
を
見
る
孝
太
郎
。
孝
太
郎
「
あ
!
」
エ
レ
ベ
ー
タ
ー
で
す
れ
違
っ
た
タ
バ
コ
を
く
わ
え
た
男
が
警
察
か
ら
事
情
を
聞
か
れ
て
い
る
。
46
そ
の
ま
ま
パ
ト
カ
ー
に
乗
り
、
連
行
さ
れ
て
い
く
。
孝
太
郎
「
だ
か
ら
、
や
め
ろ
っ
て
言
っ
た
の
に
」
遠
ざ
か
る
パ
ト
カ
ー
を
見
送
る
孝
太
郎
と
健
三
。
○
フ
ァ
ミ
リ
ー
レ
ス
ト
ラ
ン
・
外
観
(
朝
)
全
国
チ
ェ
ー
ン
の
店
。
モ
ー
ニ
ン
グ
メ
ニ
ュ
ー
を
注
文
す
る
孝
太
郎
と
健
三
。
健
三
「
結
局
、
4
階
が
燃
え
た
け
ど
、
犠
牲
者
も
け
が
人
も
出
な
か
っ
た
し
、
良
か
っ
た
な
」
孝
太
郎
「
あ
そ
こ
で
死
ん
で
た
ら
、
こ
う
し
て
朝
飯
も
食
え
な
か
っ
た
」
健
三
「
…
…
」
孝
太
郎
を
見
る
健
三
。
健
三
「
桜
の
下
で
優
雅
に
死
ぬ
は
ず
だ
っ
た
の
に
、
あ
ん
な
と
こ
ろ
で
焼
か
れ
る
の
は
ご
め
ん
だ
よ
な
」
孝
太
郎
「
あ
あ
、
ご
め
ん
だ
」
そ
こ
へ
、
注
文
し
た
モ
ー
ニ
ン
グ
メ
ニ
ュ
ー
が
運
ば
れ
て
く
る
。
孝
太
郎
「
死
に
か
け
た
か
ら
、
お
腹
が
す
い
た
な
」
孝
太
郎
、
美
味
し
そ
う
に
ス
ク
ラ
ン
ブ
ル
エ
ッ
グ
を
口
に
運
ぶ
。
孝
太
郎
「
美
味
し
い
」
健
三
も
目
玉
焼
き
を
頬
張
る
。
健
三
「
最
高
だ
な
」
食
べ
続
け
る
孝
太
郎
と
健
三
。
×
×
×
平
ら
げ
た
皿
が
並
ぶ
。
コ
ー
ヒ
ー
を
飲
ん
で
い
る
孝
太
郎
。
オ
レ
ン
ジ
ジ
ュ
ー
ス
を
す
す
っ
て
い
る
健
三
。
×
×
×
孝
太
郎
が
立
ち
上
が
る
。
孝
太
郎
「
じ
ゃ
あ
、
行
く
か
」
健
三
「
ど
こ
へ
?
」
○
大
学
病
院
・
外
観
大
き
な
総
合
病
院
。
47
○
同
・
入
口
入
っ
て
く
る
孝
太
郎
と
、
孝
太
郎
に
腕
を
引
っ
張
ら
れ
な
が
ら
イ
ヤ
イ
ヤ
つ
い
て
い
く
健
三
。
健
三
「
俺
は
外
で
待
っ
て
る
か
ら
!
」
○
同
・
ロ
ビ
ー
診
察
の
順
番
を
待
つ
孝
太
郎
と
健
三
。
待
合
ロ
ビ
ー
に
い
る
の
は
大
半
が
高
齢
者
。
健
三
「
い
つ
来
て
も
病
院
は
嫌
だ
な
」
そ
わ
そ
わ
と
落
ち
着
か
な
い
様
子
の
健
三
。
心
配
そ
う
に
、
隣
に
座
る
健
三
を
見
る
孝
太
郎
。
孝
太
郎
「
い
つ
来
て
も
っ
て
、
結
構
来
る
の
か
?
