セルフヘルプ・クリアリングハウスの機能と役割 大 …1 Ⅰ. はじめに...

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京都文教大学人間学部 卒業論文 セルフヘルプ・クリアリングハウスの機能と役割 -大阪セルフヘルプ支援センターを事例として- 者: 吉見 大地(臨床心理学科) 指導教員: 吉村 夕里 助教授

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京都文教大学人間学部 卒業論文

セルフヘルプ・クリアリングハウスの機能と役割

-大阪セルフヘルプ支援センターを事例として-

著 者:

吉見 大地(臨床心理学科)

指導教員:

吉村 夕里 助教授

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Ⅰ. はじめに

現在,地域社会には多種多様なセルフヘルプ・グループ(Self-Help Group 以下SHG)が存

在するようになり,その全貌を把握することは次第に困難になっている。このような現状において,

SHGを必要とする当事者が個々の特性やニーズと合致するSHGに適切にアクセスできること,S

HGを創設する意志をもつ当事者同士がアクセスできることが,ソーシャルワーク上の重要な課題

となってくる。この課題に対してSHGを支援するセルフヘルプ・クリアリングハウス(Self-Help

Clearinghouse 以下SHC)と,行政や関係機関,専門職はどのような機能や役割を果たし,ど

のような関係を築くべきなのだろうか。

日本において,セルフヘルプ活動とその支援に関する研究は幅広く存在しているが,ある一定

の地域で多種多様なセルフヘルプ活動を支援するSHCの機能と役割について,その運営上の

課題をとりあげて具体的な分析を行った研究は多いとは言えない。まして,SHCの運営に実際に

従事しているボランティアスタッフ自身の問題意識に焦点をあてて,地域社会でSHCが機能でき

る条件についての分析を行った研究は希少である。

本研究の目的は,ソーシャルワークの視点からSHCの機能と役割を考察することにある。考察

のための手順は以下のとおりである。第一に,多様な意味づけが行われているSHGの概念や,

その研究の展開の歴史を文献研究に基づいて整理する。第二に,SHCの機能を持つ大阪セル

フヘルプ支援センターの事例に焦点をあてて,その現状を整理すると同時に,SHCの機能と役

割,運営上の問題点や課題,地域社会や関係機関への要求をボランティアスタッフ自身に対す

るインタビュー調査によって明らかにする。 後に,SHCの機能と役割を明確化すると共に,行

政や関係機関,専門職の課題を考察する。

このようにソーシャルワークの視点からSHCの機能と役割を,行政や専門機関,専門職の機能

と役割との関係のなかで明確化することは,マクロシステムを対象とした臨床の実践として意義が

あると思われる。特に心理臨床においては,セラピストとクライエントの関係性が従来から重視され

てきたが,心理臨床的実践がさらに機能するためにも,それらの相互関係の基盤となる生活の場,

つまり社会全体へのマクロの視点からの臨床的な研究も必要であると思われる。セラピストやカウ

ンセラーとの関係の中で発展し,クライエントの自己実現や,心理的成長を目的にするのが,ミク

ロの心理学だと言えるが,近年は,個人から家族集団へ,そして学校・職場・地域社会など,マク

ロの世界をも対象とするコミュニティ心理学の重要性も認識されるようになっている。ミクロシステム

のみならず,マクロシステムも援助対象とするコミュニティ心理学の視点は,ソーシャルワークの視

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点と近似している。そして,クライエントたち自身の集団の形のひとつであるSHGに焦点をあてた

