バレーボールのスパイク動作における打点の違いが …mean...

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— 24 — 背  景 バレーボールでのスパイク動作はオーバーヘッドポジ ションで行う上肢の高速運動で有り,肩関節に高度の剪断 力とトルクが発生するとされている 1.また全バレーボー ル外傷の約 4 分の 1 を占める肩関節障害 2はスパイクでの 打撃動作の反復 3や異なる打点位置 4が原因になると考 えられている.このような障害を予防するための筋肉に特 異的なトレーニング法を確立するには,スパイク動作時の 肩関節の筋活動パターンの理解が必要である 5目  的 本研究の目的は,スパイク動作における打点の違いが, 打撃側肩関節の筋活動に及ぼす影響について明らかにする ことである.打点位置を変えることによって,ボールイン パクトの瞬間の肩関節の筋活動パターンは変化することを 仮説とした. 対象および方法 対象は,大学生男子バレーボール選手 11 名で,平均 年齢 22. 1 ± 2. 1 歳,平均身長 173. 5 ± 9. 7cm,平均体重 67. 3 ± 11. 1kg, 経 験 年 数 は 平 均 6. 4 ± 3. 3 年で全例右 利きであった.両端を壁面固定した練習用バレーボール (MVA 400ATTR, MIKASA, Japan)を用いて,異なる 4 つの打点でスパイクを行った時の肩関節筋活動,肩関節屈 曲角度,および体幹伸展角度を測定した.筋電図の測定は, ワイヤレス表面電極(ZB 150H, 日本光電)と多チャン ネルテレメータシステム(WEB 1000, 日本光電)を用い て行った.低域遮断周波数 15Hz,高域遮断周波数 500Hz のフィルタで処理後に,サンプリング周波数は 1000Hz で A/D変換しハードディスクに記録し,筋活動と同期させ 20 フレーム毎秒のビデオ撮影も行った.筋電図の被験 筋は,僧帽筋上部・中部・下部,三角筋前方・側方・後方, 前鋸筋,棘下筋,大胸筋,大円筋,上腕二頭筋,上腕三頭 筋の 12 筋とした.また上肢の動作解析のため,カラーマー カー(Kissei Comtek, Japan)を上腕骨軸,肩峰後角,お よび第 10 肋骨腋窩線上に設置した.打点位置はレフトウィ ングからのスパイクを模倣し,(1)標準位置,(2)標準 位置より 20cm後方,(3)標準位置より 20cm内側,およ び(4)標準位置より 20cm 外側の 4 条件とした(図 1). それぞれのスパイク動作をRokitoら 6の報告に準じて, コッキング期,加速期,インパクト時,および減速期の 4 期に分類した(図 2).コッキング期は肩関節外旋の途 中で肘関節が最高位となった時点,加速期は肩関節内旋 図 1.スパイクにおける打点位置 (a)標準位置 (b)後方位置 (c)内側位置 (d)外側位置 スポーツ傷害(J. sports Injury)Vol. 23:24−26 2018 バレーボールのスパイク動作における打点の違いが 肩関節筋活動に及ぼす影響 ○三浦 和知 (みうら かずとも)(MD) 1) ,津田 英一 (MD) 1) ,古川 正和 (MD) 1) ,石橋 恭之 (MD) 2) 1) 弘前大学大学院 医学研究科 リハビリテーション医学教室 2) 弘前大学大学院 医学研究科 整形外科学教室

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Page 1: バレーボールのスパイク動作における打点の違いが …mean square(RMS)を算出した後,各筋の最大随意性等 尺性収縮(MVC)を5秒間行った内の500msecのRMS値

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背  景

バレーボールでのスパイク動作はオーバーヘッドポジションで行う上肢の高速運動で有り,肩関節に高度の剪断力とトルクが発生するとされている1).また全バレーボール外傷の約4分の1を占める肩関節障害2)はスパイクでの打撃動作の反復3)や異なる打点位置4)が原因になると考えられている.このような障害を予防するための筋肉に特異的なトレーニング法を確立するには,スパイク動作時の肩関節の筋活動パターンの理解が必要である5).

目  的

本研究の目的は,スパイク動作における打点の違いが,打撃側肩関節の筋活動に及ぼす影響について明らかにすることである.打点位置を変えることによって,ボールインパクトの瞬間の肩関節の筋活動パターンは変化することを仮説とした.

