ニューロエコノミックスの新展開 · 24 組織科学 vol.47no.4 図 1...

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特集/脳科学と組織科学の接面を求めて ニューロエコノミックスの新展開 ──心理物理学的神経経済学── 高橋 泰城(北海道大学 大学院文学研究科 行動システム 科学,社会科学実験研究センター, 脳科学研究教育総合センター 准教授) 本稿では,ニューロエコノミックス(神経経済学)の現在の 新しい展開に関して,物理的入力刺激と知覚反応の大きさとの 関連を調べる「心理物理学」の方法や知見を応用することが重 要であることを解説し,経営やマーケティングの観点からも概 観的に解説を行う.また,筆者の行っている研究を,そのよう な観点から紹介し,経営判断などにも関係するタイムマネジメ ント,ワークライフバランスやビジネスエシックスの研究への 応用の方向性についても論じる. キーワード 神経経済学,心理物理学,ホルモン,時間知覚,時間割引 .時間に関する意思決定の行動・神経経済 ニューロエコノミックスという研究分野は,行 動経済学とよばれる,人間の判断や意思決定のバ イアスやアノマリー(合理的意思決定論や標準的 経済学理論からのかい離,合理性の破れ)を研究 する分野が,神経生物学的手法をとりいれて発展 した分野である.バイアスやアノマリーは心理学 的要因から生じる場合が多い.そのため,マーケ ティングやマネジメントへニューロエコノミック スを適用する場合,標準的ミクロ経済学に基づい たマーケティング理論やマネジメント理論より も,心理学的要因を考慮したマーケティング・マ ネジメント理論とニューロエコノミックスとを組 み合わせるという方向性が有望である.本稿では そのような問題のうち,まず,(タイムマネジメ ントやワークライフバランスと関連の深い)時間 に関する意思決定(decision over time)をとりあ げて解説し,そのような意思決定問題において, 筆者らによる心理物理学的神経経済学の理論によ り,どのようにアノマリーが解明されてきている かを説明する.さらに,同様の理論により,不確 実性下の意思決定や,社会的意思決定(利他性な ど)におけるアノマリーがどのように説明できる かを解説する. 報酬をうけとる時期や損失が生じる時期が現在 より遅延すると,それらの結果(報酬・損失)の 価値が減少して感じられる(この心理傾向のこと を,時間割引という).このことにより,経済学 的には,異時点間選択(intertemporal choice) とよばれる,時間軸上で,利益と損失(「費用便 益」)を配分する選択問題が生じる.異時点間選 択は,個人の健康や富,幸福だけでなく,企業や 国家とそれにより統治されている社会の経済的繁 栄にも影響する(Frederick et al., 2002). 異時点間選択における意思決定においては,い くつかのアノマリーが存在している.代表的なも のは,①双曲割引(時間非整合性),②符号効果, 組織科学 Vol.47 No. 423-34201423

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Page 1: ニューロエコノミックスの新展開 · 24 組織科学 Vol.47No.4 図 1 時間割引の概念図.横軸は報酬を受け取るまでの遅 延,縦軸はその報酬の主観的価値を表す.深いカー

【査読付き論文】

特集/脳科学と組織科学の接面を求めて

ニューロエコノミックスの新展開──心理物理学的神経経済学──

高橋 泰城(北海道大学 大学院文学研究科 行動システム科学,社会科学実験研究センター,

脳科学研究教育総合センター 准教授)

本稿では,ニューロエコノミックス(神経経済学)の現在の

新しい展開に関して,物理的入力刺激と知覚反応の大きさとの

関連を調べる「心理物理学」の方法や知見を応用することが重

要であることを解説し,経営やマーケティングの観点からも概

観的に解説を行う.また,筆者の行っている研究を,そのよう

な観点から紹介し,経営判断などにも関係するタイムマネジメ

ント,ワークライフバランスやビジネスエシックスの研究への

応用の方向性についても論じる.

キーワード

神経経済学,心理物理学,ホルモン,時間知覚,時間割引

Ⅰ.時間に関する意思決定の行動・神経経済

ニューロエコノミックスという研究分野は,行

動経済学とよばれる,人間の判断や意思決定のバ

イアスやアノマリー(合理的意思決定論や標準的

経済学理論からのかい離,合理性の破れ)を研究

する分野が,神経生物学的手法をとりいれて発展

した分野である.バイアスやアノマリーは心理学

的要因から生じる場合が多い.そのため,マーケ

ティングやマネジメントへニューロエコノミック

スを適用する場合,標準的ミクロ経済学に基づい

たマーケティング理論やマネジメント理論より

も,心理学的要因を考慮したマーケティング・マ

ネジメント理論とニューロエコノミックスとを組

み合わせるという方向性が有望である.本稿では

そのような問題のうち,まず,(タイムマネジメ

ントやワークライフバランスと関連の深い)時間

に関する意思決定(decision over time)をとりあ

げて解説し,そのような意思決定問題において,

筆者らによる心理物理学的神経経済学の理論によ

り,どのようにアノマリーが解明されてきている

かを説明する.さらに,同様の理論により,不確

実性下の意思決定や,社会的意思決定(利他性な

ど)におけるアノマリーがどのように説明できる

かを解説する.

