一般化積率法(gmm)に関するサーベイ: 資産価格モデルへの応 … ·...

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51 商学論集 第 85 巻第 2 号  2016 10 研究ノート 一般化積率法(GMM)に関するサーベイ : 資産価格モデルへの応用を中心に 福田  慎・溜川 健一 1. はじめに 本稿の目的は,一般化積率法 Generalized Method of Moments ; GMMについて,資産価格モデ ルへの応用を中心に概観することである。 GMM は,Hansen and Singleton 1982Hansen 1982に端を発している。現在において, Hansen らが提唱した GMM 推定量を改善することを目的とした様々なバリエーションが存在して いる 1 GMM という手法は,合理的期待仮説との親和性が高く,とりわけ,家計の最適化問題から 最適化の条件として導出されるオイラー方程式を基に効用関数のパラメータを推計することに適し ていた。また,家計の最適化問題から得られる消費ベースの資産価格モデル Consumption - based Capital Asset Pricing Model ; CCAPMの現実妥当性を検証するためにも使われている 2 。さらに, Cochrane 1991, 1996),近年では Liu et al. 2009)のように企業(あるいはそれを所有する家計) の設備投資行動も考慮した設備投資ベースの資産価格モデルを推定する際にも GMM は活用されて いる。 上記以外にも GMM はパネル分析に使われるなど 3 ,実証分析における強力なツールとなってい る。しかしながら,GMM 推定量そのものに問題がないというわけではない。第 2 節で明らかにす るように,特に小標本特性 small sample property)で推定量に大きなバイアスがかかるなどの問題 が生じるケースがあることが報告されている。こうした問題は主に,GMM 推定量を求める際のウ エイト行列 weighting matrixと呼ばれる行列の選択に起因している 4 GMM 推定量の漸近的に分 1 Hayashi 2000)で説明されている通り,最小二乗法(Ordinary Least Squares ; OLS)や操作変数法(Instru- mental Variable Method ; IVなど古典的な推定量も GMM の特殊ケースである。 2 CCAPM や資産価格決定に関するテキストとして Cochrane 2005がある。同分野の最近のサーベイについ ては Ludvigson 2013がある。 3 特に被説明変数の自己ラグを許容するような,いわゆるダイナミック・パネル・モデルに GMM のフレームワー クが用いられる。これについては Arellano and Bond 1991),Arellano and Bover 1995を参照されたい。ダ イナミック・パネルに関するサーベイとして早川 2008がある。 4 GMM 推定量は IV 法の一般化でもあるため操作変数を用いることに注意されたい。このとき,操作変数と説 明変数の相関が弱かったり weak instruments),操作変数が真のパラメータ値を識別する情報に欠けていた りする状況においては,GMM 推定量が正規分布に従わないなどの問題があることが Stock et al. 2002で指 摘されている。

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福田・溜川 : 一般化積率法(GMM)に関するサーベイ商学論集 第 85巻第 2号  2016年 10月

【 研究ノート 】

一般化積率法(GMM)に関するサーベイ : 資産価格モデルへの応用を中心に

福田  慎・溜川 健一

1. は じ め に

本稿の目的は,一般化積率法 (Generalized Method of Moments ; GMM) について,資産価格モデルへの応用を中心に概観することである。

GMMは,Hansen and Singleton (1982) や Hansen (1982) に端を発している。現在において,Hansenらが提唱した GMM推定量を改善することを目的とした様々なバリエーションが存在している1。GMMという手法は,合理的期待仮説との親和性が高く,とりわけ,家計の最適化問題から最適化の条件として導出されるオイラー方程式を基に効用関数のパラメータを推計することに適していた。また,家計の最適化問題から得られる消費ベースの資産価格モデル (Consumption-based

Capital Asset Pricing Model ; CCAPM) の現実妥当性を検証するためにも使われている2。さらに,Cochrane (1991, 1996),近年では Liu et al. (2009)のように企業(あるいはそれを所有する家計)の設備投資行動も考慮した設備投資ベースの資産価格モデルを推定する際にも GMMは活用されている。上記以外にも GMMはパネル分析に使われるなど3,実証分析における強力なツールとなってい

る。しかしながら,GMM推定量そのものに問題がないというわけではない。第 2節で明らかにするように,特に小標本特性 (small sample property)で推定量に大きなバイアスがかかるなどの問題が生じるケースがあることが報告されている。こうした問題は主に,GMM推定量を求める際のウエイト行列 (weighting matrix) と呼ばれる行列の選択に起因している4。GMM推定量の漸近的に分

