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2017.08.02 日本語教育学分野研究会 発表資料 1 オノマトペ接尾辞/-Q/, /-N/, /-ri/の意味的特性 オノマトペ状態動詞と名詞の共起関係に着目して日本語教育学 M1 夢瑩 1.はじめに 博士前期課程では、「~(と)した N」や「~(と)している」という形をもつオノマ トペ状態動詞を取り上げ、コーパス内における名詞との共起関係を分析することで、オノ マトペ接尾辞/-Q/, /-N/, /-ri/の意味的特性を明らかにする。更に、「トロッと溶ける」のよう な動的な用法に加えて「トロッとした食感」のような静的な用法を考察することで、両者 の関係を含めた意味ネットワークを描き出し、日本語学習者のオノマトペ学習の一助とす ることを目標とする。 日本語オノマトペは、 1 モーラ(CV;例:ポ ッ、ポ ンポン)ないし 2 モーラ(CVCV;例: ポコ ッ、ポコ ポコ、ポ ッコ リ)の語根に促音(/-Q/)、撥音(/-N/)、「リ」(/-ri/)のいず れかを伴った形をとるものが多く存在する。さもなければ、母音が長音化されたり、語基 が繰り返されたりする(田守・スコウラップ 1999)。「石が{コロッと/コロンと/コロリと /コロコロと}転がる」のように、石が一回転がるか連続的に転がるかによって、語根が繰 り返されない非重複形と語根が繰り返される重複形のオノマトペが使い分けられる。非重 複形と重複形のオノマトペが、それぞれ瞬間性・継続性というアスペクト特性と類像的に 強く結びつくということである(Hamano 1998; Akita 2009)。 しかし、「コロッ/コロン/コロリ」のような非重複形オノマトペの使い分けはアスペクト 特性だけでは説明できず、 /-Q/, /-N/, /-ri/の選択には関連事象の他の特徴が関わっていると考 えられる。従来、 /-Q/, /-N/, /-ri/の意味をめぐっては、さまざまな主張が出されているものの、 その具体的な差異はまだ解明されていない。 したがって、本稿では、まず先行研究にまとめられたオノマトペ接尾辞としての/-Q/, /-N/, /-ri/の意味を確認し、それらの結果を踏まえて、問題点を挙げる。そしてコーパスを用い、 /-Q/, /-N/, /-ri/の用例を考察したうえで、意味に関する仮設を立て、それを検討していく。 2.先行研究 2.1 音象徴の観点 オノマトペの語尾に現れる/-Q/, /-N/, /-ri/は音象徴の観点から分析されることが多い。 Hamano (1998)は「涙の粒が{ポタッと/ポタンと/ポタリと}机の上に落ちた」という例を 挙げ、 /-Q/は〈運動が急激で一つの方向に向かって激しく動き出すこと〉を表し、 /-N/は〈動 作に跳ね返り又は余韻を伴うこと〉を表し、/-ri/は〈運動が静かにおさまること〉を表すと している。 更に、浜野(2015)では語尾の「ン」の意味を CV タイプと CVCV タイプのオノマトペ に分け、詳しい考察を行った。浜野(2015)によると、CV タイプにつく「ン」は〈鼻が関

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2017.08.02 日本語教育学分野研究会 発表資料

1

オノマトペ接尾辞/-Q/, /-N/, /-ri/の意味的特性

―オノマトペ状態動詞と名詞の共起関係に着目して―日本語教育学M1 金 夢瑩

1.はじめに

博士前期課程では、「~(と)した N」や「~(と)している」という形をもつオノマ

トペ状態動詞を取り上げ、コーパス内における名詞との共起関係を分析することで、オノ

マトペ接尾辞/-Q/, /-N/, /-ri/の意味的特性を明らかにする。更に、「トロッと溶ける」のよう

な動的な用法に加えて「トロッとした食感」のような静的な用法を考察することで、両者

の関係を含めた意味ネットワークを描き出し、日本語学習者のオノマトペ学習の一助とす

ることを目標とする。

日本語オノマトペは、1モーラ(CV;例:ポッ、ポンポン)ないし 2モーラ(CVCV;例:

