キャリア試行期にある看護師の病院内異動の経験janap.umin.ac.jp/mokuji/j1702/10000006.pdf ·...

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146 日看管会誌 Vol. 17. No. 2, 2013 資料 キャリア試行期にある看護師の病院内異動の経験 AStudy of the Experiences of Nurses in Intra-hospital Ward Rotation during the Trial Stage 吉田祐子 1) 良村貞子 1) 岩本幹子 1) Yuko Yoshida 1) * Sadako Yoshimura 1) Mikiko Iwamoto 1) Key words : nurse, ward rotation, career development, experience, trial stage キーワード: 看護師,異動,キャリア発達,経験,キャリア試行期 Abstract Atrial stage is an important stage at which directionality is being established in the process of career development. The objective of this study is to describe howthe experience of intra-hospital ward rota- tion, considered as a means of career development, affects nurses during the trial stage. Semi-structured interviews were conducted with six nurses working in three different hospitals, and data were qualita- tively and inductively analyzed. Before the ward rotation the nurses at the trial stage were “seeking direction in their careers” and “interested in working in another ward because of the desire to improve themselves”. After the ward rotation, they were “torn between the different value systems experienced among the former and present ward staff ”, “flustered due to the changes in the work environment ”, aware of “changes in their position”, and experiencing “situations where they were not able to demon- strate what they could do as efficiently as in the former ward”, despite all of this “they felt that they had become used to the newward, three or four months after the ward rotation”. The ward rotation is an important event for nurses at the trial stage of their career development because it is the experience of “discovering their preferences and aptitudes ”, and “discovering merits or demerits in their professional nursing expertise”, and nurses will become aware of their “growth as professionals”. It is also important because nurses will become aware of “the importance and educational benefits of the ward rotation”. Findings also showed that for nurses at the trial stage, the ward rotation is an experience which can make them“reconsider their careers”. 要 旨 キャリア試行期とは,キャリア発達の中でその方向性が確立していく重要な時期である.本 研究の目的は,キャリア発達の方法の一つと考えられている病院内異動がキャリア試行期にあ る看護師にとって,どのような経験となっているのかを明らかとすることである.3つの異な る病院に勤務している6人の看護師に半構成的面接を実施し,データを質的帰納的に分析した. キャリア試行期の看護師は,異動前,【将来のキャリアの模索】と【成長を望む気持ちから生 じた他部署への興味】を持っていた.そして異動後,【異動後3~4ヶ月から生じる慣れの感覚】 を持ちながらも【前部署と現部署の価値観の違いに葛藤】,【環境の変化に対する戸惑い】,【立 場の変化】を自覚し,【前部署と同様の能力が発揮できない】経験をしていた.しかし,その 一方で【経験者であるための現部署からの役割期待】を感じていた.また,キャリア試行期の 看護師にとって異動は,【自分の好みや適性の発見】と【看護専門能力の得失】を経験し,【職 業人としての成長】をする実感や【異動経験が力になる実感】を持ち,キャリア発達にとって 意味ある出来事となっていた.そして,これらは,【今後のキャリアの再検討】をする経験と なっていた. The Journal of the Japan Academy of Nursing Administration and Polieies Vol. 17, No. 2, PP146-156, 2013 受付日:2013年1月31日  受理日:2013年10月9日 1) 北海道大学大学院保健科学研究院 Hokkaido University, Facultyof HealthSciences *責任著者 Correspondingauthor: e-mail yuko790402@hs.hokudai.ac.jp

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146 日看管会誌 Vol. 17. No. 2, 2013

資料

キャリア試行期にある看護師の病院内異動の経験A Study of the Experiences of Nurses in Intra-hospital Ward Rotation during the Trial Stage

吉田祐子 1) * 良村貞子 1)  岩本幹子 1) Yuko Yoshida1) * Sadako Yoshimura1) Mikiko Iwamoto1)

Key words : nurse, ward rotation, career development, experience, trial stage

キーワード: 看護師,異動,キャリア発達,経験,キャリア試行期

AbstractA trial stage is an important stage at which directionality is being established in the process of careerdevelopment. The objective of this study is to describe how the experience of intra-hospital ward rota-tion, considered as a means of career development, affects nurses during the trial stage. Semi-structured interviews were conducted with six nurses working in three different hospitals, and data were qualita-tively and inductively analyzed. Before the ward rotation the nurses at the trial stage were “seeking direction in their careers” and “interested in working in another ward because of the desire to improve themselves”. After the ward rotation, they were “torn between the different value systems experienced among the former and present ward staff ”, “flustered due to the changes in the work environment ”, aware of “changes in their position”, and experiencing “situations where they were not able to demon-strate what they could do as efficiently as in the former ward”, despite all of this “they felt that they had become used to the new ward, three or four months after the ward rotation”. The ward rotation is an important event for nurses at the trial stage of their career development because it is the experience of “discovering their preferences and aptitudes ”, and “discovering merits or demerits in their professional nursing expertise”, and nurses will become aware of their “growth as professionals”. It is also important because nurses will become aware of “the importance and educational benefits of the ward rotation”. Findings also showed that for nurses at the trial stage, the ward rotation is an experience which can make them “reconsider their careers”.