」
健
三
「
い
や
…
…
」
孝
太
郎
「
…
…
」
健
三
「
や
っ
ぱ
り
、
俺
は
外
で
待
っ
て
る
よ
」
孝
太
郎
、
立
ち
上
が
り
か
け
た
健
三
の
腕
を
つ
か
ん
で
座
ら
せ
る
。
健
三
「
や
っ
ぱ
り
付
き
添
っ
て
ほ
し
い
な
ん
て
孝
ち
ゃ
ん
ら
し
く
な
い
よ
な
?
何
企
ん
で
る
?
」
そ
の
時
、
孝
太
郎
の
名
前
が
呼
ば
れ
る
。
勢
い
よ
く
立
ち
上
が
る
孝
太
郎
。
そ
の
ま
ま
健
三
を
引
っ
張
っ
て
、
診
察
室
に
入
っ
て
い
く
。
○
同
・
院
内
孝
太
郎
と
健
三
、
い
ろ
い
ろ
な
科
を
回
っ
て
、
精
密
検
査
を
受
け
て
い
る
。
ブ
ツ
ブ
ツ
文
句
を
言
っ
て
い
る
健
三
。
○
病
院
近
く
の
公
園
(
夕
)
健
三
が
ワ
ン
カ
ッ
プ
酒
を
あ
お
っ
て
い
る
。
健
三
「
孝
ち
ゃ
ん
に
騙
さ
れ
た
!
」
孝
太
郎
「
悪
か
っ
た
よ
」
健
三
「
付
き
添
い
な
ん
て
嘘
じ
ゃ
な
い
か
!
だ
ま
し
討
ち
だ
!
」
孝
太
郎
「
だ
ま
し
た
訳
じ
ゃ
な
い
。
徹
底
的
に
付
き
添
っ
て
も
ら
っ
た
だ
け
だ
」
48
健
三
、
拗
ね
て
い
る
。
孝
太
郎
「
明
日
の
午
後
に
は
検
査
結
果
が
出
る
そ
う
だ
」
健
三
「
俺
は
行
か
な
い
か
ら
な
!
」
孝
太
郎
、
た
め
息
を
つ
く
。
○
大
学
病
院
・
診
察
室
(
翌
日
・
夕
)
若
い
医
師
が
出
迎
え
る
。
孝
太
郎
と
健
三
、
診
察
室
に
入
っ
て
い
く
。
診
察
室
の
扉
が
静
か
に
閉
ま
る
。
○
同
・
ロ
ビ
ー
(
夜
)
外
来
時
間
も
終
わ
り
、
入
院
病
棟
へ
の
見
舞
い
客
し
か
い
な
い
ロ
ビ
ー
。
無
言
で
座
っ
て
い
る
孝
太
郎
と
健
三
。
健
三
「
い
や
ぁ
、
何
も
な
く
て
良
か
っ
た
な
!
」
笑
顔
の
健
三
。
俯
い
た
ま
ま
の
孝
太
郎
。
孝
太
郎
「
…
…
」
健
三
「
で
も
、
ま
あ
、
な
ん
だ
?
あ
の
ヤ
ブ
医
者
の
お
か
げ
で
、
孝
ち
ゃ
ん
と
最
後
の
旅
に
出
ら
れ
た
ん
だ
。
結
果
オ
ー
ラ
イ
っ
て
や
つ
だ
ろ
?
」
孝
太
郎
「
…
…
」
健
三
「
…
…
」
黙
り
込
む
二
人
。
誰
も
い
な
い
ロ
ビ
ー
に
西
日
が
射
し
て
い
る
。
健
三
「
俺
の
…
…
俺
に
と
っ
て
の
最
後
の
旅
だ
っ
た
ん
だ
な
」
孝
太
郎
「
…
…
」
健
三
「
こ
ん
な
偉
い
大
病
院
じ
ゃ
、
誤
診
っ
て
こ
と
も
な
さ
そ
う
だ
し
…
…
」
笑
っ
て
い
る
健
三
。
顔
を
上
げ
る
孝
太
郎
。
孝
太
郎
「
健
三
、
す
ま
な
か
っ
た
」
健
三
「
な
ん
で
、
孝
ち
ゃ
ん
が
謝
る
?
