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1/16 三菱 UFJ 信託資産運用情報
2014年9月号
インフレに対応した運用戦略
Ⅰ.はじめに
Ⅱ.米国における実証分析
Ⅲ.日本の投資家への適用
Ⅳ.まとめ
年金運用部 運用プランナーグループ 調査役 佐野 裕一
Ⅰ .はじめに
アベノミクスにより、我々が長年苦しんできたデフレの状態から脱却する動きが見え始め
ている。そうした環境の変化を受け、「脱デフレ」という世界にどう対処していけば良いの
か。脱デフレ(=インフレ)に備えた運用の考え方の整理が本稿の目的である。 まず、企業年金における国内債券と生保一般勘定の保有状況を確認する。図表1において、
2000年以降の国内債券と一般勘定の推移をみると、2000年度は3割程度であったものが、2012
年度は5割弱へと増加している。一方、長期金利は 2012 年度末で 0.6%前後と量的金融緩和
で最低水準にあり、今後金利は脱デフレにより上昇に向かう可能性が高いことを踏まえると、
金利上昇により資産価格が下落するリスクを抱えているといえる。脱デフレ・金利上昇とい
う環境変化に備えて、運用を切り替えていく、見直していくことが必要なタイミングと思わ
れる。
図表1:企業年金における国内債券・一般勘定構成比率と国債利回りの推移
出所:企業年金連合会 HP 及び、Bloomberg より三菱 UFJ 信託銀行作成
目 次
0.5%
1.0%
1.5%
2.0%
2.5%
3.0%
0%
10%
20%
30%
40%
50%
2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012年度
一般勘定 国内債券 10年国債利回り(右軸)
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公的資金も脱デフレ・金利上昇を見据え、運用の見直しを検討している状況だ。経済再生
担当大臣の下に設置された『公的・準公的資金の運用・リスク管理等の高度化等に関する有
識者会議』が昨年 11月に報告書を公表した。(以下、有識者会議報告書。以下鉤カッコ内は
有識者会議報告書より引用)
その有識者会議報告書の第2章1節「国内債券を中心とするポートフォリオの見直し」に
おいて、 「国内債券を中心とする現在の各資金のポートフォリオについては、デフレからの脱却を図り、
適度なインフレ環境へと移行しつつある我が国経済の状況を踏まえれば、収益率を向上させ、
金利リスクを抑制する観点から、見直しが必要である。」 と、ポートフォリオ全体の見直しについて言及している。 そして、第3章1節「運用対象の多様化」において、
「新たな運用対象(例えば、REIT・不動産投資、インフラ投資、ベンチャーキャピタル投資、
プライベートエクイティ投資、コモディティ投資など)を追加することにより、運用対象の多様
化を図り、分散投資を進めることを検討すべきである。」 と脱デフレに備えた投資対象の候補について、提言している。
グローバル金融市場においても、一足先に脱デフレに向けた動きが出てきている。図表2
は米国の中央銀行 FRB のバランスシートと米国の 10年国債利回りの推移である。
出所:Bloomberg より三菱 UFJ 信託銀行作成
2008 年のリーマンショック以降、FRB のバランスシートは量的金融緩和により拡大する
一方、長期金利は低下傾向であった。それが、2012 年に長期金利は底打ちし、上昇に転じて
図表2:FRB バランスシートと米国 10 年国債利回り
-2.5
-1.5
-0.5
0.5
1.5
2.5
3.5
4.5
5.5
0.5
1.5
2.5
3.5
4.5
5.5
6.5
7.5
8.5
2008/1 2009/1 2010/1 2011/1 2012/1 2013/1 2014/1 2015/1
【兆ドル】
5/22 バーナンキ議長
量的緩和縮小に言及
量的緩和拡大期
9/15
リーマンショック
【%】
量的緩和縮小期
FRBバランスシート
米国10年債利回り(右軸)
正常化に伴い、
バランスシート
是正、金利
上昇へ
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いる。また、2013年5月にはバーナンキ議長が量的金融緩和の縮小に言及している。 このようにグローバル経済を代表する米国でみると、日本に一歩先を行く形で、量的緩和
