入院後に診断された喀痰塗抹陽性結核症例の検討 -...

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803 ●原 要旨:結核の院内感染対策は,管理体制,環境管理,呼吸保護の 3 つの柱から成るが,最も上位にあるも のは管理体制の整備であり,特に早期診断,早期隔離の重要性は論を待たない.当院で 10 年間に診断した 結核患者は 126 名で,うち感染性の強い喀痰塗抹陽性患者は 51 名であった.51 名中 26 名が入院後に診断 されており,うち 15 名が入院時に結核を強く疑われておらず,院内感染源として問題となった.15 名の平 均年齢 66.3 歳, 入院時の診断は肺炎が 9 例, その他が 6 名で, 入院後の診断までの日数は 3 日以内 11 例, 4~7 日 2 例,8 日以上 2 例であった.救急外来からの入院または呼吸器内科以外への入院例が 12 例を占め, 入院前診断のためには結核を常に疑う姿勢の啓蒙を呼吸器科以外の医師へも行うことが必要と考えられた. また,未診断の患者が入院した場合の安全対策として一般病室の換気についても配慮する必要があり,N95 マスクの適合性についても検討が必要である. キーワード:結核,感染対策,早期診断,診断の遅れ Tuberculosis,Infection control,Early diagnosis,Delay in diagnosis 1.緒 全国的に結核の罹患率は緩やかに減少傾向ではある が,結核の院内感染対策はどの病院にとってもいまだに 頭の痛い問題である.それは菌陽性患者がいつ受診する かわからず,見逃してひとたび入院してしまうと院内感 染源として周囲への影響が大きいからである.また治療 の遅れは結核患者の予後を悪くする点でも問題である. わが国においても結核の院内感染対策に関する指針や総 )~は多いが,看護師の罹患率はいまだに高い ことが 知られており,結核に対する対策は十分とはいえない. 届出のある結核病床が減少しつつある現在,結核病床を 持たない一般病院の抱える問題点を明らかにするため に,当院の現状と課題について検討した. 2.対象と方法 2000 年から 2009 年の 10 年間に当院で診断した結核 患者を対象とし,その中から感染性の高い喀痰塗抹陽性 患者を抽出し,さらに入院時に結核を疑った予防措置が とられず入院後に診断された喀痰塗抹陽性患者について 診療録や胸部 X 線,CT 写真を基に検討した.対象とし た結核患者は塗抹・培養とも陽性もしくは塗抹陰性・培 養陽性で,すべて結核菌の証明された症例である.入院 後に診断された喀痰塗抹陽性患者について診断の遅れの 原因を検討し,院内感染対策として必要な事項について も考察した. 3.結 (1)当院における結核患者数,喀痰塗抹陽性患者数 当院は病床数 400,平均在院患者数 343 人,平均外来 患者数約 1,100 人! 日(2009 年データ)で,結核病床の ない急性期病院である.当院において診療した結核患者 数の 2000 年から 2009 年までの推移を示す(Fig. 1).患 者数はやや増加傾向であり,10 年間で診断された結核 患者は塗抹・培養とも陽性 65 名,塗抹陰性・培養陽性 61 名の計 126 名で,平均年齢(±標準偏差)は 62.9±18.2 歳,男女比は 88:38 であった.年齢分布では 70 歳以上 の高齢者が 43% を占めた.喀痰塗抹陽性患者数も減少 しておらず,入院後に判明した症例も減少していない (Fig. 2).塗抹陽性 65 名中 51 名が喀痰塗抹陽性であり, 51 名中 25 名は外来で診断,26 名は入院後に診断されて いた.その 26 名中 11 名は入院時に結核を強く疑ってい て予防措置がとられていたが,15 名は強く疑われてい なかったため隔離などの予防措置がとられなかった問題 症例である. (2)入院時に結核を強く疑っていなかった症例の検討 Table 1に 15 例のプロフィールを示す.平均年齢は 入院後に診断された喀痰塗抹陽性結核症例の検討 戸島 洋一 福住 宗久 宮崎 健二 柴田 雅彦 相澤 豊昭 酒井 俊彦 〒1430013 大田区大森南 4―13―21 1) 労働者健康福祉機構東京労災病院呼吸器内科 2) 国立病院機構災害医療センター呼吸器科 3) 公立阿伎留医療センター呼吸器内科 (受付日平成 22 年 5 月 13 日) 日呼吸会誌 48(11),2010.

