マイクロバブルプルーム群の浮上成長に関する定量 …...by microbubbles: photos...

10
日本機械学会論文集(B 編) 原著論文 No.2011-JBR-0445 © 2011 The Japan Society of Mechanical Engineers マイクロバブルプルーム群の浮上成長に関する定量的可視化実験 宮城島 圭人 *1 ,渡村 友昭 *1 ,田坂 裕司 *2 ,熊谷 一郎 *2 , 村井 祐一 *2 Quantitative Visualization of Buoyant Rise Process in a Swarm of Microbubble Plumes *1 Division of Energy & Environmental Systems, Graduate School of Eng., Hokkaido University, N13 W8, Kita-ku, Sapporo-shi, Hokkaido, 060-8628, Japan The evolution of a plume formed by ascending micro-bubbles is investigated by using quantitative visualization to understand the elementary processes that contribute to the inverse energy cascade as small scale flow grows to a large convective flow process. To make the visualization manageable, the plume is confined between two close parallel plates so that the plume-driven convection is restricted to two-dimensions. The results indicate that the bubble plume self-organizes, with a negative diffusion coefficient of buoyancy distribution. A mechanism for the enlargement of the plume is given in terms of two-dimensional flow interaction with the liquid phase. It is confirmed that the kinetic energy is concentrated in the low wavenumber flow from the energy spectra of the liquid phase. Key Words : Multiphase Flow, Microbubble, Convection, Flow Visualization, Energy Cascade 1. マイクロバブルの熱流体力学的あるいは電気化学的な特徴が明らかになるとともに,その工学的応用について 種々の技術開発が着手されている (1) .このうち浄水設備や発酵槽など,浮力対流の予測・制御を扱う分野では, マイクロバブルが誘発する対流構造に著しい非定常性があることが知られ,その理由に関心がもたれている.例 えば Kimura (2) は,水槽内で電気分解によって発生しワイヤから離脱したマイクロバブルが,水平方向にロールセ ルを誘起し,そのセル波長が非定常に変化することを示した(図 1 参照).レーリーベナール対流との大きな差は, 浮力源となるマイクロバブルが単調な自己拡散系に属しないことにある.すなわち温度分布とは異なり,マイク ロバブルの数密度は二相流としての性質を持ち,流動場のあらゆる点で,みかけの負の拡散係数を示す. Alam & Arakeri (3) は,マイクロバブルプルームが浮上の途中で示す水平方向の揺動や,新たな運動モードを創出するダイ ナミックな挙動は,プルーム加速部での気液双方向干渉が自励的な浮力増強をもたらしているためと結論してい る(図 2 参照).このような浮力分布の時空間的な増減は,マイクロバブルに限らずミリサイズの気泡や固体粒子 分散流でも観測される.しかしそれらでは分散相と連続相との間の相対速度が大きく,気泡や粒子は小規模の渦 を跨いで直線的に浮上または沈降することから,流れとの干渉は,長波長の構造のみに限定される.また,その ような場合では気泡または粒子レイノルズ数も大きく,並進運動を決める 7 つの力である慣性力,重力,抗力, 圧力勾配力,表面粘性力,付加慣性力,揚力の要素が全て複雑に作用し,加速度ベクトルが不規則的に変動する. その結果,流動場における気泡運動に単調性ないしは秩序性が失われる.その証拠として,散気管による気泡噴 流では,気泡数密度分布やボイド率分布が概ね正規分布に従う結果が得られている (4) .つまり気泡運動はランダ ム過程がもつ拡散系に近似される.これに対してマイクロバブルの並進運動は,圧力勾配力(浮力を含む)と抗 力の二つのみが卓越し,他の要素は気泡径の 3 乗に比例して小さくなる.このとき気泡の加速度ベクトルは周囲 Yoshihito MIYAGISHIMA *1 , Tomoaki WATAMURA, Yuji TASAKA, Ichiro KUMAGAI and Yuichi MURAI * 原稿受付 2011 5 25 *1 学生員,北海道大学大学院工学院(〒060-8628 北海道札幌市北区北 13 条西 8 丁目) *2 正員,北海道大学大学院工学研究院 E-mail: [email protected] 77 巻 784 号 (2011-12) 2306 ― 88 ―

Upload: others

Post on 18-Jun-2020

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: マイクロバブルプルーム群の浮上成長に関する定量 …...by microbubbles: Photos taken by Kimura (1988)(2) Figure taken by Alam and Arakeri (1993) (3) 2. 実 験

日本機械学会論文集(B編) 原著論文 No.2011-JBR-0445

©2011 The Japan Society of Mechanical Engineers

マイクロバブルプルーム群の浮上成長に関する定量的可視化実験*

宮城島 圭人*1,渡村 友昭*1,田坂 裕司*2,熊谷 一郎*2, 村井 祐一*2

Quantitative Visualization of Buoyant Rise Process in a Swarm of Microbubble Plumes

