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ミソバチ科学 19 ( 1 ) :15-22 HoneybeeScience(1998) ローヤ ル ゼ リー タ ンパ ク質 の特 徴 と機 能 ローヤルゼ リ-は,健康食品 として現在広 く 利 用 され て お り,種 々 の薬 理 作 用 (藤井, 1995) および栄養生理的作用 (中島,1994) 報告 されている. この ローヤルゼ リーの有効成 分 の研究 は ,10 -ヒ ドロキシ -2 -デセ ン酸を代表 とす る脂肪酸, ア ミノ酸, ビタ ミンな どの低分 子化合物を中心 になされてきた.一方, ローヤ ルゼ リーには通常 10%以上 の タ ンパ ク質 が含 まれているが, この タンパ ク質 の分子構造や生 理作用などに関する研究はおくれている.ま た, ローヤルゼ リー配合 の ドリンク剤 な どの製 造時 には, アル コール抽 出が行われ, タンパ ク 質 は沈殿物 として分離 され るが, この タンパ ク 質の積極的な有効利用 は図 られていないのが現 状である. そ こで著者 らは, ローヤルゼ リー タンパ ク質 の分子構造や生理的機能の解明な らびに ドリン ク剤製造時の副産物であるタンパク質の高度利 用 を 目的 と して研 究 を行 って きた. したが っ て, ここでは著者 らが ローヤルゼ リーか ら単離 した分子量 350,000 および 55,000 の糖 タンパ ク質 を中心 に, その性質,構造 な らびに培養動 物細胞 に対す る作用 につ いて述べ る. また ロー ヤルゼ リー タンパ ク質 の うち,唯一全 ア ミノ酸 配列が解明されているロイヤ リシンと呼ばれる 抗菌性 タンパ ク質 につ いて も触 れ る. ところで, ローヤルゼ リー タンパ ク質 につ い ての研究 は, まずゲル電気泳動 による分析 (八 並ら,1987;HaれesandSimuth,1992)が行 われ,20 成分以上 の タ ンパ ク質 甲存在 が報 告 されている.他方では,各種溶媒を用いた分画 (友田ら ,1974) ,さらにカラムクロマ トグラフ ィーによる分離精製 (Tomoda eta1.,1977; 米倉 政実 竹中,1984; 竹中・越後,1984)が試 み られ, 竹中 (1984),2 種の水溶性 タンパク質 (分 子量 46,000 および 55,000)および 2 種のアル カ リ可溶性 タンパク質 (分子量 63,000 および 30,000)の単離 に成功 した. そ して, これ ら4 種 の タンパ ク質 は, いずれ も糖 タンパ ク質であ ること, またそれ らのア ミノ酸組成 や等電点を 明 らかに している. しか し, その分子構造や生 理的機能に関する研究はほとんど行われていな い. Ⅰ. ローヤルゼ リー タ ンパ ク質 の特徴 1 . ローヤルゼ リーは高 タンパク質 ローヤルゼ リーの化学成分については古 くか ら多 くの報告 があ るが,各成分 の値 は研究者 に よ りかな りまちまちであ った. そ こで, ある一 定条件 の もとで採取 した ローヤルゼ リーを用 い て分析した結果 (竹中,1982)によると,その タンパク質含量は,中冨および台湾産の場合 9.3-12.5%, 日本産 の場合 9.5-14.1%であっ た.高 タンパ ク質で,完全食品 といわれている 采綱 田ま, ローヤル ゼ リ- と同程 度 の水分含 量 (約 66%) であ り,タンパ ク質 は約 12% 含 まれ ている. したが って, ローヤルゼ リーは鶏卵 と 同様高 タンパ ク質 の食 品 とい うことがで きる. 2. 口-ヤルゼ リーのタンパク質成分 ローヤルゼ リーの タンパ ク質 は,水溶性 の も の と水不 溶性 の ものが あ り,前 者 が全体 の約 75%を,後者 が約 25%をそれぞれ占めている (竹中,1982).また,竹 中 (1982)は水溶性 の タンパ ク質 をゲル波過法 によ り分析 した結果, 分子量が約 10 万,約 9 万 および 1万以下 の少

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ミソバチ科学19(1):15-22HoneybeeScience(1998)