1 Hayashi (2000)で説明されている通り,最小二乗法(Ordinary Least Squares ; OLS)や操作変数法(Instru-

mental Variable Method ; IV) など古典的な推定量も GMMの特殊ケースである。 2 CCAPMや資産価格決定に関するテキストとして Cochrane (2005) がある。同分野の最近のサーベイについては Ludvigson (2013) がある。

3 特に被説明変数の自己ラグを許容するような,いわゆるダイナミック・パネル・モデルにGMMのフレームワークが用いられる。これについては Arellano and Bond (1991),Arellano and Bover (1995) を参照されたい。ダイナミック・パネルに関するサーベイとして早川 (2008) がある。

4 GMM推定量は IV法の一般化でもあるため操作変数を用いることに注意されたい。このとき,操作変数と説明変数の相関が弱かったり (weak instruments),操作変数が真のパラメータ値を識別する情報に欠けていたりする状況においては,GMM推定量が正規分布に従わないなどの問題があることが Stock et al. (2002) で指摘されている。

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散を小さくする意味での「最適ウエイト行列」というものが存在するものの,これを小標本で適用した場合にもそれが最適であるとは限らない。また,資産価格モデルの分野では,最適ウエイト行列を採用することが複数の理論モデルの妥当性を検討する際に不適切であることが指摘されている

(Hansen and Jagannathan, 1997)。マクロ経済学においては,Smets and Wouters (2003) 以降,パラメータの推定においてはMar-

kov Chain Monte Carlo法を使ったベイズ推定が盛んに行われている。ただし,多くの場合において,この手法は経済主体の行動全体を定式化して (動学的)一般均衡モデルを構築する必要がある上,推定されるパラメータ空間が「モデル解が一意的であるようなパラメータ空間」という部分集合に限定されることになる5。この点,マクロ経済を構成する一部の経済主体の行動,たとえばニュー・ケインジアン・フィリップス曲線,のみに興味があるとすれば,その推定式を GMMで推定することも有効であると考えられる。上記の通り,GMMはミクロ経済学・マクロ経済学の実証分析ツールとして有用なものであるこ

とが分かる。そこで本稿では,GMMに関する簡単なサーベイを行う。加えて,上述の通り,資産価格モデルに GMMを適用した場合,統計的性質上の問題に加え,同モデル特有の問題も生じることから,それについても概観する。本稿の構成は以下の通りである。まず,第 2節では GMM推定量の導出過程とその特性について

概観する。第 3節では,資産価格評価モデルに GMMがどのように応用されてきているかについて説明する。

2. GMM推定量とその特性

本節では,説明の便宜のため GMM推定量を説明する。ここでの推定すべきモデルは以下を考える。

yi=xili+f i , i= 1, 2,g, N (1)

ここで,yiは被説明変数,xiは L次元の説明変数ベクトル,iは L次元のパラメータ・ベクトル,

そして f i は攪乱項を示している。あるいは,yiおよび xiを内生変数とした下記のモデルを仮定することもできる。

yi-xili= f i (2)

このとき,f i が操作変数と呼ばれる何らかの K次元の列ベクトル zi と直交,すなわち,E zikf iR W= 0となっていれば,式 (2)から

E zi$ yi-xiliR WF I=0 k (3)

が得られる。ここで,0kは 0のみを要素として持つ K次元の列ベクトルである。

5 いわゆる解が一意ではない「非決定 (indeterminacy)」の状態を許容した推定も行われている。たとえば,Lubik and Schorfheide (2004) がある。近年では,Farmer et al. (2015) において,非決定を許容する動学的一般均衡モデルの解法と推定が提案されている。

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福田・溜川 : 一般化積率法(GMM)に関するサーベイ

GMM推定量は, g wi ,iR W/ zi$ yi-xiliR Wと定義し,直交条件を以下のように書き換えることから始まる。

E g wi ,iR WF I=0 k (4)

この式において,E $F I は期待値オペレータであり,wi/ yi , xi , ziR W である。ここで,L次元ベクトル tiを i の仮説的な値であるとして,再度,以下で示される L個の未知数を含む K本の同時方程式体系を考える。

E g wi , tiR WF I=0 k (5)

