fedを中心とした「世界経済サイクル」から 今後をどう読むか? ·...

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株式会社大和総研 丸の内オフィス 〒100-6756 東京都千代田区丸の内一丁目 9 番 1 号 グラントウキョウ ノースタワー このレポートは投資勧誘を意図して提供するものではありません。このレポートの掲載情報は信頼できると考えられる情報源から作成しておりますが、その正確性、完全性を保証する ものではありません。また、記載された意見や予測等は作成時点のものであり今後予告なく変更されることがあります。㈱大和総研の親会社である㈱大和総研ホールディングスと大和 証券㈱は、㈱大和証券グループ本社を親会社とする大和証券グループの会社です。内容に関する一切の権利は㈱大和総研にあります。無断での複製・転載・転送等はご遠慮ください。 2016 年 4 月 5 日 全 12 頁 Fed を中心とした「世界経済サイクル」から 今後をどう読むか? 世界経済が「ソフトパッチ」に留まるか否かは Fed の手腕がカギ エコノミック・インテリジェンス・チーム エコノミスト 長内 智 [要約] 歴史を振り返ってみると、Fed の金融政策の変更は、世界経済とグローバルな金融市場 に対して多大な影響を及ぼしてきた。具体的な経路としては、①金融市場ルート、②実 体経済ルート、の 2 つが重要となる。本稿では、「世界経済サイクル」の海図を基に、 世界経済が現在置かれている状況を確認し、Fed の金融政策と世界経済の先行きについ て考察を行う。 Fedの「出口戦略」を背景として、ドル高と新興国からの資金流出が加速し、その結果、 新興国経済が減速している。加えて、新興国経済の減速が資源安に拍車をかけており、 資源国リスクが高まっている。これらに関しては、Fed の利上げペース、新興国の 景気刺激策、資源価格の動向、を引き続き慎重に見極めたい。 現在、米国では、ドル高や原油安を主因に企業部門に弱さが見られていることが大きな 特徴として指摘できる。企業部門とは対照的に米国では家計部門が好調であり、その背 景として雇用環境の改善が挙げられる。ここで問題となるのは、企業部門の不振が、雇 用の伸び悩みなどの形で家計部門に波及して、それが家計の期待インフレ率や実際の消 費者物価上昇率の重石になるリスクをどう評価すべきか、という点である。 FOMC 参加者は 2015 年 12 月時点で年 4 回程度の利上げを見込んでいたが、2016 年 3 月 に年 2 回程度まで利上げペースを引き下げた。このペースであれば、テイラー・ルール の先行きと大きくかい離せず、米国経済を過度に下押しすることもないだろう。この結 果、世界経済も深刻な景気後退に陥らず、「ソフトパッチ(短期的な鈍化)」に留まる公 算である。 日本銀行が 2006 年 7 月に利上げ(実質 0%0.25%)に踏み切った経験からの教訓と して、「金利の水準論」に注意したい。政策金利の水準はその高低でなく、実体経済や 物価水準との見合いで決められるべきである。さらに、複数の主要先進国がマイナス金 利政策を導入した現在となっては、仮に政策金利が 0%だとしても下へのバッファーが 依然として存在することを忘れてはならない。 経済分析レポート

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Page 1: Fedを中心とした「世界経済サイクル」から 今後をどう読むか? · 2016-04-06 · 今後をどう読むか? 世界経済が「ソフトパッチ」に留まるか否かはFedの手腕がカギ

株式会社大和総研 丸の内オフィス 〒100-6756 東京都千代田区丸の内一丁目 9番 1号 グラントウキョウ ノースタワー

このレポートは投資勧誘を意図して提供するものではありません。このレポートの掲載情報は信頼できると考えられる情報源から作成しておりますが、その正確性、完全性を保証する

ものではありません。また、記載された意見や予測等は作成時点のものであり今後予告なく変更されることがあります。㈱大和総研の親会社である㈱大和総研ホールディングスと大和

証券㈱は、㈱大和証券グループ本社を親会社とする大和証券グループの会社です。内容に関する一切の権利は㈱大和総研にあります。無断での複製・転載・転送等はご遠慮ください。

2016 年 4 月 5 日 全 12 頁

Fed を中心とした「世界経済サイクル」から

今後をどう読むか?