ポコッ、ポコポコ、ポッコリ)の語根に促音(/-Q/)、撥音(/-N/)、「リ」(/-ri/)のいず

れかを伴った形をとるものが多く存在する。さもなければ、母音が長音化されたり、語基

が繰り返されたりする(田守・スコウラップ 1999)。「石が{コロッと/コロンと/コロリと

/コロコロと}転がる」のように、石が一回転がるか連続的に転がるかによって、語根が繰

り返されない非重複形と語根が繰り返される重複形のオノマトペが使い分けられる。非重

複形と重複形のオノマトペが、それぞれ瞬間性・継続性というアスペクト特性と類像的に

強く結びつくということである(Hamano 1998; Akita 2009)。

しかし、「コロッ/コロン/コロリ」のような非重複形オノマトペの使い分けはアスペクト

特性だけでは説明できず、/-Q/, /-N/, /-ri/の選択には関連事象の他の特徴が関わっていると考

えられる。従来、/-Q/, /-N/, /-ri/の意味をめぐっては、さまざまな主張が出されているものの、

その具体的な差異はまだ解明されていない。

したがって、本稿では、まず先行研究にまとめられたオノマトペ接尾辞としての/-Q/, /-N/,

/-ri/の意味を確認し、それらの結果を踏まえて、問題点を挙げる。そしてコーパスを用い、

/-Q/, /-N/, /-ri/の用例を考察したうえで、意味に関する仮設を立て、それを検討していく。

2.先行研究

2.1音象徴の観点

オノマトペの語尾に現れる/-Q/, /-N/, /-ri/は音象徴の観点から分析されることが多い。

Hamano (1998)は「涙の粒が{ポタッと/ポタンと/ポタリと}机の上に落ちた」という例を

挙げ、/-Q/は〈運動が急激で一つの方向に向かって激しく動き出すこと〉を表し、/-N/は〈動

作に跳ね返り又は余韻を伴うこと〉を表し、/-ri/は〈運動が静かにおさまること〉を表すと

している。

更に、浜野(2015)では語尾の「ン」の意味を CVタイプと CVCV タイプのオノマトペ

に分け、詳しい考察を行った。浜野(2015)によると、CVタイプにつく「ン」は〈鼻が関

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与する音や鼻を通る空気の流れ〉(例:フンと鼻を鳴らす)、〈動物の響き渡る発声〉(例:

ワン)、〈共鳴音の特徴〉(例:ドンと叩く)、〈弧を描いて落下すること〉(例:ポンと投げ

る)、〈空間の広さ〉(例:シンとなった)などを意味し、CVCVタイプにつく「ン」は〈余

剰エネルギーによる反動又は運動の余波〉(例:パタン、ボトン)、〈大口で食べたり飲んだ

りする様子〉(例:パクン、ゴクン)、〈余波から結果の状態への拡張〉(例:ポカン、キョ

トン)などを意味している。

また、田守・スコウラップ(1999)は、「ゴロリ」、「ゴロッ」、「ゴロン」、「ゴロゴロ」の

ような語を 5 組挙げ、語末に起こる促音は〈瞬時性〉、〈スピード感〉、〈急な終わり方〉と

言った意味を表し、撥音は〈共鳴〉、「リ」は〈ゆったりした感じ〉、<完了>を表すとして

いる。

2.2相互関係の観点

前項では/-Q/, /-N/, /-ri/を音象徴の観点から分析した研究を取り上げた。以上の結論に対し、

那須(2007)は、「あの人はいつもボケッとしている」を例に、/-Q/の意味は音象徴で解釈

するのは不十分と指摘し、語形評価テスト1を用い、/-Q/の意味の希薄性を示した。氏は/-Q/,

/-N/, /-ri/にはそれぞれ、韻律調整機能、擬音象徴機能、文章語的特性があると主張し、三種

類の語尾の間に「1項:2項」からなる仲間分けの関係が見出されるとしている。

那須(2014)では特に/-Q/の意味に希薄性があることについて、ピッチ動態の音声実験を

行い、その主張を裏付けた。

3.問題点

まず、/-Q/, /-N/, /-ri/を対象とした先行研究では、限られた語あるいは例文から抽象的な意

味を帰納することが多かった。そうした内省による分析は調査範囲に限界があるため、コ

ーパスを用いた包括的な研究が必要と考えられる。

それから、先行研究は、専ら日本語オノマトペの多数派である動的意味(例:音の発生、

動作様態)を表すものを対象に、3つの接尾辞の違いを論じてきた。しかし、那須(2007)

にも指摘があるように、オノマトペには、静的意味を表し、「~(と)した N」や「~(と)

している」という形をもつ状態動詞用法もかなり生産的である。「トロンとした目」、「目が

トロンとしている」のように、オノマトペ状態動詞は金田一(1950)の第四種動詞に属し、

しばしば引用辞「と」を取り、原則として「~ている」あるいは連体修飾の「~た」を伴

い、対象物の属性を描写する(Hamano 1998; Kageyama 2007; Akita 2017)。先行研究の見解

がオノマトペ状態動詞に現れる/-Q/, /-N/, /-ri/にも適用可能かについては、検討の余地がある。

オノマトペ状態動詞と名詞の共起関係について、『現代日本語書き言葉均衡コーパス

(BCCWJ)』検索サイト「中納言」で検索してみると、以下のような頻度差が見られる(カ

1 成人母語話者 45名を対象にアンケート形式で行い、促音形が実際にどの程度容認されるかを調べたテス

トである。「バナナの皮に気づかずに踏んだ私は、みごとに{□ステッと/□ステリと/□ステンと}転んで

しまった。」のような文を 23例提示し、違和感のある語形に印をつけることで容認度を測った。

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タカナとひらがな、「~(と)した N」と「~(と)している」を含めた総頻度)。

a. ツルッとした肌(2)/ツルンとした肌(3)/ツルリとした肌(3)

b. キリッとした顔(5)/キリンとした顔(0)2/キリリとした顔(1)

c. ガラッとした部屋(0)/ガランとした部屋(30)/ガラリとした部屋(0)

d. スラッとした長身(0)/スランとした長身(0)/スラリとした長身(10)

