シドニーの都市計画2018/03/20 · sydney）（以下、「シドニー市1994...

シドニーの都市計画

‐2000 年シドニー五輪のレガシーを踏まえて -

Clair Report No.459 (June５, 2018)

(一財)自治体国際化協会シドニー事務所

「CLAIR REPORT」の発刊について

当協会では、調査事業の一環として、海外各地域の地方行財政事情、開発

事例等、様々な領域にわたる海外の情報を分野別にまとめた調査誌「CLAIR

REPORT」シリーズを刊行しております。

このシリーズは、地方自治行政の参考に資するため、関係の方々に地方行

財政に係わる様々な海外の情報を紹介することを目的としております。

内容につきましては、今後とも一層の改善を重ねてまいりたいと存じます

ので、ご意見等を賜れば幸いに存じます。

問い合わせ先

〒102-0083 東京都千代田区麹町 1-7 相互半蔵門ビル

(一財)自治体国際化協会総務部企画調査課

TEL: 03-5213-1722

FAX: 03-5213-1741

E-Mail: [email protected]

本誌からの無断転載はご遠慮ください。

1

はじめに

2020 年開催の東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けて、我が国の

首都東京においては新国立競技場等の競技施設に加え、関連道路等の都市基盤の

整備も進められている。同大会の開催は 56 年ぶりで、前回 1964 年大会を契機と

して、東京は新しい街に生まれ変わったとも言われており、今般の大会後どのよ

うな都市となるか期待される。

本編は、当事務所の所在地であるオーストラリア・シドニーにおいて、2000 年

にシドニー五輪が開催された前後の都市計画、都市施設の変化について概説する

とともに、今後の都市計画、都市施設の予定・現状をまとめたものである。

都市計画は長期間にわたる息の長いもので、例えばここシドニーのアイコンと

なっているシドニー・ハーバーブリッジも、 1920 年代に計画されたものである

が、自動車用道路が８車線、両脇に歩行者用と自転車用通路を備え、更に鉄道路

線まで併設されるなど、遠い将来の交通需要を見越したものであった。1992 年に

並行する海底トンネルが供用されるまでは、シドニー湾をまたいで都市圏の南北

を結ぶ唯一の経路として交通網の要を支えてきた。一方で、本文でも取り上げら

れているが、シドニーのアイデンティティともいえるサーキュラー・キーにおけ

る高架駅舎・道路は 60 年余りにもわたって景観論争が繰り広げられているが、な

お結論を見いだせていない。

現在シドニーでは、「あと 10 年で、100 万人（約 20％）が増加する」との掛

け声の下、新規路線・駅施設の整備や新規高速道路の開設等のインフラ整備が行

われている。本編で紹介する各都市計画・事業がどのような形で進展するかを見

守るとともに、過去シドニー五輪前後で予定されていた計画・事業の経過と現況

について御覧いただくことで、今後の自治体での政策立案の一助となれば幸いで

ある。

（一財）自治体国際化協会シドニー事務所長

上坊勝則

2

目次

概要･････････････････････････････････････････････････････････････ 3

第１章シドニー市の都市計画･･･････････････････････････････････････7

第１節シドニー市都市計画の概要････････････････････････････････････････7

第２節カスタムズ・ハウスの修繕とサーキュラー・キー駅の地中化･････････8

第３節市内交通網の整備････････････････････････････････････････････････10

第４節マーティン・プレイスの機能向上･････････････････････････････････26

第５節ショッピング････････････････････････････････････････････････････30

第６節ブリッジ・ストリートへの植樹･･･････････････････････････････････35

第２章ＮＳＷ州の都市計画と五輪後のシドニー大都市圏･････････････････37

第１節州都市計画の概要････････････････････････････････････････････････37

第２節広域計画････････････････････････････････････････････････････････43

第３節シドニー市内及び近郊の計画･････････････････････････････････････48

第３章シドニー大都市圏の現在の都市計画････････････････････････････56

第１節シドニー市の計画「持続可能なシドニー2030」･･･････････････････56

第２節ＮＳＷ州の都市計画･･････････････････････････････････････････････61

おわりに････････････････････････････････････････････････････････ 72

3

概要

2020 年に東京オリンピック・パラリンピック競技大会開催を控える日本では、

同大会を経済成長や地域振興の起爆剤として都市全体の発展につなげるための取

組が進められている。2012 年にオリンピック・パラリンピックを開催したロンド

ンが同年の「世界の都市総合力ランキング」 1でニューヨークを抜いて世界一位と

なるなど、同大会の開催には都市の国際競争力を向上させる効果があるともされ

ている。こうしたオリンピックの効果を一過性のものにしないため、2002 年には

オリンピック憲章中にも「オリンピック競技大会の有益なレガシーを、開催国と

開催都市が引き継ぐよう奨励する」 2という条項が追加されている。国際オリンピ

ック委員会によればレガシーにはスポーツ、社会、環境、都市、経済の５つがあ

るが 3、本稿ではそのうち、都市に関するレガシーについて書き進める。

図１シドニーオリンピックパークの開催地図 4

1 森記念財団都市戦略研究所が 2008 年以降、毎年発表しているランキング

2 Olympic Charter 1-2-14

3 International Olympic Committee (2013), p.9.

4 財団法人自治体国際化協会（2003）、67 頁を基に作成

4

シドニーにおいても、オリンピックの開催都市となることは、英連邦の一部と

してではなく、オーストラリアが誇る世界都市としてシドニーの国際的な認知度

を高める絶好の機会であった 5。GaWC（Global izat ion and World Cit ies）の

世界都市ランキング（The World According to GaWC）において、シドニーは

2004 年に一度順位が下がったものの、開催前から 2008 年にかけて順位を上昇さ

せていった 6。これは必ずしもオリンピック効果によるものだけとは言えないが、

オリンピック開催とそれに伴うニューサウスウェールズ州（以下、「NSW 州」と

いう。）、シドニー市の都市開発・ビジネス誘致が都市力の向上に一定程度寄与

したと考えられる。シドニー五輪 7のレガシーが最も色濃く残っているのは、開催

の中心地であった現在のシドニーオリンピックパーク周辺部である。シドニーオ

リンピックパークはシドニーの中心業務地区（CBD）から電車で 20 分の距離の

オーバーン市（現・カンバーランド市）内にあるため、シドニー市内では同地に

残るレガシーを直接的に意識することはない。一方で、オペラハウスからスター

トするトライアスロン、ハーバーブリッジを渡って市内に入るフルマラソンな

ど、五輪の 28 競技中９競技はシドニー市内で行われるとともに、市内６箇所にラ

イブスクリーンが設置され、競技や閉会式の中継を放映する、閉会式後に大規模

な花火を打ち上げるなど、シドニー市内でも五輪ムードが盛んだった。シドニー

オリンピックパークのレガシーについては（一財）自治体国際化協会「シドニー

オリンピックの歴史とレガシー」（CLAIR REPORT 第 414 号）に詳しいが、シ

ドニー市内中心部及びシドニー大都市圏全体において、五輪開催がどのような変

化をもたらしたのかについては未だ十分な報告書が存在していない。

5 Hu, R. (2012).

6 The World According to GaWC,

http://www.lboro.ac.uk/gawc/gawcworlds.html (Accessed: 20 March 2018).

1998 年と 2000 年以後の調査結果は基準が異なるため、一概に比較することはできないが、シドニーは

1998 年にはベータ（Beta World Cities）に分類され、アルファ（Alpha World Cities）の 10 都市よりも

下位にあった。しかし、2008 年には世界７位のアルファ＋の都市と格付けされた。

7 本稿では、「シドニー五輪」の表記でシドニーオリンピックとシドニーパラリンピックの双方を表すもの

とする。

5

図２五輪中のシドニー市内地図 8

そのため、本稿では五輪開催決定の 1993 年から五輪開催時までのシドニー市

内・シドニー大都市圏内の都市計画の主要部分を概観し、2018 年３月現在のシド

ニーの状況と比較することで、既に都市インフラの整備されていたシドニーが五

輪開催を経つつ 1993 年から 2018 年までの四半世紀でどのように変化していった

のかを確認する。これらの都市計画の各目標は必ずしもオリンピックを意識して

設定された訳ではないが、オリンピックを一つの契機として捉えていたことは確

かであるため、都市レガシーとして取り扱う。また、現在の同地の都市計画も紹

介し、将来的にシドニーが目指す姿をまとめる。

本稿にはシドニー大都市圏を視察される行政関係者の方々に、1993 年以降のシ

ドニーの都市計画の歴史を理解しつつ視察いただけるよう、都市計画に関係して

市内の各所の情報も含めている。本稿が日本の都市における今後の都市計画、ま

8 Olympic Co-ordination Authority (1999), pp.6-7.

6

た、シドニー大都市圏を視察される行政関係者の方々の参考となれば幸いであ

る。

7

第１章シドニー市の都市計画

第１節シドニー市都市計画の概要

1994 年から 2000 年にかけて、シドニー市はシドニー五輪開催のための都市整

備に、約３億豪ドル（約 240 億円 9）を支出した 10。シドニーオリンピック開催が

決定した翌 1994 年に発表されたシドニー市の都市計画「生き生きとした街－シド

ニー市のシドニー計画」（Living City –Sydney City Counci l ’s Blueprint for

Sydney）（以下、「シドニー市 1994 年計画」という。）では、シドニー市が連

邦政府、NSW 州政府と協力関係を保ちつつ都市計画の実行を進めることで、オリ

ンピックの成功だけでなく、オリンピックを開催するだけの都市力をつけていく

としている 11。市が掲げる「生き生きとした街」（Living City）では、シドニー

を次のような都市とすることを目標にしている。

①多機能な都市

②十分な居住者数がある都市

③質の高い公園・広場・道路等のパブリック・スペースを有する都市

④レストランやカフェを含む小売業を活発化する都市

⑤文化施設が豊富な都市

⑥標識が充実し、歩行者・通勤者・障害者等がアクセスしやすい都市

⑦歴史や文化財を尊重する都市

⑧緻密に、規則的に開発された都市

⑨24 時間活動的な都市

これらの目標を達成するため、同計画では主に次節以降の都市計画を実施して

いくこととした。

9 本稿中では、約 25 年間を対象とするため時点によって為替レートが大きく異なるが、便宜上、一律に１豪

ドル＝80 円として扱う。

10 “Official Report of the XXVII Olympiad” Out and About : The City : Page 3.

http://pandora.nla.gov.au/pan/13323/20020919-

0000/www.gamesinfo.com.au/postgames/en/pg000254.htm (Accessed: 20 March 2018).

