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Meiji University Title � -G4�1 �Special Report�- Author(s) �,Citation �, 51: 211-232 URL http://hdl.handle.net/10291/20350 Rights Issue Date 2019-09-06 Text version publisher Type Departmental Bulletin Paper DOI https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/

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Meiji University

 

Titleリース会計基準における使用権モデルの論理 -G4+1

のSpecial Reportによせて-

Author(s) 淵野,勇樹

Citation 商学研究論集, 51: 211-232

URL http://hdl.handle.net/10291/20350

Rights

Issue Date 2019-09-06

Text version publisher

Type Departmental Bulletin Paper

DOI

                           https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/

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研究論集委員会 受付日 2019年 4 月18日 承認日 2019年 5 月27日

――

商学研究論集

第51号 2019. 9

リース会計基準における使用権モデルの論理

―G4+1 の Special Reportによせて―

Logic of the Right-of-Use Model in Lease Accounting Standards:

Focusing on the Special Report of G4+1

博士前期課程 商学専攻 2018年度入学

淵 野 勇 樹

FUCHINO Yuki

【論文要旨】

本稿は,リース会計基準のオンバランスにかかる区分の転換において採用された,使用権モデル

の論理を明らかにせんとするものである。この論理を解明するために,1996年に G4+1 により公

表されたスペシャル・レポート「リース会計新たなアプローチ―リース契約から生じる資産およ

び負債の借手による認識―」(SR)を研究対象に据えその構造を明らかにし,IFRS第16号早期適

用企業の財務諸表から金額的要素を析出することでその役割(会計的意味)を提示している。

SR では IASC による概念フレームワークとの整合性を背景に「支配」という純粋な会計概念か

ら将来の経済的便益を具体化した物的資産の「使用権」の所有という枠組みを構築し,これがリー

スのオンバランス上の区分に関係づけられている。したがって,かかる使用権モデルの会計的意味

の所在が,特に問題とされなければならない。IFRS 第16号の早期適用企業の財務諸表を分析した

結果,従来のオペレーティングリースにかかる費用項目は,基準適用移行時には,そのオンバラン

ス化を通じて,当該費用構成を変容させるという事態が判明した。この変容により,EBITDA と

営業利益は増加するに至る。この作用は,オペレーティングリースの利用割合に比例して享受する

ことができるものである。使用権モデル設定の根底には,この作用の発現があったと言わざるを得

ない。即ち,SRの策定に際して,使用権モデルの下ですべてのリース契約に係る資産および負債

の認識を許容できるものとしたのは,この増加作用を基準に内包させる論理が存在していたからで

あるといえるのである。

【キーワード】 使用権モデル,スペシャル・レポート,オンバランス,IFRS 第16号,オペレーテ

ィングリース

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1 Warren McGregor, Accounting for Leases: A New Approach―Recognition by Lessees of Assets and Liabili-

ties Arising under Lease Contracts―, Financial Accounting Standards Board, 1996.

2 IASB, International Financial Reporting Standard 16 Leases, 2016,企業会計基準委員会『IFRS 基準2017』

中央経済社,2017年,A645665頁。

3 FASB, Accounting Standards Up-date No.20162 February 2016 Leases(Topic842),2016。

4 第404回企業会計基準委員会「審議事項(3)2,8」2019年(https://www.asb.or.jp/jp/project/proceedings/

y2019/2019-0308.html)( 終閲覧日2019年 5 月28日)

5 第404回企業会計基準委員会「審議事項(3)2,2」2019年(https://www.asb.or.jp/jp/project/proceedings/

y2019/2019-0308.html)( 終閲覧日2019年 5 月28日)

6 IASB, International Financial Reporting Standard 16 Leases, 2016(URL: https://www.ifrs.org/),企業会

計基準委員会訳『IFRS 基準2017』中央経済社,2017年,B1471頁。

7 G4+1 とは,会計基準の国際的調和化を視野に入れた会計基準の策定を目的とするワーキンググループで,

米国,英国,カナダ,オーストラリア・ニュージーランド及び IASC から構成されている。茅根聡「リース

会計基準の行方」『會計』第161巻第 1 号,2002年,25頁。

――

はしがき

本稿は,リース会計基準のオンバランスにかかる区分の転換において採用された,使用権モデル

の論理を明らかにせんとするものである。この論理を解明するために,1996年にG4+1により公表

されたスペシャル・レポート「リース会計新たなアプローチ―リース契約から生じる資産および

負債の借手による認識―」1 を研究対象に据えその構造を明らかにし,国際財務報告基準第16号

「リース」早期適用企業の財務諸表から金額的要素を析出することで,その役割(会計的意味)を

提示する。

ところで,国際会計基準審議会(The International Accounting Standards Board,以下,IASB

と略。)は,2016年 1 月に国際財務報告基準(International Financial Reporting Standards,以下,

IFRS と略。)第16号「リース」2(以下,IFRS 第16号と略。)を公表し,米国財務会計基準審議会

(Financial Accounting Standards Board,以下,FASB と略。)は,同年 2 月に会計基準更新書第

201602号「リース」3(以下,Topic 842と略。)を公表した。これらの基準の公表をうけて,2019

年 3 月,わが国の第404回企業会計基準委員会では,「すべてのリースについて資産及び負債を認

識する会計基準の開発に着手することが考えられる」4 という提案がなされた。これにより,わが

国のリース会計基準でもすべてのリース契約から生じる資産および負債がオンバランス処理される

とされている。いうなれば,従来のリース会計基準において採用されていたファイナンスリースと

オペレーティングリースにかかる区分が破棄されることになるのである。

IFRS 第16号および Topic 842といった国際会計基準は,リースの原資産を使用する権利を表す

「使用権」が移転しているかどうかに着目し,リースの定義を満たすもののすべてについて,関連

する資産(使用権資産)及び負債(リース負債)を認識するものである5。こうした認識に基づい

て考案された計算構造は,「使用権モデル(right-of-use model)」6 とされている。この使用権に基

づく認識を,IFRS 第16号および Topic 842の制定経緯で 初に提唱したのが,G4+17 により

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8 加藤久明「リース・オンバランス化論の再構築―G4+1 のポジション・ペーパーを中心として」『大阪経大