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803

●原 著

要旨:結核の院内感染対策は,管理体制,環境管理,呼吸保護の 3つの柱から成るが,最も上位にあるものは管理体制の整備であり,特に早期診断,早期隔離の重要性は論を待たない.当院で 10年間に診断した結核患者は 126 名で,うち感染性の強い喀痰塗抹陽性患者は 51名であった.51名中 26名が入院後に診断されており,うち 15名が入院時に結核を強く疑われておらず,院内感染源として問題となった.15名の平均年齢 66.3 歳,入院時の診断は肺炎が 9例,その他が 6名で,入院後の診断までの日数は 3日以内 11例,4~7日 2例,8日以上 2例であった.救急外来からの入院または呼吸器内科以外への入院例が 12例を占め,入院前診断のためには結核を常に疑う姿勢の啓蒙を呼吸器科以外の医師へも行うことが必要と考えられた.また,未診断の患者が入院した場合の安全対策として一般病室の換気についても配慮する必要があり,N95マスクの適合性についても検討が必要である.キーワード:結核,感染対策,早期診断,診断の遅れ

Tuberculosis,Infection control,Early diagnosis,Delay in diagnosis

1.緒 言

全国的に結核の罹患率は緩やかに減少傾向ではあるが,結核の院内感染対策はどの病院にとってもいまだに頭の痛い問題である.それは菌陽性患者がいつ受診するかわからず,見逃してひとたび入院してしまうと院内感染源として周囲への影響が大きいからである.また治療の遅れは結核患者の予後を悪くする点でも問題である.わが国においても結核の院内感染対策に関する指針や総説1)~4)は多いが,看護師の罹患率はいまだに高い5)ことが知られており,結核に対する対策は十分とはいえない.届出のある結核病床が減少しつつある現在,結核病床を持たない一般病院の抱える問題点を明らかにするために,当院の現状と課題について検討した.

2.対象と方法

2000 年から 2009 年の 10 年間に当院で診断した結核患者を対象とし,その中から感染性の高い喀痰塗抹陽性患者を抽出し,さらに入院時に結核を疑った予防措置がとられず入院後に診断された喀痰塗抹陽性患者について診療録や胸部X線,CT写真を基に検討した.対象とし

た結核患者は塗抹・培養とも陽性もしくは塗抹陰性・培養陽性で,すべて結核菌の証明された症例である.入院後に診断された喀痰塗抹陽性患者について診断の遅れの原因を検討し,院内感染対策として必要な事項についても考察した.

3.結 果

(1)当院における結核患者数,喀痰塗抹陽性患者数当院は病床数 400,平均在院患者数 343 人,平均外来

患者数約 1,100 人�日(2009 年データ)で,結核病床のない急性期病院である.当院において診療した結核患者数の 2000 年から 2009 年までの推移を示す(Fig. 1).患者数はやや増加傾向であり,10 年間で診断された結核患者は塗抹・培養とも陽性 65 名,塗抹陰性・培養陽性61 名の計 126 名で,平均年齢(±標準偏差)は 62.9±18.2歳,男女比は 88:38 であった.年齢分布では 70 歳以上の高齢者が 43%を占めた.喀痰塗抹陽性患者数も減少しておらず,入院後に判明した症例も減少していない(Fig. 2).塗抹陽性 65 名中 51 名が喀痰塗抹陽性であり,51 名中 25 名は外来で診断,26 名は入院後に診断されていた.その 26 名中 11 名は入院時に結核を強く疑っていて予防措置がとられていたが,15 名は強く疑われていなかったため隔離などの予防措置がとられなかった問題症例である.(2)入院時に結核を強く疑っていなかった症例の検討Table 1に 15 例のプロフィールを示す.平均年齢は

入院後に診断された喀痰塗抹陽性結核症例の検討

戸島 洋一1) 福住 宗久2) 宮崎 健二1)

柴田 雅彦1) 相澤 豊昭3) 酒井 俊彦1)

〒143―0013 大田区大森南 4―13―211)労働者健康福祉機構東京労災病院呼吸器内科2)国立病院機構災害医療センター呼吸器科3)公立阿伎留医療センター呼吸器内科

(受付日平成 22 年 5月 13 日)

日呼吸会誌 48(11),2010.

