インターネットの潮流 -- web2インターネットの潮流--web2.0...

6
インターネットの潮流--Web2.0 “情報の民主化”は企業戦略・組織に どのような変革をもたらすのか。 NAKAJIMA Hiroshi 株式会社MM総研 取締役所長 特集 「集合知」が 組織を変える。 インターネットの変化を示す言葉として米国のティム・オライリー氏が提唱した「Web2.0」。 これまでは情報の受け手だったユーザーが自ら情報の発信者ともなり、互いに情報を提供・利用しあいながら、 ユーザー主体の「集合知」を生み出したり、新しい情報検索の仕組みを形成していく―― こうした情報活用の新しい潮流は、企業の経営戦略や組織運営を変革する大きな可能性を秘めています。 今回は、早稲田大学IT戦略研究所所長として活躍されている根来龍之氏とMM総研取締役所長の中島洋氏に 最新のIT環境と企業経営の関係、組織変革に向けた“知の活用”などについて語っていただきました。 Special Issue 04 Club Unisys + PLUS VOL.08

Upload: others

Post on 01-Jun-2020

6 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: インターネットの潮流 -- Web2インターネットの潮流--Web2.0 “情報の民主化”は企業戦略・組織に どのような変革をもたらすのか。

インターネットの潮流--Web2.0 “情報の民主化”は企業戦略・組織に どのような変革をもたらすのか。

NAKAJIMA H

irosh

i

株式会社MM総研 取締役所長

特集 「集合知」が 組織を変える。

インターネットの変化を示す言葉として米国のティム・オライリー氏が提唱した「Web2.0」。

これまでは情報の受け手だったユーザーが自ら情報の発信者ともなり、互いに情報を提供・利用しあいながら、

ユーザー主体の「集合知」を生み出したり、新しい情報検索の仕組みを形成していく――

こうした情報活用の新しい潮流は、企業の経営戦略や組織運営を変革する大きな可能性を秘めています。

今回は、早稲田大学IT戦略研究所所長として活躍されている根来龍之氏とMM総研取締役所長の中島洋氏に

最新のIT環境と企業経営の関係、組織変革に向けた“知の活用”などについて語っていただきました。

Special Issue

04Club Unisys + PLUS VOL.08

Page 2: インターネットの潮流 -- Web2インターネットの潮流--Web2.0 “情報の民主化”は企業戦略・組織に どのような変革をもたらすのか。

早稲田大学IT戦略研究所 所長/早稲田大学商学部 教授

NEGORO Tatsuyuki

中島 経営の中にITをどのように

効果的に織り込んでゆくのか。これは

多くの企業に共通する課題です。根

来先生は早稲田大学IT戦略研究

所においてITと企業経営の関係に

ついて研究されていますが、その研究

内容について少しお聞かせください。

根来 ITというと工学的な研究を

しているように思われるのですが、私

たちは経営学の観点から、情報技術

が経営戦略や経営組織に与える影響

を研究しています。たとえば、ITが

産業構造に与える影響や個々の企業

のビジネスモデルへのインパクト、あるい

は企業の顧客戦略やマーケティング戦

略など機能別戦略に与える影響、そ

してITベンダーの戦略も研究対象

にしています。

中島 先生の論文を読みますと、米国

の経営学者であるマイケル・ポーター

氏の話がよく出てきます。先生が研

究されているのも、同氏が提唱してい

る競争戦略手法と同じでしょうか。

根来 いえ、むしろポーターが述べている

分析型戦略論を批判するためにポー

ターを取り上げているという方が正し

いですね。少し専門的な話になってし

まいますが、戦略論には「資源ベース戦

略論」と「分析型戦略論」の2つの大

きな流れがありますが、このうち資源

ベース戦略論を取り上げ、これを発展

させようというのが私たちの立場です。

中島 資源ベース戦略論について、もう

少し詳しくお話しください。

根来 分析型戦略論が外的環境を分

析して、市場や業界における相対的

位置取りの良さを評価するものであ

るのに対して、資源ベース戦略論は、

ある企業が優れた業績を上げるのは

他よりも優れた経営資源や能力をもっ

ているからだという「資源の質」を重

視する考え方です。私たちは、この考

え方に企業の活動やビジネスモデル

という要素を加えて、それらと経営

資源の組み合わせが競争優位を生み

出すという「資源・活動論」を主張

しています。

中島 それは、根来先生が著書の中で

経営資源と

結びついてこそ、 ITは競争優位を

発揮する

05 Club Unisys + PLUS VOL.08

Page 3: インターネットの潮流 -- Web2インターネットの潮流--Web2.0 “情報の民主化”は企業戦略・組織に どのような変革をもたらすのか。

経済ジャーナリスト。国際大学(グローコム)教授。日経BP社編集委員。MM総研取締役所長。日本経済新聞社の記者としてハイテク分野、総合商社、企業経営問題などを24年間担当。慶應義塾大学教授などを経て現職に至る。2005年10月からは、首都圏ソフトウェア協同組合の代表理事を兼任。個人事業主を中心とするソフトウェア事業者の共同受注や法的手続代行などを担うプラットフォームづくりに取り組んでいる。

