カンボジア, ラオス,ミャンマー...demographic yearbook 2016,world data...
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1 動き始めたタイプラスワンの企業進出
カンボジアが誇る世界文化遺産のアンコール=ワット。そこから西へ車を走らせること2時間で,タイとの国境の町ポイペトに到着する(図1)。近年まで,カンボジア西部とタイとの国境地帯は戦場
だった。1970年に始まったカンボジア内戦は1991年のパリ和平協定で終息したが,軍事勢力の一つだったポル=ポト派は抗戦を続け,無数の地雷が埋まるタイ国境地帯を拠点に立てこもった。ポル=ポト派が事実上消滅したのは,1999年のことだ。
内戦当時,交通の要衝であるポイペトには,戦火を逃れてタイに渡ろうとするカンボジア人が殺到した。1980年代初頭,タイ側に設けられた難民キャンプには,常時4~5万人のカンボジア人が収容されていた。そのポイペトで,国境から8kmの地点に,日系デベロッパーが2013年に経済特区(SEZ)を開設した。このSEZには工場用地が整備され,現在では日系を中心に15社ほどの製造業が操業している(写真①)。ポイペトにSEZが設置され,工場が進出する背景には,
タイプラスワンの動きがある。タイプラスワンとは,東南アジアでいち早く産業集積が進み,人手不足や賃金上昇が起きているタイから,人件費の低いカンボジアなどの
図1 タイとその周辺を結ぶ経済回廊と経済特区図2 日系企業の工場ワーカーの賃金(2017年)
みずほ総合研究所作成ジェトロ「アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」より,
みずほ総合研究所作成
海ナシ南
メコン川
エーヤワディー川
チャオプラヤ川
アンダマン海
クンミン(昆明)
ナンニン(南寧)
ハノイ
ダナン
ハイナン(海南)島
クイニョン
ホーチミン
ヴンタウ
バンコク
モーラミャイン
アンコール=ワットアンコール=ワット
ポイペト
プノンペン
ビエンチャン
ティラワ
ダウェー
タ イ
マレーシア
ミャンマー ベトナム
カンボジア
中 国
ラオス
南部経済回廊
ドンイ
東西経済回廊
南北経済回廊
ヤンゴンヤンゴン
ネーピードー ハイフォン
主要道路
経済特区(SEZ)アジアハイウェイ
①②
※丸数字は写真の撮影場所を示す。
③④
0 500km
500
400
300
200
100
0バングラデシュ
ラオス
ミャンマー
スリランカ
カンボジア
ベトナム
フィリピン
パキスタン
インド
インドネシア
マレーシア
タイ
中国
(ドル/月)
写真① ポイペトSEZの工場で働く人々写真:朝日新聞社
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タイプラスワンで注目される
カンボジア,ラオス,ミャンマー
みずほ総合研究所 アジア調査部上席主任研究員 小林 公司
経済発展が続くカンボジアの首都プノンペン(2017年3月)写真:PIXTA
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周辺国に(図2),工場を移管または補完する製造拠点を設けることである。タイプラスワンの進出はカンボジアのほかのSEZでもみられるが,とくにポイペトは国境沿いのためタイに近く,経済回廊も通じてバンコクから車で3~4時間の圏内にあるため(写真②),タイプラスワンの受け皿としてうってつけの場所である。経済回廊とは,アジア開発銀行の主導でインドシナ半島の経済振興のために1990年代から計画が始まったもので,当初に計画された9つの回廊のうち,2015年までに東西,南北,南部の3回廊がほぼ完成している。このうち,ポイペトを通るのは南部経済回廊である。そして,ポイペトSEZに進出したほとんどの工場は,地の利をいかして,タイから原材料を輸入し,労働集約的な加工組立を行い,完成した部品をタイでの後工程に向けて輸出している。例えば,ポイペトでは自動車シートに使われる縫製品を製造し,それを使ってタイでは自動車を完成させるといった工程間分業が行われている。このため,かつては難民が歩いて通った道を,今では原材料や加工品を積載したトラックが行き交っている。カンボジアと同様にタイと隣接するラオスでも,タイ
プラスワンの企業進出がみられる。ラオスも経済回廊を通じてタイとのアクセスが良好であり,経済回廊沿いやタイとの国境沿いにはSEZがいくつも開発されて,投資環境が整っているからだ(図1)。さらに,ラオスの言語(ラオ語)はタイ語とほぼ同じであることもメリットであり,タイ工場のワーカーがラオス工場に派遣されて,現地のワーカーの技術指導に当たるということが行われている。一方,ミャンマーもタイと国境を接しているため,タ