11 City of Sydney (1994), p7

8

第２節カスタムズ・ハウスの修繕とサーキュラー・キー駅の地中化

（１）計画

シドニーの歴史的建造物の一つであるカスタムズ・ハウス（ Customs

House）はその名のとおり、1845 年の完成から 1990 年まで長らく税関の建物と

して使用されてきた。1990 年、海上コンテナの導入やコンピューターの発展、航

空貨物の増加によって、税関をサーキュラー・キーの海辺に置く必要がなくなっ

たため、税関はカスタムズ・ハウスから移転した。そのため、シドニー市は、跡

地として残ったカスタムズ・ハウスの建物を、大規模な文化施設にして、同じく

サーキュラー・キーに位置するオペラハウスや現代アート美術館と並べて、同地

を文化的な地域にするとした。

また、サーキュラー・キーには 1956 年に高架鉄道駅が運用を開始し、ハーバー

ブリッジに続く高架道路と、高架鉄道、鉄道駅舎によって、シドニー湾からカス

タムズ・ハウスを見ることはできないが、市はそれらを取り除いて、市内随一の

広場を作る構想を支持した。

図３高架道路・鉄道を撤去したカスタムズ・ハウス前の広場図 12

12 City of Sydney (1994), p.40.

9

（２）現在の状況

カスタムズ・ハウスは 2005 年に市図書館の本館としてオープンした。館内・敷

地内にはレストランやカフェがあるほか、来訪者がくつろげるスペースや市内中

心部の模型等があり、市民や観光客が気軽に訪れることができる空間になってい

る。しかし、高架道路・鉄道を撤去して広場を作る構想は、未だ全く実現に向け

た取組が行われておらず、今後も実現する見通しはない。

図４カスタムズ・ハウスにはシドニー市内の模型が置かれ、観光地にもなって

いる

10

第３節市内交通網の整備

１市内中心部へのライトレール導入

（１）計画

ヨーロッパの諸都市や、五輪開催経験のあるメルボルンが快適で便利なライト

レールを整備しているとして、シドニー市 1994 年計画では、シドニーにおいても

速くて安価な循環型ライトレールをジョージ・ストリート（George Street） -エ

リザベス・ストリート（Elizabeth Street）間で導入することを明記した。この

計画は、主に五輪開催後に実施される予定であった。なお、ジョージ・ストリー

トでは 1899 年にトラムが敷設されたが、1959 年に廃線になっている。

図５ 1959 年までジョージ・ストリートで運行していたトラム 13

13 ABC News, Trams run down Sydney’s George Street in 1920,

http://www.abc.net.au/news/2011-12-08/trams-run-down-sydney27s-george-street-in-1920/3720338

(Accessed: 20 March 2018).

11

図６ 1930 年代初頭のトラム路線図（赤線部。なお、黒線部は鉄道） 14

14 Sydney Architecture, The Fort Macquarie Tram Depot,

http://sydneyarchitecture.com/GON/GON054.htm (Accessed: 20 March 2018).

12

図７シドニー市 1994 年計画の市内交通計画図 15


13

図８ライトレール導入計画の予想図１ 16

図９ライトレール導入計画の予想図２ 17



14


ジョージ・ストリートのライトレールの計画は、州の協力を得られなかったた

め長らく実行に移されなかったが、2010 年に州がサーキュラー・キーからバラン

ガルー（Barangaroo）を通じてヘイマーケット（Haymarket）に至る案を公表

したことで、計画が動き出した。路線案は図 10 のとおりであり、図のようにサセ

ックス・ストリート（Sussex Street）を通る計画で、シドニー市 1994 年計画時

に計画されていた観光用トラムの路線図に近いルートであった。その後、サーキ

ュラー・キーからジョージ・ストリートを南下し、循環型にする計画案も出てい

る 18。

図 10 2010 年の新ライトレール敷設案 19

18 Saulwick, J. (2012).

19 Sydney Architecture Archive, Work Underway on $500 Million Sydney Light Rail Revolution,

https://sydneyarchitecturearchive.wordpress.com/2010/08/29/work-underway-on-500-million-sydney-

light-rail-revolution/ (Accessed: 20 March 2018).

15

2011 年に NSW 州はシドニー大都市圏内の交通網の大規模な改革のため、州交

通省（ Department o f Transport ）内にトランスポート・フォー・ NSW

（Transport for NSW）（以下、「TFNSW」という。）を設立し、交通機関運

営団体を同組織に統合していった。2012 年には州がシドニーのモノレール・ライ

トレールを運営していたメトロ・トランスポート・シドニー（Metro Transport

Sydney）社を買収し、同社の運営路線を TFNSW の管理下とした。これにより

新たなライトレール敷設への動きが加速した。それまではジョージ・ストリート

でバスを運行していたが、市内の交通渋滞により運行が遅延することが多く、州

が 2012 年に策定した計画、「シドニーにおけるライトレールの将来‐公共交通の

拡張による我々の街の活性化」（Sydney ’s Light Rai l Future – Expanding

publ ic transport , revi tal is ing our c i ty）（以下、「2012 年計画」という。）

において、１時間に 30 台の車両を運行することで、9,000 人を輸送することがで

き、 97％のライトレールは予定時刻の２分以内に来るため信頼性が高いとした

20。ライトレールの敷設に伴い、シドニーの主要街路であるジョージ・ストリート

の一部が歩行者・ライトレール専用道になる。

20 NSW Government (2012), p.16.

16

図 11 2012 年計画で示された各公共交通機関の収容人数 21

2015 年 10 月より、2019 年の開通を目標に、ＮＳＷ州が主導でサーキュラー・

キーから中心業務地区 22を通過してランドウィック（Randwick）とキングスフォ

ード（Kingsford）に至る市内・南東線（CBD and South East Light Rai l）

のライトレールの整備を進めている。しかし、ライトレールの路線は 1994 年の循

環型計画や 2010 年案とは異なり、図 12 のとおりシドニーの南北を縦断するもの

となった。なお、2010 年案のようなバランガルーに接続する路線案は、市内・南

東線の計画決定後も、2013 年のシドニー市の計画上で市は今後も支持していくと

したが、その後の計画では同線について言及されていない。市内・南東線は 2017

年 12 月にジョージ・ストリートの一部で工事が完成し、道路の封鎖が解かれた。

クリスマスに合わせた装飾も施され、一時的に市内のホットスポットとなった。


22 CBD（Central Business District）の和訳名。都市社会学者 E.W.バージェスが官庁、企業、商業施設な

どが集積する都心を呼称するために用いた概念で、オーストラリアを含む英連邦各国では都心を表す言葉と

して「CBD」という言葉が一般的に用いられる。

17

図 12 2012 年計画で示されたライトレールの敷設計画（緑線） 23


18

図 13 市内・南東線のイメージ図 24

図 14 2017 年に工事が完成した区域

24 Transport For NSW, CBD and South East Light Rail Flythrough,

https://www.youtube.com/watch?v=5atEQRe9B1g&feature=youtu.be (Accessed: 20 March 2018).