ローヤルゼ リータンパク質の特徴 と機能

ローヤルゼリ-は,健康食品として現在広く

利用 されてお り,種 々の薬理作用 (藤井,

1995)および栄養生理的作用 (中島,1994)が

報告されている.このローヤルゼリーの有効成

分の研究は,10-ヒドロキシ-2-デセン酸を代表

とする脂肪酸,アミノ酸,ビタミンなどの低分

子化合物を中心になされてきた.一方,ローヤ

ルゼリーには通常 10%以上のタンパク質が含

まれているが,このタンパク質の分子構造や生

理作用などに関する研究はおくれている.ま

た,ローヤルゼリー配合の ドリンク剤などの製

造時には,アルコール抽出が行われ,タンパク

質は沈殿物として分離されるが,このタンパク

質の積極的な有効利用は図られていないのが現

状である.

そこで著者らは,ローヤルゼリータンパク質

の分子構造や生理的機能の解明ならびに ドリン

ク剤製造時の副産物であるタンパク質の高度利

用を目的として研究を行 ってきた. したがっ

て,ここでは著者らがローヤルゼリーから単離

した分子量 350,000および55,000の糖タンパ

ク質を中心に,その性質,構造ならびに培養動

物細胞に対する作用について述べる.またロー

ヤルゼリータンパク質のうち,唯一全アミノ酸

配列が解明されているロイヤリシンと呼ばれる

抗菌性タンパク質についても触れる.

ところで,ローヤルゼリータンパク質につい

ての研究は,まずゲル電気泳動による分析 (八

並ら,1987;HaれesandSimuth,1992)が行

われ,20成分以上のタンパク質甲存在が報告

されている.他方では,各種溶媒を用いた分画

(友田ら,1974),さらにカラムクロマ トグラフ

ィーによる分離精製 (Tomodaeta1.,1977;

米倉 政実

竹中,1984;竹中 ・越後,1984)が試みられ,

竹中 (1984)は,2種の水溶性タンパク質 (分

子量 46,000および55,000)および2種のアル

カリ可溶性タンパク質 (分子量 63,000および

30,000)の単離に成功した.そして,これら4

種のタンパク質は,いずれも糖タンパク質であ

ること,またそれらのアミノ酸組成や等電点を

明らかにしている.しかし,その分子構造や生

理的機能に関する研究はほとんど行われていな

い.

Ⅰ. ローヤルゼリータンパク質の特徴

1. ローヤルゼリーは高タンパク質

ローヤルゼリーの化学成分については古 くか

ら多 くの報告があるが,各成分の値は研究者に

よりかなりまちまちであった.そこで,ある一

定条件のもとで採取 したローヤルゼリーを用い

て分析した結果 (竹中,1982)によると,その

タンパク質含量は,中冨および台湾産の場合

9.3-12.5%, 日本産の場合 9.5-14.1%であっ

た.高タンパク質で,完全食品といわれている

采綱田ま,ローヤルゼ リ-と同程度の水分含量

(約 66%)であり,タンパク質は約 12%含まれ

ている. したがって,ローヤルゼリーは鶏卵と

同様高タンパク質の食品ということができる.

2. 口-ヤルゼリーのタンパク質成分

ローヤルゼリーのタンパク質は,水溶性のも

のと水不溶性のものがあり,前者が全体の約

75%を,後者が約 25%をそれぞれ占めている

(竹中,1982).また,竹中 (1982)は水溶性の

タンパク質をゲル波過法により分析 した結果,

分子量が約 10万,約 9万および 1万以下の少

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保持時間

ゲル電気泳動(SDS-PAGE) 高速ゲル漉過

図 1 ローヤルゼリータンパク質のゲル電気泳動および高速ゲル減退による分析

なくとも3種類のタンパク質が含まれている

ことを報告 している.

著者 ら (1992)ち,ローヤルゼリーの全タン

パク質を ドデシル硫酸ナ トリウム-ポリアクリ

ルアミドゲル電気泳動 (SDS-PAGE)により分

析 した結果,分子量約 10万-1万のタンパク

質が約 20種類存在することがわかった.その

中で最 も量的に多いのが分子量 58,000のタン

パク質であり,次いで多いのが55,000のタン

パク質であった (図 1).また高速ゲル臆過法に

よりローヤルゼリーの水溶性タンパク質を分析

した結果 (図 1),分子量約 35万,約 12万,約

6万,約 4万および 1万以下の各タンパク質成

分が認められ,中でも最 も多い成分が約 35万

のタンパク質であることも明らかになった.級

述するように,この分子量 35万のタンパク質

は,SDS-PAGEにおいて検 出された分子量

58,000の成分と同一であり,このタンパク質 6

分子から構成されているオリゴマータンパク質

であることが明らかになった.また,分子量約

6万のタンパク質は,SDS-PAGEにおける分

子量 55,000のタンパク質成分と同一であるこ

とがわかった.

