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軌道要素を変えて惑星の軌道運動をみる 17 太陽系内の惑星の運行については,近似的に,太陽とその惑星との二体問題として理解すれば正 確に表すことができる。その場合の惑星軌道と軌道上の位置は7個の軌道要素で表されるが,その うちの3つ(軌道の傾斜角,長半径,離心率)を変えて,それにともなって惑星の軌道運動と地球 からの見かけの位置がどのように変化するかを調べるソフトを考えた。このような扱いはあまりな いものであり,惑星の運行を例に取り,どのような物理量がどのような動きに関連しているかを学 ぶことができるので,力学的エネルギーや角運動量と物体の運動との関連の理解に有効であろう。 〔キ-ワ-ド〕惑星の軌道運動  運動の法則  軌道要素  運行の様子と物理量 軌道要素を変えて惑星の軌道運動をみる 長 瀧 裕 二* 中 村 泰 久* *a:人間発達文化学類文化探究専攻  *b:愛知県岡崎市立新香山中学校 1 はじめに 理科教育の目標は,観察・実験などを通して自然の 事物・現象についての理解を深め,科学的な見方や考 え方を養うことにある。天文分野においては太陽以外 に月や惑星,恒星などを扱うが,これらを授業中に実 際に観察することは,対象が見えないことや時間的な 制約があり難しいと言える。それを補う意味で,学習 内容を踏まえた扱いやすいシミュレーションソフトが 望まれる側面がある。天文分野では販売されているも のを含めて数多く存在し,フリーのものであっても精 度が高くビジュアル的にも美しいソフトもある。 しかしその多くが教材として開発されたものではな いため,授業の中で使うには扱いづらいという問題が ある。生徒が使うことを考えると,難しい用語や説明 を使うことを避けたり,機能を必要なものだけに限定 するといった工夫が必要である。科研費特定領域研究 などの報告によれば,既存のソフトを使った授業の実 践例において,「多機能過ぎて、生徒に機能を説明す るだけでかなりの時間を要し生徒たちが自分たちでソ フトを動かすというまでは出来なかった」「機能が多 すぎて使い方が難しい」というような反省があげられ ている(濱田2006)。 このようなことを踏まえ,実際の授業の中で教材と して使えるソフト―ここでは太陽系の惑星の運行につ いて扱う―の開発を行うこととする。惑星の運行につ いては,太陽とその惑星との二体問題として近似的に 扱うことができる。その場合の太陽をめぐる惑星の軌 道は7個の軌道要素で表される。ここでは,軌道要素 のうちの比較的わかりやすい3つを変えてみて,それ にともない軌道運動及び地球からの見かけの位置がど のように変化するかを調べ,軌道要素と運行の様子と の関連をみることができるソフトウェアとする。もっ て,どのような物理量がどのような動きに関連してい るかの学びに関連させてみたい。 2 天体運行ソフトの検討 2.1 既存ソフトについて 既存のソフトにおいて参考にすべきことなどを整理 するために,インターネット上で公開されている代表 的なフリーソフトを中心に試用した。いくつかの既存 ソフトの特徴等を簡単に挙げてみる。 ・「自転・公転シュミレーター」 地球の公転や自転をシミュレートしたソフトウェア で,太陽とその周りを自転しながら公転する地球の2 つのみを描いており,シンプルな画面になっている。 進む時間を変更したり,視点の中心を太陽か地球に切 り替えることができるが,軌道が描かれていないため 変更した際の様子が分かりづらく,ズーム機能もない。 軌道は円としてある。 ・「太陽系シミュレータースタジオ」 科学館等での演示を目的に開発された太陽系シミュ レーターで,太陽系の姿を宇宙空間から眺めるだけで なく,惑星の表面から眺めることが可能となっている。 選択した天体から見た太陽系の惑星の相対運動を観察 することができる。画面をドラッグするだけで自由に 視点の変更ができる。軌道を楕円軌道としてあり精度 が高い。しかし,機能が非常に多く,生徒が授業時に それを使いこなすのはたいへんと思われる。 ・「つるちゃんの3D太陽系」 太陽系をさまざまな視点から眺めることができるソ フトで,様々な角度から立体的に表示できる。惑星の 公転の様子の時間進行を細かく指定して描くことがで きるが,操作は手動で行わなければならず毎回ボタン を押すこととなる。座標軸を入れたり,指定した惑星

