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約 3 万年前に絶滅したネアンデルター ル人と現生人類が交雑していた可能性 が、マックス・プランク進化人類学研 究所(ドイツ・ライプヒチ)の遺伝学者 Pääboをはじめとする研究チームによ り、Science に発表された 1 。それによれ ば、多くの現代人のゲノムの 1 ~ 4 パー セントがネアンデルタール人に由来して いるという。これについて、ロンドン大 学ユニバーシティカレッジ(英国)で遺 伝性の神経変性疾患を研究している神経 科学者の John Hardy は、 「今回の成果は、 人類の見方を変えるでしょう」と話す。 ネアンデルタール人の全ゲノム解読 は5年ほど前に始まった。研究チームは、 クロアチアのビンディヤ洞穴で発見さ れた 3 点のネアンデルタール人の骨(4 万 4400 ~ 3 万 8300 年前)から、合計 300 ミリグラムのサンプルを採取した。 研究チームはまず、DNA 断片を骨か ら抽出し、約 20 億塩基対(全ゲノムの 約 60 パーセント)のネアンデルタール 人の概要ゲノムをコンピューターで構築 した。配列を正しく並べるための基準と しては、現代人とチンパンジーのゲノム を利用した。 品質管理 Pääbo ら は、 ネ ア ン デ ル タ ー ル 人 の DNA100 万塩基対の分析結果を 2006 年に発表した 2 が、その後、その配列に は現代人の DNA が混入していることが わかった。その経験を教訓に、多数の古 代人の塩基配列の鎖に標識を付ける方法 を開発し、今回の研究では混入率を 0.6 パーセントまで下げることができた。 しかし、今回の概要ゲノムのシーケン ス回数は平均 1.3 回で、塩基配列の信頼 性に疑問が生じている。分解やシーケン ス過程で配列が変化してしまう可能性が あるのだ。それを排除するため、例え ば、グリーンランドで発見された 4000 年前の古代人のゲノムは、20 回も読ま れている 3 。これに対し、論文著者の 1 人 Richard Green(米国カリフォルニ ア大学サンタクルーズ校)は、平均 10 ~ 20 回読むまで研究を続けると語る。 アフリカを離れてから… 今回の研究では、フランス、アフリカ、 中国、パプアニューギニアの現代人 5 人のゲノムを調べ、それらをネアンデ ルタール人と比較することによって、8 万~ 4 万 5000 年ほど前に、ネアンデル タール人と現生人類がどこで交雑した のかを推測した。 結果、祖先がヨーロッパやアジアを経 由した、フランス人、中国人、パプア ニューギニア人のゲノムにはネアンデル タール人由来の領域が認められたが、ア フリカ南部のサン族と西部のヨルバ族の 2 人には存在しなかった。つまり、現在 のヨーロッパ人とアジア人は、サハラ以 南のアフリカ人よりも遺伝学的にネアン デルタール人に近いことになる。 このことは、ネアンデルタール人が、 約 10 万年前にアフリカを出た現生人類 と、アフリカ以外の土地で交雑したこと を示唆している。研究チームは、人類移 動の化石記録に基づき、交雑は地中海東 ヨーロッパ人とアジア人のゲノムには、 ネアンデルタール人との混血の痕跡が残っている。 Rex Dalton 2010 5 6 日 オンライン掲載 www.nature.com/news/2010/100506/full/news.2010.225.html European and Asian genomes have traces of Neanderthal ネアンデルタール人は現生人類と交雑 部で起こったと考えている。 これは、4 月に米国自然人類学者協会 の年会で発表された別の研究成果と一致 する。その研究では現代人 2000 人のゲ ノムが調べられ、ネアンデルタール人と の交雑は、およそ 6 万年前の地中海東 部と、およそ 4 万 5000 年前の東アジア で起こったとされる。この研究に参加し たニューメキシコ大学(米国アルバカー キ ) の 遺 伝 人 類 学 者 Jeffrey Long は、 「Pääbo らの発見は我々の研究成果とま さに一致しています。それは『分子層序 学』とでもよぶべきでしょうか」と語る。 選択圧のもとで Pääbo らはさらに、ネアンデルタール 人のゲノムを利用して、現代人に多くみ られる遺伝子を発見し、こうした遺伝子 が進化上、正の選択を受けたとしてい る。この中には、代謝、認知、骨格の発 達を左右する遺伝子や、変異がダウン 症、自閉症、統合失調症と関連付けられ ている 3 つの遺伝子が含まれている 1 ネアンデルタール人の概要ゲノムは 「人類進化の歴史を紐 ひも く強力な手段」 になる、と Green は語る。そしてそれは、 「人を人たらしめている」重要なゲノム 領域と遺伝子が何であるのか、いずれ明 らかにしてくれるであろう。 (翻訳:小林盛方) 1. Green, R. E. et al. Science 328, 710-722 (2010). 2. Green, R. E. et al. Nature 444, 330-336 (2006). 3. Rasmussen, M. et al. Nature 463, 757-762 (2010). ネアンデルタール人は、現代人のゲノムの 中に生き続けている。 © JOCHEN TACK / ALAMY 2 Vol. 7 | No. 7 | July 2010 ©2010 NPG Nature Asia-Pacific. All rights reserved