3.糖タンパク質が多いローヤルゼリー

SDS-PAGEを用いてローヤルゼ リータンパ

ク質を分離したのちに,PAS(過ヨウ素酸-シ

ッフ試薬)染色法により糖タンパク質の検出を

試みたところ,ほとんどのタンパク質成分が染

色され,ローヤルゼリータンパク質の大部分が

糖タンパク質であることが明らかになった.ま

た,この結果はレクチンを用いたアフイニティ

クロマ トグラフィーによっても確認された.ら

ちろん,単純タンパク質も一部含まれていた.

Ⅱ. 分子量 350,000の糖タンパク質(アピシン)

1. ローヤルゼリータンパク質の分離精製

ローヤルゼ リーの水溶性タンパク質につい

て,その成分を個々に分離 し,純粋な形で取り

出すことを,図 2に示す方法により行った.ま

ず,生ローヤルゼリーから透析により分子量 1

万以下の低分子成分を除去 した水溶性タンパク

質を,DEAE-セルロファインA-500カラムを

生ローヤルゼリー

a析(分育分子J的l万)

遠心分■

水溶性l3-ヤルゼリータンパク文

捨イオン交Jtクロマトグラフィー

(DEAE-セルロ77インA-500)

Dl(兼述LJ)ii分 D3(吸暮)百分

「cIMlt'J諾 ,',n717,i.言,イ~ l(:;崇 ヲ,イン臥 ,0..,0

55k一書タンパク文 350k一書タンパクJt

(55k-RJGP) (アビシン)

図2 ローヤルゼリー糖タンパク質の分離精製法

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350k糖タンパク質

(アピシン)

55k楯タンパク笑

(SSk-RJGP)

図3 ローヤルゼリーに含まれている350k糖タンパク質

(アピシン)と55k糖タンパク質 (55k-RJGP)の構造

用いた陰イオン交換クロマ トグラフィーにより

分画 した.次に吸着画分であるD3画分を,セ

ルロファインGCL1000sfカラムを用いたゲ

ル癒過に供 し,分子量 35万のタンパク質を純

品として取 り出した (米倉 ら,1992).なお,ミ

ツバチの学名 (APismelliferaL.) にちなん

で,この分子量 35万のタンパク質をアピシン

(apisin)と命名 した.

他方,前述のDEAE-セルロファインA-500

M8n81-2MBna1-6

MAnαl-2M&Jlal-3

カラムを用いた陰イオン交換クロマ トグラフィ

ーにおいて,カラムに吸着 しなかった素通り画

分であるDl画分を,CM-セルロファインC-

500カラムを用いる陽イオン交換クロマ トグラ

フィーにかけ,分子量 55,000のタンパク質を

純品として精製 した (伊豆川 ら,1995).

これら2種の糖タンパク質が,竹中 (1984)

が単離 した4種の糖 タンパク質のいずれに該

当するかを検討 したが,断定するには至 らなか

\hhJlα1-6/ \

M&nβト4GIcNAcP1-4GIcNAc M9A:55%/

MAJln1-2MAnal-2M8JICLl-3

MAJlal-2M&Jla1-6

\M&Jla1-6/ \

M8nα1-3 MAAβ1-4GlcNAcβ1-4GIcNAc M8AI.5%/

M8Zlα1-2MJLJlαト2M&Aql-3

M8Jlal-2M■ncL1-6

\MAna1-6/ \

M&Jlα1-3 M&nβ1-4GIcNAcβ114GIcNAc M7A :22%

/MAnal-2M8JICLl-3

M■皿α1-6

\M8Jlα1-6/ \

M&JICLI-3 Mwβ1-4GIcNAcβト4GIcNAc M5A:18%

/MAnaト3

図 4 アピシンに結合しているオリゴ糖 (糖鎖)の構造

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八日爪

図5 ローヤルゼリータンパク質 (アピシンおよび55k-RJGP)と牛乳タンパク質

αS)-カゼインのアミノ酸組成の比較

った .