19

図 15 シドニー市の要望するバランガルー線（赤点線） 25


20

２観光用トラム

（１）計画

シドニー市 1994 年計画では、ダーリング・ハーバーを経由してセントラル駅北

口とサーキュラー・キーを接続する観光用トラムを新設するとされた。


前項のとおり、2010 年の州のライトレール計画ではほぼ同ルートでのライトレ

ール建設が計画されたが、その後の計画変更により、同ルートのトラム、ライト

レール敷設の計画はなくなった。

３ピアモント・ライトレール

（１）計画

州が建設を進めているピアモント（Pyrmont）とウルティモ（Ult imo）地域

のライトレールを 1996 年の運行開始を目標に、支援していく。また、シドニー市

はこのライトレールを市内中心部まで延伸させることを州に提案している。


同ライトレールは現在でも運行し、年間約 1,000 万人が利用している。1997 年

にセントラル駅（ Central ） 26からウェントワース・パーク（ Wentworth

Park）間で開業し、2014 年までにダルウィッチ・ヒル（Dulwich Hi l l）まで延

伸したため、現在ではダルウィッチ・ヒル線（Dulwich Hi l l Line）と呼ばれて

いる。しかしながら、計画で提案されていたセントラル駅から市内中心部までの

延伸は実施されていない。

26 シドニー中心業務地区南部に位置する NSW 州内最大の鉄道ターミナル駅であり、プラットホームが 27

面設けられている。

21

図 16 ダルウィッチ・ヒル線の路線図 27

４シティ・モノレール

シドニー市 1994 年計画にはシドニー・モノレール（Sydney Monorai l） 28に

ついて特に記載はないが、同モノレールは 1988 年に開業したばかりのもので、本

計画における交通計画の設計時にも考慮されていることと考えられるため、本稿

では記載しておく。

1984 年、ダーリング・ハーバー公社法（Darl ing Harbour Author i ty Act

1984）が成立し、ダーリング・ハーバーを管理する同公社が設立された。同公社

には、民間企業から市内とダーリング・ハーバーの人々を循環させることへの強

い要望があり、シドニー市内中心部の交通問題を解決するために、モノレールの

開設が計画された 29。1988 年、当初の計画から一部駅名のみ変更し 30、モノレー

27 Transport Light Rail, Sydney Light Rail Network,

https://transportnsw.info/document/1453/lightrail-map.pdf (Accessed: 20 March 2018).

28 時期によって TNT ハーバーリンク（TNT Harbourlink）、メトロ・モノレール（Metro Monorail）と

いう呼称も用いられた。

29 TNT Harbour-Link (n.d.), pp.2-3.

30 ダーリング・ウォーク駅（Darling Walk）の駅名が「ガーデンサイド駅」（Gardenside）に変更され

た。

22

ルが開通した 31。モノレールは市内中心部の８駅、3.6ｋｍを循環するものであっ

た 32。後に、当時まだ 1986 年にアンソニー・ホールデン＆サンズ（Anthony

Hordern & Sons）のデパートの跡地に計画段階であった店舗・オフィス複合ビ

ルのワールド・スクエア（World Square）や、同じく計画段階にあったザ・ギ

ャラリーズ・ビクトリア（第１章第５節第２項参照）に隣接した駅が設けられ

た。これらの駅は、ワールド・スクエア、ザ・ギャラリーズ・ビクトリアの建設

時には建物内に直結するように改築された。

1997 年以降は、前項のライトレールを運営するメトロ・ライトレール（Metro

Light Rai l）（現・シドニー・ライト・レール（Sydney Light Rai l））がモノ

レールを運営するようになったが、ダーリング・ハーバーのコンベンション・セ

ンター 33の再開発の妨げになると考えられたことに加え、NSW 州交通大臣（当

時）のグラディス・ベレジクリアン氏（Gladys Bere j ik l ian） 34が「交通手段と

いうよりも、もの珍しさで利用されることが多かった 35」と語ったように、運賃も

廃線前で６歳以上は５豪ドル（約 400 円）と、高価で日常的な利用者が少なく、

かつシドニー市内の景観を損ねるとされたものでもあったため、2013 年に廃線と

なった。モノレールの駅舎跡はハーバーサイド駅（Harbours ide）やダーリン

グ・パーク駅（Darl ing Park）などで未だに残っているものの、ほぼ全ての線路

及び駅舎は撤去された。

31 なお、現在のシドニーと比較して筆者が最も関心を持った駅名はカジノ駅（Casino）である。ダーリン

グ・ハーバー北部のバランガルーにカジノが作られる計画はあるものの、2018 年現在、シドニー唯一のカジ

ノはダーリング・ハーバーの西に位置するピアモント（モノレール駅の「ハーバーサイド駅」

（Harbourside）近く）にあるザ・スター・シドニー（The Star Sydney）のみである。これは同カジノが

開業したのは 1995 年であり、モノレール計画・開業時の 1980 年代にはカジノ駅に隣接してカジノが作られ

る構想があったためである。カジノが建設されなかったため、同駅は後にダーリング・パーク駅（Darling

Park）に改称した。

32 ナンバーワン・ディクソン・ショッピングセンター（Number 1 Dixon Shopping Centre）の中に設けら

れたチャイナタウン駅（「ガーデンサイド駅」、「ガーデン・プラザ駅」、「チャイナタウン駅」の順に改

名）は後に平日の朝７時から９時までのみ使用されるようになり、それ以外の時間には停車しなかった。

33 ダーリング・ハーバーには 2000 年シドニー五輪で柔道・レスリング等の会場となったシドニー・エキシ

ビジョン＆コンベンション・センター（Sydney Convention and Exhibition Centre）、バレーボールの会

場となったシドニー・エンターテインメント・センター（Sydney Entertainment Centre）があったが、

2013 年に取り壊され、2016 年、跡地にシドニー国際コンベンション・センター（International

Convention Centre Sydney）が完成した。

34 なお、ベレジクリアン氏は 2018 年３月現在、NSW 州首相である。

35 Broeke, L. (2013).

23

図 17 1988 年開業当初のモノレール駅 36

36 Waking up in Geelong, Sydney’s ghost monorail station,

https://wongm.com/2013/07/sydney-ghost-monorail-chinatown-station/ (Accessed: 20 March 2018).

24

図 18 2012 年のモノレール路線図（赤線） 37

37 Farewell Sydney Monorail, Network & Stations,

http://www.monorail.com.au/travel-info/network-stations/ (Accessed: 20 March 2018).

25

図 19 モノレールのダーリング・パーク（Darl ing Park）駅 38

図 20 廃線直前のモノレール（廃線仕様の外部塗装になっている） 39

38 Farewell Sydney Monorail,

http://www.monorail.com.au/ (Accessed: 20 March 2018).

39 Broeke, L. (2013).

26

第４節マーティン・プレイスの機能向上

（１）計画

マーティン・プレイス（Martin Place）は、中央郵便局（General Post

Of f ice） 40開業の翌年（1892 年）に第６代 NSW 州首相のジェームズ・マーティ

ン（James Mart in）の名前を取ってできた広場であり、元々は中央郵便局前の

ジョージ・ストリートとピット・ストリートの間のみがマーティン・プレイスの

地域であった。1970 年代初頭から 1980 年にかけて、既存の道路を歩行者専用に

することでジョージ・ストリートからマッコーリー・ストリートの間まで拡張さ

れ、市内中心部の広場として機能していた。

図 21 1905 年頃のマーティン・プレイス 41

40 中央郵便局はカスタムズ・ハウスや植民地政府庁舎などを設計した植民地建築家ジェームズ・バーネット

（James Barnet）設計のイタリア・ルネサンス様式風の建物が象徴的であるだけでなく、かつてはシドニ

ー大都市圏の道路地図に「中央郵便局からの距離」が書かれるなど、市内中心部の象徴的な場所であった。

1996 年に民間に売却された後、2000 年シドニー五輪に間に合うように改築が行われ、1999 年９月に現在の

形となった。時計台とファサードを残しながらも現代的なビルとなり、ウェスティン・ホテル及びマッコー

リー銀行（Macquarie Bank）のオフィスビルとして使用されている。なお、建物の象徴的な時計台は 1942

年に旧日本軍の空襲の目標となることを避けるために取り壊され、1964 年に再度建築されたものである。 41 City of Sydney, Archive Pix, Moore Street Martin Place outside the General Post Office,

http://photosau.com.au/cos/scripts/home.asp (Accessed: 20 March 2018).

