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は じ め に PISA 2003においてフィンランドの教育水準の高さが証明されたことは記憶に新しい。過去 において日本とは馴染みの薄いフィンランドという北欧の一国が PISA 2000に続く快挙を成 し遂げたことに比して学力が高いと信じられていた日本の国際順位の低下ならびに 15 歳児の 学力低下は連日マスメディアに取り上げられた。「数学的リテラシー」「読解力」「科学的リ テラシー」「問題解決能力」といった概念によって新しい能力や技能の測定を試みようとする 45 広島女学院大学論集 第57 Bulletin of Hiroshima Jogakuin University 57 : 45 60, Dec. 2007 フィンランドの女性とコミュニケーション ――ジェンダーの波間で―― 石井 三恵 2007 10 日 受理) Communication Among Finnish Women ―― Floating on Gender-Bashing Issue in Japan ―― Mie ISHII Abstract This thesis explores the way in which women become decision makers, based on diversity, and the way Finnish women are conducting their lives. In PISA 2003high educational standards appeared and are fresh in our memory. Although Japanese people believe the level of education in Japan is higher than in any other country, actually the results show a decline in standards. All par- ties concerned with education are worried about the decline, as compared to Finish educational institutions. I regret that educators in Japan have not studied the history of the Finish system or their educational reforms. Therefore, I can say that this gap shows the difference in values between Finland and Japan. This in turn is based on the fact that we in Japan have never recognized gender issues. I believe we can learn from the process by which Finnish women have achieved positions as decision makers. Though we Japanese experience gender-bashing now, we have to understand that women’s power is changing relationships between rich and poor, old and young, and between races. I believe that the key phrases for approaching this issue are “communication among women” and “recognizing diversity”.

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は じ め に

 PISA2003 において,フィンランドの教育水準の高さが証明されたことは記憶に新しい。過去

において,日本とは馴染みの薄いフィンランドという北欧の一国が PISA2000 に続く快挙を成

し遂げたことに比して,学力が高いと信じられていた日本の国際順位の低下ならびに15歳児の

学力低下は,連日マスメディアに取り上げられた。「数学的リテラシー」「読解力」「科学的リ

テラシー」「問題解決能力」といった概念によって新しい能力や技能の測定を試みようとする

45広島女学院大学論集 第 57 集Bulletin of Hiroshima Jogakuin University 57 : 45 - 60, Dec. 2007

フィンランドの女性とコミュニケーション

――ジェンダーの波間で――

石井 三恵

(2007年10月9日 受理)

Communication Among Finnish Women

―― Floating on Gender-Bashing Issue in Japan ――

Mie ISHII

Abstract

This thesis explores the way in which women become decision makers, based on diversity, and the way Finnish women are conducting their lives. In PISA 2003 high educational standards appeared and are fresh in our memory. Although Japanese people believe the level of education in Japan is higher than in any other country, actually the results show a decline in standards. All par-ties concerned with education are worried about the decline, as compared to Finish educational institutions. I regret that educators in Japan have not studied the history of the Finish system or their educational reforms. Therefore, I can say that this gap shows the difference in values between Finland and Japan. This in turn is based on the fact that we in Japan have never recognized gender issues. I believe we can learn from the process by which Finnish women have achieved positions as decision makers. Though we Japanese experience gender-bashing now, we have to understand that women’s power is changing relationships between rich and poor, old and young, and between races. I believe that the key phrases for approaching this issue are “communication among women” and “recognizing diversity”.

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PISA 調査は,「生きる力」の測定とも定義されている。その結果を未来に対する不安材料と考

