プロローグ - alphapolis...13 勇者のその後 1 12...

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Page 1: プロローグ - AlphaPolis...13 勇者のその後 1 12 うん、だから今から楽しみに行こうとしたんだが。「だ・か・ら。私と楽しみましょぉぉぉぉ!!」
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5  勇者のその後 1

プロローグ 勇者、魔王を退治する

「これで終わりだ、魔王ガルバラァァァァァァァーッ!!」

俺は魔王の胸に聖剣を深々と突き刺す。

「ゴフッ……まさか、この我わ

が倒されるとは……見事だ、勇者よ。貴様のその力……魔王

の名において称た

えようぞ」

魔王が、緑色の血を吐きながら俺を見つめる。

「だが、その力、強大すぎるが故ゆ

に、貴様はこれから絶望に襲われるであろう……」

オイオイ、いかにもファンタジー物のラスボスみたいな台せ

りふ詞

だな。

絶望っていうのはあれだろ? 

平和になったら、王様達が英雄である俺を恐れて毒殺と

かしてくるってパターンだろ? 

そんな話、どっかで聞いた事あるわ。

「言われなくても、この戦いが終わったら俺は元の世界に帰るだけだ。お前の考えている

ような事にはならないさ」

そう、俺、トウヤ・ムラクモは地球からやってきた異世界人だった。

ある日突然、ただの日本人だった俺は、この世界サフィールを支配せんと企た

くらむ

魔王ガル

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67  勇者のその後 1

ともかくこれで世界は救われた。

ゲームやアニメみたいに魔王の死と共に城が崩ほ

壊かい

したりしないし、魔王は自分の命と引

き換か

えに世界を破滅させる儀式を完成させたりもしなかった。

それどころか、魔王は勝利した俺を褒ほ

め称えてきたのだ。

ここまで正々堂々としつつ、敵である俺にさえ敬意を表したヤツは、人間魔族合わせて

も、この男くらいではなかっただろうか。

「トウヤーッ!」

などと考えていたら、魔王と俺の決戦場となったこの玉

ぎょく

座ざ

の間に誰かがやってくる。

俺の仲間達だ。

「よう、無事だったか、エアリア、ミューラ、バルザック」

ハーフエルフで魔法使いのエアリア、大だ

地ち

母ぼ

神しん

の神官ミューラ、最後に騎士のバルザッ

ク。彼等は世界有数の実力者であり、俺をこれまで支えてくれた仲間である。

「これは……ここですさまじい戦いが繰く

り広げられたのですね」

ミューラが綺き

麗れい

な金髪を揺ゆ

らしながら、その金髪よりももっと目立つ胸を揺らして、俺

と魔王の戦いでボロボロになった玉座の間を驚きと共に眺な

めているが、むしろ俺としては、

ミューラの胸の方がすさまじいです。

俺を魔王のもとに送るために、ミューラは敵の足止めをしてくれた。そのため、聖なる

バラを倒すために連つ

れてこられた。

まぁ、普通に考えれば、一般人に魔王を退治するなんて不可能だろう。

俺も最初はそう思っていた。

けど、違った。

俺には力があったのだ。正た

しくは、勇者として召

しょう

喚かん

された異世界人には力が与えられ

た、だ。

勇者は神より超

ちょう

常じょうの

力を授さ

かるという。その言い伝え通り、俺はとんでもない力に目め

覚ざ

めた。それこそ、漫画や神話に出てくるようなヒーロー同然の力だ。

地球に戻ったら、その力は失われてしまうだろうが、俺に未練はない。いや、全くない

かと言われたら多少はあるさ。

けどな……

「この世界にはさ、コンビニも水洗トイレもなければ、ネットで買い物も出来ないん

だよ」

「……よく分からん」

その言葉を最後に、魔王ガルバラは崩く

れ落ちた。

それは、世界を破は

滅めつ

の危機に追いやった魔王とは思えないほど、あっさりとした最さ

期ご

だった。

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89  勇者のその後 1

正直言って、バルザックにはいくら感謝してもし足た

りない。

「それで、魔王を……倒した、のよね?」

エアリアが不安そうに聞いてくる。

「ああ、魔王ガルバラは死んだよ。最期まで誇ほ

り高い戦士だった」

「誇り高い戦士? 