ソーシャルワークの視点からの本研究はコミュニティ心理学にとっても意義のあるものと思われる。

Ⅱ. 日本におけるSHGとSHCについて

本章では,文献研究に基づき,まず日本におけるセルフヘルプ活動とその研究の動向を整理

する。次いでSHGとSHCの概念を整理し,SHGの定義の曖昧さ,SHCに期待されている機能

や役割などを明確する。 後に,日本におけるSHCの現状を紹介する。

Ⅱ‐ⅰ セルフヘルプ活動と研究の動向

日本におけるセルフヘルプ活動とその支援に関する研究については,①アルコール依存症を

持つ人たちのSHG(斉藤,1991),②1970 年代に隆盛した「青い芝の会」などの障害者運動(荒

川・鈴木,1996),③1970 年代にアメリカで生まれ,日本でも 1980 年代にそれらと連動した自立生

活運動(全国自立生活センター協議会,2001),④反精神医学運動や地域精神医学活動と関連

した患者会活動や家族会活動(岩田,1994),⑤1990 年代から隆盛し始めた広範な領域のSHG

(石川・久保,1998)などの系譜が広義にはあげられる。

また,その研究も歴史的に広がりをみせてきており,①当事者の立場からのSHGの研究(中

西・上野,2003),②SHGの育成・発展についての研究(高松,2004),③専門職とSHGの関わり

についての研究(岩間,1998),④SHGの治療的意義の研究(仲沢・小野・小林他,2005),⑤ソ

ーシャルサポートとしてのSHGの意義の研究(山口,2005)などがある。これら多くの研究の中で

は「セルフヘルプ活動」や「SHG」という言葉が共通して使われている。しかし,それらの言葉に対

しそれぞれ基本的なイメージは共有しているものの,その概念や中身は「当事者団体(活動)」,

「自助グループ(活動)」,「家族会(活動)」,「患者会(活動)」などとらえ方が微妙に異なっている。

以上のことから,セルフヘルプ活動やSHGそのものが幅広く多種多様に存在し,その研究も様々

であるため,前提としてそこに関わる一人ひとりに共通した定義が定着していない状態であると思

われる。

Ⅱ‐ⅱ 日本におけるSHGとSHCの概念

久保はSHGについて検討すべき点として,①SHGをどの立場からとらえるか,②SHGを取り上

げる場合のレベル,③SHGの範囲,④SHGの質,⑤SHGはどれほど存在するのか,を挙げて

いる(久保,1998)。また岡は欧米のSHG概念の研究の紹介を行い,日本におけるSHGの概念

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を整理し,「現在,日本では「セルフヘルプ・グループ(自助グループ,自助組織)」と「当事者組

織(団体・集団)」という2種類の用語が,欧米のセルフヘルプ・グループの概念に相当するものと

して使われていると言ってよい」と述べている(岡,1995)。

そして岡はセルフヘルプ活動ともいえるであろうSHGの働きの基本的要素について,「その基

本的要素は「わかちあい」「ひとりだち」「ときはなち」の3つである」としている。3つの要素の定義

は,「わかちあい」については,「複数の人が情報や感情や考えなどを同等な関係のなかで自発

的にしかも情緒的に抑圧されていない形で交換することである」と。「ひとりだち」については,「わ

かちあいを通じて,自分自身の状況を自分自身で整理し,問題解決の方法を自己決定し,社会

参加していくこと」と。「ときはなち」については,「自分自身の意識レベルに内面化されてしまって

いる自己抑圧的構造をとりのぞき自尊の感情をとりもどすことであり,しかも,外面的な抑圧構造を

つくっている周囲の人々の差別と偏見を改め,資源配分の不均衡や社会制度の不平等性をなく

していくこと」としている(岡,1995)。

さらに岡はSHCについてもその一般的機能について述べられた主な論文や,ヨーロッパ,北

米など各国の具体的な例を紹介しており,「ドイツにおいても北米においても,まだ明確な共通概

念は確立されていないと指摘されているものの,おおむね,①情報の収集と提供,②活動につい

ての相談と援助,③広報と社会教育(グループの相互交流の促進も含む),④調査研究という4つ

の働きがクリアリングハウスに期待されていると考えてよい」としている(岡,1995)。

Ⅱ‐ⅲ 日本におけるSHCについて

SHCとは,SHGの活動を応援し,社会への啓発活動に取り組む機関のことである。もともと「クリ

アリングハウス」とは「手形交換所」という意味であるが,それが転じて「情報交換,出会いの場」の

意味として使用されるようになった。SHCは欧米諸国を中心に数多く運営されているが,日本で

は「セルフヘルプ支援センター」等の名称で存在し,それぞれ,SHG支援の必要を感じた人たち

がボランティアで行っている。また,かながわボランティアセンターのように公的な機関がSHCの

機能を持っているところもある。このように,SHCの名称を用いず,それと類似の機能をもつ組織

も複数存在すると思われるが,どの組織をSHCとしてとらえるのかということの定義は現状では明

確であるとは言えない(社会福祉法人神奈川県社会福祉協議会,2006)。

Ⅲ. 調査~大阪セルフヘルプ支援センターの事例から~

本章では,SHCの機能を持つ大阪セルフヘルプ支援センターの事例に焦点をあてて, 初に,

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同センターの現状を直近の事業報告書及び事業計画書に基づいて整理する。次いで,SHCの

機能と役割,運営上の問題点や課題,周囲への要求をボランティアスタッフ自身へのインタビュー

をとおして明らかにする。

Ⅲ‐ⅰ 大阪セルフヘルプ支援センターの現状

大阪セルフヘルプ支援センターの主な活動は,①電話相談,②セミナーや講演会の開催,③

ニューズレターの発行,④インターネットを活用した「情報収集プロジェクト」などである。以下に,

その事業の実態を述べていく。

電話相談については,1993 年 5 月 15 日から週1回実施されていたが,電話相談担当者の減少

にともない,開始当時は 2 人体制であったのを数年後(正確な時期は不明)には 1 人体制にし,

2002 年 4 月からは月2回のみに限定して実施されるようになっている(図 1)。

図 1 年度別相談件数の推移 *引用文献を参考に筆者が改変作成(大阪セルフヘルプ支援センター,2006a)