報酬をうけとる時期や損失が生じる時期が現在

より遅延すると,それらの結果(報酬・損失)の

価値が減少して感じられる(この心理傾向のこと

を,時間割引という).このことにより,経済学

的には,異時点間選択(intertemporal choice)

とよばれる,時間軸上で,利益と損失(「費用便

益」)を配分する選択問題が生じる.異時点間選

択は,個人の健康や富,幸福だけでなく,企業や

国家とそれにより統治されている社会の経済的繁

栄にも影響する(Frederick et al., 2002).

異時点間選択における意思決定においては,い

くつかのアノマリーが存在している.代表的なも

のは,①双曲割引(時間非整合性),②符号効果,

組織科学 Vol.47 No. 4:23-34(2014)

23

Page 2: ニューロエコノミックスの新展開 · 24 組織科学 Vol.47No.4 図 1 時間割引の概念図.横軸は報酬を受け取るまでの遅 延,縦軸はその報酬の主観的価値を表す.深いカー

③金額効果などである.時間非整合性とは,異時

点間選択において,予定した選択計画が,時間の

経過とともに変更されてしまう性質のことであ

る.符号効果とは,同じ金額でも,報酬のほうが

損失よりも速く時間割引されてしまう効果のこと

である.また,金額効果とは,大きな報酬より,

小さな報酬のほうが速く時間割引されてしまう効

果のことである.これらの中でも,双曲割引と呼

称されることの多い「時間非整合性」が,とくに

研究されてきたので,まずこの現象に関して説明

する.以下の意思決定問題を考えよう.

〈意思決定問題 1〉

以下の二つの選択肢 A1か B1から,どちらか

一方を選べ.

選択肢A1:1年後に,1個のチョコレートをも

らう.

選択肢B1:1年と 1 週間後に,2個のチョコレ

ートをもらう.

多くの人は,選択肢 B1(「忍耐強い」選択肢)

を選ぶことが知られている.それでは,以下の意

思決定問題はどうだろうか.

〈意思決定問題 2〉

以下の二つの選択肢 A2か B2から,どちらか

一方を選べ.

選択肢A2:今日,1 個のチョコレートをもら

う.

選択肢B2:1週間後に,2個のチョコレートを

もらう.

この問題の場合は,多くの人が選択肢 A2

(「衝動的な」選択肢)を選ぶことが知られてい

る.ここで,上記の意思決定問題 1の選択肢双方

に含まれている「1 年」を取り除いてみると,意

思決定問題 1の A1,B1はそれぞれが意思決定問

題 2の B1,B2に対応することが明白である.し

たがって,意思決定問題 2(実際の「行動」)を,

1 年後の「計画」問題にしたものが,意思決定問

題 1である.以上のことから,次のことが判明し

た:

普通の人々は,将来計画をたてる際には「忍耐

強い」が,実際に行動する際には「衝動的」に

なってしまう.

このように,計画を立ててから実行するまでの

間のどこかの時点において,選択が変更(pref-

erence reversal over time,「選好の逆転」ともよ

ばれる)されてしまう(B1 → A2)ことを,「時

間非整合性(time-inconsistency)」と呼ぶ.伝統

的な経済学においては,このような選好の逆転は

おこらないと仮定されてきたが,近年の行動経済

学や神経経済学においては,このような時間非整

合性が実在することを考慮し,その原因を説明す

る研究が盛んに行われている.筆者は,心理物理

学的神経経済学における考察に基づいてこの原因

を説明する理論を提唱(Takahashi, 2005)し,

さらに筆者らは実験的にその理論を実証した

(Takahashi et al., 2008a;Han&Takahashi, 2012).

この理論によって,不確実性下の意思決定や社会

選好における諸アノマリーも説明可能であるの

で,まずは異時点間選択におけるアノマリーの心

理物理学的神経経済学の理論を説明する.そのた

めに,はじめに「時間割引」とよばれる,報酬を

受け取るまでの遅延が原因となって,その報酬の

主観的価値が減少する現象(図 1)を説明する.

24 組織科学 Vol. 47 No. 4

図 1 時間割引の概念図.横軸は報酬を受け取るまでの遅

延,縦軸はその報酬の主観的価値を表す.深いカー

ブだと衝動的である.

0 20 40 60 80 100遅延日数

1000

800

600

400

200

0

主観的価値

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1.指数的時間割引

上記で説明したような選好の逆転がおこらない

ような,時間整合的な異時点間選択をさせる時間

割引の仕方は,以下の指数関数で表される「指数

割引」であることが知られている:

V(D)=V(0)exp(-kD). (1)

ただし,V(D)は遅延時間 D 後にえられる報

酬(や生じる損失)の主観的価値,また k は指

数割引率とよばれるパラメタである.このモデル

の場合,容易に計算できるように,-V '(D)/V

(D)と定義される「時間割引率」(報酬が時間と

ともに割り引かれやすい程度=衝動性を表す)は

D によらず一定の k であるため,選好の逆転は

お こ ら な い.指 数 割 引 は,経 済 学 者 Paul

Samuelson によって提案され,標準的な経済学で

長らく採用されてきたが,行動経済学の研究によ

り,上記の例に示したように,実際の人間の選択

行動においては時間とともに選好の逆転が生じる

ことが明らかになったため,以下で説明する双曲

割引モデルが採用されるようになってきた.

