基底細胞癌と有練絹胞癌におけるfibronectin,...
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日皮会誌:95 (14), 1547-1552, 1985 (昭60)
基底細胞癌と有練絹胞癌におけるFibronectin, Lamininの
組織分布および血漿中Fibronectin濃度について
乃木田俊辰* 野上 玲子
要 旨
基底細胞癌(BCC)8例,有無細胞癌(SCC)5例
についてfibronectin (FN)とlaminin (LM)の分布
を螢光抗体法で観察,さらに血漿中のFN濃度を測定
した.
FNは, BCC, secともに腫瘍実質をとり囲む部位
に,巾広く分布した.間質の炎症反応の強弱との相関
は,とくに明瞭には認められなかった.LMは, BCC,
SCCともに,腫瘍実質との境界部に一致して線状に認
められ,間質のその他の部分には,認められなかった
が, BCCの1例にのみ腫瘍実質内の腫瘍細胞問にLM
の陽性所見を得た.
血漿中のFN濃度は正常人血漿に比し, sec, BCC
共に明らかに高値を呈した.
緒 言
結合織組織の基質を構成する主な糖蛋白には,
fibronectinC以下FNと略)とlamininC以下LMと略)
が知られており,FNには肝,血管内皮細胞で産生され
る血漿FN(pFN)と主に線維芽細胞で産生される細胞
FN(cFN)の2種類があり,免疫学的には両者は区別
不能とされるが,生理活性には若干の差が存在する.
そのうち癌細胞を配向させる活性をみると, cFNは
pFNより約50倍,赤血球凝集能に関しては150~200倍
その活性が高いことが報告され1),また癌細胞の進展,
転移に関することが示唆され, Yamadaら2)は培養線
組芽細胞のoncogenic virusやcarcinogenによる悪
性変化とともに細胞周囲のFNが消失し,無秩序な発
熊本大学医学部皮膚科教室(主任 荒尾龍喜教授)
*現所属:東京大学医学部皮膚科教室(主任 石橋康
正教授)
Toshitatsu Nogita, Reiko Nogami and Yoshihiro
Maekawa : Distribution of Fibronectin and
Laminin in Basal Cell Carcinoma and Squamous
Cell Carcinoma
昭和60年7月2日受付,昭和60年7月15日掲載決定
別刷請求先:(〒113)東京都文京区本郷7-3-1
東京大学医学部皮膚科教室 乃木田俊辰
前川 嘉洋
育が出現すると述べ,さらにYamadaら3)はFNが
transformed cenに対してdetransforming effectを
有すると述べている.
一方LMは,ヘパラソ硫酸と共に基底膜に存在し,
IV型コラーゲンと上皮細胞とを接着させるとされ,癌
組織においては,肺瘍巣の周辺にのみ存在するという
報告4)がある.
今回著者らは皮膚癌のうち,基底細胞癌(以下BCC
と略)8例,有無細胞癌(以下SCCと略)5例につい
て,真皮および基底膜に存在するFNおよびLMの分
布状態を螢光抗体法を用い,正常皮膚と比較検討し,
さらに同患者血漿中のFN濃度をimmuno tur-
bidimetric assay法により測定し,若干の知見を得た
ので報告する.
材料と方法
1.材料:手術時あるいは生検時得られたBCC,
SCCの腫瘍部分および正常組織を2分割し,一方を
10%ホルマリン固定,他方をn,ヘキサンにより急速凍
結し,使用時まで-80℃のdeep freezer内に保存し
た.
患者血漿は,クェソ酸ナトリウムを含む採血管に約
4.5ml採血し,混和後血漿を遠心分離し,-20℃に保存
し測定直前に室温で解凍し実験に供した.
2.免疫組織学的方法:凍結標本をクリオスタット
で4μmの切片を作製し,無固定にて風乾した.