このように、接尾辞によってオノマトペの使用範囲に違いが存在する。aでは接尾辞の違い

による頻度の差がわずかであるのに対し、b,c,dでは、共起頻度がそれぞれ/-Q/, /-N/, /-ri/に偏

る傾向が見られた。以上のオノマトペはいずれも物事の状態を表すため、動的事象を表す

例ばかりを対象としてきた先行研究では、この違いは説明しきれない。

また、那須(2007, 2014)では、/-Q/は意味が薄く、無標な語尾であると述べているが、

語形評価テストに使われた 23文は、オノマトペが副詞として用いられている文が 21例で、

オノマトペ状態動詞の文はわずか 2例であった。したがって、オノマトペ状態動詞がもつ/-Q/

が無標であるかどうかは、更に検証する必要があると思われる。また、/-N/と /-ri/は、擬音

象徴機能、文章語的特性があると述べ、両者の意味に関しては Hamano(1986,1998)及び田守・

スコウラップ(1999)を踏まえて記述し、検討の余地を残している。

4.仮説

本稿ではオノマトペ接尾辞/-Q/, /-N/, /-ri/の意味的特性について、2つの仮説を検討する。

まず、/-Q/は 9割の語根につくことができ3、意味的に希薄性がある(那須 2007)とする

と、オノマトペ状態動詞においても、/-N/と/-ri/に比べて、/-Q/がより多様な名詞と共起する

ことが考えられる。/-N/は運動の様態や音の響きから<結果状態>、<空間の広さ>への拡

張がある(浜野 2015)とされるため、/-Q/と/-ri/から区別できるところが大きいことを予測

する。/-ri/は意味拡張まであまり議論されていなく、/-Q/より意味が限られると仮定する。

また、第 3 節のコーパス検索結果は、オノマトペ状態動詞と名詞の共起では複数の接尾辞

が容認可能な場合と一つの接尾辞のみ容認可能な場合があることを示している。以上、仮

説 1 としては、接尾辞形オノマトペ状態動詞の適用範囲は図 1 の示すとおりになると想定

する(重なりの部分の大きさは暫定である)。

図 1接尾辞形オノマトペ状態動詞の適用範囲についての仮説

2 「0」には、コロケーションの生起頻度が 0の場合と、オノマトペ自体の生起頻度が 0の場合がある。3 Kakehi,Tamori, and Schourup (1996)の収録語におけるオノマトペを統計した結果である(那須 2007)。

(/-Q/+)名詞

(/-N/+)名詞

(/-ri/+)名詞

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また、「トロッと溶ける」、「トロッとしたソース」、「トロッとした食感」のように、動的

と静的の両方の意味をもつ接尾辞形オノマトペが数多くある。オノマトペの意味は動的か

ら静的へと拡張すると言われている(三上 2006;Akita 2017)ため、仮説 2 では、一部の接

尾辞形オノマトペ状態動詞にもこのような意味拡張が見られることを想定する。

5研究方法

以上の問題点と仮説に基づき、本稿は中納言を用い、以下のように分析を進める。

5.1検索対象語

本稿では、Akita(2009)のオノマトペリスト4から援用した CVCV-Q、CVCV-N、CVCV-ri

および CV-Q、CV-Nタイプのオノマトペ(カタカナとひらがなの両方)を検索対象語とす

る。検索総語数5を表 1 に示す。

オノマトペの形態 語数(語) 合計(語)

CVCV-Q 339

609CVCV-N 118

CVCV-ri 152

CV-Q 66104

CV-N 38

合計(語) 713

表 1検索対象語語数 (Akita(2009)に基づく)

5.2共起名詞の特定

以上の語を対象に、コーパスでオノマトペ状態動詞と名詞の共起関係を調べる際、共起

する名詞又は名詞句が例(1)、(2)のようにオノマトペ状態動詞の直前か直後(助詞を

除く)に現れる場合もあれば、例(3)、(4)のように、文脈から実質的な共起名詞を判

断しなければならない場合もある。

(1) 飛鳥寺の境内はがらんとしている。

(三田誠広2002『炎の女帝持統天皇』学習研究社)

(2) 先に人が生活している所が存在するとは信じられないような、ガランとした空間の

中を、二台の車がそれぞれトレーラーを引っ張って黙々と前進した。

(西江雅之2002『わたしは猫になりたかった』新潮社)

(3) その日は、からりとしたよいお天気だった。 (三浦綾子2002『道ありき』新潮社)

(4) 外食ばかりしていたせいでキッチンにも汚れはほとんどない。だが、それにしても、

4 Kakehi,Tamori, and Schourup (1996)の収録語におけるオノマトペ語根について、可能な語幹形を内省判断

し、語幹の意味で日本語のオノマトペを分類したものである(Akita2009)。5 検索対象となる接尾辞形オノマトペの総語数であり、すべてがオノマトペ状態動詞用法をもつとは限ら