要 旨 キャリア試行期とは,キャリア発達の中でその方向性が確立していく重要な時期である.本研究の目的は,キャリア発達の方法の一つと考えられている病院内異動がキャリア試行期にある看護師にとって,どのような経験となっているのかを明らかとすることである.3つの異なる病院に勤務している6人の看護師に半構成的面接を実施し,データを質的帰納的に分析した.キャリア試行期の看護師は,異動前,【将来のキャリアの模索】と【成長を望む気持ちから生じた他部署への興味】を持っていた.そして異動後,【異動後3~4ヶ月から生じる慣れの感覚】を持ちながらも【前部署と現部署の価値観の違いに葛藤】,【環境の変化に対する戸惑い】,【立場の変化】を自覚し,【前部署と同様の能力が発揮できない】経験をしていた.しかし,その一方で【経験者であるための現部署からの役割期待】を感じていた.また,キャリア試行期の看護師にとって異動は,【自分の好みや適性の発見】と【看護専門能力の得失】を経験し,【職業人としての成長】をする実感や【異動経験が力になる実感】を持ち,キャリア発達にとって意味ある出来事となっていた.そして,これらは,【今後のキャリアの再検討】をする経験となっていた.

The Journal of the Japan Academy of Nursing Administration and Polieies Vol. 17, No. 2, PP 146-156, 2013

受付日:2013年1月31日  受理日:2013年10月9日1) 北海道大学大学院保健科学研究院 Hokkaido University, Faculty of Health Sciences*責任著者 Corresponding author: e-mail yuko790402@hs.hokudai.ac.jp

Ⅰ.緒言

 キャリアの生成と展開の様子を記述する方法にキャリアの段階モデルがあり,これは,個人のキャリア発達にはいくつかの段階と各々の発達課題があることを意味している.Super(1957)は,「成長期」「探索期」,試行段階の時期(以下,試行期)を経て「確立期」「維持期」「下降期」をたどる段階モデルを示している.このモデルが開発された時期の社会背景や労働環境は現在と異なっているが,キャリア発達を自己概念の成熟・発達という側面から捉え,現実を認識し,それを変化させていくこととしている点においては,現在も十分に活用し得るモデルと考えられる.加えて,看護職は,専門分野や働き方が多様な職業であり,キャリア形成には自己概念が大きく影響していると考えられる. この試行期は,キャリアの確立に向けて仕事との関りの中で試行錯誤をする時期であり,重要課題として,働く世界における自分の位置を発見するために自己の理解を深めていくことがある. 看護部長,副看護部長を対象とした草刈(1996)の研究では,確立期の起点を29.8歳としている.しかし,近年の看護師の高学歴化と,水野,三上(2000)のキャリア発達過程の研究で,30歳を超えた後も関心領域の模索の段階にある看護師が多かったことを考慮すると,確立期の起点は遅くなっていることが考えられ,現代の試行期の看護師の年齢は28~33歳前後となると推測できる.看護管理の先行研究では,この時期を中堅看護師とすることが多く(小山田,2009),臨床経験年数5年目以上の看護師を一括りに中堅看護師として対象とした研究が散見される(辻ら,2007;伊東,2011).しかし,この試行期にある看護師は,キャリアの方向性が定まる重要な時期にあるため,キャリア発達においては,他の中堅とされる年代と分けて考える必要がある. さらに,この時期の看護師は病院内での部署異動(以下,異動)を経験することが少なくない.一般的に病院内の異動は,組織にとっては人的資源開発および人材確保であると同時に,看護師個人にとってはキャリア発達の方法の一つとして考えられている(Marquis & Huston,2009). 異動・配置転換・ローテーションをキーワードに文献検索をすると,異動後のストレスや辛さと適応

過程や心理的変化に関すること,異動についての不安(前野ら,2006;松浦ら,2008;Fujino & Nojima, 2005;加藤,2001),異動後の支援体制などの人的資源マネジメントに関連した研究(宮内,2006;庄野ら,2008)が多い.自己のキャリア確立に向けて試行錯誤の時期にあるキャリア試行期の看護師にとっては,異動はキャリア発達に影響を与えうる大きな出来事である.しかし,異動が看護師個人のキャリアにどのように影響するかに焦点を当てた先行研究はほとんどみあたらない.経験とは,主体として人間が関わった過去の事実を主体の側からみた内容(見田ら,1988)であり,同一条件における体験であってもその意味は個人によって異なる. そこで,本研究では,効果的な人的資源開発,および看護師のキャリア形成を考える一助とするために,キャリア試行期にある看護師にとって,病院内異動がどのような経験となっているかについて明らかにする.

Ⅱ.目的

 キャリア試行期にある看護師にとって,病院内異動がどのような経験となっているかについて明らかにする.

Ⅲ.方法

1.用語の定義 キャリア:職業上の能力の獲得と職業人としての成長の過程を述べる概念(見藤ら,2003). キャリア試行期:5段階のキャリア段階モデルの3段階目にあたる確立期の前にあり,自分の適性や能力について現実の仕事との関わりにおいて試行錯誤をする時期(Super,1957).先行研究(草刈,1996:水野,三上,2000)を考慮し,本研究においては年齢が28~33歳前後とした. 異動:配置転換を意味する.配置転換とは施設・組織内において勤務者の勤務場所を換えること(沖中,1988). 経験:主体として人間が関わった過去の事実を主体の側からみた内容(見田ら,1988)であり,自分

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が体験した病院内異動を通して,思ったこと,考えたこと.