えた教育関係者は驚きを隠せず,即刻「フィンランド詣で」が始まった。

 残念ながら,フィンランドの国家としての独立の歴史や,独立を支えるために母語としての

フィンランド語獲得を目的とし実施してきた教育改革の変遷をほとんど気にもせず,成績上昇

のための小手先の技術を学ぶことに主眼が置かれているようにも思える。実際,知人のフィン

ランド人教育関係者は日本からの対応に追われて日常業務が滞ることもあると,2007年にフィ

ンランドを訪れた折,笑い話として聞かせてくれた。さらには,フィンランド人にはまったく

理解のできない価値観の異なる質問を日本人が繰り返してくるので,返答に困るとも述べてい

た。

 この価値観の異なりとは,質問する日本人と答えるフィンランド人との価値観の 溝 である。ギャップ

フィンランド人の風貌はヨーロッパ系の人々と変わらないが,元来,日本人と同じウラルアル

タイ語族であるといわれているためか,あるいは社交的でない不器用な対応が日本人と似通っ

ているためか,話していても親近感が沸く。しかし,この価値観の 溝 こそジェンダーに基づギャップ

く意識の差異が招いた無意識な発想の相違であり,あらゆる多様性を受容できる心の深さの有

無ではないかと推測できる。

 その一方で,フィンランド社会で活躍する女性たちに本音を聞いてみると,現代のフィンラ

ンドの価値観を当然のこととして手に入れるために社会変革を起こし,そのための意識改革も

必要であったとのことである。したがって,日本人の価値観を水準としてフィンランド人と議

論しても噛み合うとは思えない。つまり,フィンランド社会においては,ジェンダーを超える

ための継続的努力を維持し,ジェンダー差をなくすことを共通認識としていることが理解でき

る。この現状において,フィンランドの女性が抱いている諸問題をも発見できるといえよう。

 フィンランドの女性が社会へ進出していく過程と現状から,多様性を認めた価値観を創出し

ていくコミュニケーションについて考察することで,日本のジェンダーに対する曖昧さを浮き

彫りにしたい。

1.ジェンダーの視点からみた PISA

 PISA の結果を振り返ると,数学や読解力で落ち込みの激しかった日本とは対照的に,2000年

調査において,フィンランドは「数学的リテラシー」4位,「総合読解力」1位,「科学的リテ

ラシー」3位であったが,2003年調査では「数学的リテラシー」2位,「総合読解力」で1位,

「科学的リテラシー」1位,「問題解決能力」2位と,学力水準は向上している。また,生徒間

の学力格差が小さいこともうかがえる。一方,日本は「数学的リテラシー」が1位から6位へ,

石井 三恵46

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「総合読解力」が8位から14位へ,「科学的リテラシー」が2位から1位へ,今回行われた「問

題解決能力」は4位と下降傾向にあるとも思える成績となった。当然のことながら,生徒間の

学力格差は大きく,ますます拡大傾向となることも想像される1)。

 しかし,日本の15歳児が成績上位に食い込んでいることは間違いなく,義務教育終了段階に

おいて高い学力水準を保っている現状に一定の評価を与えるべきであろう。問題視すべきは,

生徒間の学力格差であり,個人の学力を支える「総合読解力」の低下であると考える。PISA 調

査は,15歳児が義務教育におけるカリキュラムを通して知識がどれほど身についたかを測定し

ようとするものではない。将来社会で直面するであろうと思われる課題に対して,学校教育や

生活場面で学んできたさまざまなことを活用する能力がどの程度身についているかを測定しよ

うとしているわけであり,「総合読解力」の低下こそ将来に不安を残す大きな問題となる。つ

まり,単純に文章を読み,理解することができないという言語能力の問題ではなく,書かれた

文章の意味,そしてそれを書いた人の意図を理解することができないということである。人の

心を理解することができないということは,他者とのコミュニケーションをうまく交わすこと

ができないということに発展していくと考えられる。さらに,良好な人間関係を構築できない

ということにつながり,「キレル・ムカツク」子どもたち,簡単に暴力をふるう未成年,ドメ

スティック・バイオレンス(DV)の被害者ならびに加害者が増加する傾向となることも推察で

き,いずれにしても今日的な日本の課題がみえてくる。

 「フィンランド詣で」に拍車をかけるなら,教育システムや学校教育現場を視察するだけで

はなく,家庭教育と社会教育において何がなされているのかを市民生活において検証すべきで

あろう。日本の教育においては,第一は「総合読解力」の低下が何を意味するかを総括し,第

二に本来の「総合読解力」に基づいて何を教育すべきかを検討することが必要となる。この点

こそ,私の主な研究である「多様性からみた日本語コミュニケーションのあり方」を考察する

ことに通じており,それを読み解く鍵がフィンランドの日常生活にあると考えている。

 日本より国土面積が少し狭い33万8,145平方キロの4分の1が北極圏にあるフィンランドの

人口は,約520万人である。その約10分の1である50万人もの人が,首都ヘルシンキおよびそ

の近郊に集中している。スウェーデンとロシアの統治下におかれた歴史的背景から,独立のた

めに母語であるフィンランド語の学習を強化するための教育改革を繰り返し実施してきた。同

時に,普遍と平等を求め,教育・医療などの社会保障を無償とし,社会階層や国籍,ジェンダー

に関係なく,人間を人的資源とし,人材育成に主眼を置いてきた。全人口の5.5%しかいない

フィンランドの女性とコミュニケーション 47

 1)拙論「フィンランドの教育におけるコミュニケーションのあり方 ―PISA 調査結果と1970年代までの教育改革を中心として―」(広島女学院大学「論集」56集,2006年12月)において考察している。

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スウェーデン系フィンランド人のためにスウェーデン語をも公用語とし,駅や道案内など公共