中島 洋 なかじま・ひろし

仰っていた「企業経営においては、不動

産・設備・立地などの『有形資源』、特

許・ブランドなど『無形資源』、ITを

含む『組織のケイパビリティ』といった

3つの経営資源がシステマティックに機

能することで模倣困難性がつくり上

げられる」ということでしょうか。

根来 そうですね。たとえば、ハード

ウェアやソフトウェアは大切な経営資

源であることは間違いありませんが、

相対的に模倣は容易です。それに対

して、システム上にどのようなデータ

が蓄積されるか、どのようにそのデー

タを活用するかは企業によって大き

く異なります。そこに模倣困難性、

つまり競争優位性が生まれるわけで

す。とくに蓄積したデータの読み方

やそこから立てる仮説には、その企業

の歴史や文化、経験が大きく反映さ

れます。そうした意味では、ITは

導入するだけで価値を発揮するもの

ではなく、企業が培ってきたノウハウ

や知識など、さ

まざまな経営

資源と結びつい

て始めて競争

優位を発揮す

るものになる

のです。

中島 企業の経営資源という観点でい

えば、企業における情報システムのあ

り方もここ10年でずいぶん様変わり

しました。その最たるものにインター

ネットの導入があげられると思います。

根来 インターネットは2つの側面で企

業活動に大きなインパクトを与えま

した。1つは、顧客インターフェイスを

変えたことです。インターネットを通

じて、顧客との関係はより緊密になり、

個別対応が図りやすくなりました。

もう1つは、ビジネスプロセスへのインパ

クトです。低コストで、利便性の高い受

発注システムを実現したり、企業内の

コミュニケーションも効率化されるよう

になりました。

中島 そうしたインターネットの変化

を示す言葉に、ティム・オライリーが

提唱した「Web2.0」があります

「Web2.0」という

潮流から捉える

インターネットの

進化と効用

06Club Unisys + PLUS VOL.08

Page 4: インターネットの潮流 -- Web2インターネットの潮流--Web2.0 “情報の民主化”は企業戦略・組織に どのような変革をもたらすのか。

特集 「集合知」が組織を変える。

Special Issue

根来 龍之

早稲田大学IT戦略研究所所長/早稲田大学商学部教授。慶應義塾大学ビジネススクール講師、CRM協議会副理事長、組織学会評議員、国際CIO学会理事、Systems Research誌Editorial Boardなども務める。専門はシステム方法論、情報システム論、戦略経営論の統合分野。主な著書に、『mixiと第二世代ネット革命』(東洋経済新報社)、『デジタル時代の経営戦略』(メディアセレクト)、『ネットビジネスの経営戦略』(日科技連出版社)などがある。

