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子供たちに聞かせてあげたいノーベル賞 1 《子供たちに聞かせてあげたいノーベル賞 20112011 年ノーベル生理学医学賞 for their discoveries concerning the activation of innate immunity for his discovery of the dendritic cell and its role in adaptive immunity 自然免疫の活性化に関する発見 獲得免疫における樹状細胞とその役割の発見 2011 年のノーベル生理学・医学賞は、アメリ カ・スクリプス研究所のブルース・ボイトラー博 士(53)とフランス・分子細胞生物学研究所のジ ュール・ホフマン博士(70)の「自然免疫の活性 化の発見」に対して、また、米ロックフェラー大 学のラルフ・スタインマン博士(68)の「獲得免 疫における樹状細胞とその役割の発見」に対して 贈られました。3 人のノーベル賞受賞者は、複数 の段階を経て機能する免疫反応において、自然免 1 と獲得免疫 2 1 個体に生まれたときから備わっている生体防御 能(感染抵抗性)のこと。獲得免疫の対語です。 特定の病原体に対するある動物種固有の抵抗性 も含みます。皮膚、粘膜およびその表面を覆う体 液による物理化学的防御、免疫系細胞の一種、好 中球やマクロファージなど食細胞による防御、自 然抗体やキラー細胞による免疫監視機構が該当 します。 がどのようにして活性化するの かを明らかにし、その結果、免疫疾患に対する理 解を深めることに成功しました。これらの研究に よって、伝染病、癌および炎症性疾患の予防およ び治療方法の開発のために新しい手段を提供し 2 生後、外来の刺激により獲得される感染抵抗性 のこと。細菌、ウイルスなどの感染で誘導されま す。誘導された免疫はその病原体に対して選択的 に効果を発揮し、一度獲得するとその個体に長期 間保持されます。予防接種はこの免疫を人為的に 誘導するために行います。 [株式会社南山堂 南山堂医学大辞典第19版] ました。 私たちの身体には病原菌やウイルスなどが感 染しても簡単には病気が発症しないような防御 機構が備わっています。この防御機構のことを免

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子供たちに聞かせてあげたいノーベル賞 1

《子供たちに聞かせてあげたいノーベル賞 2011》

2011年ノーベル生理学医学賞

for their discoveries concerning the activation of innate immunity

for his discovery of the dendritic cell and its role in adaptive immunity

自然免疫の活性化に関する発見

獲得免疫における樹状細胞とその役割の発見

2011 年のノーベル生理学・医学賞は、アメリ

カ・スクリプス研究所のブルース・ボイトラー博

士(53)とフランス・分子細胞生物学研究所のジ

ュール・ホフマン博士(70)の「自然免疫の活性

化の発見」に対して、また、米ロックフェラー大

学のラルフ・スタインマン博士(68)の「獲得免

疫における樹状細胞とその役割の発見」に対して

贈られました。3 人のノーベル賞受賞者は、複数

の段階を経て機能する免疫反応において、自然免

疫 1と獲得免疫 2

1 個体に生まれたときから備わっている生体防御

能(感染抵抗性)のこと。獲得免疫の対語です。

特定の病原体に対するある動物種固有の抵抗性

も含みます。皮膚、粘膜およびその表面を覆う体

液による物理化学的防御、免疫系細胞の一種、好

中球やマクロファージなど食細胞による防御、自

然抗体やキラー細胞による免疫監視機構が該当

します。

がどのようにして活性化するの

かを明らかにし、その結果、免疫疾患に対する理

解を深めることに成功しました。これらの研究に

よって、伝染病、癌および炎症性疾患の予防およ

び治療方法の開発のために新しい手段を提供し

2 生後、外来の刺激により獲得される感染抵抗性

のこと。細菌、ウイルスなどの感染で誘導されま

す。誘導された免疫はその病原体に対して選択的

に効果を発揮し、一度獲得するとその個体に長期

間保持されます。予防接種はこの免疫を人為的に

誘導するために行います。 [株式会社南山堂 南山堂医学大辞典第19版]

ました。

私たちの身体には病原菌やウイルスなどが感

染しても簡単には病気が発症しないような防御

機構が備わっています。この防御機構のことを免

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子供たちに聞かせてあげたいノーベル賞 2

疫と言いますが、免疫がど

のような仕組みになってい

るのかについては、多くの

科学者の関心を惹きつけ、

いろいろな研究が行われて

います。この中でボイトラ

ー博士とホフマン博士は、

体内の細胞の中で真っ先に

微生物の侵入を認識して免

疫機能、特に免疫機能の中

でも第一段階である自然免

疫を活性化する仕組みを発

見しました。

ホフマン博士はミバエと

いうハエを使って実験を行

いました。ハエにも免疫系

があって人間同様に病原菌

やウイルスから身を守って

いるので人間の代わりに研

究材料として使用できます。

1996 年に、ホフマン博士は

ミバエの卵からハエの赤ち

ゃんが誕生するときに重要

な役目をする Toll(トル)

