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EMSビジネスの概要と現状 シンガポールのフレクストロニクスを中心に A Summary of the Present EMS (Electronic Manufacturing Services) Business ---- Mainly on Flextronics International Singapore 野口 宏 (元関西大学)  Hiroshi NOGUCHI (formerly Kansai Univ.) 1. 成長の三角地帯 シンガポールと隣接するマレーシアのジョホール州およびインドネシアのバタム島 は、1990年代以降「成長の三角地帯」と呼ばれている。2008年8月、この地域の6 社の企業視察を行った。6社の概要と紀行見聞録を巻末に付す。 シンガポールはマレー半島先端にある島全体が一都市という都市国家である。琵琶 湖ぐらいの面積で、バーレーンに次いで小さい国である。香港に似て、食糧や水の多 くをマレーシアに依存している。 シンガポールはマラッカ海峡に面し、東西を結ぶ海運の要所を占めるところから、 早くから国際的な商業、金融、運輸が発展し、東南アジアのハブの役割も果たしてい る。1970年代からは韓国、台湾、香港とともにアジアNIEs(新興工業国家)の一 角を占め、電子製品や精密加工製品、医薬品の製造と輸出が発展した。パソコンの 裏ぶたを開ければ、シンガポール製品の一つや二つは目に付く。 人口は約450万人、うち永住者は約350万人で、他は外国籍居住者である。永住者 は中国系(華僑)が4分の3を占め、他にマレー系14%、インド系9%である。この ほかマレーシアからの通勤者もおり、東南アジアや中国からの出稼ぎ労働者も多い と聞くが、短期滞在者は人口に含まれないので実数は不明である。 輸出依存度が高いので世界同時不況の影響を強く受けている。通貨であるシンガ ポール・ドルは約80円で、物価はかなり高く感じたが、世界金融危機以来2009年初 頭には60円になった。 ジョホール州は人口330万人、州都ジョホールバルは約88万人で、シンガポールと は2つの橋で結ばれ、鉄道でも結ばれている。バタム島は人口73万人でシンガポー ー1 ー

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EMSビジネスの概要と現状シンガポールのフレクストロニクスを中心に

A Summary of the Present EMS (Electronic Manufacturing Services) Business

---- Mainly on Flextronics International Singapore

野口 宏 (元関西大学) 

Hiroshi NOGUCHI (formerly Kansai Univ.)

1. 成長の三角地帯

シンガポールと隣接するマレーシアのジョホール州およびインドネシアのバタム島

は、1990年代以降「成長の三角地帯」と呼ばれている。2008年8月、この地域の6

社の企業視察を行った。6社の概要と紀行見聞録を巻末に付す。

シンガポールはマレー半島先端にある島全体が一都市という都市国家である。琵琶

湖ぐらいの面積で、バーレーンに次いで小さい国である。香港に似て、食糧や水の多

くをマレーシアに依存している。

シンガポールはマラッカ海峡に面し、東西を結ぶ海運の要所を占めるところから、

早くから国際的な商業、金融、運輸が発展し、東南アジアのハブの役割も果たしてい

る。1970年代からは韓国、台湾、香港とともにアジアNIE s(新興工業国家)の一

角を占め、電子製品や精密加工製品、医薬品の製造と輸出が発展した。パソコンの

裏ぶたを開ければ、シンガポール製品の一つや二つは目に付く。

人口は約450万人、うち永住者は約350万人で、他は外国籍居住者である。永住者

は中国系(華僑)が4分の3を占め、他にマレー系14%、インド系9%である。この

ほかマレーシアからの通勤者もおり、東南アジアや中国からの出稼ぎ労働者も多い

と聞くが、短期滞在者は人口に含まれないので実数は不明である。

輸出依存度が高いので世界同時不況の影響を強く受けている。通貨であるシンガ

ポール・ドルは約80円で、物価はかなり高く感じたが、世界金融危機以来2009年初

頭には60円になった。

ジョホール州は人口330万人、州都ジョホールバルは約88万人で、シンガポールと

は2つの橋で結ばれ、鉄道でも結ばれている。バタム島は人口73万人でシンガポー

ー1ー

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ルよりやや小さい島である。シンガポールと3つのフェリー航路(約1時間)で結ば