0

50

100

150

200

250 件数

受付件数(のべ数) 140 72 160 119 129 184 155 191 213 119 141 87 58

相談実施回数 36 33 44 41 45 44 48 47 44 20 20 23 24

1回あたりの平均相談受付件数 3.9 2.2 3.6 2.9 2.9 4.2 3.2 4.1 4.8 6 7.1 3.8 2.4

1993年

1994年

1995年

1996年

1997年

1998年

1999年

2000年

2001年

2002年

2003年

2004年

2005年

1993~2005年合計

相談受付件数  :1768相談実施回数  : 469

1回あたりの

平均受付件数: 3.8件

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電話相談担当者数の推移については,入れ替わりがあるため把握されておらず不明であるが,

2006 年 7 月現在で電話相談担当者は 6 名程度である。相談者は本人や家族,専門職などで,

寄せられる相談内容は,身体・知的・精神障害の問題や疾病,嗜癖,死別や生きがいについて,

子育て問題など多種多様であり,その対応としては相談内容に該当したSHGや他機関を紹介し

たり,求めるグループがない場合は,相談者の悩みや状況を聞き,後に同じ状況にある人が見つ

かったときに知らせる「登録」なども行われたりする。また,各種SHGのメンバーの方々の体験や

活動内容についての語りや参加者によるグループ運営の知恵のわかちあいが行われるセミナー,

SHG関連の専門家の講師を招いての講演会の開催など,SHGに関する広報,普及も行われて

いる。 近のセミナーや講演会の開催状況は表 1 のとおりである。

だいたい年に 2 回発行されるニューズレターには,大阪セルフヘルプ支援センターからの案

内,セミナーや講演会などの報告,SHG体験記などが掲載されている。また,毎月 1 回例会が開

催されており,大阪セルフヘルプ支援センターの運営をめぐる話し合い,SHGをめぐる体験や情

報のわかちあい,SHGやSHGをサポートする活動のありようについての話し合いなどが行われて

おり,電話相談の利用者が直接例会の場に来所し,相談業務を行うこともある。

表1 講演会やセミナーの実施状況*引用文献を参考に筆者が改変作成(大阪セルフヘルプ支援センター,2006b)

このように,多様な活動を行っているものの,①電話相談担当者数の減少,②大阪府内を中心

とするSHGの実態を網羅して把握することの困難性から生じる電話相談及びその他の活動の制

約性,などの課題を抱えている現状がある。電話相談担当者数の減少については,無理のない

実施年月日 内容 講師 参加者

2005/ 6/ 4 総会と報告会「アメリカ合

衆国マサチューセッツ州

における精神障害者当事

者活動の実態」

松田博幸氏(大阪セルフヘル

プ支援センター代表)

SHG 関係者約 10 名

2006/11/19 講演会「リカバリーの文化

を創り出す」

ダニエル・フィッシャー氏(ナ

ショナル・エンパワメント・セン

ター:NEC 代表)

SHG 関係者約 130 名

2006/ 3/ 4 第 17 回セルフヘルプ・グ

ループセミナー「さまざま

なセルフヘルプ活動のか

たち

がん患者会「ゆずりは」の方,

自立生活センター「メインストリ

ーム協会」の方,ヘルパー・ス

テーション「そのまんま」の方,

「子どもの強迫(OCD)友の会」

の方

SHG 関係者約 30 名

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活動を継続する必要があることを確認したうえで,電話相談を担当できる者が増え次第,在の月 2

