前シナプス・アクティブゾーンにおける蛋白質間相 …bassoon...

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はじめに 学習や記憶,情動,意識などの脳高次機能の 発現には,脳内神経回路網における適切な情報 伝達が不可欠である。シナプスは神経細胞間の 接着装置であり,近年,数多くのシナプス蛋白 質が同定され,それらの機能解析が行われてき た。シナプスは大きく,前シナプス,シナプス 間隙,後シナプスの 3 領域に分けることができ る。前シナプスには神経伝達物質を含有したシ ナプス小胞がクラスターを形成し,アクティブ ゾーン(active zone; AZ)と呼ばれる構造体に ドッキングしている(図 1)。活動電位の刺激 によって Ca 2+ が神経終末に流入するとシナプ ス小胞は前シナプス形質膜に融合し,神経伝達 物質がシナプス間隙に放出される。放出された 神経伝達物質は後シナプスに存在する各種神経 伝達物質受容体に結合し,後神経細胞に情報が 伝達されてゆく。この一連の情報伝達の中で, AZ はシナプス小胞がドッキングし融合する特 異的な構造体であり,神経伝達物質の放出の位 置とタイミングを制御している。 私たちは数年前に,新規の AZ 特異的蛋白質 を精製し CASTCytomatrix at the active zone- associated structural protein)と命名した。そ の他にも,AZ 特異的蛋白質として BassoonPiccoloRIM1Munc13-1ELKS などが知ら れている。近年の分子生物学・生化学的な解析 によって,これら AZ 蛋白質間の相互作用と, 前シナプスからの神経伝達物質放出における AZ の役割が明らかになりつつある。本稿では, シナプス伝達の中でも特に前シナプス・AZ 構造と構成分子群の生理機能について,CAST を中心に,最近の話題を提供したい。 IAZ の構造 前シナプスには神経伝達物質を含有したシ ナプス小胞がクラスターを形成している 1。こ のシナプス小胞の一部は AZ に特異的にドッ キングしている。形態学的に見ると,AZ は比 較的電子密度の高い領域として前シナプスの 形質膜直下に見いだされる 24(図 1)。電子密 山梨医科学誌 273),109 1162013 前シナプス・アクティブゾーンにおける蛋白質間相互作用 大 塚 稔 久 山梨大学大学院医工学総合研究部生化学講座第一教室 要 旨:脳内には数千億を超える神経細胞が複雑な神経回路網を形成している。神経回路網が適切 に形成・維持されることで学習や記憶などの正常な脳機能が営まれる。一方で,その破綻は自閉症 や統合失調症などの精神神経疾患を引き起こす。神経回路網における情報伝達の要はシナプスと呼 ばれる神経細胞間の接着部位であり,このシナプスの形成・維持・破綻のメカニズムを明らかにす ることで,複雑な神経回路網の動作原理を分子レベルで解明できると考えられる。本稿では,特に 前シナプスからの神経伝達物質放出に関わる構造体・アクティブゾーンの分子構造基盤に関する最 近の研究を紹介したい。 キーワード アクティブゾーン,CAST,シナプス小胞 総  説 409-3898 山梨県中央市下河東 1110 番地 受付:2012 12 6 受理:2012 12 12

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はじめに

 学習や記憶,情動,意識などの脳高次機能の発現には,脳内神経回路網における適切な情報伝達が不可欠である。シナプスは神経細胞間の接着装置であり,近年,数多くのシナプス蛋白質が同定され,それらの機能解析が行われてきた。シナプスは大きく,前シナプス,シナプス間隙,後シナプスの 3領域に分けることができる。前シナプスには神経伝達物質を含有したシナプス小胞がクラスターを形成し,アクティブゾーン(active zone; AZ)と呼ばれる構造体にドッキングしている(図 1)。活動電位の刺激によって Ca2+が神経終末に流入するとシナプス小胞は前シナプス形質膜に融合し,神経伝達物質がシナプス間隙に放出される。放出された神経伝達物質は後シナプスに存在する各種神経伝達物質受容体に結合し,後神経細胞に情報が伝達されてゆく。この一連の情報伝達の中で,AZはシナプス小胞がドッキングし融合する特