世界経済が「ソフトパッチ」に留まるか否かは Fed の手腕がカギ

エコノミック・インテリジェンス・チーム

エコノミスト 長内 智

[要約]

歴史を振り返ってみると、Fed の金融政策の変更は、世界経済とグローバルな金融市場

に対して多大な影響を及ぼしてきた。具体的な経路としては、①金融市場ルート、②実

体経済ルート、の 2 つが重要となる。本稿では、「世界経済サイクル」の海図を基に、

世界経済が現在置かれている状況を確認し、Fed の金融政策と世界経済の先行きについ

て考察を行う。

Fed の「出口戦略」を背景として、ドル高と新興国からの資金流出が加速し、その結果、

新興国経済が減速している。加えて、新興国経済の減速が資源安に拍車をかけており、

資源国リスクが高まっている。これらに関しては、①Fed の利上げペース、②新興国の

景気刺激策、③資源価格の動向、を引き続き慎重に見極めたい。

現在、米国では、ドル高や原油安を主因に企業部門に弱さが見られていることが大きな

特徴として指摘できる。企業部門とは対照的に米国では家計部門が好調であり、その背

景として雇用環境の改善が挙げられる。ここで問題となるのは、企業部門の不振が、雇

用の伸び悩みなどの形で家計部門に波及して、それが家計の期待インフレ率や実際の消

費者物価上昇率の重石になるリスクをどう評価すべきか、という点である。

FOMC 参加者は 2015 年 12 月時点で年 4 回程度の利上げを見込んでいたが、2016 年 3 月

に年 2回程度まで利上げペースを引き下げた。このペースであれば、テイラー・ルール

の先行きと大きくかい離せず、米国経済を過度に下押しすることもないだろう。この結

果、世界経済も深刻な景気後退に陥らず、「ソフトパッチ(短期的な鈍化)」に留まる公

算である。

日本銀行が 2006 年 7 月に利上げ(実質 0%→0.25%)に踏み切った経験からの教訓と

して、「金利の水準論」に注意したい。政策金利の水準はその高低でなく、実体経済や

物価水準との見合いで決められるべきである。さらに、複数の主要先進国がマイナス金

利政策を導入した現在となっては、仮に政策金利が 0%だとしても下へのバッファーが

依然として存在することを忘れてはならない。

経済分析レポート

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金融市場ルート

実体経済ルート

(出所)大和総研作成

新興国の

景気↓

ドル高・

資金流出

Fedの金融政策(出口戦略)

米国・先進国の

景気↓

インフレ率↑

国際商品

市況↑

資源国

ブーム

輸出・生産・

投資↓

米国・先進国の

景気↑

新興国の

景気↑ドル安・

資金流入

輸出・生産・

投資↑

Fedの金融政策(金融緩和)

インフレ率↓

資源国

危機

国際商品

市況↓

1.はじめに

主要先進国の中央銀行に先駆けて、Fed(連邦準備制度)が 2015 年 12 月に利上げに踏み切っ

た。この背景としては、個人消費を中心に米国経済が堅調であることや、雇用市場の改善が挙

げられる。今回の利上げによってFedの金融政策は正常化に向けて大きく前進したわけである。

しかし、他方で、これまでの Fed の「出口戦略」が引き金となり、新興国経済が動揺し、グロ

ーバルな金融市場は大きな混乱に見舞われた。現在、世界経済の先行きにも急速に暗雲が広が

っており、各国は今後の暴風雨に備える必要があるだろう。

歴史を振り返ってみると、Fed の金融政策の変更は、世界経済とグローバルな金融市場に対し

て多大な影響を及ぼしてきた。その構図を非常に単純化すると、図表 1 のような「世界経済サ

イクル」で示すことができる。具体的な経路としては、①金融市場ルート、②実体経済ルート、

の 2つが重要となる。

図表中の Fed の金融緩和から「出口戦略」までの局面を確認しよう。「①金融市場ルート」で

は、ドル安の進行と新興国への資金流入によって、新興国経済が過熱する。新興国経済の成長

加速は、世界的な資源エネルギー需給を引き締めることを通じて、国際商品市況を上昇させ、

それが世界各国のインフレ率を押し上げる。「②実体経済ルート」に関しては、ドル安に伴う輸

出の増加や生産の拡大が米国経済を刺激し、他の先進国経済に対してもプラスに寄与する。そ

の後、実体経済を反映した雇用市場の改善、インフレ見通しの高まりを総合的に勘案して、Fed

が「出口戦略」に踏み切る。Fed の「出口戦略」から金融緩和までの局面は、上記と真逆のメカ

ニズムによって引き起こされる。

本稿では、この「世界経済サイクル」の海図を基に、世界経済が現在置かれている状況を確

認し、Fed の金融政策と世界経済の先行きについて考察を行うことにしよう。当然、Fed の金融

政策と世界経済は非常に複雑に絡み合っており、ここで指摘した「世界経済サイクル」は、そ

れらの「一つの側面」を切り取ったものにすぎない点に留意したい。

図表 1:Fed を中心とした「世界経済サイクル」

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名目実効ドル(OITP、前年比、逆目盛):左軸

新興国生産(前年比):右軸

(年)

