グルコン酸およびその塩類の特徴・機能について -...

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ミツバチ科学 22(4):171-174 HoneybeeScience(200 1) グル コ ン酸 お よびその塩類 の特徴 ・機能 につ いて 永井 照和 グル コ ン酸 は,1878 年に Boutrouxによっ て乳酸発酵中に発見され, 日本では 1962 年に 食品添加物に指定 された (鈴木 ら ,1999). グル コ ン酸 は,多 くの天然 の食 品中 に存在 す る有機酸 で, - チ ミツや ローヤル ゼ リーに も含 まれている. 特に, ローヤルゼ リーには 1,4% (越後ら ,1982)とハ チ ミツの 0.3%に比べて約 5 倍 の多量 の グル コ ン酸 が含 まれて い る. ハ チ ミツに含 まれ る有機 酸 の約 70%が グル コ ン酸 であること(越後ら ,1974)か ら,弊社 で は, グルコ ン酸 を 『-チ ミツ酸』 と名付 けて いる. ハ チ ミツや ローヤルゼ リー以外 に も,大豆, 莱, しいたけや, ワイ ン,酢,味噌,醤油等の 発酵食品にもグルコン酸が含まれていることが わかっている(表1). グル コ ン酸 は, ブ ドウ糖 を酸化 す ると生 成 す る有機酸 (図 1)で,食品添加物 として認可さ れている酸の中で唯一 の糖酸である.有機酸で あ りなが ら, ブ ドウ糖 と類似 した構造 を してい るため, トレ- ロースや オ リゴ糖等 の糖類 と似 た機能 を有す ると思 われ る. 弊社 は,医薬品で培 った発酵技術を応用 し, 食品添加物 に認可 され る 2 年前の 1960 年頃か らグルコン酸煩の生産 を開始 した.その後, 数 々の グル コ ン酸類 の機能 ・用途 の発見 お よび 拡大により,現時点では世界 トップクラスの生 産 ・販売量 を誇 って い る. さ らに国 内だ けで な く,米国 に も生産 ・販売拠点 を持 ち, ブル コ ソ 1 各種食品のグルコン酸量<(%) . 30 40 21 6. 1 00 . 000 4o 1o 230 2 10.0.00. OH COOH "HCto T - A :章o i H2COH ブ ドウ ll I C O1-i r ""; HOCH Hoc° O< HCOH l l l HCOH I H2COH グルコン酸 図1 ブドウ糖とグルコン酸の関係 酸 ビジネスをグローバルに展開 している. 「グル コ ン酸」が カ タカ ナ名 で あ るため,石油 化学製品と誤認されやすいが,弊社では,ハチ ミツ等 に も多 く含 まれ て い る ブ ドウ糖 を原料 に,発酵 法 によ り生産 して いる. グル コ ン酸 お よびその塩類の大 まかな製造工程 は,図 2 の通 りで あ る. グルコン酸類の特徴 ・機能 1 グルコン酸の特徴 ・機能 ①不揮発酸である 揮 発 性 で な い こ とか ら,食 品 の pHの安定 化,酸味の長期保持に適する. ②酸味度の低い有機酸である 酸 味度 は クエ ン酸 を 100と して表 す と 29- 351/4-1/3 である (表 2). 酸 味 の質 もマ イル ドで,食品が本来持 っている味に影響を与 2 グルコン酸頬の製造工程

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ミツバチ科学22(4):171-174

HoneybeeScience(2001)

グルコン酸およびその塩類の特徴 ・機能について

永井 照和

グルコン酸は,1878年にBoutrouxによっ

て乳酸発酵中に発見され, 日本では 1962年に

食品添加物に指定された (鈴木 ら,1999).

グルコン酸は,多くの天然の食品中に存在す

る有機酸で,-チミツやローヤルゼリーにも含

まれている.特に, ローヤルゼリーには 1,4%

(越後ら,1982)とハチ ミツの0.3%に比べて約

5倍の多量のグルコン酸が含まれている.ハチ

ミツに含まれる有機酸の約 70%がグルコン酸

であること (越後 ら,1974)から,弊社では,

グルコン酸を 『-チミツ酸』と名付けている.

ハチミツやローヤルゼリー以外にも,大豆,

莱, しいたけや,ワイン,酢,味噌,醤油等の

発酵食品にもグルコン酸が含まれていることが

わかっている (表 1).

グルコン酸は,ブドウ糖を酸化すると生成す

る有機酸 (図 1)で,食品添加物として認可さ

れている酸の中で唯一の糖酸である.有機酸で

ありながら,ブドウ糖と類似 した構造をしてい

るため, トレ-ロースやオリゴ糖等の糖類と似

た機能を有すると思われる.