異的な構造体であり,神経伝達物質の放出の位置とタイミングを制御している。 私たちは数年前に,新規の AZ特異的蛋白質を精製し CAST(Cytomatrix at the active zone-

associated structural protein)と命名した。その他にも,AZ特異的蛋白質として Bassoon,Piccolo,RIM1,Munc13-1,ELKSなどが知られている。近年の分子生物学・生化学的な解析によって,これら AZ蛋白質間の相互作用と,前シナプスからの神経伝達物質放出におけるAZの役割が明らかになりつつある。本稿では,シナプス伝達の中でも特に前シナプス・AZの構造と構成分子群の生理機能について,CAST

を中心に,最近の話題を提供したい。

I.AZの構造

 前シナプスには神経伝達物質を含有したシナプス小胞がクラスターを形成している 1)。このシナプス小胞の一部は AZに特異的にドッキングしている。形態学的に見ると,AZは比較的電子密度の高い領域として前シナプスの形質膜直下に見いだされる 2–4)(図 1)。電子密

山梨医科学誌 27(3),109~ 116,2013

前シナプス・アクティブゾーンにおける蛋白質間相互作用

大 塚 稔 久山梨大学大学院医工学総合研究部生化学講座第一教室

要 旨:脳内には数千億を超える神経細胞が複雑な神経回路網を形成している。神経回路網が適切に形成・維持されることで学習や記憶などの正常な脳機能が営まれる。一方で,その破綻は自閉症や統合失調症などの精神神経疾患を引き起こす。神経回路網における情報伝達の要はシナプスと呼ばれる神経細胞間の接着部位であり,このシナプスの形成・維持・破綻のメカニズムを明らかにすることで,複雑な神経回路網の動作原理を分子レベルで解明できると考えられる。本稿では,特に前シナプスからの神経伝達物質放出に関わる構造体・アクティブゾーンの分子構造基盤に関する最近の研究を紹介したい。

キーワード アクティブゾーン,CAST,シナプス小胞

総  説

〒 409-3898 山梨県中央市下河東 1110番地 受付:2012年 12月 6 日 受理:2012年 12月 12日

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度が高い領域は(図 1のピラミッド状の構造体),スペトリン等のアクチン結合蛋白質が主要構成分子の一つであり,AZにおける細胞骨格(Cytomatrix at the AZ; CAZ)とも呼ばれている。本稿では,この細胞骨格と形質膜を合わせた部分を AZと定義する。 現在,数多くの種で特徴的な AZ構造が見出されている 5)。例えば,網膜のシナプスでは,細長いリボン状の AZが存在し,その根元にカルシウムチャネルなどの神経伝達物質放出に関わる分子群が局在している 6)(図 1)。また,AZは種を超えてよく保存さており,進化的にもシナプスを構成する重要な構造体の一つと考えられる。 90年代に入り,AZの構成分子群が明らかになってきた。現在 AZ特異的蛋白質として知られているものは,Bassoon 7),Piccolo 8–10),RIM 11),Munc13-1 12),CAST 13,14),ELKS 14,15)