ない。

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5

ひどくガランとしていて、われながら、冷え冷え気分になる、と彼は思った。

(大岡玲2002『ブラック・マジック』文藝春秋)

(5) バスルームのきらびやかさと対照的に、二階の部屋は、いかにも独身男性の住まい

といった、ガランとしたもの。通りの側にはコンピューターが二台ほど置いてある。

(佐藤紘彰1996『訳せないもの』サイマル出版会)

(6)「ソース、どうするね?」「あ、あのドロリとした甘いやつね。うん、かけて」

(森真沙子 1994『人生のもう一つの扉』コスミックインターナショナル)

また、例(5)と(6)では「ガランとしたもの」、「トロリとしたやつ」をもって「部

屋」と「ソース」を描写する。文において、実質的な意味をもつのは「部屋」、「ソース」

であるため、本稿では「もの(部屋)」、「やつ(ソース)」と記述し、データ分析の段

階でそれぞれ「部屋」、「ソース」の項目に分類する。同様の方法を「ところ」、「こと」、

「の」などにも適用する。

以上の例に基づき、本稿ではオノマトペ状態動詞と名詞の共起関係を調べる際、用例の

収集は主に以下の4つを基準とする。

(一)、 オノマトペ状態動詞の直前か直後(助詞を除く)に、名詞又は名詞句が現れる文

を対象とする。

(二)、(一)以外の場合は文脈を辿り、オノマトペ状態動詞が修飾する内容を表す名詞

を共起名詞とし、その文を対象とする。

(三)、 オノマトペ状態動詞が形式名詞又は代名詞(「もの」、「ところ」、「こと」、

「やつ」など)と共起する場合、文中にある実質的な意味を表す名詞を共起名詞とし、そ

の文を対象とする。

(四)、オノマトペ状態動詞が現れているものの、以上の基準を満足しない場合は、当該

文を本稿の分析対象から外す。

5.3分析手順

本稿ではコーパスから収集した用例を以下の手順で分析していく。

まずは、接尾辞ごとに、オノマトペ状態動詞と名詞の共起頻度を見る。

次に、共起名詞を意味によって分類した上で、CVCV タイプのオノマトペ状態動詞につ

く/-Q/, /-N/, /-ri/がそれぞれどんな名詞と共起しやすいのかを統計的に分析する。共起性に傾

向があるとしたら、それが CVタイプのオノマトペ(例:パッ、シン)にも見られるかを検

証する。

オノマトペは人間の感覚と深く関わり、Dingemanse (2011: 25)によるオノマトペの定義

(marked words that depict sensory imagery)にも「感覚語彙」であることが含まれる。例とし

て、「砂ぼこりでザラザラしている」は触覚に由来する表現で、「チョコレートがトロリと

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甘い」は味覚に由来するなどがある(大坪 1989)。このように、オノマトペは感覚(五感と

心的状態)を通して入力された情報を言葉で表現する(苧坂 1999)ため、オノマトペ状態

動詞と共起する名詞も五感や心的状態で捉えられていると想定できる。本稿では Kakehi et

al.(1996)、山口(2003)、小野(2007)に記述されたオノマトペの意味を参考に、「視覚、触

覚、聴覚、嗅覚、味覚、心的状態」のいずれで捉えられているかという基準で検出した名

詞を大分類する。例えば、「ギラッとした光」の「光」は視覚で捉えるものとし、「カリッ

とした揚げたて」の「揚げたて」は触覚、「ボソッとした声」の「声」は聴覚、「スカッと

した香り」の「香り」は嗅覚、「ピリッとしたキムチ味」の「キムチ味」は味覚6、「シャキ

ッとした態度」の「態度」は心的状態のように分類する7。「ギラッとした光」の場合、「光」

は視覚でしか捉えないため、視覚の頻度に入れる。一方、「カラッとした天気」のような場

合は、視覚と触覚(皮膚感覚)の両方として捉えることができるため、両方「+1」で数え

る。6つの上位分類で分けたうえで、『日本語語彙大系 意味体系』を参照し、各分類に属

する名詞を具体的な意味によって細分類し、それぞれの特徴を見出す。

以上の結果に基づき、オノマトペ接尾辞としての/-Q/, /-N/, /-ri/の意味的特性をまとめ直し、

動的なオノマトペと静的なオノマトペの関係や意味拡張の様相を探る。

6.分析の試行―CVCVタイプ接尾辞形オノマトペ状態動詞

本稿では、分析の予備調査として、CVCV タイプの接尾辞形オノマトペ状態動詞の検索

結果を感覚によって分類した結果を取り上げる。

CVCV

(語根数:

123

用例数:

1427)