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  • 約 3 万年前に絶滅したネアンデルタール人と現生人類が交雑していた可能性が、マックス・プランク進化人類学研究所(ドイツ・ライプヒチ)の遺伝学者Pääbo をはじめとする研究チームにより、Science に発表された 1。それによれば、多くの現代人のゲノムの 1 ~ 4 パーセントがネアンデルタール人に由来しているという。これについて、ロンドン大学ユニバーシティカレッジ(英国)で遺伝性の神経変性疾患を研究している神経科学者のJohn Hardyは、「今回の成果は、人類の見方を変えるでしょう」と話す。

    ネアンデルタール人の全ゲノム解読は5年ほど前に始まった。研究チームは、クロアチアのビンディヤ洞穴で発見された 3 点のネアンデルタール人の骨(4万 4400 ~ 3 万 8300 年前)から、合計300 ミリグラムのサンプルを採取した。

    研究チームはまず、DNA 断片を骨から抽出し、約 20 億塩基対(全ゲノムの約 60 パーセント)のネアンデルタール人の概要ゲノムをコンピューターで構築した。配列を正しく並べるための基準としては、現代人とチンパンジーのゲノムを利用した。

    品質管理Pääbo らは、ネアンデルタール人のDNA100 万塩基対の分析結果を 2006年に発表した 2 が、その後、その配列には現代人の DNA が混入していることがわかった。その経験を教訓に、多数の古代人の塩基配列の鎖に標識を付ける方法を開発し、今回の研究では混入率を 0.6

    パーセントまで下げることができた。しかし、今回の概要ゲノムのシーケン

    ス回数は平均 1.3 回で、塩基配列の信頼性に疑問が生じている。分解やシーケンス過程で配列が変化してしまう可能性があるのだ。それを排除するため、例えば、グリーンランドで発見された 4000年前の古代人のゲノムは、20 回も読まれている 3。これに対し、論文著者の 1人 Richard Green(米国カリフォルニア大学サンタクルーズ校)は、平均 10~ 20 回読むまで研究を続けると語る。

    アフリカを離れてから…今回の研究では、フランス、アフリカ、中国、パプアニューギニアの現代人 5人のゲノムを調べ、それらをネアンデルタール人と比較することによって、8万~ 4 万 5000 年ほど前に、ネアンデルタール人と現生人類がどこで交雑したのかを推測した。

    結果、祖先がヨーロッパやアジアを経由した、フランス人、中国人、パプアニューギニア人のゲノムにはネアンデルタール人由来の領域が認められたが、アフリカ南部のサン族と西部のヨルバ族の2 人には存在しなかった。つまり、現在のヨーロッパ人とアジア人は、サハラ以南のアフリカ人よりも遺伝学的にネアンデルタール人に近いことになる。

    このことは、ネアンデルタール人が、約 10 万年前にアフリカを出た現生人類と、アフリカ以外の土地で交雑したことを示唆している。研究チームは、人類移動の化石記録に基づき、交雑は地中海東

    ヨーロッパ人とアジア人のゲノムには、�

    ネアンデルタール人との混血の痕跡が残っている。

    Rex Dalton 2010 年 5 月 6 日 オンライン掲載www.nature.com/news/2010/100506/full/news.2010.225.html

    European and Asian genomes have traces of Neanderthal

    ネアンデルタール人は現生人類と交雑

    部で起こったと考えている。これは、4 月に米国自然人類学者協会

    の年会で発表された別の研究成果と一致する。その研究では現代人 2000 人のゲノムが調べられ、ネアンデルタール人との交雑は、およそ 6 万年前の地中海東部と、およそ 4 万 5000 年前の東アジアで起こったとされる。この研究に参加したニューメキシコ大学(米国アルバカーキ)の遺伝人類学者 Jeffrey Long は、

    「Pääbo らの発見は我々の研究成果とまさに一致しています。それは『分子層序学』とでもよぶべきでしょうか」と語る。

    選択圧のもとでPääbo らはさらに、ネアンデルタール人のゲノムを利用して、現代人に多くみられる遺伝子を発見し、こうした遺伝子が進化上、正の選択を受けたとしている。この中には、代謝、認知、骨格の発達を左右する遺伝子や、変異がダウン症、自閉症、統合失調症と関連付けられている 3 つの遺伝子が含まれている 1。

    ネアンデルタール人の概要ゲノムは「人類進化の歴史を紐

    ひも

    解と

    く強力な手段」になる、と Green は語る。そしてそれは、

    「人を人たらしめている」重要なゲノム領域と遺伝子が何であるのか、いずれ明らかにしてくれるであろう。 ■� (翻訳:小林盛方)

    1.Green,R.E.et al. Science328,710-722(2010).2.Green,R.E.et al. Nature444,330-336(2006).3.Rasmussen,M.et al. Nature463,757-762(2010).

    ネアンデルタール人は、現代人のゲノムの中に生き続けている。

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    2 Vol. 7 | No. 7 | July 2010 ©2010 NPG Nature Asia-Pacific. All rights reserved

    www.nature.com/news/2010/100506/full/news.2010.225.html