論集』54巻 4 号,2003年,85105頁。

9 加藤久明,同上論文,90頁。

――

1996年に公表されたスペシャル・レポート「リース会計新たなアプローチ―リース契約から生

じる資産および負債の借手による認識―」(Accounting for Leases: A New Approach―Recognition

by Lessees of Assets and Liabilities Arising under Lease Contracts―,以下,SR と略。)である。

SR では,予てから,IFRS 第16号および Topic 842の制定に指向して,IASC による概念フレーム

ワーク上の定義から「使用権(a right to use)」が議論されていたのである。謂わば,SR は IFRS

第16号および Topic 842の「源流」ともいえるのである。したがって,使用権モデルの論理を解明

するにあたり SR の構造分析は必要不可欠であると言えよう。

何故,リース会計基準のオンバランスにかかる区分の転換が図られたのか,否,図られなければ

ならなかったのか。かかる問題提起に対して,使用権モデルという観点からその論理を明らかにし

接近する糸口を見出すことに,本稿の意義付けを試みたい。先ず,SR に関する先行所説(第章)

をまとめた上で,その構造を明らかにすべく,SR の分析(第章)に着手し,次に,IFRS 第16

号早期適用企業の財務諸表から使用権モデルの金額的要素(第章)を析出し, 終的に,使用権

モデルの論理を明らかにする。また,周知の通り,SR は G4+1 の公表物でありそれ自体で会計基

準を成すものではない。そこで,使用権モデルを採用している IFRS 第16号の早期適用企業が公表

した財務諸表を取り上げることで,その金額的要素を析出するのである。

先行研究

本章では,先行研究として SR に関する従来の文献上の見解を取り上げ,その論理内容に着目

し,整理を試みる。このことを通じて,SR への考察を深めるものとする。ここでは,検討が十分

になされていると評価されているものとして,加藤久明および茅根聡の各所説を取り扱う。

. 加藤久明の所説

初めに,加藤の所説を紹介する。加藤は,「リース・オンバランス化論の再構築―G4+1 のポジ

ション・ペーパーを中心として」8 の「.ポジション・ペーパー公表の経緯(2)スペシャル・レポー

トの論理と問題」で,SR について下記ように述べている9。

「SR は,レッシー側の処理を中心に,その基本的な枠組みを概括的に論じるに止まってお

り,実務的観点からすると,レッサー側の処理はもちろん,多くの問題を抱えていた。例え

ば,ノンキャンセラブル要件に一本化することについて,テクニカルな解約可能条項を設定す

るなどの基準回避行動が生じることを防止するために,誰がどのような状況で解約できるのか

を明確にしておく必要がある。また,その他の未履行契約と区別して,リース契約のみをオン

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10 茅根聡『リース会計』新世社,1998年。

11 茅根聡,同上書,201202頁。

――

バランス化することについては,リース契約は履行契約なのか未履行契約なのかという問題を

含めて,両者の線引きを明確にしなければ,未履行契約全般のオンバランス化に波及するとい

った批判もなされている。

この 2 つの問題は,いま改めて指摘されるものではない。SR の考え方自体は目新しいもの

ではなく,1962年に J.H. Myers は,当時のアメリカのリース会計基準の見直しにあたって会

計研究叢書第 4 号(ARS 4)を公表したが,そこでは SR と同様に使用権の取得に着目してい

る。結局,ARS 4 は廃案とされたものの,そのアプローチはその後も注目され続けている。」

上では,SR がレッシー側の処理を中心に,その基本的な枠組みを概括的に論じるに止まってい

ることにより例として 2 つの問題点が生じたとしている。これらの問題点に関し,加藤は,SR と

同様に使用権の取得に着目している1962年に J.H. Myers によって公表された会計研究叢書第 4 号

(ARS 4)に関する問題点と同様のものであるとして,「この 2 つの問題は,いま改めて指摘され

るものではない」と述べているのである。

. 茅根聡の所説

次に,茅根の所説を紹介する。茅根は,『リース会計』10 の「5.2.3 リース会計報告書における資

本化範囲の画策アプローチ」で,SR で提示された新たなアプローチについて下記ように述べてい

る11。

「このアプローチは,リース取引を実質的な割賦購入と捉える思考から,財産の使用権に着

目した思考への転換を図ろうとするものである。このアプローチの採用により,リース財産の

所有に付随するすべての危険と便益が実質的に賃貸人から賃借人へ移転するかどうかを評価す

ることもあるいはその評価に恣意的な量的基準を適用することも必要なくなるので,リース利

用企業による資本化回避の途が閉ざされることになる。その結果,解約不能なオペレーティン

グリースから生ずる権利および義務を財務諸表に反映させることが可能となり,ひいては財務

諸表の比較可能性と表示の信頼性を高めることにつながるという論理が展開されている。」

上記では,SR で提示された新たなアプローチとして次の論理が展開されている。即ち,この新

たなアプローチの採用により,リース利用企業による資本化回避の途が閉ざされることになる。そ

の結果,解約不能なオペレーティングリースから生ずる権利および義務を財務諸表に反映させるこ

とが可能となり,ひいては財務諸表の比較可能性と表示の信頼性を高めることにつながるとしてい

る。

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12 Warren McGregor, Accounting for Leases: A New Approach―Recognition by Lessees of Assets and Liabili-

ties Arising under Lease Contracts―, Financial Accounting Standards Board, 1996, iii.

