アルコール性肝硬変に合併し, ネフローゼ症候...

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アルコール性肝硬変に合併し, ネフローゼ症候群,急速進行性腎炎症候群を呈した 肝性 IgA 腎症の 1 例 菊 池 寛 昭 1 長 濱 清 隆 2 中 村 真理子 1 内 田 真梨子 1 山 村 知 里 1 平 澤   卓 1 安 藝 昇 太 1 青 柳   誠 1 田 中 啓 之 1 田 村 禎 一 1 病理コメンテータ  城   謙 輔 3 山 口   裕 4 1 国家公務員共済組合連合会 横須賀共済病院 腎臓内科 2 横浜市立大学医学部 分子病理学 3 東北大学大学院医学系研究科 病理病態学講座 4 山口病理組織研究所 Key Word:アルコール性肝硬度,ネフローゼ症候群, 急速進行性腎炎 症  例 症 例:51 歳,女性 主 訴:肉眼的血尿 現病歴:16 歳から機会飲酒を開始,20 歳で アルコール依存症,40 歳でアルコール性肝硬 変と診断されたが,その後も飲酒を継続し,特 に加療も行っていなかった。 2013 4 月に低 K 血症,アルコール性肝炎, 肝性脳症のため,当院消化器内科入院。その際, 著明な肝・胆道系酵素上昇, Child-Pugh C 13 点)と,予備能の低下を認めていたが,入院を 契機に断酒を開始し,退院後も黄疸・肝胆道系 酵素は改善傾向にあった。 腎機能,尿所見は共に異常を認めていなかっ た。 6 月中旬頃から肉眼的血尿を認めるようにな り,7 月初旬,腎機能が急速に増悪し,当科紹 介受診。 既往歴:20 歳:アルコール依存症 32 歳:子宮外妊娠 40 歳:アルコール性肝硬変 48 歳:胃出血,大腸憩室症 生活歴:喫煙:5 本/日 17-51 飲酒:焼酎 5 合/日 20-51 内服薬:ウルソデオキシコール酸 600mg/ 日,葉酸 15mg/ 日,エソメプラゾールマグネ シウム水和物 10mg/日,フロセミド 20mg/ 日,d-クロルフェニラミンマレイン酸塩  12mg/ 日,アミノ酸配合製剤 入 院 時 身 体 所 見: 身 長:148cm, 体 重: 47.8kg(元々 45kg),意識:清明,バイタルサ イン:T 36.7℃ BP 110/70 mmHg HR 70 回/ min, 眼:眼球結膜黄染(-),眼瞼結膜貧血(-) 頸部:項部硬直(-),頸静脈怒張(-),リ ンパ節触知せず 胸部:心音清,心雑音(-),呼吸音清 腹部:平坦・軟,肝・脾臓は触れず,腹壁皮 静脈の怒張認めず 四肢:両側下腿浮腫を認める , 皮疹は認めず 1 第 61 回神奈川腎炎研究会 1

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Page 1: アルコール性肝硬変に合併し, ネフローゼ症候 …...アルコール性肝硬変に合併し,ネフローゼ症候群,急速進行性腎炎症候群を呈した

アルコール性肝硬変に合併し,ネフローゼ症候群,急速進行性腎炎症候群を呈した

肝性IgA腎症の1例

菊 池 寛 昭1  長 濱 清 隆2  中 村 真理子1

内 田 真梨子1  山 村 知 里1  平 澤   卓1

安 藝 昇 太1  青 柳   誠1  田 中 啓 之1

田 村 禎 一1

 病理コメンテータ   城   謙 輔3  山 口   裕4

(1 国家公務員共済組合連合会 横須賀共済病院 腎臓内科(2 横浜市立大学医学部 分子病理学(3 東北大学大学院医学系研究科 病理病態学講座(4 山口病理組織研究所

Key Word:アルコール性肝硬度,ネフローゼ症候群,急速進行性腎炎

症  例症 例:51歳,女性主 訴:肉眼的血尿現病歴:16歳から機会飲酒を開始,20歳で

アルコール依存症,40歳でアルコール性肝硬変と診断されたが,その後も飲酒を継続し,特に加療も行っていなかった。 2013年4月に低K血症,アルコール性肝炎,肝性脳症のため,当院消化器内科入院。その際,著明な肝・胆道系酵素上昇,Child-Pugh C (13点)と,予備能の低下を認めていたが,入院を契機に断酒を開始し,退院後も黄疸・肝胆道系酵素は改善傾向にあった。 腎機能,尿所見は共に異常を認めていなかった。 6月中旬頃から肉眼的血尿を認めるようになり,7月初旬,腎機能が急速に増悪し,当科紹介受診。既往歴:20歳:アルコール依存症    32歳:子宮外妊娠    40歳:アルコール性肝硬変    48歳:胃出血,大腸憩室症生活歴:喫煙:5本/日 17-51歳    飲酒:焼酎5合/日 20-51歳内服薬:ウルソデオキシコール酸 600mg/

日,葉酸 15mg/日,エソメプラゾールマグネシウム水和物 10mg/日,フロセミド 20mg/日,d-クロルフェニラミンマレイン酸塩 12mg/日,アミノ酸配合製剤

入院時身体所見:身 長:148cm, 体 重:47.8kg(元々 45kg),意識:清明,バイタルサイン:T 36.7℃ BP 110/70 mmHg HR 70回/min,整

眼 :眼球結膜黄染(-),眼瞼結膜貧血(-)頸部 :項部硬直(-),頸静脈怒張(-),リ

ンパ節触知せず胸部 :心音清,心雑音(-),呼吸音清腹部 :平坦・軟,肝・脾臓は触れず,腹壁皮

静脈の怒張認めず四肢 :両側下腿浮腫を認める,皮疹は認めず

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第61回神奈川腎炎研究会

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【尿定性】尿比重 1.008尿pH 5.5尿蛋白 3+尿潜血 3+

【生化学】赤血球 無数 /HPF白血球 5-9 /HPF硝子円柱 多数 /WF上皮円柱 10-19 /WF顆粒円柱 5-9 /WF赤血球円柱 1-4 /WF卵円形脂肪体 1+ /WF変形赤血球 +

