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105 マインドフルネスとジティブ心理学 Mindfulness and positive psychology 高 橋 良 博 Yoshihiro Takahashi Kiyoshi Hayashi 同 帰 Tonggui Li 高 橋 浩 子 Hiroko Takahashi 1.序 人の認知様式は意識的行動の前提となる。すなわち認知の仕方が行動を決定 する(Koffka,鈴木訳 1989)。 そして人が信念(belief)の水準で考え、思う事柄は条件づけの役割を果たす。 従って信念としてとらえている内容は人を方法づける。 この認知様式を行動変容の手がかりとするものが、認知行動療法(Cognitive Behavior Therapy)である。そしてこの認知の変容、すなわち認知的再体制化の ための手続きとして、来談者あるいは患者(以下来談者)の信念となっている 思考様式の変容が試みられる。しかしこの認知様式の変容を図る試みは、直接 的な説明や問題点の指摘、あるいは自己チェックという方法だけでは必ずしも 効果的に進行しない場合がみられる。そこで、来談者の思考へのアプローチの 基本として、あるいは思考への直接的なアプローチと並行して、筋リラクセー ションの併用やイメージによる脱感作などの方法が用いられている。その一つ の手続きとして活用されるものが、マインドフルネス(mindfulness)である。 このような方法は来談者のパーソナリティおよび行動の変容を促す基礎を構成 するものでもある。 カウンセリング過程のパーソナリティ変容は、 unfreezingchangingrefreezing の過程を追う(註 1)。

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Page 1: マインドフルネスとジティブ心理学repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/32548/rsk043...8.Benson のリラクセーション 9.水を見つめるイメージの瞑想(Davis,河野監訳,1999)

105

マインドフルネスとジティブ心理学

Mindfulness and positive psychology

高 橋 良 博 Yoshihiro Takahashi 林 潔 Kiyoshi Hayashi 李 同 帰 Tonggui Li 高 橋 浩 子 Hiroko Takahashi

1.序

人の認知様式は意識的行動の前提となる。すなわち認知の仕方が行動を決定

する(Koffka,鈴木訳 1989)。

そして人が信念(belief)の水準で考え、思う事柄は条件づけの役割を果たす。

従って信念としてとらえている内容は人を方法づける。

この認知様式を行動変容の手がかりとするものが、認知行動療法(Cognitive

Behavior Therapy)である。そしてこの認知の変容、すなわち認知的再体制化の

ための手続きとして、来談者あるいは患者(以下来談者)の信念となっている

思考様式の変容が試みられる。しかしこの認知様式の変容を図る試みは、直接

的な説明や問題点の指摘、あるいは自己チェックという方法だけでは必ずしも

効果的に進行しない場合がみられる。そこで、来談者の思考へのアプローチの

基本として、あるいは思考への直接的なアプローチと並行して、筋リラクセー

ションの併用やイメージによる脱感作などの方法が用いられている。その一つ

の手続きとして活用されるものが、マインドフルネス(mindfulness)である。

このような方法は来談者のパーソナリティおよび行動の変容を促す基礎を構成

するものでもある。

カウンセリング過程のパーソナリティ変容は、unfreezing,changing,refreezing

の過程を追う(註 1)。

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マインドフルネスはこの過程では、特に unfreezing の段階の役割を果たすと