13 澤邊紀生『会計改革とリスク社会』岩波書店,2005年,110頁。

14 新井清光 白鳥庄之助「会計基準設定機関国際会議の概要と「日本における会計の法律的及び概念フレーム

ワーク」」『JICPA ジャーナル』435号,1991年,23頁。

15 白鳥庄之助「国際会計基準委員会(IASC)理事会と会計サミットの報告―ミラノ・ブラッセル」『JICPA ジ

ャーナル』434号,1991年,8283頁。

――

本章では,加藤および茅根の各所説を取り扱った。加藤の所説では会計研究叢書第 4 号と関連

して SR が論じられていた。茅根の所説では,SR における新たなアプローチの論理展開が示され

ていた。しかしながら,何故,SR においてリース会計基準のオンバランスにかかる区分の転換が

図られたのか。換言すれば,何故,SR において使用権は導入されたのか,そして,使用権モデル

は如何なる会計的意味をもつのか。これらに関して,先行研究では十分にその議論がなされていな

いといえるであろう。本稿では,以下,これらに焦点をあてて論じる。

SR の構造分析

本稿の「はしがき」で示したように使用権に基づく認識を,IFRS 第16号および Topic 842の制

定経緯で 初に提唱したのが,この SR である。これらの制定経緯については,次頁の図表 1 を参

照されたい。図表 1 にあるように,1996年に,オーストラリア,カナダ,ニュージーランド,イ

ギリス,アメリカ合衆国ならびに国際会計基準委員会(International Accounting Standards Com-

mittee,以下,IASC と略。)から構成される「ワーキンググループ」により公表された報告書が

SR である12。

これらの「ワーキンググループ」は,G4+1 として組織されている。この G4+1 の前身は,

1991年 6 月にベルギーにおいて,国際会計基準委員会とヨーロッパ会計士連盟の共催により開催

された第 1 回世界会計基準設定者会議(A Conference of National, Regional and International

Standard Setting Bodies)であった13。その会議のテーマは「財務報告の基礎にある目的と概念」

であり,主催者側によれば,会議を開催した背景は,各国間で会計の目的が異なっていることが,

会計基準の調和化(Harmonization)の障害となっているため,財務報告の目的そのものについて

各国の会計基準設定機関代表が意見を交換する必要があるというものであった14。しかし,主催者

の意向は,明示的な概念フレームワークを持たない欧州や日本といった諸国に,アングロサクソン

流の概念フレームワークを作らせ,将来的に会計基準の統一を図ろうとするものであったとされて

いる15。後述するところであるが,この意向は SR にも反映されており,そのために IASC の概念

フレームワークとの整合性が SR において重要な概念となっている。

本章では SR の要旨を提示し,その構造分析を試みる。先ず,SR によせてその公表経緯(第 1

節)を示し,次に SR で提示されている新たなアプローチ(第 2 節)を示す。 後に,SR におけ

る「使用権」に考察を試みる(第 3 節)。

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図表 IFRS 第号「リース」公表に至る主な経緯

(出典)作表は筆者。

16 Warren McGregor, Accounting for Leases: A New Approach―Recognition by Lessees of Assets and Liabili-

ties Arising under Lease Contracts―, Financial Accounting Standards Board, 1996, p7.

17 Warren McGregor, ibid., p7.

18 Warren McGregor, ibid., p7.

19 Warren McGregor, ibid., p7.

――

. SR の公表経緯

SR では,その公表経緯に関して,リース会計基準の設定過程を,「現行リース会計基準以前

(Prior to Lease Accounting Standards)」および「現行リース会計基準(Current Standards)」に

分類している。本節では,SR によせてこれらの要旨を提示する。

現行リース会計基準以前

SR によれば,当時の現行リース会計基準(IAS 第17号等)の公表以前は,「リースから生じる

権利および義務は,ごく僅かな例外を除いて,借手の財務諸表において資産および負債として認識

されていなかった」16 という。その理由としては,次の 2 点が挙げられている。「第一に,物的資産

によって提供されるサービスポテンシャルの認識に関して,会計実務は「使用権」に対する法的所

有(legal ownership of a ``right to use'')よりもむしろ物的資産に対する法的所有(legal owner-

ship of the physical assets)に関連する事項として考慮され,大部分に推進されていた」17 点であ

り,「第 2 に,ほとんどのリースは未履行契約(executory contracts)または「正比例的(``equal-

ly proportionately unperformed'')」契約の典型例としてみなされていた」18 点である。

また,「長期リースが,従来の伝統的な形態のデットファイナンスに代わるものとして次第に用

いられるようになってきた」19 という。こうした長期リースについては,「長期リース契約をもちい

た「オフバランスシート」方式での資源の獲得という利用方法の増加は,財務諸表の信頼性を損な

う恐れがあるとみなされていた」20 と述べている。このために,「リースが資金調達源としてより重

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20 Warren McGregor, Accounting for Leases: A New Approach―Recognition by Lessees of Assets and Liabili-

ties Arising under Lease Contracts―, Financial Accounting Standards Board, 1996, p8.