【蓄尿】Cre 1日量 805.5 mg/日蛋白量 5.16 g/日Na 1日量 69.2 mEq/日

【その他】Selectivity 0.411FENa 3.9 %FEUN 51.7 %Na 1日量 69.2 mEq/日

尿検査所見

【血算】WBC 3900 /μlRBC 302 104/μlHb 8.6 g/dlPlt 7.8 104/μlMCV 93.4 fl

【生化学】TP 6.1 g/dlAlb 2.2 g/dlNa 138 mEq/lK 4.3 mEq/lCl 106 meq/lCa 8.4 mg/dlP 5.9 mg/dlUN 51 mg/dlCr 3.28 mg/dl

血清鉄 18 μg/dL総鉄結合能 296 μg/dLUA 8.2 mg/dLT-chol 149 mg/dLALP 419 U/LLDH 251 IU/LAST 32 IU/LALT 15 IU/LT-Bil 1.1 mg/dLCRP 0.28 mg/dLHbA1c(NGSP) 4.2 %

【凝固】PT-INR 1.13APTT 33.4 secD-dimer 2.71 μg/mL

検査所見

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図 3

PAM ×200PAS ×200

図 4

Trichrome, original magnification ×100

抗核抗体 陰性抗ds-DNA抗体 陰性

RA因子定量 14.0免疫複合体 陰性MPO-ANCA 1.0未満 U/mlPR3-ANCA 1.0未満 U/ml抗GBM抗体 2.0未満 U/mlM蛋白 陰性クリオグロブリン 陰性

HBsAg 陰性HCVAb 陰性HIV 陰性

IgG 1476.8 mg/dlIgA 823.7 IU/mlIgM 68.8 IU/mlCH50 37.7 CH50/mlC3 62.4 mg/dLC4 12.2 mg/dL

免疫学的検査所見

胸部X線、腹部CT

胸部X線 腹部CT

図 1

periodic acid‐Schiff (PAS), original magnification ×100

図 2

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IgM

C1qC4

IgG IgA

C3

図 5

図 6

κ λ

IgA1 IgA2

図 7

(original magnification ×5000).

図 8

0

2

4

6

8

10

12

0

1

2

3

4

5

6

07月04日 08月13日 09月22日 11月01日

m PSL semi PULSE

CY 600mg pulse

腎生検 ②

PSL 30 25 20

腎生検① Cre (mg/dL)Alb (g/dL)

尿蛋白 (g/日)

図 9

初回

2回目

図 10

初回

2回目

PAS×200 PAM×200

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図 11

初回 2回目

図 12

肝性IgA腎症

• 1942年 Horn,Smetanaらが肝疾患と糸球体病変の関連を指摘

Horn RD Jr et al . Am J Pathol 1942;18: 93‐102

• 肝硬変における糸球体病変は50%以上に認められる

Newell GC. Am J Kidney Dis 1987;9: 183‐190

• 特にアルコール性肝硬変において、糸球体にIgA沈着を認める傾向

Sinnah R. Histopathology 1984; 8: 947‐962

• ネフローゼ症候群や腎機能障害を呈する例は比較的稀

• 肝疾患患者のうち1.6%がネフローゼ症候群様の変化を呈する

Nakamoto Y et al. Virchows Arch A Pathol Anat Histol 1981; 392: 45‐54

• 腎不全を呈する症例では、組織学的に膜性増殖性変化を呈する

Newell GC. Am J Kidney Dis 1987;9: 183‐190

臨床像は典型的な経過とは異なるが、重度の腎機能障害を呈した肝性IgA腎症と診断してよいか否か

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討  論 菊池 横須賀共済病院腎臓内科の菊池と申します。よろしくお願いします。 症例は,51歳の女性です。主訴は,肉眼的な血尿です。 現病歴です。16歳から機会飲酒を開始,20歳でアルコール依存症,40歳でアルコール性肝硬変と診断されましたが,その後も飲酒を継続し,特に加療も行われておりませんでした。2013年4月に低カリウム血症,アルコール性肝炎,肝性脳症のため当院の消化器内科入院。その際に,著明な肝胆道系酵素の上昇,Child-PughがCと肝の予備能の低下を認めておりましたが,入院を契機に断酒を開始し,退院後も黄疸や肝胆道系の酵素は改善傾向にありました。 腎機能と尿所見は,共にこの時点では異常を認めておりませんでした。しかし,6月の中旬ごろから肉眼的血尿を認めるようになりまして,7月初旬,腎機能が急速に増悪し,当科紹介となりました。 既往歴は,アルコール依存症,アルコール性肝硬変などがありまして,飲酒に関しては,ざっとなんですけれども焼酎5合を20歳から51歳ぐらいまで毎日のように飲んでいらっしゃったということです。 内服薬は記載のとおりです。 入院時の身体所見です。特記すべきこととしましては,両側の四肢に下腿浮腫を認めまして,それ以外は,異常は認められませんでした。 尿検査所見ですが,尿蛋白・尿潜血が3+,赤血球円柱,変形赤血球なども認められました。蓄尿で蛋白量は5.16g/日とネフローゼレンジの蛋白尿を認めました。 血算では,恐らくは鉄欠乏性貧血と思われますヘモグロビンが8.6g/dlと低下しておりまして,また肝硬変の影響と思われますが,血小板数の低下,そしてアルブミン値が2.2g/dlと低値を示しておりまして,クレアチニンは