2.アピシンのタンパク質化学的性質と構造

アピシンの分子量を測定 した結果,高速ゲル

減退法では350,000,-万SDS-PAGE法では

58,000であった.したがって,アビシンは分子

量 58,000のサブユニット6個からなるオリゴ

マータンパク質であると推定された.また, こ

のサブユニットは,そのアミノ酸組成分析およ

びN-末端アミノ酸配列分析の結果,2種類 (A

およびBサブユニットとする)であることがわ

かった.よって,現時点では図 3に示すように

アピシンはAサブユニット3個とBサブユニ

ット3個からなるへテロオリゴマータンパク

質であると著者 ら (1995)は考えている.

また,アピシンの等電点を求めたところ,約

4.4-5.4であり,アピシンは酸性タンパク質で

あることが明らかになった.

次に,アピシン中のオリゴ糖含量を分析 した

ところ,約 5.5%であり, さらにその糖鎖構造

を1H-NMRにより解析 した結果,マンノース

が 5個 (M5A),7個 (M7A),8個 (M8A)な

らびに9個 (M9A)それぞれ結合したオリゴマ

ンノースからなる典型的な高マンノース型糖鎖

(図4)であることが明らかになった (Kimur-

aeta1.,1995).

アピシンのアミノ酸組成を牛乳のタンパク質

であるαsI-カゼインと比較 したものが,図 5で

あるが,大部分のアミノ酸では両タンパク質に

おいてその含量が類似 しており,アピシンはカ

ゼインと同様,栄養価の高いタンパク質である

といえる.ただし,アピシンではアスパラギン

酸量が多く,逆にカゼインではグルタミン酸量

とプロリン量が多く,この3種のアミノ酸含量

が両者で大きく異なっていた.

3.7ピシンの培養動物細胞に対する作用

アピシンがミツバチにとって,あるいはヒト

に対 してどのような生理作用を発揮するかを解

明する第一段階として,アピシンの培養動物細

胞に対する作用を調べた (Watanabeeta1.,

1996,1997).すなわち,細胞をシャーレの中

で培養し,この際培地にアピシンを添加 して,

生きている細胞の数を測定 した.その一例を図

6に示すが, これはヒトの血球系単球細胞株に

ついての結果であり,アピシンを添加すると,

培養 1日後で約 5倍の細胞数に増え,培養日数

とともにさらに少 しずつ増加 し,培養 5日後に

は培養開始時の約 7倍に増殖することが明ら

かになった.一方,アピシンを添加 しない場合

でも,細胞の増殖は起 こり,培養 4日後で約

3.5倍に増殖 していたが,アピシソの有無で紬

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培 養 日 数 (日)

図6 ヒト血球系単球細胞の増殖に対するアピシンの影響

胞数に大差が認められた.このように,アビシ

ンは細胞の増殖を強く促進する作用のあること

が明らかになった.

このような培養細胞の増殖に対する促進作用

は,他のヒト単芽球様細胞株やとトーヒト-イ

ブリドーマ株などのヒト細胞,チャイニーズハ

ムスター細胞ならびに昆虫 (ハスモンヨトウ)

細胞において も認め られた (関島 ら,1995;

Watanabeeta1.,1996).ただし,細胞の種類

によって,アピシンの増殖促進作用の程度には

差異があり,細胞によってアピシンに対する応

答が異なることがわかった.

さらに,シロネズミ (ラット)の肝臓細胞を

取り出し,同様にシャーレの中で培養し,アピ

シンの添加効果を調べた (Fujiieta1.,1996).

すなわち,ネズミ肝臓の初代培養細胞に対する

作用を調べた結果,図 7に示すように,アピシ

ソを培地に添加 した場合,培養 1日後で約 2倍

の細胞数に増えたのち,20日間の長期にわた

り,その細胞数の約 9割を維持する作用のある

ことが明らかになった,他方,アビシンを添加

しない場合でも,培養 1日後には約 1.8倍の細

胞数に増殖 したが,培養 2日後から次第に細胞

が死滅 し,約 1週間後には培養開始時よりわず

かに多いくらいの細胞数まで大きく減少するこ

とがわかった.

このことから,アピシンは肝臓細胞の増殖を

促進する作用はさほど強くないものの,いった

ん増殖 した細胞が死ぬのを抑制 し,その寿命を

延ばしていることがわかった.その作用メカニ

ズムについては現在のところ不明であるが,今

後の研究により解明されるものと期待される.