27

計画では、このマーティン・プレイスをより魅力的で人を呼び込む広場にする

ために、同地の改修計画を盛り込んだ。 1996 年までの３年計画で戦没者記念碑

（Cenotaph） 42周りを中心にベンチ、売店、看板、街灯を設置し、更に歩行者向

けの広場としての機能を向上させるとともに、植樹を行うとした。

図 22 マーティン・プレイス完成予想図１（左）と同地に設置予定の看板（右）

43

42 オーストラリアの各都市には”Lest we forget”（私たちは（戦没者を）忘れない）と書かれた戦没者記念

碑が置かれており、第一次世界大戦のガリポリの戦いでの戦没者等を追悼するアンザック・デー（ANZAC

Day）などに追悼イベントが開催される。


28

図 23 マーティン・プレイスの完成予想図２ 44


現在のマーティン・プレイスでは、計画のように座席や街灯の設置が行われ、

売店、花屋等のスタンドが設置されている。戦没者記念碑周辺でのアンザック・

デー（ANZAC Day） 45などの軍事関係式典のほか、2000 年シドニー五輪中には

スクリーンが設置され、その後もビビッド・シドニー（Vivid Sydney） 46、シド

ニー・フェスティバル（Sydney Fest ival） 47などのイベント開催地の一部とな

っている。周辺がビジネス街であるため、特に平日に賑わいを見せている。


45オーストラリア、ニュージーランドでは４月 25 日は「アンザック・デー」と呼ばれる祝日である。これは

オーストラリア、ニュージーランドの兵士（ANZAC）が 1915 年４月 25 日に第一次世界大戦の激戦の地と

なったトルコのガリポリに上陸したことに由来する。当日は国中で第一次世界大戦をはじめとした各戦争で

の同国の戦没者や当時国のために尽力した人々の追悼が行われ、土産店やレストランなど、対象外の業者を

除く小売業者は 13 時まで営業が法律で禁止されている（NSW 州では「2008 年小売業法」（Retail

Trading Act 2008 No 49）によって禁止している）。シドニーではマーティン・プレイスが追悼イベントの

中心地になっており、毎年、同軍がガリポリに上陸した早朝４時半から大規模な追悼イベントが開催されて

いる。

46 冬期の観光客呼び込みのため、毎年５月にシドニー市内中心部で開催される音と光の祭典

47 毎年１月にシドニー市内及び近隣都市で開催されるアートと音楽の祭典

29

図 24 現在のマーティン・プレイスの状況

30

第５節ショッピング

１グレース・ブラザーズ・ショッピングセンター

（１）計画

オーストラリアのデパート会社であるグレース・ブラザーズ社（ Grace

Bros. ）が、ジョージ・ストリートとマーケット・ストリート（ Market

Street）の角の既存のデパート店舗の場所に建てられ、ホテルやオフィスを含め

たタワーが 1997 年までに完成する計画がたてられた。なお、図 25 の手前には当時

運行していたモノレールが描かれている。

図 25 グレース・ブラザーズ店舗及びホテル・オフィスビルの完成図 48


31


計画どおり、グレース・ブラザーズ社のデパートが同地に建設されたが、2004

年に店名が「マイヤー」（Myer）に変更されている。元々、グレース・ブラザー

ズ社とマイヤー社は別企業であったが、グレース・ブラザーズ社が 1983 年にマイ

ヤーNSW（Myer NSW）を買収し、それに対してマイヤー本社がグレース・ブ

ラザーズ社の持株会社を買収した。同年にマイヤー社の各店舗名はグレース・ブ

ラザーズ・ストア（Grace Bros Store）となった 49。

シドニー市 1994 年計画の策定時を含めた 21 年間、同系列店はグレース・ブラ

ザーズの名称を使用していたが、2004 年には「グレース・ブラザーズ」の名称を

使用していた 28 店舗の名称が「マイヤー」に改名され、同グループのデパート名

が全て「マイヤー」で統一された。

図 26 同地に建設されたグレース・ブラザーズ（現・マイヤー）店舗

49 その後、マイヤー社は 1985 年にスーパー経営などを行うコールス社（GJ Coles & Coy）と合併し、コー

ルス・マイヤー社（Coles Myer）となったものの、2006 年にアメリカの投資ファンド TPG キャピタル

（TPG Capital）に売却され、同ファンド傘下の非公開会社・マイヤー社となった。

32

なお、そのマイヤー店舗から程遠くない位置にあるグレース・ビル（Grace

Bui ld ing）は、グレース・ブラザーズの本店であったが、1995 年にマレーシア

の不動産開発業者ロー・ヤット・グループ（Low Yat Group）が購入し、1997

年からグレース・シドニー（The Grace Sydney）というホテルとして営業して

いる。2004 年の「マイヤー」への改名によって店舗名としての「グレース・ブラ

ザーズ」の名称は完全に使用されなくなったが、同ビルには現在でも「グレー

ス・ビル」又は「グレース・シドニー」として名が残っており、1999 年に州遺産

にも登録されている。

図 27 旧グレース・ブラザーズ本店のグレース・シドニー

２シドニーそごう

（１）計画

ジョージ・ストリートとパーク・ストリート（Park Street）の角は、1983 年

にデパートのウォルトンズ（Waltons）の建物が解体されて以後、空き地になっ

33

ていた。この空き地に、そごうデパートの新設が予定された。デパートの建物後

にその東側にオフィスタワーを併設する、二段階の構想で、地下道でタウンホー

ル駅と接続する計画であった。

図 28 シドニーそごうの完成予定図（右上は併設される高層ビル） 50


34


そごうは経営不振のため、1998 年に出店を断念した。その後、構想どおりの外

観の建物が建設されたものの、現地の会社が建設し、「ザ・ギャラリーズ・ビク

トリア」（The Galer ies Victor ia）というショッピングビルがシドニーオリン

ピック開催１か月前の 2000 年８月に開業した。なお、2013 年に改称し、現在で

は「ザ・ギャラリーズ」（The Galer ies）と呼ばれている。五輪開幕に合わせて

飲食店、ブティックやカフェなど 60 近くの店舗が出店予定だったが、五輪までに

は 12 店舗までしか間に合わなかった。現在では、紀伊國屋書店、やよい軒、無印

良品、ほっともっとなどの日系の店舗が多数入っている。高層ビル部分も 2000 年

にシティグループのオフィスビル、「シティグループ・センター」（Cit igroup

Centre）として完成し、尖塔も含めると 243ｍで、完成時から現在に至るまで、

シドニー市内で２番目に高い高層ビルになっている 51, 52。また、地下も当初の計画

どおりタウンホール駅と直結しており、シドニー・モノレールの廃止までは、シ

ドニー・モノレールのギャラリーズ・ビクトリア駅とも直結していた。

図 29 現在のザ・ギャラリーズ

51 The Skyscraper Center, The Global Tall Building Database of the CTBUH, Sydney,

http://www.skyscrapercenter.com/city/sydney (Accessed: 20 March 2018).

52 なお、シドニータワーを含めると、現時点では３番目に高い建築物であるが、今後数年間でバランガルー

のクラウン・シドニー・ホテル・アンド・リゾート（271m）、サーキュラー・キー・タワー（263m）が建

設予定

35

第６節ブリッジ・ストリートへの植樹

（１）計画

州土地省（Department o f Lands）、教育省（Department o f Educat ion）

の旧庁舎などの歴史的建造物の建ち並ぶブリッジ・ストリート（ Bridge

Street）に、1940 年代に取り除かれた椰子の木の中央分離帯を再設置し、市内の

道路景観のショーケースとする。

図 30 中央分離帯が残る 1931 年のブリッジ・ストリート 53

図 31 ブリッジ・ストリートの計画図 54

53 Old Estates for Sale,

https://oldestatesforsale.wordpress.com/2012/09/12/2-offices-in-burns-philp-building-for-sale/

(Accessed: 20 March 2018).


36


ブリッジ・ストリートは現在でも歴史的建造物の建ち並ぶ地域となっている

が、中央分離帯は設置されていない。

図 32 現在のブリッジ・ストリート

37

第２章ＮＳＷ州の都市計画と五輪後のシドニー大都市圏

第１節州都市計画の概要

１シドニー大都市圏

シドニー市の区域は日本の政令指定都市と比較すると小さく 55、現在の人口も約

22 万人に留まっている 56, 57。そのため、「シドニー」という呼称は、シドニー市

外も含む、より広範な地域を指して使われることが多い。シドニー五輪も前述の

とおり、現カンバーランド市に当たる地域を中心に開催されており、州主催で複

数の自治体を横断して開催された。自治体としての「シドニー」の範囲が極めて

限定的である中、実質的なシドニーの都市全体を指して使われる呼称として「シ

ドニー大都市圏」（Greater Sydney Region）がある。シドニー大都市圏は、シ

ドニー市を中心に、30 自治体で構成されるオーストラリア最大の都市圏であり、

同地域はオーストラリア全体の約５分の１に当る約 470 万人の人口を抱える、オ

ーストラリアの経済・社会の心臓部である。圏域全体がＮＳＷ州に含まれるた

め、同州が包括的な都市計画を定めている。

55 シドニー市の面積は約 25 km2 であり、約 23 km2 の品川区より少し広い程度である。なお、1968 年から

1982 年にかけて、1989 年から 2004 年にかけては現在のシドニー市南部にサウス・シドニー市（City of

South Sydney）が存在したため、シドニー市は更に規模の小さい自治体であった。

56 City of Sydney, The city at a glance,

http://www.cityofsydney.nsw.gov.au/learn/research-and-statistics/the-city-at-a-glance (Accessed: 20

March 2018).