21 Warren McGregor, ibid., p8.

22 Warren McGregor, ibid., p8.

23 Warren McGregor, ibid., p8.

24 Warren McGregor, ibid., p8.

25 Warren McGregor, ibid., p8.

26 Warren McGregor, ibid., p9.

27 Warren McGregor, ibid., p9.

――

要になるにつれて,リース契約から生じる資産および負債の認識をすることができない財務諸表

は,より不適切かつ歪曲したものとなった」21 と SR は当時の財務諸表について評価している。

このように,長期リースが資金調達として次第に普及し始めたのが当該期間の一つの特徴である

といえよう。しかしながら,上述の 2 点の理由から,リースから生じる権利および義務は,ごく

僅かな例外を除いて,借手の財務諸表において資産および負債として認識されていなかったのであ

る。

現行リース会計基準

前項に示した事態を鑑みて,「基準設定者は,リース契約から生じる権利と義務の認識を必要と

する基準の開発を検討し始めた」22 のである。そこで,基準設定者にとっての課題は,「現在の実務

の基礎となる原則の大部分はそのまま残されるが,重要なリース取引はデットファイナンスによる

通常の購入取引と同様に会計処理するブリッジングメカニズム(bridging mechanism)を開発す

ることであった」23。この課題を解決するために基準設定者が採用した基礎は,「物的資産によって

提供されるサービスポテンシャルの認識は本質的に物的資産の所有権(ownership of the physical

asset)に依存している」24 というものである。即ち,「借手の観点からは「実質的な購入取引(``in-

substance purchase transactions'')」であるリース取引を識別し,それらをあたかも購入取引を行

ったかのように会計処理することを要求する会計基準であった」25 のである。この会計基準の公表

により「事実上の所有権の評価は,リース契約の「法的形態(``legal form'')」ではなく「経済的

実質(``economic substance'')」に依存する」26 こととなった。IAS 第17号等の公表以前は,リー

ス契約から生じる資産および負債の認識を伴わない長期リース契約による資金調達が,一般に認知

されるとともに問題視されていた。そこで,基準設定者はリース契約の「法的形態」ではなく「経

済的実質」という表現法をもちいることで解決を図ったのである。そこで「資産の所有に伴う実質

的にすべてのリスクおよびリワード(the risks and rewards)を移転するリースを「ファイナンス」

リースに分類し,資産および負債を発生させるものとして説明することを要求している」27 のであ

る。

こうして公表された当時の現行基準であるが,「経済的実質」には量的基準が採用されたことに

より,問題が指摘されている。具体的な量的基準は次のとおりである28。

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28 Warren McGregor, Accounting for Leases: A New Approach―Recognition by Lessees of Assets and Liabili-

ties Arising under Lease Contracts―, Financial Accounting Standards Board, 1996, p9.

29 Warren McGregor, ibid., p9.

30 Warren McGregor, ibid., p9.

31 Warren McGregor, ibid., p10.

32 Warren McGregor, ibid., p10.

33 Warren McGregor, ibid., p12.

34 Warren McGregor, ibid., p12.

35 Warren McGregor, ibid., p13.

36 Warren McGregor, ibid., p13.

37 Warren McGregor, ibid., p13.

――

リースが下記のいずれかに該当する場合,通常,ファイナンスリースとして分類される。

◯ リースが解約不能で,リース期間がリース資産の耐用年数の75パーセント以上であること。

◯ 低リース支払額の現在価値がリース資産の公正価値の90パーセント以上であること。

これらの基準を満たさないリースは,通常,オペレーティングリースとして分類される。

本来,量的基準は,実務では,「ガイダンスとしてのみ使用されるべきであることを明確にして

いる」29 ものである。しかしながら,これらの量的基準は,「明確なルールとして認識されており,

絶対的な区分基準(absolute thresholds)として適用されてきた」30 という。これにより「本質的

に長期の資金調達の契約であり,資産の所有に内在するリスクと便益が実質的にすべて借手に引き

渡されるリースは,借手が財務諸表上のオフバランスシートのメリットを確保するためにオペレー

ティングリースとしてパッケージ化(packaged)することができる」31 のである。パッケージ化と

は,例えば,「基準に規定されている量的基準を満たさないといった方法」32 である。こうした手法

は「特に輸送業と小売業でみられる」33 とされ,「これらの産業では,オペレーティングリースは,

その耐用年数より大幅に短い期間にわたって資産の使用にかかる資金を調達するために採用されて

いる」34 のである。

これらの記述から SR は,当時のリース会計基準の主要な欠点は「借手の貸借対照表においてオ

ペレーティングリースから生じる重要な資産および負債の認識を行っていない点である」35 と結論

づけた。「現行リース会計基準の有用性は,実質的にはファイナンスリースであるものをオフバラ

ンスであるオペレーティングリースとして分類することを事実上可能にした契約によってさらに損

なわれることとなった」36 のである。このような当時のリース会計基準の欠点をうけて,「貸借対照

表が,リース契約から生じるものを含め,企業の資産および負債を忠実に表すのであれば,リース

会計への新たなアプローチを検討することが妥当である」37 として1996年,SR を公表すること

で,リース会計への新たなアプローチが検討されているのである。その新たなアプローチは次節で

示すところである。

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38 Warren McGregor, Accounting for Leases: A New Approach―Recognition by Lessees of Assets and Liabili-

ties Arising under Lease Contracts―, Financial Accounting Standards Board, 1996, iii.

39 Warren McGregor, ibid., ii.

――

. SR で提案された新たなアプローチ

新たなアプローチの提示事項

SR はその序文において SR 公表以前の従来のリース会計基準を次のように評価した38。

「長年にわたって用いられてきたリース会計基準は次の見解に基づいている。即ち,リース

によってリース物件の所有から生じる便益およびリスクすべてが実質的に借手に移転する場

合,そのリースは実質的に,借手においては資産の取得および義務の発生であり,貸手におい

ては売却または資金提供であるという見解である。この基準は,企業の財務報告に含まれる

リース取引に関する情報の質を向上させる一方で,リース契約に基づいて生じる資産および負

債に関する適合的かつ信頼できる情報を財務報告に含めることを保証する基準の有効性につい

ての問題が生じてきた。特に,現行のリース会計基準が借手の貸借対照表におけるオペレーテ

ィングリースから生じる重要な資産および負債の認識のために提供されたリース会計基準の失

敗である。」

ここでは,従来の見解に基づくリース会計基準には,リース契約に基づいて生じる資産および負

債に関する適合的かつ信頼できる情報を財務報告に含めることを保証する基準の有効性についての

問題が生じてきたとされている。とりわけ,借手の貸借対照表におけるオペレーティングリースか

ら生じる重要な資産および負債の認識に失敗しているという。これをうけ,下記ように,SR は新

たなアプローチに言及している39。

「本報告書は現行リース会計基準の限界を議論し,当面の問題を克服する能力を秘めたリー

ス会計への新しいアプローチを提示する。このアプローチの下では,リース契約に基づいて生

じるすべての重要な権利および義務は,資産および負債の概念フレームワーク上の定義を満た

すのであれば,借手の財務諸表においては資産および負債として認識されることになる。」

SR のアプローチによれば,リース契約に基づいて生じるすべての重要な権利および義務は,借

手の財務諸表においては資産および負債として認識されることになるとされている。また,その認

識の論拠として概念フレームワーク上の資産および負債の定義の充足が挙げられている。

では,このアプローチとは如何なる内容のものであろうか。SR によれば,「本報告書は,現行

のリース会計基準を改訂するにあたりその基礎を提示しうるリース会計における新たなアプローチ

を提案している。このアプローチは,ワーキンググループに代表される各基準設定者の概念フレー

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40 Warren McGregor, Accounting for Leases: A New Approach―Recognition by Lessees of Assets and Liabili-

ties Arising under Lease Contracts―, Financial Accounting Standards Board, 1996, p4.