の時期から経済の正常化に伴い、FRB はバランスシートを是正し、景気回復・物価上昇・金
利上昇に移行しつつある段階といえる。日本の経済環境の変化は一歩遅れているかもしれな
いが、物価上昇・金利上昇に強い、インフレ対応資産を検討しておくべき時期と考えられる。 そこで本稿では、物価上昇に強い資産、インフレに対応した運用戦略について考えていき
たい。一般的に物価上昇に強いと考えられている資産とその理由は以下のとおりである。
出所:三菱 UFJ 信託銀行作成
1つ目は株式で、インフレにより商品の価格も上がるため、売上や利益の上昇を通じて株
価上昇につながるといわれている。2つ目は商品(コモディティ)で、ガソリンなどは物価指
数の構成要素であることから、物価との関連性が高いといわれている。3つ目は物価連動国
債で、債券の仕組み上、キャッシュフローが消費者物価指数(CPI)に連動している。4つ目
は不動産で、賃料は物価と連動する傾向があり、インフレは不動産の価値を押し上げる効果
があるといわれている。 これら4つの資産が物価とどの程度連動性があるか、過去のデータを振り返って検証する。
Ⅱ . 米国における実証分析
1.分析の前提
日本においては、過去のインフレ局面のデータを取ることが難しく、70年代のオイルショッ
クや、60 年代の高度経済成長期までさかのぼる必要がある。今回想定するアベノミクスによ
る脱デフレによる物価上昇・金利上昇とは、インフレの水準や内容が大きく異なり、また日
本経済の構造も、当時と現在では全く異なる。そこで今回は、グローバル市場の代表として、
米国市場の過去データを通じて物価と資産価格の関係を分析する。
図表3:物価上昇に強いと考えられている資産
•インフレは、売り上げ、利益の上昇を通じて株価上昇につながる
株式
•エネルギーなど、物価との関連性が高い
商品(コモディティ)
•キャッシュフローが物価指数自体に連動している
物価連動国債
•賃料は物価と連動する傾向があり、不動産の価値を押し上げる効果がある
不動産
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また今回、資産のリターンと物価の関係を分析するだけでなく、資産のリターンと景気や
インフレのサイクルの関係も分析するため、まず景気・インフレ局面の分析上の定義につい
て記載する。ここでは、経済成長率 2.5%と物価上昇率2%を境に景気局面を図表4のとお
り4つに分類している。①景気後退期は、経済成長率が 2.5%未満で物価上昇率が2%未満
の月。②景気回復期は、経済成長率が 2.5%以上、物価上昇率が2%未満の月。③景気加速
期は、経済成長率が 2.5%以上、物価上昇率が2%以上の月。④景気減速期は、経済成長率
が2.5%未満で物価上昇率が2%以上の月である。なお、物価上昇率は消費者物価指数(総合、
前年比)、経済成長率は実質 GDP(前年比)を使用している。
出所:三菱 UFJ 信託銀行作成
出所:Datastream より三菱 UFJ 信託銀行作成
この4つの景気局面で 1986年1月から 2013 年 12月までの経済環境を分類したのが、図表
5である。物価上昇率がマイナスとなったリーマンショック後の 2009 年3月から 10月の期
間は分析対象から除外している。概ね景気局面は、図表4の景気局面のグラフを時計回り(①景気後退期→②景気回復期→③景気加速期→④景気減速期)に推移するが、必ずしもきれいに
は回らず、④景気減速期から③景気加速期に戻ったりする場合もある。
図表4:景気局面の判断基準
図表5:景気局面の判断基準
②景気回復期 ③景気加速期
①景気後退期 ④景気減速期
物価上昇率:2.0%
経済成長率:2.5%
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
100
-6%
-4%
-2%
0%
2%
4%
6%
8%
1986/01
1986/10
1987/07
1988/04
1989/01
1989/10
1990/07
1991/04
1992/01
1992/10
1993/07
1994/04
1995/01
1995/10
1996/07
1997/04
1998/01
1998/10
1999/07