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軌道要素を変えて惑星の軌道運動をみる 17

 太陽系内の惑星の運行については,近似的に,太陽とその惑星との二体問題として理解すれば正確に表すことができる。その場合の惑星軌道と軌道上の位置は7個の軌道要素で表されるが,そのうちの3つ(軌道の傾斜角,長半径,離心率)を変えて,それにともなって惑星の軌道運動と地球からの見かけの位置がどのように変化するかを調べるソフトを考えた。このような扱いはあまりないものであり,惑星の運行を例に取り,どのような物理量がどのような動きに関連しているかを学ぶことができるので,力学的エネルギーや角運動量と物体の運動との関連の理解に有効であろう。〔キ-ワ-ド〕惑星の軌道運動  運動の法則  軌道要素  運行の様子と物理量

軌道要素を変えて惑星の軌道運動をみる

長 瀧 裕 二*b中 村 泰 久*a

*a:人間発達文化学類文化探究専攻  *b:愛知県岡崎市立新香山中学校

1 はじめに

 理科教育の目標は,観察・実験などを通して自然の事物・現象についての理解を深め,科学的な見方や考え方を養うことにある。天文分野においては太陽以外に月や惑星,恒星などを扱うが,これらを授業中に実際に観察することは,対象が見えないことや時間的な制約があり難しいと言える。それを補う意味で,学習内容を踏まえた扱いやすいシミュレーションソフトが望まれる側面がある。天文分野では販売されているものを含めて数多く存在し,フリーのものであっても精度が高くビジュアル的にも美しいソフトもある。 しかしその多くが教材として開発されたものではないため,授業の中で使うには扱いづらいという問題がある。生徒が使うことを考えると,難しい用語や説明を使うことを避けたり,機能を必要なものだけに限定するといった工夫が必要である。科研費特定領域研究などの報告によれば,既存のソフトを使った授業の実践例において,「多機能過ぎて、生徒に機能を説明するだけでかなりの時間を要し生徒たちが自分たちでソフトを動かすというまでは出来なかった」「機能が多すぎて使い方が難しい」というような反省があげられている(濱田2006)。 このようなことを踏まえ,実際の授業の中で教材として使えるソフト―ここでは太陽系の惑星の運行について扱う―の開発を行うこととする。惑星の運行については,太陽とその惑星との二体問題として近似的に扱うことができる。その場合の太陽をめぐる惑星の軌道は7個の軌道要素で表される。ここでは,軌道要素のうちの比較的わかりやすい3つを変えてみて,それにともない軌道運動及び地球からの見かけの位置がどのように変化するかを調べ,軌道要素と運行の様子との関連をみることができるソフトウェアとする。もっ

て,どのような物理量がどのような動きに関連しているかの学びに関連させてみたい。

2 天体運行ソフトの検討

 2.1 既存ソフトについて 既存のソフトにおいて参考にすべきことなどを整理するために,インターネット上で公開されている代表的なフリーソフトを中心に試用した。いくつかの既存ソフトの特徴等を簡単に挙げてみる。・「自転・公転シュミレーター」 地球の公転や自転をシミュレートしたソフトウェアで,太陽とその周りを自転しながら公転する地球の2つのみを描いており,シンプルな画面になっている。進む時間を変更したり,視点の中心を太陽か地球に切り替えることができるが,軌道が描かれていないため変更した際の様子が分かりづらく,ズーム機能もない。軌道は円としてある。・「太陽系シミュレータースタジオ」 科学館等での演示を目的に開発された太陽系シミュレーターで,太陽系の姿を宇宙空間から眺めるだけでなく,惑星の表面から眺めることが可能となっている。選択した天体から見た太陽系の惑星の相対運動を観察することができる。画面をドラッグするだけで自由に視点の変更ができる。軌道を楕円軌道としてあり精度が高い。しかし,機能が非常に多く,生徒が授業時にそれを使いこなすのはたいへんと思われる。・「つるちゃんの3D太陽系」 太陽系をさまざまな視点から眺めることができるソフトで,様々な角度から立体的に表示できる。惑星の公転の様子の時間進行を細かく指定して描くことができるが,操作は手動で行わなければならず毎回ボタンを押すこととなる。座標軸を入れたり,指定した惑星