対象および方法

対象は,大学生男子バレーボール選手11名で,平均年齢22. 1±2. 1歳,平均身長173. 5±9. 7cm,平均体重

67. 3±11. 1kg, 経 験 年 数 は 平 均6. 4±3. 3年 で 全 例 右利きであった.両端を壁面固定した練習用バレーボール

(MVA 400ATTR, MIKASA, Japan)を用いて,異なる4つの打点でスパイクを行った時の肩関節筋活動,肩関節屈曲角度,および体幹伸展角度を測定した.筋電図の測定は,ワイヤレス表面電極(ZB−150H, 日本光電)と多チャンネルテレメータシステム(WEB−1000, 日本光電)を用いて行った.低域遮断周波数15Hz,高域遮断周波数500Hzのフィルタで処理後に,サンプリング周波数は1000HzでA/D変換しハードディスクに記録し,筋活動と同期させて20フレーム毎秒のビデオ撮影も行った.筋電図の被験筋は,僧帽筋上部・中部・下部,三角筋前方・側方・後方,前鋸筋,棘下筋,大胸筋,大円筋,上腕二頭筋,上腕三頭筋の12筋とした.また上肢の動作解析のため,カラーマーカー(Kissei Comtek, Japan)を上腕骨軸,肩峰後角,および第10肋骨腋窩線上に設置した.打点位置はレフトウィングからのスパイクを模倣し,(1)標準位置,(2)標準位置より20cm後方,(3)標準位置より20cm内側,および(4)標準位置より20cm外側の4条件とした(図1).

それぞれのスパイク動作をRokitoら6)の報告に準じて,コッキング期,加速期,インパクト時,および減速期の4期に分類した(図2).コッキング期は肩関節外旋の途中で肘関節が最高位となった時点,加速期は肩関節内旋

図1.スパイクにおける打点位置

(a)標準位置 (b)後方位置 (c)内側位置 (d)外側位置

スポーツ傷害(J. sports Injury)Vol. 23:24−26 2018

バレーボールのスパイク動作における打点の違いが肩関節筋活動に及ぼす影響

○三浦 和知(みうら かずとも)(MD)1),津田 英一(MD)1),古川 正和(MD)1),石橋 恭之(MD)2)

 1)弘前大学大学院 医学研究科 リハビリテーション医学教室 2)弘前大学大学院 医学研究科 整形外科学教室

Page 2: バレーボールのスパイク動作における打点の違いが …mean square(RMS)を算出した後,各筋の最大随意性等 尺性収縮(MVC)を5秒間行った内の500msecのRMS値

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の途中で前腕が水平面に対して平行になった時点,インパクト時は手掌がボールに接触した時点,および減速期は上肢が体幹に対して垂直となった時点とした.解析ソフトウェア(KineAnalyzer, Kissei Comtec, Japan)を用いて各相 50msにおける各筋の筋活動から平均振幅route mean square(RMS)を算出した後,各筋の最大随意性等尺性収縮(MVC)を5秒間行った内の500msecのRMS値を用いて標準化し,% MVCを求めた7),8).また,取り込んだ静止画像から画像解析ソフト(Image J for Mac OS X)を用いて標準位置と後方位置のボールインパクト時の肩関節屈曲角度と体幹伸展角度を計測した(図3).統計解析はそれぞれ3回の試技の平均値を求めた後,Friedman testとDunnetの多重比較検定にて標準位置と他3条件との比較を行った.肩関節屈曲角度と体幹伸展角度についてはpaired t-testを用いて標準位置と後方位置の比較を行った.有意水準は5%とし,統計処理はSPSS software

(version 23; SPSS, Chicago, IL, USA)を用いて行った.

結  果

コッキング期では,打点を内側に移動させたときに大円筋の% MVCのみが標準位置よりも有意に減少した(標準位置: 29. 4±41. 2%,内側位置: 7. 4±7. 3%,P= 0. 05).加速期では打点を後方に移動させた時に僧帽筋上部線維の筋活動が有意に増加したが(標準位置: 49. 3±34. 7%,

後方位置: 87. 9±55. 6%,P= 0. 017),一方で大胸筋の筋活動が有意に減少した(標準位置: 70. 2±31. 6%,後方位置: 46. 6±29. 2%,P= 0. 004)(図4).また打点を外側に移動させた時には三角筋後部線維の筋活動が有意に増加した(標準位置: 49. 5±35. 9%,外側位置: 89. 5±61. 2%,P= 0. 004)(図4).ボールインパクト時には大胸筋を除くすべての筋で% MVC 50%以上の筋活動が認められたが,標準位置と他の3条件との間に有意差を認めなかった(図5).減速期では,後方位置でのみ棘下筋の筋活動が有意に低下した(標準位置: 61. 5±34. 1%,後方位置: 43. 6±22. 1%,P= 0. 043).肩関節屈曲角度は標準位置と後方位置との間で有意差を認めなかったが(標準位置: 125. 2±16. 4°,後方位置: 130. 1±18. 7°, P= 0. 088),体幹伸展角度は後方位置で有意に増加して

図2.スパイク動作における各相

(a)コッキング期 (b)加速期 (c)インパクト時 (d)減速期

図3.肩関節屈曲角度と体幹伸展角度

図4.加速期の肩関節筋活動

図5.インパクト時の肩関節筋活動

α = 肩関節屈曲角度(°)β = 体幹伸展角度(°)

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い た( 標 準 位 置: - 0. 7±6. 6°, 後 方 位 置: 7. 2±6. 1°,P= 0. 003)(図6).