2000/04
2001/01
2001/10
2002/07
2003/04
2004/01
2004/10
2005/07
2006/04
2007/01
2007/10
2008/07
2009/04
2010/01
2010/10
2011/07
2012/04
2013/01
2013/10
物価上昇率
経済成長率
② ③ ④ ③ ③ ③ ② ③ ④① ③ ④ ④ ①④
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2.物価と株式の関係
まず、物価と株式の関係を分析する。図表6の左図は物価と株式(S&P500)の相関である。
相関とは、2つの関係がどの程度同じように動くか連動の度合いを測る尺度で、プラス1か
らマイナス1の間の値を取る。相関の値がプラス1に近いほど同方向の動き、連動性が高い
ことを意味し、相関の値がゼロに近いほど連動性が低く関連がないことを意味する。また、
相関の値がマイナス1に近いほど逆方向の動きとなることを意味する。そして、分析の計測
期間は、短期(1年)と中期(5年)の2パターンで分析している。相関の計測方法は、短期は
対象資産の年次リターンと CPI(前年比)との相関を計測し、中期は対象資産の年次リターン
の5年平均と CPI(前年比)の5年平均との相関を計測している。 物価と株式の相関は、短期、中期ともほぼゼロで、連動性がみられない結果である。これ
は、一般にいわれる株式はインフレに強いということと矛盾する結果になっている。
出所:Datastream より三菱 UFJ 信託銀行作成
なぜこのような結果になったのか考えてみたい。図表6の右図は景気局面別の株式の平均
リターン(年率)である。株式は景気の局面によってパフォーマンスが異なり、景気回復期に
最もパフォーマンスが良い一方、景気後退期はマイナスのリターンである。 物価の観点でみると、物価上昇率が高いのは、景気加速期と景気減速期の局面である。株
式のリターンが高い時期と物価上昇率が高い時期がずれていることが、相関の分析では物価
と株式の関連がみられなかった理由と考えられる。 図表7は景気局面や物価と株式の関係を整理したものである。図表7の左から、景気局面
を色分けして示し、景気回復期から加速期、減速期、後退期、そしてまた回復期と推移して
いる。物価は、景気加速期から減速期にかけて上昇する。中央銀行は物価をコントロールす
るために、物価の動きとほぼ連動する形で政策金利を推移させる。 株価はどのように動くかというと、景気後退期から回復期に移行する局面で株価は上昇す
る。物価と金利が低位で推移する中、株価が上昇する、いわゆる金融緩和相場の時に大きく
上昇する。そして、景気が加速してくると、株価の伸び率が低下する。物価が上昇し、金融
引き締めが起こり、株価の伸び率が鈍化する、いわゆる金融引締相場である。つまり、株価
図表6:物価と株式の関係分析
-10%
-5%
0%
5%
10%
15%
20%
25%
30%
景気後退期 景気回復期 景気加速期 景気減速期-1.00
-0.50
0.00
0.50
1.00
短期(1年) 中期(5年)
同方向の
動きが強い
逆方向の
動きが強い
関連ない
相関
係数
株式
平均
リタ
ーン
(年率
)
物価と株式の相関 景気局面と株式の関係
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は物価や景気に先行する特性があるといえる。
出所:三菱 UFJ 信託銀行作成
2.物価と商品(コモディティ)の関係
次に、物価と商品(コモディティ)の関係について分析する。商品(コモディティ)といって
も様々な種類があり、まず全体的な傾向をみるため、様々な商品から構成される商品総合指
数(S&P GS 商品指数)で分析する。物価と商品総合指数との相関は短期、中期とも高く想定
通りの結果である。また、景気局面別にみると景気加速期のパフォーマンスが最も良い結果
である。
出所:Datastream より三菱 UFJ 信託銀行作成
次に、商品総合指数は様々な商品で構成されたものであるため、詳しく構成要素別にみた
のが図表9の左表である。ここでは商品の総合指数を構成する4つのセクター(商品群)につ
いて分析する。1つ目はトウモロコシなどの農産物、2つ目は銅などの工業金属、3つ目は
図表8:物価と商品の関係