」
孝
太
郎
「
病
気
の
お
前
を
旅
に
連
れ
出
す
な
ん
て
」
健
三
「
俺
が
勝
手
に
付
い
て
き
た
ん
だ
」
孝
太
郎
「
も
っ
と
早
く
病
院
に
来
て
い
れ
ば
…
…
」
健
三
「
俺
も
病
院
は
嫌
い
だ
」
肩
を
震
わ
せ
る
孝
太
郎
。
49
健
三
「
俺
、
ひ
と
つ
だ
け
見
た
い
桜
が
あ
る
ん
だ
」
孝
太
郎
「
…
…
」
笑
顔
の
健
三
。
○
峠
道
を
走
る
バ
ス
(
朝
)
カ
ー
ブ
の
多
い
山
道
を
走
っ
て
い
く
バ
ス
。
○
同
・
車
内
(
朝
)
座
っ
て
い
る
孝
太
郎
と
健
三
。
黙
っ
た
ま
ま
の
外
の
景
色
を
見
て
い
る
。
○
バ
ス
停
バ
ス
か
ら
降
り
る
孝
太
郎
と
健
三
。
並
ん
で
歩
き
出
す
。
○
西
蔵
王
の
大
山
桜
(
山
形
)
ジ
ャ
ン
パ
ー
を
着
込
ん
で
い
る
孝
太
郎
と
健
三
。
健
三
「
高
原
だ
か
ら
、
や
っ
ぱ
り
寒
い
な
」
孝
太
郎
「
そ
う
だ
な
」
黙
々
と
歩
く
孝
太
郎
と
健
三
。
孝
太
郎
「
意
外
だ
な
、
健
三
に
も
憧
れ
の
桜
が
あ
っ
た
な
ん
て
」
健
三
、
鼻
を
す
す
る
。
健
三
「
俺
だ
っ
て
な
、
風
流
は
好
き
な
ん
だ
よ
」
孝
太
郎
「
初
耳
だ
」
健
三
「
孝
ち
ゃ
ん
、
俺
は
ね
、
た
っ
た
七
十
年
ば
か
し
一
緒
に
い
た
く
ら
い
で
底
が
見
え
る
ほ
ど
浅
い
奴
じ
ゃ
な
い
ん
だ
よ
」
孝
太
郎
「
そ
う
か
、
そ
れ
は
失
礼
し
た
」
健
三
「
孝
ち
ゃ
ん
、
俺
、
本
当
に
あ
ん
た
に
は
感
謝
し
て
る
」
思
わ
ず
健
三
を
見
つ
め
る
孝
太
郎
。
健
三
「
あ
の
空
襲
の
と
き
、
逃
げ
そ
び
れ
た
俺
を
探
し
に
来
て
く
れ
た
こ
と
、
死
ん
で
も
あ
の
恩
は
忘
れ
な
い
」
孝
太
郎
「
…
…
」
健
三
「
あ
の
時
か
ら
、
孝
ち
ゃ
ん
は
友
達
で
も
あ
り
、
兄
貴
で
も
あ
っ
た
」
孝
太
郎
「
…
…
」
50
健
三
、
咳
き
込
む
。
孝
太
郎
「
健
三
…
…
」
健
三
「
…
…
俺
は
さ
、
嬉
し
い
よ
」
孝
太
郎
「
え
?
」
健
三
「
先
に
死
ぬ
の
が
、
孝
ち
ゃ
ん
じ
ゃ
な
く
て
」
孝
太
郎
「
…
…
」
健
三
「
本
当
だ
」
孝
太
郎
「
私
は
、
悲
し
い
よ
」
目
頭
を
押
さ
え
る
健
三
。
孝
太
郎
、
健
三
の
肩
を
ポ
ン
ポ
ン
と
た
た
く
。
桜
の
花
び
ら
が
吹
い
て
く
る
。
孝
太
郎
「
目
的
地
は
近
い
な
。
ま
だ
行
け
る
か
?