*1 Division of Energy & Environmental Systems, Graduate School of Eng., Hokkaido University,

N13 W8, Kita-ku, Sapporo-shi, Hokkaido, 060-8628, Japan

The evolution of a plume formed by ascending micro-bubbles is investigated by using quantitative visualization to

understand the elementary processes that contribute to the inverse energy cascade as small scale flow grows to a large

convective flow process. To make the visualization manageable, the plume is confined between two close parallel plates

so that the plume-driven convection is restricted to two-dimensions. The results indicate that the bubble plume

self-organizes, with a negative diffusion coefficient of buoyancy distribution. A mechanism for the enlargement of the

plume is given in terms of two-dimensional flow interaction with the liquid phase. It is confirmed that the kinetic

energy is concentrated in the low wavenumber flow from the energy spectra of the liquid phase.

Key Words : Multiphase Flow, Microbubble, Convection, Flow Visualization, Energy Cascade

1. 緒 言

マイクロバブルの熱流体力学的あるいは電気化学的な特徴が明らかになるとともに,その工学的応用について

種々の技術開発が着手されている(1).このうち浄水設備や発酵槽など,浮力対流の予測・制御を扱う分野では,

マイクロバブルが誘発する対流構造に著しい非定常性があることが知られ,その理由に関心がもたれている.例

えば Kimura(2)は,水槽内で電気分解によって発生しワイヤから離脱したマイクロバブルが,水平方向にロールセ

ルを誘起し,そのセル波長が非定常に変化することを示した(図 1 参照).レーリーベナール対流との大きな差は,

浮力源となるマイクロバブルが単調な自己拡散系に属しないことにある.すなわち温度分布とは異なり,マイク

ロバブルの数密度は二相流としての性質を持ち,流動場のあらゆる点で,みかけの負の拡散係数を示す.Alam &

Arakeri(3)は,マイクロバブルプルームが浮上の途中で示す水平方向の揺動や,新たな運動モードを創出するダイ

ナミックな挙動は,プルーム加速部での気液双方向干渉が自励的な浮力増強をもたらしているためと結論してい

る(図 2 参照).このような浮力分布の時空間的な増減は,マイクロバブルに限らずミリサイズの気泡や固体粒子

分散流でも観測される.しかしそれらでは分散相と連続相との間の相対速度が大きく,気泡や粒子は小規模の渦

を跨いで直線的に浮上または沈降することから,流れとの干渉は,長波長の構造のみに限定される.また,その

ような場合では気泡または粒子レイノルズ数も大きく,並進運動を決める 7 つの力である慣性力,重力,抗力,

圧力勾配力,表面粘性力,付加慣性力,揚力の要素が全て複雑に作用し,加速度ベクトルが不規則的に変動する.

その結果,流動場における気泡運動に単調性ないしは秩序性が失われる.その証拠として,散気管による気泡噴

流では,気泡数密度分布やボイド率分布が概ね正規分布に従う結果が得られている(4).つまり気泡運動はランダ

ム過程がもつ拡散系に近似される.これに対してマイクロバブルの並進運動は,圧力勾配力(浮力を含む)と抗

力の二つのみが卓越し,他の要素は気泡径の 3 乗に比例して小さくなる.このとき気泡の加速度ベクトルは周囲

Yoshihito MIYAGISHIMA*1, Tomoaki WATAMURA, Yuji TASAKA, Ichiro KUMAGAI and Yuichi MURAI

* 原稿受付 2011 年 5 月 25 日 *1 学生員,北海道大学大学院工学院(〒060-8628 北海道札幌市北区北 13 条西 8 丁目) *2 正員,北海道大学大学院工学研究院 E-mail: [email protected]

77 巻 784 号 (2011-12)

2306

― 88 ―

Page 2: マイクロバブルプルーム群の浮上成長に関する定量 …...by microbubbles: Photos taken by Kimura (1988)(2) Figure taken by Alam and Arakeri (1993) (3) 2. 実 験

マイクロバブルプルーム群の浮上成長に関する定量的可視化実験

©2011 The Japan Society of Mechanical Engineers

の流れに対してランダムではない,規則性のある応答を見せる.このことがマイクロバブルにおける流れの構造

化,あるいは自己組織化と呼べるような挙動をもたらす.

