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ニセコ火山群周辺の温泉水の化学組成(その1)
Chemical composition and stable isotope ratio of hot spring water
around Niseko volcanic area, Hokkaido No.1
大森一人・鈴木隆広
Kazuto Ohmori & Takahiro Suzuki
キーワード:ニセコ地域,温泉水,化学組成,水素・酸素安定同位体比Key words : Niseko area, hot spring water, chemical composition, hydrogen and oxygen stable isotope
Ⅰ はじめに
ニセコ火山群は東西約30 kmに連なる山系で,西から順に雷電山,目国内岳,前目国内岳,白樺山,シャクナゲ岳,チセヌプリ,ニトヌプリ,イワオヌプリ,ワイスホルン,ニセコアンヌプリから形成される(第1図).火山活動は約200万年前に西部の火山体から開
始した.その後,火山活動は西から東に向かって移動し,直近の火山活動はイワオヌプリでおきたと考えられている(新エネルギー総合開発機構,1985).イワオヌプリ,チセヌプリ,ニセコアンヌプリの東
部から南部にかけた山腹,山麓はニセコ地域と呼ばれ,いくつもの温泉郷が混在するユニークな温泉地である.温泉地は倶知安町,ニセコ町,蘭越町を横断して五色,
北海道地質研究所報告,第90号,49‐55,2018
第1図 試料採取地点ニセコ地域(ニセコ火山群の南東部)の温泉水は白丸,それ以外の地域の温泉水は灰色丸で示す.黒三角はニセコ火山群の山頂を示す.
Fig. 1 Location of Survey area.White and gray circles indicate hot springs in and surround Niseko area, respectively. Black triangles indicate peakof Niseko volcanos.
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湯元,ひらふ,ニセコワイス,ニセコアンヌプリ,昆布,旭台,東山,昆布川,湯の里,新見と呼ばれる温泉郷に大別される.ニセコ地域は湯元温泉の大湯沼などで100℃近い温
泉水や付随ガスが自然湧出するなど,地下に高温の火山性流体が存在すると考えられており,過去には国による地熱資源の促進調査も行われた(新エネルギー総合開発機構:1985, 1986a, b, 1987ほか).2011年の東日本大震災以降,エネルギー施策の見直しから地熱発電が再び注目され,ニセコ町および蘭越町においても地熱開発に向けた調査・検討が始まった.しかし地熱開発は,温泉事業者にとって開発に伴う温泉水の温度
低下や湧出量減少等の影響についての懸念があり,これらの影響の有無を評価するためには,各々の温泉水の起源や流動系を把握する必要がある.ニセコ火山群周辺の温泉の起源については,ニセコ
地域では柴田ほか(2011)が,岩内町の円山地域では松波ほか(1994)が考察を行っている.その結果をまとめると,これらの地域の温泉水は,�天水に火山性流体が混合したもの,�天水に堆積物中に貯留した海水を起源とする水が混合したもの,�天水を起源とした地下水が高温の岩体で加熱されたものに大別できる.地熱開発が既存温泉に及ぼす影響の有無を評価するためには,この分類をさらに詳細に検討し,温泉帯水層と
第1表 ニセコ火山群周辺の温泉水の化学組成Table 1 Chemical compositions of hot springs water in Niseko volcanic area.
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地熱貯留層との水理的位置関係を明らかにする必要がある.そこで当所は2017年度から3年計画で重点研究「ニ
セコ地域における地熱構造モデル構築と地熱資源量評価」を開始し,その一環として地熱開発が既存温泉に及ぼす影響の有無を評価するための調査を始めた.本稿では,2017年にニセコ火山群周辺で採水した温泉水の化学組成についての結果を報告する.