回から週 1 回へと電話相談を行う方向性を検討している。SHGの実態把握については,2005 年

度から開始された「情報収集プロジェクト」によって情報リストの更新を図っている。これは,大阪府

内のSHGに関する情報収集を,インターネットを活用して行う取り組みである(大阪セルフヘルプ

支援センター,前掲,2006c)。

Ⅲ‐ⅱ インタビュー調査

(ⅰ) 目的

それぞれ多種多様なセルフヘルプ活動の形をしているグループを一律にSHGという名称を用

いて包括的に呼称している現状においては,SHGを支援対象と位置づけ,セルフヘルプ活動の

支援を行うSHCにも多種多様な機能や役割が求められることになる。しかし,主にボランティアス

タッフによって運営されているSHCの機能と役割は,他の社会資源との相互関係のなかで同定さ

れるべきものであり,さもなければSHCには広範囲な領域にわたる多種多様で過大な期待がや

みくもに課せられていくことになる。

以上のような問題意識を基盤として,SHCのボランティアスタッフへのインタビュー調査に基づ

いて,①SHCの機能と役割はどのようにとらえられどのように遂行されているのか,いないのか,

②実際にその機能と役割を担っていくうえで問題点や課題,③行政や地域社会,病院や社会福

祉施設などの各機関,専門職や当事者など周囲への要求はどのようなことか,を明らかにする。

(ⅱ) データ収集手続き

大阪セルフヘルプ支援センターの代表でありボランティアスタッフの松田博幸氏へのフォーマル

インタビューを基にしてデータを収集した。インタビュー調査の実施は 2006 年 7 月 19 日。実施時

間は 1 時間程度で,あらかじめ用意した大まかな質問事項に基づく半構造化面接を実施した(表

2)。 松田氏にはインタビュー前に研究目的を説明したところ,音声(筆記)記録や実名表記につ

いても了解を得られた。

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表 2 質問項目

1 SHCには周囲からどのような機能と役割が求められていると思いますか

・行政から求められる機能と役割について

・病院や社会福祉施設などの各機関から求められる機能と役割について

・専門職(ソーシャルワーカーなどの援助職)から求められる機能と役割について

・利用者などの個人や各SHGのメンバーから求められる機能と役割について

2 運営にあたっての問題点や課題はありますか

・あるとすればそれはどのような問題点や課題ですか

・どのような場面でそれを感じますか

・どのような方法で対処されていますか

3 SHCの活動でやりたいこと,やりたくてもできていないことはありますか

・あるとすればそれはどのようなことですか

・できない要因として考えられることはなんですか

・その実現に必要なことはなんですか

4 SHCから周囲へ求めることはありますか,あるとすればそれはどのようなことですか

・行政に求めること

・病院や社会福祉施設などの各機関に求めること

・専門職(ソーシャルワーカーなどの援助職)に求めること

・利用者などの個人や各SHGのメンバーに求めること

(ⅲ) 松田博幸氏のプロフィール

松田博幸氏は大阪府立大学人間社会学部社会福祉学科の助教授であり,ソーシャルワーク

論の研究者でもある。大阪セルフヘルプ支援センターとの関わりについて本人は,「私は,大学

院在籍時よりセルフヘルプ・グループに関心を持つようになり,セルフヘルプ・グループに関す

る研究をおこなうようになりました。そして,1992 年の 11 月から『大阪セルフヘルプ支援センタ

ー』の活動に関わっています。セルフヘルプ・グループを総合的にサポートする組織はセルフ

ヘルプ・クリアリングハウスと呼ばれていますが,『大阪セルフヘルプ支援センター』はそのような

組織の一つです。1993 年 5 月に正式に発足し,以来,大阪府下を中心とするセルフヘルプ・グ

ループの情報提供,セミナーの開催等の活動をおこなっています。活動を通して,多様なセル

フヘルプ・グループの多くのメンバーと出会うことができました。そのような人びとから学んだこと

が研究の基礎になっているように思います。」と述べている(大阪府立大学人間社会学部・大学

院人間社会学研究科,2006)。

(ⅳ) 分析方法

フォーマルインタビューの内容はレコーダーを用いて音声記録に残し,音声記録を基に書

き起こした逐語録を基にして KJ 法を援用して概念生成をおこなった。

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分析にあたって,以上のような質的研究方法を採用した理由としては,実際の運営に直接に

関与しているボランティアスタッフ自身の語りや問題意識に焦点をあてて,SHCの機能と役割,

運営上の問題点や課題,周囲への要求などについて明らかにすることが重要であり,それには

定量研究よりも質的研究が適していると判断したためである。

Ⅳ. 結果と考察

本章では,インタビュー調査の結果の整理と考察を行うが,その際には,逐語録を分析してS

HCの抱える課題の整理を行った「インタビュー調査分析」と,そこで生成した概念を基にして考

察を行った「SHCの機能と役割」に分けて論じる。

Ⅳ‐ⅰ インタビュー調査分析

インタビュー調査を基にして作成した逐語録を[SHCが周囲から求められる機能と役割],[S

HCが周囲に求めるもの],[SHCの運営にあたっての問題点や課題・対処方法]に整理し,S

HCが抱える課題の分析を以下に行った。

(ⅰ)SHCが周囲から求められる機能と役割

[周囲から求められる機能と役割]について,焦点をあてて松田氏の逐語記録を整理したも

のが表 3 である。松田氏自身,「大阪セルフヘルプ支援センターの活動を通して,行政,病院

や社会福祉施設の管理者たちが機能と役割について,何か求めているということを感じたことは

ない」「第一線で仕事をしているソーシャルワーカーが求めていることを感じるというのは少しあ

った」「一番感じたのは利用者個人や各SHGのメンバーで,グループの情報を探している人,

グループを新しく作ろうとしている人たち,グループをすでに運営している人たちがセンターに

求めていると感じることはすごく多かった。それが圧倒的に多い」と包括的な感想を述べてい

る。

以上から,SHC側から見て,行政や関係機関から具体的な要望が感じ取りにくい現状にあ

ること,[周囲から求められる機能と役割]は,行政や関係機関よりも利用者個人や各SHGのメ

ンバーからの情報提供サービスに関しての切実な要望が寄せられているととらえられているとい

う特徴が認められた。

(ⅱ)SHCが周囲に求めるもの

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[周囲に求めるもの]について,焦点をあてて逐語記録を整理したものが表 4 である。松田氏