57 なお、メルボルン市の人口も約 15 万人であるため、オーストラリア国内の単一自治体で最大の人口を有

するのは人口約 118 万人のブリスベン市になっている。

38

図 33 シドニー市の範囲（白色部分）を示した図 58


39

図 34 シドニー大都市圏の範囲を示した図（黄色がシドニー市） 59

２ＮＳＷ州都市計画の概要

NSW 州が戦後に策定した大規模な都市計画としては、1951 年の「カンバーラ

ンド地域計画」（the Country o f Cumberland Plan）、1968 年の「シドニー

地域概要計画」（the Sydney Region Outl ine Plan）、1988 年の「1988 年都

市圏戦略」（ the 1988 metro s trategy）の３つがあった。その後、特に 1990

年代中盤から州はシドニーの都市経営への参画を加速させ、1993 年の「シドニー

の未来」（Sydney ’s Future）というディスカッションペーパーを基にパブリッ

ク・コメントを募集した。住民からの意見を反映させ、1995 年に「21 世紀の都

市」（Cit ies for the 21st Century）（以下、「NSW 州 1995 年計画」とい

59 https://en.wikipedia.org/wiki/Sydney#/media/File:Sydney_councils.png を元に作成

40

う。）という計画が策定された。本章では、この NSW 州 1995 年計画から当時の

都市計画の構想を読み解き、現在の状況と比較する。

同計画の前文中には、当時の州首相、ジョン・フェイヒー（John Fahey）氏

と計画大臣・住宅大臣（Minister for Planning and Minister for Hou sing）

のロバート・ウェブスター（Robert Webster）氏の連名で以下のように書かれ

ている。

シドニー及びそれに隣接する沿岸地域（ポートスティーブンス（ Port

Stephens）からカヤマ（Kiama）までの大都市地域）は自然の美しさ、温

暖な気候、多様で余裕のある生活スタイル、雇用機会、将来性のあるビジネ

ス、レベルの高い都市サービス、そして世界中から羨望の眼差しを集める活

気に満ち、文化的な環境に恵まれている。2000 年オリンピックはこれらの質

の高い都市環境を世界に披露する機会である 60。

そして、1990 年代が終わり、21 世紀最初の 10 年が訪れようとしている中で、

各政府主体がコミュニティと連携し、大都市地域の居住環境、労働環境をより快

適なものにしていく。そのため、シドニー大都市圏を包括し、ニューカッスル

（Newcast le）とウロンゴン（Wollongong）を含めた大都市地域（Greater

Metropol i tan Region）の各都市の接続を改善することで、地域全体を発展させ

ていくこととした。

60 NSW Government Department of Planning (1995a), p.3.

41

図 35 NSW 州 1995 年計画が対象とした大都市地域の図 61

州はこの地域で以下の４点を重視した都市計画を行い、持続可能で多様性に富

んだまちづくりを行っていく。

61 NSW Government Department of Planning (1995b),の図を基に筆者作成

42

・平等性：人々が機会を公平・平等に得られるようにする。

・効率性：資源を最大限活用する。

・環境の質：持続可能な発展のため、環境を管理する。

・住みやすさ：生活の質を向上させる。

これらを達成するため、州は大都市地域内の都市をよりコンパクトシティ化

し、既存のインフラを有効活用するとともに、交通環境を整備し、住居・職場・

病院等の各サービス間のアクセスを向上させていく。

シドニー五輪招致の決め手となったのは、シドニー五輪招致委員会が国際オリ

ンピック委員会（ IOC）に提出した「夏季五輪大会のための環境指針（ The

Environmental Guidel ines For The Summer Olympic Games）」であると

言われており 62、本計画においても、環境的に持続可能な開発を行うという同環境

指針を考慮し、「オリンピックはシドニーに環境と将来世代への責任を明示する

機会である 63」と書いている。具体的な計画のうち、主要なものを次節以降で確認

していく。

62 財団法人自治体国際化協会（2000）、39 頁


43

第２節広域計画

１大都市圏の多核化

（１）計画

シドニー市内から西シドニー、セントラルコースト（Central Coast）、ニュ

ーカッスル、ウロンゴンへの機能移転による都市の脱中心化によって、アメリカ

の都市で起きていたような周縁都市（ Edge City） 64化を避ける。パラマタ

（Parramatta）、ニューカッスル、ウロンゴンを開発し、シドニーとこれらの

３都市の計４都市を効率的な交通システムで接続することで、各都市をより人口

規模・経済規模的にバランスの取れたものにするとした。さらに、雇用を複数の

準中心街（Secondary Centres）に集中させ、通勤の自動車依存を減らす。

シドニー大都市圏の人口が増加する中、特にパラマタ地域はシドニー西部の企

業・組織の活動の中心地となるシドニー大都市圏の第二の中心業務地区として成

長する地域と期待された。パラマタはシドニー市から約 25ｋｍ西部に位置し、18

世紀後半に入植が始まった歴史ある地域である。パラマタは地理的にシドニー大

都市圏の中心部に位置し、周辺部及びパラマタ以西の在住者の雇用の中心になる

とともに、図 36 のとおり交通インフラの中心になる。また、州の政府機関のオフ

ィスもパラマタへの移転を行っていくととともに、オリンピック開催地のホーム

ブッシュベイや近隣施設との近接性を利用し、開発を行っていくとした 65。

64 大都市の郊外に建設された、オフィスや商業施設など独立した都市機能を有する都市

65 NSW Government Department of Planning (1995a), pp.92-93.

44

図 36 シドニー大都市圏の交通計画図１ 66


図 37 パラマタ市の開発後イメージ図（付番されているビルが今後建設予定） 67

66 NSW Government Department of Planning (1995b).

67 City of Parramatta, Invest and Build,

http://www.investparramatta.com.au/invest-and-build (Accessed: 20 March 2018).

45

現在でもパラマタは第二の中心業務地区としての開発が続けられている。NSW

州都市計画・環境省はパラマタ周辺地域を大パラマタ成長地区（ Greater

Parramatta Growth Area）と設定し、2017 年に同地の更なる発展のための計

画策定案を発表した。今後、住民や専門家の意見を反映させて修正を加えていく

が、現時点では今後 20 年で７万２千戸の住居と 11 万 3,000 人の雇用を生み出す

としている 68。2036 年までにシドニー大都市圏の半数が、2050 年までの大都市

圏の人口増加数の７割が同地に居住すると見込まれており 69、また、NSW 州の政

府機関も教育省や警察本部の移転が決定し、今後、州議会議事堂の移転までも構

想にあることから 70、大都市圏における同地の重要性が更に高まっていくと目され

る。

なお、現在の計画では、ニューカッスルとウロンゴンを含めた大都市地域では

なく、第３章第２節第３項のとおりシドニー大都市圏に３自治体を加えた地域を

単位とした都市計画が策定されており、本計画における地域全体を包括した計画

は策定されていない。

２シドニー第２空港

（１）計画

シドニー空港（シドニー・キングスフォード・スミス空港（ Sydney

Kingsford Smith Airport）） 71が、シドニー大都市圏唯一の国際空港になって

いるが、航空需要の拡大のため、シドニー第２空港の建設が 1960 年代から議論さ

れてきた。1985 年には、建設候補地としてシドニー大都市圏西部のバジェリー

68 NSW Government Planning & Environment, Greater Parramatta Growth Area,

http://www.planning.nsw.gov.au/Plans-for-your-area/Priority-Growth-Areas-and-Precincts/Greater-

Parramatta-Growth-Area (Accessed: 20 March 2018).