Ⅱ 試料採取・分析手法
採水地点を第1図に示す.ニセコ火山群周辺で採水した温泉水は40地点であり,それぞれニセコ地域の五色(No.1~7),湯元(No.8~11),ひらふ(No.12,26~27),ニセコワイス(No.13~14),ニセコアンヌプリ(No.15~17),昆布温泉(No.18~22),旭台(No.23~24),東山(No.25),倶知安(No.28),ニセコ中央(No.29),昆布川(No.30~32),およびニセコ地域以外の円山(No.33
~37),雷電(No.38),ワイス(No.39~40)である.なお,五色温泉および湯本温泉は施設近辺に多数の自然湧出点が存在し,各々の湧出点から採水した.温泉水は現地で泉温,pH,電気伝導度を測定する
とともに,ガラスおよびポリエチレン製の容器に採水し,温泉水の主要溶存イオン濃度と水素・酸素安定同位体比を分析した.試料中のナトリウムイオン(Na+),カリウムイオン(K+),マグネシウムイオン(Mg2+),カルシウムイオン(Ca2+),塩化物イオン(Cl-),硫酸イオン(SO4
2-)は,実験室で0.2μmのメンブレンフィルターでろ過した後,イオンクロマトグラフ法(サーモフィッシャー製:DIONEX ICS−1100,2100)で分析した.また,炭酸水素イオン(HCO3
-)および炭酸イオン(CO3
2-)は,指示薬にメチルオレンジとフェノールフタレインを用い滴定溶液として,0.1M−HClと0.1M−Na2CO3を用いた滴定法によって求めた.水素安定同位体比(δD)および酸素安定同位体比(δ18O)は,波長スキャンキャビティリングダウン分光法(PICCARO
第2図 温泉水のトリリニアダイアグラムFig. 2 Trilinear diagram of chemical hot springs water chemistry.
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社製:L1102−i)で分析した.
Ⅲ 結果および考察
Ⅲ.1 化学組成とタイプ分類
温泉水の化学組成を第1表に示す.本研究では主要溶存イオン比から,温泉水をMg−SO4型,Na−SO4型,Ca−SO4型,Na−Cl型,Na−Cl・SO4型,Na−Cl・HCO3
型,Na−HCO3型,Na−HCO3・SO4型の8つのタイプに分類した.また,温泉水をトリリニアダイアグラム上にプロッ
トした結果,以下の3つの領域に大別された(第2図).領域Ⅰ.主要陽イオンは Na+, Ca2+, Mg2+と異なるが,主要陰イオンはすべて SO4
2-であり,非重炭酸カルシウム型に属する.温泉水は前述のMg−SO4
型,Na−SO4型,Ca−SO4型に相当し,イワオヌプリおよびチセヌプリの山腹部に位置する五色(No.1~7),湯元(No.8~11),ひらふ(No.12),ならびに雷電山の山麓部に位置する雷電(No.38)の温泉水が該当する.温泉水はすべて自然湧出であり,泉温は21.7~86.5℃と幅があるが,pHは2.0~3.6ですべて酸性である.
領域Ⅱ.主要陽イオンはすべて Na+であり,主要陰イオンの端成分は Cl-または HCO3
-であるものが多く,非重炭酸ナトリウム型に属する.温泉水は前述の Na−Cl型,Na−Cl・SO4型,Na−Cl・HCO3
型,Na−HCO3型,Na−HCO3・SO4型に相当し,本研究では該当する温泉水が最も多い.また温泉水は旭台(No.23~24)が自然湧出と掘削自噴井であることを除き,掘削井から揚湯しており,泉温は12.6~63.5℃と幅があるが,pHは6.1~8.4と中性から弱塩基性である.
領域Ⅲ.主要陽イオンはすべて Na+,主要陰イオンは HCO3
-であり,炭酸ナトリウム型に属する.温泉水は前述の Na−HCO3型の一部に相当し,ニセコ火山群の山麓部下部に位置する倶知安(No.28)や昆布川(No.31)の2ヶ所のみの温泉水が該当する.温泉はすべて掘削井から揚湯しており,泉温はいずれも50℃前後で,pHは7.0~8.4と中性から弱塩基性である.
Ⅲ.2 水素・酸素安定同位体比
温泉水中の水素安定同位体比(δD)と酸素安定同位体比(δ18O)は,天水や火山性流体,海水など固有値をもつ端成分との混合比から,起源や成因を推定するこ
第3図 温泉水の δDと δ18Oの関係Fig. 3 Relationship of δD and δ18O in hot springs water.
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とができる.第3図に,本研究で採水した温泉水を δDと δ18Oの相関図にプロットしたものを示す.多くの温泉水は天水領域内に存在するが,その分布から4つの傾向が確認できた.Line.1 天水領域(Meteoric water layer : δD=8×δ18O+10~26)と島弧火山型の火山性流体(J−HTVG : δD :−10~−25‰, δ18O : 5~12‰)を結ぶ直線上に位置する.温泉水はニセコ火山群の山腹部のMg−SO4
型(No.1~7),Na−SO4型(No.8~11),Ca−SO4型(No.12, 38),および山麓部の一部の Na−Cl型(No.23~25)が該当する.