は,「大阪セルフヘルプ支援センターとして周囲に対して求めることについて議論したことはな

いが,私が求めるのは,やはり行政の窓口の人や専門職の第一線で働かれている人たちという

のが大きい。SHGのこと勉強してほしいし,そのために大阪セルフヘルプ支援センターを活用

してほしい。第一線の人たちにSHGの認知を広めてほしい。また,専門職者にはできないこと

をSHGの人たちはやっているし,その可能性を持っているものであるということをわかってほし

い」と包括的な感想を述べている。

以上から,SHC側は行政や関係機関,専門職に対してSHCの持っていない情報の提供とS

HGやSHCへの認知と理解を深めてほしいという要望をもっていること,またグループ活動の当

事者たちからの実際の活動内容などの情報提供を求めていること,が伺える。

表 3 SHCが周囲から求められる機能と役割

求められる機能と役割

行政から 病院・社会福祉施設など

の関係機関から

専門職(ソーシャルワー

カーなどの援助職)から

利用者などの個人や各

SHGのメンバーから

・実際に求められること

はなかった。求められて

いると感じることはな

い。

・行政にとっては自分た

ちの持っていない情報

を提供してくれるとこ

ろだと位置づけられて

いるのではないかと感

じたことはある。

・SHG の情報を集めよう

とする場合には柔軟な

組織が必要なので,必ず

しも柔軟ではない行政

の組織と比べて SHC は

可能性があるのではな

いか。

・行政との関わりそのも

のが特にない。

・病院や社会福祉施設の

運営者が地域全体を視

野に入れつつ,SHG の活

動を活性化していくた

めのパートナーとして

SHCをとらえていたら一

定の役割を期待するこ

とはあるのではないか。

・実際には運営者,トッ

プの人間が SHC のこと

を知っているとは思わ

ないし,実際求められて

いるかどうかはわから

ない。

・自分たちが持っていな

い情報を提供して欲し

いということ。

・支援センターのセミナ

ーに行けば当事者の話

が聞けることや資料が

もらえるということ。

・海外のクリアリングハ

ウスのように,グループ

作りへの支援を積極的

に行っている場合,援助

職の人たちがグループ

づくりの支援をしたい

と考えているときに,

SHCを社会資源として利

用したり,自分たちとの

パートナーということ

を期待したりするので

はないか。

・第一線のワーカーの人

が電話をかけてきて,グ

ループの情報を求めて

くることがある。

・病院のソーシャルワー

カーが支援センターの

情報を提供して,その情

報をもらった人が支援

センターにアクセスし

てきたことがある。

・グループを探している

利用者に対する,グルー

プの情報提供。

・グループのメンバーに

対する,グループの運営

で困っているときの,運

営の知恵の提供。

・同じような立場の人た

ちに出会いたい人に対

する,メンバーの紹介。

・新しくグループをつく

りたい人が仲間に出会

える機会の提供。

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表 4 SHCが周囲に求めるもの

(ⅲ) SHCの運営にあたっての問題点や課題・対処方法

[運営にあたっての問題点や課題][対処方法]に焦点をあてて,松田氏の逐語記録を整理し

たものが表 5 である。また,今後の方向として[やりたいこと][やりたくてもできないこと]を表 6 に整

理した。[やりたいこと]については,現状でも可能だととらえられているものを整理し,[やりたくても

できないこと]については,現状では対処が難しいと思われているものを整理した。

SHCの 大の問題としては,グループづくりを希望する人のリストが増えていることに比して,S

HGに関する情報が不足しており,情報の更新が必要であることが挙げられていた。この他にも月

例会へのSHGメンバーの参加者の少なさ,電話相談の担当者不足や蓄積された技術に関する

スーパーバイズの問題,ワークショップの開催に言及がされていた。なお,[やりたくてもできないこ

と]について松田氏は,「正直なところ,余裕がないというよりも優先順位が低いのかもしれない。余

裕は作ろうと思えば作れると思う。例えば月例会でグループづくりを希望する人のリストを基に,こ

の人とこの人が連絡取れるようにしたらいいのではないかという風に話し合うことはできるかもしれ

ないが,それよりもSHGに関する情報の収集や更新の方が,現在は優先順位が高くなっている」

と述べている。

以上から,SHCの 大の機能がSHGに関する情報提供であるととらえられていること,その部

分に関する充実が何よりも優先課題になっていることが判明した。

周囲に求めるもの 行政から 病院・社会福祉施設などの

関係機関から

専門職(ソーシャルワーカ

ーなどの援助職)から

利用者などの個人や各S

HGのメンバーから

・行政の窓口に来た人たち

に大阪セルフヘルプ支援

センターの情報を提供し

てもらいたい。

・大阪セルフヘルプ支援セ

ンターが持っていない,行

政が持っている情報を提

供してほしい。

・行政の窓口の人たち,行

政の第一線で働く人たち

にSHGのことを勉強して

ほしい。

・病院や社会福祉施設など

を管理している人に対し

て,職員がSHGについて勉

強する機会をつくってほ

しい。

・その時に大阪セルフヘル

プ支援センターのセミナ

ーを利用してほしい。職員

が支援センターの活動を

通して勉強するような機

会を設けてほしい。

・SHGについて勉強してほ

しい。

・そのために大阪セルフヘ

ルプ支援センターを利用

してほしい。

・大阪セルフヘルプ支援セ

ンターの情報をそれぞれ

の利用者や各機関に提供,

広めてほしい。

・SHGに関する,大阪セル

フヘルプ支援センターが

持っていない,専門職の人

たちがそれぞれ持ってい

る情報がほしい。

・利用する人が増えたらい

いなと思う。

・グループの活動をしてい

る人たちに対して,それぞ

れのグループがどのよう

な活動をしているのか,そ

ういった情報を大阪セル

フヘルプ支援センターに

寄せて欲しい。

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表 5 SHCの運営にあたっての問題点や課題・対処方法について