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の軌道だけ色を変えたりするなど,見やすくする機能が取り入れられている。軌道は楕円としてある。・「惑星メリーゴーランド」 太陽系惑星が公転する姿を図示するソフトで,教材を目指して開発したものであり,画面が非常にシンプルになっている。公転の速度を早めたり遅くしたりできるが,時間スケールが表示されないので描いている時間ステップがわからず,視点は軌道を真上から見るか斜めから見るかの二つを切り替えられるだけである。全ての惑星は同一平面上に置かれており,軌道は円である。・「ぷらねっとくん」 太陽系惑星の公転の様子を見せるための中学校の理科の授業で使える教材ソフトで,画面は非常にシンプルな作りになっている。公転の速さとどの惑星まで表示するかを選択できる。ただし,経過時間は表示されるが実際の日時と対応していない。軌道(円と仮定)を斜めから見た視点のみで,変更はできない。・「Planetary Motion」 太陽系惑星の公転運動を表示するソフトであって,惑星と月の公転の様子を描き,月相も表示される。視点は上下方向に まで移動でき,倍率を変えることもできる。惑星が一度に進む時間を指定できる。惑星は全て同じ大きさで描いてあり,太陽から各惑星までの距離が正しくない。惑星はすべて円軌道で同一平面上に置かれている。 これらから言えることは,教材用として作られていないソフトのほとんどは機能が多すぎたり,教科書に載っていないような言葉が使われていたりするなど,そのまま生徒に使わせるには不向きなものが多いということである。また,教材用として作られたものは軌道が全て円軌道であったり,惑星全てを同一平面上においてあったりするなど,かなり簡略化したモデルを採用してあり,精度の面で望ましいものは少ない。また,太陽系惑星の公転を表示するソフトは宇宙空間のある視点から見える太陽系の姿を描くものばかりであり,宇宙から見た太陽系と地球からみた惑星の位置関係を同時に表示するソフトは見当たらなかった。同時に表示させれば,宇宙から見た時の惑星の位置関係と地球から見える惑星の視運動との関係をつかみやすいのではないかと考える。

 2.2 天体学習ソフトの要件 使用したソフトは次のように分類できよう:・機能が多く精度も高いもの・機能は比較的多いが精度が低いもの・精度が低く機能も少ないがシンプルな作りになって いるもの。 全体的に見ると,機能の多さとソフトの使いやすさは反比例しており,いろいろな事ができるソフトにす

ると,生徒にとってはかなり扱いにくいソフトになってしまう。教材として使うソフト開発には,ねらいを絞って行う必要があり,また,生徒が操作の際,直感的に操作方法が分かる方が良い。学習に応じての精度も要求される。以上のような理由から,教材として用いるソフトでは使う目的を明確にして機能を限定し,極力シンプルで操作方法が分かりやすい作りにすることが望まれる。 太陽系の公転運動に関する学習で生徒にとって一番分かりにくいことは,視点の変化によるものであろう。実際には惑星と地球は公転していて,さらにその周期が異なるため,図から地球で実際に観察される見かけの動きの様子をイメージするのは簡単ではない。しかし,シミュレーションであれば動く図を何度でも再現できるため,比較的容易に理解へと結びつくのではないだろうか。

3 計算スキーム

 3.1 二体問題としての惑星の運動  3.1.1 惑星の運動の表し方 各惑星が地球からどの位置に見えるかを知るには,惑星の各時刻の視位置をいきなり近似式で与える方法もある。しかし,それは適用可能期間に限りがあるので,ここでは惑星の運動を解いて,それが地球からどのように見えるかを調べるものとする。それら惑星の運動を表すにはいくつかの方法があるが,ここでは各惑星の運動を太陽のまわりの離心軌道を持つ二体問題(楕円運動)として考え,それぞれの軌道要素を与えて各惑星の軌道とその上での惑星の位置を解いていくこととする。これは天体を質点近似し,惑星どうしの摂動力を考えないことを意味する。

  3.1.2 太陽の周りの各惑星の公転運動について 太陽の周りの各惑星の軌道は太陽を焦点の一つに置く楕円である。この楕円軌道とその軌道上の惑星の位置は,次の 7個の,いわゆる軌道要素で表される。:軌道面傾斜角,  :昇交点黄経,:近日点引数,   :軌道の長半径,:軌道離心率,   :公転周期,:近日点通過時期。