Line.2 天水領域の傾きに対し軽い δ18Oをもつ斜交した直線上に位置する.ニセコ火山群の山麓部下部の Na−Cl・HCO3型(No.13, 26, 27, 30, 31, 32)および Na−HCO3型(No.20, 28, 30, 37)が該当する.
Line.3 Line.1と Line.2の2直線の中間に位置する.ニセコ火山群の山麓部中部の Na−Cl型(No.18, 21,
22, 29, 39,40),Na−HCO3・SO4型(No.14, 17),Na−Cl・SO4型(No.15),Na−Cl・HCO3型の一部(No.16,19)の温泉水が該当する.
Line.4 天水領域と標準海水(SMOW : δD : 0‰, δ18O :
0‰)を結ぶ直線上に位置する.ニセコ火山群の北西麓に位置する岩内町円山地域の温泉水(No.33~36)が該当する.
Ⅲ.3 温泉水の起源推定
本研究では,ニセコ火山群周辺の温泉水を主要溶存イオン比から8タイプに分類し,さらにそれらをトリリニアダイアグラムから3タイプ,水素・酸素安定同位体比から4タイプに区分した.第4図に主要溶存イオン比と水素・酸素安定同位体比による温泉水のタイプの分布を示す.イワオヌプリおよびチセヌプリの山腹部から自然湧
出する温泉水は SO42-比が高く,山麓部の温泉水は
第4図 主要溶存イオン比による分類と水素・酸素安定同位体比による分類の地理的関係Fig. 4 Geographical relationship of hot spring water used by dissolved main ions and δD−δ18O.
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HCO3-比や Cl-比が高い.一般的に,火山性流体が寄
与する温泉水の陰イオン比は,火山性流体が地下で側方流動をする際に,脱ガスや天水による希釈,交換反応を経て溶存成分が分化する.その結果,山腹部ではSO4
2-比が高く,山麓部では HCO3-比および Cl-比が
高くなることが知られている(野田,1987ほか).ニセコ地域の温泉も,地下深部の火山活動の中心をチセヌプリ,イワオヌプリと考えれば,概ねこの化学組成の傾向に調和的な結果となる.トリリニアダイアグラムによるタイプ分類では,山腹部の温泉水は領域Ⅰの非重炭酸カルシウム型,山麓部の温泉水は領域Ⅱの非重炭酸ナトリウム型,山麓部下部の温泉水は領域Ⅲの炭酸ナトリウム型に属する.地下水の地化学分野では,非重炭酸カルシウム型は地下水に火山性流体が,非重炭酸ナトリウム型は火山性流体または化石海水が寄与していると考えられており,一方で,炭酸ナトリウム型は地下水が帯水層内で長期間停滞したものであると考えられている.よって,ニセコ地域においては,このタイプ分類からも山腹部から山麓部にかけて火山性流体が寄与していると考えられる.また,水素・酸素安定同位体比の結果から,本研究
で採水した温泉水の多くは δDと δ18Oの相関図で天水領域内に存在するため,温泉水の起源は天水が主体であることが明らかとなった.さらに,温泉水は4つの傾きをもつグループに分類でき,天水に他の起源をもつ流体が混合することで形成されていることが明らか
となった.本研究結果と柴田ほか(2011)が考察した温泉水の起
源推定の結果を第2表にまとめた.これらの結果から,Mg−SO4型,Na−SO4型,Ca−SO4型の温泉水はいず
れも天水に火山性流体が寄与していると考えられる.しかし Na−Cl型の温泉水については,柴田ほか(2011)では化石海水型であるとしているが,本研究結果では,この中には天水に火山性流体が寄与した温泉が存在する結果となった.Na−Cl・SO4型,Na−Cl・HCO3型,Na−HCO3型,Na−HCO3・SO4型の温泉水は,柴田ほか(2011)では天水が高温岩体により加熱されたものであると結論づけているが,本研究結果では Na−HCO3
型および Na−Cl・HCO3型の一部の温泉水については同様の結論であるものの,Na−Cl・SO4型,Na−HCO3・SO4型の温泉水は,それらの温泉水と前述の火山性流体の寄与された温泉水が混合したものであると考えられる.本研究と柴田ほか(2011)の起源推定の相違は,温泉水の水素・酸素安定同位体比と Cl-濃度の解釈によるものが大きい.柴田ほか(2011)では,山麓部の掘削井から揚湯された温泉水について,δDと δ18Oの相関図上で天水領域内に分布し Cl-濃度の高いものを化石海水が寄与した温泉水,Cl-濃度の低いものを天水が高温岩体により加熱されたものであるとした.しかし本研究では,Cl-比の高い温泉には化石海水が寄与したものと火山性流体が寄与したものの双方が存在すると考え,さらに δDと δ18Oの相関図上の温泉水の分
第2表 ニセコ火山群周辺の温泉水の起源推定Table 2 Estimated Origins of hot springs water in Niseko volcanic area.