直交条件 (4)は,係数ベクトルの真の値 i が K本の同時方程式体系 (5)に対する一意的な解であ

ることを意味している。このことは,i= ti である場合に係数ベクトルが識別されると言われる。

推定式が線形であるため,関数 g wi , tiR Wは tiで線形となり,式 (5)を以下のように書くことが

可能である。

E zi$yiF I-E zixilF I ti= 0 & E zixilF I ti=E zi$yiF I

それ故,E zixilF I がフル列ランクであるなら,i= tiは一意的な解となる。2.1. 積率法の概念

直交条件の母集団積率は E g wi ,iR WF Iであり,その標本バージョンは,以下で示されるようにi= ti で評価された g wi ,iR Wの標本平均である。つまり,

gN/ N1 g wi , tiR Wi=1

N!

これに線形関係を導入すると,標本バージョンとして以下のように書くことができる。

gN= N

1 zi$ yi-xiltiR Wi=1

N!

   = N1 ziyi- N

1 zii=1

N! xilU Z ti

i=1

N!

母集団原理と同様に,gN=0 であることから,標本においても以下が成り立つ。

N1 zii=1

N! xilU Z ti= N

1 zii=1

N! $yi (6)

丁度識別 (exactly identify) である場合,つまり,K=Lであり,式 (6)の左辺の括弧内が逆行列が取れるものであるなら,エルゴード性の下で標本は母集団に収束するため,大標本で標本は逆行列をとることが知られている。以上から,方程式体系 (6)は以下で示される一意的な解を有する。

ti IV= N

1 zixili=1

N!U Z-1 N1 zi

i=1

N! $yi

(7)

この推定量は,操作変数推定量 (IV推定量) と呼ばれる6。

6 先にも述べたが,xi = zi であるなら,この推定量は OLS推定量となる。

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2.2. 一般化積率法

直交条件の数がパラメータ数を上回ってしまう,つまり,K>L(これを過剰識別にあると言う) であるなら,方程式体系が解を持たない可能性が出てきてしまう。この問題を解決するための積率法の一般化が GMMである。

重要となるのは,gNができる限り 0に近くなるように tiを選択することができるということで

ある。したがって,距離の概念が必要となり,その距離はベクトル gNと K×Kのウエイト行列 tW

を用いて gN tWgN と定義することができる。GMM推定量は以下から導出されることになる。

arg min n$gN tWgN ti

ここで, tW は対称かつ正値定符号の行列であるWの一致推定量である。GMM推定量は,以下のように示される。

ti tWR W= lS ZXtWSZXR W-1 lS ZX

tWsZy (8)

この式では,簡単に描写するために sZy=N-1 zi$yii=1N! と SZX=N-1 zixili=1

N! と定義している7。適切な仮定の下では,任意の (一致性を持つ推定量である) ウエイト行列 tW において,GMM推定量は一致性を持ち,漸近的には正規分布に従うことが知られている。

2.2.1. 1段階有効 GMM推定量

GMMを用いた推定では tW の選択が重要となる。この選択はどのように行われるべきであろうか。一般的に,GMM推定量の漸近分散を最小にするような最適ウエイト行列 tS-1 が存在することが知られている8。ここで,

tS/ N

1 gi=1

N! wt , tiR Wg wt , tiR Wl (9)

1段階有効 GMM推定量は,初期ウエイト行列として tW= I もしくは

tW= N

1 zizili=1

N!

(10)

を使用して以下から 1段階 GMM推定量を求める。

7 次元を計算すると分かるが,K=Lであるなら,この式は操作変数推定量となる。このことからも,GMMが積率法の一般化であることが分かる。

8 tiの分散はウエイト行列 tW に依存している。有効 GMM推定量は取り得る漸近分散の中でもっとも小さい分

散を有している。考えられることは,小さい分散を有した積率はインフォーマティブであり,大きいウエイトを持つべきである。それは,最適なウエイト行列は以下のような特性を有することを示している。

plimW=S-1

最適ウエイト行列 W=S-1により,推定量の漸近分散は

AVar ti tS-1R WR W= lD tS-1DR W-1

となる。ここで,

D=

2 li2gN

= N1

2 lig wi ,iR W

i=1

N!