ねごろ・たつゆき

ね。この概念について、少し説明いただ

けますか。

根来 Web2.0の特徴を「ユーザー

参加型」と説明する人がいますが、こ

れは正しくもあり間違いでもありま

す。インターネットは誕生の時から「参

加」が特徴で、「誰でもが発信でき、

誰でもが受信できる」という技術的

な特徴をもっています。しかし、これ

までは、そのメカニズムが全面的に開

花していない側面がありました。たと

えば、ホームページがつくりにくい、情

報発信にコストがかかる、発信すると

一方的な批判を浴びるなどの問題が

あったわけです。そうした問題が少

しずつ解消され、インターネットによ

る「情報の民主化」がようやく本格

化し始めた――これがWeb2.0

と呼ばれるものだと考えるのがよい

と思います。

中島 「情報の民主化」というのは、と

ても分かりやすい捉え方ですね。

根来 情報の民主化の重要な一側面が

「発信と受信の民主化」なのですが、

そこで大きな役割を果たすのが検索

システムです。いくら情報が万人に公

開されていても、その情報がどこにあ

るか分からなければ、情報は存在し

ないのと同じです。その点でG

oogle

どの検索エンジ

ンや情報の更

新を知らせる

RSSなどの

技術は情報の

発信・受信の民

主化に大きな

役割を果たしています。

中島 企業へのインパクトという意味で

は、Web2.0はどのような変化を

もたらしたのでしょうか。

根来 たとえば、Google

は高額な広告

費を払うことのできなかったマイクロ・

クライアント(広告主)に低コストで広

告を出してもらう仕組みをつくり上

げました。マイクロ・クライアントをす

くい上げる、この仕組みはネット広告

の民主化を意味するうえでWeb

2.0的だといえます。また、アフィリ

エイト(※1)の発達は、一部の熱烈な

ファンさえいれば小さなビジネスでも

比較的容易に黒字化することを可能

にしました。アフィリエイトが営業コス

トのかからない収益モデルを実現した

ことによって、ニッチなネットビジネスが

成立しやすくなっています。

※1アフィリエイト

Webサイトの主催者が企業と提携し、自身のサイトか

らその企業のサイトへのリンクを張り、そのリンクを経由

した閲覧者が企業サイトで会員登録や商品購入をした

場合、リンク元のWebサイトの主催者に報酬が支払わ

れる広告手法。

07 Club Unisys + PLUS VOL.08

Page 5: インターネットの潮流 -- Web2インターネットの潮流--Web2.0 “情報の民主化”は企業戦略・組織に どのような変革をもたらすのか。

根来 龍之氏×中島 洋氏

対談からの5つの提言

ITは組織の中に埋め込まれ、その企業の能力や経営資源と組み合わされた時に優位性を発揮する

Web2.0によって、熱烈なファンを抱えたニッチビジネスは、比較的容易に黒字化できる

顧客データに基づくリコメンデーションの仕組みは、顧客との継続的な関係で展開するビジネスに応用できる

Web2.0はコミュニケーション系の技術であり、ネットビジネス企業やテレビ局、通信会社、消費財メーカーなどにおいて効果を発揮する

組織構造や意思決定のメカニズムをまず変えなければ、SNSなどのコミュニケーション技術を効果的に活かすことはできない

デジタルな時代となった今、あなたの会社に迷いはないか。あなたの会社に戦略はあるか。そして、あなたの会社は生き残れるか――さらなる飛躍をめざす企業の経営陣に向けて、デジタル時代における競争戦略とIT戦略、その手法を解説した一冊。2003年度から2004年度にかけて早稲田大学IT戦略研究所の研究員や客員研究員が記した原稿および講演記録から構成され、先人達の体験記や専門家の緻密な分析などをもとに、今の時代の経営術のヒントや一流企業の強さの秘密を紹介している。