魔王がですか!?」

ミューラが驚きの表情で尋ねる。確かに魔王と言ったら邪じ

悪あく

な存在ってのが、相そ

場ば

だも

んな。

「ああ、戦いは正々堂々としてたし、卑ひ

怯きょうな

手段は一切使わなかった。それに最期は、自

分を倒した俺を褒め称えて、潔

いさぎよく

死んでいったんだよ」

「そう……ですか」

腑ふ

に落ちないといった感じのミューラ。だが、実際に戦った俺の言葉ならと受け入れて

くれた。

正直、魔王が最後に言った不吉な発言が気になるが、ソレは忘れていいだろう。

俺は地球に帰るのだから。

「じゃあ、帰ろうか!」

俺は不安をかき消すように、大きな声で宣言した。

衣い

装しょうは

ボロボロになり、パンツが半分見えている。胸など、今にも飛び出しそうなほど布

が破けていた。

「どこ見てるのよ!!」

目ざとく俺の視線を察知したエアリアが、俺のほっぺたを引っ張る。

「ひへへへへっ!!」

コイツは可か

愛わい

いんだが、どうにも嫉し

妬と

深いみたいで、俺が他の女の子を見ているとすぐ

に機き

嫌げん

を悪くするんだよな。あと本人の胸がささやかなのも、今キレてる理由の一つだと

思う。

ちなみにこの世界のエルフ系は、胸がペッタンなのがデフォルトっぽい。

「ははははっ、それだけスケベ心が出せるなら大丈夫そうだな」

などと豪ご

快かい

に笑うのは、チームのまとめ役バルザックだ。

彼は俺達よりも年齢が一ひ

回まわ

り上で、美人の奥さんと子供までいる。バルザックとは、こ

の世界に来てから一番長い付き合いだ。

彼は、俺を勇者として召喚した国の副騎士団長であり、俺の戦いの師し

匠しょうで

もあった。

いくら俺がすごい力を持っていても、戦い方が分からなければその力を発揮出来ない。

俺が召喚されてきた当初、悠ゆ

長ちょうに

訓練をしている時間などなかった。

だから、バルザックが俺の護衛兼け

師匠として旅に同行してくれる事になったのだ。

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1011  勇者のその後 1

俺は膝ひ

を突いて答える。

このあたりの礼儀は旅の間にバルザックが教えてくれた……というよりたたき込まれた。

貴族達と関わる事もあるだろうから、連中に舐な

められないように最低限のマナーを覚え

ろって言われて。

「ふははは! 

謙けん

虚きょ

じゃのう。だが今は誇ってよいのだぞ。何しろ魔王を倒したのだから

な!」

王様は大喜びだ。王様だけじゃない、大臣や護衛の騎士達も笑顔を見せている。皆、疲

れ果ててはいるものの、その表情は安や

らぎに満ちていた。

人々の笑顔を見れば、これまでの苦しい戦いの日々も報む

われるってもんだ。

「さぁ、今日は宴う

たげじ

ゃ!! 

備び

蓄ちく

の食料を出して民に振ふ

舞ま

うがよい!!」

「「「「おおぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」」

こうして、魔王を倒した事を国民に知らせるための大宴会が行われた。

「がっはっはぁぁぁぁ!!」

「ぐはははははっ!!」

町のあちこちで、酔よ

っ払ぱ

った男達がぐでんぐでんになっている。

いや、男だけじゃない。女や子供も浮かれていた。

 

「よくぞ帰ってきた! 

勇者トウヤよ!!」

俺を迎む

えてくれたのは、豪ご

奢しゃ

な服を着たこの国の王様だ。

魔王を倒した俺達は、転移魔法を使って俺を召喚した国、ハジメデ王国へ帰ってきた。

そして魔王の亡な

骸がら

を門番の兵士に見せると大騒ぎになって、すぐに謁え

見けん

の間ま

に通された

のだ。

魔王の軍勢との戦いで心労が溜た

まっていたのか、王様は初めて会った時よりも痩や

せて

いた。

だが、その目に絶望はない。むしろあるのは希望の輝きだ。

「……」

「……」

妙に静かだと思ったら、エアリアとミューラが緊き

張ちょうで

ガチガチに固まっている。

まぁ無理もないか。二人共途中からパーティに参加したので、貴族のような身分の高い

人々とは無む

縁えん

の生活だったからな。

「家臣からの報告で聞いたぞ。遂つ

に憎に

っくき

魔王を打ち倒したそうだな」

「仲間の助けがあったからこそです」

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1213  勇者のその後 1

うん、だから今から楽しみに行こうとしたんだが。

「だ・か・ら。私と楽しみましょぉぉぉぉ!!」

あ、うん、こりゃ駄だ

目め

だ。

俺はエアリアに引きずられて、どことも知れない宿へ連れ込まれたのだった。

あ、ちゃんと楽しい事は出来ましたよ。最後はゲロ臭い事になったけど。

翌朝、目が覚めた俺は、隣と

なりで

眠るエアリアを起こさないようにベッドから出て、服を着

替える。

着たのは、どこか気取った雰囲気のある仕立てのいい衣装、地球の服だ。

俺はこれから地球に帰る。だから、この世界で纏ま

っていた戦うための服はもう必要ない。

準備が整った俺は音を立てずにドアを開け、宿をあとにした。

やってきたのは懐な

かしい場所、儀式の間。

石の床に石の壁。床には大きな魔法陣が描え

かれ、壁には銀の燭

しょく

台だい

がかけられていた。

燭台には、魔術効果を増ぞ

幅ふく

させる粉ふ

末まつ

が練ね

り込まれた蝋ろ

燭そく

が灯と

り、独特の匂に

いを発して

いる。

「早かったな」

城下町全体が巨大な宴会場となり、あちこちで飲めや歌えの大騒ぎになっていた。

「うふふふぅ、私酔っ払っちゃったぁ」

「じゃ、じゃあ俺が家まで送ってやるよ」

「そんな事言って、私にイタズラする気なんでしょー」

酔った女を介か

抱ほう

する名目で近づいた男を、あっさりとかわす女。

「でもいいわ! 