れている。

本稿でとりあげるシンガポールのフレクストロニクス社は視察対象ではなかった

が、世界有数のEMS企業として知られている。そこでこの機会にEMSビジネスにつ

いて整理しておきたい。

2. EMSのビジネスモデル

EMS(Elec t ron ic Manu fac tu r ing Se rv i ce)というビジネスモデルは1980年

代に始まり、1990年代に大きく発展した(稲垣, 2001)(原田, 2001)(野口恒,

2003)(秋野, 2009)。

それは電子製造サービスという不思議な名称を持っている。EMSは電子機器メー

カから組み立てを受託する事業である。製造を委託するメーカはいわゆるファブレ

ス・メーカである。

似たようなコンセプトの事業は半導体分野にもあり、ファウンドリー(鋳物屋)と

呼ばれている。電子機器の中核である独自設計の電子回路は半導体に埋め込まれる。

この電子回路を半導体に埋め込む工程を受託するのがファウンドリーである。台湾の

TSMC社と今回視察したシンガポールのチャータード社が代表的企業である。

こうしたビジネス・モデルが成り立つ背景の1つは、エイサー社の施振栄会長が提

唱したスマイルカーブ(微笑曲線)理論である。これはデジタル製品の開発設計→部

品→組み立て→販売→サービスというサプライチェーンにおいて、両端の開発設計や

サービスの付加価値が高く、中央の組み立ての付加価値が低いということを表すカー

ブである。スマイルした口のように見えるのでスマイルカーブと呼ばれる。

もう1つの背景はモジュール生産である。パソコンは多くのメーカが製造発売する

汎用のモジュールを接続するだけで組み立てることができる。接続規格が標準化され

ているのである。パソコンショップでモジュールを選び、自分でパソコンを組み立て

るユーザも少なくない。コネクタでつなぐだけで調整も不要である。多くのデジタル

製品も同様であり、組み立ては単純作業である。

単純作業ならば人手に頼れず機械化が必要になる。機械化すれば、生産量に応じた

設備が要る。市場が予測可能ならばそれだけの設備を用意すればよい。だが今日で

は新製品がヒットするかしないかで出荷量は短期間に2桁も違うという。ヒットしな

ー2ー

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かった時に稼働率が下がる設備リスクがあまりに大きい。そこでメーカは製品企画と

