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〔書評〕 弘前大学経済研究第 31 135 139 2008 12 28 Handbookof Cultural Psychology, Edited by SHINOBU KITAYAMA andDOVCOHEN, TheGu fordPress,New YorkandLondon,2007. 綿引 I 文化論と管理科学 「文化」という言葉は,社会科学の中で最も魅 力的であり 同時に理解と使用が最も 困難な用 語の一つである。古くは Weber が経済活動と 宗教 (文化)との関係を研究し, 1960 年代には , 社会技術シ ステム論において歴史的要素や文化 的要素を取り入れようとする努力があった。そ の後の1980 年代後半の組織学習理論での自己組 織化理論(あるいは自己組織性)の涜れの中で 一定の行動パタンを慣習(Habitus )とし,文化 のー要素とし て構造をみなして,その制御を積 極的行おうと してきた。その流れを汲む知識マ ネジメン トは,個別の技術や経営ノウハウに関 する知識のみならず,同時に企業文化について も触れようとしている。1980 年代では Hofstede Sch in などの多国籍企業の研究がな された。 しかしほとんどの研究が定性的研究に偏り, 比較可能性が乏しいものが多い。 そもそも文化と情報収集 とその解釈は密接な 関係にある。そこで活動する 諸個人が特定の 「共有された価値観(=文化)」に従って意識的 あるいは無意識的に選択している 。 乙の共有さ れる価値観,経営学の分野での「 日常の論理」 とほぼ、同義である 。「共有さ れた価値感」の生 成,維持,消滅過程を知ることは,組織構造の 構築および組織行動の管理において重要な論点 であるにも関わらず.現在の段階では管理科学 の中でも手が付けられていないのが現状であ る。 この観点に立ったとき ,本書が大きなヒン トを与えてくれる可能性がある。 I 本書の構成 本書は 8 36 章で構成され全894 ページから 構成されている 。 このうち 管理科学 として論点 となりそうな部分を紹介していく 。 1 部:文化心理学の歴史 この部では, I 章「社会文化心理学」,第 2 「文化心理学の人類学的基礎3 章「文化 と 心理学」,第 4 章 「文化心理学の進化的基礎」 と。乙の分野が目指す方向性として文化の統一 化を進めるものではなく ,多文化を尊重する 方 針をとることが紹介されている 。 l 章では,その中の文化として現象学的社会 学を念頭に入れ,間主観化された世界を心理学 的に説明しようとする(p5 )。つまり個人とし ての常識ではなく,複数の人聞によって共有さ れ学習さ れたものとしての前提条件を設定する が, 「個人の行動すべてを全ての行動について 間主観性に基づいて行動として置き換えている わけではな(p7 )」く,ここで方法論的個人主義 を採用する従来の社会心理学との棲み分けを 行っている。 4 章では,従来の研究では文化と心理は別 物であるとされてきたが, 198090 年代に社会 135-

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〔書評〕 弘前大学経済研究第 31号 135 139頁 2008年12月28日

Handbook of Cultural Psychology,

Edited by SHINOBU KITAYAMA and DOV COHEN, The Gu日fordPress, New York and London, 2007.

