シジミ貝類(corbiculoids)の適応戦略と系統進化 : 日 …matsukawa, m. and nakada, k. :...

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Title シジミ貝類(corbiculoids)の適応戦略と系統進化 : 日本の中 生代化石に基づいて Author(s) 松川, 正樹; 中田, 恒介 Citation 東京学芸大学紀要. 第4部門, 数学・自然科学, 55: 161-189 Issue Date 2003-08-01 URL http://hdl.handle.net/2309/1634 Publisher 東京学芸大学紀要出版委員会 Rights

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Page 1: シジミ貝類(corbiculoids)の適応戦略と系統進化 : 日 …MATSUKAWA, M. and NAKADA, K. : Adaptive strategy and evolution of corbiculoids based on the Japanese Mesozoic fossils

Title シジミ貝類(corbiculoids)の適応戦略と系統進化 : 日本の中生代化石に基づいて

Author(s) 松川, 正樹; 中田, 恒介

Citation 東京学芸大学紀要. 第4部門, 数学・自然科学, 55: 161-189

Issue Date 2003-08-01

URL http://hdl.handle.net/2309/1634

Publisher 東京学芸大学紀要出版委員会

Rights

Page 2: シジミ貝類(corbiculoids)の適応戦略と系統進化 : 日 …MATSUKAWA, M. and NAKADA, K. : Adaptive strategy and evolution of corbiculoids based on the Japanese Mesozoic fossils

東京学芸大学紀要 4部門 55 pp.161~189,2003

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1.はじめに

現生の汽水域に棲む移動能力に乏しい底生軟体動物

にとって,その生活を脅かすものは競争や捕食圧より

も専ら浸透圧の不安定な物理環境である(大森・霍田,

1988)。“シジミ貝類”(corbiculoids)は種レベルで見れ

ば中生代から現在まで存続しているものは存在しない。

また,科あるいは属レベルで見ればこの間にも殻形態

に大きな変革は見られず,進化という点では非常に保

守的である。これは,すでに化石種の“シジミ貝類”

(corbiculoids)の形態が,現生種と同じような淡水~汽

水域の環境に適応していたことによると思われる。従

って,“シジミ貝類”(corbiculoids)の進化において最も

革命的な出来事は,他種との競争や捕食圧の回避では

なく,海性の環境から非海性の環境への進出であった

と考えられる。しかし,“シジミ貝類”(corbiculoids)の

起源や初期の“シジミ貝類”(corbiculoids)の古生態な

どは不明瞭である。

Casey(1955)は,Corbiculidaeの起源に関し,白亜系

下部に産する汽水生のFilosinaが海生(ただし標準海水

“シジミ貝類”(corbiculoids)の適応戦略と系統進化─日本の中生代化石に基づいて─

松川 正樹*・中田 恒介*

理科教育学科

(2003年 3月20日受理)

MATSUKAWA, M. and NAKADA, K. : Adaptive strategy and evolution of corbiculoids based on the Japanese Mesozoic fossils.

Bull. Tokyo Gakugei Univ. Sect. 4 , 55 : 161–189(2003) ISSN 0371–6813

Abstract

Corbiculoids are widely distributed and flourished in the world from Mesozoic to Recent. Although they mainly inhabit fresh

water and brackish water changeable environments, they have inhabited these environments without change in shell design since

Mesozoic time. As corbiculoids occurred from the various horizons in Japanese Jurassic and Cretaceous, we can discuss the origin

and change of corbiculoids with ecological and environmental analyses on fossil assemblages.

Each species of corbiculoids is interpreted to have been derived from the Arcticidae, because corbiculoid species could not expand

to other brackish water environments after speciation from marine species. The extinction of Neomiodontidae in Mid-Cretaceous

time was caused by a decline of the ancestral lucinoid type of Arcticidae. To the contrary, cyrenoid type of Arcticidae have

continuously provided for the Corbiculidae until the recent. This interpretation is supported by the solitary occurrence of

Neomiodontidae Myrene (Mesocorbicula) tetoriensis from the Tetori Group and many occurrences of some species of Tetoria

belonging to Corbiculidae from the various areas extending to the Northeast and Southwest Japan. The idea of origin and evolution

of the corbiculoids can be explained by the allopatric speciation , punctuated equilibria and iterative evolution models.

(in Japanese)

Key words : corbiculoids, environment, adaptive strategy, evolution, Mesozoic, Japan

Department of Science Education, Tokyo Gakugei University, Koganei-Shi, Tokyo 184-8501, Japan.

* 東京学芸大学・理科教育学科(184-8501 小金井市貫井北町 4–1–1)

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よりは低鹹度とされる)のEocallistaから派生したこと

を連続した層序から見い出し,その歯式が連続的に変

化することに基づき結論づけた。同時に,この進化系

統が,白亜紀前期のCorbiculidaeとは殆ど無関係であろ

うことを述べ,Corbiculidaeが多系統(polyphyletic)で

ある可能性を示した。

速水(1962b)も,Casey(1955)と同様,“シジミ貝類”

(corbiculoids)が多系統の起源をもつことを予察した。

もし,“シジミ貝類”(corbiculoids)が多系統の起源を持

つならば,lucinoid型の蝶番構造を持つNeomiodontidae

と,cyrenoid型の蝶番構造を持つCorbiculidaeの類縁関

係もかなり疎遠なものである可能性が高い。この場合,

長大な側歯の形態の類似には,速水(1 9 6 2 b)が

homeomorphismである可能性を示唆しているように,

遺伝的な類似以外の外的な要素も大きく関与している

可能性が考えられる。

1950年代半ば以降のCaseyや速水の研究で,多系統

の可能性やhomeomorphismの可能性が示唆されていな

がら,“シジミ貝類”(corbiculoids)の起源や系統が未だ

判然としない理由は大きくは2つあると思われる。一

つは分類の混乱であり,これはCaseyや速水の歯式に

注目した研究で解決されてきた。そして,もう一つは

生息環境が曖昧な点である。特に,“シジミ貝類”

(corbiculoids)が祖先種から海域で分化して汽水域に進

出したのか,それとも汽水域への進出と海生の祖先種

からの分化は不可分の出来事だったのかは,“シジミ貝

類”(corbiculoids)あるいは非海生二枚貝の起源を考察

するうえで無視できない問題である。しかし,原始的

な“シジミ貝類”(corbiculoids)を汽水種とみなすこと

は,そもそもの「汽水」域という語の曖昧さもあり,

完全には否定も肯定もされないままになっている。

本論文では,中生代中期に出現し発展して以来,現

在に至るまで安定した生態的地位を得ている“シジミ

貝類”(corbiculoids)について,群集古生態学の手法を

用いて生息環境を推定する。その上で,Caseyや速水に

よる蝶番構造の発達に関する研究の成果を鑑みながら,

“シジミ貝類”(corbiculoids)の起源と系統について考察

する。

2.“シジミ貝類”(corbiculoids)について

異歯亜網のVeneroida(目)に属するNeomiodontidae

(科)とCorbiculacea(超科)は“シジミ貝類”(corbiculoids)

と呼ばれる二枚貝類である。corbiculoidsという呼称は命

名規約に則った分類の単位ではなく,「シジミガイ類」,

「蜆介」といった語と同義の便宜的な区分である。した

がって,厳密な定義は示されていないが,corbiculoidsと

呼ばれる二枚貝はNeomiodontidaeとCorbiculacea(超科)

に属するCorbiculidaeとPisidiidaeの3科である(Cox et

al., 1969)。本論では日本のジュラ系と白亜系下部から

多産するNeomiodontidaeとCorbiculidaeに属する化石種

について考察し,Pisidiidaeには特に触れない。

(1)蝶番構造

二枚貝を分類する形質の1つに,殻の蝶番構造があ

る(Fig. 1)。これは歯式によって表される。歯式は数

多くの種類が考案されたが,現在広く用いられるのは

Bernard(1895)により考案され,Douvillé(1913, 1921)

により一般化された歯式である。この歯式については

速水(1962b)により詳しく解説されている。歯式の記

載は本論文の目的ではないので詳しくは述べないが,

二枚貝の分類,系統や進化に関して歯式の持つ意味に

ついて,速水(1962b)に従い以下に概要を述べる。

異歯類の蝶番は同一属種内ではかなり固定している。

従って,分類や系統発生について考察する際には有用

東 京 学 芸 大 学 紀 要 第 4部門 第55集(2003)

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Fig. 1.Illustrations show cardinal teeth of cyrenoid andlucinoid types.

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である。異歯類(異歯亜綱)は明瞭に分化した主歯と側

歯を有することで定義される。主歯は,前側歯から分化

したというBernard(1895)の進化的な考えがある。ま

た,主歯には幾つかの類型がある。両殻に3主歯を有す

るものはcyrenoidと呼ばれ,Corbiculidae, Veneridae, 発達

したArcticidaeがこれに属する。両殻に2主歯を有する

ものは lucinoidと呼ばれ,Lucinidae, Cardiidae, Fimbriidae,

Tancrediidae, 大部分のAstartidae, Neomiodontidaeや原始

的なArcticidaeはこれに属する。また,他に両者の中間の

cyprinoidと呼ばれる主歯を有するものもある。 lucinoid

の主歯が両殻に2本ずつ存在するのは,cyrenoidの右

殻の主歯の中央の1本が未発達なためである。従って,

異歯類の主歯は基本的には lucinoid-cyprinoid-cyrenoidの

順に進化してきたと考えられている。

“シジミ貝類”(corbiculoids)は,異歯類の中でも特

別に側歯が長大に発達している形態的な特徴をもつ。

現生のcorbiculoidsはPsidiidaeを含めれば日本では2科

11属(波部, 1977)が存在し,アジア,アフリカ,シベ

リア,ヨーロッパの淡水域~汽水域の環境に多種が分

布(鹿間, 1964)する。近年では人為的な移送によって

北米大陸にも分布し,100以上の新種が見つかっている

(藤原, 1995)。化石種は中生代のジュラ紀に出現し,白

亜紀には多様化して世界中の地層から産出している。

(2)CorbiculidaeとNeomiodontidae

Corbiculacea(超科)はCorbiculidae(科)とPisidiidae

(科)から成り,現在も多くの属種が存在する(Hayami,

1975;波部, 1977)。現生種は,世界の淡水および汽水

域に広く分布する。化石種では,世界的には白亜紀後

期以降に産出が多い。ジュラ紀や白亜紀前期からの産

出もしばしば報告されたが,それらの多くは後の研究

でCorbiculidaeには含まれないことが示された(Casey,

1955)。日本では下部ジュラ系に“蜆貝層”と呼ばれる

地層が幾つも分布するので,Corbiculidaeの起源が東ア

ジアにある可能性が指摘されていた(Suzuki and Oyama,

1943;Casey, 1955)。その後,“蜆貝”とされていた化

石の多くはCorbiculidae以外の科に属するものとして記

載・分類された(Hayami, 1958)。しかし,本邦の上部

ジュラ系からCorbiculidaeに属するTeotoriaとEocallista ?