日呼吸会誌 48(11),2010.804

Fig. 1 Numbers of patients with tuberculosis per year. SP-outpatients; Smear-positive outpatients, SP-inpatients; Smear-positive inpatients, SN-CP; Smear-negative but culture positive

Fig. 2 Annual numbers of patients with positive tuberculosis sputum smears.

Table 1 Patients profile who were not strongly suspected of tuberculosis on admission

OutcomeInterval (days)

WBC(μL)/CRP(mg/dL)

Sputumsmear

ChestX-ray

BT1) (℃)

Diagnosis on admissionsymptomsPredisposing factorsDepart-

mentAge/Sex

Discharge506,100/0.4G5lI I I236.0Bone fractureKnee joint painOrtho.60/FDead 216,600/28.1G5bI I I338.0PneumoniaFever, DyspneaAlcoholic liver diseaseRM71/MTransfer 13,600/15.8G9bI339.2PneumoniaFever, anorexiaRM74/MTransfer 310,400/2.7G2lI I I237.7PneumoniaFever, DyspneaAsbestosisRM64/MTransfer 212,300/4.2G10rI I238.7PneumoniaFever, CoughDMRM50/MDead967,000/3.6G4rI I I236.5PneumoniaAnorexiaAddison’ s diseaseGastro.80/MTransfer 39,600/15.4G10bI I3

MT38.7CholangitisFever, DyspneacholelithiasisSurgery72/M

Transfer 27,800/6.2G5rI I237.6Urinaryobstruction

AnuriaDMUrology62/M

Transfer 19,100/0.6G5bI I I3MT

38.1Compression fracture

Fever, back painRAOrtho.86/F

Transfer 29,100/0.6G2lI I237.7Pneumonia(abscess)

Cough, SputumHyperthyroidism, DMRM44/F

Transfer 215,200/20.5G5rI I237.6PneumoniaCough, SputumCOPDRM59/MTransfer 311,300/12.0G1bI I I237.8PeritonitisFever,

abdominal painDM, PyometraRM78/F

Dead 64,800/7.3G4bI I I3MT

38.7EnterocolitisDiarrheaDM, Cerebral infarctionGastro.70/M

Transfer 35,800/1.4G7rI I I2BT2)

39.0PneumoniaFever, Cough, Sputum

Cerebral infarctionRM54/F

Transfer 66,100/12.8G6bI I336.1PneumoniaAnorexia, cachexia

Alcoholic liver disease, DM, Empyema

RM71/M

Department.; Department of admission, BT1); Body temperature, Interval; days from admission until diagnosis, Ortho.; Orthopedic sur-gery, RM; respiratory medicine, Gastro.; Gastroenterology, DM; Diabetes mellitus, RA; Rheumatoid arthritis, MT; miliary tuberculosis, BT2); bronchial tuberculosis

66.3 歳,男女比は 10:5 で,入院時の診断は肺炎 9例,その他(骨折や消化器疾患など)6例であった.受診時の症状(重複あり)は発熱 8例,呼吸困難 4例,咳 4例,食欲不振 3例,腹痛 2例などで,呼吸器症状以外を主訴とする例も多い.入院ルートは救急室からの入院が 9例で,うち 6例は呼吸器以外の内科当直医が,2例は内科以外の科の当直医が対応していた.一般外来からの入院

は 6名で,呼吸器内科からが 3例,他科の入院が 3例であった.基礎疾患は糖尿病が 6例と多く,アルコール性肝疾患 2例,脳梗塞 2例,COPD,石綿肺各 1例などであった.入院時の体温は 37℃未満 3例,37℃台 5例,38℃台 5例,39℃台 2例で,平均は 37.8℃であった.排菌の程度は喀痰塗抹ガフキー 3号以上が 12 例を占めた.血液検査で白血球数 10,000�μL 以上が 5例,CRP 10mg�dL 以上が 6例であった.胸部X線写真学会分類の病型は両側 7例,片側 8例,拡がりは 2が 9例,3が 6例,性状は I型 1例,II 型 6 例,III 型 8 例であったが,

入院後に診断された感染性結核症例 805

Fig. 3 Numbers of persons under contact infection investigation per year. Treatments for latent tuberculosis infection were given to 1 nurse in 2002, and 6 nurses in 2003.