ブランド販売という市場対応に特化し、製造はアウトソーシングするという選択がな

されることになる。

EMSの工程は組み立てといっても中心はマザーボードの組み立てである。これは

プリント基板に多数の電子部品を実装するプロセスである。単純なプロセスである

が、これを大量高速に実行するためにSMT(表面実装技術)が用いられる。EMSの

工場では多くの大型のSMTのラインを保有している。電子製品はどれも同じような

プリント基板が用いられるので、同じ装置で対応できるのである。

EMSは多くのメーカから組み立てを受託して、それぞれの製品をSMTラインで組

み立てる。市場への出荷量の増減があっても、生産能力をすばやく他の製品に振り向

けられるから、設備稼働率が下がることはない。EMSは低付加価値で高リスクの工

程を多数受託することによって量産効果とともにリスクを相殺するのである。メーカ

のリスクをヘッジして収益源とする保険会社のような機能を備えるといえよう。

ただし景気が後退して市場全体が縮小するとリスクを相殺できず、稼働率が下がっ

てしまい、付加価値が低いだけに赤字転落する恐れが大きいといえる。現に2008年

金融恐慌下でEMS各社は大きく失速しており、2009年には再編と集中が進むことに

なろう。

EMSは組み立てからはじまり、回路設計、資材調達、物流、アフターサービスの

領域にまで事業を拡大した。ファブレス・メーカはもっぱら製品の企画デザインとブ

ランド販売だけを行う。いいかえればマーケティングに直結した部分をメーカが担当

し、ルーチン的な部分はEMSが担当する。だから企画力があればメーカではなく小

売業でもEMSに委託して自社ブランドの製品を開発販売できる。

EMSにメリットがある条件はつぎのようなものである。

•低付加価値の工程

•製品寿命が短く、市場変動リスクが大きい

•部品や工程の共通性が大きい

一般にデジタル製品はこうした条件に当てはまるが、工程で差を付けるような製品

には向かない。EMSのメリットはリスクを低減しコストを下げることであるから、

規模の拡大とともにアジアに立地展開するケースが多い。ファブレス・メーカに転じ

た企業の工場を買収し、その企業から受託する場合が多く、メーカが自社の製造余力

を活用する形でEMSを行う場合もある。

ー3ー

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3. 主要なEMS企業

E M SはO EM(相手先ブランドでの製造)の一種だという見方がある(秋野 ,

2 0 0 9)。OEMとはもともと汎用機に独自機能を付加して再販するハイテクベン

チャーであるが、販売力が弱いのでブランドをもつ業者に販売を委託し、あるいはそ

うした業者から開発製造を受託するようになったものである。今日ではOEMという

用語はもっぱら後者の意味で用いられているが、前者の意味で用いられることもある

ので注意が必要である。

こうした製造受託はとりわけNIEs諸国で発達し、1990年代に中国の市場経済が発

展すると、中国に工場を立地した台湾企業が、競争関係にある日本のメーカ各社から

ラジオ、テレビなどエレクトロニクス、カメラ、時計など精密機器を中心に組み立て

を受託するというパターンが拡大した。そこでは低賃金を利用した労働集約的な作業

が中心になっている。

EMSは自社ブランドをもたず、製造のみ受託するという点ではOEMと同様である

が、実態はかなり異なる。シリコンバレーでOEMからの製造受託に始まった業態で

あること、メーカの工場を買収して規模が巨大であること、SMTをはじめ大規模な

設備を保有すること、コスト対策以上に変動市場における設備リスク吸収が背景にあ

ること、製造とともに物流やアフターサービスをも受託していること、普及品ではな

く最先端デジタル製品を受託すること、など他のOEMには見られない特徴を有して

いる。

ただし従来型のOEMでもデジタル製品の場合にはEMSと称する傾向があり、また

自社の生産余力を活用するためにEMSビジネスを行う事例も見られる。

代表的なEMS企業は下記の通りである。

•ソレクトロン社(ht tp : / /www. so l e c t r on . com/)2007年にフレクストロニク

ス社に買収される。

•ホンハイ社(鴻海精密工業:ht tp : / /www. foxconn .com/)

•WNC社(啓碁科技: h t tp : / /www.wneweb .com. tw/)

•フレクストロニクス社(ht tp : / /www. f l ex t ron ic s . com/)

•セレスチカ社(ht tp : / /www.ce le s t i ca . com/)

•サンミナSCI社(ht tp : / /www.sanmina .com/)

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日本には以上に匹敵する規模の独立したEMS企業はないが、以下のような例があ

る。

•シークス社(ht tp : / /www.s i i x . co . jp /)

•スリーテック社(ht tp : / /www4.a teng ineer. com/3 tec /)

企業内でEMS型事業を展開する事例もある。

2001年に設立されたソニーEMCS(h t t p : / / www. s o n y emc s . c o . j p /)がそれ

で、各事業部の製造機能を集約し、事業部で企画設計した製品の製造を受託してい

る。ソニーの製造子会社で、売上高3兆円の巨大企業である。正規従業員は9000人

であるが、10ヶ所の事業所では非正規労働者が多数であると思われる。

また船井電機(ht t p : / /www. f una i . j p /)は、北米市場を中心にテレビ、DVD、

プリンタ、デジカメなどをOEM生産している。受託先はウォルマートやコダックで

あるが、一部はFUNA IやPh i l i p sなどのブランドで販売している。日本では各社

DVDレコーダのOEMが中心であるが、ビクターの液晶テレビをOEM生産する例も

ある。売上高1400億円(日本では180億円)、従業員は1100人、香港の子会社お

よび中国の委託加工工場を含めた連結の従業員は16万人である。

4. ENSビジネスの概要代表的なEMS企業の概要を、各社ホームページなどに拠って以下に示す(稲垣,

2001)。

フレクストロニクス社1969年にJ.マッケンジーによりシリコンバレーで創業された。1980年にトッド、

サリヴァン、ワットの3人が買収し、1981年にシンガポールに工場を建てた。1990

年にシンガポール工場を除く工場を閉鎖、M.マークスがLBO(l e v e r a g e d b u y -

ou t)により買収、シンガポールに拠点を置くフレクストロニクスになった。1996

年から2001年の年間平均成長率は59%であった。現在のCEOはM.マクナマラであ

る。

20 0 7年にEMSの草分けである米ソレクトロン社を買収し、台湾のホンハイ(鴻

海)に次ぐEMS業界2位にある。従業員は11万人、売上高は360億米ドル(2007

年)である。

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ロケーションは中国10、米国8、マレーシア5、インド、ブラジル、メキシコ、ハ