景気加速期景気回復期 景気加速期 景気減速期 景気後退期 景気回復期
物価株価
長期金利 政策金利
金融引締
相場業績悪化
相場金融緩和
相場
業績改善
相場
株価下落金利上昇
株価下落金利低下
株価上昇金利低下
株価上昇金利上昇
業績改善
相場
株価上昇金利上昇
-10%
-5%
0%
5%
10%
15%
20%
25%
30%
景気後退期 景気回復期 景気加速期 景気減速期-1.00
-0.50
0.00
0.50
1.00
短期(1年) 中期(5年)
同方向の
動きが強い
逆方向の
動きが強い
関連ない
相関
係数
商品
平均
リタ
ーン
(年率
)
景気局面と商品の関係物価と商品の相関
図表7:株式と景気局面の関係
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原油などのエネルギー、4つ目が金などの貴金属である。
出所:Datastream より三菱 UFJ 信託銀行作成
図表9の右図は景気局面別の各商品のリターンを示したものである。エネルギーや工業金
属は、経済活動により景気加速期においてパフォーマンスが優位な結果を示す。一方、農作
物は経済活動よりも気候変動などの影響を受け、また、貴金属に含まれる金はリスク回避資
産であるため、投資家のリスク回避度合が高まる景気後退局面に上昇する。つまり、商品は
景気局面によりパフォーマンスが優位となるものが入れ替る傾向があるといえる。 また、これらの商品は平均リターンが 20%を超える局面もあれば、▲10%の局面もあり、
局面によりブレが大きいという特徴がある。つまり、他の資産よりも価格変動のリスクが高
いといえる。
3.物価と物価連動国債の関係
物価連動国債は、物価の変動に伴い、利子や償還金額が変動する仕組みの債券である。図
表 10 は、日本の物価連動国債の仕組みを説明したものである。
図表9:商品の種類と物価と商品の関係
図表 10:物価連動国債の仕組み
【前提】・発行日のコアCPI を100。 以降半年毎に1ポイントずつ上昇
・元金額100億円 ・表面利率2%(半年利払い毎に1%) ・10年満期
想定元金額
元金額
想定元金額
想定元金額
想定元金額
想定元金額
購入(発行日)
0.5年後 1年後 1.5年後9.5年後
10年後(償還日)
(101億円)コアCPI 101
(102億円)コアCPI 102
(103億円)コアCPI 103 (119億円)
コアCPI 119(120億円)コアCPI 120
1% 1% 1% 1% 1%
利子額1.01億円
利子額1.02億円
利子額1.03億円
利子額1.19億円
利子額1.20億円
償還金額120億円
(100億円)コアCPI 100
物価(コアCPI)と元金額、利子額の関係 ※図は日本の物価連動国債の仕組み
出所:財務省 HP より三菱 UFJ 信託銀行作成
-15%
-10%
-5%
0%
5%
10%
15%
20%
25%
30%
景気後退期 景気回復期 景気加速期 景気減速期
農作物 工業金属
エネルギー 貴金属
各商
品平
均リタ
ーン
(年
率)
景気局面と各商品の関係
各商品 代表例 優位な局面
1 農作物 トウモロコシ経済活動の影響を受けにくく、景気後退期に優位
2 工業金属 銅経済活動の影響を受け、景気加速期に上昇するが、それ以外は低位
3 エネルギー 原油経済活動の影響を受け、景気加速期に上昇
4 貴金属 金投資家のリスク回避の度合が高まる景気後退期に優位
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発行日に 100億円で 10 年満期の債券を購入し、年に2%、半年毎に1%のインフレが実現
したと仮定する。その時、物価(コア CPI)が当初 100 だったものが、101、102 と増加し、償
還日には 120になったとする。物価連動国債の利子額は、想定元金額がインフレの分増える
形になり、毎回1%ずつ増え、半年後 1.01 億円、1年後 1.02 億円となり、10年後に 1.2億
円となる。利子に加え、償還金額もインフレの分増額するため、償還金額は 120 億円となる。
このように物価連動国債はインフレの分、投資家のキャッシュフローが物価上昇に完全に連
動するという商品特性である。 ところが、物価連動国債の日々の価格変動は、物価の動きと必ずしも連動しない。それを