41 Warren McGregor, ibid., p15.

42 Warren McGregor, ibid., p15.

43 Warren McGregor, ibid., p15.

44 Warren McGregor, ibid., p15.

図表 IASC によるフレームワークで示されている「資産」および「負債」の定義

(出典)SR を参照の上,筆者作成。

――

ムワークに含まれるその概念に基づいている」40 という。リース会計基準を改訂する基礎を各基準

設定主体の概念フレームワークに含まれるその概念に求めることを通じて,新たなアプローチが提

案されているのである。

新たなアプローチにおける識別基準および認識基準

次に,SR の新たなアプローチをより詳しくみていこう。SR の「第 3 章 借手においてリース

を認識するための新たなアプローチ」では,下記の図表 2 に示す「IASC によるフレームワークで

示されている「資産」および「負債」の定義」が,このアプローチでは識別基準として採用されて

いると述べられている41。

SR は IASC による資産の定義について「資産の定義における中心的特徴は支配の概念である。

この特徴は,例えば基礎となる物的資産を「所有」するかどうかではなく,企業が将来の経済的便

益を支配する能力に着目する」42 としている。即ち,「将来の経済的便益を具体化した物的資産の使

用権を所有することは,資産の定義を満たしている。支配に焦点を当てることで,この定義は企業

が目的を達成するために展開できる資産を識別するための信頼できる基盤を提供する」43 のであ

る。つまり,フレームワークで資産の定義に示される「支配」の概念は,「将来の経済的便益を具

体化した物的資産の使用権を所有すること」44 で満たされるのである。

これをリースに適用することで,「リースから借手と貸手の両者の側に資産が生み出される可能

性があることは明確である。借手の観点からは,リース資産を具体化した将来の経済的便益は,

リース契約によりその期間にわたり支配されることになる。貸手の観点からは,リース資産の使用

と引き換えに借手からリース料を受け取る権利に含まれる将来の経済的便益もまた,リース契約に

よって支配されることになる」45 という。

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――

45 Warren McGregor, Accounting for Leases: A New Approach―Recognition by Lessees of Assets and Liabili-

ties Arising under Lease Contracts―, Financial Accounting Standards Board, 1996, p15.

46 Warren McGregor, ibid., p16.

47 Warren McGregor, ibid., p16.

48 Warren McGregor, ibid., p16.

49 Warren McGregor, ibid., p16.

50 Warren McGregor, ibid., p16.

51 Warren McGregor, ibid., p16.

52 Warren McGregor, ibid., p16.

53 Warren McGregor, ibid., p16.

54 Warren McGregor, ibid., p25.

――

SR は IASC による負債の定義について「負債の定義の中心的特徴は,過去の取引または他の過

去の事象により,企業が将来の経済的便益を外部の者に犠牲にするという現在の義務を負っている

ことである。この義務は,法的拘束力のある契約から生じる可能性がある。また,公平または構造

的な義務でもある」46 としている。これをリースに適用すると「法的拘束力を持つリース契約では,

借手は,貸手の将来の経済的便益(リース料)を犠牲にするという現在の義務を負っている」47 の

である。こうして,「リース契約から生じる資産を識別するために購入または事実上の所有にあた

るとされる類推に頼る必要性はないのである」48 とする。

また,SR は認識基準についても示している。「各概念フレームワークでは,資産または負債の

定義を満たす項目は,それらが特定の認識基準と合致する場合に,財務諸表においてのみ認識され

ることになる」49。

IASC のフレームワークおける資産,負債およびその他の要素の認識基準は次のとおりである50。

(a) 当該項目に関連する将来の経済的便益が企業間でやりとりされる可能性が高い場合。およ

(b) 当該項目が,信頼性をもって測定可能なコストまたは価値を有する場合。

この認識基準は,「他のフレームワークで規定されているものと同様である」51。そして,「ほと

んどのリース契約においてこれらの認識基準は満たされるであろう」52。加えて,「ほとんどのリー

ス契約では,借手はリース期間においてリース資産による便益を享受し,リース契約に明記されて

いるリース料を貸手に支払うことになるであろう」53 としている。つまり,リース契約は概念フ

レームワーク上の基準と合致がみられるとするのである。

この SR による新たなアプローチによって,「オペレーティングリース契約から生じる資産およ

び負債の認識は,現行リース会計基準を支える法的所有権および法的義務の概念の適用下でのオペ

レーティングリース契約から生じる資産および負債の認識より事実に即しているであろう」54 とし

ている。つまり,従来のリース会計基準において,オペレーティングリースから生じる資産および

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――

55 Warren McGregor, Accounting for Leases: A New Approach―Recognition by Lessees of Assets and Liabili-

ties Arising under Lease Contracts―, Financial Accounting Standards Board, 1996, p7.