の産出があり(Hayami, 1975),また岐阜県荘川村に分

布する上部ジュラ系手取層群の最下部の牛丸層からも

Tetoria (Tetoria) yokoyamai が産出する(松川・中田,

1999)。このことは,牛丸層がキャロビアン期のアンモ

ナイト(Sato and Kanie, 1963)を含む地層の下位に位置

し,バトニアン期からキャロビアン期を示すのでジュ

ラ紀中期にはCorbiculidaeが出現していたことを示す。

Neomiodontidaeは,Corbiculidaeに先がけてジュラ紀

初期に出現したが,白亜紀後期には絶滅した。信州北

部・上越地方に分布する来馬層群,陸前地方に分布す

る志津川層群,北陸・飛騨地方に分布する手取層群

中・下部などのジュラ系に産出する“蜆介”は,

Neomiodontidaeに属するものが多い。Neomiodontidaeの

多くの種は,化石の産状や堆積学的な解釈から非海成

の環境に生息していたと考えられている(田村, 1981)。

特に,上部ジュラ系から下部白亜系の手取層群に大量

に産出するNeomiodontidaeのMyrene (Mesocorbicula)

tetoriensisについては,その生息環境が詳細に研究され

ており(Matsukawa & Ido, 1993;松川・中田, 1999),

汽水域の環境に生息していたことが推定されている。

しかし,初期のNeomiodontidaeのCrenotrapeziumと

Eomiodonの数種については,海生であるという解釈が

ある(Hayami, 1958;速水, 1962a)。小林ほか(1957)は,

ジュラ系下部来馬層群の層序学的な研究でCorbicula

(Cyrenaを含む。Cyrenaは現在はCorbiculaのSynonym

とされている)の化石種の産出を認めた。そして,こ

れらが海生二枚貝をしばしば伴って産出することから,

これらの化石を産するいわゆる“蜆貝層”は例えば手

取層群のそれを汽水成としたのとは異なるとして,瀕

海成とした。小林ほか(1957)によりCorbiculaと思わ

れたものはEomiodonとCrenotrapeziumであり,後に海

生のArcticidaeとして記載された(Hayami, 1958)。これ

は現在ではNeomiodontidaeとして分類されている

(Hayami, 1975)。

3.“シジミ貝類”(corbiculoids)の産地の地質概略

日本のジュラ系と白亜系は,“シジミ貝類”

(corbiculoids)化石を多産する。ジュラ系では下部の来

馬層群(地点番号5, Figs. 2, 3),志津川層群(地点番

号3, Figs. 2, 3),岩室層(地点番号4, Figs. 2, 3),中部

の橋浦層群(地点番号3, Figs. 2, 3),手取層群下部の

牛丸層(地点番号6, Figs. 2, 3),中国山地の山奥層

(地点番号7, Figs. 2, 3)が,ジュラ系上部から白亜系

下部にかけては手取層群中部の大谷山層,桑島層・大

黒谷層(大黒谷層は桑島層の同時異相:松川ほか, 2003)

(地点番号6, Figs. 2, 3),坂本層(地点番号17, Figs. 2, 3)

が,白亜系下部では北部北上山地の猫川層(地点番号

2, Figs. 2, 3),十三浜層群(地点番号3, Figs. 2, 3),山

中白亜系の白井層と瀬林層(地点番号9, Figs. 2, 3),

伊平層(地点番号10, Figs. 2, 3),松尾層群(地点番号

11, Figs. 2, 3),紀伊半島の湯浅層と西広層(地点番号

12, Figs. 2, 3),立川層(地点番号13, Figs. 2, 3),領石層

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松川,他:“シジミ貝類”(corbiculoids)の適応戦略と系統進化

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東 京 学 芸 大 学 紀 要 第 4部門 第55集(2003)

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Fig. 2.Map showing Mesozoic corbiculoid localities.

Fig. 3.Stratigraphic chart of corbiculoids yielding formations and ammonite indicies.

1: Mikasa, 2: Omine,

3: Shizugawa, 4: Iwamuro,

5: Kuruma, 6: Tetori,

7: Yamaoku, 8: Yoshimo,

9: Sanchu, 10: Idaira,

11: Shima, 12: Arida,

13: Katsuuragawa, 14: Kochi,

15: Haidateyama, 16: Mifune,

17:Yatsushiro, 18: Goshonoura,

● : Jurassic, ■ : Cretaceous

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(地点番号14, Figs. 2, 3),佩楯山層群(地点番号15,

Figs. 2, 3),川口層(地点番号17, Figs. 2, 3),御所浦層

群(地点番号18, Figs. 2, 3),吉母層(地点番号8, Figs.

2, 3)が,白亜系上部では蝦夷層群(地点番号1, Figs.

2, 3),御船層群(地点番号16, Figs. 2, 3)から報告され

ている(Ohta, 1973, 1982;Hayami, 1975;Tamura, 1977,

79;松川, 1979;Matsukawa, 1983)。

本論文では,ジュラ紀初期から白亜紀前期にかけて

の“シジミ貝類”(corbiculoids)化石を基に議論する。

そのため,来馬層群,志津川層群,手取層群,岩室層

と十三浜層群で含“シジミ貝類”(corbiculoids)化石層

の産状観察と標本採集を行った。

(1)来馬層群

来馬層群は,信州北部から親不知地方にかけて分布

する下部ジュラ系である。来馬層群(来馬統)の名称

はOishi(1931)による命名であるが,この地域の層序

の全貌を明らかにしたのは小林ほか(1957)で,その

層序区分が現在でも受け入れられている。従って,本

論文でも,来馬層群の地質については小林ほか(1957)

に従って以下にその概略を述べる。

来馬層群は三郡変成岩類を不整合で覆い,下位から

漏斗谷層,北又谷層,似虎谷層,寺谷層, 谷層,大

滝谷層,水上谷層に区分される。最下位の漏斗谷層と

最上位の水上谷層からは化石の産出は報告されていな

い。北又谷層,似虎谷層,寺谷層, 谷層,大滝谷層

からは植物や軟体動物の化石を産出する。

堆積相は,淡水成の漏斗谷層から海成の寺谷層への

海進相と, 谷層下部を経て再び淡水成の水上谷層へ

の海退相が認められる。北又谷層,似虎谷層と 谷層

上部は,小林ほか(1957)によれば瀕海成層とされる。

これは,通常は非海生を示すとされるCorbicuridaeの化

石が産出するものの,海生種の二枚貝類と共に産出す

ることが多いために,いわゆる汽水性とは異なるとし

て用いられた語である。ただし,このCorbiculidaeの化

石種は,後にArcticidaeとして分類・記載(Hayami,

1958)され,さらにその後,Neomiodontidaeとして再

分類(Hayami, 1975)された。

来馬層群は,二枚貝化石を用いた西欧の標準層序と

の対比などから,上限,下限は不明であるがジュラ系

下部のLiasに相当すると解釈されている。北又谷層は,

Lias下部とみられているので,産出する“シジミ貝類”

(corbiculoids)は,corbiculoidsとしては早期に出現した

種であると考えられる。

北又谷層の3層準で産状を観察し,2層準から二枚

貝化石を採集した。また,似虎谷層と 谷層の転石中

からも化石を採集した(Fig. 4, Table1)。

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松川,他:“シジミ貝類”(corbiculoids)の適応戦略と系統進化

Fig. 4.Map showing the fossil localities and geological columnar section having fossil horizons of the Kuruma Group and KK-01, 02, 03 : Kitamatadani Formation, KN-01, 02: Negoya Formation, KS : Shinatani Formation

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(2)志津川層群・十三浜層群(南部北上山地・橋浦地域)

橋浦地域の中生界の層序は,Mabuti(1933)以来,

Mori(1949),Hayami(1961a),高橋(1969),加瀬(1979)

などにより様々な見解が示されてきた。しかし,Mori

(1949)以降の研究では,下位から三畳系の稲井層群,

下部ジュラ系の志津川層群,中・上部ジュラ系の橋浦

層群,下部白亜系の十三浜層群がそれぞれ不整合で重

なるという点で概ね一致している。本論では,橋浦地

域のジュラ系について詳細な調査結果を示した加瀬

(1979)に従って層序を述べる。

志津川層群の最下位の韮の浜層は,アンモナイトに

よりHettangianに対比されると解釈されている(佐藤,

1956;Sato, 1962)。本層は黒色頁岩と中~粗粒のアル

コース質砂岩からなり,“シジミ貝類”(corbiculoids)や

trigonidsの化石を含むことが知られている。基本的に

“シジミ貝類”(corbiculoids)を産出する層序は黒色の頁

岩,trigonidsを産出する層序は砂岩である(加瀬, 1979)。

両者の関係については,trigonidsを産出する層序が上位

であるという考え(Mabuti, 1933;Mori, 1949)と互層

であるという考え方(高橋, 1969;加瀬, 1979)がある。

また,小林ほか(1957)によれば志津川の“シジミ貝

類”(corbiculoids)産出層は,来馬層群のような瀕海成

であるとされている。これは韮の浜層が浅海湾内で堆

積したとする解釈(Takizawa, 1985)と調和的である。

十三浜層群は,しばしば黒色頁岩の薄層を挟む中~

粗粒のアルコース質砂岩からなる。地質時代は,十三

浜層群の分布が狭く,また有効な示準化石を欠くこと

などから詳細には決められていないが,Hayami(1961a)

によればジュラ系最上部から白亜系下部とされている。

下位から月浜層,立神層に分ける層序区分(Mori,

1949;高橋, 1969;Hayami, 1961a)と吉浜層,立神層,

月浜層に分ける層序区分(加瀬, 1979)があるが,いず

れにしても黒色頁岩の頻度が増す層序を立神層として

いる。黒色頁岩からは,非海生種を含む軟体動物化石

を産出する。Takizawa(1985)により,十三浜層群は

河口(estuary)が解釈されている。

橋浦地域の3ケ所で,韮の浜層から化石を採集した

(Fig. 5, Table 2, 3)。韮の浜層と立神層の軟体動物群集

を検討した。韮の浜層はアンモナイトによってジュラ

系最下部のHettagianに対比されている(佐藤, 1956;

Sato, 1962)ので,韮の浜層から産出する“シジミ貝類”

(corbiculoids)は世界で最も古い時代のものである。

東 京 学 芸 大 学 紀 要 第 4部門 第55集(2003)

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Table 1.List of molluscan taxa from the Kitamatadani Formation (KK) and the Negoya Formation (KN) and the ShinadaniFormation (KS) of the Kuruma Group.

Chlamydinae gen. et sp. indet. ……………………………………… KK–03

Ostreidae gen. et sp. indet. …………………………………………… KK–03

Cardinioides ovatus Hayami ………………………………………… KK–01, 03

Eomiodon vulgaris Hayami…………………………………………… KK–01, KK–03, KS, KN–01, KN–02

Crenotrapezium kurumense Hayami ………………………………… KK–01, KK–03, KS, KN–01, KN–02

Gastropoda gen. et sp. indet. A ……………………………………… KS

Fig. 5.Map showing the fossil localities and geological columnar sectionhaving fossil horizons of the Hashiura Area. NR-01, 02, 03 arebelonged to the Niranohama Formation by Kase(1979).

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松川,他:“シジミ貝類”(corbiculoids)の適応戦略と系統進化

(3)岩室層

岩室層は,群馬県北部片品地域に分布するジュラ系

下部である。木村(1951)によれば,岩室層は下部の

礫岩層,中部の砂岩頁岩互層,上部の黒色頁岩層から

なり,植物化石により来馬層群に対比されている。筆

者らは中部の黒色頁岩から“シジミ貝類”(corbiculoids)

を採集した(Fig. 6, Table 4)。堆積相は,岩相と鉱物の化

学的な特徴から湖沼性もしくは内湾性の穏やかな環境

と解釈されており(木村, 1951),Isognonon magnessima

の産出(Hayami, 1957)は岩室層の軟体動物化石群集

が瀕海成(小林ほか, 1957)を示すことを支持する。

(4)手取層群

手取層群は,飛騨,北陸地方に分布するジュラ系上

部から白亜系下部である。手取層群の地質に関する研

究は多く,調査地域によって異なる層序区分が示され

てきたが,基本的には前田(1961)が受け入れられて

きた。最近,筆者らは,従来地域的に個別の層序区分

が用いられていた手取層群の主要分布地域の白山周辺

地域に分布する荘川地域と大白川地域(岐阜県北部),

白峰地域(石川県東部)と滝波川地域(福井県北東部)

の層序が連続することを示した(松川ほか, 1999;松

川・中田, 1999;松川ほか, 2003)。

この主要分布地域の手取層群の層序は,下位から牛

Table 2.List of molluscan taxa from the Niranohama Formation of the Shizugawa Group.