弊社は,医薬品で培った発酵技術を応用 し,

食品添加物に認可される2年前の 1960年頃か

らグルコン酸煩の生産を開始 した.その後,

数々のグルコン酸類の機能 ・用途の発見および

拡大により,現時点では世界 トップクラスの生

産 ・販売量を誇っている.さらに国内だけでな

く,米国にも生産 ・販売拠点を持ち,ブルコソ

表 1 各種食品のグルコン酸量<(%)

仰米

ロ.3040216

.1

00.000

4o1o2302

10.0.00.

OH COOH

"HCtoT -A

:章oiH2COH

ブドウ糖

llICO1-i

r"";HOCH

Hoc° O< HCOHl l 還元 l

HCOHI

H2COH

グルコン酸

図 1 ブドウ糖とグルコン酸の関係

酸 ビジネスをグローバルに展開している.

「グルコン酸」がカタカナ名であるため,石油

化学製品と誤認されやすいが,弊社では,ハチ

ミツ等にも多 く含まれているブ ドウ糖を原料

に,発酵法により生産 している.グルコン酸お

よびその塩類の大まかな製造工程は,図 2の通

りである.

グルコン酸類の特徴 ・機能

1 グルコン酸の特徴 ・機能

①不揮発酸である

揮発性でないことか ら,食品のpHの安定

化,酸味の長期保持に適する.

②酸味度の低い有機酸である

酸味度はクエン酸を 100として表すと29-

35と1/4-1/3である (表 2).酸味の質もマ

イル ドで,食品が本来持 っている味に影響を与

図 2 グルコン酸頬の製造工程

172

蓑2 グルコン酸と各種有機酸の呈味比較 (古川ら,1969)

グルコン酸 29-35おだやかで爽快な酸味まるみのある柔らかな酸味

リンゴ酸 128-137爽快な酸味

酢酸 115-139刺激的臭気のある酸味

乳酸 91-96 渋みのある温和な酸味

クエン酸 100 おだやかで爽快な酸味

えずにpHを低 く保持できるので,pH調整剤

としては最適である.-チ ミツのpHが低いの

にもかかわらず酸味がマイル ドなのは,このグ

ルコン酸が寄与 していると思われる.

(卦ほとんど小腸で吸収されない

一般に有機酸は,小腸で吸収されるが,「腸管

ル ープ法」での吸収試験 で は,ブ ドウ糖 が

100%吸収されたのに対 して, グルコン酸は,

最 大 で 20% しか吸収 され なか った (表 3)

(Asanoetalり1994).このことから,グルコ

ン酸は小腸ではほとんど吸収されずに,大腸へ

移行すると考えられる.

(参大腸でビフィズス菌を増殖する

グルコン酸は, ビフィズス菌を増やす機能を

有することが知 られている唯一の有機酸であ

る. ビフィズス菌は,人の健康にきわめて大切

で,その働きとして次のことがあげられている

(光岡,1983;1989).

(1) 腸内の腐敗産物の生成を抑制する

(2) ビタミンB群を作り出す

(3) 腸の運動を促 し便秘を防ぐ

(4) からだの免疫力を高める

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0 / L/Ii- 摂 肋 ItJHLLH - L・- 摂 収 後

図3 グルコン酸カルシウム摂取に

よる腸内菌叢の変化

28l-I

表 3 腸管ループ法による吸収試験結果

小腸の部位吸収率 (%)

グルコン酸 ぶどう糖

上 部 19.9±6.0 100±0.0

下 部 11.6±152 49.3±7.4

各 3匹を使った実験での平均値±標準偏差

(5) 発癌物質の生成を抑制する

このグルコン酸のビフィズス菌増殖機能は,

光岡知足東京大学名誉教と弊社の共同研究で発

見され,1993年の日本栄養食糧学会で発表さ

れた.その後 1997年に (財) 日本健康 ・栄養

食品協会から,「特定保健用食品の関与する成

分」として総合評価書が発行された.

グルコン酸の ビフィズス菌増殖機能につい

て,2つの試験結果 (浅野 ら,1997)を以下に

紹介する.

一つ目は,成人女性 15名を対象に, グルコ

ン酸として2g/日のグルコン酸カルシウムを

摂取させた結果である.図 3に示 したように,

摂取期間中にビフィズス菌が有意に増加 した.

