新宿三井ビルディング新宿三井ビルディング 【要約】...

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新宿三井ビルディング 【要約】 1974 年に竣工した 55 階建ての超高層建物の安心感および制震性能の向上を目的として、屋上設置 TMD による制震改修を行 った。1 ユニット当たりの錘の重量 300ton、錘の最大振幅約 2mの 2 方向対応の TMD を新規開発しており、シミュレーショ ン解析および実大試験体による実験によって、想定通りの性能を発揮することを確認している。 【耐震改修の特徴】供用しながらの補強、高制震性能、長周期地震動対策、資産価値向上、BCP(事業継続性)向上 【耐震改修の方法】 強度向上 靭性向上 免震改修 制震改修 仕上げ改修 天井改修 設備改修 液状化対策 その他( 12-008-2015 作成 種別 耐震改修 建物用途 事務所、店舗、駐車場 発 注 者 三井不動産株式会社 修 株式会社日本設計 改修設計・施工 鹿島建設株式会社 所 在 地 東京都新宿区 竣 工 年 1974 年(昭和 49 年) 改修竣工 2015 年(平成 27 年) 日建連 耐震改修事例集 ℂ2015 日本建設業連合会 当事例集の二次利用を禁止します。 お問い合わせ先 一般社団法人日本建設業連合会 建築部 〒104-0032 中央区八丁堀 2-5-1 東京建設会館 8 階 TEL 03-3551-1118 FAX 03-3555-2463 写真-2 屋上 D 3 SKY 施工中の写真 図-9 補強後の応答結果(レベル 2、短辺方向) 0 5 10 15 20 25 30 35 40 45 50 55 0.000 0.005 0.010 0.015 変形角(rad) 0 5 10 15 20 25 30 35 40 45 50 55 0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0 塑性率 EL CENTRO NS TAFT EW HACHINOHE NS 告示波神戸位相 告示波八戸位相 告示波乱数位相 既存超高層ビルの長周期地震に対する 安全・安心を実現した巨大 TMD ●建物概要 建物規模 地上 55 階・地下 3 階・塔屋 1 階 敷地面積約 14449 m 2 ,建築面積 9819 m 2 ,延床面積約 179579 m 2 構造種別 (地下部)鉄筋コンクリート造、鉄骨鉄筋コンクリート造 (地上部)鉄骨造 構造形式 (桁行方向)スリット壁付ラーメン構造 (梁間方向)スリット壁付ラーメン構造 + 妻面ブレース ●改修経緯 本建物は 1974 年に竣工した地上 55 階建ての超高層事務所ビルである。 構造は鉄骨造で、外周面に箱型鋼管柱を列柱状に配したチューブ架構で ある。耐震要素として、コア部に RC スリット壁(縦にスリットを設け たプレキャスト製の耐震壁)および建物妻面に鉄骨ブレースを配してい る。建設時に大臣認定を取得した高い安全性を有する構造で、現時点で も十分な耐震性能を保持しているが、長周期地震動対策および居住者の 安心感の醸成を目的として制震改修を実施した。 ●制震改修計画 写真-1 に改修竣工後の外観を、図-1 に制震改修概要を示す。本改修 では、D 3 SKY(Dual-direction Dynamic Damper of Simple Kajima stYle) と名付けた大型のTMDを新規開発し、これを6基屋上に設置した(図-2)。 TMD の設計にあたっては、大きな制震効果を狙うだけでなく、建物周期 の変動や同調ずれに対するロバスト性を確保するため、地上部総重量の 約 2.5%(有効質量の 6%強)の錘重量を確保している。なお、D 3 SKY は 平面 2 方向に対して効果を発揮するが、相対的に周期が長い短辺方向に は、テナントへの影響が比較的小さい 5~10 階のコア内の壁面に、減衰 係数切替え型オイルダンパー(HiDAX-e)を計 48 台設置し、さらなる耐 震余裕度の向上を図っている(図-3)。 ●D 3 SKY の構成 D 3 SKY 1 ユニットの構成を図-4 に示す。D 3 SKY は、既存梁の上に構築し た支持フレーム上に設置するものとし、①錘(重さ 300ton、60mm の鋼 板を重ねてPC 鋼線で緊結)、②吊ワイヤ(計8 本、吊長8.0m)、③水平 オイルダンパー(計4本、ストローク±2m)、④鉛直オイルダンパー(計 4本、上下動地震動対策)、および⑤鉄骨架構により構成される(図-5,6)。 