以上の性質は,個々のマイクロバブルを追跡するような分散性二相流の数値解析(例えば Euler-Lagrange モデ

ル(5))にも大きな制約を与えている.まず一つは,負の拡散係数を持ち得る浮力対流では有限差分計算が破綻す

ることである.数値的発散を回避するには,分散相と連続相の間で,離散化方程式上の特定のカップリング条件

を必要とする (6).もう一つは,自由浮上気泡流においては逆エネルギーカスケード現象(小さな波長の乱れが系

全体の波長まで増強しながら成長する現象(7))が内在することである.この性質のため,数値解析ではミクロな

波長の流動予測性能を十分に保証しなければならない.具体的には,エネルギー注入波長(8)となる平均気泡間距

離よりも十分に細かい格子サイズを採用する必要がある.濃度の高いマイクロバブル懸濁液では,マクロな対流

構造と気泡間距離のダイナミックレンジ(最大と最小の比)は 103 以上であり,非常に大きな計算格子空間を設

ける必要がある.結局,マイクロバブル群がもたらす浮力対流は,数値計算で予測するには最も困難な部類に入

ると言える.

本研究では,マイクロバブルプルームを対象としてその時空間発展の構造を定量的に可視化する実験を行った.

これにより,負の拡散係数に相当するマイクロバブル空間分布構造の収束化・局所化の現象や,ミクロからマク

ロへの対流パターンの伝播,つまり逆エネルギーカスケードのプロセスを明らかにした.

Fig. 1 Side view of buoyant convective cells produced Fig. 2 Spanwise instability of microbubble plumes:

by microbubbles: Photos taken by Kimura (1988)(2) Figure taken by Alam and Arakeri (1993)(3)

2. 実 験 装 置

図 3(a)に実験装置の概略図と座標系の定義を示す.試験液体は二つの鉛直な平行平板に拘束され,第 3 軸で

ある z 方向に平均流速成分をもたない疑似二次元の流れを構成する.これにより二次元的な気液間干渉を抽出す

るような可視化を実現する.平板間の流れはポアズイユ流となり,壁面摩擦抵抗による層流抵抗の影響を受ける.

この系は完全な二次元流動には符合しないが,液体の粘度がやや増加した場合の二次元流動に近似される.同様

な手法は,二次元の気泡流を実現する過去のいくつかの実験でも採用されている(9)(10).容器は全面,透明アクリ

ル製であり,z 軸方向から高速度ビデオカメラによりプルームが浮上する様子を撮影した.レーザーのシート光

を流体層横から照射し,計測断面を可視化した.背景の写りこみ及び光の反射を防ぐため仕切り板のみ黒く塗装

されている.流体層の寸法は,水位 H = 150 mm,幅 W = 150 mm,アスペクト比(= H / W)= 1,厚さ A = 3 mm

とした.図 3(b)に示すように測定対象とする流体層と平行に貯水槽が設置され,流体層側に陰極を設置し水素

気泡を発生させ,貯水槽側に陽極を置き酸素気泡を発生させた.陰極には直径 100 m の白金線を用い,流体層

底部に設置した.陽極には銅板を使用した.作動流体は,濃度 0.001 wt%以下の塩化カリウム水溶液(動粘性係

数L = 1.0×10-6

m2/s)とし,安定化直流電源(電圧 300 ~ 630 V)により通電させ水素気泡を発生させた.気泡の

体積流量は電気分解の理論式(1)から与えられ,例えば後に挙げる条件の電流 I = 27 mA の場合は Q = 3.4 mm3/s

であった.ここで R [J/(mol・K)]は気体定数,T [K]は絶対温度,P [Pa]は絶対圧力,F [C/mol]はファラデー定数で

ある.

FP

RT

2

1 IQ (1)

2307

― 89 ―

Page 3: マイクロバブルプルーム群の浮上成長に関する定量 …...by microbubbles: Photos taken by Kimura (1988)(2) Figure taken by Alam and Arakeri (1993) (3) 2. 実 験

マイクロバブルプルーム群の浮上成長に関する定量的可視化実験

©2011 The Japan Society of Mechanical Engineers

図 4(a)に,画像から計測された水素気泡の直径分布を示す.解像度の制約から 10 m 未満の気泡は検出でき

ないが,ピーク直径および平均直径はともに Db = 42 m であった.このとき静止液体中における単一気泡の自由

浮上終端速度はUb = 1.4 mm/sであり,気泡レイノルズ数Reb (= UbDb / L)は 0.06,ウエーバー数 We (=LUb2 Db / ),

キャピラリー数 Ca (=LUb / )はそれぞれ 1.2×10-9,2.0×10

-5である.ここで,L,,Lはそれぞれ液相の密度,

表面張力,液相の粘性係数とする.なお,ボイド率は定義幅によって異なり,図 4(b)のように気泡直径を定義

幅とする場合は,最大電流時で約 40 %,流体層の幅 A で定義した場合では,0.4 %である.

y

xz

g

W

A

100 m

Water tankFluid layer

(a) Front view (b) Side view

Fig. 3 Schematic sketch of experimental container for generating pseudo two-dimensional microbubble plumes

ADb

Pt

(a) Bubble diameter distribution (b) Sheet void fraction (c) Bulk void fraction

Fig. 4 Bubble size histogram and two definitions of void fraction

3. 実 験 結 果

電極にステップ関数的に通電を開始し,その時刻を t = 0 s としてマイクロバブルを発生させた.流れは疑似二

次元に拘束されながら時間発展し,全体として時空間三次元構造をもつ.以下ではまず気相であるマイクロバブ

ルの空間構造について述べ,その後,液相流速分布計測から得られる知見について考察する.