」
健
三
「
も
ち
ろ
ん
、
余
裕
だ
」
再
び
歩
き
出
す
孝
太
郎
と
健
三
。
行
く
手
に
、
桜
が
見
え
て
く
る
。
緑
の
牧
草
地
に
立
つ
、
一
本
の
桜
の
木
。
そ
の
向
こ
う
に
は
、
山
形
の
市
街
地
が
小
さ
く
見
え
る
。
孝
太
郎
「
…
…
」
健
三
「
…
…
」
し
ば
ら
く
の
間
、
黙
っ
て
そ
の
風
景
を
見
つ
め
る
孝
太
郎
と
健
三
。
孝
太
郎
「
ど
う
し
て
、
こ
こ
に
?
」
健
三
、
ニ
ヤ
ッ
と
笑
っ
て
、
健
三
「
新
婚
旅
行
で
来
た
ん
だ
。
思
い
出
の
地
っ
て
や
つ
」
孝
太
郎
「
そ
う
か
」
健
三
「
本
当
は
さ
、
女
房
い
る
ら
し
い
ん
だ
よ
。
北
海
道
に
」
孝
太
郎
「
そ
う
な
の
か
?
!
」
健
三
「
実
は
数
年
前
に
ハ
ガ
キ
が
来
た
ん
だ
、
娘
か
ら
」
孝
太
郎
「
会
い
に
行
っ
た
の
か
?
」
首
を
振
る
健
三
。
孝
太
郎
「
な
ん
で
だ
?
」
健
三
「
ど
の
面
下
げ
て
、
行
け
る
ん
だ
?
」
孝
太
郎
「
…
…
」
ひ
と
際
、
強
い
風
が
吹
く
。
花
び
ら
が
一
斉
に
舞
い
散
る
。
健
三
「
な
あ
、
こ
の
ま
ま
北
海
道
ま
で
春
を
追
い
か
51
け
た
い
ん
だ
」
孝
太
郎
「
何
言
っ
て
る
…
…
」
健
三
「
ま
だ
ま
だ
い
け
る
」
孝
太
郎
「
…
…
分
か
っ
た
。
そ
の
代
わ
り
…
…
」
健
三
「
そ
の
代
わ
り
?
」
孝
太
郎
「
家
族
に
会
い
に
行
っ
て
来
な
さ
い
」
健
三
「
…
…
」
健
三
、
赤
い
キ
ャ
ッ
プ
帽
を
ぎ
ゅ
っ
と
握
り
締
め
る
。
孝
太
郎
「
今
更
で
も
い
い
じ
ゃ
な
い
か
」
孝
太
郎
、
桜
の
木
を
見
上
げ
て
つ
ぶ
や
く
。
孝
太
郎
「
追
い
か
け
る
も
の
じ
ゃ
な
い
の
か
も
な
」
健
三
「
…
…
何
が
?
」
孝
太
郎
「
春
は
、
待
つ
も
の
な
の
か
も
な
」
そ
の
言
葉
に
吹
き
出
す
健
三
。
健
三
「
こ
こ
ま
で
追
い
か
け
て
き
て
お
い
て
、
そ
れ
は
な
い
だ
ろ
!