と名付けられた数種類の遺

伝子に突然変異を起こし、

ハエの感染症への抵抗性が

どのように変化するのかを

調べました。その結果、Toll

(トル)遺伝子を破壊したミバエは免疫機能が適

切に働かず死んでしまいました。ハエが死んでし

まう原因を調べたところ、Toll(トル)遺伝子は

病原性の微生物が感染したことを感じ取るセン

サーに関係していて、この遺伝子を破壊されると

病原菌の侵入に気づくことが出来なくなって死

んでしまうようでした。

一方、ボイトラー博士はリポポリサッカライ

ド 3

3 LPS と略されることもあります。脂質と多糖が

結合したもので、ある種の細菌の外膜成分です。

最もよく研究されているサルモネラ菌の LPS は

O抗原多糖(O 特異糖鎖)とよばれます。LPS の基

本構造には菌種間で共通性がみられますが、分類

学的に遠縁の菌では大きな違いがあります。リポ

多糖は様々な生物活性を示すため内毒素(エンド

トキシン)ともよばれ、病原細菌のリポ多糖は宿主

という物質の研究をしていました。リポポリ

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子供たちに聞かせてあげたいノーベル賞 3

サッカライドは病原菌の部品で、体内に入ると免

疫系を過度に刺激して場合によっては生命に危

険を及ぼす場合がある物質です。マウスにリポポ

リサッカライドを吸入させると普通は炎症が起

きるのですが、ある時、リポポリサッカライドに

対して反応を示さないマウスがいました。このマ

ウスの遺伝子を調べたところ、ミバエのToll(ト

ル)遺伝子に非常によく似た遺伝子に変異を起こ

していること、そして、この遺伝子から作られる

タンパク質はリポポリサッカライドのセンサー

の役目をしていることを発見しました。このタン

パク質にリポポリサッカライドが結合すると炎

症を起こす指令が出され、リポポリサッカライド

の量が大量になると敗血症ショックを引き起こ

してしまいます。

スタインマン博士は 1973 年に樹状細胞と名付

けた新しいタイプの細胞(下図)を発見しました。

細胞培養実験をしたところ、樹状細胞が存在す

ると免疫系の T細胞が感染性微生物由来の物質に

対して明確な反応を示すことが確認されました。

(人間など)の免疫系により感染のシグナルとし

て認識されます。つまり、LPS が人間に触れると

私たちの身体は病原菌が侵入した、と認識すると

いうことです。 [株式会社岩波書店 岩波生物学辞典第4版]

このような免疫系細胞に指令を出してコントロ

ールする細胞の存在が明らかになったのは初め

てのことでした。また、樹状細胞が適切に免疫細

胞の働きを調節することによって、私たちの身体

は病原性微生物由来の有害物質に対しては免疫

系が対抗し、一方で、自分自身由来の物質に対し

て誤って攻撃することを回避することがなされ

ていることも明らかになりました。

2011 年のノーベル賞となったこれらの発見は、

免疫系がどのようにして発動するのか、発動後の

制御はどのようにして行われているのかについ

て新しい知見を提供してくれました。

これらの発見は、たとえば、感染症に対するワ

クチンの開発や、免疫系の活性化によるガン治療

など、病気を予防したり治療したりするための新

たな方法の開発に役立ちます。免疫系は私たちの

身体を誤って攻撃して炎症性疾患の原因にもな

り得るものですが、今回の研究はなぜそのような

誤爆が起きてしまうのかを解明する手がかりに

もなり、炎症性疾患の新たな治療方法の開発にも

役立ちます。

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子供たちに聞かせてあげたいノーベル賞 4

【免疫系中の 2つの防衛線】

私たちは、バクテリア、ウィルス、菌類や寄生

生物のような病原性の微生物の危険に常にさら

されています。しかし、私たちはそれらに対抗し

うる強力な防衛機構を装備しています。

最初の防衛線である自然免疫は侵入した微生

物を破壊し、それらの攻撃から身を守るための炎

症反応を起動する役目を担っています。もし微生

物がこの防衛線を通り抜けた場合、獲得免疫が呼

び起こされます。免疫系細胞である T細胞と B

細胞は抗体と呼ばれる免疫系における武器を生

産し、キラー細胞は体内に侵入した細胞を破壊し

ます。侵入した微生物への対処が成功すると、獲

得免疫は同じ微生物が再び感染した際に、今回よ

りもより素早く、より強力に対抗できるよう、免

疫学的メモリともいえる方法で感染した微生物

に関する情報を記録します。免疫のこのような緻

密なメカニズムは伝染病から私たちを保護する

ことに役立ちますが、時にそれらが私たちに危険

をもたらすこともあります。もし、免疫系の活性

化が不十分だった場合、あるいは感染した微生物

ではなく誤って私たちの体の中の物質や細胞に

よって免疫系が活性化された場合には自己免疫

疾患が引き起こされることになります。

免疫反応を構成する一つずつのメカニズムは

20世紀の間少しずつ解明されてきました。それ

らの中にはノーベル賞の対象となった研究もあ

り、たとえば、抗体が作られるしくみ、どのよう

にして T細胞は外来異物を認識するのか、などが

該当します。しかしながら、ボイトラー博士、ホ

フマン博士、そしてステインマン博士の研究まで

自然免疫の活性化を引き起こすメカニズムと、自

然免疫と獲得免疫が情報を交換する方法につい

ては未解明なまま残されていました。

【ノーベル賞について】

ダイナマイトの発明者として有名なスウェー

デンの応用化学者、ノーベルがダイナマイトで築

いた富を原資に 1901年に設定された国際的な賞

です。ダイナマイトで多くの人命が失われたこと

から、人類の幸福に具体的な貢献をした人に贈ら

れます。賞は、化学賞、物理学賞、医学生理学賞、

文学賞、平和賞、経済学賞の 6分野に分かれます。

受賞者にはノーベルの遺産から得られた利息や

運用益で賞金が支給されます。受賞者の決定は物

理学賞、化学賞、経済学賞はスウェーデン王立科

学アカデミーが、医学生理学賞はカロリンスカ医

学研究所が、文学賞はスウェーデン・アカデミー

が、平和賞はノルウェー議会が行います。