は一階の導関数の標本平均である。tSが推定量であり,観察値が独立であるなら,一致推定量は式 (9)になる。

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福田・溜川 : 一般化積率法(GMM)に関するサーベイ

ti1= arg

i

min gNtW 1gN

2.2.2. 2段階有効 GMM推定量

第 1段階での GMM推定量が一致的であるが非効率的である可能性がある。この場合,2段階目

の GMM推定量を導出する必要がある。2段階目は,1段階目の推定値 ti1 に基づいて推定された以下のような tS を用いる。

tS1= N

1 gi=1

N! wi , ti1R Wg wi , ti1R Wl

これは,gNの漸近分散の一致推定量であり,2段階 GMM推定値 ti2 は以下から求められる。

ti2= arg

i

min gNtW 2 gN

仮に,この推定量が初期ウエイト行列 tW 1 に依存すると,一意的なものでなくなる。

2.2.3 k段階有効 GMM推定量ti2 が一意的でないなら,この推定量からウエイトと推定量を tW 3 と ti3 にアップデートすること

が一般的であろう。この流れは収束するまで継続され,再帰的な GMMは初期ウエイト行列に依存しないはずである。たとえば,ある微小の値 fに対して,

max ti k-ti k-1 1 f

であるなら,イタレーションを停止させ,ti= ti k となるであろう。基本的に,k段階推定量と 2段階推定量は漸近的に同値であるが,収束問題を考えると,収束する際には k段階推定量のほうが 2段階推定量よりも優れた小標本特性を有していると考えられている。2.2.4 Continuously Updating (CU) 推定量

この推定法は,これまでの再帰的な GMM推定とは少し異なったものとなる。最大の違いは,ウエイト行列自身がパラメータに依存するという点である。したがって,

tiC= arg

ti

min gNtW iR WgN

この問題は,i がウエイト行列に影響するため,一般的にこれまでの問題と同じものとならなくなる。この推定量の特性は,CU推定量が収束する場合,これまで紹介した推定量の中で最良の小標本特性を有しているというものである。2.2.5 小標本における GMM推定量

これまで述べてきたように,GMMは標本の積率とインプライされた母集団積率の間のウエイト付けられた距離を最小化するものである。この場合,ウエイト行列には標本積率の分散共分散行列の一致推定値の逆数が用いられる。Altonji and Segal (1994) は,最適最小距離 (optimal minimum

distance : ODM) 推定量が小標本において下方バイアスをもつことをモンテカルロ実験により明らかにしている。一般的に,ウエイト行列が漸近分布から抽出された攪乱項の関数であるなら,小標本においても

不偏性が満たされる可能性がある。しかし,殆どのケースで,回帰誤差とウエイト行列の推定値が

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共変動する可能性があるため,バイアスが生じる可能性が高くなる。特に,ODM推定の場合に深刻となることが指摘されている。

Altonji and Segal (1994) では,このバイアスの原因が何であるかを明らかにしている。ODMの標本誤差は

E ti tWR W-iF I=E lS XZtWSXZR W-1 lS XZ

tWfF I と示される。ここで,分散共分散行列の推定値 tW はウエイト行列である。ここで問題となるのは,標本積率とこれらの分散共分散が同じデータから推定されるため,その推定値が相関しているという点である。これは, tW と f が相関しあっている可能性を示唆している。このことは,lS XZl tWSXZR W-1 lS XZ

tW と f の間の相関を生み出すため,誤差項の期待値がゼロであったとしてもバイアスが非ゼロになることを意味している。

3. 資産価格モデルと GMM

本節では,資産価格モデルに関するサーベイと資産価格モデルにおいてどのように GMM推定が用いられるかについて紹介する。ここで考える資産価格モデルは確率的割引因子を考慮したものであり,したがって,GMM推定量が重要なアプローチとなる。

3.1 資産価格モデルの設定

資産価格モデルでウエイト行列が重要となるのは,異なったモデルを扱う場合である。資産価格モデルにおける重要な式として,

E mt+1 iR WR t+1i X tF I= 1, i= 1, 2,g, n (11)

がある。ここで,mtは確率的割引因子 (Stochastic discount factor ; SDF),R tiは n次元ベクトルのポートフォリオ粗資産収益率,X t は t期に利用可能な情報集合を示している。SDFの違いがモデルの違いを表していると考えられる。CCAPMでは,下記の通り限界代替率に割引率 b(「1+時間選好率」に逆数) を乗じたものとして SDFが定式化される。

mt+1=blu ctR Wlu ct+1R W

(12)

Cochrane (2005) によれば,式 (11)を前提とすると,Sharpe (1964) などによる CAPMは,Rt+1M

を市場全体の利回りとして,

mt+1= at+btRt+1M (13)