綿引 宣 道

I 文化論と管理科学

「文化」という言葉は,社会科学の中で最も魅

力的であり 同時に理解と使用が最も困難な用

語の一つである。古くはWeberが経済活動と

宗教 (文化)との関係を研究し, 1960年代には,

社会技術システム論において歴史的要素や文化

的要素を取り入れようとする努力があった。そ

の後の1980年代後半の組織学習理論での自己組

織化理論(あるいは自己組織性)の涜れの中で

一定の行動パタンを慣習(Habitus)と し,文化

のー要素として構造をみなして,その制御を積

極的行おうと してきた。その流れを汲む知識マ

ネジメン トは,個別の技術や経営ノウハウに関

する知識のみならず,同時に企業文化について

も触れようとしている。1980年代ではHofstede

やSch巴inなどの多国籍企業の研究がなされた。

しかしほとんどの研究が定性的研究に偏り,

比較可能性が乏しいものが多い。

そもそも文化と情報収集とその解釈は密接な

関係にある。そこで活動する諸個人が特定の

「共有された価値観(=文化)」に従って意識的

あるいは無意識的に選択している。乙の共有さ

れる価値観,経営学の分野での「日常の論理」

とほぼ、同義である。「共有された価値感」の生

成,維持,消滅過程を知ることは,組織構造の

構築および組織行動の管理において重要な論点

であるにも関わらず.現在の段階では管理科学

の中でも手が付けられていないのが現状であ

る。この観点に立ったとき,本書が大きなヒン

トを与えてくれる可能性がある。

II 本書の構成

本書は 8部36章で構成され全894ページから

構成されている。このうち管理科学として論点

となりそうな部分を紹介していく。

第1部 :文化心理学の歴史

この部では, I章 「社会文化心理学」,第 2章

「文化心理学の人類学的基礎」, 第3章「文化と

心理学」,第 4章 「文化心理学の進化的基礎」

と。乙の分野が目指す方向性として文化の統一

化を進めるものではなく ,多文化を尊重する方

針をとることが紹介されている。

l章では,その中の文化として現象学的社会

学を念頭に入れ,間主観化された世界を心理学

的に説明しようとする(p5)。つまり個人とし

ての常識ではなく,複数の人聞によって共有さ

れ学習されたものとしての前提条件を設定する

が, 「個人の行動すべてを全ての行動について

間主観性に基づいて行動として置き換えている

わけではな(p7)」く,ここで方法論的個人主義

を採用する従来の社会心理学との棲み分けを

行っている。

第4章では,従来の研究では文化と心理は別

物であるとされてきたが, 198090年代に社会

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心理学に文化人類学的要素が入り始め,ようや

く文化心理学が登場する。文化は習慣の延長線

上にあるのか,あるいは習慣を超えた何か,た

とえば生物学的視点からの説明が必要である

が,乙のベースラインが文化心理学とそれ以外

の分野の境界線になる。

第2部 :理論とその方法

乙の部では, 5章「文化的一歴史的活動性理

論」,6章「文化の様相としての自己」, 7章 「文

化とパーソナリティへの統合システムアプ

ローチ」, 8章「文化心理学の方法」, 9章「文化

神経科学」, 10章「文化の下地」から構成され,

この分野の調査研究方法と周辺分野の関連が説

明される。

5章では, 時間の経過に伴う文化の変化をア

ナロジーで,発達心理学を 「発生」と置き換え,

文化の変化を「進化」と置き換えて説明を試み

る。それと同時に文化の変化に対して適応しき

れないラチェッ ト効果の紹介がされている。

6章では,パーソナリティを文化の所産で、あ

るという前提から議論が始まる。乙乙では,現

象学の l次的社会化や 2次的社会化と同様に

「親との関係と家族から離れた社会化を行う

(pl57)J立場をとり,「文化が心の一部にな

る」(pl64)すなわち,無意識的にその文化に

取り込まれていくプロセスを説明する。

7章では,集団の行動としての文化と,その

構成要素である個人の行動様式の統合に焦点を

当てている。他分野の文化の定義には 「時間と

状況を越えて一貫した行動として表される個別

の行動の性質」というのがあり,ここには個人

のパーソナリティは反映されていないように見

える。文化心理学は,「精神の団結の概念を拒

絶する代わりに,文化とパーソナリティが相互

に影響を与えるというアブローチに代わりの方

法を示唆(pl90)」 した。即ち無意識のうちの

統合された慣習の中に,半自動的に反応する人

間の存在に焦点を当てている。

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8章では, 他の社会科学的方法と基本的にそ

れほど差がないことを示している。まずは,概

念の操作化,言語の翻訳,定量化と参考グ、ルー

プ影響(地域性),質的方法,解釈の一連の手続

きを踏む。同時に次のような危険もある。(1)