イプラスワンの進出先として注目されているが,今のところタイプラスワンを意図した進出は少ない。その背景としては,ミャンマーではタイとの間で経済回廊が部分的に通じているだけで,SEZも経済回廊や国境から離れたティラワにしかないなど(写真③),インフラ整備の遅れがあげられる。労働コストが低くても,輸送費が高いとタイから工場を移すメリットは乏しいのだ。したがって,現状ではミャンマー国内の市場開拓をねらった進出が多く,タイプラスワンの進出が増えるのはインフラが整ってからとなろう。
2 注目されるアジア最後のフロンティア
タイプラスワンの進出先として注目されるカンボジア,ラオス,ミャンマーは,各国の英語名の頭文字からCLMと総称される(図3,次頁)。カンボジアの内戦,ラオスの共産主義,ミャンマーの軍事独裁といった各国の内政事情から,CLMは長きにわたり経済発展から取り残された。その一方で,発展が遅れた分だけ伸びしろも大きいと見込まれており,CLMはアジア最後のフロンティア(未開拓地)ともよばれている。カンボジアについては,前述した内戦で国が荒廃した。
例えば,内戦の一時期に政権を掌握したポル=ポト派は強権政治を行い,200万人ものカンボジア人が粛
しゅく清せいや強
制労働で亡くなったといわれる。そして1991年のパリ和平協定を経て,1993年に憲法が制定され,ようやく国の再建が始まった。
写真② 経済回廊(ポイペト付近)みずほ総合研究所撮影(2017年7月)
写真③ ミャンマーのティラワSEZで働く人々写真:新華社/アフロ
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ることから,ラオスは「インドシナ半島のバッテリー」ともよばれている。ミャンマーについては,1962年のクーデターで成立し
た軍事政権の下,鎖国的な経済政策がとられて経済発展が止まった。また,軍事政権が民主運動家のアウンサン=スーチー氏を自宅軟禁にするなど(写真④),民主化運動の弾圧を強化すると,欧米から経済制裁を受けて困窮
カンボジアの1人あたり名目GDPは,2016年時点で1299ドルと,日本の3%程度である。また,世界銀行による発展段階の分類では,2015年に「低所得国」を卒業し,ようやく「下位中所得国」に昇格したところだ。所得水準を反映して賃金は安いことから,産業面では労働集約型の分野に強みがあり,とくに縫製業は輸出の7割を占める主力産業となっている。ラオスについては,1975年に成立した人民革命党政権
による共産主義体制の下,経済発展が遅れた。現在にいたるまで同党による一党支配体制は続いているが,同党と友好関係にあるベトナム共産党が1986年にドイモイとよばれる改革開放政策を採用すると,同党も改革開放路線に転換している。ラオスの1人あたり名目GDPは,2304ドルとカンボ
ジアの2倍近いが,発展段階の分類は「下位中所得国」で同じである。産業構造の特徴としては,貴金属を豊富に産出することから,輸出金額の4割が鉱物である。このため,「ラオス人は宝物の上に座っている」といわれることがある。次に多いのが電力の輸出で,3割のシェアを占める。国土の8割に相当する山岳地帯で高低差と水資源をいかして水力発電を行い,周辺国へ輸出してい
写真④ アウンサン=スーチー邸みずほ総合研究所撮影(2017年7月)
カンボジア ラオス ミャンマー
人口(2016年) 1540万(2015年) 690万 5291万
面積 18万km2
※日本の約半分24万km2
※本州と同程度68万km2
※日本の1.8倍
名目GDP(2016年)
200億ドル※高知県と同等
159億ドル※鳥取県と同等
674億ドル※岐阜県と同等
同 1人あたり(2016年)
1299ドル(人口は2015年)※日本の3%
2304ドル※日本の6%
1274ドル※日本の3%
発展段階(世界銀行の分類)
下位中所得国※2015年~
下位中所得国※2010年~
下位中所得国※2014年~
おもな輸出品 縫製品 鉱物,電力 天然ガス,農産物,縫製品
現在の政治情勢(2018年2月)
立憲君主制※フン=セン首相の人民党政権
人民民主共和政※人民革命党の一党支配
連邦共和政※アウンサン=スーチー党首の国民民主連盟政権
おもな言語 カンボジア語(クメール語) ラオ語※タイ語と類似 ミャンマー語
おもな民族 クメール人(9割) ラオ人(6割) ビルマ人(7割)※134の少数民族も存在
おもな宗教 上座仏教 上座仏教 上座仏教