 ここで扱う,地球を含む 8個の惑星の軌道要素としては,「理科年表2010」から表 1の値を採った(理科年表にはT0ではなく,ある時点での平均近点離角M1

の値が与えられている)。

 3.2 全体の計算スキ-ム 軌道上での位置と観測者からの見かけの位置を求めるための計算ステップは次のとおりである。⑴ 太陽の周りの各惑星の軌道運動を解き,与えられ

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た時点における軌道上の惑星の位置を決める。⑵ 地球および対象惑星の位置を日心黄道座標での値に直す。

⑶ 太陽に原点をもつ直角座標系を介在させて,各惑星の位置を地心黄道座標に変換する。

⑷ 惑星の位置を赤道座標に直し,続いて,観察地(緯度,経度),観察日時の情報を与え,地方赤道座標に変換する。さらに,地平座標に変換する。

⑸ 何らかの方法(正距方位図法等)により,画面上に表示する。

 このうち,⑴については,太陽系の惑星軌道は楕円( aと eは与えられている)であり,近星点通後のある時間に軌道上のどこにいるのか,つまり,真近点離隔 vの値を知ることが必要である(補遺 1)。

 3.3 軌道上の位置から見かけの位置へ 前節の方法で解いた,太陽を重心に置く軌道上の位置から,地球から見た位置に順次変換しなければならない。詳細は同様に「補遺 1」に示す(以下同じ)。

  3.3.1 日心黄道座標へ この場合の日心黄経 の は太陽から見た春分点の方向であり,そこから地球の軌道面,すなわち黄道面に沿ってはかる。一方,日心黄緯 はこの黄道面を としている。

  3.3.2 地心黄道座標への変換 この場合の地心黄経 の は地球から見た春分点の方向であり,地心黄緯 はやはり地球の軌道面が基準になっている。日心座標から地心座標に変換するために,太陽に原点を持つ直角座標(x,y,z)系を導入する。そのxy平面は地球の軌道面,x軸の正の向きは太陽からみた春分点の向きとする。

  3.3.3 赤道座標,地方赤道座標への変換 赤経 ,赤緯 と黄経 ,黄緯 の間は,よく知られた球面天文学の公式によって行う。 地平座標に変換するために,時角Hと赤緯 で表す地方赤道座標に直す。

  3.3.4 地平座標値の計算 我々が実際に観察するのはこの地平座標においてである。惑星の方位角Aと高度 hは,これもよく知られた球面三角法の公式により,地方赤道座標の時角H,赤緯 からすぐに求められる。ここでは,方位角Aは真南より西回りで測っている。

 3.4 画面への表示について 以上の手順で計算した惑星の位置をパソコン画面上に表示する際には,表示1:地球と惑星の軌道及び軌道上の位置表示(地    球外から見る場合)表示2:惑星の見かけの位置変化(地球上から見る場    合)の二通りを考えた。手順は「補遺 2」に示した。 外惑星の公転周期は長いので,位置を計算するのは1日に 1度,あるいは数日に 1度でよく,観測時刻は常にJST 24時と考える。時刻(日付)Tについては,時間単位,1日ないしは数日単位等々で増やしていく(選択可)。

  3.4.1 恒星の導入 明るい恒星に限ってその見かけの位置を画面上に表示することとする。恒星データはLang(1992)から取り( 4等級以上),恒星の色と明るさについては,画面上でもこれらの違いがわかるようにする。 恒星の色の違いは,OからMのスペクトル型に応じて(R,G,B)の数値により色付けした。恒星の明るさについては,小数点以下を四捨五入し, 0~ 4等級に分け,それぞれ大きさ(ピクセル数)を変えることで表した。

  3.4.2 太陽の見かけの運行の表示 太陽についても,その位置が日々ずれていくことを別にすれば,その他は恒星と同じである。 もう一点表示上の工夫は,太陽の高度 にしたがって空(背景)の明るさを変えていることである。高度

であれば,完全な宵闇であって,恒星を暗い背景のもとに照らす。 であれば,

惑 星水 星金 星地 球火 星木 星土 星天王星海王星

i(°) Ω(°) ω(°) a(AU) e P(年) M₁(°)*

*)M₁はJD₁=2455400.5における平均近点離角である。

表1:各惑星の軌道要素

7.004 48.319 77.473 0.3871 0.2056 0.24085 112.7903.395 76.651 131.564 0.7233 0.0068 0.61521 107.4290.001 174.848 102.972 1.0000 0.0167 1.00004 197.5101.849 49.527 336.107 1.5237 0.0934 1.88089 239.7351.303 100.485 14.354 5.2026 0.0485 11.8622 340.3552.489 113.638 93.117 9.5549 0.0555 29.4578 85.9650.773 74.014 173.014 19.2184 0.0463 84.0223 186.2691.770 131.782 48.124 30.1104 0.0090 164.774 279.287