イタズラしてもいいわよー! 

だって魔王が死んだんだもの! 

死んだ

夫も許してくれるわよー!」

「イザベラ! 

俺本気だぜ! 

本気でお前が好きなんだよ! 

トムの分も俺が幸せにする

からよ!」

なんかいい感じに開放的になってるっぽい。

俺も可愛い女の子をナンパしたらイケるかな? 

だって勇者だよ俺?

うん、ちょっとナンパしに行こっと。

「ちょっとー、どーこ行くのよぉぉぉ!」

と、後ろから誰かが抱きついてきた。いや、誰かは分かるけどさ。

「酔ってるなー」

そう、エアリアだ。

「ねぇトウヤァ、せっかく魔王を倒したんだからぁ、もっと楽しみましょうよ!」

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1415  勇者のその後 1

む力が弱いみたいだけど、まぁ自分で飛び込めば問題ないか。

穴が大きくなり、もう少しで俺が入れる大きさになる。飛び込めば、俺は元の世界に帰

れる。

その時だった。

「トウヤ!!」

儀式の間の扉を開けて、誰かが入ってきた。

「エアリア!?」

「馬鹿! 

何で黙って行っちゃうのよ!!」

よほどあわてて着替えてきたのだろう。エアリアの服は裾す

がはみ出ていたりボタンを掛か

け違えていたりと、少々はしたない事になっていた。

「わりぃ、未練が残らないようにと思ってさ」

「自分勝手な事言わないでよ、馬鹿!」

あー、うん、これは甘んじて受けよう。

「すまん」

「もっと、もっといればいいじゃない! 

魔王は倒せたんだし、いつでも帰れるんで

しょ!」

まぁそれはそうなんだけどね。

バルザックだ。今日は鎧を着ておらず、いかにも貴族然ぜ

とした格好である。

「目が覚めちまったんでね」

「魔法使い達の準備は出来ている。いつでも元の世界に帰れるぞ」

「じゃあ早さ

速そく

頼むよ」

俺は魔法陣の中央に入っていく。

「別れの挨あ

拶さつ

はしていかなくていいのか?」

「必要ない」

そうだ、挨拶なんていらない。そんな事をしたら未練が残るからな。

「始めてくれ」

魔法使い達が呪文を唱と

え始めると、蝋燭の放つ独特の匂いが強まり、火の勢いが増す。

そして床の魔法陣が淡あ

く光を放ち、次第にその輝きを強めていく。儀式の間に高密度の

魔力が満ち、俺の真上、部屋のちょうど中心に点が生まれた。

点は少しずつ大きくなり、やがて穴となる。穴はゆっくりと室内の魔力を呑の

み込み始め、

それはまるで巨大な鯨く

じらが

食事をしているかのようだ。

初めてこの世界に召喚された日の事を思い出す。

あの時も目の前にこの穴が現れたんだ。

そして、とんでもない力で俺を吸い込んでこの世界に飛ばした。あの時と比べて吸い込

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1617  勇者のその後 1

ただ、この世界でもかなり貴重な品らしく、俺も冒険の途中で偶然手に入れる事が出来

たのだ。

で、この中にはこれまでの旅で手に入れた品と、ここに来る前に王様の使いに貰も

った財

宝の数々が入っていた。世界を救った英雄には安い報ほ

酬しゅうか

もしれないが、と言われて渡さ

れた財宝だった。

見た感じかなり価値がありそうなので、マジ一財産である。地球で売るなら手に入れた

理由を考えないといけないなぁ。

「私は未練にならないの!?」

と、そこでエアリアから爆弾発言が飛んだ。周囲の魔法使い達が動ど

揺よう

して魔法の制せ

御ぎょ

一瞬不安定になったが、すぐに安定する。マジ制御に集中してください。

「ねぇ、私は貴あ

なた方

にとってただの仲間でしかなかったの!?」

このタイミングで答えにくい事を……

ほら、バルザックがニヤニヤしながらこっちを見てやがるじゃないか。

「あー、ソレはだな……」

「答えて! 

未練を残したくないのなら、私の未練も残さないで!」

ぐっ、そう言われるとな。

「……俺は」

「そうもいかないさ、俺はこの世界の人間じゃないんだ。魔王を倒したあと、余計な混乱

を招ま

かないためにも帰らないといけないんだ」

これは魔王から暗あ

に示された内容だ。

魔王を倒した力を持つ俺がこの世界に残れば、俺が第二の魔王になるかもしれない。地

球でそういう話を耳にした事もあった。この世界でそれが起こらない保証はない。

「馬鹿ぁ、何で自分ばっかり貧乏くじ引こうとするのよ。もっと良い目を見たっていい

じゃない」

ははは、まぁ確かにな。

魔王との会話がなければ、俺ももう少しだけこの世界に滞た

在ざい

していたかもしれない。

「そうだな、でも長居したら未練が残るしさ」

平和になったこの世界で、俺は英雄として多くの人にもてはやされるだろう。

地球では絶対に得られない賞

しょう

賛さん

だ。けど、それを味わったら帰る気がなくなりそうな気

がする。

それはイカン。魔王の言葉通りになってしまう。

「それに、色々良い物も貰も

ってるからな。金銀財宝とかさ」

そう言って、俺は懐

ふところの

ポケットから小さな袋を出した。これは「魔法の袋」という名

前のアイテムで、ファンタジーゲームでお約束の、いくらでもアイテムの入る袋である。

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1819  勇者のその後 1

仕方ない。未練になりそうだったから言わなかったけど、これで最後だ。言ってしま

おう。

「俺はお前の事好きだぜ! 