説明したのが図表 11左図で、物価連動国債の価格変動要因を図解したものである。物価連動
国債の価格は、縦軸の実績インフレ率と横軸の実質金利により変化する。確かに実績インフ
レ率の上昇は価格押し上げ要因になるが、実質金利の上昇は価格低下要因となる。そのため、
実績インフレ率が上昇しているのに、物価連動国債が下落する、あるいはその逆が起こり得
る。
出所:Datastream より三菱 UFJ 信託銀行作成
次に、景気局面の観点から、どの時期に物価連動国債(バークレイズ米国物価連動国債指数)
のパフォーマンスが優位かを検証したのが、図表 11右図の棒グラフである。物価が上昇する
景気回復期よりも、実質金利低下を織り込む景気減速期が最も良いという結果である。ただ
し、固定債(通常の固定利付債を意味し、ここではバークレイズ米国総合指数を使用)に対す
る分散投資として考えるなら、固定債に対する相対的なリターンが重要になる。それを分析
したのが、図表 11右図の折れ線で、物価連動国債の固定債に対する超過リターンである。固
定債に対して相対的にパフォーマンスが優位なのは景気回復期と景気加速期で、この局面が
固定債の代わりに物価連動国債の組入れを検討すべき時期となる。
図表 11:物価連動国債の価格変動と景気局面の関係
-1.0%
0.0%
1.0%
2.0%
3.0%
4.0%
-2%
0%
2%
4%
6%
8%
景気後退期 景気回復期 景気加速期 景気減速期
物価連動国債平均リターン
対固定債超過リターン(右軸)
低下 ← 実質金利 →上昇
上昇
←
実績インフレ率
→
低下
○価格上昇
×価格低下
※実質金利=名目金利-期待インフレ率
物価
連動
国債
平均
リタ
ーン
(年率
)
物価連動国債の価格変化が実績インフレ率と連動しない領域
対固
定債
超過
リタ
ーン
景気局面と物価連動国債の関係物価連動国債の価格変動
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4.物価と不動産の関係
不動産(NCREIF(米国不動産指数))は物価との相関を分析すると、短期では相関がなく中
期では負の相関があるという結果で、不動産はインフレに強いという通説とは異なる結果と
なった。また、景気局面の観点で分析すると、景気サイクルの中でパフォーマンスの差が小
さく、インフレとの関連性が低い資産といえる。
出所:Datastream 及び NCREIF より三菱 UFJ 信託銀行作成
それでは不動産は何に連動しているかというと、概ね経済規模に連動して推移しているこ
とがわかる。図表 13は、米国の経済規模、名目 GDP と不動産指数の推移である。名目 GDPと不動産指数は、不動産バブルとその反動の時期を除くと、概ね連動し、相関係数は+0.5 と
連動性が高い結果となっている。したがって、名目 GDP が拡大する経済では、不動産は景
気サイクルの影響を受けず、安定したパフォーマンスが出ると考えられる。 また、不動産のリターンは鑑定結果などを反映したものであることから、経済環境の変化
に遅れて変化する傾向があり、それが中期的に物価と逆相関がみられた要因となっている可
能性がある。
図表 12:物価と不動産の関係
図表 13:名目 GDPと不動産の関係
-1.00
-0.50
0.00
0.50
1.00
短期(1年) 中期(5年)-10%
-5%
0%
5%
10%
15%
20%
25%
30%
景気後退期 景気回復期 景気加速期 景気減速期
同方向の
動きが強い
逆方向の
動きが強い
関連ない
相関
係数
不動
産平
均リタ
ーン
(年率
)
景気局面と不動産の関係物価と不動産の相関
-50
0
50
100
150
200
250
300
80
100
120
140
160
180
200
220
2000/12 2002/12 2004/12 2006/12 2008/12 2010/12 2012/12
【名目GDP、2000年末=100】 【米国不動産指数(NCREIF)、2000年末=100】
米国不動産指数(2000年末=100、右軸)
名目GDP(2000年末=100)
2008.9
リーマンショック
米住宅バブル
出所:EcoWin、NCREIF より三菱 UFJ 信託銀行作成
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5.景気・インフレのサイクルと各資産の関係