水平オイルダンパーにはストローク制御機能を持たせており、設計想定 を上回る大地震時においても錘と鉄骨架構の衝突を防止している 1) なお、D 3 SKY の開発にあたっては、事前に 1 ユニット分の実大試験体 を用いた性能確認実験を行っており、錘の可動範囲や水平オイルダンパ ーの性能、および施工方法の確認を行っている。 ●TMD とは 本物件に採用した TMD(Tuned Mass Damper)は動吸振器とも呼ばれ、建 物の固有周期に同調させた錘の揺れを利用することで、大きな減衰効果 を得る技術である(図-7)。この技術は、高層ビルの風揺れ対策として は一般に用いられているが、大地震時においては錘の揺れ幅が大きくな りすぎるという問題があった。今回開発した D 3 SKY は、これを初めて大 地震に対応できるように改良したものである。 ●改修工事概要 写真-2 に D 3 SKY 施工中の写真を示す。D 3 SKY は、屋上に設置した 2 基 のタワークレーンを用いて、1 基ずつ組立を行った。最初に錘と水平オ イルダンパーを配置し、それを覆う形で鉄骨架構を組み立てる。その後、 ワイヤと鉛直オイルダンパーを設置し、錘の下部に設置したジャッキを 上下させて錘を懸垂させた。最後に外装を取り付けて完了である。 施工は、入居者が居ながらの状態で、夜間および休日を中心に実施し た。写真-3 に低層部ダンパーの、写真-4 に D 3 SKY の竣工写真を示す。 ●制震改修の効果 東北地方太平洋沖地震の際に、当該敷地で記録された地震動(速度ス ペクトル最大値約 40cm/s)を用いてシミュレーション解析をおこない、 補強効果を確認した(図-8)。改修前に比べて頂部変位がおおむね半減 しており、後揺れも大きく短縮されている。また本建物は旧 38 条に基 づく大臣認定建物であったが、この機に L2 既往波、告示波に対する安 全性を確認し(図-9)、新たに現行法の大臣認定を取得している。 ●設計者コメント 一般的に風揺れ対策とされている TMD を、約 40 年前に建設された超 高層建物の長周期地震動対策に実用化した意義は大きく、今後のストッ ク型社会の安全・安心に大きく貢献する技術であると考えている。 ●施工者コメント 超高層建物の屋上で大質量の TMD を組み立てるという前例のない工事 であったため、モックアップによる施工実験や、部材の揚重計画など、 綿密な事前検討を行った。その結果、入居者が執務を行いながら、ビル 運用に支障をきたすことなく、工程通りに無事完工することができた。 ●発注者コメント 東日本大震災以降、テナントの安心感と建物の安全性を高める必要を 感じ、設計者・施工者と協働して改修法を検討した。今回採用した屋上 TMD による制震改修工法は、眺望や有効床面積の維持が可能であるため、 既存超高層建物に対して極めて有効であると考えている。 ●参考文献 1)栗野治彦他:ストローク制御機能を有する超高層ビル用大地震対応 TMD の開発,AIJ 大会梗概集 2014,21375~21377 図-7 動吸振器(TMD)の原理 :動吸振器の制御力 :建物にかかる地震力 写真-3 低層部ダンパー 写真-4 D 3 SKY 外観 図-8 東北地方太平洋沖地震に対する頂部変位 写真-1 竣工後外観 図-1 制震改修概要 5-10F オイルダンパ (HiDAX-e) 大型 TMD D 3 SKY (屋上) (5~10 階) D 3 SKY HiDAX-e 塔屋 46 m 60 m 60 m 図-2 D 3 SKY 配置計画 図-3 HiDAX-e 配置計画 ③水平オイルダンパー ②ワイヤ ④鉛直オイルダンパー ①錘(300t) ⑤鉄骨架構 12.8m 10.6m 11.3m ②ワイヤ ④鉛直 オイルダンパー ①錘(300t) ③水平オイルダンパ図-4 D 3 SKY の構成 図-5 D 3 SKY 平面画 図-6 D 3 SKY 断面画 0 300 600( ) 揺れ幅を ほぼ半減 制震改修後(シミュレーション) 高い減衰効果により、 揺れの体感時間を軽減 制震改修前(観測値) 既存梁 ワイヤ 鉄骨架構 吊長=8.0 m 錘錘 11.3 m 10.6m 既存梁補強 鉛直オイル ダンパ水平オイル ダンパ支持フレーム スリット壁(既存) ブレース(既存) 錘中心可動範囲 12.8m 鉛直オイルダンパー 6.7m 4.4m 鉄骨架構 水平オイル ダンパー ワイヤ