図3 カンボジア,ラオス,ミャンマーの概況Demographic Yearbook 2016,World Data bankほかより,みずほ総合研究所作成
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ラオスだけでなく,ミャンマーでもタイプラスワンの日本企業進出が加速すると考えられる。その理由は第一に,日本企業が集積するタイでは,人口に占める高齢者の比率がすでに上昇に転じており,今後も高齢化が進む見通しであるからだ。中長期的にはさらなる人手不足と賃金上昇が想定され,タイの日系企業は安価な労働力を求めて,周辺国にも展開することになるだろう。タイに集積する自動車や電気機械関連業種の中から,縫製部品や電線接続・コイル巻きといった労働集約的な工程を中心にCLMへの移管が進むと予想される。第二に,タイとCLMを結ぶ交通インフラや,CLM内のSEZなど,タイプラスワンの受け皿となるインフラ整備も進む計画であるからだ。ラオスとカンボジア方面では,既存の経済回廊の車線拡幅や路盤強化が行われており,ポイペトではカンボジアとの鉄道や新たなSEZが整備中である。また,インフラ整備の遅れていたミャンマー方面でも,バンコクから西へ250kmのダウェー(前掲図1参照)まで経済回廊が延び,このうちミャンマー国内の区間にはタイが1億2500万ドルの借款を行う方針である。そして,ダウェーには日本とタイ,ミャンマー共同でアジア最大級のSEZを開発するプロジェクトも準備されている。インフラが整備されるにつれて,ミャンマーで遅れていたタイプラスワンの日系企業進出は拡大するだろう。動き始めたタイプラスワンの進出がさらに加速することで,経済発展の遅れていたCLMでは産業が発展し,雇用も創出されて,経済が中長期的に上向くと期待される。
図4 日本商工会議所の会員企業数と増加率アセアンセンター「ASEAN情報マップ」(各年版)より,
みずほ総合研究所作成
ミャンマー
カンボジア
ラオス
インドネシア
ベトナム
タイ
フィリピン
シンガポール
マレーシア
0
500
1000
1500
2000
0
50
100
150
200
250
300
企業数(2017年)増加率(2013年→2017年,右目盛り)
(社) (%)に拍車がかかった。その結果,経済運営に行きづまった軍事政権は民主化にかじを切り,自ら憲法を制定して,2011年には憲法にもとづく選挙に勝利した政党に政権を譲った。この政党は元軍人らが結党したものだったが,民主化政策と経済開放を実行し,欧米との関係も改善した。次の選挙ではアウンサン=スーチー氏が党首を務める政党が勝利し,2016年からは同党が政権を担っている。かつて軍がクーデターを起こした背景には,国民の7
割を占めるビルマ人のほか,国内には134の少数民族が存在し,ビルマ人と一部の少数民族の間には軍事的な緊張があったという事情がある。軍は少数民族との戦闘を通じて存在感を高め,ついには「国家を分裂の危機から救う」ことを大義名分にクーデターを起こした。民政移管を果たした現在も,軍は自ら制定した憲法にもとづき一定の政治的影響力を有しており,厳密な文民統制(シビリアンコントロール)は確立されていない。国民の9割を占める仏教徒と,イスラーム系ロヒンギャ人の対立が2017年に激化した際には,軍が過剰な武力を行使してロヒンギャ人を弾圧し,約60万人のロヒンギャ人が難民となって隣国のバングラデシュに流出する事態が発生したことは記憶に新しい。経済面では,ミャンマーの1人あたり名目GDPは1274
ドルとカンボジアとほぼ同じで,世界銀行による発展段階の分類は2014年から「下位中所得国」である。おもな輸出品目は天然ガスと農産物,そして縫製品であることから,第1次産業が経済の中心であり,ようやく労働集約的な軽工業も勃興してきたことがうかがわれる。
3 日本企業のCLM進出は加速へ
今後の発展が注目されるCLM諸国に向けて,日本企業の進出は増えつつある。日本企業の進出動向を示す指標として,各国で組織されている日本商工会議所の会員企業数をみると,ASEAN(東南アジア諸国連合)の中でCLMの水準は依然として低いものの,近年の増加率は最も高い(図4)。日本企業の増加率がとくに高いミャンマーについては,
前述のとおり国内市場向けをねらった進出が多いとみられる。一方で,カンボジアとラオスについては,タイプラスワン型の進出が企業数の押し上げに一定の寄与をしていると考えられる。そして,今後を中長期的に展望すると,カンボジアと
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