Table 3.List of molluscan taxa from the Tategami Formation of the Jusanhama Group.

Vaugonia (s. s. ) niranohamensis Kobayashi and Mori ……………… NR–01, NR–02A, NR–02C

Integricardium (Yokoyamaina ) hayamii (Keen and Casey) ………… NR–02A, NR–02C

Eomiodon lunulatus (Yokoyama) …………………………………… NR–03

Eomiodon vulgaris Hayami …………………………………………… NR–03

Eomiodon sp. indet. …………………………………………………… NR–02C, NR– 02A

Gastropoda gen. et sp. indet. A. ……………………………………… NR–03

Gastropoda gen. et sp. indet. B. ……………………………………… NR–03

Ostreidae gen. et sp. indet. …………………………………………… TT–01, TT–02

Vaugonia (s. s. ) niranohamensis Kobayashi and Mori ……………… TT–01

Vaugonia (s. s. ) namigashira Kobayashi and Mori…………………… TT–03

Protcardia (s. s. ) morii Hayami ……………………………………… TT–02

Filosina jusanhamensis Hayami ……………………………………… TT–01, TT–02

Gastropoda gen. et sp. indet. B………………………………………… TT–01

Table 4.List of mollscan taxa from the Iwamuro Formation.

Eomiodon vulgaris Hayami

Eomiodon sp.

Crenotrapezium kurumense Hayami

Fig. 6.Map showing the fossil locality of the Iwamuro Formation.

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丸層,御手洗層,大谷山層・五味島礫岩部層(五味島

礫岩部層は大谷山層の同時異相:松川ほか, 2003),桑

島層・大黒谷層(大黒谷層は桑島層の同時異相:松川

ほか, 2003),アマゴ谷層,大倉層,別山谷層に区分さ

れる(Table 3)。これらの層序は整合に重なる。牛丸層

は非海成で海成の御手洗層にかけての海進相を示す。

そして,大谷山層・五味島礫岩部層から上位のアマゴ

谷層,大倉層,別山谷層の層序は海退相を示す。牛丸

層,大谷山層,大黒谷層からは非海生軟体動物化石を

多産する。アマゴ谷層の下部にも若干の産出がある。

非海生二枚貝化石群集には,“シジミ貝類”(corbiculoids)

が大量に含まれることが多い。また,御手洗層は海生

の軟体動物化石とアンモナイトを産出し,Callovian期

が示されている(Sato and Kanie, 1963)。従って,御手

洗層の下位で“シジミ貝類”(corbiculoids)を産出する

牛丸層はジュラ系中部のBathonianないしCallovianに対

比されると考えられる(松川・中田, 1999)。手取層群

は,海成層を挟んで上下に非海成層が連続するため,

非海生二枚貝化石群集と環境変化の関係を研究するの

に適しており,“シジミ貝類”(corbiculoids)を含む非海

生軟体動物化石群集と古環境の変化の関係についても

詳しく研究されている(Matsukawa and Ido, 1993;松川

ほか, 1996;松川・中田, 1999)。ジュラ紀中期の“シジ

ミ貝類”(corbiculoids)は本邦では牛丸層のみからであ

り,牛丸層に含まれるTetoria (T.) yokoyamai(Kobayashi

and Suzuki)はCorbiculidaeがジュラ紀中期には存在し

ていたことを証拠づけるので,牛丸層から産する化石

は重要である(Fig. 7, Table 5)。

東 京 学 芸 大 学 紀 要 第 4部門 第55集(2003)

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Fig. 7.Map showing the fossil localities and geological columnar sections having fossil horizons in the Ushimaru Formation,Tetori Group. Locality numbers referred from Matsukawa and Nakada (1999).

Table 5.List of molluscan taxa from the Ushimaru Formation of the Tetori Group.

Ostreidae gen. et sp. indet. …………………………………………… US–21D, G, I, J

Myrene (Mesocorbicula) tetoriensis (Kobayashi and Suzuki) ………… US–23B, E, G, H, L, N, P, U, Y, AB,

US–21A, B, D, E1, E2, F, G, I, J,

US–10A, D, E

Tetoria (Tetoria) yokoyamai (Kobayashi and Suzuki) ………………… US–23B, H, L, N, P, U, AB, US–21A, B, D, F,

G, I, J, US–10A, D, E

Gastropoda gen. et sp. indet. ………………………………………… US–23E, G, H, L, N, P, U, Y, AB, US–21E2, F,

G, I, J, US–10A, D, E

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4.研究方法

化石として産出する二枚貝類の種や個体の相互関係

を理解するために,産出化石標本をバルクサンプルと

して採集し,群集として捉える方法が知られている。

しかし,化石として産出する二枚貝群集には生貝のま

ま埋没した個体や遺骸が運搬された後に埋没した個体

が含まれているのが一般的である。そのため,化石と

なった二枚貝類の種や個体の生存時の相互関係を考察

するためには,産状による化石化の過程の解釈,生貝

集団,遺骸貝殻集団,化石集団の特徴や現地性の程度

の判断のための指標が示されてきている。

(1)サンプリング

層準の明確な露頭から化石標本をバルクサンプルと

して約20×20×20bの岩塊を採集し,そこに含まれる

可能な限り全ての化石を取り出し同定した。やむをえ

ず転石を利用する場合は,産出層準の明確なものだけ

を利用し,なるべく約8, 000j(20×20×20b)以上の

体積をもつ1つの岩から取り出したものを1層準分の

資料とした。

(2)産 状

“シジミ貝類”(corbiculoids)の化石はしばしば「蜆

貝層」と呼ばれるような極度に密集した産状を示す。

このような密集層は,もともと密集して生活していた

ことによって形成されることもあるが,遺骸貝殻が水

流などによって運搬される事によって形成された可能

性もあり,遺骸貝殻の埋没時における物理的な環境を

反映していると思われる。

貝殻密集層について,Kidwell et al.(1986)は密集の

程度,層理面・断面での殻の配列,密集層の立体的構

造などから分類・表現する用語の定義を示している。

密集度(packing)は基質支持(matrix-supported)と生体

支持(bioclast-supported)に区分される。殻の姿勢は,

長軸または平坦面と層理面のなす角度が水平,斜め,

垂直の何れに近いかによって concordant,oblique,

perpendiculerに区分される。また,貝殻が入れ子状に

重なったような産状は,stackingあるいはnestingと表現

される。密集層の構造は,薄く2次元的なpavementと

より厚いbedなどの数種に区分される。密集層の産状

を客観的に捉えるために単純化して表現しているので,

実際の産状は複数の要素の中間的な状態を示すことも

多い。そしてKidwell et al.(1986)は,これらの組み合

わせから,貝殻密集層の生物的,堆積的,物理的な生

成要因の読みとりが可能であることを述べた。また,

Kidwell et al.(1986)が示した基準を用いた密集層の類

型化はFürsich & Oschmann(1993),Fürsich(1995)な

どにより試みられ,古環境の推定に応用できることが

示されている。

(3)左右両殻共存率

二枚貝の遺骸貝殻集団が,その母体となった生貝集

団の情報をどの程度保存しているかを表す指標である

(下山, 1989)。Cv(coexistence index of left and right

valves)= 1– |L–R |/N(Lは左殻総数,Rは右殻総数,N

は個体数)で求められ,0から1の値をとる。左右の

殻の数が同じの時は値は1となる。これは,遺骸貝殻

生産時の初期情報がランダムな拡散を経ていないと解

釈することができるので,「情報の現地性」程度がもっ

とも高いことを表す。

(4)合弁率

二枚貝の遺骸貝殻集団の現地性の程度を表すもので,

総個体数に占める合弁個体数の割合として求められる

(Martin-Kaye, 1951)。Ar = C jv / N(Arは合弁率,C jv

は合弁の個体,Nは総個体数)で求められ,0から1

の値をとる。全ての個体が合弁の時は値は1となる。

生存時の種毎の生活様式の違いの影響などから,必ず

しも普遍的でない点が指摘されている(松川ほか ,

1993)。

(5)汽水の定義

汽水とは,かつては半鹹半淡水,半海水などとも呼

ばれたもので,一般的には海水と淡水の中間と理解さ

れている。しかし,内陸水を含めるか,あるいは感潮

域をどう扱うかなどの議論があり,研究者間で様々な

定義が示されてきた(例えば,Redeke, 1933;Dahl,

1956;Remane, 1958など)。本論文ではRemane(1958)

にならった益子(1981)の定義に従い「汽水とは塩分

が近接する海水よりも低く,淡水よりも高い水塊」と

する。

また,汽水は塩分による多くの分類が考えられてい

る。それらの分類は生物の出現に基づいたものである

(益子, 1981)。研究の対象となる地域,生物が異なって

も,汽水の分類は大きく変わることはないので,汽水

の分類は化石種を対象とした研究でも利用可能である。

本論文では,広く用いられているRedeke system(Redeke,

1933)に基づき,用語の曖昧さを排除する目的で考案

されたVenice system(Oertli, 1964)に従う。0. 5‰未満

は,Limne t i cでいわゆる淡水である。30–40‰は

Euhalineでほぼ海水にあたる。0. 5–30‰はMixohalineで,

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松川,他:“シジミ貝類”(corbiculoids)の適応戦略と系統進化

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いわゆる汽水はこれに含まれる。Mixohalineはさらに

oligohaline(0. 5–5‰),mesohaline(5–18‰),polyhaline

(18–30‰)に区分される。境界を示す数値はおよその

基準であり,厳密に捉えるべきものではない。また,

brackish water,fresh water等の語を使わないのは,一般

的な認識との混乱を避けるためである。

5.“シジミ貝類”(corbiculoids)群集の特徴と

生息環境の推定

下部ジュラ系の来馬層群,志津川層群,岩室層,ジ

ュラ系中部から白亜系下部の手取層群,白亜系下部の

十三浜層群から得られた“シジミ貝類”(corbiculoids)

を含む二枚貝化石群集について考察する。

(1)産出化石

来馬層群では北又谷層,似虎谷層,シナ谷層の5層

準から二枚貝化石を採集した。産出種はChlamydinae

gen. et sp. indet.,Ostreidae gen. et sp. indet.,Cardinioides

ovatus,Eomiodon vulgaris,Crenotrapezium kurumense,

Gastropoda gen. et sp. indet. Aの6種である(Table 1)。

志津川層群では韮の浜層の4層準から化石を得た。

産出種はVaugonia (s.s.) niranohamensis,Integricardium

(Yokoyamaina) hayamii,Eomiodon lunulatus,E. vulgaris,

E. sp. indet.,Gastropoda gen. et sp. indet.A,Gastropoda

gen. et sp. indet.Bの7種である(Table 2)。

岩室層からは,Eomiodon vulgaris,Eomiodon sp,

Crenotrapezium kurumenseの3種の産出が認められた

(Table 4)。Eomiodon sp. は,殻の輪郭や蝶番は

Eomiodon vulgarisに類似するが,殻頂付近に放射肋が

認められる。保存が悪く,個体数も少ないのでこれが

殻の装飾か保存時にできた彫刻かも判然としないが,

Eomiodon vulgarisとは区別した。

手取層群の牛丸層では22層準から化石を採集した。

Ostreidae gen. et sp. indet., Myrene (Mesocorbicula)

tetoriensis,Tetoria (Tetoria) yokoyamai,Gastropoda ge. et

sp. indet. Ostreidae gen. et sp. indet. の4種が産出した

(Table 5)(松川・中田, 1999)。

十三浜層群は立神層では3層準から化石を得た。

Ostreidae gen. et sp. indet.,Vaugonia (s.s.) niranohamensis,

V. (s.s.) namigashira,Protocardia (s.s.) morii,Filosina

jusanhamensis,Gastropoda gen. et sp. indet.Bの6種であ

る(Table 4)。

(2)産 状

来馬層群,志津川層群,岩室層,十三浜層群の二枚

貝化石の産状を観察し,6つのタイプに分類した

(Fig. 8)。各タイプの密集層の生成過程・遺骸堆積環境

を,Kidwell et al. とFürsichの研究などに基づいて推定

する。

(¡)黒色頁岩・散在型(Type1)