これまでの分析結果などから、景気・インフレのサイクルと資産リターンの関係を整理し
たのが図表 14である。不動産はリターンが安定的で、景気・インフレのサイクルの影響を受
けないため、不動産以外の資産がどの局面で優位か示している。 左上の景気回復期と右上の加速期では株式が優位で、右下の景気減速期と左下の景気後退
期では債券が優位である。次に商品は、優位な戦略が局面により変化し、エネルギーや工業
金属は景気加速期に、貴金属や農産物は景気後退期から回復期の入口で優位である。また、
物価連動国債は、景気減速期に優位である。ただし、対固定債では債券が優位ではない景気
回復期、加速期において、相対的に優位な結果となっている。 実際に投資する場合、次にどの景気・インフレ局面が来るかを正確に予測することは難し
い。そのため、複数の資産を分散して組入れ、ポートフォリオ全体として景気・インフレに
対応していくことが必要といえる。
出所:三菱 UFJ 信託銀行作成
6.海外機関投資家のインフレ対応資産の保有状況
海外の機関投資家がインフレにどう対応した運用戦略を採用しているか見てみる。海外の
年金基金は、給付がインフレに連動したり、また大学基金は運用目標が CPI+アルファとし
ているところが多い。したがって、もともとインフレを意識したポートフォリオを構築して
きた歴史がある。 図表 15 は海外の機関投資家の資産構成である。左から、1つ目がカルパース(カリフォル
ニア州職員退職基金)、2つ目がイェール大学基金、3つ目が CPPIB(カナダ公的年金)、4
つ目が英国の企業年金(平均)である。
図表 14:景気局面と各資産の関係
株式
債券
国債
工業金属
GDP成長率上昇
GDP成長率低下
インフレ率上昇
景気加速期
景気減速期
景気回復期
景気後退期
物価
連動債
インフレ率低下
業績改善相場
業績悪化相場
金融緩和相場
金融引締相場
エネルギー農産物
貴金属
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資産 カルパース イェール大学基金 カナダ公的年金 英国の企業年金
株式 64% 48% 50% 35%
インフレ対応資産 15% 28% 17% 23%
債券 17% 5% 28% 26%
出所:各種 HP、アニュアルレポート等より三菱 UFJ 信託銀行作成
図表 15 の下の表では、資産を3種類に分けて記載している。1つ目が株式、2つ目が不動
産や物価連動国債などのインフレ対応資産、そして3つ目が債券である。 インフレ対応資産の組入れ比率は、15%から 28%となっており、リスク資産である株式の
組入比率と比較すると 1/4から 1/2程度組み入れる傾向がある。また、どのようなインフレ
対応資産を保有しているかみると、カルパースは不動産、商品、物価連動国債と幅広く分散
して保有している。また、英国はインフレ対応資産のうち、物価連動国債が 18%と非常に多
いという特徴がある。これは、英国の年金制度がインフレスライドするものが多く、物価連
動国債に対するニーズが高いことと、英国の物価連動国債は流動性が高いことが背景として
ある。
Ⅲ .日本の投資家への適用
1.制度面からみた場合のインフレ対応の必要性
日本の企業年金にとっての、制度面からみたインフレ対応の必要性を考えてみたい。日本
の企業年金制度は一般に給付がインフレスライドしないことが多い。ただし給与比例で給付
が決まる制度では、ベースアップを通じて給付額の増加につながる側面がある。そういった
ことがないポイント制の確定給付年金(以下、DB)制度では収益源泉の一つとして組入れを検
討することになる。つまり、市場環境の変化に適応するために、インフレ対応資産を収益源
泉の一つとして組み入れを検討することになる。 一方、キャッシュバランス(以下、CB)プランでは、インフレ・金利上昇対応を検討する必
要性が高い。図表 16 左図は CB プランの金利上昇による影響を示したものである。金利が上
昇すると、給付見込額が増加するものの、割引率も金利上昇に伴い自動的に上昇するため給
図表 15:海外機関投資家の資産構成
固定債
26%
物価
連動
国債等18%
不動産
5%
株式
35%
その他
9%
現預金
等
7%
英国の企業年金(平均)債券
5%
不動産
20%
天然
資源
8%国内
