ファンボローエアショー2014報告平成26年8月 第728号 1...

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平成26年8月  第728号 1 西暦偶数年恒例の、航空産業界の大イベン トであるファンボロー航空ショーが、今年も 7 14 日から20 日の一週間に渡って、ロンド ン郊外のファンボロー飛行場で開催された。 あまり天候に恵まれなかった2年前の前回に 比べると今回は好天が続き、人出も順調だっ たようである。主催者からはまだ詳細な集計 の発表はないが、トレード・デーである7 18 日終了の時点での来場者数は、約10 万人 だったと19日に発表があった。またBBC放送 は予測値として、1920日の一般公開日には 10万人を越える人が訪れるだろうとも報じて いた。いずれにしても盛況だったことに変わ りはないといえる。 これは、ショーの成功の度合いを推し量る 商談などの結果についても同様で、主催者の 速報まとめでは、ショー期間中の航空機に対 する確定発注とコミットメントの総額は2,010 億ドルに達し、ファンボロー航空ショーの新 記録となったとしている。このうち航空機は、 様々な種類の機種に対して1,100機以上の契約 が交わされて、その総額は約1,520億ドルであ り、また民間のジェット・エンジンだけを見 ても約1,600基で、345億ドルに達したとして いる。 ファンボロー航空ショーは、前記の通り7 14日が初日だったが、ボーイング社はその 前日の13日を『787-9メディア・デー』と銘打っ て、初出品となる787の長胴型である787-9報道公開を行った。ボーイング社は、787 出品となった2010年のファンボローでも同様 に、会期直前の日曜日に機体の公開を行って いる。ただ2010年が早朝の到着から報道公開 を行ったのに対し、今年は報道陣の集合時間 にはすでに機体は到着していた。この変更の 理由は、一つは到着に間に合わせると集合時 ファンボローエアショー2014報告 航空ジャーナリスト 青木 謙知 会場入口。後方をちょうどボーイング787-9 が着陸 会場風景

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平成26年8月  第728号

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西暦偶数年恒例の、航空産業界の大イベントであるファンボロー航空ショーが、今年も7月14日から20日の一週間に渡って、ロンドン郊外のファンボロー飛行場で開催された。あまり天候に恵まれなかった2年前の前回に比べると今回は好天が続き、人出も順調だったようである。主催者からはまだ詳細な集計の発表はないが、トレード・デーである7月18日終了の時点での来場者数は、約10万人だったと19日に発表があった。またBBC放送は予測値として、19、20日の一般公開日には10万人を越える人が訪れるだろうとも報じていた。いずれにしても盛況だったことに変わりはないといえる。これは、ショーの成功の度合いを推し量る商談などの結果についても同様で、主催者の速報まとめでは、ショー期間中の航空機に対する確定発注とコミットメントの総額は2,010

億ドルに達し、ファンボロー航空ショーの新記録となったとしている。このうち航空機は、様々な種類の機種に対して1,100機以上の契約が交わされて、その総額は約1,520億ドルであり、また民間のジェット・エンジンだけを見ても約1,600基で、345億ドルに達したとしている。ファンボロー航空ショーは、前記の通り7

月14日が初日だったが、ボーイング社はその前日の13日を『787-9メディア・デー』と銘打って、初出品となる787の長胴型である787-9の報道公開を行った。ボーイング社は、787初出品となった2010年のファンボローでも同様に、会期直前の日曜日に機体の公開を行っている。ただ2010年が早朝の到着から報道公開を行ったのに対し、今年は報道陣の集合時間にはすでに機体は到着していた。この変更の理由は、一つは到着に間に合わせると集合時

ファンボローエアショー2014報告

航空ジャーナリスト 青木 謙知

会場入口。後方をちょうどボーイング787-9が着陸

会場風景

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間が大変早くなることであり、もう一つはその後の通関などの検査に時間がかかって報道陣の待ち時間が長くなることにあった。前回はこの2点が不評だったため、今年は到着シーンの撮影を省略した。さらには、2010年は787が飛行展示を行わないことになっていたため到着時しか飛行シーンが撮影できなかったのに対し、今年は787-9が連日飛行展示を行うので撮影の機会が十分に予定されていたことも、到着を公開しなかったもう一つの理由であった。