56 Warren McGregor, ibid., p8.

57 Warren McGregor, ibid., p8.

――

負債の認識は法的概念がその基礎とされている。しかしながら,新たなアプローチによれば,オペ

レーティングリースから生じる資産および負債の認識は,フレームワークとの整合性という会計的

概念に見出されることとなる。その結果,オペレーティングリースから生じる資産および負債の認

識の範囲は拡大され,その認識範囲の拡大が「事実に即している」ものとされているのである。こ

の「事実」は,あくまでリース契約上の「事実」ではなく,設定者側で意図されている「事実」で

あるとい得る。

本節では,SR に示されるアプローチによせてその論理を示した。SR で提示されたアプローチ

では,概念フレームワークとの整合性を基礎として論理を展開し,「オペレーティングリース契約

から生じる資産および負債の認識」を要求した。では,概念フレームワークとの整合性による「将

来の経済的便益を具体化した」とされる物的資産の「使用権」という概念は,はたして如何なるも

のであるのか。次項で,この点をリースにかかる諸概念の変遷から探ることにしたい。

. SR における「使用権」

SR では,リースに関する会計基準の設定過程を,「現行リース会計基準以前」および「現行リー

ス会計基準」に分類している。その記述については,本章の第 1 節で示したとおりである。これ

らの分類と SR による新たなアプローチをまとめると次頁の図表 3 のとおりである。

当時の現行リース会計基準以前(IAS 第17号,SFAS 第13号等公表前)では,図表 3 の借手に

おけるオンバランスの範囲として示したように「ごく僅かな例外を除いて,借手の財務諸表におい

て資産および負債として認識されていなかった」55のである。これは,リース契約から生じる権利

および義務を資産および負債としてオンバランスするための鍵概念が,物的資産に対する「法的所

有」(legal ownership of the physical assets)であったためである。

次に,当時の現行リース会計基準(IAS 第17号,SFAS 第13号等)では「経済的実質」(eco-

nomic substance)が鍵概念とされた。これは,先に述べたように基準設定者にとって「現在の実

務の基礎となる原則の大部分はそのまま残されるが,重要なリース取引はデットファイナンスによ

る通常の購入取引と同様に会計処理されるブリッジングメカニズムを開発すること」56 が課題であ

り,その課題の審議の成果として得られた「借手の観点からは「実質的な購入取引」であるリース

取引を識別し,それらをあたかも購入取引を行ったかのように会計処理することを要求する会計基

準」57 に基づく鍵概念である。したがって,予てから借手におけるオンバランスを目的として規定

された取引に,ファイナンスリースという用語を付与し,リース取引をファイナンスリースとオペ

レーティングリースに分類することで,その論理が構築されているのである。

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――

図表 SR におけるリースにかかる諸概念の変遷

(出典)SR を参照の上,筆者作成。

――

SR による新たなアプローチでは前節で示したように「IASC によるフレームワークで示されて

いる「資産」および「負債」の定義」が鍵概念とされている。このフレームワークの「資産」およ

び「負債」の定義をリース契約に適用することですべてのリースのオンバランス化を図っているの

である。

この鍵概念にかかる変遷は,リースのオンバランスにかかる論拠がオンバランスの範囲拡大のた

めに,法的概念から会計概念へと移行していることを示すものである。また,当時の現行リース会

計基準である IAS 第17号第 4 項に示されたリースの定義は,「貸手が一括払又は複数回の支払いを

得て,契約期間中,資産の使用権を借手に移転する契約をいう」とされている。このように,すで

に資産の「使用権」という概念は早期からもちいられているのである。しかしながら,SR 公表以

降は,使用権モデルという計算構造のもと,オペレーティングリースのオンバランスが殊更に要求

され,その結果として,すべてのリース取引についてオンバランスが求められているのである。

かくして,SR の構造分析として SR における「使用権」の論理は,次のように示すことができ

る。即ち,IASC による概念フレームワークとの整合性を背景として,「支配」という純粋な会計

概念から,将来の経済的便益を具体化した物的資産の「使用権」の所有という論拠を構築し,これ

をリースのオンバランスにかかる区分に結び付ける論理とみなし得るのである。

では,この使用権の認識に基づいて考案された計算構造である使用権モデルの会計的意味は如何

なるものであろうか。次章では,使用権モデルを採用している IFRS 第16号の早期適用企業の財務

諸表を提示し,この財務諸表から使用権モデルの金額的要素を析出する。

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――

58 第391回企業会計基準委員会「審議事項(4)2 IFRS 第16号早期適用企業の財務諸表への影響分析」2018年,

(https://www.asb.or.jp/jp/wp-content/uploads/20180827_11.pdf)( 終閲覧日2019年 5 月28日)

59 第391回企業会計基準委員会,同上資料,1 頁。

60 第391回企業会計基準委員会,同上資料,10頁。

61 Air France-KLM Group, UNAUDITED INTERIM CONDENSED CONSOLIDATED FINANCIAL

STATEMENTS January 1, 2018 June 30, 2018, 2018.(https://www.airfranceklm.com/sites/default/files

/publications/rfs_2018air_franceklmva.pdf) ( 終閲覧日2019年 5 月28日).Nestl áe S.A., Financial State-

ment 2018 Consolidated Financial Statements of the Nestle Group 2018 152nd Financial Statement of Nestle

S.A., 2018.(https://www.nestle.com/asset-library/documents/library/documents/financial_statements/

2018-financial-statements-en.pdf)( 終閲覧日2019年 5 月28日)

62 第391回企業会計基準委員会,同上資料,12 頁。

63 第391回企業会計基準委員会,同上資料,3 頁。

64 第391回企業会計基準委員会,同上資料,4 頁。

――

使用権モデルの金額的要素

第391回企業会計基準委員会による「審議事項(4)2 IFRS 第16号早期適用企業の財務諸表への

影響分析」58 では,次の IFRS 第16号を早期適用した企業のうち,影響が大きいと考えられる 2 社

と比較的影響が軽微な 1 社の開示について紹介がなされている59。

◯ Air France-KLM S.A.(2018年上半期)

◯ Deutsche Post DHL AG(2018年上半期)

◯ Nestle S.A.(2018年上半期)

◯の Deutsche Post DHL AG(2018年上半期)では,IFRS 第16号を早期適用した際の損益計算

書の調整数値は,開示されていない60。そこで,本稿では,IFRS 第16号の財務諸表に与える影響

が貸借対照表および損益計算書の公表から明確となっている◯の Air France-KLM S.A.(2018年

上半期)及び◯の Nestle S.A.(2018年上半期)の財務諸表を提示する。各企業の財務諸表につい

ては,その公表されたものを調査済みである61。

. Air France-KLM S.A.(年上半期)の財務諸表

Air France-KLM S.A.(以下「Air France-KLM」とも略。)は,2018年度の財務諸表から IFRS

第16号を早期適用している62。これらの早期適用により,2017年12月末(2018年度の比較年度)