のように時変パラメータで表現されることが指摘されている。実証分析に視点を移すと,Cochrane (2005) にもある通り,また,equity premium puzzle (Mehra

and Prescott, 1985) として知られる問題にも象徴される通り,式 (12)を使った結果は良好なものではなくなる。そこで,考えられる修正の仕方として,まず効用関数を異なったものにするという

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ものがある。この方向は,Epstein and Zin (1989) による再帰的効用関数,Constantinides (1990) による習慣形成を伴う効用関数を仮定するというものである。もう一つの方向としては,SDFの近似表現 (proxies) を探すというものである。この場合,

mt+1= a+b1 f t+11 +b2 f t+12 +g (14)

とできるような表現を探すことである。ここで,fiは式 (11)を (線形近似的に) 満たす何らかの「要素 (factor)」である。冒頭で紹介した,Cochrane (1991, 1996),Liu, Whited, and Zhang (2009) などの設備投資ベースの資産価格モデルはこれに充当すると考えられ,これらでは具体的に fiとして資本収益率を使用する。

3.2 資産価格モデルにおける GMM推定

ここで,式 (14)のタイプで SDFを近似できると仮定して,異なった h個のパラメータ・ベク

トル i j j= 1, 2,g, hR W で異なったモデルを表現することとしよう。この場合,どれかのモデルでは誤った特定化 (misspecification) が起きているため,真のモデル以外の jにおいて,

E mt+1 i jR WR t+1i X t" %! 1 (15)

となることに注意された。ここで,情報集合を具体的に X t/ ZtF I と定義すると,上式から,以下が得られる。

E mt+1 i jR WR t+1i -1F IZt" %= 0 (16)

また,E mt+1 i jR WR t+1i -1F IZt" % の標本ベクトルを tgT i jR W,Tをサンプル数とすると,以下が GMM

の目的関数となる9。

JT i jR W= tgT i jR WW tgT i jR W (17)

これを最小にする i が GMM推定量 ti となる。このとき,式 (17)にサンプル数を乗じた

TJT tiTR W は χ2分布に従うことになり,これが資産価格モデルを評価する際に使われる。なお,TJT tiTR W は,GMMの枠組みにおいて,過剰識別検定を実施するための J統計量として知られているものである。

3.3 ウエイト行列

通常,大標本特性により,ある程度の標本数であれば,このウエイト行列は一致推定量が得られ,GMMの目的関数もゼロに確率収束するはずである。しかし,CCAPMなどへの GMMの応用は簡単に解決できない問題がある。ここでは,GMM推定に用いるウエイト行列Wについて議論する。

9 本稿では,GMMをファイナンス分野に応用するケースを考えている。したがって,ここからは Tを標本数とする。

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3.3.1 最適ウエイト行列

第 2節で見たように,2段階 GMMでは,Wとして最適ウエイト行列 tS-1 を用いる。もちろん,モデルの定式化が正しく,大標本特性が得られるほどのサンプル数であれば,任意のWにおいて一致性を持つ推定量が得られ,GMMの目的関数もゼロに確率収束しているはずである。しかしながら,各モデルにおいて定式化の誤りを許容しながらも,異なったモデルの現実妥当性

を評価する際に, tS-1 を使うことに問題点があることが,Hansen and Jagannathan (1997) により指摘されている。この問題は, tS-1 がモデル(ここでは i j)に依存してしまうことに起因する。具体的には, tS-1 を使う限り,tgT i jR Wに関する標本誤差がモデルの評価に影響を与えてしまうということである。3.3.2 収益率の分散共分散行列

前節で説明したように,Wとして tS-1 を使うことには,モデルの比較という観点から,欠点を持つことが理解されたであろう。モデル比較 (specification test) をする場合,どのようなWを用いるべきであろうか。Hansen and Jagannathan (1997) は,以下のW=G-1をモデル間で共通に使うことを提案した。ここで,

GT-1/ T1 Rtt=1

T! Rtl,Rtl/ Rt1 Rt2 g Rtn" %

である。このとき,Hansen-Jagannathan距離 (HJ-distance) は以下のように定義される。

HJT ui jR W/ ugT ui jR WlGT-1ugT ui jR W" %1/2ui j/ arg min ugT ui jR WlGT-1ugT i jR W (18)