来馬層群の北又谷層のKK–03がこれにあたる。黒色

の頁岩を基質とし,化石は厚さ20~30bほどの層序に

散在している。殻の姿勢は一様ではないが,概して

concordantのものが多い。保存は比較的よいが,合弁個

体は少ない。また,生息時の姿勢を保った化石はほと

んど含まれず,現地性とは考えにくい。25b程の厚さ

の化石産出層準の中に粒度の変化はなく,比較的安定

した環境のもとで堆積したものと考えられる。基質の

粒度は細かく,淘汰も良いので,穏やかな環境と考え

られる(Fig. 9)。しかし,異地性の化石が稀に運搬さ

れて来ていることから,ある程度の水流は存在したと

推定される。

(™)頁岩・密集型(Type2)

志津川層群の韮の浜層のNR–03,岩室層の IWがこれ

にあたる。黒色の頁岩~極細粒砂岩を基質とする。化

石は密集しているが,殻姿勢はconcordantで密集層は薄

くpavementの産状である。また,貝殻の長軸はbimodal

を示す。これは,貝殻堆積時に一方向,または往復方

向の水流が存在したことを示唆する(Nagle, 1967)。全

体の産状はFürsich(1995)のcurrent concentration型に近

く,水流の存在が考えられる。おそらく,河川か潮流

によるものと思われる。貝殻密集層が薄い層であるこ

とから,遺骸貝殻の運搬されてくる頻度が低く,水流

の影響がより弱い環境で堆積した可能性が考えられる。

化石には幼貝が比較的多い傾向があることから,エネ

ルギーの低い環境であったと思われる。

(£)細粒砂岩・密集型(Type3)

志津川層群の韮の浜層のNR–02Cがこれにあたる。

細粒の砂岩を基質とする。化石は密集しているが,殻

の姿勢はconcordantで密集層は薄くpavementの産状で

ある。また,貝殻の長軸はbimodalを示す(Fig. 10)。

Type2と同じく水流の影響がある環境で堆積したと思

われるが,堆積物の粒度は比較的粗い。比較的大型の

貝殻が多い。河川で堆積したとするならば,より流速

の速い,Type2よりは陸側の環境が考えられる。ある

いは,河川の増水時により潮流の影響が強い場所に運

搬されて堆積した後に,細かい堆積粒子は潮流により

取り除かれてしまった可能性が考えられる。

東 京 学 芸 大 学 紀 要 第 4部門 第55集(2003)

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松川,他:“シジミ貝類”(corbiculoids)の適応戦略と系統進化

Fig. 8 Cross section showing shell orientation and geomerty of corbicuoid yielding stratum.

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東 京 学 芸 大 学 紀 要 第 4部門 第55集(2003)

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Fig. 9.Model of environmental distribution of shell bed types. Here corbiculoids refer to Eomiodon lunulatus, E. vulgaris,Crenotrapezium kurumense, Filosina jusanhamensis.

Fig. 10.Shell orientation in cross section of the horizon NR-02C(Left). Radial lines show direction of long axis of shells(Right). Unimodal and bimodal alignment can be recognized.

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(¢)黒色頁岩・密集型(Type4)

来馬層群の 谷層のKS,来馬層群の似虎谷層のKN–

01とKN–02,十三浜層群の立神層のTT–01がこれにあ

たる。黒色の頁岩を基質として化石貝殻密集層が形成

されている。殻の姿勢は concordantである。密集層は

薄くpavementに近い状態であるが,数b間隔で複数の

薄い密集層が存在し,その間にも多少の貝殻が散在す

るので,pavementとbedの中間的な産状であると考え

られる。また,貝殻の長軸はしばしばbimodalを示す。

これは,貝殻堆積時に一定方向の水流が存在したこと

を示唆する(Nagle, 1967)。全体の産状はFürsich(1995)

のcurrent concentration型に近く,水流の存在が考えら

れる。垂直方向に化石の産出密度の疎密があるのは,

おそらく水流の強さの変化に応じていると考えられる。

水流には,潮流や河川の流入などが思われるが,堆積

物が細粒であること,化石があまり破壊されていない

ことなどを考えると,河川の流入による水流を考える

のが妥当であると思われる。その理由として,河川に

よる運搬が流力の減少によって終了するのに対し,潮

流による運搬は恒常的であるからである。平常時には

堆積粒子のみが運搬されてくる環境では,河川流量の

増大時にのみ化石が運搬されてきたと考えられる。

(∞)極細粒~中粒砂岩・密集型(Type5)

来馬層群の北又谷層のKK–01,志津川層群の韮の浜

層のNR–01とNR–02A,十三浜層群の立神層のTT–02

がこれにあたる。極細粒,細粒,または中粒の砂岩を

基質として化石貝殻が密集する。密集の度合いは高く,

bioclast-supportedの状態で,殻の姿勢はランダムな傾向

が強い。合弁個体は少なく,保存状態は悪い。また,

stackingあるいはnestingの状態が観察される。このなか

で,NR-01はやや特殊な産状を示す。黒色頁岩に挟まれ

る密集層の基質は細粒砂岩で,これが黒色頁岩を侵食

したように見える。このような産状は,Fürsich(1995)

のProximal tempestitesに特徴的なものである。従って,

Type5の密集層は,洪水のような河川の極端な流力の

増大によって運搬されて堆積した可能性が高い。

(§)粗粒砂岩・散在型(Type6)

志津川層群の韮の浜層のNR–02B,十三浜層群の立

神層のTT–03がこれにあたる。粗粒から極粗粒の淘汰

の悪い砂岩からなり黒色頁岩の細かい角礫を含む基質

に,保存の悪い貝化石が散在する。殻姿勢はランダム

な傾向が強い。このような傾向からは,Type6の密集

層は,Fürsich(1995)のFair weather wave concentrations

であると考えられる。基質の粒度を考慮すると,砂浜

のような環境で堆積したと考えられる。

(3)左右両殻共存率(Cv)と合弁率(Ar)

二枚貝は死後に遺骸貝殻が水流などにより運搬され

うるので,化石の産出地点がその個体の生息場所であ

ったとは限らない。そこで,二枚貝の遺骸貝殻が水流

によるふるまいの見積もりが,現生種の遺骸の観察や

理論的なシミュレーションなどによって研究されてき

た。その主なものとしては左右両殻共存率(Cv)(下

山, 1989),合弁率(Ar)(Martin-kaye, 1951)などがあ

げられる。各群集における種毎の左右両殻共存率(Cv)

と合弁率(Ar)の値をもとめた。続成作用による変型,

密集して他の個体に殻頂が覆われているなどの理由か

ら殻の左右が判然としないものは計数外とした。個体

数が少なすぎる種についても計算していない。産状観

察の結果を考慮して化石化過程について考察する。

(4)各地域の特徴

a:来馬層群

来馬層群では,北又谷層のKK–01,03,似虎谷層の

KN–01,02, 谷層のKSの計5層準から合計141個体

の二枚貝化石が得られた。すべての層準において

Eomiodon vulgarisとCrenotrapezium kurumenseが産出す

る。これらの種の他に,KK–01ではCardinioides ovatus

がわずかに産出する。KK–03においてはChlamydinae

gen. et sp. indet., Ostreidae gen. et. sp. indet. とCardinioides

ovatusがわずかに産出する。また,KSではGastropoda

gen. et sp. indet. が産出する。十分な個体数が得られて

いるEomiodon vulgarisとCrenotrapezium kurumenseの2

種について,左右両殻共存率(Cv)と合弁率(Ar)を

計算した。

Eomiodon vulgarisとCrenotrapezium kurumenseの左右両

殻共存率(Cv)は平均で0. 82で高い値を示す。合弁率

(Ar)は,KSとKN–02ではCrenotrapezium kurumenseが

0. 24と0. 33で,他の層準のKK– 01,03,KN–01に比べ

若干高い値を示すが,全体に0に近く非常に低い値で

ある(Fig. 11)。左右両殻共存率(Cv)からは現地性の

程度が高く,合弁率(Ar)からは現地性の程度が低い

値が示される。このような一見矛盾する値は,河川の

ような一方向の水流によって遺骸貝殻が運搬される場

合の特徴であることが現生二枚貝の観察から示されて

いる(松川ほか, 1993)。従って,左右両殻共存率(Cv)

と合弁率(Ar)からは,来馬層群から得られた化石群

集は一方向の水流がある環境で堆積したと考えられる。

これは,KK–01(Type5)が河川の大規模な増水など

によって運搬されて堆積したとする産状観察の結果を

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松川,他:“シジミ貝類”(corbiculoids)の適応戦略と系統進化

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支持する。

KK–03の産状(Type1)には,穏やかながら遺骸の

運搬の原因となる水流がある環境が推定される。高い

値の左右両殻共存率(Cv),合弁率(Ar)の値が0の

特徴からは河川などによる一方向の運搬が推定される

ので,河口付近の環境が推定される。あるいは,潮流

や波浪の影響を抑える砂嘴などもあった可能性が高い。

KN–01,02,KSの産状(Type4)についても,化石の

運搬に関わる水流が潮流ではなく河川によるものとす

る解釈が支持される。潮汐に起因する水流は二方向性

で,貝殻の運搬はランダムに拡散するので,左右両殻共

存率は低下する(下山, 1989)。KSとKN–02の合弁率(Ar)

が他に比べ若干高めの値を示すことから,貝殻の運搬

距離がさほど長くはないことを示唆する。合弁率(Ar)

は,二枚貝各種の生活様式の相違などにも影響するが,

shallow burrowerの生活様式をもつ現生のCorbicula leana

では比較的よく運搬距離を反映する(松川ほか, 1993)。

Crenotrapezium kurumenseとEomiodon vulgarisは,

Corbicula leanaと類似の殻形態を持つ。殻形態と生活様

式は密接な関係がある(Stanley, 1970)ので,生活様式も

類似していたと考えられる。従って,Eomiodon vulgaris

とCrenotrapezium kurumense の場合も合弁率(Ar)の高

低は運搬距離の大小を表していると考えられる。

KK–03の産状(Type1)は厚さ20~30bほどの化石産

出層序のなかでは化石の密集具合,基質の粒度などに

変化は認められず,一様な構造を示すので,比較的一

定の環境下で形成されたと考えられる。一方,KN–01,

02,KS(Type4)は,密集層が薄く,その内部にも鉛

直方向に疎密の変化があるので,KK–03に比べ短期的,

不連続的かつ急激な河川流力の変化が影響していると

考えられる。KN–01,02,KS(Type4)は,海進・海

退などよりは,荒天などによる急激かつ一時的な流力

の増大によって運搬された遺骸貝殻群集と考えられる。

b:志津川層群・十三浜層群

志津川層群では,韮の浜層のNR–01,02A,02B,

02C,03の5層準から合計117個体,十三浜層群では立神

層のTT–01,02,03の3層準から合計157個体の二枚貝

化石を得た。韮の浜層に産出した化石はVaugonia (s.s.)

niranohamensis,Integricardium (Yokoyamaina) hayamii,

Eomiodon lunulatus,E. vulgaris,E. sp. indet.,Gastropoda

gen.et sp. indet. である。立神層に産出した化石は

Ostreidae gen. et sp. indet.,Vaugonia (s.s.) niranohamensis,

V. (s.s.) namigashira,Protocardia (s.s.) morii,Filosina

jusanhamensis,Gastropoda gen. et sp. indetである。

合弁率(Ar)は,韮の浜層のNR–03でE. lunulatusが

0. 17,E. vulgarisが0. 33を示すが,その他はすべて0. 1

以下で,全体的に低い。左右両殻共存率(Cv)は,

Eomiodon lunulatus,E. vulgaris,Protocardia (s.s.) morii

東 京 学 芸 大 学 紀 要 第 4部門 第55集(2003)

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Fig. 11.Coexistence index of left and right valves(Cv)and articulation rate of shells(Ar)of corbiculoids from the Kuruma,Shizugawa and Jusanhama groups.