3・1 マイクロバブル分布の空間構造

図 5 に流体層の横方向全域におけるマイクロバブル分布のスナップショットを示す.縦横の空間座標は平均気

泡直径 Db,流体層厚さ A による二種類の無次元距離を示している.(a),(b),(c)はそれぞれ気泡発生開始後,

t* = t / (H / Ub) = 0.1,0.3,0.8 の無次元時刻における気泡分布である.最初(a)では,電極線から短い間隔で 20

列以上のマイクロバブルプルームが出現する.その後(b)では数列のプルームが束になって寄せ集まり 2 つの大

きなプルームを形成する.この大きなプルームは(c)から見て取れるように,他の小さなプルームより速く浮上

し,その後,上部で気泡群を周囲に拡散させる.図 6 は,同じ画像を流体層の底面付近に絞って拡大して掲載し

たものである.(a)では気泡直径の 100 倍前後の間隔で,多数のプルームが水平方向に配列する.この配列は時

間経過後の(b)や(c)でも同程度の波長を保持している.白金線の表面を観察すると,マイクロバブルの分布

は発生段階ですでに離散的であることが分かる.この間隔は前述のプルーム間隔よりもさらに短く,白金線の表

面状態などに依存し実験毎に変化するが,その直上で形成されるプルームの間隔には高い再現性がある.このよ

うなマイクロバブルプルームの初期形成を生み出す原理は,レイリー・テイラー不安定性(11)にあると考えられる.

2308

― 90 ―

Page 4: マイクロバブルプルーム群の浮上成長に関する定量 …...by microbubbles: Photos taken by Kimura (1988)(2) Figure taken by Alam and Arakeri (1993) (3) 2. 実 験

マイクロバブルプルーム群の浮上成長に関する定量的可視化実験

©2011 The Japan Society of Mechanical Engineers

例えば Iga & Kimuraの実験(12)でもワイヤ電極から初期に細かいプルームが同様に発生することが確認できること

から,この細かなプルームの配列はこの原理によるものと考察している.他の可能性としては,電極近傍の液体

発熱(電解時の熱損失分の温度上昇)による局所的な自然対流や,電極の表面粗さや傷に起因した電気化学的な

不安定性,さらには,マイクロバブルのマイナス帯電によるクーロン力・ローレンツ力が挙げられる.しかしそ

れらがマイクロバブルを周期構造化させるほどの顕在性をもつとは考えにくい.気泡分布の自発的構造化を立証

する例として,図 7 に Euler-Lagrange モデルによる数値解析の一例(1)(13)を示す.今回の実験条件とは流体層のサ

イズが 2 倍と異なるが,二次元流動解析から(a)に示すように,大気泡ではそのようなプルームが発生しないが,

(b)に示すように微小気泡では多数のプルーム形成が再現される.このとき数値解析では,個々の気泡発生位置

を水平な直線上の一様乱数で与え,液相流動の計算には気泡直径の 10 倍以上の格子サイズによる平均化方程式を

採用している.さらに,電極近傍の熱的ならびに電気化学的影響は一切考慮されていない.従って,数値解析で

は一様乱数分布を初期条件としたレイリー・テイラー不安定性がプルーム群の配列を作りだしている.今回の実

験でもこの原理で,初期のマイクロバブルプルーム波長が与えられると推察される.なお詳細は省略するが,流

体層の厚さを変えた実験においてもほぼ同様のプルーム波長が得られており,この波長は白金線の直径程度を厚

みとした空間の物理で決まっているようである.

0

(c)

0

10

20

30

40

5

15

25

35

45

1000

2000

3000

500

1500

2500

0 1000 2000 3000

0 10 20 30 405 15 25 35 45

A

b

500 1500 25000

5

0

500

0

10

20

5

15

25

0

1000

2000

500

1500

(b) t*=0.3

t*=0.8

(a) t*=0.1

0 500 1000

0 105 15A

b

0

5

0

500

0

500

0

5

0

5

0

500

Fig. 5 Time series of entire bubble distribution at Q = 1.0 mm3/s Fig. 6 Local formation of bubble plumes at Q = 1.0 mm

3/s

(a) Uniform bubble rising at Db = 2.00 mm (b) Formation of plumes at Db = 0.2 mm

Fig. 7 Formation of horizontally arranged bubble plumes simulated by Eulerian-Lagrangian bubbly flow model