考えられる。すなわち思考変容へのいわば“地ならし”の機能である。

もちろんこのことは、来談者の問題の内容によっても異なって来るかも知れ

ない。

例えば、“うつ気分”は反芻によって強化される。うつ気分は、不快な出来事

に密接に関連するものと反芻によって生じるものがあり、マインドフルネスに

よって有効なものは後者であろう(Segal,越川監訳,2008)。

強いストレスを受けている状況では、人は積極性を喪失し、その結果として

退行の状態に向かう。そこでのその人の判断基準は、特定の過去の出来事―心

理的枠組みに碇泊(anchoring)する。このようにして、いわば過去の行動様式

の中に閉じこもることによって自己の防衛が図られる。また習慣化した行動様

式、特に過去の「成功」体験に、安定感・安心感の基礎を求めようとする。こ

の場合、当面する状況への認識は無視される。そこでは来談者が新しい行動様

式をとることは困難になる。あるいは新しい行動様式をとろうとする場合に、

強い不安と抵抗が伴う。さらには自己を見つめる場合、内罰的あるいは外罰的

な傾向を伴う。このために行動分析学の処罰の罠の行動様式に陥る。このため、

自己を見つめることが苦痛となってくる。

気分が低下すると、昔からの習慣的な認知的処理のパターンに、ほぼ自動的

に切り替わる。そして、繰り返し使われている「思考の溝」を思考が堂々めぐ

りし、うつから抜け出すうまい方法を見つけようとしない。またこの思考自体

がうつ気分を強め、さらなるネガティブな思考の原因となる。ここにネガティ

ブな思考に距離を置く方法を身につけることが求められる(Segal,越川監訳,

2008)。

マインドフルネスは第三期の行動療法として理解されている。

久本(2008)は行動療法の変遷について、次のように述べている。

第一世代の行動療法は、不適応行動を改善するために行動を操作しよう

とするものであった。さらに“うつ”のような不快な気分と感情を治療す

る必要から、思考を操作することによって気分や感情を改善しようとする

第二世代の認知療法が生まれた。そして第三世代の行動療法として注意を

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操作し気分や感情をコントロールするマインドフルネスな治療法が生まれ

た。

いわゆる雑念、すなわちネガティブな思考とどのように向き合うか。

このような思考を追跡し、思考内容を反復すると、そのことがかえって不快

な思考内容を強化する。そのような場合、どのような方法によって不快な思考

内容と距離を置くのか。そうした場合、心を通り過ぎる思考やイメージに何度

も気づき、注意を呼吸やその瞬間に戻しながら手放して行くことで、それらに

距離を置いて眺めることができるようになる(Segal,越川監訳 2008)。

また、心に思い浮かぶ事柄を、第三者の視点でただ眺めるというアプローチ、

すなわち越川(2000ab, 2009; Koshikawa & Ishii,2006; Koshikawa et al.,2004;

Koshikawa, Kuboki,2006)の只観法(当初、自観法)も、同様の役割を果たす。

意志とは無関係に生じる否定的な思考の侵入が、心理的障害の現象学におい

て中心的な役割を果たしていることは、マインドフルネスに基づく認知療法と

いった「第三の波」と言われる認知療法をより魅力的なものにする(Clark, ed.,

2005,丹野監訳 2006)。

本報告では、このマインドフルネスとジティブ心理学とのかかわりについて

検討する。

2.瞑想

マインドフルネスに影響を与えたものは瞑想研究である。瞑想(mediation)