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とFilosina jusanhamensisが概ね0. 9近くに集中して高い。

Vaugonia (s.s.) niranohamensis,V. (s.s.) namigashira,

Integricardium (Yokoyamaina) hayamiiでは0. 5前後の低め

の値をとることがある。しかし,全体的には高い左右

両殻共存率(Cv)と低い合弁率(Ar)を示しているので,

河川などの一方向の水流によって遺骸が運搬されたと

考えられる。完全な現地性と思われる化石群集は認め

られない。NR–01,02A,TT–02は河川の大規模な増水

などにより運搬されて堆積した(Type5)と解釈される。

また,NR–02B,TT–03は,ランダムな殻姿勢,低い密

集度,粗粒の基質などの産状の特徴から,砂浜で堆積し

た可能性が高い(Type6)。貝殻が波浪により運搬された

場合,左右両殻共存率(Cv)は低くなる(下山, 1989)が,

TT–03の値は0. 76であまり低くない。これは,遺骸の生

産地が化石産出地点と比較的近いことを示すのかも知

れない。しかし,合弁個体は認められない。NR–02Cは,

合弁率(Ar)は0で低く,左右両殻共存率(Cv)もV. (s.s.)

niranohamensisで0. 55,I. (Y.) hayamiiで0. 40と他の層準

に比べて低い。これは,河川による水流より,潮流など

の複数の方向性をもった水流に影響されたためと考え

られる。産状(Type3)からも,1~2方向性の水流の

存在が推定されるので,やはり潮流による2方向の水

流による運搬の可能性が高いと考えられる。しかし,

薄い密集層が数層に分かれて発達する産状では,潮流

のような恒常的な運搬より河川の増水などの偶発的な

運搬を考えた方が説明しやすい。結局,NR–02Cは,

遺骸貝殻が増水などにより通常は河川の水流の影響が

及ばないような浅海に運搬され堆積した後,潮流によ

り拡散したと思われる。この際に貝殻とともに運搬さ

れてきた細粒の堆積物は除去されてしまったと思われ

る。NR–03の左右両殻共存率(Cv)は,特に個体数の

多いE. lunulatusで0. 97と高く,合弁率(Ar)は0. 16と低

いので,これらの値からは河川などによる運搬が推定

される。産状からも方向性のある水流が一時的に流力

を増した際に貝殻が運搬されたことが推定される

(Type2)。NR–03(Type2)には,NR–02A(Type4),

NR–02C(Type3)の産状に比べ流力が小さい環境が

推定される。NR–03のEomiodonの2種の合弁率(Ar)

は0. 16と0. 33で,NR–02A,Cの合弁率(Ar)が0を示

すのに比べるとやや高めであることから,運搬の距離

が比較的短い可能性がある。従って,NR–03の群集は,

他の層準に比べれば比較的現地性が高いと考えられる。

TT–01も高い左右両殻共存率(Cv)と低い合弁率(Ar)

を示し,河川による運搬が示唆される。これは,河川

による水流で運搬されて堆積したと考えられる産状

(Type4)の解釈と一致する。

c:岩室層

岩室層(IW)からは,Eomiodon vulgaris,Eomiodon sp,

Crenotrapezium kurumenseの3種の計79個体が産出し

た。すべての種の左右両殻共存率(Cv)は0. 67–0. 89

で高く,合弁率(Ar)は0–0. 17で低い。これは,河川

などによる一方向の水流による運搬を表す特徴(松川

ほか, 1993)を示し,流水によって運搬されたとする産

状観察の結果(Type2)を裏付ける。

(5)化石群集と各種の生息環境

密集層から得られた化石群集に含まれる二枚貝化石

種の,それぞれの生息環境を推定する。

a:遺骸貝殻群集の混合

来馬層群,志津川層群,岩室層,十三浜層群の資料

に認められた貝殻密集層をType1–6の6つに分類し

た。それぞれに考えられる遺骸貝殻の堆積環境を,

Kidwell et al.(1986),Fürsich(1995)の密集度,殻の

姿勢,密集層の構造と化石化過程に関する研究と,左

右両殻共存率(Cv)・合弁率(Ar)に基づいて推定した。

その結果をTable 6にしめす。

Type1は,河川によって運搬された化石群集である。

比較的穏やかな水流によって,低い頻度ながら恒常的

に遺骸が運搬されて堆積したと考えられる。

Type2は,河川の一時的な増水などによって運搬さ

れた化石群集であると推定される。

Type3は,河川の一時的な増水などによって運搬さ

れた遺骸集団が,潮流の影響を受けて拡散した化石群

集であると推定される。

Type4は,河川によって比較的高い頻度で遺骸が運

搬され,一時的な増水時にはより多くの遺骸が運搬さ

れてくる環境で堆積した化石群集であると推定される。

Type5は,河川の大規模な増水によって,大量に押

し流された遺骸から成る化石群集であると推定される。

Type6は,波浪の影響を受けて堆積した化石群集で

あると推定される。

上記のType1から5で示した化石群集はすべて運搬

されたものであり,その過程で異なる環境に生息して

いた種の遺骸が混合していることが推定できる。

手取層群の主要分布地域の白山周辺地域の荘川地域

から産する非海生二枚貝化石群集の研究では,海進・

海退のような環境の変化にはより小さなレベルの鹹度

の波動を伴って進行することが示されている(松川・

中田, 1999)。この環境の微細な変動は,岩相にはその痕

跡が記録されていない場合でも,軟体動物群集の種構

成には反映される。これは,ある化石産出地点における

軟体動物は環境の微細な変動によって入れ代わること

- 175-

松川,他:“シジミ貝類”(corbiculoids)の適応戦略と系統進化

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がしばしばあると解釈できるからである。つまり,極め

て近接した,あるいは同じ層準から産出する種でも,必

ずしも同じ環境に生息していなかった可能性があるこ

とを意味する。このような問題について,Fürsich(1978)

は,同時間に存在しなかった種同士が混合した化石群

集をTime-averaging assemblageとして,古環境を推定す

る際の注意としている。このように,化石群集は運搬あ

るいは time-averagingによって本来異なる環境に棲んで

いた種が混合していることが多い。従って,種毎の生息

環境は,この混合の影響を把握した上で推定しなけれ

ばならない。

b:混合集団の成因

来馬層群,志津川層群,十三浜層群の化石群集に含

まれる各種について,生息環境を推定した。これらの

化石群集の種構成は海生種と汽水種がしばしば混合す

る(Fig. 12)。これは,河川の影響下にある堆積環境で

は遺骸が運搬され,異なる生息環境の化石種が混合し

て産出することによると思われる。この混合に関して,

各化石群集で検討する。

来馬層群の北又谷層のKK–03では,汽水から海生の

Eomiodon vulgarisとCrenotrapezium kurumense,海生の

Chlamydinae gen. et sp. indet. とCardinioides ovatusが共

に産出する。高い値の左右両殻共存率(Cv)と低い値の

合弁率(Ar)を示すEomiodon vulgarisとCrenotrapezium

kurumenseは河川のような一方向の運搬によりもたらさ

れたと解釈でき,KK–03は比較的穏やかな流れのある

河口域の環境で堆積したと推定されている(Type1)。

Eomiodon vulgarisとCrenotrapezium kurumenseの散在し

た産状から,遺骸貝殻は流入河川の増水時に増大した

流力によってかろうじて到達する程度であったと思わ

れる。このような河口域は,河川の流量の増減に伴う

波浪や潮汐により水流の影響を反映する。このような

環境では,底層にしばしば海水が入り込んでくる

(Fürsich and Kirkland, 1986)ことがあり,稀に海生種の

遺骸が混入することも十分あり得る。

志津川層群の韮の浜層のNR–02AではEomiodon sp.

indet. が,海生の V. (s.s. ) niranohamensisおよび

Integricardium (Yokoyamaina) hayamiiと共に産出する。

しかし,この層準には出水時の河川の水流による運搬

が推定されている(Type5)。従って,河川上流側の汽

水域に生息していたEomiodon sp. indet. と Integricardium

(Yokoyamaina) hayamiiも海生種の生息域にまで運搬され

て混合した可能性は高い。愛知県の豊川下流域におけ

る現生貝類相(松岡ほか, 1999)では,河口から5dほ

ど上流では底層の塩分は20‰付近を越え(polyhaline),

海生二枚貝(Lucinidae)の生息が認められている。し

かも,この地点では平常時の流速は0. 2 m/sを維持して

いる。このような環境では,NR–02Aのような汽水生

種と海生種の混合は十分起こり得る。

志津川層群の韮の浜層のNR–02Cの二枚貝化石群集

は,河川による運搬の後に潮流によって拡散した(Type

3)と推定できる。この層準ではV. (s.s.) niranohamensis

と I. (Yokoyamaina) hayamiiがE. sp. indet. と共に産出す

る。これは,NR–02Aと同様の過程を経て混合した群

集がさらに河口に近い地域に到達したために潮流の影

響を受けて再び拡散したものと考えられる。

十三浜層群の立神層のTT–01では汽水生ないし海生

のFilosina jusanhamensisと海生のV. (s.s.) niranohamensis

が共に産出する。TT–01が河川によって運搬されたと

推定される産状を示す(Type2)ことを考えると,汽

水生ないし海生のF. jusanhamensisと海生のV. (s.s.)

niranohamensisが運搬されて混合したことが示唆され

る。しかし,TT–01では,V. (s.s.) niranohamensisが

含まれるのはこの層準の最上部の部分の3個体のみで

東 京 学 芸 大 学 紀 要 第 4部門 第55集(2003)

- 176-

Table 6.Six types of shell concentration observed in some fossil horizons of the Kuruma, Shizukawa and Jusanhama groups.Standardized terms used here from Kidwell et al.(1986). Environmental factors dominantly affecting concentrationsare estimated on the basis of Cv., Ar. and biostratinomic observations.

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松川,他:“シジミ貝類”(corbiculoids)の適応戦略と系統進化

Fig. 12.Species composition at some localities of the Kuruma, Shizugawa and Jusanhama groups and the Iwamuro Formation.