(理科年表2010より)

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薄明の空とする。 であれば,やや薄暗い空とする。 であれば,昼間の空とする。 作成ソフトは図 1のようなものである。

4 惑星の軌道を変える

 4.1 軌道要素の変化 惑星の軌道要素 7個のうち,ここでは比較的わかりやすいと思われる :軌道面傾斜角,:軌道の長半径,:軌道離心率の 3つを(それぞれ単独で)変えてみて,その影響(軌道運動上及び見かけの位置)を学ばせることとした。これらのパラメータの変更は,図 2のような窓で行う。 その際に,他の軌道要素とは独立に変え得るのか,あるいは他の要素に影響が及ぶのかが問題である。物理法則,たとえば,ケプラーの第 3法則は当然成り立つべきであるので,

より,もし,aを変化させると,上記のケプラーの第3法則⑴にしたがって惑星の公転周期 Pも変わることになる(上式で,Mは太陽,mは惑星の質量)。 太陽の周りの惑星の公転運動に伴う運動エネルギーと位置エネルギー,あるいは軌道角運動量はどうかについても同時に考えさせることとする。

  4.1.1 軌道面傾斜角 i の変化 傾斜角 i のみを変えた場合には,軌道の形とその上での惑星の位置は変わらない。つまり,太陽のまわりの位置や地球からの見かけの位置の変化が生じてくるのみである。ここでは二体問題としてとらえ,惑星どうしの相互作用は考えていないので,惑星の力学的エネルギーと角運動量も変化しない。

  4.1.2 軌道の長半径 aの変化 長半径 aを変えたときは,公転軌道の形状は変化せず,サイズのみが変わるので,そのまま拡大,縮小して続けることになる。その際の惑星の位置であるが,その瞬間の真近点離角 vはそのまま保持して変化するとする。惑星の力学的エネルギーと角運動量は当然ながら変化する。

  4.1.3 軌道離心率 eの変化 離心率 eを変えると,軌道の形状と大きさが変化する。太陽の位置や昇交点黄経,近日点引数などは変えないので,空間的な位置関係は変わらない。すると,その瞬間の平均近点離角Mを変えないのか,または真近点離角 vを変えないのか(あるいは離心近点離角Eを変えないのか)などの検討点が出てくるが,ここでは,もっともわかりやすい“変化の瞬間に真近点離角

vが保存される”という考えを採用した。

 4.2 惑星の大きさと明るさの計算法 惑星の大きさの表示とそれに伴う明るさについて,実際の軌道要素の場合,及びそれを変化させてみた場合の求め方について検討する。

  4.2.1 変化前後の惑星のサイズ 軌道の大きさに比べて,表示する天体の大きさはわざと大きく取るが,太陽を例外として,惑星どうしの相対的大きさは正しい比率に取るものとする。地球からの眺めの場合は,地球からの距離の逆 2乗に比例させるようにすべきであるが,実際には天体サイズと空間距離のスケールの違いが巨大であるため,各天体に対して偽りの大きさを持たせざるを得ない。

  4.2.2 変化前後の見かけの明るさ 惑星の見かけの明るさを決める要素としては,惑星の光の反射具合は一様であるとすると,惑星-太陽間の距離dj,惑星-地球間の距離 d,惑星の見かけの相対面積 S,光って見える部分の割合:輝面比 k,反射率Aなどが関係し,地球への光の到達量Bは,

となる。惑星Pが太陽の放射をどれほど受けるかは太陽との距離djの 2乗に反比例する。 ⑵式にある諸量の該当数値を理科年表よりとり,表2に示す。ここには,地球を 1とした時の各惑星の太陽から受ける輻射量が示されている。

水 星金 星地 球火 星木 星土 星天王星海王星

6.671.911.000.430.0370.0110.00270.0011

0.14630.90011.00000.2834125.6189.26216.05415.071

0.060.780.300.160.730.770.820.65

惑星太陽からの相対輻射量(地球=1)