」
大
笑
い
す
る
健
三
。
釣
ら
れ
て
孝
太
郎
も
笑
い
出
す
。
お
腹
を
抱
え
て
ひ
と
し
き
り
笑
っ
た
後
、
吹
っ
切
れ
た
よ
う
な
顔
の
孝
太
郎
と
健
三
。
孝
太
郎
、
健
三
の
肩
に
手
を
置
く
。
孝
太
郎
「
来
年
の
桜
も
、
一
緒
に
見
た
い
」
健
三
「
俺
も
だ
」
孝
太
郎
「
行
こ
う
か
」
健
三
「
あ
あ
」
桜
を
背
に
、
並
ん
で
歩
き
出
す
孝
太
郎
と
健
三
。
○
電
車
・
車
内
東
北
を
走
る
電
車
。
駅
弁
を
食
べ
な
が
ら
移
り
変
わ
る
外
の
景
色
を
眺
め
て
い
る
孝
太
郎
と
健
三
。
○
海
沿
い
の
町
震
災
の
爪
痕
の
残
る
風
景
を
前
に
、
じ
っ
と
佇
む
二
人
。
○
レ
ン
タ
カ
ー
屋
52
書
類
に
サ
イ
ン
し
て
い
る
孝
太
郎
。
○
走
る
レ
ン
タ
カ
ー
T
「
北
海
道
」
一
面
の
ラ
ベ
ン
ダ
ー
畑
の
な
か
を
走
る
。
○
同
・
車
内
運
転
し
て
い
る
の
は
孝
太
郎
。
助
手
席
の
健
三
、
咳
き
込
ん
で
い
る
。
○
ビ
ジ
ネ
ス
ホ
テ
ル
(
夜
)
全
国
チ
ェ
ー
ン
の
ホ
テ
ル
。
○
同
・
廊
下
(
夜
)
隣
同
士
の
部
屋
に
そ
れ
ぞ
れ
入
っ
て
い
く
孝
太
郎
と
健
三
。
孝
太
郎
「
明
日
は
室
蘭
だ
か
ら
、
7
時
起
き
だ
ぞ
」
健
三
「
は
い
は
い
、
起
き
て
な
か
っ
た
ら
起
こ
し
て
」
ブ
ン
ブ
ン
と
赤
い
キ
ャ
ッ
プ
帽
を
振
り
な
が
ら
、
部
屋
に
入
っ
て
い
く
健
三
。
孝
太
郎
「
自
分
で
起
き
な
さ
い
、
ま
っ
た
く
」
孝
太
郎
も
自
分
の
部
屋
に
入
る
。
○
同
・
孝
太
郎
の
部
屋
(
朝
)
部
屋
の
時
計
が
7
時
を
指
し
て
い
る
。
す
っ
か
り
支
度
を
終
え
た
孝
太
郎
。
○
同
・
廊
下
(
朝
)
隣
の
健
三
の
部
屋
を
ノ
ッ
ク
す
る
孝
太
郎
。
孝
太
郎
「
健
三
?
」
続
け
て
ノ
ッ
ク
す
る
。
孝
太
郎
「
…
…
」
し
つ
こ
い
く
ら
い
に
ノ
ッ
ク
し
続
け
る
。
孝
太
郎
「
…
…
」
ノ
ッ
ク
し
な
が
ら
、
泣
き
そ
う
に
な
る
孝
太
郎
。
×
×
×
フ
ロ
ン
ト
ス
タ
ッ
フ
が
駆
け
つ
け
て
、
ス
ペ
ア
キ
ー
で
鍵
を
開
け
る
。
中
に
入
る
孝
太
郎
。
53
そ
の
ま
ま
呆
然
と
立
ち
尽
く
す
。
○
大
学
病
院
・
ロ
ビ
ー
座
っ
て
待
っ
て
い
る
孝
太
郎
。
手
に
は
、
健
三
の
バ
ッ
グ
。
バ
ッ
グ
を
開
け
る
孝
太
郎
。
財
布
が
出
て
く
る
。
財
布
の
中
か
ら
、
紙
が
飛
び
出
し
て
い
る
。
引
っ
張
り
出
す
と
、
そ
れ
は
写
真
だ
っ
た
。
ま
だ
若
い
健
三
と
、
妻
、
そ
し
て
娘
が
写
っ
た
色
褪
せ
た
写
真
。
も
う
一
枚
、
ポ
ス
ト
カ
ー
ド
が
出
て
く
る
。
ポ
ス
ト
カ
ー
ド
を
見
て
、
息
を
呑
む
孝
太
郎
。
孝
太
郎
「
…
…
」
バ
ッ
グ
の
底
の
方
か
ら
、
何
か
の
手
帳
が
出
て
く
る
。
孝
太
郎
「
?
