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15 10 1 27 あなたの声と受信料で 公共放送NHK 1 技研だより 第127号 2015/10 高ダイナミックレンジ(HDR High Dynamic Range)は、昼間のスタジアムでのスポーツ中継のような日 陰とひなたの両方を含む明暗差が大きいシーン(図)や、ガラスや金属の反射のようにきらりと光るシーンなど、 これまでのテレビ映像では表現が難しかったシーンをより忠実に表現できる映像技術です。ディスプレー技術の 進展によって、ディスプレーが表現可能な明暗の範囲の拡大や高輝度化が進んでおり、これを活かした映像表現 が可能となります。 NHKは英国放送協会(BBC)と連携して、 従来のテレビジョン方式と高い互換性を有す HDRの方式を開発しました。この方式は、 暗部から白レベルまでは従来の階調特性(トー ンカーブ)のままで、白レベルを超えるハイ ライト部の表現範囲を大きく拡大しています。 この方式に基づき、国内では今年7月に(一 社)電波産業会(ARIB)において 「拡張ダ イナミックレンジテレビジョン方式」 の標準規 STD-B67が策定され、国際標準化にも取 り組んでいるところです。 NHKはシャープ株式会社と共同で、この HDR方式に対応した85V8K液晶ディスプ レーを世界に先駆けて開発しました(写真)。 このディスプレーは、HDRの高いピーク輝度 に対応した高効率なバックライトシステムや、 映像に応じて領域ごとに輝度調整する駆動技 術によって、従来の8Kディスプレーに比べて 4倍の最大輝度、100倍のコントラスト比(い ずれも実測値)を実現しています。このHDR 対応8Kディスプレーを、9月にオランダ・ア ムステルダムで開催された欧州最大の放送機 器展示会 IBC2015で展示しました。 超高精細・広色域の8K映像にHDRが加わ ることで、8Kの魅力がさらに高まることが期 待され、HDRの特長を活かした8K番組制作 にも取り組んでいます。今後、2016年に開 始する4K 8K試験放送でHDRを使用できる ように、放送方式の標準化や設備整備を進め ていきます。 高ダイナミックレンジ(HDR)対応 8Kディスプレーを開発 図:従来映像とHDR映像の比較 写真:HDR対応8K液晶ディスプレー 従来映像 HDR映像 (空や観客席の明るい 部分を再現可能)

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あなたの声と受信料で 公共放送NHK 1技研だより 第127号 2015/10

 高ダイナミックレンジ(HDR:High Dynamic Range)は、昼間のスタジアムでのスポーツ中継のような日陰とひなたの両方を含む明暗差が大きいシーン(図)や、ガラスや金属の反射のようにきらりと光るシーンなど、これまでのテレビ映像では表現が難しかったシーンをより忠実に表現できる映像技術です。ディスプレー技術の進展によって、ディスプレーが表現可能な明暗の範囲の拡大や高輝度化が進んでおり、これを活かした映像表現が可能となります。 NHKは英国放送協会(BBC)と連携して、従来のテレビジョン方式と高い互換性を有するHDRの方式を開発しました。この方式は、暗部から白レベルまでは従来の階調特性(トーンカーブ)のままで、白レベルを超えるハイライト部の表現範囲を大きく拡大しています。この方式に基づき、国内では今年7月に(一社)電波産業会(ARIB)において「拡張ダイナミックレンジテレビジョン方式」の標準規格STD-B67が策定され、国際標準化にも取り組んでいるところです。 NHKはシャープ株式会社と共同で、このHDR方式に対応した85V型8K液晶ディスプレーを世界に先駆けて開発しました(写真)。このディスプレーは、HDRの高いピーク輝度に対応した高効率なバックライトシステムや、映像に応じて領域ごとに輝度調整する駆動技術によって、従来の8Kディスプレーに比べて4倍の最大輝度、100倍のコントラスト比(いずれも実測値)を実現しています。このHDR対応8Kディスプレーを、9月にオランダ・アムステルダムで開催された欧州最大の放送機器展示会 IBC2015で展示しました。 超高精細・広色域の8K映像にHDRが加わることで、8Kの魅力がさらに高まることが期待され、HDRの特長を活かした8K番組制作にも取り組んでいます。今後、2016年に開始する4K・8K試験放送でHDRを使用できるように、放送方式の標準化や設備整備を進めていきます。

高ダイナミックレンジ(HDR)対応8Kディスプレーを開発

Topics

図:従来映像とHDR映像の比較

写真:HDR対応8K液晶ディスプレー

従来映像 HDR映像(空や観客席の明るい部分を再現可能)