考  察

オーバーヘッドスローイング動作を要するスポーツの肩関節筋電図評価については様々な報告があるが9),10),バレーボールのスパイク動作の筋活動を測定した研究は少ない.wire電極を筋内に設置してスパイク動作時の筋活動を測定したRokitoら6)の報告と表面電極を用いた今回の研究を比較すると,測定方法は異なるが,どちらにおいても加速期において三角筋前方線維,大円筋,および大胸筋の筋活動が上昇し,減速期で棘下筋の筋活動が上昇する類似した筋活動パターンが認められた.減速期の棘下筋の筋活動の上昇はテニスのサーブの減速期でも認められ,オーバーヘッドスポーツに共通の筋活動パターンであることが推測された10).

本研究では,打点位置が変わることによりボールインパクト時の筋活動パターンには有意な変化を認めなかったが,コッキング期および加速期において三角筋後部線維,僧帽筋上部線維,大円筋,および大胸筋などの複数の筋に置いて筋活動の変化が認められた.特に打点位置が後方に位置する時には,ボールインパクト時の体幹伸展角度が有意に増加していた.以上より,標準位置と異なる打点でスパイクを打つときには,選手はボールインパクトの前で体幹を伸展させるなどフォームを変化させ,インパクトの瞬間には肩関節筋群は一定の筋活動パターンでスパイク動作を行っていることが推測された.

本研究の限界としては,棘上筋や肩甲下筋などの肩関節深部にある筋肉の評価を行っていないこと,助走やジャンプを行わない立位でのスパイク動作であること,被験者の経験年数やポジションにばらつきがあること,スパイクのボールスピードや関節に加わるkineticsを評価していないこと,さらに3D kinematicsを評価していないことが挙げ

られる.今後,さらに理解を深めるためには,より通常のスパイク動作に近い条件で体幹を含む筋電図評価と動作解析が必要であると考えられた.

結  論

打点の位置が変化してもボールインパクトの瞬間の肩関節筋活動パターンには標準位置と比較して有意な変化を認めなかった.選手はインパクトの前でフォームを変化させ,インパクトの瞬間には肩関節筋群は一定の筋活動パターンでスパイク動作を行っていることが推測された.(本研究の要旨は,平成30年1月20日第23回スポーツ

障害フォーラムにて口演した.)

参考文献

1)Escamil la RF and Andrews JR. Shoulder Muscle Recruitment Patterns and Related Biomechanics during Upper Extremity Sports. Sports Med 2009; 39 (7): 569−590.

2)Watkins J, Green BN. Volleyball injuries: a survey of injuries of Scottish National Leaguemale players. Br J Sports Med 1992; 26 (2): 135−137.

3)Lajtai G, Wieser K, Ofner M, et al. Electromyography and Nerve Conduction Velocity for the Evaluation of the Infraspinatus Muscle and the Suprascapular Nerve in Professional Beach Volleyball Players. Am J Sports Med 2012; 40(10): 2303−2308.

4)板倉尚子,鈴木早智.第5章 バレーボール.陶山哲夫編. スポーツ理学療法学 東京: 株式会社メジカルビュー;2014.P 104−119.

5)嘉陽拓,山口光圀.投球障害肩に対する理学療法.福林徹編.実践すぐに役立つアスレティックリハビリテーションマニュアル 東京: 株式会社全日本出版会; 2006.P 17−25.

6)Rokito AS, Jobe FW, Pink MM, et al. Electromyographic analysis of shoulder function during the volleyball serve and spike. J Shoulder Elbow Surg 1998; 7(3): 256−263.

7)Miyasaka J, Arai R, Ito T, et al. Isometric muscle activation of the serratus anterior and trapezius muscles varies by arm position: a pilot study with healthy volunteers with implications for rehabilitation. J Shoulder Elbow Surg 2017; 26(7): 1168−1174.

8)Hislop HJ, Avers D, Brown M. Daniels and Worthingham's Muscle Testing. Techniques of Manual Examination and Performance Testing 9th Edition. Elsevier 2014.

9)Chalmers PN, Trombley R, Cip J, et al. Postoperative Restoration of Upper Extremity Motion and Neuromuscular Control During the Overhand Pitch. Evaluation of Tenodesis and Repair for Superior Labral Anterior-Posterior Tears. Am J Sport Med 2014; 42(12): 2825−2836.

10)Remaley DT, Fincham B, Bryan McCullough B, et al. Surface Electromyography of the Forearm Musculature During theWindmill Softball Pitch. The Orthopaedic Journal of Sports Medicine 2015; 3(1): 1- 8.

図6.肩関節屈曲角度と体幹伸展角度