2.双曲割引

行動経済学などの研究(上記のような意思決定

問題を実験参加者に実行してもらって,非線形回

帰分析などの行動科学的な分析を行って時間割引

曲線を推定する,という実験的な研究)によっ

て,人々の実際の異時点間選択を生み出す時間割

引は,以下の双曲割引モデルによって記述される

ことが明らかになった:

V(D)=V(0)/(1 + kD)s (2)

ただし,kと s は,時間によらないパラメタで

ある.ここで,s=1のときを単純双曲割引,sを

必ずしも 1に固定しないモデルを一般化双曲割引

モデルとよぶこともある.また,経済学分野で

は,s=1 に固定した単純双曲モデルを「双曲割

引」モデルと略称する場合もある.単純双曲割引

においては,-V'(D)/V(D)と定義される時間割

引率(衝動性)は(計算してみると容易にわかる

ように)k/(1 + kD)であるので,k が正であれ

ば,遅延 D の減少関数である.したがって,遠

い将来(Dが大きい)においては衝動性が低く,

近未来(D が小さい)においては衝動性が高い

という,上記でしめした意思決定問題 1と 2にお

ける人間の行動傾向をうまく表していることがわ

かる.

以上のことを,時間割引曲線のグラフで見てみ

よう(図 2).

ここまでの段階において当然の疑問は,「どう

して人々は式(1)で表される指数割引モデルでは

なく,式(2)で表される双曲割引モデルに従った

異時点間選択を行うのだろうか」というものであ

ろう.筆者はこの疑問に対して,神経科学の知見

ニューロエコノミックスの新展開 25

図 2 指数割引(点線)と双曲割引(実線)の比較.横軸が遅延日数,縦軸が結果(報

酬や損失)の主観的価値.双曲割引は,指数割引とくらべて,近未来での時間割

引が速く,遠未来では,反対に指数割引よりも,時間割引が遅いことがわかる.

0 20 40 60 80 100遅延日数

1000

800

600

400

200

0

主観的価値

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と心理物理学の法則を考慮して,説明を与える理

論を提案した(Takahashi, 2005).その説明に興

味がある読者は,4.へ読み進んでいっていただ

いてもかまわないが,以下の 3.において,多少

寄り道をして,時間割引と,リスク下の意思決定

や利他性との関連を紹介する.

3.不確実性下の意思決定や社会的選好と時間

割引の関係

以上で説明してきた内容は,異時点間選択に関

するものなので,一見,不確実性下の意思決定

(リスク下の選択)におけるリスク選好(危険愛

好性)や他人に対して配慮するという心理傾向

(「社会的選好」と経済学ではよばれている)とは

無関係であると感じられる可能性もある.しか

し,これらはいずれも,「自己制御」と関係して

いるので,素朴に考えても,時間割引における衝

動性と,リスク選好や社会的選好には関連があり

そうである.実は,この考えが正しいことが知ら

れている.以下にそれぞれ,時間割引との関連を

紹介する.

⑴ 確率割引

確率 p で得られる報酬の主観的価値はどのよ

うに感じられる(はず)だろうか.例えば,なか

なか当たらない(つまり確率 p が小さい)ギャ

ンブルは,当たるまで長時間そのギャンブルをや

り続ける必要がある,ということから,確率と時

間とを結びつける糸口がみえてくる.すなわち,

当たる確率が小さい⇔当たるまでの待ち時間が

長い

という数学的連関を利用すれば,リスク下の意思

決定と異時点間選択とを結びつけることができそ

うである(Rachlin et al., 1991).すなわち,

受け取るまでの待ち時間が長い報酬をがまん

して待てるという「時間的自己制御」と,なか

なか当たらないギャンブルでもがまんしてやり

続けることができるという「確率的自己制御」

とが,共通した心理メカニズムによって生じて

いる

可能性があるということである.興味のある読者

のために,以下でこのアイデアを発展させてみよ

う.

頻度論的に定義される確率とは,ある結果が実

現する回数を試行回数でわったものである.した

がって,確率 p で得られる報酬を一度(1 回)手

にいれるためには,1/p回の試行が,平均して必

要である.一般に,N 回の試行で報酬を手に入

れる場合,手に入れるまでの待ち回数は N−1で

あるから,確率 p で得られる報酬を一度(1 回)

手にいれるためには,平均して(1/p)−1 回の待

ち回数(=遅延)が必要であることが分かる.し

たがって,上記の双曲時間割引モデル(式(2))

の遅延 D に 1/p−1(odds against と呼ばれる)

を代入した,

V(p)=V(0)/(1 + k(1/p−1))s (3)