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2 技研だより 第127号 2015/10

IBC2015でNHKの最新技術をPR

Topics

 NHKは、9月10日から15日にオランダ・アムステルダムで開催されたIBC*12015において、8Kスーパーハイビジョンに関連する技術を中心に、最新の研究成果を紹介しました。IBCは、170を超える国と地域から5万人以上が参加する、欧州最大の放送機器展です。 NHKブースは、広大なIBC展示会場の中でも最新の技術を集めたFuture Zoneに開設。世界で初めて開発した高ダイナミックレンジ(HDR:High Dynamic Range)対応の8Kディスプレーを展示しました。このHDR対応8Kディスプレーと来年に迫る8K試験放送への取り組みに関する記事が、会場で配布される新聞IBCデイリー(9月12日)のニュース1面で紹介されたこともあり、例年以上に多くの方にご来場いただきました。「8K HDRの臨場感に驚いた」、「いつ実用化されるのか」など、多くの期待が寄せられました。 また、来年に迫る8K試験放送に向けた最新技術として、ブロードバンドネットワークを活用して放送と同期したマルチビュー映像を提供できるメディア・トランスポート方式MMT*2や、8K番組の音の大きさを人の感覚量にあった値で管理するための22.2マルチチャンネル音響ラウドネスメーターを展示しました。 さらに、最新の8Kコンテンツを85インチの8K液晶ディスプレーで上映。日本を代表する夏祭り「青森ねぶた祭り」や、イギリスで開催されたテニスの四大大会のひとつ「ウィンブルドン選手権」の迫力ある映像と音響を、多くの来場者に体感していただきました。

8K放送に向けた研究成果を報告 IBC2015では、80を超える会議が開催され、放送に関係の深いビジネスや最新の技術動向が紹介されました。NHKからは、8K放送に向けたHDR映像システムやHEVC/H.265*3対応の8K符号化装置と、技研公開2015で実施した8K衛星放送実験について講演を行い、活発な質疑を通して多くの専門家から高い関心が寄せられました。 技研は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックで世界最高水準の放送・サービスを実現するために、8Kスーパーハイビジョンやインターネット活用技術など、研究成果の実用化を推進していきます。

*1 IBC: International Broadcasting Convention

*2 MMT(MPEG Media Transport):放送や通信など複数の伝送路を共通に用いることができる多重化方式

*3 HEVC(High Efficiency Video Coding)/H.265:ISO(国際標準化機構)/IEC(国際電気標準会議)とITU(国際電気通信連合)が共同で標準化作業を行った最新の映像符号化方式

NHKブースの様子

HDRの展示 講演の様子

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 技研では、聴覚障害者に手話で情報をお伝えするために、CGの技術を用いた手話の映像(以下、手話CG)を自動生成する技術を研究しています。生まれつき耳の不自由な方にとって、手話は母語であり、手話による情報提示が重要です。一方で、放送局が手話通訳士を常に確保することは難しく、手話通訳付きの放送番組は多くありません。そこで、手話サービス拡充を目指し、気象庁が提供する気象情報の電文(気象電文)*を用いて、気象情報の手話CGを随時自動で生成するシステムを開発しました。 このシステムでは、気象電文のように定型化された外部データをインターネット経由で受信し、対応する手話CGと日本語字幕を自動的に生成します。気象情報にあった手話CGを確実に生成するために、地域名や数字などの可変部分を含んだ形式の定型文を予め作成しておき、受信した電文の解析により、可変部分に入る手話を穴埋め方式で決めていくことで、全体の手話表現を決定します(図)。 一方、定型文をそのまま使用するだけでは不自然な手話表現になることがあるため、受信電文の解析において、使用する単語やフレーズを適切に自動変更し、自然な手話表現にすることを目指しています。例えば、今日明日と雨が二日続く内容の電文は、「今日の天気は雨、明日は雨でしょう」と表現するのではなく、「今日の天気は雨、明日も雨が続くでしょう」と手話表現することで、より自然な手話CGを生成することが可能です。

 今回開発したシステムでは、全国都道府県庁所在地の最新の天気予報を手話CGで見ることができます。今後は、システムを用いて生成した気象情報の手話CGを、インターネット上で閲覧できる実験的なサイトを構築し、多くの方に評価していただきながら、早期の実用化を目指します。