株式
6%
外国
株式
10%
非上場
株
32%
絶対
収益
18%
キャッ
シュ
2%
イェール大学基金
債券
28%
不動産
11%
インフラ
6%
国内
株式
8%
外国
株式
35%
新興
国株
7%
その他
債権
5%
カナダ公的年金
インカム
資産
17%
実物
資産
(不動産
等)11%
商品
1%物価
連動
国債3%
成長
資産
(株式
等)64%
流動
資産
4%
カルパース
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付見込額の現在価値、つまり退職給付債務は金利上昇前と変わらない。したがって、金利上
昇は債務額にはあまり影響しないといえる。ただし、多くの企業年金において、資産側のデュ
レーションはNOMURA-BPI総合のデュレーションである約7.5年程度に対し、債務側のデュ
レーションは7年より短いことが多いと思われる。その場合は資産側のデュレーションの方
が長いため、金利上昇により資産価格減少の影響を受ける可能性が高いことから、脱デフレ
での金利上昇を踏まえると、資産のデュレーションを短くすることを検討することが望まし
い。 また、図表 16右図は CB プランの年金財政上の動きを示したものである。金利が上昇する
と、給付見込額は増加する。予定利率は会計上の割引率とは異なり自動的に上昇しないため、
予定利率を見直さないと給付見込額の現在価値、つまり数理債務も増加する。そのため、債
務増加に対応するには、年金財政面からは掛金の増額が考えられ、運用面からはインフレ時
に優位なパフォーマンスを示すインフレ対応資産の組入れが考えられる。
出所:三菱 UFJ 信託銀行作成
つまり、インフレ対応したポートフォリオの導入は、DB 制度などにおいては、投資効率
改善を目的とするものになる。また、CB プランでは負債のリスク特性の観点から、金利上
昇・インフレによる負債の増大リスクへの対応が目的であるといえる。
2.為替リスク
最後に為替リスクについて考えてみたい。企業年金に限らず日本の投資家は、長年にわた
り円高に悩まされてきた。ただし、長かった円高トレンドも転換したといってよい状況にな
りつつある。 図表 17 右図は経常収支と為替動向の関係を整理したものである。経常収支が黒字というこ
とは、外貨を稼ぐ力があり、高い支払い能力があることを意味する。これまでは経常収支の
図表 16:CB プランの金利上昇による影響
金利上昇リスクも踏まえると債券の短期化が有効
インフレ対応資産の組入れが有効
金利上昇
→割引率が上昇
→現在価値(債務)は不変(※)
給付見込額現
在価値
【CBプランの退職給付会計上の動き(イメージ)】
(※)再評価率=割引率でともに連動することを前提としている
金利上昇
→予定利率を変えないと、
現在価値(債務)が増加
金利上昇で給付増加
給付見込額現
在価値
【CBプランの年金財政上の動き(イメージ)】
金利上昇で給付増加
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黒字が為替市場で資金フロー面から円高要因となっていた。しかし今後、少子高齢化により
家計貯蓄率低下という構造的な変化を受けて経常収支が悪化すると、支払い能力が低下し円
安の要因になる。実際に、経常収支とドル円の為替がどのように推移しているか示したもの
が図表 17 左図である。貿易収支は既に赤字で、経常収支も黒字幅が縮小し、赤字に転落する
ことが懸念される状況である。 また、金融政策の観点からも 2013年4月の日銀による異次元金融緩和の導入を受けて、円
安が進行したことが図表 17左図から分かる。米国では昨年から量的緩和の縮小が言及される
など、日米の金融緩和格差の拡大傾向は今後も続くと見込まれ、円高トレンドは転換したと
いえる。したがって、為替ヘッジなしの海外資産を一定程度持つことは、円安による輸入イ
ンフレへの備えとしても有効な選択肢と考えられる。
出所:INDB、EcoWin より三菱 UFJ 信託銀行作成
3.インフレに対応したポートフォリオ例
それでは、インフレに対応したポートフォリオの構築例を具体的に考えていきたい。図表
18 は日本の企業年金の資産配分をどのように見直したか示したものである。まず、収益源泉
の分散を意識して、内外株式のうち2割程度を不動産と商品に配分する。株式の2割と比率