Ⅲ. 分子量 55,000の糖タンパク質(55k-RJGP)

1. 55k-RJGPの性質と構造

Ⅱ.1.で述べた方法により,精製 した分子

量 55,000のタンパク質 (以下 55k-RJGPと略

する)について,分子量を測定 したところ,高

速 ゲ ル臆過法 お よびSDS-PAGE法 と もに

55,000であった.したがって,本タンパク質は

アピシンとは異なり,サブユニット構造をもた

ないことが明らかになった (図 3).また,その

等電点は約 6.3-7.3のほぼ中性にあることが

わかった (伊豆川 ら,1995).

また,55k-RJGPのアミノ酸組成分析を行っ

た結果,図 5に示すように,全体としてアピシ

ンに類似 しており, α51-カゼインとはアスパラ

ギン酸,グルタミン酸およびプロリンにおいて

その含量に差異がみられたが,アミノ酸組成か

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培 養 日 数 (EI)

図7 ネズミ肝臓細胞に対するアビシンおよび55k-RJGPの影響

らみた55k-RJGPの栄養価 はカゼインと同様

高いものであった.なお,55k-RJGPのN-末端

アミノ酸配列は,アピシンとは全 く異なってお

り,本 タンパク質がアピシンとは異なるタンパ

ク質であることを裏付けた.

さ らに,55k-RJGPの糖含量 を測定 した結

果,約 2.8%であり, アピシンよりも低い値で

あ った.また,このオ リゴ糖 の糖鎖構造 を】

H-NMRおよびMALDLTOFMSにより調べ

た結果,マンノース9個からなるオ リゴマンノ

ース型の糖鎖 (M9A,図 4)であり,アピシン

と同様高マ ンノース型であった (Kimuraet

a1.,1996).しかし,アピシンで発見されたマン

ノース5個,7個ならびに 8個のオ リゴマンノ

ース型糖鎖は認められなかった.

2.55k-RJGPの培養動物細胞に対する作用

アピシンと同様に, ヒトの血球系単球細胞株

を用いて,その細胞増殖に対する55k-RJGPの

添加効果を調べたところ,細胞増殖促進作用が

認められた. しかし,55k-RJGPの場合,-ス

モンヨトウの培養細胞では細胞増殖促進作用は

ほとんど認められなかった.概 して,55k-RJGP

の細胞増殖促進作用はアピシンに比べ,弱いよ

うである.

また,シロネズミの初代培養肝臓細胞に対す

る55k-RJGPの効果を調べた結果をEg17に示

すが,アピシンに比べ若干弱いものの,肝臓細

胞の死滅を防ぎ,20日間にわたって細胞数を

維持する効果が認められた.

このように,アピシンとは全 く異なる糖 タン

パク質である55k-RJGPについても,アピシン

と同様,培養動物細胞の増殖を促 したり,細胞

死を防ぎ,長生きさせる作用のあることが明ら

かになった. しかし,その作用はいずれもアピ

シンよりも弱いものであった.

Ⅳ. 分子量 5,500のタンパク質(ロイセリシン)

1. ロイセリシンの構造と性質

ロイヤ リシン (royalisin)と名付けられた分

子量5,523のタンパク質は,Fujiwaraら(1990)

によって発見され,その全アミノ酸配列が決定

されている (Eg18).ロイヤ リシンは,51個のア

ミノ酸からなる小さなタンパク質で,分子内に

3カ所 S-S結合があり, 架橋されている. ち

ょうどヒトのインシュリン (51個のア ミノ酸

からなり,分子量 5,800) というホルモンとほ

ぼ同 じサイズのタンパク質であるが,インシュ

リンには血糖低下作用があるのに対 して,ロイ

ヤ リシンは抗菌作用をもっており,両者は全 く

異なったタンパク質である.また,ロイヤリシ

ンにはオ リゴ糖は結合 しておらず,単純 タンパ

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21

鞭 遷

51分子量 ;5,523

図8 抗菌性タンパク質ロイヤリシンのアミノ顧酒己列

ク質である.

2. ロイセリシンの抗菌作用

ロイヤ リシンは抗菌性 タンパク質であり,

Bifidobacterium,Clostridium,Corynebac-

terium,Lactobacillus,Leuconostoc,Staphy-

lococcus,Streptococcusなどのグラム陽性菌の

増殖を強く阻害した(Fujiwaraeta1.,1990).