のものはフィンランド語とともに併記されている(写真1参照)。また,近年増加傾向にある

移民に対しても,フィンランド人と変わりない社会保障を提供している。このような日常的な

努力は,教育の平等化にも大いに注がれている。

 2007年8月に訪問した職業訓練高等学校のディレクターは,「フィンランドに必要とされる

職業はすべてにおいて人手不足であり,移民を受け入れ,同じように教育していくことが大切

だ」と述べた。また,フィンランド国立教育局においても,「男女関係なく,学び,仕事をす

ることは当然のことであり,そのための確かな教育を基盤とするしくみをつくっているのだ」

と誇らしげに語っていたことが思い起こされる。合計特殊出生率が上向きになったとはいえ1.29

と低迷し,19.6%の高齢化率となった日本社会がこの現状をいかに乗り切っていくかを世界が

注目しているが,フィンランドの現状の方が参考になるとも思えた。訪問した先々で,「無料

の社会福祉が,移民の増加によって崩れることはないだろうか」と問いかけると,「そうなら

ないことを望んでいる」と失笑された。北欧型福祉の典型である高福祉高負担の現実の中で,

フィンランド人という限定を外し,フィンランドという国に住む者に対して,フィンランド人

は何をすべきかを当然のように理解していると感じた。

 フィンランドが高い学力水準を保っていることは PISA の成績結果から明らかであるが,2000

年調査において「総合読解力」で女子の得点が非常に高く,ジェンダー差(男女格差)が

OECD 加盟国中で最も大きかったことはあまり注目されていない(図1参照)。つまり,日本

のマスメディアでこの事実はほとんど論じられていないのである。「総合的読解力」を国語力

と解釈し,この点においては女性の能力が高いという根拠のない一般論をマスメディアが当然

視しているのか,社会も疑問に思わないのか,あるいは男性優先社会においての競争力低下の

みを問題視しているのか,いずれにしても推測の域を出ないが,報じられていないのはあくま

石井 三恵48

写真1 ヘルシンキ駅名の併記

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で日本側の問題であるといえよう。2003年調査でも,フィンランドはアイスランドに続いて,

依然としてジェンダー差は大きいままである。その点にもやはり触れられていないのが現状で

ある。

 ところが,フィンランド教育関係者の間では,PISA2000 の結果を受ける前からジェンダー差

のことは話題になっていたという2)。第二次世界大戦中ですら教育改革を行ってきたフィンラ

ンドは,社会的平等の実現に寄与するための教育という方針を通してきた。改革は首都ヘルシ

ンキ市からではなく,遠く離れた北部地域から実施されており,地域差の解消への努力はジェ

ンダー差の解消においても生かされると理解できる。しかしながら,「女子生徒の成績がよい

のは当然であり,特別に褒められることでもないが,男子生徒の成績が悪いことは少なからず

フィンランドの女性とコミュニケーション 49

 2)2002年,フィンランド国立教育局(National Board of Education)は『フィンランドの総合制学校における機会均等に関する評価1998-2001』(Evaluation of the Equal Opportunities in the Finnish Compre-hensive Schools 1998–2001)を出版した。その中のリトヴァ・ヤックーシッヴォネン氏の「教育的平等の視点から見た各学校間の成績格差」という論文は,各中等学校間の平均的成績と,生徒の学習態度

における男女および地域格差を見出し,是正していくことを目的としている。

注:女子が男子よりも平均得点が高い数値を示す。PISA2000 より作成

図1 総合読解力得点のジェンダー差

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問題になる」と教育関係者は述べる。その一方で,男子生徒は成績が悪くても女子生徒よりは

才能があるというジェンダー・バイアスが働いているという。教育的平等は普遍的に行うとい

う理念のフィンランドにおいても,ジェンダーの存在は見逃せないことになる。

 2005年8月,フィンランド西部のセイナヨーキ市内にある基礎教育段階と位置づけられる義

務教育の総合制学校を訪問した。この学校の基本方針は「起業家精神」を養うことにあり,生

徒が学校運営に参画していくこともその一つとして実施されていた。訪問者の施設案内役を買っ

て出てくれたのは女子生徒であり,英語を積極的に使ってコミュニケーションすることでその

精神を養っていると知らされた3)。彼女たちの案内により,最初に日本の中学2年生にあたる

クラスの家庭科の調理実習の授業を見学したのだが,積極的に実習している女子生徒と片隅に

集団となって座り,冷ややかな目で展開を見ていた男子生徒の姿が思い起こされる。担当教師

は男子生徒の態度を意に介する様子もなく,授業を進行していた。日本と同様,男子生徒にとっ

て興味のない授業なのかもしれないと,その場を通り過ぎた。次に,中学3年生にあたるクラ

スの英語の授業を見学したが,教師の質問に対して挙手して明確に答えていたのも,女子生徒

であった。最後に,日本の小学校4年生にあたるクラスの工作の授業を見学したが,女子児童

が積極的に電気ドリルの使い方を先生に尋ねていた。男子児童は黙って机に向かい,何もして

いなかった。この状況を総じて論じることはできないが,PISA のフィンランドの成績結果にお

いて「総合読解力」だけでなく,他の教科の成績も女子生徒の方が高い理由は,女子生徒の積

極的な取り組みと真摯な授業態度にその答えがあると考えられる。なぜ女子生徒の方が高いの

か,その要因をフィンランド社会から考察していくことにする。

2.フィンランドの女性の位置

 1893年ニュージーランド,1902年オーストラリアに次いで,ヨーロッパでは初めて1906年に

フィンランドは女性参政権を獲得した。ロシア帝国の自治大公国として存在していたときであ

るから,1917年に独立する11年も前のことである。1907年,第1回一院制議会選挙において,

新議員200人中,19人の女性議員が当選した。しかし,女性議員は所属する政党に忠実である

ことを優先し,議会では超党派として彼女たちが協力することは少なかったという。その後の

数十年の間に女性参政権を支持する人々だけでなく,国民の思いとして,性別ではなく政治に

対する姿勢とその手腕で議員を選択することが意識の中で明確になり,女性議員は増加した。

1926年には,初めての女性大臣として厚生大臣に,ミーナ・シッランパー(Miina SILLANPAA)