2.研究協力者 研究協力者は,基本的看護実践能力を獲得しており,試行期の年代に当たる28~33歳前後で,管理職に就いていない看護師とする.新人看護師を対象とした先行研究(片山,1998;水田,2004)を参考にし,深刻なリアリティショックを避け,しかし,異動の経験をできるだけ正確に想起できるように,本研究では病院内異動後4ヶ月以上10ヶ月以内の者を研究協力候補者とした.異動による経験を明確に把握するために,10以上の診療科があり,病院内異動に関する看護部の方針が類似した病院に所属する看護師を研究協力者とした.同病院の看護部長に該当者の推薦を依頼し,候補者各員に今回の研究の趣旨を説明し協力を求めた.また,対象施設における組織風土の影響を少なくするために,3病院に協力者の推薦を依頼した.

3.調査方法1)データ収集方法 研究者が作成した半構成的質問に基づいて面接調査を実施した.調査内容は,①協力者の背景,②病院内異動に伴って生じた自身のキャリア,自身の行っている看護および能力に対する思いと考えの変化,③職場環境の変化に対する思いや考えである.1回30~60分の面接を,1人につき2回実施した.面接内容は協力者の了解のもとにすべて録音し,逐語記録を作成した.1回目の面接の逐語記録は直接協力者全員に手渡し,内容に齟齬がないことを確認した.2回目の逐語記録は希望者のみと確認した.調査期間は2010年6月~10月である.2)データ分析方法 まず研究協力者ごとに,逐語記録から病院内異動の経験内容に関するデータを抽出しコード化した.コードの意味内容について抽象度を上げて表現をした.この際に,質的研究の経験があり,看護管理学の研究者である共同研究者と検討をし,キャリアの方向性が明確であることがデータから確認できた1名は,キャリア確立期にあると判断し,分析対象から除外した. 次に,分析対象となった全協力者のコードについ

て共通性と相違性を比較し,抽象化をしてサブカテゴリーを抽出した.さらにサブカテゴリー間での共通性と相違性を類別し,カテゴリーを抽出した.最後に,複数あるカテゴリー間の関連性を検討した.データの真実性と分析結果の厳密性の確保は,協力者自身が逐語記録を文書で確認するとともに,筆頭著者はデータの収集および分析過程を記述し,共同研究者とともに検証を重ねた.

4.倫理的配慮 本研究は北海道大学大学院保健科学研究院倫理委員会の承認を得た(承認番号10-08).研究協力者には,本研究の参加は任意であり,匿名性を保証することと,看護部長からの推薦であるが,不参加・中止等による組織上の一切の不利益は生じないことを強調して説明した.また,調査協力の有無は,研究者から所属施設の看護部長へは報告しないこととした.調査で得られたデータは,本調査の分析のみに用い,それ以外の用途で使用しないこと,調査で得られたデータと協力者の連絡先等の個人情報は厳重に管理し,調査終了後消去することを口頭と文書で説明をし,文書で同意を得た.

Ⅳ.結果

1.協力者の概要 協力者の概要を表 1 に示す.分析の対象となった協力者は,3施設よりそれぞれ1~3名で合わせて6名であった. 6名の協力者の年齢は,28~33歳であり,勤務年数は6~12年目であった.インタビューの時期は異動後4~6ヶ月であった.異動の希望の有無は3名があり,3名がなかった.今回が初めての異動となった者は3名,他病院の経験もあ

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表 1 協力者の概要

異動の 希望の有無

過去の他部署の 勤務の有無

経験年数年齢協力者

有無 7年目20歳代後半A

有有10年目30歳代前半B

有無 6年目20歳代後半C

無無 7年目20歳代後半D

無有 9年目30歳代前半E

無有12年目30歳代前半F

る者は3名で,このうち1名は現病院内異動が2回目であり,他の2名は病院を移った経験はあるが,現病院内異動は初めてであった.

2.キャリア試行期にある看護師の病院内異動の経験

 キャリア試行期にある看護師の病院内異動の経験

として,13のカテゴリーとそれを構成する32のサブカテゴリーが抽出された(表 2).以下,具体的な経験として見出された13のカテゴリーについて説明を記述する.なお文中の表記については,カテゴリーは【】,サブカテゴリーは〔〕,コードは<>,協力者を示すアルファベットとそのコード番号は()内に示す.全コード数は581であった.

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表 2 キャリア試行期にある看護師の病院内異動の経験

代表的なコードサブカテゴリーカテゴリー

具体的な将来のキャリアは決まっていない(A-86)経験年数に見合った将来構想のなさ(D-58)

キャリアビジョンは未確定

将来の キャリアの模索

どこでも通用できるような看護師になりたい(A-86)スペシャリストを目指す気持ちはない(C-117)

多分野に対応できる看護師志望

他を知らないまま同じ部署で年数を重ねることへの焦り(B-83)看護師としてこのまま年齢を重ねる不安(C-14)同じ年数の人達が異動していることに対する焦り(D-23)

現状維持への焦り

視野を広げたい(B-109)前部署以外の診療科の患者をみる力の必要性を感じた(C-102)他の診療科をみることにより患者を深くみることができる(D-25)

