小・中の円滑な接続のための工夫 小学校英語の教科化を見据えた … ·...

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2 1.はじめに 近い将来,小学校に「英語」という教科が 誕生する。国語や算数といった教科と肩を並 べる存在として,子どもたちは小学校 5 年生 から本格的に英語を学び始めることになる。 そして,現在「領域」という扱いで行われて いる「外国語活動」はさらに前倒しされ,小 学校 3 年生から始まる。つまり,小学校にお ける英語教育がより早期化され,その扱いが, 「活動型(中学年)」と「教科型(高学年)」 に分かれることになる。 そして入口だけでなく出口にも変化が起こ ろうとしている。「英語教育の在り方に関す る有識者会議」報告(平成 26 9 月)によ ると,高校卒業時の英語力の目標を,例えば 英検 2 級から準 1 級程度,あるいは TOEFL iBT 60 点前後以上に引き上げ,高度化を目 指すと言う。 平成 27 8 5 日に行われた第 13 回教育 課程部会 教育課程企画特別部会(第 7 期) の配布資料(資料 1「論点整理のイメージ (たたき台)(案)」)によると,新しい学習指 導要領において外国語科が目指すべき方向性 について,「英語を使って何ができるように なるか」という観点から,国として小・中・ 高一貫した指標を設定し,学習・指導方法, 評価方法を改善することが必要であるとして いる。そして,各校種の目標については,以 下のように述べられている。 ・小学校中学年では音声を中心とした指導 を通してコミュニケーション能力の素地 を築く。 ・高学年では従来の「聞く」「話す」に加 え,「読む」「書く」を含む 4 技能の指導 を通してコミュニケーション能力の基礎 を築く。 ・中学校ではお互いの考えや気持ちを伝え るコミュニケーション能力を培う。 ・高校では情報や考えなどを理解したり適 切に伝えるコミュニケーション能力を育 てる。 つまり,現行版の学習指導要領で掲げられて いる各校種の目標が,全体的に前倒しされる ことになる。このように,小・中・高 10 間に渡る外国語(英語)教育の全体像の中で, 中学校における英語教育は,中核をなすこと から,中・高の連携も,小・中の連携も両方 とも,より一層真剣に考えていく必要がある。 2.教科化されて何がどう変わるのか 英語が「外国語活動」から「教科」に変わ ることで,具体的には何がどう変化するのか。 ここでは授業時間数,内容,指導体制の 3 の観点から見てみる。 まず,授業時間数については,現行の指導 要領では小学校 56 年生に対して週に 1 時間, 年間 35 時間の「外国語活動」が設けられて いるが,教科化された後はこれが週に 2 時間, 年間 70 時間程度必要と考えられている。さ らにはモジュール学習(帯活動)も取り入れ られる。これに加えて中学年に「外国語活 動」が前倒しされるので,子どもたちは小学 34 年生のときに週に 1 時間,56 年生 のときは最低でも週に 2 時間,英語の授業を 受けることになる。現在と比較すると,小学 校で行われる外国語(英語)関連の授業時間 数が 3 倍以上になる。 次に,内容についての大きな変化は,中学 校への橋渡しをより円滑に行うために,文字 指導(読み・書き)が導入されることである。 臼倉 美里 東京学芸大学講師  小学校英語の教科化を見据えた 小中連携のための工夫 小・中の円滑な接続のための工夫

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Page 1: 小・中の円滑な接続のための工夫 小学校英語の教科化を見据えた … · れない。そのような中で私たちに何ができる のか。 小学校の側から小中連携を考えるときの

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1.はじめに近い将来,小学校に「英語」という教科が

誕生する。国語や算数といった教科と肩を並べる存在として,子どもたちは小学校 5 年生から本格的に英語を学び始めることになる。そして,現在「領域」という扱いで行われている「外国語活動」はさらに前倒しされ,小学校 3 年生から始まる。つまり,小学校における英語教育がより早期化され,その扱いが,

「活動型(中学年)」と「教科型(高学年)」に分かれることになる。

そして入口だけでなく出口にも変化が起ころうとしている。「英語教育の在り方に関する有識者会議」報告(平成 26 年 9 月)によると,高校卒業時の英語力の目標を,例えば英検 2 級から準 1 級程度,あるいは TOEFL iBT 60 点前後以上に引き上げ,高度化を目指すと言う。