ンガリー各3、フランス、ドイツ各2、シンガポール、台湾、カナダ、オーストリア、

デンマーク、アイルランド、イスラエル、イタリア、ノルウェイ、ポーランド、ス

エーデン、ウクライナ各1にあり、最大のものは中国広東省珠海市にある。

これらにはソレクトロン社から引き継いだところも多数含まれている。2008年恐

慌以降、21拠点の閉鎖が伝えられる。日本には6ヶ所に拠点があるが、製造拠点はな

い。

これまでの受託品目および受託先はゲーム機(マイクロソフト)携帯電話(ソ

ニー・エリクソン、モトローラ)デジカメ(カシオ、コダック)プリンタ(ヒュー

レット・パッカード)コピー機(ゼロックス)PDA(パーム)その他ノートパソコ

ン、コンシューマー電子製品、自動車向け電子機器、医療電子機器などである。

2003年にNHKスペシャル「地球市場・富の攻防」シリーズの7回目に、「影の巨

大メーカー・工場革命の衝撃」として取りあげられた。

ソレクトロン社1977年に設立されたEMSのパイオニアと目される企業で、本拠地はカリフォルニ

ア州のシリコンバレーである。当初の受託先が太陽エネルギー分野であった関係か

ら、ソーラーエレクトロンを略して社名にしたという。

創業者のR .クスモトは、シリコンバレーで増殖する電子企業(ベンチャービジネ

ス)からオーバーフローしたプリント基板組み立て(PCBA)のニーズにビジネス機

会を見いだした。革新的製品を生み出すハイテク企業は製造と流通をライバルよりも

速く効率的に行わねばならないことを、彼は早くから知っていた。そうした企業はサ

プライチェーンの始めから終わりまでトータルな支援を必要としていた。

1990年代に主要な電子企業が急速に変化する市場環境で競争力を保つためにアウ

トソーシングを拡大するにともない、ソレクトロンも成長した。そして組立能力の向

上、自動化と最新技術への投資に取り組み、将来の成長の土台を築いた。

クスモトを継いでCEO(1988 -2003)を務めたIBM出身のK.ニシムラは、ソレク

トロンを世界最大のEMS企業に発展させた。彼は厳格な認証基準を社内に浸透さ

せ、同社はマルコム・バルドリッジ全国品質賞を2回受賞した最初の企業となった。

ニシムラを継いだR.キャノンのもとで、ソレクトロンは業界リーダーの地位を維持

し、シックスシグマを導入し、統合サプライチェーンを顧客に提供した。製造拠点は

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当初のシリコンバレーからIBMパソコン工場多数の買収などにより、アジア、ヨー

ロッパ、南北アメリカの約50ヶ所に広がっている。そして世界の主要なハイテク企

業にグローバルな製造、SCM、プロダクトサイクル・サービスを提供している。

(ht tp : / /www.so lec t ron .com/abou t /h i s to ry.h tm)