Fig. 4 An 80-year-old man who had been hospitalized for 96 days before diagnosis of tuberculosis was made. A; a chest x-ray film shows infiltrative opacities in the upper and lower fields in the right lung. B; chest CT of the right upper lung shows nodular and granular opacities.

CT所見も含めると有空洞例が 9例であった.また粟粒結核が 3例,気管支結核が 1例含まれた.診断までの日数は 3日以内 11 例,4~7日 2例,8日以上 2例であった.3日以内の例では入院時に喀痰抗酸菌検査の指示が出されていたが,喀痰がすぐに提出されなかった症例も含まれる.8日以上の 2例はいずれも呼吸器内科の入院ではなく,診断までの期間は 50 日,96 日と非常に長期間であった.転帰は当院での死亡が 3例,退院が 1例で,残りの 11 例はすべて結核病棟のある病院へ転院した.この 15 例中 12 例に対応して計 250 名に接触者検診が行われた.検診者数の推移をFig. 3に示す.2008 年までは接触 2カ月後のツ反と入職時またはベースラインのツ反を比較して発赤径が 10mm以上大きくなっていた場合,潜在性結核感染症と考え治療を考慮した.2009 年以降はツ反の代わりにクォンティフェロン検査を用いてい

る.潜在性結核感染症として治療を受けた者はすべて看護師で,2002 年 1 名,2003 年 6 名であった.(3)症例呈示入院後診断までに長期間要した症例を呈示する.① 80 歳,男性(Fig. 4).アジソン病を基礎疾患とし,

食欲低下のため消化器内科に入院.右肺の上肺野と下肺野に浸潤影があり,誤嚥性肺炎と診断されていた.抗菌薬投与により下肺野の陰影は改善しており,診断が遅れた.診断までに 96 日間要し,喀痰ガフキー 4号であった.33 名の接触者検診を行った.② 60 歳,女性(Fig. 5).膝蓋骨骨折のため整形外科

に入院.左上肺野の陰影に主治医は気付いたが陳旧性と考え,それ以上検査は行わなかった.39 日間入院し,退院後に呼吸器内科を受診,喀痰ガフキー 5号であった.本例は胸部X線所見に比し排菌量が多く,気管支壁の肥厚所見も認められ,気管支結核合併の可能性がある.19 名の接触者検診を行った.(4)院内感染によると考えられる職員への感染事例上記症例②による看護師への院内感染と考えられる事

例を経験した.看護師A(26 歳)は 2000 年 7 月に整形外科病棟へ異動し,その年の 11 月下旬に患者が入院,患者の看護に携わった.12 月下旬に退院したが,翌 2001年 1 月に患者が排菌していることが判明し,Aも接触者検診の対象となり,3月にツベルクリン反応を行ったところ 1年半前よりも大きく変化していた(0�13×11から 15×13�45×35).その時点で胸部X線撮影をするはずであったが,本人へうまく伝わらず,行われなかった.2003 年 10 月の健診時の胸部X線およびCT(Fig.6)で左下葉に小結節影が発見され,胸腔鏡下手術の結

日呼吸会誌 48(11),2010.806

Fig. 5 A 60-year-old woman who was hospitalized for 39 days and was given a diagnosis of tuberculosis af-ter discharge. A; a chest x-ray film shows a band-like opacity (arrow) in the left lung. B; chest CT of the left lung shows thickened bronchial walls, and nodular opacities.

Fig. 6 A chest x-ray film and CT findings of a 26-year-old nurse, who was probably infected by a patient with tuberculosis who had been hospitalized in the same ward. A; a chest x-ray film shows a small nodu-lar shadow (arrow) in the left lower lung field. B; chest CT shows a well-defined nodular opacity in the left lung.

入院後に診断された感染性結核症例 807

果,結核腫と診断され,手術後化学療法が行われた.接触者検診のシステムが適切に機能しなかった反省すべき事例である.