によって,人々のリスク下の意思決定における報

酬や損失の主観的価値が記述できそう(図 1の横

軸を,遅延の代わりに odds against=1/確率−1

に置き換えたグラフになりそう)だということが

わかる.実際,我々の行動実験研究において,7

種類の確率(5 パーセントから 95 パーセント)

でもらえる不確実な報酬の主観的価値を測定し,

横軸をそれらの確率に対応する 7 種類の odds

against としてプロットした実験データにおいて

も,このことは確認されている(Takahashi,

Oono, & Radford, 2007a).このことは,なかなか

当たらない報酬を辛抱強く待ち続けるという意味

で自己制御がはたらく人(衝動性が低い人)のほ

うが,そうでない人よりもリスク選好が強いこと

を示唆する.実際,筆者らの研究においても,時

間割引と確率割引との間に正の相関があったこと

により,この予測は支持されている(Ohmura et

al., 2006).さらに,筆者は,行動経済学における

プロスペクト理論で提案された確率ウェイト関数

(リスク下の意思決定で用いられる主観的な確率

26 組織科学 Vol. 47 No. 4

Page 5: ニューロエコノミックスの新展開 · 24 組織科学 Vol.47No.4 図 1 時間割引の概念図.横軸は報酬を受け取るまでの遅 延,縦軸はその報酬の主観的価値を表す.深いカー

のようなもの)も,同様の理論によって導き出す

ことができることを証明した(Takahashi,

2011).

⑵ 社会割引

人々は,他人が受け取る報酬や損失を,自分自

身にとってどれほどのものと感じるだろうか.こ

の問題は,共感性や利他性を研究する上で重要で

ある.Rachlin らは,この問題を,利己的な衝動

に打ち勝つという意味での自己制御問題であると

考えた(Jones & Rachlin, 2006).すなわち,

遠い将来に自分が受け取る報酬を(がまんし

て)待つことができるという「時間的自己制

御」と,自分とは異なる他者にも報酬を(がま

んして)分け与えるという「社会的自己制御」

との間に,共通した心理メカニズムが働いてい

のではないかと考えることができる.すると具体

的には,報酬の時間割引における遅延時間の代わ

りに,他人と自分との社会的距離 Nを用いた以

下の式(双曲型社会割引モデル)が,利他性を示

すモデルである:

V(N)=V(0)/(1 + kN)s (4)

この式における社会割引が小さい(つまり,図

1の横軸を他人との社会的距離としたときのグラ

フのカーブが浅い)人ほど,共感性や利他性に富

む人である(Osinski, 2009).さらに,筆者は,

報酬だけでなく,損失の場合も同様のモデルによ

って利他性が記述できることを示し(Takahashi,

2013),人々は,他人が獲得する報酬に対してよ

りも,他人が受け取る損失に対してのほうが,共

感しやすい(すなわち,他人との社会的距離が広

がっても,その人が被る損害は,その人が受け取

る報酬よりも社会割引されにくい,つまり社会割

引曲線が,損失の場合のほうが,報酬の場合より

も浅い)ということを示した.このことは,たと

えば具体的には,通勤電車で見かけるけれども名

前はわからない人(社会的距離が遠い相手)の給

料が上がったときにはその嬉しさを共有しにくい

のに対し,その人が車内で急病になったときの苦

痛に対しては共感しやすい,ということである.

4.双曲割引の心理物理学的説明

神経科学分野の研究において,意思決定の研究

とは別に,時間の知覚の研究がなされてきた.そ

のような研究により,神経伝達物質のうち,ドー

パミンが時間知覚に影響することが知られてい

る.ここでの我々のトピックの観点から興味深い

ことに,ドーパミンはまた時間割引を制御する物

質の一つであることも知られている.たとえば,

ドーパミン系に作用する物質(たとえばアンフェ

タミンなど)の常用者は,そうでない人に比べ

て,時間割引における衝動性が高いことが知られ

ている(Bickel & Marsch, 2001).このような神

経科学的な知見は,時間知覚と時間割引を担う共

通した神経化学的経路が存在する可能性を示唆す

る.従って,「時間割引モデルに,時間知覚とい

う概念変数を導入することによって,異時点間選

択のアノマリーが説明できないだろうか」と期待

しても,それほど不自然ではない.

ここで,指数割引の式に,知覚された時間τを

代入し,「人々の意思決定プロセスは合理的であ

るが,その際に主観時間τが用いられている」と

仮定してみよう.すると,

V(τ)=V(0)exp(-kτ) (5)

となる.さらに,主観時間と物理時間との関係の

考察を進めよう.そのため,物理的な入力刺激の

強さ(物理量)と,それに対する知覚反応の大き

さ(心理量)との関係について研究が行われてい

る「心理物理学」の知見を援用しよう.たとえば

知覚される音の強さの単位であるデシベルや地震

のエネルギーの強さの単位である震度などの定義

においてよく知られているように,様々な入力刺

激の物理的な強さ(物理量)に対して,その心理

的な知覚反応の大きさ(心理量)は,対数的であ

ることが知られている(すなわち,物理量が大き

ニューロエコノミックスの新展開 27

Page 6: ニューロエコノミックスの新展開 · 24 組織科学 Vol.47No.4 図 1 時間割引の概念図.横軸は報酬を受け取るまでの遅 延,縦軸はその報酬の主観的価値を表す.深いカー