2309

― 91 ―

Page 5: マイクロバブルプルーム群の浮上成長に関する定量 …...by microbubbles: Photos taken by Kimura (1988)(2) Figure taken by Alam and Arakeri (1993) (3) 2. 実 験

マイクロバブルプルーム群の浮上成長に関する定量的可視化実験

©2011 The Japan Society of Mechanical Engineers

A

(a) Definition of wavelength (b) Wavelength changing with height

Fig. 8 Horizontal wavelength of plume interval distance changing with height at Q = 1.0 mm3/s

図 8 に,プルームの水平方向の波長λを画像から読み取った結果を示す.○印で示した値は平均値であり,誤

差棒は標準偏差を示している.気泡発生直部直上では無次元波長 / Dbにして 50 ~ 150 であるのに対して,上部

では 200 ~ 800 に拡大する.このようなマイクロバブルプルームのスケールアップは,大気泡群では見られない

現象であり,浮力分布が離散的に分布する分散二相流固有の構造と考えられる.しかし,気相だけの映像ではそ

のメカニズムの説明が完結しない.以下において液相流動計測からこれを検討する.

3・2 液相流動の計測方法

液相に平均直径 15 m,密度 1062 kg/m3のローダミン染料が封入された蛍光粒子をトレーサとして混入し,光

学フィルターと高速度ビデオカメラ(HSV)を二台使用することで,レーザー誘起蛍光法(LIF)によるマイク

ロバブル分布と液相トレーサ粒子の同期撮影を行った.時間分解能は 17 ms,空間分解能は 48 m/pixel である.

光学フィルターを用いているため,初めから気泡と粒子は別々に撮像され,画像処理による分離の必要はない. 図

9(a)にトレーサ粒子の原画像を,(b)に PIV による速度ベクトル分布の計測結果の一例を示す.PIV の解析ア

ルゴリズムには四時刻追跡法を用いた.個々の粒子の速度ベクトルを正方格子空間(Δx = 0.48 mm,Δx / Db =

11.4)に再配置し,流速の微積分量を計算した.このとき,粒子速度ベクトルの位置が格子点から格子半幅以内

のものについては距離の逆数補間を用いて格子点上に再配置した.速度ベクトルが欠落している格子については

ラプラス方程式を予測式とする四次精度空間補間(BER)(14)(15)を用いて補間し,さらに二次元流れであることを

利用して連続の式による計測誤差の除去(16)を行った.図 10(a)は,マイクロバブル(気相)の運動とトレーサ

粒子(液相)の運動を一台のカラー撮影用 HSV で取得した瞬時画像である.図 10(b)は,30 フレーム間の画

像輝度を時間積分して得られる流跡線である.この図から,マイクロバブルプルームの頭上に回転するような液

相流れが誘起されていることや,プルームの足周りに鉛直方向の流動が形成されていることがわかる.特に前者

については,図 10(a)(b)の緑色の部分の差から読み取れるマイクロバブルプルームの移動速度と同程度であ

り,気液間での相互作用があることが窺える.このプルーム頭部周りの循環流は,隣接する同じ循環流と干渉す

るが,少しでも上部にあるプルームが隣り合うプルームの浮上を押さえ込むように配置されていることがわかる.

すなわち小さなプルーム群の中から,選択的に成長し肥大化するプルームが現れる.さらにその周囲の小さなプ

ルームは成長する大きなプルームに取り込まれ,その浮力を増す.これはマイクロバブルプルームにおける逆エ

ネルギーカスケードの一要因を構成していると言える.この流れのパターンはトレーサ粒子を混入しない場合に

おいても観察されることが,実験により確認済みである.気相と液相との密度差がこの流れを作り出す重要なパ

ラメータであることがわかる.

2310

― 92 ―

Page 6: マイクロバブルプルーム群の浮上成長に関する定量 …...by microbubbles: Photos taken by Kimura (1988)(2) Figure taken by Alam and Arakeri (1993) (3) 2. 実 験

マイクロバブルプルーム群の浮上成長に関する定量的可視化実験

©2011 The Japan Society of Mechanical Engineers

0 10 403020x [mm]

0

10

40

30

20

0 10 403020x [mm]

5

3

0

4

1

2

(a) Particle image (b) Velocity vector distribution

Fig. 9 Measurement of liquid phase velocity vector field with PIV at Q = 3.4 mm3/s

(a) Instantaneous image (b) Time-integral path line image

Fig. 10 Synthetic images of microbubble distribution and tracer particle motion at Q = 3.5 mm3/s

図 11 は PIV による二次元速度ベクトル分布の空間積分により流れ関数を算出し,その時間変化を三次元表示

したものである.表示領域は図 9 の計測面と同じで,奥行き方向に時間経過する.(a)は流れ関数の絶対値が小

さい正と負の等値面,(b)は絶対値が大きい正と負の等値面である.この図から,液相の流れは流体層底部で気

泡発生後,直ちに対流が駆動され,その後,時間経過とともに対流の範囲を空間方向に拡大させていることがわ

かる.なお,流れ関数の等値面はその面を閉局面とする流体の循環を意味し,対流のセル構造を表現している.