は、今・ここで(here and now)、本来の自分への気づきを促す契機である。そ

して宗教的瞑想の場合は絶対者とのかかわりにおいて、自己への気づきを促す

契機とされる。

現代人は高度の技術文明のなかで非人間化し、不安におそわれ、確固とした

主体性の確立を求めている。禅とキリスト教の瞑想は静寂と平安、知恵と自由

をもたらすものである(門脇,1975)。そして、瞑想というのは自己回帰であり、

自己の内面を窺うことであり、その時には社会も他人も世の中の一切の事象は

関係ないのである(長谷川,2007)(註 2)。また東洋の瞑想と西洋の瞑想は、

大きな相異のもとに、もっとも深い所で一致している(フィールハウス,

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1967-68)。

瞑想は注意訓練の技法としても用いられる。

瞑想とは意識的に心や身体を観察して、今という瞬間から、次の瞬間に向け

て体験したことをあるがままのものとして受け止めるプロセスである

(Kabat-Zinn,春木訳,2007)。そして、瞑想実践は本質的には、自分自身の存

在と折り合いをつけることを促す実践であり、また習慣的解釈の中止の役割で

ある(West,春木・清水・水沼監訳 1991)。自分自身と折り合いをつけるとい

うことは、自己受容の促進である。その意味で瞑想は自己受容を促す手続きと

して考えることができる。

Ornstei, R. E.は、瞑想を二つの型に分けている。すなわち注意集中型瞑想と、

開放型瞑想である(恩田,2001)。

次にこの二つのタイプにカウンセリング、心理療法の手続きなどにおける瞑

想の手続きを当てはめてみよう。

A.注意集中型

1.数息観 禅の数息観である。呼吸に注意を向け、呼吸を数える(註 3)。

2.公案 臨済禅では公案を課題とする(中村,1999)。

臨済系統の禅の公案の問答は問いと答えとの間に必ずしも直接の論理

的な脈絡はない。それというのも、禅問答は、分別判断を断絶させて、

直接に“仏性”すなわち“真の自己”をつかませようとするからである。

その状況に没入している時、その三昧の状態で気づくのが悟りである。

そこにはあるがまま、すなわち如の世界があるだけである。〔三昧 心を

一つの対象に集中して、対象と一つになり散乱しない状態〕(恩田 2010)。

正しい三昧は聖なる八つの道、八聖道の一つである(石上,他,1985)。

3.カソリックの観想(contemplation)

キリスト教で言う観想とは祈りの一つの方法である。すなわち神の恩

恵を受けて、神の現存と働きとを自覚しつつ、あたかも「目に見えない

方を見ているように」神が啓示した事柄、特に神、キリストを眺め、一

瞥してそれに引き込まれて行く心の奥底で行われる対話である(新カト

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リック大事典 1998)。

4.ギリシャ正教の日課としての瞑想

一日の日課は 8 課ある。各課にはそれぞれ瞑想する主題が秘められて

いる。晩課は暮れの日を見、一日が無事に終わったことを感謝し、天地

創造を想起する(高橋,1980)

5.内観療法における内観

内観療法では、瞑想の中で特定の対象を思い浮かべて、してもらった

こと、して返したこと、迷惑をかけたことについて調べる。すなわち注

意を集中する。

6.自律訓練法の受動的注意集中

7.バイオフィードバックにおける注意集中

8.Benson のリラクセーション

9.水を見つめるイメージの瞑想(Davis,河野監訳,1999)

10.ヨガ呼吸法における瞑想

身体感覚に注意を集中する(O’ Donoghue,2010)。

B.開放型

1.只管打座

只管打座は道元禅の本質である。ただ座ることに徹する。只管打座は

平常底に無限の価値を見いだしていく(門脇,1975)。

C.当事者の態度によって、注意集中型、開放型のいずれの方向性をもつも

の。

1.礼拝(ミサ、聖餐式)中の黙想。

このようにしてみると、種類としては集中型の瞑想が多いことが理解できる。

瞑想の場合、特定の対象に意識を向ける方法が実施しやすいのであろうか。

Carrington は臨床の場における瞑想の利用として以下を指摘している(West,

春木,他監訳,1991)。

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1.一般に用いられる、他の多くのストレス・コントロール法ほど自己統制