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新宿三井ビルディング 【要約】 1974 年に竣工した 55 階建ての超高層建物の安心感および制震性能の向上を目的として、屋上設置 TMD による制震改修を行

った。1ユニット当たりの錘の重量 300ton、錘の 大振幅約 2mの 2方向対応の TMD を新規開発しており、シミュレーショ

ン解析および実大試験体による実験によって、想定通りの性能を発揮することを確認している。

【耐震改修の特徴】供用しながらの補強、高制震性能、長周期地震動対策、資産価値向上、BCP(事業継続性)向上

【耐震改修の方法】強度向上 靭性向上 免震改修 制震改修 仕上げ改修 天井改修 設備改修 液状化対策 その他( )

12-008-2015 作成

種別 耐震改修

建物用途 事務所、店舗、駐車場

発 注 者 三井不動産株式会社

監 修 株式会社日本設計

改修設計・施工 鹿島建設株式会社

所 在 地 東京都新宿区

竣 工 年 1974 年(昭和 49 年)

改修竣工 2015 年(平成 27 年)

日建連 耐震改修事例集

ℂ2015 日本建設業連合会

当事例集の二次利用を禁止します。

お問い合わせ先 一般社団法人日本建設業連合会 建築部

〒104-0032 中央区八丁堀 2-5-1 東京建設会館 8階

TEL 03-3551-1118 FAX 03-3555-2463

写真-2 屋上D3SKY施工中の写真

図-9 補強後の応答結果(レベル2、短辺方向)

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0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0

塑性率

EL CENTRO NS

TAFT EW

HACHINOHE NS

告示波神戸位相

告示波八戸位相

告示波乱数位相

既存超高層ビルの長周期地震に対する

安全・安心を実現した巨大TMD ●建物概要

建物規模 地上55階・地下3階・塔屋1階

敷地面積約14449 m2,建築面積9819 m2,延床面積約179579 m2

構造種別 (地下部)鉄筋コンクリート造、鉄骨鉄筋コンクリート造

(地上部)鉄骨造

構造形式 (桁行方向)スリット壁付ラーメン構造

(梁間方向)スリット壁付ラーメン構造 + 妻面ブレース

●改修経緯

本建物は1974年に竣工した地上55階建ての超高層事務所ビルである。

構造は鉄骨造で、外周面に箱型鋼管柱を列柱状に配したチューブ架構で

ある。耐震要素として、コア部に RC スリット壁(縦にスリットを設け

たプレキャスト製の耐震壁)および建物妻面に鉄骨ブレースを配してい

る。建設時に大臣認定を取得した高い安全性を有する構造で、現時点で

も十分な耐震性能を保持しているが、長周期地震動対策および居住者の

安心感の醸成を目的として制震改修を実施した。

●制震改修計画

写真-1 に改修竣工後の外観を、図-1 に制震改修概要を示す。本改修

では、D3SKY(Dual-direction Dynamic Damper of Simple Kajima stYle)