787-9メディア・デーでは、持ち込まれた787-9の機内も公開された。この機体は787-9の初号機で、飛行試験に用いられている機体であり、客室には飛行試験データーの記録と解析作業用のコンソールや、機体の重量および重心位置を変化させるための水バラスト・タンクが搭載されている。コクピットは、基本的には標準型の787-8と同じだが、飛行試験のコクピット内記録用に2台の小型カメラが付けられていた。787-8と787-9の細かな変更点の一つが、高揚力装置(主翼後縁フラップ)の改良で、下げ角の位置が787-8の6位置から787-9では9位置に増加されている。具体的には、787-8は上げ、1度、5度、20度、25度、30度なのだが、787-9ではこれに10度、15度、17度が加えられた。その結果コクピットでも、

中央ペデスタルのフラップ操作部にその分の変更が出ている。ボーイング社が旅客機向けの新しい技術と

して開発しているのが、ハイブリッド・ラミナーフロー制御(HLFC)と呼ばれるもので、737の新タイプである737 MAXで導入する計画を明らかにしたものである。ボーイング社は、この技術についてはまだ詳細な説明を行っていないが、境界層の滑らかな空気流が乱流になるのを遅らせるようにすることで、機体に添って流れる空気流の滑らかな時間を延ばし、その結果飛行中の空気抵抗を減らすことにつながるとしている。そしてこのHLFCは、出展された787-9の飛行試験機の垂直安定板と水平安定板で試されており、今後は787-10や777Xでも取り入れていく予定だという。

787-9は、6月19日にアメリカ連邦航空局と欧州航空安全局の型式証明を取得し、ショー直前の7月9日にニュージーランド航空に初納入されたデビューしたばかりの最新鋭機である。787では、標準型787-8に続く二番目のタイプであり、ボーイング社は787-8のファンボロー直前の時点で全フリートの総飛行回数が11万回を越えて、総飛行時間も492,100時間以上に達していると発表した。また787-9の製造については、シアトルとチャールストンの両

飛行展示を行うボーイング787-9 787-9初号機の機内

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最終組み立てラインへの統合化が行われていて、近く同一のラインで両タイプを混合して組み立てていくことが完全に可能になるとした。そしてそれに続くさらなる長胴型の787-10については、機体仕様の確定作業が終了し、詳細設計を進めている段階との説明があった。因みに787-10は、標準で330席級、7,000nmの航続力を有する機体となり、航続距離は787-9の8,300nmよりも短いが、客席数は787-9の280席よりも15%程度多く、7,000nm以下の路線で極めて優れた経済性(低い座席当たりコスト)の実現を可能にする。そのボーイング社の新規開発機777Xについ

ては、ファンボローの前に日本企業の参加比率と受け持ちなどが決まって、またこれから詳細設計に入るということから、特に新たな情報はなかった。777Xは、これまでの777をさらに大型・長距離化するもので、エアバス社が開発中のA350XWBの中で最も大型のA350-1000(369席で航続距離8,000nm)を上回る能力を持ち、A350-1000と比較して燃料効率で12%、運航経済性で10%優れるものになる予定であるとした。なお777Xは胴体の長さが異なる2タイプが開発されることになっていて、777-8Xは350席で9,300nm以上の、777-9Xは400席で8,200nm以上の客席数/航続距離性能を有するものになるとされている。またボーイング社は777Xの特徴の一つとし

て、787で導入し、旅客から評判の良かった客室技術を取り入れることも説明した。具体的には、高高度飛行中の客室の機内気圧の上昇と、客室窓の大型化である。これらについてボーイング社は、787の説明では、胴体を炭素繊維複合材料にしたことで可能になったもの、としていた。しかし777Xの胴体にはアルミ合金が使われるので、説明に問題がある。これについては、アルミ合金は新しいものになり、また構造設計も変更するので、これら

により実現できる、と解答していた。新しい単通路機として開発している737

MAXについては、これまでの次世代737と比較して燃料効率が20%高まり、騒音面積が40%縮小することで、経済性と環境適合性に優れた機種になるとした。また各タイプで、同級の次世代737よりも400~500nm航続距離が延びる予定で、より柔軟な路線投入を可能にすると説明した。