KEY: C.o.: Cardinioides ovatus, E.l.: Eomiodon lunulatus, E.v.: Eomiodon vulgaris, E. sp. indet.: Eomiodonsp. indet., E.

sp.: Eomiodon sp., C.kk: Crenotrapezium kurumense, V.ni.: Vaugonia(s. s.)niranohamensis, V. na.: Vaugonia(s.

s.)namigashira, F.j.: Filosina jusanhamensis, P.m.: Protocardia

(s. s. )morii, Cla. : Chlamydinae gen. et sp.

indet., Ost.: Ostreidae gen. et sp. indet. , Gas.: Gastropoda gen. et sp. indet.A and

/or B

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ある。TT–01の基質が上部において若干粗粒化してい

ることも考えれば,TT–01の密集層内部で下部から上

部へ環境が変化している可能性もある。つまり,F.

jusanhamensisが運搬されて堆積した後で多少の環境の

変化があり,そこがV. (s.s.) niranohamensisの生息域付近

になった可能性もあり,これはTime-avaraged assemblage

(Fürsich, 1978)である可能性が高い。

(6)“シジミ貝類”(corbiculoids)の生息域とその塩分

濃度の推定

“シジミ貝類”(corbiculoids)(=蜆貝)は,汽水域の

示相化石とされてきた。しかし,来馬層群や志津川層群

などのジュラ紀前期から産出する極めて初期の“シジ

ミ貝類”(corbiculoids)については,海生種としばしば

共産することから海生であったとする解釈がある(小

林ほか, 1957;Hayami, 1958, 1961bなど)。その一方で

アンモナイトなどの公海性の化石とは共産しないこと

もあり,その生息環境は曖昧なままである。そこで来

馬層群,志津川層群,十三浜層群から産出する“シジ

ミ貝類”(corbiculoids)の生息域とその場所の塩分を推

定する(Fig. 13)。

Vaugoniaは,同じTrigoniidaeの現生種がオーストラ

リアの海浜に生息しており(Cameron, 1974),また化

石種においても浅海の堆積相から多産するので,一般

的に海生属とされている。本論文においても砂浜で堆

積したと思われる産状(Type4)で卓越し,海生であ

ったと思われる。Chlamydinaeも海生とされるが,チベ

ットにおける研究ではCanptonectesがpolyhalineから産

出することが炭素同位体を用いた研究から示されてい

る(Yin, 1991)。Chlamydinae gen. et sp. indet. を産出す

る来馬層群の北又谷層KK–03には,河口あるいは潟湖

のような非常に海に近い環境を推定したが,汽水種の

遺骸がしばしば運搬されてくる環境かその付近に生息

していたのならば,Chlamydinae gen. et sp. indet. もある

いはpolyhalineに進出していた可能性が高い。Filosina

jusanhamensisとProtocardia (s.s.) moriiが共産する十三

浜層群の立神層のTT–02は,産状から遺骸貝殻が河川

により運搬されたと推定できる。Filosina jusanhamensis

の合弁率(Ar)は,Protocardia (s.s.) moriiよりも低く,

より長距離を運搬された可能性がある。河川での運搬

は淡水側から海水側へ向って行なわれるのが普通なの

で,F. jusanhamensisは P. (s.s.) moriiよりも低鹹度に生

息していた可能性がある。Protocardiaは,チベットに

おける研究で炭素同位体の測定からmesohalineから

polyhalineの環境に生息していたと考えられている

(Yin, 1991)。同属の種で生息環境が大幅に異なること

は稀なので(Raup & Stanley, 1971),Protocardia (s.s.)

moriiもmesohalineからpolyhalineの環境に生息していた

可能性が高い。この場合,Protocardia (s.s.) moriiよりも

淡水に近いと考えられるFilosina jusanhamensisは,よ

り淡水側のoligohalineとmesohalineを考えるのが妥当で

ある。この範囲は,現生のヤマトシジミ(Corbicula

japonica)の生息できる塩分の範囲の21‰以下(山室,

1996)とほぼ一致する。 Eomiodonはポルトガルの

Kimmeridgianではpolyhalineおよびmesohalineからの産

出が知られている(Fürsich, 1994)。さらに,Eomiodon

lunulatus,E. vulgaris,Crenotrapezium kurumenseは来

馬層群,志津川層群の多くの層準で高い優占度を示し,

産出個体数も圧倒的に多い。生物の多様性はRemane

(1958)などに基づくと,地域,時代に関わらず概ね塩

東 京 学 芸 大 学 紀 要 第 4部門 第55集(2003)

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Fig. 13.Presumed salinity ranges of some species from the Kuruma, Shizugawa and Jusanhama groups.

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分 5‰で最小になることが知られている。5‰付近の塩

分の環境に適応していたと推定される手取層群から産

するMyrene (Mesocorbicula) tetoriensisは,排他的と解釈

できる高い優占度と大きな個体数を示す(松川・中田,

1999)。このような環境では多様度が低くなり競争が起

りにくいため,特定の種が異常に大きな個体群を形成

することがあると考えられる。従って,低い多様度,

大きい個体数という特徴を示すEomiodon lunulatus,E.

vulgaris,Crenotrapezium kurumenseは 5‰付近までは進

出していた可能性が高く,polyhalineおよびmesohaline

の環境に生息していたと考えられる。

手取層群,来馬層群,志津川層群などに産出する

“シジミ貝類”(corbiculoids)は,異地性の密集した産状

を呈することが多く“蜆貝層(相)”などと呼ばれてきた。

これは,5‰程度の塩分の環境における排他的な大群

集の形成を裏付けるものと思われる。一方,現地性の密

集層がほとんど,あるいはまったく見当たらないのは,

その生息環境によるものと考えられる。Corbiculidaeの

現生種は浮遊物食者でshallow burrowerである。食性や

生息場所の底質は殻形態と密接な関係がある(Stanley,

1970)ので,現生種と形態的に大きな差のない中生代

の“シジミ貝類”(corbiculoids)も同様の生活様式が想

定できる。浮遊物食者の群集は堆積速度の低い環境で

発達する(Fürsich, 1978)ので,堆積物の表層に生活す

る“シジミ貝類”(corbiculoids)が,そのまま埋没して

化石化する可能性は決して高くはなかったと思われる。

むしろ,河川が増水した場合などに堆積物とともに押

し流された場合の方が埋没し化石化する可能性は高い

と考えられる。また,汽水生種の塩分耐性はその種が

生息している塩分の範囲よりは広いのが普通なので,

押し流されたとしても即死するとは限らない。このよ

うな事情から,“シジミ貝類”(corbiculoids)の化石の産

出状況はしばしば実際の生息域より高鹹度の環境を示

すことがあると思われる。従って,Eomiodon lunulatus,

E. vulgaris,Crenotrapezium kurumenseの生息環境は,

polyhalineとmesohalineからより低鹹度への誤差はあり

うるが,より高鹹度であった可能性は低く,海生種で

はないと考えられる。

6.“シジミ貝類”(Corbiculoids)の

汽水への適応戦略と進化

(1)殻の機能

Eomiodon lunulatus,E. vulgaris,Crenotrapezium

kurumenseが,汽水域(polyhalineとmesohaline)に生息

していたとする解釈を述べた。これらの種は海生と解

釈された(Hayami, 1958;速水, 1962a)こともあり,ジ

ュラ紀前期のものを含めた“シジミ貝類”(corbiculoids)

がすべて汽水生種であるならば,“シジミ貝類”

(corbiculoids)を特徴づけている形態に汽水域への適応

の痕跡が認められる可能性がある。そこで“シジミ貝

類”(corbiculoids)の殻形態について考察する。

“シジミ貝類”(corbiculoids)の形態で最も特徴的な

ものは長大な側歯である。この側歯の機能を考察する

ために,実験を行なった。実験の方法を以下に記す。

q現生のヤマトシジミ(Corbicula japonica)の50個

体の殻を用意する。

w生貝を煮沸すると殻が自然に開くので,殻縁を破

損しないように,また,離弁しないように注意し

て軟体部を除去する。

eそのうちの半分の個体の側歯(A2)をエアスク

ライブで削る(Fig. 14)。この時,側歯以外の部分

を破損しないように注意する。

rこれを水中に沈めた状態で殻を閉じ,クリップで

固定する。こうすることで殻内に水を封入するこ

とができる(Fig. 15)。

t次にこれを,前部を下にして色素(食紅)で着色

した水を入れたバットに入れる。靭帯部分は死後

の殻の開閉による損傷が避けられないので沈水し

ないようにする。

yこの状態で10分間放置した後,殻を開けて中の水

をスポイトでとり,紙(発色が良いので水彩用の

ものを使った)の上に滴下する。

u流れないように注意して乾燥する。

i色データを客観的に比較するために,これをスキ

ャナで読み取り,RGBのデジタル画像にする。こ

うすることで着色の度合いを数値で示すことがで

きる。

o滴下した各サンプルのRGB成分を読み取り,「赤

さ」を求める。

「赤さ」は「明るさ」に対するR成分の比で表

す。明るさは輝度(Luminance)として知られる

L = 0. 299 r + 0. 587g + 0. 114b(r,g,bはRed,Green,

Blueの各成分)である。この方法で求めた「赤さ」

は,スキャニング時にできた明るさのムラ(実際

には認められなかった)に関係なく赤い色素の量

が比較できる。

実験の結果は,側歯を削除した個体では,加工しな

い個体に比べ,殻内の水がより濃く着色される傾向が

見られた(Fig. 16)。殻内の水が着色されるのは,殻外

の水との接触が大きいことを示す。つまり,側歯が削

除されたことによって,殻の機密性が低下したと考え

- 179-

松川,他:“シジミ貝類”(corbiculoids)の適応戦略と系統進化

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られる。従って,側歯には閉殻時の機密性を高める機

能があると思われる。このことから,側歯は潮汐(出

水)によって殻外部の浸透圧が極端に上がった(下が

った)場合に殻内部の浸透圧の変化を防ぐのに役立つ

と解釈できる。

(2)“シジミ貝類”(corbiculoids)の起源と多系統モデ

“シジミ貝類”(corbiculoids)の起源については,一

般的には海生のArcticidaeからジュラ紀に派生したとさ

れている。ペルム紀に出現したArcticidaeは,lucinoid,

cyprinoid,cyrenoidの様々な蝶番構造を有し,ジュラ紀に

はNeomiodontidae,白亜紀にはCorbiculidaeなどを輩出

した異歯類の根幹となるグループである(速水, 1962b)。

多様なArcticidaeから“シジミ貝類”(corbiculoids)へ派

生したことに関する幾つかの議論がある。Casey(1955)

や速水(1962b)は,汽水性の環境が制限されているこ

と,また永続的でないことなどを理由に“シジミ貝類”

(corbiculoids)が多系統な起源をもつ可能性があると考

えた。つまり“シジミ貝類”(corbiculoids)は,Arcticidae

東 京 学 芸 大 学 紀 要 第 4部門 第55集(2003)

- 180-

Fig. 14.Internal shell structure of left valve of modern corbiculoid, Corbicula japonica. For a water permeability test, anteriorlateral tooth (AII) of left valve was removed using air-scribe machine.

Fig. 15.The water permeability test: the experimentation on lateral teeth.

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の複数の種から様々な時代・地域において個別に汽水

域に進出したとする解釈である。“シジミ貝類”

(corbiculoids)の起源が多系統である解釈を支持するな

らば,汎世界的な汽水域からの産出は説明しやすい。

しかし,“シジミ貝類”(corbiculoids)の起源が多系統で

あると考えるには幾つかの問題もあった。まず,ジュ

ラ系下部から産出するEomiodon lunulatus,E. vulgaris,

Crenotrapezium kurumenseなどの初期の“シジミ貝類”

(corbiculoids)がHayami(1958など)に指摘されたよう

に海生であれば,このような種が“シジミ貝類”

(corbiculoids)の祖先種であり,海域で分布を拡げてい

たと考えることも可能である。また,多系統である場

- 181-

松川,他:“シジミ貝類”(corbiculoids)の適応戦略と系統進化

Fig. 16.The result of the water permeability test. The vertical and lateral axes show individual numbers and redness of waterincluded within shells, respectively. Velosity of redness by R= r /L (0< R< 3.344). L by 0.299r+ 0.587g+ 0.114b(r: red, g : green: b: blue)is difined asluminance. The value of r /L, showing degree of deviation from grey, is independent from brightness. A: shells in thatthe lateral tooth (AⅡ) was removed. B: normal shells.