参与観察者のバイアスとそれによる観察の引き

出し,(2)参与者が原因となって民族性作り出

す可能性,(3)「ステレオタイプの脅迫」効果,

(4)参与者が研究者に望ましい結果を与えよ

うとする,(5)ステレオタイプに否定的である

なら,ステレオタイプを否定する行動を引き出

す可能性(p215)がある。

9章では,文化に基づいた行動を神経科学の

観点からその構造を解明しようとする。「主に

認知的,かつ感情的に視覚と結び付けられる機

能を持つ同質異性休に重要な文化的な違いがあ

るように思える。さらに,遺伝子のおよそ70%

が脳に対して影響を与えている。(p242)」とし,

人間の行動が遺伝的に規定されている部分が大

きいという立場から,人種間・民族聞において,

遺伝子のわずかな違いが,行動様式および文化

に何らかの影響を与えるとする立場である 1)。

10章は,まず文化について原初的次元である

個人主義と集団主義の二項対立を事例に挙げて

いる。ここでの問題提起は,個人主義または集

団主義とされる文化は,誰を対象に測定すれば

よいのかという重要な問題にあたる。

サンプリングでは社会階層や職業によって大

きく影響を受けるであろうしある一定数以上

のサンプルを確保しでも P 個々人を測定するこ

とによって関係性を掛除してしまう可能性があ

る。このほかにも,自己の概念や認知された状

況,それを操作化する段階,言語と認知の関係

についても危険を字むところである。一方数量

化する場合は,単純なサンプリングというよう

1)たとえばマイクロサテライト DNA(ジヤンク DNA)

の長さの差によって 社交的な性格と内向的な性格の違い

が説明されるととがFerguson. Young. Hearn. Matzuk. Insel and Winslow (2000)の研究で明らかになっている。

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書評 Handbookof Cultural Psychology