4.考 察

結核病床を持たない一般病院であっても結核,特に感染性結核の患者が外来を受診し,診断がつかないまま入院する可能性は常にある.当院においても毎年数名の喀痰塗抹陽性患者が入院後に診断されており,2003 年には看護師への院内感染と考えられる事例を経験した.診断が遅れた症例を検討し,どのような対策が必要なのか考察したい.当院で 10 年間に入院後に診断された喀痰塗抹陽性患

者は 26 名で,内 15 名が入院時に結核を強く疑われておらず,院内感染対策上の問題症例であった.15 例中 9例は肺炎と診断されているが,誤嚥性肺炎,肺膿瘍などを疑い,入院前に抗酸菌検査を行っていなかった.15例中 6例は骨折,消化器疾患などの診断で入院していた.救急外来から入院した患者が 9例で,呼吸器以外の内科当直医,内科以外の医師が担当している場合が多かった.当院では夜間や休日でも抗酸菌塗抹検査を行える体制をとっているが,担当医が疑って指示を出す必要がある.肺炎と診断しても必ず結核を鑑別診断に挙げる姿勢,主訴が発熱や呼吸器症状でなくても入院時には胸部X線写真を撮影し,陰影がある場合はCTも撮影し,結核の可能性を考える姿勢が必要と考えられた.特に単純写真ではわかりにくい空洞や粟粒結核の発見にCTは有用である.少しでも可能性があれば喀痰検査を行い,陰性であっても疑いが強い場合は個室に隔離入院とし,再度検査を行うことも考えるべきであろう.これらの啓蒙は特に呼吸器を専門としない内科医師や他科の医師にすべきである.入院時の胸部X線写真で陰影を認めた場合は呼吸器科や放射線科に相談するというルール,もしくは最初から読影依頼を出すというルールも考えるべきであろう.結核の院内感染対策は感染対策マニュアルの整備,早

期診断・隔離,接触者検診などの管理体制,陰圧室や空気浄化の環境管理,N95 マスクなどによる呼吸保護という 3つの柱があり,このうち管理体制が最も上位で,次に環境管理,そして呼吸保護という階層的な構造をとる6).このような多面的な対策をとることにより病院職員の結核感染率(ツベルクリン反応の陽性転化率)が減少したという報告がある7).結核の入院患者が少ない病院ほど結核の診断や治療が遅れやすいという報告8)があり,罹患率の低下により呼吸器専門医であっても経験が不足し,それに伴い教育の機会が減少していることが診断の遅れの背景にあると考えられる.また高齢者結核の

増加,免疫不全患者に合併する結核の増加により非典型的な画像所見や呼吸器以外の症状による受診も多く,早期診断を難しくしている原因になっているものと思われる9)~11).結核の診断のためには喀痰検査が必要な点も早期診断を遅らせる原因になっている.痰がなかなか採取できないという患者側の要因,検査体制が整備されていないという病院側の要因である.山本らも診断の遅れの原因として,主治医が結核を疑わなかった場合と培養検査に長期間要した場合の 2つに大別している12).このような点をふまえて,感染性結核の患者を入院させた場合の影響の大きさをよく知り,常に結核を疑うという姿勢を身につけることが重要である.入院時に結核を疑った場合そして入院後に結核と判明

した場合の対応マニュアルを整備している病院は多い.結核病床のない当院のような病院では,感染性結核と判明した場合は通常転院措置がとられるが,転院までの間,また重症のため搬送できず治療を継続する場合もある.その場合個室隔離とし,空気感染予防策がとられるわけだが,重要な点はその部屋の排気が他の病室などに循環しないこと,もし循環する場合はHEPAフィルターを通すことである.病室内の時間換気回数(Air changesper hour ; ACH)は 12 回�時間以上(既存施設では 6回�時間以上)が推奨されており,病室が廊下に対し陰圧であることも周囲への感染対策として推奨されている13).当院には空気浄化機能を持つ空気感染対策用の陰圧室はないが,前室と換気扇を持つ個室があり,屋外へ直接排気する換気扇を常に作動させることで陰圧を保ち,移動可能な空気清浄機を使用して空気浄化を図ることができる.台所用換気扇を窓に設置することで個室の陰圧化が可能になることも報告されている14).一方,病院職員の感染に影響する要因を検討した研究では,病院に入院する結核患者数の多さ,職種(看護師,呼吸療法士など),勤務年数に加え,一般病室の換気回数(ACH 2 未満 vs2 以上)が有意な関連要因であり,呼吸隔離室の換気回数(ACH 6 未満 vs 6 以上)は有意ではなかった15).これは未診断の患者が入る可能性のある一般病室の換気が感染対策上重要であることを示している.結核の空気感染確率は場の換気量と関連しており,換気の低下により確率は指数関数的に増加することが知られている16).入院時に感染性のある結核患者を 100%診断することは困難であるので,セイフティネットとして一般病室の換気について日常的に配慮することが重要かもしれない.CDCのガイドラインでは,菌検査室(ACH 6),隔離室の前室(AHC 10),剖検室(AHC 12),気管支鏡室(ACH12),救急室と放射線待合室(AHC 12-15)と最低限の時間換気回数が勧告されている6)が,当院においてもここまでの時間換気は行われていないのが実情である.