①直接螢光抗体法:上記の切片上にFITC
一labeled一goat―anti一human FN 抗体(Cappel)を
室温45分間反応させ,冷phosphate―buffered saline
(PBS)で10分間3回洗浄後,90%PBSグリセリソで封
入し, Carl Zeiss社製落射型螢光顕微鏡下にFNの分
布を観察した.
②間接螢光抗体法:ト記の切片上にrabbit anti
―mouse LM 抗体(BRL)を,室温にて45分間反応さ
せ,冷PBSで10分間3回洗浄後,2次抗体として
FITC-labeled-goat一anti―rabbit lgG抗体
(Cappel)と反応させ,冷PBSに充分洗浄し, 90%PBS
グリセリソで封入し, Carl Zeiss社製落射型螢光顕微
1548
Fig.
る
1
乃本田俊辰ほか
基佐細胞癌.腫瘍栄一を闘か様にFNが存在す
鏡卜にLMの分布を観察した.
3.螢光抗体法に供した連続切片の1部をHE染色
し,同部の病理組識学的変化を観察した.
4.血獄中のFN濃度測定:FNに対する特異抗体
と打原抗体複合物形成の結果,その両度を測定する
immuno turbidimetric assay法によるFN測定キッ
ト(Boeringer Mannheim)を用いた.-定量のクェ
ン酸ナトリウム処理血漿と,FNに対する特異抗体溶
液を,光路長1cmのセミマイクロキュペットに加え,
混和した.正確に1分後に最初の吸光度(E1)を測定
し,引き続き∧王確に10分後に討「1」目の吸光度(.E2)
を測定した.吸玉度は34()nmの波長を川ト,測定温度
は15℃~30℃の‥一定温度トに行った.一一定時間におけ
る両度の差,すなわち△E=E2一一EIを求め,あらかじ
めキット申のFN標準液から作製した検定曲線から,
その検定のFN濃度を求めた.
結 果
I. FNの分布について:正常な表皮真皮境界部お
よび真皮では,付属器および,毛紅血管の基底膜部に
のみFNを認め,真皮は膠原縁組に沿って少量のFN
を認めるにすぎない.
BCCでは全例とも腫瘍巣をとり囲む間質に呵広く,
ほぼ‥・様に連続的に陽性所見を認めた(Fig. 1九sec
においても挫傷巣をとり囲む間算にびまん性のFN
の陽性所見を認めた(Fig. 2).
II. LMの分布についてト正常な表皮真皮境界部な
らびに真皮では,LMは付属器および,毛細血管の基底
膜部に線状をなして明瞭に認められた. BCCでは,
LMは腫瘍実質と間質との境界部にのみ線状に,かつ
連続性に陽性所見が認められたが(Fig. 3), FNと異
Fig. 2 有牲細胞癌.腫瘍間にびまん性にFNを認め
る.
なり間質には認められなかった. BCCの1例におい
て,腫瘍棄内に穎粒状あるいはそれらが集合して塊状
を皇する陽性所見を認めた(Fig. 4九SCCでは基底膜
部に・致して線状の陽性所見が認められた拡連続切
片のPAS染色では同部はほとんど陰性でめった.周
囲の間質にはLMは認められなかった(Fig. 5).
III.間質反応とFNについて:
1)BCC:閣質のFNの分布と,間質における炎症
細胞浸潤,線紅芽細胞の分布との関係を検討した八
明瞭な相関関係は認められなかった.ただ炎症性細胞
浸潤が著明な部位にFNの分布が顕著にみられる傾
向が窺がわれた.
2) sec:関質のFNの分布と間質の反応との相互
関係は明らかには認められなかった.
IV.血漿FN濃度について:抗原抗体反応を用い
てBCC, sec患者血漿中のFNを測定したところ,
Table 2に示す通り,正常人では264±28μg/m1(n=
∩,BCCでは492±184μg/ml(n=4),SCCでは
692±220μg/m1(n=7)となり, BCC, secともに正
常人より有意の高い値が得られた.