石井 三恵50

 3)拙論「フィンランドの教育におけるコミュニケーションのあり方 ―PISA 調査結果と1970年代までの教育改革を中心として―」(広島女学院大学「論集」56集,2006年12月)pp. 33–34

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が任命された。工場労働者,家政婦などを体験し,女性労働運動から大臣へと駆け上がった経

歴は,女性が社会で影響力のある地位を獲得する機会を持ちうる性であることを示した代表的

な成功例として,今も語り継がれている。

 2000年,タルヤ・ハルネン(Tarja HALONEN)が女性として初めて大統領に就任した。「ムー

ミンママ」と呼ばれ,党派も超えて国民から80%以上の支持を得ている彼女は,労働者の町を

生活の拠点としており,弱者の擁護をする弁護士のひとりであった。また,未婚の母として国

会へ初登院し,大統領になってから交際していた男性と結婚しており,今では公式行事にはそ

の男性が付き添うようになったという。「ファーストレディ」ならぬ「ファーストジェントル

マン」として,先のセイナヨーキの総合制学校を訪れ,生徒に話をしたという。PISA2003の結

果を受けて,2005年に来日した教育相トゥーラ・ハータイネン(Tuula HAATAINEN)も女性で

あった。彼女は,2007年現在,ヘルシンキ市長である。さらに,現首相のマッティ・ヴァンハ

ネン(Matti VANHANEN)は男性であるが,2007年,彼の率いる内閣の閣僚20人のうち12人が

女性であり,女性が6割を占めた。現在,女性閣僚比率は世界一である。また,1991年の総選

挙では200人中77人(38.5%)が女性議員であったという最高記録を打ち破り,2007年には女性

は84人(42.0%)となった4)。議会議長も,1994年以降,短期間を除いて女性が務めている。

 一方,第二次安倍内閣を引き継いだ福田内閣が2007年9月に発足した日本は,18名の大臣ク

ラスにおいて女性は2名,国会議員比率においては2006年11月段階で,衆議院定数435人に対

して45人(9.4%),参議院定数240人に対して34人(14.2%)といった状況である。2006年6月

現在,国会議員比率は世界で98位5),女性の自立を示すジェンダー・エンパワーメント指数6)

(GEM:Gender Empowerment Measure)は42位となっている。

 フィンランドは,日本と同様に慣習的に家父長制が強く支配する社会であった。1864年には,

女性を「被保護者」の地位から解放する最初の法律が可決されており,独身女性は25才で保護

者の許可なく自己判断で行動できる権利を得ている。一方,既婚女性は,1929年の婚姻法によっ

て法的に独立を認められるまで,夫の「被保護者」として存在していたのである。第二次世界

大戦後の復興の歴史も酷似しており,同じように1960年代の第二波フェミニズムの影響も受け

ているフィンランドと日本である。

フィンランドの女性とコミュニケーション 51

 4)「東京新聞」2007年4月20日付,および「読売新聞」同年4月21日付による。

 5)IPU(Inter-Parliamentary Union:列国議会同盟)のホームページ(http://www.ipu.org)の Women in National Parliaments には,ほぼ毎月更新で世界のデータが提供されている。

 6)ジェンダー・エンパワーメント指数(GEM:Gender Empowerment Measure)とは,女性が政治・経済分野の意思決定の場で活動できているか,あるいは経済的自立ができているかどうかを測るもので

ある。専門職・技術職に占める女性割合,上級行政職・管理職に占める女性割合,国会議員に占める

女性割合,女性の所得を用いて算出される。

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 しかしながら,フィンランドの女性は日本とは比較にならないほど政治的平等を獲得したと