3.28mg/dlと上昇しておりました。また,INRは1.13と延長を認め,恐らく肝硬変の影響が疑われました。 免疫学的検査所見ですけれども,抗核抗体や,double-stranded DNAといったところは陰性で,ANCAなども陰性でした。また,cryoglobulinも陰性でございました。IgAが823mg/dlと高値を認めておりまして,C3が62.4mg/dlと低値を認めました。 胸部エックス線上は,CTRの拡大がありますが,そこまで異常は目立ちませんが,腹部CTでは肝の辺縁がdullになっておりまして,また腹水の貯留,脾腫大を認めまして,肝硬変の所見として矛盾しないと考えられました。 腎生検を施行しました。全部で26個の糸球体が取れておりました。糸球体ではmesangium領域の拡大が目立ちました。間質では,単核細胞の浸潤,浮腫,線維化が目立ちましたが,血管病変はあまり目立ちませんでした。 IFで は,IgAとC3がmesangium領 域 に 陽 性でした。κ・λでは,κが優位でありまして,IgA1,IgA2は同等に染まっておりました。 電子顕微鏡ですが,内皮下では,mesangium領域にdepositの沈着を認めておりまして,上皮の空胞変性や,microvillous transformationを認めておりました。 臨床経過です。以上から,急速進行性糸球体腎炎,ネフローゼ症候群を合併した肝性 IgA腎症と診断し,ステロイドのハーフパルスと,ステロイドの内服30mgでの投与を開始しましたところ,こちらになりますが,尿蛋白とクレアチニンが青,アルブミンが赤,尿蛋白が下の緑のところになりますが,腎機能と尿蛋白に関してはステロイド投与後改善が認められました。 しかし,1カ月半たってかなり改善を認めたのですが,これ以上の腎機能の改善は,ステロイド単独では難しいと考えまして,IVCY(シクロホスファミド大量静注療法)を1回施行したうえで,腎生検の2回目をここで施行しております。

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 初回腎生検が上,2回目の腎生検が下になっておりますが,一番大きな変化としましては,サンプリングエラーの可能性もあるかもしれませんが,間質の浮腫が,初回に比べて2回目のほうが改善している印象,また,単核細胞の浸潤も改善している印象でした。糸球体に関しましては,初回も,2回目もmesangium領域の拡大はありまして,大きな変化は認められないと考えました。 電子顕微鏡ですが,内皮やmesangium領域にdepositを認めており,足突起の癒合も大きな変化がないと判断しました。 IVCYをさらに2回追加しまして,腎機能は,クレアチニンは改善して,尿蛋白も消失しました。  肝 性 IgA腎 症 で す が,1942年 にHornやSmetanaらが,肝疾患と糸球体の病変の関連を指摘したのが初めてとされます。肝硬変における糸球体病変は,50%以上に認められますが,特にアルコール性肝硬変において,糸球体にIgA沈着を認める傾向にあるとされます。 しかしながら,ネフローゼ症候群,あるいはRPGNを呈するような症例は比較的まれでありまして,肝疾患の患者さんのうち1.6%がネフローゼ症候群様の変化を呈するともされます。また,腎不全を呈する症例では,組織学的には膜性増殖性変化を呈することが多いとされます。 以上から,臨床像は典型的な経過とは異なりますが,重度の腎機能障害を呈した肝性 IgA腎症と診断してよいか,否か。この場をお借りして相談させていただけましたらと思います。よろしくお願いいたします。座長 ありがとうございました。病理のほうは後ほどディスカッションいただくとして,ここまでの臨床経過で,何かご意見やご質問はありますでしょうか。どうぞ,城先生。城 患者の来院のときは,もうnephrotic rangeの蛋白尿ですね。6月にはほとんど尿変化がなかったということで,ネフローゼは,2カ月間

で発症したというふうに考えるのですか?菊池 そうですね。最初,消化器で入院したときは,全く尿蛋白は出ておりませんでしたので,少なくとも5月の時点ではなくて,7月ではネフローゼになったという意味では2カ月の間だと思います。城 CRPを示標とした感染症の疑いはいかがですか。菊池 感染症は,そのときは否定的でございまして,特に何も感染はなかったと思います。城 先生のデータにCRPはありましたか。菊池 そこにありませんが,今お出しします。城 0.28ですか。高くなっていないですね。菊池 はい。城 薬剤の影響ですけれども,先生の呈示されている中に,腎障害に関係のある薬剤は何かありますか。菊池 これに関しては,エソメプラゾールとか,そういったところに関しては,確か薬剤性の腎機能障害を呈し得る報告なんかもあるのかなと思うのですが,比較的長期に使われておりましたので,特別,今回のネフローゼ症候群とは関係ないのかなと考えました。城 急激に腎機能が悪くなっていることとネフローゼ発症との臨床的な関連は,如何でしょうか?菊池 腎機能に関しましては,確かに尿蛋白が高度に認めたということや,もともとなかったような赤血球円柱とか,沈渣が派手に出たということから,やはりRPGNを呈して,急速進行性糸球体腎炎,肝性 IgA腎症から来たものじゃないかなと臨床的には判断しました。鎌田 聞き逃したのかもしれませんが,糸球体全体のうち,glomerulosclerosisのパーセントと,半月体形成のパーセントは,どのくらいでしたでしょうか。菊池 ほとんど半月体は認められませんでした。具体的には今すぐ申し上げられなくて,申し訳ないです。鎌田 本例は,50%以上の糸球体に半月体があ

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る,いわゆるRPGNと診断できるような範疇にはなくて,びまん性のmesangium増殖の範囲の糸球体病変であって,所々にcrescentが見られる状態ですか。菊池 そ う で す。 ほ と ん ど こ の よ う にmesangium領域の拡大だけで,あまり半月体の形成とか,多くは認められなかったと記憶しております。鎌田 分かりました。座長 ほかにいかがでしょうか。もう1回臨床経過をまとめさせていただきますと,2013年5月までは,腎機能と尿所見ともに正常だったということですね。菊池 はい。座長 それから,アルコール,焼酎5合を30年ぐらい飲んでいたということですが,禁止されたのはいつからなんですか。菊池 今回の消化器内科での入院を契機に禁酒しております。座長 そうすると,直前というわけですよね。腎機能が悪くなる4月まで飲んでいたと。菊池 飲まれていました。座長 山口先生。山口 普通,IgAは,A1,A2は,血中は,普通ルーティンで測っています? どうなんですか。 例えば,アルコールだとA1が非常に多くなるといわれていますよね。この症例の,先生のほうがどうなんでしょうか。普通の IgA腎症に比べて,A1,A2の比率が異常に高いとか,そういう結果はあるのですか。菊池 すみません。採血において,IgA,IgA2のほうは採っておりませんでして,比率に関しては,この場で言及できません。木村 聖マリアンナ医科大学の木村です。 IVCYを3回やられていますね。IgA腎症には普通はやらないと思うのですけれども,血管炎によるRPGNであれば,適応があるだろうと思うのですけれども,その血管炎らしいことを,臨床的に,あるいは,後で病理の先生からコメントがあるかと思うのですが,病理学的にも何