旅の間一緒にいて楽しかったからな!」

「っ!」

瞬間、エアリアの顔が喜びで満ち、頬ほ

を朱し

に染める。

そして感か

極きわ

まったのか、口元を手で覆お

い、目じりに涙が光る。

「俺は帰らなくちゃいけない……けど、お前と一緒にいた事は忘れない!」

「私も、私も貴方の事忘れない! 

絶対、絶対忘れない! 

貴方との思い出を一生大事に

する!!」

そう言って、反射的に自分のお腹な

をさするエアリア。待て、その動作は何だ?

「貴方が最高の勇者様だった事をずっとずっと伝えていくわ! 

貴方への思いを忘れない

ために!」

待って、誰に伝えるの? 

アレな関係になったのは昨夜が初めてでしたよ。

「あ、うん。よろしく」

我ながら、なんだこの返事。

と、そこで遂に穴が広がりきった。

「ともあれ、旅は苦しく辛かったけど、皆がいてくれたから諦あ

きらめ

る事はなかった。ありが

とう」

「私もよ!」

「バルザックも奥さんによろしく」

「ああ、本当は家内の作った料理を食べさせてやりたかったんだがな」

「ミューラにもよろしく。今度会ったらオッパイ揉も

ませてって伝えておいてくれ」

ここにはいない神官のミューラへの伝言を残す。

「ば、馬鹿! 

エッチ! 

いやらしい事言ってないで、さっさと帰りなさいよ!」

エアリアが嫉し

妬と

と怒りで顔を真ま

っ赤か

にして叫ぶ。

「ははは、じゃあな」

俺は広がりきった穴に足を踏ふ

み入れた。

「さようなら! 

絶対忘れないから!」

「向こうでも達た

者しゃ

でな!」

二人の声を聞きながら俺は穴の中へ入っていく。

「トウヤさぁーん!」

穴に入る直前、聞き慣れた声が耳に入ってきた。ちょうど今話をしていたミューラの声

だ。だが残念、俺はもう穴に入ってしまった。言葉を交か

わす事はもう出来ない。

全身が穴に浸ひ

る。まるで体が掃除機に吸い込まれているような錯さ

覚かく

に陥お

ちいる

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どこまでも落ちていく、次元を渡る感覚。

……が、突然消えた。

「……?」

目を開ければ、そこはさっきまでいた儀式の間だ。

目に映るのは、エアリア、バルザック、ミューラ、そして儀式を執と

り行っていた魔法使

い達。

「あれ?」

俺は困惑しつつも、魔法使い達を見る。

困惑していたのは彼等も同じだったらしい。彼等はなにやら慌あ

てた様子で相談を始めた。

「えーと……」

すごく居い

心ごこ

地ち

が悪い。

だって別れの挨拶をした直後だよ。ドラマなどでよくあるけど、感動的な別れのシーン

のあとで乗るバスを間違えたような気まずさだ。

「間に合わなかったみたいですね……いえ、間に合ったと言うべきでしょうか?」

そう言ったのは、ギリギリで儀式の間に飛び込んできたミューラだ。

「どういう事だ? 

何か知っているのかミューラ?」

ミューラが頷う

なずく

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2223  勇者のその後 1

第一話 勇者、異世界に居残る

「まぁ座れや」

バルザックに促う

ながさ

れて、俺は椅い

子す

に座る。

ここはさっきまでいた儀式の間ではなく、城下にあるバルザックの屋敷だ。

「しっかし大変な事になったな。まさか元の世界に帰れなくなるとは」

バルザックの言う通り、俺は元の世界に帰れなくなってしまっていた。

しかもその理由は、レベルの上げすぎが原因でだ!

話は、俺を地球に戻すための逆召喚魔法が失敗に終わったところまで戻る。

「貴方を元の世界に帰す事は出来なくなりました」

神官のミューラと儀式を行っていた魔法使い達はそう言った。

「ど、どういう事なんだ!?」

俺は当然の如ご

くミューラ達を問いただした。

「私が話すよりも専門家に聞いた方がいいでしょう」

そして魔法使い達も俺のもとへとやってきた。

「申し訳ありません、勇者様」

「トウヤさんには申し訳ないんですが」

彼等は異い

口く

同どう

音おん

にこう言った。

「貴方を元の世界に帰す事は出来なくなりました」

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2425  勇者のその後 1

そう言ってミューラが一歩下がると、魔法使いの一人が前に出てくる。

「では、私が説明いたします」

魔法使いが話した内容は、到底受け入れがたいものだった。

「この逆召喚魔法は、召喚された勇者様を元の世界にお返しするためのものです。魔法の

系統としては転移魔法に近いですな」

「それが何で帰れなくなるんだ? 