いえよう。この点に着目すると,日本にはないが,フィンランドにあるものが見えてくる。そ

れは,女性だけでなく,男性もが女性の経済的自立を当然視する意識である。

 参政権を獲得したころのフィンランドは,ヨーロッパで最も工業化の遅れた農業国であった。

加えて,他の北欧3国(ノルウェー,デンマーク,スウェーデン)と異なり,自らの王位も大

規模な領主も存在しておらず,男女とも農業労働に携わる自営農民を基盤としていた。北極圏

に位置するフィンランドは岩盤の上に耕作地があり,厳しい気候の中での農作業はまさに気候

との闘いであった。今日でも,フィンランド人が心踊る季節であるはずの6月から8月,夏期

に集中的な大規模工事を行う理由の一つは, 9月後半には岩でできた地盤のわずかな土の部分

が凍ってしまい,工事継続が不可能になるからだという。2005年に見かけたヘルシンキ駅周辺

の大規模工事は,2007年に訪問した折もいまだ続いており,掘削された巨大な岩盤を積載した

トラックが土埃を舞い上げていた。つまり,農業用耕作機も開発されておらず,人手に頼る時

代において,農作業をすることが可能な時期には必然的に家族全員が参加を余儀なくされてい

たのである。当然のことながら,他の労働に対しても互いが協力しなければ生活は継続できず,

伝統的に男女の協働と平等意識が高くなり,並行するように個人の自由を尊重する気風も培わ

れていったと考えられる。また,都市部の裕福な人々,あるいは上流階級と称される人々は少

数派であったからこそ,「働かない女性」の存在を許容する概念は育ちにくかったといえよう。

 ここにおいて,長年フィンランドに在住する知人の日本人から聞かされる話題がある。20年

ほど前には200人ほどしか在留していなかった日本人が,2005年10月現在961人にもなっており,

近年,フィンランド人男性と国際結婚をする日本人女性が増えているという。1980年代にはす

でに既婚女性の70%が就業していたフィンランドにおいて,「働かない女性」の存在は珍しい。

女性のほとんどがフルタイムで働き,結婚や出産を理由としての寿退職はありえない。日本人

妻が仕事も持たず,家にばかりいるということで,当初フィンランド人男性の両親はことばの

壁に悩んでいるのではないか,あるいは病気ではないかと大変心配していたが,彼女に働く意

思がないことを知り,逆に悩んでいるという。フィンランド人両親から相談を受けた知人は,

日本人妻にフィンランドの状況を話し聞かせ,諭すのであるが,専業主婦願望を捨てきれず,

破局を迎える事例も増えてきているとのことであった。日本人女性特有ともいえる自分の夫に

経済生活を依存する専業主婦の発想は,フィンランドでは通用しないのである。フィンランド

の女性は,キャリアを特別のものと考えず,ライフプランの中にキャリアプランを組み込んで,

自分の人生を生きている。したがって,学ぶことの目的もある程度は明確であり,働くことと

よりよく生きることを関係づけながら,自分の人生は自分で決めるという意思と自己責任のあ

り方を理解しているといえよう。

石井 三恵52

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 第二次世界大戦後の1950年代に至るまで農業が雇用の中心であったフィンランドは,製紙会

社から今や世界の通信機器産業へと発展したノキアに代表されるような IT 関連企業の誕生か

らもわかるように,社会構造において急速な変化を遂げている。1990年初めには,労働者の60%

以上がサービス産業で働く都市型福祉社会となり,2007年には70%に達する見込みである。既

婚女性の労働力に占める割合が著しく増加したことも起因すると考えられる。1988年には,す

でに全労働力の48%が女性であり,それが当然のことのようになっているフィンランド(表1

参照)に対して,日本では18年後の2006年に48.5%となった。日本においても,ようやく女性

が働ける環境整備,法整備が進みつつある結果といえよう。

 ところが,フィンランドの女性は労働に広く参加してはいるものの,労働市場でのジェンダー

差が縮小されているとは言いがたい。つまり,ジェンダーの平等が実現しているわけではない。

境界線は徐々に薄れつつあるが,2004年にはフルタイムの女性雇用労働者の平均賃金は男性100

に対して80を超えている程度である。民間企業で81,政府機関で81,地方行政で85というよう

に高さを押し上げてはいるが,パートなどの低賃金労働は女性が主である(図2参照)。

フィンランドの女性とコミュニケーション 53

表1 フィンランドの労働市場におけるジェンダー(単位:千人)

男性女性合計

2,5722,6835,256総人口

1,9911,9913,98115-74歳人口

5656601,225非労働力人口

1,4261,3312,756労働力人口

1,3551,2402,595就業者

7191161失業者

フィンランド統計局(2007年7月現在)より作成

図2 就業時間別によるジェンダー

フィンランド統計局(2007年7月現在)

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 また,低賃金労働においては男性時給の77%に過ぎず,結果としての平等を手に入れている