日呼吸会誌 48(11),2010.808

英国 NICEのガイドラインでは活動性結核の患者であっても接触する職員は通常はマスクを着用すべきでないと勧告している17).その例外として多剤耐性結核が疑われる場合とエアゾル発生処置を行う場合としている.マスクと換気の感染予防性を理論的に検証した報告では,通常の状態であれば 4~6回の時間換気がなされていればマスクは不要であるとしている18).気管支鏡検査,喀痰吸引などエアゾル発生を誘発する処置は排菌量を飛躍的に増やすため,空気感染対策上注意が必要である.喀痰誘発を行う部屋の空気中の菌量を調べた研究では,時間換気 30 回で上空の紫外線照射を加えていても空気中の菌量が一時的にきわめて高くなることが示されている19).このような場合の呼吸保護対策としてN95 マスク(レスピレーター)の使用が一般的であるが,フィットテストによる事前のチェックが必要である.当院でも医師や看護師のサッカリンによるフィットテストを行ったが,Sサイズのマスクでもサイズが大きすぎてフィットしていない看護師が多いことがわかった.その後労研式フィッティングテスター(MT-03)を用いたフィットテストも行い,ひもの長さの調節が可能で,接顔クッションのついたマスク(興研社製)が最も適合性が高いことがわかった.このマスクに関する詳細な検討が既に報告されている20).結核の院内感染対策は体制管理,環境管理,呼吸保護

の 3つの柱から成り,特に重要なのが早期診断・隔離の実現である.早期診断のためには現在の結核患者の特徴や典型例を知り,さらに常に疑う姿勢,検査を行う姿勢を身につけることが重要であり,そのための医師全般への教育・啓蒙が必要である.本論文の要旨は第 50 回日本呼吸器学会学術集会において発表した.

文 献

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入院後に診断された感染性結核症例 809

Abstract

Sputum smear-positive tuberculosis diagnosed after hospitalization

Hirokazu Tojima1), Munehisa Fukusumi2), Kenji Miyazaki1), Masahiko Shibata1),Toyoaki Aizawa3)and Toshihiko Sakai1)

1)Department of Respiratory Medicine, Tokyo Rosai Hospital2)Department of Respiratory Diseases, Disaster Medical Center

3)Department of Respiratory Medicine, Akiru Municipal Medical Center

A tuberculosis infection-control program is based on a 3-level hierarchy of measures, including administra-tive, environmental, and respiratory protection. The most important level of tuberculosis controls is the use of ad-ministrative measures to reduce the risk of exposure to patients who might have infectious tuberculosis. In 126patients tuberculosis was given diagnosed in our hospital over 10 years, and 51 patients among them had bacilli-positive sputum smears, of whom 26 were given diagnoses after admission, and 15 patients of these, in whom tu-berculosis was not strongly suspected on admission, were considered to be at risk of nosocomial infection. Themean age of these 15 patients was 66.3 years, and 9 of them were given diagnoses of pneumonia. Duration until tu-berculosis diagnosis was within 3 days in 11 patients, 4 to 7 days in 2, and more than 8 days in 2 patients. Twelvepatients were admitted from the emergency room or belonged to other departments than respiratory medicine.We believe that it is important to consider tuberculosis when deciding about admission, in order not to delay diag-nosis. Furthermore, ventilation of general rooms must be sufficient when dealing with the unexpected admissionof patients with tuberculosis, and ability of health-care workers to use N95 respirators should be confirmed.