運営にあたっての問題点や課題・対処方法について 月例会について ワークショップについて 電話相談について 情報更新について

・大阪セルフヘルプ支援セ

ンターの場合,月例会への

多くのSHGのメンバーの参

加が大切で,主に月例会で

は,SHG同士が交流したり,

SHGのメンバーとSHGのメ

ンバーではない人たちと

が交流し共に勉強したり

する。最近はSHGのメンバ

ーの参加が少ないという

ことが課題である。

・月例会においてそれぞれ

出席者が自分のことを語

る時に,自分の属するSHG

に関する話があがる数が

少ないと感じるときに,

SHGのメンバーの参加が少

ないという課題を感じる。

・SHGのメンバーが月例会

に参加することが少ない

ことと,会費の納入率が低

いということがある。

・どのようなSHCを目指す

かによって問題点や課題

に対する認識も変わって

くる。例えば頻繁にワーク

ショップを開催するよう

な状態をあるべき姿とし

て描くとすれば,ワークシ

ョップを開くというのが

課題であり,開けていない

のが問題点となる。

・電話相談を担当する人が

少ない,電話相談を新たに

しようとする人に対する,

ノウハウの提供の方法が

確立されていない。

・電話相談時にSHGの情報

を提供しようと思っても

SHGの情報が充分にないと

感じる,次に誰が電話相談

を担当するかの当番を決

める時に担当する人が少

ないと感じる,新たに電話

相談をやりたいという人

が出てきたときにノウハ

ウの提供の方法が確立さ

れていないと感じる。

・SHGに関する情報の更新

ができていない。

・グループづくりを希望す

る人のリストの数が増え

つつある。

・月例会へのSHGのメンバ

ーの参加者が少ないこと

に関して特に対処はして

ない。初めて来た人にまた

来てもらえるように声を

けるくらいである。

・会員のうち,会費を納め

ている人が少ないとわか

った時に感じるが,特に対

処はしていない。何も得る

ものがなければお金を払

おうとは思われないだろ

うからニューズレターは

きちんと送りたい。

・できればよいがしかし現

在はそこまでは求めてい

ない。もちろんSHCはそう

いったことをやる所であ

るし,海外のSHCも実際に

行っている。しかし私たち

はワークショップを頻繁

に開催していくことを課

題だとはとらえていない。

・電話相談を担当する人が

少ないことに関しては特

に対処していない。

・電話相談のノウハウの提

供の方法の確立に関して

も特に対処していない。電

話相談時にその場に同席

してもらう程度。それ以外

の方法がないということ

が課題だと思う。

・SHGに関する情報が少な

いことに関しては,大阪セ

ルフヘルプ支援センター

で現在実施中であるイン

ターネットで情報を集め

る情報収集プロジェクト

が行われている。将来的に

はインターネットだけで

なく様々な方法で情報を

集める予定。

・いちいちチェックして,

この人とこの人を連絡取

り合えるようにすればい

いのではないかと考えた

りするのができていない。

表 6 SHCの活動でやりたいこと,やりたくてもできていないこと

やりたいこと,やりたくてもできていないこと

やりたいこと(可能だと思われる対応) やりたくてもできないこと

・グループの運営で困っている人たちに対するサポー

ト,例えば各SHGのメンバー同士で知恵をわかちあう

ようなことはやりたいし実現しつつあり,今度の秋く

らいに予定されている。

・運営の支援とSHGに関する情報収集はできつつある。

・情報の収集と更新をきっちりすること。

・グループを作りたいと思っている人たちに対するサ

ポート。身の丈を考えるとそんなところ。

・できていないこととして,グループ作りの支援がある。

グループ作りを希望する人たちのリストがあるが,それ

に基づいてその人たちが出会う場所や機会を設けること

はできると思うが,ちょっとそこまで余裕がない。

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(ⅳ)インタビュー調査結果の概念化

上記の結果も参照しながら,逐語録から,[周囲から求められることの実際] [運営上の課題と問

題点の克服][周囲への要求(SHGやSHCへの認知)]の3つの主要な概念を生成した。以下に

概念生成と定義を示す。

[周囲から求められることの実際]は,[求められる以前の段階][実際に求められる機能と役割]