ここで,ugT i jR Wは pricing errorである E mt+1 i jR WRt+1i -1F I の標本平均ベクトルを表している。収

益率の分散共分散 R lR はモデル間で共通であるため,HJT ui jR W の大小によりモデルの比較が可能となる。Kan and Robotti (2008) では,式 (14)のような線形モデルにおいて,そのモデルの定式化が誤っている場合,超過収益率を用いて分析すると,HJ-distanceを恣意的に選べることを指摘しており,修正された HJ-distanceを提案している。HJ-distanceを統計的に検定する手法については,より近年のものとして,Kan and Robotti (2009) や Ludvigson (2013) を参照されたい。なお,Ren

and Shimotsu (2009) では,小標本における HJ-distanceを使った統計的検定のパフォーマンスが悪いという Ahn and Gardarowski (2004) の結果を受けて,HJ-distanceの小標本特性を改善する手法を提案している。3.3.3 Identity matrix

本小節では Iを identity matrixとして,Cochrane (2005) および Ludvigson (2013) に基づいて,W=Iとして GMM推定を行うことについて議論する。システム GMMの場合,操作変数を定数のみにすれば,資産の種類を N,サンプル数を Tとし

た場合, tS は N×Nの行列となる。したがって,N>Tの場合には tS の逆行列が取れなくなる。しかしながら,W=Iを使う場合にはこれを回避できる。さらに,W=Iとした場合の利点として,検定されるポートフォリオの解釈がシンプルになるこ

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とを指摘している。すなわち,W=Iの場合,

E mt+1 i jR WRt+1iF I= 1

であり,W= tS-1= lP Pとした場合,検定されるポートフォリオには Pの要素が上式に乗じられ

ることになり,(Rt+1i の収益率をもつ) オリジナルのポートフォリオの検定として解釈し難いということがある。

W=Iの欠点としては,もし検定すべきモデルが任意のポートフォリオでも成立することを示したければ,任意の Aにおいて,

E mt+1ARt+1" %=1n

が検定されるモデルとなる。ここで,1nはすべての要素が 1の n次元のベクトルである。このとき,GMMの目的関数を母集団形式で記述すると,

E mt+1ARt+1-1nF IlIE mt+1ARt+1-1nF I

となり,ポートフォリオ行列 Aに依存してしまう。しかし,HJ-distanceで用いられるWの場合,GMMの目的関数は,

E mt+1ARt+1-1nF IE ARt+1 lR t+1 lAF I-1E mt+1ARt+1-1nF I

   =E mt+1ARt+1-1nF IlAE ARt+1 lR t+1 lAF I-1AE mt+1Rt+1-1nF I

=E mt+1ARt+1-1nF IlE Rt+1 lR t+1F I-1E mt+1Rt+1-1nF I

となり,ポートフォリオ行列Aに依存しなくなる10。また,最適ウエイト行列の逆行列Sについては,

S/E mtARt-1nR W mt-jARt-j-1nR Wl

j=-3

3

!# &

 /AE mtRt-1nR W mt-jRt-j-1nR Wl

j=-3

3

!# & lA

と展開できるため,S-1を用いた場合でもポートフォリオ選択に依存しないモデル比較が可能である。なお,設備投資ベースの資産価格モデルの実証分析である,Liu et al. (2009),Belo et al. (2013),そして Vitorino (2014) などの GMM推定では Identity matrixがウエイト行列として使われている。

4. お わ り に

本稿では,GMM推定についてのサーベイを,資産価格モデルへの応用を中心に行ってきた。GMM推定に関しては,標準的な学術書に掲載されるほど一般的に用いられる推定手法となってきた。一方,ファイナンス理論における資産価格モデルも CCAPMの現実妥当性と理論の進化という

10 ポートフォリオ行列 Aは列和が 1になるため,A1n=1nであることに注意されたい。

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商  学  論  集 第 85巻第 2号

中で発展を遂げてきた。その現実妥当性の確認のためにも GMM推定は採用されている。その中でも,特に注視されているのがウエイト行列の設定方法である。本稿では,このウエイト行列の選択の妥当性を中心に取り上げてきた。この先も多くのファイナ

ンス理論の進化と推定手法の進化を目にすることになると思われるが,本稿はそのベース理論の確認という立ち位置を提供することを目的としている。

参考文献

早川和彦,(2008),「定常な動学的パネル分析」,経済研究, 59(2), pp. 112-125.

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