考 按
FNは種々の動物組織に広く分布し,ヒトについて
は,血液,リンパ,血管,呼吸器,消化器,泌尿器,
筋肉,腺,肝,腎,皮膚など現在まで倹素されたすべ
ての組織での存在が報告されている5).
FNはpFNとCFNとがあり, pFNは主に肝臓で合
成・分泌され,ヒト血漿中に約300μg/ml,血清では約
200μg/mlの濃度で存在する6).pFNは,トロソビソ,
活性型血液凝固第XHI因子の基質として,血液凝固の
終末梢に関与して破綻血管とその近傍で止血,血栓の
BCC, secのFibronectin, Laminin分布
Fig. 3 幕底細胞癌.腫瘍巣と間質との境界部に線状
にLMを認める.
Fig. 5 有棟細胞癌.腫瘍の基底膜部に一致してLM
を認、める.
形成に寄ケ士,損傷組織の修復機転を開始さぜ,さら
に網内系細胞の機能に関りすると考えられてトる7).
cFNはかつてfibroblast surface antigen (SFA)8),
galacto proterin a,9)1argeexternal transformation-
sensitive protein (LETS)1o)などと呼ばれ,動物細胞
の表面に存在するが,主に線維芽細胞で産生され,そ
の他内皮細胞,筋原細胞,アストロクリア細胞,シュ
ワソ細胞,表皮細胞,マクロファージで乱低Caイオ
ソ濃度などの条件で産生されるU)
細胞の癌化に伴ってcFNは顕著に減少し,細胞表
面の主要な糖蛋白と報告されているが,FNは多機能
ドノイソ構造を有し,それらが細胞表面,コラーゲソ,
グリコサミノグリカソ,フィブリソと結合し,
extracellular matrixを調節すると考えられている.
pFNとcFNの免疫学的鑑別は困難とされるが,両
者の生理活性の強さを比べると, cFNの癌細胞を配向
させる活性は, pFNに比し約50倍,赤血球凝集能に関
1549
Fig. 4 基底細胞癌.腫瘍巣内に塊状にLMを認め
る.
しては問約150~200倍高いとの報告がある1).
FNの生理活性は,1)細胞の接着の促進,2)癌細胞
の正常細胞への復元,3)細胞の移動と走化性の促進,
4)食作用とオプソニソ活性の促進,5)細胞分化の調
節,6)組織の修復,7)癌転移の抑制(?)など多様
な生物学的活性を持つといわれる12)
多くのtransformed cell では, pericellular FN が消
失し,そのため結合織基質との相互作用が減少し,悪
性変化した細胞が浸潤性発育する過程を促進する可能
性が示唆されている. in vivo における観察では,ほと
んどの上皮細胞の基底膜部にFNが存在するが,上皮
細胞が癌化すると,その基底膜部からFNが消失また
は減少するとの報告がある13)また,ほとんどの悪性腫
瘍の間質にはFNを認めるが,個々の悪性腫瘍細胞の
周囲にはFNは認められていない13)
前田ら14)は胃癌の間質に多くのFNを認め,高橋
ら1,)は子宮癌,卵巣癌の間質に同様な所見を認めたが,
Labat-Robertら16)は,乳癌の組織において早期の病
変ではFNが認められなかった例を報告している.