主要な受託先はシスコ、エリクソン、ヒューレットパッカード、IBM、ルーセント

テクノロジー、モトローラ、NEC、ノテルネットワーク、サンマイクロシステムズな

どで、主要な製品はコンピュータ、ルータ、電話の関連機器である。

シスコ社のインターネット・ルータは世界で圧倒的なシェアを誇るが、同社はファ

ブレス・メーカであり、製造はソレクトロン社が担当しているのである。その後、航

空、医療、自動車に関連する産業向け、消費者向け機器にも市場を拡大している。

全世界の従業員は約5万人である。2007年にソレクトロン社は株式交換方式でシ

ンガポールのフレクストロニクス社に買収された。

ホンハイ社1974年に現CEOのテリー・ゴウ(郭台銘)により台北に設立され、コンピュータ

用のメモリのコネクタの売り込みに成功し急成長した。198 8年に深圳に工場を建

て、EMSビジネスに進出した。同工場は従業員27万人で、今も同社最大の規模を持

つ。1994年に米国と日本で開発センターを設けた。1998年に英国、1999年に米

国、2007年にチェコ、ハンガリー、ブラジル、ベトナム、インドに工場を建てた。

連結売上高500億ドル、従業員55万人(中国で45万人)と世界最大のEMS企業であ

る。パソコンのパーツ市場ではFoxconn(富士康)のブランド名をもつ。

主要な製品と受託先はマザーボード(インテル、AMD、デル)パソコン(デル、

ヒューレット・パッカード、アップル)家庭用ゲーム機(ソニー、任天堂、マイクロ

ソフト)iPodシリーズ(アップル)携帯電話(モトローラ、ノキア、アップル、ソ

ニーエリクソン)モデム(ソフトバンクBB)など。

セレスチカ社1994年にIBM子会社としてカナダのトロントに設立された。1996年にオネックス

社に買収され、EMSビジネスに進出した。1998年にIMS社、2001年にシンガポー

ルのオムニ社、2002年にNECの宮城工場、2005年にインドのラムニッシュ社など

20社を超える企業買収を重ねて事業を拡大した。

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今日の同社のロケーションは北米10、中南米3、ヨーロッパ6、アジア16(うち日

本3)、従業員4万人、売上高80億ドル(2007年)である。受託先はルーセント、

モトローラ、NECなど。

サンミナSCI社2002年にSC I社とサンミナ社が合併して、米国のサンノゼに本社を置くEMS大手

である。2001年に前身のSCI社がIBM野洲事業所のEMS部門を買収して拠点として

いる。医療機器関係のEMSが多く、パソコン組立については2008年にメキシコ工場

などをIBMのパソコン事業を継承したレノボ社およびEMS最大手のホンハイ社に売

却と伝えられる。

WNC社1996年に台湾の新竹市に設立され、携帯電話を中心にワイヤレス機器のEMSビジ

ネスを行っている。中国の深圳と昆山に工場、南京にソフト開発センターをもち、米

国に事務所を置く。

シークス社1992年に大阪の印刷機材大手のサカタインクス社海外事業部が分社化して設立さ

れた。1994年以降、中国広東省、フィリピン、シンガポール、香港、タイ、インド

ネシア(バタム島)、上海、台北、スロバキアに合弁工場、東莞に100%出資工場を

もちEMSビジネスを行っている。米国、ドイツ、ブラジルに事務所をもつ。1998年

シークスと改称した。製品は携帯電話、各種基盤実装である。

連結従業員は6500人、売上高は1600億円(2007年)である。

スリーテック社1991年に横浜に設立され、2001年に日韓の中小企業が参加するEMSビジネスグ

ループをスタートさせた(ht tp : / /www.ems - r 2 . com/ j p /)。事務局はコア企業で

あるスリーテック社に置かれ、参加企業は70社である(日刊工業新聞2008年2月4

日)。製品は多品種少量の電子機器の基盤実装で、設計・試作・部品調達の機能も備

える。受託先は独自開発を手懸ける中小製造業である。量産型のEMSとは異なるビ

ジネスモデルである。

ー8ー

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5. EMSビジネスは広がるかシリコンバレーに始まったEMSが、台湾やシンガポールに拠点をシフトさせた理