69 Parramatta City Council (2013), p.3.

70 Tabakoff, N. (2016).及び一般財団法人自治体国際化協会（2016）「オーストラリアにおける地域活性

化・都市再生政策について～ニューサウスウェールズ州を中心に～」『CLAIR REPORT』第 434 号、9-12

頁。

71 1920 年にシドニー空港（Sydney Airport）として開業したが、1935 年のオーストラリア本土の無着陸横

断を成功させたことなどで知られるチャールズ・キングズフォード・スミス（Charles Kingsford Smith）

の名前を取って改称した。

46

ズ・クリーク（Badgerys Creek）が浮上し、連邦政府が買収した。そのため、

本計画中の交通計画においても、同地の空港新設が明記された。

図 38 シドニー大都市圏西部の人口予測図及びシドニーの航空旅客需要予想図 72

72 Australian Government Department of Infrastructure and Regional Development (2016), p.2.

47

図 39 シドニー大都市圏の交通計画図２ 73


長期にわたってシドニー第２空港の議論が行われてきたものの、政局などに左

右されて建設決定は先延ばしにされてきた。その後、キャンベラ空港利用案、シ

ドニー国際空港拡張案、バンクスタウン空港拡張案などの代替案が挙がったもの

の、2009 年から 2012 年にかけて連邦政府が行った調査でバジェリーズ・クリー

クの適性が再確認された。 2014 年に、自身を「インフラ首相」

（ Infrastructure Prime Minister ）と称するトニー・アボット（ Tony

Abbott）前連邦首相率いる保守連合政権下で同地への第２空港建設が決定され

た。連邦政府はシドニー第２空港を「西シドニー空港」（ Western Sydney

Airport）と名付け、2026 年の開港を目指している。同空港の整備により、シド

ニー大都市圏西部の再開発が進み、シドニー市、パラマタ地域と並んで、西シド

ニー空港を中心とした大都市圏西部が大都市圏の核となると目されている。

73 NSW Government Department of Planning (1995a), pp.103-104.

48

第３節シドニー市内及び近郊の計画

１ウルティモ・ピアモント

（１）計画

ウルティモ、ピアモントはダーリング・ハーバーの隣接地域にあり、都心部か

らのアクセスが良いものの、元々は発電所、繊維工場、造船所などの並ぶ工業地

帯であり、1990 年頃まで人口は減少傾向にあった。1980 年代に工場の閉鎖・移

転が進んだため、州が居住地としての開発を始めた。同地では、①工場の改築な

どによる多種多様な住宅の提供、②ライトレールの敷設による公共交通網整備、

③水辺空間の開発、④公園・広場・歩道の接続性の向上などによる地域の魅力向

上及び人口増加を図っていく。20～30 年間の再開発で１万 3,500 人の居住者、５

万人の雇用がある地域としていく 74。

NSW 州 1995 年計画では、2020 年のシドニー大都市圏居住者のライフスタイ

ルの一例として以下のものを挙げている。

ある若い女性はウルティモ・ピアモント地域にある、羊毛専門店の建物を再

利用して建てられた小さいが安価な住居の一室を購入した。彼女はシドニー市

内中心部の旅行会社で働いており、徒歩では通勤できないが、ライトレールで

通勤した。結婚すると、彼女達は土地を購入し、家を建てることを検討した。

しかし、土地を購入できるような地域は他の家族や友人達の住むところから遠

く離れており、シドニーでの生活スタイルを手放さなければならないし、２人

の通勤や生活用に、２台目の車も買わなければならない。結局、彼女達は南西

部の再開発地域の一部に住むことにした。家には庭、近くにはコミュニティ施

設が整っており、質の高い生活を送ることができる場所で、鉄道駅の近くにあ

るためシドニー市やパラマタにも容易にアクセスできる 75。

このように、掲げられたウルティモ・ピアモントの将来像は、主に単身の若者

が通勤の利便性から住む地域であり、家族連れが住む地域は別の場所と考えられ

ていた。



49


第１章第３節第２項のとおり、同地にはライトレールが整備され、更にカジノ

が開業したことで観光客も多く訪れる地域となった。特に 2011 年までに多数の住

居が建設され、人口が増加した 76, 77。2016 年の国勢調査時点で２万 1,656 人が居

住しており、居住者年齢の中央値もオーストラリア全体の 38 歳より８歳若い 30

歳になっている。なお、現在の同地は中国系の住民が多いことが特徴になってお

り、居住者の約 23.1％が中国系住民である 78。

ピアモントの観光地としても知られているフィッシュ・マーケット（ Sydney

Fish Market）は、同立地での 1966 年の開業 79から半世紀以上経過しており、老

朽化などを理由に現在の立地の近くの土地に移転することが決まっている。 2017

年に州の都市開発公社（Urban Growth NSW）は「湾岸地域都市開発プログラ

ム」（The Bays Prec inct Urban Transformation Program）を発表し、フィ

ッシュ・マーケットのあるブラックワトル・ベイ（Blackwatt le Bay）地域を今

後 2、30 年間で住宅・商業施設へと再開発する案を公開した。フィッシュ・マー

ケットの移転はその中でも第一段階の再開発に位置付けられており、2018 年後半

から 2020 年後半にかけて２億５千万豪ドル（約 200 億円）の費用を投じて新市

場を建築する。

76 idcommunity, Ultimo,

https://profile.id.com.au/sydney/about?WebID=310 (Accessed: 20 March 2018).

77 idcommunity, Pyrmont,

https://profile.id.com.au/sydney/about?WebID=240 (Accessed: 20 March 2018).

78 Australian Bureau of Statistics, 2016 Census QuickStats, Pyrmont-Ultimo,

http://www.censusdata.abs.gov.au/census_services/getproduct/census/2016/quickstat/117031334?ope

ndocument (Accessed: 20 March 2018).

79 フィッシュ・マーケットの開業は 1954 年だが、1966 年にヘイマーケットから現在の立地に移転した。な

お、当初は州が運営していたが、1994 年以降は民間企業のシドニー・フィッシュ・マーケット社が運営して

いる。

50

図 40 湾岸地域都市開発プログラムの対象地域（オレンジ色） 80

図 41 フィッシュ・マーケットの移転先 81

80 Urban Growth NSW (2017a).

81 Mclnnes, W. and Begley, P. (2017).

51

図 42 新フィッシュ・マーケットのイメージ図 82

82 Mclnnes, W. and Begley, P. (2017).

52

２イブリー

（１）計画

シドニー西部・南部の郊外に接続する鉄道の５本が通る主要駅・レッドファー

ン駅（Redfern） 83があるレッドファーンに隣接するイブリー（Evele igh）地域

84には、1882 年から 1897 年にかけて建設された南半球最大規模の鉄道工場、イ

ブリー鉄道工場（Evele igh Rai lway Workshops）があった。1988 年に同工場

が操業停止し、メインの工場がシドニー西部のエンフィールド（Enf ie ld）に移

転したため、州の鉄道機構（Rai l Author i ty）が所有するこの地域と、隣接する

州住宅省（Department o f Housing）の所有地をビジネス、住居、先進技術パ

ーク（Advanced Technology Park）を含んだオープン・スペースとすることが

計画された。また、これにより、 5,000 人から 6,000 人の雇用を創出するとし

た。


1995 年にオーストラリア技術パーク（Austral ian Technology Park、以

下、「ATP」という。）が州、シドニー大学、シドニー工科大学によって建設さ

れ、州の機関であるレッドファーン・ウォータールー公社（Redfern Water loo

Author i ty）や NSW 州都市開発公社が運営を行ってきたが、2015 年に民間に売

り渡され、シドニー中心業務地区のメットセンター（MetCentre）などを所有す

る不動産開発会社のマーバック社（Mirvac）が購入した。マーバック社は翌

2016 年から同地の再開発を開始し、オーストラリア４大銀行 85の一つ、オースト

ラリア・コモンウェルス銀行（Commonwealth Bank of Austral ia）が 2020

年までに１万人の社員が働く同社過去最大規模の自社ビルを建設するとしている

86。

83 なお、同駅は元々「イブリー駅」と呼ばれており、移転により 1906 年から「レッドファーン駅」となっ

た。 84 位置については図 33 を参照のこと。

85 ナショナル・オーストラリア銀行（NAB）、オーストラリア・コモンウェルス銀行（CBA）、オースト

ラリア・ニュージーランド銀行（ANZ）、ウエストパック銀行（WBC）の４社。なお、コモンウェルス銀

行は 1996 年までに完全民営化されたものの、元々は 1911 年に連邦政府が設立した銀行であるため、マーテ

ィン・プレイスにあるコモンウェルス・トレーディング銀行ビル（Commonwealth Trading Bank

Building）などにはオーストラリアの国章が付けられている。

86 Commonwealth Bank, Commonwealth Bank to Move 10,000 People to State-of-the-Art Workplace

at Australian Technology Park by 2020,

53

図 43 ATP 内にある工場の建物を再利用したエキシビジョン・ホール 87

https://www.commbank.com.au/about-us/news/media-releases/2015/commonwealth-bank-to-move-

ten-thousand-people.html (Accessed: 20 March 2018).

87 Doltone house, Australian Technology Park,

http://www.doltonehouse.com.au/venue/australian-technology-park/ (Accessed: 20 March 2018).

54

図 44 ATP 開発の計画図（上）及び完成イメージ図（下） 88

88 mirvac, Australian Technology Park,

http://atp.com.au/ (Accessed: 20 March 2018).

55

３中心業務地区・国際空港間鉄道

（１）計画

1990 年に州はシドニー国際空港に接続する鉄道の新設を発表し、 1994 年に

PPP（Publ ic Pr ivate Partnership） 89による官民提携により建設することが決

定した。2000 年シドニー五輪において、海外からの来訪者が鉄道で市内にアクセ

スできるように、大会前の開業を目標に 1995 年から建設が開始された。


９億豪ドル（約 720 億円） 90をかけてシドニー五輪前の 2000 年５月 20 日に開

業した。2016 年６月までに１億人以上が同線を利用しており 91、現在のシドニー

においても中心業務地区・空港間の接続のために欠かせない路線となっている。

なお、PPP の契約により設立された民間企業の空港鉄道線会社（Airport Link

Company）が国内線駅、国際線駅を含むセントラル駅 - ウォライ・クリーク駅

（Woll i Creek）間に４駅を新設し 92、現在でも運営を行っているため、空港線の

利用時には同社への支払分の運賃が加算されることになっている。４駅の所有権

は開業 30 年後の 2030 年５月 20 日に NSW 州に引き渡される 93。

図 45 市内中心部までのアクセスの良さをアピールした空港線路線図 94

89 PFI と異なり、PPP では事業の企画段階から民間企業が参画するため、より民間の関与が大きい。

90 うち約７億豪ドル（約 560 億円）を州が、約２億豪ドル（約 160 億円）を空港鉄道線社が負担している。

91 Airport Link, Our Company,

http://www.airportlink.com.au/company/ (Accessed: 20 March 2018).

92 セントラル駅側から順に、グリーン・スクエア駅（Green Square）、マスコット駅（Mascot）、国内線

駅（Domestic）、国際線駅（International）である。

93 Legislative Council (2014), p.6.

94 Airport Link Company,

56

第３章シドニー大都市圏の現在の都市計画

第１節シドニー市の計画「持続可能なシドニー2030」

１「持続可能なシドニー2030」

2008 年、シドニー市は「持続可能なシドニー2030」（Sustainable Sydney

2030）という総合計画を公表した。この計画によって CO2 の削減やオープン・

スペースの整備などにより環境に優しい都市としての世界的知名度を高める「グ

リーン」（Green）、文化インフラや観光地への投資を行うことで国際的なプレ

ゼンスを高める「グローバル」（Global）、交通網の整備によるインフラ的な接

続や行政機関と民間の関係を深める「コネクテッド（つながっている）」

（Connected）の３つのコンセプトが示された。これにより、「国際競争力が高

く、革新的な都市」、「歩行者・自転車利用者のための都市」、「文化的で創造

的な都市」 95を形成することで真のグローバル都市とした。元々の計画自体は

2030 年の目標を描いたものであるが、市は定期的に時点修正を加えた計画を策定

しており、2017 年に発行した「持続可能なシドニー2030 2017 年 -2021 年コミ

ュニティ戦略的計画」（Sustainable Sydney 2030 - Community Strategic

Plan 2017-2021）が現在、最新の計画になっている。

http://www.airportlink.com.au/ (Accessed: 20 March 2018).