とも言いがたい。男性が「残業や付加的な部分で女性の2倍の収入を得ている」 7)こともあり,

格差の拡大を生じさせる要因となっている。

 『2007年版男女共同参画白書』によると,日本の女性雇用労働者の平均賃金は,男性100に対

しては66.8であり,フィンランドでは2007年4月現在の統計において,2005年の賃金格差は

80.9となった。「女性に職業の選択の門戸を広く開いてきたことに違いないが,賃金格差一つ

にしても改善しなければならない点なのだ」とフィンランド国立教育局の管理職女性は強く主

張していた。その理由の一つとして,教育改革によって少なくとも45歳以下の女性は同年代の

男性より高い教育を受けていることが挙げられる。

 フィンランドでは,日本でいう小中学校の一貫校である基礎教育をなす統合制学校を終了し

た生徒の約50%ずつが,大学進学をめざす一般教育高等学校と職業訓練高等学校へ進学してい

く8)。もちろん,職業訓練高等学校から大学への進学も可能であるが,いずれの高校において

も高校卒業後にすぐに大学へ行くとは限らず,社会経験などを経て入学する生徒も少なくない。

国内には,全部で20の国立大学があり,内訳は総合大学10,工科大学3,経営大学4である。

1991年の高等教育の改革によって,職業教育機関の経験や技術を基に運営されるポリテニック

(総合技術専門学校)という新しい制度も導入されており,30のポリテニックが開校している。

 2006年度の大学の在学生総数176,555人のうち女性は95,047人で,占める割合は53.8%となり,

過半数を超えている。入学生は総数20,150人においても,女性は11,387人と56.5%を占めてい

る。また,在学生総数の14%が博士課程に属しており,2006年度は1,400人が博士の学位を取得

し,そのうちの62%が女性であったことからも,学ぶことにより経済的自立が約束される現状

において,女性の割合は今後も増える傾向にあると予測できよう(図3参照)。

石井 三恵54

 7)橋本紀子『フィンランドのジェンダー・セクシュアリティと教育』(明石書店,2006)p. 48 8)ヘルシンキから列車で30分ほどの距離にあるエスポー市の職業訓練高等学校「OMNIA」ディレクターへのインタビューによる。

フィンランド統計局(2006年7月現在)

図3 高等教育における女性の割合

(単位:人) (単位:人) (単位:人)

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 しかしながら,学位取得者のうち,女性の80%は人文系で取得しており,尊敬はされるが比

較的給与の低い教員への道を歩む者が多い一方で,男性の77%は科学技術系であり,給与の高

い IT 関連企業などへ就職していく。このことからも,フィンランドの教育においてジェン

ダー・バイアスの存在をみることができる(図4参照)。

 元来,女性は農業従事者がほとんどであったが,国家の発展過程で繊維,服飾,ゴム,皮革

産業などの低賃金産業へと移行し,今日ではサービス業の過半数を占めるに至った。同時に,

主に教育,医療,福祉の公共部門や事務職の60%以上が女性労働者でもある。高学歴者が高所

得者となる系図はフィンランドでも変わりがなく,行政・IT 産業に代表されるビジネス・金融

などにおける管理職の90%以上は男性であり,取得学位の分野との関連をみることができる。

各分野において女性の比率を増やすことは,男女平等政策に対する国民の意識においても支障

はないはずであるにもかかわらず,いまだ男性によって権力と富は支配されていると言っても

過言ではなかろう。

3.ジェンダーの波間で

 1987年,国教であるルーテル福音教会が司祭職に女性を受け入れる決定をしたことから,フィ

ンランドの性別役割分業観は大きな転換点を迎えたと考えられる。第二次世界大戦後の歴史的

背景も,それまで培ってきた社会意識も酷似したフィンランドと日本は,資源のない国である

ゆえに人材を育てていくための教育に力を注いできた点も一致する。しかし,人間としての本

フィンランドの女性とコミュニケーション 55

注:縦軸の単位はユーロであり,1ヵ月の平均を示し,横軸は年齢階層である。 フィンランド統計局(2003年)より作成

図4 年齢階層別にみた学歴別フルタイム労働者の月額平均収入

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当の豊さを追求していくという点においては,価値観のベクトルは次第に乖離していった。