能力向上のために惹かれた他部署での経験成長を望む

気持ちから生じた 他部署への興味 他部署を経験して自分の看護を深めたい(A-82)

他部署を経験することによって自分の看護が明確化することに期待(D-58)他部署での経験による看護観形成促進への期待

環境の変化による緊張感(A-50)慣れない医師とのやり取りの判断がストレス(D-116)異動後1ヶ月くらい自分の居場所がなかった(F-31)

環境の変化を負担に感じる

環境の変化に 対する戸惑い

現部署では同僚と思いを共有する時間がない(E-99)前部署と現部署では仕事の流れが異なる(F-59)

働き方の違いを感じる

現部署では病気が悪くなっている患者やその家族と関わることが難しい(C-79)現部署での患者との関わりの難しさの壁に当たっている(E-77)

新たな対象と関わる難しさ

現部署では新人(E-58)現部署では後輩からも指導される立場(F-57)

教えられる立場へ変化立場の変化

上下関係の難しさ(A-95)後輩からの指導がやりにくかった(C-171)

後輩から指摘される違和感

前部署と現部署で大切にする看護が違う(C-137)現部署の看護が全然みえない(E-79)1,2年では現部署の看護はわからないと思う(F-97)

前部署と現部署の看護の違いに戸惑う

前部署と現部署の 価値観の違いに

葛藤

前部署と比較して現部署の看護の物足りなさ(A-68)現部署の仕事は流れ作業的(E-64)現部署では看護をしている実感がない(F-35)

前部署と比較して現部署の看護の質が低いと感じる

納得しないが,まずは現部署のやり方に従っている(C-163)部署ごとに業務のやり方が異なることがプレッシャー(D-37)現部署の安全管理体制に批判的な気持ち(E-125)

現部署の業務の管理方法に対する否定的な思い

3ヶ月位で少しつかめてくる(B-155)異動後4ヶ月で大分慣れたが,慣れ親しんではいない(B-158)(異動6ヶ月後で)早く歩くスピードには慣れた(C-67)

異動後3~4ヶ月から生じる慣れの感覚

異動後3~4ヶ月 から生じる 慣れの感覚

自分の能力を十分発揮できない(A-78)自分を出せない(B-150)自分にはまだ余裕がない(E-133)前部署で発揮していたようなリーダーシップを発揮できない(D-92)

自分の能力を十分発揮できない前部署と同様の

能力が発揮 できない 新人じゃないのに一人で何もできないのが辛い(B-152)

自分は使えない(C-144)できるだろうと想像していた業務が実際は難しい(E-128)

仕事ができない自分

1)【将来のキャリアの模索】 このカテゴリーは,〔現状維持への焦り〕,〔多分野に対応できる看護師志望〕,〔キャリアビジョンは未確定〕の3つのサブカテゴリーから形成された.協力者は,<他を知らないまま同じ部署で年数を重ねることへの焦り(B-83)>や,<看護師としてこのまま年齢を重ねる不安(C-14)>にあるような〔現状維持への焦り〕を経験していた.<どこでも通用できるような看護師になりたい(A-86)>という〔多分野

に対応できる看護師志望〕を持つ一方で,<経験年数に見合った将来構想のなさ(D-58)>にあるような将来構想が途中段階の状態であり〔キャリアビジョンは未確定〕であった.2)【成長を望む気持ちから生じた他部署への興味】

 このカテゴリーは,〔能力向上のために惹かれた他部署での経験〕,〔他部署での経験による看護観形成促進への期待〕の2つのサブカテゴリーから形成さ

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経験者であるための現部署のスタッフからの期待(A-55)自分より経験年数のある頼れる先輩の不在(D-63)役割期待と実際の自分の能力の違い(E-148)

現部署スタッフから前部署での経験を頼られる経験者である

ための現部署 からの役割期待 慣れない部署でもある看護師としての責任(A-54)

慣れない部署でも,経験年数があるために伴う責任へのプレッシャー(D-67)

慣れない部署にもかかわらず存在する看護師としての責任

多様な院内の管理システムの理解(D-104)病院全体の流れの理解(E-94)

病院内システムの理解促進

職業人としての 成長

経験だけではカバーできない知識を学ぶ必要性の気づき(B-140)患者と接するときに現部署の治療の勉強の必要性がある(C-70)新しいことを覚える機会(F-27)

勉強の必要性の気づき

他専門職者との関わりが増え,彼らとの関係性を考えるようになった(B-122)関わる職種の広がり(C-84)多くの職員と関わる機会(D-103)

関わる職種の広がり

今までと異なったキャラクターやリーダーシップに触れることが自分の学びとなる(A-116)異なる部署を経験したスタッフから違う意見を聞けることがいい(B-96)新たに手本となる先輩との出会い(D-110)

新たなスタッフと働くことによる学び

周囲とのコミュニケーションの取り方の学びによる調整方法の獲得(B-74)時間マネジメント力の向上を感じる(C-82)他部署の異なる方法を見て柔軟性が生まれる(F-27)

仕事をする上で必要な看護以外の能力向上

一年目じゃないのに一人で何もできない辛さを乗り越えると自分の成長となる(B-153)人間的な成長の機会

新しい特性の患者との関わりによる能力向上(A-52)新たな技術を意識し始めた(B-118)新たな技術の獲得(C-73)