Nelsony)は, BCCにおいてFN, LMともに腫瘍
巣周囲に分布する八FNは間質にびまん性に,LMは
腫瘍巣の周囲に明瞭に線状に存在し,一部の症例にお
いては腫瘍巣内に乱FN,LMが認められたと報告し
ている.さらに,FNが腫瘍実質周囲に強陽性の所見を
呈するのは,間質性炎症反応の完進によると推察した
が,著者らの結果(Table 1)では,FN陽性所見の程
1550 乃木田俊辰ほか
Table1 BCC, secの間質反応とFN
casenumber Histology
StromareactionFibronectin
Inflammatory cells Vessels Fibroblasts
1
2
3
4
5
6
7
8
BCC
BCC
BCC
BCC
BCC
BCC
BCC
BCC
☆☆
☆☆☆
☆
☆☆☆
☆
☆☆☆
☆☆
☆
☆☆
☆
☆
☆☆☆
☆
☆
☆
☆☆
☆☆☆
☆☆☆
☆☆
☆☆☆
☆
☆
☆☆
☆
☆☆
☆☆☆
☆☆☆
☆☆
☆☆
☆☆☆
☆☆
☆☆
9
10
11
12
13
sec
sec
Pseudoglandular sec
Pseudoglandular sec
Skin metastasisof Lung Cancer
☆☆☆
☆☆☆
☆
☆☆
-
☆
☆
☆☆
☆
☆☆
☆☆
☆☆
☆☆
☆☆
☆
☆☆
☆☆
☆☆
☆
☆
(反応の強さを☆~☆☆☆で示した)
Table 2 BCC, SCC患者血漿FN濃度
血漿FN濃度(μg/mi)
BCCsec
Normal
(n=4)
(n=7)
(n=7)
492±184
642±220
264±28
μg/ml
μg/ml
μg/ml
度と間質の炎症反応との間に明らかな相関は認められ
なかった.これらの間質におけるFNの存在につい
て, Grimwoodら1')はBCCにおけるFNは,血漿由来
のものと線維芽細胞により産生される両者から成り,
腫瘍実質内に認められるFNは抗VIII因子抗体,抗
フィブリノーゲン抗体を用いた結果から血漿由来のも
のでなく,腫瘍細胞が産生したものによると想定した.
pFNでは各種病態,性差,加齢による変動が知られ
ており,播種性血管内凝固症候群(DIC冲),感染症19)
敗血症20)21)外傷22)手術後,炎症特に減少し,妊娠,
膠原病23)糖尿病24)胆汁うっ滞時に増加するとされて
いる.一方,担癌患者のpFNの変動について,
Mosher & Williamsら19)は乳癌患者おいて, Blumen-
stockら25)は肺癌患者においてpFN増加を報告,
Zardiら26)は乳癌から得られたEhrlick腹水癌を移植
したマウスのpFNが,移植3日~5日後に上昇する
と報告した. Saba & Antikatzidesら27)は,担癌患者
におけるFNのオプソニソ効果が増加するのは,
monocyte一macrophage系の抗腫瘍反応によるもの
と想定してし,る.
一方, Bruhn & Heimburgerら28)は,慢性リンパ球
性白血病や骨髄性線維症患者ではpFNは減少し,慢
性骨髄性白血病や他の悪性疾患ではほぽ正常と報告し
た. Choate & Mosherら29)は詳細な検討を加え,担癌
患者のpFNは強力な治療中でなく,敗血症などの合
併症がない状態では,正常あるいは高値を示すものと
考えている.さきに述べた通り著者らが行ったpFN
の測定結果では,正常人血漿に比し患者血漿中のpFN
濃度は明らかに高値を示し,これまでの報告とほぼ同
様の結果を得た.
以上FN, LMの動態から悪性腫瘍と間質との相互
関係について述べてきたが,未だ不明な点が多い.
FN, LMは間質や基底膜部の主要な糖蛋白であり,ま
たそれら機能を考慮すると,腫瘍細胞の浸潤転移機構
と密接に関連することは否定できない所と考えられ
る.
著者らがここで報告したBCC,SCCは未だ少数例
に過ぎず,これら皮膚悪性腫瘍には種々な型,悪性度,
浸潤・転移がみられ,これらとFN, LMとの関連を検
索することは腫瘍の浸潤・転移機構の検討に極めて有
意義であり,今後の検討に待つ所が多い.
本論文の要旨は第35回西部支部総会(昭和58年11月)に報
告された.
稿を終えるにあたり,御指導,御校閲を賜った荒尾龍喜教
授,並びに御助言を頂いた石橋康正教授に深く謝意を表し
ます.
BCC, secのFibronectin, Laminin分布
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