か血管炎らしいという所見があって,IVCYをやられたのでしょうか。菊池 1つは,病理学的に根拠があってやったというよりは,もともとのRPGN,血管炎の治療ガイドライン,過去に日医の先生方が,2011年ぐらいに,ステロイドとミゾリビンを併用した治療を行っていたところを参考にして IVCYを開始しました。木村 臨床的な所見からということですね。菊池 そうです。木村 ありがとうございます。城 アルコール性肝障害なんですけれど,アルコール摂取だけで肝硬変になる場合と,途中で肝炎を合併する症例もあると思うのですが,この症例は,HCVとHBVは,両方とも陰性だったのですか。菊池 そうです。陰性です。城 ウイルス性の肝炎の合併は,この症例はなかったと言ってよろしいですか。菊池 否定的と考えております。座長 どうぞ。細川 肝硬変だと,アルブミンの合成能がだいぶ低下していると思うのですが,ICGテストなどは行っているんでしょうか。菊池 今回は施行しておりません。細川 腹水も認めているんですか。菊池 そうです。腹水は,CT上もかなり強く認めておりまして,入院したときに,実は48kgだったんですが,さらに浮腫がひどくなって,腹水もひどくなって,一旦58kgまで増えたという経過もあります。細川 まるで禁酒したら悪化しているような感じを受けるのですが,肝腎症候群の増悪とか,レニン-アンジオテンシン系なのかなどの推測はいかがでしょうか。菊池 肝腎症候群の可能性も考えたんですけれども,肝腎症候群は,主には腎前性の影響が強いとされて,FENaや,FEUNのほうも評価したんですけど,こちらに関しては,あまり腎前性を示唆するものではなかったということ。あ

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るいは,尿所見などからは,肝腎症候群よりも,それ以外の糸球体腎炎の可能性が強いと考えました。座長 ほかにいかがでしょうか。どうぞ。鎌田 この方は,入院後に帰宅されてからの発症と考えていいんですね。菊池 そう思っております。鎌田 そうすると,入院中には断酒していて,おうちに帰ってからも断酒は続けていられたのでしょうか?菊池 消化器内科で退院した後は,飲酒は一切されていなかったと。鎌田 されていない。菊池 はい。鎌田 何か薬剤を飲まれたということはありませんか。菊池 それもなしでございます。鎌田 ないのですか。菊池 はい。座長 ほかにいかがでしょうか。福島 重井医学研究所の福島といいます。 この方のアルコール性肝硬変というのは,食道静脈瘤があったんでしょうか。2カ月前に激しい黄疸を伴う,胆道系酵素がすごく上がるような,どちらかというとアルコール性肝炎といいますか,血中に IgAが非常に負荷された状況があるかと思います。急性のアルコール性肝炎に続発して,これが起こったと理解していいでしょうか。菊池 最初にご質問をいただいた点で,静脈瘤に関してはあったということで,そちらに関しては消化器内科のほうで指摘されています。程度に関しては,私の勉強不足で細かく申し上げられないのですが,軽度であったというコメントをいただいております。 今回のことに関して,肝炎の程度をどのような感じで評価をすればよいか分からないのですが,ChildがCであったということは,確かにアルブミン値などは参考にならないところもあるのかもしれないですけれども,予備能の低下

はかなり強かったといわれております。座長 GOT,GTPの値が,どのぐらいまで上がったとか,胆道系酵素がどのぐらいまで上昇したかというのは,いかがでしょうか。菊池 すみません。今,この場では覚えておりません。申し訳ございません。座長 何百という値まで上昇したというふうに。菊池 だったと思います。座長 考えてよろしいですね。菊池 はい。座長 このときのCRPは0.2ですけれども,そのときは,CRPの上昇もあったと考えていいのでしょうか。高い炎症反応があったということでしょうか。菊池 そうですね。座長 そうすると,アルコール性の肝炎といってもいいような状態だったかもしれないということでしょうかね。 ほかにいかがでしょうか。 先ほど演者からもありましたけれども,通常,アルコール性の IgA腎症というのは,そんなに重症にならないことが多いと文献的にはありますけれども,この症例はどうして,ネフローゼになり,RPGNを呈したかというところがポイントになると思います。 ほかには,よろしいでしょうか。そうしましたら,病理のほうを,よろしくお願いします。城 アルコール性肝硬変,それから,ネフローゼ症候群,急速進行性糸球体腎炎症候群,肝性 IgA沈着症というキーワードが出ております。1回目の生検ですが,尿細管の萎縮があり,間質に少し浮腫があって,しかも炎症細胞浸潤がある。約30%ですね。それから,Tamm-Horsfall proteinが,遠位尿細管に貯留しているところがあります。 この糸球体に半月体形成がありますけれども,ここだけだったと思います。 五十何歳かの女性ですけれども,動脈系はきれいです。

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 これは銀染色,先ほどの連続切片ですけれども,半月体形成が見られます。背景となっている糸球体基底膜ですけれども,部分的には二重化があります。 間質,尿細管のほうですけれども,尿細管は壊死を示し,あるいは尿細管管腔内に壊死物が充満し,そこにTamm-Horsfall蛋白が絡んでいるようなcastがあります。間質は,やはりedemaが強いと思います。 糸球体毛細血管管腔内では好中球もありますけれども,大半はmacrophagesの浸潤です。一部癒着もあります。 AとC3,そしてκとλが陽性です。κが優勢です。 電顕で見ますと,この場所は好中球の浸潤が結構強いところが撮られております。ここもそうです。好中球浸潤を伴う管内増殖性病変です。光顕ではあまり好中球は強く出ておりませんでしたが,電顕のレベルでは,管内性病変の強いところが撮影されております。 ここではparamesangium,mesangiumに沈着物がある。IgA腎症の所見に相違はない電顕所見です。 この写真では,尿細管傷害のひどいところを撮ったんだろうと思います。壊死があって,管腔の中にcastがあります。 以上,全節性硬化が11%。mesangium細胞増多が約30%,管内性も30%,半月体が1個,分節性硬化が1個,癒着が3個あります。糸球体基底膜ではdiffuse segmentalに二重化があって,spike,bubblingはない。糸球体の大きさでは,腫大はないです。尿細管萎縮は30%で,リンパ球が主体,好酸球はありませんが,好中球が出ております。赤血球円柱もあります。Tamm-Horsfall円柱もある。しかし尿細管炎はありません。小葉間動脈では軽度の線維性内膜肥厚,輸入細動脈には異常はありません。 免疫所見では,IgA,C3が沈着し,κ優位の沈着があったということで,IgA沈着症,あるいは IgA腎症の巣状mesangium増殖性腎炎のタ