の貸借対照表は図表 4 のとおり調整され63,2017年 6 月期(2018年 6 月期の比較年度)の損益計

算書は図表 6 のとおり調整される64。

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――

図表 Air France-KLM年月末の貸借対照表

(出典)第391回企業会計基準委員会「審議事項(4)2 IFRS 第16号早期適用企業の財務諸表への影響分

析」より一部筆者修正。

図表 使用権資産として計上された金額の内訳

(出典)第391回企業会計基準委員会「審議事項(4)2 IFRS第16号早期適用企業の財務諸表への影響分析」

――

先ず,図表 4 の貸借対照表をみる。IFRS 第16号の早期適用による主な金額の変動は,従来のオ

ペレーティングリースにかかる使用権資産およびリース負債の計上額である。新たに,使用権資産

として計上された金額の内訳は図表 5 のとおりである。使用権資産は5,915百万ユーロ,リース負

債は5,146百万ユーロ計上されている。総額でみれば,総資産は24増加し,負債総額は30増加

している。他方,資本は20減少している。

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――

図表 Air France-KLM年月期の損益計算書

(出典)第391回企業会計基準委員会「審議事項(4)2 IFRS 第16号早期適用企業の財務諸表への影響分

析」より一部筆者修正。

65 IFRS 第16号航空機リースのメンテナンスの数値を含む。

66 IFRS 第 9 号「金融商品」および IFRS 第15号「顧客との契約から生じる収益」の早期適用による調整(第

391回企業会計基準委員会,前掲資料,3 頁。)

67 公表財務諸表上,IFRS 第16号適用後もファイナンスリースに係るリース資産は,有形固定資産(航空機)

の中に含められている。(第391回企業会計基準委員会,前掲資料,4 頁。)

68 金融債務には,従前のファイナンスリースに係るリース負債が含まれる。(第391回企業会計基準委員会,前

掲資料,4 頁。)

69 IFRS 第16号航空機リースのメンテナンスの数値を含む。

70 IFRS 第 9 号「金融商品」および IFRS 第15号「顧客との契約から生じる収益」の早期適用による調整(第

391回企業会計基準委員会,前掲資料,3 頁。)

71 その内訳は使用権資産にかかる減価償却費・引当費用443百万ユーロおよび航空機リースのメンテナンスに

よる減価償却費・引当費用112百万ユーロである。

72 ほとんどの航空機リースの契約は米ドル建てである。2018年 1 月 1 日から,リース債務の再評価に関わる外

貨換算の変動を収めるために米ドルのリース債務により米ドルの収入に対してナチュラル・ヘッジを行なっ

ている。IFRS 第 9 号は遡及適用できないため,2017年度の比較情報には,米ドル債務の変動に連動した為

替換算の影響が含まれている。この影響は,「その他の財務収益及び費用」に含めている。(第391回企業会

計基準委員会,前掲資料,2 頁。)

――

次に,図表 6 の損益計算書をみる。IFRS 第16号の早期適用による主な金額の変動は次のとおり

である。即ち,基準適用移行時に従来のオペレーティングリースにかかる費用項目は,オンバラン

ス化されることでその構成が変容するのである。その変容にかかる仕訳は,図表 7 にみるところ

である。具体的には,従来のオペレーティングリースにかかるリース料562百万ユーロが,使用権

資産にかかる減価償却費・引当費用443百万ユーロおよび金融負債に係る費用165百万ユーロに,

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――

図表 遡及修正前および遡及修正後の仕訳

(出典)筆者作成。

73 青木茂男『要説経営分析』森山書店,2005年,289頁。

74 青木茂男,同上書,289頁。

75 青木茂男,同上書,289頁。

76 原弘明「役員の株式報酬と従業員持株制度―経営陣・ステークホルダーが株主を兼ねるという視点からの研

究序説―」『法科大学院論集』第13号,92頁。

――

多少の金額の差異は存在するものの,その構成が変容している。

この IFRS 第16号適用による損益計算書の金額の変動により,EBITDA(Earnings Before In-

terest, Taxes, Depreciation and Amortization)と営業利益という 2 つの損益計算書項目の金額は

大きく変化することになるのである。EBITDA と営業利益はどちらも成長性の尺度とされる。

EBITDA は,経常利益に支払利息と減価償却費を足し合わせることで算定でき,利益に代わる尺

度として効果的である73。実際の資金的裏付けを持っており,減価償却によって影響を受けないと

いう利点があり,営業利益よりも変動が小さく経営活動の成果による成長の尺度としては効果的で

ある74。一方,営業利益は,経常利益や当期純利益と異なって営業外損益や特別損益が混入せず,

本業による利益であり,経常利益や当期純利益に比べると変動も小さい等の利点がある75。こうし

た財務諸表にかかる業績指標は,役員報酬の指標として用いられること76 があり,この点は十分に

留意すべきものである。

図表 6 をみると,EBITDA は修正前が1,182百万ユーロであったのに対し,修正後には1,940百

万ユーロとなっている。これには,IFRS 第16号適用によるもの以外の金額も含まれるが,その内

訳の大部分は従来のオペレーティングリースにかかるリース料562百万ユーロの減算である。これ

により EBITDA は,大幅に増加している。営業利益に関しても同様にその金額は大きく変容して

いる。営業利益は修正前が361百万ユーロであったのに対し,修正後には561百万ユーロとなって

いる。そのうち,IFRS 第16号の適用によるものは223百万ユーロである。即ち,IFRS 第16号の

適用による遡及時の金額変動により EBITDA および営業利益には増加傾向がみられるのである。

また,当期純利益への影響については,本稿脚注70で示したヘッジの影響を除いて59百万ユーロ

増額している。この当期純利益の増額は,従来のオペレーティングリースに分類されていたリース

取引のオンバランスに伴うものと推定できる。即ち,所有しているリース物件のリース期間が比較

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図表 Nestl áe年月日の貸借対照表

(出典)第391回企業会計基準委員会「審議事項(4)2 IFRS 第16号早期適用企業の財務諸表

への影響分析」より一部筆者修正。

77 第391回企業会計基準委員会,前掲資料,13頁。

78 第391回企業会計基準委員会,前掲資料,14頁。

79 第391回企業会計基準委員会,前掲資料,15頁。

80 IFRS 第15号「顧客との契約から生じる収益」の早期適用による調整およびその他(第391回企業会計基準

委員会,前掲資料)