」
そ
れ
は
、
薬
局
で
配
布
さ
れ
て
い
る
お
薬
手
帳
。
中
を
開
く
と
、
こ
れ
ま
で
処
方
さ
れ
た
薬
が
印
字
さ
れ
た
シ
ー
ル
が
た
く
さ
ん
貼
っ
て
あ
る
。
孝
太
郎
「
…
…
」
そ
の
記
録
か
ら
、
同
じ
薬
が
い
つ
も
処
方
さ
れ
て
い
た
こ
と
が
分
か
る
。
ふ
と
、
影
が
で
き
て
顔
を
上
げ
る
孝
太
郎
。
そ
こ
に
医
師
が
立
っ
て
い
る
。
医
師
「
橋
本
健
三
さ
ん
で
す
が
、
心
臓
発
作
が
原
因
ん
で
お
亡
く
な
り
に
な
っ
た
よ
う
で
す
。
お
そ
ら
く
、
苦
し
ま
ず
に
逝
か
れ
た
と
思
い
ま
す
」
孝
太
郎
「
…
…
そ
う
で
す
か
」
医
師
、
お
辞
儀
を
し
て
立
ち
去
ろ
う
と
す
る
。
孝
太
郎
「
す
み
ま
せ
ん
、
こ
れ
は
何
の
薬
で
し
ょ
う
?
」
孝
太
郎
、
健
三
の
お
薬
手
帳
を
見
せ
る
。
医
師
「
こ
れ
は
、
抗
が
ん
剤
で
す
」
○
バ
ス
・
車
内
バ
ス
に
揺
ら
れ
て
い
る
孝
太
郎
。
手
に
は
健
三
の
赤
い
キ
ャ
ッ
プ
帽
が
握
ら
れ
54
て
い
る
。
先
ほ
ど
の
医
師
の
声
「
こ
れ
を
見
る
限
り
、
随
分
前
か
ら
飲
ま
れ
て
い
た
よ
う
で
す
ね
。
心
臓
に
負
担
も
か
か
っ
て
い
た
ん
で
し
ょ
う
」
孝
太
郎
、
窓
に
も
た
れ
る
。
孝
太
郎
の
目
か
ら
一
筋
の
涙
が
こ
ぼ
れ
る
。
孝
太
郎
「
…
…
」
堰
を
切
っ
た
よ
う
に
次
々
と
涙
が
あ
ふ
れ
る
。
孝
太
郎
の
前
に
ハ
ン
カ
チ
が
差
し
出
さ
れ
る
。
孝
太
郎
「
!
」
孝
太
郎
の
反
対
側
の
座
席
に
座
っ
て
い
た
青
年
・
大
森
直
也
(23
)
が
ハ
ン
カ
チ
を
差
し
出
し
て
い
る
。
受
け
取
る
孝
太
郎
。
直
也
「
ど
こ
行
く
ん
す
か
?
」
孝
太
郎
、
胸
ポ
ケ
ッ
ト
か
ら
一
枚
の
ポ
ス
ト
カ
ー
ド
を
差
し
出
す
。
草
原
の
中
の
一
本
桜
が
写
っ
て
い
る
ポ
ス
ト
カ
ー
ド
。
表
書
き
の
宛
名
は
、『
西
澤
健
三
様
』。
差
出
人
は
『
西
澤
美
乃
』。
住
所
は
室
蘭
市
内
。
直
也
「
奇
遇
で
す
ね
。
俺
も
こ
れ
か
ら
桜
見
に
行
こ
う
と
思
っ
て
た
ん
で
す
」
そ
う
言
っ
て
笑
う
直
也
。
孝
太
郎
「
ゴ
ー
ル
デ
ン
ウ
ィ
ー
ク
の
旅
行
か
い
?