は高くないが、不動産は流動性が低いため、当初少なめの配分で開始する。また不動産は国
内不動産だけでなく、海外不動産などもグローバルなインフレへの対応として意味がある。
商品については価格変化が大きいこともあり、1%の組入れに留める。 それから、物価連動国債は国内債券を分散する形で組入れる。ただし、市場の流動性が十
分ではないため、限定的な組入れに留める必要があり、ここでは2%としている。もう一つ、
短期債を組入れているが、これは金利上昇に備えたデュレーション短期化のためである。た
だし金利が上昇したら、国内債券は利回りが大幅に改善するため、タイミングをみて元に戻
図表 17:経常収支とドル円の関係比率
現在
将来
外貨受取り
財・サービス輸出
配当金等受取
等
外貨支払い
財・サービス輸入
配当金等支払
等
経常収支赤字
外貨受取り>外貨支払い=経常収支黒字
=高い支払能力(外貨を稼ぐ力)
経常収支赤字=支払能力低下
=通貨安(円安)-2
-1
0
1
2
3
4
560
80
100
120
140
160
180
2002008/1 2010/1 2012/1 2014/1
【ドル円】 【経常収支(12カ月移動平均)、兆円】
2011.3
東日本大震災
2012.1
1
衆議院解散表明
経常収支改善
円高
経常収支悪化
円安貿易収支赤字化
→経常収支の赤字
転落懸念
経常収支(右軸)
ドル円
貿易収支
所得収支他
2013.4
日銀異次元緩和
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すことになる。そのため、流動性があって、金利上昇後において容易に元に戻せる資産とし
ている。
出所:三菱 UFJ 信託銀行作成
Ⅳ .まとめ
本稿では、アベノミクスによる脱デフレを踏まえ、インフレに強いと考えられている資産
について、実際のところどうなのか検討した。米国における過去データに基づく実証分析で
は、インフレに強いと考えられている資産は、インフレ水準で考えると、資産によっては関
係がみられなかったりするが、景気・インフレ局面で分析するとインフレとの関係を把握で
きることが分かった。 そして、インフレに対応した資産をどのようにポートフォリオに組み入れるかについては、
景気・インフレ局面により優位となる資産が異なることから、海外の機関投資家の例を参考
に、インフレ対応資産を分散して組入れるポートフォリオ構築例を提示した。 今回組入れを検討した資産は、流動性などにおいて留意すべき点がある。それらの点を踏
まえながら、インフレに対応したポートフォリオに見直すことが実際には必要である。 本稿が日本の投資家の資産運用の一助となれば幸いである。
(平成 26年8月 20日 記)
※本稿中で述べた意見、考察等は、筆者の個人的な見解であり、筆者が所属する組織の公式見解ではない
図表 18:インフレに対応したポートフォリオ構築例
国内
債券等47%
外国
債券13%
国内
株式13%
外国
株式15%
その他9%
短期
資金4%
企業年金(日本)
国内債券
45%
外国債券
13%物価連動
国債2%
不動産
5%商品
1%
国内株式
10%
外国株式
11%
その他
9%
短期資金
4%
インフレ対応資産組入れ
短期債
絶対収益
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【参考文献】
・証券アナリストジャーナル、『特集 インフレーションと資産運用』、2013.9
・公的・準公的資金の運用・リスク管理等の高度化等に関する有識者会議 報告書、
2013.11
・財団法人 年金シニアプラン総合研究機構 平成23年度研究報告書、『コモディティ
投資に関する調査研究』 2012.3
・ラッセル・インベストメント株式会社 Russell Research、『インフレと年金運営』、
2008.12 ・Werner Krämer, “Equity Investments as a Hedge against Inflation, Part 1”,
2012.8
・Werner Krämer, “Equity Investments as a Hedge against Inflation, Part 2”, 2012.11
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