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新興国通貨高・ドル安

新興国通貨安・ドル高

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EMBI Global Spread(逆目盛):左軸

名目実効ドル(OITP、前年比、逆目盛):右軸

(年)

(%)(bp)

新興国通貨高・ドル安

新興国通貨安・ドル高

新興国リスク小

新興国リスク大

(出所)FRB、JP Morgan/Haver Analyticsより大和総研作成 (出所)FRB、オランダ経済政策分析局、Haver Analyticsより大和総研作成

2.新興国経済減速と資源価格急落の背景を探る

ドル高と新興国からの資金流出を受けて新興国経済が減速

新興国通貨に対する総合的なドルの為替レートを示す名目実効ドル(OITP)により、新興国

からの資金流出の動向を確認しよう。図表 2 は、新興国の信用リスクを表す「EMBI Global Spread

(EMBI スプレッド)」と「名目実効ドル(OITP)」を示している。ここで、EMBI スプレッドは、

新興国の国債利回りと米国の国債利回りとの差であり、新興国の信用リスクが高まり(低下し

て)、新興国の国債利回りが急騰(急低下)すると、拡大(縮小)するという関係にある。

両者は相互に影響を及ぼす関係にあるため、概ね連動して推移する傾向が確認できる。その

理由は、例えば、Fed の利上げにより、投資対象として相対的にドル資産の魅力(収益率)が高

まると、グローバルなマネーが新興国通貨からドルに還流(=ドル高)すると同時に、資金流

出に見舞われた新興国において信用不安が高まり、新興国の国債利回りおよび EMBI スプレッド

が上昇するためである。また、2008 年のリーマン・ショックのような世界的な金融ショックが

発生する場合には、先進国より新興国の信用リスクが急速に高まる傾向が強く、その結果、EMBI

スプレッドが上昇すると同時に新興国からの資金流出が加速し、ドル高も進行する。

近年の名目実効ドル(OITP)の推移を見ると、2013 年 5 月頃から「ドル高局面」に入ってい

ることが分かる。この背景には、2013 年 5 月のバーナンキ FRB 議長(当時)による QE3(量的

緩和政策第 3 弾)縮小発言に起因するグローバル金融市場の混乱(=いわゆる「テーパー・タ

ントラム」)や、2014 年 10 月の FOMC で QE3 の縮小が決定されるなど Fed の「出口戦略」が前進

したことがある。こうした中、グローバル金融市場では、EMBI スプレッドも上昇しており、新

興国の信用リスクが高まっている様子がうかがえる。

新興国からの資金流出は、投資の抑制と生産の減少を通じて、新興国の実体経済を下押しす

る点にも注意が必要であろう。実際、名目実効ドル(OITP)と新興国生産の推移を並べると、

両者が概ね連動していることが確認できる(図表 3)。足下で新興国生産の伸びは鈍化傾向にあ

るが、その一因として、新興国からの資金流出が挙げられる。

図表2:EMBIスプレッドと名目実効ドル(OITP) 図表 3:名目実効ドル(OITP)と新興国生産

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新興国生産(前年比):左軸 CRB指数(前年比):右軸

(年)

(%)(%)

(出所)オランダ経済政策分析局、Haver Analyticsより大和総研作成

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石油の世界需給:左軸 WTI原油先物価格:右軸

(年)

(ドル/バレル)(百万バレル/日)

[需要超]

[供給超]