な方法は危険であるとしている。

第3部「アイデンティティと社会的関係Jこの部は, 11章「人類と文化における社会的

関係」, 12章「文化と社会的なアイデンティ

ティ」, 13章「多文化的なアイデンティティ」,

14章「働き方の文化心理学」, 15主義「文化と組織

構造」で構成される。乙こでは,アイデンティ

ティは自らの意思で存在するものではなく,社

会の中に役割と して存在すると述べる。

11掌と12章では,文化とアイデンティティに

ついて論じている。たとえば,事物を分類する

とき「西洋の文化では断定的な区別を強調する

傾向があるのに対して,アジア人が主に関係

ベースで、グ、ループについて考える傾向を持つ傾

向にある。(p310)」という事例から説明する。

この現象から,文化をその集団で誰もが使える

知識の集大成とする考え方では,文化は測れな

いことを意味している。このとき関係性モデル

においては,共有は参与者が共通に持っている

社会的に通じる意味的なものであり,そして共

同体で共有される価値観は部外者から区別され

相互作用する。乙れらの理由から,アイデン

ティティや文化を測定する上で,関係を測定す

ることが重要な課題となる。

14章と15章では,文化的背景と働き方につい

ては, Weberの宗教と経済活動に関する研究

がなされており経営学あるいは経済学者とし

てもこの点には最も興味をひかれる部分であ

る。近年でも Hoistedの研究で,「多国籍企業

で働く従業員の文化的背景と動機付けに関する

もの,「組織文化」が観察可能なものと組織を

特徴づけるノルマあるいは組織の中の個人が共

有するかもしれない (p362)」と働き方の文化

的特性を述べている。

責任と権限について,日本企業とヨーロッパ

型企業を比較するとき,ヨーロッパ型企業は管

理職の持つ範囲は明確であり日本よりも強力で

ある。つまり,「社会構造が組織のメンバーの

行動に影響を与えているので\その相互作用の

測定が重要(p383)Jである。

第4部 .文化の吸収と変化

ここでは, 16章「食べ物と食事」, 17掌「宗教

による社会的と認知的視点」, 18章「文化の発展

と文化的な多様性の形成」, 19章「モラルの文化

心理学J.20章「コンテキストの中に子供を置

く」, 21章「生物文化(Biocultural)2 lによる寿

命を超えた発生の可塑性の共同構築Jである。

ここでは,異なる文化が融合するとき,どのよ

うにそれを習得していくかを論点にしている。

18掌では,文化を生物学的アナロジーに置き

換えて,「文化の画一化は,淘汰が文化の中で

変動を制限に作用」し,一方文化の多様性は,

突然変異のアナロジーすなわち「無作為過失が

共に文化の中でそして聞に多様性をもたらす

(p467)」とし文化の発展の多様化と画一化

の基盤を述べている。そこにおいては, 「基本

的には文化の変容はほとんど生じることはな

く,また発生しでもその集団の記憶から消える

にも偶然性が関与(p468)」する。「集団内部に

おける相互作用は,文化の亜種ともいうべきも

のを空間的にも社会的にも移動させる人の存在

(p468)」.「その個人が引き継ぐ上でのバイア

ス(学習のバイアス) (p468) J,「適応できる文

化的多様性の数の限界を見せられたとき, 環境

を選択する個人のバイアス(p469)」.「イノ

ベーション(p469)」,「公式的グループの意思

決定プロセス(p469)」 とれらの要素によって,

文化の多様性の発生と画一化が生じる。

19章では,モラルも文化に依存することを示

している。モラルは「感情的要素(p485)」と大

きく関係があり,モラルに影響を受ける部分が

多分にあり。モラルと文化の聞には相E作用が

2) Biocultureとは生物学的観点 (遺伝学.生態学。

発生学神経学など)を援用し ①その民族の身体的特徴

から文化を説明しようとする あるいは②アナロジーとして多様性を説明する分野である。

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ある。これは粉飾決算や不祥事を隠ぺいするメ

カニズム,ひいては組織学習の失敗メカニズム

の解明につながるだろう。

第 5部:認知

この部では,22章「知性と文化」, 23章「知覚

と認知」,24章「物語の残響」, 25章「文化,分

類, 推論」,26章「文化と記憶」, 27章「ウォー

フィアン仮説を越える文化, 言語,認知」から

構成される。ここでは,物理的認知と社会的認

知の 2つの視点、から論じられる。

23章では,物理的知覚と社会的知覚を扱う。

文化ごとに色彩の名前の数に違いがあることは

有名な現象で,文化人類学においても研究が進

んでいる。乙れは,物理的な現象に関する知覚

だけではなく, 「伝統的に民族の閣の論理的な

推論の研究が同様にとの種類の文化の違いを反

映する。(p588)」と述べる。つまり,文化に蓄

積された知識とその共有に基づく世界観の形成

につながる。

26章では,記憶の傾向にも大きな違いがある

ことが示されている。たとえば,「東アジア人は,

自己批判と自己熟考(を達成するための手段と

して,記憶を使うよう要求する傾向 (p655))に

あり,感情の経験,表現と決定要素において文

化を超越して類似性と文化ごとの相違(p654)J,

「アジア系アメリカ人が否定的な雰囲気につい

て,ヨーロッパ系アメリカ人より高い(p656)」

などの傾向があることが分かっている。

第6部 .感情と動機付

この部では, 28章「文化と主観的幸福感」, 29

章「文化と動機」, 30章 「感情の文化心理学」,31

章「情熱的な愛と性欲」, 32章「感情,生物学と

文化」, 33章「文化と精神病理学の基礎,問題と