新しい知識・技術の獲得

看護専門能力の 得失

部署の特性による患者層の違い(D-32)多様な特性の患者は勉強になる(E-89)

新たな特性の患者との出会い

患者さんの全体像がつかめる(B-94)新部署での経験が治療,処置の流れの理解を深めた(F-90)

患者をみる視点の増加

前部署で積み上げた知識,技術を忘れることへの不安(D-85)獲得している看護技術の衰え(E-90)実施する機会の少ない技術の衰退(F-90)

衰退する知識・技術

前部署での経験の積み重ねが今に活きていることを感じる(A-109)異なる部署で学んだ知識が役立つ経験(B-114)今までの経験が活きている(F-54)

異動を通じた経験の積み重なりが活きる実感異動経験が

力になる実感現部署での経験が今後に役立つ(E-160)異動の経験はできることの多さのアピールになる(F-110)

異動の経験による今後への自信

自分の好みの発見(C-85)向き不向きを考えるきっかけ(E-74)自分の好みの実感(F-36)

自分の好みや適性の発見自分の好みや 適性の発見

異動は自分が今後進む道を考える機会(A-130)ジェネラリスト志向へ変化(B-99)今後の進路の迷いの発生(E-66)

今後のキャリアの再検討今後のキャリアの

再検討

れた.協力者は,<前部署以外の診療科の患者をみる力の必要性を感じた(C-102)>,<他の診療科をみることにより患者さんを深くみることができる(D-25)>にあるように,今までと別の診療科で働くことにより,新たな看護能力を身につけることを望み,〔能力向上のために惹かれた他部署での経験〕とつながっていた.また,<他部署を経験することによって自分の看護が明確化することに期待(D-58)>にあるように〔他部署での経験による看護観形成促進への期待〕を持っていた.3)【環境の変化に対する戸惑い】

 このカテゴリーは,〔環境の変化を負担に感じる〕,〔働き方の違いを感じる〕,〔新たな対象と関わる難しさ〕の3つのサブカテゴリーから形成された.協力者は,<環境の変化による緊張感(A-50)>や<慣れない医師とのやり取りの判断がストレス(D-116)>にあるように,働く場や,一緒に働く人が変わったことで〔環境の変化を負担に感じる〕経験をしていた.また,<現部署では同僚と思いを共有する時間がない(E-99)>や<前部署と現部署では仕事の流れが異なる(F-59)>にあるように同じ病院の看護の仕事ではあるが,〔働き方の違いを感じる〕経験をしていた.接する患者に対しては,<現部署での患者との関わりの難しさの壁に当たっている(E-77)>,<現部署では病気が悪くなっている患者やその家族と関わることが難しい(C-79)>にあるように,〔新たな対象と関わる難しさ〕を感じる経験をしていた.4)【立場の変化】

 このカテゴリーは,〔教えられる立場へ変化〕,〔後輩から指摘される違和感〕の2つのサブカテゴリーから形成された.協力者は,今までは指導する立場にいたが,<現部署では後輩からも指導される立場(F-57)>にあるように,異動前とは一変し,<現部署では新人(E-58)>のように〔教えられる立場へ変化〕していた.さらに<後輩からの指導がやりにくかった(C-171)>にあるように〔後輩から指摘される違和感〕として,看護師経験年数では後輩にあたる同僚からの指導に違和感を持つ経験をしていた.5)【前部署と現部署の価値観の違いに葛藤】

 このカテゴリーは,〔前部署と現部署の看護の違いに戸惑う〕,〔前部署と比較して現部署の看護の質が低いと感じる〕,〔現部署の業務の管理方法に対する

否定的な思い〕の3つのサブカテゴリーから形成された.協力者は,まず,<前部署と現部署で大切にする看護が違う(C-137)>ことを感じ,〔前部署と現部署の看護の違いに戸惑う〕経験をしていた.同時に<前部署と比較して現部署の看護の物足りなさ (A-68)>や<現部署の仕事は流れ作業的(E-64)>であると感じ,〔前部署と比較して現部署の看護の質が低いと感じる〕経験へと至っていた.また,前部署と異なる管理体制に対しては,<納得しないが,まずは現部署のやり方に従っている(C-163)>にみられるように〔現部署の業務の管理方法に対する否定的な思い〕を持っていた.6)【異動後3~4ヶ月から生じる慣れの感覚】 このカテゴリーは,〔異動後3~4ヶ月から生じる慣れの感覚〕の1つのサブカテゴリーで形成された.協力者は,<3ヶ月位で少しつかめてくる(B-155)>,<異動4ヶ月後で大分慣れたが,慣れ親しんではいない(B-158)>にあるように,異動後3~4ヶ月では十分慣れたという実感はないが,慣れてきたという感覚を持つようになっていた.7)【前部署と同様の能力が発揮できない】 このカテゴリーは,〔自分の能力を十分発揮できない〕,〔仕事ができない自分〕の2つのサブカテゴリーから形成された.協力者は,異動後の人間関係も含めた慣れない環境において<自分の能力を十分発揮できない(A-78)>や,<前部署で発揮していたようなリーダーシップを発揮できない(D-92)>にあるような〔自分の能力を十分発揮できない〕経験をしていた.異動後,今までと異なる専門知識を必要とされることや,物品の管理方法が異なることで<新人じゃないのに一人で何もできないのが辛い(B-152)>にあるように,〔仕事ができない自分〕を感じる経験をしていた.8)【経験者であるための現部署からの役割期待】 このカテゴリーは,〔現部署スタッフから前部署での経験を頼られる〕,〔慣れない部署にもかかわらず存在する看護師としての責任〕の2つのサブカテゴリーから形成された.協力者は,<経験者であるための現部署のスタッフからの期待(A-55)>を感じており,〔現部署スタッフから前部署での経験を頼られる〕ことや<慣れない部署でも経験年数があるために伴う責任へのプレッシャー(D-67)>のように,〔慣れない部署にもかかわらず存在する看護師として