と名付けた大型のTMDを新規開発し、これを6基屋上に設置した(図-2)。

TMD の設計にあたっては、大きな制震効果を狙うだけでなく、建物周期

の変動や同調ずれに対するロバスト性を確保するため、地上部総重量の

約 2.5%(有効質量の 6%強)の錘重量を確保している。なお、D3SKY は

平面2方向に対して効果を発揮するが、相対的に周期が長い短辺方向に

は、テナントへの影響が比較的小さい5~10階のコア内の壁面に、減衰

係数切替え型オイルダンパー(HiDAX-e)を計48台設置し、さらなる耐

震余裕度の向上を図っている(図-3)。

●D3SKYの構成

D3SKY 1ユニットの構成を図-4に示す。D3SKYは、既存梁の上に構築し

た支持フレーム上に設置するものとし、①錘(重さ 300ton、60mm の鋼

板を重ねてPC鋼線で緊結)、②吊ワイヤ(計8本、吊長8.0m)、③水平

オイルダンパー(計4本、ストローク±2m)、④鉛直オイルダンパー(計

4本、上下動地震動対策)、および⑤鉄骨架構により構成される(図-5,6)。

水平オイルダンパーにはストローク制御機能を持たせており、設計想定

を上回る大地震時においても錘と鉄骨架構の衝突を防止している1)。

なお、D3SKY の開発にあたっては、事前に 1 ユニット分の実大試験体

を用いた性能確認実験を行っており、錘の可動範囲や水平オイルダンパ

ーの性能、および施工方法の確認を行っている。

●TMDとは

本物件に採用したTMD(Tuned Mass Damper)は動吸振器とも呼ばれ、建

物の固有周期に同調させた錘の揺れを利用することで、大きな減衰効果

を得る技術である(図-7)。この技術は、高層ビルの風揺れ対策として

は一般に用いられているが、大地震時においては錘の揺れ幅が大きくな

りすぎるという問題があった。今回開発したD3SKY は、これを初めて大

地震に対応できるように改良したものである。

●改修工事概要

写真-2にD3SKY 施工中の写真を示す。D3SKY は、屋上に設置した2基

のタワークレーンを用いて、1 基ずつ組立を行った。 初に錘と水平オ

イルダンパーを配置し、それを覆う形で鉄骨架構を組み立てる。その後、

ワイヤと鉛直オイルダンパーを設置し、錘の下部に設置したジャッキを

上下させて錘を懸垂させた。 後に外装を取り付けて完了である。

施工は、入居者が居ながらの状態で、夜間および休日を中心に実施し

た。写真-3に低層部ダンパーの、写真-4にD3SKYの竣工写真を示す。

●制震改修の効果

東北地方太平洋沖地震の際に、当該敷地で記録された地震動(速度ス

ペクトル 大値約 40cm/s)を用いてシミュレーション解析をおこない、

補強効果を確認した(図-8)。改修前に比べて頂部変位がおおむね半減

しており、後揺れも大きく短縮されている。また本建物は旧 38 条に基

づく大臣認定建物であったが、この機に L2 既往波、告示波に対する安

全性を確認し(図-9)、新たに現行法の大臣認定を取得している。

●設計者コメント

一般的に風揺れ対策とされている TMD を、約 40 年前に建設された超

高層建物の長周期地震動対策に実用化した意義は大きく、今後のストッ

ク型社会の安全・安心に大きく貢献する技術であると考えている。

●施工者コメント

超高層建物の屋上で大質量のTMDを組み立てるという前例のない工事

であったため、モックアップによる施工実験や、部材の揚重計画など、

綿密な事前検討を行った。その結果、入居者が執務を行いながら、ビル

運用に支障をきたすことなく、工程通りに無事完工することができた。

●発注者コメント

東日本大震災以降、テナントの安心感と建物の安全性を高める必要を

感じ、設計者・施工者と協働して改修法を検討した。今回採用した屋上

TMDによる制震改修工法は、眺望や有効床面積の維持が可能であるため、

既存超高層建物に対して極めて有効であると考えている。

●参考文献

1)栗野治彦他:ストローク制御機能を有する超高層ビル用大地震対応

TMDの開発,AIJ大会梗概集2014,21375~21377

図-7 動吸振器(TMD)の原理

:動吸振器の制御力 :建物にかかる地震力

写真-3 低層部ダンパー 写真-4 D3SKY外観

図-8 東北地方太平洋沖地震に対する頂部変位

写真-1 竣工後外観 図-1 制震改修概要

5-10F

オイルダンパ

(HiDAX-e)

大型TMD

D3SKY

(屋上) (5~10階)

D3SKY HiDAX-e

塔屋

46 m

60 m 60 m

図-2 D3SKY配置計画 図-3 HiDAX-e配置計画

③水平オイルダンパー

②ワイヤ ④鉛直オイルダンパー

①錘(300t) ⑤鉄骨架構

12.8m 10.6m

11.3

m

②ワイヤ ④鉛直

オイルダンパー

①錘(300t) ③水平オイルダンパー

図-4 D3SKYの構成

図-5 D3SKY平面画 図-6 D3SKY断面画

0 300 600(秒)

揺れ幅を

ほぼ半減

制震改修後(シミュレーション)

高い減衰効果により、

揺れの体感時間を軽減

制震改修前(観測値)

既存梁

ワイヤ

鉄骨架構

吊長

=8.

0 m

錘錘

11.3

m

10.6m

既存梁補強

塔屋

鉛直オイル ダンパー

水平オイル ダンパー

支持フレーム

スリット壁(既存)

ブレース(既存)

錘中心可動範囲 12.8m

鉛直オイルダンパー

6.7m 4.

4m

鉄骨架構

水平オイル ダンパー

ワイヤ