2311

― 93 ―

Page 7: マイクロバブルプルーム群の浮上成長に関する定量 …...by microbubbles: Photos taken by Kimura (1988)(2) Figure taken by Alam and Arakeri (1993) (3) 2. 実 験

マイクロバブルプルーム群の浮上成長に関する定量的可視化実験

©2011 The Japan Society of Mechanical Engineers

(a) Stream function at –6.8 and 1.4 mm

2/s (b) Stream function at –11.3 and 2.9 mm

2/s

Fig. 11 Spatio-temporal structure of liquid phase convection drawn by iso-surface of stream function at Q = 3.4 mm3/s

3・3 液相流動の波数スペクトル

図 12 に,液相の速度ベクトル場の波数スペクトル解析結果を示す.まず図 12(a)は,計測面のほぼ中央付近

である y = 17 mm(図 9 参照)における水平ライン上の流速分布をサンプリングし,これを時系列に展開したも

のである.色は速度ベクトルの大きさを示している.この結果から,t < 10 s の初期段階では細かい筋状の構造が

発生し,その後,その細かな構造が残った状態で,高速領域と低速領域に次第に分かれて成長することが見て取

れる.図 12(b)は,(a)を波数スペクトルに変換したものである.横軸は水平方向の流速分布の空間波数,縦

軸はその時間発展を示す.この結果から,t < 12 s までは k < 300 m-1の範囲において log10(E) = -7 程度のスペクト

ルが出現,成長し,時間経過と共に高波数側(200 m-1

< k < 300 m-1)のスペクトルが現れるが,t > 12 s では低波

数側(k < 150 m-1)へエネルギーが集中し,その大きさが log10(E) > -7 に増加していることがわかる.これは,レ

イリー・テイラー不安定性により初期に形成された微細なマイクロバブルプルームの構造が,その浮上過程で相

互に干渉して大規模構造に変遷していくことに対応する.これに対して図 12(c)は,t = 10.3 s の瞬時速度ベク

トル分布を対象とし,鉛直座標 y の関数として空間波数スペクトルを算出したものである(液相の速度分布は図

9(b)に対応).流体層底部に近い 8 mm < y < 10 mm 付近で広い波数帯に値をもち,細かな液相の乱れが発生し

ている.また,y > 12 mm では低波数領域(k < 200 m-1)のみでエネルギーが顕著に増加しているが,高波数側で

はその様子が見られない.このように鉛直方向に対しても,気泡プルームにより駆動される液相のエネルギーが

細かい波長の流動変動から長波長へと変遷していることが分かる.

(a) Spatio-temporal velocity (b) Temporal spectrum profile (c) Spatial spectrum profile

Fig. 12 Spatio-temporal structure of liquid phase velocity distribution at Q = 3.4 mm3/s

2312

― 94 ―

Page 8: マイクロバブルプルーム群の浮上成長に関する定量 …...by microbubbles: Photos taken by Kimura (1988)(2) Figure taken by Alam and Arakeri (1993) (3) 2. 実 験

マイクロバブルプルーム群の浮上成長に関する定量的可視化実験

©2011 The Japan Society of Mechanical Engineers

Fig. 13 Time evolution of kinetic energy spectrum at Q = 3.4 mm3/s

図 13 は,図 12(b)に示したエネルギースペクトルの時間発展を 3 つの時間帯(t < 10 s,10 < t < 15 s, t > 15 s)

において時間平均し,両対数グラフで表示したものである.横軸と縦軸はそれぞれ実次元の波数 k [m-1

]と運動エ

ネルギー E [m2/s

2]の自然対数で,PIV 計測では横軸の波数について 3 < ln(k) < 7 の範囲でデータを得ている.こ

の結果から様々な事象を読み取ることができる.そのための準備として,横軸には,流体層幅 W に対応する波

数:ln(k) = 1.9,プルーム間隔に対応する波数:ln(k) = 3.7 ~ 5.4,流体層の厚さ A に対する波数:ln(k) = 5.8,ボイ

ド率から推定される平均気泡間距離の波数:ln(k) = 7.9,ならびにマイクロバブル直径の波数:ln(k) = 10.1 をそれ

ぞれ参照値として付記した.この結果よりまず言えることは,流体層厚さ A より高い波数(ln(k) > 5.8)ではスペ

クトルの勾配がおよそ–7 となり,非常に急峻となることである.これは,流体層厚さより短い波長の三次元的な

液相流速乱れが,波長が短くなるほど観測面方向の二次元流動に投影されなくなり,その寄与成分を劇的に低下

させることを示している.換言すれば,平行平板による拘束により流体層内の流れは乱れを含めて二次元的な流

動場を保持する.次に,これより低波数側のスペクトルは概ね,-5/3 から -3 程度の勾配を持つことが判る.こ

の領域では時間進行により異なるスペクトルをもち,初期の段階(t < 12 s)では ln(k) = 4.7 付近にピークをもつ.