57

２グリーン・スクエアの再開発

図 46 グリーン・スクエア再開発地域図（緑線内） 96

シドニー市はここ 100 年以上の間で初めて、市内に新しい中心部を建設すると

して、中心市街地から約 3.5ｋｍ、空港から約４ｋｍの距離のグリーン・スクエア

（Green Square）地域で居住、商業、文化の中心地としての開発を行ってい

る。グリーン・スクエアの名称は、同地域にかつて存在したアレクサンドリア市

（Alexandria Counci l）において 1934 年から 1948 年まで市議会議員（任期

中、1937 年、1938 年、1945 年の３回、市長に就任） 97であったフレデリック・

グリーン（Freder ick Green）の名に由来している。アレクサンドリア市は、オ

ーストラリア随一の工業都市として知られ、「オーストラリアのバーミンガム」

（Birmingham of Austral ia） 98とも呼ばれた地域であった。その後、ハイテク

産業関係施設、オフィス、商業施設、倉庫などが、自動車工場、化学工場などの

あった場所に建設され、工場労働者がより郊外に転居するとともに、若い家族連

れや専門職が転入した。同地には第２章第３節第３項に記した空港線の駅もあ

り、都心からのアクセスにも優れている。

96 City of Sydney, Green Square,

http://www.cityofsydney.nsw.gov.au/vision/green-square (Accessed: 20 March 2018).

97 オーストラリアの自治体においては、市長は議会の互選又は公選によって選ばれ、議長を兼務する。 98 City of Sydney (n.d.), p.16.

58

シドニー市は同地域に 10 年間で５億 4,000 万豪ドル（約 432 億円）の投資を

行い、図書館やプラザ、プール、公園などの施設を建設していくとしている 99。民

間からの投資等を含めると再開発には約 130 億豪ドル（約１兆 400 億円）が費や

され、2030 年までに新たに６万 1,000 人が暮らす３万 500 戸の住居を新設する

とともに 100、２万 2,000 人分の雇用を創出するとしている 101。シドニー市の現在

の人口は 2017 年６月現在で約 22 万人 102であるため、現在の市内人口の約 28％

に当たる人口増加を当地域で受け入れる。

図 47 グリーン・スクエアに建設予定の公共施設（左：図書館・広場、右：プー

ル） 103

99 City of Sydney, Our development,

http://www.cityofsydney.nsw.gov.au/vision/green-square/city-of-sydney-developments (Accessed: 20

March 2018).

100 なお、2017 年現在の人口は約２万 4,000 人である。

101 City of Sydney, Green Square,

http://www.cityofsydney.nsw.gov.au/vision/green-square (Accessed: 20 March 2018).

City of Sydney (2017), pp.114-117.

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103 City of Sydney, Our developments,

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March 2018).

59

３「ジョージ・ストリート 2020－公有地活性化戦略」

ジョージ・ストリートにライトレールを開設することを受けて、2013 年、シド

ニー市は「ジョージ・ストリート ‐コンセプト・デザイン」（George Street –

Concept Des ign）を策定し、2015 年には同デザインを実現するための戦略とし

て「ジョージ・ストリート 2020－公有地活性化戦略」（George Street 2020 –

A Publ ic Domain Act ivat ion Strategy）を策定した。ジョージ・ストリート

はブリッジ・ストリートと並んで英国からの入植時、シドニーに最初に造られた

道路である。1810 年まではハイ・ストリート（High Street）と呼ばれていた

が、 1810 年に NSW 植民地総督のラックラン・マッコーリー（ Lachlan

Macquarie） 104によって、当時の英国王ジョージ３世（ George III o f the

United Kingdom）の名を取って現在の名称になった。同ストリートはサーキュ

ラー・キーからマーティン・プレイス、タウンホールなどを経由してセントラル

駅まで至る、シドニーの中心街路である。

同デザインでは、2005 年以降の NSW 州やシドニー市、民間の建築会社の同ス

トリートの今後の再開発案を、①効率的な交通の背骨、②歩行者向けの大通り、

③わかりやすい街路、④象徴的な街路、⑤24 時間活発な街路、⑥シドニー・ハ

ーバーへとつながる街路、⑦３つの広場 105とつながる街路、という７つの基本概

念にまとめた。

ジョージ･ストリートにおいて屋外での食事環境整備、創造的・文化的な活動の

促進、歩行者の快適性の向上を行うために、オープン・スペースの整備、街路デ

ザインの更新、街路上の公有財産の更新、街路樹の整備、パブリック・アートの

設置、ベンチ、ごみ箱、街灯、標識等の更新等を行っていくこととした。これら

の取組によってジョージ・ストリートを活性化することで、市が「持続可能なシ

ドニー2030」で掲げた「革新的な都市」、「創造的な都市」などの目標を実現す

るとした。

104 なお、マッコーリー総督は 1810 年から 1821 年の長きに渡って総督を務め、公共工事などによって

NSW の発展の基盤を築いた人物として高く評価されている。ハイド・パーク（Hyde Park）に同総督の銅

像が建造されているほか、町、道路、大学、病院などに総督の名前に由来した名称が付けられている。

105 サーキュラー・キー、タウンホール、セントラル駅の３か所を中心とした各オープン・スペース。

60

図 48 ジョージ・ストリート開発の７つの基本概念 106

図 49 ジョージ・ストリートの更新のイメージ図 107

106 City of Sydney (2013), pp.16-17.


61

第２節ＮＳＷ州の都市計画

１シドニー・メトロ

州はオーストラリア史上最大の都市鉄道プロジェクト 108として、自動運転車両

による高速輸送路線の「シドニー・メトロ」（Sydney Metro）敷設を進めてい

る。 2008 年に交通運営修正法（メトロ線）（ Transport Administrat ion

Amendment (Metro Rai l ) Act 2008 ）によってシドニー・メトロ公社

（Sydney Metro Author i ty）が設立され、同年に中心業務地区と西部郊外を結

ぶウエスト・メトロの計画が開始された。同線は 2015 年稼動に向けて用地買収を

進めてきたが、2010 年に計画が白紙撤回された。その後、2012 年に州が「NSW

長期交通マスタープラン」（NSW Long Term Transport Master Plan）の中

で、北西部の鉄道開発が計画中に盛り込まれた。

図 50 2012 年の長期交通マスタープランで描かれた将来の交通網（赤線の北西

部が新設線） 109

108 Transport for NSW, Sydney Metro West,

https://www.transport.nsw.gov.au/projects/current-projects/sydney-metro-west (Accessed: 20 March

2018).

109 NSW Government (2012), NSW Long Term Transport Master Plan, p.128.

62

これにより、 2013 年後半から大都市圏北西部のカジゴング・ロード

（Cudgegong Road）からチャッツウッド（Chatswood） 110までをつなぐ北西

線（Northwest）の建設が始まり、2019 年に開業予定である。また、2014 年に

はシドニー湾の下を通り南北を接続する地下鉄の計画が発表され、チャッツウッ

ドから中心業務地区（CBD）の地下を通ってシドナム（Sydenham）までをつな

ぐ市内・南西線（City & Southwest）が 2024 年の開業を目標に建設されてい

る。市内・南西線はチャッツウッド駅で北西線と、シドナム駅で既存のバンクス

タウン線と接続する。シドニー・メトロの敷設及びバンクスタウン線の接続に合

わせて、シドニー市内からバンクスタウンまでの線路沿いの住宅再開発も行う。

州計画・環境省は 2015 年に「シドナム・バンクスタウン都市再開発回廊戦略」

（The Sydenham to Bankstown Urban Renewal Corr idor Strategy）の原

案を公開し、路線沿いの住宅数を現在の４万 5,000 戸から８万 1,000 戸に増加さ

せることとした。同戦略は住民の意見等を反映させて 2018 年中に最終版が公開さ

れる予定である。

市内・南西線を将来的にイラワラ線と接続する案も出ていたが、専門家から、

シドナム以南の接続は「既存路線につなげるよりも、新路線を敷設して接続した

方が良いとの見解が示され、州はこれを検討し直す 111。また、州は 2017 年に「シ

ドニー・メトロ西線 ‐西シドニーの新たな鉄道」（Sydney Metro West – A new

rai lway for Western Sydney）を公表し、シドニー中心業務地区からシドニー

オリンピックパークを通ってパラマタに接続する西線（West）の計画を示してい

る。

110 シドニーの中心業務地区から北西に 10ｋｍ離れたビジネス・居住地区

111 NNA（2015 ）「NSW 州、シドニー新鉄道の開業前倒しを計画」2015 年６月 26 日

63

図 51 シドニー・メトロの路線図（計画） 112

図 52 シドニー・メトロ西線イメージ図 113

112 Godfrey, M. (2017),.

https://www.dailytelegraph.com.au/news/nsw/sydney-metro-work-to-start-on-second-harbour-rail-

crossing/news-story/11ffa4242b1cb34731507c81f202c8ab (Accessed: 20 March 2018).

113 NSW Government Sydney Metro (2017), Sydney Metro West – A new railway for Western Sydney,

pp. 4-5.