がある(図 2)。

II.AZ構成蛋白質

 Piccoloは,ドイツの Gundelfi ngerらのグループによって最初に同定された AZ蛋白質で分子量が 500 kDaを超える巨大な蛋白質であ

る 8)。 同じく分子量が 400 kDa を超えるBassoonと特異的な相同性を示す。Piccoloはそのカルボキシル末端にカルシウムイオンの結合ドメインとして知られる C2ドメインを有する。Bassoonについては,ノックアウトマウスが作製され,解析がおこなわれている。Bassoonノックアウトでは,興奮性のシナプスの約半分が不活性化の状態になり,生まれた個体は約 2週間で痙攣を起こして死亡する 16)。電気生理学的には,プライミングの段階に異常が見られる。プライミングとは,シナプス小胞が AZにドッキングした後,膜と融合するまでの段階のことで,プレ融合段階とも呼ばれる。このプライミングの状態にあるシナプス小胞のみが Ca2+の流入によって,膜と融合し,含有する神経伝達物質をシナプス間隙に放出する 17)。最近,Bassoonノックアウトの小脳を用いた解析から,Bassoonがシナプス小胞の AZへの再充填 reloadingを制御していることが明らかとなった 18)。Piccoloノックアウトでは著明な表現型は見出されないが,Bassoonとのダブルノックアウトでは Bassoonの表現型がより重篤になるため,Bassoonの機能を修飾している可能性が高い 19)。 RIM1は当初,低分子量 G蛋白質 Rab3Aの

図 1.シナプスと AZ シナプスの概略図.(A)高等動物の脳(海馬)のシナプスでは,AZに電子密

度の高い領域が存在する(ピラミッド型の部分).(B)脊椎動物網膜の AZ.特徴的なリボンのような構造をしていることからリボンシナプスとも呼ばれる.

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標的分子として見出された 11)。海馬の電気生理学的解析から,RIM1もプライミングのステップを制御していることが明らかになっている 20)。RIM1ノックアウトマウスでは,行動学的解析から,海馬に依存した学習と記憶の発現に異常が見られる 24)。また,海馬のスライス培養実験から,RIM1ノックアウトマウスでは,海馬の CA3領域の長期増強 Long

term potentiation(LTP)の維持に異常が見られた 21,22)。LTPは,神経細胞に高頻度の電気刺激(テタヌス)を加えることで,その後長期にわたってシナプスにおける伝達効率が上昇する現象で,シナプス可塑性の代表例であ

る。Munc13-1は線虫 unc13のラット相同遺伝子として単離された 23)。UNC変異体は,行動異常(uncoordinated)を示す一群の変異体で,Unc13変異は最も重篤な表現型を示す変異体のひとつである 23)。Munc13-1は RIM1と結合することでプライミングのステップを制御していると考えられているが 24),RIM1ノックアウトマウスとは異なり,Munc13-1ノックアウトマウスは生後すぐに死亡する 24)。Munc13-1

ノックアウトマウスでは,神経伝達物質の放出が完全に欠失しており,Munc13-1はプライミングステップのマスター蛋白質であると考えられている。

図 2.AZ蛋白質 (A)比較的高分子の蛋白質が多い.コイルドコイル領域や PDZドメインなど,蛋白質間の相

互作用に関与するドメインを有することから,多数のシナプス蛋白質と複合体を形成していると考えられる.(B)ELKS/CASTファミリーメンバー.ELKSは神経以外に発現が見られるスプライシング・アイソフォームが存在する.高等動物には CASTと ELKSの 2つが存在する.線虫では 1つ.ハエでは、現在少なくとも 1つが同定されている(Bruchpilot).Bruchpilotは他の CASTファミリーメンバーに比べて分子量が大きく,C末領域は相同性が低い.また,特徴的なアミノ酸モチーフ IWAも有していない.

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III.CASTとその生理機能

 このように,少ないながらも AZ特異的な蛋白質が同定・解析されてきたが,その数は後シナプスにおいて明らかにされた分子群に比べると圧倒的に数が少ない。筆者らは,古典的な生化学的手法と質量分析法を用いて,ラット大脳より新規の AZ蛋白質 CAST(CAZ-associated

STructural protein)を精製・同定することに成功した(図 2B)。 CASTは分子量がおよそ 120 kDaの蛋白質で,複数のコイルドコイル領域とカルボキシル末端に特徴的な 3つのアミノ酸 IWAを有している。高等動物では,他にファミリーメンバー