(出所)IEA、NYMEX、Bloombergより大和総研作成

さらに、主要アジア諸国の生産(前年比)を要因分解すると、米国の「出口戦略」に伴う通

貨安が生産を下押ししている可能性が示唆される1。今後に関しても、新興国からの資金流出に

歯止めが掛からなければ、新興国の実体経済が一段と下押しされる可能性があるだろう。

新興国経済の減速が資源エネルギー価格の下落に拍車をかける

新興国は先進国に比べてエネルギー消費やインフラ投資の増加ペースが速く、新興国景気が

悪化することになれば、世界的にエネルギー需要およびインフラ向け素材需要が低迷する。こ

の結果、グローバルな商品需給が悪化して、国際商品市況が下落することになる。 近の動向

に関しては、2015 年後半から 2016 年 2 月頃まで、中国をはじめとする新興国経済の減速に伴う

需要減少懸念が商品市場で大きく材料視され、資源エネルギー価格の下落に一層拍車をかけた

ことが注目される。

実際、新興国生産と、国際商品市況の代表的な指標である CRB 指数は、長期的に連動する傾

向が見られる(図表 4)。現在、新興国生産の伸びが鈍化する中で、CRB 指数が大きく落ち込ん

でおり、需要要因がマイナスに作用しているとみられる。なお、足下の両者の乖離は、CRB 指数

を構成する商品の中で大きなウエイトを占める原油価格の急落が主因である。

当然、新興国の景気減速に伴い資源エネルギー需要が減ったとしても、それに見合うだけ供

給が削減され、需給バランスが悪化しなければ、価格が大きく押し下げられることはない。こ

の点については、国際エネルギー機関(IEA)による石油の世界需給バランス(需要-供給)を

確認することが重要となる。石油の世界需給は、2014 年に入ってから供給超過の状況に転じ、

その後も需給バランスの悪化が続いた。この背景としては、新興国の景気減速により需要の伸

びが鈍化する中で、産油国のシェア争いで生産調整が進まなかったことが指摘できる。

図表 4:新興国生産と資源価格 図表 5:石油の世界需給バランスと原油価格

1 例えば、長内智(2016)「米国企業の『デット・サイクル』から見た世界経済の先行きについて」を参照。

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投機筋のポジション:左軸 WTI原油先物価格:右軸

(ドル/バレル)(万枚)

(年)

[買い越し]

[売り越し]

(注)投機筋のポジションは非商業+非報告。

(出所)CFTC、NYMEX、Bloombergより大和総研作成

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ワールドダラー(前年比):左軸

WTI原油先物価格(前年比):右軸

(前年比、%) (前年比、%)

リーマン・ショック→

(年)

(注)ワールドダラー=米国ベースマネー+海外公的機関の保有する米国証券。

(出所)FRB、Haver Analyticsより大和総研作成

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名目実効ドル(Broad、逆目盛):左軸

WTI原油先物価格:右軸

(年)

(ドル/バレル)(1997年1月=100)

ドル安

ドル高

(出所)FRB、NYMEX、Bloombergより大和総研作成

y = 1.10 x + 2.58

R² = 0.01

y = -8.98 x + 20.39

R² = 0.85

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1.78 1.80 1.82 1.84 1.86 1.88 1.90

ln (人民元/ドル)

ln

(WTI原油先物価格)

2014年12月~2016年3月

2013年1月~2014年11月

←人民元高・ドル安 人民元安・ドル高→

(出所)NYMEX、Bloombergより大和総研作成

また、原油価格については、為替レートの動向が材料視されることが多い。例えば、Fed の「出

口戦略」に伴う商品市場から通貨ドルへの投資資金の流出(=ドル高)が原油価格の下押し要

因となっている(図表 6)。加えて、2015 年 8 月の中国人民元の切り下げによって、中国経済に

対する不透明感が急速に強まり、国際商品市況が大きく崩れたことも記憶に新しいところだろ

う。実際、ドル人民元レートと原油価格の関係を見ると、2014 年末以降に両者の関係が強まっ

ており、2015年 8月の人民元安も原油価格の下落要因となっていた様子がうかがえる(図表 7)。

さらに、商品市況はマネー・フローといった金融面の影響も強く受ける。具体的には、①投

機筋の「売り・買い」のポジション、②世界の流動性(ワールドダラー)、の変化を受けて原油

価格が大きく変動することになる。2015 年以降の動向を見ると、投資筋による原油の買いポジ

ションの縮小傾向が続いたこと、ワールドダラーの伸びが大きく鈍化したことが確認でき、こ

うしたマネー・フローの動きが原油価格に対してマイナス方向に作用したと考えられる(図表 8、

図表 9)。

図表 6:名目実効ドルと原油価格 図表 7:ドル人民元レートと原油価格

図表 8:投機筋のポジションと原油価格 図表 9:流動性(ワールドダラー)と原油価格

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(注1)産油国は、アルジェリア、アンゴラ、アゼルバイジャン、ブラジル、カザフスタン、クウェート、リビア、メキシコ、ナイジェリア、ノルウェー、

オマーン、カタール、ロシア、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、ベネズエラの16ヶ国。

(注2)産油国の各変数は、各国のGDP(PPPベース)を用いて加重平均したもの、データ期間は1996年~2015年。2015年はIMF予測。

(注3)先進国の各変数のデータ期間は、財政収支対GDP比のみ2001年~2015年、他は1996年~2015年。2015年はIMF予測。

(出所)IMF、NYMEX、Bloombergより大和総研作成

y = 0.43 x + 4.84

R² = 0.61

y = 0.12 x + 1.98

R² = 0.45

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産油国 先進国

(WTI原油先物価格、前年比、%)

(1)名目GDP成長率(ドルベース)

(名目GDP成長率、前年比、%)

2015年

2015年

y = 0.07 x + 3.05

R² = 0.59

y = 0.03 x + 1.83

R² = 0.24

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産油国 先進国

(WTI原油先物価格、前年比、%)