平成 27 年 8 月 5 日に行われた第 13 回教育課程部会 教育課程企画特別部会(第 7 期)の配布資料(資料 1「論点整理のイメージ

(たたき台)(案)」)によると,新しい学習指導要領において外国語科が目指すべき方向性について,「英語を使って何ができるようになるか」という観点から,国として小・中・高一貫した指標を設定し,学習・指導方法,評価方法を改善することが必要であるとしている。そして,各校種の目標については,以下のように述べられている。

・小学校中学年では音声を中心とした指導を通してコミュニケーション能力の素地を築く。

・高学年では従来の「聞く」「話す」に加え,「読む」「書く」を含む 4 技能の指導を通してコミュニケーション能力の基礎

を築く。・中学校ではお互いの考えや気持ちを伝え

るコミュニケーション能力を培う。・高校では情報や考えなどを理解したり適

切に伝えるコミュニケーション能力を育てる。

つまり,現行版の学習指導要領で掲げられている各校種の目標が,全体的に前倒しされることになる。このように,小・中・高 10 年間に渡る外国語(英語)教育の全体像の中で,中学校における英語教育は,中核をなすことから,中・高の連携も,小・中の連携も両方とも,より一層真剣に考えていく必要がある。

2.教科化されて何がどう変わるのか英語が「外国語活動」から「教科」に変わ

ることで,具体的には何がどう変化するのか。ここでは授業時間数,内容,指導体制の 3 つの観点から見てみる。

まず,授業時間数については,現行の指導要領では小学校 5,6 年生に対して週に 1 時間,年間 35 時間の「外国語活動」が設けられているが,教科化された後はこれが週に 2 時間,年間 70 時間程度必要と考えられている。さらにはモジュール学習(帯活動)も取り入れられる。これに加えて中学年に「外国語活動」が前倒しされるので,子どもたちは小学校 3,4 年生のときに週に 1 時間,5,6 年生のときは最低でも週に 2 時間,英語の授業を受けることになる。現在と比較すると,小学校で行われる外国語(英語)関連の授業時間数が 3 倍以上になる。

次に,内容についての大きな変化は,中学校への橋渡しをより円滑に行うために,文字指導(読み・書き)が導入されることである。

臼倉 美里東京学芸大学講師 

小学校英語の教科化を見据えた      小中連携のための工夫

小・中の円滑な接続のための工夫

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3教科研究 TOTAL ENGLISH No.126

これは,平成 26 年に実施された小学校外国語活動実施状況調査の結果,中学生の約 8 割が小学校で「英単語・英語の文を読むこと」

「英単語・英語の文を書くこと」をしておきたかったと回答したことによる。

最後に,指導体制については,学級担任,専科教員,外国語指導助手(ALT・JET)の役割分担および連携がさらに重要になってくる。外国語活動(活動型)の場合は原則として学級担任が主導で授業を進めることになるが, ALT・JET のさらなる活用を目指す。また,英語(教科型)の場合は,学級担任を持ちながら英語の授業を担当する教員に加えて,学級担任を持たずに英語のみを教える専科教員の数を増やすことで指導者の充実を図ったり,「英語教育推進リーダー研修」を通して,教員の中から指導者を輩出することで指導力の底上げを図る(平成 27 年 4 月 28 日 第 6回 教育課程企画特別部会 資料 3-4「小学校英語の現状・成果・課題について」)。

さらに,評価方法にも変化が求められる。現在の外国語活動では文章記述による評価が行われているが,教科化された場合,これに加えて数値などによる評価も必要になってくる。

このとき,語彙や文法などの知識の量ではなく,「パフォーマンス評価」などを通して,子どもたちの言語や文化に関する気付きや技能,コミュニケーションへの関心・意欲・態度を評価する。パフォーマンス評価とひとことで言っても,小学校高学年の子どもたちを対象に,具体的にどのような方法があるかについては,今後の検証が待たれる。

ここまで教科化に伴う変化について概観したが,ここから先は,これらの変化に対応しながら小・中が連携して英語教育を進めていくために,我々にできること,やるべきことは何であるかについて述べる。

3.お互いを知ろう連携のためにまず必要なことは,お互いを

知ることである。中学校の先生方が小学校での取り組みを,小学校の先生方が中学校での取り組みを知ることから連携が始まる。拠点校事業などで小中連携に重点的に取り組んでいる地域や学校では,すでに連携が意識されているかもしれないが,それ以外の学校では日々の教育実践で手いっぱいで,他の学校,ましてや校種が違う学校にまでは目を向けている余裕がないというのが本音であろう。いきなりすべてを知ろうとする必要はないが,まずは身近なことからお互いを知る努力を始めてはどうだろうか。