由はつぎのように考えられる。

EMSの受託先は米国を中心とする電子機器メーカであり、また調達先は米国とア

ジアのモジュール・メーカである。いずれもシリコンバレーから輩出し、やがて製造

拠点をアジアに移したものである。EMSはヒット製品のニーズをいち早くつかみ、

また最新のモジュールを素早く調達する必要がある。

とりわけ台湾は当初からシリコンバレーとの連携が密接で、OEMパソコンもいち

早く展開し、その後は大陸に工場立地を進めるなど、ハブとしての経済地理をフルに

生かした優位性をもつ。また情報通信の発展により市場もグローバル化し遠隔地との

コラボレーションが容易になった。そうした環境でEMSの重心が台湾にシフトする

のは予想される動きである。

米系EMSは台湾EMSへの対抗上、また中国リスクに対応するためもあり、シンガ

ポールを拠点に選んだのであろう。シンガポールは台湾と同じくNIEsの一角である

が、精密機器が中心でハイテク電子機器では台湾企業には一歩譲る。とはいえシン

ガポールは台湾以上のハブ機能をもち、低付加価値のEMSに向いているといえる。

もちろんすべての電子機器メーカがEMS委託の道を歩んでいるわけではない。パソ

コン業界トップのhp社はEMSに製造を委託しているが、IBMのパソコン事業を継承

したレノボは米国や中国において一定数の自社工場を維持している。自社工場と

EMSを使い分ける戦略をとる企業も少なくない。

ところでEMSは自らの製品をもたず、他社製品の製造を請け負うというビジネスモ

デルであるため、なかなか実態がつかみにくい。そこでこれを自動車業界と比較して

みよう。

今日の自動車は電装品の割合は増える一方で、ナビゲータなど付加システムだけで

なく本体機能にコンピュータ制御が幅広く導入され、なかば電子機器化している。将

来はコストの4割をエレクトロニクスが占めるとの予測もある。また一部の自動車

メーカはモジュール生産を試みるなど、生産システムにおいてもデジタル製品に近づ

いている面がある。

周知のように自動車メーカは主に組み立てを担当し、部品を下請けパーツメーカが

製造する形が多い。トヨタ・グループにはデンソーやアイシン精機といった一次下請

ー9ー

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けメーカがあり、その下に多くの系列企業が連なっている。ニッサンではカルソニッ

クカンセイ、愛知機械、ホンダでは八千代工業、ケーヒンなど。また矢崎総業(ワイ

ヤハーネス)やリケン(2007年の新潟中越沖地震で被災し、各社の製造ラインをス

トップさせたピストンリングのメーカ)など、系列を越えたパーツメーカもある。系

列下にあるパーツメーカも近年は系列外取り引きが増えている。

米国ではG Eとフォードの部品部門が相次いで独立し、それぞれデルファイ社

(1999年)とビステオン社(2000年)になった。業界共通のパーツ市場をつくり

出し、市場競争による効率化を狙ったのである。日本のパーツメーカも市場に参加し

ているが、組み立てメーカは参加していない。またヨーロッパではボッシュ社、ZF

社、ヴァレオ社など独立系のパーツメーカが参加している。

自動車メーカは組み立てとともに製品企画やカーローン事業などマーケティングに

特化し、パーツメーカはエンジンやトランスミッションなど主要なパーツの製造を請

け負うコントラクタである。これはデジタル製品におけるファブレス・メーカと

EMSの関係に似ているといえよう。

違いは次のような点にある。EMSはパーツを汎用モジュール・メーカから調達し、

製品組み立てと物流を担当する。コアとなる電子回路や外形デザインは製品ごとに異

なるが、パーツや組立工程はほとんど共通である。デジタル製品は不良パーツを使わ

ない限り、組み立て上の問題もほとんどない。

こうした低付加価値のプロセスでは工程の差別化ではなく、もっぱら高速大容量の

機械化を進め、プロセスの信頼性を高め、規模の利益を高めることが主な課題とな

る。そのためEMS企業の合併が相次ぐのであるが、利幅が低いだけに2008年恐慌に

よって世界全体の需要が減退すれば、赤字転落と工場の集約化が避けがたい。

自動車の機構部品はアナログなので精度の要求がシビアになる。藤本隆宏氏は組み

合わせ型のモジュラー・アーキテクチャと擦り合わせ型のインテグラル・アーキテク

チャという設計思想を提起した(藤本, 2 0 0 1)。デジタル製品は接続規格(イン

ターフェース)が標準化されており、汎用モジュールを適切に組み合わせれば作るこ

とができる。これはモジュラー・アーキテクチャである。

それに対して機械などアナログな製品の製造は個別対応(擦り合わせ)による工程

改善が不可欠である。これはインテグラル・アーキテクチャである。コンピュータ科

学では本来アーキテクチャは個別対応を無くすためのものであるから、擦り合わせ型

アーキテクチャというのは奇妙に響くが、ここでは脇に措いておく。

ー10ー

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こうしてみるとEMSはモジュラー・アーキテクチャに徹するところに成り立ってお