」
直
也
「
そ
う
っ
す
。
就
職
試
験
全
滅
し
た
ん
で
、
ヤ
ケ
に
な
っ
て
飛
び
出
し
て
き
ま
し
た
」
孝
太
郎
「
そ
う
か
」
直
也
「
親
父
も
呆
れ
ま
く
っ
て
ま
す
よ
」
孝
太
郎
「
…
…
」
○
室
蘭
市
内
・
市
街
地
(
回
想
)
ポ
ス
ト
カ
ー
ド
の
差
出
人
の
住
所
を
探
し
て
い
る
孝
太
郎
。
手
に
は
健
三
の
バ
ッ
グ
。
○
同
・
ア
パ
ー
ト
・
外
観
(
回
想
)
古
い
2
階
建
て
の
ア
パ
ー
ト
。
『
西
澤
』
の
表
札
の
前
で
立
ち
止
ま
る
孝
太
55
郎
。
イ
ン
タ
ー
ホ
ン
を
押
す
。
「
は
ー
い
」
と
い
う
女
性
の
声
が
聞
こ
え
る
。
ド
ア
を
開
け
た
の
は
西
澤
美
乃
(
43
)。
美
乃
「
な
に
か
?
」
孝
太
郎
、
ポ
ス
ト
カ
ー
ド
を
差
し
出
す
。
美
乃
「
…
…
!
」
驚
い
て
、
孝
太
郎
を
見
つ
め
る
美
乃
。
孝
太
郎
「
健
三
は
、
彼
は
ず
っ
と
後
悔
し
て
い
ま
し
た
」
美
乃
「
…
…
」
健
三
の
バ
ッ
グ
を
手
渡
す
孝
太
郎
。
孝
太
郎
「
中
央
病
院
で
、
彼
は
待
っ
て
い
ま
す
」
美
乃
「
お
父
さ
ん
…
…
」
呆
然
と
し
て
い
る
美
乃
。
(
回
想
終
わ
り
)
○
走
る
バ
ス
・
車
内
直
也
に
向
か
っ
て
、
孝
太
郎
「
一
緒
に
行
こ
う
か
。
そ
の
桜
ま
で
」
直
也
「
い
い
っ
す
ね
」
○
北
海
道
・
室
蘭
市
の
岬
岬
に
咲
く
一
本
桜
。
桜
を
見
上
げ
る
孝
太
郎
と
直
也
。
直
也
「
き
れ
い
っ
す
ね
」
孝
太
郎
「
あ
あ
、
き
れ
い
だ
」
延
々
と
桜
を
見
つ
め
て
い
る
孝
太
郎
と
直
也
。
枝
を
揺
ら
す
風
。
舞
い
散
る
花
び
ら
。
孝
太
郎
「
…
…
」
直
也
「
マ
ジ
き
れ
い
」
ス
マ
ー
ト
フ
ォ
ン
で
連
写
し
て
い
る
直
也
。
じ
っ
と
見
つ
め
る
だ
け
の
孝
太
郎
。
直
也
「
写
真
、
撮
ら
な
く
て
い
い
ん
す
か
?
」
孝
太
郎
「
い
い
ん
だ
。
来
年
、
ま
た
来
る
か
ら
」
孝
太
郎
、
赤
い
キ
ャ
ッ
プ
帽
を
か
ぶ
る
。
桜
に
背
を
向
け
、
歩
き
出
す
孝
太
郎
。
直
也
も
一
緒
に
歩
き
出
す
。
孝
太
郎
、
赤
い
キ
ャ
ッ
プ
を
深
く
か
ぶ
り
直
56
す
。
孝
太
郎
「
来
年
も
、
一
緒
に
」
孝
太
郎
た
ち
を
見
送
る
よ
う
に
、
枝
を
振
る
桜
の
木
。
【
完
】
【
引
用
】
「
願
は
く
は
花
の
下
に
て
春
し
な
む
そ
の
如
月
の
望
月
の
こ
ろ
」
西
行
法
師
【
二
0
0
字
詰
め
換
算
:
212
枚
】