もっとも簡単な方法は,教材を手に取ってみることである。例えば小学校で使われている Hi, friends! と,その補助教材(文科省 HPからダウンロード可)がある。Hi, friends! が音声指導中心の授業を意識した教材であるのに対し,この補助教材は,教科化における

「読む」「書く」力の育成を見据えて,映像や音声を活用しながら,①アルファベット文字の認識,②日本語と英語の音声の違いやそれぞれの特徴への気付き, ③語順の違いといった文構造への気付きなどに関する指導を可能にする教材となっている。まだ試作版ではあるが,小学校における指導の一例を知るためには一見の価値はある。教材を見るだけで実情がすべてわかるわけではないが,少なくとも中学校に入学してくる生徒たちがどのような英語に触れてきたのかを知ることはでき,これが連携の第一歩になる。

4.小・中それぞれの役割現在,小学校の先生方は,試行錯誤しなが

ら外国語活動の授業を行っている。小学校における外国語活動の中身は千差万別であり,教室の数(教師の数)だけ授業の種類があると言っても過言ではないだろう。なぜなら,

「こうやって教えればよい」というような典型が確立されていないからである。さらに,具体的な指導法についてもっと知りたい,指

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導力を向上させたいという小学校現場のニーズに対して,研修制度が追い付いていないという現状もある。また,平成 25 年 7 月の

「小学校の外国語活動及び英語活動に関する現状調査 プレスリリース用報告書」(日本英語検定協会)などによると,研修に参加する時間や,ALT・JET と打ち合わせをする時間を先生方が確保できないという問題もある。

英語が教科化されたとしても,この試行錯誤状態はしばらく続くであろう。新しい取り組みを始めるときは常にそうだが,典型と言われるものができるまでには時間がかかる。しかし目の前の子どもたちは待っていてはくれない。そのような中で私たちに何ができるのか。

小学校の側から小中連携を考えるときのキーワードに,「英語のデータベースの基盤づくり」がある。小学校ではこれまでも,そしてこれからも音声によるインプット重視で授業が進められるであろう。ルール(文法)重視ではなく,意味がわかる表現,言える表現を増やすという視点で授業が進められる中で,子どもたちの頭の中には,細かい構造はわからなくても,聞いて理解できたり言うことができたりする語句や表現のデータベースが構築される。言語習得のメカニズムでは,意味がわかった状態の語句や表現がデータベースとして頭の中に蓄えられ,その中から学習者がその言語のルール(文法)を導き出すことで習得につながると考えられている。小学校における英語教育は,このデータベース構築の基盤づくりを担うことになる。細かいルールを自分で説明することはできないけれど,聞いてわかったり自分で言えたりする語句や表現を少しでも増やしていき,中学校ではさらにそのデータベースを大きくするとともに,明示的な文法指導を加えることでルールの整理をする。このような形で小・中が連携することができれば,効率のよい英語学習・習得につながる。

一方,中学校の側から考える小中連携のキーワードとして,「繰り返し」と「整理」がある。小学校で学んだ語句や表現に,中学校でも繰り返し触れさせることでさらなる定着を図り,ある程度定着したところで明示的な文法指導を行い,ルールを整理する。このようにして整理された情報を基盤にして,中学校で新たに学ぶ内容を積み重ねていくことができれば,小・中の連携がうまく機能するであろう。英語の授業における教師の仕事は,生徒に新たな知識を与えることのみではなく,その知識を定着させることであり,そのためには繰り返しが必要不可欠である。「一度学習しているからもう大丈夫」ではなく,「一度学習したことだからもう一度」という発想を持ち,小学校で学んだ内容を中学校でも再び取り上げ,漆を塗るように何度も触れさせるという意識が必要である。

5.アクセルとリセットボタン言語を習得する道のりは長くて険しい。膨

大な時間と労力がかかる。小学校に「英語」という教科が誕生することは,この長くて険しい道のりを進む子どもたちにとってアクセルになり得る。つまり,小学校で学んだことを土台にして中学校の英語教育をさらに加速させることができるかもしれない。

その一方で,英語学習に苦手意識を持った状態で中学校に進学する子どもたちが出てきた場合,逆に中学校での英語学習にブレーキがかかってしまうと不安に感じる人もいるかもしれない。万が一そのような子どもたちがいたとしても,中学校で英語学習のリセットボタンを押すことは可能である。やり直しはきく。小学校と中学校では,子どもの発達段階や学習内容,指導体制の違いはあるかもしれないが,英語学習という一本の道を進んでいるという点ではつながっていることを忘れてはならない。

[特集]小・中の円滑な接続のための工夫

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