いほど,変化に対する心理的な反応は鈍くなる,

と言い換えてもよい).物理量と心理量との間の

この対数的な関係を,Weber=Fechner則と,心

理物理学の分野では呼んでいる.以上は時間とは

関係のない物理量に関する心理物理学の知見であ

るが,本稿で扱っている時間割引にもこの知見を

適用するため,ここで Weber=Fechner 則にし

たがって時間が知覚されている(主観時間は物理

時間に対して対数的である):

τ(D)=αln(1+βD) (6)

と仮定する.ここで式(6)を式(5)に代入してやる

(すなわち,主観時間をもちいて指数割引という

合理的意思決定が行われていると仮定する)と,

V(t)=V(0)exp(−kαln(1+βD)) (7)

=V(0)/(1+βD)kα (8)

となる.すなわち,次のことが判明した:

もし①主観時間が物理時間に対して対数的であ

り,かつ②異時点間選択の意思決定が合理的で

あるならば,③その行為者の時間割引は物理時

間において双曲的である.

ここで,③はすでに説明した通り,多くの実験研

究で立証されているので,成立するかどうかの検

証が必要な命題は①および②であるが,筆者らに

よる,実際に時間知覚を計測(主観時間を 18cm

の線分上に写像することによる)し,時間割引行

動を分析(上記のような異時点間の意思決定課題

の回答に対して非線形回帰を行って時間割引曲線

をフィットする方法による)する実験研究におい

て,①も②も正しいことが示された(Han &

Takahashi, 2012).

以上のことから,次のことが結論される:

異時点間選択において選好の逆転が生じるの

は,主観時間が対数的であるからである.

参考のために,対数的な主観時間のグラフを図

3に示す.

このように,異時点間選択における主要なアノ

マリーの一つである時間非整合性が,主観時間の

特性によって説明されたわけであるが,そのほか

のアノマリーも,同様に主観時間の特性によって

説明ができるであろうか.この疑問に対する答え

は,以下で述べるようにイエスである.

5.符号効果の心理物理学的説明

時間割引における符号効果とは,報酬のほうが

損失よりも速く価値が減ってしまう現象のことで

あるが,この現象に,主観時間の心理物理学的効

果が反映していると考えてみよう.すなわち,

「報酬を待っているときの主観時間」と「損失を

待っているときの主観時間」とが異なると仮定

し,主観時間におけるその相違が,報酬と損失の

時間割引の相違をうみだすと考えてみるのであ

る.日常的な例を考えてみても,旅行にいくまで

の 1か月は長く感じられるのに対し,試練までの

1か月は同じ 1か月でも,時間的に接近して感じ

28 組織科学 Vol. 47 No. 4

図 3 対数的主観時間(心理時間).物理時間(横軸)

が長くなるにしたがって心理時間は増えにくく

なりながら増大する(Weber=Fechner則).す

なわち,近未来での 1 週間という期間は長く感

じられ,遠未来での 1 週間という期間は短く感

じられるため,今日から 1 週間待つのは難しい

が,来年からさらに 1 週間待つのはそれに比べ

ると容易であると錯覚されてしまう(B1 → A2

という選好の逆転の心理物理学的原因).

0 20 40 60 80 100物理時間

1000

800

600

400

200

0

心理時間

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られる.時間が長く感じられるほど,主観的価値

(うれしさや嫌さ)は減少する(時間割引される)

のであるから,

「報酬を待っているときの主観時間」>「損失

を待っているときの主観時間」であることによ

り,時間割引における符号効果が説明できそうで

あることが分かる.実際,筆者らの実験により,

この仮説が正しいことが立証された(Han &

Takahashi, 2012).具体的な実験操作としては,

物理時間においては,報酬のほうが損失よりも速

く時間割引されるが,心理時間(実験参加者に物

理時間をどれくらいの長さと感じるか,18cm の

線分の上に示してもらって測定した.報酬を待っ

ている場合のほうが,同じ 1か月でも,損失を待

っている場合より心理時間が長かった)において

は,報酬も損失も同じ速さで時間割引されること

を,行動経済学と心理物理学の手法により実証し

た.同様に考えると,大きな報酬を待っていると

きと小さな報酬を待っているときとでは,待ち時

間の長さが異なって感じられる(例えば,100万

円を待っている場合の 1 週間より,10円を待っ

ている 1 週間のほうが長く感じられる,など)

と,時間割引における金額効果(小さな報酬のほ

うが待ちづらい=時間割引が速い)も説明できる

(小さい報酬を待っているときのほうが,同じ 1

週間でも遠い将来に感じやすいために待てない)

ことがわかる.

以上のように,時間割引におけるアノマリー

は,時間知覚の仕方の心理物理学的な特性が原因

であることが分かった(実は,確率割引が双曲的

であることも,同様の理論で説明できることが,

筆者らの実験で示されている,Takahashi & Han,

2013).したがって次に,これらの現象が,どの

ような神経基盤によって担われているか,興味あ

るところであろう.