イプであろうと思います。IgA,C3,κ,λは末梢係蹄にも付いています。 IgAの付き方を見ますと,糸球体末梢係蹄にも付いてきているところがありますので,部分的に IgA腎症のMPGNのタイプではないかと思います。原因は,肝硬変かもわかりませんが,形態的には IgA腎症の focal MPGNタイプで説明がつくと思います。 1回目の診断です。尿細管間質障害を臨床的にどう説明するかが問題となります。2回目ですけれども,ほぼ1回目と変わりません。半月体が少し古くなってきております。癒着もあって。 すみません。山口先生のご説明がありますので,ちょっと急ぎます。 尿細管の障害も,castも同じようにあります。糸球体管内性病変は,まだ引いておりません。 免疫染色です。パターンは,1回目と2回目は特に変わりません。電顕で見ますと,depositが少し多くなったかなと。それから,やはりmesangium interpositionがあって,基底膜の二重化を起こしているところがあります。管内性病変も見られます。 2回目ですけれども,mesangium細胞の増多。1回目は30%ですけれども,今回は22%,ほぼ変わりません。それから,管内性病度が少し強く出てきているんでしょうか。半月体の増加はありません。癒着も11%。1回目,2回目はほとんど変わらないんじゃないかと思います。 演者も言われたように,間質の浮腫は消えてきております。尿細管間質傷害度は20%に引いてきております。少量の好中球浸潤があって,依然,Tamm-Horsfall proteinの円柱が見られます。血管系は特に変わりません。 1回目との比較では,少し内皮下沈着物が増加,そしてmesangium嵌入が目立ってきているのではないかと思います。アルコール性肝硬変を合併した肝炎関連腎症との関連ですけれど,IgAが高くて,IgA沈着症といってもいいのかも知れません。C3も沈着しておりますし,IgA

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腎症のサブタイプとしての focal MPGN型と言ってもいいのではないかと思います。 問題は,急速な腎機能の低下との関連ですが,尿細管間質障害が最初から出現しており,浮腫もあるということで,何かの感染症との関連をどうしても疑います。 糸球体毛細血管管腔の中に,電顕で特に目立ったのですけれど,好中球が強く出ておりました。通常の IgA腎症,ないしは肝炎に伴うIgA沈着症では,こんなに強い管内増殖性の炎症は出てこないと思いますので,何か感染との関連を考えてもいいのではないかと思います。 管内増殖性腎炎があって,しかもステロイドにレスポンスがあったということで,急激なネフローゼは,背景に IgA沈着症,あるいは IgA腎症のMPGN型があったとして,そこに感染性の管内増殖性変化が加わったことが,一過性の強いネフローゼを起こして,しかもそれが治療に反応したことを説明できるのではないかと思います。 ただ,それに対して IVCYを使ったという症例は,私自身は経験しておりません。以上です。座長 どうもありがとうございました。続きまして,山口先生,よろしくお願いいたします。山口 城先生と基本的に大きな違いはないのですが,今,IgA関連腎炎と言いますか,primary,あるいは secondary,あるいは持ち込みの IgA腎症,いろいろなheteroでない事案ですよね。やはり,そのへんを,順天堂の人たちが,この間KIで,galactosidase,IgAに対する自己抗体みたいなもので,IgA腎症のアクティビティを見られるというペーパーも出ていましたけれども,今後そういういろいろなデータからも,classicalなものと,secondary,あるいは関連腎炎というものを正確に診断してこなくてはいけないと思います。

【スライド01】城先生はこれをTamm-Horsfallと言ったんだけれど,赤血球の円柱です。赤血球の塊ですから,赤血球円柱が比較的多発して目立っています。時々,この赤血球円柱によって

尿細管上皮が障害を受けてARFを起こすということが,われわれも,経験であります。 それから,間質炎も意外と幅が広く起きています。一部fibrinが出るようなvasculitisも見られています。

【スライド02】crescentの数が,私は数個あったように思うのですが,このようなcellularな半月体です。それから,管内増殖で,先ほど見たときに電顕で見られ,PASだと,どういうわけか管内の細胞がどこかへ消えてなくなってしまうのです。 以前から,私自身,EM,グルタルですぐ固定するのと,ホルマリンで固定するのとちょっと時間的な差異があるわけで,もしかしたら,遊走性のある細胞は出ていってしまうのかなと。ちゃんとロジカルに追求しないといけないわけです。ボウマン嚢が壊れて断裂しています。そうすると,これはfibrous crescentの可能性も否定できないわけです。

【スライド03】赤血球円柱が,多発している。ここも癒着があるのですが,ここはちょっとcellularな反応が,やはりあります。crescentと思います。

【スライド04】ややfibrousなelementが加わっています。赤血球円柱がたまってきています。尿細管上皮が扁平化しています。

【スライド05】cellular crescentのところです。mesangial depositはありそうで,癒着もあって,二重化はそんなに際立たない。mesangiumの軽い増殖はあると思います。

【スライド06】管内に多核球が混ざっています。ただ,電顕で見ると,この比じゃないんです。discrepancyをどういうふうに見極めていく必要があると思っています。

【スライド07】髄質で赤血球円柱が壊れて間質に炎症が起きています。

【スライド08】尿細管上皮の,少し扁平化があって,一部crystalな間質性の沈着があります。これは,理由はよく分かりません。

【 ス ラ イ ド09】G,Aがmesangialで, 一 部

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peripheralです。C3も似たパターンで,普通,classicalですと,IgA1でλが強いのが一般的です。κが弱いのは,classicalな IgAです。そうすると,唯一違うのは,κがちょっと強いという点です。