二つ目は,成人女性 37名を対象に, グルコ

ン酸として2g/日のグルコン酸カルシウムを

摂取させた後の便通改善効果についてのアンケ

ー ト結果である.図 4に示 したように,排便回

数の増加および便秘の解消といった便通の改善

効果が認められた.

これらの試験により,大腸へ移行 したグルコ

ン酸が, ビフィズス菌を増やし,便通の改善に

寄与することが確認された.

2 グルコノラク トンの特徴 ・機能

(お水に溶かすと徐々にグルコン酸に変化する

昔F:雫 『 訓訂 1禁 o]53誓 ':言諸 を含む1̀川

Ql便秘ま解消しましたか? Q2排班回数は増えましたか。

図4 便通改善効果に対するアンケート結果

COJ

HCOH「

COOHI

HCOH

1 1 +fl20 lHOCH O =HOCH

HCO1

HC ・」

H2COHグルコノラクトン

lく HCOH-H20 l

HCOH一

日2COH

グルコン酸

図 5 グルコ/ラクトンとグルコン酸の関係

水に溶かすと加水分解 し,徐々にグルコン酸

に変化する (図 5).加熟 した豆乳 ・牛乳等へ添

加す ると,pHがゆっくりと下が るため,豆

腐 ・チーズ等をムラなく均一に凝固させること

ができる.

②温度,pHの上昇 とともに加水分解速度が速

くなる

水の存在下で重曹と配合 した場合,低温時の

炭酸ガス発生率は低 く,温度の上昇とともに加

水分解速度が速 くなり,炭酸ガスの発生率が高

まってくる.パ ン・クッキー等の膨張剤の酸源

として使用すると,温度の上昇とともに重曹と

徐々に反応 し,均一な気泡を含む食感の良い製

品に仕上がる.

3 グルコン酸塩類の特徴 ・機能

グルコン酸の塩類としては,グルコン酸カル

シウム,グルコン酸ナ トリウム (商品名:ヘル

シャスA),グルコン酸カ リウム (商品名:ヘル

シャスK)等がある.

①グルコン酸カルシウムの特徴 ・機能

カルシウム化合物の中では水に溶けやすく,

飲料 ・ドリンク剤等の液状製品の利用にも適 し

たカルシウム強化剤である.また,表 4に示 し

たように,他のカルシウム化合物 と比べ,匂

ヘルシャスA ヘルシャスK

(6L=u)

意ノ⊇宇

島 55 「

う___i

16

12

/l

O

良い/'':Zがなし劣る

;I:

25 50 75 25 50 75食塩の代替率(%) 食塩の代替率(%)

図 6 ヘルシャスA・Kのイワシイシルの

呈昧改善効果

173

蓑 4 各カルシウム塩の閥値 (味を感じる最少濃度)比較

カルシウム剤閥値 閥値の

(%) Ca濃度 (mg)

グルコン酸カルシウム 0.25 22.3

乳酸カルシウム 0.12 15.6

パントテン酸カルシウム 011 9.2

クリセロリン酸カルシウム 0.10 19.1

プロピオン酸カルシウム 0.05 9.8

い ・苦味が少なく,添加量を多 くしてもそれら

を使用する製品の味に悪影響を与えないカルシ

ウム剤である.

(卦へルシャスA・Kの特徴 ・機能

へルシャスA・Kは,呈味改善 ・臭いのマス

キング ・食品の加工機能の代替 ・pH調整 ・キ

レー ト作用 ・分散作用等,食品加工に有効な

種々の特徴 ・機能を有 していることが確認され

ている.今回は,現在一番注目を集めている呈

昧改善 ・臭いのマスキングについて,イワシイ

シル (魚醤池)に対する-ルシャスA・Kの試

験結果 (永井,2001)(試験実施機関:石川県工

業試験場)を紹介する.

a.呈昧改善効果の確認試験

図 6に示 したように,イワシイシルの食塩を

ヘルシャスA・Kで一部置き換えたところ,代

替率が上がるに従って,味が改善された.その

改善率は,ヘルシャスKに比べてヘルシャス

Aの方が高かった.

b.臭いのマスキング効果の確認試験

図 7に示 したように,イワシイシルに各種風

味改善剤を添加 したところ,他の風味改善剤に

比較 し,ヘルシャスA・Kが,アルデヒド頬や

イオウ化合物の嫌な臭いをマスキングする効果

が高かった.