Ⅱ.割引行動の神経機構

近年になって,時間割引(異時点間選択)や確

率割引(リスク下の意思決定)の神経機構の研究

がすすんできた.以下では,それらの神経機構を

解説し,これまでに説明した心理物理学的神経経

済学の理論構築への指針となりうる方向性につい

て議論する.

1.時間割引の神経機構

これまでの神経科学の研究により,報酬に対す

る価値は,脳の部位名では眼窩前頭皮質,線条

体,側坐核,扁桃体などと呼ばれる領域に散在し

た神経ネットワークの活動によって表現されてい

ることが明らかになってきた(Kringelbach &

Rolls, 2004).特に,腹側眼窩前頭皮質は報酬に,

また外側眼窩前頭皮質は罰(損失)に反応すると

いうことも報告されている(Elliott et al., 2000;

Mainen & Kepecs, 2009).ヒト以外のモデル動物

をもちいた研究においても,たとえば時間割引課

題遂行中のラットにおいて,腹側眼窩前頭皮質が

選択肢の報酬価を表現していることは確認されて

いる(Winstanley et al., 2004).ヒトを用いた時

間割引の研究においては,腹側線条体,腹側眼窩

前頭皮質,後部帯状回や背外側前頭前皮質など

に,遅延してもらえる報酬の価値が表現されてい

ることが,機能的核磁気共鳴画像(fMRI)を用

いた研究であきらかになっている(McClure et

al., 2004;Kable & Glimcher, 2007).特に,Kable

& Glimcher(2007)においては,眼窩前頭皮質

や線条体の活動の強さ(BOLD信号と呼ばれる,

血中の酸化型ヘモグロビン濃度を指標とした脳活

動の強さを,ヘモグロビンを構成している水素原

子核の磁気的性質──日常的な意味で水素原子核

が自転しているわけではないが「スピン」と呼ば

れる量──の測定により定量化したもの)が,報

酬を受け取る時期の遅延を長くしていくにしたが

って,図 2の双曲型関数にしたがって減弱するこ

とを示した.このことから,双曲型割引関数(式

(2))の V(D)(経済学的には「割引効用」と呼

ばれる)が,眼窩前頭皮質や線条体の活動に比例

していることが分かる.

時間割引に関連した神経伝達物質(脳細胞同士

のコミュニケーションの際に用いられている化学

物質)も最近では特定されつつある.たとえば,

報酬に関連した神経伝達物質のドーパミン(脳部

ニューロエコノミックスの新展開 29

Page 8: ニューロエコノミックスの新展開 · 24 組織科学 Vol.47No.4 図 1 時間割引の概念図.横軸は報酬を受け取るまでの遅 延,縦軸はその報酬の主観的価値を表す.深いカー

位としては,線条体や側坐核と関連が深い)は,

すでに述べたように,時間割引行動とも関連して

いる.筆者らは,ドーパミン受容体(神経伝達物

質ドーパミンを,神経細胞が受け取る機能をにな

う,神経細胞の部品のこと.タンパク質の一種で

ある)のうち,D2と呼ばれるタイプを符号化し

ている遺伝子が,時間割引と関連していることを

見出した(Kawamura et al., 2013).興味深いこ

とに,この受容体は,時間知覚にも関連している

ことが知られている(Santi, Coppa, & Ross,

2001).したがって,ドーパミンは,報酬の価値

の感じ方(上記の式(2)の V(0),これは時間割

引される前の,今すぐもらえる報酬をどれだけ価

値があると感じているかを表す量である)を調節

しているだけでなく,心理時間τ(D)も調節し

ていることになる.Kawamura et al.(2013)の

知見を考慮すると,それらの二つのタイプのドー

パミン作用のうち,D2 受容体が担っているの

は,報酬の価値 V(0)ではなくτ(D)であると

考えられ,D2 受容体は,主に時間知覚の調整を

介して時間割引行動を調節している可能性がある

(つまり,D2 受容体の機能は報酬の価値の感じ

方を変化させることによって時間割引に影響する

というわけではない可能性が高い)ため,この点

についての将来の研究が必要である.さらに,気

分を制御している神経伝達物質のセロトニンも,

時間割引に影響し,その活性が低下していると考

えられるうつ病者において,時間割引が,近未来

で特に大きい(近未来の時間割引における衝動性

が高い)ことが,我々の研究で判明している

(Takahashi et al., 2008b).また,注意力に関係し

た神経伝達物質であるノルアドレナリン(ノルエ

ピネフェリンとも英語圏では呼ばれる)の平常時

の活性が高いほど,時間割引における衝動性が抑

制される(Takahashi et al., 2007b;Takahashi et

al., 2010)が,危機に対する反応性のノルアドレ

ナリン上昇により,時間割引が衝動的になる

(Takahashi et al., 2008c).