【スライド10】長濱先生に2回ぐらい送ってもらったんです。A-1が優位だと彼らが言っているので,本当なのかなといって,A1,A2を送ってもらいました。これは両方,少し陽性なようで,A1優位とはちょっと言えないように思います。

【スライド11】もう1枚送ってもらったんですが,A1,A2は,言えないです。

【スライド12】電顕でこんな状態です。好中球優位にmacrophagesも一緒に混ざっています。それも,毛細血管腔が見えないぐらいにいっぱいになってしまっているんです。こんな像は,光顕では見られていません。

【スライド13】管内増殖で,恐らくmesangiumの領域にまで好中球とかも入り込んできているんだろうと思います。

【スライド14】paramesangial,mesangial,それか ら,subendoでmesangial沈 着 と interpositionがあります。一部,内皮下に沈着が強いです。

【スライド15】内皮下の浮腫が一部強いところです。washed outされたのか,内皮障害が出ています。

【スライド16】cell debrisと赤血球です。上皮障害があって,遠位系の尿細管内に集まっているのだろうと思います。

【スライド17】endocapillary mesangial proliferative glomerulonephritisで,classicalな IgAと は い えない。IgA関連腎炎とpatchy tubular injuryで赤血球円柱,calcinosisがあり,典型的なものとは言い難いと思います。

【スライド18】2回目のは治療後で,尿細管間質がだいぶよくなっています。赤血球円柱はやはり目立つんです。

【スライド19】crescentの数が3個ぐらいです。【スライド20】赤血球円柱が目立って,尿細管

間質炎が軽くなっていると思われます。【スライド21】再生性の尿細管の変化が出てきています。尿細管上皮にprerenalなのか,何らかの障害があったことは間違いない。

【スライド22】癒着があって,糸球体もあまり増殖性の変化がなくて,ここにcrescentがあります。

【スライド23】mesangiumの拡大よりも,内腔で一部二重化がある。

【スライド24】主に IgA,C3,peripheral,比較的優位で,mesangiumにも出ている。

【スライド25】電顕では,管内増殖が,まだ一部macrophages系が少し入り込んで,subendoでmesangial interpositionがある。

【スライド26】内皮下に明らかな沈着があって,mesangium領域から内皮下にかけてmesangial interpositionが見られていると思います。

【スライド27】interpositionがあちこちに,確かに好中球も出ています。

【スライド28】depositがあります。【スライド29】interpositionです。【スライド30】ちょっと多過ぎたですね。【スライド31】全体的にマイルドで,endocapillary

mesangialで,double contourも あ る。tubular regenerativeな変化があって,IgA classicalなものとは違うということです。

【 ス ラ イ ド32】 文 献 で, 最 近 の『Kidney international』に,アルコールによるものと,primaryな IgAを組織学的に比較したものです。そうすると,IgA腎症と同じように,アルコール性肝硬変でも IgAがついてくる。CD71というのをやると,意外と陽性になりやすいという文献で,これは長濱先生に染めるように言ったのですが,なかなかできないということだったようです。 それから,Ki-67は分裂マーカーですが,先ほど城先生が言ったように,肝性 IgA沈着症ですと,あまり増殖性の変化はないのが一般的なのです。通常の IgAのほうが圧倒的に多いといわれています。そうすると,この症例はアルコー

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ル性だけで説明できる症例ではなさそうであると思います。

【スライド33】文献で,日医の先生たちが,臨床的にRPGNを採って,治療でよくなってしまった症例を2例出しています。腎機能も元に 戻 っ た。 一 部crescent formationが あ っ て,ascitesも戻った。この症例はclassicalな IgAともアルコール性ともいえない。肝硬変状態ですといろいろなことが起きますので,そういった症例になるのかなと思います。以上です。座長 ありがとうございました。お2人ともMPGN様の激しい管内増殖を伴う腎炎で,間質には著明な赤血球円柱を伴うような腎炎もあるということですね。今までのところで,何かご意見,ご質問はありますでしょうか。乳原 虎の門病院の乳原です。 以前から私も,アルコールの肝障害と,HCV,HBVの肝障害。HCV,HBVにも IgA腎症はかなりの頻度で出てきますから,その IgAのどこが違うのか。肝障害というものに共通のIgAなのか,それとも原疾患,アルコールというものがどのぐらい関係しているか,ということは常日ごろ考えていたんですけれども,ちょうど先生が今出された症例の中で,IgA値が臨床的にいえば800ということなんです。 私たちは,BとCの人で,IgA腎症が出た人を整理してみますと,300とか400ぐらいまでしかないんです。ですから,IgA腎症で,IgAが500を超えるというのはまずない。大体,そういう場合はアルコールが絡んできているということで,やはりアルコール性特有のものが,このBとCの IgA腎症の差になるんじゃないかなと思っていました。 もう1つは,アルコールの肝障害の腎組織像はあまり出てこないので,見せていただけないのですけれども,何人か私たちで経験しております。ちょうど3年ぐらい前に,腎臓学会のコンサルテーションで出したことがあるんですけれども,そのときに私たちが注目したのは,かなり大粒の沈着物だということで,普通の IgA

腎症よりも,係蹄の内皮下にもすごいdepositがあるということでした。これが特異なのかどうかということで意見をいただこうかと思ったのですけれども,誰も意見を言ってくれなかったので,一般的ではないのかなと思ったのです。 最近また,同じようにかなり大粒の沈着物で,誰が見てもこれは変だと,wire-loopみたいなでかいのがあるということで,アルコールの IgA腎症とはこういうものかと思ったのです。 実際に今回のでは,光顕ではそれほど大粒のものはなさそうですが,電顕では係蹄内皮下に結構大粒のものがありそうなので,通常の IgA腎症とはちょっと違った変化を示すのかなということを感じました。 それからもう1つは,以前,アルコールということで,虎の門病院の病理の原満という先生が,本当かどうか分かりませんが,コメントしてくれたことがありました。アルコールの場合には,組織障害は線維化なんだと。ですから,肺は間質性肺炎を起こすし,肝臓も線維化で肝線維化症。膵臓も線維化だと。腎臓も線維化病変が強いんだということを言われていて,以前は,線維化,間質病変が強いのはアルコールの特徴だと思っていたんですが,今回を見ると,もしかしたらそれも当たっているかもしれないなと思いました。 もう1つは,治療です。治療が,私たちも実際には,普通の IgA腎症でアルコールの人でステロイドが本当に効くのかどうかというのですけれど,実際によく効くのです。この症例も恐らくよく効いたので,諦めずにやると,かなり腎機能はよくなってしまう。 それで,rebiopsyreが1カ月以内ぐらいで短期間だったのですけれども,1年ぐらい置いてやると,見事にdepositがなくなってしまっています。もし1年たったときにもう1回やっていただけると,本当にこの症例は IgAだったのだろうかと。通常の IgA腎症では1年たってもそんなには消えないので,原発性の IgAとはどうも違うということがありましたので,ちょっ