まさか元の世界の場所が分からなくなったって言うの

か?」

「いえ、そういう訳ではありません。逆召喚先の座ざ

標ひょうは

、勇者様自身の魂が記憶しており

ますので」

「魂が記憶している?」

「ええ、動物に帰き

巣そう

本能があるように、人間の魂にも元の世界の場所を本能的に察する能

力があるのです。逆召喚魔法はそれを利用した魔法ですので、転移先を見失う事はござい

ません」

「じゃあ何で、元の世界に帰れなくなったんだよ!!」

俺が怒ど

鳴な

ると、魔法使い達は言いにくそうに言葉を濁に

らせる。

「落ち着いてトウヤさん。貴方が怒ると、この方達も話しづらくなりますよ」

ミューラが俺の手を掴つ

んで諌い

めてくる。

「……すまない。続けてくれ」

目の前で揺れるミューラの胸に意識を奪う

われた事で、俺は冷静な気持ちを取り戻した。

俺の別の場所は冷静でなくなったが。

「実はですね、過去にこの儀式を行ったのに元の世界に帰れなかった勇者様についての伝

承があったのですよ」

「俺の他にも帰れなかった勇者が!?」

「ええ、その勇者様はすさまじい魔法の使い手だったそうで、どうやらソレが原因で元の

世界に帰れなくなってしまったようなのです」

「どういう事だよ!?」

すごい魔法を使えると何で帰れなくなるんだ!?

「つまりですね……魔法に長た

けているという事は、魔法に対する抵抗力もすさまじいとい

う事なのです」

おい、まさか……

「お気づきになられたかとは思いますが、勇者様が帰れなくなった理由は、勇者様の魔法

抵抗力が我々全員の力を超こ

えてしまったのが原因なのです」

「な、なんだってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

俺は心の底から絶ぜ

叫きょうし

た。

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2627  勇者のその後 1

 

「まさか、トウヤが強くなりすぎたせいで帰れなくなっちゃうなんてね」

俺の隣に座ったエアリアが、ため息を吐きながら辛つ

い事実を口にする。

だが、その口ぶりとは裏腹に、彼女の声は弾は

み、口こ

角かく

は緩ゆ

み、俺の腕にがっしりとしが

みついていた。

言ってる内容と態度が違いすぎませんかね?

「私がトウヤさんが帰れないかもしれないと知った理由も、先ほどの話に出た過去の勇者

様の伝承を大司教様よりお聞きしたからなのです」

向かいの席に座ったミューラがため息を吐く。こちらは随ず

分ぶん

と艶つ

っぽいため息だ。

「転移魔法を始めとした空間魔法は、空間を捻ね

じ曲ま

げて場所と場所を繋つ

げる魔法。同じ世

界間を行き来する分には安定していますが、遠く離れた異世界と繋げる事は非常に危険。

そのため、魂が本能的に抵抗してしまうのが原因ではないか、というのが教会の専門家達

の見け

解かい

です」

「はぁ……どうしたモンかね」

結局、魔法使い達が全力で俺が元の世界に帰れる方法を探すからそれまで待っていてほ

しいという事で、話は終わりになってしまった。なんとも世せ

知ち

辛がら

い話ですよ。

んで、そこで待つのは魔法使い達の邪じ

魔ま

だからと、バルザックが自分の屋敷に招待して

くれたのだ。

「まぁ現状は待つしかないだろ。帰る方法が見つかるまでは俺の屋敷で暮らせばいいさ」

「助かるよ」

「という訳でだ、そろそろ飯にしようか」

バルザックが指を鳴らすと、ドアが開いて何人もの女性が料理を運んでくる。

「まだ朝飯を食ってないだろ? 

食って元気になれ!」

そう言って自分のグラスに酒を注つ

ぐバルザック。

「朝っぱらから酒かよ」

「はははっ、魔王退治の褒ほ

美び

でしばらくは騎士業も休みだからな!」

なるほどね。けどまぁ、この世界で朝から酒を飲む人間は珍しくない。

地球と水事情が違うこの世界では、井戸、湧わ

き水、雨水の三つに飲み水が限られている。

生なま

水みず

をそのまま飲むのはまずいので、一旦沸わ

かして冷ますかお茶にして飲む。

しかしお茶の葉は高価なので、庶民が飲むのは白さ

湯ゆ

かバレアと呼ばれる木の皮を燻い

した

お茶の代用品だ。

さらに言えば、湯を沸かすにも薪ま

が必要なので、大人は大抵薄めた安い酒を水代わりに

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2829  勇者のその後 1

飲む。

あらかじめ冷さ

ましたお湯で薄めた酒ならアルコール度数も少ないしね。

「おいトウヤ、これが俺の嫁が作った料理だ! 