として ELKSがある 25)。CASTは神経特異的に発現し,免疫電顕法による解析から,神経シナプス前部の膜直下に特異的にシグナルが観察される 26)(図 3)。特に CASTは AZに高度に濃縮しており,AZを検出するために適したマーカーの一つである 26)。一方,ELKSは神経特異的な分子と,神経以外の組織に発現するスプライシングアイソフォームを有している 25)。神経系において ELKSは,CASTと同様に AZに局在しており,CASTおよび ELKSは CAZ蛋白質の新たな構成分子ファミリーとして機能している。 次に私たちは,CASTの機能を明らかにする目的で,その結合蛋白質の同定を試みた。AZ

図 3.海馬における CASTの局在 海馬 CA3領域における抗 CAST抗体を用いた免疫電子顕微鏡.中央は樹状突起で,その周り

にシナプス小胞がクラスターを形成しているシナプスが同定できる.黒いシグナルが銀増感法によるCASTのシグナル.CASTは前シナプス形質膜直下に特異的に局在しているのが分かる.文献 13より転載.Barは 100 nm.

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画分を含むシナプス結合画分を陰イオン性の強力な界面活性剤である SDSにて可溶化し,Triton X-100にて中和後,抗 CAST抗体で免疫沈降実験を行った。驚いたことに,既知のAZ蛋白質がすべて共沈してくることが明らかとなった 37)。その後,詳細な生化学的解析から,Bassoon,Piccolo,RIMファミリーが直接CAST/ELKSと結合することが明らかとなった 27)。CAZは比較的電子密度の高い構造であるが,おそらく CASTを介した巨大な蛋白質の複合体がその分子基盤ではないかと想像している(図 4)。また CASTと RIM1,または CASTと Bassoonの結合を阻害すると,神経伝達物質の放出も阻害されることから 27),CASTを介した複合体は構造的な役割だけでなく,機能的な役割も担っていると考えられる。

 では,生体における AZの機能は何か? ひとつのヒントがハエの遺伝学からもたらされた。10年以上前に,nc82というモノクローナル抗体がハエの脳の抽出液を免疫することで偶然に得られていた 28)。興味深いことに,この抗体はハエのシナプスの AZを認識していることが知られていたが,その抗原については謎のままであった。しかし,最近になって,nc82

の抗原が実は CASTと高い相同性を有した蛋白質であることが明らかになった 29,30)。この蛋白質はアミノ末端領域が CASTに相同性が高く,一方カルボキシル末端は相同性がなく細胞骨格系蛋白質のスペクトリンなどと類似した構造を有していた(図 2B)。この蛋白質をコードする遺伝子はその変異体(RNA干渉法で遺伝子発現を抑えたもの)が飛べずに落ちる(crash

図 4.AZ蛋白質の相互作用 CASTおよび ELKSは互いに相互作用し,C末で RIM1と結合する.また,Bassoonと

Piccoloもコイルドコイルドメインを介して,CASTに直接結合する.Munc13-1は RIM1に結合しており,CASTを介した巨大な分子複合体が形成される.

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する)ことから Bruchpilot(Brp)と名づけられた(Bruchは英語で crashの意)。Brpの発現が抑えられた変異体では,ハエの AZ構造(通称 T-bar)が完全に消失した 29,30)。そして,全長の Brpを発現させることで,T-barの形成が再び認められた。これは,ひとつの遺伝子をなくすことで,AZ構造そのものが消失した最初の例であり,CASTホモログ Brpは少なくともハエにおいて AZの形成に必須の蛋白質であることが証明された。さらに,電気生理学的解析から,Brp変異体では,神経伝達物質の放出が阻害された。光学顕微鏡を用いた解析でも,カルシウムチャネルが AZに濃縮せず,diffuse

な局在パターンを示すことが確認された 31)。したがって,Brp(つまり AZ構造体)は直接もしくは間接的にカルシウムチャネルと相互作用し,AZにおけるカルシウムチャネルの集積を制御している可能性が高い。最近私たちは,CASTがカルシウムチャネルのサブユニットの一つであるβ サブユニットと直接結合し,その活性を制御していることを見出した 32)。 最近,CASTのノックアウトマウスの解析から,CASTが抑制性のシナプス伝達を特異的に制御しているという報告がなされた 33)。一方で,AZの構造に変化はなく,ファミリーメンバーである ELKSが相補的な役割を果たしていることが示唆される。高等動物における AZ