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とコメントをさせていただきました。座長 ありがとうございました。城先生。城 IgAが800ぐらい,それから,先ほど臨床から出ました胆道系の酵素,アルフォスが419です。このような胆道系の酵素,それから,恐らく分泌型の IgAが血中に上がってくる。この徴候は,かなり長いスパンのものなのか,あるいは今,乳原先生がおっしゃった,急激に上がってきたものなのか,そこらへんはどうなのでしょうか。 2ポイント,3ポイントで測っていらっしゃるかどうかです。菊池 今回の腎臓内科に入院になる前の IgAのデータはなかったのですが,治療を開始して3カ月後の IgAでは,300ぐらいまで改善していたということです。以前の,それより前のデータはなかったんですが。城 アルフォスはどうですか。胆道系の酵素のほうは。菊池 すみません。今は覚えておりません。鎌田 この症例は,急速進行性腎炎症候群,血尿で,血清クレアチニン値が3.11まで上がっています。この重篤な腎機能障害の原因を糸球体病変に求めるのか。それとも,尿細管間質性腎炎,あるいは尿細管壊死というものに求めるのか。それとも,ネフローゼになっているためのprerenal factorに求めるべきか。 血清Cr値3.11は重篤だと思うのですけれども,これを組織のうえから説明することが可能でしょうか。教えていただければと思います。城 糸球体病変からは,なかなか難しいです。crescentがこの症例は1個,山口先生は3個ということですが,それがある。それから,尿細管の障害もありそうだと。それから,cast。これは赤血球円柱もありますが,Tamm-Horsfallによる円柱もあると思います。さらに尿細管の壊死もあるということで,恐らく主軸は間質,尿細管でしょうけれども,じゃあ糸球体の関与がないかというと,crescentがあって,endocapil-laryの要素が加わった場合に,急性腎炎症候群

だって一過性に腎機能低下がくることもありますので,以上の3つの要素が複合的に影響したのではないかと私は思います。座長 山口先生,いかがでしょうか。山口 赤血球円柱による急性腎不全です。何例かわれわれは経験しています。GBMの断裂で赤血球円柱でARFを起こし,臨床的にも血尿がわっと出たようなことを言っていますので,1つは,赤血球円柱による尿細管障害が大きいように思います。座長 ありがとうございました。糸球体と尿細管の障害と両方が合わさっていたのかもしれないということですね。 ほかに何かありますでしょうか。よろしいでしょうか。そうしましたら,時間も超過していますので,菊池先生,ありがとうございました。

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第1回目生検

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IgA C3

κ λ

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IgA1IgA2

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IgA1IgA2

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病 理 診 断 (I-1-1)1. Endocapillary & mesangial proliferative glomerulonephritis with cellular crescents and

double contours (IgA-related nephritis, probable)2. Patchy tubular regeneration with intratubular RBC casts, moderate 3. Nephrocalcinosis and interstitial THP deposits, mild

cortex/medulla= 5/5, global sclerosis/glomeruli= 4/27光顕では、糸球体には管内浸潤やメサンギウム増殖を認め、係蹄壁の二重化を伴い、3ヶに半周に及ぶ細胞性半月体が見られ、2ヶに癒着を伴っています。皮髄質部に亘り新旧の血球円柱が多発し、尿細管内に上皮の脱落や顆粒或いは硝子円柱が散在し、尿細管上皮の再生変化を認め、一部ではTHP間質逸脱を伴っています。間質にも小石灰化巣が散在し、単核球や多核球浸潤を散在して認めます。中位動脈硬化と細動脈硝子化を軽度認めます。

蛍光抗体法では、IgA(+), IgA1(±), IgA2(+), C3(+), κ(+), λ(±): mesangial & peripheral patternです。

電顕では、観察糸球体は管内に好中球や単核球など浸潤が目立ち、内皮下沈着物や内皮

下浮腫が見られ、メサンギウム間入を認めます。メサンギウム域には傍メサンギウム域と基質に沈着物を認め、メサンギウム細胞増生と基質増加が見られます。尿細管系には近位尿細管に上皮に変性や剥脱が見られます。

以上、定型IgA腎炎とは言えず、上記の診断が考えられ、血球円柱が散在し、肝腎症候群などが加わって尿細管間質障害で急性腎不全を呈したと思われます.

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第2回目生検

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C3IgA

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病 理 診 断 (I-1-2)1. Mild endocapillary & mesangial proliferative glomerulonephritis with crescents and

double contours (IgA-related nephritis, probable)2. Patchy tubular regeneration with nephrocalcinosis and intratubular RBC casts, moderate

cortex/medulla= 9/1, global sclerosis/glomeruli= 2/16

光顕では、糸球体には軽度の管内浸潤やメサンギウム増殖を認め、係蹄壁の二重化を伴い、2ヶに半周に及ぶ線維細胞性半月体が見られ、2ヶに癒着を伴っています。皮質部に新旧の血球円柱が散在し、顆粒或いは硝子円柱が散見し、尿細管上皮の再生変化を認めます。間質に小石灰化巣が散在し、単核球や多核球浸潤を散見して認めます。中位動脈硬化と細動脈硝子化を軽度認めます。

蛍光抗体法では、IgA(+), C3(+): mesangial & peripheral patternです。

電顕では、観察糸球体は管内に好中球や単核球など浸潤が所により認め、内皮下沈着物や内皮下浮腫が見られ、メサンギウム間入が目立ちます。メサンギウム域には傍メサンギウム域と基質に沈着物を認め、メサンギウム細胞増生と基質増加が見られます。尿細管系には近位尿細管に上皮に変性や剥脱が見られます。