美う

味ま

いぞ! 

食ってみろ!」

早速酔っ払ったのか、バルザックが俺の背中を叩きながら料理を勧す

めてくる。

バルザックの気き

遣づか

いがありがたい。

こういう時は一人になりたいもんだが、それだと悪い方向にドンドン思考が向いてし

まう。

だから、バルザックはあえて騒がしくする事で俺の気を紛ま

らわせようとしてくれたのだ

ろう。

「俺の嫁の料理は世界一だからな!!」

嫁さんを自慢したい訳ではないと思いたい。

食事が終わった俺は、使用人に案内されて自分のために用意された部屋へやってきた。

「こちらのお部屋をご使用くださいませ。御ご

用よう

の際はベルでお呼びください」

使用人はそれだけ言うとそそくさと去っていった。

「ふぅ」

数少ない荷物をテーブルの上に置きベッドに倒れ込むと、ふかふかの布団が俺を優しく

包んでくれる。

旅の途中で泊まっていた安宿のベッドとは大違いの気持ち良さである。

「はぁ~」

ため息が出る。それは陰い

鬱うつ

な気持ちを吐き出した訳ではなく、長い旅が終わった事で、

ただただ気が抜けたからだ。

俺は旅の記憶を思い出していた。

旅が始まってから戦い詰めだった。苦しんでいる人を救い、魔族の作戦を破り、時に人

間の陰い

謀ぼう

も暴あ

いた。

ある時は反は

目もく

する二つの種族を和わ

解かい

させ、またある時は船乗り達に恐れられる巨大な海か

魔ま

を倒した。

とある軍事国家では選せ

民みん

思想が行きすぎていたが、それを利用していた魔族の存在を暴

く事で国家を正しい方向へ導いた。

地上の戦いに無関心だった孤こ

高こう

の種族達を説得して他ひ

人と

事ごと

ではないと理解させ、協力を

得る事が出来た。深いダンジョンの中に眠る伝説の武器を手に入れたりもした。

だが……

「戦った記憶しかないなぁ」

俺の思い出の中にあるのは、戦いの記憶ばかりだった。そこには、戦い以外何もない。

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3031  勇者のその後 1

この世界はどんな世界なのか。様々な種族が何を考え、何を食べ、何を楽しんでいるの

か。そういった記憶がほとんどなかった。

「そうだな、そういうのもアリか」

ふと俺は思いつく。どうせする事がなくなってしまったのなら……

「地球に帰るアテが出来るまで、この世界をもう一度見て回るのもアリかな」

元の世界に戻るまでの暇ひ

つぶし。少なくともその時は、本気でそう思っていた。

俺はバルザックの屋敷を出て、城下町を散さ

策さく

していた。

勇者だとバレると面倒なので、服装はこの世界の普通の平服だ。

「勇者様が世界を救った記念に、今日の串焼きは銅貨一枚分おまけだよ!!」

「たった一枚かよ!」

安売りを謳う

う店主に客が冷やかしの声を上げる。

「一枚でも安い方がいいに違いねぇだろうが!」

「違いねぇや。親父二本くれ!」

「あいよ!」

どうやら冷やかしと言っても、本当に非ひ

難なん

している訳ではなかったらしい。

客が集まりだし、それに対抗するように他の店も安売りを始める。

「ウチの串の方が美味いよ! 

ウチも銅貨一枚安くするよ!」

「いやいやウチの方が美味いよ!」

と言いつつも、値段はそこまで下げようとはしない。あまり安くしたら儲も

からないから

だろう。

地球でも安売りをウリにしていたファストフードが、後年それが原因で苦労していたか

らな。

「俺も二本くれ」

「毎度! 

っと、兄ちゃん見ない顔だな。旅の人かい?」

「ああ、たまたまこの国に来たらこの騒ぎさ」

嘘うそ

は言ってない。騒ぎの原因は俺だけどな。

「そりゃあいいタイミングで来たな! 

なにせ勇者様が魔王を倒した祝いの日だ!」

「魔王を倒したって!? 

ホントの話なのか?」

とぼけたふりして聞いてみる俺。

「おうともよ! 

王様がお触ふ

れを出したんだ。魔王を退治しに旅に出た勇者様が魔王の首

を持って帰ってきたってな」

まぁ間違いではない。首から下も持ってきたが。

倒した相手の死体を持ってくるのは少々気が引けたが、ちゃんと証

しょう

拠こ

がないと皆安心出

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3233  勇者のその後 1

来ないもんな。

一応王様には、見せしめが終わったら、魔王の死体は綺き

麗れい

にして埋ま

葬そう

してほしいと頼ん

である。

敵ではあったが、正々堂々とした戦士だったし、命を懸か

けて戦った相手の死体を辱

はずかしめ

る事はしたくなかったのだ。

本当なら晒さ

し首にするのも反対だったのだが、これまで魔王の被害に遭あ

った民の心の傷

を癒い

すのに必要だと言われては納得するしかなかった。

この世界には生命保険なんてものはないし、裁判を行って慰い

謝しゃ

料りょうを

取る事も出来やしな

い。だからせめて鬱う

憤ぷん

を晴らしてやる必要があるんだろう。

そんな事を考えながら、俺はふとある事を思いついて屋台の店主に追加注文をする。

「悪いけど、あと二〇本追加で頼む」

「あいよ!」

挨拶しておきたい人がいたのを思い出したのだ。

 

「すみませー……」

「さぁ溜まった借金、まとめて支払ってもらおうか!!」

ドアを開けたら、なんだかテンプレな台詞が聞こえてきた。

これは返事を期待出来そうもないと思ったので、俺は勝手に建物の中へ入る。

「もう少しだけ待ってください!」

「そう言って何ヶ月だ!? 