力を必要としない。

2.ストレス対処法習得の訓練の動機づけが低い場合。

3.コントロールへの過度の欲求を示す患者。

なお瞑想に励んでいる時、自分が何か偉いことをしているかのように錯覚し

がちだ。特別なことをしているという意識を捨てる(長谷川,2007.)必要があ

る。

また自律訓練法における“自律性解放”のような副作用が、瞑想中にも生じ

ることがある。本格的な瞑想の場合には、指導者あるいはかかわりを持つ人が

必要である。

3.マインドフルネス

判断することなく一瞬一瞬を自覚すること、つまり「今の自分をありのまま

に見つめること」をマインドフルネスという(Kabat-Zinn,飯泉訳,2008)。

マインドフルネスは、行動療法と瞑想研究との出会いである。瞑想によって

自分の存在様式にかかわる手続きである。そしてマインドフルネスは、結果的

には注意の訓練としての役割を果たす。

マインドフルネス瞑想法は「今」という瞬間に完全に注意を集中する方法で、

自分の潜在力を成長させ、癒しをうながすために使う。そして心と身体、呼吸

に注意を集中する(Kabat-Zinn,春木訳,2007)。

マインドフルネスは、すること(doing)モードから、あること(being)モー

ドへの転換の実践である。マインドフルネスでは、思考・感情を変えようとせ

ず、気づいたままにしておく。さまざまな思考を歓迎し、あるがままにしてお

く。すなわち親和的に気づく。マインドフルネスは意図的に今ここの瞬間に価

値判断なしに注意を向ける。すべての体験に、親和的に気づくことを意図する。

望まない思考、感情と戦うことが、時には強い緊張や混乱をもたらす。思考は

過去から学んだものや、現在の気分の状態を含むさまざまな判断を反映してい

る。その思考は自動的に頭に浮かんできたものか、その状態に合っているか。

疑問に感じることはないかをチェックする(Segal,越川監訳 2008)。

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例えば不快な思考、侵入的思考に対して考えないようにしようと意図的にか

かわると、そのこと自体が症状への注目をもたらす。そのために、かえってそ

の侵入的思考内容を強化する。また思考内容の意図的な拒絶は、抑圧、抑制を

もたらす。その結果、かえって負のエネルギーを内向化させる。

マインドフルネスは体系化された訓練である。

訓練としてとりあげられている内容の例は、Segal(越川監訳,2008)によれ

ば次の手続きである。

レーズンエクササイズ

(レーズンとそれについての自分の感覚に注意を向ける)

ボディスキャン瞑想(呼吸と連動した各身体部位の感覚へ注意を向ける)

3 分間呼吸空間法

(1.心や身体に起こっていることを認める、2.呼吸へと注意を向ける、

3.身体へと中を広げる)

座瞑想(脱中心化スキルの促進。身体感覚、音へ注意を向ける)

呼吸へのマインドフルネス(呼吸への注意瞑想)

ヨガ瞑想法

マインドフルウオーク(足脚の動き、感覚に注意を払う)

いやな出来事日誌(ストレッサーの把握)

うれしい出来事日誌(うれしい出来事への気づきを促す)

宿題(自宅でのセッションの繰り返し、テープの利用)

また毎日行うマインドフルネスとしては、以下の手続きが用いられる。

1)目覚めと呼吸・姿勢の変化、

2)音への注意・ちょっとした瞬間の呼吸への注意、

3)飲み物・食べ物への意識の集中、

4)活動時の身体への注意、

5)聞く・話すことへの注意の集中、

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6)緊張している部位に気づく、

7)日常の活動へ拡大する、

8)睡眠前の呼吸調整

この毎日行うマインドフルネスの段階は、日常生活の中でのセルフコントロ

ールの訓練として用いられる。

社会の求める望ましさは、時期によって変動する。個人の価値観はその条件

によっても支配される。

結果を重視する教育方針では、事実を絶対的なものとして示すのが普通であ

る。このやり方では、マインドレスネスが助長される。あることが一般に容認

されている事実として示されると、別の考えは浮かんでこない(Langer,加藤

訳,2009)。

ここに今日、カウンセリング・心理療法の場面にとどまらず、日常生活にお

いてもマインドフルネスの訓練が求められる背景が存在する。

4.マインドフルネスとポジティブ心理学

ポジティブ心理学は、疾病モデルを前提とした心理学から人間の強さの理解

と育成を目指す新しい社会科学・行動科学を目指す[1998 年 APA 大会の会長

講演](Seligman,島井訳)ということで誕生した。ポジティブ心理学と人間性

心理学(Humanistic Psychology)との間にはアメリカにおいて激しい論争があ

った(ポジティブ心理学と人間性心理学の論争の内容と対比については木村

(2006)を参照)。

なお筆者は、ポジティブ心理学は人間性心理学(Humanistic Psychology)と

異質とはとらえず、重複すると理解している。人間性心理学との関係における

ポジティブ心理学の強調点は、科学性の重視ということではないかと考える。

今・ここで、何ができるか。その可能性を探索することがカウンセリング、

心理療法の役割である。そして、心と身体とを統合して、癒しあるいは成長へ

のアプローチをはかることは行動医学の主題である。病気の恐ろしさは病気そ

のものではなく、身体に起きているのに心に起きていることと錯覚し、病人が

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気を病むところにある。病気がこころのかせとなり、病気に隷属してしまう(高