――

的後期に集中しており,リースにかかる利息費用および減価償却(定率法等)が,従来のオペレー

ティングリースにかかるリース料よりも低く計上されたためと推定することができるのである。

. Nestl áe S.A.(年上半期)の財務諸表

Nestl áe S.A.(以下「Nestl áe」とも略。)は,2018年度の財務諸表から IFRS 第16号を早期適用し

ている77。2017年 1 月 1 日(2018年度の比較年度の期首)の貸借対照表は,図表 8 のとおり調整

され78,2017年 6 月期(2018年 6 月期の比較年度)の損益計算書は図表 9 のとおり調整される79。

先ず,図表 8 の貸借対照表に関して,IFRS 第16号の早期適用による主な金額の変動は,Air

France-KLM と同様に,従来のオペレーティングリースにかかる使用権資産およびリース負債の

計上額である。新たに計上された,使用権資産は2,743百万スイス・フランであり,リース負債は

3,020百万スイス・フランである。資産合計に占める使用権資産の割合は 2と前節の Air France-

KLM ほどその割合は大きくない。次に,図表 9 の損益計算書をみる。IFRS 第16号の早期適用に

よる営業利益の増加は,42百万スイス・フランである。遡及修正後の営業利益は6,494百万スイス

・フランであることから営業利益の増加額が占める割合は小さく,その影響は軽微であると考えら

れる。

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――

図表 Nestl áe年月期の損益計算書

(出典)第391回企業会計基準委員会「審議事項(4)2 IFRS 第16号早期適用企業の財務諸

表への影響分析」より一部筆者修正。

図表 IFRS 第号早期適用企業の財務諸表分析

(出典)筆者による。

81 IFRS 第15号「顧客との契約から生じる収益」の早期適用による調整およびその他(第391回企業会計基準

委員会,前掲資料)

82 5,915÷30,157×100=20

83 778÷1,182×100=66

84 223÷361×100=62

85 2,743÷134,474×100=2

86 42÷6,471×100=0.6

――

Air France-KLM S.A. および Nestl áe S.A. の財務諸表における,IFRS 第16号適用による,総資

産に対する使用権資産の割合(増加分のみ),EBITDA・営業利益の増加比率は下記のとおりであ

る。

総資産に対する使用権資産の計上額の割合が多い企業ほど,IFRS 第16号適用による EBITDA

と営業利益への作用が大きいことがわかる。とりわけ,Air France-KLM S.A. における EBITDA

の増加比率は66,営業利益の増加比率は62と顕著である。

IFRS 第16号早期適用企業の財務諸表分析から,次の事項が明らかになった。

IFRS 第16号の早期適用により,基準適用移行時に従来のオペレーティングリースにかかる

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――

87 Warren McGregor, Accounting for Leases: A New Approach―Recognition by Lessees of Assets and Liabili-

ties Arising under Lease Contracts―, Financial Accounting Standards Board, 1996, p8.

88 櫻川昌哉,『金融立国試論』,光文社新書,2005年。

――

費用項目は,オンバランスされることでその構成が変容するのである。具体的には,従来のオ

ペレーティングリースにかかるリース料が,使用権資産にかかる減価償却費および金融負債に

係る費用に,金額が変動している。これにより EBITDA や営業利益といった損益計算書項目

は,増加に転じている。

とりわけ,この適用移行時の EBITDA や営業利益の増加作用は,従来のオペレーティング

リース利用割合に比例する。具体的には,Air France-KLM などの航空産業がこの作用をより

大きく享受できたと推定できる。

むすび ―使用権モデルの論理―

以上の記述を踏まえ,リース会計基準のオンバランスにかかる区分の転換において採用された,

使用権モデルの論理について次の認識を得ることができる。

SR では「財務諸表の比較可能性と表示の信頼性を高めること」87 を目的として,使用権モデル

による単一の会計処理が検討されたとされている。しかしながら,SR の構造分析の結果,IASC

による概念フレームワークとの整合性を背景に「支配」という純粋な会計概念から将来の経済的便

益を具体化した物的資産の「使用権」の所有という枠組みを構築し,これがリースのオンバランス

上の区分に関係づけられている。したがって,かかる使用権モデルの会計的意味の所在が,特に問

題とされなければならない。IFRS 第16号の早期適用企業の財務諸表を分析した結果,従来のオペ

レーティングリースにかかる費用項目は,基準適用移行時には,そのオンバランス化を通じて,当

該費用構成を変容させるという事態が判明した。この変容により,EBITDA と営業利益は増加す

るに至る。これらの業績指標は役員報酬にも影響を与えるともされている。また,この作用が財務

諸表に与える影響は,企業によって差異はあるものの,Air France-KLM の例示で示したように,

その影響は膨大である場合も存在する。この作用は,オペレーティングリースの利用割合に比例し

て享受することができるものである。更に,このような基準適用移行時の裁量的運用を許容した例

として,1999年より早期適用が実施された税効果会計基準が挙げられる。櫻川によれば,バブル

崩壊で自己資本不足に陥りつつある銀行(特に大手銀行)に対して会計基準の裁量的運用を許容し,

BIS 規制上の自己資本比率を維持するための会計操作に対して「暗黙の了解」を与えたとされてい

る88。このような例示からも使用権モデル設定の根底には,この作用の発現があったと言わざるを

得ない。即ち,SR の策定に際して,使用権モデルの下ですべてのリース契約に係る資産および負

債の認識を許容できるものとしたのは,この増加作用を基準に内包させる論理が存在していたから

であるといえるのである。

このように本稿では,基準適用移行時の EBITDA と営業利益の増加作用という点に,使用権モ

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――――

デルの会計的意味の一端をみることができた。いうまでもなく,使用権モデルの会計的意味の所在

について,これを基準適用移行時の一時的な事象に限られるものと考えているわけではない。更な

る考察を展開していく予定である。

参考文献

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