もう待てないんだよ!」

典型的な借金取り立ての会話だ。

確かにこの建物はボロボロで、隙間風は入り放題。雨が降ったら雨あ

漏も

りで桶お

だらけにな

る。とても借金を返すどころではないだろう。

けど、ここの主は以前俺が来た時には借金をしている素そ

振ぶ

りなどなかったんだがなぁ。

「ともかく、金が返せないのならあんたの体で払ってもらおうか!」

「いやっ! 

放して!」

おっと、悠長にしてられないみたいだ。そろそろ突入しないと。

「そこら辺にしといてもらおうか」

俺は図は

ったようなタイミングで会話に割り込む。

「なんだ手て

前め

ぇは!」

部屋の中にいたのは十代後半くらいの女の子が一人と、三十代くらいの目つきの悪い

オッサン二人だった。

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3435  勇者のその後 1

「ここの関係者ですよ」

そう言って俺は女の子の前に立って、オッサン達から守る姿勢を見せる。

「関係者だぁ?」

「っ! 

貴方は!?」

女の子の方は俺の顔を見て、すぐ気づいてくれたみたいだ。

たった数日の付き合いだったが、ちゃんと覚えててくれたと思うと嬉しい。

「一体これは何事ですか? 

神聖な教会でシスターに乱暴なんてしたら神罰が下りま

すよ」

そう、目の前の女の子はシスターだった。

紺こん

色いろ

の衣装を纏い、髪をベールで隠す典型的なシスターの格好だ。まぁ、地球のシス

ターの服とはちょっとデザインが違うが。

「けっ、こんな貧乏教会で何が神罰だ! 

文句があるのなら借金を返してから言えってん

だ!」

まぁ道理だわな。金貸しも慈じ

善ぜん

事業じゃない訳だし。

「返済の契約はどうなってるんですか?」

「借金は金貨が二〇枚。月々銀貨五枚返済でそのうち利息は銀貨一枚だ。だが、ここんと

ころ支払いが滞

とどこお

ってるから滞納分の銀貨二〇枚をまとめて払ってもらうぜ」

つまり四ヶ月支払いを滞納してる訳か。そら借金取りも怒るわ。

「分かりました。俺が銀貨二〇枚を支払いましょう」

「え? 

で、でも」

「おお、そいつはありがてぇ。それじゃあ銀貨二〇枚今すぐ支払ってくれ」

困惑するシスターをよそに、借金取りは金さえ貰えれば相手は誰でも良いとばかりに手

を出してくる。

俺は魔法の袋から銀貨二〇枚を取り出すと、借金取りに差し出す。

「へへ、毎度あり! 

良かったな姉ちゃん。これでしばらく身売りの心配はなくなった

じゃねぇか。次の支払いもよろしく頼むぜ」

それだけ言うと、借金取り達は上機嫌で教会を出ていった。

「大丈夫かい?」

俺はシスターに声をかける。

「あ、ありがとうございます。何とお礼を言ってよいやら。その、お借りしたお金は必ず

返しますので!」

だがシスターは、まるで俺が借金取りかのようにペコペコと頭を下げてくる。

「気にしなくていいですよ。俺はここの神父さんに助けられましたから」

そうなのだ。

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3637  勇者のその後 1

かつて俺は、王都近くで起きている騒そ

動どう

を治お

めるために奔ほ

走そう

し、この教会の神父に助け

られたのである。

ここに来たのも、その時の礼をするためだったのだ。

ついでに言えば、シスターとはその時にほんの少しだけ顔を合わせていた。

「ところで神父さんは?」

「……」

だがなぜか、シスターは神父の事を聞いたとたん口を噤つ

んでしまう。

「もしかして……」

「……神父様は、数週間前に起きた魔物の大発生の際、子供達を守るために戦われ、その

まま……」

なんてこった。

数週間前の魔物の大発生というのは、魔王四天王最後の一人である風のバーストンが魔

界大儀式を行って魔界とのトンネルを開け、世界中の魔物を活性化させた出来事だ。

あの儀式によって魔物達は強化され、大暴れした。俺達が儀式を中断させ、トンネルを

閉じるまでかなりの被害が出たと聞いている。その時の被害がこの国にも及お

んでいたのか。

いや、常識で考えれば出ないはずがない。気づかないように自分をごまかしていただけだ。

「じゃあ借金ってのは」

「ええ、神父様が亡な

くなった事で借金を返すアテがなくなってしまって……ここのところ

の魔物の増加で薬草を採と

るのに難な

儀ぎ

していて、借金の返済どころではなく……」

くそ、もう少し早く魔界とのトンネルを閉じていれば……いや、あの時はあれで精一杯

だった。あれ以外に方法はなかったんだ。今考えるのは借金を返済する事だ。

「お姉ちゃん、アイツ等ら

帰った?」

と、そこに現れたのは、ボロボロの服を着た子供達。

「あ、ご、ごめんなさいね。お客様がいらしてたから」

シスターは慌てて立ち上がり、子供達に駆け寄る。

「……あ! 