経営に役立つこの1冊

『デジタル時代の経営戦略』 早稲田大学IT戦略研究所 編 根来 龍之 監修 メディアセレクト

中島 Web2.0が浸透してきたこ

とで、企業の情報システムのあり方も

大きく変わってきたわけですが、今後

はこれをどのようにして戦略的に利

用するかが重要になると思います。た

とえば、すでにネット上にビジネスモデ

ルを確立している企業では、ネットワー

クを介して集まる顧客の活動履歴を

膨大なデータベースとして蓄積し、マー

ケティングに活かすという動きも活発

化しています。ここから模倣困難な競

争優位性を生み出すことも可能なの

ではないでしょうか。

根来 その典型がアマゾン・ドットコム

ですね。それまでの購入履歴からお

薦め書籍(商品)を紹介するリコメン

デーション自体は他社でも不可能では

ありませんが、膨大な顧客データを使っ

たリコメンデーションの仕組みは、デー

タを営々と蓄積してきたアマゾンしか

できません。また、世の中のニッチなニー

ズを拾うロングテールもアマゾンの強

みの1つです。しかし、いくらニーズが

あっても、その存在を顧客に教える仕

組みがなければ、ビジネスとして成り

立ちません。つまり、検索システムとリ

コメンデーションがないと、ロングテール

は実現されません。

 ただし、ニッチなものを売りつづける

本質的なロングテールは、絶版もなく、

保管・在庫コストもかからないデジタル

財においてより成立するといえます。

ですから、ロングテールの典型的な仕組

みとしては、アマゾンよりアップルの

iTunes

をあげる方がより適切かもし

れません。一方で、リコメンデーションの仕

組みは、住宅や自動車の販売など顧客

との継続的な関係が成立しているビジ

ネスであれば、応用することができます。

中島 では在来型の企業がWeb2.0

から受ける影響は何なのでしょうか。

根来 今後、Web2.0は企業にお

ける顧客インターフェイス、企業間イン

ターフェイス、企業内コミュニケーション

の3つの側面に徐々に影響してきます。

最初は顧客インターフェイス、次に、企

業内コミュニケーションに入ってきます。

具体的には、大手企業を中心に、企業

内SNS(※2)をアイデア生成に活

用しようとしているケースがあります。

組織が大規模になって、どの情報がど

こにあるか、どう結びつくかが把握し

づらくなったため、それをSNSで集

約してナレッジベースとするというの

が目的です。また、企画書を作成して

相互編集で修正するために、社内で

Wiki(※3)システムを活用する

ことも可能です。その後には、Goog

le

スプレッドシート(※4)のようなネッ

ト上のソフトウェアを使った予算管理

などSaaS(※5)的な使い方が入っ

ネットワーク上の

「集合知」を

戦略的に利用していく

08Club Unisys + PLUS VOL.08

Page 6: インターネットの潮流 -- Web2インターネットの潮流--Web2.0 “情報の民主化”は企業戦略・組織に どのような変革をもたらすのか。

特集 「集合知」が組織を変える。

Special Issue

てくると思います。企業間のコミュニケー

ションへのWeb2.0の影響は最後

になるでしょう。

中島 SaaSが果たす役割について、

もう少し詳しく伺えますか。

根来 Web2.0にはキーワードが3

つあると考えています。1つ目は「バー

チャル×バーチャル」。バーチャルなもの

同士が結びつきやすくなるというもの

で、WikiやWebサービスがそれ

に当たります。2つ目は「バーチャル×

リアル」。これはSNSが典型といえま

す。リアルな人間関係を背景にバーチャ

ルなネット上でのコミュニティを展開し

ています。そして3つ目が「ネットワー

ク×リアル」。バーチャルな世界がない

とリアルな世界が動かないというもの

で、ネットワーク上に必要なソフトだけ

を置いておき、それをリアルで利用する

というSaaSは、まさにこの典型です。

中島 そうしたWeb2.0の特徴を

活かしやすい分野、活かしづらい分野

というのはあるのでしょうか。

根来 Web2.0は基本的にはコミュ

ニケーション系の技術です。ですから、

コミュニケーション系の影響力の大きな

会社と小さな会社とでは、そのインパ

クトは変わってくるでしょうね。たと

えば、製鉄会社などの重厚長大分野

の企業よりも、コミュニティ系のネット

ビジネスをやっているような企業の方

が大きく影響を受けるでしょう。あ

るいは、放送と

通信の融合が

進むテレビ局な

どにも大きな

インパクトを与

えると思います。

また、両者の中

間に位置するのが航空会社などのサー

ビス業や消費財メーカーです。こうし

た業種は顧客とのつながりがありま

すし、ネットワーク上の評判が企業イ

メージや商品の売れ行きを左右する

という意味でも、Web2.0的なコ

ミュニケーション形態に積極的に取り

組んでいく必要があります。

中島 社内SNSやWikiの話が

ありましたが、企業内コミュニケーショ

ンへの応用は期待できるのではないで

しょうか。

根来 そうですね。ただし過剰な期

待は禁物です。情報を公開すればコ

ミュニケーションが活性化するかとい

えば、決してそうではありません。同

様に、組織構造そのものが変化しな

い限り、コミュニケーション技術は機能

しません。その点を冷静に見ておく

必要があります。

 風通しが悪く、意思決定の仕方が

旧来の組織でSNSさえ使えばアイ

デアが出てきて新しい製品やサービス

が生まれる、ということはありえませ

ん。新しいアイデアが出てきた時に、

それを拾い上げる組織になっているこ

とが必要です。そうした組織であれ

ば、SNSに代表されるWeb2.0

的な仕組みが役立つはずです。

※2SNS(エスエヌエス、Social N

etworking S

ervice

人と人とのつながりを促進・サポートする、会員制のコ

ミュニティ型Webサイト。日本では「GREE(グリー)」

「mixi(ミクシィ)」が有名。

※3Wiki(ウィキ)

複数人が共同でWebサイトを構築していく利用法を想

定した、Webコンテンツ管理システム。閲覧者がWebブ

ラウザから簡単にページを修正・追加できる。

※4G

oogle

スプレッドシート

Google

が2006年6月に発表した、Webブラウザか

ら利用できる表計算アプリケーション。

※5SaaS(サーズ、Softw

are as a Service

ソフトウェアの機能のうち、ユーザーが必要とするものだけ

をサービスとして配布し、利用できるようにしたソフトウェ

アの配布形態。

風通しのよい

組織こそが

コミュニケーション技術を

活用できる

09 Club Unisys + PLUS VOL.08