737MAXの新しいタイプとしては、標準型となる737MAX 8の客席数を200席にする計画が示された。これは、737MAX 9や737-900ERと同様に中央非常口を左右に一つずつ追加することで実現するもので、またライバル機に比べて胴体が2.2m長いことも200席の装備を可能にする、とボーイング社では説明している。客席数を増やすことができれば、乗客一人当たりの運航コストは低下する。そしてこうした単通路機は、大手航空会社だけでなく、低運賃航空会社(LCC)でも主力機として使われているので、特にLCCにとっては乗客一人当たりのコストが下がることは大歓迎である。今後これらの機種では、いかに客室に新しい設計技術を取り入れて座席数を増やすかも、一つの課題となる。エアバス社は会期初日に、新型機A330neo

のローンチを発表した。新型機とはいっても新設計機ではなく、双発ワイドボディ機のA330のエンジンを、新世代型のロールス・ロイス・トレント7000に変更するなどする改良型である。機体設計では、主翼端部を延長して翼幅を延ばすとともに、先端部にシャークレットと呼ぶウイングレットを付ける。これらにより効率が改善されて、現在のA330よりも1旅行当たりの燃費で12%、1座席当たりの燃費で14%の改善が見込めるとしている。効率性向上の鍵となるのがエンジンで、ト

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レント7000は今のA330が装備しているトレント700と比較すると、ファン直径が97.5in(2.48 m)から112in(2.84m)に大型化されていて、これによるバイパス比が5:1から10:1へと2倍になっていて、全体圧縮比も35:1から50:1に増加する。バイパス比と圧縮比の増加は当然燃費の低減に貢献するので、優れた経済性をもたらすものとなる。主翼の延長もまた巡航効率の向上に貢献

し、A330neoでは左右合わせて3.7mの延長を行うことで翼幅が64mになる。これに、先端部を曲線で持ち上げるシャークレットを装備することで、揚抗比の改善を図る。主翼や尾翼、胴体などの素材はこれまで通りアルミ合金が主体だが、主翼延長部とシャークレットは複合材料製になる。また翼幅は64mに増加するが、ICAOの空港カテゴリーのコードEの範囲に収まるので、従来のA330と同じ空港スポットの使用が可能である。客室にはA350XWB向けに開発された新世代設計技術が取り入れられて、最新型の機内娯楽システムや液晶によるムード・ライティングが標準装備となる。このA330neoも2タイプが作られ、A330-

800neoは252席で7,450nmの、A330-900neoは310席で7,000nmの客席数/航続距離性能を有す

るものになる計画。開発スケジュールは、2015年末までに設計を確定し、2016年後半から試験機の最終組み立てに入って2016年末頃に初飛行、2017年末にA330-900neoが、2018年前半にA330-800neoが就航を開始するとされている。なお本来『neo』はNew Engine Optionの略で、新しいエンジン選択ということになる。今のA330はトレント700のほかプラット&ホイットニーPW4000、ジェネラル・エレクトリックCF6-80E1からエンジンを選択できるが、A330neoはトレント7000のみを装備する。従ってA330での『neo』の意味は、エンジン変更ということになる。本来こうした旅客機のプログラム・ローンチには、最初に発注するローンチ・カスタマーとローンチ・オーダーが付きものだが、A330neoのローンチ発表ではそれがなかった。しかしショーの会期中に合計121機の受注が発表されて、プログラムの健全さを示した。エアバス社による実機展示は、民間旅客機では開発中のA350XWBと、超大型機のA380が会場に持ち込まれて、どちらも連日飛行展示を行った。軍用輸送機では、実用化が始まったばかりのA400Mアトラスと、中型の双発機C-295が披露されて、こちらはA400Mのみが飛行展示を実施した。