151日看管会誌 Vol. 17. No. 2, 2013

の責任〕のような,経験者であるために生じる役割期待を感じる経験をしていた.9)【職業人としての成長】

 このカテゴリーは,〔病院内システムの理解促進〕,〔勉強の必要性の気づき〕,〔関わる職種の広がり〕,〔新たなスタッフと働くことによる学び〕,〔仕事をする上で必要な看護以外の能力向上〕,〔人間的な成長の機会〕の6つのサブカテゴリーから形成された.協力者は異なる部署で働くことが<多様な院内の管理システムの理解(D-104)>となり,〔病院システムの理解促進〕となっていた.新しい診療科で働くことにより,<経験だけではカバーできない知識を学ぶ必要性の気づき(B-140)>のように〔勉強の必要性の気づき〕となっていた.また,多様な病院スタッフと新たに出会い,〔関わる職種の広がり〕を経験し,<今までと異なったキャラクターやリーダーシップに触れることが自分の学びとなる(A-116)>や,<新たに手本となる先輩との出会い(D-110)>とあるように,〔新たなスタッフと働くことによる学び〕を経験していた.加えて,<時間マネジメント力の向上を感じる(C-82)>や<他部署の異なる方法を見て柔軟性が生まれる(F-27)>のように〔仕事をする上で必要な看護以外の能力向上〕に結びつく経験もしていた.さらに,<一年目じゃないのに一人で何もできない辛さを乗り越えると自分の成長となる(B-153)>のように,異動は,〔人間的な成長の機会〕となっていた.10)【看護専門能力の得失】 このカテゴリーは,〔新しい知識・技術の獲得〕,〔新たな特性の患者との出会い〕,〔患者をみる視点の増加〕,〔衰退する知識・技術〕の4つのサブカテゴリーから形成された.協力者は,異動によって今までと異なる診療科で働くことで〔新しい知識・技術の獲得〕や,〔新たな特性の患者との出会い〕を経験していた.これは,<新部署での経験が治療,処置の流れの理解を深めた(F-90)>にあるように〔患者をみる視点の増加〕にもつながっていた.しかし,一方で,<実施する機会の少ない技術の衰退(F-90)>にあるように〔衰退する知識・技術〕があることも経験していた.11)【異動経験が力になる実感】 このカテゴリーは,〔異動を通じた経験の積み重なりが活きる実感〕,〔異動の経験による今後への自信〕

の2つのサブカテゴリーから形成された.協力者は,<前部署での経験の積み重ねが今に活きていることを感じる(A-109)>や<今までの経験が活きている(F-54)>にあるような〔異動を通じた経験の積み重なりが活きる実感〕を経験していた.また,異動を<現部署での経験が今後に役立つ(E-160)>にあるように〔異動の経験による今後への自信〕として捉えていた.12)【自分の好みや適性の発見】 このカテゴリーは,〔自分の好みや適性の発見〕の1つのサブカテゴリーから形成された.協力者は,異動し新たな環境で働く中で,<向き不向きを考えるきっかけ(E-74)>や<自分の好みの実感(F-36)>を経験していた.13)【今後のキャリアの再検討】 このカテゴリーは,〔今後のキャリアの再検討〕の1つのサブカテゴリーから形成された.協力者は,異動の経験により,<ジェネラリスト志向へ変化(B-99)>や,自分が描いていたキャリアとは異なる方向へ進み,<今後の進路の迷いの発生(E-66)>となっており,〔今後のキャリアの再検討〕をする経験をしていた.

Ⅴ.考察

1.キャリア試行期にある看護師のキャリアの模索 本研究の協力者は,基本的な看護知識・技術を修得した後に,【将来のキャリアの模索】と【成長を望む気持ちから生じた他部署への興味】を持っており,自分の今後のキャリアについて試行錯誤をしていた. 実際の仕事経験を経る中で,個人が仕事上で何を重視するかというキャリア志向が形成されるが,この形成には一般に10年前後の期間を要するとされている(平野,1994).本研究の協力者も経験年数6~12年目であり,将来のキャリアを模索していることから,キャリア志向がまだ確定していなかったことがわかる.Schein(1978)は,キャリア志向であるキャリアアンカーを,実際の仕事体験を通して個人と仕事環境間の初期の相互作用の結果であり,これを構成する要素の一つに自己の才能と能力を自覚することがあるとしている.本研究の協力者は,【自分の好みや

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適性の発見】や【看護専門能力の得失】を経験しているが,これは,働く場が変化したことで,仕事環境にいる自分を見つめ,自分の好みや適性,看護専門能力について意識した結果,職業上の自分の別の側面を発見あるいは再確認したと考えられる.よって,これらの経験は,協力者のキャリア促進のために有効に作用したと考えられる.また,【職業人としての成長】を経験しており,試行期の次の確立期に向け,異動は看護実践能力を向上させ,看護職者としての成長だけでなく,職業を持って働く職業人として成長を自覚できる出来事となっていた.

