『レ・ミゼラブル』を つくった男たち38 journal of japan association of lighting...
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38 Journal of Japan Association of Lighting Engineers & Designers
『レ・ミゼラブル』をつくった男たち
ブーブリルとシェーンベルク そのミュージカルの世界
脚本家 荒井 修子
この書籍は、タイトルのとおり、世界的大ヒットミュージカル『レ・ミゼラブル』を創った人々のインタビューなどをまとめたものである。 作詞・作曲家コンビ、アラン・ブーブリル、クロード=ミッシェル・シェーンベルク両氏と彼らとともに楽曲制作をする共同制作者たち、そしてプロデューサーのキャメロン・マッキントッシュなど、ミュージカルファンの方々にはたまらない内容になっている。 『レ・ミゼラブル』だけではなく、同じメインスタッフたちの手掛けた作品である『ミス・サイゴン』そして、『マルタン・ゲール』についても紹介されている。 こう書いてしまうと、「じゃあ、そのミュージカルを観た人だけが読むものだね」「ファン向けでしょう」と言われてしまいそうだけれど、この書籍は、ある一つのビッグビジネスを熱く強い信念をもってやり遂げようとする男たちのドキュメンタリーとして見ることもできる。 NHKの番組で『プロフェッショナル 仕事の流儀』というのがあるが、まさに、そういった趣がある。あの番組も、ちょっと小耳に挟んだことはあるが、さほど興味のない分野のプロが出ていても、なんだか次第に引き込まれて最後は感動していたりする。
前出のミュージカルをご覧になった方々は裏話も満載で間違いなく楽しめるが、それ以外の方でも、『プロフェッショナル〜』を観る感覚で楽しめるはずだということを、まず、最初にお伝えしたい。 とにかく、この本に出てくるミュージカルを創る男たちは熱い。「いやいや、人にインタビューされているのだから、熱く語るだろう」と思うが、それを超えて熱い。人生を賭けてやっている感じがあるし、とにかくミュージカルを創ることが好きなのだということがとても伝わる。 そもそも、『レ・ミセラブル』というミュージカルは、1971年、音楽の仕事をしていたアラン・ブーブリルが、ニューヨーク滞在中、友人が行けなくなったチケットをもらって代わりに観に行ったロックオペラ(ミュージカル)『ジーザス・クライスト・スーパースター』に、衝撃的に感動したことから始まる。『ジーザス〜』は、イエス・キリストという歴史上の人物を題材に、ロックのシンプルなコードで創られたミュージカルだった。 しかも、それを創ったのは、まだ青年時代のアンドリュー・ロイド=ウェバーと、ティム・ライス。 観終わった後、「だったら俺は、フランス革命をやるしかない!」と思った
アラン・ブーブリルは、フランスに帰国した後、仲間のクロード=ミッシェル・シェーンベルクを誘ってフランス革命の概要を描いたコンセプトアルバム『フランス革命』を創る。 すると、そのアルバムが大ヒットし、そこから『フランス革命』というフランス初のロックオペラを創った。そして、1978年、フランス語で『レ・ミセラブル』を創り、その3年後に、キャメロン・マッキントッシュが英語版の『レ・ミゼラブル』をやらないかともち掛けてきたという。そして、やがてその作品は世界中で大ヒットすることとなる。こうやって書いていると、「なんだ、とんとん拍子で全然、『プロフェッショナル〜』っぽくないじゃないか。あれは、挫折とかいろいろあるだろう」と思われるかもしれないが、こちらのほうももちろんいろいろある。 そもそも、アラン・ブーブリルも、クロード=ミッシェル・シェーンベルクも、第二次世界大戦中に、ユダヤ系移民の家族に生まれ、政治情勢に左右されながら生活したという。 だから、フランス人とはいえども、どこか根なし草感覚なのだと。 しかし、この「根なし草感覚」は、多くのミュージカルの巨匠に共通するものなのだそうで、国家に属さない感覚がむしろ、自国に不都合な題材を恐れ
マーガレット・ヴァーメット 髙城綾子訳発行所:株式会社三元社 サイズ:21×15×2cm
定価:本体2,500円+税 ISBN:978-4-88303-318-8