 人間の豊かさを測定し,数値で表現することは極めて困難なことであると思われるが,国連

開発計画(United Nations Development Programme)は,開発援助の目的をひとりでも多くの

人々が人間の尊厳にふさわしい生活ができるように手助けすることであると位置づけ9),1990

年に『人間開発報告書』を初めて発刊した。国の開発の度合いを測定する尺度として, 1人当

たりの GDP,平均寿命,就学率を基本要素として,これらを独自の数式に基づき人間開発指数

(HDI: Human Development Index)として指数化したことに始まる。しかし,命,教育,所得

の達成度の複合指数である人間開発指数(HDI)だけではすべてを測れない。その国の中で,

男性と女性との間に不平等が存在していたなら,けっして人間として豊かな国とはいえないか

らである。日本では,ジェンダー差は問題視されず,どちらかというと黙殺されがちであるが,

世界では人間が生きていくうえで当然考えなければならない問題とされていることを再度理解

する必要があろう。ジェンダー差である格差を考慮して算出される「ジェンダーの不平等を調

整した HDI」ともいわれるジェンダー開発指数(GDI:Gender-Related Development Index)や

ジェンダー・エンパワーメント指数(GEM)を並行して算出することで,その国の人間として

豊かになるための施策や目標がみえてくる。1992年リオデジャネイロで開催された国連環境会

議,1994年カイロでの国際人口開発会議,および1995年コペンハーゲンでの社会開発サミット

などを通じて,人間開発という概念は国際的にも定着した概念となりつつあるが,日本では

PISA の結果同様に順位だけが話題となり,政府すらその本質に取り組む姿勢はみられない。ち

なみに,『人間開発報告書 2006』(UNDP:国連開発計画)による日本の順位は,人間開発指数

(HDI)177ヵ国中7位,ジェンダー開発指数(GDI)136ヵ国中13位,ジェンダー・エンパワー

メント指数(GEM)75ヵ国中42位であり,男女間の格差が依然として大きい。性別役割分業

観をいまだ日本の古き良き伝統と認識する日本は,男性優先社会の男女平等ではない国と評価

され,男女平等社会になれない発展途上国であると世界から結論づけられた。言わば,人間開

発においては後進国なのである(表2参照)。

 第二波フェミニズムが台頭してきた1960年代,その後半にフィンランドでは男女の役割論争

が起こっており,総選挙で女性が躍進し始めたのもこのころであった。フィンランドに限らず,

日本も含めた世界が覚醒し,女性・老人・子ども・障害を持った人々に代表される社会的弱者

をひとりの人間として認めるための運動は大きなうねりとなっていった。そのうねりともいう

べき思潮を,その時代を生きたすべての人々が真摯に受け止めたか否かの相違がフィンランド

と日本のそれであり,女性の役割を「産む機械」と発言した大臣10)の意識下にある人権に関す

石井 三恵56

 9)国連開発計画(UNDP)東京事務所の HP より引用。10)2007年1月27日,柳沢伯夫厚生労働大臣(当時)が「産む機械,装置の数は決まっているから,あと

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る無神経さを伝統と言い放つ未成熟な発達過程しか描けなかった日本の問題である。

 フェミニストに限らず,生活の経済的困難さだけでなく,ある種の生きにくさを感じている

女性も男性も多く,日本は格差がますます拡大した社会となった。男性優先社会であることを

否定する人は少ないが,この点を世界から指摘されているにもかかわらず,それを疑問に思う

人はより少ないと感じる。フェミニストや現代社会に疑問を投げかけている人々は,男性優先

社会を覆し,女性優先社会にすべきだと主張しているわけではない。女性をステレオタイプに

押し込めたまま,性別役割分業観から逸脱することを是とは意識下で認識できていても,実行

に移せないことによって,女性をひとりの人間として尊重せず,貶めている現実を問題視して

いることを理解すべきである。

 1960年代から70年代のフェミニストは,声を張り上げ,体を張った抵抗で,問題を視覚的に

訴えていった。80年代から90年代のフェミニストは,理論武装することにより,経済成長主義・

ナショナリズム・男性優先主義の日本社会に対して拮抗する思潮を提示しようとした。そのた

めには,まずは指摘し,批判することから始める手法が優先されたように思う。では,2000年

以降,さらには21世紀を生き抜くフェミニズムのあり方を考えた場合,やはり人権意識を育む

フィンランドの女性とコミュニケーション 57

表2 HID,GDI,GEM のランキング

GEM(ジェンダー・

エンパワーメント指数)

GDI(ジェンダー開発指数)

HDI(人間開発指数)

順位

ノルウェーノルウェーノルウェー1

スウェーデンアイスランドアイスランド2

アイスランドオーストラリアオーストラリア3

デンマークアイルランドアイルランド4

ベルギースウェーデンスウェーデン5

フィンランドルクセンブルクカナダ6

日本7

フィンランドフィンランド11

日本13

日本42

(75ヵ国中) (136ヵ国中)(177ヵ国中)

『人間開発報告書2006』より作成

は一人頭で頑張ってもらうしかない」と女性差別と受け止められる発言をした。謝罪した直後の2月

6日には,「若い人たちは結婚したい,子どもも二人以上持ちたいという極めて健全な状況にいる」と,

未婚,子どもが一人,あるいはいない場合は不健全という認識を示した。「女性の性と生殖の自己決定

権(リプロダクティヴライツ)」尊重という発想が全くないと同時に,人権意識の欠如した大臣と言わ

ざるを得ない。マスメディアにおいても議論が盛んになり,批判を受けたが,柳沢は辞任しなかった。

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思潮を生み出すことであり,すべての人間がより人間らしく生きていける社会を作ることが目