64

２バランガルーのウォーターフロント再開発

シドニー市の北西に位置するバランガルーは、19 世紀後半に大規模な埠頭が整

備され、市内の主要な荷役港となっていたが、2003 年に港湾運送業者が３年以内

に移動することになると、同年、NSW 州はバランガルーの再開発計画を決定し、

2009 年バランガルー開発公社法（ Barangaroo Del ivery Author i ty Act

2009 ）の制定によって設立された州の組織・バランガルー開発公社

（Barangaroo Del ivery Author i ty）が 2012 年からバランガルー地域でのウォ

ーターフロント再開発事業を行っている。

開発地区はバランガルー・リザーブ（Barangaroo Reserve）、セントラル・

バランガルー（Central Barangaroo）、バランガルー・サウス（Barangaroo

South）の３地区に分けられる。このうち、バランガルー・リザーブでは 2015 年

に開発が完了し、公園及び文化施設（Cutaway）が整備されている。セントラ

ル・バランガルーは文化的活動を行う場として、公園やイベント広場などのパブ

リック・スペースが計画されているほか、オフィスや集合住宅、ショッピングエ

リアから構成されるビルの開発が計画されている。また、バランガルー・サウス

はレンドリース・グループ（Lendlease Group） 114が開発を請け負い、同地での

23,000 人の被雇用者と 1,800 人の居住者を増やすためにオフィス街・居住地とし

て開発を行っており 115、現在既に３棟のオフィスビル（ Internat ional Towers

Sydney）やインターナショナル・ハウス・シドニー（ Internat ional House

Sydney）などが建設されている。今後、パブリック・スペースとして入り江

（Watermans Cove）、公園（Hickson Park）及び埠頭が建設される。

114 シドニーオペラハウス、パリのディズニーランドの建設なども行ったオーストラリアの不動産開発会社

115 Barangaroo South, About Masterplan,

https://www.barangaroosouth.com.au/about/masterplan (Accessed: 20 March 2018).

65

図 53 バランガルー地区の３つのエリア 116

図 54 バランガルーの高層ビル群完成イメージ図 117

116 Turf, Central Barangaroo,

http://turfdesign.com/central-barangaroo/を基に作成

117 Nicholls, S. (2017), Sydneysiders are being treated like mugs over Barangaroo public space , The

Sydney Morning Herald, 6 July.

66

シドニー・メトロ市内・南西線の開発により、2024 年までにセントラル・バラ

ンガルー北部に新規に地下鉄道の駅ができる。また、バランガルー・サウスの北

部に 350 室のホテル、住居、飲食店、プール、カジノなどを併設した統合型リゾ

ートとして、クラウン・シドニー・ホテル・リゾート（Crown Sydney Hotel

Resort） 118が建設される。

図 55 シドニー・メトロ完成後のバランガルー予想図 119

図 56 バランガルー・サウス再開発の完成予想図 120

118 メルボルンに本社を置くカジノ・リゾート会社のクラウン社が運営を行う。

119 Sydney METRO, Barangaroo Station,

https://www.sydneymetro.info/station/barangaroo-station (Accessed: 20 March 2018).

120 Barangaroo, The Plan, http://www.barangaroo.com/the-project/progress/timeline/ (Accessed: 20

March 2018).

67

３シドニー大都市圏委員会

（１）シドニー大都市圏委員会

現在、シドニー大都市圏の広域計画はシドニー大都市圏委員会（ Greater

Sydney Commiss ion）が中心になって策定している。シドニー大都市圏委員会

は、 2015 年に制定された「シドニー大都市圏法 2015 No57 」（ Greater

Sydney Commiss ion Act 2015 No 57 ）に基づいて州都市計画・環境省

（Department of Planning and Environment）が設立した行政委員会で、シ

ドニー大都市圏内の環境・社会・経済に関し、同省大臣に対して助言や補助を行

う。委員は同省が委嘱した者に加え、州都市計画・環境省、TFNSW、財務省

（NSW Treasury）、保健省（Ministry o f Health）、教育省の事務局長から

なり、現在の委員長には連邦政府首相夫人のルーシー・ターンブル氏（ Lucy

Hughes Turnbul l AO）が就いている。管轄範囲は図 57 のとおりであるが、従

来のシドニー大都市圏に加えて、ホークスベリー（Hawkesbury）、ブルーマウ

ンテンズ（Blue Mountains）、ウロンディリー（Wollondi l ly）の３自治体が

管轄に加えられている。

68

図 57 シドニー大都市圏委員会の管轄範囲（太枠内） 121

121 Greater Sydney Commission Act 2015 No 57, p.11.

69

（２）「2056 年の私たちのシドニー大都市圏に向けて」

2016 年 11 月、委員会は「2056 年の私たちのシドニー大都市圏に向けて -『成

長を続けるシドニー計画』修正に係る草稿」（Towards Our Greater Sydney

2056-A DRAFT AMENDMENT TO UPDATE A PLAN FOR GROWING

SYDNEY）（以下、「2016 年草稿」という。）という長期計画の草稿を公開し

た。これは、2014 年に州計画・環境省が策定したシドニー大都市圏の 20 年計画

「成長を続けるシドニー計画」（A Plan for Growing Sydney）の修正案であ

り、特にこの 2016 年草稿では、大都市圏中央部及び西部の重要性に焦点を当てた

修正が行われている。2016 年 11 月から 2017 年３月までに 2016 年草稿にウェ

ブページ、メール、郵送で寄せられた 2,341 件の住民の意見を加えて、2017 年

10 月に委員会は「2056 年の私たちのシドニー大都市圏３つの都市の都市圏 ‐

人々をつなぐ」（Our Greater Sydney 2056 - A metropol is o f three c i t ies

- connect ing people）（以下、「 2017 年草稿」という）を公表した。この

2017 年草稿も、シドニー大都市圏の計画策定に向けた草稿であり、委員会は最終

版の作成のため、引き続き住民からの意見を募集している。

シドニー大都市圏が現在の約 470 万人から、今後 40 年間で 800 万人都市とな

ることを想定している。人口が増加し、都市が拡大する中でも、居住者の通勤時

間を 30 分以内とするために、都市機能を西部に重点的に移転していくことである

122。

122 Greater Sydney Commission (2017), p.6.

70

図 58 多核型の都市圏として発展するシドニー大都市圏の図 123

123 Greater Sydney Commission (2017), p.7.

71

図 59 シドニー大都市圏委員会の都市圏内各地域計画案 124

124 Greater Sydney Commission, Draft Greater Sydney Structure Plan 2056 – the three cities,

https://gsc-public-1.s3.amazonaws.com/s3fs-public/draft_gsrp_structure_plan_-

_the_three_cities_a4_landscape.pdf (Accessed: 20 March 2018).

72

おわりに

本稿では、シドニー市及びシドニー大都市圏の五輪前の都市計画、現在の状

況、現在の都市計画について概観してきた。1993 年時点でシドニーにはオペラハ

ウス、ハーバーブリッジ、シドニータワーのようなランドマークや、既存の高層

ビルの多くが建設されていたため、現在までに大きく都市構造が変化したとは言

いがたい。しかしながら、都市圏の多核化や公共交通網の整備、都市部の再開発

などの変化が 25 年前のシドニーと現在のシドニーの姿を変えてきた。

1964 年東京五輪が開催された頃、東京では「メタボリズム」（新陳代謝）と呼

ばれる建築運動が世間の目を集めていた。近未来的な都市のデザインが描かれ、

有機的に成長を続ける都市の「細胞」のメタファーのような建築も生まれた。そ

れに比べると、90 年代のシドニーの都市計画は実務的で地味なものが多いように

も見える。しかしながら、都市のエネルギー源となる人口の増加に続いて、都市

の血管とも呼べる公共交通網が拡大し、新たな都市の核が作られていく過程を俯

瞰していくと、シドニーという都市の息遣いを読み取ることができるようにも感

じる。

現在の日本の各都市とは対照的に、シドニーでは人口増加への対応が迫られて

いる。2016 年に NSW 州都市計画大臣（Minister o f Planning）によって、シ

ドニーの今後の成長の姿として、高層ビル群の建設によって人口を吸収する「上

海モデル」か、メゾネットのような集合住宅の建設によって人口を吸収する「バ

ルセロナモデル」かの２択が提示された 125。同大臣は方向性として「バルセロナ

モデル」を提示したが、いずれのモデルを採用してもシドニーに根付く歴史や文

化、地理的要因やこれまでの都市計画が今後も「シドニーらしさ」を形づくって

いくことには疑いがない。本稿では 1993 年から 2018 年までの四半世紀を対象と

してシドニー五輪開催前の都市計画を紹介し、現在のシドニーの主要な都市計画

まで概観したが、これから日本に帰任する筆者が四半世紀後に再びシドニーを訪

れる頃にはどのような都市になっているのか、目にする日を心待ちにしている。

本稿には、各計画中の内容に加えて、当事務所で市内の視察対応時に説明して

いるような内容も書き記している。本稿が日本の都市計画の参考としてだけでな

く、シドニー大都市圏内への視察等の際の参考資料としても活用していただけれ

ば幸いである。

125 Saulwick, J. and Gair, K. (2016).

73

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26 日

【執筆者】

シドニー事務所

所長補佐小松俊也（東京都派遣）

シドニーの都市計画2018/03/20 · sydney）（以下、「シドニー市1994...

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