(2)実質GDP成長率

(実質GDP成長率、前年比、%)

2015年

2015年

y = 0.10 x - 0.92

R² = 0.78

y = -0.01 x - 0.26

R² = 0.31

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2

4

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産油国 先進国

(WTI原油先物価格、前年比、%)

(3)経常収支対GDP比

(経常収支対GDP比、前年差、%pt)

2015年

2015年

y = 0.12 x - 1.39

R² = 0.84

y = 0.01 x - 4.05

R² = 0.02

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2

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8

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産油国 先進国

(WTI原油先物価格、前年比、%)

(4)財政収支対GDP比

(財政収支対GDP比、前年差、%pt)

2015年

2015年

原油安による産油国経済の下押し圧力はどの程度か?

それでは、原油安が産油国経済に与える影響度をどのように捉えればよいのだろうか。この

問題について、原油価格の変化と、産油国・先進国の名目および実質 GDP 成長率、経常収支、

財政収支との関係を確認すると、以下の 3つの特徴が挙げられる。

第一に、原油安は、産油国の名目と実質 GDP 成長率のいずれも押し下げる傾向が明確に確認

できる(図表 10-(1)、(2))。機械的に計算すると、原油価格が 40%pt 下落すると、産油国の名

目 GDP 成長率は▲17%pt 程度、実質 GDP 成長率は▲2.8%pt 程度押し下げられる。

第二に、原油安は、産油国の実体経済を押し下げると同時に、経常収支対 GDP 比と財政収支

対 GDP を悪化させる(図表 10-(3)、(4))。このため、原油価格が急落する事態が起きると、産油

国のソブリンリスクが急速に高まり、グローバル金融市場を揺さぶることになる。

第三に、先進国に対する原油安の影響として、①名目 GDP 成長率の押し下げ、②経常収支対

GDP 比の改善(産油国とは逆)、の 2 点が指摘できるが、その影響度は産油国に比べて軽微であ

る(図表 10-(1)、(3))。他方、原油安と、先進国の実質 GDP 成長率および財政収支対 GDP との関

係性はさほど明確ではない(図表 10-(2)、(4))。

図表 10:原油価格の変化と産油国・先進国経済の関係(1996 年~2015 年)

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グローバル金融市場の動揺

原油急落

米国のシェール革命

地政学的リスクが一服

中国の景気減速 米国利上げ+ドル高

米国の原油在庫増

イランの経済制裁解除

産油国のシェア争い リスクオフの動き

供給面 需要+在庫面

非資源国の景気押し上げ 資源国経済の大幅悪化 資源国の財政悪化

世界経済の減速

資源企業の収益・投資減 資源企業の信用リスク大

金融ショック景気下押し景気下支え

マネー・フロー

非資源企業の収益拡大

(出所)大和総研作成

深刻化

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WTI原油現物価格 EIA予測(3月時点)

下方95%信頼区間 上方95%信頼区間

先物価格

(年)

(ドル/バレル)

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100

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WTI原油先物価格 2016年4月4日時点

2015年12月末 2015年9月末

(ドル/バレル)

(年)

(出所)NYMEX、Bloombergより大和総研作成 (注)信頼区間は、先物価格の信頼区間。

(出所)EIAより大和総研作成

「逆オイルショック」により本来プラスに働く原油安が深刻なリスク要因へ

一般に、原油価格の下落は、非資源国の景気を押し上げることなどを通じ、世界経済に対し

てプラスに働くと考えられる。それにもかかわらず、なぜ近年の原油価格の急落はグローバル

金融市場や世界経済を大きく動揺させたのだろうか。この主因としては、「逆オイルショック」

と呼べるような原油価格の急落を背景に、①資源国経済の大幅悪化、②資源関連企業の収益・

投資減、③資源国の財政悪化、④資源関連企業の信用リスクの増大、というマイナス要因が、

原油安のプラス効果を上回ったことが指摘できる(図表 11)。

原油価格は、2016 年 2 月を底に大きく反発したが、商品市場参加者と米国 EIA の見通しを踏

まえると、先行きは引き続き慎重にみる必要がある(図表 12、図表 13)。当面は、主要産油国の

4月の協議(予定)において、原油増産凍結で合意できる否か、さらには増産凍結で合意された

場合には、それによって需給バランスがどの程度改善されるのかという点に注目したい。

図表 11:原油安を取り巻く環境

図表 12:WTI 原油先物価格と先物カーブ 図表 13:原油価格の見通し

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ISM製造業:左軸 ISM非製造業:左軸

ISM(製・非製):左軸 FF金利:右軸(年)

(%)