またその抗菌力は,菌種によっては抗生物質と

同じくらいの強さ (1〟M以下)であることが

報告されている. しかしながら,大腸菌 (Esc-

herichiacolt),サルモネラ菌 (Salmonellain-

fantis)などのグラム陰性菌に対 しては抗菌力

は認められなかった.なお,ロイヤリシンは熱

安定性があり,100℃で 15分間加熱しても,そ

の抗菌力は失われなかった.ロイヤリシンはミ

ツバチが細菌の感染から身を守るための生体防

御物質の 1つと考えられている.

ところで,ローヤルゼ リーにはもともと抗菌

作用のあることが報告されており,その主体は

10-ヒドロキシ-2-デセン酸などの脂肪酸であ

る (YatsunamiandEchigo,1985).デセン

酸は,大腸菌などのグラム陰性菌に対 して抗菌

作用を示す.このようにローヤルゼリー中のロ

イヤリシンがグラム陽性菌に対 して,デセン酸

などの脂肪酸がグラム陰性菌に対 してそれぞれ

抗菌作用を発揮することによって,ローヤルゼ

リーは強い抗菌力を示すことができるものと考

えられる.

Ⅴ.まとめ

ローヤルゼリーのタンパク質のうち,量的に

多い2種の成分を分離精製 し,そのタンパク質

化学的性質,構造および培養動物細胞に対する

作用を調べた.分子量 350,000の糖タンパク質

(アピシン) は,6個のサブユニット (分子量

58,000)からなるオリゴマータンパク質であ

り,その糖鎖は高マンノース型であった.アピ

シンはヒトなどの培養細胞に対 して,強い細胞

増殖促進作用を示す一方,シロネズミ肝臓の初

代培養細胞では,細胞死を抑制し,長生きさせ

る作用があることが明らかになった.

分子量 55,000の糖タンパク質 (55k-RJGP)

は,サブユニット構造をもたない中性タンパク

質であり,その糖鎖は高マンノース型であっ

た.55k-RJGPも培養動物細胞に対 して増殖促

進作用を示 したが,その作用はアピシンよりも

弱いものであった.また,シロネズミ肝臓の初

代培養細胞に対 してアピシンと同様の効果が認

められたが,アピシンより若干弱かった.

Fujiwaraら(1990)によって発見されたロイ

ヤリシンは,グラム陽性菌に対 して抗菌作用を

示す,分子量 5,523の単純タンパク質であった.

ここで述べた著者らの研究は,茨城大学農学

部食品機能学研究室において,渡辺和彦をはじ

めとする学生諸氏とともになされたものであ

る.また,農林水産省食品総合研究所篠原和毅

Page 8: ローヤルゼリータンパク質の特徴と機能 - …libds.tamagawa.ac.jp › dspace › bitstream › 11078 › 696 › 1 › 19-1...ミソバチ科学19(1):15-22 HoneybeeScience(1998)

22

博士および津志田藤二郎博士の研究 グループ,

鹿児島大学農学部藤井 信教授,岡山大学農学

部木村吉伸助教授,九州大学農学部原 敏夫助

教授な らびにアピ株式会社総合研究所金枝 純

所長 らとの共同研究 として実施 された ものであ

る.

(〒300-0393 稲敷郡阿見町中央 3-21-1

茨城大学農学部)

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Wepurifledandcharacterized twoglycoprot-

einsfrom royaljellyofthehoneybeeApismeL-

LiferaL Onewasaglycoproteinwhichhada

molecularweightof350-kDaandconsistedof

sixsubunitswithamolecularweightof58-kDa.

Forthisglycoprotein,weproposed thename

apisin,ThestructuresofN-linkedsugarchains

ofaplSlnWerefoundtofallintothecategoryof

oligomannose-typesugarchains.Apisinstimula-

tedthegrowthofhumanlymphocyticcellllneS

inserum-freeconditions.Apisinwasalsoeffec-

tiveinmaintenancethehighviabilityofthe

primarymonolayercultureofrathepatocytes

for20daysinaserum-freemedium.

Theotherglycoprotein (55k-RJGP)wasa

slnglepolypeptidewlthamolecularmassof55-

kDaanditsル1inkedsugarchainwasfoundto

beanon-processedhigh mannosetypesugar

chain.The55k-RJGPalsohadtheproliferation

stimulatingactivityforhumanmonocytesand

maintainedthehighviabilityofratllVerPrima-

ryculturedcell.