の2つのサブカテゴリーのコアカテゴリーとして生成した。

[求められる以前の段階]については,「実際に求められることはなかった。求められていると感じ

ることはない」「行政との関わりそのものが特にない」「実際には運営者,トップの人間がSHCのこと

を知っているとは思わないし,実際求められているかどうかはわからない」などの逐語録に基づい

ている。これらをSHGやSHGを支援するSHCが実際に担っている機能や役割に対して,行政や

関係機関,専門職たちの知識不足や関心の低さ,日常的な連携不足があることを指摘している,

と解釈した。概念定義は,「SHGやSHGを支援するSHCの果たしている機能や役割についての

認知が広がっていない状態」とした。

[実際に求められる機能と役割]については,「行政にとっては自分たちの持っていない情報を

提供してくれるところだと位置づけられているのではないかと感じたことはある」「SHGの情報を集

めようとする場合には柔軟な組織が必要なので,必ずしも柔軟ではない行政の組織と比べてSH

Cは可能性があるのではないか」「病院のソーシャルワーカーが支援センターの情報を提供して,

その情報をもらった人が支援センターにアクセスしてきたことがある」などの逐語録に基づいている。

これらを行政や関係機関,専門職たちが自分達の組織では不足しがちなSHGに関する情報の

提供を求めている現状を指摘している,と解釈した。概念定義は,「行政や関係機関,専門職が

把握しづらいSHGに関する情報の提供」とした。

[運営上の課題と問題点の克服]については,「グループの運営で困っている人たちに対するサ

ポート,例えば各SHGのメンバー同士で知恵をわかちあうようなことはやりたいし実現しつつあり,

今度の秋くらいに予定されている」「できていないこととして,グループ作りの支援がある。グループ

作りを希望する人たちのリストがあるが,それに基づいてその人たちが出会う場所や機会を設ける

ことはできると思うが,ちょっとそこまで余裕がない」「正直なところ,余裕がないというよりも優先順

位が低いのかもしれない。余裕は作ろうと思えば作れると思う。たとえば,月例会でグループづくり

を希望する人のリストを基に,この人とこの人が連絡取れるようにしたらいいのではないかという風

に話し合うことはできるかもしれないが,それよりもSHGに関する情報の収集や更新の方が,現在

は優先順位が高くなっている」などの逐語録に基づいている。これらをグループ作りの支援やSH

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Gに関する情報の収集などの課題はきちんと把握されているが,その克服に向けて全てを並行し

て行うことは難しく,優先事項から実施されている現状を指摘している,と解釈した。概念定義は

「具体的課題の把握と優先順位に基づいた取り組みが行われている状態」とした。

[周囲への要求(SHGやSHCへの認知)]については,「大阪セルフヘルプ支援センターが持

っていない,行政が持っている情報を提供してほしい」「行政の窓口の人たち,行政の第一線で

働く人たちにSHGのことを勉強してほしい」「病院や社会福祉施設などを管理している人に対して,

職員がSHGについて勉強する機会をつくってほしい」「大阪セルフヘルプ支援センターの情報を

それぞれの利用者や各機関に提供,広めてほしい」などの逐語録に基づいている。これらをSHC

が持っていないSHGに関する情報の提供はもちろんであるが,それよりもSHGやSHCが持つ可

能性について行政や関係機関,専門職たちの認知が低くきちんと理解されておらず,広く知らし

める必要がある現状を指摘している,と解釈した。概念定義は「周囲に対してSHGやSHCが持つ

可能性についての理解を希望している状態」とした。

Ⅳ‐ⅱ SHCの機能と役割

図 2 に基づき,生成した概念などを用いて[現状と課題],[地域社会でSHCが機能できる条件]

を分析し,[SHCの機能と役割]を考察する。

図 2 SHCの機能と役割

求められる以前の段階 実際に求められる機能と役割

周囲から求められることの実際

運営上の課題と問題点の克服周囲への要求

(SHGやSHCへの認知)

[現状と課題]

[地域社会でSHCが機能できる条件]

SHG支援のネットワーク(行政や関係機関、専門職との連携)

[地域住民に普及・啓発する役割]

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本研究のテーマでもある[SHCの機能と役割]を明確化させる前提として,まず[現状と課題],