見かけの相対面積(地球=1)

反射率

表2:各惑星の見かけの明るさの関連量(理科年表2010より)

  4.2.3 惑星の被照射部分の見え方 惑星が太陽から照射されている部分は概ね半球である。そのうちどれだけが地球から見えているか(輝面比 k)が惑星の明るさを計算する際に重要である。太陽-惑星-地球がつくる平面内で考えてみると,惑星Pが太陽と地球を見込む角θとの関係は,平面三角法を利用して求めることができる。平面三角法の公式

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から

となるので,このθを使うと,

と求まる。

 4.3 惑星の表示 基準となる表示の明るさについては,地球と同じ表面積の天体がアルベド 1で,輝面比 1,太陽からも地球からも 1 AUにある時の明るさをB0とする。すると,⑵式より

となる。このB0を画面上では適当な明るさに(RGB

の数値で)指定すればよい。

図1:作成ソフトの様子

図3:水星の傾斜角を変える 図4:地球の離心率を変える

図2:軌道要素   変更窓

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5 考察

 5.1 学習内容例/惑星の質量による運行の違い/ たとえば木星の軌道要素を変化させて水星と同じにする。すると,その質量だけが違ってくるので,若干だけ公転周期が違うこととなる。この違いを時間を追って表示することにより,惑星の質量の違いによる運行の影響への様子がわかることとなる。

/軌道面傾斜角 i の変化/ 傾斜角 i は表 1からわかるように,すべての惑星はほぼ あたりの値を持つ。このため,常に黄道付近に見えることとなる。もし,それを大きく変えた場合には,時期による見え方が大きく変わることを試すことができる。

/距離の違いによる明るさの変化/ 見かけの方向が同じで,距離のみが違うこととする。すると距離により明るさがどう違うかが実感できることとなる。

 5.2 惑星の力学的エネルギーと角運動量の学習例 このソフトでは,惑星のいくつかの軌道要素を任意に変化させることができるようにした。このことにより,たとえば高校の地学分野のみならず,物理分野の学習も念頭においた応用的な使い方も生じる。

  5.2.1 惑星の力学的エネルギー 太陽-惑星系の力学的エネルギーWは,自転運動を無視するので,太陽のまわりの惑星の公転運動に伴う運動エネルギーKとポテンシャルエネルギーUの合計である。(実際には,MÀmと考える。) 太陽を中心とする惑星の公転運動の速度 はで与えられ, である(ここで,

)。一方, は

であり,全エネルギーは

となる。すなわち,W/ a-¹であり,eにはよらない。

  5.2.2 惑星の角運動量 自転運動分を考えないので,太陽の周りの惑星の公転運動に伴う軌道角運動量Lだけである。より,角運動量の大きさは

と与えられる。 すなわち, ,かつ, である。つまり,同じ aに対しては, であれば, ! 0であり,同じ eに対しては,a%であればL%である。別の言い方をすると,エネルギーは持っているが,それに見合うだけの十分な角運動量を持っていない系は,離心軌道となることが学べる。

  5.2.3 全エネルギーと角運動量が与えられた     惑星の取るべき軌道 太陽-惑星系の力学的エネルギーWと角運動量Lが与えられた場合の,その惑星の取るべき軌道を考察してみる。式⑸と⑹から逆に a , eを解いてみると,

となる。 前述のように,ある与えられた全エネルギーに相応する大きさの軌道を取り(エネルギーが高いほど大きな,太陽から遠い軌道となり),それに対して十分な角運動量が与えられれば円(ないしはそれに近い)軌道となり,不十分であればあるほど離心的な軌道となることがわかる。 ちなみに,ある軌道に対して持ちうる最大の角運動量は,e = 0から

である。 以上の内容は,原子核の周りの電子の軌道運動というミクロな現象にも通じるものがあり,系の力学的エネルギーW及び角運動量Lを表示し,変化前後の違いとの関連を学べるようにすることにより,太陽の周りの惑星の公転運動というより理解しやすい例を使って,原子核の周りの電子の軌道の大きさと形(ただし,この場合は離散的軌道であるが)との類推をわかりやすく学びうるであろう。すなわち,系が持っている力学的エネルギーWと電子配置の主量子数 n,系の軌道角運動量Lと方位量子数 l との対比である。電子の軌道の場合は離散的であるという注意を教師は与える必要があるが,よりなじみが深い力学的エネルギー,軌道運動の角運動量という概念を使って,それの違いと軌道の大きさ,形状(楕円の具合)を示したり,あるいは,使用者が自ら試したりすることができるようになる。