語根形異なり頻

割合 共起名詞の異なり

頻度総用例数

CVCV-Q 93 75.61% 498 658

CVCV-N 26 21.14% 218 434

CVCV-ri 39 31.71% 239 335

適合性の検定 x2(2)=47.94,p<.001 x2(2)=115.14,p<.001

表 2 CVCVタイプ接尾辞形オノマトペ状態動詞の検索結果

表 2は、中納言における CVCVタイプ接尾辞形オノマトペが状態動詞として用いられた

頻度を示したものである。状態動詞用法が見つかる語根は 123 個であり、そのうち、三つ

の接尾辞は/-N/, /-ri/,/-Q/の順で異なり頻度が上がり、/-Q/が最も多くの語根につくことがで

6 「ピリッ」自体は触覚で捉えるべきという説もある。本稿は共起名詞の意味特徴に着目するため、「キム

チ味」のような名詞をまず味覚に分け、触覚と味覚の共感覚作用(Williams1976,山梨 1988)は後に検討す

る予定である。7 分類はコロケーション全体の意味によって行い、コロケーションでは判別できない場合はもとの文脈に

戻り、文全体から意味を考察する。

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き、共起する名詞の異なり頻度も/-N/, /-ri/と共起する名詞を大幅に超えている。これは、動

的用法に使われる/-Q/と同じ傾向を示している。一方、オノマトペ状態動詞が現れた総用例

数(名詞との共起頻度)を低から高の順に並べると、/-ri/,/-N/,/-Q/という順番になる。

次に、感覚の種類による分類の結果を表 3にまとめる。

CVCV-Q

(n=662)8

感覚の種類(例) 用例数 割合

視覚

(ギラッとした光)296 44.98%

触覚

(カリッとした歯ごたえ)226 34.35%

聴覚

(ボソッとした声)13 1.98%

嗅覚

(フワッとした香り)2 0.30%

味覚

(ピリッとしたキムチ味)24 3.65%

心的状態

(カチッとした印象)101 15.35%

適合性の検定 x2(5)=694.27,p<.001

CVCV-N

(n=437)

感覚の種類(例) 用例数 割合

視覚

(ガランとした部屋)419 96.54%

触覚

(ツルンとした舌ざわり)3 0.69%

聴覚

(トロンとした声)2 0.46%

嗅覚 0 0.00%

味覚 0 0.00%

心的状態

(ポカンとした気持ち)13 3.00%

適合性の検定 x2(3)=1171.63,p<.001

8 表 2の用例数を超えるのは、複数の感覚で捉えられる名詞が存在するからである。

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8

CVCV-ri

(n=338)