飛行展示を行うエアバスA350XWB

エアバスA330neo ローンチ発表

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開発が難航したA400Mであったが、昨年8月にフランス空軍で就役を開始し、今年4月にはトルコ空軍に対しても引き渡しが始められている。さらに年内にはイギリス空軍とドイツ空軍への引き渡しも始まる予定で、完全な実用段階に入ることになる。飛行展示の飛びっぷりも、それをうかがわせる、各種の機動を採り入れた、ダイナミックなものであった。C-295Mは、1機は試作初号機であったが、ウイングレットを付けるなどの改良が加えられており、今後のオプション装備品になる可能性があるという。

離陸するエアバス・ミリタリーA400M

エアバス・グループでは、エアバス・ヘリコプター(旧ユーロコプター)は実機展示を全く行わなかったが、これはユーロコプター

当時に決めた、航空ショーへの参加基準に基づくものである。そしてヨーロッパのもう一つの大手ヘリコプター・メーカーであるアグスタウエストランド社も実機展示は地上展示だけだったので、ヘリコプターの出品状況はかなり寂しいものであった。なおヘリコプターで唯一本格的な飛行展示を行ったT129は、アグスタウエストランド社がアグスタ社当時に開発した武装ヘリコプターA129マングスタをベースにした機種で、トルコ陸軍がそのインターナショナル型を採用したことで、ターキッシュ・エアロスペース・インダストリーズ(TAI)がライセンス生産したものである。ライセンス生産機とはいえ、TAIがこうした航空ショー実機展示を行ったのは、これが初めてである。

ヘリコプターで唯一本格的な飛行展示を行ったTAI T129

地域ジェット旅客機では、三菱航空機が普段通りに客室モックアップを展示し、またプログラムのアップデート・ブリーフィングを行った。アップデート・ブリーフィングでは、開発作業が予定通り進んでいることなどが説明され、さらにそれに引き続いて記者会見に入って、アメリカ・ワシントン州のモーゼスレイクが、アメリカでの飛行試験の拠点となることが発表された。三菱航空機はさらに2件の臨時記者会見を

A350XWB 4号機の機内

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行って、新規受注契約を発表した。1件目は、アメリカのイースタン航空グループとの間にMRJ90 20機を確定発注し、さらに20機をオプション契約する了解覚書(MOU)を締結したというもので、もう1件はミャンマーのエア・マンダレイから、MRJ90を6機確定発注し、別に4機の購入権を取得する契約を交わしたというものであった。後者は、全日本空輸を除けば、アジアの航空会社からの初受注となるものである。これによりMRJの受注総数は375機(確定発注191機、オプション契約184機)になった。会場に持ち込まれた客室モックアップは、これまでと同じものであったが、今回は併せて、輪島塗の客室仕切り板(クラス・デバイダー)も披露された。輪島塗職人の手作りで、日本製ジェット旅客機に和のテイストを加えるものであるが、現実的には客席の安全基準を満たせるかという点と、非常に高額なものである点が、実用化を難しくしている。今のところ実用化の目処は立っておらず、今回の試作品のみで終わる可能性がある。エンブラエル社は、Eジェット・ファミリーのエンジンをプラット&ホイットニー・ピュアパワーPW1900Gに変更するE2ジェット・ファミリーの開発を、昨年のパリ航空ショーで発表した。客席数が近く、また同じギアード・ターボファン系のエンジンを使うことになったことからMRJのライバルとして注目される機種である。このE2ジェット関連でエンブラエル社は、

新しい設計の客室モックアップを公開した。MRJよりも狭かったオーバーヘッドビンの容積増加や、座席周りの空間確保が主な狙いだが、併せてスマートフォンやiPadなどの携帯端末をはめ込んで使えるポートの装備などを可能にするとされている。どこまで実用化されるかはまだ不明だが、携帯端末用のポート

は今後いろいろな機種で普及していく可能性は十分にあるだろう。今回のファンボローで、最も注目されまた期待されていたのが、ロッキード・マーチンF-35ライトニングⅡの初出展であった。日本も航空自衛隊F-4EJ改の後継戦闘機として導入を決めているF-35は、イギリスでも空軍と海軍が新戦闘機として装備を行う。日本など多くの国が通常離着陸型のF-35Aを装備するのに対しイギリスは、アメリカ海兵隊と同様の短距離離陸垂直着陸(STOVL)型のF-35B