[地域社会でSHCが機能できる条件]についての把握が重要である。

初に,[現状と課題]に焦点をあてて分析する。第一に,SHGはSHGのメンバーたちのみの

世界から抜け切れておらず,SHCのみが地域のSHGの実態を包括的に把握しようとしている現

状にある。行政や関係機関,専門職はSHGの存在自体は認知しているものの,その認知は個々

のSHGの細かな特徴を把握するところまでには至っていないし,細かな実態を把握しようとする意

志がSHC側から見て感じ取れないという問題がある。SHC側の視点に立てば,[SHCの機能と

役割]は行政や関係機関,専門職たちから[求められる以前の段階]にある。加えて,行政や関係

機関は,SHCとの組織的な連携が希薄な状態であり,SHGの重要性を認識している関係者の一

部が,SHGに関する情報提供を時にSHCに求めてくる現状である。彼らからSHCが[実際に求

められている機能と役割]は,行政や関係機関,専門職が把握していないSHGに関する具体的

な情報の提供である。実際,行政や医療機関が認知しやすいSHGは,AAや断酒会のように独

自の伝統と全国的な広がりをもっている組織であり,地域社会の多種多様なSHGの具体的な動

向や細かな特徴は,特に行政組織のような柔軟性の乏しい組織では把握しづらいと推察される。

しかし,行政や関係機関,専門職はSHCと共に,SHGを必要としている当事者から,そのニーズ

に合致したSHGへと適切にリンケージするためのソーシャルワークが求められる。そして,関係機

関の職員のうち,このニーズに応答したソーシャルワークを試みた者が,SHCに情報提供を求め

てくると思われる。行政や関係機関,専門職との組織的連携が希薄な状態のなかで,SHCにアク

セスしてくる関係者は限定されており,その限定された関係者のソーシャルワークに対する情報提

供が,SHCが[周囲から求められることの実際]となっている。

次に,[地域社会でSHCが機能できる条件]を分析する。まず,SHCのみが地域のSHGの実

態に関する具体的な情報を持っている,あるいは持とうとしている状態から抜け出る必要性がある。

そのためには,行政や関係機関,専門職たちが地域社会のSHGの存在に対する認知を深め,S

HCを中心とした[SHG支援のネットワーク(行政や関係機関,専門職との連携)]を形成すること

が必要である。そして,ネットワーク全体のなかでSHCが現在抱えている[運営上の課題と問題点

の克服]を図ること,SHCと行政や関係機関,専門職がそれぞれの情報不足を補い合い,地域の

SHGの情報をネットワーク全体で常に更新できるシステムを形成して,SHCからの[周囲への要

求(SHGやSHCへの認知)]に応答することが必要である。そしてこのプロセスを経たうえでSHC

に対する周囲からのニーズが形成されていき,さらにSHGの運営やSHGづくりの支援へと活動を

拡大でき,SHCの機能と役割が明確化していくと考えられる。また,当事者によるセルフヘルプ活

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動がさらに活性化し,行政や関係機関,専門職,さらには一般の人々をも巻き込むことで,治療・

援助者と患者・当事者という関係性による回復だけではなく,SHGの持つ回復の可能性が改めて

検討され,新しい支援のかたちが築かれると考えられる。

このように,[SHCの機能と役割]が明確化されるには,まずSHGに関する認知が広まる必要が

あり,[SHGやSHCの存在を地域住民に普及・啓発する役割]を行政や関係機関,専門職が担う

必要がある。SHGを必要としている個人に適切な情報提供を行い,SHGとのリンケージを行うた

めに,SHCを中心としたネットワークを形成することが,行政や関係機関,専門職が行うソーシャ

ルワークの重要な課題である。

Ⅳ‐ⅲ 本調査の限界と今後の展望

この調査は大阪セルフヘルプ支援センターのスタッフの一人である松田氏個人に対するインタ

ビュー調査を基に行ったものであるため,前提として大阪セルフヘルプ支援センター全体の統一

された見識ではないということをふまえる必要がある。また,日本には他にもSHCの機能を持つ機

関は存在し,それぞれがどのような機能と役割を周囲から求められ,どのような問題点や課題を抱

え克服し,周囲にどのようなことを要求しているかなどの見識は当然のことながらそれぞれの機関

ごとに,そこに携わる人によって異なるものであると推測される。よってこの調査がSHCの機能と役

割の全てを指し示すものとはいえない。しかし,このような調査・研究が他のSHCの機能を持つ機

関でも行われていくことによって,SHGやSHC,セルフヘルプ活動やセルフヘルプ支援に対する

認知が専門職や当事者を問わず広まっていき,新しい支援のかたちが形成されていくのではない

かと考える。

Ⅴ. おわりに

まず,お忙しいなかインタビュー調査にご協力いただきました松田博幸氏に感謝いたします。ま

た,研究テーマの模索から 後まで長い間きめ濃やかなご指導をしていただきました吉村夕里先

生にも感謝いたします。この他にも私の卒業論文作成の過程で相談に乗っていただいたりアドバ

イスをしていただいたりしました方たちにも感謝いたします。本当にありがとうございました。

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○ 引用文献

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・石川到覚・久保紘章.(1998).セルフヘルプ・グループ活動の実際 : 当事者・家族のインタビュー

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・岩間文雄.(1998).セルフヘルプ・グループへの支援--専門職が担うことのできる役割とは何か.

ソーシャルワーク研究 23(4),285-290.相川書房.

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・久保紘章.(1998).セルフヘルプ・グループとは何か.セルフヘルプ・グループ活動の実際 : 当事

者・家族のインタビューから.13-16.中央法規出版.

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・仲沢富枝・小野興子・小林美雪・他.(2005).がん患者のセルフヘルプ・グループの有効性の考察

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