ヘルシャスA・Kには,上記のように塩味の

(%)昔

蚕豆

7ルデヒド頓2or3methllhLJEilnllE,2-neLhyll)rOrnイオウ化合物(】imclh).1(lisuuidctDllDS) 仙 1

.1!1モ統加 ヘルシャス ヘル/ヤス トレハtコース リンゴ酸\a マルトース.\】Oq. KIO\ 】0㌔ 10qI lord

図7 へルシャスA・Kのイワシイシルの

臭いのマスキング効果

17」

質を高めたり,魚臭をマスキングするだけでな

く,食品の苦味 ・辛味 ・酸味 ・甘味等の質を良

くしたり,和らげたりする呈味改善効果がある

と同時に,大豆臭 ・食肉の臭い等をマスキング

する機能が確認されている.

グルコン酸類の用途

前項で触れたように,グルコン酸は,通常の

有機酸とは異なり多くの特徴 ・機能を有 し,敬

味料 ・pH調整 ・調味料 ・豆腐用凝固剤 ・ミネ

ラル強化剤用途で,図8のような各種食品へ使

用されている.

海外においても,カッテージチーズ・フェタ

チーズの凝固剤,パン生地やピザ生地の膨張剤

あるいはシーフードサラタや ポテトチップ等に

つけるソースの酸味料 ・pH調整剤として使用

されている.また,甘味料のサッカリンナトリ

ウムの呈味改善剤としても,米国において使用

されている.

今後の展開

1962年にグルコン酸 ・ブルコノラクトンが

食品添加物として認可され, 1998年には, グ

ルコン酸ナトリウム・グルコン酸カリウムが新

たに食品添加物として認可された.さらに,倭

用基準が限 られていた (母乳代替食品用途の

み)グルコン酸亜鉛 ・銅の使用基準拡大が申請

されている.グルコン酸塩類は,食品加工分野

において,今後ますます注目を浴びてくるもの

と予想される.

グルコン酸類の世界 トップクラスのメーカー

として,今後とも,腸内のビフィズス菌の増殖

機能や滅塩効果等の健康付与機能を持ち,食品

の味を演出するグルコン酸類の新 しい機能の発

見 ・探求を続けていきたいと考えている.

グルコン酸類の特徴 ・機能は,ハチミツ・ロ

ーヤルゼI)-の特徴 ・機能と似通った点が多く

存在する.弊社のグルコン酸類についての研究

が,グルコン酸を含むハチミツ・ローヤルゼリ

ーの関連業界のお役に立てればと願っている.

(〒103-0012 東京都中央区日本橋堀留町 1-2-10

藤沢薬品工業 (秩))

図 8 グルコン酸類を使用した各種食品

引用文献

浅野敏彦 ら.1997.腸内細菌学雑誌 11:1-9.

Asano,T.etal.1994.Microb.Ecol.Health&Disease7:247-256.

越後多義志 ら.1974.日本農芸化学会誌 48(4):225-

230

越後多嘉志 ら,1982.玉川大農研報 22:67-78.

古J廿秀子 ら,1969.日本食品工業会誌 16(2).63-68.

鈴木郁生 ら,1999.第 7版食品添加物公定書解説書

D-418.

光岡知足.1983.化学 と生物 21:8.

光岡知足 1989.丁ap.∫.PatentEnt.Nutl・ll1375.

永井照和.2001.食品と開発36(ll):50-51.

TERUKAZUNAGAI.PropertleSandfunctionson

gluconicacldanditssalts. HoneybeeScmece

(2001)22(4):17ト174. ChemlCalsDivision,

FujlSaWa Pharmaceutical Co.,Ltd., 1-2-10,

Nihonbashi-Horidomecho,Chuou,Tokyo,103-

0012Japan.

GluconlCaCldwasfirstfoulldln1878du1-ing

thefermentationoflacticacidandappl̀OVedas

afoodadditivein1962il一Japan.Itiscontained

inval~iousnaturalfoodssuchashoney(0.3%),

royalJelly(i.4%),soybean(0.04%),rice(0.01%),

etc. Itisreportedthatgluconicacidshares

about70%oforganicacidslnhoney.Gluconic

acidhasmanypropertleSandfunctions: (1)

non-volatileacld.(2)mlldsourness.(3)increase

bifldobacteriainlargeintestine.Also,itssalts,

sodium gluconate and potassium gluconate

haveuniquefunctions:(1)flavorimprovement.

(2)substitute of salt. (3)pH control. (4)

sequestrant.(5)dispersion.Somepropertiesand

funcitonsofgluconlCacidanditssaltslookllke

thoseofhoneyandroyaljelly. Wehopeour

furtherresearchtodevelopnew functionson

gluconatescontributestothehoneyindustl~y.