方向」で構成される。

28章では,喜びを表すのに文化によって違う

感情表現を伴うことがあるという観察結果から

始まる。この記述の妥当性に評者は疑問がない

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わけではないが,他者への賞賛や批判の表現方

法には大きな遣いがある。

29章は,国民性と行動の選択を扱う。意思決

定をする上で,何を基準に方法を選択するのか

は文化によって異なる。典型的なのは,成功と

失敗についてその評価である。「カナダ人は成

功するように方法を選択するが,日本人は失敗

しないように方法を選択する(p724)」傾向に

あり,さらにアジア文化圏では 「一貫性のなさ

に閲して寛容(p719)」である。

このことは,従業員の出身が複数の国籍にな

れば,同僚同士の聞や顧客との関係において指

示や説明について,どの程度許容できるかが重

要な問題となる。

30章の感情と文化の関係であるが, 一般には

感情は生理学的な現象と思われがちであるが,

その実態は「文化的な文脈向けに仕向けられた

感情的な行動(p745)」の存在がある。

「文化の中にいる人は,文化にとって望まし

いか,あるいは文化の標準に合った感情表現か

(p751)」につながる。つまり感情は社会的な

現象である。

第7部 :二つの視点カ3らのコメン卜

ここでは,文化心理学の 2つの潮流, 34章

「人類学的視点Jと35章「心理学的視点」の観

点からみた問題点と展望をまとめている。

34章では,発達心理学者Piajetのいう発達段

階の普遍性への疑問から始まる。この点におい

て文化心理学者は,社会の憤習がどのように認

知のプロセスの発達に影響を与え具体化するか

に興味を持つであろう。要するに 「異なった文

脈で,人々に何らかの心理上の影響を与える

(p826)」のであり,その結果として文化に

よって調和と不調和に違いが生じるのである。

35章で,心理学的視点からのコメントがなさ

れる。ことでも述べられるように,ヨーロッパ

で観察されたととは必ずしもアジアでは観察さ

れる訳ではないということ,それが観察者であ

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書評 Handbookof Cultural Psychology

る心理学者に不協和をもたらす可能性がある。

つまり,別解釈を持ち出す可能性を捨てきれな

いため,「我々は既に観察者と同ーの状況であ

るように仮定することで,(読者が)考え,調査

をし,同じ方法で観察するとは想定できない

(p843)」 と従来型心理学による限界を述べて

いる。

第8部.エピ口ーク

36章「文化心理学Jで全体のまとめを行う。

この章は,科学としての文化心理学の方向性を

論じる。これまでの心理学全般では,ヨーロッ

パ系中心とした傾向があり,普遍性を述べるに

は無理があると主張し,新たな学問として次の

4点を提示している(p347-349)。

(1)文化心理学の決定論的傾向は,文化は慣

習,意味, 付随して心理上の習慣と経験の

ネッ トワークで構成されることを意味す

る。

(2)文化は内容とプロセスの二面性を持って

いる。

(3)分野の方法論的な基盤は,経験を積むこ

とにある。

(4)文化心理学は,西欧化の概念に関して懐

疑的である。

一部エスノセン トリズム的傾向を避けるため

の宣言の様相もあるが, 基本的方法論は経営学

における質的調査ときわめて近く ,そのため研

究に応用がしやすいと考えられる。

m 本書全体への評価

基本的に,文化心理学のイントロダクション

として各章で隣接分野の主要な論点についての

過去の研究の紹介をする形をとる。その内容は

文化心理学自体が社会科学全般,文化人類学,

心理学,分子生物学,発生学と幅広く ,その上

で生物学のアナロジーにより理解を困難にして

いる。したがって,本書を理解するには幅広い

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知識が必要である。

我々社会科学を研究するものとしては,文化

そのものを制御できる可能性を持っているとい

う点に注目したい。文化の発生メカニズムとア

イデンティティの形成過程を理解することに

よって,企業あるいは部署単位の文化を意図す

る方向へと制御していくことが可能になるだろ

う。これは究極の方向性であるが,そこまでい

かないLこせよ,多国籍化し現地で活動する企業

でのマネジメント手法に大きく貢献する可能性

がある。

14章「働き方の文化心理学J, 15章 「文化と組

織構造」,23章 「知覚と認知」, 26章「文化と記

憶J, 29章「文化と動機」に注目したい。これら

のテーマは, 管理科学の研究で多くなされてき

たものであるが,乙の裏付けとして社会心理学

的アブローチではその性格が普遍性を求めるも

のであることから 1 これらの研究には応用でき

なかった。と乙ろが,文化ごとにあるいは民族

の遺伝的な問題に起因するとなれば\解決する

手段が管理科学として新しい手法が手に入るか

もしれない。

参考文献

Ferguson.Jennifer N., Larry J. Young, Elizabeth F

Hearn, Martin M. Matzuk, Thomas R Insel and

James T. Winslow (2000)

"Social amnesia in mice lacking the oxytocm

gene Nature Genetics No.25, pp.284-288

謝辞 この研究は,高橋産業経済研究財団の支

援(平戚20年度)によって実施されたものです。

心より感謝申し上げます。