以上、上記の診断が考えられます。

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Nihon Jinzo Gakkai Shi. 2011;53(1):60-7.[Two cases of rapidly progressive nephritic syndrome complicated with alcoholic liver cirrhosis]. It has been reported that glomerulosclerosis with IgA deposition is likely to be complicated with alcoholic liver cirrhosis. On the other hand, it is said that complications of nephrotic syndrome or rapidly progressive glomerulonephritis (RPGN) are relatively rare. We experienced two patients with alcoholic liver cirrhosis complicated with RPGN syndrome who had obtained favorable outcomes through the use of steroids and immune system suppressors. Case 1 was a 55-year-old male. He was being treated for alcoholic liver cirrhosis, but as bloody urine was noticed macroscopically, his renal function rapidly decreased. Specimens from a renal biopsy showed endocapillary proliferative lesions accompanying necrotic lesions. Granular deposition of IgA (IgA1) and C3 was seen along the capillary walls and in the mesangial areas. After the combined treatments of bilateral palatotonsillectomy, three courses of steroid semi-pulse therapy and post-therapy with steroids and mizoribin (MZR)were started, his hematuria and proteinuria disappeared and renal function improved markedly. Case 2 was a 37-year-old male with alcoholic liver cirrhosis complicated with hepatic encephalopathy. Although he was being treated at another hospital, nephritic syndrome occurred with rapidly worsening renal function and massive ascites. After continuous drainage of the ascites, we performed a renal biopsy. Mild proliferative lesions and notable wrinkling, thickening and doubling of the basal membrane were seen. Crescent formations were found in about half of the glomeruli. The fluorescent antibody technique showed positive pictures of IgA (IgA1) and C3. When three courses of steroid semi-pulse therapy and post therapy with steroids and MZR were combined, his proteinuria and serum Cre level decreased and stagnated ascites markedly decreased. The two cases were diagnosed as having secondary IgA nephropathy induced by the deposition of the IgA1 derived mainly from the intestinal tract, which had increased in the blood due to alcoholic liver cirrhosis. Active use of immune system suppressor therapy was effective.

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第1回目 腎生検

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第 回目

κ λ

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<免疫>・ ・κが優性で、λがメサンギウム領域ならびに糸球体末梢毛細血管係蹄に

顆粒状に弱陽性。 腎症の 型に 。<電顕 >

と思われる がメサンギウム領域・傍メサンギウム領域・内皮下に見られ、それに伴いメサンギウム間入が見られる。 腎症 型に 。一部に著明な好中球の浸潤巣があり、感染性腎炎の合併の可能性があり。

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<光顕>標本は 切片採取。糸球体全節性硬化: 個 。残存糸球体において、メサンギウム細胞増多を 個( 、管内性細胞増多を 個( )。半月体形成 個(5%)、分節性硬化 個(5%) 、虚脱はない。癒着を 個 。糸球体基底膜は肥厚し、 に二重化、 ならびに はない。糸球体の腫大はない(200μm)。尿細管・間質尿細管の萎縮ならびに間質の線維性・浮腫性拡大中等度( )、同域にリンパ球浸潤を 。好酸球なし、一部に好中球の浸潤と赤血球の出血巣。炎症細胞の拡がりはびまん性。尿細管炎はない。急性尿細管壊死( 円柱)

血管系小葉間動脈に軽度の内膜の線維性肥厚、輸入細動脈に異常なし。免疫染色にて ・ が沈着し、κの沈着が優位。以上の所見から、 腎症 の巣状膜性増殖性糸球体腎炎型と診断。

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第2回目 腎生検

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<第 回目腎生検( )>

臨床診断 ネフローゼ症候群、アルコール性肝硬変、低カリウム血症、肝性脳症

病因分類 腎症

病型分類 腎症 巣状膜性増殖性糸球体腎炎型。急性尿細管間質性傷害

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第 回目

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<光顕>標本は 切片採取。糸球体

個 )に全節性硬化。残存糸球体において、メサンギウム細胞増多を 個( 、管内性細胞増多を 個( 。半月体形成 個( ならびに分節性硬化、虚脱はない。癒着を 個( 。糸球体基底膜の肥厚はなく、 染色にて一部に二重化。

・ も見られません。糸球体の腫大はない(180μm)。半球状沈着物は目立たない。尿細管・間質尿細管の萎縮ならびに間質の線維性拡大を軽度に認め 、同域に炎症細胞浸潤を 。炎症細胞の種類はリンパ球と少量の好中球。好中球は糸球体にも浸潤している。また、遠位尿細管内に炎症細胞を含む円柱を認める。血管系小葉間動脈に軽度の内膜の線維性肥厚、輸入細動脈に異常なし。免疫染色にて が陽性。以上の所見から、感染後性糸球体腎炎( 沈着症)、びまん性管内増殖性糸球体腎炎と診断。

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<免疫>観察糸球体は個です。 ・ が陽性で、メサンギウム領域ならびに糸球体末梢毛細血管係蹄に顆粒状に陽性です。 型 腎症に 。

<電顕 >メサンギウム領域・傍メサンギウム領域・内皮下に を認める。前回( に比して、内皮下沈着物ならびにメサンギウム間入が目立ってきており、脚突起消失も目立つ。

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<第 回目腎生検 >臨床診断: 慢性腎炎症候群、アルコール性肝硬変、

シクロフォスファミドパルス療法病因分類 原発性糸球体腎炎病型分類 腎症( 沈着症)、巣状膜性増殖性腎炎+

管内増殖性糸球体腎炎、 肝炎関連腎症の疑い

考察アルコール性肝硬変が合併しており、肝炎関連腎症の1亜型の疑い。第1回目腎生検にて 尿細管・間質の炎症と壊死がみられ、急速な腎機能低下との関連が疑われる。通常の 腎症ないしは肝炎にともなう 沈着症では、好中球主体の炎症細胞浸潤が、糸球体管内性ないしは間質性腎炎のかたちでは来ない。尿細管間質性傷害の原因は不明。感染性間質性腎炎の可能性もある。

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