あの時のお兄ちゃんだ!」

お、どうやら子供達も俺の顔を覚えていたみたいだ。

「よう、久しぶり。お土み

やげ産

持ってきたぞ」

俺は顔見知りの子供に串焼きの入った袋を差し出す。

「わー! 

お肉だー! 

ありがとうお兄ちゃん!!」

「皆で分けるんだぞ!」

「うん!!」

串焼きを受け取った子供が、奥の部屋にいると思お

しき仲間達のところに串焼きを運んで

いく。

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3839  勇者のその後 1

「お土産まで頂いて、なんとお礼を言っていいか」

またしてもシスターが深々と頭を下げてきた。

「いいって。気にしないで」

「なるほどねぇ」

俺はシスターと子供達と共に、串焼き肉を食べながら話をしていた。といっても、肉は

串から外は

され皿に盛も

られている。孤こ

児じ

院いん

の子供達が多すぎて串焼きの数が足りなかった

のだ。

なんだか居酒屋で焼き鳥の串を抜いて皆で食べるみたいな光景だ。

「魔物の襲撃で親を亡くした子供はドンドン増えていきまして、遂にはこの人数です。働

ける子は安い仕事でもいいからと働いてもらっているのですが、それでも焼け石に水

で……」

だろうなぁ。幼い孤児に出来る仕事などたかが知れている。それに報酬だって足元を見

られているのは間違いない。数人がかりでやっと一人分の給料ってところだろうなぁ。

子供達の痩や

せ細った姿がそれを物語っている。

「ですので、借金の返済を立て替えていただいた事には本当に感謝しているのです」

これはなんと言うか、地球に帰れなかったのが功を奏そ

したって事だよな。

あのまま帰っていたら、今頃シスターは体で借金を返済する事になっていた訳で……

ちょっとシスターが体で借金を返すところを想像してしまったのは内緒だ。

「あの? 

どうかなさいましたか?」

「い、いえ何でも!」

何を考えていたのかは永遠に内緒にしておこう。ソレよりも今は、考えないといけない

事がある。

それは、どうやって借金を返すかだ。

俺が借金を返してもいいが、それでは俺がいなくなったらまた新しい借金を抱か

えてしま

うのは目に見えている。

だから、俺がいなくても借金を返せるだけの収入を得られるようにしてやらないといけ

ない。

俺は子供達に問いかける。

「皆がしている仕事ってどんな仕事なんだ?」

まずは子供にどんな仕事が任ま

されているのかを知る事にしよう。

「えーとね、薬用の毒ど

蛇へび

取り!」

いきなりヘビーなの来た。

「あとはー、荷物運び」

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4041  勇者のその後 1

まぁ健全か。

「薬の実験台」

ソレはヤバイ!

「食べられる草を採ってくる!」

食料は必ひ

須す

だからな。

「前は神父様と一緒に薬草を探してた」

「前は?」

「魔物が増えてきたせいで森に入る事が禁止されたのです。ですが、勇者様の手で魔王が

退治された今となれば、森での狩りや採さ

取しゅ

に許可が下りると思います。薬草採取さえ出来

れば教会秘伝のポーションを作れるようになるので、ゆっくりとですが、借金の返済は可

能になりそうです」

俺が質問すると、シスターが答えてくれた。なるほど、返済のアテはあるようだ。

となると、採取許可が出るまでのツナギの仕事が必要になる訳だが……何か良い仕事は

ないものかな。中世レベルの世界で子供でもそれなりに儲も

けられる仕事、しかも他の大人

の仕事と競合しない内容でないと……

ああ、それに危険な事もさせられないな。可能なら室内で出来て手間もかからない方法

で……って、そんなのある訳ないわ! 

借金返済をするならそれなりの稼か

ぎがいる。希き

少しょう

度ど

の高い商品でも売らないと不可能だ。

たとえば、ポーションを作るための薬草を容易に手に入れられれば……いや、それは無

理だな。

「待てよ」

そこで俺は気づいた。

薬草を手に入れるのが困難なら、いっそ栽培してしまえば良いのではないか。

「あの、どうかされたのですか?」

突然黙り込んだ俺に、シスターが話しかけてくる。

「ああ、借金を返済するため、いや借金をしないで済むための策を思いついたんだ」

「ええ!? 

本当ですか!?」

「また後日来るよ」 

俺は思いついたアイデアを実行するために教会を飛び出した。

 

「シスターいるかい?」

数日後、準備が出来た俺は再び教会へやってきた。

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