標となろう。これに関しては,ジェンダーバッシングする人々も異論はないはずである。

 フィンランドの役割論争は,スウェーデンで白熱した議論を受けてのことであった。不平等

な状況を是正し,男女平等を徹底的に実践しようとすれば,あらゆる分野で生じている男女の

役割期待や思考を否定することから始まるのは自然の流れである。社会・経済・政治から家庭

生活まで,すべての分野に男女が対等に参画できるようにするためには,意識の変革だけでな

く,促進するための社会的にも制度的にも保障が必要となってくる。したがって,急激にでは

なく,女性を女性として解放していくために着実に整備していく道を選択したと考えられる。

 第一に,女性の雇用を支援したのである。女性の社会的地位を向上させるためには,社会的

労働への参加が不可欠であるという結論を出した。子育てはだれがするのかという議論にすぐ

に陥る日本とは異なる点であり,女性が社会・経済・政治に参加するなら,男性は家事・育児

に参加することを当然とするとの主張を展開したのである。1972年,総理府の一部として男女

平等委員会が設立され,男性も取得可能な育児休暇制度,病児看護休暇制度を制定し,保育形

態の整備を行い,性差の少ない賃金体系を創出した。第二に,1970年代のフィンランドにおい

て,母性保護を重視した。未来を担う子どもたちを安心して産み育てる環境とともに,働きな

がらも育てられる環境を求めたのである。それは,無償労働しか与えられなかった女性を有償

労働も可能な女性として解放したといえよう。女性がひとりの人間として力を得ることで社会

が変わることを,フィンランドは理解していたのである。

 しかしながら,女性の雇用と母性保護を両方整えることで,女性に対する職場や社会での差

別が皆無となったわけではない。1986年には男女平等法が成立し,新たに平等オンブズと男女

平等局が設置された経緯からも,差別があることを前提に,それをなくすことを目標として着

実に歩みを進めてきたことが理解できる。1987年に施行された男女平等法は,1995年に公共機

関での男女比率の均等を保証し,どちらか一方の性が少なくとも40%を占めなければならない

というクォータ制の導入やセクシャル・ハラスメントの防止など男女平等を促進する対策を求

め,改正された。また,2000年以降も改革されており,雇用主の責任の拡大と平等を促進させ

るための積極的な対策を新たに求めている。2005年には違反した雇用者に対しては補償を求め

るなど,一部が改正された。ただ遵守するのみではなく,常に見直し,生きた法律としており,

その点を日本は見習うべきであろう。フィンランドの結果を求める抜本的な法改正に関しての

考察は,今後の課題としたい。

石井 三恵58

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お わ り に

 ヘルシンキの街中を歩いていると,素晴らしいデザインと出会う。建築に代表される都市計

画だけでなく,ショーウィンドのディスプレイ,街を闊歩する女性たちなど,木々の緑や自然

と息づくデザインが多い。北欧デザイン分野では,とくに女性が指導的役割を果たしていると

いう。女性が生活を楽しむために息づく街は,社会的弱者はもとより強者にも優しい街であり,

出身地や身体的特徴,言語に至るまで,異なるものをありのままに受け入れてくれるように思

える。一方,スウェーデンの首都であるストックホルムの中心部は,アメリカ国内の都市かと

見間違うほど,店先に並ぶ看板などがアメリカ的であり,スウェーデンの良さを掻き消してい

ると感じられた。多様性を受け入れるとは,認めることであっても,同じものをコピーするこ

とではない。ヘルシンキ市内を走るトラムから眺める美しい風景は,多様性を認めることから

国を変えていった意識の持ち主たちが自由を謳歌する姿にもみえる。ジェンダー差に気づかな

い未成熟な社会に対して,まるで,冬の厳しさを知っている大人が冬の到来にはしゃぐ子ども

を見守るようなまなざしを向ける余裕のようにも思える。

 しかし,この街の平和がいつまで継続するのかと,今回の調査の間に不安になることもあっ

た。落書きに汚されていく美しい街角には,移民と思しきさまざまな民族衣装の人々が溢れ,

広場には物乞いをする人が目立った。急激に変化していくフィンランドの社会動向と,そこに

生きる女性たちの知恵が関係性を構築するコミュニケーションを引き起こし,今後起こると予

想される諸問題を解決していく様子を今後も継続的に考察したいと考える。

あ と が き

 2005年度から3年間,広島女学院大学研究助成を受け,2005年と2007年の2度,フィンラン

ドを訪問する機会を得た。快くインタビューにお応えいただいた Hannele Louekoski 氏をはじ

めとするフィンランド国立教育局の方々,職業訓練高等学校ディレクターSampo Suihko 氏,

フィンランド在住20年となるフリーランス・コーディネーターの菊川由紀氏,また仲介役を務

めてくださった ZIP コーポレーション代表の西本好江氏に心より感謝を申し上げる。

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参 考 文 献

 1. Finland in Figures 2006, Statistics Finland 2. The Breakthrough of Representative Democracy in Finland, Prima Ltd. 2006 3. 江原由美子・山崎敬一編『ジェンダーと社会理論』有斐閣 2006年

 4. 福田誠治『競争しなくても世界一 ―フィンランドの教育』アドバンテージサーバー 2005年

 5. 橋本紀子『女性の自立と子どもの発達 ―北欧フィンランドに学ぶその両立への道』群羊社 1982年

 6. 橋本紀子『フィンランドのジェンダー・セクシュアリティと教育』明石出版 2006年

 7. 苅谷剛彦・増田ユリヤ『欲ばりすぎる日本の教育』講談社 2006年

 8. 季刊『人間と教育』39号 旬報社 2003年

 9. 国立教育政策研究所編集『生きるための知識と技能〈2〉―OECD 生徒の学習到達度調査(PISA)2003年調査国際結果報告書』 ぎょうせい

10. 国立教育政策研究所編集『PISA2003年調査 評価の枠組み―OECD生徒の学習到達度調査』 ぎょうせい11. 国連開発計画(UNDP)東京事務所「人間開発ってなに?」(パンフレット)2003年12. 教育科学研究会編『なぜフィンランドの子どもたちは「学力」が高いか』国土社 2005年

13. 溝口明代,佐伯洋子,三木草子編『資料 日本ウーマン・リブ史�,�,�』松香堂書店,1992年

14. 日本女性学会ジェンダー研究会編『Q & A 男女共同参画/ジェンダーフリー・バッシング ―バックラッシュへの徹底反論』明石書店 2006年

15. 庄井良介・中嶋博編『フィンランドに学ぶ教育と学力』明石書店 2005年16. 山田眞知子『働き方で地域を変える―フィンランド福祉国家の取り組み』公人の友社 2005年

17. 『平成19年版男女共同参画白書』全国官報販売協同組合 2007年

石井 三恵60