これに対して,プルームが浮上成長したあとはピークがそれより低波数側にシフトしている.このように時間経

過によってスペクトルのピークが低波数側にシフトする波数帯域は,図 8 で示したプルームの水平方向間隔の波

数に対応している.従って,液相流速分布構造の逆エネルギーカスケードは,マイクロバブルプルーム群の収束

と合一によってもたらされていることが再確認できる.

以上の結果は,電極での電流値が I = 15 ~ 39 mA の範囲で不変であり,マイクロバブルプルームの時空間発展

における共通の構造として理解しても差し支えないと考えられる.また,本報で掲載した現象は,マイクロバブ

ルプルームが流体層の上部に到達する直前までの時間発展であるが,これよりさらに時間が経過すると,流体層

内をマイクロバブルが循環し,流体層全体で平均密度分布が空間的に均一になり,次第に流れが沈静化する.従

ってマイクロバブルプルームによる逆エネルギーカスケードは,発達過程において流動波長をドメイン全体まで

拡大させる作用であるとともに,その後の挙動を,境界値問題に即座に移行させる要因にもなっている.

4. 結 論

本研究では,マイクロバブルが有する浮力対流の特徴を明らかにするため,平行平板に拘束された流体層をつ

くり,そこで観測される疑似二次元化された流れの時空間発展構造を定量可視化計測した.この実験の狙いは,

自由浮上気泡流における対流の逆エネルギーカスケードが,マイクロバブルの場合にどのように顕在化するかを

見出すためであった.実験の結果,以下の結論が得られた.

2313

― 95 ―

Page 9: マイクロバブルプルーム群の浮上成長に関する定量 …...by microbubbles: Photos taken by Kimura (1988)(2) Figure taken by Alam and Arakeri (1993) (3) 2. 実 験

マイクロバブルプルーム群の浮上成長に関する定量的可視化実験

©2011 The Japan Society of Mechanical Engineers

(1) 流体層の下部からマイクロバブルを一様に発生させると,初期において細かい波長を伴ったマイクロバブル

プルームの群が形成された.その後,個々のプルームは,上昇に伴って隣接するプルームと干渉して頭部を

揺動させた.次の段階では,プルーム群の中でも少しでも速く浮上したプルームが選択的に急浮上した.そ

の後,先行するプルームは隣接して追うプルームを腹部に取り込み,プルーム群が束となって一回り大きな

プルームを形成した.このようにして,マイクロバブルプルームは初期段階から常に収束と肥大化を繰り返

し,流動ドメイン全体に拡大することがわかった.

(2) 液相の速度ベクトル場の計測により,同時浮上するマイクロバブルプルーム群の干渉が,プルーム頭部まわ

りに形成される液相の循環流によって生じていることがわかった.また,この流れがマイクロバブルプルー

ム同士を局所的に接近させ,いわば,マイクロバブル濃度分布の負の拡散作用に相当する秩序的な干渉構造

を作りだしていることが判明した.これに伴って束となったプルームの浮力が増強され,急成長と肥大化を

繰り返すことが説明された.

(3) 液相流速分布のエネルギースペクトルの計測結果から,マイクロバブルプルームの水平方向の間隔の時間的

な成長と,液相にもたらされる運動エネルギースペクトルの低波数領域の成長が対応していることが確認さ

れた.すなわちマイクロバブルプルームにおける浮力対流の逆カスケードは,プルーム間隔の波長の成長の

帯域で発生している.

以上から,マイクロバブルプルームもしくはマイクロバブルがもたらす浮力対流は,大気泡の場合とは異なり,

気相である分散相の移流が液相流動に拘束されているため,短波長スケールで明瞭な二相間の双方向干渉を持つ

と言える.これに伴い,逆エネルギーカスケード過程は,初期の短波長の構造が明瞭ゆえ,時空間的な肥大化・

成長の構造も顕在化しやすく,最終的に流動領域全体にまで大きな影響を与えることがわかった.以上のことは,

気泡運動が多成分に支配されて確率論的な運動を呈しやすい大気泡の場合に対して対照的な性質と言える.今後,

この性質が物質交換(17)や熱移動(18)に与える影響や,マイクロバブルの浮力成分がもたらすせん断や回転場の乱流(19)との関連性についても調査を進める予定である.