(注)シャドーは米国の景気後退期。

(出所)FRB、ISM、Haver Analyticsより大和総研作成

(2)米国の企業マインドとFF金利

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実質輸出:左軸

資本財受注(除く国防・民間航空機):左軸

FF金利:右軸

(年)

(%)(十億ドル)

(注)シャドーは米国の景気後退期。

(出所)FRB、ISM、Haver Analyticsより大和総研作成

(1)米国の実質輸出・資本財受注とFF金利

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世界生産(前年比):左軸 米国の鉱工業生産(前年比):左軸 FF金利:右軸 (年)

(%)(%) (3)世界・米国の生産とFF金利

(出所)オランダ経済政策分析局、FRB、Haver Analyticsより大和総研作成

2.米国経済の動向から Fed の利上げペースをどう捉えるか

企業部門の弱さは過去の利下げ局面に似た状況

ここでは、米国経済の動向などを通じて、「世界経済サイクル」の現局面を探ることにしよう。

まず、現在、米国では、ドル高や原油安を主因に企業部門に弱さが見られていることが大きな

特徴として指摘できる。実質輸出と、企業設備投資に先行する資本財受注の動向を見ると、2015

年以降、鈍化傾向にあることが確認できる(図表 14-(1))。

次に、米国の ISM 景況感指数と FF 金利の推移を示したのが図表 14-(2)である。ISM 景況感指

数は、米国経済に対する先行性が高いことに加えて、これまでも金融政策を占うための重要な

指標となってきた。1990 年代後半以降の三度の利下げ局面を見ると、製造業と非製造業の双方

が大きく悪化する状況下で、Fed が利下げに踏み切ったことが分かる。現状は、製造業と非製造

業のいずれも総じて低下傾向にあり、利下げ局面に似た状況に入っていると考えられる。

さらに、生産動向を確認すると、過去のパターンでは、世界および米国の生産拡大ベースが

加速した後に、Fed の利上げが行われていた(図表 14-(3))。しかし、今回は生産の伸びが鈍化

している中で、利上げに転じており、過去の局面と大きく異なっている。

図表 14:米国の企業部門と FF 金利の推移

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自然失業率 失業率

失業率-自然失業率

(%)

(年)

y = -0.84 x + 8.00

R² = 0.57

y = -0.51 x + 3.79

R² = 0.41

y = -0.07 x + 1.77

R² = 0.10

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2

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-3 -2 -1 0 1 2 3 4 5 6(失業率-自然失業率、%pt)

(コアPCEデフレーター前年比、%)

【75~84年】

【85~94年】

【95~15年】

←労働需給の引き締まり 労働需給の軟化→

(出所)BLS、CBO、Haver Analyticsより大和総研作成 (出所)BEA、CBO、Haver Analyticsより大和総研作成

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BEI(10年):左軸 期待インフレ率(10年):左軸

期待インフレ率(1年):左軸 FF金利:右軸

(年)

(%)(%)

(注)シャドーは米国の景気後退期。(出所)FRB、クリーブランド連銀、Haver Analyticsより大和総研作成

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WTI原油先物価格(前年比):左軸

PCEデフレーター:右軸

コアPCEデフレーター:右軸

(%) (%)

(年)

(出所)BEA、NYMEX、Haver Analyticsより大和総研作成

雇用環境が改善する中で、物価面の焦点は原油価格の動向

企業部門とは対照的に米国では家計部門が好調であり、その背景として雇用環境の改善が挙

げられる。失業率は 2016 年 3 月に 5%となっており、長期の均衡失業率を示す「自然失業率」

とほぼ同水準まで低下している(図表 15)。非農業部門雇用者数の増加ペースが総じて堅調であ

ることなどを勘案すると、米国の労働需給は着実に改善していると評価できるだろう。

ただし、雇用環境の改善が、かつてほど消費者物価の上昇につながりにくい点には留意した

い。景気循環に左右されやすい失業率(=失業率-自然失業率)とインフレ率の関係を見ると、

1990 年代後半以降、景気が回復して労働需給が引き締まっても消費者物価(ここでは PCE デフ

レーターを利用)があまり上昇しない傾向にあることが確認できる(図表 16)。

物価面では、ドル高と原油安を背景に、市場参加者の期待インフレ率を示す BEI(ブレーク・

イーブン・インフレ率)が 2015 年に入ってから大きく低下し、短期(1 年)の期待インフレ率

にも弱さが見られる(図表 17)。他方、実際のインフレ率は、原油価格に左右される展開となっ

ており、足下では原油価格の底打ちを受けて、上昇率が高まりつつある(図表 18)。

図表 15:米国の失業率と自然失業率 図表 16:米国の労働市場とインフレ率

図表 17:米国の期待インフレ率と FF 金利 図表 18:原油価格と米国のインフレ率

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企業部門支出-家計部門支出:右軸 FF金利:左軸 家計部門支出(前年比):右軸 企業部門支出(前年比):右軸