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合は,“シジミ貝類”(corbiculoids)に特異的な長大な側

歯に見られる形態の類似が遺伝的な類似以外のどのよ

うな原因でもたらされるかを考える必要がある。

本論文では,qEomiodon lunulatus,E. vulgaris,

Crenotrapezium kurumenseの古生態を考察し,これらの

種がmesohalineとpolyhalineかそれ以下の塩分の汽水域

に生息し,通常の海水のもとでは生活出来なかったで

あろうことを示した。wまた側歯に関する実験におい

て,“シジミ貝類”(corbiculoids)の側歯が塩分耐性を高

める機能があるという解釈を示した。これらに基づく

と,“シジミ貝類”(corbiculoids)を特徴づける形態の類

似は塩分の変動という外的要因によりもたらされた

homeomorphismであると説明できる。もちろん,全く

他の要因に拠らないとは考えにくく,近縁の祖先を持

つことによる遺伝的な類似の上に成り立つものである。

外的要因の働きかけがどの程度形態に影響するのか定

かでないが,Arcticidaeのある属種にとって低塩分環境

への接触が側歯を長大化させる端緒になっている可能

性は十分考えられる。

Casey(1955)はイギリスのジュラ系上部から白亜系

下部の連続した層序から得られた“シジミ貝類”

(corbiculoids)の形態を観察し,cyrenoid型の蝶番構造

をもつ海生のEocallistaから汽水性のFilosinaが派生し

たことを示した。これは,系統を考える上で重要な意

味を持つ lucinoid-cyrenoidへの主歯構造の変化が汽水へ

の進出とは無関係であろうことを意味する。一方,

EocallistaからFilosinaへの進化において,主歯の構造

は変化しないが側歯は徐々に長大化したことも認めら

れている(Casey, 1955)。これらのことから蝶番構造の

進化的な形態変化において,側歯の長大化という質的

な変化は,主歯の構造的な変化に比べて遺伝的に固定

されていないと思える。

NeomiodontidaeとCorbiculidaeの形態の大きな相違点

は,lucinoidとcyrenoidの主歯の特徴をもつことである。

これは,これらの2科が遺伝的にある程度離れている

ことを示すが,汽水域への適応の度合いとは関わりが

ないと思われる。一方,“シジミ貝類”(corbiculoids)の

主要メンバーのNeomiodontidaeとCorbiculidaeの形態の

共通点は側歯の長大化である。これは,同様の環境に進

出したための機能を示すもので,これはhomeomorphism

であると考えられる。これらの2科は,Arcticidaeに起

源を持つと解釈されてきた(速水, 1962b)が,側歯の形

態の類似が遺伝的には関係がないと考えられる上に,主

歯構造が異なるので,かなり古い段階で別の系統に分

かれていたと思われる。本論文で示した側歯に関する

実験の結果に基づくと,NeomiodontidaeとCorbiculidae

は進化段階の異なるArcticidaeから平行的に派生したと

する速水(1962b)の予察は支持される。また,それぞ

れの科のなかでもhomeomorphismがあると考えられる。

これは,NeomiodontidaeのEomiodontineaの進化が

Eomiodon lunulatusやE. vulgarisからE. matsumotoiを経

てMifunea mifunensisに至る単系統の解釈(Tamura,

1979)や日本の白亜紀のNeomiodontidaeやCorbiculidae

の進化が単系統とする解釈(Ohta, 1982)とは異なる。

“シジミ貝類”(corbiculoids)は,ジュラ紀に汽水域

に進出して以来,現在に至るまでその生活様式,形態

に大きな変革を加えることなく非常に保守的な進化を

続けてきた。この形態の安定は実は見かけのものなの

かも知れない。実際には,単一の種あるいは直接の系

統が汽水域の中で存続している時間はさほど長いもの

ではなく,海生のArcticidaeのある系統群から時代毎,

地域毎に派生してきた多系統の起源をもつ可能性が考

えられる(Fig. 17)。

(3)生物地理

“シジミ貝類”(corbiculoids)の起源は多系統である

と考えられる。来馬層群と志津川層群はほぼ同時代で

あり,世界的にみれば地理的にも決して遠くはない。

この両地域にはE. vulgarisが共通して産出する。これ

は,ジュラ紀前期の日本付近の海域に生息していた

Arcticidaeのある種が,それぞれの地域で汽水に進出し

た結果,同様の形態に進化し,どちらかの地域で汽水

に進出した種が,他方の地域へ拡散したのではない解

釈の可能性を示す。この時代には現生の水生生物の分

布の拡大にしばしば関係している鳥類がまだ存在して

いないので,繁殖に必要な“シジミ貝類”(corbiculoids)

の個体群が数100dの陸や海を移動できる可能性は極め

て低いと思われる。現在日本周辺に生息するCorbicula

japonica(ヤマトシジミ)は800万年前,C. leana(マシ

ジミ)とC. sandai(セタシジミ)は90万年前に祖先種か

らの分化が見積もられている(Hatsumi et al., 1995)の

で,人為的な移動の前に日本各地へ分布されたものと

思われる。来馬層群と志津川層群は共にジュラ系下部

に対比されており,その範囲はHettanjian(203百万年前)

からToarcian(175百万年前)の28百万年間の範囲であ

る。これは,両層群から共通して産するE. vulgarisが

どちらかの地域から短距離の移動を積み重ねて分布を

拡大したことを支持する積極的なものではないと思わ

れる。来馬層群のE. vulgarisと志津川層群のE. vulgaris

は,殻形態の見かけ上での同種でしかない可能性もあ

り得る。このような仮説は,生殖に関わる特徴が重視

される現生種と異なり形態によって定義される化石種

東 京 学 芸 大 学 紀 要 第 4部門 第55集(2003)

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において立証することは困難である。しかし,現生の

Corbicula japonica(ヤマトシジミ)とC. leana(マシジ

ミ)が形態的な差異が色だけであることを考えれば,

このような仮説は決して無視はできない。

手取層群のMyrene (Mesocorbicula) tetoriensis,Tetoria

(T.) yokoyamaiの2種のcorbiculoidsは,ジュラ紀中期か

ら白亜紀前期にまたがって産出し,非常に長い生存期

間を示す。国内の非海成層で,“シジミ貝類”

(corbiculoids)を産するジュラ系中部は手取層群以外知

られていない。手取地域においては,化石の産出量か

らみて他に類を見ない程に大規模な個体群を形成した

と思われるMyrene (Mesocorbicula) tetoriensisが他の地域

からは産出しないのは,やはり“シジミ貝類”

(corbiculoids)にとって基本的に隔たった汽水域に分布

を広げることがほとんど不可能であったことを示すも

のでないかと考えられる。当時の手取地域には北東に

開いた湾と北に向う海流が存在したと解釈されている

(Matsukawa et al, 1997)。このような環境であれば,手

取の“シジミ貝類”(corbiculoids)を輩出したArcticidae

が,湾内で進化した種であったために他地域には

homeomorphismによる類似種も存在し得なかったと解

釈することができる。このように,手取層群において

は“シジミ貝類”(corbiculoids)の分布と古地理の関係

が整合的に思えるが,これはむしろある汽水域に進出

した“シジミ貝類”(corbiculoids)が,そこから別の汽

水域に分布を拡大できないという仮定を裏付けている。

Neomiodontidae,Corbiculidaeのそれぞれの科の中に

おいても,あるいは同属に含まれる種や同種内におい

てさえhomeomorphismによる見かけの類似の可能性が

あるので,“シジミ貝類”(corbiculoids)の分布と古地理

の関連は非常に読み取りにくいものと思われる。もっ

とも,分類は側歯にのみ基づいているわけではなく,

側歯以外の形態の類似度の高さが祖先種の近縁度の高

さを表しているという解釈は可能であるから,現在の

分類で近縁とされる“シジミ貝類”(corbiculoids)の種

の分布と古地理の関係は決して皆無ではないはずであ

る。しかし,他の生物を利用する場合に較べれば,“シ

ジミ貝類”(corbiculoids)の分布から読み取れる古地理

の精度は低いと思われる。従って,“シジミ貝類”

(corbiculoids)の生物地理を古地理に応用する際,複数

の堆積盆を共通の産出種で関係づけたり,対比に用い

る場合には特に慎重になる必要があろう。

(4)Neomiodontidaeの絶滅

Neomiodontidaeは,Corbiculidaeに先がけて出現し,

ジュラ紀には“シジミ貝類”(corbiculoids)の構成員と

しての一翼を担ったが,白亜紀には衰退し,絶滅した。

両科はともにArcticidaeから派生し,ほぼ同様の殻形態

を備えて汽水域に進出しながら,Corbiculidaeは現在に

至るまで繁栄しているがNeomiodontidaeは絶滅した。

- 183-

松川,他:“シジミ貝類”(corbiculoids)の適応戦略と系統進化

Fig. 17.Evolutional lineage model of corbiculoids (Left: Polyphyletic model, Right: monophyretic Model)

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これについて考察する。

重複したニッチェに生息する2つの分類群の一方が

繁栄し他方が絶滅する場合,その要因として競争が考

えられる。しかし,二枚貝,特に感潮域のものにとっ

て,生存にかかる主なストレスは競争や捕食圧ではな

く物理的な環境である(大森・霍田, 1988)。例外的な競

争の例として,Rhoad & Young(1970)は,浮遊物食者

と堆積物食者が互いに他方に対し排他的であることを

現生種の観察から明らかにした。しかし,殻の形態と

食性には密接な関係があり(Stanley, 1970),Corbiculidae

の現生種が浮遊物食者であることを考えると

Neomiodontidaeだけが堆積物食者であった可能性は低

い。従って,これらの2科に競争があったとは考えに

くい。一方,物理環境が生存への大きなストレスにな

っているのならば,塩分耐性の相違が要因という仮定

も可能である。しかし,NeomiodontidaeとCorbiculidae

の形態に認められる主歯構造の相違は,Casey(1955)

の示したEocallista-Filosinaの系統をみる限り,塩分耐

性とは関係ないと考えられる。軟体部の機能に関する

相違は不明であるが,化石の殻形態の特徴から判断す

る限り,2科の塩分耐性に相違がある可能性は低い。

結局,NeomiodontidaeとCorbiculidaeが汽水環境への

適応に関して相違がなかったとすれば,Neomiodontidae

の絶滅の原因は祖先種を輩出するArcticidaeのある系統

が絶滅したことによると思われる。q“シジミ貝類”

(corbiculoids)の起源が多系統であること,w近縁種の

形態の類似がしばしばhomeomorphismである可能性が

高いこと,e異なる汽水域(堆積盆)への拡散は困難

であったことを考えれば,“シジミ貝類”(corbiculoids)

の系統の存続は祖先種を輩出するArcticidaeのある系統

の存続に依存していると解釈できる。

NeomiodontidaeとCorbiculidaeの主歯構造が異なるこ

とから,少なくとも複数の系統が“シジミ貝類”

(corbiculoids)の母体となっていると考えられる。つま

り,大きく見れば lucinoidの系統とcyrenoidの系統のあ

るArcticidaeが汽水域に接触した場合に“シジミ貝類”