感覚の種類(例) 用例数 割合

視覚

(スラリとした体形)189 55.82%

触覚

(フワリとした柔らかさ)91 26.57%

聴覚

(ケロリとした口調)8 2.39%

嗅覚

(キリリとした香り)2 0.60%

味覚

(ピリリとした辛さ)6 1.79%

心的状態

(サラリとした使い心地)42 12.54%

適合性の検定 x2(5)=476.26,p<.001

表 3 感覚によるオノマトペ状態動詞の用例の分類

表 3が示すように、「CVCV-Q」、「CVCV-N」、「CVCV-ri」と名詞の共起頻度は感覚の種類

によって、有意に異なっている。三つの接尾辞はともに視覚で捉える名詞と最も頻繁に共

起する。しかし、「CVCV-Q」と「CVCV-ri」はそれぞれ 34.35%、26.57%の割合で触覚的な

名詞と共起する一方、「CVCV-N」は 0.69%にとどまっている。心的状態で捉える名詞につ

いても同じ傾向が見られる。聴覚、嗅覚、味覚で捉える名詞は、全体的に頻度が低い。

「CVCV-Q」は味覚>聴覚>嗅覚で、「CVCV-ri」は聴覚>味覚>嗅覚の順で並んでいる。

「CVCV-N」は聴覚が 2例あり、嗅覚と味覚は 0例であった。

もっとも、擬音語は音をまねることばで、聴覚で捉える語(例:ワンワン、パタン)が

多く、擬態語は物事の動きや様態をまねて、視覚又は触覚で捉える語(例:ゴロッ、トロ

ッ)が多いとされる(苧坂 1999)。また、副詞としてのオノマトペにつく/-N/は<共鳴>の

意味を持ち、音の響きを表すとも言われている(浜野 2014,2015など)。すなわち、オノマ

トペの動的用法では/-N/は聴覚で捉える場合がほとんどである。表 3の結果はそれに反して、

状態動詞としての「CVCV-N」は 0.46%の割合で聴覚的な名詞と共起していることが分かっ

た。そのかわりに、96.54%の割合で視覚的な名詞と頻繁に共起する。/-N/は聴覚から視覚へ

と適用範囲が広まったことが窺える。

さらに、接尾辞形オノマトペ状態動詞と名詞の共起における感覚の影響を分類木分析で

検討した。分析の結果は図 2 のデンドログラム(樹形図)に描いたとおりである。なお、

分析の相対リスクは 45.4%であった。

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9

ノード 0

カテゴリ % n

CVCV-N 30.4% 437

CVCV-Q 46.1% 662

CVCV-ri 23.5% 338

合計 100.0 1437

感覚の種類

x2(4)=308.463,p<.001

視覚 触覚;味覚 聴覚;嗅覚;心的状態

ノード 1 ノード 2 ノード 3

カテゴリ % n カテゴリ % n カテゴリ % n

CVCV-N 46.3 419 CVCV-N 0.9 3 CVCV-N 8.2 15

CVCV-Q 32.7 296 CVCV-Q 71.4 250 CVCV-Q 63.4 116

CVCV-ri 20.9 189 CVCV-ri 27.7 97 CVCV-ri 28.4 52

合計 62.9 904 合計 24.4 350 合計 12.7 183

図2 CVCVタイプ接尾辞形オノマトペ状態動詞と名詞の共起における感覚の種類の影響についての分類木

分析の結果

図示したとおり、CVCV タイプの接尾辞形オノマトペ状態動詞と名詞の共起において、

感覚の種類が強く影響している(x2(4)=308.463,p<.001)。ノード 1の視覚の場合、「CVCV-N」

と共起する名詞が最も多い。ノード 2 とノード 3は、視覚以外の感覚に関して、いずれも

「CVCV-Q」、「CVCV-ri」、「CVCV-N」の順で共起頻度が下がっていることを示している。

「CVCV-N」と視覚で捉える名詞の共起では、419例のうち、「ガランとした部屋/教室/食

堂/広間/冷蔵庫/家/寺/建物など」のような、「内容物が少ない又は広々とした空間」を表す名

詞が 133例あった。「CVCV-Q」、「CVCV-ri」の共起名詞にはこの傾向が見られない。よって、

次の段階で行うのは、感覚の種類ごとに共起名詞を細分類し、意味上の共通点を明らかに

することである。そのうえで、「ガランとした空間」と「ガランと音が響く」における/-N/

の比較(/-Q/,/-ri/も同様)で、仮設 2を検証する予定である。

7.まとめ

本稿では CVCVタイプ接尾辞形オノマトペ状態動詞の感覚分類まで分析を進めた。分析

結果を踏まえて、以下の問題点を指摘し、今後の計画を立てる。

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2017.08.02 日本語教育学分野研究会 発表資料

10

問題点:1)共起名詞はどの種の感覚で捉えられているかについて、複数の人に判断して

もらい、より客観的に分類する必要がある。

2)統計手法と名詞の下位分類については、最適な分析方法に辿り着くまで試行

するべきである。

今後の計画:1)上記の問題点を解決し、感覚で分けられた名詞を細分類する。

2)CVCVタイプの分析結果をまとめ、CVタイプのオノマトペについて同

じ手法で分析する。

3)接尾辞形オノマトペの静的な意味と動的な意味の関連性について検討す

る。

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2017.08.02 日本語教育学分野研究会 発表資料

11

参考文献

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オノマトペ接尾辞/-Q/, /-N/, /-ri/の意味的特性

―オノマトペ状態動詞と名詞の共起関係に着目して―

日本語教育学分野研究会

M1 金夢瑩

2017.08.02

1

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日本語のオノマトペ

・擬音語

ザー   ワン   ザーザー  ワンワン…

・擬態語

コロッ  コロン  コロリ   コロコロ

ポッコリ ピッタリ ギッシリ  アッサリ…

・擬情語

ドキドキ ソワソワ ワクワク…2

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オノマトペの形態

• 基本的に2種類の語根がある(Hamano1998,田守・スコウラップ1999,浜野2014など)

• ①CVタイプ(1モーラ)

 例:ポッ → ポ(語根)ッ(語尾)

   ポ(/po/) →  /p/(子音、C)  /o/(母音、V)

• ②CVCVタイプ(2モーラ)

 例:ポコッ→ポコ(語根)ッ(語尾)

   ポコ(/poko/)→/p/(C₁) /o/(V₁) /k/(C₂) /o/(V₂)3

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オノマトペの形態

•語根+接辞(ッ/-Q/、ン/-N/、リ/-ri/)/長音/繰り返し(重複)

•①CVタイプ(1モーラ)

 非重複形:パッ、ワン、ザー、

 重複形:ワンワン、ザーザー

•②CVCVタイプ(2モーラ)

 非重複形:トロッ、ガラン、ドッカ、サッパリ

 重複形:コロコロ、ポタッポタッ4

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オノマトペの音象徴

• 音そのものがある特定のイメージを喚起する事象。又は、音と音パタンの類像性(Hamano1998,田守・スコウラップ1999,浜野2014,Akita2009など)

• 言語は恣意的→オノマトペは恣意性が低い

• ワン(単語)→/wan/(現実の声)

• ころころ(小さい)→ごろごろ(大きい)

• ブーバ/キキ効果(Wolfgang1929)

5

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オノマトペの形態と音象徴

・ワン→ワンワン

・石が「コロッ/コロン/コロリ/コロコロ」と転がる。

 コロッ/コロン/コロリ → 一回・瞬間性(非重複形)

 コロコロ → 連続・継続性(重複形)

6

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非重複形オノマトペの使い分け

• 石が「コロッ/コロン/コロリ」と転がる。

• 違い?