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布を詳細に検討し分類を細分化したため,起源をさらに区分することができた.円山地域の温泉水については,松波ほか(1994)が上
部の低濃度で Na−HCO3型の温泉水と,下部の高濃度で Na−Cl型の温泉水に区分し,さらに温泉水の B/Cl
比から上部の温泉水は天水が主な起源であり,下部の温泉水は天水に化石海水が寄与していると結論づけた.本研究の水素・酸素安定同位体比の結果からも,円山地域の Na−HCO3型の温泉水(No.37)は天水が高温岩体により加熱されたものであり,Na−Cl型の温泉水(No.33~36)は天水に化石海水が寄与したものであると考えられるため,松波ほか(1994)による温泉水の起源推定と概ね調和的な結果となった.
Ⅳ まとめ
本研究の結果をまとめると以下となる.1)ニセコ火山群周辺の温泉水は,主要溶存イオン比から8タイプに分類できる.さらにそれらをトリリニアダイアグラムから3タイプ,水素・酸素安定同位体比から4タイプに区分できる.
2)主要溶存イオン比による分類から,ニセコ温泉地域はチセヌプリ,イワオヌプリの山腹部から自然湧出する温泉水は SO4
2-比が高く,山麓部ではHCO3
-比および Cl-比が高くなることから,天水に火山性流体が寄与していると考えられる.
3)水素・酸素安定同位体比から,温泉水の起源は天水が主体であるものの,Line.1 火山性流体との混合した温泉水Line.2 天水が高温岩体で加熱された温泉水Line.3 Line.1と2の温泉水が混合した温泉水Line.4 化石海水が混合した温泉水と,さらに起源を細分化できた.
Ⅴ おわりに
本研究ではニセコ火山群周辺の温泉水の化学組成と水素・酸素安定同位体比から,温泉水の成因や起源を
推定した.しかし,各温泉水の地下深部での直接的な繋がりや分化過程については,まだ明らかではない.このため,今後は以下について検討する予定である.1)研究対象とする温泉を拡充するとともに,温泉水中のハロゲン元素(F,Br,I等)や微量元素(B,Hg,Si等),硫黄安定同位体比(δ34S),温泉付随ガス成分(H2S,CH4,CO2等)の分析を行い,さらに詳細な温泉水の起源や混合過程を検討する.
2)掘削井の柱状図や検層データから温泉水の帯水層を特定し,温泉水の分化や移動,賦存を検討する.
謝 辞
本研究をすすめるにあたり源泉所有者および温泉事業者の方々には,現地採水でご協力いただいた.北海道立衛生研究所生活科学部の高野敬志主査には,水質分析における協力と有益なコメントをいただいた.ここに記して感謝申し上げる.
文 献
松波武雄・高見雅三・二間瀬 洌(1994):ニセコ山系北麓岩内
周辺の熱水系について.北海道立地質研究所報告,66,1−26.
野田徹郎(1987):地熱活動の指標としてのアニオンインデック
ス.日本地熱学会誌,9,133−141
柴田智郎・高橋徹哉・岡崎紀俊・高橋良・秋田藤夫(2011):ニ
セコ地域南部から東部山麓における温泉の地域的特徴につ
いて.北海道立地質研究所報告,82,1−8
新エネルギー総合開発機構(1985):昭和59年度全国地熱資源総
合調査(第2次)火山性熱水対流系地域タイプ�(ニセコ地域)調査報告書要旨,133p.
新エネルギー総合開発機構(1986a):昭和60年度全国地熱資源
総合調査(第2次)火山性熱水対流系地域タイプ�(ニセコ地域)流体地球化学調査報告書要旨,79p.
新エネルギー総合開発機構(1986b):昭和60年度全国地熱資源
総合調査(第2次)火山性熱水対流系地域タイプ�(ニセコ地域)調査報告書要旨,203p.
新エネルギー総合開発機構(1987):昭和61年度全国地熱資源総
合調査(第2次)火山性熱水対流系地域タイプ�(ニセコ地域)総合解析
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