謝 辞

本研究に対する科学研究費補助金(基盤研究 B,No21280077)による支援,ならびに大学院生 湯本健明君の

協力についてここに謝意を表する.

文 献

(1) 松本洋一郎,ほか 11 名,”マイクロバブル最前線”,日本機械学会編,共立出版 (2009), pp.79-94.

(2) Kimura, R., “Cell formation in the convective mixed layer”, Fluid Dynamics Research, Vol. 3 (1988), pp. 395-399.

(3) Alam, M., Arakeri, V. H., “Observations on transition in plane bubble plumes”, Journal of Fluid Mechanics, Vol. 254 (1993),

pp. 363-374.

(4) Hussain, N.A., Siegel, R., “Liquid jet pumped by rising gas bubbles”, Journal of Fluids Engineering, March (1976), pp. 49-65.

(5) Murai, Y., Matsumoto, Y., “Numerical study of the three-dimensional structure of a bubble plume”, Journal of Fluids

Engineering, Vol.122 (2000) , pp.754-760.

(6) Kitagawa, A., Murai, Y., Yamamoto, F., “Two-way coupling of Eulerian-Lagrangian model for dispersed multiphase flows

using filtering functions”, International Journal of Multiphase Flow, Vol.27 (2001), pp.2129-2153.

(7) Esmaeeli, A., Tryggvason, G., “An inverse energy cascade in two-dimensional, low Reynolds number bubbly flows”, Journal

of Fluid Mechanics, Vol. 314 (1996), pp. 315–330.

(8) Murai, Y., Kitagawa, A., Song, X., Ohta, J., Yamamoto, F., “Inverse Energy Cascade Structure of Turbulence in a Bubbly

Flow”, JSME International Journal, Vol. 43, No. 2, B (2000), pp. 197-205.

(9) Murai, Y., Sasaki, T., Ishikawa, M., Yamamoto, F., “Bubble-Driven Convection Around Cylinders Confined in a Channel”,

Transactions of the ASME, Vol. 127 (2005), pp. 117-123.

2314

― 96 ―

Page 10: マイクロバブルプルーム群の浮上成長に関する定量 …...by microbubbles: Photos taken by Kimura (1988)(2) Figure taken by Alam and Arakeri (1993) (3) 2. 実 験

マイクロバブルプルーム群の浮上成長に関する定量的可視化実験

©2011 The Japan Society of Mechanical Engineers

(10) 川原顕磨呂,佐藤能長,佐田富道雄,佐藤泰生,“画像データによる疑似二次元気液二相流の液相の乱流拡散係数

の測定”,日本機械学会論文集 B 編,Vol. 58, No. 553 (1992), pp. 2736-2743.

(11) Baker, G. R., McCrory, R. L., Verdon, C. P., Orzag, S. A., “Rayleigh-Taylor Instability of fluid layers”, Journal of Fluid

Mechanics, Vol. 178 (1987), pp. 161-175.

(12) Iga, K., Kimura, R., “Convection driven by collective buoyancy of microbubbles”, Fluid Dynamics Research, Vol. 39 (2007),

pp. 68-97.

(13) 村井祐一,”気泡流の三次元微細流動構造の解明”, 東京大学工学系研究科 博士論文 (1996), pp. 99-124.

(14) Ido,T., Murai,Y., Yamamoto, F., “Post-processing algorithm for particle tracking velocimetry based on ellipsoidal equations”,

Experiments in Fluids, Vol.32 (2002), pp. 326-336.

(15) Ido, T., Murai, Y., “A recursive interpolation algorithm for particle tracking velocimetry”, Flow Measurement and

Instrumentation, Vol. 17 (2006), pp.267-275.

(16) Murai, Y., Ido, T., Yamamoto, F., “Post-processing method using ellipsoidal equations for PTV measurement results”, JSME

International Journal, Ser. B, Vol.45 (2002), pp.142-149.

(17) Gong, X., Takagi, S., Huang, H., Matsumoto, Y., “A numerical study of mass transfer of ozone dissolution in bubble plumes

with an Euler-Lagrange method”, Chemical Engineering Science, Vol. 62 (2007), pp.1081-1093.

(18) 北川石英,小菅桂太,内田健司,萩原良道,“微細気泡注入による層流自然対流場の伝熱促進”,日本機械学会論文

集 B 編,Vol. 73, No. 732 (2007), pp. 1687-1675.

(19) 渡村友昭,田坂裕司,村井祐一,武田 靖,“マイクロバブルによるテイラー・クエット流れの遷移抑制”,日本機

械学会論文集 B 編,Vol. 76, No. 772 (2010), pp. 2160-2167.

2315

― 97 ―