橋,1980)。

不調は環境との交互作用の中に存在する。不調の要因は常に自己に帰属され

るものではない。そのためにバランスを欠く認知は適応上の問題をもたらす。

例えば過度の自己注目が抑うつと関連のあることは、坂本(1997)が指摘して

いる。ただしこの自己注目は、「親和的に」自己を見つめることとは異なったも

のである。マインドフルネスは、現在に焦点をあてて、ありのままの自分を受

け容れる手続きである。カウンセリング・心理療法の目的は現在取り得る行動

様式を発見することにある。

ソーシャル・サポート、ポジティブな感情体験、自己と環境との関係につい

ての積極的な意味づけ、積極的対処などの心理社会的因子が病気の予防や、健

康増進、あるいは病気の進行の抑制といった疾病過程に影響する可能性を示唆

している(小玉,2006)。

マインドフルネスは、症状の改善に自分から取り組もうとする試みである。

この症状は自分に何を伝えようとしているかという視点で症状を理解する。癒

しは、全体性を感じるとること、あるがままに存在するという訓練の結果もた

らされる(Kabat-Zinn,春木訳,2007)。

人間にとって存在するものは、現在だけである。従って新しい可能性は現在

という瞬間の中にのみふくまれる。そのことから次の論理が成立しよう。

もっとも長命の者も、もっとも早死にする者も、失うものはおなじであ

る。なぜなら、人が失いうるものは現在だけなのである。

なんぴとも、自分の持っていないものまで失うことはできないからであ

(Marks Aurelius,神谷訳,1984)。

人は現実に対して選択的に認知している。

人は気がかりなものに没頭して、他の物事に気づかずにいる。全体的気づき

はこの状態からの回復を促す(Kabat-Zinn,春木訳,2007)。この全体的気づき

の結果として、自己の肯定的側面に気づく。このことは、決して恣意的に自己

の肯定性に気づこうというものではなく、また気づかせようとするものではな

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い。確かに「楽しいことを思い出す」という手続きは、カウンセリング、心理

療法の一つの方法であるとしても、楽しいことを思い出すということ自体が困

難であると訴える来談者がある。

全体的に人を見るという姿勢は、Allport(小林訳,1966)のいう成長の過程

における人間(Man: in the Process of Becoming)の特徴に見いだすことができる。

すなわち彼は成長の過程における人間の基本的態度として Tentativeness(試案

性)と Commitment(専心従事)をあげた。Tetativeness は確実性はもはや確実

性ではないのであるから、すべての定説(中略)を恐れることなく吟味

(tentativeness)すべきである。そして選択した価値に対する堅固な commitment

が要求される。

マインドフルネスは、意図的にポジティブな特徴を探索しようとする手続き

ではない。ポジティブな気づきの本質は、結果的に生じるものである。ここに

マインドフルネスがポジティブ心理学的とかかわる側面がある。

価値には 2 つのタイプがある。一つは相対的価値であり、一つは絶対的価値

である。マインドフルネスは結果的に絶対的価値にかかわり、気づきを促すた

めの試みであるといえる。

註 1 沢田慶輔教授の相談心理学授業ノートより

註 2 聖書の言葉でいえば、善悪を知る木の実から取って食べる前のアダムとイブにも

どることである。善悪を判断しないで生きることは難しいが、何が良くて何が悪い

かを一つ一つ決めながら生きていくのは或る意味で息が詰まる(長谷川,2007)。

註 3 座禅の効果 1.よけいな緊張を解放し、心身を安定し、気力を充実させる、

2.身体の機能が十分に働くようになる、3.意志力を高める、4.注意集中がよ

くなるので観察力、理解力、記憶を高める、5.直感力、洞察力、悟りを促進する

(恩田,2001)。

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