輪島塗のクラスディバイダーが好評であったMRJの客室モックアップ

ロッキード・マーチンF-35実物大模型

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を装備する。もともとイギリスは、空軍と海軍がともに垂直/短距離離着陸機のハリアー・ファミリーを運用していたから、STOVL型を選ぶのは理にはかなっていた。ただ運用上の制約やコスト高、さらには海軍の新型空母を通常型にすることなどが考えられたため、一時は空軍も海軍も艦上(CV)型のF-35Cを装備することにした。しかしその後に紆余曲折があって、空軍・海軍ともにF-35Bにタイプを変更し、いまの時点では両軍合計で138機を調達する計画である。イギリスでは、7月4日に新空母の命名式(艦名はHMSクイーン・エリザベスⅡ)が行われ、その式典でイギリス向けのF-35Bが上空を飛行通過することになっていた。さらに、ファンボロー航空ショーと、その直前に行われる軍用機のエアショーである「ロイヤル・インターナショナル・エア・タトゥ」にもF-35B 1機が参加して地上展示と飛行展示が行われる予定だった。しかし、それがすべてキャンセルされてしまったのである。因みにイギリス向けF-35Bは、すでに3機が完成して引き渡されている。

F-35のイギリスでの予定がキャンセルとなったのは、6月23日にF-35Aが米国エグリン空軍基地でエンジン火災を起こしたことで全F-35が飛行停止となり、ファンボロー航空ショー開催までにそれが解除されなかったためである。ロッキード・マーチン社は会期初日にF-35の説明会を開催し、ファンを含むエンジンの低圧圧縮機3段で、一体型ブレード・ローター(IBR)に破損が生じてエンジンのホット・セクションに入ってしまったため火災が発生したと説明した。このIBRは高速での回転により負荷がかかり、そこから疲労により極めて小さなクラックが発生、その結果破損に至ったという。このように原因が判明しているので後は対策を立てて実行していく

ことになるとし、この日はショー会期末での参加に含みを残したが、現実的には無理だろうと考えられていた。そしてアメリカ国防総省は7月16日に、ファンボロー航空ショーに参加させないことを公式に決定した。

F-35関連の話題としては、まずアメリカ空軍第461試験飛行隊のF-35のテスト・パイロットが、7月末か8月初め頃から、第3世代のヘルメット装着表示システム付きの新しいヘルメットを装着しての飛行を開始することが発表された。この『Gen Ⅲ』と呼ばれるヘルメットは、低率初期生産第7ロット(LRIP 7)機から運用が可能となるもので、イスラエルのエルビト関連のジョイント・ベンチャー企業であるESAビジョン・システム(旧称ビジョン・システムズ・インターナショナル)が開発したもので、ロックウェル・コリンズも加わったRCEVS社の製品となっている。この最新型にはインテバク・シリコン画像エンジン(ISIE)11が使用されているのが特徴の一つで、それまでのISIE 10よりもバイザーの上にある投影開口部が大きくなっていて、より高解像度の画像をバイザーに表示することができる。この新しいヘルメットは、ロックウェルのブースに展示されていた。

F-35実機は来なかったが、実物大模型は近

近くアメリカ空軍のF-35Aで飛行試験が開始されるGen Ⅲヘルメット

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年のこれまでの航空ショーと同様に展示されて、イギリスの国籍マークが描かれていた。一時的な飛行停止措置は執られたものの

F-35の開発作業自体は順調で、開発作業に使われているシステム開発および実証(SDD)機と各種量産型の総飛行時間は18,000時間を突破していた飛行性能や飛行領域の拡張作業に使われている科学試験機は、飛行停止前の時点でF-35Aが111回、F-35Bが193回、F-35Cが126回の飛行を行っていて、ほかに搭載電子機器の開発に用いられているミッション・システム試験機が226回の飛行を実施していた。飛行領域の拡張作業では、全タイプが一連の高迎え角試験を終了しており、F-35A以外はその試験のために装着されていたスピン回復シュートが外されたとのことである。また艦上型のF-35Cで重心位置の問題が生じていた着艦フックも設計変更が行われて、試験で問題が解決されていることを確認できているという。ミッション・ソフトウェアについては、海