り、自動車のインテグラル・アーキテクチャの世界とは対照的に見える。だが自動車

でも電子装置については同様でEMSに製造委託したり、半導体はファウンドリー各

社に製造委託している。今後環境対応が進めば、エンジン制御や電気自動車などます

ます電子化の比重が高くなる。車載LAN規格の国際標準化も進められている(徳田,

2008)。

ただし自動車の電子装置は民生機器よりも信頼度への要求がきわめて高いこと、自

動車のモデルチェンジは民生用電子機器ほど頻繁でないことなど異なる背景があると

ころから、EMSモデルの進展には限界があるといえよう。

付録1 視察企業6社の概要

チャータード半導体台湾T SMC社に次いで世界有数の半導体ファウンドリー会社である(h t t p : / /

www. cha r t e r ed s em i . c om/)。政府系企業でIBM、インフィニオン、サムスン、

フリースケール、STマイクロ、東芝の各社と提携している。2008年3月、日立セミ

コンダクタ・シンガポールを買収した。日立製作所と三菱電機の半導体部門が統合し

たルネサス社には引き続き自動車用半導体を納入している。工場視察はセキュリ

ティ・チェックが厳重であった。

エプソン系3社中 核 の シ ン ガ ポ ー ル ・ エ プ ソ ン 社 ( S E P : h t t p : / / w w w . e p s o n -

p l a t i n g . c om . s g /)は1979年に開設された。開発設計と物流を担当し、製造はマ

レ ー シ ア ・ ジ ョ ホ ー ル の エ プ ソ ン ・ プ レ シ ジ ョ ン ( E P J : h t t p : / /

www. t r adenex . com/s i t e s /Epson /)とインドネシア・バタム島のPTEエプソンバ

タム(PEB: h t tp : / /www.epson . jp /os i ra se /2001/010410_2 .h tm)が分担して

いる。「成長の三角地帯」の典型的な連携パターンといえよう。

説明によれば賃金はシンガポール8、ジョホール2、バタム1の割合である。シンガ

ポール人の賃金は日本人と同等だが、福利厚生費は少ない。シンガポールは賃金は高

いが、関税が低く(IT製品はゼロ)、各種助成がある点が有利である。

ビジネス用に期待が大きいスキャナの開発をシンガポールに集約したのは、国内で

は売上げの大きいプリンタの開発に引きずられるからである。

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エプソンバタムは経済特区のバタミンド工業団地にある貸工場にあり、そこでは

37社(44%)が日本企業である。労働者はジャカルタなどで応募した出稼ぎ労働者

で、正規雇用は退職金が高く、非正規は規制がきびしい。日本人社員は週末に家族が

住むシンガポールで過ごす。

サンヨー精密1998年設立。バタム島で携帯電話のバイブレーション用振動モーターをセル生産

により製造し、ノキア、モトローラ、ソニーエリクソンのインド工場に納入している

(h t t p : / / www. sm t - s a n y o . c o . j p /)。一時、中国にシフトしたが、中国リスク

(品質不安、急な制度変更、元高、髙離職率)により戻ってきたという。

トモエ・バルブJ ICAのアドバイザであった高山善夫氏が大阪の巴バルブをバタム島の工業団地に

誘致し、自ら経営にあたっている(ht t p : / /www. t omoeva l v e . c om/)。バタム島

経済特区の歴史的経緯を詳しくレクチャしてもらった。

付録2 成長の三角地帯見聞録1990年代以降、シンガポール、ジョホール(マレーシア)、バタム島(インドネ

シア)を結ぶ「成長の三角地帯」が注目されてきた。この地域における日系企業の視

察旅行に参加した。シンガポールは山や川がない平らな地形でガーデンシティといわ

れる美しい色彩の街並みが印象的である。ただバリアフリーはまだ貧しい。在留邦

人は3万人近く、街も清潔・安全で違和感がなく、日本人学校もあり、生活の満足度

は高い。

赤道直下にもかかわらず、日中、多数の人びとが街を歩いているのに驚く。葉を広

げたネムの巨木に日差しが遮られ、毎日のようにスコールがあるからであろうか、日

本の夏ほど暑く感じられなかった。街を歩く女性の服装はイスラム教徒のスカーフや

インドのサリーなどもあり多彩である。男性は日本と同様であるが、中にはターバン

を巻いた人も見かけた。ホームレスやスラムはないという。

シンガポールは香港に似た都市国家で、広さは琵琶湖や淡路島ほどである。雨量が

多いものの、水はマレーシアからパイプで供給されている。食糧ももっぱらマレーシ

アに依存している。シンガポールは華僑の国であるが、華人以外のマレー系イスラム

教徒やインド系ヒンドゥー教徒も2割以上いる。チャイナタウン、イスラムタウン、

インドタウンも特徴があり、食文化も多様で文明の十字路という印象である。

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教育はエリート主義で小学校から学力競争がきびしく、成績で人生が決められてし