2.病院内異動と技能形成 キャリア発達の一側面として職業上の能力の獲得があるが,研究協力者は,異動後4~6ヶ月で,【看護専門能力の得失】を経験していた.【自分の好みや適性の発見】と【看護専門能力の得失】内のサブカテゴリーである〔新しい知識・技術の獲得〕,〔新たな特性の患者との出会い〕,〔患者をみる視点の増加〕は,企業における人事異動の目的である技能形成,適性発見,部署間交流,仕事量のアンバランス解消(佐藤ら,2007)のうちの技能形成,適性発見に該当する内容であった.専門職者である看護師の異動においても,部署を変わることで適性発見や新しく別の技術を獲得することができるため,人事異動の目的の中の個人に関与する項目については,達成されていることが明らかとなった.看護師が専門職者として新たな能力を獲得することは,より幅広い特性の患者に対応でき,患者一人ひとりに対しても多様な側面から関われることにつながると考える. また,【職業人としての成長】にあるように,周囲の環境に適応する柔軟性の向上や新たな看護スタッフと働くことによる学びや病院組織で働く意味を実感する経験もしていた.しかし,特性の異なる部署に異動することにより,今まで積み上げてきた知識・技術の衰退を実感している者もいた.一度獲得している知識・技術であるが,前部署の患者と接しないことで既知の知識・技術に衰えを感じていた.異動による技能形成には,新たな技術・知識の獲得という長所と接しない技術・知識の衰退という短所が含まれていることが明らかとなった.

3.環境の変化に伴う自己概念の変化 研究協力者は【前部署と同様の能力が発揮できない】にみられるように,異動から4~6ヶ月経過後も,新たな環境における自分の立場や役割に対して難しさを感じ,戸惑っていた.前部署ではリーダー的な役割を担える立場にいたが,新しい環境の中では前部署で発揮していたリーダー的な役割はとれないどころか,【立場の変化】にあるように後輩に指導される立場を実感していた.このように異動に伴い,外部環境はもとより,組織における自分の位置が大きく変化したことを感じる経験をしていた.その中で【前部署と同様の能力が発揮できない】,【看護専門能力の得失】,【自分の好みや適性の発見】からは,新しい自分の側面を知覚し,自己概念が変化している様子が伺える. Super(1957)は,キャリアを環境と自己概念を照らし合わせ,自分の自己概念を吟味する経験を意識するにしたがって発達するものとしている.得られたデータからも,本研究の協力者は,異動によって自己概念の変化を意識する経験をしていたことがわかる.これらは協力者のキャリアに今後どのように影響していくのか,本研究では明らかとならなかったが,キャリア形成に影響する経験となると考えられる.

4.自己の看護の揺らぎと職業的アイデンティティ キャリア発達に職業的アイデンティティの確立は不可欠である(高橋,1998).職業的アイデンティティとは,職業を通して自覚される私という主観的感覚であり,職業生活における様々な出来事を通して常に再構成,再統合され,より確かなものとして獲得されていく(Erikson,1959).看護師の場合は,「看護師としての私」として職業的アイデンティティを確立していく(佐々木,針生,2006)が,看護師にとって,異なる部署で働くことは,異なる組織文化や価値システムに適応することが課題となり,新たな部署の患者の特性に対応する技術や役割が求められる(Nicholson,1984). 本研究の看護師も異なる組織文化と価値システムに直面し,【前部署と現部署の価値観の違いに葛藤】する経験をしていた.今まで自分が培ってきた看護が現部署では通用しない一方で,現部署で展開されている看護に深みを感じることができず,前部署と

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現部署の看護の違いに触れ,自己の看護観が揺れる経験となっていた.これは,協力者が前部署で培った看護師としての職業的アイデンティティが揺らいでいた状況と考えられる.本研究では,この揺らぎの軌跡を追うことはできないが,過去に葛藤や混乱という危機体験がない者よりある者の方が,より高いアイデンティティの確立に結びつく(Marcia,1966)ことからも,この経験は,職業的アイデンティティ確立のための第一歩となることが推測できる.

5.キャリア試行期にある看護師の病院内異動における看護管理上の示唆

 異動した看護師は,【異動後3~4ヶ月から生じる慣れの感覚】を持っているものの,【環境の変化に対する戸惑い】を持ち,【前部署と現部署の価値観の違いに葛藤】する経験をしていた.一方で,【経験者であるための現部署からの役割期待】として,慣れない部署においても周囲から期待されることに対して負担を感じていた.よって,看護管理者はもちろん看護スタッフも,異動者が戸惑いの体験をしている者であるという認識を持って役割の期待をする必要があると考えられる. Benner(2001)は,現代の看護の複雑化により,病棟間で看護師を入れ替えたり,安易に配置転換することは非経済的であり,質の高いケアに貢献しないと述べている.確かに,新たな部署において異動直後から前部署と同じレベルの看護提供をすることは難しい.また,病院内異動に対するストレスや不安に注目した先行文献がある(前野ら,2006;松浦ら,2008). 本研究の協力者も環境と人間関係の変化をストレスと認識し,異動後4~6ヶ月経過後も,現部署において十分な能力発揮ができない状況であった.この適応にかかる期間が長引くことは人的資源の大きな損失ともなる.そのため,異なる組織文化や価値システムが異動者の適応の障害とならないような方策を考えることが必要である. また,今回の結果では異動により試行期の看護師は,【自分の好みや適性の発見】,【看護専門能力の得失】,【職業人としての成長】,【異動経験が力になる実感】といった様々な経験をしており,異動が職業アイデンティティ構築の機会となり得ることが明ら