兵隊向けのF-35Bの初度作戦能力(IOC)用であるブロック2Bの開発は順調に進んでいて、今年末までに作業を終了して海兵隊の承認が得られる予定だと説明した。空軍向けの通常離着陸(CTOL)型のF-35Aでは、ブロック3iと呼ばれるものがブロック2Bに相当し、iは初度型を意味している。その完全(Full)バージョンがブロック3Fで、空対空兵器でいうと3iはAIM-120 AMRAAMだけが統合化されていて、3Fで初めてAIM-9Xの運用能力がもたらされる。日本関連でいうと、航空自衛隊向けの最初の発注機(C-1契約)機は、低率初期生産の第8ロット(LRIP 8)で製造されて、ブロック3iソフトウェアを装備した状態で引き渡されることになる。

日本での生産については、最終組み立てと完成検査(FACO)を日本で実施することはすべて決まっているが、機体のいずれかの部分やコンポーネントを製造するようになるかは今後の話し合いで決まっていくとした。また、レーダーや電子光学目標指示システム(EOTS)などの搭載電子機器の日本での生産についても、今話し合いが行われているとした。

F-35実機の参加がなくなったため、飛行展示を行った戦闘機はボーイングF/A-18Fスーパー・ホーネットとユーロファイター・ターフーンの2機種のみと、非常に寂しかった。このうちタイフーンは、イギリス空軍第29飛行隊所属のタイフーンFGR. Mk4で、ノルマンディ上陸70周年を記念して、当時のイギリス空軍機が識別用に主翼と胴体に入れた、インベージョン・ストライプと呼ばれる白黒の識別帯を描いていた。またユーロファイターは、開発中アクティブ電子走査アレイ(AESA)型のキャプター・レーダー(キャプターE)を装備した、開発用の量産計測機5号機(IPA 5)も地上展示場で公開したAESA型キャプターEは200度という広いレーダー視野角を有しており、これから製造が行われる第2トランシェおよび第3トランシェ契約の一部製造機に装備されること

飛行展示を行うユーロファイター・タイフーンFGR. Mk4

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になっている。チェコのアエロ・ボドチョディは、高等練

習機L-39を新世代化するL-39NGの開発決定を7月16日に発表した。L-39は、東側諸国の共通高等練習機として開発・製造されたもので、今も多数が使われている。この効率的な後継機を目指し、また新たにこの種の機体を導入しようとしている国への販売を目論んでいる。コクピットは電子飛行計器システムを用いたグラス・コクピットにするとともに搭載電子機器や各種システムを一新するほか、エンジンを新世代の小型ターボファンであるウィリアムスFJ44-4M(16.87kN)とするのが大きな特徴である。また機体構造の見直しと強化を行って、飛行荷重制限を+8G/-4Gとする。2016年に試作機を完成させて、2018年の実用化開始を目指している。

開発が正式に決まったアエロ・ボドチョディL-39NG

アメリカのテキストロン・エアランドは、2013年12月12日に、スコーピオンという安価な軽攻撃/情報・監視・偵察(ISR)機を初飛行させた。今回のファンボローにその実機

を持ち込んで展示・説明を行い、販売活動を本格化させた。このスコーピオンは、2,000万ドル以下という激安機体価格が目標だが、それがどのくらいセールスポイントとなるかは未知数である。ターボファン双発で、主翼下にハードポイントを持つほか、胴体内兵器倉も備えて、最大2,800㎏の兵器搭載能力を有して、JDAMのような精密誘導兵器の運用能力も持たされる。ロッキード・マーチン社はC-130の新世代

型であるC-130Jを開発したが、その民間型については具体的な作業には着手していなかった。それが2014年1月に、C-130J-30の民間型LM-100Jとして、民間型式証明取得の手続を開始したことが発表されて、プログラム・ローンチの形になった。この時点ではローンチ・カスタマーはなかったが、7月16日にASLエビエーション・グループが最大で10機を購入する趣意書に署名し、同機のローンチ・カスタマーになったことが発表された。次回のファンボロー航空ショーは、2016年

7月11~17日にかけて開催される。

ローンチ・カスタマーとなったASLの塗装が施されたロッキード・マーチンLM-100Jの模型