• 接尾辞:ッ(/-Q/)・ン(/-N/)・リ(/-ri/)• 意味?機能?

7

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先行研究

• 音象徴の観点

• Hamano(1998)• 涙の粒が{ポタット/ポタント/ポタリト}机の上に落ちた。

/-Q/:<運動が急激で一つの方向に向かって激しく動き出すこと>

/-N/:<動作に跳ね返り又は余韻を伴うこと>

/-ri/:<運動が静かにおさまること>

8

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先行研究

• 音象徴の観点

• 浜野(2015)①CVタイプにつく/-N/:

「フンと鼻を鳴らす」→<鼻が関与する音や花を通る空気の流れ>

「ドンと叩く」→<共鳴音>

「シンとなった」→<空間の広さ>

②CVCVタイプにつく/-N/:

「パタン、ボトン」→<余剰エネルギーによる反動又は運動の余波>

「ポカンと口を開いた」→<余波から結果の状態への拡張>

9

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先行研究

• 音象徴の観点

• 田守・スコウラップ(1999)「ゴロリ」、「ゴロッ」、「ゴロン」、「ゴロゴロ」

(「ポキ」、「ポロ」、「ポト」、「パタ」)

/-Q/:<瞬時性>、<スピード感>、<急な終わり方>

/-N/:<共鳴>

/-ri/:<ゆったりした感じ>ないしは<完了>

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先行研究

• 用法と機能の観点

• 那須(2007)音象徴で説明できない例:

あの人はいつもボケッとしている。{*ボケリ/*ボケン}

/-Q/:<瞬時性>、<スピード感>、<急な終わり方>???

11

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先行研究

• 那須(2007,2014)「1項:2項」

/-Q/:韻律調整機能(意味に希薄性のある無標語尾)

例:「フ/フッと立ち止まる」

/-N/:擬音象徴機能  

例:「チャリン」

/-ri/:文章語機能   

例:「ビックリする」12

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問題点

• 1.内省による分析が多い。→コーパス

• 2.主に動的な意味を表すオノマトペ状態動詞につく語尾の意味について検討されてきた。→静的な意味は?

動的:トロッと溶ける/ポタリと落ちる 

静的:トロッとした食感/ガランとした部屋

• 3.那須(2007,2014)は/-Q/の意味の希薄性を主張しているが、オノマトペ状態動詞における再検証と/-N/,/-ri/の意味が課題として残っている。

  13

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オノマトペ状態動詞の特徴

• オノマトペ+とした/としている

(トロッとした食感/ガランとした部屋)

1.しばしば引用辞「と」をとる

2.原則的に「~ている」あるいは連体修飾の「~た」を伴う

3.対象物の属性を描写する

(金田一1950→「第四種の動詞」,Hamano 1998,浜野2014,Kageyama 2007→「擬態語動詞Type7」, Akita 2017→「擬態語状態動詞」)

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コーパス検索

• ツルッとした肌(2)/ツルンとした肌(3)/ツルリとした肌(3)

• キリッとした顔(5)/キリンとした顔(0)/キリリとした顔(1)

• ガラッとした部屋(0)/ガランとした部屋(30)/ガラリとした部屋(0)

• スラッとした長身(0)/スランとした長身(0)/スラリとした長身(10)

15

用例出典:「現代日本語書き言葉均衡コーパス(BCCWJ)」検索サイト「中納言」

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仮説①

図 1接尾辞形オノマトペ状態動詞の使用範囲についての仮設

(/-Q/+)名詞

(/-N/+)名詞

(/-ri/+)名詞

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仮説②

• 一部の接尾辞形オノマトペの意味は動的な意味から静的な意味へと拡張している。

例:       「トロッと溶ける」

  

  「トロッとしたソース」    「トロッとした食感」

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コーパス検索

• 対象語(Akita2009)

18

オノマトペの形態 語数(語) 合計(語)CVCV-Q 339

609CVCV-N 118CVCV-ri 152

CV-Q 66104

CV-N 38合計(語) 713

注: Kakehi,Tamori, and Schourup (1996)の収録語におけるオノマトペ語根について、可能な語幹形を内省判断し、語幹の意味で日本語のオノマトペを分類したものである(Akita2009)。

表 1検索対象語語数 (Akita(2009)に基づく)

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コーパス検索

• 共起名詞の特定

• (1) 飛鳥寺の境内はがらんとしている。  

         (三田誠広2002『炎の女帝持統天皇』学習研究社)

• (2) 先に人が生活している所が存在するとは信じられないような、ガランとした空間の中を、二台の車がそれぞれトレーラーを引っ張って黙々と前進した。

       (西江雅之2002『わたしは猫になりたかった』新潮社)

→基準1:オノマトペ状態動詞の直前か直後(助詞を除く)に、名詞又は名詞句が現れる文を対象とする。

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コーパス検索

• 共起名詞の特定

• (3) その日は、からりとしたよいお天気だった。       

           (三浦綾子2002『道ありき』新潮社)