(corbiculoids)を輩出してきたと考えられる。この

「“シジミ貝類”(corbiculoids)を輩出し得る lucinoidの

Arcticidae」の系統がジュラ紀後期から白亜紀にかけて

衰退した為にNeomiodontidaeも衰退したと解釈できる。

これに基づけば,手取層群において化石の産出量か

ら考えて非常に繁栄したと思われる M y r e n e

(Mesocorbicula) tetoriensisが国内に近縁種をもたないこ

とも説明しやすい。つまり,この種を輩出したArcticidae

はジュラ紀後期~白亜紀前期の日本近海で既に衰退し

て分布を狭めていたため,白亜紀前期の他地域の汽水

環境に“シジミ貝類”(corbiculoids)を派生させること

ができなかったと解釈できる。一方,手取層群で

Myrene (Mesocorbicula) tetoriensisに比べれば個体数の少

ないTetoria (T.) yokoyamaiとその近縁種が白亜紀前期~

中期かけて他地域の汽水環境に分布するのは,「“シジ

ミ貝類”(c o r b i c u l o i d s)を輩出し得る c y r e n o i dの

Arcticidae」の系統がこの時代にも繁栄して広く分布し

ていたことによると考えられる(Fig. 18)。

(5)Corbiculidaeの今後

Arcticidaeは新生代以降衰退してきており,現在は

Arcticaの1属が存在するのみである。斧足類の種の生

存期間は長いもので3×10 7 年程度であると見積もられ

ている(速水, 1962a)。“シジミ貝類”(corbiculoids)の

例でも北上山地のEomiodon vulgarisはHettangian~

Bajocianにわたって生存し(速水, 1962a),手取層群の

Myrene (Mesocorbicula) tetoriensisとTetoria (T.) yokoyamai

はジュラ系中部から白亜系にかけての産出がある。こ

れは,“シジミ貝類”(corbiculoids)は汽水域の環境が途

絶えてしまわなければ数千万年以上にわたり種として

存続できることを示す。従って,現生種のCorbiculidae

は第四紀以降から出現しているのでまだ当面は,汽水

域に存在していられるのかも知れない。しかし,生息

地の環境が変化し,一時的にでも汽水環境が消滅すれ

ば,再び汽水環境が出現したとしても,そこに“シジ

ミ貝類”(corbiculoids)を輩出しうるArcticidaeは殆ど存

在しないので,“シジミ貝類”(corbiculoids)が再びその

環境に生息できるかの保証は定かではない。従って,

Corbiculidaeは,今後,Neomiodontidaeと同じ理由で絶

滅へ向っていくと推測される。“シジミ貝類”

(corbiculoids)の化石種を豊富に産出する北米大陸で,

“シジミ貝類”(corbiculoids)の現生種が近年まで存在し

なかったのは,この推測が見当違いではないことを示

していると思われる。ただし,北米では人為的に持ち

込まれた“シジミ貝類”(corbiculoids)(台湾シジミ)が

爆発的に増え,全土に拡がって形態にも変化を生じて

いる(藤原, 1995)。現在の“シジミ貝類”(corbiculoids)

の分布には多分に人為的な要素が影響していると思わ

れるが,一方でCorbiculidaeの中には淡水に進出したも

のもおり,Polymesodaのある種は標高1000c以上の高

地にまで分布を拡げている(鹿間, 1964)。“シジミ貝類”

(corbiculoids)の進化は,中生代には多系統であったと

考えられ,そのために変動の大きい環境である汽水域

においても見かけのうえでは安定した系統を維持して

いたと考えられる。しかし,今後も存続していく場合

は,単系統として維持されることになり,中生代の繁

東 京 学 芸 大 学 紀 要 第 4部門 第55集(2003)

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松川,他:“シジミ貝類”(corbiculoids)の適応戦略と系統進化

Fig. 18Model show the evolution of corbiculoids based on occurrences from the Japanese Jurassic and Cretaceous.

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栄とは様相が異なると思われる。

(6)種分化の解釈

NeomiodontidaeとCorbiculidaeの2科の進化系統は,

実際にはそれぞれArcticidaeに含まれる lucinoidと

cyrenoidから繰り返し派生した種の系列であると述べ

た。このような考え方についてこれまでに考えられて

いる進化の概念との整合性について考察する。

“シジミ貝類”(corbiculoids)が,さまざまな時代・

地域の汽水域に繰り返し派生したきたとすると,その

度に海生から汽水生に変じる過渡期が存在した筈であ

る。しかし,少なくとも筆者らの知る限りでは,その

ような進出途上の状態と考えられる種は,Casey(1955)

の示したCorbiculidaeの系統のEocallista(Hemicorbicula)

にその可能性が見られる以外には知られていない。も

とより,化石の記録は不完全であり,ある系統の進化

の一部の段階を示す化石が発見されないことはある

(速水・安藤 , 1984)。しかし,“シジミ貝類”

(corbiculoids)の派生がジュラ紀からしばしば繰り返さ

れてきたにも関わらず,その過程を示す化石記録が全

くといえる程に欠如している理由は,異所的種分化

(Allopatric speciation)と呼ばれる概念で説明できる。

速水(1975)は,Eldredge & Gould(1972)の研究を紹

介し,次のように述べている。古典的な進化の捉え方

である形態の漸移観は,q新しい種は祖先の集団から

子孫の集団への系列における変化によって生ずる,w

その変化は一様で遅い,eその変化は通常祖先の集団

全体を包含する,rその変化は原種の分布域の全体ま

たは大部分においておこる,以上のようなものとされ

る。一方,異所的種分化の考え方は,q新しい種は系

列の分化によって生ずる,w新しい種は急速に生ずる,

e祖先種のある一つの小さな集団から新しい種が生ず

る,r新しい種は祖先種の分布域のごく一部の地域-

周縁部の隔離された地域で生じる。異所的種分化

(Allopatric speciation)に基づく断続平衡説(Punctuated

equilibria)の考え方に従えば,Casey(1955)のE.

(Hemicorbicula)のような汽水域への適応の途上にあると

考えられる種が,化石として産出することはむしろ特

殊なことと考えた方が自然である。“シジミ貝類”

(corbiculoids)の進化を異所的種分化(Allopatr ic

speciation)の概念になぞるならば,q“シジミ貝類”

(corbiculoids)の種はArcticidaeの系列の分化によって生

ずる。w“シジミ貝類”(corbiculoids)の種は急速に生

ずる。e Arcticidaeの種のある一つの小さな集団から

“シジミ貝類”(corbiculoids)のある種が生ずる(つまり,

“シジミ貝類”(corbiculoids)の新種を生じることで

Arcticidaeの祖先種が無くなることはない。)r“シジ

ミ貝類”(corbiculoids)の種はArcticidaeの祖先種が汽水

環境に近接している時に隔離された汽水域において生

じる。このように解釈することができ,本論文で示し

た“シジミ貝類”(corbiculoids)の進化のモデルは既存

の進化の概念に対しても整合的である。

また,Gould(1969)は,大西洋の孤島バーミューダ

において更新世から現生のマイマイを研究し,殻の形

態,層序,地理的分布を考慮して進化系統を調べた。

そして,マイマイには2つの系列があり,それぞれか

ら幼形進化を示す種が繰り返し派生し,現在は2つの

系列は絶滅しており,最後に派生した種だけが生存し

ていると結論した。Gould(1969)は,幼形進化を示す

集団は,殻形態のみから考えれば独立した系列をなすよ

うに見えるが,層序・地理的な分布から急速な形態変化

をともない繰り返し派生したとした。このGould(1969)

が示したマイマイの進化系統は,本論文で示した“シ

ジミ貝類”(corbiculoids)の起源に関する考えとよく似

ている。マイマイと“シジミ貝類”(corbiculoids)は移

動能力が乏しい点,“シジミ貝類”(corbiculoids)の塩分

とマイマイの乾燥など物理環境から強いストレスを受

けている点など,生活において共通する要素も少なから

ずある。このような研究例からも,Neomiodontidaeと

Corbiculidaeの起源が多系統で,lucinoidとcyrenoidの

Arcticidaeから各時代・各地域の汽水域に繰り返し派生

した可能性があるとする筆者らの解釈が支持される。

これは, Raup and Stanley( 1971)の反復進化

(interative evolution)の例の1つとしてあげられる。

7.結  論

“シジミ貝類”(corbiculoids)の進化史の黎明期であ

るジュラ紀前期の来馬層群と志津川層群,そして発展

の過渡期であるジュラ紀中後期から白亜紀前期の手取

層群における古生態を研究した結果,以下のようなこ

とがわかった。

(1)産状観察,左右両殻共存率(Cv)・合弁率(Ar)

からは,ジュラ系下部の来馬層群と志津川層群は堆積

当時は河川(estuary)であり,“シジミ貝類”(corbiculoids)

は汽水域(感潮域)に生息していたと解釈できる。も

っとも,“シジミ貝類”(corbiculoids)の化石は,生息域

から運搬された遺骸群集であるから,化石層の産状あ

るいは堆積相は小林ほか(1957)の「瀕海成」という

語で表されるのも妥当である。

(2)現生種の分布や海外での研究例との比較を加え

て考察した結果,Eomiodon lunulatus, Eomiodon vulgaris,

東 京 学 芸 大 学 紀 要 第 4部門 第55集(2003)

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Crenotrapezium kurumenseの生息域の塩分範囲は,

polyhalineとmesohalineかそれ以下であると考えられ

る。

(3)“シジミ貝類”(corbiculoids)の形態について実

験に基づき検討した結果,長大化した側歯には,閉殻

時の気密性を増し塩分耐性を高める働きがあると解釈

される。

(4)“シジミ貝類”(corbiculoids)の形態を特徴付け

る長大な側歯は,汽水域に進出したために起こった

homeomorphismによる形態の見かけの類似である可能

性が高い。

(5)NeomiodontidaeとCorbiculidaeは,時代毎・地

域毎にArcticidaeのある系統から個別に派生し,多系統

な起源を持つと思われる。

(6)“シジミ貝類”(corbiculoids)の見かけの近縁関

係は,NeomiodontidaeとCorbiculidaeの2科の間ではも

ちろん,極論すれば同種の間でも起こり得る可能性が

ある。“シジミ貝類”(corbiculoids)は,ひとたび海生種

から分化して汽水域に進出した後に別の堆積盆へ分布

を拡大するのはほぼ不可能だったと考えると手取層群

の「蜆貝相」の特異性も説明しやすい。

(7)以上のような考察から,Neomiodontidaeの絶滅

は,Neomiodontidaeが汽水域の環境に適応しきれなかっ

たからなどではなく,Neomiodontidaeを各時代各地域

の汽水域に派生させていた「“シジミ貝類”(corbiculoids)

を輩出しうる lucinoidのArcticidae」の系統が衰退したこ

とによると解釈できる。これは同時にCorbiculidaeが現

在まで汽水~淡水域で繁栄を続けているのは「“シジミ

貝類”(corbiculoids)を輩出しうる cyrenoidのArcticidae」

の系統が世界の海域で繁栄を続けてきたことによると

解釈できる。手取層群で極端に多産するNeomiodontidae

のMyrene属が他地域で近縁種を持たず,Corbiculidaeの

Tetoria属が山中地域から八代地方にかけての西南日本

外帯地域,手取地域や吉母の西南日本内帯地域,東北

日本の広い範囲で分布を持つことはこの解釈を支持す

る。

(8)これらの,本論文における“シジミ貝類”

(corbiculoids)の起源や進化系統に関する考察の結果は,

Eldredge & Gould(1972)の異所的種分化(Allopatric

speciation)に基づく断続平衡説(Punctuated equilibria)

の考え方に従う反復進化(interative evolution)の例の

1つにあげられる。

謝  辞

本論文に関して,小畠郁生博士(国立科学博物館名

誉館員)と斎木健一博士(千葉県立中央博物館)には

粗稿の御校閲と御討論をいただいた。宮島宏,竹ノ内

耕(フォッサマグナミュージアム),小荒井千人,中島

丈博,白井亮久(東京学芸大学)の各氏には現地調査

や室内でご協力いただいた。これらの方々に厚く御礼

申し上げる。本研究に当たり,文部科学省科学研究費

補助金基盤研究C(研究代表者松川正樹,課題番号

1183303, 1999 2000)と地域連携研究(研究代表者松川

正樹,課題番号1183303, 1999–2001)を使用した。

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