かとなった.さらに,研究協力者は異動を【今後のキャリアの再検討】をする経験と意味づけている.そのため,病院内異動時に生ずる心理的な反応・負担感に関する情報に加えて,異動はキャリア形成にも有用であることを強調する必要がある. 本研究の協力者の中には,異動により自分が描いていたキャリアプランと現状の間で葛藤している者もいた.Schein(1978)は,組織の方針・計画だけではなく,他方に個人のデザインしたキャリアプランや目標があり,その両者の相互作用によってキャリアは形成されるとしている.個人がデザインしたキャリアプランは,限定された合理性の範囲の中での決定であり,将来の可能性は現在の自分では決めきれない.よって,個人の希望のみによる病院内異動も,その人のキャリア発達を限定する可能性があると考えられる.しかし,この時に大切なのは,異動する看護師が納得するような組織側からの説明と異動者へのサポートであり,管理者もこの時期の看護師は自分のキャリア確立という課題に向かって試行錯誤しているという認識を持って接する必要がある.

6.キャリア試行期にある看護師の病院内異動の経験におけるカテゴリー間の関連性

 本研究にて見出された13のカテゴリーの関係性を検討した結果を図 1 に示す.キャリア試行期にある本研究の協力者は異動前,【将来のキャリアの模索】と【成長を望む気持ちから生じた他部署への興味】を持っていた.異動後4~6ヶ月に,【異動後3~4ヶ月から生じる慣れの感覚】を持ちながらも【前部署と現部署の価値観の違いに葛藤】し,【環境の変化に対する戸惑い】,【立場の変化】を自覚し,【前部署と同様の能力が発揮できない】経験をしていた.しかし,その一方で【経験者であるための現部署からの役割期待】を感じていた.さらに,異動により,【自分の好みや適性の発見】と【看護専門能力の得失】を経験し,【職業人としての成長】を感じ,【異動経験が力になる実感】を有しており,異動は【今後のキャリアの再検討】をする経験となっていた.

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Ⅵ.研究の限界

 今回の研究は協力者が6名と少ないため,より対象者数を拡大し,一般化できる知見を得る必要がある.また,本研究は個人的背景を射程に入れず分析しているが,キャリア発達には個人的要因が影響する.今後は,キャリア発達に影響を与える可能性が高い個人的背景に着目した研究を行う必要がある.さらに,本研究では,試行期の看護師を先行文献から経験年数と年齢で予測して協力者としているが,試行期か否かの明確な判定基準はみあたらない.試行期と次の段階である確立期の看護師の特徴の相違を明らかにしていくことも今後の課題である.

Ⅶ.結論

 本研究では,キャリア試行期にある看護師のキャリア形成において,病院内異動がどのような経験となっているかについて分析した.その結果として,以下の4つが明らかとなった.1.キャリア試行期にある看護師は,異動前,【将来のキャリアの模索】と【成長を望む気持ちから生じた他部署への興味】を持ち,自分の今後のキャリアについて試行錯誤をしていた.

2.異動後4~6ヶ月のキャリア試行期にある看護師は,【経験者であるための現部署からの役割期待】を感じつつも,【前部署と現部署の価値観の違いに葛藤】し,【環境の変化に対する戸惑い】と【立場の変化】を自覚し,【前部署と同様の能力が発揮できない】経験をしていた.3.異動をした看護師は【異動後3~4ヶ月から生じる慣れの感覚】を経験していた.4.キャリア試行期の看護師にとって異動は,【自分の好みや適性の発見】となり,【看護専門能力の得失】を経験し,【職業人としての成長】を感じ,【異動経験が力になる実感】を持ち,【今後のキャリアの再検討】をする経験となっていた.

謝辞:本研究にあたり,研究の趣旨にご賛同・ご協力いただきました研究協力者の皆様に心より感謝申し上げます.なお本研究は,北海道大学大学院保健科学院に提出した修士論文および第15回日本看護管理学会にて発表した内容の一部に加筆・修正したものである.

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図 1 キャリア試行期にある看護師の病院内異動後 4 ~ 6 ヶ月の経験  ―抽出したカテゴリー間の関連性―

【今後のキャリアの再検討】

【看護専門能力の得失】

【自分の好みや適性の発見】

【経験者であるための現部署からの役割期待】

【異動後3~4ヶ月から生じる慣れの感覚】

異動(異動後4~6ヶ月)

【職業人としての成長】

【異動経験が力になる実感】

【前部署と同様の能力が発揮できない】

【前部署と現部署の価値観の違いに葛藤】

【立場の変化】 【環境の変化に対する戸惑い】

【将来のキャリアの模索】

【成長を望む気持ちから生じた他部署への興味】

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