時間割引に影響を与える物質は狭義の神経伝達

物質(すなわち,脳細胞同士のコミュニケーショ

ンを直接担っている物質)だけではない.身体と

脳の間の情報伝達を担っている神経ホルモン(た

とえば神経ステロイドと呼ばれる一群の物質)

も,時間割引に影響する.たとえば,男性ホルモ

ンの一種であるテストステロンの濃度が身体にお

いて高いほど,時間割引における衝動性が低い

(ゆっくりした時間割引である)ことが,我々の

研究によって明らかになっている(Takahashi et

al., 2008d).また,社会的・心理的状況要因によ

って,強く影響をうけるホルモンは,ストレスホ

ルモンであるが,ストレスホルモンのうち,コル

チゾール濃度が平静状態において高い男性は,時

間割引における衝動性が低い(Takahashi,

2004).しかし,女性においてはその反対である

(Takahashi et al., 2010).また,ストレスホルモ

ンの作用を制御する神経細胞内の部品の一つ(ス

トレスホルモンのコルチゾールの細胞核内受容体

タンパクの機能制御をするシャペロンタンパクと

呼ばれるもの)を符号化している遺伝子の

FKBP5は,自殺に関連する遺伝子であるが,こ

の遺伝子が時間割引とも関連することが,最近の

筆者らの研究により明らかになった(Kawamura

et al., 2012).

以上をまとめると,時間割引の研究をする際

に,価値の感じ方(V(0))を決定している神経

機構と,時間の知覚(τ)を決定している神経機

構とを分離して調べることが必要であることが分

かる.

2.確率・社会割引の神経機構

リスク下の意思決定の際の神経活動を,確率割

引モデルを用いて分析した研究も報告されている

(Peters & Buchel, 2009).その研究によると,腹

側線条体や眼窩前頭皮質の神経活動は,時間割引

された報酬の価値(式 2 の V(D))も,確率割

引された報酬の価値(式 3 の V(p))も共通し

て表現しているが,頭頂葉(数の感覚などに関連

する脳部位)においては,時間割引された価値

V(D)と確率割引された部位 V(p)とが異な

った領域に表現されていることが報告されてい

る.したがって,同じ主観時間でも,異時点間選

択における遅延そのものの主観時間と,リスク

30 組織科学 Vol. 47 No. 4

Page 9: ニューロエコノミックスの新展開 · 24 組織科学 Vol.47No.4 図 1 時間割引の概念図.横軸は報酬を受け取るまでの遅 延,縦軸はその報酬の主観的価値を表す.深いカー

(確率の小ささ)による仮想的な遅延(odds

against=1/確率−1)の主観時間とでは,頭頂葉

の異なった場所がそれらの神経表現を担っている

ことが推測される.筆者らの研究(Ohmura et

al., 2005)においては,喫煙と報酬の時間割引と

の関連は見られたが,確率割引との関連は見られ

なかったことから,喫煙習慣やニコチン摂取は,

異時点間選択における遅延の心理時間とは関係す

るが,ギャンブルにおける待ち時間(odds

agains)の心理時間とは関連しない可能性がある

ため,対応する頭頂葉活動の分析が将来必要であ

ろう.

興味深いことに,Yamakawa et al.(2009)に

おいて,他人との社会的距離もまた,頭頂葉に表

現されていることが報告されている.したがっ

て,社会割引の際の神経活動を,他人に報酬をあ

げてからそれが返報してもらえるまでの時間の知

覚(社会的心理時間)の測定と組み合わせて行う

ことが,社会割引の神経機構の解明(すなわち利

他性や共感性の心理物理学的な神経基盤の解明)

のために必要であろう.

Ⅲ.心理物理学的神経経済学の応用

以上で見てきたように,衝動性,リスク選好,

利他性といった,一見異なる心的性質を,割引モ

デルと心理物理学を組み合わせた神経経済学理論

によって,統一的に理解できる可能性が開けてき

ている.それでは,このような心理物理学的神経

経済学の理論の応用として,経営学などの分野に

おいては,どういったものが考えられるであろう

か.

1.タイムマネジメントへの応用

異時点間選択(時間割引)のアノマリー(合理

性の破れ)として,双曲割引や選好の逆転という

問題行動(事前に立案した見事な計画が,絵に描

いた餅におわってしまう「計画倒れ」現象)が生

じる原因が,心理時間の非線形性であることを,

Ⅰ 4.で説明したが,この問題行動の解消への対

策として何があるであろうか.将来的には,心理

時間の神経表象を担う脳部位の神経活動や,時間

知覚に関連する神経伝達物質の操作を行うといっ

たことが考えられる.しかしそのためには,非侵

襲的な脳活動のコントロール方法が必要であり,

個人的に用いる可能性がありうるのは,

Neurofeedback と呼ばれる,自分の神経活動をモ

ニターしながら,その神経活動を適正なレベルに

引き上げたり引き下げたりするトップダウンコン

トロールをする方法である.近年では,数万円程

度の安価な脳波計が販売されているため,時間割

引の際に用いられている時間知覚に関連した脳波

成分が特定されてくれば,このようなテクノロジ

ーを自動化していくことも可能であるかもしれな

い.しかし,現時点では,計画実行までの遅延を

もちいて行動せずに,計画実行の期日をカレンダ

ーの日付で目の当たりにすることにより,心理時

間ではなく,物理時間をもちいた合理的な時間割

引を行うことができそうだと推論でき,このこと

は行動経済学の実験でも立証されている(Read

et al., 2005, date/delay effect,「日付/遅延効果」

と呼ばれる).また,未来の出来事をエピソード

として思い浮かべると,前頭葉などの神経活動の

活性化により,時間割引自体があまりおきなくな

る(Peters & Buchel, 2010)ことが知られてい

る.こ の 際 の 神 経 活 動 を,安 価 な 方 法 で

Neurofeedback に用いることができれば,効果的

に,長期計画をたてることがしやすいかもしれな

いので,今後の研究開発が期待される.

