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54 ナラティブ再生を用いたダイナミックアセスメント(Dynamic Assessment)についての検討 田中 裕美子 教 授 初等芸術教育学科 平成 25 年度 【はじめに】 音声言語(oral…language)発達は子どもの発達 を示すバロメーターであり、乳幼児発達健診で は、ことばを話すかどうかが発達評価の主要な手 がかりになる。その際、子どもが「しゃべってい る」と言語に問題がないと捉えられがちである。 しかし、日常のコミュニケーションには支障がな くても、思考や学習のための学習言語に問題が出 る発達障害児が少なくない。また、ことばの遅れ た 2 歳児を Late… Talker と呼ぶが、そのほとんど が幼児期のあいだに追いつく反面、13−15%は言 語発達障害に至るということが報告されており、 追いつく子どもと言語発達障害に至る子どもを区 別する手段の構築が急務である。 そのような状況を鑑み、近年、ナラティブを用 いた言語発達の評価や指導法が注目されつつあ る(Petersen…et…al.,…2011,2012)。ナラティブとは、 事実であれ空想であれ時間的に連続した出来事 を順序付けてことばで表現する営みのことであ る。ナラティブ能力は、幼児期から発達する学習 言語のひとつとして、音声言語と書字言語をつな ぐものとも捉えられている(Paul,… 2007;… Westby,… 1985)。特 に、近 年、ナ ラ テ ィ ブ と 子 ど も の 反 応 を見ながら評価するダイナミックアセスメント (DA:…Dynamic…Assessment)とを融合させた評価 および指導法についての研究知見を重ねられてお り、我々も昨年度から塚本学院教育研究補助費を 得て、年中・年長児 136 名のナラティブについて 調査結果を報告した。今年度はさらに小 1 ~ 3 年 の学童のデータを収集し、幼児期後半から小学校 低学年のコミュニケーション言語から学習言語の 習得へと移行する段階にある子どもについて調査 し、ダイナミックアセスメントの基盤となるデー タの集積を図った。 【方法】 1.分析対象児 昨年度の調査幼児のうち標準化検査(ITPA 「ことばの類推」)の評価点が平均値±4に ある年中 ・ 年長の 35 名(男児 20 名、女児 15 名)と、新たに調査した小学1~3年の健常 児 32 名(男児 16 名、女児 16 名)のデータを 分析に加えた。 2.実施課題 ① ナラティブ再生課題:“Frog,…where…are… you?”(Meyer,… M,… 1969)を基礎に作成し、 PCを用いて個別に実施した。子どもが再生 したナラティブをトランスクリプトにし、 ミクロ構造(言語学的特性:キーワードの 包含数)、マクロ構造(語りとしての特性:

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ナラティブ再生を用いたダイナミックアセスメント(Dynamic Assessment)についての検討