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参考文献国立天文台編:「理科年表2010」丸善2009年近藤正宏・水野千恵・大竹美喜子・中村泰久:福島大学教育実践研究紀要第36号,43,1999年数研出版:高等学校理科教科書「地学Ⅰ,Ⅱ」2007年ほか濱田さやか:福島大学教育学部卒業論文 2006年福島登志夫編:「シリーズ現代の天文学13 天体の位置と運動」日本評論社2009年堀源一郎編:「現代天文学講座第14 天文計算セミナー」恒星社1981年Green, R.M.:“Spherical Astronomy”(Cambridge Univ. Press, Cambridge), 1985

Hilditch, R.W.: “An Introduction to Close Binary Stars” (Cambridge Univ. Press, Cambridge), 2001Lang K.R.: “Astrophysical Data: Planets and Stars”(Springer, New York), 1992Meeus, J.: “Astronomical Algorithms” (Willmann-Bell, Richmond), 1991

補遺1:軌道上の位置から見かけの位置へ

 地球からの見かけの位置を計算するのに使用した一連の手順を簡潔に示す。

 楕円軌道と楕円運動 太陽系の惑星軌道は楕円( aと eは与えられている)であり,近星点通後のある時間に軌道上のどこにいるのか,つまり,真近点離隔vの値を知る必要がある。これは,位置を求めたい時刻T(ユリウス日に換算してある)と近日点通過時刻T₀とから計算する,近日点から測った平均近点離角 に対して,ケプラ-方程式 を解いて得た離心近点離角Eから,真近点離角vが次式で求められる。

vがわかれば,軌道の長半径 aと離心率 eとから,その時点での太陽と惑星の距離 rが

により計算できる。 なお理科年表には,直接には近日点通過時期T0は載っておらず,代わりに元期(JD1=2455000.5)における平均近点離角M1が掲げられている。これをもとにMを計算するには, として使う。

 日心黄道座標へ 日心黄経 の は太陽から見た春分点の方向であり,黄道面に沿ってはかる。日心黄緯 は黄道面を

としている。このように黄経,黄緯をとると,計算した vおよび既述の軌道要素から

により , が求まる(たとえばGreen 1985)。

 地心黄道座標への変換 地心黄経 の は地球から見た春分点の方向であり,地心黄緯 はやはり地球の軌道面が基準になっている。日心座標から地心座標に変換するために,太陽に原点を持つ直角座標(x, y, z)系を導入する。そのxy平面は地球の軌道面,x軸の正の向きは太陽からみた春分点の向きとする。すると地球を含めた各惑星の座標(添字 j)は,

で与えられるので,地球を中心とする座標は,, , とな

る。この地球中心の直角座標の値から,地心黄経 ,黄緯 を計算する。すなわち,

となる。これを解いて, , を求める。

 赤道座標への変換,地方赤道座標への変換,地平座 標値の計算 これらは通常のよく知られたやり方なので,ここでは詳細は述べない。なお,観察地の緯度としては,たとえば,福島大学金谷川キャンパスでの値(φ=37°40′54″)などを使用する。

補遺2:画面上への表示法

表示1:地球と惑星の軌道及び軌道上の位置表示:地    球外から見る場合 太陽を中心とする直交座標系での位置(xj, yj, zj)の天体をある俯瞰角( , )から見るとすると,

で求められる。ここでZ軸は視線方向こちら向きであり,X,Y 軸は画面上の横軸,縦軸である。

24 福島大学総合教育研究センター紀要第 9号

表示2:惑星の見かけの位置変化:地球上から見る場    合 コンピュ-タ画面上に天体を表示するために,正距方位図法に基づき,方位角A0,高度h0の点を中心とする見かけの平面に天球面を投影した時の恒星の位置を求めた(近藤他 1999)。実際のシミュレ-ションでは,投影の中心として地平線上の南点(A=0°),北点(A=180°),東点(A=270°),西点(A=90°),および天頂(h=90°)の 5点を選択表示する。表示例として,天頂を中心にとった天球を図 5に示す。

図 5:正距方位図法による天頂中心の天球表示