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ずにアイデアを考えることができて、プラスに働く。彼らの生い立ちも、この書籍の冒頭に触れられているが、とりたてて裕福とは言えない。だが、二人は野心と夢をもっていた。 こういった成功者のインタビューを目にすると、「この人は、そもそも才能があったのだな」ということがまず一番に感じられるが、それと同時に、その才能を超える情熱がなければ、その才能は開花しなかったのだなということを感じる。アラン・ブーブリルも、クロード=ミッシェル・シェーンベルクも、まさにそういう人物だ。 彼らは、その情熱でさまざまな関門を乗り越えていく。 『ミス・サイゴン』は、ベトナム戦争を題材にしたミュージカルで、『蝶々夫人』に材を得ている。文章中、共同作詞者であるリチャード・モルトビーJr.は、「当時、ベトナム戦争に『蝶々夫人』の物語を設定するなど、彼らは頭のおかしい人たちに違いないと思った」と語っている。その言葉の中にも、彼らがさまざまなことと戦い、激しい葛藤の中から、一つの作品を構築していっていたことが推測できる。また、アラン・ブーブリル、クロード=ミッシェル・シェーンベルクの創るミュージカルの世界には、「自分は何者か?」という問いかけが満ちていると本書にもある。特に『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』は、「人が自ら望んで選択した運命を、意志を持って進む」ということが一貫したテーマであると。それは、現代を生きる人にも、ある種、普遍的テーマであると思われる。 そういったミュージカルを何故、創ったのか、そして、そこにどんな苦労があったか、この本の中で詳細に語られている。 また、ミュージカル創りの裏側的な部分もあり、とても面白い。 ミュージカルは、当たり前だが、すべてセリフは歌で構築されている。演出
家のニコラス・ハイトナーは、「ミュージカルでやっかいなのは、ある時点で、情報やありふれた平凡な会話をしないと会話が進まず、「失礼ですが、部屋はここですか?」や「メイドかと思いました。ええ、合ってますよ」など、陳腐な台詞を歌わなくてはいけない部分があることだ」と話している。「そう聞くと、そういう部分、確かにあるある!」と思うし、フランス語の歌詞を英語に直すとき、韻の踏み方などがとても難しいなど、「へえ」と思う情報も満載だ。 この本には、アラン・ブーブリルとクロード=ミッシェル・シェーンベルクについて、メインで語られているが、ミュージカルにさほど詳しくなくても名前は知っている『キャッツ』や『オペラ座の怪人』なども手掛けた演劇プロデューサー、キャメロン・マッキントッシュのインタビューも載っている。 アラン・ブーブリルとクロード=ミッシェル・シェーンベルクは知らないけれど、キャメロン・マッキントッシュなら知っているという方も多いのではないだろうか。 彼は、8歳のとき、おばに連れて行ってもらってから舞台に興味をもつようになり、演劇学校へ行ったものの、早く現場で働きたくて中退し、劇場の舞台係になった。それだけでは給料が足りず、劇場の清掃係も兼任しており、その頃から、舞台裏で働く仲間に、「いつかプロデューサーになる」と言って、からかわれていたそうだ。 彼は文中で言っている。「人は夢を持つべきです」と。 彼のインタビューは、この著作の中の後半に位置するが、ここまでアラン・ブーブリルとクロード=ミッシェル・シェーンベルク、そして、彼らと仕事をする共同制作者のインタビューを読んでいくうちに、この本は夢をもつ人のための読み物であるとわかる。 夢は、若者だけの特権ではなく、どんな人もいくつになってももてるもの
である。 この本で彼らが語る夢、叶えてきた夢は世界的で壮大なものだ。だが、大小の問題ではない。そのことを考えただけでも胸が高鳴るような、叶えたい夢を人は誰でももっている。 そんな思いを思い出させてくれる、読み終わると、何故か元気になる。そういうエネルギーが、この本には溢れている。 私が初めて、『レ・ミゼラブル』のミュージカルを観たのは、確か、母が誰かにもらったチケットで行った日本版の東宝ミュージカルで、小学生くらいの頃だったと思う。 滝田栄さんがジャン・バルジャン、斉藤由貴さんがコゼットを演じていらした。その後、小劇場ブームや海外劇団の来日公演などを足掛かりに舞台芸術にハマり、演劇を学ぶようになり、さまざまな舞台に触れてきたが、『レ・ミゼラブル』は、上演が繰り返されるたびに何故か観たくなり、足を運んだ。すでに筋も知っているのに、何故か観たくなる。これこそ、『レ・ミゼラブル』が普遍的なものを描いている証拠なのかもしれない。これは、『ミス・サイゴン』にも言えることだ。しかし、クロード=ミッシェル・シェーンベルクは語っている。 「題材は常に変化に富んで、危険を伴い、冒険的じゃないと。僕らはむき出しの刃物を楽しんで扱ってるんだ。無難な作品を創ろうとすることが安全策とは思えないから」 ただいい話を創っているのではなく、彼らも、その刃物で幾度となく我が身を傷つけているからこそ、世界中を熱狂させ、涙させるミュージカルを生み出すことができるのだろう。 インタビュー形式で書かれており、読みやすく、肩ひじ張らず楽しめる1冊だ。