田中 裕美子教 授初等芸術教育学科平成25年度

【はじめに】

音声言語(oral… language)発達は子どもの発達

を示すバロメーターであり、乳幼児発達健診で

は、ことばを話すかどうかが発達評価の主要な手

がかりになる。その際、子どもが「しゃべってい

る」と言語に問題がないと捉えられがちである。

しかし、日常のコミュニケーションには支障がな

くても、思考や学習のための学習言語に問題が出

る発達障害児が少なくない。また、ことばの遅れ

た 2 歳児を Late…Talker と呼ぶが、そのほとんど

が幼児期のあいだに追いつく反面、13−15%は言

語発達障害に至るということが報告されており、

追いつく子どもと言語発達障害に至る子どもを区

別する手段の構築が急務である。

そのような状況を鑑み、近年、ナラティブを用

いた言語発達の評価や指導法が注目されつつあ

る(Petersen…et…al. ,…2011,2012)。ナラティブとは、

事実であれ空想であれ時間的に連続した出来事

を順序付けてことばで表現する営みのことであ

る。ナラティブ能力は、幼児期から発達する学習

言語のひとつとして、音声言語と書字言語をつな

ぐものとも捉えられている(Paul,… 2007;…Westby,…

1985)。特に、近年、ナラティブと子どもの反応

を見ながら評価するダイナミックアセスメント

(DA:…Dynamic…Assessment)とを融合させた評価

および指導法についての研究知見を重ねられてお

り、我々も昨年度から塚本学院教育研究補助費を

得て、年中・年長児 136 名のナラティブについて

調査結果を報告した。今年度はさらに小 1 ~ 3 年

の学童のデータを収集し、幼児期後半から小学校

低学年のコミュニケーション言語から学習言語の

習得へと移行する段階にある子どもについて調査

し、ダイナミックアセスメントの基盤となるデー

タの集積を図った。

【方法】

1.分析対象児

昨年度の調査幼児のうち標準化検査(ITPA

「ことばの類推」)の評価点が平均値±4に

ある年中・年長の35名(男児20名、女児15

名)と、新たに調査した小学1~3年の健常

児32名(男児16名、女児16名)のデータを

分析に加えた。

2.実施課題

① ナラティブ再生課題:“Frog,…where… are…

you?”(Meyer,…M,… 1969)を基礎に作成し、

PCを用いて個別に実施した。子どもが再生

したナラティブをトランスクリプトにし、

ミクロ構造(言語学的特性:キーワードの

包含数)、マクロ構造(語りとしての特性:

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起承転結の包含数)を分析して数値化した。

② 表出語彙誘発課題:名詞(30語)は絵を提示

して名前を、動詞(25語)はPC画面の動画

を見せて、「何をしているか」を答えさせる。

両課題の正解率を算出した。

③ 動詞活用検査課題:動作の絵を見せて、各動

詞の「終止形」を誘発し、正解率を算出した。

【結果】

1.ナラティブの発達的変化

① ミクロ構造:ミクロ構造は物語の核となる

単語(名詞16語、動詞14語)をいくつ含む

かで捉えたが、各子どもについて3名の評

価者が一致した包含数の割合を年齢に沿っ

て算出したところ、名詞、動詞ともに経年

齢的に増加した。また、名詞の増加が動詞

を先行した。

② マクロ構造:起承転結の変化を年齢に沿っ

て見ると、承(問題発生:カエルが逃げた)、

転(問題解決:探す・他の問題発生など)、

結(終結:見つかった・置いて帰るなど)に

ついては、年長の80%以上が言語化できた。

一方、起(場面・状況の設定)の言語化は、

小2ごろから確実になることが分かった。

2.表出語彙の発達

名詞は、年中から小3では70.3%、75.4%、

84.3%、94.4%、95.4%と順次その正解率が

あがる。動詞命名の年中から小3の正解率

は、64.8%、70.4%、79.6%、84.9%、87.6%、

動詞活用の正解率は、年中26.4%、42.4%、

56.0%、80.9%、88.0%と経年齢的に増加し、

命名が活用を先行することが分かった。

3.表出誘発項目の関係

ナラティブのミクロ構造(言語学的特性)

は、動詞活用(r=.59)、動詞命名(r=.56)、名

詞(r=.47)と、名詞より動詞の方との関係

が強い結果となった。また、マクロ構造(起

承転結:語りとしての特性)は、動詞活用

(r=.52)、名詞(r=.47)、動詞命名(r=.40)と

言語の意味より文法的側面との関係が強い

結果となった。

【考察】

年中から小 3、つまりコミュニケーション言語

から学習言語の移行期におけるナラティブの発達

を調べたところ、ミクロ構造やマクロ構造が経年

齢的に順調に習得されるという発達軌跡が明らか

になった。また、ナラティブのミクロ ・ マクロ構

造は言語表出能力、とりわけ動詞語彙の習得や文

法(活用)の獲得と関係があることが分かった。今

後、これらの課題を言語発達障害児に実施し、評

価法としての有用性を検証する。