ITバブル

崩壊

湾岸戦争

リーマン・

ショック

(年)

(%) (%、%pt)

(予測値)

(注1)企業部門支出=実質設備投資、家計部門支出=実質個人消費+実質住宅投資。予測値はフィラデルフィア連銀調査。

(注2)シャドーは米国の景気後退期。

(出所)BEA、フィラデルフィア連銀、Haver Analyticsより大和総研作成

Fed の「雇用の 大化」と「物価の安定」という、いわゆる「デュアル・マンデート(2 つの

使命)」の視点に立てば、雇用環境の改善と足下の消費物価上昇率の高まりという現状を勘案し

て、Fed が「出口戦略」を前進させることは金融政策運営として適切だと言える。ただし、ここ

で問題となるのは、企業部門の不振が、雇用の伸び悩みなどの形で家計部門に波及して、それ

が家計の期待インフレ率や実際の消費者物価上昇率の重石になるリスクをどう評価すべきか、

という点である。そこで、以下では、米国の企業部門と家計部門との間に見られる景気循環の

「成熟化」という観点から、現在の局面について議論する。

米国経済の「成熟化」という観点からは拙速な利上げを控えるべき局面

米国の景気循環に観察される「成熟化」という観点から、FF 金利の先行きについて検討して

みたい。米国では景気拡大が「成熟化」して終盤に差し掛かる少し前に、家計部門支出(個人

消費、住宅投資)の成長が鈍化し、その後、企業部門支出(設備投資)が急速に悪化すること

により景気後退局面に突入するというサイクルを繰り返している(図表 18)。さらに、このサイ

クルと FF 金利の間にも一定の関係性を見いだすことができ、「企業部門支出-家計部門支出」

が上昇する局面で利上げが行われ、低下する局面で利下げが実施される傾向にある。

足下では、米国の家計部門に頭打ち感が見られる中で、ドル高や原油価格急落などを背景に

企業部門支出が大幅に悪化しており、2015 年 7-9 月期以降、「企業部門支出-家計部門支出」が

マイナス圏で推移している。さらに先行きについても、企業部門が一段と下振れするリスクが

高まっており、「企業部門支出-家計部門支出」も冴えない推移が続く見通しである。

こうした米国の企業部門と家計部門との間に観察される景気循環の「成熟化」と、FF 金利の

歴史的な関係性に基づくと、現在、Fed は拙速な利上げを控えるべき局面だと評価できる。さら

に、もし景気が停滞する事態となれば、「利上げの休止」も視野に入れるべきであろう。

図表 19:米国の家計部門支出と企業部門支出の推移

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FF金利 テイラー・ルール

(%)

(年)

FF金利

テイラー・ルール 0.70

0.50

(注)テイラー・ルール=2+0.5×(PCEデフレーター前年比-2)+0.5×GDPギャップ。

(出所)BEA、CBO、FRB、Haver Analyticsより大和総研作成

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94年2月 99年6月

04年6月 15年12月

(利上げ直前からの引き上げ幅、%pt)

(ヶ月後)

FOMC参加者(16年3月)

FOMC参加者(15年12月)

FF金利先物(16年4月4日)

(出所)FRB、Bloomberg、Haver Analyticsより大和総研作成

世界経済が「ソフトパッチ」に留まるか否かは Fed の手腕が重要なカギ

本稿の 後に、今後の「世界経済サイクル」の行方を考えるうえで重要なカギを握る Fed の

「利上げペース」について検討することにしたい。具体的には、①古典的なテイラー・ルール、

②過去の利上げ局面との比較、という 2つの論点を取り上げる。

まず、Fed 金融政策運営を評価する際には、消費者物価(ここでは PCE デフレーターを利用)