• (4) 外食ばかりしていたせいでキッチンにも汚れはほとんどない。だが、それにしても、ひどくガランとしていて、われながら、冷え冷え気分になる、と彼は思った。

      (大岡玲2002『ブラック・マジック』文藝春秋)

→ 基準2:「1」以外の場合は文脈を辿り、オノマトペ状態動詞が修飾する内容を表す名詞を共起名詞とし、その文を対象とする。

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コーパス検索• 共起名詞の特定

• (5) バスルームのきらびやかさと対照的に、二階の部屋は、いかにも独身男性の住まいといった、ガランとしたもの。通りの側にはコンピューターが二台ほど置いてある。

     (佐藤紘彰1996『訳せないもの』サイマル出版会)

• (6)「ソース、どうするね?」「あ、あのドロリとした甘いやつね。うん、かけて」      

(森真沙子1994『人生のもう一つの扉』コスミックインターナショナル)

→基準3:オノマトペ状態動詞が形式名詞又は代名詞(「もの」、「ところ」、「こと」、「やつ」など)と共起する場合、文中にある実質的な意味を表す名詞を共起名詞とし、そういった名詞が文中に現れていない場合は文を対象から外す。

21

基準4:3つの基準に満たさない場合はOUT!

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分析手順

• 1.コーパスにおけるオノマトペ状態動詞と名詞の共起頻度を見る。

• 2.共起名詞を意味によって分類した上で、CVCVタイプのオノマトペ状態動詞につく/-Q/, /-N/, /-ri/がそれぞれどんな名詞と共起しやすいのかを統計にかけて分析する(感覚分類から始まる)。→CVタイプ

• 3.オノマトペ接尾辞としての/-Q/, /-N/, /-ri/の意味的特性をまとめ直し、動的なオノマトペと静的なオノマトペの関係や意味拡張の様相を探る。

22

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分析の試行

CVCV(語根数:123用例数:

1427)

語根形異なり頻度(語)

割合共起名詞の異なり

頻度

総用例数(文)

CVCV-Q 93 75.61% 498 658CVCV-N 26 21.14% 218 434CVCV-ri 39 31.71% 239 335

適合性の検定x2(2)=47.94,

p<.001x2(2)=115.14,

p<.00123

/-Q/は多様な語根につくことができる。/-N/は少ない語根につくが、使用頻度が高い

表2  CVCVタイプ接尾辞形オノマトペ状態動詞の検索結果

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CVCV-Q(n=662)

知覚の種類 用例数 割合

視覚 296 44.98%触覚 226 34.35%聴覚 13 1.98%嗅覚 2 0.30%味覚 24 3.65%

心的状態 101 15.35%適合性の検定 x2(5)=694.27,p<.001

CVCV-N(n=437)

知覚の種類 用例数 割合

視覚 419 96.54%触覚 3 0.69%聴覚 2 0.46%嗅覚 0 0.00%味覚 0 0.00%

心的状態 13 3.00%適合性の検定 x2(3)=1171.63,p<.001

CVCV-ri(n=338)

知覚の種類 用例数 割合

視覚 189 55.82%触覚 91 26.57%聴覚 8 2.39%嗅覚 2 0.60%味覚 6 1.79%

心的状態 42 12.54%適合性の検定 x2(5)=476.26,p<.001 24

CVCV-Q:視覚>触覚>心的状態>聴覚>味覚>嗅覚

CVCV-N:視覚>心的状態>触覚>聴覚>嗅覚=味覚

CVCV-ri:視覚>触覚>心的状態>聴覚>味覚>嗅覚

表3 知覚によるオノマトペ状態動詞用例の分類

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  ノード0カテゴリ   %   n

CVCV-N 30.4% 437CVCV-Q 46.1% 662CVCV-ri 23.5% 338合計 100.0 1437

ノード1 ノード2 ノード3カテゴリ

% n カテゴリ

% n カテゴリ

% n

CVCV-N 46.3 419 CVCV-N 0.9 3 CVCV-N 8.2 15CVCV-Q 32.7 296 CVCV-Q 71.4 250 CVCV-Q 63.4 116CVCV-ri 20.9 189 CVCV-ri 27.7 97 CVCV-ri 28.4 52合計 62.9 904 合計 24.4 350 合計 12.7 183

視覚:CVCV-N>CVCV-Q>CVCV-ri

視覚以外:CVCV-Q>CVCV-ri>CVCV-N

図2 CVCVタイプ接尾辞形オノマトペ状態動詞と名詞の共起における感覚の種類の影響についての分類木分

析の結果

感覚の種類

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問題点と今後の課題

課題:

1)上記の問題点を解決すし、感覚で分けられた名詞を細分類する。

2)CVCVタイプの分析結果をまとめ、CVタイプのオノマトペについて同じ手法で分析する。

3)接尾辞形オノマトペの静的な意味と動的な意味の関連性について検討する。

26

問題点:1)共起名詞はどの種の感覚で捉えられているかについて、複数の人に判断してもらい、より客観的に分類する必要がある。2)統計手法と名詞の下位分類については、最適な分析方法に辿り着くまで試行するべきである。

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参考文献

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