まうという。英語と北京語が小学校から必修で、二大言語をともに操る人の割合は、

世界一多いと思われる。高等教育進学率は24%で、2年の兵役がある男性よりも女性

の方が早く進学する。科挙のように成績優秀な人材は役人に登用され優遇される。女

性の社会進出も活発で、少子化傾向は日本以上という。

大学は国立のシンガポール大学のほか、専門学校から昇格した2大学があるのみで

ある。シンガポール大学は学生数は3万、学部は10あるが、音楽学部がある一方、文

科系学部はひとまとめでやや弱いように感じられた。バイオなど特定分野に重点投

資が行われている反面、教員の多くは外国で学位を得ており、自前の育成には至らな

いようである。

シンガポールは「明るい北朝鮮」だという声を聞いた。経済的に豊かで格差も少な

いが、北朝鮮みたいな独裁国家だという意味である。建国以来リークアンユー(李光

耀)の開発独裁体制が続き、今も長男リー・シェンロン(李顕龍)が首相を務める閣

内でにらみを利かせている。言論統制はきびしく政治的自由はない。死刑を多用する

警察国家で、犯罪は少なく、政府の権限が大きい割に腐敗がないという。都合が悪い

情報は隠されているのかもしれないが。

シンガポールの人口は450万人、一人当たりGDPは日本をやや上回り、購買力平

価ベースでは5割も多く、世界のトップクラスである。物価は高く感じられるが、食

品や地下鉄など必需品は安いからであろう。シンガポールの賃金水準はマレーシアの

4倍、インドネシアの8倍ということであった。中国、東南アジアからの出稼ぎやマ

レーシアからの橋を渡る通勤者など低賃金労働者がシンガポールの工場を支えている

ようである。

シンガポールの産業は国際流通の十字路として商業、海運、航空、金融のハブ機能

が発達し、エレクトロニクス、精密機器、医薬などハイテク製造業が集積し、EMS

大手のフレクストロにクスの本拠もある。シンガポールとマレーシアとの間は海とい

うより川のようであった。2箇所で橋がかかっているが、両端に出国、入国の関門が

ある。マレーシアの物価はシンガポールよりはるかに安いという。

バタム島との間のシンガポール海峡はフェリーで1時間足らず。マラッカ海峡につ

ながる浅瀬が多い海の難所で、中東から日本や中国に行くタンカーの大半がここを通

る。海は汚れ海水浴は無理。バタム島は経済特区で工業団地、貸工場が多数設置さ

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れ、低賃金の豊富な労働力があり、日系を含む多くのシンガポール企業が進出してい

る。治安は悪く、日本人社員は家族をシンガポールに置いている。

成長の三角地帯はシンガポールの地政学的位置(国際流通のハブ)および技術、経

営、管理の高度な人材力とマレーシア、インドネシアの低賃金の優秀な労働力との結

合の上に成立している。シンガポールは今後もASEANの中核都市として発展すると

思われる。中国の賃金上昇や制度変動からバタム島に生産拠点を移す日本企業の動き

もある。中国とインドが勃興し、両巨人とどう伍していくのか、興味深いところであ

る。

参考文献

•藤本隆宏他(2001)『ビジネス・アーキテクチャ』有斐閣

•稲垣公夫(2001)『EMS戦略 : 企業価値を高める製造アウトソーシング』ダイ

ヤモンド社

•原田保編(20 0 1)『EMSビジネス革命:グローバル製造企業への戦略シナリ

オ』日科技連出版社

•野口恒(2003)『日本でのモノづくりにこだわる:空洞化に勝つ! EMS工場を

いかに活用するか? 』日刊工業新聞社

•徳田昭雄(2008)「国際標準の形成と戦略:車載LANプロトコルを分析対象と

して」田中祐二・板木雅彦編『岐路に立つグローバリゼーション:多国籍企業の政

治経済学』ナカニシヤ書房

•秋野晶二(2009)「エレクトロニクス産業におけるグローバルな生産構造の変

化とアジアEMS企業の成長」『アジア経営研究』No.15

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