とマクロ経済の需給バランスなどから計算される古典的なテイラー・ルールの結果が 1 つの目

安となる。図表 20 を見ると、現在、FF 金利が 0.5%であるのに対して、テイラー・ルールに基

づく FF 金利は 0.70%となっている。結果については、幅を持ってみる必要があるものの、実際

の FF 金利は概ね妥当な水準にあることが示唆される。

また、米国の消費者物価と、GDP ギャップの先行き見通しを踏まえると、テイラー・ルールに

基づく FF 金利は緩やかに上昇する公算が大きい。米国の消費者物価は、原油価格が 2016 年 2

月を底に大きく反発したことや、サービス物価が堅調であることから、上昇基調が続くとみて

いる。GDPギャップの推移も、良好な個人消費を背景とする堅調な実質GDP成長率を主因として、

改善方向への動きが継続すると想定する。この結果、両変数ともテイラー・ルールに基づく FF

金利を押し上げる要因として働くことになる。

さらに、今回の Fed の利上げペースは、過去の利上げ局面と比べて緩やかである点が注目さ

れる(図表 21)。FOMC 参加者は 2015 年 12 月時点で年 4回程度の利上げを見込んでいたが、2016

年 3 月に年 2 回程度まで利上げペースを引き下げた。このペースであれば、テイラー・ルール

の先行きと大きくかい離せず、米国経済を過度に下押しすることもないだろう。この結果、世

界経済も深刻な景気後退に陥らず、「ソフトパッチ(短期的な鈍化)」に留まる公算である。

なお、FF 金利先物を見ると、金融市場参加者の利上げペース見通しは年 1 回程度と、かなり

慎重であることが分かる。筆者は、現時点において、年 2 回程度の利上げに大きな問題はない

と考えているものの、世界経済およびグローバルな金融市場の環境が大きく悪化することにな

れば、金融市場参加者の見通し並みに利上げペースを減速させる必要があるとみている。

図表 20:テイラー・ルールと FF 金利●●●●

●●●

図表 21:過去の利上げ局面における FF 金利の

引き上げペース

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4.今後のポイント

ここまで本稿で検討してきた議論を踏まえたうえで、今後のポイントを整理すると、以下の 4

点が指摘できる。

第一に、Fed の「出口戦略」を背景として、ドル高と新興国からの資金流出が加速し、その結

果、新興国経済が減速している。もし、新興国からの資金流出に歯止めが掛からなければ、新

興国経済は一段と下押しされるだろう。加えて、新興国経済の減速が資源安に拍車をかけてお

り、資源国リスクが高まっている。これらに関しては、①Fed の利上げペース、②新興国の景気

刺激策、③資源価格の動向、を引き続き慎重に見極めたい。具体的には、「Fed の利上げペース

の減速で新興国からの資金流出に変化が現れるか?」、「中国をはじめとする新興国は、景気刺

激策を実施して実体経済を立て直せるか?」、「主要産油国の増産凍結などを通じて資源エネル

ギー価格の上昇傾向が続くか?」という点が重要である。

第二に、米国経済に関しては、①冴えない企業部門、②堅調な家計部門、の綱引きの行方に

ついて注視したい。基本シナリオとしては、堅調な家計部門を下支え役に企業部門が持ち直し、

米国の実質 GDP 成長率は徐々に高まっていくと考えている。しかし、もし Fed が「拙速な利上

げ」を行えば、企業部門が急速に悪化し、グローバル金融市場も大きく動揺する事態となり、

その結果として、家計部門も雇用・所得環境の悪化などを通じて強く下押しされる。こうした

米国の企業部門が家計部門の足を引っ張るというリスクシナリオについても、丹念に点検しな

ければならない。

第三に、今回の世界経済の減速は、「IT バブル崩壊」、「リーマン・ショック」のような深刻な

ものとはならず、「ソフトパッチ(短期的な鈍化)」に留まる公算である。現在、株式バブルや

住宅バブルは発生しておらず、リーマン・ショック後の国際金融規制強化によりシステミック

リスクに対する耐性も高まっている。さらに、2016 年 2 月 26 日~27 日に上海で開催された G20

(20 ヶ国財務大臣・中央銀行総裁会議)において、世界経済の安定化のために、参加国が機動的

な財政政策の実施などを含む共同声明を採択した点も注目される。伊勢志摩サミット(5 月 26

~27 日)を睨んで、先進国を中心とした協調的な財政政策や、中国の本格的な景気テコ入れ策

が発動されることになれば、世界経済の拡大ペースは徐々に加速することになるだろう。

後に、日本銀行が 2006 年 7 月に利上げ(実質 0%→0.25%)に踏み切った経験からの教訓

として、「金利の水準論」に注意したい。当時を振り返ると、「利上げしても金利水準が低いか

ら悪影響は出ない」、「再び景気が悪化して金融緩和を行う場合に備えて、政策金利をプラスに

しておく方が良い」という議論が少なくなかった。筆者は、こうした見方について一定の合理

性があると考えている。しかし、政策金利の水準はその高低でなく、実体経済や物価水準との

見合いで決められるべきである。さらに、複数の主要先進国・地域がマイナス金利政策を導入

した現在となっては、仮に政策金利が 0%だとしても下へのバッファーが依然として存在するこ

とを忘れてはならない。「当時の日本銀行の利上げは早すぎた」という評価が大勢を占める中、

今後の Fed の利上げを巡る議論においても日本の教訓が活かされることに期待したい。