の構造の破たんとその意義を解明するためにはCASTおよび ELKSのダブルノックアウトマウスの作製と機能解析が待たれるところであるが,私たちは CASTノックアウトマウスの作製と解析を独自に進め,CASTが網膜の AZであるリボンシナプスの大きさを決定していることを世界で初めて明らかにした 34)。

IV.AZとカルシウムチャネル

 前述のCASTホモログBrpとカルシウムチャネルの相互作用に加え,今一つの AZ蛋白質RIM1とカルシウムチャネルの相互作用が明らかとなっている。京都大学の森らは RIM1が

カルシウムチャネル複合体のβ サブユニットと直接結合することを見出した 35)(図 4)。β サブユニットはα サブユニットのシナプスへの局在に必須とされており,RIM1がカルシウムチャネルの anchoring蛋白質として機能していることを示唆する。また,通常電依存性カルシウムチャネルは,活性化開口した後に不活性化状態へと移行して Ca2+流入が減衰する。しかし,RIM1がβ サブユニットに結合すると不活性状態への移行は阻害され Ca2+流入が持続することが明らかとなった。また,PC12細胞を用いた解析から,RIM1全長や C末端の過剰発現により伝達物質であるアセチルコリンの放出が増加し,一方ドミネントネガティブ体を発現させた際には放出が減少することが明らかとなった。このことから,AZにおける RIM1-電位依存性カルシウムチャネルβ サブユニットの結合は,シナプス小胞をカルシウムチャネル近傍につなぎとめ,カルシウムチャネルの不活性化を防ぐことで Ca2+流入を持続させる役割を担っていると考えられる。 さらに最近,Sudhofらの研究チームは,RIM1がα サブユニットと直接相互作用することを報告した 36,37)。P/Qおよび Nタイプのα サブユニットのカルボキシル末端を baitにした酵母 two-hybridスクリーニングによって,RIM1の PDZドメインを含むフラグメントを単離した。RIM1およびファミリーメンバーである RIM2のダブルノックアウトマウスでは,蛋白質レベルの発現量に変化はないものの,AZにおけるカルシウムチャネルの集積が著明に阻害されていた。さらに,シナプス小胞のプライミングの過程が阻害されていた。また,この表現型は,RIM蛋白質の PDZドメインによってレスキューされることから,生体内において RIM蛋白質がカルシウムチャネルをAZの近傍につなぎとめ,Ca2+とシナプス小胞の距離を近づけることで,効率的な神経伝達物質の放出を制御していると考えられる。一方で,RIM1の PDZドメインは CASTとの相互作用に必須のドメインであることから,生体内にお

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いて CAST/RIM1/カルシウムチャネルがどのような蛋白質複合体を形成しているのか興味深い。これら AZ蛋白質の組み合わせによって,興奮性や抑制性シナプスの相違や,放出確率の大小が生み出されるとすれば,神経伝達物質放出の分子基盤の理解がさらに進展すると思われる。

V.おわりに

 この 20年来,分子生物学,生化学,電気生理学的な解析から,神経終末 AZの構造と機能に関して大きな進展があった 38)。その一方,いくつかの重要な謎は未解決のままである。1)AZ特異的な分子群はほかにも存在するのか;2)AZ蛋白質の組み合わせと相互作用の違いによって,シナプスの特性が変化するのか;3)AZ構造体を前シナプス形質膜に固定する分子基盤は何か。今後,このような分子レベルの解析に加え,光遺伝学や遺伝子改変動物を用いた研究によって,AZという構造体が高等動物の脳機能と行動にとってどのような役割を果たしているのか,個体レベルで明らかになることを期待したい。

謝  辞

 これまでの研究を支えてくれた国内外の共同研究者の方々,家族,ならびに現教室のメンバーに,特に図表の作製に尽力してくれた飛田耶馬人君にこの場を借りて深謝申し上げます。

文  献

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