* 気象電文:気象庁防災情報XMLフォーマット形式電文

気象電文を用いた手話CG自動生成システム

ヒューマンインターフェース研究部  東 真希子

技研だより 第127号 2015/10

定型文データベース

手話決定電文解析 手話CG

気象電文(模式図) 定型文2014060416031,4410,100,200

2,4410, 030, 050, 070

3,4410, +10, +20

地域 今日 明日

午前 午後

予想最低

予想最高

(地域)の気象情報です。今日の天気は(今日の天気)、明日は(明日の天気)でしょう。降水確率です。今日午前中は(午前降水確率)%、午後は(午後降水確率)%、夜は(夜降水確率)%となっています。気温の予想です。

手話単語・フレーズデータベース

定型文データベース

外部システム(気象庁)

天気下線部分(可変部分)に挿入

気温

降水確率

図:手話CG自動生成システム

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技研だより 2015.10 第127号NHK放送技術研究所〒157-8510 東京都世田谷区砧 1-10-11 Tel: 03-3465-1111(NHK代表) Fax: 03-5494-3125 ホームページ: http://www.nhk.or.jp/strl/

技研だより 第127号 2015/10

 技研公開の8K衛星放送実験では、お台場に置いたカメラを中継現場とし、フルスペック8K*1番組用のスタジオ副調整室をイメージして展示しました。今回は、カメラやマイクからの信号を8K番組の形に加工して映像・音声符号化装置へ送るまでの8K制作機器や信号伝送について紹介します。 フルスペック8K映像信号はハイビジョンの約100倍の情報量となるため、これまで、機器間の接続には約100本の同軸ケーブルが必要でした。機器の入出力端子(コネクター)も多数必要となるため、機器も大型化することになります。これらを避けるため、1本の光ケーブルでフルスペック8K信号を伝送できるインターフェース“U-SDI”(Ultra-high defi nition Signal/Data Interface)と、これに対応する機器を開発しました。 これまでに開発したカメラや記録再生装置などの8K制作機器には、フルスペック8Kよりも情報量の少ないデュアルグリーン(DG)信号*2を扱う機器が含まれるため、その信号をフル解像度8K信号に変換する「デモザイキング*3装置」を開発しました。少ない計算処理で、画素を補間する際に発生することがある誤った色(偽色)を抑え、高精度に変換できることが特長です。8K映像信号と22.2ch音響信号を1つのU-SDI信号に多重する「音声多重装置」は、U-SDIケーブル1本での信号伝送によるコンパクトなシステム構築を実現します。 22.2ch音響制作では、3次元空間の音の表現に必要な多数の素材音の収録や、信号処理を効率的に行えるシステムを開発しています。16方向の音を一箇所で収録できる「球形マイクロホン」を用いることで、22.2ch音響制作でのマイク設置が容易になりました。また、素材音を混ぜ合わせて臨場感のある番組音を制作する「ミキシングシステム」により、任意の方向に音を定位させるなど、22.2ch音響の制作時間の短縮を実現しています。素材音に様々な空間の残響音を付加して空間的印象を簡単に調整できる「3次元残響付加装置」は、従来の1/6まで小型化し、設置スペースが限られる中継車にも搭載できるようなりました。 今回の実験では、これらの装置を組み合わせることで実際に8K番組をライブ制作し、各装置の総合的な機能と、U-SDIによる8K番組制作環境の実現性を検証することができました。

*1 フルスペック8K: 画素数7,680×4,320(8K)、フレーム周波数120Hz、広色域表色系、階調12ビットの映像フォーマット

*2 デュアルグリーン信号:斜めに配置した2つの緑色画素と、赤色・青色の1画素ずつを田の字に配置した画素構造の信号

*3 デモザイキング:不足する色画素情報を、周辺画素から補間する処理

第2回 8K制作機器 テレビ方式研究部 米 内 淳(右)

西口 敏行(左)

連載 8K 衛星放送実験を支える技術(全 7 回)NHKが中心となって開発を進めている放送メディア「8Kスーパーハイビジョン」。この連載では、2016年の8K試験放送を想定して5月に実施した「8K衛星放送実験」の概要とこの実験を支える要素技術について紹介します。

図:8K衛星放送実験を支える8K制作機器

記録再生装置

デモザイキング装置

映像信号(DG)音声信号映像信号(フルスペック 8K)

U-SDI

U-SDI

22.2ch 音響ミキシングシステム

映像スイッチャー

3次元残響付加装置

映像・音声符号化装置へ

CUBEカメラ

中継先

球形マイクロホン

音声多重装置