2.ワークライフバランス改善への応用

ミクロ経済学の理論によれば,24時間という

上限が存在する時間資源を,仕事と余暇に合理的

に振り分けた場合,「後方屈曲型」の労働供給曲

線になるべきであることが知られている(すなわ

ち,時給が 0円から高くなっていくと,余暇時間

を減らし,その分を労働時間に回すのが合理的だ

が,ある程度まで時給が上昇すると,むしろ労働

時間を減らし,余暇を増やしたほうが合理的にな

る,図 4を参照のこと).しかし,現実的には,

高所得者でも働きすぎの状態を続けてしまうこと

がある.一方,低所得者が,労働をせずに時間を

ニューロエコノミックスの新展開 31

Page 10: ニューロエコノミックスの新展開 · 24 組織科学 Vol.47No.4 図 1 時間割引の概念図.横軸は報酬を受け取るまでの遅 延,縦軸はその報酬の主観的価値を表す.深いカー

ほぼすべて余暇に費やしてしまう場合もある(引

きこもり現象など).その結果,高所得者が過労

死寸前まで働きすぎる一方,低所得者が職能向上

の機会を損失してしまい,過度に所得格差が拡大

してしまうことになりうる.このような過労働

(オーバーワーク)や過小労働がどうして生じる

のかは,現在は不明であるが,本稿で紹介した時

間知覚の性質を考慮すると,すでに労働時間が長

い人(=余暇時間が短い人)は,すこしでも余暇

を増やすと,その余暇時間が過大評価され,仕事

を休みすぎてしまった気分になるのに対し,すで

に余暇時間が長い人(=労働時間が短い人)は,

すこしでも労働時間を増やすと,その労働時間が

過大評価され,働きすぎてしまった感じがする,

という可能性が考えられる(Weber=Fechner則

にしたがう心理時間においては,短い時間間隔は

過大評価され,長い時間間隔は過小評価されるこ

とを想起されたい).このため,ワークライフバ

ランスの意思決定をしている際の時間知覚を担う

神 経 活 動 を,簡 易 的 に 測 定 し な が ら

Neurofeedback によって,適切な労働時間の感じ

かたができるように訓練するテクノロジーが開発

されることが望ましい.それまでは,たとえば 1

週間単位くらいで,労働時間と余暇時間を図示し

て,物理時間をもちいたワークライフバランスの

意思決定を行うように習慣づけることが効果的か

もしれないと考えられる.

3.ビジネスエシックスへの応用

適正なビジネスエシックスと両立する組織形成

や運営を行う上で,本稿で紹介した心理物理学的

神経経済学はどのような役割があるでか.1つ目

は,社会割引モデルで示された利他性の性質を考

慮することにより,よりよい組織づくりができる

可能性がある.たとえば,Strombach et al., 2013

は,社会割引モデルを用いて,中国人とドイツ人

という,異なる文化圏に属する人々の社会割引行

動を比較した.注意すべき点は,たとえば社会割

引が親しい人にとっては弱く(=利他的)であっ

ても,社会的に遠い人々にとっては強い(つまり

双曲性が弱すぎる)と,内集団びいき(nepo-

tism),談合などの,社会的不効用(経済学的に

は,「負の外部性」と呼ばれる)が大きい組織が

形成されてしまう可能性がある(その極端な例

が,いわゆる「反社会的集団・組織」などであ

る).この現象の背後には,社会的距離が

Weber=Fechner則にしたがって,主観的な社会

的距離が意思決定に用いられているという心理的

メ カ ニ ズ ム が 働 い て い る 可 能 性 が あ る

(Takahashi, 2007).社会的距離が,どのように

頭頂葉に表現されているか,またその神経表現を

担う神経活動をリアルタイムに,簡便に測定しな

がら Neurofeedback を行うことができる方法が

開発されれば,このような組織問題の解決に役立

つ可能性がある.

以上で概観したように,衝動性,計画策定,リ

スク管理,組織管理などの問題の根底にあるメカ

ニズムを,時間,確率,社会的距離の心的表象を

担う神経機構の解明により,統一的に把握する

(=心理物理学的神経経済学による解明)ことが

できれば,将来的には,その神経機構の(Neuro-

feedback などによる)自己制御により解決する

テクノロジーが開発されていく可能性があるであ

ろう.

参考文献

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32 組織科学 Vol. 47 No. 4

図 4 「後方屈曲型」の労働供給曲線

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時間当たり賃金

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